META NAME="ROBOTS" CONTENT="NOINDEX,NOFOLLOW,NOARCHIVE" 脱「テレビ」宣言・大衆演劇への誘い
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2018-06-21

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居・春大吉の役割、舞踊ショーは至芸の「宝庫」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「身代わり道中」、夜の部「心模様」。いずれの舞台も、すでに見聞済み。今日は、役者相互の「かかわり」(絡み合い)に注目して観た。まず、座長、誰と絡んでも面白い。次に春日舞子、誰と絡んでも面白い。つまり、どの役者も、座長、舞子との「絡み」(胸を借りる)によって、本来の「持ち味」が引き出されているのである。言い換えれば、座長、舞子が登場していない舞台、蛇々丸、花道あきら、春大吉、三代目虎順だけの舞台で、どれだけ客を惹きつけられるかが問われることになる。「身代わり道中」では、春大吉と虎順、「心模様」では蛇々丸と春大吉の「絡み」が中心、どちらにも登場するのが春大吉であるとすれば、彼の「役割」(責任)は大きい。虎順に対しては「胸を貸す」、蛇々丸に対しては「胸を借りる」(とはいえ役柄は年上、至難のことではあるが)演技が要求されるのである。「男はつらいよ」の主人公・フーテンの寅(渥美清)が、大先輩のおいちゃん(森川信)、おばちゃん(杉山とく子・テレビドラマ)、おふくろ(ミヤコ蝶々)の「胸を借りて」こそ、迫真の演技ができたことと同様に・・・。
役者の修業に終わりはない。懸命に精進している春大吉のこと、その「役割」を果たす日も遠くはないであろう。
次に、「舞踊ショー」の感想。「舞踊ショー」の眼目は、「歌謡絵巻」とでもいおうか、芝居では演じ切れなった「大衆のドラマ」(流行歌の世界)を、役者一人一人が文字通り「独り舞台」で演じるところにある。座長の舞踊(歌謡)は一級品で、特に、坂田三吉、桂春団冶、藤山寛美を踊り分ける「浪花花」、女形舞踊「おかじ」、「桂春団冶」、「俵星玄蕃」、歌唱の「北の蛍」「ああ、いい女」「無法松の一生」等々、至芸の数々を数え上げればきりがない。春日舞子の舞踊も同様、とりわけ「深川」「車屋さん」など芸者の風情は絶品、座長との相舞踊では光彩が倍増する。蛇々丸、「股旅者」「侍」「町人」等々、なんでも「器用」にこなすが、「勧進帳」「忠臣蔵」のような長編歌謡(浪曲)を踊らせたら天下一品、右に出る者はいないであろう。以下、花道あきら、春大吉、三代目虎順、梅乃枝健、いずれの舞踊も、他の劇団と比べて遜色ない。今後は、それぞれの役者が、「自分しかできない」舞踊を追求すべきだと思う。柏公演では、客のカラオケで踊る試みを取り入れたが、その企画は素晴らしい。客と一体になって舞台を作ろうとする姿勢は貴重である。三十年前、「梅澤武生劇団」が客の舞踊を舞台に取り入れたことがあった。その演目は「チャンチキおけさ」(三波春夫)、役者以上に踊りこなした姿は、今でも私の眼に焼き付いて離れない。聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌でも、舞踊が加わることによって、全く別の歌に「変身」してしまうのである。そのような舞台を、「鹿島劇団」にも期待する。客が選曲(歌唱)し、「御所望」の役者が踊る、というような企画が定着すれば、「舞踊ショー」の内容は、より魅力的なものになるだろう。柏では、見事に、虎順がその役割を果たした(「人生桜」)。その姿も、私の眼に焼き付いている。客は、鑑賞者であると同時に批評家でもある。役者の個性を当人以上に「見抜いている」。時には、客の「いいなり」になって自分を磨くこと、それも必要不可欠な「役者修業」ではないだろうか。どの「劇団」の「舞踊ショー」でも、鳥羽一郎、大月みやこ、林あさ美、堀内孝雄、吉幾三、島津亜矢、神野美伽、氷川きよし、天童よしみ等々、聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌で溢れている。それを「えっ?こんな名曲があったのか!」と感じるまでに「変身」させた舞踊には久しく出会わないが、虎順の「忠義桜」などを観てしまうと、「鹿島劇団」なら「やってくれるのではないか」と、秘かに期待しているのである。

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2018-06-20

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「遊侠流れ笠」「関取千両幟」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 芝居の外題は昼の部「遊侠流れ笠」、夜の部「関取千両幟」。「遊侠流れ笠」の主役は三代目虎順、病弱な親分(座長)の三下だが「うすのろ」のため、子分衆の中では半人前。しかし、窮地に陥った親分のために、本当に働いたのは「うすのろ」の三下だったという筋書。見せ場は、三下の「変身ぶり」だと思われるが、虎順の三下は「別人」になりすぎた。三年間の旅修業を終えたとはいえ、どこかに「うすのろ」時代の「面影」がほしい。「関取千両幟」は、大衆演劇の定番、座長の「関取」、蛇々丸の「新門辰五郎」が絶品で、抜群の出来栄えだった。芝居は、開幕直後の景色が肝腎、花道あきら、春日舞子の艶姿が効を奏したと思われる。
 舞踊ショーでは、昼の部、座長の「風雪流れ旅」、夜の部、座長の歌唱をバックに虎順が踊った「舞姿」が印象に残った。
 昼の部の幕間で耳にした客の話。「初めてのところだから、いつまでもつかしらね」「座長の歌はうまいよ、でも心がこもってないよね」「あたしたちは、毎日来ているんだから」
 小岩の客は「目が肥えている」とでもいいたげな様子だったが、「客に媚びる」劇団ばかり見ていると、そう感じるかも知れない。「人気」と「実力」は比例しない一例といえるだろう。

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2018-06-19

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「長ドス仁義」と役者の変化(へんげ)》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「長ドス仁義」、夜の部「仇討ち絵巻・女装男子」。どちらの芝居も見聞済み、私は観客の反応の方に関心があったが、開幕と同時に大きな拍手、役者の退場時、また「見せ場」の随所で拍手が沸き上がる。特に、座長はじめ、どの役者の演技にも惹きつけられている様子が窺えた。「長ドス仁義」では、子分役の虎順が、主役・花道あきらに斬りかかったとき、一瞬、受けた刀身から火花が散ったかと思うほどの迫力に圧倒された。当初(昨年11月)、私は「座員寸評」を書いた(本ブログ・「劇団プロフィール」参照)が、今、読み返してみると、座員一人一人が確実に(私の期待通りに)「変化」(へんげ)しているように感じる。舞台を務める「自信」「意欲」「ひたむきさ」と「チームワーク」(総合力)が群を抜いている。花道あきらは、「力を抜く」ことによって、彼自身の「人間性」が浮き彫られ、「人情味」が倍増した。虎順の芝居もまた、南條影虎を抜き、恋川純と肩を並べようとしている。春大吉の「変化」も見事である。特に、「浜松情話」の娘役は、「身のこなし」ひとつで「心」を表現した「至芸」に他ならない。  
 今後、私が注目するのは、金太郎の「変化」である。彼は20歳で初舞台、およそ20年間舞台を務めた(かどうか詳細は不明だ)が、未だに「脇役」、遅々とした「変化」である。しかし、それこそが彼の「個性」であり、その「個性」が劇団の中で受け容れられ、必要とされているところが凄い。まさに、劇団の「実力」なのだ、と私は思う。
 新人女優だった香春香は、劇団との縁が切れたが、新たに3人の新人が入団した。彼らの活躍、「変化」に期待したい。

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2018-06-18

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「噂の女」》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座) 夜の部の芝居は「噂の女」。主演・春日舞子、共演・鹿島順一。配役は、「噂の女」(お千代)、その父(蛇々丸)、弟(花道あきら)、弟の嫁(春大吉)、嫁の父(梅乃枝健)、お千代の幼友達・まんちゃん(座長・鹿島順一)、村人A(三代目・虎順)、B(金太郎)、C(赤胴誠・新人)、D(生田あつみ)という面々である。時代は、明治以後、五百円が、今の百万円程度であった頃だろうか。ある村に、「噂の女」が帰ってくる。まんちゃんは「駅まで迎えに行こう」と、村人を誘うが、誰も応じない。「お千代は、十年前、村に来た旅役者と出奔し、その後、東京・浅草の淫売屋で女郎をしているというではないか。そんな不潔な女とは関わりたくない」と言う。まんちゃん「そんなことは関係ない。みんな同じこの村の仲間ではないか」村人「とんでもない。そんな女に関わるなら、お前は村八分だ」まんちゃん「村八分、結構!もともと、俺なんかは村では余計物、俺は一人でもお千代タンを迎えに行くぞ」、村人「勝手にしろ。お前はいくつになっても、足りんやっちゃ、この大馬鹿もの!」  
 やがて汽笛の響きと共に汽車が到着、まんちゃんはお千代の荷物を持って大喜び、一足先に、お千代の父宅に持参する。やがて、東京暮らしですっかり垢抜けたお千代も帰宅、父はお千代が好きだった「l揚げ豆腐」を買いに出て行った。後に残ったのは、まんちゃんとお千代の二人きり、まぶしい太陽でも見るようにまんちゃんが言う。「お千代タン、よう帰ってきてくれたなあ。オレ、ずうっと待っていたんだ」「どうして?」「だって、ずっと前から、オレ、お千代タンのこと好きだったんだもん。」「あんた、あたしが浅草でどんな商売しているか知ってるの?」「知ってるよ。男さんを喜ばす仕事だろ。みんなは、汚い、穢らわしいと言うけど、オレはそう思わない。お千代タンは、人を騙したり、傷つけたりしていない。人を喜ばす大切な仕事をしていると思うとる」「ほんとにそう思うの?」「ああ、本当だ。できれば、お千代タンと一緒に暮らしたいんだ、キーミーハ、コーコーローノ、ツーマダーカラ・・・」思わず絶句するお千代。よく見ると泣いている。「アンタ、泣イイテンノネ、オレまた何か、まずいこと言っちゃったんかな?」「そうじゃないのよ、嬉しくて涙が止まらないの」「フーン?」しばらく沈黙、意を決したようにお千代「まんちゃん!あたし、まんちゃんのお嫁さんになる!」動転するまんちゃん「何だって?今、なんて言った?」「あたし、まんちゃんのお嫁さんにしてくれる?」「そうか、オレのお嫁さんになってくれるんか。へーえ、言ってみるもんだなあ」かくて、二人の婚約は成立した。そうとなったら善は急げだ。こんな村などおさらばして、東京へ行こう。まんちゃんは小躍りして旅支度のため退場。そこへ父、帰宅、弟夫婦も野良仕事から戻ってきた。しかし、二人の表情は固い。土産を手渡そうとするお千代に弟は言い放つ。「姉ちゃん、何で帰ってきたのや。村の人たちはみんな言ってる。あんな穢らわしい女を村に入れることはできない。もし居続けるようなことがあったら村八分や。おれたち村八分になってしまうんや。姉ちゃん、それでもいいのか。はよう、この家から出て行ってくれ!」父が激高した。「お前、姉ちゃんに向かって何てことを言うんだ」弟も反駁。「隠居の身で大きな口たたくな。今はおれこそが、家の大黒柱、それに姉ちゃんは十年前、おれが病気で苦しんでいたとき、旅役者と駆け落ちしたんじゃないか!」「何だって、もういっぺん言ってみろ」「ああ何度でも言ってやる。姉ちゃんはおれたちを見捨てて、淫売女になり果てたんだ。そんな女をこの家に置いとくわけにはいかない」「よーし、お前がそこまで言うんなら、わしも黙っているわけにはいかない!」必死で止めようとするお千代を制して、父も言う。「おまえが病気の時、姉ちゃんが出て行ったのはなあ、お前が町の病院で治してもらうお金のためや。姉ちゃんは、自分の身を売ってお前の治療代を作ったんだぞ!、病気が治ったのは姉ちゃんのおかげ、それを今まで黙っていたのは、お前を心配させないためや」「・・・・」絶句する弟、「何だって!何で、今頃そんなこと言い出すんや。もう遅いわい」そこへ、弟嫁の父、登場。「やあ、お千代さん。よう帰ってきたなあ・・・。サチヨ(嫁)、もうお姉さんに御挨拶はすんだのか?」だが、その場の様子がおかしい。一同の沈痛な表情を見とって自分も沈痛になった。「やあ、困った、困った。実に困った」、「何が?」と問いかける弟に「実はな、ある人の借金の保証人になったばっかりに、五百円という大金を負わされてしまったんだ。何とかならないだろうか?」「えっ?五百円?そんなこと言われたって、見ての通りの貧乏暮らし、そんな金どこを探したってあるはずがない」弱気になる弟に、隠居の父がつっかかる。「お前、さっきなんてほざいた。この家の大黒柱じゃあなかったんか」やりとりを黙って聞いていたお千代が口を開いた。「おじさん。五百円でいいの?ここに持っているから、これを使って。これまで、身を粉にして貯めたお金よ。家に帰ってみんなの役に立てればと思って持ってきたの。私が使ったってどうせ『死に金』、おじさん達に役立ててもらえば『生きたお金』になるじゃないの」一同、呆然、弟夫婦は土下座して声が出ない。肩が小刻みに震えている。お千代、キッとして「もう、いいの。このまま浅草に帰るわ。また、あそこでもい一回、頑張って生きていこうと思います」、「待ってださい」と引き止める弟夫婦、その両手をやさしく握りながら、「あっ、そうだ!忘れていた。お父さん、あたし好きな人ができたの。あたしその人のお嫁さんになるの!」一同、驚愕。「えっ?誰の?」お千代、涼やかに、「まんちゃんよ!」すっかり、旅支度を整えたまんちゃん、踊るように再登場、舞台も客席も、笑顔の花が咲き乱れる。まんちゃん「まあ、そういうことで、お父上、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」弟嫁の父、そっとお千代に近づき「やあ、めでたい、めでたい、そういうことなら、これは私からのお祝いだ」さっきの五百円を手渡そうとする。「だって、おじさん!これは借金の返済に使うお金・・・」「なあに、心配ご無用。さっきの話は私の作り話、一芝居打ったのさ!」舞台に流れ出す、前川清の「噂の女」、まんちゃんとお千代、花道で颯爽と見得を切る。さっと振りかざした相合い傘の骨はボロボロ、破れガサがことのほか「絵」になる幕切れであった。「襤褸は着てても、心の錦、どんな花より綺麗だぜ、若いときゃ二度ない、どんとやれ、男なら、人のやれないことをやれ」、まんちゃんの心中を察して、私の心も洗われた。
 大衆演劇に共通する眼目は、「勧善懲悪」「義理人情」だが、もう一つ「人権尊重」という主題が秘められていることを見落としてはならない。「村八分」という差別観に敢然と立ち向った「まんちゃん」(余計者・与太郎)とお千代(賤業者)の行く末は?、それを決めるのは、他ならぬ私たち一人ひとりなのではないだろうか。
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2018-06-17

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「恋の辻占」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭〉
第一部・芝居の外題は「恋の辻占」。時代人情剣劇だが、そう単純な筋書ではない。主人公・宇太郎(三代目・鹿島順一)は、幼いときに母と死別、父とも生き別れになって股旅暮らしを続けていた。ある一家に草鞋を脱いだが、親分の娘・おみよ(春日舞子)に見初められ、長逗留しているところ、親分が闇討ちにあって殺された。その下手人は不明のまま、宇太郎とおみよは堅気になって所帯をもつ。一家の跡目は代貸し・時次郎(花道あきら)が継ぎ、縄張りの取り扱いは親分と兄弟分の伯父貴・勘兵衛(甲斐文太)に任されることになったが、その話がいっこうに進まない。時次郎が引き継ぎを怠っているためだ。業を煮やした勘兵衛は宇太郎夫婦が営む茶店にやってきた。「縄張りの話は、いったいどうなっているんだ」「そのことは時次郎さんに、まかせております。近いうちにたしかめておきましょう」「よろしくたのむぜ。ところで、なあ宇太よ。おめえは、死んだ兄貴の仇を討つきがあるのか」と、勘兵衛が本題を切り出した。今ではもう足を洗って堅気の暮らし、女房・おみよも「敵討ちなんてまっぴら、おまえさんにもしものことがあったら、生きてはゆけない」と言っている。宇太郎はそんな話に関わりたくなかったが、勘兵衛は執拗に煽りたてる。「お前だって、もとはヤクザ。親分の恩を忘れたわけではあるめえ。もし、証拠があって下手人が分かったら仇を討つか。まだ男の意地が残っているか」その一言で、宇太郎の義侠心が甦ったか、「たしかな証拠があるのなら、もちろん仇は討ちます!」「よしよし、それでなくっちゃ・・・」とほくそ笑みながら、勘兵衛は欣然と退場した。まもなく勘兵衛の使い(梅之枝健)が、証拠の品を届けに来る。見れば、時次郎の煙草入れ。宇太郎は、使いに「悪い冗談はよしておくんなさい。時次郎さんが下手人であるわけがない」。応じて、使い曰く「おめえさんは何にも知らねえんだ。時次郎とおみよさんは昔からいい仲、今でも時々会っているんだぜ」。その言葉を聞いて、宇太郎は冷静さを失った。止めるおみよを振り払い、病床の時次郎宅へ駆けつけると、問答無用で斬りかかる。時次郎は無抵抗、深手を負いながら「宇太さん、おめえは騙されている。下手人は勘兵衛だ。親分が闇討ちに遭った時、オレが相手と渡り合って一太刀浴びせたが逃げられた。そのときに失くしたのがこの煙草入れ、勘兵衛がそれを持っていたのなら、何よりの証拠ではないか」「なぜそれを今まで黙っていたんだ」「未練なようだが、オレは今でもおみよお嬢さんに惚れている。でもお嬢さんが惚れているのはおめえさんだ。おめえさんにもしものことがあれば、泣きを見るのはお嬢さん」「・・・・」宇太郎、絶句して立ち尽くす。そうか、親分の敵は勘兵衛か。すぐさま、勘兵衛を討ちに立ち去ろうとする宇太郎を、時次郎呼び止めて「待ってくれ。オレはもう長くない。早く止めを刺してくれ」「そんなことできるわけがない」「そうか、わかった!」、時次郎、最後の力を振り絞り、長ドスを腹に突き立てた。その一瞬、舞台の景色は凍りついたよう、泣く泣く止めを刺す宇太郎と、時次郎の舞台模様は、屏風絵のように鮮やかであった。だが、話はまだ終わらない。宇太郎、時次郎の亡骸に手を合わせ、勘兵衛のもとに駆けつける。「勘兵衛!よくも騙しやがったな。親分の敵だ、覚悟しろ!」一家子分衆との立ち回りも一段落、大詰めは宇太郎と勘兵衛の一騎打ちとなったが、しばらく渡り合ったかと思うと、意外にも勘兵衛、「待て、宇太!おめえはオレを討ってはならねえ」と自刃した。いつのまにか、そこに駆けつけたおみよと共に、呆然と立ち尽くす宇太郎・・・。勘兵衛、苦しい息の中で「この世は、因果応報。これが悪行の報いというものだ。おみよさん、オレの息が止まったら、これを宇太郎に渡しておくんなさい」と言うや否や、長ドスを首に突き刺した。「これ」とは何?おみよが確かめると、それは「お守り袋」、宇太郎が父親探しの証として肌身離さず胸に着けていた「お守り袋」と同じ仕様のものだったのだ。「おまえさん、勘兵衛さんはお父っあんだったんだよ!」「そんなはずはない」そんなことがあってなるものか、オレがこれまで探し続けたお父っつあんが、こんな野郎であっていいものか、といった戸惑い、悔しさ、情けなさ、空しさ、悲しさ、寂しさが「綯い交ぜ」になった風情を、三代目鹿島順一は、見事に描出していた。今はもう二人きりになってしまった宇太郎とおみよ、絶望的な愁嘆場で終幕となったが、さればこそ、両者の絆がいっそう固く結ばれたようにも感じられ、それかあらぬか、観客の大半が、老若男女を問わず、一様に目頭を押さえている景色が感動的であった。この芝居、「愛別離苦」を眼目とした時次郎とおみよの絡みと、「因果応報」を眼目とした勘兵衛と宇太郎の絡みが、錦のように織り込まれ、錯綜する「難曲」だが、それを斯界随一の「鹿島順一劇団」は、いとも鮮やかに演じ通した、と私は思う。就中、時次郎、勘兵衛が自刃する二つの場面は、まさに「死の美学」の極め付き、あくまでも潔く、さわやかな男たちの死に様は「世の無常」の象徴として、私の脳裏・胸裏に深く刻まれた次第である。
 第三部・舞踊ショー、甲斐文太の「安宅の松風」は、文字通り《国宝(無形文化財》級の出来栄え、それを鑑賞できたことは望外の幸せであった。
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2018-06-16

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「人生花舞台」は、近江飛龍客演の「夢芝居」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成22年2月公演・奈良弁天座〉                                                   今日は「近江飛龍劇団」座長・近江飛龍がゲスト出演とあって、客席は満員、昼も夜もダブルの大入りとのこと、前売り券も売り切れという始末であった。私は1時間前に到着したが、劇場の周辺は閑散としていたので、まさかこんな事態になっているとは思いも寄らなかった。入場すると座席はすべて予約済み、最後方及び通路の補助席(パイプ椅子・丸椅子)が空いているだけだった。近江飛龍は座長・鹿島順一の甥(次姉・近江竜子の長男)で、今や関西の若手リーダーという存在、その実力は半端ではない。その彼が、実力日本一の「鹿島順一劇団」に出演とは、夢のような話。取るものもとりあえず、興味津々で駆けつけた次第である。劇場への途次、私は考えた。いったいどんな芝居をやるのだろうか。「新月桂川」なら最高の舞台になるだろう。「鹿島劇団」で不足しているのは若手女優、(「近江劇団」の「新月桂川」同様)桂川一家親分の娘役を近江飛龍が演じれば・・・、などと身勝手な期待をしていたが、結果は予想外。外題は「人生花舞台」であった。なるほど、プロはプロ、(私ごとき)素人とは発想が違う。主役・元役者の老爺に近江飛龍、清水の次郎長・鹿島順一、花形役者・(成田屋)駒三郎に鹿島虎順、清水一家大政・花道あきら、追分三五郎・蛇々丸、子分衆・梅の枝健、春大吉、滝裕二、といった配役で、文字通り「適材適所」の舞台であった。6月に三代目を襲名する鹿島虎順のために近江飛龍が「一役買った」夢芝居という趣向が窺われ妙に納得してしまったのだが・・・。さて、舞台の出来映えは?なるほど「鹿島劇団」と「近江劇団」の違いがはっきりと出た。「鹿島劇団」は「みんなが主役」、いつでもどこでも、それぞれがそれぞれに輝いているという景色だが、「近江劇団」は「主役は主役」、近江飛龍もしくは笑川美佳といった「実力者」の「一人芝居」(独壇場)が「見せ場」なのだということを、改めて思い知った次第である。古くは関東の大宮敏光、関西の藤山寛美、いずれも「主役抜きの舞台」は考えられない。それが当たり前なのだが・・・。主役・老爺(近江飛龍)の長台詞(一人舞台)に入る前、次郎長(鹿島順一)の一言、「おい、みんな。これから長くなりそうだから、膝を崩せ!」は何を意味するか。私には、「近江座長の《実力》を、とくと拝見(鑑賞)しようではないか」という余裕すら感じられた。それに応えて、近江飛龍、まさに「渾身の演技」(その表現力は至芸に値する)を展開、だが「一人浮いてしまった」ことも否めない。長台詞が終わって一言、「皆さん、退屈しませんでしたか?」というつぶやきは、鹿島劇団の面々に向けた、偽らざる「本音」(これでよかったのか?という不安)に違いない。この老爺役、私は鹿島順一、蛇々丸の舞台を見聞しているが、いずれも「引く演技」、そのことで次郎長や駒三郎を「立てる」景色になるのだが、近江飛龍は「押す演技」、その結果、周囲の風情が今一歩「際だたない」まま終幕を迎えたのではないか。いずれにせよ、「劇団」の「芸風」とは、このように異なるものなのかをまざまざと感じながら帰路についたのであった。
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2018-06-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「喜劇・弁天小僧」の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「喜劇・弁天小僧」。筋書きは単純、「変態」の親分(甲斐文太)から娘(春夏悠生)と五十両をだまし取られた百姓(春日舞子)の話を聞いて、弁天小僧(三代目鹿島順一)が助太刀、見事に仇を討つという物語である。さて、演目には「喜劇」と銘打っているが、喜劇ほどむずかしいものはない、と私は思う。娘を拉致した子分ども(花道あきら、赤胴誠、壬剣天音、梅之枝健)が、「親分のものになれ」と一人一人口説く場面、それを舞台の袖で聞いていた親分が登場、子分どもと「絡み合う」あたりを「喜劇仕立て」にする魂胆(思惑)はわかるが、その時大切なことは、「変化」と「間」、笑いを誘う機知に富んだアドリブをどこまで続けられるか、突っ込みとボケの呼吸がピッタリと決まるかどうか、ということである。ともすれば「楽屋ネタ」「下ネタ」の繰り返しで冗長になり、客の方では「もういいよ」と食傷気味になりがちだが、今日の舞台も、残念ながら「その域」をでることはできなかった。わずかに百姓の老爺に扮した春日舞子が、子分どもに追い回されながら「受けないギャグばかり!」と嘆いた場面は光っていたが・・・。さて、主役の弁天小僧の風情や如何に?同じ演目で、私の印象に残っているのは「弁天小僧・温泉の一夜」の橘龍丸(「橘小竜丸劇団」)、「三島と弁天」の小泉ダイヤ(「たつみ演劇BOX」だが、その景色においては遜色ないものの、女形の「口跡」においては及ばなかった。役者の条件は「一声」「二振り(顔)」「三姿」、今後、「一声」の魅力(艶やかさ)をどのように描出するか、三代目鹿島順一の大きな課題ではないだろうか。それを克服できたとき、同時に「紺屋高尾」「仇討ち絵巻・女装男子」の舞台模様が、一段と輝きを増すことは間違いない、などと身勝手なことを考えつつ帰路に就いた次第である。
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2018-06-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「大江戸裏話・三人芝居」「人生花舞台」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座)
 芝居の外題は、昼の部「大江戸裏話・三人芝居」、夜の部「人生花舞台」。
前者は、もう店じまいをしようとしていた、夜泣きうどんの老夫婦(爺・蛇々丸、婆・座長)のところへ、腹を空かした無一文の遊び人(虎順)がやってくる。うどんを三杯平ら上げた後、「実は一文無し、番屋へ突き出してくれ」という。驚いた老夫婦、それでも遊び人を一目見て「根っからの悪党ではない」ことを察する。屋台を家まで運んでくれと依頼、自宅に着くと酒まで馳走した。実をいえば、老夫婦には子どもがいない。爺が言う。「食い逃げさん、頼みがあるんだが・・・」「なんだい?」婆「お爺さん、ただという訳にはいかないでしょ」と言いながら、大金の入った甕を持ってくる。「それもそうだな、食い逃げさん、一両あげるから、頼みを聞いちゃあくれないか?」「えっ?一両?」今度は遊び人が驚いた。「一両もくれるんですかい?ええ、ええ、なんでもやりますよ」爺「実はな、私たち夫婦には子どもがいないんじゃ、そこでどうだろう。一言でいいから『お父っつあん』と呼んではくれないか?」「えっ?『お父っつあん』と呼ぶだけでいいんですかい?」「ああ、そうだ」「そんなことなら、お安い御用だ。じゃあ言いますよ」「・・・」「お父っつあん」「・・・、ああ、やっと『お父っつあん』と呼んでもらえた」感激する爺を見て、婆も頼む。「食い逃げさん、二両あげるから、この婆を『おっ母さん』と呼んではくれまいか?」小躍りする遊び人「ええ、ええ、お安い御用だ。それじゃあ言いますよ、いいですか」婆「・・・」「おっ母さん!」「・・・」婆も感激して言葉が出ない。つい調子に乗って爺が言う。「今度は、あんたを叱りたい。あたしが叱ったら『すまねえ、お父っつあん、もうしねえから勘弁してくんな』と謝ってはくれまいか。礼金は三両あげましょう」喜んで引き受ける遊び人、婆も四両出して叱りつけた。そして最後にとうとう爺が言い出す。「どうだろう、食い逃げさん、この甕のなかの金全部あげるから、私の言うとおり言ってはくれまいか」「・・・?」「『お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち、いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ、オレがこうして帰ってきた以上、後のことは全部任せて、もう止めたらどうだい』ってね」指を折って懸命に憶えようとする遊び人「ずいぶん長いな。でも、だいじょうぶだ。・・・じゃあ、いいですか。言いますよ」瞑目し、耳をすます老夫婦。遊び人、思い入れたっぷりに「お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち二人いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ。・・・」の名台詞を披露する。かくて、大金はすべて甕ごと、遊び人のものとなった。大喜びの遊び人「ありがとうござんす、これで宿屋にも泊まれます。あっそうだ、さっきのうどん代、払います」と一両小判を爺に手渡した。「こんなにたくさん、おつりがありませんよ」「とんでもねえ、とっておいておくんなせい。それじゃあごめんなすって」意気揚々と花道へ・・・、しかし、なぜか足が前に進まない。家に残った老夫婦の話に聞き耳を立てる。爺「お婆さん、本当によかったね。どんなにたくさんのお金より、子どもを持った親の気持ちになれたことがうれしい。あの人がくれた一両で、またこつこつと暮らしていきましょう」遊び人、矢も楯もたまらず引き返し、哀願する。「さっきもらったこの金はあっしのもの。どう使ってもよろしいですよね」あっけにとられる老夫婦、顔をみあわせて訝しがり「・・・・?、はいはい、けっこうですよ」遊び人「・・・、この金、全部あげるから、おめえさんたちの子どもとして、この家に置いてください」と泣き崩れた。どこかで聞こえていた犬の遠吠えは「赤子の産声」に、そして舞台・客席を全体包み込むようなに、優しい「子守唄」で幕切れとなった。
 幕間口上の虎順の話。「一両って、今のお金にするとどれくらいだと思いますか。だいたい六万円くらいだそうです。一言『お父っつあん』で六万円ですからね、大変なことだと思います」その通り、老夫婦の全財産(数百万円)よりも「親子の絆」が大切という眼目が、見事なまでに結実化した舞台だった。
 後者は、「人生花舞台」、大衆演劇の定番で、私は、昨年「澤村謙之介劇団」の舞台を見聞している。主役の爺(座長)は、元歌舞伎役者、師匠の娘と駆け落ちし一子をもうけるが、妻子は連れ戻され、今は落ちぶれたその日暮らしの独り者、むさくるしい身なりで、清水一家に乗り込んできた。「親分と一勝負したい」と言う。次郎長親分(花道あきら)が訳を尋ねると、「掛川の芝居小屋で、二十年前に別れた一子が興行している。親子名乗りはできないが、せめて、幟の一本でも贈ってやりたい」事情を察した親分、清水での興行を企画、爺を「御贔屓筋」(網元)に仕立て上げた。興行は成功、打ち上げの席で爺と、一子・今は襲名披露を控えた花形役者(春大吉)は再会する。大きく成長した一子の姿に眼を細め、それとなく愛妻(一子の母)の消息をたずねる爺の風情は格別であった。  
 芝居のクライマックスは、次郎長親分に勧められて一子がひとたち舞う「艶姿」であろう。しかし、酷なようだが、今の春大吉には荷が重すぎた。爺の風情が格別であるだけに、「舞姿」は「珠玉」でなければならない。もし、一子・蛇々丸、代貸大政・春大吉という配役であったなら、また違った景色の舞台になったのではないだろうか。身勝手な蛇足を加えれば、前者(「大江戸裏話」の爺を梅乃枝健、後者の一子を蛇々丸という配役がベストであった、と私は思う。いずれにせよ、舞台は水物、爺のセリフ「役者の修業に終わりはない」という至言は、座長自ら座員に伝えたかったメッセージに違いない。それに応えようと日々精進する座員各位の努力は見せかけではない。その姿に私は脱帽し、今後ますますの充実・発展を祈念する。

