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2017-04-29

付録・邦画傑作選・「ことぶき座」(監督・原研吉・1945年)

 ユーチューブで映画「ことぶき座」(監督・原研吉・1945年)を観た。この映画が作られたのは、敗戦直前の昭和20年6月、当時の社会状況、日本人の意識を知るには恰好の作品であると思う。登場人物の服装は、男は戦闘帽に軍服、女はモンペ姿、「撃ちてし止まん」「欲しがりません勝つまでは」といった意識が津々浦々にまで行き渡っていたことがよく分かる。私は当初、これは軍隊の映画だと思ったが、主人公は梅中軒鶴丸(高田浩吉)という浪曲師であった。北海道に慰問に訪れる芸人一行のリーダー格が鶴丸で、彼には8年前、釧路で1年半ほど過ごした「青春の(苦い)思い出」があった。道中の列車の中で彼は回想する。
 舞台は釧路の「ことぶき座」、鶴丸の人気は絶頂で連日大入りの盛況ぶりだが、今ひとつ鶴丸の身が入らない。興行主・鈴村(小杉勇)の娘・千代(高峰三枝子)に惚れてしまったか、それを言い出せず、また言い出したところで、有力者の娘と一介の芸人では釣り合う話ではない。鶴丸は休演を重ねて仲間と酒浸り毎日を過ごすようになった。ある祭の晩、人々はひとときの遊興を楽しんでいたが、騒ぎが持ち上がった。男同士のケンカらしい。土地のごろつき連中に絡まれた千代を助けようとして、鶴丸は孤軍奮闘、相手を追い払った。千代は、ありがとうと感謝して鶴丸を自宅に誘う。そこでは鈴村と、お気に入り(千代の見合い相手)の大久保が酒を酌み交わしていた。様子を聞いた鈴村は鶴丸を労い杯を与え、一緒に飲もうと誘う。大久保は千代にギンギツネの襟巻きをプレゼントすると千代は大喜び、鶴丸にも「これは御礼です」と言って祝儀袋を差し出した。「今度、狩猟に行きましょう」と千代を誘う。そうか、千代には決まった人がいたのか、鶴丸は「私はこれで失礼します」と祝儀袋を突き返して立ち去った。「よくまあ、一人で無事だったな」という仲間に「必死だった。命がけだったもの」と答える鶴丸の姿は、失意のどん底といった風情でたまらなく魅力的であった。極め付きは、大久保と千代が狩猟を楽しむ場面、大久保が銃を二、三発放つと、近くの河原でガックリと倒れ込む鶴丸、恋の痛手に立ち直れない傷心の様子が見事に描出されていた、と私は思う。
 やがて鈴村は番頭の常吉(小堀誠?)から、「鶴丸は、お嬢さんが好きなんです」という話を聞く。そうだったのか、鈴村は鶴丸の下宿を訪ね「どこの娘に惚れたかは知らんが、そんなことで一生を台無しにしてはいけない。東京に戻って芸道を極め、男になれ」と資金を提供する。その侠気に鶴丸は打たれ、「わかりました。この御恩は生涯忘れません」と平伏した。
 それから8年、鶴丸は広沢虎造(広沢虎造本人)に弟子入り、修行を重ね、芸道を極めつつある。そして今、各地で慰問を重ね、終盤の釧路に向かっている。まず、真っ先に訪れたのが懐かしい「ことぶき座」、しかしそこは軍需工場に様変わりしていた。鈴村はその工場の事務係長として使われている。常吉の話では、千代と結婚した大久保が事業に失敗、そのために財産を次々に手放したとのこと、千代は(手放した)牧場で働き、大久保は5年前に弘前に出奔、他の女と暮らしているという。変われば変わるもの、しかし、鶴丸は未だに独身であった。彼は鈴村、千代に面会、「せめてもの恩返し、私のもとに来て下さい」と頼んだが、鈴村は「同情しているのか、8年前、芸道に励めと言ったが生意気になれと言った覚えはない、帰れ!」と激昂してしまった。万事休す、やむなく釧路を去る羽目になったのだが・・・。どうしても思い切れない鶴丸は、たまたま慰問の最終地・函館で合流した師匠・広沢虎造に相談、「お前さんの誠意が伝わらなかったら立場がない。男の度胸ではっきりと言ってみるんだ。“お嬢さんを私の嫁にください”と、その方がさっぱりするだろう」と助言された。
 かくて鶴丸、意を決して釧路に引き返す。その知らせを常吉から聞いた千代も、意を決して駅まで出迎えに、その顔に見る見る笑みがこぼれるうちこの映画は「終」となった。 見どころは、何と言っても「戦時下」(それも末期・敗戦間近)の状況、とりわけ人々はどんな娯楽を楽しんでいたか、という一点に尽きる。その主流は浪曲、広沢虎造の「清水次郎長伝」のうち「森の石松」「追分三五郎」「仁吉りえん」、「国定忠治」より「忠治恩返し」等の一節が、場面場面のBGMとしてふんだんに盛り込まれている。さらに「ことぶき座」で演じられる舞踊・会津磐梯山、女義太夫、千代がたしなむ謡曲の舞、さらには慰問団や祭り舞台での舞踊(歌謡曲?端唄?曲名は不詳)などなど、往時の舞台が懐かしい。
 なかでも、鶴丸・高田浩吉の姿に「白鷺三味線」のメロディーを重ねる演出は秀逸、また彼自身が披露する浪曲「追分三五郞」の一節も「掘り出し物」であった。加えて、巨匠・広沢虎造の全盛期の舞台姿を目の当たりに見聞できたことも望外の幸せ、(遊興的な)歌舞音曲が著しく制限された世相の中で、精一杯、映画作りに励んだ関係者一同に大きな拍手を贈りたい。
(2017.4.28)



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2017-04-28

劇団素描「伊達隆義劇団」・《芝居「浅間の喜太郎」》

【伊達隆義劇団】(座長・伊達隆義)〈平成20年6月公演・新潟三条東映〉
「劇団紹介」によれば〈プロフィール 伊達劇団 演友会所属。平成10(1998)年創立。「みんなで楽しく」というのがモットーで、誰が一番というわけではなく、みんなで作っていくという劇団。劇団員みんなが、ざっくばらんでフレンドリーな関係を築く。お芝居では、アドリブを入れないというのが特徴で、すべてきちんと稽古したものを、お客様に観せている。伊達隆義 昭和40(1965)年3月16日生まれ。広島県出身。血液型O型。劇団座長。高校卒業後、近くの大衆演劇を観に行ったのがきっかけで、役者になる。10年間『吾妻劇団』に所属後、知り合いが座を旗揚げするときに移籍。その5年後、独立し、旗揚げ。まじめだけど軽い、肩の力を抜いているような役が好きで、『源太時雨』などの芝居を好む〉とある。また、キャッチフレーズは〈座員みんなで作っている劇団。個性あふれる舞踊や、熱いお芝居を披露。明るく、肩の力の抜けた、頼もしい人柄の座長率いる『伊達劇団』の舞台を存分にお楽しみください〉であった。
芝居の外題は「浅間の喜太郎」、「劇団魁」の南條あきらがゲスト出演、喜太郎役の「主役」を演じていたが、「実力」(魅力)は「今一歩」、やはり座長・伊達隆義の「肩の力の抜けた」演技が光っていた。もう一人、女優・中村歌子の「実力」も半端ではない。まあ、この二人の実力で「もっている」劇団とでもいえようか、舞踊ショーでも、特記できる内容はなかった。
ただ一点、芝居の中で座長が発したセリフは勉強になった。「いいか、お前。我慢と辛抱は違うぞ」と相手役に話しかける。「へーえ? どう違うんで?」という反問に、「我慢というのは、自分のわがままを抑えることだ。辛抱というのは、他から与えられる苦しさ、辛さに耐えることだ、お前たちは両方が足りない」、なるほど、私自身は十分に納得できた。
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2017-04-27

付録・邦画傑作選・「秀子の車掌さん」(監督・成瀬巳喜男・1941年)

 ユーチューブで映画「秀子の車掌さん」(監督・成瀬巳喜男・1941年)を観た。甲府の甲北乗合バスに勤務する運転手・園田 (藤原鶏太)と車掌・おこま(高峰秀子)の物語である。冒頭場面は、山村の街道を走るバスの中、乗客は一人も居ない。「この分だと今月の給料、払ってもらえるかなあ」「あぶないものね」などと園田とおこまが話していると、後ろから一台のバスが近づきたちまち追い抜いて行く。商売敵の開発バスである。こちらのバスはおんぼろ車で誰も乗ろうとしないのだ。しかし停留所でもない所で一人の男が手を上げている。乗客は誰もいないことだし乗せてやろうかということで停車すると、その男、一人では持ちきれない荷物とともに乗り込んできた。園田「トラックがわりにしてやがる」と悔しがったが、次の停留所では子ども連れの母親も乗り込んでくる。子どもの数は5人、手荷物の駕籠の中にはニワトリまで鎮座するといった按配で、車内は満杯となってしまった。男と母親の会話、「このバスはおんぼろだけど空いているからいい」。おこまは「こんなに乗せても二十銭しか入らない」とぼやく。しかし、車掌のおこまもまた、バスを止めさせ沿道の実家に立ち寄ったり、道端で遊んでいる弟に駄菓子を放り投げたり、何とも長閑、太平洋戦争直前の日本の風景が描出されていた。突然、ニワトリが暴れ出し窓から脱出、バスを止めて一同がニワトリを追いかけるなど、ユーモラスなハプニングも添えられてバスは目的地に着いた。
 おこまが仕事を終え、下宿に戻るとおかみさんが言う。「あなたの会社、評判がよくないわよ。たったバス一台、どこかで悪いことをしてなければやっていけるはずない、早く辞めた方がいいのでは・・・」。そしてラジオに聞き入る。流れてきたのは「バスガイドの名所案内」、伊豆の熱川飲泉、今井浜温泉、峰温泉を経て下田に至るルートの観光案内であった。「私もやってみようかしら・・・」、次の日、おこまは園田に相談、園田は社長(勝見庸太郎)の了解を得に行く。この社長、見るからに胡散臭く、ワンマン振りが堂に入っている。はじめ渋っていたが「開発バスに先手を打ちたい」という園田の要望を聞くと「それはいい」即決。かくて園田とおこまは、温泉宿で逗留中の作家・井川(夏川大二郎)に原稿を依頼する。おこまは井川がバスの中にノートを忘れたとき、届けに行った経緯があったのだ。井川は快諾、原稿はすぐに完成した。それをおこまに見せ、アナウンスの仕方を伝授、翌日にはバスに乗り込んで「現場実習」まで行う、気の入れようであった。しかし、その最中に子どもが道路に飛び出し、バスは急停車、そのはずみでおこまは負傷、バスも破損した。園田はすぐに社長に電話して事故報告、社長は意外にも事故が軽微であったことに立腹、「エンジンを毀して、ガラスもたたき割れ!」、一方的に電話を切る。保険金目当ての魂胆が見え見え、園田は「クビになる」と覚悟したが、井川に「偽証はいけない、他人ばかりか自分を裏切ることになる」と諭され、辞職を決意する。おこまも同調、二人は井川を伴って社長に談判に行くが、社長は井川を通して事故が新聞に載るかもしれないと、態度を豹変させる。井川を「先生!」と奉り、おこまに「ケガは大丈夫?それが一番心配だったんだ」とおもねる様子が、何とも可笑しかった。
 事態は一気に改善、バスも新装され、運転席の横には可憐な生花まで飾られている。おこまのバスガールとしての一日がスタートした。今ではガイドの原稿もしっかりと暗誦、さあこれからという時になったのだが、乗り合わせた女学生たちの歌声が止まらない。「ラララ赤い花束車に積んで、春が来た来た、丘から町へ・・・」(「春の歌」詞・喜司邦三、曲・内田元)、無情にもバスはガイド・ポイントを通過する。女学生たちが下車、乗客は白杖、サングラスの老人だけ、思わず顔を見合わせるおこまと園田、しかし次の停留所でリュックを背にした若者三人が乗ってきた。いよいよおこまの出番が来た。「皆様、この川は笛吹き川の流れでございます。左手の上流にわたって見えます小高い丘は、古歌に詠われた差出の磯でございます。しほの山差出の磯にすむ千鳥君が御代をば八千代とぞなく(古今和歌集)」しかし、その頃、会社の事務所では新装のバスを売り払う商談が成立していた。社長曰く「この事務所は今日限り引き払います」。そのことも知らずに、晴々とした表情、満面の笑みをうかべておこまはガイドする。園田も元気いっぱいハンドルを握り、バスを走らせるうちに、この映画は「終」となった。
 上映時間53分とはいえ、寸分の隙もない、珠玉の名品に仕上がっていたと、私は思う。高峰秀子と藤原鶏太のコンビはどこまでも温かく清々しい。二人を支える夏川大二郎の風情も格別、二階の近くで鳴いている蝉を捕まえようとして水をかけ、下を歩いていた女性を驚かせたり、露天風呂で子どものように泳いだり、原稿料はいらないと言いながら持参されるとすぐに受け取ったり・・・、原作者・井伏鱒二を彷彿とさせるには十分であった。胡散臭い社長をリアルに演じた勝見庸太郎の実力も見逃せない。いとも自然に振る舞い、お人好しに見えるが、腹の内は見せない、いざとなると冷淡そのものといった景色を鮮やかに描き出す。しかしどこか憎めない、太っ腹な雰囲気も漂わせる、複雑なキャラクターを見事に演じていた。
 余談だが、川端康成原作の映画「有りがとうさん」(監督・清水宏・1936年)と比べると、「有りがとうさん」の乗務員は運転手一人だけ、乗客とのやりとり、乗客同士の人間模様が鮮やかに描出されていたが、空気としては女性的でしめっぽい。一方、「秀子の車掌さん」はスカッとさわやかで、清々しい。川端康成と井伏鱒二の作風の違いが、映画にも反映されているようで、たいそう興味深かった。(2017.4.25)



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2017-04-26

劇団素描・「南條光貴劇団」・《芝居「身代わり孝行」》

【南條光貴劇団】(座長・南條光貴)〈平成20年6月公演・大宮健康センター〉
 芝居の外題は、昼の部「身代わり孝行」、夜の部「島帰り旅人伊三郎」であった。いずれも、初めて観る舞台、樋口涼二郎がゲスト出演(といっても、ちょい役)していた。「身代わり孝行」は、一宿一飯の恩義からヤクザ同士の喧嘩に巻き込まれた旅鴉同士が、互いに名乗り合って一騎打ち、負け鴉(樋口涼二郎)が勝ち鴉(南條欣也)に「頼み事」をする。「堅気になろうと思って親に手紙を書いた。孝行がしたいと思って貯めた金が二十両ある。今はもうどうすることもできない。どうか、この金をくにのおふくろに届けてもらいたい」勝ち鴉「ようござんす」と引き受けて、「おふくろさん」(南京弥)のところに赴く。おふくろさんは盲目、負け鴉の許嫁(光城直貴)と一緒に十五年待った。勝ち鴉の声を聞いて、盲目の母は「倅が帰ってきた」と大喜び、「そうではない」と否定する勝ち鴉の説明も聞こうとせず、許嫁との祝言を企てる。不本意ながら、真相を打ち明けられずにいた勝ち鴉と許嫁が祝言を迎える日、突然、見知らぬ旅鴉(南條光貴)がやってきた。負け鴉の「兄弟分」だ。遺髪を胸に報告に来ると、負け鴉はすでに帰郷、祝言まであげるとはどういうことか、訝しがりながら「本人」(負け鴉)に対面すると、実は「別人」(勝ち鴉)、旅鴉、大いに憤り「おふくろさん、だまされちゃあいけません。こいつは、あんたの倅なんかじゃあない。その倅を手にかけた張本人だ」と母に告げる。しかし、母は動じない。「いえ、これは私の倅に間違いありません」。「なるほど、おふくろさんが目が不自由だということをよいことに、うまくだましやがった。もう許せねえ。兄弟分の仇だ、ドスを抜け」と、旅鴉が迫る。勝ち鴉も、「もうこれまで」と一騎打ち、討たれようとしたその時、許嫁が飛びだし、母と一緒に「盾」になる。一瞬の「だんまり」(ストップモーション)、そして旅鴉の「思い入れ」、「・・・やあ、みなさんすまねえ、すまねえ・・・、今のはほんの御愛敬、オレが打った一芝居。おふくろさん、いい倅さんをもってよかったねえ・・・」という「セリフ回し」がなんとも魅力的であった。このような、さわやかな風情を演出できるのは、南條光貴、そして「鹿島劇団」座長・鹿島順一を措いて他にいない、と私は思う。
 この「南條光貴劇団」と「鹿島順一劇団」の共通点を数え上げればきりがないが、まさに「瓜二つ」なのは、座長の「生まれ育った境遇」ではないだろうか。①有力な父のもとで厳しく修行させられたこと、②しかし、その父には育てられなかったこと、③異母兄弟がたくさんいること等々。「こんなヤクザにだれがしたんでぇ・・・」というセリフが、「ツボにはまるか」「口先だけに終わるか」の分岐点は、役者の「境遇」にあると、私は確信する。「演技」ではなく、役者の「生活」から「じわじわと滲み出てくる」風情が「至芸」を生み出すのだ。
 夜の部「舞踊ショー」で観た、南條光貴の「加賀の女」(唄・北島三郎)は絶品、終始私の目からは涙があふれ出ていた。「君と出会った、香林坊の・・・、ああ金沢は、金沢は・・・」まさに、その通り、つい四日前、私は金沢を訪れていたのだったから。
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2017-04-25

付録・邦画傑作選・「三百六十五夜」(監督・市川崑・1948年)

 ユーチューブで映画「三百六十五夜」(監督・市川崑・1948年)を観た。原作は小島政二郎の恋愛通俗小説(メロドラマ)である。登場人物は、川北小六(上原謙)、大江照子(山根寿子)、その母(吉川満子)、その父(河村黎吉)、小牧蘭子(高峰秀子)、津川厚(堀雄二)、姉小路三郎(田中春男)、大江家の女中・お咲(一宮あつ子)、おでん屋のおかみ(清川玉枝)、宮田龍之助(大日向伝)、キャバレーの歌手(二葉あき子)といった面々である。この映画が封切られたとき、私は4歳だったので、もしユーチューブがなければ絶対に観ることはできなかった作品だが、主題歌「三百六十五夜」(詞・西条八十、曲・古賀政男、唄・霧島昇、松原操)の方はよく知っていたので、映画の内容はどのようなものか、興味津々であった。筋書きは単純だが冗長、①小六と蘭子は親同士(小牧家は大阪で発展を重ねる事業家、川北家は没落気味の建築業)が決めた許嫁、しかし小六は蘭子の言動が気に入らず、東京へ転出するが蘭子は小六を追いかける。②小六は下宿を変えて大江家の貸間に移る。そこに居たのが戦争未亡人の照子、転居後まもなく大江家に泥棒が闖入、小六が退治する。照子と小六は相愛の仲となる。③小六の父が上京、150万円の借金で会社は倒産寸前、蘭子と早く結婚し、小牧家の援助が得られるようにしてほしいと言う。しかし小六は断固拒否。その様子を窺っていた照子は、小六の恋敵・津川から150万円借り入れる。津川は小牧家の使用人として東京の事業を拡大している。蘭子に恋しているが相手にされず、照子を狙っているようだ。④ある日、照子の母とは絶縁状態の父が金の無心に訪れる。断られたが、引き出しに入れてあった150万円の小切手を見つけ、盗み去る。⑤父はその小切手を持って、津川が経営するキャバレーに繰り込んだが、津川配下でマネキン業の姉小路に奪い取られる。⑥照子は小六のために150万円を稼ごうとして姉小路の事務所を訪れた。洋装モデルの写真を撮れば1回2千円払うと持ちかけられ、エロ写真を撮られてしまう。⑦その写真を目にした小六は、絶望してノイローゼに、それを看護する蘭子、なぜかそこに訊ねてくる照子、といった場面がいつ終わるともなく延々と続くのだが・・・。要するに、小六と照子は相思相愛、最後に結ばれる。津川は蘭子にも、照子にも振られる。そして殺される。蘭子はただひとすじに小六を慕い続けるが思いは届かず、最後は警察に捕まる。という筋書きからみれば、この悲劇の主人公は男は津川、女は蘭子ということになる。事実、蘭子を演じた高峰秀子の艶姿は素晴らしく存在感があった。勝ち気でおきゃん、典型的な日本女性・山根寿子とのコントラストも鮮やかに、その洋装スタイルを見るだけで戦後の息吹きが伝わってくる。恋しい男を追い続け、「思い叶わぬ恋」の余韻をいつまでも、どこまでも漂わせていた。そしてまた、小六の仇役・堀雄二の阿漕振りも見事であった。貧しかった子ども時代を振り返り「金がすべて」だと確信している。彼が初めからワルだったとは思えない。最後に小六の父に刺され倒れ込み、喘ぎながら吐いた「何でもないんだから、みんな騒がないでくれ。一人の人間が血にまみれて生まれてくるように、血にまみれて死ぬだけだ。照子さんは純潔だ、それだけが俺の救いだ」というセリフがそれを暗示している。
 比べて、小六役・上原謙と照子役・山根寿子の相思相愛模様は、やや単調で生硬、主題歌「三百六十五夜」の歌声(霧島昇と松原操)には及ばなかったように感じる。(監督の市川崑と高峰秀子が昵懇の間柄だったとすれば、やむを得ないか・・・。)
 見どころは他にも、照子の父・河村黎吉の落ちぶれたヤクザ振り、女中を演じた一宮あつ子のコミカルな表情、おでん屋・清川玉枝の人情味、画家を演じた戦前の二枚目スター・大日向伝の貫禄などなど満載であった。極め付きは、キャバレーで歌う二葉あき子の舞台姿、「恋の曼珠沙華」、そして「別れのルンバ」の名曲が、往時の魅力そのまま残されている。その歌声を十分に堪能できたことは望外の幸せであった。(2017.4.24)



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2017-04-24

劇団素描・「橘小竜丸劇団」・《小岩湯宴座初公演はやや「力みすぎ」》

【橘小竜丸劇団】(座長・橘小竜丸)〈平成21年6月公演・小岩湯宴ランド〉  「湯宴座初公演」、今日は「大入り」とあって、劇団の「精気みなぎる」「元気いっぱいの」舞台であった。芝居の外題は、昼の部「新入れ墨丁半」、夜の部「浮世人情比べ」。
 「新入れ墨丁半」、博打好きの半次郎(若座長・橘龍丸)が主人公、ひょんなことから身投げの女(橘愁斗?)を助け、その女と旅を続けるうち、なぜか相思相愛の仲に・・・。夫婦として、ともかく一軒の借家におさまったが、旅の疲れが出たものか女房は病に伏せりがち。医者(喜多川志保)の見立てによれば、重篤な心臓病で、今日、明日が「峠」だとか・・・。帰ってきた半次郎に女房は哀願する。「私の命はもうわずか。頼みを聞いておくんなさい」といいながら、半次郎の片腕に「賽の目」の入れ墨を彫った。「これを見たら、私を思い出して、決して博打をしないでね・・・」半次郎、涙にむせびながら「わっかった、もうしないから安心してお休み」だがしかし、こうしてはいられない。恋女房の病気を治すには「良薬」が必要、そのためには金がいる・・・、ということで再び博奕に手を出した。イカサマがばれ袋だたきに遭っているところに親分(座長・橘小竜丸)登場。「とんでもねえ野郎だ!簀巻きにして大川に抛り込め」と言うかと思いきや、「何か、わけがありそうだ。いいから話してみな」とは恐れ入った。やがて半次郎の命と親分の五十両を賭けた賽の目勝負、結果は丁と出て半次郎の負けなのに、なぜか親分は「半」だと言い切って五十両をプレゼント、喜んだ半次郎、その金を持って女房の所に駆けつけるが、時すでに遅し、女房は他界した後・・・、半次郎の愁嘆場で閉幕。なんとも「救いようのない」「絶望的な」筋書で、その「どうしようもないやるせなさ」がこの芝居の眼目ということになるのだろうか。出来栄えは、やや力みすぎ・・・。打って変わって、夜の部「浮世人情比べ」は、底抜けに明るい人情喜劇(のはず)、要するに、金持ちと貧乏人の「人情比べ」が芝居の眼目に違いない。京都の大店「近江屋」のバカ旦那(橘龍丸)が番頭(橘愁斗)と大原を散策中、貧農の娘(橘鈴丸)に一目惚れ、番頭が娘の兄(座長・橘小竜丸)と交渉して「祝言」にまでこぎ着けたが・・・。登場した娘の「歩き方」がおかしい。それを見たバカ旦那はびっくり、「こんなはずではなかった。おっかさん、断ってえな!」と母親(喜多川志保)に頼み込む始末。息子が息子なら母も母、「そんな娘を嫁にしたら、うちの暖簾に傷がつく」と言って退けた。かくて縁談は破談。一生懸命「取りなそう」(翻意を促そう)とした番頭まで「クビ」だと・・・。ところがどっこい、その番頭が娘に求婚、娘、兄も同意して縁談は成立、二人連れだって「歩く姿」を見て、バカ旦那はまた驚いた。娘の「歩き方」は、普通に戻っていたというお話。貧乏人が金持ちの「心」を試すために打った「一芝居」という筋書で、観客は貧乏人の「味方」、拍手喝采のうちに閉幕という舞台(のはず)であった。この芝居、私は「近江飛龍劇団」の舞台を見聞しているが、それに比べて「出来栄え」は今一歩(やや力みすぎ)というところだろうか。その理由①、バカ旦那の風情がまだ「絵としては不十分」、表情、所作の「メリハリ」、おかしさの「ポイント」が絞り切れていない。言い換えれば、「動きが多すぎる」(しつっこい)のである。②兄の様子、「白塗りの二枚目」といった容貌で、「貧乏人」の雰囲気が不十分。言い換えれば「かっこよすぎる」のである。とはいえ、劇団員面々の「実力」は、水準以上、御当地初公演が盛況裡に終わることは間違いない。
歌舞伎名舞台1歌舞伎名舞台1
(2009/08/03)
松本幸四郎、片岡仁左衛門 他