小泉 今日子:艶姿ナミダ娘小泉 今日子:艶姿ナミダ娘
(2009/10/21)
小泉 今日子

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2018-06-13

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「悲恋流れ星」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「悲恋流れ星」。生まれつき顔半分に疵のあるヤクザ・弁太郎(座長・三代目鹿島順一)の悲恋物語である。もともと「若い女に相手にされるはずもない」と諦めていた弁太郎が、ひょんなことから、盲目の娘・お花(春夏悠生)を助け、同居生活を始めることになった。お花の目は治療すれば治るとのこと、弁太郎はお花の目を何とか治してやりたいと思い、土木作業に従事する。そんな優しさにお花は惹かれ、「兄さん、顔が見たいの」と弁太郎に懇願、「今は、まだ無理だ。目が治ったらな」「今、すぐ見たいの。私は手で触れば見える。兄さん、顔を触らせて」、「そんなこと言ったって・・・」と弁太郎が困惑しているところに、弟分(赤胴誠)がやって来た。「ちょうどいい、おめえ、あの娘に顔を触らせてやってくれ。ただし、娘には絶対触るな、声も出すな(唖になれ)」と言い含めて、お花のもとに連れていく。弟分、何が何だかわからぬままに、お花に顔を触らせた。お花「やっぱり私の思ったとおり、兄さんの顔はキレイ!心のキレイな人は顔もキレイだとおっ母さんが言っていた」。その場は何とか繕ったが、弟分もお花に惹かれた様子・・・。以後、弟分は「唖のおじさん」になりすまして、お花に近づき始めたか・・・。気がつけば、自分もお花に惹かれている。こともあろうに弟分と「恋のさや当て」になろうとは・・・。やがて名医(春日舞子)の治療が効をを奏し、お花はめでたく開眼したのだが、その時は弁太郎と弟分が「対決」の真っ最中・・・。そこへ、かねてからお花をつけ狙っていた、仇役・まむしの大五郎(甲斐文太)、用心棒(花道あきら)も登場、「こっちを片付ける方が先だ」と大五郎を退治したが、腕は用心棒の方が上、あえなく弁太郎は深手を負ってしまった。弟分の助力で、何とか用心棒を仕留めたところに、お花が駆け込んでくる。「兄さん、私の目が開いたの!」欣然として、弟分の懐に飛び込んだ。それを見た弁太郎、瞬時に「唖のおじさん」に変身する。お花、倒れ込んだ弁太郎の顔を見て驚いた。「あの、おじさんがこんな顔だったなんて!」。舞台は大詰め、弁太郎(心と傷の痛みをこらえながら)、お花と弟分の幸せを「手真似」で祈る。文字通り「断末魔」、こらえきれずに声が出てしまった。「二人とも、幸せになれよ」、その声を聞いたお花の表情は(兄さんは、あなただったの!?・・・と)一変、うなだれたまま慟哭する弟分に抱かれて、弁太郎は絶命する、舞台は、一瞬「凍りついた」ような景色を残して閉幕となった。三代目鹿島順一、赤胴誠、春夏悠生ら、若手陣の「呼吸」がピタリと合って、見事な出来映えであった、と私は思う。この芝居の眼目は「愛別離苦」、弁太郎曰く、「人間は誰を好きになってもいいんだよな。愛することは自由だよな」、その通りだが、まさに「愛したときから苦しみがはじまる」のだ。お花の目を治したい、でも、お花の目が開いて自分を見たとき、今まで通り「お嫁さんになりたい」と言ってくれるだろうか。まして、飲み分けの兄弟分は恋敵、焦燥と嫉妬、悔恨の入り交じった心象風景を、三代目鹿島順一(と弟弟子の赤胴誠は)いとも鮮やかに描出する。それを観て、「悲恋流れ星」の流れ星とは、昇天した弁太郎の「魂」に他ならないことを、私は心底から納得したのであった。舞踊ショーで魅せた、三代目鹿島順一の「忠義ざくら」、甲斐文太の歌声で舞う幼紅葉の「細雪」は、いずれも出色、珠玉の名品を存分に堪能できたことも望外の幸せ、今日もまた、大きな感動を頂いて帰路に就いた次第である。
井沢八郎 名曲集井沢八郎 名曲集
(2008/11/12)
井沢八郎

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2018-06-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「アヒルの子」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「アヒルの子」。三代目鹿島順一が座長を襲名後、これまで劇団を支えてきた蛇々丸、春大吉といった名脇役が脱けたことによって、少なからず、その(国宝級の)「舞台模様」は変化せざるを得なかった。中でも「アヒルの子」には、蛇々丸の存在が欠かせない。当分の間、この演目は上演不可能ではないだろうか、などと私は勝手に思っていたのだが、とんでもない。今日の舞台を観て、あらためてこの劇団の「実力」を思い知った(二度惚れした)のである。ちなみに、私がこの演目を最後に観たのは、今からほぼ3年前(平成21年4月)、福島郡山(東洋健康センターえびす座)であった。以下は当時の感想である。〈芝居の外題は「アヒルの子」、社会人情喜劇と銘打った筋書で、登場人物は下請け会社員の夫婦(夫・鹿島順一、妻・春日舞子)と娘・君子(生田春美)、その家の間借り人夫婦(夫・蛇々丸、妻・春夏悠生)、電気点検に訪れる電電公社社員とおぼしき若者(鹿島虎順)、親会社の社長(花道あきら)という面々(配役)。この人たちが繰り広げる「ドタバタ騒動」が、なんとも「ほほえましく」「愛らしく」、そして「滑稽」なのである。以前の舞台では、娘・君子を三代目虎順、間借り人の妻を春大吉、電気点検の若者を金太郎が演じていたが、それはそれ、今度は今度というような具合で、本来の女役を生田春美、春夏悠生という「新人女優」が(懸命に)演じたことで、「より自然な」景色・風情を描出することができたのではないか、と私は思う。だが、何と言ってもこの芝居の魅力は、座長・鹿島順一と蛇々丸の「絡み」、温厚・お人好しを絵に描いたような会社員が、人一倍ヤキモチ焼きの間借り人に、妻の「不貞」を示唆される場面は「永久保存」に値する出来栄えであった。なかでも《およそ人間の子どもというものは、母親の胎内に宿ってより、十月十日の満ちくる潮ともろともに、オサンタイラノヒモトケテ、「オギャー」と生まれてくるのが、これすなわち人間の子ども、七月児(ナナツキゴ)は育っても八月児(ヤツキゴ)は育たーん!!》という「名文句」を絶叫する蛇々丸の風情は天下一品、抱腹絶倒間違いなしの「至芸」と言えよう。その他、間借り人の妻が追い出される場面、娘・君子が「おじちゃん!」といって帰宅する場面、社長の手紙を読み終わって夫(座長)が憤る場面等々、「絵になる情景」を挙げればきりがない。要するに眼目は「生みの親より育ての親」、きわめて単純な(何の代わり映えのしない)筋書なのに、これほどまでに見事な舞台を作り出せるのは、役者それぞれの「演技力」「チームワーク」の賜物というほかはない。その「演技力」の源が、座長・鹿島順一の生育史にあることは当然至極、彼ほど「育ての親のありがたさ」を実感・肝銘している役者はいないかもしれない。加えて素晴らしいことは、蛇々丸を筆頭に座員の面々が(裏方、照明係にいたるまで)、座長の「演技力」に心酔、各自の「実力」として「吸収」「結実化」しつつあるという点であろう。ところで、件の名文句にあった「オサンタイラノヒモトケテ」とは、どのような意味だろうか、その謎もまた、この芝居の魅力なのだ・・・・〉。さて、今日の配役は、間借り人の夫が蛇々丸から三代目鹿島順一に、電電公社社員(今回は関西電力社員)の鹿島虎順が赤胴誠に、アヒルの子・君子が生田春美から幼紅葉に、それぞれ変わっていたが、結果はベスト、魅力も倍増して、前回・前々回よりも「数段上」の出来映えであった、と私は思う。蛇々丸の夫役は、どこかエキセントリック(偏執狂的)な風情が「売り」であったが、三代目鹿島順一は、あくまでオーソドックス、真っ向勝負の「ヤキモチ」風情が際だっていた。「新婚ホヤホヤ」なら当然といった(清純な)空気が漂い、それが、下請け会社員夫婦と社長の不穏な「しがらみ」を浄化する。蛇々丸は、役者としては「男盛り」の三十代、三代目鹿島順一はまだ二十歳の「若造」、タバコを(会社員・甲斐文太から)借りながら、(したたかに)2本耳に挟む仕種も、どこかぎこちなかったとはいえ、さればこそ、その初々しさが(私には)たまらなく魅力的であった。さらにまた、十八年間も夫をだまし続けた「おかあちゃん」役の春日舞子と「社長」役の花道あきらの(無言の)「絡み」は、一段と鮮やか、それにアヒルの子・君子の可憐さ、「おんどり」役・甲斐文太が醸し出す絶品のユーモアとペーソス、(頓狂な)電力会社員に扮した赤胴誠、(艶やかな)新妻役・春夏悠生の風情も添えられて、劇団員一人一人が、文字通り「適材適所」で描出する名舞台に仕上がっていた。お見事!、さて、お次は・・・、「春木の女」「噂の女」「命の賭け橋」「新橋情話」等々と、身勝手な期待を胸に抱きながら、帰路に就いた次第である。
みにくいアヒルの子(4) [VHS]みにくいアヒルの子(4) [VHS]
(1996/08/21)
岸谷五朗、水橋文美江 他

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2018-06-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「幻八九三」・赤胴誠の試練》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭〉
第一部・芝居の外題は「幻八九三」。この演目は、新人・赤胴誠の出世狂言。私は去年の10月、ジョイフル福井でその舞台を見聞している。以下はその時の感想である。〈芝居の外題は「幻八九三」(まぼろしヤクザ)。雌伏三年、いよいよ新人・赤胴誠の「出番」がやってきた。これまで舞踊ショーの裏方(アナウンス)、個人舞踊、芝居での「ちょい役」で修業を積んできた赤胴誠が、初めて「出番」の多い、準主役をつとめるチャンスが巡って来たのである。筋書は単純、兄・伊三郎(座長・三代目鹿島順一)のようなヤクザに憧れている弟の伊之吉(赤胴誠)が、こともあろうに、兄とは敵同士の権助親分(春大吉)に入門を申し込む。「オレは日本一、強いヤクザになりてえんだ!」という一心で、親父(甲斐文太)や幼友達(幼紅葉)の忠告なんぞは「馬耳東風」と聞き流す。権助親分、はじめは取り合わなかったが、あまりにしつこくつきまとうので、「それなら十両もってこい。身内にしてやるぞ」。伊之吉、小躍りして自宅に跳び帰り、「親父、十両くれ。これから権助親分の身内にしてもらうんだ」、あきれかえる親父を尻目に十両ないかと家捜しをする始末、親父「そんな金があるはずもねえ」と高をくくっていたが、あにはからんや、伊之吉、亡母の仏前から十両持ち出してきた。そういえば、先刻、兄の伊三郎が旅から帰り、仏壇に手をあわせに行ったのだった。さだめし、兄が手向けた供え物に相違ない。「渡すわけにはいかない」と、必死に揉み合う親父と伊之吉。だが、どうみても「すばしっこさ」では伊之吉に分がある。十両手にして玄関を飛び出そうとしたとき、なぜか十手持ちの女親分(春日舞子)、颯爽と登場、たちまち伊之吉をねじ伏せて十両を取り戻す。「いててて、なんだ、この女、おぼえていやがれ!」と、捨て台詞をはいたまま、伊之助は権助親分のもとへ・・・。兄・伊三郎と女親分は旅の道中で顔見知り、気心が通じ合ったかどうかは不明だが、それとなく兄に「肩入れ」しようとする気配が感じられてはいたのだが・・・。権助親分のもとへ駆けつけた伊之吉、「十両持ってきたか」「それが、駄目でした」「どうして?」「十両は見つけましたが、へんな女に取り上げられちゃって」とかなんとか言っているところに、兄・伊三郎登場。権助親分「よくも帰ってきやがったな。身内の仇だ、生かしちゃおけねえ」、三人がかりで斬りかかるが、腕は数段伊三郎が上、たちまち返り討ちに・・・。その様子を見ていた伊之吉、「やっぱり、兄貴は強ええ!。兄貴の身内になりてえな」。新三郎「いいだろう、二人で一家をかまえよう」。だがしかし、そうは問屋が卸さない。なぜか再び十手持ちの女親分登場。「一家をかまえるなんてとんでもない。伊三郎!捕縛するから覚悟しろ」。かくてタイマンの勝負となったが、今度は女親分の腕が数段上、たちまちお縄をかけられて「おーい、伊之吉、助けてくれ、オレはまだ死にたくない・・・」と泣き出した。その姿の格好悪いこと、惨めなこと。伊之助、ハッと我に返り「なんでえ、なんでえ、あの姿。イヤだ、イヤだ。もうヤクザなんてなりたくねえ!」と叫んで号泣する。実を言えばこの話、伊之助にまっとうな人生を送らせようとして打った、伊三郎と女親分の「芝居」だったに違いない。私が驚嘆したのは、弟・伊之助こと赤胴誠の成長(変化)である。俗に、役者の条件は「イチ声、二振り、サン姿」というが、いずれをとっても難が無い。未熟な役者ほど、声(口跡・セリフ)だけで芝居を演じようとするものだが、今日の赤胴誠、「振り」も「姿」も初々しく、その場その場の「心情」がストレートに伝わってくる。例えば、親父に向かって「十両くれ!」とあっけらかんにせがむ「青さ」、十手持ち親分を「なんだ、この女」と見くびる「軽さ」、兄・伊三郎の立ち回りを、へっぴり腰で応援する「熱さ」、一転、捕縛された兄貴の惨めな姿に号泣する「純粋さ」等々、未熟で頼りない若衆の風情を「そのまま」舞台模様に描出できたことは、素晴らしいの一言に尽きる。雌伏三年、師匠・甲斐文太、諸先輩の「声・振り・姿」を見続けてきた研鑽の賜物であることを、私は確信した。甲斐文太は「今日の出来は30点」と評していたが、なによりも、他の役者にはない「誠らしさ」(個性)が芽生えていることはたしかであり、そのことを大切にすれば貴重な戦力になるであろう。客の心の中に入り込み、その心棒を自在に揺さぶることができるのは、役者の「個性」を措いて他にないからである。
 芝居の格、筋書としては「月並み」な狂言であっても、舞台の随所随所に役者の「個性」が輝き、客の感動を呼び起こす。それが「鹿島劇団」の奥義だが、今や新人・赤胴誠も、それに向かって「たしかな一歩」を踏み出したことを祝いたい〉。さて、今日の舞台の出来栄えや如何に?今回の配役は、大幅に変わった。伊之助・赤胴誠、伊三郎・三代目座長・鹿島順一、朋輩の娘・幼紅葉はそのままだが、敵役・権助親分は花道あきら、その子分に春日舞子、伊之助の親父に梅之枝健、十手持ち親分に責任者・甲斐文太という陣容で、舞台の景色はがらりと変わってきた。なるほど、前回に比べて、今回の配役の方が真っ当だが、赤胴誠にとっては一つの試練とでも言えようか、相手役(親父・十手持ち親分)の貫禄がありすぎて、やや押され気味の風情であった。この芝居の見どころは二つ、一に伊之助と親父のコミカルな「絡み」、二に伊三郎と十手持ち親分の爽快な「腹芸」だと私は思うが、甲斐文太が親父役から親分役に回ったことにより、当然のことながら後者の見どころが際だってくる。赤胴誠はもう師匠・甲斐文太の「胸を借りる」ことはできない。大ベテラン・梅之枝健を相手に、自力でその個性・初々しさを発揮しなければならなくなったのだ。「前回とは勝手が違う」と思ったかどうかは不明だが、およそ役者たるもの、どんな場面、どんな相手であっても、臨機応変に「見せ場」を演出する努力が必要である。たとえば、今日の舞台。兄・伊三郎が敵役子分を一人ずつ切り倒す立ち回りの場面、その様子をへっぴり腰で応援、一人倒すたびに拳を挙げて狂喜する伊之助の姿が不可欠、まさに「本日未熟者」の典型を描出しなければならない。観客は、その姿の残像があればこそ、大詰め、日本一強かったはずの兄貴が「助けてくれ、オレはまだ死にたくねえ・・・」と泣き出す無様な姿を見て落胆、一転して「なんでえ、なんでえ、あの姿。イヤだ、イヤだ。もうヤクザなんてなりたくねえ!」と叫んで号泣する伊之吉に共感することができるのである。という観点からみると、今日の赤胴誠は「やや淡白」であり過ぎたか・・・。いずれにせよ、舞台は水物、役者の修業に終わりはない。「たしかな一歩」を踏み出した赤胴誠の試練は、これからである。



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2018-06-11

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「会津の小鉄」は抜群の出来栄え》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越・三光ホテル「小江戸座})                  芝居の外題は、昼の部「会津の小鉄」(主演・花道あきら)、夜の部「一羽の鴉」(主演・蛇々丸)。昨年11月、柏健康センターみのりの湯で、初めて「鹿島順一劇団」を観たとき、「目を空いたまま」盲目の役を演じることができる、たいそう達者な女優がいるのに、また、所作と表情だけで「笑い」をとれる、たいそう達者な男優がいるのに、全体としては「観客との呼吸が合わず、盛り上がりに欠ける」という感想をもった。芝居の外題すら覚えていなかったが、今日の観劇で思い出した。そうだ、あの時の芝居は、まさに「会津の小鉄」だったのだ。今日の舞台は、あの時とは打って変わり、「天下一品」「至芸そのもの」という出来栄えであった。たった三月の間に、この劇団の「実力」が向上したわけではない。「劇団」本来の「実力」が今日は十二分に発揮できたのである。舞台は水物、観客との呼吸次第だということがわかった。この外題は、いわば大衆演劇の定番、どこの劇団でも十八番にしているが、今日の舞台を超える出来栄えは観たことがない。役者一人一人の「実力」はもとより、配役、舞台構成、照明効果、音響効果に「非の打ち所がない」のである。敵役の名張屋新蔵(座長)に満座の席で恥をかかされ、復讐しようと呼び出したまではよかったが、そこでも同行した兄弟分を返り討ちで亡くし、指まで詰めてすごすごと帰宅した高坂仙吉(花道あきら)、盲目の恋女房・お吉(春日舞子)には隠していたつもりが、すでにお見通しだった。「あたしはおまえさんの女房だよ。そんなこと知らずでどうするものかえ」「兄弟分まで殺されて、すごすごと帰ってくるなんて」と、責められる。仙吉「おれは、お前一人を残して逝くわけにはいかなかった」「あたしのことなら心配いらない。眼は不自由でも女一人、何としてでも生きていける」「そうか、じゃあ敵討ちに行ってもいいんだな」「こんなこともあろうかと、用意しておいたよ」と着せられる白装束。「ありがとよ、これで男の意地が通せる」勇んで出立しようとする仙吉を、「あっ、おまえさん待って」と呼びとめ「後に心が残ってはいけない。どうぞ存分にうらみを晴らしておくんなさい」と言いながら、お吉は自刃した。思いもよらぬ女房の死、だがもう、仙吉が失うものは何もなかった。「わかった。存分に働いて、すぐに後から逝くからな」一景は、愁嘆場(京極幸枝若口演の節劇は秀逸)で幕が下りた。
 二景は打って変わり、底抜けに明るい舞台、腹を減らした二匹の素浪人・宮本むさくるし(蛇々丸)、佐々木乞食(春大吉)、フラフラと登場。歌舞伎「もどき」の「三枚目」、京の町にやってきたが、仕事が見つからず無一文、朋輩の鼻まで「団子」に見える。そこへ、新蔵の娘・お京((三代目虎順)が通りかかった。「食い気より色気」、たちまち二人の浪人は「ものにしよう」とナンパする。危機一髪、お京を救ったのは、誰あろう、これから父・新蔵を討ちに向かう途中の仙吉だった。執拗に絡みかかる素浪人、「おのれ、手は見せぬぞ」と「型どおり(歌舞伎調)」の口跡に、「手は見えてるよ」、「みどもの太刀筋をかわしおったな」「そんな太刀筋、誰でもかわせるよ、何ごちゃごちゃ言ってんだ!早く失せろ!」と現代風にいなす仙吉、そのやりとりが実におもしろい。峰打ちを食らわして二人を退散させると、舞台に残ったのは仙吉とお京。「助けてくれと頼んだ覚えはない。お礼は言わないよ」と突っ張るお京に、「気の強え娘だ。おまえさん名前は?」「あたし?あたしは、京都一円を取り仕切る名張屋新蔵の娘・お京と言うのさ!」そうだったのか、では、あの憎っくき仇の娘か、まあいいや、先を急ごう、二人は連れだって、名張屋一家へと向かう。
三景は、新蔵宅。娘の帰りが遅いのを心配する新蔵。子分を迎えにやらせようとしたとき、お京が帰ってきた。「今、京の町は危険がいっぱい、娘のひとり歩きは物騒だ。・・・・」くどくどと説教を始める新蔵に、「お父っつあん、もう終わり?」、馬耳東風のお京。「あのね、悪いお侍に絡まれたの」「そら、言わんこっちゃねえ。お前にもしものことがあったら、死んだおっ母さんに申し開きできねえ・・・・」「お父っつあん、もう終わり?でもね、私を助けてくれたお人がいたの」「そうかそうか、で、その人はどこのお方だ」「知らない!」「なんだ、お前、助けてくれたお方の名前を聞かないできたのか、それじゃあお礼もできないじゃないか」「そんな心配いらないわ、今、そこに来ているもの」「それを早く言わないか、早く家の中にお通ししろ」
 かくて、仙吉は仇敵・新蔵と対面する。「どこのお方か存じませんが、このたびは娘の危ないところをお助けいただき、ありがとうがござんした」丁重に礼を言う新蔵に向かって、「やい新蔵、よくもオレに恥をかかせやがったな!今日は兄弟分の仇を討ちに来たんだ」と仙吉は宣言する。「なあんだ、お前は仙吉か。返り討ちに遭う前に消え失せろ!」「そうはいかねえ。お前に渡すものがあるんだ」「ふうん、手土産持参とは感心なやつだ」仙吉が渡した「手土産」とは、恋女房・お吉の生首、驚愕する新蔵、しかし「おまえの女房にしては出来過ぎ、相手になってやろう」、抜刀して立ち上がる。「望むところだ、覚悟しやがれ!」情感溢れる法華太鼓をバックに、たちまち始まる立ち回りは、小道具の脇差しが本身と見間違うほどの真剣勝負、見事な殺陣であった。わずかに仙吉のドスが優り、新蔵は深手を負う。子分達は黙っていない。「野郎!ゆるさねえぞ」といきり立つのを静かに制し、新蔵は言った。「もし、仙吉さん。勝負はついた。オレの負けだ。それにしても、お前はいい男だなあ・・・」「何だと?」荒い息の中から新蔵の長ゼリフ。要するに、妻に先立たれ、自分も労咳、一人娘の行く末を案じて「婿」を探したが、どれをとっても「帯に短し襷に長し」で見つからない、そんなとき、白羽の矢が立ったのは仙吉だった、しかし、仙吉はすでに所帯持ち、「婿」にはできない腹いせに、万座(花会)の席で 恥をかかせた次第、馬鹿な親だと嗤ってくれ、お前からもらった小指、兄弟分の亡骸は大切に回向しているつもりだ、という話。座長・鹿島順一の長ゼリフは、それだけで一話の「人情噺」、すべてを察した仙吉に、名刀「小鉄」と一家の行く末を託し、亡妻のもとに旅立つ新蔵、それを支える仙吉、お京、子分たち、どの劇団の舞台でも観ることができない「至芸」(会津小鉄誕生秘話)であった、と私は思う。ただ単に「意地の張り合い」「格好良さ」を形で見せるのではなく、底に流れる「人情」に注目し、それを役者のキャラクターに合わせて表現しようとする「演出」が、群を抜いているのである。
舞踊ショーでは、三代目・虎順の「蟹工船」「忠義桜」は絶品。南條影虎の女形舞踊「夢千代日記」を追い越せれば、若手ナンバーワンになる日も遠くない。
会津の小鉄(不死身の小鉄)会津の小鉄(不死身の小鉄)
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京山幸枝若