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2017-04-23

劇団素描・「劇団逢春座」・《芝居「小豆島」の舞台模様》

【劇団逢春座】(座長・浅井正二郎)〈平成27年6月公演・小岩湯宴ランド〉
 この劇団の座長は、今年3月まで浅井正二郎の長男・浅井春道が務めていたが、今は「休暇中」とのこと、やむなく父・浅井正二郎が再登板となったか。座員は若手リーダー・浅井優、座長の次男・浅井雷三、若手・浅井龍也、ベテラン・神楽良、女優・浅井ゆき、まりこ、あやこ、といった面々に「劇団扇也」座長・三河家扇弥が加わっている。芝居の外題は「小豆島」、網元(座長・浅井正二郎)の息子・太三郎(浅井雷三)と貧乏な網子・定吉(浅井優)の妹・直江(扇あや?)が登場する現代劇である。太三郎は東京の大学を首席で卒業、医師の資格をとって小豆島に戻り、病院を開業する予定である。太三郎の帰りを誰よりも待っているのは、親同士が取り交わした許嫁・直江だったが、兄の定吉は気が重い。直江は育ちそびれの態で、島一番の不細工、貧乏、無分別な娘、漁師仲間からは相手にされていない。顔を合わせれば「猩々娘」などと蔑まれている。そんな妹を太三郎はまともに相手にしてくれるだろうか。都会の女性を知って、心変わりをしていないだろうか。その心配を網元に訴えたが、網元、泰然として曰く「バカを言え、お前の親父とワシは義兄弟、その約束を息子の太三郎が破るわけがない。もし、破ったら親子の縁を切ってやる」。それでも定吉の気は晴れず、「網元さん、一つ芝居をしてくれませんか」「芝居?、今してるがな」「いえ、息子さんの前で嘘をついて下さい」「そんなことはできない、だったら入場料を倍にしてくれ」といったやりとりが、魅力的であった。大詰めは、太三郎が帰宅、そこへ定吉と、亡母の衣装で着飾った直江がやって来た。定吉と網元、打ち合わせ通り「一芝居」打ったが、太三郎、少しも動ぜず、めでたく直江との縁談成立、島も大漁で一同歓喜のうちに大団円となった。見どころは、①網元の貫禄、②定吉の実直さ、③直江の育ちそびれの風情、④太三郎の見識と誠実さ、といったあたりか。「鹿島順一劇団」の「春木の女」「心模様」を連想してしまったが、出来映えは「今一歩」その舞台に及ばない。座長の他は、皆、若手連中で懸命に務める姿には好感がもてたとはいえ、まだ「荷が重かった」。今日の舞台、ベテラン・神楽良、三河家扇弥は、その他大勢の「網子」役に回っていたが、網元・三河家扇弥、定吉・浅井正二郎、太三郎・神楽良、直江・浅井雷三といった配役であったなら・・・、などと余計なことを考えてしまった。
 この劇団、小岩湯宴ランドは「初公演」、地元常連筋の意向が読めず「小岩はむずかしい」という座長の本音が窺われたが、大丈夫!、彼らは「目新しい劇団」の到来を待ち焦がれているのだから、一日一日を精一杯、全力で取り組めば「高評価」で終わることは間違いない。自信をもって前進していただきたい。



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2017-04-22

劇団素描・「劇団天華」・《「二人忠治」、越生で「志高く」奮闘公演を!》

【劇団天華】(座長・澤村千夜)〈平成21年5月公演・ゆうパークおごせ〉
 劇団紹介」によれば〈プロフィール 劇団天華 平成20(2008)年2月に、澤村千夜座長がヘルス共和国Z(広島県)にて旗揚げ。劇団名は「やるからには一番をめざして」という座長の思いが込められている。座長を中心に若手、ベテランが力を合わせ日々稽古に励んでいる。座長 澤村千夜(さわむらせんや)昭和48(1973)年10月22日生まれ。愛媛県出身。血液型B型。「千代丸劇団」(澤村千代丸座長)、「劇団紀伊国屋」に在籍し、端正な容貌を生かした二枚目、クールな仇役、三枚目など芸域を広げてきた。平成20(2008)年、ヘルス共和国Z(広島県)にて「劇団天華」を旗揚げ。劇団名には「やるからには一番を目指して」という思いが込められている〉とある。また、キャッチフレーズは、〈天下に咲き誇る一番美しい華になる。志高く、無限の可能性に挑む。「千代丸劇団」「劇団紀伊国屋」で芸の腕を磨いた男伊達・澤村千夜が独立旗揚げ。澤村千夜座長を筆頭に劇団が一丸となって、繰り広げる情熱舞台を感じてください〉であった。さて、この劇場、観劇料金は「別勘定」のためか(しかも客席の前半分は「さらに有料」の指定席)、日曜・昼の部だというのに、客席は閑散としている。開幕時の客数は十数名にすぎなかった。そんな中で、芝居の外題は「二人忠治」。赤城の山で「下働き」をしていた百姓が、国定忠治の「名を騙って」無銭飲食を繰り返すうち、本物の忠治に遭遇、馬脚をあらわすという筋書で、喜劇の中の喜劇、劇場の空気は「笑いの渦」であふれるはずであったが、残念ながら客数不足が致命的、客は(恥ずかしやら、むなしいやら)笑い声を「押し殺して」観る始末。劇団の「実力」は「水準並み」だが、劇場の「集客能力」が及ばず、不完全燃焼気味の舞台であった、といえよう。劇団員(キャスト)は、副座長・澤村神龍(舞踊の実力は「水準」以上)、ベテラン・アスカコウジロウ、女優・サンジョウナツキ、男優二人、子役一人(いずれも芸名不詳)で、合計7名(?)。旗揚げしてまだ1年、「発展途上」の「初々しさ」を生かして〈日々の稽古に励め〉ば、必ずや「美しい華」に結実化するだろう。「役者は揃っている」。たった数名の客であっても、「大入り」のつもりで舞台を務められるかどうか、そのことが〈志高く、無限の可能性に挑む〉「鍵」(キーポイント)になるだろう。
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2017-04-21

劇団素描・「劇団銀鈴座」・《芝居「お竜ざんげ」》

【劇団銀鈴座】(座長・森川康夫)〈平成24年5月公演・メヌマラドン温泉ホテル〉
JR高崎線熊谷駅から、太田行きバスでおよそ20分、「三ッ橋」停留所で下車。県立妻沼高校を右に見て500メートル直進すると「メヌマラドン温泉ホテル」があった。中高年向けの保養施設といった佇まいで、栃木の「鬼東沼レジャーセンター」、茨城の「岩瀬城総合娯楽センター」と趣を一にしている。グランドゴルフ、ゲートボールを楽しむ宿泊の団体客が、日にち毎日、目白押しでやって来るとか・・・。正午から大衆演劇観劇。「劇団銀鈴座」(座長・森川康夫)。(私が)初めて観る劇団で、座長・森川康夫、その妻女、花形・森川寿美江、長女の森川友葉(24歳)、次女の未来(21歳)、三女の千枝(15歳)という総勢5人のファミリー劇団であった。しかし「山椒は小粒でぴりりと辛い」、それぞれが舞台度胸満点の実力者揃いあった、と私は思う。芝居の外題は「お竜ざんげ」。観客数は50人弱だが、その半分はグランドゴルフを楽しみに来た団体客、ただ昼食を摂るために「居合わせた」という按配で、座長にとっては、たいそう気骨の折れる舞台ではなかったか。女盗賊お竜(森川友葉)の手下(座長・森川康夫)として登場するなり、まず客席に一礼、「今日はようこそいらっしゃいました」と言いながら、団体客の注意を喚起しようとするのだが、客席の面々は「どこ吹く風」と聞き流して、ザワザワザワザワ・・・。「おかげで」筋書きの詳細は判然としなかった。(なぜか?)十手持ちの親分(森川未来)に匿われて居たお竜は、「そろそろ年貢の納め時」と覚悟を決めて、手下を堅気にに解放する。自分は、温情ある親分に「捕らえてもらえば本望」と思っていたのに、(またまたなぜか?)そこに盲目の母(森川寿美江・好演)登場。お竜は(親子名乗りを拒否して?)、自刃して果てるという顛末であった(らしい)のだが・・・。いずれにせよ、「ザワザワザワザワ」の影響で「不明部分」の多い結果となったが、私は満足である。座長・森川康夫は(おそらく)50歳代、風貌は「南條光貴」然として艶やか、花形・森川寿美江は「都ゆかり」然として、芝居は言うに及ばず、歌も踊りも「超一流」・・・、御両人を拝見しただけで、二つの劇団(「南條光貴劇団」「都若丸劇団」を同時に味わえるような心地がしたからである。座長の舞踊「赤垣源蔵徳利の別れ」、花形の舞踊「お吉物語」、歌唱「命もやして」は絶品、今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就くことができたのであった。
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2017-04-20

劇団素描・「花柳劇団」・《懐かしの「楽団ショー」をありがとう》

【花柳劇団】(座長・花柳願竜)〈平成25年5月公演・メヌマラドン温泉ホテル〉
 この劇団の面々は、座長・花柳願竜(大阪府八尾市出身)、太夫元・花柳武雄(大阪府八尾市出身)、副座長・花柳隆(長崎県出身)、秋山拓磨(静岡県富士市出身)、柳洋子(長野県出身)、花柳さつき(静岡県藤枝市出身)、花柳麻里奈(静岡県藤枝市出身)、花柳杏梨(三重県松坂市出身)ということだが、出身地をみるだけで、役者相互の「人間模様」が推察できる。身勝手に想像すれば、太夫元と座長は「親子」、花柳さつきと麻里奈・杏梨は「親子」、だとすれば、肝腎な「夫婦」は誰と誰?、もしかして座長とさつき?、否、若座長とさつき、等など、誠に不謹慎な思いを巡らしている(座員の皆様、ごめんなさい)うちに幕が開いた。今日の舞台にお目見えしたのは、座長、副座長、秋山拓磨、柳洋子、花柳さつきの5人だけであった。とはいえ、いずれも芸達者、登場しただけで、舞台は江戸時代にタイムスリップする。芝居の外題は「忠治旅日記」。信州権堂・山形屋で忠治が助けた父娘の後日談である。ところは越後の古田村、あの時からどれくらいの時がすぎたのでさろうか。忠治に助けられた嘉右衛門爺さんはすでに亡く、娘およしは十手持ちの佐太郎(副座長・花柳隆)を婿に迎え、老母のおはつ(柳洋子)と暮らしている。そこに、追われの身の忠治(座長・花柳願竜)がやってきた。この村で、忠治は「生き神様」と崇められている。嘉右衛門が持ち帰った100両で、村の飢饉が救われたのだった。やってきた忠治を、絶対に守ってみせる。およしも、おはつも、村人も、その決意は変わらない。御上との板挟みになる佐太郎、その空気を察した忠治、「私をお縄にして手柄をたてなせえ」と佐太郎の前に両手を差し出すが、佐太郎は「許しておくんなさい」と言って、自分の腹を突く。舞台は一瞬にして愁嘆場、涙をこらえて落ち延びる忠治の旅姿で幕となったが、まさに「これぞ大衆演劇!」といった景色で、私の涙も止まらなかった。1時間後、舞踊グランドショーの開幕。客席は「老人会」の団体客約30人、個人客9人で、いずれも高齢者とあって、「洋舞」はいっさい無し、中でも圧巻は、昔懐かしい、あの「楽団ショー」。スチールギター・座長、ベースギター・秋山拓磨、ドラム・花柳隆、アコーディオン・花柳さつきという構成で、1曲目はハワイアン(曲名不詳)、2曲目は、秋山拓磨がドラムに回って、花柳隆の歌唱は「かえり船」。波の瀬の瀬に揺られて揺れて・・・、メンバーの呼吸が一つになって、いぶし銀のような歌声が流れ出す。そうなんだよねえ、それでなくっちゃあ。カラオケとは一味も二味も違う舞台模様に、またまた、私の涙があふれ出た次第である。聞けば、客のリクエストがあれば、その歌声に合わせて伴奏までしてくれるとのこと、本日の客層は休憩時間に(カラオケで)エネルギーを使い果たしたか、だれも名乗り出なかったのは残念。だがしかし、昭和40年代の伝統を、一日も休まず、未だに守り続けている劇団の「姿勢」(誠意)に脱帽する他はなかった。ありがとう、今日もまた、なお一層の元気を頂いて帰路に就くことができたのである。
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2017-04-19

劇団素描・「南條光貴劇団」・《芝居「ハルキの女」》

【南條光貴劇団】(平成20年4月公演・「岩瀬城総合娯楽センター」)

 プログラムは第一部「ハルキの女」、第二部「おみつかんざし」、第三部「舞踊ショー」。私の目的は、第一部「ハルキの女」を観ることが第一、女優・光城直貴の舞台を確認することである。「ハルキの女」は、大衆演劇屈指の傑作、私は「鹿島順一劇団」の舞台を見聞して、以下のように綴ったことがある。

 芝居の外題は、昼の部「春木の女」、夜の部「仲乗り新三」。いずれも特選狂言、特に「春木の女」は「鹿島順一劇団十八番の内」と銘打っている。さもありなん、この芝居は、これまで私が観た大衆演劇の中でも「最高傑作」といっていい舞台であった。
春木の浜の漁師夫妻(夫・梅乃枝健、妻とら・鹿島順一)には二人の娘がいた。姉(お崎・春日舞子)、妹(お妙・三代目虎順)である。お崎は利発、男勝りな気性で働き者だが、お妙は育ち遅れが目立ち、歩き始めたのが四歳、言葉遣いもまだたどたどしい。はじめは寛容だった村人たちも、今では後ろ指を指したり、白い眼でひそひそ話をするようになっていた。妻・とらは、そんなお妙が不憫でならず「猫かわいがり」、反対にお崎には冷たく「当たり散らす」。しかし、お崎は「じっと堪え」、とらの言い出す無理難題に黙々と従う毎日であった。舞台は一景、ある時、浜で村の若者たち(春大吉、金太郎、赤胴誠、春夏ゆうき、生田春美)が祭り太鼓の稽古をしていると、そこに京都の人形問屋(京や・大手)の次男坊(清三郎・蛇々丸)が「魚釣り」にやってきた。兄(慎太郎・花道あきら)から「暖簾分け」をする時期になり、嫁取りの見合いをさせられ、その煩わしさから逃げてきたのだ。いささかノイローゼ気味で、言葉にも力が入らない。そのなよなよした風情で「釣り場所」を若者(春大吉)に尋ねる「やりとり」が絶品であった。清三郎が退場、そこへお妙が登場、「おとう」(父・梅乃枝健)を迎えに来たのだ。しかし父は先刻、風向きを読んで、「これから時化になる。海へ近寄るのは危ないぞ」と若者たちに警告、帰宅していた。若者たち、「おとうか、おとうならあっちにいるぜ」と言って、お妙を騙す。通り過ぎようとするお妙の前に立ちふさがった。お妙「そこ、のけ」と言うと「裸になったら通したるわ」とからかう。「裸になったら寒い」「寒くないから脱げ」と押し問答しているところに、姉・お崎登場、「あんたたち、何してるねん。お妙のこといじめたらどついたる」とたしなめる。「いや、あんたが、おとら婆さんにこき使われて可哀想と思ったから、ちょっと、からかってみただけや」と弁解するところに、とら登場。「なんや、お前たち、また寄ってたかって、お妙をいじめていたんやな」、すかさずお妙が訴える。「あんな、おかやん、おねやんがうちの頭どつくねん」「なんやて、お崎がぶった?こら、お崎、なんてことするんや!」、「いえ、私は・・・」と絶句するお崎。あっけにとられる若者たち。とら「はよ、貝採りに浜へ行かんかい」と睨みつける。「今日、海は時化る。浜になんか近寄らんほうがええって、あんたんとこのおとやんが言ってたぜ」と抗する若者に、「フン、そんなことぬかしおったか、あの宿六が。意気地がないから、いつまでたっても貧乏暮らしをせなあかん」。直後に猫なで声で「お妙や、こんなアホな連中の中にいると、こっちまでアホになってしまう。はよ帰ろう」と、お妙と共に退場。その途端、浜の方から大きな声、「おおい、誰やら海に落ちたぞ・・・。手を貸してくれ・・・」一同、びっくり。尻込みする若者たちを叱咤して、お崎は浜に駆けだした。やがて、先ほどの清三郎、若者たちに背負われて登場。釣りの最中、波にさらわれたが、命だけはとりとめた。息を吹き返して「ここは地獄か、極楽か?」見上げると、そこにはお崎がすっくと立っていた。「わてを助けてくれたんは、あんたはんでっか?」、「みんなで一緒に助けたんや」、いつのまにか、舞台は清三郎とお崎の二人きり。会話を交わす内に、清三郎の心は決まった。「あんたはんは、素晴らしいお人や。わての女房になってもらえへんやろか」「あほらしい、身分が違います」全く取り合わないお崎、それでも清三郎はあきらめない、約束の証に自分の「守り札」を無理矢理、手渡して退場した。「守り札」をしげしげと見つめるお崎、しかし「こんなもの持ってたら、またおかやんに何言われるかわからへん、ややこしゅうならんうちに・・・」と言いながら、背負い籠に投げ入れたが、実は道の上、知ってか知らずか、さわやかに退場した。一部始終を見ていた風情のとらとお妙、再登場。お妙が拾い上げた「守り札」を手にして破顔一笑のとら、「しめしめ、どうやら、お妙に幸せが舞い込んできたようだ・・・」とつぶやく。そして「お妙や、これは大事なものだから、大切になおして(しまって)おきなはれ」
 舞台は二景、三月後(夏祭り当日)のことである。祭りだというのに、お崎は相変わらず「働きづめ」、とらから言われた用事を全部済ましたつもりだったが、油の買い物を忘れていた。とらにどやしつけられて、そそくさと退場する。そこへ、来客。「押し売り」だろうと無愛想に応対していたとら、京都の大店・京やの長男・慎太郎だとわかると態度が一変した。「これは、これは、京都で一、二を争う大店の旦那はんでっか、ようこそおいで下さいました」「はい、慎太郎と申します」「ああ、あの石原さんでっか」「いえ、石原ちがいます、京やでおます」あいさつが終わり、「今から三月前、京都から来た若者が海に落ちて溺れていたところを助けてくれた娘さんを探しているのですが、御存知ないでしょうか?」「ええ、ええ、よーく知っていますよ。それは、私の娘で『お妙!』と申します」、違う違う、お妙ではないという素振りの夫を「床を叩いて」制する。驚いた慎太郎に向かって「いえね、フナムシがはい上がって来たんですよ」。慎太郎、下座の夫に注目し、「あちらのお方はどなたはんでいらっしゃいますか」とら「ああ、あれでっか。あれはわての、連れ合いです」「へええ・・・。では、この家の御主人でっか?」「ええ、まあ、よそではそういうことになりましょうな。でも家は女尊男卑ですから、私がが主人です」あきれる慎太郎。でも気を取り直して「そうでしたか、実はその若者とは私の弟。今日はその御礼に伺ったわけです。それに、もう一つ、お願いがあるのですが・・・」。待ってましたという表情のとら。「弟がその娘さんに一目惚れして、嫁にほしい」というのです。「はいはい、大店の暖簾わけしたお嫁さんになれるなんて、願ってもないこと、よろしくおたの申します」「そうですか、それはよかった。では、その娘さんに会わせていただけますでしょうか」一瞬、躊躇するとら、しかし意を決してお妙を呼び寄せる。「さあ、粗相のないように御挨拶しなさい」。何も知らずに平伏している慎太郎の背後に立ったまま挨拶するお妙。「コンニチワ」という大きな声に、慎太郎は顔を上げ、様子を一目見て仰天した。「えっ?・・・・・・」思わず出た言葉「これ、人間でっか?」とら、少なからず衝撃を受けたが、平然と「まあ、あんたさんも冗談がきつい。人形屋さんでいつも人形ばかり見ているから、『人間でっか』などというお褒めの言葉がでたんでしょう」と言い放つ。慎太郎、「わかりました。疑うわけではありませんが、弟は約束の証に『守り札』を渡したと言っております。それを見せていただけますでしょうか」「ええ、ええ、いいですとも。これお妙、あの大事なものを見せてさしあげなさい」お妙、大切にしまっておいた「守り札」を取り出し、慎太郎に手渡す。なるほど、本物に間違いない。動揺をかくせない慎太郎「たしかに、弟の『守り札』です。御主人、疑うわけではありませんが、ここに弟を呼んで確かめてもよろしいでしょうか」またも、躊躇するおとら、しかし、またも平然と「ええ、ええ、かまいませんとも。でも会ったのは三月前、その時とは少しばっかり、様子が変わっているかもしれませんよ」大急ぎで弟を呼びに行く慎太郎。なよなよと登場する清三郎に向かって「おい、清三郎、おまえだいじょうぶか?よりによってあんな・・・」「どういうことでっか。美しい娘さんだったでしょ?」「おまえ、一度、眼医者に行った方がいい」「なにを言っているのやら・・・」要領を得ぬまま二人は家内へ、清三郎いよいよ対面の場となった。憧れの人を前に、緊張のためか、感激のためか、相手の顔をよく見ようともせず、お妙を抱き寄せる。しかし、「・・・?」様子が違う。あらためてお妙の顔を直視して、驚き飛び退いた。「違う!違う!」あの時の娘とは似ても似つかぬ顔、形。 
そこへ、お崎が買い物から帰ってきた。一目見て、清三郎が狂喜する。「兄さん、私を助けてくれたのは、この娘さんです!」畜生!もう少しでうまくいったのに!と悔しがるとら。「あいつは家の使用人。私の娘ではありません」何が起きているのか、とんと解せぬ様子のお崎。子細をのみこめた慎太郎、今度は高飛車に出た。「わかりました。この家の人たちは、みんなで私たちを騙そうとしています。助けていただいた御礼はいたします。でも、嫁取りの話はなかったことして下さい。これで失礼いたします」清三郎をせき立てるように立ち去った。がっくりするとら、それでも夫とお崎に当たり散らす。「間の悪いときに帰ってきやがって!せっかくお妙が『幸せ』をつかめるというのに、お前たちは邪魔ばかりしくさる。もうお崎の顔なんか、見とうもない!どうせ、岬で拾ってきた子やないか!あんた!拾ってきた場所に捨てて来なはれ!」その言葉に夫は激高した。「何だと!もう許さん!お前は決して言ってはならぬことをほざいたな。お崎が『捨て子』だなんて!
それを言わないことは、オレとお前の固い約束ではなかったんか!」いつのまにか、お妙の姿はなく、夫婦とお崎、三人の愁嘆場(修羅場)となった。
 とらに殴りかかろうとする父親を必死に止めるお崎。「おとうちゃん、おかあちゃんを殴るのだけは止めて。わたしはおかあちゃんをうらんでいない。これまで大きくしてくれて心からありがたいと思っている。もし、おとうちゃんがおかあちゃんをなぐったら、世間の人はどう思う?私がおかあちゃんをうらんで、おとうちゃんに殴らせていることになるじゃないの。だから、お願いだからおかあちゃんを殴ることだけは止めてちょうだい!」と懇願する。じっと、聞いているとら。思わずお崎の顔を見ようとするが、再び背を向ける。あきれた夫、「これだけ言ってもわからない。見下げ果てた奴だ。お崎、おとうちゃんは決心したぞ。おまえと一緒にこの家を出て行く。さあ、二人で出ていこうなあ」表情は晴れ晴れとしていた。最後にお崎「おかあちゃん、私たち家を出て行くけど、身体を大事に長生きしてね。お妙にお婿さんもらって『幸せ』になってね。これまで、本当にありがとう」と、別れの言葉。とら、石のように黙って動かない。
 そこへ、慎太郎、清三郎の兄弟、再登場。「途中まで帰りかけましたが、清三郎がぜひあの娘さんに会いたいというので戻ってきました。今、聞いていれば、娘さんを捨てるとのこと、どうでっしゃろ、その娘さん、京やで拾わせてもろうてもよろしゅうおまっしゃろか」父「いいですとも、いいですとも。京やさんい拾ってもらえるんやったら・・・。よろしゅうおたの申します」「では、おとうさんも一緒に拾いましょ」 
 そのやりとりを聞いていたおとら、ついに口を開いた。その長ゼリフは一話の「人情噺」。
要するに、夫婦は子宝に恵まれず寂しい思いをしていたが、ある日、夫が岬に捨てられていた女児を拾ってきた。夫婦は天からの授かり物としてわが子のように育てた。発育も人並み以上で、申し分ない。五年経ったとき、思いもよらず実子が宿った。喜びも倍増、姉妹仲良く、健やかな成長を期待したが、なぜか妹は育ちそびれ、私は不幸のどん底に。こんな妹がいるかぎり、姉は幸せになれない。この家と縁を切って「家出でも、してくれれば」と思い、わざと冷たく意地悪な仕打ちを重ねてきたが、姉はますます尽くしてくれる。妹は妹で発育が滞る。そんな繰り返しの中で、私の心には「鬼」が棲みついてしまった。ああ、恐ろしい!でも、でも今気がつきました。妹のことばかり考えたのは、私の間違い、姉が幸せになれないのに、妹だけ幸せになれるわけがないということがわかったのです。
そして慎太郎に言う。「貧乏暮らしはしていても、我が家はもと網元。我が家の娘として京やさんに嫁がせたいと思います」
 姉に言う。「これまでのこと、許しておくれ。決してお前が憎かったわけじゃあないんだよ」
夫に言う。「ごめんなさい。これからは男尊女卑、あなたのために仕えます」
かくて大団円となるはずだったが、突如、舞台に表れたのは「花嫁衣装」を身につけたお妙の艶姿(?)、一同「ずっこけたまま」大笑いのうちに閉幕となった。
 この「ずっこけ」が、「春木の女」の眼目(主題)であることは間違いない。お妙は、何のために登場したのだろうか。自分の「嫁入り」を確信しているのか、姉の「嫁入り」を寿いでいるのか、それは観客の判断に任せるという「演出」であろう。いずれにせよ、「育ちそびれた」人も「かけがえのない」一員であり、その人と共に、どのように生き、どのように「幸せ」を追求すればよいか、という私たちの課題が、「義理」(理論)ではなく「人情」(愛)の視点から問いかけられていることはたしかである。観客の多くが涙を流していたが、その涙で、どのような心が洗われたのだろうか。

 私の勝手な推測によれば、鹿島順一はこの芝居を、初代・南條隆から「継承」したと思う。そして、「南條光貴劇団」の座長・南條光貴は、初代・南條隆の孫、彼もまた、二代目・南條隆(父)を通して、祖父の芝居を「継承」しているに違いない。
 今日の舞台では、漁師夫妻が南條光貴・光城優貴、その長女おさき・南京弥、次女お妙・光城直貴、清三郎・南條欣也、その母(芸名不詳の女優)、村の若者たち・光城元貴、南條あみ、といった配役であった。筋書きは、「鹿島劇団」と「ほぼ同じ」、私にとっては、この「傑作」が他の劇団(しかも、「鹿島劇団」の次に私が好きな劇団)によって演じられること自体が「発見」であり、実に「感動的」であった。この芝居のキーパースンは、いうまでもなく「お妙」、「育ちそびれた」人をどのように演じるか、「育ちそびれた」ために「わがまま放題」、いわば、「おさき」の敵役にまわる役柄である。味方は、意地悪婆然の母・おとら、ただ一人の様子で、他の登場人物の「ほとんど」は「白眼視」する。その「白眼視」を、観客がどう感じるか。客も同様に「白眼視」するか。それとも「白眼視」に「反発」するか。いずれにせよ、育ちそびれた「お妙」の舞台姿に「違和感」を感じることは確かであろう。その「違和感」が「違和感」のままで終われば、その舞台は失敗、障害者の団体から抗議されてもしかたがない。したがって、この芝居を舞台にかけるには、座長はじめ劇団員全員の「覚悟」と「覇気」が不可欠だ、と私は思う。筋書で、最も大切な場面は、自分が捨て子であることを知ったおさきが、(そのことを嘆きもせず、怨みもせず)養母・おとらに感謝し、義妹・お妙の「行く末」を心から案じる姿である。「おっかさん、ありがとう。お妙のこと幸せにしてあげてね」、その一言を聞いておとらは「改心」する。世間の「白眼視」からわが子を守ろうと、「溺愛」しているうちに、いつのまにか、「私の心に『鬼』が棲みついてしまった」、「結果として自分もまたお妙を白眼視していたのではないか」という、おとらの「自戒」(改心)が、この芝居の眼目であろう。その「改心」が観客に伝われば、これまでの「違和感」が払拭されるに違いない。今日の舞台で、おさきを演じたのは女優・南京弥、おとらを演じたのは、女優・光城優貴であった。二人ともまだ「若手」、「鹿島劇団」の配役(おさき・春日舞子、おとら・鹿島順一)と比べては気の毒だが「精一杯演じていた」と、私は思う。
観客は、例によって「老人クラブ」の団体客、一人一人がどのような感想を持ったか、わからない。しかし、「ハルキの女」を果敢にも舞台にかけた座長、劇団員の「勇気」に拍手を贈りたい。
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2017-04-18