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2018-06-10

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《水戸ラドン温泉で「関東公演」大団円》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年2月公演・水戸ラドン温泉〉                                       我孫子発10時27分快速水戸行き電車で、水戸ラドン温泉に向かう。大衆演劇「鹿島順一劇団」2月公演の初日を観るためである。1月公演は「つくば湯ーワールド」、茨城県民の中にも30~50人程度の「贔屓筋」ができたようだが、なにせ「美鳳」だの「新演美座」だの、無骨・野暮天な芸風がもてはやされる土地柄、「長居は無用」を決め込んで、早々に「帰阪」されることを祈念する。座長の口上によれば、関東公演は3月まで、心底より「御苦労様」と労いたい。
 さて、実を言えばこの私、昨年12月中旬から「闘病生活」を続けている。これまでの病歴は、①無症候性脳梗塞、②前立腺炎・前立腺肥大であったが、新たに、③慢性皮膚炎(湿疹又は汗腺炎)が加わった。症状は、胸前、背中、肩、腕、太股などが「ただひたすら痒い」ということである。「痛い」「息苦しい」といった症状に比べれば「まだまし」といえるが、それにしても「イライラする」「集中できない」という点では、かなりしんどい。これまでに3度、医師を替えたが、いっこうに改善されないのは何故だろうか。第一の医者は高名だが高齢(おそらく80歳代)で、耳が遠い。こちらの話を看護師が通訳する始末だが、これまでの処方ではピタリと(薬を使い終わる前に)と治癒していた。だが、今回はいっこうに改善しない。そこで第二の医師、東京下町の診療所、彼もまた高齢だが耳は聞こえる。「冬場になると湿疹がでます。いつもは薬を塗ると治るのですが、今回はよくなりません」というと、患部を一見して「ああ、慢性湿疹ですね。注意点は二つ、汗をかかないこと、患部を掻かないこと。薬を出しますから、薄く塗ってください」ということであった。脇で初老の看護師がしきりに論評する。「そんなに厚着してたら、汗をかかない方がおかしい。さあ、脱いだ、脱いだ、あんたまだ若いんだから・・・」、なるほど、体が汗ばんだときに痒みがひどくなる。的確な助言に恐れ入り、薬を頂戴して帰路についたが、その量たるや微々たるもの、三日もすればまた通院しなければならない。塗布してみたが痒みはとれない。そこで第三の医者登場、大学付属の総合病院皮膚科、今度は30歳代とおぼしき女医で一見たよりななかったが、患部を触ったり、皮膚片を顕微鏡で覗いたりという方法で「汗腺炎」という診断であった。以後2週間以上、服薬、塗布治療を続けているが、症状に大きな変化はない。一番効いたように感じたのは、「つくば湯ーワールド」の天然温泉であったが、これから行く「水戸ラドン温泉」の効能はいかがなものか・・・。
 水戸駅北口から路線バス(大洗方面行き)に乗って、栗崎で下車。徒歩1分で「水戸ラドン温泉」に到着。入館料は525円とべらぼうに安い。日曜日と会って客が殺到し、浴室のロッカーに空きがなく「しばらくお待ち下さい」とのこと、「先に、芝居を観ます」といって劇場(レストランシアター)に赴いたが、その異様な光景に仰天した。収容人数500人とは聞いていたが、その舞台の大きいこと、広いこと・・・。通常の劇場の3倍は優にあるだろう。客席は二人掛けのテーブルが(小学校の机のように)すべて舞台と正対している。その座席が、な、な、なんと満席。私が最も愛好する「鹿島順一劇団」が500人の観客を前に公演するなんて、夢のような話。しかも、芝居の外題は、劇団屈指の十八番「春木の女」とあっては、感激の極み、私の涙は留まることを知らなかった。「育ちそびれた人をバカにしてはいけない」「白い目で見てはいけない」といった「人権尊重」を眼目にした芝居を「初日」にもってくるなんて、だからこそ、私は鹿島順一が好きなんだ。この座長は「本気で仕事をしている」。ここは関東、さだめし「忠治御用旅」「会津の小鉄」など「武張った」演目からスタートすれば評判があがるだろうと思うのに、あえて関西を舞台とした人情劇で勝負を賭けるなんて、その「気っ風」のよさに感動する。
公演初日の「春木の女」、出来栄えは「永久保存版」、500人といった大人数の中でも、役者と役者、役者と観客の呼吸はピッタリ、最後列で突然なり出した、携帯電話の呼び出し音が舞台の座長にまで聞こえていようとは・・・。咄嗟に「あんたたちがだらしないから、携帯電話まで鳴り出しちゃったじゃないの!」といったアドリブで対応する座長の機転が、何とも可笑しく、場を盛り上げる。梅の枝健、春日舞子、蛇々丸、三代目虎順、花道あきら、それぞれが「精一杯」の役割を果たして、大団円となった。
 この劇団の関東公演は、平成19年11年に始まり、ほぼ1年3カ月、来月の川崎大島劇場で終わるそうだが、今月の舞台は「大劇場」、双六で言えば、まさに「上がり」といった景色である。おそらく、「鹿島順一劇団」、最高の舞台が「水戸ラドン温泉」で終わるだろう。私自身もまた、ここらあたりで「大衆演劇三昧」を「上がり」にするような時がきたようである。

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2018-06-09

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《千秋楽は「人生花舞台」で夢芝居》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年2月公演・水戸ラドン温泉〉 2月公演の千秋楽、芝居の外題は「人生花舞台」であった。先月(1月公演・つくば湯ーワールド)とは違って、旧版どおり、元歌舞伎役者(老爺)・座長、清水の次郎長・花道あきら、一家子分大政・蛇々丸という配役だったが、水戸の舞台の最後を飾るためには「座長が主役」、なるほど、「立つ鳥は後を濁さない」という劇団(座長)の誠実さに脱帽する。花道あきらの次郎長、座長に比べて「貫禄は落ちる」が、彼独特の「人情味」(温かさ)の風情が魅力的、加えて、三代目・虎順の「三五郎」、蛇々丸の大政が舞台の景色を引き立てる。中でも、主人公・老爺(元歌舞伎役者)が次郎長に「昔話」を披露する場面(座長の長ゼリフ)で、一家子分役の、虎順、赤銅誠、梅之枝健、蛇々丸らが「凍りついたように固まって」座長の話に耳を傾ける様子は、圧巻。座長はいつも言う。「芝居で大切なのは『間』(呼吸)です。長ゼリフは意外に簡単。自分のペースでしゃべればいいのだから・・・。だいたいねえ、その(主役の長ゼリフの)時、他の役者は誰も聞いてなんかいませんよ、ひどいときには居眠りしている奴らだっているんですから・・・。」通常の劇団ならおっしゃるとおり、でも座長、あなたの劇団は違います。大先輩の梅之枝健を筆頭に、すべての座員があなたの「芸」を学ぼうと、必死に修行しているのです。その姿に、私たち観客は感動するのです。その姿から私たちは「元気がもらえる」のです。さてこの芝居、座長の相手は花形役者役の春大吉。この1年間で、一つ一つの「所作」「表情」に「見違えるような進歩」が感じ取れる。まず第一に、老爺自身が歌舞伎の実力者、その実力者(鹿島順一)が「惚れ惚れ」するような「芸」とはどのようなものであろうか。その姿を「具現化」することが春大吉の使命なのである。彼は「よく精進した」と、私は思う。花形役者の「色香」は十分、課題(目指すべき目標)は、坂東玉三郎の「品格」であろう。この演目を「鹿島順一劇団」の十八番として確立するためには、いつでも、どこでも、誰でもが、この花形役者役に挑戦できるという「からくり」を設けてみてはどうか。いわば、座長・鹿島順一が指南役、一人前の「登竜門」として、花道あきら、蛇々丸、虎順、赤銅誠が「次々に」花形役を演じる(試み)ができたなら・・・、本当の「夢芝居」と言えるのではないだろうか。



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2018-06-08

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「源太しぐれ」、座長「ちょい役」の意味》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉    芝居の外題は「源太時雨」。配役は、主役の源太・春大吉、その親分・蛇々丸、盲目の浪人・三代目虎順、その妻・春夏悠生という顔ぶれであったが、肝腎の座長・鹿島順一は悪役の親分(蛇々丸)に「おい、野郎ども! やっちまえ!」と呼ばれて、幕切れ直前に登場する、「野郎ども」(その他大勢の「ちょい役」)に甘んじる。ここらあたりが、この劇団の「実力」というものであろう。どこの劇団でも、座長が「その他大勢」の「ちょい役」ですませられるところはない。わずかに、「春陽座」の初代座長・澤村新吾が「ちょい役」に回ることがあるくらいである。「鹿島順一劇団」の実力は、座長が「ちょい役」に回っても、その他の座員だけで「十分に見応えのある」舞台を作り出せる点にあるのだ。「みんなが花形」「みんなが主役」「芝居はみんなで作るもの」といった理念にもとづいて、それが言葉だけでなく、いつでもどこでも「具現化」できることが素晴らしいのである。筋書は、大衆演劇の定番、行き倒れになった盲目の浪人とその妻、二人の間にできた乳飲み子を救ったのは土地の親分、しかし、それは形ばかりで、実はその妻と密通、ひそかに浪人を「消してしまおう」というもくろみ。恰好の人物として白羽の矢をたてられたのが、子分の「源太」、五両の礼金で「仕事」を請け負った。出かけようとすると浪人の妻が言う、「あの、赤ん坊も一緒に殺っておくんなさい」。「えっ?何ですって」と耳を疑う源太、しかし「子ども料金もいただけるなら・・・」と同意する。かくて、眼なし地蔵の前、源太の「盲目浪人・父子殺しの場」が現出するはずであったが、赤子の「火の付くような泣き声」に押されて、どうしても太刀が下ろせない。その泣き声は「チャンを、殺らないで!」(武家風に言うなら、「お父上をお助けください!)というように聞こえた、という。その「感性」こそが、この芝居の眼目に他ならないが、若手・春大吉の「所作」「表情」は、源太の「改心」を見事に描出していた、と思う。源太は浪人父子に五両まで手渡して解放、野良犬を斬り捨てて、刀の証拠作り、親分からさらに五両せしめる「したたかさ」、刀と着物を返せという親分に「怪談話」をでっちあげて「震え上がらせる」ドタバタ場面が「絵」になっていた。悪役が「途端に三枚目化する」蛇々丸の「至芸」は、相変わらずの出来栄え、しかも今回は妻・春夏悠生の風情に「変化」が出てきた。「冷酷」さのなかに「悔恨」の雰囲気を醸し出せれば申し分ないのだが・・・。
盲目浪人の目が明き、源太とともに、めでたく「間男成敗」の場面で、この「勧善懲悪」劇(秀作)は終幕となったが、ふりかえってみれば、春大吉、三代目虎順、蛇々丸、春夏悠生の四人だけで十二分の「舞台作り」ができてしまった、背後には座長、春日舞子、花道あきら、梅之枝健といった「そうそうたるメンバー」が控えているにもかかわらず、という点が「ものすごい」(この劇団の実力のすごさ)、と私は思う。
 舞踊ショーに登場した新人、赤胴誠、春夏悠生、生田春美の「成長」「変化」にも、目を見張るものがある。何よりも、舞台での「立ち姿」、「所作」一つ一つの「基礎・基本」が身につきつつある点が、たのもしい。「形は形」なのだが、「形だけでない形」(形に込められた気持ち)を学ぶことが、今後の課題だと思われる。彼らは、まさに「発展途上」、ますますの「成長」「変化」「おお化け」が楽しみである。



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2018-06-07

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「紺屋高尾」、舞踊・女形大会、歌唱「瞼の母」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 昼の部、芝居の外題は「紺屋高尾」、舞踊ショーは「女形大会」、夜の部、芝居の外題は「忠治御用旅」、舞踊ショーは「人生劇場」、いずれも特選狂言と銘打っていた。観客は「大入り」、以前「どこまでもつか?」とほざいていた客も顔を見せていたが、「友也(紫鳳)だって、これくらいは集められる。ここに出入りできないなんて、組合のやり方がおかしい」などと「八つ当たり」する始末。騒然とした雰囲気の中だったが、かえって座員の気持ちは引き締まり、舞台は今まで以上の「出来映え」であった。
「紺屋高尾」の夜鷹・鼻欠けおかつ(蛇々丸)は「絶品」で、三条すすむと「肩を並べている」。特に、セリフの出番がないときの、何気ない「所作」が魅力的で、客の視線を独占してしまう。この役は、「鼻欠け」という奇異感を超えた「あわれさ」「可愛らしさ」を漂わせることができるかどうか、が見所だが、十分にその魅力を堪能できる舞台であった。「女形大会」、座長の話では、めったにやらない(やろうと思ってもできない)演目とのこと、化粧・着付けを支援する、専門の「裏方」がいないためだ。今日は、春日舞子が「裏方」に徹したのだろう。普段見られない、蛇々丸、梅乃枝健の「女形」を観られたことは幸運であった。蛇々丸の「舞姿」は格調高く、「地味」に徹していたことが素晴らしい。「妖艶さ」を追求しないのは、「男優としてのプライドが許さない」(客に媚びを売らない)というモットーからか・・・。梅乃枝健の「女形」は、春日舞子と見紛うほど、「さすが」「お見事」の一語に尽きる。柏(昨年11月)、川越(2月)、小岩(3月)と通い続けて、ようやく二人の「女形」を目にすることができ、大いに満足した。
 夜の部、歌謡ショーで唄った座長・鹿島順一の「瞼の母」は、「天下一品」。彼の「歌唱」の中でも、抜群の「出来栄え」であった。番場の忠太郎は、ヤクザとしてはまだ「若輩」、どこかに「たよりなさ」「甘え」を引きずっている風情が不可欠だが、その「青さ」をもののみごとに描出する、座長の「実力」は半端ではない。「こんなヤクザに誰がしたんでぃ・・・」という心情が、言葉面だけでなく「全身」を通して伝わってくる。他日、どこかで聞いた座長の話。「私の歌をCDしないか、というお話がありましたが、私は歌手ではありません。役者風情の歌など余興(時間つなぎ)にすぎません。おそれおおいことだとお断りしました」。その「謙虚さ」こそが、彼の「実力」を支えていることは間違いないだろう。
とはいえ、鹿島順一の「芝居」「舞踊」「歌唱」が、その日その日の「舞台」だけで、仕掛け花火のように消失してしまうことは、何とも残念なことではある。
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2018-06-06

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「六十一 賀の祝」・千秋楽前日の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
 芝居の外題は「六十一・賀の祝」。還暦を迎える父(座長・鹿島順一)とその息子たち(兄・花道あきら、弟・春大吉)の物語である。兄は、父の羽振りのよかった時期に物心ついたので、好条件の教育を受けられたが、弟は父の凋落時に生まれ、養育を大工の棟梁に任せられる始末、未だにうだつが上がらない。その結果、兄は弟を「あざけり」「そしる」、弟は兄を「うらみ」「あらがう」という関係に・・・。その様子を周知している父、二人がそうなったのも「みんな自分の責任」と弟に謝り、還暦の祝に招待した。兄にしてみれば、せっかくの、めでたい席を弟に汚されたくないという思い、祝の当日、はち合わせるやいなや、怒鳴る、殴るの兄弟げんか・・・。仲裁にかけつけた父、たまらず、二人の腕を手拭いで「固結び」、「もしほどいたら、二人とも勘当だ!よーく、頭を冷やして考えろ」と言い残し退場。残された、兄と弟。しばらくは「反発しあっていたが」、双方が、水を飲む、厠へ行く、飯を食べる、窒息しそうになる「相手」と「付き合わざるを得ない」うちに、次第に、幼かった頃の「兄弟愛」が蘇り、「仲良く家業を分担しよう」ということで、めでたし、めでたし。兄弟の嫁は、新人女優・春夏悠生、生田春美が担当、舞台に花を添えていた。
 1月公演も明日で千秋楽、どうやらこの劇場での観客動員数は(団体客を除き)、昼60人、夜30人というところで終わりそうである。しかし、その90人は、心底この劇団の「支持者」であることは間違いない。当所「初見え」の劇場でよく頑張った、と私は思う。とりわけ、三代目虎順を筆頭に、赤胴誠、春夏悠生、生田春美らの「若手」の成長が著しかった。今日の舞踊ショー、父・鹿島順一の歌声をバックに踊った、虎順「瞼の母」の舞台は、劇団の目玉として磨き上げてもらいたい。歌声は、間違いなく「日本一」、舞姿の風情は、年格好からいって、まず蛇々丸あたりが「お手本」を示すべきかも。赤胴誠の「箱根八里の半次郎」は、デビュー当時の氷川きよしとイメージが重なり、その「初々しさ」において格別の舞台であった。春夏悠生、生田春美の「おきゃん」もそうだが、舞踊における「若手」の「立ち姿」が「絵になっている」ところが素晴らしい。その集中力・緊張感を「組舞踊」の「大勢」の中でも発揮できるようになれば、三代目虎順に「一歩ずつ」近づくことができるだろう。。



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2018-06-05

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「男の盃・三浦屋孫次郎」と劇団の「うり」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
午後1時から、つくば湯ワールドで大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。芝居の外題は「男の盃・三浦屋孫次郎」。笹川繁蔵(春大吉)を暗殺(しかし、正面からの一騎打ち)した旅鴉・三浦屋孫次郎(花道あきら・好演)と飯岡助五郎一家の用心棒(座長・鹿島順一)の「友情物語」で、「男の盃」を取り交わし、共に「あい果てる」という筋書 きだが、開幕から閉幕まで「寸分の隙もない、一糸乱れぬ舞台」の連続で、それぞれの役者が「適材適所」に「えもいわねぬ」風情を醸し出していた。ビデオに収録、「永久保存」に値する出来映えであったが、座長の頭の中には「そんな野暮なこと」「みっともないこと」を行うつもりは微塵もない。芝居の出来不出来は「時の運」、「今日が駄目でも明日があるさ」といった「はかなさ」「いさぎよさ」を感じるのは、私ばかりであろうか。
 さて、この芝居についてはすでに見聞済み、当時の感想は以下の通りであった。
〈芝居の出来栄えは昼・夜ともに申し分なかったが、特に、夜の部「男の盃・孫次郎の最後」は素晴らしかった。実を言えば、私は先日(2月15日)、この芝居と全く同じ内容の舞台を浅草木馬館で見聞していた。外題は「笹川乱れ笠」、劇団は「劇団武る」(座長・三条すすむ)。寸分違わぬ筋書で、私の感想は以下の通りである。「本格的な「任侠劇」で、「実力」も申し分ないのだが、「息抜き」(力を抜いて客を笑わせる)場面が全くなかった。それはそれでよいと思うが、ではどこを「見せ場」にしているのだろうか。刺客が笹川一家の代貸し・子分達に「わざと討たれる」場面、血糊を使って壮絶な風情を演出しようとする意図は感じられる。だが、客の反応は「今ひとつ」、表情に明るさが見られなかった。やはり、観客は、笑いのある『楽しい』舞台を観たいのだ」。
 たしかに、「鹿島順一劇団」・「男の盃・孫次郎の最後」にも「笑い」はない。しかし、役者一人一人の「実力」「意気込み」「ひたむきさ」、相互のチームワークにおいて「全く違う」印象をもった。まさに「役者が違う」のである。この芝居の主役は、外題にもある通り、三浦屋孫次郎(花道あきら)だが、それを支える飯岡一家の用心棒(座長・鹿島順一)の「演技力」が決め手になる。自分自身を「ヤクザに飼われた犬」とさげすむニヒリズム、しかし孫次郎の「侠気」に惚れ込むロマンチシズムが「混然一体」となって、何ともいえない「男の魅力」を醸し出す。この用心棒の存在がなければ、芝居の眼目(男の友情・「盃」)は半減・消失してしまうのだ。「劇団武る」で、孫次郎を演じたのは座長(三条すすむ)、用心棒を演じたのは副座長(藤千乃丞)であった。台本に対する「解釈の違い」が、出来栄えの「差」に大きく影響していると思われる。もし、その配役が逆であっったら、どのような結果になったかわからない。全く同じ筋書の芝居でありながら、「鹿島順一劇団」は「横綱・三役級」、「劇団武る」は「関脇・前頭級」であることを、あらためて確認できた次第である〉
 当時、座長演じる用心棒について、〈「ヤクザに飼われた犬」とさげすむニヒリズム」〉、〈孫次郎の「侠気」に惚れ込むロマンチズム〉と評したが、今日の舞台を見聞して、そのニヒリズムの根源をよく理解できた。つまり、この浪人、武家社会の「しがらみ」の中で、最愛の女を失い、その時の「地獄絵」が脳裡に焼き付いて、かた時も離れることがなかったのだ。座長の芝居は「いい加減」、その時の気分によって、セリフが「長く」なったり「短く」なったりする。(客が聞いていないと思えば、さっさと省略する)おそらく前回は、そこらあたりを「端折った」に違いない。それでも、浪人のニヒリズム、ロマンチズムは見事に「描出」されていた。それこそが、鹿島順一の「実力」に他ならないと、私は思う。今回、口上での座長の話。「うちの座員が、お客様に尋ねられたそうです。『おたくの劇団の《うりもの》は何ですか?』その座員が言うのです。『座長、うちの劇団の《うりもの》は何ですか?』私は答えに窮しました。みんな《うりもの》であるような、ないような・・・、強いて言えば、劇団ですから「劇」、「芝居」ということになるでしょうねえ・・・。でも、特に《うり》ということは考えていません。役者だってそうです。みんなが《花形》、みんなが《主役》だと思っています。なかには《ガタガタ》《花クソ》もいますけど・・・」
 私見によれば、「鹿島順一劇団」の《うり》は、①座長の実力(かっこよさ)、②座員の呼吸(チームワーク)、③舞台景色の「鮮やかさ」(豪華さとは無縁の艶やかさ)、④(垢抜けた)音曲・音響効果の技術、⑤幕切れ風情の「見事さ」、⑥「立ち役」舞踊の「多彩さ」等々、数え上げればきりがない。中でも、一番わかりやすく、誰もが納得できる《うり》は、「音響効果」、特に「音量調節」の「確かさ」であろう。私にとって防音用耳栓は、大衆演劇観劇の「必需品」だが、唯一、この劇団だけが裸耳(耳栓不要)で見聞できるのである。
天保水滸伝天保水滸伝
(1995/09/10)
玉川勝太郎(二代目)

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2018-06-04

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「新版・会津の小鉄」・三代目虎順の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉                                        荒川沖からの送迎車乗客は初老の女性一人。運転手に話しかける。「柏も、小岩も、佐倉も、みんなそこそこの劇団なのに、オタクは今月、貧乏くじ引いたわよね。まあ三日までは、そこそこ入るだろうけど、後はどうだか・・・。役者がいないもんね。座長も年取ってるし・・・。」私は、正直「この婆あ、殺したろか」と思い、「そんなら、見なけりゃいいじゃねえか!スッコンデロ!」と心の中で叫びつつ送迎車を降りた。劇場は1時間前から大入り満員。やっとのことで座席を確保したが、ここは公演中も「飲み食い自由」で食事の注文も受け付ける。舞台に集中できなくなるのでは?と、いやな予感がしたが、それは取り越し苦労、芝居「会津の小鉄」の開幕と同時に、「水を打ったように」静かになった。この演目は、「鹿島順一劇団」の「至宝」ともいえる十八番、今回は、はまり役・花道あきらに替わって三代目虎順が主役を務めた。「若き日の」会津の小鉄と副題にもあるように、十七歳・虎順の「舞台姿」には申し分ない。実母・春日舞子を「恋女房」に見立てた「絡み」も悪くない。課題はただ一つ、実父・座長の敵役・名張屋新蔵が「惚れ込んだ」その「侠気」をどこまで描出できるかどうか、三景・宮本むさくるし(蛇々丸)、佐々木こじき(春大吉)や新蔵の娘お京(春夏悠生)との「絡み」、四景・新蔵との「立ち回り」などでは、花道あきらの「風情」には及ばない。まだ、口跡が「絶叫調」で単調、死んだ恋女房を思い出しながら、ある時は「抑えて」、「自分に向かって言い聞かせるような」語調が欲しい。今後の成長に期待したい。二景・お吉のセリフ「私の首を手土産に、男になっておくんなさい」が聞けずに閉幕になったのは残念、また京極幸枝若の「節劇」は、お吉自刃後の方が「絵になった」のでは・・・。いずれにせよ、今回も「新版・会津の小鉄」、つねに前を向き、新しい舞台作りを目指す「劇団」のひたむきな姿勢に脱帽する。帰りの送迎車での客の話。「来月は『美鳳』。きっと、大騒ぎだよね。今月の劇団は、どおってことなかっぺ」ええい、黙れ、黙れ!迎えの時の客といい、送りの時の客といい、眉毛の下に付いているのは銀紙か、なるほど、「鹿島順一劇団」は人気がない。理由は簡単、座長自身、客の「人気」など歯牙にもかけぬ舞台生活を送ってきたのだから。「人気」など、何の役にも立たない。これまで何度「地獄」をみてきたことか。いっときの「人気」が何になるか。大切なのは「実力」だ、「実力」さえ磨いておけば必ず認めてくれる「お客様」がいる、そのことを誰にもまして熟知しているからこそ、「客に媚びる」ことをしないのだ。いざとなれば、誰も助けてくれないことを彼は知っている。自分の「実力」だけが頼り、ということを痛感している。「舞台を降り、化粧を落とせば五分と五分、役者も客もあったもんじゃあない」といった気概が座長・鹿島順一の真骨頂といえるだろう。さればこそ、その気概が彼の舞台姿をより一層「艶やか」にするのだ、と私は思う。「どおってことなかっぺ」とほざいた客が、いつかは必ず「おそれいりやした」と脱帽するであろうことを「夢見つつ」(確信しつつ)帰路についた。

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2018-06-03

「鹿島順一劇団」・《芝居「紺屋高尾」・三代目虎順の役者魂》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座)
 祝日とあって観客は「大入り」。芝居は「紺屋高尾」、配役は、座長・紺屋(久助)、虎順・高尾、二人とも発熱(感冒)を押しての熱演だったが、やはり16歳の若手に「遊女」役は荷が重い。「汚れ役」(鼻欠けおかつ)で登場した蛇々丸が舞台を盛り上げた。客から「蛇々丸の女形を観たい」という所望が多いので、今日はそのリクエストに応えたという。しかも、それが何と泥・垢にまみれた「夜鷹」役とあって、客は見事な肩すかしを食らった。そうした演出が実に「粋」である。この「汚れ役」は、通常「鼻に抜けた」口跡で演じるが、「表情」(化粧)「所作」だけで「鼻欠け」役を演じた蛇々丸の「実力」は半端ではない。また劇団の高い品格を(弱者の言動を徒に弄ばない)感じる。座長の歌謡ショーは、虎順の舞踊をバックに「鯱」、そして私が心待ちにしていた「無法松の一生」(度胸千両入り)だった。音が切れたマイクの故障にも動ぜず、最後まで情感たっぷりに歌い通した腕前はさすがであった。ラストショー、「旛随院長兵衛」役の虎順は孤軍奮闘の熱演、それを最後に、夜の部は欠場となった。本人はラーメンを食べ、「夜も出る」と頑張ったが、高熱には勝てず、服薬して静養中とのこと、倒れるまで全力を出し切った「役者魂」に拍手を贈りたい。夜の部の芝居は「仇討ち前夜・小金井堤」、座長を筆頭に、座員一同、「きちんと、いい仕事している」が、いつもとはどこか雰囲気が違う。役者も客も何か物足りない。虎順の抜けた穴がポッカリと空いてしまうのだ。日頃の「全力投球」の姿が見られない「寂しさ」がつきまとう。まだ芸未熟とはいえ、まさに誠心誠意、全力を尽くして舞台を務める彼の存在が、いかに劇団員・観客の覇気(モラール)を高めているか、その舞台を、活気のみなぎった、魅力的なものにしているか、を思い知らされる一幕ではあった。大衆演劇という劇団のチームワークが、役者同士の強い絆によって作られていることを、あらためて思い知らされた次第である。三代目虎順の、一日も早い回復を祈りつつ、帰路についた。

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2018-06-02

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「仇討ち絵巻・女装男子」と「月とすっぽん」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年2月公演・川越・三光ホテル小江戸座〉
 芝居は「仇討ち絵巻・女装男子」と「月とすっぽん」、それに舞踊(歌謡)ショー、二ヶ月ぶりに見る舞台は依然として光彩を放っていた。客の話、「今度の劇団はいいよ」、「特に、女形で上手い役者がいたなあ」「早く役者の名前をおぼえなくちゃあ」、等を耳にしながら、「当然、当然、なにせ日本一の劇団なのだから・・・」と、私は納得していた。特に、「うるさくなくていいよ、他の劇団は音が大きすぎて頭が痛くなってしまう」という客の声は聞き逃せない。私は、これまで観た劇団の座長すべてに、音響効果に留意するよう、手紙を送ったが、その後、変化の見られた劇団は、「劇団花車」(座長・姫京乃助)、「恋川純弥劇団」(座長・恋川純弥)、「剣戟・はる駒座」(座長・津川竜)、「小林劇団」(座長・小林真)、そしてこの「鹿島順一劇団」くらいであろうか。 今日の芝居では、役者が装用するワイヤレスマイクのボリュームを絞れるだけ絞り、舞踊では、音楽のボリュームを「痛覚レベル」寸前で抑えている。この配慮こそ、何よりも大切な「演出」なのである。座長はじめ、花道あきら、蛇々丸、春大吉、三代目虎順、春日舞子、梅乃枝健といった面々の「実力」は相変わらずであったが、若手・金太郎の演技に「少しずつ」変化があらわれているように感じた。舞踊における「身体の線」が「絵になりつつ」ある。さらに「肩の線」「表情」が変化すると「見違えるように」なると思うのだが・・・。三代目虎順の「女装男子」、女形から「若様」(侍)への変身を、どのような間(呼吸)、表情、所作、声音で表現するか、関心を持って観ていたが、市川海老蔵(「十六夜清心」の清心役・「弱」から「強」、「善」から「悪」への変身)よりは「上」であった。前半の「女装」部分(「人形ぶり」のような型どおりの所作)は合格、それが「男子」になった後半が「今一歩」(「若様」としての風格がまだ感じられない)というところか。今後、「渡世人」「素浪人」「旗本」「役者」「百姓」など「立ち役」の使い分けができるように、父・鹿島順一の「至芸」を学びとってもらいたい。花道あきらの「女形舞踊」は、一段と磨きがかかり、まさに「油がのりきった」感がある。芝居でも「表情」による演技が冴え、舞台を引き締めていた。蛇々丸、春大吉も、脇役に徹した「控えめ」な演技がすがすがしく、素晴らしい(爽やかな)舞台であった。「芝居・月とすっぽん」の終幕、どうみてもすっぽんの座長(平太郎)と舞子(お鍋)が深手を負い、どうせ死ぬなら明るくと、「会津磐梯山」の音曲に乗せて踊る相舞踊(節劇)は秀逸、また、「歌謡ショー」で、座長(の歌唱「ああ、いい女」に合わせて踊る)舞子、御両人の舞台も絶品であった。一ヶ月公演という長丁場、それぞれの劇団員が「適材適所」で十二分に「実力」を発揮することを期待する。この劇団がさらにその実力を高め、「日本一」の座をいっそう確実にするための課題は何か。それは「真剣勝負」の一語に尽きると私は思う。文字通り、小道具として使われる大刀、小刀、匕首など、「刃物」が「真剣」(本身)であるように「見せる」ことができるかどうか。それは、刀身が鞘から抜かれるときの「一瞬」で決まる。その光、重さ、冷たさ、鋭さが「真剣」だと錯覚させる「もどき」の世界を追求・実現できたとき、劇団の実力は確固としたものになるだろう。「刃物」は、大衆演劇の小道具に不可欠だが、それが「真剣」だと見間違えるような舞台はまだ観たことがない。唯一、大歌舞伎、新国劇 との「格差」であろうか。小道具に使える値段の多寡(劇団の経済力)は言うまい。「芸の力」でその格差を逆転することこそが、大衆演劇の面目(真骨頂)に他ならないからである。

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2018-06-01

劇場界隈・「みかわ温泉海遊亭」(愛知)・《「鹿島順一劇団・芝居「中乗り新三」》

JR東海道本線浜松駅から豊橋、蒲郡と乗り継いで、午前9時30分、みかわ温泉海遊亭の送迎バスに乗車。蒲郡駅からの乗客は、もう一人、中年の女性のみ。曰く「お友達の話だと、今月の劇団は先月よりよくないそうですよ」。さもありなん、大衆演劇ファンの大半は、豪華で派手で賑々しければ満足するものなのだ。眉毛の下についているのは銀紙同然、およそ「観る眼」とは無縁の代物である。バスは、途中JR三ヶ根駅を経由したが乗客はゼロ、名鉄東幡豆駅で老年の女性一人を乗せて、10時20分、海遊亭に到着した。ここのキャッチフレーズは「三河湾にたたずむ究極の隠れ家」とのことで、その魅力は「静閑悠楽・・海に招かれしくつろぎの宿。心にしみ入るおもてなし」という一言に要約されるらしい。なるほど「全室オーシャンビュー」の設計で「目下に広がる大海原を眺めれば、まるで海の上に浮かぶプライベートルームのよう」という宣伝文句に偽りはなかった。とりわけ、知多半島の先端に沈む夕日の煌めきは、まことに見事な景色であった。さて、私の目的は大衆演劇の見聞、ここには「最大600名様収容可」とされる演芸大ホールが設けられており、「人気一座迫力公演」と銘打たれた舞台が連日開演されている。2月公演は「鹿島順一劇団」。本日、第一部・芝居の外題は「中乗り新三」。この演目は大衆演劇の定番。どこの劇団でも上演する「月並み」な内容とはいえ、「鹿島順一劇団」の舞台は一味も二味も違う。配役は、主人公・中乗り新三に座長・三代目鹿島順一、その母に春日舞子、その妹に幼紅葉、新三が草鞋を脱いだ一家親分(敵役)に花道あきら、一家代貸し(相手役)に甲斐文太、その女房に春夏悠生、一家子分衆に赤胴誠、梅之枝健、滝裕二といった面々である。親不孝して家を飛び出して6年目のこと、新三が草鞋を脱いだ一家の親分は身持ちが悪く、代貸しの女房に目をつけ、手籠めにしてしまう。それを知った代貸しは、親分の悪行に正面から立ち向かうことも出来ず、せめて「盃を水にしておくんなさい」と絶縁を願い出て許された。これからは堅気になって新生活をはじめようと、恋女房を木曽山中の茶屋に先立たせて、その後を追う急ぎ旅。それを待ち伏せしたのが中乗り新三。「あんさんに恨み辛みはござんせんが一宿一飯の恩義のため、お命頂戴いたしやす」一騎打ちの勝利は新三に傾いて、代貸しは絶命。今際の話では「大事な女房を親分に汚された。これからは堅気で暮らそうと、木曽山中の茶屋で落ち合う手筈になっている。どうか、あっしの替わりにこの五十両を届けておくんなさい」それを聞いた新三は驚いた。親分の話とは正反対。「おめえさんが、親分の女房と間男したのではなかったのか・・・」まさに覆水は盆に還らず。しかも、その木曽山中の茶屋とは、他ならぬ自分の生家であったとは・・・。今さら、親に合わせる顔がない。とはいえ、この五十両は届けてやりたい。えい、ままよ!新三はすべてを覚悟して、木曽山中に赴いた。その後の顛末は、新三、その母、妹、代貸し女房の「絡み合い」で、お決まりの「愁嘆場」へと進むが、今日の舞台、新三の妹役・幼紅葉の演技が、ことのほか冴えていた。帰ってきた新三と、うれしそうに、なつかしそうに対面する清々しさ、新三を木戸外に締めだし不孝を諭す母の話を傍で聞きながら涙する可憐さ、代貸しの女房に必死で兄(新三)の命乞いをする一途な風情等々、脇役としての「妙技」を垣間見せる、わずか十三歳の役者とは思えぬほどの舞台姿であった。劇場案内パンフレットに、〈若い座員を中心とするパワーあふれる舞台が特徴。劇団員の個性を大切にしつつ、どんな時にも団結力ある劇団を目指している。舞台での一瞬一瞬に劇団員の持ち味を堪能できる〉と紹介されているとおり、彼女の個性、持ち味が、舞台での一瞬一瞬を、鮮やかに際だたせていた、と私は思う。そのことは、子分役を軽妙に演じ赤胴誠、女房役を華麗に演じた春夏悠生にもいえることであって、そこらあたりが他の劇団とは「一味も二味も」違う所以なのである。座長・三代目鹿島順一、花道あきらの「充実」、責任者・甲斐文太、春日舞子、梅之枝健の「円熟」、滝裕二の「活躍」、春夏悠生、赤胴誠、幼紅葉の「成長」ぶりが「団結力」の源であることを確信、今日もまた、大きな元気を頂いて、オーシャンビューの大浴場へと向かった次第である。
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2018-05-31

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《座長の至芸「舞踊・ど阿呆浪速華」》とファンの客層

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
 芝居の外題は「旅の風来坊」。清水一家の追分三五郎(三代目虎順)が、一宿一飯のお世話になった仏一家(女将・春日舞子、代貸・花道あきら、三下・三吉・蛇々丸)の「仇討ち」を助ける、という筋書で、主役は追分三五郎ということになっているが、実際の舞台では三下・三吉(三枚目)の独壇場であった。三吉と女将、三吉と三五郎、三吉と代貸しとの「絡み」が見せ場だと思われるが、今日の舞台では、双方の「呼吸の会わせ方」が「今一歩」で、「ボケ」と「つっこみ」の面白さ、「切れ味」が不足気味、三吉(蛇々丸)だけが「浮き上がり」気味であったように思う。客席の大半は老人クラブの「団体客」で、どちらかといえば「無反応」、そこでどうしても「反応を求めよう」として、繰り返し、強調の場面が多くなる。結果は「しつこい」「冗長」「白け」といった空気が漂いがち、芝居は「きれいに仕上がらない」。こんな日もある、そんな時は「気持ちを切り替えて」「いつもの半分で終わらせる」こともあっていいのでは・・・。
 とはいえ、舞踊ショーで座長・鹿島順一の至芸・「ど阿呆浪花華」を観られただけで私は満足である。その舞姿は、まず「浪花男」の風情をベースに、さらに坂田三吉(将棋指し)、桂春団治(噺家)、藤山寛美(喜劇役者)を描き分けるという「離れ業」によって光り輝く。客席の反応は「いまいち」であったが、そんなことは歯牙にもかけず、磨き鍛えた「実力」を、淡々と披露できる「さわやかさ」「いさぎよさ」に、私は脱帽する。加えて、歌唱「無法松の一生」(度胸千両入り)の出来栄えも、「お見事」。今度は、九州男児の風情に「変化」(へんげ)して、車引きの「侠気」「悲哀」を込め「夢も通えよ夫婦浪」という思いが渾身に漂った。
 帰りの送迎バスの中で、客の話。「座長の《無法松の一生》、よかったわね、本当にうまい!」「この劇団は、他の劇団と違って、芝居の筋がしっかりしている。役者さんの足が地についている。細かいところの描写があざやか。もっと、もっと観てみたい、という気持ちになる。他の人気がある劇団とは違う魅力がある。一見すると地味だけど、その中に、しっかりとした実力を感じる」
 おっしゃる通り、それこそがこの劇団の「本質」であると、私も思う。ちなみに、この送迎バスは「つくば駅」行き、件の客は「つくば学園都市」の住民に間違いない。(はたして、「大衆」「庶民」といえるだろうか?)

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2018-05-30

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「花の喧嘩状」・座長、敵役で順調なスタート》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉                                    「鹿島順一劇団」、この劇場は「初お目見え」とあって、客の反応がどのようなものか、それがどのように変化していくかを見たいと思い、ついつい来場してしまう。今日も、客席は「大入り」、芝居の外題は「花の喧嘩状」。筋書きは大衆演劇の定番、二代目(主役・花道あきら)が男修行の旅に出ている留守をねらって、その親分(梅之枝健)を闇討ちする敵役の浅草大五郎(座長・鹿島順一)、とどめを刺そうとしたが、代貸(春日舞子)と子分(三代目虎順)の登場であきらめる。親分、いまわの際に、苦しい息の中で「仇討ちをあせってはいけない、二代目が帰るまで待つように・・・」と言い残して他界した。親分の遺言を忠実に守りながら二代目の帰宅を待ち続ける代貸と子分二人。浅草大五郎の「いやがらせ」がエスカレートし始めたとき、やっと男修行を終えた二代目が帰宅。しかし、待っていたのは親分の位牌、代貸、子分だけ、二代目、悲嘆にくれたが、「親分をやられて、敵討ちをしないお前らは情ない、俺は再び旅に出る」といって立ち去る。残された代貸と子分、「そういうことなら、やるしかない!」と、浅草一家に殴り込みをかけた。大五郎、「待ってました」と返り討ちにしようとしたが、どこからともなく現れた二代目に突き飛ばされ、座敷からころがり落ちて一言。「チキショー!最後にちょっと出てきて、良い役取りやがって・・・。今日はまだ正月二日だというのに、昨日も悪役、今日も敵役。それもこれもみんな座員のため、座長はみずから貧乏くじを引いてるんだ。温かい思いやりに感謝しろ!どこの劇団だって、三が日は座長が主役を張るもんだ・・・」と愚痴って、笑わせた。二代目、代貸、子分の仇討ちは成功、座長「新年、キラレマシテ、おめでとうございます」と言いながら退場。二日目にしては、客席の「反応」も「まずまず」というところで、私自身は一安心できた次第である。開幕後、客席後方で「私語」が目立ち、それを止めさせようと、客同士の「小競り合い」(言い争い)があったが、それは吉兆、舞台に集中したいと思う客の反応として、今後が期待できる。
 今回の公演、座長の「歌唱」の方から先に「人気」が出たように感じる。歌謡ショーでは「冬牡丹」(梅之枝健の「舞踊」入り)と「無法松の一生」を用意したが、アンコールの声に応えてもう一曲披露した。めったにないことである。なるほど、この劇場では、芝居は昼の部1回だけ、舞踊(歌謡)ショーは昼・夜2回、座長の歌唱をバックに各座員が「とっておきの舞踊」を披露することも悪くない、と思った。
 帰りの送迎バス(つくば駅行き)がどこから出るのかわからず、路線バス(関東鉄道)で土浦に向かおうと停留所(気象台前)に向かった。時刻表を見ると17時26分発がある。その時刻まで30分、時刻後20分待ったがバスは来ない。暗がりの中で、よくよく停留所の看板を見ると、何かがぶら下がっている。なんと正月三が日は時刻表どおりではなく「特別運行」する旨が書いてある。やむなく、湯ワールドまで立ち戻り、18時20分発の送迎バスで帰路についた。

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2018-05-28

役者点描・三代目鹿島順一、「座長」の《試練》

《本日、座長・三代目鹿島順一さんの訃報を目にしました。謹んでお悔やみ申し上げます。》(2018.5.28)

 三代目鹿島順一が座長を襲名して1年が経過した。彼は、平成3(1991)年生まれ、まだ(今年10月で)弱冠二十歳の若座長である。私が、彼の舞台を初見聞したのは5年前(彼が16歳の頃)であった。その時の感想(寸評)は以下の通りである。〈舞踊の「基礎・基本」が確実に身についている。楷書的な「芸風」は見事 の一語に尽きる。観客は、誠実、真摯な舞台姿に感動する。今後は、少しずつ「力を抜く」ことが必要、ただし油断すると楷書がデタラメになるおそれがあるので細心の注意をしなければならない。楷書から行書、行書から草書への「道のり」は容易ではないが、その「力」は秘められている。客の歌声にあわせて踊った「人生桜」、障害のある娘役を演じた「演技力」が、そのことを証明している。*ライバルに、南條影虎、恋川純、早乙女太一がいる〉。当時の組舞踊は、蛇々丸、花道あきら、春大吉に混じって踊ることが多かった。それぞれが、それぞれの個性を発揮して、見応えのある(芸達者な)舞台を展開していたが、中でも一際目立つのが三代目虎順(現・三代目鹿島順一)であった。前述した「楷書的な」所作のみならず、その表情(眼光)、息づかいに渾身の力が込められており、ただならぬ「霊気」を発していたからである。その後の経過の中でも、誠実、真摯な舞台姿は一貫して変わらず、加えて、少しずつ「力が抜け」、よりきめ細かな景色・風情が描出できるようになってきた、と私は思う。彼の「当たり芸」は、舞踊では何と言っても「忠義ざくら」(歌・三門順子)が一番であろう。(流刑地に赴く)後醍醐天皇の無念さ、それを想う忠臣・児島高徳の心情が、その舞姿の中に、いとも鮮やかに結晶化されている。斯界に数ある個人舞踊の中でも、文字通り「珠玉の名品」であることを、私は疑わない。さらには、父・甲斐文太の歌声にのせて踊る「蟹工船」、笹川一家の用心棒・平手御酒に扮した「大利根無情」(歌・三波春夫)なども、その男臭い、とはいえ品格を落とさない風情が「絶品」だと、私は思う。また、芝居では、「心模様」・ムショ帰りの弟、「悲恋夫婦橋」の検事、「越中山中母恋鴉」の旅鴉、「浜松情話」の三下奴、「仇討ち絵巻・女装男子」の若様、「里恋峠」の更科三之助、「大江戸裏話・三人芝居」の遊び人、「春木の女」の妹娘・お妙、「月夜の一文銭」の牙次郎、「マリア観音」の半次郎・・・等々は、三代目鹿島順一でなければならない「はまり役」である。斯界同世代の役者連、橘龍丸、恋川純、南條影虎、龍新、早乙女太一らと比べても、「心情」「情感」の表現力においては、群を抜いている。とはいえ、それはこれまでの話、これからは座長としての「試練」が待っているのだ。父・甲斐文太も18歳で座長になったが、劇団は9年後に解散、ホテルの「宴会芸」を皮切りに、他の劇団での「下積み」を9年間も経験している。その苦労があればこそ、今日あるような数々の「名舞台」を築きあげることができたのだ。その財産をどのように継承・発展させていくか。すでにもうこの1年で、(おそらく「兄さん」と慕っていた)蛇々丸、春大吉たちが劇団を抜けて行った。その穴をどう埋めるか。また、新人、赤銅誠、幼紅葉、壬剣天音をどのように育てるか・・・等々、課題は山積していると思われるが、彼のモットーは「全身全霊」、もちまえの「温もり」と「誠実さ」で、必ずや「三代目時代」を構築できるだろう、と私は確信している。その前兆は、「新版・長ドス仁義」、敵役は、蛇々丸に代わって甲斐文太、主人公・花道あきらの朋輩は、春大吉に代わって幼紅葉、みずからは甲斐文太に代わって親分役、また「源太時雨」では、みずからが、春大吉に代わって主役・源太、敵役が蛇々丸に代わって甲斐文太・・・、といった「配役の妙」で、これまで以上の舞台を作り上げているのだから・・・。大切なことは座員のチームワーク、いつでも、どこでも、だれでもが、「どんな役でもこなせる」ように精進し続ける「団結力」であろう。終わりに蛇足(余計な素人判断)を付け加えれば、「紺屋と高雄」の鼻欠けおかつ(赤胴誠)、「関取千両幟」の新門辰五郎(三代目鹿島順一)は、まだ蛇々丸に及ばない。「命の架け橋」の大岡越前守(三代目鹿島順一)は甲斐文太に及ばない。また、、「大江戸裏話・三人芝居」の老爺(蛇々丸)、「心模様」の兄貴(蛇々丸)、「春木の女」の「つっころばし」(蛇々丸)、「命の架け橋」の主役・重罪人(春大吉)、「アヒルの子」の間借り人(蛇々丸)等々は、誰がやる・・・? 責任者・甲斐文太、母・春日舞子なら「造作もない」話だが、同じ場面での「二役」は不可能・・・、さてさてどうするか。といったところが当面の「課題」と言えようか。一日も早く、それらの外題が舞台に乗ることを、私は(無責任にも)小躍りして待っているのだ。ほぼ半年前、責任者・甲斐文太曰く、〈告知します。去年は蛇々丸、今年は大吉が辞めました。まぁ何が有ろうと、三代目座長襲名して、まだ一年にも満たぬ半年目ですが、残ったみんなで頑張ります。どうぞ応援宜しくお願い申し上げます。2011/01/04(火)17:08〉(かしま会ホームページ・「おしらせ」)。OK!何があっても「鹿島順一劇団」は不滅なのだ。祈る健闘!がんばれ!そんな気持ちを込めて、この駄文を結びたい。(2011.6.10)



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2018-05-28

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「命の架け橋」で故郷に錦を飾る》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年10月公演・大阪満座劇場〉                                       「故郷へ錦を飾る」といった風情で、ほぼ2年弱に亘る「関東・東北公演」を終え、やっと本拠地に帰還したという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。芝居の外題は「命の架け橋」。春大吉、三代目虎順共演(中心)で、二人の演技が「研ぎすまされたように」「冴えわたる」。」俗に「男修行の旅から帰って、一回りも二回りも大きくなった」等といわれるが、文字通り「役者修業の旅から帰って、その技に一段と磨きがかかった」と断言できる舞台であった。何よりも「芝居は心」、そして「呼吸」、登場人物の「気持ち」「心情」を、役者相互の「表情」「所作」「口跡」でどこまで描出できるか、まさに「阿吽の呼吸」が不可欠だが、今日の舞台、「寸分の隙」がないほどに「練り上げられた」といった出来栄えで、涙が止まらなかった。それは、共演の二人に勝るとも劣らないほどに、脇役陣(仇役・花道あきら、死刑囚・春大吉の母親役・春日舞子、奉行役・鹿島順一)の「演技」が光り輝いているからでもある。加えて、その他大勢のちょい役に徹した蛇々丸の「控えめな」「目立たない」演技も「貴重」であった。「ちょい役」であっても、決して「気を抜かない」、「自分の姿を客に観せている」という自覚が素晴らしい。新人の赤銅誠、新入の滝裕二らに見せる「お手本」として、十分にその役割を果たした舞台であった、と私は思う。
 座長の方針、「この劇団の役者は、みんな個性的です。だから、みんなに主役をやってもらいたいのです。(主役をやらせないと文句を言うのです)」、事実、座長が主役の芝居は、極めて少ない。自分は控えめに「脇役」「仇役」としての「手本」を座員に示し続ける。だからこそ、座員は「脇役」「ちょい役」でも光り輝くことができるのではないか。「アヒルの子」の蛇々丸、(かつての)金太郎、「春木の女」の蛇々丸、「心模様」の春大吉、「関取千両幟」の春日舞子・花道あきら、「噂の女」の梅之枝健、「木曽節三度笠」の花道あきら、蛇々丸、「会津の小鉄」の春大吉・蛇々丸、「新月桂川」の春大吉、「女装男子・仇討ち絵巻」の梅之枝健、等々・・・。「脇役」「ちょい役」として「必要不可欠な存在」である実例は、枚挙に暇がないほどである。いかに座員の「個性」を引き出し、舞台の上で「結実化」させるか、それこそが座長の「手腕」だと思われるが、座長・鹿島順一の「手腕」は「お見事」と言うほかはない。座員の面々も、異口同音に言うだろう、「どうか、私の舞台姿ではなく、鹿島劇団全体の芝居(役者相互のチームワーク、呼吸の合わせ方)を観てください」そうでなければ、このような名舞台の数々を描出できるはずがないのである。



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2018-05-27

付録・邦画傑作選・「春琴抄 お琴と佐助」(監督・島津保次郎・1935年)

 原作は谷崎潤一郎、文学の世界では作者特有のマゾヒズム、耽美主義が取り沙汰されているようだが、映画の世界では、お琴(田中絹代)と佐助(高田浩吉)の「師弟愛」が清純に描出されていた、と私は思う。
 お琴は大阪・薬屋の次女、9歳の時に罹患し盲目となった。かねてより琴・三味線を習っていたので、その道を極めようと師・春松検校(上山草人)のもとに通う。その付き添いをするのが丁稚の佐助である。彼はおとなしく気遣いも細かなようで、お琴は気に入っている様子。彼女の性格は勝ち気でわがまま、佐助なら心おきなく自由に操ることができるからであろう。しかし、店の連中は面白くない。「こいさんの手が握れるなんて」とやっかみ半分で佐吉を虐める。お琴の美貌を目当てに、「何とかしよう」という輩・若旦那の利太郎(齋藤達雄)も現れた。番頭?(坂本武)を伴い春松検校に入門する。プレーボーイ然とした齋藤達雄と後見役・坂本武の「やりとり」が軽妙な笑いを誘う。稽古が重なるにつれ、佐吉も音曲に魅入られたか、小遣いを貯めて三味線を買った。店の人々には内緒で、皆が寝静まった夜中、独り物干し台に上がり稽古をしてる所を、お琴の母・しげ女(葛城文子)に見咎められる。周囲には「丁稚の分際で・・」という空気もあったが、お琴はそれを知り「わてが教えたる。弾いてみなはれ」と命じた。恐縮しておそるおそる佐吉が弾き始めると、意外にも「これからわてをお師匠はんと呼びや」とお許しが出た。二人の稽古が始まる。お琴の指導は厳しく、佐吉は泣きながら稽古に励んだ。
 二人の仲は店の外でも評判に・・・、お琴の両親(父役は藤野秀雄)も「お琴はただの身体ではない。望むなら佐助と添わせても悪くはない」と思っているようだ。そのうちにお琴が身ごもった。母が心配して「相手は誰や」と訊ねても、頑として教えない。やむなく生まれた子は里子に出したそうな・・・。 
 月日は流れてお琴は20歳、春松検校の死を機会に淀屋橋で独立、もづ屋春琴という名で弟子を抱えるようにもなった。佐助は一時もお琴の傍を離れずに身を尽くす。時には春琴の代わりに弟子の指導も行った。弟子に中にはちゃっかり利太郎も紛れ込んでいる。春琴の稽古は厳しく、時には弟子を傷つけることもあるようだ。ある時、春琴が佐助と出稽古に出ると、入れ替わりに利太郎がやって来た。その後に怒鳴り込んできたのは弟子(小栗寿々子)とその父親(武田春郞)、弟子は頭に包帯を巻いている。「女師匠を出せ!この傷をいったいどうしてくれるんだ」。春琴が留守だとわかると「ではここで待たせてもらおう」と居直った。その場に居合わせた利太郎、50円を取り出して父親に渡す。父親は「今日の所は帰ってやろう」と渋々帰って行った。利太郎は「やっぱり若ぼんさんはすごい」などと女中におだてられ、ご満悦。そこに戻って来た春琴と佐助に事情を話せば「ウチは厳しい稽古で知られています。気に入らなければ来なければいい。佐助、お立て替え頂いたお金をお返しして!」。そんなこともあってか、春琴は利太郎たち若旦那衆が催す梅の宴に招かれることを断り切れなかった。春琴の琴の音に酔いしれる人々、終演後、利太郎は(佐助と庭を散歩中の)春琴を(手筈通り)独り自室に呼び入れた。「お師匠はん、お差し支えございませんか」と佐助は不安になったが「用があったら呼びます」という言葉で別の間に待機(二人は体よく引き離される羽目に)・・・。しかし、不安は的中、案の定、利太郎が春琴に近づき手を握ろうとしたのだ。春琴は茶わんの欠片で利太郎の額を割り、大声で叫ぶ。佐助が駆けつけると、いとも冷静に「佐助か、往のう!」と後ろも見ずにその場を立ち去った。事態に驚く人々、「まあ、いい。いつかあの鼻っ柱をへし折ってやる」という利太郎の一言で悲劇は始まる、と同時に大詰めへ・・・。
 真夜中、闇の中に押し入った何者かが、寝ている春琴の顔に熱湯を浴びせた。悲鳴に駆けつけた佐助は「アッ!」と叫んで、息を呑んだ。「ダメ! 見ないで。私の顔を見ないで!」と半狂乱の春琴。大急ぎで医者を呼び手当を加えたが、時すでに遅し、春琴の美貌は一瞬のうちに失われてしまった。数日後、あるいは数週間後、まもなく包帯を取る日がやって来る。春琴は「佐助、お前だけには私の顔を見せたくない」と言って泣き伏した。その瞬間、画面が凍りく。御高祖ずきんを被った春琴の頭部だけが、止まったまま、物音だけで時間が過ぎる。その物音は春琴が耳にしている聴覚の世界に他ならない。佐助と女中の対話、琴の音、佐助の「お師匠はん、私も盲になります」というモノローグ、「明日には包帯も取れましょう」という医者の声も聞こえる。しかし画面は動かない。・・・、しばらくして動き出すと、音声とは別の視覚の世界・・・、包帯を外した医者が帰って行く。針を持ち手鏡を見つめる佐助の姿・・・、そして暗転。佐助が両眼を針で貫いたのだ。「お師匠はん、私も盲(めしい)になりました」「佐助、それ本当か。痛うはないか」「お師匠はんの大難に比べれば何のこれしきのこと・・・」「よう決心してくれました。嬉ししゅう思います」といった珠玉の「やりとり」(師弟の交流)が画面に先行する。最終場面はサイレント、「佐助は現実に眼を閉じ、永劫不変の観念境へと飛躍しました。彼の心の目には過去の世界だけが残り、前よりも一層奉公の誠を尽くし、懸命に技を磨いて師匠及び春琴から春台という名を受け、後に温井検校となり、春琴の一生を見守りました」という字幕で「終」となる。
 大詰め最後の10分間程度は、おそらく編集の不具合からか、映像と音声にズレが生じている。音声だけが先行し、画面が遅れて後を追う。しかし、(サイレント映画を見慣れている私にとっては)、その不具合が絶妙の「演出効果」(箏曲の後唄然)となって、たいそう異色な幕切れになったと思う。まさに「珍品入りの傑作」であった。もし、そのズレが意図的なものだとしたら、島津監督の水際だった演出に最大の拍手を贈りたい。
 また、若き日の高田浩吉も魅力的であった。高田浩吉といえば、「大江戸出世小唄」「白鷺三味線」など、「歌う映画スター」の皮切りとして有名だが、盲目の師匠・春琴にどこまでも献身、(かつての丁稚として)弟子の立場を貫く「侠気」が清純にも鮮やかに描出され、光り輝いて見えた。なるほど「いい男」とはこのような姿をいうものなのかと、心底から納得した次第である。 
 加えて春琴を演じた田中絹代もお見事、盲目というハンデを乗り超えて「芸道一筋」、佐助に頼りながら、決して弱みを見せまいとする「女の矜持」を保ち、最後まで師弟という関係を貫こうとする姿が、たいそう清々しく魅力的であった。
 当時の高田は24歳、田中は26歳の若さだが、その演技には、えもいわれぬ「艶やかさ」と「重厚さ」(貫禄)秘められている。昔のスターは凄かった、その輝きは衰えることなく、以後、数十年間に亘って光り続けていたのだから・・・。
(2017.2.23)



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2018-05-26

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《「人生双六」・正直者は勝利するか》

【春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・浅草木馬館〉
 芝居の外題は「人生双六」。正直者・庄五郎(沢田ひろし)と、若者・菊之助(澤村かずま)の「友情物語」である。世の中は不景気、仕事にあぶれた庄五郎、空腹を紛らわすために菰をかぶって寝ているが、どこからともなく聞こえてきた下手な歌声に目を覚ます。歌っていたのは空き巣を稼業としている泥棒野郎(澤村心)、「一緒に仕事をやらないか」と誘われた庄五郎、「とんでもない!男は額に汗して働くもの、まっぴら御免」と断固拒否。そこへやって来たのは、若者・菊之助、庄五郎と言葉を交わすうち、「人間、正直が肝腎、心に傷をもってはいかん」という言葉にハッとする。実を言えば、今しがた、百両という大金を拾得し、「ねこばば」しようと思っていたところ・・・。「そのお金を落とした人は、どんなに嘆いていることだろう。その気持ちを思えば、お返しするのが人の道」と反省する。菊之助、庄五郎に「すんでの所で、人の道を踏み外すところでした。大切なことを教えていただきありがとう」「ついては五年後に、ここでまた会いましょう。どちらが出世をしているか人生の競争(双六)をしませんか」と提案した。庄五郎も同意、かくて五年が経過した。所は、ある材木問屋の店先、「大変だ!誰かが身投げをした」という声と共に、助けられて登場したのは件の庄五郎、衣装はボロボロ、尾羽打ち枯らした風情で見る影もない。店主(澤村新吾)が事情を尋ねると、「五年前の約束の日になったが、菊之助に会わせる顔がない」と消沈する。店主、「わかりました。ぜひともその若者に会っておやりなさい、髪を結い衣装を整える足しにして・・・」と、小判を数枚差し出した。庄五郎、ありがたく頂戴、身なりを整えて約束の場所へ。先程とは打ってかわった「成金」の衣装姿が、なんとも「けばけばしく」絵になっていた。一方、若者・菊之助、約束通り今では大店の若旦那、見事に出世した勇姿を現した。思いっきり背伸びをしてみせる庄五郎との「やりとり」が何とも楽しく、絶妙の呼吸で観客を魅了する。やがて、庄五郎の「化けの皮が剥がれる」という段取りだが、五年前、大金を落としたのは材木問屋の店主、それを届けたのは菊之助、届けるように諭したのは庄五郎、つまりは庄五郎の「正直さ」が、すべての「恩人だった」という結末で「めでたし、めでたし」という幕切れ。最後に言い放った庄五郎の名台詞、「菊之助さん、今から五年後!今度こそ『人生双六』でお目にかかりましょう」という言葉が、ことのほか頼もしく響き渡った次第である。
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2018-05-25