劇場界隈・岩瀬城総合娯楽センター(茨城)「南條光貴劇団」公演

【南條光貴劇団】(座長・南條光貴)〈平成20年4月公演・「岩瀬城総合娯楽センター」〉                                                                      午前8時5分柏発、勝田行き普通電車で友部へ。9時54分友部発、小山行き普通電車で岩瀬へ。岩瀬からタクシー(5分・約2キロメートル)で「岩瀬城総合娯楽センター」到着。そこで午前11時から大衆演劇観劇。「南條光貴劇団」(座長・南條光貴)、受付で芝居観劇を申し込む。「どこから来ましたか?お名前は?飲み物は何にしますか」などと聞かれ、2600円支払う。従業員に案内され2階ホール(大広間・桟敷)に入ると、ビックリ、団体客(地区別老人会か?)でほぼ満員状態、カラオケの真っ最中であった。まだ午前10時台だというのに、「宴たけなわ」という雰囲気である。「席はどこにしますか」といわれたので、最後方の長テーブルを指さすと、従業員が座布団と盆を持参する。盆の上には、アルミの急須、湯飲み茶碗、日本酒入り銚子1本、紙コップが乗っている。
なるほど、第一部・芝居の開演は11時、終演は12時、その後、昼食(弁当配布)、第二部・芝居の開演は午後1時10分、終演は2時10分、舞踊ショー終了が午後3時という手順になっているので、この日本酒は、お茶を肴に飲むということか。妙に納得して、第一部の芝居・「次郎長外伝・生きたり死んだり」を観る羽目になった。筋書きは、次郎長の子分同士が「お互いに死んだこと」にして「香典代」を稼ごうとする「他愛もない」話、まあ「前狂言」なので、若手役者の「修業の場」 、それでもいいかと納得した。団体客の目的は「観劇を兼ねた親睦」なので、舞台に向けての集中力に欠ける傾向があるが、若手二人(南條欣也・結貴野蛍)の「実力」は彼らの関心を惹きつけるには十分であった。 実を言えば、私はこの劇団の舞台は、昨年、大阪「鈴成座」で見聞済み。座長・南條光貴の「女形舞踊」、女優・光條直貴の「立ち役」、ラストショー・龍神の舞が、印象深く記憶に残っていた。「もう一度観たい」と思う劇団の筆頭であった。座員は、他に、女優・南京弥(23歳・南條欣也の妹)、光條優貴、南條あみ(14歳)、男優・光條元貴(16歳)がいる。第2部の芝居は、外題「花の神田屋」、女優は「立ち役」、男優は「女形」という趣向の配役で、敵役の親分(三枚目)を、南京弥が「達者に」演じていた。座長の女形舞踊「アカシアの雨が止むとき」は、やはり「絶品」、その時だけは場内「水を打ったよう」、観客全員が舞台の景色に酔いしれた。
 予定表によれば、16日から20日まで、一部の芝居は「ハルキの女」とのこと、もう一度「観に行く」ことになるだろう。
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2017-04-17

劇団素描・「劇団菊」・《芝居「佐渡情話」、座長はいずこ?》

【劇団 菊】(座長・菊千鶴)〈平成20年4月公演・立川大衆劇場〉
 午後6時、立川大衆劇場に到着、木戸口で入場料を払おうとしたら、小屋のおじさんから、「まだ客が誰も来ていないから、中に入って待っててください」と言われた。「ああ、今日はやらないかも知れないんだ」と、私が言うと、おじさんは黙って肯いた。小屋のおばさんが、どこかに電話している。「あの人たちが来れば、できるかもね・・・」これまでにも、客が一人しか来ないので「芝居ができなかった」という話を聞いたことはあったが、まさか、自分がその一人になろうとは、なんともやるせない気持ちでいっぱいになった。しかし、二十分ほど経つと、客が三人に増え、まだ後から二人来るという。結局、観客6人で、開幕となった。「劇団菊」(座長・菊千鶴)。「劇団紹介」によれば、「プロフィール 劇団菊 昭和54(1979)年に故・市川菊三郎が「市川劇団」として創立。その後、菊千鶴座長が昭和62(1987)年1月に引き継ぎ、「劇団菊」と名づける。チームワークを大切にした、アットホームな、なごみ系の劇団で、たくさんの役者仲間が遊びに来るという。現在総勢18名で、関東を主に巡業している。座長 菊千鶴 昭和38(1963)年9月7日生まれ。神奈川県出身。血液型AB型。母とともに、当時あった「劇団ママ」という劇団の座長大会を観に行き、それがきっかけで15歳で役者の道に入る。子どものころ、歌手になりたかったという座長は、美空ひばりの歌が好きで、座長自身もそれを十八番とする。お芝居では、三枚目や、汚れ役などを好む」とある。キャッチフレーズは、「自然と人が集まる、楽しい劇団。座長をはじめ、劇団員みんな、とても気さくでアットホーム。『劇団菊』を観に来ると、お姉ちゃんの家に来たような、そんな感覚になってしまいます」であった。なるほど、開演三十分前に客は私一人だったが、「自然と人が集まって」6人になった。そういえば、芝居に登場した女優(市川千春?)が、「ああ、おなかすいた。こんなことだと、やせちゃうわ。たいへんたいへん」と客席に話しかけると、すかさず常連客がお菓子をプレゼントする。まさに「アットホーム」な「やりとり」であった。役者は、座長・菊千鶴、副座長・浅井浩次、花形・菊小菊、名花・菊小鈴、女優・南ゆう佳、市川千春、市川千夏、男優・菊おさむ、ひびきじゅん、りゅうせい(?)、子役・りな、3歳男児、などという面々であった。いつも思うことだが、どうして各劇団は、役者の紹介を「きめ細かに」「ていねいに」行わないのだろうか。一つには、「また来ておぼえてください」というもくろみがあるかも知れない。しかし、役者にとって最も大切なことは、自分の名前を「売る」ことではないだろうか。
 芝居の外題は「佐渡情話」。身代が千両を下らない大店の若旦那(菊おさむ)は、身を持ち崩し、今ではやくざ一家(親分・浅井浩次)の若い衆になっている。そこへ、お店の女中(市川千夏?)が訪ねてきた。訊けば、「旦那様は亡くなり、奥様も病の床に伏している」という。若旦那はおどろき、さっそく「店に帰る」ことにする。事情を親分に話すと、「早く帰ってやんな」と路銀まで施してくれたが、それは表向き。旅鴉(菊おさむ・二役)を刺客にして、若旦那の大店を乗っ取る魂胆だった。親分のもくろみ通り、若旦那と女中を始末した旅鴉、「若旦那」として大店に乗り込んだ。なぜか、その「いきさつ」を調べあげている、若旦那の幼友達・庄屋の倅・今は役人(菊小菊)の活躍で、舞台は閉幕となったが、誰が、どうして、どうなったのか、詳細は思い出せない。それというのも、「座長は、いつ出てくるのか?」ということが気になって、筋書どころではないうちに、いつのまにか芝居は終わっていた、という次第である。すぐに、「座長口上」ということで、ついに座長登場、その姿を見て驚いた。なんと、大店の「奥様」(若旦那の母親)役だったのだ。(その時まで、座長が男優なのか女優なのかも私は知らなかったのだが・・・・)若手男優・菊おさむ、副座長・浅井浩次、花形・菊小菊を「目立たせ」、自分は「脇役」に徹しようとした「演出」もまた、「アットホーム」であった。
 舞踊ショーでの「舞踊」や「歌唱」は、「水準」以上で、「実力者」が揃っていた。中でも、名花・菊小鈴の舞踊「浜千鳥情話」、座長・菊千鶴、花形・菊小菊の「歌唱」、子役・りなの「大阪すずめ」、ベビー?(3歳男児)の「おまつり忍者」が、印象に残った。「満劇団」の子役・浪花の若旦那も3歳男児である。彼が、大人の中に混じって踊るのに比べて、ベビー?は「独り舞台」で演じていた。実力は拮抗している。
 観客数は6人、舞踊ショーのラスト、舞台に勢揃いした役者は11人、どちらが「観客」かわからない様相だったが、やはり、「お互いのためにも」、観客数は10人以上とすべきではないだろうか。
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2017-04-16

劇団素描・「まな美座」・《芝居「とりかえっこ」》

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【まな美座】(座長・島崎寿恵)〈平成20年4月公演・茨城・千代田ラドン温泉〉
午前9時自宅発。柏、我孫子、取手を経て、10時20分頃、土浦着。「千代田ラドン温泉センター」に電話したが通じない。たしか、東口から送迎バスが出ていると聞いていたので、とりあえず東口のロータリーに行ってみると、今まさに「千代田ラドン温泉」というマークを付けたマイクロバスが動き出したところ、あわてて手を振り、乗せてもらった。今日は「風呂の日」で入館料は750円(割引)だった。午後0時30分から大衆演劇観劇。「まな美座」(座長・島崎寿恵)「劇団紹介」によると、「プロフィール まな美座 平成14(2002)年12月1日に、宮崎橘劇場で旗揚げ。大衆演劇の枠にとらわれることなく、洋風のショーも積極的に取り入れ、華やかな舞台を繰り広げる。 座長 島崎寿恵 昭和31(1956)年11月17日生まれ。愛媛県出身。血液型O型。凛々しい立ち役での芝居や舞踊はもちろん、「幽霊と出会った梅川忠兵衛」や「鼻欠けおかつ」など喜劇での三枚目も見事にこなす」とある。キャッチフレーズは「見ごたえある、大輪の花が咲き誇る。シリアスな芝居から、大爆笑を誘う喜劇まで幅の広い芸風で観客を魅了する『まな美座』。『とにかくお客様と楽しみたい』と言いながらも謙虚な姿勢で、情熱を注ぐ座長・島崎寿恵の姿は、舞台に咲いた大輪の華である。ぜひ、心ゆくまで、『まな美座』の舞台をお楽しみください」であった。芝居の外題は「とりかえっこ」。乳飲み子を残して、連れ合いに先立たれた男・ノリスケ(副座長・美影新)は、前途を悲観して「身投げ」をしようとする。そこに通りかかった女・おくま(座長)、(自分も亭主に先立たれて乳飲み子を抱え「身投げ」をしようと彷徨っていたのだが)思わず「危ない!、何をするんです」と、引き止める。「助けると思って、死なせてください」「助けたり、死なせたり、そんな器用なことができるもんか」といった、定番のやりとりのあと、ノリスケの乳飲み子、おくまが預かって育てることになった。それから十余年、あのときの乳飲み子たち(ノリスケの女児・おきく、おくまの男児・トラキチ)も青年に成長した。おきくは利発で親孝行、評判の看板娘に育ったが、トラキチは「育ちそびれ」、仕事もしないで、芝居見物に明け暮れている。そんなとき、立派に成功したノリスケが「後添え」まで伴って、おくまたちの家を訪れた。「あのときの娘を迎えに来ました」そのことは、預かったときから約束済み、しかし、おくまの心は乱れる。そしてとっさの判断、預かった子は男だったことにして、トラキチを返してしまおう。以後の、ノリスケ、おくま、トラキチの「絡み」(やりとり)が、なんとも「おかしい」。トラキチを演じたのは、若手男優・月乃うさぎ、「育ちそびれ」た風情を、さわやかに描出していた。客との呼吸をはかりながら、「笑いを取るツボ」を心得ている。「所作」「表情」の「おかしさ」が加われば大成するだろう。
 この劇団もが「女系」(?)かどうかはわからないが、男優は、副座長・美影新、響一生、月乃うさぎの三人だけ、それぞれが「持ち味」を発揮して、座長を盛り立てていたように感じた。



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2017-04-15

劇団素描・「風美劇団」・《芝居「姥捨山」は「大スペクタクル」》

【風美劇団】(座長・風美涼太郎)〈平成22年3月公演・柏健康センターみのりの湯〉

この劇団の太夫元・風美翔蔵は斯界でも異色(貴重)な存在である、と私は思う。彼の略歴は以下の通りである。〈昭和33(1958)年5月18日生まれ。静岡県出身。血液型A型。地元の高校を卒業後大学入学の為上京。わずか数ヶ月で中退後、新宿コマ劇場にて床山修業に入る。かたわら大衆演劇に出入りするようになり、平成2(1990)年岐阜県郡上八幡にて演劇集団・大江戸新喜劇を旗上げ初代座長として活動を開始。平成6(1994)年新たに風美劇団とし涼太郎を二代目に据える。斬新かつ奇抜なオリジナリティーな舞台作りをするもテーマを常に心とし、舞台を離れた私生活においても双子の永吉・玄吉をはじめ後進の指導にあたる日夜奮闘する。戦うオヤジである〉(「風美翔蔵 戯曲集」イング出版・2007年)舞台の景色をを記録したDVDを制作・市販している劇団は珍しくないが、戯曲集を出版するなどは皆無、帯の紹介にも「大衆演劇界“初”の戯曲集が単行本に」と銘打たれている。今日の芝居は、そこに収録されている特選狂言、外題は「風美版姥捨て山」であった。定番通り貧村の百姓が老母を「山に捨てに行く」悲話かと思いきや、なんと、母思いの百姓・与吉(座長・風美涼太郎)と老母・おしも(藤千和子?)が1年後に「再会」を果たすという筋書で、まさに「斬新かつ奇抜でオリジナリティー」溢れる舞台であった。とりわけ、再会の手引きをする旅僧・金寛(太夫元・風美翔蔵)の風情が絶品。およそ大衆演劇臭さのない容貌で、「棒立ち」「棒ゼリフ」のまま観客を惹きつける。金寛の説教、仏道の根本を述べながら「南無阿弥陀仏、弥陀の呼び声、世は無情、真実は常に真実として、ゆるぎない心の動くそのままに、今こそその地へ行くがいい。成せばなる、成さねばならぬ、何事も。梨は木になり、茄子は畑になるもんじゃ。天は人の上で人を作り、人の下で人を作る。後からもなお作る。心に愛がなければ、どんなに美しい言葉も相手の胸に届かない。ガマ口に金がなければ、どんなに旨い食い物も、自分の口には届かない。親の心、子知らず、ねずみの心、猫いらず・・・」といった調子が、よどみなく続く。台詞を聞いているだけで「抱腹絶倒」は間違いなし、その飄々とした語り口は「至芸」に値する。芝居の眼目は「母と子の奇跡の絆」、その絆が今でも結ばれている(老母は生きている)」ことを、金寛の「棒ゼリフ」が暗示する。キーワードは「通じておるぞう、ぞうのう、うみねこ、こ、こぐま、ま、まんとひひ、ひ、ひよこ、こ、こまどり、り!」という謎かけの「しりとり」問答。与吉「り!」と問いかけられて、「り?リス」とすかさず答えたのを聞き、(御名答!の鈴を鳴らして)「通じておる。通じておる。・・・」と繰り返すあたりは名場面。その「絡み」がなんとも可笑しかったが、一方、常に「心」(愛)をテーマにした舞台に出会え、なぜか涙が止まらなかった。圧巻は、大詰め、老母が捨てられた野面あたりであろうか、耳をつんざく大音響、閃光とともに、暗転、「2001年宇宙の旅」のBGMの中、気がつけば巨大なUFOが出現する。(セシル・B・デミルばりの大スペクタクル映画を鑑賞している心地であった)その扉が開いて老母・おしもがタラップから降りてくる。なるほど、1年半前、姥捨て山・千神の谷で、このおしもを救出したのは、21世紀初頭のUFOだったのか。そのハッピーエンドに心底から納得、元気いっぱいで帰路についた次第である。
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2017-04-14

劇団素描・「剣戟はる駒座」・《芝居「雪と墨」・座長の「至芸」と勝小虎の「魅力」》

【剣戟はる駒座】(座長・津川竜)〈平成25年3月公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は「雪と墨」。兄の竹田孝造(座長・津川竜)は、大工職人の現場を監督する役人で、妻・小夜(千晃らら)と「上流生活」をしているが、もとはといえば町人あがり、同居する老母(晃大洋)の「貧乏臭さ」が気に入らない。今日も今日とて、大工の弟・留吉(勝小虎)の弟分・三公(津川しぶき?)が、屋敷にやって来て、留吉からのプレゼント(駄菓子)を置いていく。それを見咎めた妻の小夜、「まあ、汚らしい。あのような下世話な者たちが、出入りすることはお断りしていたのに・・・」と言って、夫の孝造を呼び出す。孝造も同意して「お母さん、ここは武家屋敷、近所手前の外聞もあります。行動を慎んで下さい」と言いながらも、母の差し出す駄菓子を口にして「美味い!おまえも食べてごらん」、小夜もまた「ほんとに、美味しい」などという、身勝手な「上流」振りが浮き彫りされて面白かった。以後は、お決まりの「姑いじめ」、名優・晃大洋、いじめられながらも、したたかに「いじめ返す」風情が欲しかったが、なぜか「いじめられっぱなし」。それはそれでよい。本日の第1部ミニショーは「小虎まつり」、芝居の主役も勝小虎だとすれば、脇役は「目立たぬ」ことが肝腎だろう。舞台は、お決まりの筋書き通り、①孝造が留吉と兄弟の縁を切り、老母も追い出す。②普請現場で、再会した留吉母子の様子(貧乏臭さ)侮蔑、留吉の額を割る。③その様子を窺っていた普請奉行(勝龍治)が「一芝居」、留吉を新奉行に取り立てる。④その披露の場で、三公が小夜をこき使う。といった段取りで、大詰めへ。新奉行になりすました留吉役の勝小虎、渾身の力を振り絞って、兄・孝造に諫言。「兄貴!おめえは、そんなお人ではなかったはずだ。やさしい、親孝行な兄貴だった。頭が良くて、努力家で、オレは誰よりも、おめえを尊敬し、自慢していたんだぜ・・・」そんな、言葉を聞きながら、孝造の力が脱けていく。「そうだ、そうだったよな!留吉、許してくれ、おっかあゴメンよ」という心中を、座長・津川竜は、横向きの「首・肩・背中」(所作)だけで描出する。文字通り「至芸」という他はない。諫言が終わった後、目を開いて留吉と向かい合う時、竹田孝造は、間違いなく、以前の「町人」に戻っていた、と私は確信する。その様子を見ていた小夜、「こんな場所にはいられません。さあ、あなた帰りましょう」と、孝造を引きずっていくが、孝造、立ち上がるやいなや刀を抜いて、小夜を一刀両断、自分もまた、その刀を腹に突き立てた。舞台は一瞬にして愁嘆場。驚く一堂の面々を背景に、幕は下りる。
今月公演の舞台を見聞するのは、初日に続いて2度目、その時の感想を私は以下のように綴った(一部)。〈極め付きは、勝小虎の女形舞踊「あんた」(唄・吉幾三)、歌を聴くだけでは「なんぼのもん」と思われる作物であっても、舞踊が添えられることによって「名曲」に変貌する、その典型的な舞台であった、と私は思う。この勝小虎という役者、2006年9月より劇団参加、同期の不動倭のかげに隠れて、あまり「目立たない」存在だが、どうしてどうして、その「目立たなさ」が「目立つ」という、「いぶし銀」の魅力をもっている〉。今日の舞台は、その勝小虎が「目立つべくして」「目立つ」存在、どこか木訥で、どこか温もりのある「芸風」もまた、彼の魅力であることを再確認した次第である。舞踊ショー、晃大洋の「恋歌」(唄・八代亜紀)は絶品、とりわけ「こんなか細い私だけれど・・・」という件(くだり)の、戸惑う表情は極め付き、今日もまた大きな元気を頂いて、帰路に就いたのであった。
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2017-04-13

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「忠治御用旅」は充実の一途》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「忠治御用旅」。私は、この芝居を、ほぼ1年前(平成24年2月)、大阪梅南座で見聞している。その時の感想(の一部)は、以下の通りである。〈三代目鹿島順一は「貫禄不足」、花道あきらは「若さ不足」、幼紅葉は「艶不足」、赤胴誠は「汚れ不足」、春日舞子は「役不足」といった按配で、名舞台にしあげるまでには、多くの課題が山積している、と私は思う。例えば、三代目鹿島順一、登場しただけで「国定忠治」を窺わせる風情(姿・形・身のこなし)が、まだ感じられない。雪の信濃路を逃げ回り、ようやく暖を得られた、「憔悴と安堵」が入り交じった表情をどのように描出するか、居酒屋の亭主(かつての子分)に女房がいるとわかった瞬間、その場を立ち去ろうとする「侠気」(潔さ)、「三枚目」の百姓姿が、泣く子も黙る(本来の)「長脇差し」(国定忠治)に一変する「凄み」等々、見せ場、見所をどのように演出するか。そのお手本は、父・甲斐文太の舞台姿、本人の口上によれば「先生の国定忠治は、僕の目に焼き付いています」とのこと、さればこそ、いつの日か必ず、(父を超えた)「恩返し」の舞台を拝見できるであろう、と私は確信している。蛇足を加えれば、居酒屋の女房が幼紅葉なら、亭主は赤胴誠、女衒の十手持ちに花道あきら、土地のごろつきに梅之枝健といった配役の方が自然ではないだろうか、などと余計なことを考えてしまった。今日の舞台は、まだまだ「発展途上」、将来を楽しみに帰路に就いたのであった〉。さて今日の舞台、配役は以下の通りで、前回と変わらなかった。国定忠治・三代目鹿島順一、居酒屋湊屋亭主(松井田の喜三)・花道あきら、その女房おとよ・幼紅葉、おとよの兄・目明かし信濃屋・甲斐文太、女衒目明かし上州屋・梅之枝健、地回り蝮の源太・赤胴誠。にもかかわらず、舞台の景色は一変、三代目鹿島順一には「貫禄」がつき、花道あきらには「若さ」が蘇り、幼紅葉には「艶」が満ち、赤胴誠には「小悪党の風情」が溢れる、といった案配で、その「発展ぶり」には、目を見張るものがあった、と私は思う。三代目鹿島順一の「国定忠治」、登場しただけで、それと分かる風情(姿・形・身のこなし)が感じられる。雪の信濃路を逃げ回り、ようやく暖を得られた、「憔悴と安堵」が入り交じった表情も十分に・・・、かつての子分・喜三に女房が居ると分かった瞬間、その場を立ち去ろうとする侠気(潔さ)の描出も見事であった。とりわけ、おとよに「どうか一晩、泊まっていっておくんなさい」とせがまれ、棒立ちのまま嗚咽する後姿、手負いの源太(弟弟子・赤胴誠)を「鳩尾一突き」で止める「凄み」、百姓姿に身をやつして、目明かし信濃屋(父・甲斐文太)と渡り合う「洒脱」等々、「見せ場」「見所」の景色が際立ち始めている。まだまだ、責任者・甲斐文太の「貫禄」「風情」には及ばぬとはいえ、渾身の力を込めて(忠治役の)「ぶつかり稽古」に励む、若座長の姿は立派である。加えて、赤胴誠、幼紅葉の「成長振り」も見逃せない。どちらかといえば、「つっころばし」「若旦那」「三下奴」然とした赤胴誠が、一所懸命「汚れ役」に挑戦している。辻堂裏に喜三を呼び出し、「おめえの女房をオレにくれ」という件(くだり)が、なんともアッケラカンとして魅力的、「どうするんだ、イとかロとかはっきりしろ!」凄んだ後、初めは傘で立ち回っていたが、とどのつまりは懐の匕首で斬りかかる、その小悪党振りが絵になっていた。幼紅葉は、まだ15歳、この3月にめでたく中学校を卒業する由。それが、健気にも、渡世人の女房役(居酒屋の女将役)を、いとも自然に演じてしまうのだから、(私は)舌を巻く。ベテラン・花道あきらを相手に、「おまえさん、まさか忠治親分の大恩を忘れたわけじゃあないだろうね」。責任者・甲斐文太を相手に「兄さんが目明かしなんかしてるから、あたしたちが喧嘩することになっちまうんだ」と食ってかかる「鉄火肌」の風情は、お見事!という他ない。座長の話によれば、劇団員9人のうち5人が「平成生まれ」、まさに「昭和は遠くなりにけり」ということであろう。かくて、芝居「忠治御用旅」は、確実に「充実の一途」を辿っていることを確認した次第である。「歌謡・舞踊ショー」は、「風雪流れ旅」(甲斐文太)、「男の人生」(梅之枝健)、「蟹工船」(三代目鹿島順一)、「雨の田原坂」(壬剣天音)、「二輪草」(赤胴誠・幼紅葉)、ラストショー「東京、宵待草」(三代目鹿島順一)から「初雪」(全員)でフィナーレ・・・。いずれも、まだ「昭和」の薫りが紛々と漂って、たいそう見応えのある舞台の連続であった。
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2017-04-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「夜鴉源太」の舞台模様》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ばらだいす佐倉〉
芝居の外題は「夜鴉源太」。登場人物は、渡世人・夜鴉源太(座長・三代目鹿島順一)、その弟分・十六夜の清吉(花道あきら)、長屋の娘(甲斐文太)、按摩の親分(梅之枝健)、巡礼姿の娘(幼紅葉)、その兄・人斬り某(赤胴誠)、按摩の子分(春夏悠生、壬剣天音)。いつもは長屋の娘を春日舞子が演じていたが、今月はまだ病気療養途中のため、甲斐文太が代演ということか。筋書きは単純、掛川の宿で別れ別れになった源太と清吉、一年ぶり(?)に常陸で再会した時には、清吉は盲目になっていた。常陸では、昔、源太の弟分だった按摩が、親分に成り上がって幅をきかせている。源太が帰着した折も折、按摩は「足を踏んだ」といって巡礼の娘に絡んでいる始末、源太、按摩を追い返し、娘から事情を聞くと、「兄を探す旅」とやら・・・。兄は数年前に近江の家を出て行き方知れず、まもなく母は亡くなり、生き残っている父が「ひと目、倅に会いたい」というので、こうして旅に出ています。「この地では顔が広い。探してあげよう」と源太は娘に約束する。そこにやって来たのが盲目の清吉、源太と再会したが、「兄貴、ひでえじゃねえか。なんでオレのことを置いてきぼりにしたんだ」。「いやあ、すまねえ。あの時は、宿代を稼ぎに遊びに行ったが、手入れが入って、山に逃げ込んだ。宿に帰ったら、おめえはもう居なかったんだ」「オレは兄貴が常陸に帰ったと思い、船で追いかけたが、途中、嵐に遭い、こんな姿になってしまった」「わかった、すまねえ。もうどこに行かねえよ」等と言いながら、清吉の長屋へ・・・。待っていたのは長屋の娘、清吉の身の回りをかいがいしく世話をしてくれているとのこと。「兄貴、オレその娘と所帯を持ちたいんだが、どんな器量だか見てくれないか」「わかった」と言いながら、源太、長屋を覗き込み、娘の顔を一目見るなり、(その不細工さに)笑いが止まらない。「清吉!所帯を持て、持て!」「そんなにいい女か?」「その反対だ」ずっこける清吉、「そんなら兄貴、追い出してくれ」源太、体よく娘を追い出したまではよかったが、腹が減った。しかし、食べるものは何もない。やむなく馴染みの寿司屋に買いに行く。「兄貴、ドスを置いていってくれ。くれぐれも酒をのむなよ」。そこに来たのが、按摩の用心棒・人斬り某、「源太を殺ってくれ」と頼まれたが、源太は留守、清吉に一太刀浴びせて帰って行った。清吉、手傷を負いながらも「兄貴を殺るなんてゆるせねえ」と、健気にも飛び出して行く。入れ替わりに寿司折りを持って帰ってきたのが源太、泥酔状態で足が立たない。飛び込んできた娘いわく「大変だ!清吉さんがドスを抱えて飛び出していった。按摩の用心棒があんたを殺しに来たんだよ」。源太、びっくり仰天、あわてて襷を足に巻き付けて、喧嘩場に駆けつけたが、万事休す。清吉は按摩一家のなぶり殺しに遭っていた。激高した源太、たちまち一家連中をなぎ倒し、大詰めは用心棒・人斬り某との一騎打ちに・・・。双方、激しく渡り合ったが、用心棒、刀を落とし、もはやこれまでと覚悟を決めた。源太、「清吉の仇!」と討とうとしたが、かすかに「兄さーん」という声、次第に大きくなって巡礼姿の娘が現れた。「そうだったのか。やっぱり・・・」。源太は瞑目、清吉の面影を追いながら合掌、兄と妹が深々と頭を下げるうちに、幕は下りた。この芝居の眼目は「兄弟愛」、一方は、源太と清吉の義兄弟、他方は、近江百姓の兄妹。ともに兄を守ろうとする弟妹の「健気さ」を描出することが不可欠であろう。今日の舞台、義兄弟(座長・花道あきら)の風情は格別であったが、近江の実兄妹(赤胴誠・幼紅葉)の方は「今一歩」、再会したときの両者の「心模様」が判然としなかった。とりわけ、「人斬り某」と異名をもつ用心棒の風情には、「殺気」「無頼」「虚無」といった要素が必要だが、若手・赤胴誠には「荷が重かった」。ここは一番、甲斐文太の「出番」を願い、長屋の娘は春夏悠生に任せる、といった配役にしてみては、などと身勝手な妄想を抱いてしまった。舞踊ショー、甲斐文太の「安宅の松風」を観られたことは望外の幸せ、加えて、夜の部・芝居「武士道くずれ」まで見聞できようとは・・・。双方とも、斯界の至宝、文字通り「国宝級」の舞台を堪能して帰路に就くことができたのであった。感謝。
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2017-04-11