付録・邦画傑作選・《「有りがとうさん」(監督・清水宏・松竹・1936年)》

 タイトルの「有りがとうさん」とは、ある男のニックネームである。彼は三島~下田間を往復する乗合バスの運転手、まだ二十代の二枚目(上原謙)、天城・下田街道を歩く人々を(時にはニワトリの群れにまでも)追い抜くたびに、「(道を譲ってくれて)ありがとう!」と声をかけて往く。走行距離は二十里、二つの峠を越さなければならない。
 その日も彼は、道路工事の人、馬車を引く人、木枝や籠を背負った農夫、農婦たちに「ありがとう」と声をかけながら下田に着いた。終点の売店でしばし休憩のあと、午後3時には三島までの復路を辿るのである。乗合バスといっても乗客の定員は10人程か、その中には東京に身売りする娘(築地まゆみ)と駅まで見送る母親(二葉かほる)、歓楽街を流れゆく酌婦・黒襟の女(桑野通子)、高慢ちきな髭の紳士(石山隆嗣)、行商人(仲英之助)、村の老人(金井光義)らが混じっていた。時代は不況のまっただ中、走り出した車中で、老人が娘、母親に話しかける。「娘さんはいくつだね」「17ですよ。昔は嫁入り盛りだったのに」「当節、娘さんの笑う顔を見たことがないよ。でも娘さんで幸せだよ。男だったら働き口がなくてルンペンになるほかはない」などというやりとりをするうちに、山道を歩いてくる大家族とすれ違った。有りがとうさんが言う。「あの人達は失業して村に帰ってきたんですよ。このごろは毎日ですからね・・・」。黒襟の女が応えて「それでも帰る家があるだけ幸せだよ。私なんか方々歩いているうちに帰る家がわかんなくなったわ」。やがて、1台のオープンカーが警笛を鳴らしながら追いついてきた。無言で追い抜いて行くその車を見やりながら、黒襟の女は「チクショー、ありがとうぐらい言えばいいのに!」と悔しがる。しかし、直後に、オープンカーンがエンジントラブルで停車するのを見て、さわやかに「ありがとう!」と呼びかける場面は小気味よかった。まもなくバスも停留所へ、さきほどの老人が降りていく。「娘さん、東京にはキツネやタヌキがたくさんいるから気をつけるんだよ」。老人の席が空いた。髭の紳士が娘に近づこうとして移動する。すかさず黒襟の女、「自動車の中にもタヌキが居るよ。髭を生やしたタヌキが!」・・・・といった人間模様が、戦前(1930年代)の日本人の姿を見事に浮き彫りしているようで、たいそう面白かった。
 この映画の監督・清水宏は〈実写的精神を重んじ「役者なんかは物を言う小道具」という言葉を残している〉(ウィキペディア百科事典)そうだが、「有りがとうさん」という作品には寸分の隙もない。まさに物を言う小道具、役者一人一人のセリフは「ゆっくりと噛みしめるように」流れ、登場人物に主役、脇役、端役の差がないのである。筋書きといった筋書きは見当たらず、街道を往く乗合バスの運転手を中心に、彼と巡り合う様々な人々との「対話」だけでドラマが展開する。背景はは港、温泉場、渓谷、隧道と移りゆく中で、人々の生き様、心象風景がみごとに映し出されていると、私は思った。
 乗合バスは以後、温泉場を渡り歩く旅芸人(長尾寛、末松孝行、京谷智恵子、水戸光子)双子の出産に駆けつける医者(谷麗光)、学校帰りの子どもたち(飯島善太郎、藤松正太郎、葉山正雄)、東京の流行歌を買ってきてくれと頼む村娘(小牧和子)、行方不明になった息子を探して彷徨う男(如月輝夫?)らと出会いながら進んでいくが、道中半ばで車中の娘は泣き崩れる。その姿に気を取られた有りがとうさんは運転を誤り崖から転落寸前、危うく何をのがれたが「とんだ軽業をやってしまいました」と平然としている。その姿が何とも頼もしかった。再び走り出し一同が居眠りを始めると、娘が近づいて来て「有りがとうさんは今度自分で開業するんだってねえ」「ああ、セコハンのシボレーが安く手に入るから」「じゃあ、今度私が帰る時にはその車だわねえ」などと話しかけた。眠っていた黒襟の女が気がついて「運ちゃんに話しかけると危ないよ、崖道だから」。娘はやむなく後部座席に移ったが、髭の紳士「おい君、君。せっかく来たんだから戻らんでもいいじゃないか」。今度は黒襟の女が運ちゃんに話しかける。「タバコ一本、ご馳走してくれない。私があの港町に来たときも、有りがとうさんの車だったわねえ。覚えてる?二十里の山道に退屈していたら、あたしにタバコをくれたっけねえ。旅に出て親切にされるととてもうれしいもんだよ」。今度は髭の紳士が黙っていない。「運ちゃんに話しかけると危ないよ。片っ方は崖だから」。窓の外は切り立った深い渓谷・・・、といったやりとりも実に面白かった。修行僧に出会えば、ハイキングの元祖は日蓮か空海かなどと行商人で論議する。「どうです、旦那?ハイキングとはお経の中の言葉でしょうか」と髭の紳士に問いかければ、「うるさいねえ、クダラン!鉄道省の旅行案内に行って聞いてみたまえ」。やがて、母親が羊羹を一同に振る舞うが、なぜか黒襟の女を無視・・・、女はたまらず「あたしだけはままっこねえ」とすねてみせた。母親が「残り物でよかったら」と差し出せば「おっかさん、言ってみただけよ。あたしは甘党じゃない」と言い、朋輩から餞別のウイスキーを取り出した。一同に「一杯いかが」と勧める。髭の紳士が手を差し出すのをさりげなく振り払い、他の乗客に蓋のコップを差し出す姿が、ひときわ絵になっていた。たちまち車内は宴会ムード、民謡まで飛びだしたが、髭の紳士は仏頂面で「おい、運転手。車内で酒や唄は規則違反ではないのか!」。有りがとうさんはとりあわず、黒襟が髭に「そうひがまないで、一杯どう?」とコップを差し出した。髭はたちまち愛嬌を崩して「それではせっかくの御好意だから頂こうか」。黒襟、まさに注がんとして曰く「ああ、そうそう、車内でお酒や唄は規則違反だったわねえ」。そのしっぺ返しはひときわ鮮やかであった。車外の街道を、荷物を担いだ朝鮮人労働者が歩いている。最後のトンネルの前でバスは一休止した。谷に向かって石を投げながら、有りがとうさんと娘が「対話」する。「あたし、有りがとうさんに手紙書いてもいいかしら」「いいとも、ボクだって手紙ぐらい書けるよ」。その様子を見咎めていた黒襟の女・・・。娘の姿に自分の過去を投影したか、「二人の仲を成就させよう」と思ったか。出発間近、朝鮮人の娘(久原良子)が追いついて来た。「もう工事、終わったのかい」「今度は信州に行くの」「向こうは寒いだろうねえ」「あたし、お願いがあるの。お父さんを置いていくから、お花と水をあげてほしいの」「そうか。お父さんはここで死んだんだったねえ」「あたしたち、道を作るけど、その道を歩いたことはないの。日本の着物を着て歩いてみたい・・・」「この、バスに乗らないか。駅まで送ってあげるよ」「あたし、皆と一緒に歩くの、皆と一緒に」、バスは出発。残された娘の姿がトンネルの入口から小さくなり、消えて行く場面はこの映画のクライマックスであったように思われた。
 走り出したバスは、韮山の婚礼に赴く夫婦(桂木志郎、水上清子)、長岡の通夜に赴く老人(縣秀介)を乗せては降ろし、乗せては降ろし、最後に新婚夫婦(小倉繁、河井君枝)を乗せると三島の街にさしかかった。折しも、東京女歌舞伎一座(浪花友子、三上文江、小池政江、爆弾小僧)の「お練り」「口上」の真っ最中、それをやり過ごして、いよいよ終点も間近となった。東京に売られていく娘、母親に「私がいなくなったらおっかさん病気しないといいわねえ」と言って目頭を押さえる。その様子に気を取られている有りがとうさん・・。黒襟の女「またよそ見して軽業をしないでよ」と言いつつ、意を決したかのように、凜として(有りがとうさんの耳もとに)囁いた。「東京にはキツネとタヌキばっかりなんだよ、シボレーのセコハン買ったと思や、あの娘さんは一山いくらの女にならずにすむんだよ。峠を越えていった女はめったに帰っちゃ来ないんだよ。分かったかい?有りがとうさん!」キッとした表情でバックミラーに目をやる有りがとうさん。黒襟の女が呟くモノローグ、「たった二十里の間にもこれだけのことがあるんだもの、広い世の中にはいろんなことがあるだろうねえ」で、終局を迎える。その後の画面には一転、《翌日 天城街道は日本晴れ》という字幕が燦然と輝いていた。翌日、再び下田に向かう車中には件の娘と母親の姿が・・・。有りがとうさんは、セコハンのシボレー代を娘に捧げたのである。「帰ったら昨日の女の人に手紙を出しましょうね」「どこへ行ったか行き先がわからないよ」「私、一度お礼が言いたいわ」「渡り鳥ならまた帰って来るがねえ」「あの人、いい人だったわねえ」そんな会話を交わすうちにも、街道筋には子どもたちが群れ集い「バンザイ!バンザイ!」と小躍りする。かくてこの映画は大団円となった。
 まさに戦前邦画、屈指の名作!「役者は物を言う小道具」に過ぎない、芝居を撮っても映画にはならない、映画を作るのは監督である、画面に映し出される山や川、海、家屋、荷車、馬、ニワトリ等々、「すべて」が物を言うのである、といった清水宏の方法論が結実化した珠玉の名品といえよう。私はこの映画を通して「街道」の意味をしみじみと思い知らされた。昔の人は、ただひたすら、街道を歩き続けた。歩くことが生きることであり、そこに人生の真髄が秘められているのだろう。事実、この街道を往く自動車は一台のオープンカーと湯ヶ野ですれ違った乗合バスに過ぎなかった。バスが出会った、歩いている人々の中にこそ「本当の人生」がある。それを教えてくれたことへの感謝が「ありがとう」という言葉の中に込められていることは間違いない。今は昔、街道を歩く人は見当たらない。同時に、私たちの「人生」もまた失われつつあるようである。(2016.9.16) 



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2018-05-24

付録・邦画傑作選・《「男はつらいよ」考》

 もともとヴォードヴィリアンだった渥美清を,国民的な俳優に仕立て上げたのが映画「男はつらいよ」のシリーズであったが,そのことで渥美清は本当につらくなってしまったのだと,私は思う。浅草時代の関敬六,谷幹一,テレビ時代の平凡太郎,谷村昌彦らと同様に,渥美清はスラップ・スティック・コメディの喜劇役者であってこそ光り輝く存在であった。映画「男はつらいよ」は48本作られたが,テレビ時代に比べて出色の作品は少なかった。その要因はいくつか考えられるが,一言で言えば,製作関係者が第一作の大当たりを契機に興行成績を優先したことであろう。人気が続く限り,車寅次郎は,渥美清が死を迎えるまで死ねなくなったのである。生きることは,いつ終わるともわからない演技を続けることだといえなくもないが,それが仕事となれば男でなくても「つらいよ」と溜息がでてくるのは当然である。
テレビの「男はつらいよ」の原題は「愚兄賢妹」という人情喜劇として企画された。やくざなテキ屋稼業の愚兄・車寅次郎(渥美清)の行状を,賢妹・さくら(長山藍子)が物語るという形で展開する,どちらかといえばスラップ・スティック・コメディに近いできばえであった。
いうまでもなくドタバタ喜劇は,複数の役者の集団演技によって組み立てられる。渥美清の演技力は,周囲の役者に因るところが大きいが,特に車竜造役・森川信の存在は大きかった。ヴォードヴィリアンとして卓越した風格の森川信に比べれば,渥美清の演技などは,まだまだ「駆け出しもの」のそれでしかないのである。渥美清と「殴り合い」を演じて様になるのは,森川信をおいて他にいない。というより,渥美清は,森川信という大先輩の胸を借り,その懐に育まれて初めて車寅次郎という人物を演じることができたといっても過言ではないだろう。渥美清は,森川信の前だからこそ,自分の演技力を思う存分,十二分に発揮できたのだと思う。「馬鹿だねえ,あいつは。本当に馬鹿なんだから」と,竜造が受け止めてくれたからこそ,寅次郎は本当に馬鹿ができたのだ。
映画の時代になっても,森川信が出演する作品までは,渥美清の演技力は精彩を放っていたが,竜造役が松村達雄,下条正巳になったとたんに全く消沈してしまった。つまり,寅次郎の「柄の悪さ」「品のなさ」を受け止め,ある種の風格へと昇華してくれる人物像がいなくなってしまったのである。テレビ作品の第一作で,森川信の竜造は,寅次郎が連れてきたテキ屋仲間と深夜までどんちゃん騒ぎを続け,挙げ句の果てに「後家殺しの竜」とまで口走って,おばちゃん(杉山とく子)にひっぱたかれるのである。
そういえば,おばちゃん役の杉山とく子も出色であった。おばちゃんは決して聡明ではないし,庶民特有の計算高さも身に付けている。単なるお人好しではないのである。うらぶれた下町のおばちゃんの,一見いじわるそうで実は憎めない,一本気な女性像を杉山とく子は鮮やかに演じていた。だからこそ寅次郎は,そうしたおばちゃんの前でも,遠慮なく馬鹿ができたのである。
テレビでは,家を出てから十余年ぶりに寅次郎が柴又に帰ってきたとき,おばちゃんは顔を直視しても,寅次郎が誰だかわからなかった。しかし,映画のおばちゃん役・三崎千恵子は,帝釈天のお祭りの雑踏の中で,何の苦もなく寅次郎を見つけだすことができた。聡明という他はない。三崎千恵子のおばちゃんには,杉山とく子のような毒気がない。根っからのお人好しなのである。まだ森川信がいる間はともかく,竜造役が変わってからは寅次郎の「柄の悪さ」「品のなさ」に付き合ってくれる役者は消滅し,ドラマの中だけでなく渥美清の「つらさ」は倍増したに違いない。
同じことは,テレビのさくら役・長山藍子,映画の倍賞千恵子,博(士)役・井川比佐志,前田吟についても言える。結論すれば,前者は「影」「大人」「夜」のイメージ,後者は「光」「青春」「太陽」のイメージとでもいえようか。
長山藍子,井川比佐志の演技には,どこか思わせぶりな「影」(秘密)の部分があった。しかし,倍賞千恵子,前田吟の演技は,直情径行であり,全てをさらけ出しているように感じる。言い換えれば,映画のさくらと博は,「健全」そのものなのである。彼らもまた,聡明であり,毒気がない。
映画を見た人たちから,車寅次郎は不感症ではなかったか,という感想を聞いたことがあるが,そうではないと私は思う。車寅次郎は本人も言うとおり「あても果てしもない」渡世人の生活をしているのであって,「不健全」そのものに他ならない。その生活をリアルに表現すれば,鶴田浩二,高倉健らが演ずる任侠映画の世界と変わらなくなってしまう。車寅次郎のマドンナ以外との濡れ場などは「絵」として不要だっただけである。「殺したいほど惚れてはいたが,指も触れずに別れたぜ」と唄うだけで十分であった。テレビ時代にあった,「影」「大人」「夜」のイメージは払拭され,渥美清は,存在するはずのない,健全なやくざ「フーテンの寅」を独りで演じ続けなければならなかった。
森川信が出演しない映画作品の中で,唯一,秀逸の作品があった。「男はつらいよ・霧にむせぶ寅次郎」である。筋書きそのものは,他と同様のパターンであるが,テレビ時代にあった「影」「大人」「夜」のイメージやドタバタの場面が,わずかに表れていたのである。マドンナは,フーテンの風子(中原理恵),その愛人がオートバイサーカスのトニー(渡瀬恒彦),他にも関敬六,谷幹一,津坂匡章(後の秋野大作),美保純など役者はそろっていた。
どこが秀逸だったかと言えば,マドンナ・風子の「柄の悪さ」「品のなさ」が,一時ではあるが,寅次郎と真っ正面から対立し,虚飾に満ちた健全ムードをぶちこわした点である。場所はとらやの店内,竜造の口利きで風子の就職先も決まった,風子はトニーに別れ話をつけに行くという,寅次郎は「あいつのところだったら行くことはない,さっき話をつけてきた」といって風子を止める。風子はカチンときた。「頼まれもしないことをどうしてしたのか,寅さんとは関係ない」といって寅次郎を責める。寅次郎は「関係ない?」と言って言葉を失った。おいちゃんも,おばちゃんも「寅ちゃんはあんなに心配していたんだから,関係ないはないだろう」と寅次郎に助け船を出した。風子は,頭に来た。「じゃあ,私とトニーが話し合ってはいけないと言うんですか」寅次郎は,わかったように風子をたしなめる。「話し合ったってしょうがないじゃないか,あんな遊び人と。」その言葉に風子は激昂した。「遊び人だったら寅さんだってそうでしょう,渡世人同士だって,さっき言ったじゃないか」寅次郎にはもう返す言葉がない。さくらに取りなされて,風子は本当の気持ちをうち明けた。「トニーはだらしなくて,甘えん坊でやぶれかぶれ,そんなことはわかっている,でも私さえちゃんとしていればいつかはきっと帰ってくれる,そう思ってつきあっていたんだよ」
風子の,この気持ちを誰も責めることはできない。なぜなら,他ならぬさくら,おいちゃん,おばちゃん,そして博たちが日頃寅次郎に抱いている気持ちと瓜二つのものであったからだ。健全な博がつぶやいた。「こんな悲しい結末になるなんてなあ・・・。」もはや寅次郎の出る幕は完全になくなったのである。
実を言えば,この少し前に,寅次郎がトニーに話をつけに行く場面があった。場所はトニーが寝泊まりしている安アパートの近く,ビルの谷間を流れる汚れた運河の船着き場,ショーの失敗で骨折した左腕を吊りながら,トニーがやってくる。寅次郎は言った。「用件はわかっているだろうな,ズバリ言わしてもらうぜ,手を引いてもらいてえんだ」トニーの表情が変わった。「女のことで他人に指図されたくなんかねえな」,柄の悪さではトニーの方が上であった。寅次郎ははしかたなく談合を試みる。「お互いに渡世人同士じゃないか,こっちの気持ちもわかるだろう」「あの子(風子)は苦労して育ったからな,どこか無理しているところがある。やくざな女に見えるけど,本当はそうじゃない,まともな娘だ,所帯をもって,子どもを生んで,幸せになれる娘だ,そう思わねえか」トニーは言った。「二十歳の若造ではありませんからね,それぐらいのことはわかっています,だけどね,東京についていくといったのは,あの子の方なんですよ」寅次郎は謝った。「だからこそ,こうして頭を下げて頼んでいるじゃねえか,頼む,この通りだ。」トニーはニヤリとして捨てぜりふを吐いた。「アニさん,見かけによらず,純情ですね,ジャ,ゴメンナスッテ」その場に立ち尽くした寅次郎は,静かに頭を垂れるだけだった。
この時,映画「男はつらいよ」シリーズは終わったのだ,と私は思う。テレビ時代から車寅次郎が売りにしていた「柄の悪さ」「品のなさ」は,トニーという渡世人(渡瀬恒彦)の登場によってもののみごとに粉砕されてしまっていたのである。
とらやでの風子との悲しい結末は,そのだめ押しに過ぎなかった。
筋書きは,例によって健全路線に修正し,風子の結婚式へと進む。北海道・養老牛温泉で行われた式場近くの森の中で,熊も登場するスラップ・ステップ・コメディ風に大団円となる。
それにしてもトニーという渡世人はどこへってしまったのだろうか。渡瀬恒彦の演技は森川信と肩を並べるほどの風格をもっていた。映画「男はつらいよ」シリーズに登場する人物の中で,トニーほど「影」のある,崩れた,破れかぶれのキャラクターは存在しなかったのではないか。例の任侠映画の人物がいきなり登場してきたようなものであった。だからこそ「男はつらいよ・霧にむせぶ寅次郎」は秀逸なのである。映画のシリーズの中では,紅京子(木の実ナナ),リリー(浅丘ルリ子),ぼたん(太地喜和子)など,寅次郎と同類の人物も登場していたが,彼の「柄の悪さ」「品のなさ」を,ある種の風格まで昇華させることができた役者は皆無だった。さらに風子とトニーという渡世人の登場によって,車寅次郎の風格は見るも無惨に引きずりおろされたのである。 しかし,映画「男はつらいよ」シリーズの製作関係者は,そのことに気がつかなかった。だから,もう出る幕のない車寅次郎を,延々と,俳優・渥美清の寿命が尽きるまで,退屈な舞台に登場し続けさせたのである。合掌。(2003.5.7)



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2018-05-23

劇団素描・「劇団朱光」・《「年の瀬」の舞台模様》

2014年12月24日(水) 晴
 今年も「年の瀬」、「劇団朱光」が小岩湯宴ランドで(恒例の)公演を行っている。今月は、芝居「義賊の金市」「留八しぐれ」「瞼の母」「女小僧花吹雪」「芸者の誠」などの舞台を見聞したが、いずれも「今一歩」の出来映えで、心底から「納得!」というわけにはいかなかった。では、その「一歩」、何が足りないのか、どうすれば次の「一歩」へ踏み出せるのか。鍵を握っているのは、朱里光、水澤拓也、水橋光司、水越大翔ら「若手陣」らの台頭・活躍である、と私は思う。この劇団の特長は、それぞれの芝居で座長・水葉朱光、副座長・水廣勇太、水城舞坂錦、花形・水谷研太郞らが「主役」を交替することで、おのがじし、かけがえのない「個性」(魅力)を発揮、また中堅・潮見栄次が「目立たない」ことによって「目立つ」という「いぶし銀」の輝きを見せている点にあるのだが、彼らの「実力」を(より一層)際立たせるためには、「端役」の存在・活躍が不可欠であろう。女優・朱里光は、健気にも座長・水葉朱光に随行、懸命な舞台を務めているが、まだ彼女の魅力(実力)を十二分に発揮するまでには「今一歩」か。加えて、拓也、光司、大翔の男優連中も、いわば「足踏み」状態が続いている。とりわけ「女小僧花吹雪」「芸者の誠」の舞台では、座長・水葉朱光が「余興の場」を提供、彼ら一人一人に「一発芸」を演じさせたが、結果は「今一歩」、観客からの「大喝采」を得るには至らなかった。誠に残念である。「役者の命は舞台」、「オレの出番はきっと来る」という気持ちで、今後ますますの精進を期待する。一方、座長、副座長、花形らの「精進」ぶりや如何? まず、花形の水谷研太郎、「留八しぐれ」では、主役の「嬬恋宿の留八」、恋に破れた怨念をはらし、地獄に墜ちていく男の風情は壮絶の極み、文字通り「全身全霊」の舞台姿であった。続いて副座長の水廣勇太、天保六歌仙(「義賊の金市」)の金子市之丞、「瞼の母」の番場の忠太郎では、世間からはみ出た「男」の哀愁を渾身で描出、また「女小僧花吹雪」での「つっころばし」(浪速の若旦那)も、なよなよとエキセントリックで魅力的、いちだんと「気合いが入った」舞台姿であったと、私は思う。さらには副座長・水城舞坂錦、「瞼の母」では 売笑婦・おとら、忠太郎を狙う素浪人の二役、「留八しぐれ」では追分三五郎、「芸者の誠」では侍・安部俊三・・といった役柄を「多種多様に」に演じ分ける「達者振り」は相変わらずであった。極め付きは座長・水葉朱光、「女小僧花吹雪」の《変化》(へんげ)はお見事、一般には「女形」を演じる男優の魅力で勝負するが、この舞台は「真逆」、女優が「立ち役」(盗賊)に変化する妙を存分に楽しめた。また「留八しぐれ」では留八の姉役、弟の悲恋地獄に先立って自刃する景色も(一瞬の)屏風絵のように鮮やかであった。私が「劇団朱光」の舞台を初めて観たのは平成20年5月(立川大衆劇場)であったが、以来6年7カ月、劇団は着実にホップ・ステップの道を歩んできた。残るは「ジャンプ!」、そのためには《若手陣》の飛躍・台頭が何よりも「不可欠」だと思うのだが・・・。
ホップ・ステップ・ジャンプくんホップ・ステップ・ジャンプくん
(1996/10)
加藤 暁子

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2018-05-22

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《三代目座長襲名後の名舞台・芝居「命の架け橋」》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)(平成22年8月公演・大阪豊中劇場)                                            6月に三代目虎順が18歳で鹿島順一を襲名(於・浪速クラブ)、7月は四日市ユラックスで順調に滑り出したように見えたが、8月、早くも試練の時がやって来た。劇団屈指の実力者・蛇々丸が「諸般の事情により」退団したからである。そのことが吉とでるか、凶とでるか。とはいえ私は観客、無責任な傍観者に過ぎない。文字通りの責任者・甲斐文太の采配やいかに?、といった面白半分の気分でやって来た。なるほど、観客は20名弱、一見「凋落傾向」のようにも思われがちだが、「真実」はさにあらず、この劇団の「実力」は半端ではないことを心底から確信したのであった。芝居の外題は「大岡政談・命の架け橋」。江戸牢内の火事で一時解放された重罪人(春大吉)が、十手持ちの親分(甲斐文太)の温情(三日日切りの約束)で、盲目の母(春日舞子)と対面、しかし仇敵の親分(花道あきら)の悪計で手傷を負い、約束を果たせそうもない。それを知った盲目の母、息子の脇差しで腹を突く。息子仰天して「オレへの面当てか!?・・・」母「可愛い子どものためならば何で命が惜しかろう。ワシのことが気がかりで立てんのじゃ。そんな弱気でどうする!早く江戸に戻って恩人の情けに報いるのじゃ・・・」といった愁嘆場の景色・風情は、まさに「無形文化財」。最後の力を振り絞って唱える母のお題目(「南無妙法蓮華経」)の念力によってか、法華太鼓の鳴り響く中、めでたく重罪人は江戸帰還、という筋書だが、今回の舞台、ことのほか春大吉の演技に「凄さ」が増してきたように感じる。加えて、座長・鹿島順一は父・甲斐文太と役割を交代、出番の少ない大岡越前守を演じた。その見せ所は、舞台に立つだけで「絵になる」存在感、仇役の親分を「ダマレ、カキナベ!」と一喝する場面だが、今日はその第一歩、それを精一杯、忠実にこなす姿に、私の涙は止まらなかった。「三代目、お見事!」、それでいいのだ。蛇々丸の「穴」は埋められる。これまで仇敵親分の子分で棒を振っていたが、今日は代わって赤胴誠、その所作は寸分違わず「蛇々丸」然、あとは「表情」「眼光の鋭さ」が加われば言うことなし、といった出来栄えであった。やはり「鹿島劇団」は日本一、その実力は「不滅」なのである。



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2018-05-21

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《観客一人でも幕を開ける「英断」と「実行力」》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年12月公演・高槻千鳥劇場〉
客席に一歩足を踏み入れて驚いた。すでにミニショーの幕は上がり、壬剣天音の舞台(個人舞踊・「雨の田原坂」)であったが、客が居ない。暗がりの中、わずかに一人が最前列、そして私が今、一人・・・。「鹿島順一劇団」は客が一人でも幕を開けるのだ。その英断と実行力に、私は心底から敬意を表する。「一段高い所からではございますが、心は下座に下りまして・・・」とは斯界口上の常套文句だが、この劇団は、たった一人の(下座の)客のために幕を上げたのである。見上げた根性といおうか、他の追随を許さない役者魂といおうか、常日頃から座長・三代目鹿島順一が口にしている「全身全霊」とは、このことだったのか・・・。これまでの私の経験では「10人に満たない場合は舞踊ショーだけ」「たった一人の場合は中止」という劇団がほとんどであった。ミニショー・ラストは、座長・三代目鹿島順一の長編舞踊「俵星玄蕃」、以後来場して五人になった観客のために、渾身の力を込めて踊る舞姿は、文字通り「迫真の演技」で、先輩・南條影虎に勝るとも劣らない出来映えであった。客筋の中には、観客の動員数が劇団の実力だと勘違いしている向きも多いが、客の入りなど歯牙にもかけず、日々の舞台で精進を重ねる劇団こそ、真の実力者である、と私は思う。芝居の外題は「身代わり道中」。東海道を旅する股旅ヤクザ、吉良の三太郎(三代目鹿島順一)と赤穂の甚吉(赤胴誠)の友情物語である。道中で知り合った三太郎と甚吉が、相撲上がりの親分・大五郎(花道あきら)から狙われている宿屋(菊屋)の娘・お菊(春夏悠生)を救おうと立ち向かうが、三太郎はあえなく返り討ちに・・・。おりしも、親不孝をして家を飛び出した三太郎を捜す、巡礼姿で盲目の母(春日舞子)に出会ったが、自分は瀕死の身、替わって甚助が(三太郎になりすまし)親孝行をするというお話、大五郎を成敗し、三太郎と母を引き合わせたのが見受山鎌太郎(甲斐文太)という筋書きで、見所は、①無愛想でしたたかな菊屋番頭(幼紅葉)の風情、②菊屋に泊り込んだ三太郎と甚助の絡み合い(じゃれあい)、③身代わりの親孝行を引き受けた甚助と、それを見送る三太郎の景色、④見受山鎌太郎の風格と貫禄、といったところであろうか。私は、この芝居を「三代目座長襲名披露公演」(平成22年6月・浪速クラブ)で見聞している。当時の配役は、甚助が南條光貴、番頭が蛇々丸、客席は大入りといった按配で、その時の舞台模様には①と②が及ばなかったが、まだ「発展途上」の赤胴誠、幼紅葉が健気にも難役に挑戦、閑散とした劇場の中で精進を重ねる姿は感動的であった。たった五人の観客のために、誠心誠意「全身全霊」で取り組んだ、劇団・劇場関係者一同に感謝、今日もまた大きな元気をいただいて帰路に就くことができた次第である。
ベストカラオケ 歌謡吟詠(女声・男声編/歌唱)  白虎隊/雨の田原坂ベストカラオケ 歌謡吟詠(女声・男声編/歌唱)  白虎隊/雨の田原坂
(2011/06/01)
小野照花,向山侑真 橋本征憲、橋本征憲 他