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《佐倉・湯ぱら劇場の客席風景》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は、昼の部「中乗り新三」。夜の部「源太しぐれ」。どちらも、私は(数年前から何度も)見聞済み。したがって、筋書きなどの紹介は省略するが、その出来映えは、相も変わらず「天下一品」、お見事!という他はない。特に、「中乗り新三」では、一家代貸し(甲斐文太)の女房(春夏悠生)が、親分(花道あきら)に「手籠め」にされた後、茫然自失の態から、意を決して「身投げ」をするまでの風情が格別、若手女優・春夏悠生の「たしかな成長ぶり」が、確認できた。また、「源太しぐれ」では、遊び人・時雨の源太(三代目鹿島順一)が、盲目の素浪人父子(花道あきら・人形)を、目無し地蔵で「闇討ち」しようとしたが、赤児の無垢な笑い声・笑顔を見聞して「表返り」(改心し)、闇討ちの証拠に「犬の血」を太刀に塗りつける場面、これまではワンちゃんの「命」を頂戴していたが、今回はなんと「しっぽだけ頂戴、ちょっと痛いけど我慢してくれよ、それで二人の命が助かるんだ」との由、なるほど、この劇団、極上の芝居を重ねるうちに、役者自身が、楽屋裏で「改心」する(筋書きを改める)ほどの「実力」が備わってきたか、その心配りに、心底から脱帽した。。さて、今日は佐倉公演10日目、舞台には「孝心五月雨傘」「幻八九三」「命の架け橋」「夜鴉源太」「武士道くずれ」「月の浜町河岸」「月夜の一文銭」「お祭り半次郎」「関取千両幟」「忠治御用旅」「木曽節三度笠」「遊侠流れ笠」等々、珠玉の演目がかけられて来たのだが・・・、それらを見聞する観客数は多いときで100人、平日は20人そこそこ、といった客席風景が続いている。「劇団の実力と集客能力は比例しない」というのが、私の持論だが、今日の常連客の話を聞いて、「劇団の実力と集客能力は反比例する」といった方が正確ではないか、と思うようになった。件の常連客(70歳女性)、芝居「中乗り新三」終演後、喫煙所にやって来ていわく、「やあ、今日の芝居はよかった。よかった。でもアドリブが少ないんだよね。やっぱり、大衆演劇はアドリブだもんね。私は70だよ、大衆演劇は見尽くしている。その私が言うんだから間違いない。この劇団は、大衆演劇とは、ちょっと違うかもね。でも、今日の芝居はよかった。だんだん、よくなっていくと思うよ」。なるほど、大衆演劇はアドリブか!、アドリブとは「台本」にない突っ込み、時として「楽屋内」の下世話譚、役者相互の(あらすじに関係のない)対立・葛藤、身辺情話にまで、羽目を外す。そういえば、昭和40年代後半、一世を風靡した「梅澤武生劇団」の舞台もまたアドリブ一辺倒であったか。ただし、当時の私は、「楽団ショー」「舞踊ショー」の方に関心があり、梅澤富美男、竹澤隆子、梅澤修らが唄う歌謡曲の数々(例えば「スタコイ東京」、例えば「無法松の一生」、例えば「三年目の浮気」、例えば「釜山港に帰れ」等々)に聞き惚れたり、女形舞踊の数々(例えば「黒船哀歌」、例えば「花から花へ」、例えば「明日はお立ちか」等々)に見とれたり、といった案配で、芝居の方はよく憶えていない。わずかに、「鹿島順一劇団」が演じる「孝心五月雨傘」、「関取千両幟」と同様の芝居を観たような気もするのだが・・・。いずれにせよ、「鹿島順一劇団」と同様に、アドリブが少ない劇団、例えば「藤間智太郎劇団」「劇団京弥」「伊達隆義劇団」「劇団朱光」「新川劇団」「劇団竜之助」等々が、大歌舞伎、新派、新劇、商業演劇に「勝るとも劣らない」、珠玉の舞台を創出していることを、私は知っている。そしてまた、芝居の本筋を忘れてて(取るに足らない)アドリブ、ギャグに頼り、テレビ芸人並の「素人芸」で「お茶を濁そう」(集客能力を伸ばそう)としている劇団のあることもまた・・・。芝居か、アドリブか、もし「大衆演劇はアドリブだもんね」という、(件の)常連客の「尺度」が「常識」になるのなら、斯界の「将来」は開けまい。「鹿島順一劇団」の芝居を観て、「この劇団は、ちょっと大衆演劇とは違うかもね」、おっしゃるとおり、この劇団は、「客の入り」など歯牙にもかけず、御贔屓筋との親睦・交流にも無頓着、ただひたすら「芸道」に励み、全身全霊で舞台に臨む、そのことこそが、「足下のお悪い中、数ある娯楽施設の中、当劇場に御来場下さいました」お客様への、唯一の「恩返し」であることを知っているのである。さればこそ、(上記の演目以外にも)「噂の女」「春木の女」「浜松情話」「心模様」「悲恋夫婦橋」「矢作の鎌腹」「里恋峠」「明治六年」「アヒルの子」「月とすっぽん」「悲恋流れ星」「恋の辻占」「男の盃・三浦屋孫次郎の最後」「会津の小鉄」「紺屋高尾」「仇討ち絵巻・女装男子」「越中山中母恋鴉」「マリア観音」「長ドス仁義」「身代わり道中」「吉五郎懺悔」「人生花舞台」「黒髪道中」「浪に咲く花」等々といった「不朽の名作」で、連日の舞台を飾ることができるのだ。しかも、それらの舞台模様は、時と場合(劇団の事情・観客の反応)によって「千変万化」する。例えば配役、例えば「セリフ回し」、例えば「所作」、例えば「呼吸(間)」等々が、(芝居の本筋の中で)微妙に「変化」する。その(変化の)「妙」を味わうことこそが、大衆演劇の醍醐味でなければならない、と私は思う。とはいえ、何を、どう楽しもうが、それは「カラス(観客)の勝手」でしょう、と思うのが「大衆」の常識であることは間違いないだろう。かくて、「劇団の実力は集客能力に反比例する」(実力のある劇団ほど観客が少ない)という現状(惨状)が、(昨今の劇場では)ますます鮮明になりつつあるのである。
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2017-04-10

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「木曽節三度笠」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「木曽節三度笠」。私が。この芝居を見聞するのは3回目だが、その間、配役に大きな変化はない。ある材木問屋の若旦那・新太郎に花道あきら、その弟(といっても腹違い)喜太郎に三代目鹿島順一、喜太郎と相思相愛の娘・おきぬに春夏悠生、材木問屋の女主人・喜太郎の母に春日舞子、仇役・鮫一家親分・五右衛門 に甲斐文太、その子分たちに赤胴誠、梅之枝健、幼紅葉、壬剣天音、という、不動の面々である。そのためか、舞台模様には寸分の隙もなく、今日もまた珠玉の名舞台が展開されていた。筋書きは単純。できの悪い兄・新太郎と、できの良い弟・喜太郎が、可憐な娘・おきぬをめぐって対立する物語。喜太郎とおきぬは「相思相愛」、末は一緒にと約束していたが、兄の新太郎もまた、おきぬに恋している。それを知った母親は喜太郎に「おきぬのことはあきらめなさい」と説得する。なぜなら、この親子、今は亡き材木問屋の主人に拾われて、現在に至っている。「大恩あるお方のためならば、命を捨てたって報いなけれなならないのが、人の定め。新太郎さんは御主人様の忘れがたみ、ここはおまえが退かなければなりません」。喜太郎は「生木を裂かれる」思いで、旅に出る覚悟をしていたがそんな折も折、おきぬが鮫一家の子分衆に囲まれた、「親分が、手つかずの生娘を連れてこい」との由。そばに居合わせた新太郎、必死におきぬを守ろうとしたが、歯が立たない。連れ去られようとしたその時、飛び出してきたのが喜太郎。そうはさせじと、子分衆に立ち向かう。相対したのが、たこの八(壬剣天音)、匕首で斬りかかり、しばらくもみ合ったが、結果は意外にも喜太郎の勝ち・・・。人を殺めてしまった恐ろしさに呆然とする姿が、一際絵になっていた。「すまない。私たちのために、こんなことになるなんて・・・」と謝る新太郎の言葉を背中に聞きながら、喜太郎は凶状旅に出立する。二景は(それから数年後の)材木問屋の店先、今では家督を新太郎夫婦(妻はおきぬ)に譲り、隠居の身となった女主人が、鮫一家親分・五右衛門と話をしている。「新太郎さんが、ウチの賭場に遊びに来て、150両の借金をこしらえた。分割でもよいから返しておくんなさい」。女主人、寝耳に水の態で「私は、新太郎さんから何も聞いておりません」と突っぱねるが、脇に控えていた子分の一人・鰯の某(赤胴誠)が「何だとこのババア!親分が嘘をついているとでもいうのか」と凄んで、つかみかかかろうとする気配。五右衛門、静かに制して「ウチには、こんな短気な野郎がいるんで危なくていけねえ。まあ、あっしが来たことだけは、新太郎に伝えておくんなさい」と、念書を置いて退出する。鰯の某、「オイ、ババア、喜太郎がこの近くまで戻ってきているらしい。帰ってきたら、必ず(たこの八の)仇を討ってやるから、そう思え!」と捨て台詞を残して出て行った。やがて、おきぬ登場、新太郎と祭り見物に行ったが、人混みに紛れて独り帰宅した様子、「おっかさん、ただいま。お茶でも入れましょう」と言っているところに、新太郎も追っかけて帰宅、「なんだねえ、おきぬ。わたしを置いてどんどん帰ってしまうなんてひどいじゃないか」などと愚痴る姿が、夫婦の「不和」を浮き彫りにする。「二人でまた、私の悪口を言っていたんでしょう」という言を遮って、女主人「さっき、鮫の親分が来て、これを置いていきましたよ」。新太郎、一瞬ギクッとするが、念書を見て平静を装い「なんですねえ、150両くらいの端金、すぐに出してやればいいものを・・・」などとノーテンキなことを言っている。「おまえさん、ウチには、もうそんなお金はありません」と言うおきぬを急き立てて奥に入ってしまった。独り残された女主人、嘆息して「いったい新太郎さんはどうしてしまったんだろう。こんなときに喜太郎が居てくれれば・・・」と独りごちして仏壇に手を合わせれば、「おっかさん!」という喜太郎の声が聞こえた。振り返ったが姿は見えず、気のせいかと再び仏壇に向かったが、「おっかさん!」、今度は、はっきりと姿を現した。女主人、母の風情が蘇って「喜太郎!帰ってきてくれたのか」と喜べば、「おっかさん、お久しぶりでござんす。それにしても、ずいぶんおつむに白いものがふえましたねえ・・・」と、抱き寄せる。縞のカッパに三度笠、以前とは見違える喜太郎の姿は、一際あざやかであった。その気配に出てきた新太郎を見て「兄さん、お久しぶりでござんす」。「おまえは喜太郎!よく帰ってきたな」と、新太郎、一度は喜びの素振りを見せたが、様子はみるみるうちに一変、「そんな姿で何しに帰ってきた。ここは堅気の大店、おまえのようなヤクザ者の来るところではない。出て行ってくれ」と追い返す。「なさけねえ、ただ逢いに来ただけなのに・・・」と、喜太郎、嘆じたが、新太郎は図に乗って「そうだ、おっかさんも一緒に出て行くがいい。二人で仲良くお暮らしなさい」と強弁。「そうですかい。・・・おっかさん、出て行きましょう」。母、凜として「私は出て行かない。大恩ある御主人様(の位牌)を誰が守るというのか」。そのやりとりを見ていた新太郎、「何をごちょごち言ってるんだ、早く出て行かないか}と言って、母を突き飛ばす。その仕打ちに、堪忍袋の緒が切れたか、喜太郎、咄嗟に長ドスを抜いて新太郎に斬りかかった。「よくも、やりやがったな。殺してやる!」と迫るのを必死で止める母、「喜太郎、何をするんだ。謝りなさい」「いやだ」「謝りなさい」「いやだ」「いいから、謝りなさい」と泣き崩れる母の姿に、喜太郎もまた、泣きながら「ごめんなさい」。(斬りかかられて)固まっていた新太郎、「ああ、びっくりした。殺されるかと思った」と(言いながら)奥に入った。すべてを諦めた喜太郎、母に向かって「では、おっかさん、いつまでもお達者で・・・」と別れを告げているところに、新太郎が飛び出してきた。「たいへんだ、おっかさん!おきぬが鮫一家に連れて行かれた」。驚愕する母、どうすればいい?「喜太郎!」と声をかけるが、「お取り込みのご様子ですが、あっしには何の関わりもないこと、これで失礼いたしやす」と言って応じない。「そんなこと言わずに、おきぬさんを助けておくれ」。「おきぬさんは新太郎さんの女房、新太郎さんが助けるのが筋だ」新太郎「私は堅気、助けられるわけがない。相手はヤクザ、ヤクザにはヤクザのおまえが一番だ。どうか助けておくれ」と懇願するが、「嫌でござんす。それでは御免なすって!」と立ち去ろうとするのを、母、「喜太郎!おまえはこれが目に入らないか」と、亡夫(亡父)の位牌を差し出す。喜太郎、それを見て、雷に打たれたようにひれ伏し、「おとっつあん、あなたは新太郎さんと私を、分け隔て無く育ててくれました。そのあなたから助けてくれといわれりゃあ、嫌とは言えません」と、翻意した。かくて三景は、鮫一家との喧嘩場。(喧嘩支度に)身を固めた喜太郎を迎え撃つ鮫一家、親分・五右衛門、前に出て「やい喜太郎!おまえは何しにキタロウ」という名文句に、ずっこける子分衆の景色は、相変わらず魅力的であった。以後は、鮫一家連中を、見事な包丁(太刀)捌きで、手際よく料理、(改心した)新太郎とおきぬの仲を取り持って、思い入れたっぷりに(再び凶状旅に)出立する喜太郎の姿は天下一品、おのずと私の耳には、あの名曲「木曽節三度笠」の一節が流れてきたのであった。〈木曽の桟 太田の渡津 越えて鵜沼が 発ち憎い 娘ごころが しん底不愍 などと手前えも などと手前えも 惚れたくせ 袷ナー仲乗りさん 袷やりたや ナンジャラホイ 足袋を添えて ヨイヨイヨイ ハアヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ 盆がまた来た 今年の盆の 男涙にゃ 血がまじる にンまり笑った 笑いがすっと 引いてかなしい 引いてかなしい 山の月〉(詞・佐伯孝夫、曲・吉田正)。今日の舞台、堅気姿の次男坊から一転、目の覚めるような股旅姿に変身した、主役・三代目鹿島順一の雄姿が輝いて見えたが、同様に、脇役の面々も随所、随所で光っていた。責任者・甲斐文太、春日舞子の「実力」は、言うに及ばない。加えて、子分鰯の某を演じた赤胴誠、(かつての先輩・名優)蛇々丸の風情を踏襲しながら、必死にそれを超えようとする意気込みが清々しい。さらにまた、新太郎役の花道あきら、身勝手で小心者、「自己中」然とした愚兄の景色を、淡々と、飄々と描出する。どこか頼りない、どこか醒めている、どこか擦れている、その「今風」の気配が、喜太郎・母子の絆を、よりいっそう強固にする。その(「軽・重」の)コントラストが、(透明な)煙幕のように、舞台全体を彩る、といった案配で、そこはまた、花道あきらの「独壇場」でもあったのだ、と私は思う。今日もまた極上の舞台を満喫、大きな元気をいただいて帰路についたのであった。
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2017-04-09

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「月の浜町河岸」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「月の浜町河岸」。幕が開くと、そこは浜町河岸の料亭・一力茶屋の玄関先。足に包帯を巻き、杖をつきながら登場したのは木場の職人(?)源吉(花道あきら)。一力茶屋の仲居頭・お蔦(春夏悠生)とは「いい仲」で、「仕事中に事故に遭ったケガをした上、高価な材木まで駄目にしてしまった。五十両工面して欲しい」という。お蔦、思案に暮れたが、茶屋の若主人(赤胴誠)に頼もうと決心した。今では、お腹の中に源吉の子まで宿しているのだから。しかし、この源吉は、とんだ食わせ者、お蔦の朋輩・おふく(幼紅葉)と示し合わせて、まんまと五十両を詐取、遁走してしまった。茫然自失のお蔦の前に現れたのが、スリの金太。すれ違いざまにお蔦の紙入れを掏りとったが、飛んで火に入る夏の虫、尾行していた目明かしの親分(甲斐文太)に、たちまち捕縛される。「オレは銭形平次の兄貴分だ。とうとう捕まえたぞ。神妙にお縄につけ」「ごめんなさい。ほんの出来心で。家には病気のおっかさんと十人の弟妹が、私の帰りを待っておりやす」「嘘つけ。この前、捕まえた時には、親に死なれた、野中の一本杉と言っていたじゃねえか」「ああ、あの時の親分でしたか」などという「やりとり」を聞いていたお蔦、「親分、いいんです。この紙入れは、私があげた物、その人の縄を解いてやってください」と言う。「えっ!?」、びっくりしたのは、金太と親分、そしてその子分(梅之枝健)、「本当にいいんですか」お蔦、金太の顔を見つめながら「根っからの悪人とは思えません。心を入れ替えて真人間になってください」。親分、しばし黙想した後、静かに縄を解き、「金太、オレは悪いクセがあってな、あることに夢中になると、しなければならないことを忘れてしまうんだ。見てみろ、今宵の月はきれいだなあ・・・」と言いながら、「逃げろ!」と所作で暗示する。金太、「信じられない」という表情で逃げ去ったが、「親分、金太が逃げましたよ、いいんですかい!?」という子分の声に「えっ?逃げた。ちっとも知らなかった。金太、待ちやがれ!」。その一声を聞いて、あわてて立ち戻る金太、それを見てずっこける親分、バカ、早く逃げねえか、お蔦さんの気持ちがわからねえのか!といった「人情」が、いとも鮮やかに描出される。二、三度と繰り返される絶品の名場面に、私の涙は止まらなかった。なるほど、この親分、銭形平次に「銭の投げ方」を伝授しただけの貫禄はある。舞台は二景(前景から1年後)、その親分が、なぜか、意気消沈、川に身投げをしようとする様子(実を言えば大事な十手を盗まれた由、死んでお詫びをする他はないという存念)、「よしなせえ。何をするんだ」と止めに入ったのは、誰あろう、一年前、お蔦と親分の情けで解き放たれた金太、一年前とは打って変わり、こざっぱりとした堅気風情の旅姿、腕利きの(簪の)飾り職人に成っている。「おまえは金太!ずいぶんと立派な姿になったもんだ」「ありがとうございます。おかげさまで、生まれ変わることができました。手先の器用さを活かして、簪を彫っております」「うーん、見事だ」、その出来映えに元気づけられてか、親分の気持ちも変わった。「失敗は誰にもある。やり直すことが肝腎だ。身投げをやめて手柄を立てよう」。思い直して立ち去る親分、彼を見送る金太の姿には「お蔦さんはお達者か・・・。まだ独り身でいるだろうか・・・。この簪をぜひさしてもらいたい」という心中も、仄見えたのだが・・・。そのお蔦、今では一力茶屋の女将に収まって、若主人、生まれた子どもと三人、幸せな日を送っている。しかし、そこにやって来たのは、懲りない源吉、一年前とは打って変わり、よれよれの単衣に身をまとい、薄汚れた無精髭の(無頼の)風情で現れた。お蔦を呼び出して「お決まり」の恐喝、その様子を窺っていた金太、思わず、飛び出して源吉と渡り合う、といった場面で舞台は大詰めへ。またまた「野中の一本杉」に舞い戻ってしまった金太、一年前と同じように、浜町河岸の月は美しく輝き、縛られた手でお蔦の髪に差し掛ける簪の光がキラリと光る、見事な幕切れであった、と私は思う。この芝居の眼目は「許す」ことの大切さ、それが三つ巴になって、舞台は進行する。一はお蔦と金太、二は目明かしの親分と金太、三は茶屋の若主人とお蔦、三者が三様に「相手を許す」ことによって「救われる」のである。お蔦を演じた春夏悠生、まだ師・春日舞子の風情には及ばないとはいえ、「思い切った」「渾身の」演技は見事であった。加えて、一力茶屋若主人の赤胴誠、「つっころばし」の風情の中にも、凜とした芯の強さを窺わせ、たいそう魅力的であった。極め付きは、三代目鹿島順一の金太、堅気姿に生まれ変わった景色が、それだけで親分の「迷い」を払拭する(身投げを思い直させる)、溌剌とした清々しさを舞台一面に漂わせていた。また、大詰め、無言の「節劇」では、秘かに愛する人(お蔦)のため、(源吉を)「許せなかった」ことへの悔恨、所詮、自分は「野中の一本杉」に過ぎなかったという、どうしようもない「寂しさ」「虚しさ」を、ものの見事に描出する。その「実力」は半端ではない。休憩時、喫煙室での老女の話。「やあ、よかったよかった。初めての劇団だけど、はまっちゃったよ。お客が少なくて可哀想・・・」。おっしゃるとおり、でも、お客が少ないことと、劇団の実力は関係ない。むしろ、老女の「鑑賞眼」こそお見事!今日もまた、大きな元気を頂いて、帰路に就いたのであった。
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2017-04-08

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「孝心五月雨傘」の舞台模様》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「孝心五月雨傘」。他の多くの劇団では「雪と墨」という外題で演じられる、大衆演劇の定番である。幕が開くと、そこは松本家の邸内、庭先で老婆(春日舞子)が掃き掃除をしている。やって来たのが植木職の三公(赤胴誠)、老婆の次男(三公の親方)留吉(三代目鹿島順一)から頼まれた包み(衣類と金)を届けに来た様子。「いつも、ありがとうよ」と礼を言って送り出したところに、この家の女房・おかつ(春夏悠生)登場。美形だが、見るからに勝ち気な風情、「お母様、どなたか見えていたようですが、いったい誰ですか」「いえ、誰も・・・」と老婆、口ごもりながら件の包みを後ろ手に隠す。「お母様、後ろに隠している物は何ですか」「いえ、何も・・・」「手を出してごらんなさい」、そっと片手を出す老婆に、「両手を出してごらんなさい」。老婆、腰を屈め、包みを背中に載せて、両手を差し出す。その様子が、何とも可笑しく、客席からは「がんばれ!」の声がかかるほど。けだし、名優は、いじめられても「必ず見せ場を作る」、その典型であった、と私は思う。「ええ、何をしてるんです。クルッと回りなさい」、老婆、必死に一回りしたが、抵抗もそこまで、おかつに包みを取り上げられてしまった。「・・・また、留吉から届け物ですね。みっともない、こんな汚い物を」といって、庭先に投げ捨てるなり、奥に向かって「あなた!あなた!」と亭主を呼ぶ。「ハイ、ハイ」と掃除姿で出てきたのが松本家の当主・孝造(花道あきら)、もとは留吉同様、町人であったが、(余技で覚えた)剣術の腕を買われて、松本家に婿入り、今では戸隠道場の師範代を務めている。孝造の母もまた一緒に松本家に入ったが、扱いは下女並みだったというわけか。孝造はもともと親孝行、しかし今の立場を考えれば、嫁の姑いびりに荷担せざるを得ない、そんな苦渋の様子が仄見える。「肩をもめ」「お茶を入れろ」と責められる母を見ても、どうすることもできない。挙げ句の果ては、嫁に言われて母を折檻、しかし手には全く力が入らない。その戸惑う風情もまた、名優・花道あきらの独壇場、さて、母をとるか、嫁をとるか、しかし、孝造がとったのは「士農工商」の首位、「士」という身分であった。母の様子を見に来た弟・留吉に向かって「おまえは町人、身分が違うのだ」と言って、追い返す。「ついでに、おっかさんも連れて行け」「ああ、誰が大事なおっかさんを、こんな家においとくものか」、ということで兄弟の縁は切れてしまった。それから数ヶ月(数年?)後、頃は弥生の花見どき、場所は上野か浅草か、出向いた留吉母子、三公と孝造夫婦がバッタリ遭遇・・・。声をかけた留吉母子に向かって、孝造曰く「おまえは町人、来ている衣装も、頭に中の脳みそも、全くデキが違うのだ」などと言いつつ、留吉の額まで割る始末。公衆の面前で罵倒される留吉母子の様子を窺っていた、戸隠道場の娘・みゆき(幼紅葉)が、留吉に「一目惚れ」といった風情で、舞台は大詰めへ。そこは戸隠道場の大広間、今しも、娘みゆきの婚儀が始まろうとしている。道場主(梅之枝健)の前に平伏する孝造夫婦、そこに新郎として現れたのは、誰あろう、侍姿に凜々しく身を固めた町人・留吉、母、三公たちの晴れ姿であった。たちまち立場は逆転、今度は三公が「お殿様に申し上げます。お母上の肩が凝っております」「そうか、おい孝造、おかつに肩をもませろ」「お殿様に申し上げます。お母上ののどが乾いております」「そうか、おい孝造・・・」といった「いじめ返し」の景色は痛快そのもの、観客(私)もまた心底から溜飲を下げることができた。最後に、いよいよ留吉立ち上がり、「孝造、前へ出ろ」と言いつつ「なんだ、その着物は・・・」「おまえの頭の脳みそは・・・」などとリベンジ、「額の割返し」に入ったが、振り上げた手を、どうしても下ろす事ができずに、泣き崩れた。「兄さん、おまえは一体どうしてしまったんだ!昔はあんなに優しかった兄さんが、どうしてそんな人間になってしまったんだ。オレがもし、おまえの額を割れば、傷つくのはおっかあなんだぜ。兄さん、オレは今も侍なんかじゃあない。この場は、戸隠のお殿様が、オレたちの仲直りのために打って下さった芝居なんだ。どうか、以前の兄さんに戻っておくんなさい」
諫言を聞いていた孝造もまた落涙、めでたく「孝心」が蘇って舞台は大団円を迎える。気になるのは、勝ち気な女房おかつの気配、やさしく義母に近寄り、心づくしに肩をもみ始める風情はわかったが、いつ、どこで「改心」したかは判然としなかった。というのも、この物語の元凶は、おかつの「見栄・虚栄心」(差別感)、それに惑わされた孝造の「優越感」に他ならない。「劇団・座KANSAI」(座長・金沢つよし)が演じる同内容の芝居「雪と墨」では、兄嫁は一向に改心せず、「さあ帰りましょう、とんだ赤恥をかかされました。私の実家に戻って、新しい仕官の口を探せばよいのです」と言い放つや、瞑目している兄を引きずっていこうという気配。それには、たまらず兄、立ち上がって嫁を見据えると「一刀両断」に斬り捨てた。仰天する母と弟の前で、兄自身もまた(敢然と)切腹、共に相果てるという「衝撃的な」愁嘆場で幕となった。ことほどさように、女房おかつの「改心」は重要なポイントになる。今日の芝居、最後まで責任者・甲斐文太の出番はなかった。これまでのおかつ役は甲斐文太、それを春夏悠生に譲り、裏方に回って、その出来映えを見極めていたか。さすれば本日の芝居は何点?。いずれにせよ、今度はもう一度、おかつ・甲斐文太の配役で観てみたい、などと身勝手な思いを抱きつつ、帰路に就いた次第である。
親孝行親孝行
(2012/06/27)
中山とおる

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2017-04-07

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「明治六年」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「明治六年」。私は、この芝居を、今からほぼ2年前、尼崎・座三和スタジオで見聞している。以下は、その時の感想である。〈芝居の外題は「明治六年」。江戸から明治へと時代が移りゆく中で、その流れに翻弄される武家三人の物語である。一人目は、緒形新之丞(座長・三代目鹿島順一)、年は若いが、新しい波に乗りきれず、未だに髷を結い腰には刀を差している。二人目は、金貸しの嘉助(甲斐文太)。徳川方の武家に生まれたが、十五年前、官軍との戦いで父は討ち死に、母も二人の子ども(嘉助とその妹)を残して自害した。以後、嘉助は町人に転身、今では東京屈指の金持ちに成り上がっている。三人目は「ぽんた」という半玉芸者(春夏悠生)。苦界に身を沈めているが、どこか品のある風情が漂っている。酔客に絡まれていたところ助けられた縁で、新之丞を慕っている。この三人に遊郭(?)相模屋の亭主(梅之枝健)とその女房(幼紅葉)、売れっ子の看板芸者・仇吉(春日舞子)、相模屋の板前(花道あきら)も加わって、「明治六年」の景色がいっそう鮮やかに浮き彫りされるという趣向であった。筋書は単純。相思相愛の新之丞とぽん太の間に、敵役の嘉助が割って入り、金の力で仲を裂こう(自分の女にしよう)としたが、「実は」、そのぽん太こそ、生別していた妹であったという因縁話である。嘉助は、我欲の塊で生きてきたことを反省、新之丞とぽん太を夫婦にさせようとするのだが・・・。事情を知らない新之丞、嘉助に一太刀浴びせ、止めに入ったぽん太まで手にかけてしまう。この芝居、相模屋夫婦は金に目がくらみ、新之丞を消そうとして返り討ち、生き残ったのは板前と看板芸者・仇吉だけ、という何とも凄惨な結末で閉幕となったが、その眼目は「悔恨」、悔やんでも悔やみきれない人間模様の描出にあることは間違いない。空気は「悲劇調」だが、最年長の梅之枝健と最年少の幼紅葉が「夫婦役」、しかもコミカルな悪役コンビといった演出(配役の妙)も添えられて、たいそう見応えのある仕上がりとなっていた。欲を言えば、新之丞とぽん太の「純愛」描出が「今一歩」というところか。時代の流れに乗りきれないニヒルな若者新之丞、その一途さと優しさに焦がれる武家出身のお嬢様・ぽん太といった風情(例えば市川雷蔵と藤村志保、例えば三河家桃太郎と三河家諒)が漂えば、申し分ないのだが・・・。とは言え、今、劇団は新座長、若手座員を中心に「舞台作りの転形期」、日々の精進によって、「必ずや名舞台を完成させてくれるだろう」ことを夢に見つつ帰路についた次第である〉。さて、今日の舞台、配役は、前回と全く変わらなかったが、その出来映えは秀逸、文字通り「極め付き名狂言」の域にまで「仕上がっていた」、と私は思う。前回、〈今、劇団は新座長、若手座員を中心に「舞台作りの転形期」、日々の精進によって、「必ずや名舞台を完成させてくれるだろう」ことを夢に見つつ帰路についた次第である〉と綴ったが、その夢は2年にして叶えられたのだ。まず第一に、緒形新之丞(三代目鹿島順一)、その風貌、所作に、一段と磨きがかかり、時代の流れに乗りきれず、ともすれば刀で決着をつけようとする、衝動的な若者の姿を、見事に描出していた。とりわけ、会津屋嘉助(甲斐文太)に「時代遅れ」と嗤われ「呻吟」する表情、大詰め、逆上のあまり、最愛の伴侶(ぽんた・春夏悠生)まで手にかけてしまった「悔恨」の風情、すべてに絶望、もうこれまでと自刃する形相は、迫真で、他の追随を許さない。続いて、半玉芸者のぽんた(春夏悠生)、実は轟おりえ、という武家の娘、今は苦界に身を沈めているが、どこか品のある艶やかな風情を醸し出す。新之丞との「純愛」を、会津屋嘉助、実は兄・轟庄一郎に、凜として吐露する景色が「絵になっていいた」。さらには、相模屋主人の女房・おとら(幼紅葉)の「悪女」振りもお見事、小心で、どこか憎めない小悪党の亭主(梅之枝健)を尻に敷く「余裕」「貫禄」すら窺わせる。その夫婦に雇われ、新之丞に斬りかかる刺客二人(赤胴誠・壬剣天音)、激しく襲いかかったが、一瞬のうちに「返り討ち」、その(瞬時の)「斬られ方」が、たいそう魅力的であった。その他大勢・ちょい役でも、きちんと「見せ場」を描出する、といった案配で、今日の舞台、座長・三代目鹿島順一を筆頭に、春夏悠生、赤胴誠、幼紅葉、壬剣天音らの若手座員がめきめきと成長、稀代の名優・甲斐文太を筆頭に、大ベテランの春日舞子、梅之枝健、花道あきら等の胸を借り、堂々と「五分で渡り合う」様子を、確認
できたのであった。観客席はわずかに8人(とはいえ彼らは生粋の贔屓筋)、しかし、途中から「食事」のために来場した酔客4人が加わって、舞台模様は損なわれ気味・・・、会津屋嘉助役の甲斐文太、一瞬(数秒間)「科白を止めて」、酔客の方を睨んだが、その心中が、(私には)よくわかる。「私たちは、たった8人のお客様のために、全身全霊で舞台を務めております。どうか、お静かに。お話をしたいのなら、別の場所でお願いいたします。」しかし、酔客も(劇場にとっては)大事なお客様、面と向かって、それを言うことはできない。そのもどかしさ、悔しさを思うと、私の涙は止まらない。責任者・甲斐文太の次の科白を「石のように固まって」待つ、新之丞役の座長・三代目鹿島順一の姿もまた感動的、それでいいのだ、その姿こそが「鹿島順一劇団」の真髄なのだ、と私は思う。頑張れ!「鹿島順一劇団」、貴団の実力は「日本一」、その不動の地位は、今も変わらない。
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(2010/02/10)
永濱 眞理子

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2017-04-06

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「浜松情話」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「浜松情話」。この演目は、「鹿島順一劇団」の極め付き、今日の舞台もまた、「国宝級」の出来映えであった、と私は思う。観客数は、わずかに7人、いずれも、そのあまりの少なさに、呆然自失といった空気が、客席に漂っていた。にもかかわらず、舞台模様は、まさに一巻の絵巻物、どこの大劇場にかけても遜色はない。途中で、責任者の甲斐文太、「ちょっと待て!ばかに静かだが、誰もいないんじゃないか。・・・人の気配が感じられない」と客席を見回したが、心配御無用、私(たち)は、心底から貴団の芝居を満喫・堪能しているのだから。私が、この演目を見聞するのは3回目、今日の舞台は、今まで以上に、最高の仕上がりであった。浜松一家の二代目・政五郎親分(花道あきら)は、三下奴の佐吉(三代目鹿島順一)を連れて、嫁探しの旅に出立、讃州・讃岐(タヌキ)の金毘羅(キンピラ)さんにお詣りして、「縁結び」を祈願したが、出会った娘は、いずれも「蛇に短しタヌキに長し」(帯に短し襷に長し)で、適材が見つからない。やむなく、浜松への帰路に就いたが、最後の最後「愛染峠」の茶店で、縫い物をしている娘(春夏悠生)に巡り会う。政五郎、佐吉に、「あの娘の名前・歳・許嫁(イイナラズケ)の有無を確かめろ」と命令。佐吉は、茶店の老爺(甲斐文太)に問いただせば、名前は「谷間に咲いた一輪の花」、歳は「春」・・・、???、佐吉、なんのこっちゃ、この爺さん、言葉が通じねえのか、といった風情で、しつこく尋ねる。「谷間に咲いた一輪の花」とは、これすなわち「百合」のこと、立てば芍薬すわれば牡丹、歩く姿は百合の花というではないか。「春」とは、娘十九は春の春、歳は十九に他ならない、それくらいのことがわからぬか、という老爺の風情と、無教養な三下奴の「絡み」は絶品、この茶店の老爺、「ただものではない」という気配を感じさせる。許嫁はいない、まだナマ娘だ、と(わざと)言い間違えたが、佐吉、娘の名前は百合(老爺はその父親)、歳は十九歳、まだ生娘だと確認して、政五郎に伝えた。政五郎、パッと表情が輝いて「そうか」・・・、「おい佐吉、オレはあの娘さんを嫁にする。おまえが話をつけてこい」「親分、待っておくんなさい。そんな大事な仕事、三下奴のあっしにできるわけがない」「おめえはオレの子分、言うことが聞けねえのか。話が、上手くまとまればよし(「代貸し」にしてやろう)、駄目な場合は、その命、ないものと思え」と言うなり、浜松一家に帰ってしまった。残された佐吉、「当たって砕けろ」と、老爺に再交渉、事情を説明して「縁談」をもちかけたが、答は「否」、事情があって娘はどこにも嫁に行かない。そこをなんとか、と食い下がったが、老爺、断固として応じない。オレがこんなに頼んでも駄目だというなら、この場を借りて、腹を切る。どうぞ、存分にお切りなさい、腹を切るとは、こうやるんだ、と刀の持ち方・切り方(切腹の作法)まで伝授した。佐吉、もうこれまでと、刀を腹に突き立てようとしたとき、老爺の手が一瞬、刀を振り払う。「バカだ、バカだと思っていたが、こんなバカだとは思わなかった。・・・、よし、そこまでおまえが覚悟をしているなら、やむを得まい、娘の気持ちを聞いてみよう」。そんな折も折、朝、食べたしじみ汁が当たったか、佐吉は、にわかの腹痛で厠に飛び込んだ。その隙を見て、老爺、娘・百合に問いただす。「今までの様子は見ていたろう。おまえの気持ちはどうだ?」「はい、私は政五郎様のところへ参ります。お父様も寄る年波、これ以上お世話にはなれません」。かくて、縁談は成立、佐吉は狂喜した。よかった、命が助かったばかりか、代貸しになれるなんて、と思えば、心がせくは気はせくは、といった案配で「今すぐ、生き証人として、娘さんを一家に連れて行きたい」と申し出る。すぐさま応じようとする娘に「まあ、そう急かずとも」、と制しながら、老爺一言、「佐吉さん、もしこの話、後から破談にしてくれなどと言い出したら、ただではすまさんぞ!」「たとえ、お天道様が西から上がろうとも、川の水が下から流れようとも、そんなことは、あるこっちゃござんせん」と佐吉請け合って、娘、静々と歩き出したかと思いきや・・・。「チチチチチ・・・、山が見えたり、隠れたり」。娘・百合の歩様は、著しくバランスを欠いていたのである。佐吉、驚愕のあまり、その場に卒倒、やがて、意を決して笑い出す。「おい爺さん、今までの話は、オレが旅の退屈しのぎに作った芝居なんだ。勘弁してくれ。座興、座興!」「何だと!」今度は、老爺が激怒した。「あれほど、娘は嫁には行かない、と断ったのに・・・。この話、そちらから頼み込んできたのではなかったか」。たちまち佐吉の長ドスを奪い取って振り上げる。それを必死でとめる百合、そこにやって来たのが、親分・政五郎、何事もなかったように「おい。話はついたか」「へえ、まとまりましたが・・・、でも親分・・・」という佐吉の言葉には無頓着、老爺の前に平伏して、「浜松一家二代目・政五郎と申します。娘さんの様子は、先刻、とくと拝見いたしました。どんなことがあろうとも、娘さんを幸せにいたします。手が悪ければ手、足が悪ければ足、私が身代わりとなってお助けしましょうから、どうか、百合さんを私の女房にしておくんなさい」。この名文句は、どこの舞台、どの芝居の中よりも、美しく輝いて、私の涙は止まらなかった。この芝居の眼目は、いうまでもなく「人間の尊厳」(障害者の「基本的人権」)を受容する、政五郎の豊かな「感性」にある、と思われるが、花道あきらの舞台姿は、寛容・温情に溢れ、責任者・甲斐文太までが、思わず拍手をしてまうほどに、鮮やかであった。大詰めは、政五郎と連れだって浜松一家に向かう百合、その歩様は(最後まで)バランスを欠いていたが、にもかかわらず、まさに「歩く姿は百合の花」、凜として、たいそう魅力的であった。百合を演じた春夏悠生、開幕から大詰め近くまで、終始無言、ただ座って針仕事を続ける姿だけなのに、「牡丹」の景色を醸し出す。口を開けば、永年慈しみ、育んでくれた父への「感謝」と「暇乞い」が、上品な武家娘の心中を艶やかに描出する。入団5年目(23歳)の「思い切った」演技に、ますます磨きがかかり、芍薬、牡丹、百合の大輪が、大きく花開いた舞台模様であった。狂言回しに奮闘した、佐吉・三代目鹿島順一、親分の華燭を寿ぎながら、思わず自分の歩様までバランスを欠き・・・「おっといけねえ」と(代貸しになった)我に返って退場、それを見送る老爺の姿に、これでよかったのだという「安堵」と、一抹の「寂しさ」も入り混じるうち、幕は下りて行く。いつもながらの名舞台、今日もまた、大きな元気を頂いて、帰路に就いた次第である。感謝。
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2017-04-05

劇団素描・「劇団暁」・《芝居「大阪しぐれ」の舞台模様》

【劇団暁】(座長・三咲夏樹、春樹)〈平成27年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 芝居の外題は「大阪しぐれ」。この芝居の中身は鹿島順一劇団の「噂の女」、劇団春陽座の「お千代物語」、劇団翔龍の「追われる女」、近江飛龍劇団の「女の一生」とほぼ同じである。弟(三咲暁人)の病気を治すため、苦界に身を沈めたお千代(座長・三咲夏樹)が、十五年ぶりに帰郷した。母(三咲さつき)と幼友達のクニやん(座長・三咲春樹)は大いに喜んだが、村人たちは庄屋を筆頭に拒絶する。弟夫婦(嫁・三咲愛羅?)もその空気を察して、姉に「早く、この家から出て行ってくれ、そうしないと村八分にされてしまう」と言い放った。お千代は、もとより長居する気はない。手土産も投げ返されて、返ろうとするとき、嫁の兄(三咲大樹)登場。「いやあ、困った。知人の保証人になったばっかりに20両の借金ができてしまった。何とかならないだろうか」と思案する。母も弟夫婦も貧乏百姓でそのような大金を工面できようはずもない。嫁の兄「では、しょうがない、妹のお花を女郎に売るほかはない」と言いながら退場しようとするのを、お千代が止めた。「待って下さい。20両ならここにあります。どうぞ役立ててください。お花ちゃんを私のようにしてはいけません」。嫁の兄、「ありがとう」とそのお金を伏し頂いて退場したが、それは芝居、弟夫妻を改心させるための狂言だった。大詰めはクニやんも登場して、めでたくお千代と大阪へ旅立つ、といった筋書きである。この芝居の眼目は、女郎、売笑婦を「穢らわしい」と差別する「選民意識」をものともせずに、果敢に底辺を生き抜こうとする『賤民意識』のたくましさ、温もり、美しさの描出にある。したがって、主役はあくまでもクニやん、彼の縦横無尽、破天荒な言動の中に潜む「純情」とお千代の「慈愛」が、舞台の景色として結実しなければならない。本日の舞台、それぞれの役者が真摯に「精一杯」、役割を務めていたが、相互の呼吸が今ひとつ「噛み合わない」。いずれも「棒立ち」の景色で「セリフ」に頼りがちな風情に終わったことは、まことに残念である。わずかに、弟の嫁を演じた三咲愛羅(?)のアッケラカンとした態度・表情は光っていたのだが・・・。物語は「悲劇」だが、それを吹き飛ばす「笑劇」をめざしてもらいたい。観客は、抱腹絶倒しながら、心中では涙を流すのである。今後の精進に期待したい。
北の宿から/大阪しぐれ北の宿から/大阪しぐれ
(2003/11/19)
都はるみ

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2017-04-04

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「神崎与五郎則保・兄の情け」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成25年3月公演・湯ぱらだいす佐倉〉
芝居の外題は「神崎与五郎則保・兄の情け」、別に「弥作の鎌腹」ともいう。「忠臣蔵外伝」と銘打っており、赤穂浪士の一人、神崎与五郎の余聞である。与五郎(三代目鹿島順一)は「討ち入り」を前にして、故郷の生家を訪ねる。百姓の次男・正吉として生まれたが、間もなく(乳飲み子の頃)神崎家の養子にもらわれ、今では与五郎則保という名の、立派な侍に育った。生家は、長男(兄)の弥作(甲斐文太)が守っているが、これまでに会ったこともなく、お互いに顔を知らない。双方、名乗り合って、望外の再会を喜んだ後、与五郎いわく「事情があって、仕えるお家がお取りつぶし・・・、しばらくの間、居候させていただきたい」。弥作、難なく承知して、馳走の準備にとりかかる。与五郎、独りになってくつろいでいれば、にわかの驟雨、たまらず雨宿りに駆け込んできたのは代官の娘・あやめ(春夏悠生)と侍女およし(春日舞子)、どうやら墓参の帰りらしい。あやめ、ひと目、与五郎を見るなり、たちまち恋の虜になってしまった。事情を知った代官(花道あきら)、弥作を呼び、愛娘と与五郎の婚儀を依頼する。弥作、願ってもないこと、「もし、この話叶わない時には、腹を切りましょう」と二つ返事で快諾、喜び勇んで立ち戻り、この縁談話を与五郎に、もちかけたが・・・。与五郎の返答は、以外にも「否」、「何故?」と訝る弥作の気配に耐えられず、与五郎は「討ち入り」の事情を打ち明けてしまった。「この話、承って、代官様の世継ぎに成ることは、この上ないこと。でも、百姓生まれの与五郎、やはり武士(忠臣)にはなれなかったかと、嗤われることは必定、それでは(神崎家の)養父母に申し訳がたちません。人は一代、名は末代、与五郎は武士として死にとうございます」。話を聞いて、弥作は驚愕、「それならば、不治の病ということにしよう」と破談を覚悟する。やってきたのは代官、「どうだ、娘の縁談話、まとめてくれたか」「それが、その・・・」と口ごもる弥作、一時は「実は、弟は不治の病でして」「何の病じゃ」「はい、膝に水が溜まって、糖尿もあります、歯槽膿漏に、高血圧・・・」等々、弥作、甲斐文太に戻って笑わせたが・・・、「このお代官様なら、事情を理解してくれるに違いない」と思ったか、「討ち入り」の真相を暴露してしまった。代官、「よくわかった。さっそく御上に言上しなければ・・・」と立ち去ろうとするのを、弥作「それでは約束が違う」と鎌で斬りかかる。かくて、弥作は「代官殺し」の大罪人、「えらいことしてしもうた」と、みずからも鎌を腹に突き立て、最後は首を掻き切って息絶える。事の子細を知った与五郎、「私が兄上を訪れたのは、今生の暇乞い。それが、こんなことになるなんて・・・」と涙するが、すべては後の祭り、「討ち入り」の真相を明かしてしまった、おのれの油断を憾む他はない。悔やんでも悔やみきれない悔しさを胸に秘め、与五郎もまた「死出の旅」に出立する。三代目鹿島順一が演じる神崎与五郎則保の姿には、なるほど代官の娘・あやめが「一目惚れ」するほどの、瑞々しさ、凜々しさ、一途さの気配が漂って、お見事。対する、兄・弥作役の甲斐文太は斯界屈指の名優、純朴・木訥な土百姓の中にも、どこか「男の色香」を窺わせる風情は格別、その「死にざま」は、あくまでも淡泊で呆気なかったが、さればこそ、生前の余韻が舞台に拡がり、その中で第二部・歌謡舞踊ショーの幕開け「創作舞踊・忠臣蔵」に引き継がれる演出は、「さすが」の一言に尽きる。甲斐文太の歌声で踊る一景「刃傷松の廊下」は、浅野内匠頭・三代目鹿島順一、吉良上野介・春日舞子、梶川与惣兵衛・壬剣天音。歌声、科白回しの素晴らしさは天下一品、それを背景に、舞踊の表情・振りも寸分の狂いなく、絵巻物のような景色が描出されていた。新人・壬剣天音、浅野内匠頭の背後から羽交い締め、必死に上野介を守ろうとする姿は、1年前(大阪梅南座の舞台)に比べて、見違えるほどの成長ぶりであった。二景は甲斐文太の「立花左近」、自分の名を語ったの曲者が大石内蔵助であることを(二つ巴の羽織紋を見て)察し、「じっと見つめる立花左近 見返す大石内蔵助 物は言わねど両の目に 滲む涙が万感の 想いとなってほとばしる 武士の辛さも哀れさも 知っていますぞ 男同志の胸の裡」(詞・北村桃児)という心象風景(男の友情)が、大石内蔵助役の花道あきらを相手に、浮き彫りされる。相も変わらぬ珠玉の名場面に、私の涙は止まらなかった。三景は、三代目鹿島順一の「俵星玄蕃」、溌剌とした若々しさに、先祖伝来・九尺の手槍を果敢に操る勇壮さも加わって、その舞姿は天下一品。とりわけ、「吉良の屋敷に来てみれば、今、討ち入りの真っ最中」、総大将の内蔵助に助太刀を申し出るが「深き御恩はこの通り 厚くお礼を申します。されどもここはこのままに」という両者の「絡み」から、「かかる折も一人の浪士が雪をけたてて、サク・サク・サク・サク・サクー、「『先生』『おうっ そば屋か』いや、いや、いや、いや 襟に書かれた名前こそ、まことは杉野の十平次、わしが教えたあの極意、命惜しむな名をこそ惜しめ 立派な働きを祈りますぞよ さらばさらばと右左」(詞・北村桃児)までの件(くだり)は圧巻、息も切らせぬ「迫真の」舞台であった。雪をけたてて登場した覆面の浪士、まことは杉野の十平次、文字通り、赤胴誠の雄姿であったとは・・・。大詰めは、座長一人「赤穂浪士に邪魔する奴は 何人たりとも通さんぞ 橋のたもとで石突き突いて 槍の玄蕃は仁王立ち」という景色で、この一大舞踊絵巻は終演となったが、それは第一部の芝居「忠臣蔵外伝」の余韻を踏まえ、さらに、その眼目を深化するための「本伝」に他ならなかった、と私は思う。あらためて、「鹿島順一劇団」の演出力に感嘆、今日もまた大きな元気を頂いて、帰路に就くことができたのであった。
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2017-04-03

劇団素描・「劇団澤宗」・《二代目澤宗千丸の元気・・・光陰は矢のごとし》

【劇団澤宗】(座長・澤宗城栄)〈平成24年2月公演・羅い舞座堺東店〉
大阪市営地下鉄・天下茶屋で南海電鉄高野線に乗り換え、準急で一駅目が堺東駅である。西口改札口を降りると、正面が銀座通り商店街、そのアーケードを直進すると、右手奥の雑居ビル5階に「羅い舞座」はある。平日だというのに、観客数は軽く50人を超え「大入り」の活況を呈していた。芝居の外題は「小金井小次郎」。賭場で一儲けした小次郎(座長・澤宗城栄)の子分・藤造(芸名不詳の男優)が、仇役一家の用心棒(後見・澤宗宗二郎)に射殺されたのを旅鴉(副座長・二代目澤宗千丸・女優)が目撃、小次郎とともに仇討ちをするという筋書きで、特筆すべき内容は乏しかったが、後見・澤宗宗二郎は、おそらく初代・澤村千丸、その娘が二代目・澤宗千丸、娘の入り婿が座長・澤宗城栄・・・?、といった楽屋内の「人間模様」がたいそう面白かった。主役・小金井小次郎役の座長・澤宗城栄は「風邪気味」で声が出ない。一方、旅鴉役の二代目・澤宗千丸はいたって元気、はじけるような風情で夫の澤宗城栄にハッパをかける。客からのヤジにも丁丁発止と渡り合いながら、仇役代貸の女房役(澤宗美智子)に「色気の出し方」を伝授する「アドリブ」の場面は、抱腹絶倒の連続で、たいそう見応えがあった。なるほど、「女は強くたくましい」!。座長・澤宗城栄の芸風は、あくまで温厚・楷書的で、いかにも「養子」然、そのコントラストが、たまらなく魅力的であった。数十年前、私は現・紀伊国屋章太郎が率いていた旧・「澤村千代丸劇団」の舞台を見聞している。当時の澤村千丸(紀伊国屋章太郎の弟)が、この劇団の後見であろうとは・・・。歌謡ショーでは、2歳の孫娘(?)を連れて登場、一曲終わった後、「お名前は?」「いくつですか?」と問いかけるが、相手は無反応。「オモチャで遊んでいたのに、無理矢理引っ張り出されて怒っているの?、・・・」等と、取りなしている風情は好々爺としてほほえましく、昔日の面影は毫もなかった。まさに「光陰は矢のごとし」、お互いに年を取ったものだと、妙に納得して帰路に就いたのであった。
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2017-04-02