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2018-05-20

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「心模様」の舞台模様は国宝級》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年12月公演・高槻千鳥劇場〉
芝居の外題は「心模様」。時代は明治から昭和初期にかけて(?)、役人の給料が2~3円の頃、場所は、貧しい人々のために医療を続ける橋本医院の一室、「それでは、先生、お大事に・・・」などと的外れな言葉をかけて、異様な風体の患者(赤胴誠)が帰っていく。見送るのは二代目院長・橋本慎介(花道あきら)と叔父の徳松(責任者・甲斐文太)。徳松「なんだアリャ、来るところを間違えたのでは・・・」慎介「いいんですよ、困っている患者さんを助けるのは誰でも・・・」などと言っているところに、初代の未亡人(春日舞子)が、娘・君江(春夏悠生)を伴って登場。「慎介さん、貧しい人のために尽くすのも程々にしていかないとねえ。患者さんからお金を取らなければ病院の経営が成り立ちません。初代のために私たちがどれほど苦労したことか・・・」。初代のモットーは「医は仁術なり」、その意志を忠実に受け継いでいる慎介は、どうやら君江の入り婿で、叔父の徳松は病院の会計を担当しているらしい。未亡人の景色は、上流階級の奥様風、心中には「医は算術なり」の風情が窺われ、いまだに橋本家の権威を固持しようとしている。その剣幕に手を焼いている徳松、あくまで初代を尊敬している慎介、母と夫の板ばさみで逡巡する君江の様子が、三者三様、鮮やかに描出された場面であった。やがて未亡人と君江は初代の墓参りに・・・、替わって、客席から登場したのが角刈りの渡世人・柊秀次(三代目鹿島順一)、見れば右手に風呂敷包みを巻きつけている。誰がどう見ても「務所帰り」の風体だ。突然の来訪に驚く慎介と徳松、再会の喜びは隠せない。「そうか、出てこれたのか。いつ出所したんだ」「ああ、三月前に刑期を終えた。すぐに来ようと思ったが、まずはお袋のところへ行った。でもお袋は亡くなっていた。兄貴、おめえはずっと仕送りをしてくれたんだってなあ、ありがとうよ、お袋はおめえに感謝していたそうだ」など話すうち、未亡人と君江、再登場。未亡人、秀次を見るなり「どこのお方?」。慎介「私の弟です」「まあ、慎介さんに弟がいるなんて、ちっとも知らなかった」「どちらからいらしたの」秀次「あっしですか、あっしは前橋のけ・・・」といったとき、あわてて慎介と徳松が制し、徳松「前橋の景気が悪いもんでね、こちらに仕事を探しに・・・」「ああそう、それでお仕事は?」秀次「仕事ですか、それは何をかくそう」といって右手を上に上げたとき、徳松、あわてて割って入り「そう、そう、これです」と右手を上下に振り下ろす。未亡人「何ですか、それ」徳松、苦し紛れに「郵便局のスタンプ押し!」未亡人「へえ、じゃあ、前橋の郵便局の景気が悪いから、こちらにやってきたというのですか」一同、胸をなでおろして「そう、そう」といったやり取りが、なんとも面白かった。しかし、真実をいつまでも隠し通せるものではない。実を言えば、まだ慎介が医学生だった頃、町のならず者と酒の上での大喧嘩、助けに入った秀次がならず者を殺してしまった、慎介は将来のある身、秀次がひとり殺人の罪を負い、今、償いを終えて帰って来たという次第。秀次が銭湯へと退場した後、真相を知った未亡人「そんな殺人犯をこの家に入れることはできません、すぐに追い出しなさい」慎介は困り果て徳松に助力を頼む。「おじさん、一つ芝居をしてください」(「何、芝居?芝居なら今、ここでしとるがな」というギャグは、割愛されていたが・・・)「どんな芝居を?」「病院が借金を抱えて困っている。とても秀次を受け入れる余裕がない、という様子を見せてほしいのです」。やがて帰ってきた秀次を前に、徳松の芝居が始まった。「困った、困った。借金が返せない」秀次「借金がある?いくらあるんだ」「五十円」「それは大金だ、利子だけでもというわけにはいかねえか」「いかない、いかない」「そうか」と言いながら、秀次、懐にあった財布を差し出す。「ここに十五円ある。足しにしてくれ」その気持ちに打たれたか、徳松「慎介!、おれにはもう芝居を続けられない・・・」「何、芝居?」さっきから、どうも変だと思っていた秀次、「そうか、二人とも体よく俺を追い出すつもりだな。兄貴、水臭いじゃないか、それならそうと初手から言ってくれればいいものを、下手な芝居を打ちやがって。俺はな、この家に入れてもらいたくて来たんじゃない。お袋の守を頼みにきただけなんだ」と泣きながら、亡き母の位牌を差し出す。慎介、徳松、伏した顔を上げられぬうち、秀次は激昂の態で立ち去った。慎介、ようやく顔を上げ、徳松に「おじさん、酒を持ってきてください」「やめとけ、お前は酒をのんだらどうなるかわからない」「おじさん、持ってきてください」思いつめた様子に抗えず、徳松、壷を携えてきたが、慎介それを奪い取るや一気に飲み干して、その場に昏倒してしまった。そこに駆け込んできたのは村の娘(幼紅葉)、「大変、大変、おじいちゃんがいつもの発作、薬をください!」居合わせた徳松、あわてて慎介を起こし「大変だ、薬、薬、どの薬を渡せばいいんだ?」と尋ねるが、慎介の意識は朦朧、「赤い瓶だな」と確認して、娘に持たせた。しばらくして、ようやく正気になった慎介が徳松に確かめる。「今、誰か来たようだが」「ああ、いつもの子がきて、薬をくれというので赤い方を持たせた」「何だって!赤い方は劇薬だ!」驚愕する徳松「知らない、知らない、わしは知らないぞ」などと叫びながら逃げ去った。ひとり残された慎介、「もうだめだ、過失とはいえ私は殺人罪・・・誰にも迷惑をかけられない」と、出刃包丁を持ち出して、自刃の覚悟、再び飛び出してきた秀次、「兄貴!なんてことするんだ」ともみ合うところに巡邏(梅之枝健)が、件の娘を連れてやって来た。「この娘に薬を渡したのは誰か?」「はい、私です」と両手を差し出す慎介を押しのけて、「違う、違う。薬を渡したのはあっしです」と秀次が名乗り出る。「違う違う、私です」「いや、あっしだ」と言い合う二人を、不思議そうに見て巡邏いわく「どっちでもいい、娘がぬかるみに足を取られて、薬瓶を割ってしまったというんだ、早く薬を渡してくれないか」。思わず顔を見合わせながら、必死と抱き合う兄と弟、その姿は、いちだんと爽やかで、私の涙は止まらなかった。新しい薬をもらって欣然と退場する娘の孝行振り、薬の料金を律義に立て替える巡邏の温もりが、色を添えて、舞台は大詰めへ・・・。「何事ですか、騒々しい」と言いながら、未亡人、君江を伴って再登場、居合わせた秀次を見つけると「まあ、あなた、まだ居たんですか・・・」。しかし、今度は君江が黙っていなかった。「お母様!慎介さんは私の夫、これからは、私たちが決めたことに従っていただきます」と、(毅然として)言い放つ。未亡人「まあ!」と叫んだまま絶句、そのまま袖の内へと引っ込んだ。残された若夫婦、亡母の守は引き受けた、ありがとう、俺にはもう思い残すことはない、では、皆さんお達者で、といった気配の無言劇もあざやかに、この名舞台は幕となった。
 この演目を私は以前、慎介・蛇々丸、徳松・春大吉、未亡人・甲斐文太(当時・二代目鹿島順一)、君江・春日舞子、巡邏・花道あきら、という配役で見聞している。主役・秀次・三代目鹿島順一 (当時・鹿島虎順)はそのままだが、文字通り「はまり役」、その景色・風情は天下一品で他の追随を許さない。今回、慎介・花道あきら、徳松・甲斐文太、未亡人・春日舞子、君江・春夏悠生、巡邏・梅之枝健という配役に替わったが、いずれも「はまり役」で申し分なく、さらに、異様な風体の患者を見事に演じた赤胴誠、健気で可憐な孝行娘を演じた幼紅葉の魅力も加わって、文字通り「適材適所」、劇団の総力が結実化した、まさに国宝(無形文化財)級の名舞台であった、と私は思う。
心もよう心もよう
(1993/11/01)
井上陽水

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2018-05-19

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《座長の絶唱「瞼の母」は、三分間の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年12月公演・行田温泉茂美の湯〉                                    芝居の外題は、昼の部「源太時雨」、夜の部「雪月花・大江戸無情」。この劇団にしては「やや大味」の出来栄えで、特筆する内容はなかったが、夜の部・舞踊ショーで、座長・鹿島順一の歌唱「瞼の母」を見聞できたことは、「望外の幸せ」であった。(それだけで私は満足する)「瞼の母」は、大衆芸術(芝居、映画、浪曲、歌謡曲)の定番で、私自身、生後五カ月で母親と死別していることもあり、ことのほか興味をそそられる作物である。大衆演劇の芝居(歌唱)では、若葉しげる、大川竜之助、春川ふじお、森川凜太郎の舞台、浪曲では、伊丹秀子、二葉百合子、中村富士夫、歌謡曲では杉良太郎、島津亜矢、中村美津子のCDを見聞(視聴)しているが、いずれも鹿島順一の歌唱(その声音・風情・景色)には及ばない。一時間の芝居、三十分の浪曲よりも、鹿島順一の、たった三分間の歌唱の方に軍配が上がるのはなぜだろうか。鹿島順一の「実力」だといえば、それまでの話だが、私の勝手な想像によれば、彼の生育史は、主人公・番場の忠太郎のそれに酷似しており、その心情を容易に共感できる境遇にあった、いつでも忠太郎に「なりきれる」からではないか。かくいう私自身も、忠太郎の心情は、素直に「共感できる」。ただし、いくら瞼を閉じても母親の姿は現れないが・・・。共感できるのは、つねに「何かが欠けている」という喪失感、それを埋め合わせようとして「腰が落ち着かない」不安定感、「こんなヤクザに誰がしたんでぃ」という「やり場のない憤り」と怨念、三十を過ぎても母親を慕おうとする「甘ったれ」根性、未熟なまま大人になってしまった「申し訳なさ」と悔恨、等々だが、鹿島順一の「歌唱」「モノローグ」(セリフ回し)の中には、それらのすべてが「万華鏡」のように「美しく」「艶やかに」散りばめられているのだ。彼の歌唱を聴いた観客は、異口同音に「座長の歌は、よかったね」「アア、よかった。たいしたもんだ」と納得(満足)する。鹿島順一の「生育史」が〈波乱に満ちた半生〉であったことは『演劇グラフ・2007年2月号・vol.68』の巻頭特集(座長インタビュー)を読めば明らかである。「(座長の初舞台はいつ頃ですか?)初舞台は、おそらく3歳の時。芝居の外題は覚えていないんですが、人食いばばあが出てくる芝居で、猿の役で出たのを覚えています。その人食いばばあ役をしていた座員さんというのが、僕の育ての親です。(初代とは一緒に暮らしてはなかったんですか?)僕ら、四人兄弟(上二人は姉、次女は故・近江龍子、長兄・松丸家弁太郎)は、それぞれ母親が違っていて歳も離れていました。みんな別々に育てられ、僕は、和歌山県でその座員さんに中学まで育てられました。(いつ頃、初代が実の父親である事を知ったんですか?)小学6年の時に、育ての親から初代が実の父親で役者をしていると聞かされました。親父とは、それまでも正月やクリスマスに会っていて、小遣いをもらったりはしていました。心のどこかで実の父親だとわかっていたと思います。だけど、一緒に暮らしていなかったので実感はありませんでした。(座長が再び舞台に立つきっかけというのは?)中学の時、僕はどまくれて(九州弁で、不良になって)、仲間とつるんで悪い事ばかりしていたのを、見かねた初代がこれではいかんと九州の劇団に預けたんです」以上は、〈波乱に満ちた半生〉の一部(はじまり)だが、彼の話の中に「母親」は(前にも後にも)いっさい登場しない。再び、私の勝手な想像によれば、(私同様)「話したくても、ネタがない」か、あるいは「話したくない」「話せない事情がある」か、いずれにせよ、「何かが欠けている」(しかも最も大切なものが・・・)という喪失感が、どことない「寂しさ」を漂わせている。その「寂しさ(寂寥感・孤独感)こそが、「瞼の母」の眼目でなければならない。まさに鹿島順一の「魅力」とは、その「寂しさ」に他ならず、彼自身の心象世界の中には、番場の忠太郎を描出するための天賦の条件が」おのずと備わっているということであろう。      
 昼の部、歌謡ショーでの座長の話、「関西の座長大会出演のため、こちらの舞台を休みましたが、なんと、私がいなかった二日間、昼・夜とも「大入り」だったそうで、こんなことなら帰ってこなければよかった・・・」その寂しそうな風情が絶品であった。だが「人気」と「実力」は相関しない。今や、その実力において「鹿島順一劇団」は他の劇団に「大きく水をあけている」ことは間違いない。ちなみに、この劇場、昼より夜の部の客の数は「減る」かもしれないが、反応(拍手・掛け声・盛り上がり)は昼以上、いわゆる「目利き」ばかりが集まってくる。客との「呼吸」もピッタリで、舞台の景色は一変、「しっくり」と落ち着いた雰囲気の中で、至芸の数々を心ゆくまで堪能できるという趣向である。



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2018-05-18

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「浪に咲く花」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年11月公演・苫田温泉乃利武〉                                                  幕が上がると、そこは漁師町の貧しい家内、一人の娘・お房(幼紅葉)が針仕事の最中、どこからともなく大漁節の唄声が流れてくる。帰ってきたのは兄の友蔵(座長・三代目鹿島順一)、お房はまもなく網元(責任者・甲斐文太)の息子・吉太郎(赤胴誠)と祝言を挙げる運びとなっているのである。貧乏なので、花嫁衣装も手作りの様子、ほぼできあがった「うちかけ」を眺めながら、楽しい会話を交わしていると、土地の目明かしで女親分・お時(春日舞子)が訪れた。話は祝言に及んだが、「本当に大丈夫だろうか、身分が違いすぎる」と、お時の表情は曇りがちであった。友蔵に「お前は、昔は村一番の暴れん坊だった。何があっても短気なマネはしないように」と言い含めて退場した。やがて、吉太郎が「つっころばし」然とした風情で登場、お房との「逢瀬を楽しむ」場面となったが、19歳の赤胴誠と14歳の幼紅葉が醸し出す「初々しい」男女の絡みは、ほのぼのとして清々しく、えもいわれぬ景色であった。しかし、お時の懸念は的中する。庄屋の娘・おさき(春夏悠生)が、「千両持参するから、吉太郎と添わせて!」と網元に懇願、金に目がくらんだ網元が、その話を承諾してしまったからである。金持ちで放埒なわがまま娘と、守銭奴・網元の「悪役コンビ」も、どこか滑稽で魅力的、純愛を貫こうとする初な男女とのコントラストが際だっていた。ここからは悲劇の始まり、網元は一方的に「縁談破談」を友蔵に通告、突然な話に友蔵は一時逆上したが、お時の言葉を思い出したか、必死に耐え忍び、やむなく受諾・・・。その悔しさを抑えながら、お房に破談の話をする。ただ貧乏という理由だけで負わなければならない責め苦を、この兄弟は、いとも哀れに、美しく演出していた。文字通り「名もなく貧しく美しく」といった眼目が鮮やかに描出される。お房は奥に籠もって号泣している。よほど気がかりであったか、女親分・お時が再登場、様子を聞けば案の定「縁談は破談」とのこと、「でも、よく辛抱した。今後のことを相談においで」と友蔵を誘う。一人きりになったお房のところに踏み込んできたのは、土地のごろつき達(花道あきら・梅の枝健・壬剣天音)、「網元に頼まれてやってきた、おまえ達が居たんでは、邪魔になる。兄妹そろってこの村から出て行け!」と、言いながら乱暴狼藉のし放題、花嫁衣装も踏みにじられた。倒れ込んで放心するお房・・・。そこに飛び込んできたのが友蔵、ごろつきが持っていた匕首を奪い取るや、その一人(花道あきら)を一突き、たちまち表情は一変して、憑かれたように「とどめ」を繰り返す。その修羅場を見たお房は失神、友蔵は、鬼のような形相になって網元のところへ・・・。舞台は静寂、独り残されたお房は倒れ込んだまま動かない。登場したのは、お時。家内を見回して仰天、お房を助け起こして活を入れた。静かに目を開けたお房、立ち上がると、ごろつきの亡骸にとりついて、欣然と「吉太郎さーん!」、ふらふらと彷徨して 、「アハハハハ」と嬌声をあげ続ける。純粋無垢、可憐な娘の風情は、空虚で妖しい狂女の景色に豹変したのであった。それは、わずか14歳の幼紅葉が「名優」への一歩を着実に踏み出した証であったかもしれない。舞台は一転して、ここは網元宅・・・。庄屋の娘との縁談が成立、祝い酒に浸ろうとする網元のところへ駆け込んだ友蔵、「おのれ、ゆるさねえ!」と叫びながら、網元を刺殺、必死で止めに入った吉太郎までも手にかけようとしたが、「待ってください、お兄さん!私の心は変わりません。必ず、お房ちゃんと添い遂げます!」という言葉を聞いて、「我に返った」。なぜなら、それは他ならぬ弟弟子・赤胴誠の「生の言葉」だったからである。いわば半狂乱の興奮状態であった「心」を静めるだけの響きがあったのだ。役の上では義理の兄、実の世界でも兄弟子と向かい合う赤胴誠が、「つっころばし」から「芯を通す男」への変身を見事に演じ切ったからこそ、義理の兄・三代目鹿島順一は「聞く耳」を持つ(冷静になる)ことができたのではないだろうか。「そうか、そうだよな、お前なら嘘はつかない。おまえならお房を幸せにしてくれるはずだ、お前は吉太郎であると同時に赤胴誠だもんな」、友蔵のそうした思いが、私には直截に伝わってきたのである。舞台は大詰め、お時に曳かれていく友蔵、見送る吉太郎に優しく抱きかかえられ、お房、一瞬「お兄ちゃん」と呟いた。その言葉に、一同、「魂が蘇ったか!」と思えたが、それは「空耳」、覆水は盆に還らないのである。彼女のうつろな笑い声がが虚しく響き渡るうちに、舞台は幕となったが、必ずや、お房は吉太郎に見守られて幸せになるであろう、と私は確信する。責任者・甲斐文太、春日舞子の薫陶を受けながら、20歳の三代目鹿島順一、19歳の赤胴誠、14歳の幼紅葉ら「若手陣」が繰り広げる「人間模様」、それに花道あきら、春夏悠生ら「脇役陣」の個性豊かな色も添えられて、様変わりしていく「劇団」の魅力は倍増しつつある。そんな思いを胸に、劇場を後にしたのであった。
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2018-05-17

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「武士道くずれ」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年11月公演・苫田温泉乃利武〉
芝居の外題は「武士道くずれ」。幕が上がると、そこは硝煙立ちこめる戦場、今しも飛び出してきた一人の若武者・秋月一馬(幼紅葉)が、官軍の銃弾を浴びて倒れ込む。すかさず、戦友の直参旗本・真壁孝平(座長・三代目鹿島順一)が駆け寄って「傷は浅いぞ、しっかりしろ!」と抱き起こした。一馬、必死にこらえて「真壁さん、故郷に還ったら、母と姉のこと、よろしくお願いいたします」、「なんて気の弱いことを!」「水が飲みたい」「よし!今、汲んでくるからな、落ちるなよ」。しかし、官軍の優勢はかわらず、一馬は敵に囲まれた。一人の兵卒(壬劔天音)がとどめを刺そうとするのを、連隊長・津田金吾(花道あきら)が制止する。「よせ!見たところまだ少年ではないか、将来のある身、無駄な殺生は無用・・・」と言って立ち去ろうとするのを、一馬は起き上がって、「待て、戦場で情けは無用、尋常に勝負せい」と言い放つや、健気にも挑戦するが、手傷を負っている一馬に勝ち目はなく、あえない最後を遂げた。津田金吾、「また一つ、尊い命を無駄にしてしまった」と一馬の亡骸に合掌、目にとまった手紙と笛を拝受する。追悼の意を込めて、その横笛を吹奏・・・、そこに真壁孝平、水筒を抱えて再登場、息絶えた一馬を抱きかかえて号泣した。ふと背後を見れば、すっくと立ちつくす津田金吾、「おのれ、よくも手傷を負った者を殺めたな!」。たちまち孝平と金吾の一騎打ちが始まった。孝平、額を斬られたが、実力は拮抗、一進一退のうちに序幕は下りた。舞台は変わって、時代は明治、所は京都(?)、それとも東京(?)、いずれにせよ都会の料理屋、女主人は一馬の母(春日舞子)、姉の早苗(春夏悠生)が店を手伝っている。店客(梅の枝健)が気持ちよく酒を飲んでいるところに、ぶらりと入ってきたのが、今は、ざん切り頭で着流し姿になった真壁孝平、どうやら時代の流れに乗ることもなく、放蕩三昧、無頼の生活を重ねているらしい。許嫁だった早苗からも敬遠され、孤独な様子が窺われる。件の店客を一睨みして追い出すと、浴びるように酒を飲む。変われば変わるもの、直参旗本時代の「武士道魂」はどこへやら、街の治安を預かる警備隊長・日下某(責任者・甲斐文太)からも、目をつけられている始末で、文字通り(武士道くずれの)「余計者」に成り下がってしまった。と、そこに現れたのが津田金吾、時代の波に乗って、今では国家の高級官僚に成り上がった。「武士道」とは無縁の「政治」を志しており、反対派の刺客(赤胴誠)から命を狙われている。しかも、こともあろうに、一馬の姉・早苗から慕われている様子。孝平にとって、金吾は戦友・一馬の「仇敵」、加えて、許嫁・早苗の心を奪い取った「恋敵」でもあるのだが、そのことに気づいているのは金吾だけ、という構図で筋書きは展開する。孝平、金吾を見て「どこかで、出会ったような・・・」と感じるのだが、思い出せずに立ち去った。事の真相を打ち明けたのは津田金吾の方から・・・、早苗を呼んで一馬の遺品(手紙と笛)を手渡した。もとより、早苗との絶縁は覚悟の上、「恋」よりも「政治」への道を決断した様子で退場。でも、早苗の気持ちは変わらない。再登場、(ようやく津田が一馬の仇敵であることを思い出した)真壁孝平に「津田は戦場で一馬を殺した。それでもお前は好きなのか、もうおれのことは嫌いになったのか」と問われて、「津田さんが一馬の敵であったことは知っています。それでも好きです。今の孝平さんは大嫌い」と言い放ち、金吾の後を追う。万事休す、傷心の孝平、酒を呷っているところに日下隊長がやってきた。「今度こそ、捕縛するぞ!」「面白い、退屈していたところだ。一遊びするか」と、身構えたところに、早苗が叫声をあげて飛び込んできた。「大変!金吾様が襲われている、孝平さん、助けて!」と言って取りすがる。孝平、思わず「ええっ?」と絶句(それはないだろう、女心は秋の空・・・)する。その立ち姿と表情は絶品、思い切り振られた女から頼られる、しかも助ける相手は、憎っくき恋敵であり、戦友の仇敵でもある。言いようのない「やるせなさ」「せつなさ」を、三代目鹿島順一は「ものの見事に」描出していた、と私は思う。以後は「お決まり」の筋書きで、孝平が、金吾の刺客を成敗(赤胴誠との殺陣も迫真の景色であった)、早苗と金吾の間を「縁結び」して、日下隊長に自らの捕縛を申し出る。隊長が縄をうとうとする、金吾、静かに制すれば、隊長「おまんは、よか男、過去を悔い改めて出直せる。自首しんしゃい」と退いた。大詰めは、一馬の母の一言、「みんな戦争の所為、戦争がすべてを変えてしまった」という嘆きを背に、日下隊長が唄う「田原坂」に送られて、真壁孝平はひとり獄舎へと向かう。戦争で友を失い、死に損なった負い目を背負いながら、恋にも破れ、さびしく、「武士道くずれ」の道を歩まねばならなかった男の悲哀を、一際鮮やかに漂わせながら、三代目鹿島順一の姿は花道に消えたのであった。
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2018-05-16

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「新版・浜松情話」と「流れの旅路」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年10月公演・栃木・鬼東沼レジャーセンター〉                                                                    午前11時45分から、栃木県・鬼東沼レジャーセンターで大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)JR東北本線・石橋駅からタクシーで20分、鬼怒川大橋を渡って右折、大きなゴルフ場の隣りに「劇場」はあった。インターネットの紹介記事によれば〈鬼東沼レジャーセンター 基本的には団体客がメインとあって、入館料2500円は幕の内弁当と飲み物付きのプライス。鬼東沼レジャーセンターの名物は社長自らが刈り取った純度100パーセントのコシヒカリを贅沢に使った白米。オカズいらずのおにぎりが特に有名で、それだけを目当てにやってくるお客さんもいるとか。社長いわく「水からして違うからね」と自信満々の白米をぜひその舌で味わってみてください。アウトドアを満喫したい向きには釣り堀やバーベキューも楽しめます〉ということである。どこにも「芝居」のことなど書いて「ありゃあしない」。11時頃入場すると、なるほど、団体客のカラオケが「今まさにたけなわ」という雰囲気で、熱気むんむん、やや腰の曲がりかけた老婦人の「瞼の母」には、数千円の「花」が付くほどの盛況ぶりであった。一般客は、「御贔屓筋」6~7人、「家族連れ」(含む子ども)5~6人だったろうか。土地の豪農が地域住民の「福利厚生」のため、私財をなげうって設立した施設に間違いない。建物の景色は、「得たいの知れない公民館」風、それに年期が加わって、入り口のアーケード(くぐり門)は、「半壊状態」、玄関までの道脇には「鹿島順一さんへ」と染め抜かれた(今は、色あせている)幟がポツンと二本(一本は「近江飛龍より」)、侘びしげに立っていた。大昔、旅役者のスターを慕う「流れの旅路」(唄・津村謙)という名曲があったが、「はるか、あの町、あの村過ぎて、行くか、はるばる、流れの旅路」という歌詞がピッタリあてはまる情景ではあった。
 芝居の外題は「浜松情話」。「鹿島順一劇団」十八番中の十八番。しかし、今日の配役・茶店の娘は春大吉ではなく春夏悠生(新人女優)、その親爺は座長ではなく蛇々丸に変わっていた。だからといって、その出来栄えの見事さに変わりはない。もちろん、役者が変われば「風情が変わる」。しかし、その変化は、芝居のレパートリーが「増えた」ことと同じで、私たちは、もう一つの「浜松情話」を楽しむことができるのだ。座長は裏方、春大吉は脇役に回ったが、何と言っても主役は三代目・虎順の「三下」、これまでの「初々しさ」に変わって、「上手さ」が芽生えてきたように思う。宴会気分の団体客にとって、芝居は「余興」、あくまで「酒の肴」に過ぎないが、その関心を惹きつけ、思わず「かけ声」まで掛けさせる「演技力」が身につきつつある。開幕当初、酔客の「ざわめき」が耳障りだったが、徐々に「集中」し、終幕が「拍手喝采」で終わったのは、まさに虎順の力である。それを支えた蛇々丸の「確かな力」、春夏悠生の「初々しさ」、花道あきらの「温かさ」も見逃せない。座長にしてみれば、「いずれは座長を退く身、少しずつ座員に任せて行かなくては・・・」という気持ちなのだろう。まして、ここは「団体客の余興の場」「自分が登場するまでもない」という気持ちがあったとしても、おかしくない。私は両手を挙げて、その判断に「同意」「支持」する。座長の至芸を団体客に「安売り」する必要は毛頭無いのだから。その「思い」をしっかり受けとめ、「全力」を尽くしている(虎順を支えている)、蛇々丸をはじめ、花道あきら、春大吉、梅之枝健、そして新人たち「座員一同」のチームワークにも脱帽する他はなかった。
 劇場の空気に合わせてか、口上、座長の歌唱は省略。男優の「女形舞踊」もなかったが、それはそれでよし(すでにその舞台を堪能している私自身は、役者の姿を見られただけで満足なのである)、「はるか、あの町、あの村過ぎて、行くか、はるばる流れの旅路」、その旅を続けるために、今は、英気を養う時なのだから・・・。