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「紺屋高尾」、舞踊・女形大会、歌唱「瞼の母」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 昼の部、芝居の外題は「紺屋高尾」、舞踊ショーは「女形大会」、夜の部、芝居の外題は「忠治御用旅」、舞踊ショーは「人生劇場」、いずれも特選狂言と銘打っていた。観客は「大入り」、以前「どこまでもつか?」とほざいていた客も顔を見せていたが、「友也(紫鳳)だって、これくらいは集められる。ここに出入りできないなんて、組合のやり方がおかしい」などと「八つ当たり」する始末。騒然とした雰囲気の中だったが、かえって座員の気持ちは引き締まり、舞台は今まで以上の「出来映え」であった。
「紺屋高尾」の夜鷹・鼻欠けおかつ(蛇々丸)は「絶品」で、三条すすむと「肩を並べている」。特に、セリフの出番がないときの、何気ない「所作」が魅力的で、客の視線を独占してしまう。この役は、「鼻欠け」という奇異感を超えた「あわれさ」「可愛らしさ」を漂わせることができるかどうか、が見所だが、十分にその魅力を堪能できる舞台であった。「女形大会」、座長の話では、めったにやらない(やろうと思ってもできない)演目とのこと、化粧・着付けを支援する、専門の「裏方」がいないためだ。今日は、春日舞子が「裏方」に徹したのだろう。普段見られない、蛇々丸、梅乃枝健の「女形」を観られたことは幸運であった。蛇々丸の「舞姿」は格調高く、「地味」に徹していたことが素晴らしい。「妖艶さ」を追求しないのは、「男優としてのプライドが許さない」(客に媚びを売らない)というモットーからか・・・。梅乃枝健の「女形」は、春日舞子と見紛うほど、「さすが」「お見事」の一語に尽きる。柏(昨年11月)、川越(2月)、小岩(3月)と通い続けて、ようやく二人の「女形」を目にすることができ、大いに満足した。
 夜の部、歌謡ショーで唄った座長・鹿島順一の「瞼の母」は、「天下一品」。彼の「歌唱」の中でも、抜群の「出来栄え」であった。番場の忠太郎は、ヤクザとしてはまだ「若輩」、どこかに「たよりなさ」「甘え」を引きずっている風情が不可欠だが、その「青さ」をもののみごとに描出する、座長の「実力」は半端ではない。「こんなヤクザに誰がしたんでぃ・・・」という心情が、言葉面だけでなく「全身」を通して伝わってくる。他日、どこかで聞いた座長の話。「私の歌をCDしないか、というお話がありましたが、私は歌手ではありません。役者風情の歌など余興(時間つなぎ)にすぎません。おそれおおいことだとお断りしました」。その「謙虚さ」こそが、彼の「実力」を支えていることは間違いないだろう。
とはいえ、鹿島順一の「芝居」「舞踊」「歌唱」が、その日その日の「舞台」だけで、仕掛け花火のように消失してしまうことは、何とも残念なことではある。
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2017-04-01

劇団素描・「劇団新」・《新座長、芝居「兄弟鴉」「雪の夜話」の出来栄えは?》

【劇団新】(座長・龍新)(平成22年2月公演・川越三光ホテル小江戸座)                                                座長が龍新にかわって初めての見聞である。前座長は父親の龍千明、今は後見・太夫元となって名も龍児と改まった。この劇団、東京大衆演劇劇場協会に所属しているが、芸風は細やかで、時代人情劇、人情喜劇も巧みにこなす。龍児とその妻・秋よう子、ベテラン女優・立花智鶴ら「実力者」に混じって、息子の座長・龍新、弟・龍錦、女優・千明あさ美、千明みな美といった面々に、今回は北條嵐も加わるとすれば、文字通り役者に不足はない。芝居の外題は昼の部「兄弟鴉 瞼に浮かぶ母」、夜の部「雪の夜話」、前者は御存知、任侠物「瞼の母」の兄弟版。見どころは、助っ人稼ぎの喧嘩場で死んでしまった弟(龍錦・適役)の遺骨(白布に包まれた箱)を胸に抱いた新太郎(龍新)の艶姿なのだが、「絵になる」ためには「もう一歩」、仇役の太夫元・龍児から「なんだ、弁当屋か」とからかわれていたが、さすがは後見、骨箱の「扱い方」が「今ひとつ」もの足りないのである。同じ骨箱でも、母・お浜(秋よう子)に抱かれると景色は一変、まさに魂が甦るといった風情で、「実力」の違いがまざまざと浮き彫りされる場面であった。骨箱は骨箱であって骨箱ではない。母に焦がれて死んでいった「弟」の化身でなければならない。さすれば、いとしく包み込むように、大事に大事に扱わなければならないはずなのだ。そこらあたりが、新座長・龍新の課題かもしれない。夜の部「雪の夜話」は、この劇団の極め付き。武家の婿養子となった長男(北城嵐)の嫁(立花智鶴)に、いびられるだけいびられる親父(龍児)の話で、その「いびり方」「いびられ方」が絶妙、まさに意気のあった「漫才コンビ」のようで、この二人ででなければ描出できない場面の連続なのである。嫁と親父の「やりとり」を見聞していた長男、というよりは(ゲスト出演の)北城嵐が思わず噴き出し「あなたたち、本当は仲良しなのでは・・・」とつぶやいてしまうほど、抱腹絶倒の舞台であった。
 劇団にとって「座長交代」は一大事、以前と比べて「遜色ない」出来栄えであったが、やはり名優・龍千明が取り仕切っていた舞台とくらべれば、「まだまだ」という感じで、多少の寂しさを感じながら帰路についた次第である。
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2017-03-31

劇団素描・「劇団暁」・《芝居「奥様仁義」・配役の妙と三咲暁人の「魅力」》

【劇団暁】(座長・三咲夏樹・春樹)〈平成27年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は「奥様仁義」。私はこの芝居を、以前「市川千太郎劇団」の舞台で見聞しているが、今日の出来映えは「いずれ菖蒲か杜若」、この劇団ならではの魅力が随所に散りばめられていた。幕が開くと、そこは居酒屋の店先か、土地の親分(三咲大樹)が百姓姿の兄(三咲龍人?・夏樹座長の三男)に絡んでいる。「前々からお前の妹(三咲憧・春樹座長の長男)に惚れている。オレの女になるよう説得しろ」。それを聞いて、客席が笑い出した。見れば、兄も妹もまだ(おそらく)○○○。親分「何が可笑しい!」といきり立って、客席をにらみつける。その一瞬で、舞台と客席の「呼吸」がピタリと合った。兄、「それでは妹に聞いてみましょう、お前どうする、親分の女になるか、そうか、嫌か、親分、妹は嫌と言っております」、親分、その様子を見て「まだ、妹は何もいっていないじゃねえか」と言ったやりとりは定番、「そうですか、ではもう一度」と言って確かめれば、妹「嫌です、気持ち悪い、ダイッキライ!」。親分、もうこれまでと連れ去ろうとしたが、すかさず菅笠が飛来、現れたのは旅姿の女侠客(座長・三咲春樹)、「やめないか」と言うなり、親分の腕をねじ上げ、顔面に一発平手打ち、そのピシャリという音が客席後方まで届く。親分「アイタ-、芝居なんだからもう少し手加減してくれよ」とぼやきながら逃げ去った。その顛末を見ていたのが呉服屋大店の女主人(三咲さつき)と若旦那(座長・三咲夏樹)。若旦那は見るからに「つっころばし」、そのなよなよとした風情がたまらなく魅力的であった。女侠客を惚れ惚れと見つめながら「おっかさん、あの方を嫁にしたい。」呆れかえる女主人に「もし一緒になれなければ、首を吊って死にます」だと。女主人、しぶしぶ女侠客と交渉、何度も追い返されるが、若旦那の気持ちは変わらない。かくて、女侠客は、めでたく呉服屋大店の「若奥様」に収まった。そこにやって来たのが百姓姿の兄妹、応対したのが一番番頭(三咲暁人)。兄曰く「母は大病で明日をも知れぬ命、妹の花嫁姿を一目見て死にたいと言います。花嫁衣装を買いに来ました」番頭「花嫁衣装なら揃っていますよ、どれにしますか」と言いながら三着ほど用意した。妹、お気に入りの一着を指させば、兄「値段はいかほど?」「ハイ、二十両です」「私たちは貧乏人、少しまけてくれませんか」「いいでしょう、いくらに?」「・・・二分に!」、それを聞いて番頭、ずっこけながら怒り出す。「冷やかしなら止めてください、私は忙しいんだ」。その騒ぎを聞きつけて若奥様登場。「どうしたんだい?」兄妹の話を聞いて、三着すべてを無償提供、見舞金10両まで手渡した。おさまらないのは番頭、女主人を呼び出して訴える。「こんなことをしていたらお店の身上はつぶれます!」女主人も同意して、若奥様を追い出そうとしたが、そこに若旦那登場。「いいではないですか、人助けをすれば、お店の評判もあがります」。女主人、あきれて「いいえ許しません。姑去りを申しつけます」「それでは私も出て行きます!」と言われて「そんなことはできない。もう勝手にするがよい」と諦めた。その場は一件落着となったが、おさまらないのが若奥様、退場しようとする若旦那に一言「番頭に話がありますのでお先に」。その一言を聞いて、番頭は恐怖の極致、その固まった風情が「絵になっていた」。「よくもベラベラと告げ口をして」というなり、竹刀を持ち出し番頭を追いかけ回す。番頭は客席を逃げ回って楽屋裏に引っ込んだが、激しい衝撃音と悲鳴が聞こえてくる。やがて番頭、ぼこぼこに打擲された様子で、ヨロヨロと登場、またもや女主人に訴えるという繰り返しは、抱腹絶倒場面の連続であった。以後は、仕返しにやって来た冒頭の親分一味を成敗して、若奥様は旅に出る、その後を若旦那が追いかけ、なぜか女主人までも追いかける、その様子を番頭が呆然・憮然として見送るうちに幕となったが、客席には「美味しい料理を食べ終わった」ような満足感が、いつまでも漂っていた。以上の舞台模様を総括すれば、その魅力を支えているのは、一に配役の妙、二に客席との呼吸、三に脇役の存在ということになるだろう。中でも、夏樹座長の長男・三咲暁人の「実力」は、半端ではない。表情、所作、歯切れのよい口跡、一挙一動の全てが観客を惹きつける。登場しただけでオーラが漂う役者として、今後の成長が楽しみである。その昔(昭和40年代)、浅草木馬館には「観音温泉・踊りの先生」と呼ばれる女性客がいた。常連としてあまた多くの舞台を見聞したであろう彼女は、いつも一言「コドモが一番うまいや!」と呟いていた。その言葉を思い出しながら、今日もまた大きな元気を頂いて、岩盤浴に向かった次第である。感謝。
浅草木馬館日記浅草木馬館日記
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美濃 瓢吾

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2017-03-30

劇場界隈・《湯ぱらだいす佐倉・「橘菊太郎劇団」》

2010年3月18日(木)
 午後0時30分から「湯ぱらだいす佐倉」で大衆演劇観劇。「橘菊太郎劇団」(座長・橘菊太郎)。かつて(数年前まで)千葉県には、大衆演劇の劇場が5箇所あったと思う。①アゼロン千葉(千葉市)、②やすらぎの湯・和楽の郷(長生郡長柄町)、③オーシャンスパ九十九里・太陽の里(長生郡長生村)、④柏健康センター(柏市)、⑤湯ぱらだいす佐倉(佐倉市)。しかし、今では①②は閉館、⑤の湯ぱらだいす佐倉も、(私の独断・偏見によれば)その看板とは裏腹に、経営状態は「青息吐息」と見た。その証拠に、浴場の浴槽、薬湯、白湯がなくなり、今日は露天風呂にも湯が入っていなかった。このような施設でサーービスを省略することは致命的、客足は遠のくばかりであろう。起死回生を図って、「劇団朱雀」(早乙女太一客演)、「橘菊太郎劇団」、「南條隆とスーパー兄弟」といった人気劇団を招聘する意図はわかるが、その際は観劇料を「割り増し」する等、魂胆が見え見え、客の不満を察知して白紙撤回したとはいえ、およそ大衆演劇本来の理念とはかけ離れた「経営方針」ではないだろうか。さて、舞台はといえば当代人気随一の「橘菊太郎劇団」、時代の寵児・早乙女太一の先輩格・橘大五郎が若座長とあっては、さぞかし「大入り満員」と思いきや、意外や意外、客席は「通常の劇団」並、盛り上がりに欠ける雰囲気であった。喫煙場所での客の話。「今日も座長さん、出ないもんね。・・・がっかりしちゃう。これじゃお客さんも来ないはずよ」なぜか、大衆演劇の「大衆」(観客)は、「大入り満員」の「人いきれ」の中で、いい席を奪い合いながら観ることが「お好き」なようで、噴き出してしまう。私なんぞは、閑散とした客席の中で「役者の視線」を避けながら、その「うら寂しい」侘びしさを味わってこそ、大衆演劇の醍醐味が得られる、と確信しているのだが・・・。それゆえ、侘びしくもなく、面白くもなく、といった舞台が私にとっては「最低」ということになるのだが、残念ながら今日の舞台はそれに近かった。したがって、芝居の外題、舞踊ショーの演目に関する特記事項はない。とはいえ、若座長・橘大五郎に「不平不満」があるわけではない。自己の実力を最大限に発揮、誠心誠意舞台に専念する姿は魅力的、感動的であった。問題は、劇団の経営方針か、役者が足りないのである。いかに人気があるとはいえ、橘大五郎一人では舞台を背負いきれない。本来、この劇団には以下の座員がいたはずである。(「演劇グラフ」vol.75・2007年9月号参照)①橘菊太郎(座長)、②水城新吾(橘大五郎の父)、③橘文若、④伍條ひろし、⑤橘良二、⑥橘浅太郎、⑦橘裕太郎、⑧北條寿美子(橘菊太郎の祖母)、⑨小月きよみ(橘菊太郎の母)⑩北條めぐみ(橘菊太郎の姉)、⑪條かずみ、⑫三條雪江、⑬一條みやこ、⑭たちばな咲良、⑮北條充季(子役)、⑯北條未歩(子役)そのうち、今日の舞台で確認できたのは、橘大五郎、橘文若、伍條ひろし、橘良二、橘浅太郎、橘裕太郎、北條めぐみ、三條雪江くらいであったろうか。(女優は判然としない)いずれにせよ、若座長・橘大五郎を引き立たせ、劇団の充実・発展を期するなら、叔父・菊太郎、父・水城新吾、母・小月きよみの「登場」が不可欠である、と私は思う。もし若座長の(テレビ)「人気」(実力はまだ不十分)をあてにして、今日のような「手抜き」の舞台を繰り返すなら、先は見えている。露天風呂のサービスを省略している劇場同様、閉鎖、廃業、解散への末路を辿ることは「時間の問題」ではないだろうか。
芝居小屋と寄席の近代―「遊芸」から「文化」へ芝居小屋と寄席の近代―「遊芸」から「文化」へ
(2006/09/22)
倉田 喜弘

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2017-03-29

劇団素描・「劇団炎舞」・《芝居「男の純情」の景色》

【劇団炎舞】(座長・橘炎鷹)〈平成22年3月公演・横浜三吉演芸場〉
 劇団員は、座長・橘炎鷹を筆頭に、責任者・橘魅乃瑠、男優・橘もんた、橘秀之介、橘竜之介、橘光之介、橘テン(、)之介、橘進一、女優・橘喋々、橘ぼたん、新野瑛己といった面々で、「役者に不足はない」。芝居の外題は「男の純情」。筋書は大衆演劇の定番。一人の芸者(橘喋々)に惚れた二人の男、三枚目(座長)と二枚目(秀之介)が「身請け」しようと「金稼ぎ」にやってきたのが工事現場。三倍の賃金がもらえるが、仕事も三倍きつい。とうとう、ひよわな二枚目は倒れてしまった。それを助けたのが三枚目、持ち金を全部渡して二枚目を「脱走」させる。そこまでが「第一景」だが、その舞台景色が何とも「大衆演劇」的で素晴らしかった。工事現場の土方衆を束ねるのが小頭(橘魅乃瑠)だが、その風情(柄の悪さプラス可愛らしさ)が格別で、とりわけ三枚目との「絡み」具合は絶品、掛け合い漫才のように、呼吸が合っていた。(この劇団はタダモノではないか・・・?)と秘かに期待しながら、「第二景」。だがしかし、私の期待は見事に裏切られてしまった。
場所は花街の芸者屋、今ではその主に納まっている二枚目、念願通り、目当ての芸者は恋女房、そこにやってきたのが三枚目、何も知らずに芸者を「請け出す」算段、といった筋書自体に問題はない。芸者の朋輩二人(男娼?正体不明の風貌)、文字通り「狂言回し」の三枚目が「役割」、二人(竜之介、テン之介)とも「懸命に」舞台を務めているのだが、いかんせん「若すぎた」。一景の景色が見事すぎただけに、(その落差が大きく)二景の舞台は奈落の底(ぶちこわし)に落ちてしまった、と私は思う。三枚目として、客を笑わせることは当然、だが「笑わせようとすればするほど」結果は「しらける」ことを思い知らなければならない。表情、仕種、台詞の「どこに重点をおいて」笑わせるのか、一人で笑わせるのか、二人で笑わせるのか、どこの「呼吸で」笑わせるのか、といった「基礎・基本」の体得が肝要である。そこらあたりを、橘もんた、進一らの「先輩連中」が「やってみせる」ことが肝要、一景の「土方風情」に甘んじているだけでは「役不足」ではないだろうか。いずれにせよ、二景のドタバタ模様は「並の劇団」級、眼目の「男の友情」を座長オンリーの「独り舞台」で醸し出すことは無理だった。芝居に対する「意気込み」が「今一歩」不足していたように思う。
 歌謡・舞踊ショーのプログラムは豊富、とりわけ炎鷹、魅之瑠、光之介の「歌唱」は水準以上、やたらとエコーを効かせないのがよい。舞踊も、逸品ぞろいで、座長の「女形」、もんた、進一の「立ち役」は、色香十分、かなりの「実力者」が揃っている、と見た。機会があれば、再見したい。
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2017-03-28

劇団素描・「章劇」・《関東の人気劇団、舞台は「関西風」》

【章劇】(座長・澤村章太郎)〈平成21年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 午後1時30分から小岩湯宴ランドで大衆演劇観劇。「章劇」(座長・澤村章太郎)。「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 章劇 東京大衆演劇劇場協会所属。 澤村章太郎座長が、平成12(2000)年旗揚げ。澤村章太郎座長と澤村蓮副座長が中心で、和気あいあいとした明るい雰囲気を持っている。本格的な古典芝居から軽妙な現代ものの喜劇まで少人数ながらじっくりみ見せてくれる関東の人気劇団である。座長 澤村章太郎 昭和38(1963)年12月26日生まれ。大阪府出身。血液型A型。他劇団での修行を経て、平成12(2000)年に独立、旗揚げ。誠実でしっとりとした大人のムードを持ちながら、個性的な脇役や三枚目もこなす。歌唱力抜群の実力派。〉とある。また、キャッチフレーズは〈優しく、明るく、渋くキメます! 座長・澤村章太郎の誠実あふれるキャラクターと、副座長・澤村蓮の持つ華やかな個性がよくマッチして、まるで兄弟劇団のような温かい雰囲気を醸し出しています。疲れた心を優しく包み込んでくれる明るい劇団です。〉であった。座員は、右京誠、澤村大地、澤村ダイヤ、澤村雄大、澤村瑞己、澤村七知、特別出演・大門力也といった面々で、芝居の外題は、昼の部「新門辰五郎」、夜の部「笹川の花会」。いずれも大衆演劇の定番、形通りの筋書を、形通りに演じる、まさに「誠実味あふれる舞台」だったと思う。それにしてもこの劇団、座長は大阪府出身、座員の風情も「関西風」なのに、どうして東京大衆演劇劇場協会に所属しているのだろうか。今月、横浜で公演している「春陽座」の舞台と「どこか似ている」。責任者・澤村新吾と澤村章太郎、副座長・澤村かずまと澤村蓮、「血のつながり」はありやなしや・・・?澤村章太郎の姉が南條隆の配偶者、その息子が「スーパー兄弟(龍美麗・南條影虎)」という話も本当だろうか?いずれにせよ、「劇団美鳳」「新演美座」「劇団松」「桂木昇劇団」等、「関東の人気劇団」の中では、やや異色、「関西風」の風情を保っているところが「温かい雰囲気を醸し出す」所以ではないだろうか。
 副座長・澤村連の「女形舞踊」は絶品、清楚・清純な景色が「えもいわれぬ」空気を醸しだし、キャッチフレーズどおり「疲れた心を優しく包み込んでくれる」ことは、間違いない。その魅力を「立ち役」でも描出できればと思うのだが・・・。
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2017-03-27

劇団素描・「劇団鳳凰座」・《舞踊ショーで魅せた、男優陣「女形」の魅力》

【劇団鳳凰座】(座長・中野加津也)〈平成24年3月公演・浅草木馬館〉                                                       劇場の表看板には、演目「ふられた男」、出演「中野加津也」「今日街研」「中野飛鳥」「市川智二郎」「中野翔」「中野貴之介」「中野寿都子」「中野雅」という木札が吊されていた。座長・中野加津也の舞台は、兄・中野弘次郎の「劇団蝶々」にいた頃、一度だけ見聞しているが、詳細は記憶にない。さて今日の舞台、幕開けの「顔見せミニショー」では、座長、貴之介、翔、雅、智二郎、寿都子といった面々が、8曲の個人舞踊・組舞踊を披露するサービスぶりであった。中でも、冒頭の相舞踊「雪しんしん」(貴之介・翔)、個人舞踊「哀愁列車」(座長)は、秀逸、強く印象に残った。芝居の外題は「ふられた男」。A一家の親分(今日街研?)が、70歳になろうというのに「そろそろ嫁でももらおうか」と、対立するB一家親分(中野飛鳥)の娘(中野翔)に目をつける。その段取りを用心棒(市川智二郎)に依頼、娘を拉致しようとするのだが、間に割って入ったのが旅鴉(座長・中野加津也)。難なく娘を助けたが、その美しさに一目惚れ・・・。しかし、娘には相思相愛の情夫(中野貴之介)が居た、という筋書きで、舞台の景色は「喜劇」風。とはいえ、喜劇ほどむずかしいものはない。客を笑わせようとすればするほど、白けてしまうのだ。とりわけ、ここは関東。さりげなく淡泊で、「引いた」演技が不可欠と思われるが、その見所は少なかった。わずかに、用心棒・市川智二郎が「田村正和」を模した場面、盲目の娘(市川寿都子)が旅鴉(舞台では恋人だが、楽屋では実父)に向かって杖を振り回した場面は「絵になっていた」のだが・・・。また、男優・中野翔の「娘姿」も(超!)魅力的で、「ただならぬ実力」を窺わせていた(「真女形」の条件は揃っている)のだが・・・。そんなわけで、「喜劇」としての出来映えは「まだ発展途上」の段階であった、と私は思う。一方、第三部「歌謡・舞踊ショー」の舞台は充実していた。ベテラン・中野飛鳥、市川智二郎の個人舞踊は「会いたかったぜ」と「一本刀土俵入り」、それに歌謡までも達者にこなす。座長、中野翔、中野貴之介、三男優の女形舞踊も、それぞれが「個性的」で「気品」があり、えもいわれぬ「色香」を漂わせていた。加えて貴之介・雅の相舞踊「時代屋の恋」も絶品、まさに百花繚乱、見所満載の舞台景色であった。座長の口上によれば、「劇団蝶々」から独立して三年、「まだまだ未熟な劇団ではありますが」、《役者は揃っている》。これからは「芝居の中で」それぞれが、その「個性」をどのようにチームワークとして「結実化」させるか、呼吸、間の取り方をどのように図るか、相手を光らせるために自分は何をすればよいか等々、を追求することが課題であろう。ますますの充実・発展を期待しつつ、帰路に就いた。
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2017-03-26

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《蛇々丸はいずこへ・・・》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年3月公演・川崎大島劇場〉                                  第一部ミニショーの幕が開いたが、皮切りは花道あきら、春大吉、三代目虎順の組舞踊、次は座長、次は梅之枝健・・・、いつまで待っても蛇々丸が登場しない。私は「いやな予感」がした。蛇々丸が脱けた?いや、いや、そんなはずはない。彼は、座長の右腕、若手のリーダー、虎順の後見として「なくてはならない存在」であるはずだ。だが、待てよ。そういえば、ここは川崎。昨年、金太郎が脱けたのも当地ではなかったか?そんなことに気をとられて、心底から舞台を楽しめない。役者の姿・表情に「異変」はない。いつも以上の出来映えなのに、一抹の「寂しさ」「不安」を感じてしまうのは私ばかりであろうか。
 芝居の外題は「花の喧嘩状」、なるほど蛇々丸がいなくても足りる演目であり、座長の敵役、虎順の直向きな風情がいっそう冴え渡るのに、「蛇々丸が脱けた。・・・なぜ?」という思いが間断なくわき起こり、「とてもじゃないけど」舞台に集中できなかった、というのが偽らざる感想である。今日はよい、今はよい。でも「アヒルの子は?」「三人芝居は?」「春木の女は?」「会津の小鉄は?」蛇々丸「抜き」の舞台など考えられないではないか。
 第三部歌謡舞踊ショー、座長を筆頭に「全身全霊」を込めた舞台に不足はない。とりわけ、座長の舞踊「花と竜」、歌唱「蟹工船」「恋あざみ」を見聞できたことは望外の幸せであった。でも、でも・・・なのである。蛇々丸が登場しなければ、他の座員が輝かない。蛇々丸の存在が、他の役者の「芸」を引き立てている、蛇々丸の「穴」は蛇々丸しか埋めることはできない、ということを思い知らされた。そのことは他の誰に対してもいえることであり、要するに、この劇団の座員一人一人は「全員が、お互いを必要としている」「お互いがお互いの芸を響き合わせてている」、まさに「交響劇」の担い手に他ならないのである。
 蛇々丸はいずこへ・・・?、絶望的な(泣き出したい)気分で帰宅。だがしかし、である。彼のホームページを閲覧して狂喜・安堵した。なんと今日から兄弟(近江新之助)の劇団の応援に「松山劇場」に「車で」出張だったとか・・・。よかった、よかった。大衆演劇界の至宝「鹿島順一劇団」は、(当分?)健在であることは確かなようである。

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2017-03-25

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「木曽節三度笠」「心模様」・三代目虎順の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年3月公演・川崎大島劇場〉                                       JR川崎駅から大師行きバスに乗り、追分停留所で下車、徒歩3分程度で「大島劇場」に着く。午後1時から大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。座長の話では3月で「関東公演」は終わり、ということだったので、4月からは地元(関西)に帰るのかと思いきや、「演劇グラフ」の公演予定を見ると「えびす座」(福島県)となっている。なるほど「関東公演」は終わりだが、またもや「東北公演」が始まるということではないか、ならいっそうのこと、青森、新潟を回って再び「東京」(浅草または十条)を目指せばよい。先月の水戸ラドン温泉と違って、大島劇場は小さな、小さな芝居小屋、50人も入れば桟敷が一杯になるような「狭さ」、これまで見聞した劇団の中では「橘小竜丸劇団」だけが「大入満員」であった。今日は、初日の日曜日、開場1時間前に到着したが、先客はまだ1人、どうなることやらと案じられたが、「産むが易し」、開幕前の客数は30人を超えていた。芝居の外題は「木曽節三度笠」。筋書は大衆演劇の定番、ある大店の兄(花道あきら)と弟(三代目虎順)が、使用人(?)の娘(生田春美)を争奪しあうというお話。実はこの弟、兄とは腹違いで、今は亡き大店の主人(兄の父)の後妻になった母(春日舞子)の連れ子であった。行き倒れ寸前の所を母子共、大店の主人に助けられ、今は兄弟で大店を継いでいる様子・・・。弟は娘と「相思相愛」だったが、兄が横恋慕、弟は母の進言に従って娘をあきらめる覚悟、でも娘は応じない。兄は強引にも娘と「逢瀬」を楽しもうとして、土地のヤクザ(親分・座長、子分・蛇々丸、春大吉、梅之枝健、春夏悠生、赤銅誠)にからまれた。その場に「偶然居合わせた」弟、兄・娘を守ろうとして子分の一人(たこの八・春夏悠生)を殺害、やむなく「旅に出る」。そして1年後(あるいは数年後)、ヤクザの「股旅姿」がすっかり板についた弟(実はナントカの喜太郎)が帰宅、土地のヤクザに脅されていた母、兄・娘を窮地から救い出して一件落着。「時代人情剣劇」と銘打ってはいるが、眼目は、亡き主人にお世話になった母子の「義理」と、親子の「情愛」を描いた「人情芝居」で、三代目虎順の「所作」「表情」が一段と「冴えわたってきた」ように感じる。「口跡」は、まだ単調、「力みすぎ」が目立つので、「力を抜いてメリハリをつけること」が課題である。
 夜の部も客数は30人、芝居の外題は「心模様」。蛇々丸の兄(医者)と前科者の弟(三代目虎順)が「絡む」、「近代(明治)人情喜劇」とでもいえようか。まさに、直情径行で純粋無垢な性格、それでいて「刑務所帰り」という「下品」な風情を、虎順が「初々しく」しかも「鮮やかに」「品よく」描出していたように思う。三代目虎順は、いずれは座長、そのための器(素質)は十分、その「芽生え」を感じさせる舞台ではあった。もう一つ、「口跡」の魅力が加われば、座長への道が早まるだろう。「鹿島劇団」の《売り》は、何と言っても「音響効果」、「見ての美しさ」同様に「聞いての美しさ」を追求していることである。役者は「顔かたち」を衣装・化粧で「飾る」ように、「自分の声」(口跡)も飾らなければならない。「いい声」「魅力的な声」もまた役者の「命」なのである。三代目虎順の「口跡」は、まだ単調、合格点をつけられるのは「春木の女」の「お妙」くらいか・・・。同世代の恋川純、橘龍丸には「水をあけられている」。「所作」「表情」同様に「口跡」の魅力を体得することが、虎順当面の課題だと、私は思う。

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2017-03-24

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「情け川」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「月夜の一文銭」、夜の部「情け川」。前者は、「勧善懲悪」を眼目としたスリ三人組の話、大衆演劇の定番。後者は、初めて見る人情喜劇(現代劇)、座長(婆さん役)の、博多弁が「立て板に水」、蛇々丸(大工)の東京弁との「対比」が面白かったが、話の中に出てくる「良子」が実際には登場しないので、物足りなかった。とはいえ、出来栄えは「水準」以上、昼夜「大入り」の客は「それなりに」満足したに違いない。舞踊ショーは、昼の部、座長の「花と龍」「瓦版売り」(忠臣蔵・清水一角と中山安兵衛の話)、夜の部「安宅の松風」(富樫・弁慶・義経の踊りわけ)は「至芸」そのもの、まことに幸運だった。昼の部の口上で、花道あきらが、「おかげさまで、今日は大入りを頂きました。今日は何か(ランドの催しが)あるんですか?」と客に尋ねていてが、客の入りなど「歯牙にもかけぬ」座長の姿勢が座員にも浸透している様子が窺え、さわやかな印象を受けた。また、座員の舞踊衣装も「相変わらず」(いつも目にする、お馴染みの代物)だが、「芸」そのものは着実に「変化」している。衣装の豪華さ、着物の多さを「目玉」にしている劇団が多い中で、まさに「劇団・火の車」だが、その不足を「芸」の力で補おうとする誠実な姿勢(襤褸は着てても心の錦)に脱帽したい。

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2017-03-23

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居・春大吉の役割、舞踊ショーは至芸の「宝庫」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「身代わり道中」、夜の部「心模様」。いずれの舞台も、すでに見聞済み。今日は、役者相互の「かかわり」(絡み合い)に注目して観た。まず、座長、誰と絡んでも面白い。次に春日舞子、誰と絡んでも面白い。つまり、どの役者も、座長、舞子との「絡み」(胸を借りる)によって、本来の「持ち味」が引き出されているのである。言い換えれば、座長、舞子が登場していない舞台、蛇々丸、花道あきら、春大吉、三代目虎順だけの舞台で、どれだけ客を惹きつけられるかが問われることになる。「身代わり道中」では、春大吉と虎順、「心模様」では蛇々丸と春大吉の「絡み」が中心、どちらにも登場するのが春大吉であるとすれば、彼の「役割」(責任)は大きい。虎順に対しては「胸を貸す」、蛇々丸に対しては「胸を借りる」(とはいえ役柄は年上、至難のことではあるが)演技が要求されるのである。「男はつらいよ」の主人公・フーテンの寅(渥美清)が、大先輩のおいちゃん(森川信)、おばちゃん(杉山とく子・テレビドラマ)、おふくろ(ミヤコ蝶々)の「胸を借りて」こそ、迫真の演技ができたことと同様に・・・。
役者の修業に終わりはない。懸命に精進している春大吉のこと、その「役割」を果たす日も遠くはないであろう。
次に、「舞踊ショー」の感想。「舞踊ショー」の眼目は、「歌謡絵巻」とでもいおうか、芝居では演じ切れなった「大衆のドラマ」(流行歌の世界)を、役者一人一人が文字通り「独り舞台」で演じるところにある。座長の舞踊(歌謡)は一級品で、特に、坂田三吉、桂春団冶、藤山寛美を踊り分ける「浪花花」、女形舞踊「おかじ」、「桂春団冶」、「俵星玄蕃」、歌唱の「北の蛍」「ああ、いい女」「無法松の一生」等々、至芸の数々を数え上げればきりがない。春日舞子の舞踊も同様、とりわけ「深川」「車屋さん」など芸者の風情は絶品、座長との相舞踊では光彩が倍増する。蛇々丸、「股旅者」「侍」「町人」等々、なんでも「器用」にこなすが、「勧進帳」「忠臣蔵」のような長編歌謡(浪曲)を踊らせたら天下一品、右に出る者はいないであろう。以下、花道あきら、春大吉、三代目虎順、梅乃枝健、いずれの舞踊も、他の劇団と比べて遜色ない。今後は、それぞれの役者が、「自分しかできない」舞踊を追求すべきだと思う。柏公演では、客のカラオケで踊る試みを取り入れたが、その企画は素晴らしい。客と一体になって舞台を作ろうとする姿勢は貴重である。三十年前、「梅澤武生劇団」が客の舞踊を舞台に取り入れたことがあった。その演目は「チャンチキおけさ」(三波春夫)、役者以上に踊りこなした姿は、今でも私の眼に焼き付いて離れない。聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌でも、舞踊が加わることによって、全く別の歌に「変身」してしまうのである。そのような舞台を、「鹿島劇団」にも期待する。客が選曲(歌唱)し、「御所望」の役者が踊る、というような企画が定着すれば、「舞踊ショー」の内容は、より魅力的なものになるだろう。柏では、見事に、虎順がその役割を果たした(「人生桜」)。その姿も、私の眼に焼き付いている。客は、鑑賞者であると同時に批評家でもある。役者の個性を当人以上に「見抜いている」。時には、客の「いいなり」になって自分を磨くこと、それも必要不可欠な「役者修業」ではないだろうか。どの「劇団」の「舞踊ショー」でも、鳥羽一郎、大月みやこ、林あさ美、堀内孝雄、吉幾三、島津亜矢、神野美伽、氷川きよし、天童よしみ等々、聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌で溢れている。それを「えっ?こんな名曲があったのか!」と感じるまでに「変身」させた舞踊には久しく出会わないが、虎順の「忠義桜」などを観てしまうと、「鹿島劇団」なら「やってくれるのではないか」と、秘かに期待しているのである。

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2017-03-22

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「遊侠流れ笠」「関取千両幟」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 芝居の外題は昼の部「遊侠流れ笠」、夜の部「関取千両幟」。「遊侠流れ笠」の主役は三代目虎順、病弱な親分(座長)の三下だが「うすのろ」のため、子分衆の中では半人前。しかし、窮地に陥った親分のために、本当に働いたのは「うすのろ」の三下だったという筋書。見せ場は、三下の「変身ぶり」だと思われるが、虎順の三下は「別人」になりすぎた。三年間の旅修業を終えたとはいえ、どこかに「うすのろ」時代の「面影」がほしい。「関取千両幟」は、大衆演劇の定番、座長の「関取」、蛇々丸の「新門辰五郎」が絶品で、抜群の出来栄えだった。芝居は、開幕直後の景色が肝腎、花道あきら、春日舞子の艶姿が効を奏したと思われる。
 舞踊ショーでは、昼の部、座長の「風雪流れ旅」、夜の部、座長の歌唱をバックに虎順が踊った「舞姿」が印象に残った。
 昼の部の幕間で耳にした客の話。「初めてのところだから、いつまでもつかしらね」「座長の歌はうまいよ、でも心がこもってないよね」「あたしたちは、毎日来ているんだから」
 小岩の客は「目が肥えている」とでもいいたげな様子だったが、「客に媚びる」劇団ばかり見ていると、そう感じるかも知れない。「人気」と「実力」は比例しない一例といえるだろう。

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2017-03-21

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「長ドス仁義」と役者の変化(へんげ)》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「長ドス仁義」、夜の部「仇討ち絵巻・女装男子」。どちらの芝居も見聞済み、私は観客の反応の方に関心があったが、開幕と同時に大きな拍手、役者の退場時、また「見せ場」の随所で拍手が沸き上がる。特に、座長はじめ、どの役者の演技にも惹きつけられている様子が窺えた。「長ドス仁義」では、子分役の虎順が、主役・花道あきらに斬りかかったとき、一瞬、受けた刀身から火花が散ったかと思うほどの迫力に圧倒された。当初(昨年11月)、私は「座員寸評」を書いた(本ブログ・「劇団プロフィール」参照)が、今、読み返してみると、座員一人一人が確実に(私の期待通りに)「変化」(へんげ)しているように感じる。舞台を務める「自信」「意欲」「ひたむきさ」と「チームワーク」(総合力)が群を抜いている。花道あきらは、「力を抜く」ことによって、彼自身の「人間性」が浮き彫られ、「人情味」が倍増した。虎順の芝居もまた、南條影虎を抜き、恋川純と肩を並べようとしている。春大吉の「変化」も見事である。特に、「浜松情話」の娘役は、「身のこなし」ひとつで「心」を表現した「至芸」に他ならない。  
 今後、私が注目するのは、金太郎の「変化」である。彼は20歳で初舞台、およそ20年間舞台を務めた(かどうか詳細は不明だ)が、未だに「脇役」、遅々とした「変化」である。しかし、それこそが彼の「個性」であり、その「個性」が劇団の中で受け容れられ、必要とされているところが凄い。まさに、劇団の「実力」なのだ、と私は思う。
 新人女優だった香春香は、劇団との縁が切れたが、新たに3人の新人が入団した。彼らの活躍、「変化」に期待したい。

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2017-03-20

劇団素描・「劇団美鳳」・《芝居「瞼の母」の舞台模様》

【劇団美鳳】(総座長・紫鳳友也)〈平成25年2月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、御存知「瞼の母」。私は、この芝居(の舞台)を「劇団竜之助」(座長・大川竜之助)、「桐龍座恋川劇団」(座長・恋川純弥)、「劇団翔龍」(座長・春川ふじお)で見聞している。出来映えの決め手となるのは、何と言っても「瞼の母」・お浜の風情だと思われるが、群を抜いていたのは、「劇団翔龍」の中村英次郎(当時)であった。今日に配役は、番場の忠太郎に総座長・紫鳳友也、お浜に扇さとし、娘・お登勢に一城静香(?)、夜鷹・おとら(ざつき?)に座長・一城進吾、素盲の金五郎に後見・城秀人という面々・・・。幕開けから大詰めまで、中村富士夫の「浪曲」を下敷きにした演出であった。その浪曲について、私は以前、以下のように評した。〈中村冨士夫の作物、冒頭は、番場の忠太郎の「仁義もどきのお目見え」から始まる(その中で「まだくちばしの青い身で」という件があったが、「嘴が黄色い」方が自然ではないだろうか、まあそんなことはどうでもいい)。瓦屋半次郎宅の場面は省略、料亭水熊の店先、忠太郎とおとら婆さんの絡みが初場面という演出だが、どうやら水熊の女将が自分の母親らしいと「確信」した後の「歌謡」が素晴らしかった。いわく「わずか五つのあの時に 別れて二十有余年 会いたい見たいと神かけて 祈り続けた母親と 年も名前もいっしょなら 生まれ在所もまた同じ どうか尋ねる母親で あってくれよと眼を閉じりゃ 母は恋しいなつかしい」。はやる忠太郎の気持ちが真に迫って描出される。演者は男とあって、いとも自然に忠太郎の風情が伝わってくるという按配で、とりわけ「おかみさん、とんだお邪魔でござんした。二度と再び忠太郎、お宅の軒はくぐりません。ごめんなせえっ」という「決め科白」が清々しかった。加えて大詰め、待乳山で待ち伏せた素盲・金五郎に向かって「・・・おうっと危ねえ、よせったら。畜生、じゃあ聞くがナ、てめえ、親がいるか」「そんなものァねえや」「兄弟は・・・」「いるもんけえ」「よし、じゃあ斬ってやらァ。なんだい、そんなへっぴり腰をしやがって・・・。それじゃァ人は斬れねんだ。斬るというのァ、こうやるんだっ」という「やりとり」の中に、アウトロー同士の荒んだ景色が仄見えて、やるせない。終末、「あとは静かな夜の闇 雲が流れた月が出た どこへ行くのか忠太郎、風に流転の三度笠」「ああ浅草の鐘が鳴る あれは竹屋の渡し船 影を姿を送るよに 声をじまんの船頭が 泣いているよな隅田川」という、寂寥感漂う中村冨士夫の語りの中には、まさにこの作物の眼目(愛別離苦)が、否応なしに結晶化されているのであった〉。今日の舞台の随所、随所には、中村富士夫の語りや節が添えられて、見事な景色を描出していたが、扇さとしのお浜は、(残念にも、まだ)中村英次郎には及ばなかった。以下は当時の(「劇団翔龍」の舞台の)感想の一部である。〈忠太郎は「優しい」、でも「どこか頼りない」、そして「甘ったれ」、言い換えれば「根っからの悪ではない」「母性本能をくすぐる」といった風情を、座長・春川ふじおは「自家薬籠中」の「至芸」として演じきった、と私は思う。加えて、脇役陣も光り輝いていた。筆頭は、おむら・おはまの二役を演じた後見・中村英次郎、百姓婆姿の(大地のような)「優しさ」、江戸一番の料理屋を取り仕切る女将の「艶やかさ」を見事に演じ分け、忠太郎との「絡み」では、その所作、表情、口跡で「もう、立派に親子名乗りをしているのではないか」という風情を醸し出す。応えて、忠太郎もまた、(母と言い出せぬおはまの気持ちを察して)「こんなヤクザにだれがしたんでぃ」と叫ぶ一瞬は、まさに「珠玉の名画」、私の脳裏から消えることはないだろう〉。「劇団美鳳」もまた、関東随一の人気劇団、扇さとしは春川ふじおの実弟、そしてまた、中村英次郎は「劇団翔龍」にはもういない、だとすれば、今後、芝居「瞼の母」の極め付きを描出できる日も遠くはないだろう、などと期待しつつ、帰路に就いたのであった。
蔵出し浪曲名人選(25)~中村富士夫/伊丹秀子蔵出し浪曲名人選(25)~中村富士夫/伊丹秀子
(2005/09/07)
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2017-03-19

劇団素描・「若葉劇団」・《「久しぶり」の公演、座長・若葉愛の「味」》

【若葉劇団】(座長・若葉愛)〈平成24年2月公演・大宮健康センター湯の郷〉
劇場案内には「大衆演劇公演二十年、今月は二十一年目記念公演!」と銘打っている。その中で、座長・若葉愛は「久しぶりの公演です。笑って泣いて感動の舞台をごらん頂きます。見て下さい。楽しんで下さい」という一言を記しているが、おっしゃるとおり、私が彼の舞台姿を観るのは、何十年ぶりであろうか。初見は、昭和46年、千住寿劇場で、座長・若葉しげるが(おそらく)32歳、その息子・若葉愛(当時は若葉みのる)が(おそらく)15歳頃である。爾来、幾星霜、総帥・若葉しげるは今年(おそらく)72歳、若葉愛は55歳という計算になる。私にとっては、文字通り「久しぶり」以外の何ものでもない。芝居の外題は昼の部「上州わらべ唄」、夜の部「大島情話」、いずれも大衆演劇の定番だが、とりわけ座長・若葉愛の風情が魅力的で、たいそう面白かった。彼の芸風は、一見すると「単調」「不器用」だったが、それに数十年の「年輪」が加わって、えもいわれぬ「味」が滲み出ている。出身は大阪と聞くが、景色は「関東風」、どこか梅沢富美男と通じる気配が感じられる。「上州わらべ唄」では、大岡越前守役、風貌は凜としているが、言動は軽妙・洒脱。「そこの女、名前は何と申す?」「はい、おしまと申します」「そうか」と言ったが、しばらくすると、また「そこの女、名前は何と申す」と繰り返す。そのとぼけた「味」が絶妙であった。それは「大島情話」でも再現、島の浮浪人よろしく、若い男女に絡む。「ここはどこだ」「大島です」「そうか佐渡島ではなかったか」、行き過ぎようとして引き返し、「ここはどこだ」「大島です」「そうか佐渡島ではなかったか」・・・。大詰めで、居酒屋に再登場したときには、観客の方から「ここはどこだ!」というチャチが入ったが、客席を睨んで一言、「ここは大島サ」と応じるやりとりが何とも可笑しかった。女将役の総帥・若葉しげるから「何だい、あの男!だらしがないったらありゃあしない、舌も回らないようだ」など言われて、「ウルセエー、ばばあ!」と怒鳴り返すやりとりは抱腹絶倒、「久しぶりに」私は笑い転げたのであった。察するに(私の勝手な想像だが)、この親子の数十年は、まさに波瀾万丈、「愛別離苦」「諸行無常」の連続であったに違いない。必ずしも「芸道一筋」とは言えない紆余曲折が、そのまま舞台模様に「浮き彫り」されて、この劇団ならではの空気が漂っていた。それにしても、総帥・若葉しげる、37度の発熱にもかかわらず、舞台狭しと駆け回る。その「役者魂」は斯界の鑑、それに応えるかのように、歌舞ショーで歌った座長・若葉愛の「瞼の母」もお見事。「久しぶり」の感動を頂いて、帰路に就いた次第である。
長谷川伸原作「瞼の母」より 母恋鴉長谷川伸原作「瞼の母」より 母恋鴉
(2010/05/26)
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2017-03-18

劇団素描・「劇団紀伊国屋」・《総帥・紀伊国屋章太郎、富士美智子の舞台姿は斯界の「至宝」》

【劇団紀伊国屋】(座長・澤村慎太郎)〈平成22年2月公演・尼崎満座劇場〉                                    この劇団の総帥は紀伊国屋章太郎、私にとっては「かつての澤村千代丸」に他ならず、その舞台姿を二十年ぶりに見聞できたことは望外の幸せであった。のみならず(加えて)、当時の名花・富士美智子の、今に変わらぬ艶姿まで拝見できようとは、感極まって言葉も出ないほどであった。芝居の外題は「槍供養」。赤穂義士外伝の「武士道(残酷)物語 で、れっきとした時代人情劇だが、座長・澤村慎太郎を筆頭に、澤村豚太郎(?)、澤村健太郎、澤村蝶五郎ら若手の面々が「誠心誠意」武家社会の景色・風情を描出しようとしている舞台姿が清々しく、本格的・伝統的な雰囲気が漂っていた。それというのも敵役が大御所の紀伊国屋章太郎、端役(茶店の主)とはいえ大ベテランの富士美智子の健在ぶりが観られただけで、観客は「安心」するのではないか。なるほどこの芝居、「長ドス仁義」(鹿島劇団)とよく似ていると思ったが、おそらくこちらが「本家本元」、もともとが武士の物語であったのか。御主人の「槍持ち奴」の粗相が発端で、死に追いやられる悲劇、その愁嘆場を「型どおり」「誠実」「真摯」に演じきった座長、若手連中に拍手を贈りたい。
 舞踊ショーも「純和風」を重ねたプログラムで、落ち着いた空気の中、紀伊国屋章太郎の舞踊、歌唱も「昔のまま」、加えて富士美智子の舞姿も未だに「艶っぽく」、斯界の「至宝」を鑑賞した気分で帰路についた次第である。
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2017-03-17

劇場界隈・「みかわ温泉海遊亭」(愛知)・《「鹿島順一劇団・芝居「中乗り新三」》

JR東海道本線浜松駅から豊橋、蒲郡と乗り継いで、午前9時30分、みかわ温泉海遊亭の送迎バスに乗車。蒲郡駅からの乗客は、もう一人、中年の女性のみ。曰く「お友達の話だと、今月の劇団は先月よりよくないそうですよ」。さもありなん、大衆演劇ファンの大半は、豪華で派手で賑々しければ満足するものなのだ。眉毛の下についているのは銀紙同然、およそ「観る眼」とは無縁の代物である。バスは、途中JR三ヶ根駅を経由したが乗客はゼロ、名鉄東幡豆駅で老年の女性一人を乗せて、10時20分、海遊亭に到着した。ここのキャッチフレーズは「三河湾にたたずむ究極の隠れ家」とのことで、その魅力は「静閑悠楽・・海に招かれしくつろぎの宿。心にしみ入るおもてなし」という一言に要約されるらしい。なるほど「全室オーシャンビュー」の設計で「目下に広がる大海原を眺めれば、まるで海の上に浮かぶプライベートルームのよう」という宣伝文句に偽りはなかった。とりわけ、知多半島の先端に沈む夕日の煌めきは、まことに見事な景色であった。さて、私の目的は大衆演劇の見聞、ここには「最大600名様収容可」とされる演芸大ホールが設けられており、「人気一座迫力公演」と銘打たれた舞台が連日開演されている。2月公演は「鹿島順一劇団」。本日、第一部・芝居の外題は「中乗り新三」。この演目は大衆演劇の定番。どこの劇団でも上演する「月並み」な内容とはいえ、「鹿島順一劇団」の舞台は一味も二味も違う。配役は、主人公・中乗り新三に座長・三代目鹿島順一、その母に春日舞子、その妹に幼紅葉、新三が草鞋を脱いだ一家親分(敵役)に花道あきら、一家代貸し(相手役)に甲斐文太、その女房に春夏悠生、一家子分衆に赤胴誠、梅之枝健、滝裕二といった面々である。親不孝して家を飛び出して6年目のこと、新三が草鞋を脱いだ一家の親分は身持ちが悪く、代貸しの女房に目をつけ、手籠めにしてしまう。それを知った代貸しは、親分の悪行に正面から立ち向かうことも出来ず、せめて「盃を水にしておくんなさい」と絶縁を願い出て許された。これからは堅気になって新生活をはじめようと、恋女房を木曽山中の茶屋に先立たせて、その後を追う急ぎ旅。それを待ち伏せしたのが中乗り新三。「あんさんに恨み辛みはござんせんが一宿一飯の恩義のため、お命頂戴いたしやす」一騎打ちの勝利は新三に傾いて、代貸しは絶命。今際の話では「大事な女房を親分に汚された。これからは堅気で暮らそうと、木曽山中の茶屋で落ち合う手筈になっている。どうか、あっしの替わりにこの五十両を届けておくんなさい」それを聞いた新三は驚いた。親分の話とは正反対。「おめえさんが、親分の女房と間男したのではなかったのか・・・」まさに覆水は盆に還らず。しかも、その木曽山中の茶屋とは、他ならぬ自分の生家であったとは・・・。今さら、親に合わせる顔がない。とはいえ、この五十両は届けてやりたい。えい、ままよ!新三はすべてを覚悟して、木曽山中に赴いた。その後の顛末は、新三、その母、妹、代貸し女房の「絡み合い」で、お決まりの「愁嘆場」へと進むが、今日の舞台、新三の妹役・幼紅葉の演技が、ことのほか冴えていた。帰ってきた新三と、うれしそうに、なつかしそうに対面する清々しさ、新三を木戸外に締めだし不孝を諭す母の話を傍で聞きながら涙する可憐さ、代貸しの女房に必死で兄(新三)の命乞いをする一途な風情等々、脇役としての「妙技」を垣間見せる、わずか十三歳の役者とは思えぬほどの舞台姿であった。劇場案内パンフレットに、〈若い座員を中心とするパワーあふれる舞台が特徴。劇団員の個性を大切にしつつ、どんな時にも団結力ある劇団を目指している。舞台での一瞬一瞬に劇団員の持ち味を堪能できる〉と紹介されているとおり、彼女の個性、持ち味が、舞台での一瞬一瞬を、鮮やかに際だたせていた、と私は思う。そのことは、子分役を軽妙に演じ赤胴誠、女房役を華麗に演じた春夏悠生にもいえることであって、そこらあたりが他の劇団とは「一味も二味も」違う所以なのである。座長・三代目鹿島順一、花道あきらの「充実」、責任者・甲斐文太、春日舞子、梅之枝健の「円熟」、滝裕二の「活躍」、春夏悠生、赤胴誠、幼紅葉の「成長」ぶりが「団結力」の源であることを確信、今日もまた、大きな元気を頂いて、オーシャンビューの大浴場へと向かった次第である。
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2017-03-16