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2018-05-15

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「幻八九三」、赤洞誠の「たしかな一歩」》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成22年10月公演・ジョイフル福井〉
芝居の外題は「幻八九三」(まぼろしヤクザ)。雌伏三年、いよいよ新人・赤胴誠の「出番」がやってきた。これまで舞踊ショーの裏方(アナウンス)、個人舞踊、芝居での「ちょい役」で修業を積んできた赤胴誠が、初めて「出番」の多い、準主役をつとめるチャンスが巡って来たのである。筋書は単純、兄・伊三郎(座長・三代目鹿島順一)のようなヤクザに憧れている弟の伊之吉(赤胴誠)が、こともあろうに、兄とは敵同士の権助親分(春大吉)に入門を申し込む。「オレは日本一、強いヤクザになりてえんだ!」という一心で、親父(甲斐文太)や幼友達(幼紅葉)の忠告なんぞは「馬耳東風」と聞き流す。権助親分、はじめは取り合わなかったが、あまりにしつこくつきまとうので、「それなら十両もってこい。身内にしてやるぞ」。伊之吉、小躍りして自宅に跳び帰り、「親父、十両くれ。これから権助親分の身内にしてもらうんだ」、あきれかえる親父を尻目に十両ないかと家捜しをする始末、親父「そんな金があるはずもねえ」と高をくくっていたが、あにはからんや、伊之吉、亡母の仏前から十両持ち出してきた。そういえば、先刻、兄の伊三郎が旅から帰り、仏壇に手をあわせに行ったのだった。さだめし、兄が手向けた供え物に相違ない。「渡すわけにはいかない」と、必死に揉み合う親父と伊之吉。だが、どうみても「すばしっこさ」では伊之吉に分がある。十両手にして玄関を飛び出そうとしたとき、なぜか十手持ちの女親分(春日舞子)、颯爽と登場、たちまち伊之吉をねじ伏せて十両を取り戻す。「いててて、なんだ、この女、おぼえていやがれ!」と、捨て台詞をはいたまま、伊之助は権助親分のもとへ・・・。兄・伊三郎と女親分は旅の道中で顔見知り、気心が通じ合ったかどうかは不明だが、それとなく兄に「肩入れ」しようとする気配が感じられてはいたのだが・・・。権助親分のもとへ駆けつけた伊之吉、「十両持ってきたか」「それが、駄目でした」「どうして?」「十両は見つけましたが、へんな女に取り上げられちゃって」とかなんとか言っているところに、兄・伊三郎登場。権助親分「よくも帰ってきやがったな。身内の仇だ、生かしちゃおけねえ」、三人がかりで斬りかかるが、腕は数段伊三郎が上、たちまち返り討ちに・・・。その様子を見ていた伊之吉、「やっぱり、兄貴は強ええ!。兄貴の身内になりてえな」。新三郎「いいだろう、二人で一家をかまえよう」。だがしかし、そうは問屋が卸さない。なぜか再び十手持ちの女親分登場。「一家をかまえるなんてとんでもない。伊三郎!捕縛するから覚悟しろ」。かくてタイマンの勝負となったが、今度は女親分の腕が数段上、たちまちお縄をかけられて「おーい、伊之吉、助けてくれ、オレはまだ死にたくない・・・」と泣き出した。その姿の格好悪いこと、惨めなこと。伊之助、ハッと我に返り「なんでえ、なんでえ、あの姿。イヤだ、イヤだ。もうヤクザなんてなりたくねえ!」と叫んで号泣する。実を言えばこの話、伊之助にまっとうな人生を送らせようとして打った、伊三郎と女親分の「芝居」だったに違いない。私が驚嘆したのは、弟・伊之助こと赤胴誠の成長(変化)である。俗に、役者の条件は「イチ声、二振り、サン姿」というが、いずれをとっても難が無い。未熟な役者ほど、声(口跡・セリフ)だけで芝居を演じようとするものだが、今日の赤胴誠、「振り」も「姿」も初々しく、その場その場の「心情」がストレートに伝わってくる。例えば、親父に向かって「十両くれ!」とあっけらかんにせがむ「青さ」、十手持ち親分を「なんだ、この女」と見くびる「軽さ」、兄・伊三郎の立ち回りを、へっぴり腰で応援する「熱さ」、一転、捕縛された兄貴の惨めな姿に号泣する「純粋さ」等々、未熟で頼りない若衆の風情を「そのまま」舞台模様に描出できたことは、素晴らしいの一言に尽きる。雌伏三年、師匠・甲斐文太、諸先輩の「声・振り・姿」を見続けてきた研鑽の賜物であることを、私は確信した。甲斐文太は「今日の出来は30点」と評していたが、なによりも、他の役者にはない「誠らしさ」(個性)が芽生えていることはたしかであり、そのことを大切にすれば貴重な戦力になるであろう。客の心の中に入り込み、その心棒を自在に揺さぶることができるのは、役者の「個性」を措いて他にないからである。
 芝居の格、筋書としては「月並み」な狂言であっても、舞台の随所随所に役者の「個性」が輝き、客の感動を呼び起こす。それが「鹿島劇団」の奥義だが、今や新人・赤胴誠も、それに向かって「たしかな一歩」を踏み出したことを祝いたい。



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2018-05-14

脱「テレビ」宣言・《テレビ業界・一億層未熟化時代》

「夫婦げんかは犬も食わない」というが、テレビ芸人の夫婦が「離婚」したところで「何の不思議もない」のに、ましてその原因が夫の「浮気」だったとすればなおさらのこと、〈陣内離婚“すべては僕の責任”浮気謝罪・・・紀香に未練涙浮かべた会見全容〉(日本テレビ・3月25日)などという番組を「垂れ流している」スタッフ並びにキャスト、加えてその視聴者(私自身も含めて)は、まさに「犬」以下の存在に成り下がった、と言っても過言ではあるまい。中でも、開いた口がふさがらないというか、嗤う他はないというか、背筋が寒くなるというか、前代未聞の出来事は、夫の浮気が発覚した後、夫の両親、妻、妻の両親、合わせて六人が「今後のあり方」について家族会議を開いたということである。犬も食わない夫婦の「痴話げんか」に、双方の両親が「顔を出し」「口を出す」様子は、想像しただけでも「珍奇そのもの」、各自の立場をわきまえない「けじめのなさ」「未熟さ」に吐き気を催すほどだが、スタッフ並びにキャストは「何の不思議もなく」「当然のことのように」報道している姿勢もまた「未熟の極み」という他はない。今や、結婚も離婚も「保護者つき」でなければできなくなったということである。キャストの一人が(二人の離婚を)「実に、残念です」等とコメントしていたのも、白々しい。そのおかげで番組ができ、そのおかげでギャラをもらっている自分自身の「さもしい姿」に気づいていないのだろう。
 いずれにせよ、昔は「犬も食わなかった」事象に「よだれを流し」、「とるにならない情報」を「飯の種」にしている「テレビ業界」の退廃も「ここに極まれり」ということである。大宅壮一はテレビ・メディアによる「一億総白痴化」を危惧したそうだが、その前に「一億総未熟化」の時代が訪れたことは確かなようである。(2009.3.25)



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2018-05-13

幕間閑話・大衆演劇は「○○芝居」?

 昨晩、ハンドルネーム・Andorra氏(以下A氏という)から、私の拙いブログ記事「脱テレビ宣言・大衆演劇への誘い」にコメントがついた。その内容は以下の通りである。〈大衆演劇見るなら 高いお金出してでも歌舞伎や文楽、宝塚、商業演劇等が観たいなあ。 あんな人間のクズで形成された紙芝居以下に1円も払うのは私はゴメンですよ。〉げに、ごもっとも!私は心中で快哉を叫んだ次第である。おそらく、日本の「大衆」は、A氏と「五十歩百歩」の見解をお持ちのことであろう。大衆演劇の劇団員、関係者は「人間のクズ」、舞台の内容も「紙芝居以下」、まさに言い得て妙。他氏からは、「○○芝居」というコメントまで寄せられたこともある。それが、「大衆」の一般的な評価であることは間違いあるまい。さればこそ、大衆演劇の常連、贔屓筋は多く見積もっても2万人(日本人口の0.02%)程度に過ぎないのである。しかし、「一寸の虫にも五分の魂」、クズにはクズの「意地」(矜持)がある。その代表である私自身の見解では、「大歌舞伎」「宝塚」「商業演劇」の入場料は高すぎる。しかも客席にランクをつけて、大枚な金を払えば払うほど優遇されるというシステムは許しがたい。加えて舞台の内容は「紙芝居程度」、老いさらばえ、呂律も回らない大御所連中で形成された(似而非)歌舞伎、ギンギラギンに飾り立てた「学芸会」並の宝塚、映画・テレビ界から締め出された(あるいは掛け持ちの)大物・小物俳優連中で形成された商業演劇など、「高いお金をもらっても」御免蒙りたい。要するに、冗長・退屈の極み、時間の無駄なのである。「人間」であるA氏と「クズ」である私の見解は正反対、文字通り「見解の相違」ということになるのだが、さらに蛇足を加えれば、「人間」には「○○」の有り難さがわからない。自分が垂れ流した排泄物でありながら、ことのほか忌み嫌う理不尽さに気づかない。「クズ」は「○○」とともに生きている。「○○」の意味・有り難さを知っている。日本の伝統的な農業は「○○」によって支えられていた。昭和中期までの野菜の「味」は、「○○」の賜であったことを知っている。昨今の野菜は農薬まみれ、「見栄え」ばかりを尊重して、品質は「無味乾燥」、まさに歌舞伎、宝塚、商業演劇の舞台と「瓜二つ」ではあるまいか。「○○芝居」の大衆演劇には、「味」がある。その「味」とは、「情」であり「恩」であり「温」であり「絆」であり「慈」であり、とどのつまりは「人間の尊厳」(人権尊重)まで標榜していることを、「クズ」は知っているのである。(2013.8.21)



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2018-05-12

幕間閑話・大衆演劇の「裏舞台」(2チャンネル)

御多分に洩れず、大衆演劇の「裏舞台」は、インターネット「2チャンネル」(掲示板)で展開する。その演目の多くは「あやしい」「できた」「振った」「振られた」「寝取った」「くっついた」「離れた」等々、要するに役者相互の「醜聞痴話」に他ならず、加えて、投稿者同士が「豚!」「塵!」「滓!」・・・、と罵り合う有様で、なんとも見苦しい限りである。ある人は「2チャンネル」を「痰壺」と表したそうだが、まさに言い得て妙、(今は昔となった)共同便所の落書きにも劣る代物といえよう。「罵詈雑言」の使用例を学ぶには、恰好の教材だと言えなくもないが、(いにしえの)「二条河原の落書」(の格調)には遠く及ばず、まさに(現代)日本人の「道徳」も地に落ちた証しが示されているのである。古来より「付和雷同」は人の常、「野次馬根性」も日本人の伝統だが、匿名の発言には「礼儀・仁義」が不可欠である。つまり、弱者が強者に「もの申す」時に限って、(おのれの身を守るために)「匿名」が許されるのであった。相手を誹謗・中傷ずるのなら、まず自ら「姓名を名乗る」ことが鉄則でなければならない。しかるに、「2チャンネル」の投稿者連中は、一様に「名無しさん」と称して、役者連中の「醜聞痴話」を捏造し続けているのだ。投稿者と役者を比べれば、どちらが強者か・・・、その(コメント)の言い回し(文章表現)を見れば 一目瞭然、(例証するまでもなく)役者を「呼び捨て」「あしざまにする」ことは日常茶飯事、そのことだけで、未だに(旧態依然と)「河原乞食」扱いしている、投稿者の「優越感」が窺えるのである。したがって、「2チャンネル」掲示板は、強者である投稿者が、弱者である役者を「からかい」「あざけり」「さげすむ」ことによって、「自分たちは、まだましだ」という「安堵感」(快感)を味わうためにある、といっても過言ではないだろう。その根底には、《役者の私生活は「人並み以下」(不健全・不純・無節操・不道徳)、だから何を言われてもしょうがない》という蔑視・差別意識が横たわっているに違いない。悲しくも、むなしい現実である。「裏舞台」で「人非人」役を演じさせられる役者連中の心情を思うと、言葉を失うばかりだが、終わりに一言、声をかけたい。「各劇団、各役者一同様、『2チャンネル』の情報はすべて(嘘八百の)「絵空事」、取り沙汰されるのも『芸のうち』と受け流して、『裏舞台・名無しさん』連中の(取るに足らぬ)三文芝居を(どこ吹く風と)お楽しみください」。(2012.4.12)



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2018-05-11

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《芝居の春陽座、健在!》

【春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・東京浅草木馬館〉
 この劇団は、平成19年8月に東京浅草木馬館で見聞済み。当時の「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 春陽座 平成16(2004)年8月1日、ユラックス(三重県)にて旗揚げ。劇団名の「春」は、澤村新吾座長の母・春代に由来し、また春の日射しのような」という意味も込められている。芸達者な座長を筆頭に、澤村心副座長、沢田ひろし、白竜、澤村かずまを中心として、お芝居にショーにと全力を注いでいる。澤村新吾 劇団座長。昭和19(1944)年8月14日生まれ。兵庫県出身。血液型O型。初舞台16歳。義父・澤村玄之丞率いる「澤村劇団」で初舞台を踏み、以後一般の生活を営む時期もあったが、平成11(1999)年に「澤村劇団」座長として役者に復帰。その後、座長を現在の三代目・澤村謙之介に譲り、平成16(2004)年8月に「春陽座」を旗揚げする〉とある。また、キャッチフレーズは〈全員一丸で見事に演じる絶品の芝居力!! 「春陽座」のお芝居には、常に心を揺さぶる何かがある。それは、澤村新吾座長をはじめ、座員全員が一丸となって一生懸命に舞台を務めているから。春の陽射しのような優しい光で、観る者を包み込んでくれる劇団です〉であった。以来1年半が経過、劇団の実情も大幅に様変わりしたように感じる。副座長だった澤村心が座長に、花形・白竜が抜け、若手だった澤村かずまが副座長に・・・。しかし、「全員一丸で見事に演じる絶品の芝居力」は健在であった。芝居の外題は「百代半生記」。沢田ひろし(女形)主演、「ざん切り物」の新派「もどき」で「絵になる」場面の連続だった。以前から「光っていた」澤村かずまの「芸」にも磨きが掛かり、舞踊に、芝居にと「成長の跡」(副座長としての貫禄)が窺える。ただ一点、花形・白竜が脱けた「寂しさ」はいかんともしがたい。彼の風情は、「無口」「シャイ」「無表情」、どちらかといえば地味な存在であったが、「脇を固める」座の一員としては「必要不可欠」な存在ではなかったか。また、男の「色香」を漂わせる舞踊の「実力」は天下一品であった。穴埋めとして、新しい座員も加わったようだが、かつての舞台を再現するためには、今しばらくの時間が必要だろう。
 新「春陽座」が当面する課題はただ一つ、「立ち役」の「艶やかさ」、「男の色香」を誰が、どの場面で描出するか、だと思う。今後の舞台を楽しみに通いたい。
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2018-05-10

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《座長誕生日公演・「吉五郎懺悔」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)・〈平成23年10月公演・大阪オーエス劇場〉         
今日は三代目座長20歳の誕生日とあって、南條隆、龍美麗、南條勇希、大導寺はじめ、豊島屋虎太朗といった面々がゲスト出演で「ダブルの大入り」という盛況ぶりであった。芝居の外題は「吉五郎懺悔」。名うての盗賊・木鼠吉五郎(座長・三代目鹿島順一)が、奥州の白石で捕吏につかまるお話である。幕が開くと、そこは白石在の、とある茶店、その店先で土地の目明かし親分(責任者・甲斐文太)と子分・清太郎(赤胴誠)、清太郎の母で茶店の老婆(春日舞子)、親分の娘・お八重(幼紅葉)が四方山話をしている風情。親分の話では、どうやら盗賊・木鼠吉五郎が近在に潜入したらしい。「しっかり仕事をするように」と子分の清太郎を諭しているが、清太郎はいっこうに耳を傾けない。十手を弄んでいたかと思うと、どこかへ立ち去ってしまった。おそらく博打場にでも遊びに行くのだろう。あきれかえる親分、ゆくゆくは娘のお八重と一緒にさせよう、と思っているのに・・・。息子の体たらくを詫びる老婆、清太郎を追いかけていくお八重。文字通り老若男女の四人が醸し出す冒頭の景色は、例によって「いとも鮮やか」であった。一同が去った後、主役の木鼠吉五郎、子分藤造(ゲスト出演・南條勇希)を引き連れて花道から登場。よおっ、三代目!颯爽とした立ち姿はひときわ「絵」になっていた。吉五郎、子分に曰く「おれはまだ捕まるわけにはいかねえ。どうしても会っておかなければならねえ人がいるんだ」「それはいったいどなたで?」「今から20年以上も前、江戸の振袖火事で生き別れになった、おれのおふくろさ」「そうでしたか。お頭には親御さんがいなすったか」「おまえは、おれにかまわず独りで逃げてくれ、達者でいろよ」。独りになった吉五郎、(尋ねる人の情報を集める魂胆か)茶店の中に声をかけて一休みする。応対に出たのは件の老婆。双方、一目見るなり互いに惹かれ合う様子が鮮やかに描出される。吉五郎いわく「お婆さん、見たところ、この辺りのお人とは思えないが」老婆応えて「まあ、お目が高い!私はこれでも若い頃は江戸で左褄をとっておりましたよ」とシナを作る。「あなた様も、どこかキリッとした、いい男だこと」。実の親子が、役の上でも親子を演じる。「よおっ、御両人」と声をかけたい絶妙の間合いであった。うち解けて二人は互いの身の上話を交わすうち、吉五郎はその老婆が、お目当ての母親であることを確信する。とは言え、今さら「親子名乗り」などできようはずがない。「幼いとき、おれを捨てた薄情な母親だと恨んできたが(老婆の温かい心遣い、ぬくもりを感じて)その気持ちも消え失せた。もう思い残すことはない」と思いつつ、「それでは、ゴメンナスッテ」と立ち去ろうとしたとき、今度は、老婆が呼び止めた。「せっかくだから、手作りの濁酒を飲んでお行きなさい(もう二十歳になったのだから)。御飯も食べて行きなさい」。やっぱり、切っても切れないのが親子の絆か・・・。吉五郎、立ち戻って縁台に腰を下ろし、酒と飯を馳走になった。「どうぞ、たあんと召し上がれ」、思い切りかっ込んで飯をのどに詰まらせる。あわてて背中をさする老婆の手が吉五郎に近づいた一瞬、しっかりとその手を握りしめ、頬に押し頂く。氷のように固まって慟哭する吉五郎、その様子を優しく見つめる老婆の姿は「筆舌に尽くしがたく」、まさに「虚実皮膜」の極致であった。ここは飛田の芝居小屋、だがしかし、その舞台模様は、国立劇場・歌舞伎座・明治座。演舞場等々、名だたる大劇場に勝るとも劣らぬ出来映えであった、と私は思う。聞けば、老婆の一人息子は十手持ちとのこと、その体たらくな息子の清太郎に「手柄を立てさせよう」と吉五郎は決意する。もう逃げ隠れする必要はない。舞台は二景、村はずれの街道であったか。博打でとられた銭を「返してくれ」と、清太郎が土地のヤクザ(花道あきら)に追いすがる。ヤクザ、「何を言っているんだ。また銭を持ってきて博打をすればいい」と取り合わず、立ち去ろうとしたのだが、そこに吉五郎登場、匕首を突きつけて難なく清太郎の銭を取り返す。「うそー!」と嘆くヤクザの様子が、たまらなく魅力的であった。吉五郎、自分の手配書(人相書き)を見せて「オイ、清太郎。まだ気づかねえのか。オメエが追いかけている木鼠吉五郎はこのおれだ。早くお縄にしねえか!」。はっと気づいた清太郎、「御用!」と叫んだが、十手がない。「待ってろよ、今、家に帰って持ってくるからな」「ああ、いつまでも待ってるよ」。その時、背後から声をかけたのが十手持ちの親分、「待て!お前は木鼠吉五郎だな。神妙にお縄にかかれ」「あいにくだがオメエに捕まるわけにはいかねえ。手向かいするぜ!」吉五郎も親分も「清太郎に手柄を立てさせたい」という思いは同じ、いわば同志に違いないのだが、それを知っているのは観客だけ・・・。両者必死に立ち回るうち、吉五郎に分があって、親分は絶命。男と男の意地が絡み合った悲しい結末。しなくてもよい「殺生」の罪が吉五郎に加わって、舞台は大詰めへ・・・。捕り手に囲まれた吉五郎、飛び出してきた子分の藤造に助けられて囲みを破り、やってきたのは茶店の前。「来てはいけないところに来てしまった。おっ母さん、私の分まで長生きしておくんなさい」と独りごちする。その様子を見届けたのは清太郎、「アッ、おめえ!」と絶句しながら、他のことに気がついた。「オメエは兄ちゃんじゃねえか!おっかあがよく言っていた・・・。そうだ、そうだ、兄ちゃんに違いない」「違う、違う。おれは木鼠吉五郎だ、早くお縄にして親孝行をしねえか」「いやだ、いやだ。そんなことをしておっかあが喜ぶはずがねえ!」三代目鹿島順一と赤胴誠は、甲斐文太の兄弟弟子である。ここでもまた虚と実の風情が絡まり合って、絶妙の景色を描出していた。体たらくで遊び好き、まだ嘴の黄色い未熟者が、実は「母思い」「兄思い」の実直な青年であった「真実」を、座長の弟弟子・赤胴誠は、ものの見事に演じ通したのであった。弟に曳かれていく兄、その様子を見て「ハッ!」とする老婆(母)、思わず駆け寄ろうとするのを、必死で止める清太郎、開幕から1時間20分、長丁場の名舞台は「屏風絵」のように艶やかな景色を残して閉幕となった。お見事!この芝居の眼目は、一に「親子の情」、二に「兄弟の情」、三に「男の意地の絡み合い」、それらが錦紐のように綯い交ぜされた「鹿島順一劇団」の夢芝居は、どこまでも続くのである。

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2018-05-09

幕外閑話・若手座長の《試練》

 私の独断・偏見によれば、それまで十代の若手花形として活躍していた役者が、抜擢されて副座長、若座長に昇格したとたん、たちまち精彩を欠き、自分の個性を発揮できなくなってしまうという事例は少なくない。たとえば「劇団春陽座」の澤村かずま、「桐龍座恋川劇団」の恋川純、「橘小竜丸劇団」の橘龍丸、「長谷川武弥劇団」の長谷川桜、「宝海劇団」の宝海大空、「劇団花吹雪」の桜京之介、桜春之丞などなど、そして最近では「逢春座」の若座長・浅井雷三といった面々である。浅井雷三は弱冠二十歳、実に魅力的な実力者である。その魅力とは、抑えた三枚目。何気ないセリフが笑いを誘う。天性の喜劇役者なのだが、劇団の事情で、おいそれとはいかない。兄の浅井春道が劇団を抜け、その穴を埋めなければならない立場に追い込まれたからである。十代の花形役者なら自由奔放に活躍できるが、座長ともなると、それなりの格式、品格が求められるのだろう。三枚目だけでは「座長」としての責任は果たせないという不文律があるのかどうか、詳細は不明だが、いずれの場合も、花形時代の輝きが薄れてしまうことが、実に残念である。
 そんな中で、かつての「鹿島順一劇団」、二代目・鹿島順一(現・甲斐文太)の采配は見事であった。彼が最も大切にしたことは、座員それぞれの「個性」であった。「ウチの座員は個性的です。みんなが花形です。なかにはハナクソ、ガタガタもおりますが・・・」と、冗談交じりに(口上で)述べていたが、みずからは座長でありながら、平然とちょい役、斬られ役を甘受する。それぞれの舞台には、それぞれの主役が登場し、しかもその主役を随時に交替できるという「離れ業」をやってのけた。観客は、同じ演目の芝居でも、配役が変わることによって全く違った景色・風情を楽しむことができたのである。舞台の上で、役者は同等、主役も端役もない、まして「太夫元」「座長」などという肩書きには何の意味もない、といったポリシー(哲学)が貫かれていたと私は思う。「鹿島順一劇団」は、その後、座長が三代目(甲斐文太の一人息子)に変わり、座員の変動により2年間休演状態
を余儀なくされたが、この9月から「再出発」したと聞く。三代目もまた父のポリシーを引き継ぐことができるかどうか。
 全国に150余りある「劇団」は、つねに曲折浮沈を繰り返す。役者の面々は、どこの舞台に身を置くとしても、おのれを大切にし、その「個性」をかけがえのない《魅力》として磨き上げるように精進していただきたい。とりわけ、若手座長に昇進した面々がその試練に耐え、大輪の花を咲かせるよう念願する。
(2016.9.13)



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2018-05-08

幕間閑話・《音響》

大衆演劇の音響は、つねに「大音響」であることが特徴である。役者の条件は「一声、二振り(顔)、三姿」といわれているが、その「一声」を描出すべき「音響効果」に、致命的な問題が生じている、と私は思う。芝居に登場する役者の面々は、一様に「ピンマイク」を装用している。観客数は多くて200人程度、通常は数十人ほどなのに・・・。その結果、役者のセリフは、つねに同一のスピーカーから聞こえてくる。舞台の景色は、テレビ画面と同様に、「奥行き」が感じられない。役者の位置によっては、けたたましいハウリングに見舞われるといった有様で、なんとも無惨な状景を招いてしまうのだ。衣装・化粧には、相当の気配りをしているのに、音響効果に関してはどの劇団も無頓着すぎないか。(一時期、「近江飛龍劇団」「劇団桐龍座・恋川純弥劇団」がピンマイクをはずし、珠玉の舞台を展開したが、最近では「元の木阿弥」になってしまった。「剣戟はる駒座」では、いちはやく舞台に「集音マイク」を設置し、この問題解決を図ったが、今も続いているだろうか)また、舞踊・歌謡ショーで流される音曲のボリュームも、耳をつんざくような大きさで、マスキング(耳栓)が不可欠となる。パチンコ店内、右翼街宣車、選挙運動スピーカー、等々に比べても、大差はない。ディスコダンス・ライブを模しているのかもしれないが、客筋の8割を中高年女性が占めている現状では、いささか「場違い」ではないだろうか。・・・・、(と思ったが)いや、そうではない。むしろ、だからこそ、「大音響」が必要であることに、今、気がついた。つまり、「大音響」という惨状を招いているのは、劇団ではなく、客筋の方に問題があるのではないか。私の独断と偏見によれば、開幕直前まで、客席はざわついている。幕が開き、芝居が始まっても客席はざわついている。お目当ての役者(多くの場合、座長)が登場して、はじめて舞台に注目する、といった按配で、だとすれば、必要以上の「音量」で客の視線を集めようとする目論見は、至極もっともな話である。「音がした方を振り向く」という行為は、人間の生理的現象(反射)なのだから。客席がうるさければうるさいほど、それ以上の「音量」で客を惹きつける他はない。したがって、件の「大音響」は、いわば、(お静かにという)「警報サイレン」に他ならないのである。とはいえ、その目論見(手法)は、悲しすぎないか。落語、講談、浪曲など「大衆演芸」の(かつての)名人たちは、冒頭、必要以下の(聞こえにくい)「音量」(声)で「語り始めた」という。それに応えて、往時の観客たちも、耳を澄まして注目する。その「阿吽の呼吸」こそが「至芸」の源泉になったのだから・・・。以下は、私の妄言だが、有力な「劇団」は、つねに「客席」を満たさない(「大入り」(採算)など歯牙にもかけず、客筋との「呼吸」を大切にする)。観客が少なければ少ないほど、客席は静まり、舞台の景色が映える(舞台での精進を重ねることができる)からである。10人に満たない観客の前で、今日もまた「国宝(無形文化財)級」の名舞台が展開しているに違いない。そこでは、もはや「大音響」は不要、私の耳栓も「出番はない」であろう。「ピンマイク」「ハウリング」「大音響」といった、およそ舞台芸術とは無縁の代物が「大手を振っている」限り、「大衆演劇」の実力は向上しない。しかも、その要因は、「劇団」の側ではなく、観客(大衆)自身が招いていることを肝銘しなければならない、と私は思う。(2012.4.9)



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2018-05-07

付録・「大衆演劇」雑考・Ⅴ・大衆演劇の「フィナーレ」

大衆演劇の第三部(または二部)は舞踊・歌謡ショー、そのラストを飾る「フィナーレ」は、それぞれの劇団が、おのがじし趣向を凝らし、文字通り「百花繚乱」といった景色・風情を醸し出している。かつて、「劇団ママ」を率いていた女座長・若水照代は、純白のドレスに身を包み、客席後方の暗がりから、静かに登場、バックには「ある女の詩」(詞・藤田まさと、曲・井上かつお)のイントロが流れ、何ともやるせない、極め付きの「歌声」が響き始める。「雨の夜来て、独り来て、私を相手に飲んだ人、私の肩をそっと抱き、苦労したねと言った人、ああ、あなた、遠い遠い日の、私のあなたでした」。当時(昭和40年代後半)、私は、この名曲が美空ひばりの持ち歌であるとはつゆ知らず、若水照代のオリジナルだとばかり思いこんでいたのであった。そこには、夫・長谷川正二郎を亡くしたばかりとはいえ、失意にくれている暇などあろうはずもなく、直ちに「女手一つで」劇団を「健気に」継承していかなければならない旅役者の思いが込められていて、「感慨一入」の出来栄えであった。かくて、「劇団ママ」の「フィナーレ」は、まさに「この一曲」、来る日も来る日も「ある女の詩」で締めくくっていた(観客もまた、その一曲を待っていたことは言うまでもない)のは「お見事!」という他はない。爾来40余年、斯界の舞台模様は大きく「様変わり」、宝塚歌劇「もどき」のレビューあり、大歌舞伎、新国劇のクライマックス(場面)あり、太鼓ショーあり、三味線ショーあり、といった按配で、多種多様な演出が試みられている。私は、これまで90余りの劇団を見聞して来たが、印象深い(忘れられない)「フィナーレ」を列挙すれば以下の通りである。
①「南條光貴劇団」《龍神の舞》:赤、緑、黄、三色の龍(ぬいぐるみ)が、舞台狭しと縦横無尽に「絡み合い」、乱舞する。通常は、「おどろおどろしく」、(眼光を発したり、口から火を吹いたりして)荘厳な景色を描出するのが定番だが、この劇団の舞台模様はさにあらず、眼の表情は「円ら」で愛らしく、舞の所作も「コミカル」で「健康的」、老若男女を問わず思わず手を打って喜びそうな場面の連続であった。以後、この劇団の舞台を見聞し続けたが、《龍神の舞》を拝見できたのは、後にも先にも1回だけ、私にとっては「幻のフィナーレ」となってしまった。
②「劇団竜之助」《極道の妻たち
前の舞台は、「人間」という外題の、重厚な「芝居」で、観客の面々は、その重たくのしかかる、シリアスなテーマに「落涙」「沈思黙考」していたのだが、「フィナーレ」の様相は一変、その「重たさ」を一気に払拭するような「痛快ドタバタ喜劇」模様で、それほど多くない観客の「笑顔」と「笑い声」が劇場を覆い尽くした。内容は、単純。「岩下志麻」然(女形・和装)とした、大川竜之助が、柄の悪い子分連中を引き連れて、今様の旅行鞄(キャリー・ケース、実は老人用の買い物籠)を引きながら、颯爽と登場。空港で待ち伏せした抗争相手の組員と大立ち回り、初めは匕首で、次にはピストルで、次々と敵方を倒していったが、何を思ったか、子分の組員まで射殺、最後は自分の頭まで打ち抜いて全員が死亡!という幕切れであったとは、意外や意外・・・。その「ナンセンスさ」「バカバカしい」風情は、笑う他はなく、抱腹絶倒の「超一級品」であった、と私は思う。とりわけ、「芝居」の余韻とのコントラストが鮮やかで、文字通り「トラジ・コミック」(悲・喜劇的)な舞台を大いに堪能できたのであった。
③「鹿島順一劇団」《刃傷松の廊下~忠臣蔵》&《人生劇場》&《韓国ショー珍島物語》
 歌謡浪曲をバックにした「舞踊劇」と「組舞踊」。「舞踊劇」の出来栄えは、1時間の芝居(「切り狂言」)にも匹敵する。ところどころに科白も挿入されるが、基本は「表情」と「所作」だけで演じる「無言劇」だが、観ているだけで、長編の芝居を満喫したような「うっとりしてしまう」場面の連続である。俗に言う「舞踊絵巻」とは、このような舞台模様を指すのであろう。《刃傷松の廊下》の歌声は、責任者・甲斐文太が担当、浅野内匠頭・杉野十平次に扮した春大吉、吉良上野介に扮した蛇々丸、大石内蔵助に扮した花道あきら、立花左近に扮した甲斐文太、俵星玄蕃に扮した三代目鹿島順一の「艶姿」を、私は忘れることができない。《人生劇場》では、吉良常・甲斐文太の「渋さ」を筆頭に、飛車角・三代目鹿島順一の「男ぶり」、おとよ・春日舞子の「色香」、宮川・春大吉の「崩れた二枚目ぶり」が、舞台の景色を鮮やかに彩る。とりわけ、飛車角とおとよ、おとよと宮川の「絡み」が(無言のうちに)描き出す「人間模様」は絶品で、私の涙は止まらない。出所した飛車角を出迎え、吉良常がそっと差し出すのはタバコではなく「ぺろぺろキャンディー」、それを二人でしゃぶりながら、男の交情を温める風情も「粋の極致」、とどめは大詰め、宮川とおとよに裏切られた飛車角が、お先真っ暗、絶望に満ちた声音で「これから、どうすればいいんだろうか?」と吉良常に問いかける。吉良常、しばし瞑目、おもむろに口を開いたかと思いきや、突然、表情を崩して「そんなこと、ワシャ、シラン!」と遁走する幕切れも、「お見事!」。男女の葛藤など、誰にも解決できない、「男心は男でもワカラナイ」とあきらめる他はないからである。さて、《韓国ショー・珍島物語》、甲斐文太の(「釜山港に帰れ」「カスマプゲ」)歌声(舞・春日舞子)に続いて、音曲は天童よしみの「珍島物語」(詞・曲・中山大三郎)に変わる。それぞれが色鮮やかなチョゴリを身につけ、女形の組舞踊を華麗に展開する。各自が手にする大扇の色彩・模様には、目の覚めるような「甘美さ」が漂い、それを重ねあわせ、様々につなぎ合わせる造形美が、(バラバラに引き離された私たちの)「心を一つにする」ことを暗示する。中山大三郎が詞・曲に託した「(人類)愛」の象徴が、いとも鮮やかに「結実化」している舞台なのである。その詞にいわく「海が割れるのよ 道ができるのよ 島と島とが つながるの こちら珍島から あちら茅島里まで 海の神様 カムサハムニダ 霊登サリの 願いはひとつ 散り散りになった 家族の出会い ねえ わたしここで 祈っているの あなたとの 愛よふたたびと 遠くはなれても こころあたたかく あなた信じて 暮らします そうよいつの日か きっと会えますね 海の神様 カムサハムニダ ふたつの島を つないだ道よ はるかに遠い 北へとつづけ ねえ とても好きよ 死ぬほど好きよ あなたとの 愛よとこしえに」そうなのだ、「願いはひとつ、散り散りになった 家族ので出会い」、「そうよいつの日か、きっと会えますね」「ふたつの島を つないだ道よ はるかに遠い 北へとつづけ」、そうした声が、踊り手(三代目鹿島順一、甲斐文太、春日舞子、春夏悠生、赤胴誠、幼紅葉)の一人一人から聞こえてくるようで、舞踊・歌謡ショーの「フィナーレ」としては最高級の作品である、と私は思う。
④「玄海竜二一座」《ヤットン節
私がはじめて「ヤットン節」の舞台を拝見したのは、平成22年8月、大阪・朝日劇場であった。当時の感想は以下の通りである。〈今日の舞台の極め付きは、何と言っても「舞踊ショー」大詰めの「ヤットン節」。その景色、面白さはまさにピカイチ。座員全員が舞台に整列、玄海竜二を中心に、おのがじし勝手な「お面」を身につけて、あたかも「ラジオ体操」のごとく整然と踊りまくる。その一挙一動一頭足がピタリとそろえばそろうほど、「お酒飲むな、酒飲むなの、御意見なれど・・・」で始まるナンセンスな歌詞が生き生きと冴えわたってくるから不思議である。その、「可笑しく滑稽な」空気に、もいわれぬ「艶やかさ」が加わるといった趣で「お見事!」という他はなかった。昭和20年代、一世を風靡した未曾有のナンセンスソング「ヤットン節」は、ほぼ60余年の時を経て、今まさしく甦り、平成の庶民に大きな「元気」「勇気」をもたらしてくれたのだ。その「おこぼれ」を存分に頂いて帰路に就いた次第である〉。玄海竜二は、その(ほぼ)1年後(平成23年7月)、東京にも遠征、浅草木馬館で「半月間」の興行を展開中である。そこでも、「フィナーレ」では「ヤットン節」の名舞台を披露、あらためて、再見聞した次第だが、その面白さ、素晴らしさが「色あせる」ことはなかった。役者一同が被る面は、「一様に」笑っている。それを観ている観客もまた、「一様に」笑っている。幕が開くと同時に、劇場全体が「笑いの渦」に巻き込まれる、といった按配で、なんとも幸せな気分に包まれるのである。日頃の憂さを晴らし、明日への元気を養うのが「娯楽」の真髄だとすれば、この「フィナーレ」は、まさに「打って付け」、文句なし、理屈抜きに、楽しめる。あたかも、40余年前、千住寿劇場、十条篠原演芸場の「フィナーレ」に登場した、「劇団ママ」・若水照代座長の艶姿と同様に、「待ってました!日本一!」、何度観ても心底から納得・感動できる「逸品」なのである。劇団にとって、「フィナーレ」は、「明日への架け橋」、全国津津浦々の舞台では、今日もまた、幸せな明日を目指して、「百花繚乱」の景色が繰り広げられているのである。(2011.7.21)



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2018-05-06

付録・「大衆演劇」雑考・Ⅳ・大衆演劇の「芝居」

「鹿島順一劇団」が演じる「芝居」は、その主題、役者の演技力において他を凌駕している。大衆演劇の「芝居」の主題は、儒教・仏教・神道など、伝統文化に基づいた「礼節」「義理(仁義)」「忠孝」「因果応報」「滅私奉公」「報恩」といった価値観にかかわりながら、終局は「人情」(親子・兄弟の家族愛)の機微に帰結するのが通例だが、私は「鹿島順一劇団」の「芝居」の中に、「一味違う」景色を感じる。(「春陽座」(座長・澤村新吾、「近江飛龍劇団」にもその萌芽がみられるが・・・)具体例の演目は、時代人情劇「春木の女」「噂の女」「浜松情話」の三本、いずれも「障害者」が登場することが共通している。
従来、歌舞伎では「東海道四谷怪談」「籠釣瓶花街酔醒」、映画では「丹下左膳」「座頭市」、浪曲では「壺坂霊験記」など、障害者の「受難」「怨念」または非現実的な「活躍」(願望)を描いた作品は少なくない。大衆演劇の芝居でも「喧嘩屋五郎兵衛」という定番がある。 しかし、そのいずれもが「化け物七分で人間三分」といった(私たちの)偏見がいかに不当であるかを指摘するだけにとどまっており、そうした見方しかできない、私たち自身の中にある「化け物性」(無知・蒙昧・愚鈍)を省みる契機にはなっていないのではないか。そんな時、「鹿島順一劇団」が演じた三本の芝居は、私自身の中にある「偏見」を見事に払拭し、正に<功利を求めて汚れてしまった私(たち)の「心」を浄化し、助け合って生きる「元気」と「喜び」を>与えてくれたと言えるだろう。たとえば「浜松情話」、二代目を襲名した土地の親分・政五郎(花道あきら)は三下の子分(三代目虎順)を連れて「嫁探し」の旅に出る。頃合いの娘がいなくもなかったが、いずれも「ヘビに短しタヌキに長し」(虎順談)で目的を果たせず帰路についた。浜松宿を目前にした茶店、子分にせがまれて一休みする政五郎、ふと店先で縫い物をしている娘(春大吉)に目がとまった。茶を飲み終えて出立しようとする子分を引き寄せ、耳打ちする。「あの娘を嫁にしたい。おめえ、話をつけてくれねえか」、あっけにとられる子分、「親分、よしてください。三下のあっしには荷が重すぎる仕事です」「おれが頼むと言っているんだ、おれの話が聞けねえのか!」子分を恫喝した政五郎はそそくさと退場、後に残された子分は、渋々、茶店の親爺(座長・鹿島順一)に掛け合う。親爺曰く「うちの娘は、事情があって誰にも嫁にはやらない」、「そこをなんとか・・・」、食い下がる子分に、親爺は頑として応じない。しかたなく、子分は「話をつけられなければ、親分に合わす顔がない。ここで腹を切る」という。親爺、平然と「ああ、好きにしなせえ。本当に腹を切るところを見てえもんだ。死んだばあさんへの土産話になる」。万策尽きた子分は長ドスを腹に突き立てた。その直前、親爺の手がドスを振り払い「わかった、わかった、そこまで覚悟ができているのなら、娘に訊いてみる」。娘の回答は意外にも「諾」、親分のところに嫁入りすると言う。困惑する親爺、狂喜する子分。さっそく娘を「生き証人」として親分の所に連れて行こうとする。「待て」と親爺が止めるのも聞かず、娘は立ち上がり歩き出した。そのとたん、子分は驚愕し思わず叫んだ。「山が見えたり、隠れたり・・・」娘の「歩き方」は大きくバランスを欠いていたのである。(観客は「爆笑」していたが、私は涙が止まらなかった)子細を了解した子分は、親爺に平伏して誤る。「いやアー、すまねえ親爺さん、今の話はおれの作り話だ、無かったことにしてくれ」今度は親爺が激怒した。「無かったことにしてくれだと?あれほど断ったのに・・・」子分も人の子、冷静になって反省した。「そうだ、あんたの言うとおりだ。おれが親分に話をするから待っていてくれ」そう言って帰路につこうとし時、政五郎再び登場、「どうだ、話はついたか」「へい、つきました、それがねえ・・・親分」口ごもる子分を尻目に「ありがとうよ、じゃあ、親爺さんにあいさつをしなきゃなんねえな」、親爺の前に平伏する政五郎、「私、浜松一家の二代目・政五郎 と申します。このたび娘さんを嫁にいただきたくお願い申し上げます」、当惑する親爺、「あんたさん、娘のことをよーく知っているのか」「へえ。最前よーく見させていただきました」そのとき、再び「歩き出す」娘、政五郎はその姿を「平然」と、しかも「惚れ惚れと」見つめながら、「親爺さん、娘さんのお体が不自由なら、私が一生、手足となりましょう」と言い放つ。大切なことは、娘の「歩き方」を「平然」と、しかも「惚れ惚れと」見つめられる「感性」である。昔「土手の向こうをチンバが通る、頭出したり、隠したり」(デカンショ節)という戯れ歌があったが、「鹿島順一劇団」の主題(政五郎の「感性」)は、それと無縁であった。爆笑した観客の「感性」がどのようなものであったか、それがどのように変化したか、私にはわからない。しかし、「浜松情話」の底流には、江戸、明治、大正、昭和、平成と続く、私たちの「生活意識」を見つめ直し、時として跋扈する「差別感」(基本的人権の侵害)を「人情」(感性)という視点から克服しようとする誠実で真摯な姿勢が貫かれている、と私は思う。以下「春木の女」「噂の女」の主題も同様・同質で、珠玉の名品に値するが、あとは「見てのお楽しみ」として割愛する。大衆演劇の「芝居」といえば、勧善懲悪、義理人情を主題とした「クサイ」景色をイメージしがちだが、そんなことはない。視聴率稼ぎのために「低俗化」「醜悪化」「荒廃化」の一途をたどるテレビドラマとは無縁のところで、人知れず大衆文化の向上に貢献しているのである。
(2008.12.13)



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2018-05-05

付録・「大衆演劇」雑考・Ⅲ・大衆演劇の「役者」

大衆演劇の役者は、テレビ(映画)俳優と違って、「やり直し」(NG)ができない。また、歌舞伎、新派、新劇などの役者と違って、(多くの場合)「台本」がない。さらに、芝居・舞踊ショーの「演目」は、「日替わり」が原則である。したがって、つねに最低30本以上の「演目」を準備することが不可欠であり、昼夜(1日2回)興行ともなれば60本以上の「演目」をこなさなければならない。現在、どの劇団でも100本以上の「演目」を用意している。「台本」がないからといって、セリフがないわけではない。この演目(役柄)にはこのセリフというように、「決まり文句」が定められている。役者は、それら全て(自分の役以外のセリフまで)を「憶えて」いなければならないのである。 
 また、大衆演劇の「役者」は、大道具・小道具、化粧、衣装の着付け、舞台進行(役者紹介、司会、場内アナウンス)、音響効果、照明効果などの「裏方」、時には、物品販売(前売券、劇団グッズ)、観客の接待なども担当しなければならない。しかも、休演日は月に1~2日程度の「移動(旅)生活」、まさに激務の連続である。それをこなしていくためには、役者相互の「協力」(連帯)が不可欠であり、劇団員は「家族中心」にならざるを得ないだろう。祖父母、両親、子、孫が、同じ舞台で、それぞれの役柄にあった(適材適所の)芝居を演じるところに、大衆演劇の「真髄」(魅力)が秘められているのだ、と私は思う。
 以上が、テレビ(映画)俳優、大劇場の役者と、大衆演劇の「役者」が「決定的に」異なる点である。つまり、「役者が違う」のである。かつて「家族揃って歌合戦」というテレビ番組に「梅澤武生劇団」の面々が出場、その芸を披露したとき、審査員のダン池田が、「ぜんぜん違いますねえ」と感嘆していた場面を思い出す。大衆演劇の「役者」の実力は、どんなに「端(はした)」であっても、テレビ芸人とは「違う」のである。
 さて、芸能界では「やくざ、兵隊の役なら誰でもできる」と言われているようだ。事実、歌手の村田英雄、北島三郎、扇ひろ子などが主演した任侠映画もあるくらいで、鶴田浩二、高倉健、菅原文太、若山富三郎、藤純子、岩下志麻、漫才師の南道郎、仲代達也、高橋英樹など「やくざ、兵隊の役」を見事に演じた俳優は、枚挙にいとまがない。たいていの俳優なら、「誰でもできる」のは事実である。なぜだろうか。理由は簡単だ。「やくざ、兵隊」役に「特別な演技」は要らないからである。既成の社会規範を破れば「やくざ」、従順し、命令・服従の関係をつくれば「兵隊」というよう行動様式を「演じる」ことは、実生活の中で「誰でも」が可能であり、「技(わざ)」として身につける必要はない。つまり、芝居の中でも、実生活の場面でも、私たちは「地のままで」(特別、努力することなく)、「やくざ・兵隊」になることができるのである。
当然のことだが、大衆演劇の舞台に「やくざ」が登場する場面は多い。したがって、役者が「やくざ」をどう演じるか、ということが、その「実力」を測る大きな目安となるだろう。「やくざを演じている役者」は「実力者」だが、無力な役者は「役者を演じているやくざ」の域を出ることはない。両者の間には「雲泥の差」が生じる結果になる。ただ単に、肩を怒らせ、睨みをきかせる所作、大きな濁声を張り上げる口跡だけでは、「柄の悪さ」が強調されるだけで、実生活の場面となんら変わりがない。「こんなヤクザに誰がしたんでえ・・・」といったセリフ・所作の中に、「言いようのないやるせなさ」「ぶつけどころのない煩悶」をどのように表現できるか。まさに「やくざを演じる役者」の「実力」(人間性)が問われることになるのである。残念ながら、その「実力」を備えた「役者」に巡り会えるチャンスは、まだ多くない。これまで私が見聞した舞台の中では、「鹿島順一劇団」座長・鹿島順一、花道あきら、蛇々丸、「見海堂駿劇団」座長・見海堂駿、「劇団荒城」光城真の「実力」が光っていた。
 前章(【大衆演劇の見方】)でも述べたように、「大衆演劇」の真髄は「もどきの世界」を実現することにある。したがって、「大衆演劇」の役者は、大劇場で演じられる歌舞伎、新派、新国劇、新喜劇、新劇、場合によっては映画、浪曲、落語などに登場する人物の役柄を、多種多様に「演じ分ける」ことを要求される。芝居の中では、必ずと言っていいほど、クライマックスの場面で「節劇」が挿入される。「節劇」とは、歌謡曲、歌謡浪曲、浪曲を背景に、複数の役者が「だんまり」(パントマイム)によって「心情表現」する舞踊劇である。この「節劇」を見事に演じることができるかどうか、それも役者の「実力」を測る目安になるだろう。背景音楽のドラマと舞台の場面がピタリと「決まる」(一致する)ことによって、芝居の「主題」が鮮やかに浮き彫られ、観客の感動は倍増される。「節劇」は集団舞踊劇なので、チームワーク(複数の役者の「実力」)が不可欠であり、まさに「劇団の実力」が問われることになる。これまで私が見聞した舞台の中では、「劇団花吹雪」(座長・寿美英二、桜春之丞)、「南條光貴劇団」(座長・南條光貴)、「近江飛龍劇団」(座長・近江飛龍)、「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)の「節劇」が秀逸であった。
さらに、大衆演劇の「役者」は、「舞踊」の実力が問われる。と言うより、「舞踊」の実力が、役者の「実力」だと言った方がよいかもしれない。「舞踊」の所作は、芝居の所作の「基礎・基本」になるからである。舞踊の実力は、まず「歩き方」に表れる。登場、退場、上手から下手・舞台から花道への移動、全て舞台での「歩き方」(時によっては、走り方)は、実生活とは異ならなければならない。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉どおり、「絵になる」歩き方ができるかどうか。次に、問われるのは「立ち姿」の艶やかさと、それが変化する「体の線」である。俗に言う「流れるような線」を描けるかどうか。変化のスピードが早くても、遅くても、その線は保たれなければならない。さらに、問われるのは「顔の表情」(とりわけ目線)である。「体の線」「顔の表情」「目線」がドラマを演出する。舞踊ショーの中で「面踊り」を披露できる役者は「実力者」である。「顔の表情」が一定であるにもかかわらず、「体の線」(動き)と「目線」だけで、人物の「心情」を表現できるからである。「劇団荒城」の子役・荒城蘭太郎の「面踊り」は珠玉の至芸といえる。「橘劇団」女優・條かずみの舞台も見事であった。「歩き方」「立ち姿」「体の線」「顔の表情」「目線」、それら全てが総合化されたとき、舞踊の「実力」(役者の「実力」)が決定する。その実力が、「人形」(美形の表現)に向かうか、「人間」(心情表現)に向かうか、が「芸風」の分かれ道になるだろう。梅澤富美男以来、三枚目が「女形」に変身するサプライズが大衆演劇の「目玉」になったようで、どの劇団でも男優が「女形」を演じることが通例になっている。これまで私が見聞した舞台の中では、舞踊の実力が「人形」に向かう傾向が強いように思われる。(「市川英儒劇団」のキャッチフレーズは「生きる博多人形」である)そのことを楽しむ(美しい人形のような姿を鑑賞することで心が癒される)観客がいる限り、その方向は間違いではない。ただ、それだけでは物足りない。「若葉劇団」総帥・若葉しげるは、高齢にもかかわらず、芝居の中でも「女形」(艶姿)に徹し、「市川千太郎劇団」座長・市川千太郎も初代・水谷八重子「もどき」の芝居に取り組んでいるが、そうした「人間」(女性の心情表現)に向かう方向も貴重である、と私は思う。
 「女形」に徹する場合は別として、男優の「色香」は「立ち役」で発揮されるべきである。その役者が「余芸」として「女形舞踊」を演じたとき、舞台は光り輝くからである。
これまで私が見聞した中で、そのことを具現化していたのは「鹿島順一劇団」唯一であった。舞台に出る役者は、座長・鹿島順一を含めて男優7名(新人1名)、女優2名(新人1名)という規模である。座長の口上によれば、「役者も裏方も人手不足で、現在、照明係はボランティアに依頼、常時『劇団員(特に女優)募集中』というありさま、うちはまさに『劇団・火の車』です」とのことである。とはいえ、この劇団の「実力」は、半端ではない。座長を筆頭に、その妻・春日舞子、長男・三代目虎順、座員・花道あきら、蛇々丸、春大吉、梅乃枝健、など「役者は揃っている」。観客の期待に応えるためには、舞踊ショーでの「女形」が不可欠だと思われるが、1回興行1~2名というプログラムであった。
幕間の喫煙時、耳にした常連客の会話、「もっと『女形』やればいいのに・・・」「あんまり『安売り』したくないんでしょ。『立ち役』だって魅力があるってところ、見せたいのよ、きっと」。その真偽は不明だが、とりわけ、座長の「立ち役」「女形」は、いつまで観ても飽きることがない。立ち役では長谷川一夫と高田浩吉を足して二で割ったような、女形では尾上梅幸と月丘夢路を足して二で割ったような「風貌」だが、その「芸風」「品格」は各々のスター役者を超えている。舞踊において「人間」(心情表現)に向かう方向性の典型ではないだろうか。(2008.12.12)



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2018-05-04

付録・「大衆演劇」雑考・Ⅱ・大衆演劇の「大衆」・《2》

 さて、大衆演劇の「大衆」(観客)の中で見逃せない存在がある。
私が行きつけの「健康センター」、舞台は二部の「舞踊ショー」に移っていた。ふと気がつくと、私の右隣に老女が一人、座布団に座って、何やらつぶやいている。しかも、うつむいたままで、ほとんど舞台の方を観ていない。舞踊の音楽に合わせて、身体を動かすこともある。「何だ、舞台を観ないで何をしてるんだ!」と思うと、私の関心はその老女の方に向いてしまった。「このおばあさんはどうして舞台を観ないのか。どんなとき、舞台を観るのか」ひそかに観察していると、舞台を観ないのではない、ほんの「一瞬」顔を上げることがある。そして何やらつぶやき、うつむく。「そうか!」、私は直感的に納得した。彼女は、私が十五年間、働いていた「職場」(かつての養護学校、現在、特別支援学校)の卒業生(仲間)に間違いない。そうだったのか!、舞台がはね、観客は三々五々退場するが、彼女はその場に座ったままである。客席に誰もいなくなった頃、ゆっくりと立ち上がり出口に向かう。「送り出し」の役者が深々と頭を下げ、彼女の手を握る。ニッコリした老女は、ゆっくりゆっくり「健康センター」の館内を歩き出した。「もう夜も遅い、一人で帰れるのだろうか」と思案する私を尻目に、彼女が向かったのは、「女性用仮眠室」、入り口で毛布を一枚手にすると、その姿は見えなくなった。誰の手も借りず、自分の意志で、独り「大衆演劇」を鑑賞する彼女の姿に私は感動した。 世間では「障害者」と呼ばれる人たち、彼らもまた「大衆演劇」の「大衆」であり、「劇団」(役者)にとっては、かけがえのない存在(神様)なのである。
 
 「若葉劇団」座長・若葉しげるは、客席から突進気味に「花を付け」に来たダウン症の青年に、深々と頭を下げ、謝意を示す。「劇団進明座」座長・里見要次郎は、前述した言語障害の青年と舞台で目が合い、「よく、おいで下さいました」と、親しみを込めて平伏する。「鹿島劇団」座長・鹿島順一は、最前列に通いつめる女性客に「毎日、おいで頂きありがとうございます。もうこうなったら、私は、あなた一人のために芝居をします。あなた一人のために踊ります。よーく、見ていてくださいね」と声をかける。このような光景は、全国津々浦々の劇場では「日常茶飯事」であろう。恥ずかしながら、私はかつての「職場」を思い出す。「今日はよく登校して下さいました。これからは、あなた一人のために授業を行います」と言ったことがあっただろうか。

 私が初めて「大衆演劇」を観たのは、昭和四十六年(一九七一年)八月、今から三十六年前の夏であった。場所は東京・足立区千住の「寿劇場」、出演者は「若葉しげる劇団」だったと記憶している。入場料は百円程度、観客は土地の老人がほとんどで、人数も十数人、思い思いの場所に座布団を敷き、中には寝ながら観ている人もいた。芝居の最中に、役者が舞台から降りてきて、団扇をぱたぱたさせながら「暑いですねえ、お客さん」と話しかけてくる場面もあった。それまで、大劇場の歌舞伎、新国劇、新派、新劇などは観たことがあったが、こんなにひっそりと「わびしい」雰囲気の中で演じられる芝居を観たことは初めてであった。しかし、その「わびしさ」に何ともいえない魅力を感じ、以来、断続的ではあるが「大衆演劇」に親しんできた次第である。
今、劇場は「常打ち小屋」約三十、温泉旅館・スーパー銭湯、レジャー施設などに併設される「舞台」を加えると、北は青森、南は熊本まで全国各地・約百二十箇所に点在している。そこを約百三十余りの「劇団」が旅公演して回っているのが現状だが、往時の「わびしさ」は、今も健在である。ほとんどの劇場が、観客数・百名未満であり、平均すると四十名前後というところであろうか。極端な場合には、劇団員の総勢の方が観客数よりも多いことだってある。私が見聞した最少観客数は八名だった。
しかし、実力のある「劇団」は、決して手を抜かない。客の数が少なければ少ないほど、その日の舞台を大切にするのである。外題に冠する「人情劇」の人情とは、ただ単に「演技」として見せればよいというものではなく、役者と客、客と客の間に広く、深く染みわたる心情として、相互の理解・連帯をたしかなものにできてこそ意味がある。競争社会の中で、汚れ、傷つき、乾ききってしまった、私たちの心中に潤いを与え、「愛」を取り戻すアイテムであること彼らは知っている
今日もまた、大衆演劇の「大衆」(私)は、一見「わびしく」劇場に通うのである。(2008.12.11)



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