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「噂の女」》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座) 夜の部の芝居は「噂の女」。主演・春日舞子、共演・鹿島順一。配役は、「噂の女」(お千代)、その父(蛇々丸)、弟(花道あきら)、弟の嫁(春大吉)、嫁の父(梅乃枝健)、お千代の幼友達・まんちゃん(座長・鹿島順一)、村人A(三代目・虎順)、B(金太郎)、C(赤胴誠・新人)、D(生田あつみ)という面々である。時代は、明治以後、五百円が、今の百万円程度であった頃だろうか。ある村に、「噂の女」が帰ってくる。まんちゃんは「駅まで迎えに行こう」と、村人を誘うが、誰も応じない。「お千代は、十年前、村に来た旅役者と出奔し、その後、東京・浅草の淫売屋で女郎をしているというではないか。そんな不潔な女とは関わりたくない」と言う。まんちゃん「そんなことは関係ない。みんな同じこの村の仲間ではないか」村人「とんでもない。そんな女に関わるなら、お前は村八分だ」まんちゃん「村八分、結構!もともと、俺なんかは村では余計物、俺は一人でもお千代タンを迎えに行くぞ」、村人「勝手にしろ。お前はいくつになっても、足りんやっちゃ、この大馬鹿もの!」  
 やがて汽笛の響きと共に汽車が到着、まんちゃんはお千代の荷物を持って大喜び、一足先に、お千代の父宅に持参する。やがて、東京暮らしですっかり垢抜けたお千代も帰宅、父はお千代が好きだった「l揚げ豆腐」を買いに出て行った。後に残ったのは、まんちゃんとお千代の二人きり、まぶしい太陽でも見るようにまんちゃんが言う。「お千代タン、よう帰ってきてくれたなあ。オレ、ずうっと待っていたんだ」「どうして?」「だって、ずっと前から、オレ、お千代タンのこと好きだったんだもん。」「あんた、あたしが浅草でどんな商売しているか知ってるの?」「知ってるよ。男さんを喜ばす仕事だろ。みんなは、汚い、穢らわしいと言うけど、オレはそう思わない。お千代タンは、人を騙したり、傷つけたりしていない。人を喜ばす大切な仕事をしていると思うとる」「ほんとにそう思うの?」「ああ、本当だ。できれば、お千代タンと一緒に暮らしたいんだ、キーミーハ、コーコーローノ、ツーマダーカラ・・・」思わず絶句するお千代。よく見ると泣いている。「アンタ、泣イイテンノネ、オレまた何か、まずいこと言っちゃったんかな?」「そうじゃないのよ、嬉しくて涙が止まらないの」「フーン?」しばらく沈黙、意を決したようにお千代「まんちゃん!あたし、まんちゃんのお嫁さんになる!」動転するまんちゃん「何だって?今、なんて言った?」「あたし、まんちゃんのお嫁さんにしてくれる?」「そうか、オレのお嫁さんになってくれるんか。へーえ、言ってみるもんだなあ」かくて、二人の婚約は成立した。そうとなったら善は急げだ。こんな村などおさらばして、東京へ行こう。まんちゃんは小躍りして旅支度のため退場。そこへ父、帰宅、弟夫婦も野良仕事から戻ってきた。しかし、二人の表情は固い。土産を手渡そうとするお千代に弟は言い放つ。「姉ちゃん、何で帰ってきたのや。村の人たちはみんな言ってる。あんな穢らわしい女を村に入れることはできない。もし居続けるようなことがあったら村八分や。おれたち村八分になってしまうんや。姉ちゃん、それでもいいのか。はよう、この家から出て行ってくれ!」父が激高した。「お前、姉ちゃんに向かって何てことを言うんだ」弟も反駁。「隠居の身で大きな口たたくな。今はおれこそが、家の大黒柱、それに姉ちゃんは十年前、おれが病気で苦しんでいたとき、旅役者と駆け落ちしたんじゃないか!」「何だって、もういっぺん言ってみろ」「ああ何度でも言ってやる。姉ちゃんはおれたちを見捨てて、淫売女になり果てたんだ。そんな女をこの家に置いとくわけにはいかない」「よーし、お前がそこまで言うんなら、わしも黙っているわけにはいかない!」必死で止めようとするお千代を制して、父も言う。「おまえが病気の時、姉ちゃんが出て行ったのはなあ、お前が町の病院で治してもらうお金のためや。姉ちゃんは、自分の身を売ってお前の治療代を作ったんだぞ!、病気が治ったのは姉ちゃんのおかげ、それを今まで黙っていたのは、お前を心配させないためや」「・・・・」絶句する弟、「何だって!何で、今頃そんなこと言い出すんや。もう遅いわい」そこへ、弟嫁の父、登場。「やあ、お千代さん。よう帰ってきたなあ・・・。サチヨ(嫁)、もうお姉さんに御挨拶はすんだのか?」だが、その場の様子がおかしい。一同の沈痛な表情を見とって自分も沈痛になった。「やあ、困った、困った。実に困った」、「何が?」と問いかける弟に「実はな、ある人の借金の保証人になったばっかりに、五百円という大金を負わされてしまったんだ。何とかならないだろうか?」「えっ?五百円?そんなこと言われたって、見ての通りの貧乏暮らし、そんな金どこを探したってあるはずがない」弱気になる弟に、隠居の父がつっかかる。「お前、さっきなんてほざいた。この家の大黒柱じゃあなかったんか」やりとりを黙って聞いていたお千代が口を開いた。「おじさん。五百円でいいの?ここに持っているから、これを使って。これまで、身を粉にして貯めたお金よ。家に帰ってみんなの役に立てればと思って持ってきたの。私が使ったってどうせ『死に金』、おじさん達に役立ててもらえば『生きたお金』になるじゃないの」一同、呆然、弟夫婦は土下座して声が出ない。肩が小刻みに震えている。お千代、キッとして「もう、いいの。このまま浅草に帰るわ。また、あそこでもい一回、頑張って生きていこうと思います」、「待ってださい」と引き止める弟夫婦、その両手をやさしく握りながら、「あっ、そうだ!忘れていた。お父さん、あたし好きな人ができたの。あたしその人のお嫁さんになるの!」一同、驚愕。「えっ?誰の?」お千代、涼やかに、「まんちゃんよ!」すっかり、旅支度を整えたまんちゃん、踊るように再登場、舞台も客席も、笑顔の花が咲き乱れる。まんちゃん「まあ、そういうことで、お父上、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」弟嫁の父、そっとお千代に近づき「やあ、めでたい、めでたい、そういうことなら、これは私からのお祝いだ」さっきの五百円を手渡そうとする。「だって、おじさん!これは借金の返済に使うお金・・・」「なあに、心配ご無用。さっきの話は私の作り話、一芝居打ったのさ!」舞台に流れ出す、前川清の「噂の女」、まんちゃんとお千代、花道で颯爽と見得を切る。さっと振りかざした相合い傘の骨はボロボロ、破れガサがことのほか「絵」になる幕切れであった。「襤褸は着てても、心の錦、どんな花より綺麗だぜ、若いときゃ二度ない、どんとやれ、男なら、人のやれないことをやれ」、まんちゃんの心中を察して、私の心も洗われた。
 大衆演劇に共通する眼目は、「勧善懲悪」「義理人情」だが、もう一つ「人権尊重」という主題が秘められていることを見落としてはならない。「村八分」という差別観に敢然と立ち向った「まんちゃん」(余計者・与太郎)とお千代(賤業者)の行く末は?、それを決めるのは、他ならぬ私たち一人ひとりなのではないだろうか。
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(2011/06/22)
前川 清

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2017-03-15

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「人生花舞台」は、近江飛龍客演の「夢芝居」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成22年2月公演・奈良弁天座〉                                                   今日は「近江飛龍劇団」座長・近江飛龍がゲスト出演とあって、客席は満員、昼も夜もダブルの大入りとのこと、前売り券も売り切れという始末であった。私は1時間前に到着したが、劇場の周辺は閑散としていたので、まさかこんな事態になっているとは思いも寄らなかった。入場すると座席はすべて予約済み、最後方及び通路の補助席(パイプ椅子・丸椅子)が空いているだけだった。近江飛龍は座長・鹿島順一の甥(次姉・近江竜子の長男)で、今や関西の若手リーダーという存在、その実力は半端ではない。その彼が、実力日本一の「鹿島順一劇団」に出演とは、夢のような話。取るものもとりあえず、興味津々で駆けつけた次第である。劇場への途次、私は考えた。いったいどんな芝居をやるのだろうか。「新月桂川」なら最高の舞台になるだろう。「鹿島劇団」で不足しているのは若手女優、(「近江劇団」の「新月桂川」同様)桂川一家親分の娘役を近江飛龍が演じれば・・・、などと身勝手な期待をしていたが、結果は予想外。外題は「人生花舞台」であった。なるほど、プロはプロ、(私ごとき)素人とは発想が違う。主役・元役者の老爺に近江飛龍、清水の次郎長・鹿島順一、花形役者・(成田屋)駒三郎に鹿島虎順、清水一家大政・花道あきら、追分三五郎・蛇々丸、子分衆・梅の枝健、春大吉、滝裕二、といった配役で、文字通り「適材適所」の舞台であった。6月に三代目を襲名する鹿島虎順のために近江飛龍が「一役買った」夢芝居という趣向が窺われ妙に納得してしまったのだが・・・。さて、舞台の出来映えは?なるほど「鹿島劇団」と「近江劇団」の違いがはっきりと出た。「鹿島劇団」は「みんなが主役」、いつでもどこでも、それぞれがそれぞれに輝いているという景色だが、「近江劇団」は「主役は主役」、近江飛龍もしくは笑川美佳といった「実力者」の「一人芝居」(独壇場)が「見せ場」なのだということを、改めて思い知った次第である。古くは関東の大宮敏光、関西の藤山寛美、いずれも「主役抜きの舞台」は考えられない。それが当たり前なのだが・・・。主役・老爺(近江飛龍)の長台詞(一人舞台)に入る前、次郎長(鹿島順一)の一言、「おい、みんな。これから長くなりそうだから、膝を崩せ!」は何を意味するか。私には、「近江座長の《実力》を、とくと拝見(鑑賞)しようではないか」という余裕すら感じられた。それに応えて、近江飛龍、まさに「渾身の演技」(その表現力は至芸に値する)を展開、だが「一人浮いてしまった」ことも否めない。長台詞が終わって一言、「皆さん、退屈しませんでしたか?」というつぶやきは、鹿島劇団の面々に向けた、偽らざる「本音」(これでよかったのか?という不安)に違いない。この老爺役、私は鹿島順一、蛇々丸の舞台を見聞しているが、いずれも「引く演技」、そのことで次郎長や駒三郎を「立てる」景色になるのだが、近江飛龍は「押す演技」、その結果、周囲の風情が今一歩「際だたない」まま終幕を迎えたのではないか。いずれにせよ、「劇団」の「芸風」とは、このように異なるものなのかをまざまざと感じながら帰路についたのであった。
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(2011/10/05)
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2017-03-14

幕間閑話・ユーチューバー・「みずにゃん」の闘い

 ユーチューブを検索していたら「みずにゃんちゃんねる」というサイトを見つけた。これがたいそう面白い。「みずにゃん」と称する青年が、アダルト動画の架空請求業者らと電話で「やりとり」する場面を「自撮り」している映像である。
 要するに、青年は、①ショートメールで法外な金額の請求が届いたが、登録した覚えはない。どういうことか。②これからどうすればよいか。③金額の支払いはどうすればよいか。④金額が十万円を超えているので、直接、御社に届けたい。御社の所在地を教えてもらいたい。といった問いかけをする。電話の相手方は、当初(③までは)、いかにも親しみやすく、丁寧に応対していたが、④になると、態度が豹変する。「何で、こちらの住所まで教えなければならないのか」「お金を届けるためですよ」「コンビニに行って支払い手続きをすればよい」「払わなかったら、どうなるんですか」「法的手続きに入るまでだ」「どういう手続きですか」・・・、などという「やりとり」が続き、しまいには、相手方が一方的に電話を切る。青年は、執拗にリダイヤルする。相手方は「いったい、何なんですか。もう電話しないでください。オタク、何なの?」「ボクはユーチューバーです。御社のような架空請求業者をなくすために電話をしています。会社の責任者を出してください」「・・・・・」。代わった相手は一言「ウルセー!」。「え?ウルセーってどういうことですか。モシモシ、御社の住所を教えてください。」後は、ツー、ツー、ツーという機械音が鳴るだけ、青年が何度リダイアルしても、電話は不通となった。
 以上は、一例に過ぎない。(思い出すままに書いたので正確ではないかもしれないが、大意は合っていると思う。)青年は、悪徳詐欺師を餌食として、月60万~70万円の収入を得ているという。高齢者の私にとっては信じられないことだが、世の中変われば変わるものだ。一青年の闘いが、蔓延する悪徳を撲滅できれば、それにこしたことはない。
 老婆(老爺)心ながら、この青年と相手方(悪徳業者)との間に、露ほどの「密約」がないことを祈る。さらに言えば、青年はあくまで、一個人の被害者として、「自分を守る」ために闘うべきであり(そのような振りをして相手を騙すべきであり)、他の被害者のために助力をする必要はない(という振りをした方がよい)。その闘いが広がれば広がるほど、費やすエネルギーも拡大し、矛先が鈍るからである。くれぐれも身辺警護を怠らず、油断のないように。古い話だが、作詞家・水木かおるも以下のように警告している。「泣いた女がバカなのか だました男が悪いのか」「どうせ私をだますなら死ぬまでだまして欲しかった」(「東京ブルース」曲・藤原秀行、唄・西田佐知子)
(2017.3.13)



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2017-03-13

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「恋の辻占」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭〉
第一部・芝居の外題は「恋の辻占」。時代人情剣劇だが、そう単純な筋書ではない。主人公・宇太郎(三代目・鹿島順一)は、幼いときに母と死別、父とも生き別れになって股旅暮らしを続けていた。ある一家に草鞋を脱いだが、親分の娘・おみよ(春日舞子)に見初められ、長逗留しているところ、親分が闇討ちにあって殺された。その下手人は不明のまま、宇太郎とおみよは堅気になって所帯をもつ。一家の跡目は代貸し・時次郎(花道あきら)が継ぎ、縄張りの取り扱いは親分と兄弟分の伯父貴・勘兵衛(甲斐文太)に任されることになったが、その話がいっこうに進まない。時次郎が引き継ぎを怠っているためだ。業を煮やした勘兵衛は宇太郎夫婦が営む茶店にやってきた。「縄張りの話は、いったいどうなっているんだ」「そのことは時次郎さんに、まかせております。近いうちにたしかめておきましょう」「よろしくたのむぜ。ところで、なあ宇太よ。おめえは、死んだ兄貴の仇を討つきがあるのか」と、勘兵衛が本題を切り出した。今ではもう足を洗って堅気の暮らし、女房・おみよも「敵討ちなんてまっぴら、おまえさんにもしものことがあったら、生きてはゆけない」と言っている。宇太郎はそんな話に関わりたくなかったが、勘兵衛は執拗に煽りたてる。「お前だって、もとはヤクザ。親分の恩を忘れたわけではあるめえ。もし、証拠があって下手人が分かったら仇を討つか。まだ男の意地が残っているか」その一言で、宇太郎の義侠心が甦ったか、「たしかな証拠があるのなら、もちろん仇は討ちます!」「よしよし、それでなくっちゃ・・・」とほくそ笑みながら、勘兵衛は欣然と退場した。まもなく勘兵衛の使い(梅之枝健)が、証拠の品を届けに来る。見れば、時次郎の煙草入れ。宇太郎は、使いに「悪い冗談はよしておくんなさい。時次郎さんが下手人であるわけがない」。応じて、使い曰く「おめえさんは何にも知らねえんだ。時次郎とおみよさんは昔からいい仲、今でも時々会っているんだぜ」。その言葉を聞いて、宇太郎は冷静さを失った。止めるおみよを振り払い、病床の時次郎宅へ駆けつけると、問答無用で斬りかかる。時次郎は無抵抗、深手を負いながら「宇太さん、おめえは騙されている。下手人は勘兵衛だ。親分が闇討ちに遭った時、オレが相手と渡り合って一太刀浴びせたが逃げられた。そのときに失くしたのがこの煙草入れ、勘兵衛がそれを持っていたのなら、何よりの証拠ではないか」「なぜそれを今まで黙っていたんだ」「未練なようだが、オレは今でもおみよお嬢さんに惚れている。でもお嬢さんが惚れているのはおめえさんだ。おめえさんにもしものことがあれば、泣きを見るのはお嬢さん」「・・・・」宇太郎、絶句して立ち尽くす。そうか、親分の敵は勘兵衛か。すぐさま、勘兵衛を討ちに立ち去ろうとする宇太郎を、時次郎呼び止めて「待ってくれ。オレはもう長くない。早く止めを刺してくれ」「そんなことできるわけがない」「そうか、わかった!」、時次郎、最後の力を振り絞り、長ドスを腹に突き立てた。その一瞬、舞台の景色は凍りついたよう、泣く泣く止めを刺す宇太郎と、時次郎の舞台模様は、屏風絵のように鮮やかであった。だが、話はまだ終わらない。宇太郎、時次郎の亡骸に手を合わせ、勘兵衛のもとに駆けつける。「勘兵衛!よくも騙しやがったな。親分の敵だ、覚悟しろ!」一家子分衆との立ち回りも一段落、大詰めは宇太郎と勘兵衛の一騎打ちとなったが、しばらく渡り合ったかと思うと、意外にも勘兵衛、「待て、宇太!おめえはオレを討ってはならねえ」と自刃した。いつのまにか、そこに駆けつけたおみよと共に、呆然と立ち尽くす宇太郎・・・。勘兵衛、苦しい息の中で「この世は、因果応報。これが悪行の報いというものだ。おみよさん、オレの息が止まったら、これを宇太郎に渡しておくんなさい」と言うや否や、長ドスを首に突き刺した。「これ」とは何?おみよが確かめると、それは「お守り袋」、宇太郎が父親探しの証として肌身離さず胸に着けていた「お守り袋」と同じ仕様のものだったのだ。「おまえさん、勘兵衛さんはお父っあんだったんだよ!」「そんなはずはない」そんなことがあってなるものか、オレがこれまで探し続けたお父っつあんが、こんな野郎であっていいものか、といった戸惑い、悔しさ、情けなさ、空しさ、悲しさ、寂しさが「綯い交ぜ」になった風情を、三代目鹿島順一は、見事に描出していた。今はもう二人きりになってしまった宇太郎とおみよ、絶望的な愁嘆場で終幕となったが、さればこそ、両者の絆がいっそう固く結ばれたようにも感じられ、それかあらぬか、観客の大半が、老若男女を問わず、一様に目頭を押さえている景色が感動的であった。この芝居、「愛別離苦」を眼目とした時次郎とおみよの絡みと、「因果応報」を眼目とした勘兵衛と宇太郎の絡みが、錦のように織り込まれ、錯綜する「難曲」だが、それを斯界随一の「鹿島順一劇団」は、いとも鮮やかに演じ通した、と私は思う。就中、時次郎、勘兵衛が自刃する二つの場面は、まさに「死の美学」の極め付き、あくまでも潔く、さわやかな男たちの死に様は「世の無常」の象徴として、私の脳裏・胸裏に深く刻まれた次第である。
 第三部・舞踊ショー、甲斐文太の「安宅の松風」は、文字通り《国宝(無形文化財》級の出来栄え、それを鑑賞できたことは望外の幸せであった。
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(2013/08/19)
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2017-03-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「喜劇・弁天小僧」の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「喜劇・弁天小僧」。筋書きは単純、「変態」の親分(甲斐文太)から娘(春夏悠生)と五十両をだまし取られた百姓(春日舞子)の話を聞いて、弁天小僧(三代目鹿島順一)が助太刀、見事に仇を討つという物語である。さて、演目には「喜劇」と銘打っているが、喜劇ほどむずかしいものはない、と私は思う。娘を拉致した子分ども(花道あきら、赤胴誠、壬剣天音、梅之枝健)が、「親分のものになれ」と一人一人口説く場面、それを舞台の袖で聞いていた親分が登場、子分どもと「絡み合う」あたりを「喜劇仕立て」にする魂胆(思惑)はわかるが、その時大切なことは、「変化」と「間」、笑いを誘う機知に富んだアドリブをどこまで続けられるか、突っ込みとボケの呼吸がピッタリと決まるかどうか、ということである。ともすれば「楽屋ネタ」「下ネタ」の繰り返しで冗長になり、客の方では「もういいよ」と食傷気味になりがちだが、今日の舞台も、残念ながら「その域」をでることはできなかった。わずかに百姓の老爺に扮した春日舞子が、子分どもに追い回されながら「受けないギャグばかり!」と嘆いた場面は光っていたが・・・。さて、主役の弁天小僧の風情や如何に?同じ演目で、私の印象に残っているのは「弁天小僧・温泉の一夜」の橘龍丸(「橘小竜丸劇団」)、「三島と弁天」の小泉ダイヤ(「たつみ演劇BOX」だが、その景色においては遜色ないものの、女形の「口跡」においては及ばなかった。役者の条件は「一声」「二振り(顔)」「三姿」、今後、「一声」の魅力(艶やかさ)をどのように描出するか、三代目鹿島順一の大きな課題ではないだろうか。それを克服できたとき、同時に「紺屋高尾」「仇討ち絵巻・女装男子」の舞台模様が、一段と輝きを増すことは間違いない、などと身勝手なことを考えつつ帰路に就いた次第である。
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2017-03-11

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「大江戸裏話・三人芝居」「人生花舞台」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座)
 芝居の外題は、昼の部「大江戸裏話・三人芝居」、夜の部「人生花舞台」。
前者は、もう店じまいをしようとしていた、夜泣きうどんの老夫婦(爺・蛇々丸、婆・座長)のところへ、腹を空かした無一文の遊び人(虎順)がやってくる。うどんを三杯平ら上げた後、「実は一文無し、番屋へ突き出してくれ」という。驚いた老夫婦、それでも遊び人を一目見て「根っからの悪党ではない」ことを察する。屋台を家まで運んでくれと依頼、自宅に着くと酒まで馳走した。実をいえば、老夫婦には子どもがいない。爺が言う。「食い逃げさん、頼みがあるんだが・・・」「なんだい?」婆「お爺さん、ただという訳にはいかないでしょ」と言いながら、大金の入った甕を持ってくる。「それもそうだな、食い逃げさん、一両あげるから、頼みを聞いちゃあくれないか?」「えっ?一両?」今度は遊び人が驚いた。「一両もくれるんですかい?ええ、ええ、なんでもやりますよ」爺「実はな、私たち夫婦には子どもがいないんじゃ、そこでどうだろう。一言でいいから『お父っつあん』と呼んではくれないか?」「えっ?『お父っつあん』と呼ぶだけでいいんですかい?」「ああ、そうだ」「そんなことなら、お安い御用だ。じゃあ言いますよ」「・・・」「お父っつあん」「・・・、ああ、やっと『お父っつあん』と呼んでもらえた」感激する爺を見て、婆も頼む。「食い逃げさん、二両あげるから、この婆を『おっ母さん』と呼んではくれまいか?」小躍りする遊び人「ええ、ええ、お安い御用だ。それじゃあ言いますよ、いいですか」婆「・・・」「おっ母さん!」「・・・」婆も感激して言葉が出ない。つい調子に乗って爺が言う。「今度は、あんたを叱りたい。あたしが叱ったら『すまねえ、お父っつあん、もうしねえから勘弁してくんな』と謝ってはくれまいか。礼金は三両あげましょう」喜んで引き受ける遊び人、婆も四両出して叱りつけた。そして最後にとうとう爺が言い出す。「どうだろう、食い逃げさん、この甕のなかの金全部あげるから、私の言うとおり言ってはくれまいか」「・・・?」「『お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち、いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ、オレがこうして帰ってきた以上、後のことは全部任せて、もう止めたらどうだい』ってね」指を折って懸命に憶えようとする遊び人「ずいぶん長いな。でも、だいじょうぶだ。・・・じゃあ、いいですか。言いますよ」瞑目し、耳をすます老夫婦。遊び人、思い入れたっぷりに「お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち二人いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ。・・・」の名台詞を披露する。かくて、大金はすべて甕ごと、遊び人のものとなった。大喜びの遊び人「ありがとうござんす、これで宿屋にも泊まれます。あっそうだ、さっきのうどん代、払います」と一両小判を爺に手渡した。「こんなにたくさん、おつりがありませんよ」「とんでもねえ、とっておいておくんなせい。それじゃあごめんなすって」意気揚々と花道へ・・・、しかし、なぜか足が前に進まない。家に残った老夫婦の話に聞き耳を立てる。爺「お婆さん、本当によかったね。どんなにたくさんのお金より、子どもを持った親の気持ちになれたことがうれしい。あの人がくれた一両で、またこつこつと暮らしていきましょう」遊び人、矢も楯もたまらず引き返し、哀願する。「さっきもらったこの金はあっしのもの。どう使ってもよろしいですよね」あっけにとられる老夫婦、顔をみあわせて訝しがり「・・・・?、はいはい、けっこうですよ」遊び人「・・・、この金、全部あげるから、おめえさんたちの子どもとして、この家に置いてください」と泣き崩れた。どこかで聞こえていた犬の遠吠えは「赤子の産声」に、そして舞台・客席を全体包み込むようなに、優しい「子守唄」で幕切れとなった。
 幕間口上の虎順の話。「一両って、今のお金にするとどれくらいだと思いますか。だいたい六万円くらいだそうです。一言『お父っつあん』で六万円ですからね、大変なことだと思います」その通り、老夫婦の全財産(数百万円)よりも「親子の絆」が大切という眼目が、見事なまでに結実化した舞台だった。
 後者は、「人生花舞台」、大衆演劇の定番で、私は、昨年「澤村謙之介劇団」の舞台を見聞している。主役の爺(座長)は、元歌舞伎役者、師匠の娘と駆け落ちし一子をもうけるが、妻子は連れ戻され、今は落ちぶれたその日暮らしの独り者、むさくるしい身なりで、清水一家に乗り込んできた。「親分と一勝負したい」と言う。次郎長親分(花道あきら)が訳を尋ねると、「掛川の芝居小屋で、二十年前に別れた一子が興行している。親子名乗りはできないが、せめて、幟の一本でも贈ってやりたい」事情を察した親分、清水での興行を企画、爺を「御贔屓筋」(網元)に仕立て上げた。興行は成功、打ち上げの席で爺と、一子・今は襲名披露を控えた花形役者(春大吉)は再会する。大きく成長した一子の姿に眼を細め、それとなく愛妻(一子の母)の消息をたずねる爺の風情は格別であった。  
 芝居のクライマックスは、次郎長親分に勧められて一子がひとたち舞う「艶姿」であろう。しかし、酷なようだが、今の春大吉には荷が重すぎた。爺の風情が格別であるだけに、「舞姿」は「珠玉」でなければならない。もし、一子・蛇々丸、代貸大政・春大吉という配役であったなら、また違った景色の舞台になったのではないだろうか。身勝手な蛇足を加えれば、前者(「大江戸裏話」の爺を梅乃枝健、後者の一子を蛇々丸という配役がベストであった、と私は思う。いずれにせよ、舞台は水物、爺のセリフ「役者の修業に終わりはない」という至言は、座長自ら座員に伝えたかったメッセージに違いない。それに応えようと日々精進する座員各位の努力は見せかけではない。その姿に私は脱帽し、今後ますますの充実・発展を祈念する。

小泉 今日子:艶姿ナミダ娘小泉 今日子:艶姿ナミダ娘
(2009/10/21)
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