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2019-04-22

脱「テレビ」宣言・《テレビ業界・一億層未熟化時代》

「夫婦げんかは犬も食わない」というが、テレビ芸人の夫婦が「離婚」したところで「何の不思議もない」のに、ましてその原因が夫の「浮気」だったとすればなおさらのこと、〈陣内離婚“すべては僕の責任”浮気謝罪・・・紀香に未練涙浮かべた会見全容〉(日本テレビ・3月25日)などという番組を「垂れ流している」スタッフ並びにキャスト、加えてその視聴者(私自身も含めて)は、まさに「犬」以下の存在に成り下がった、と言っても過言ではあるまい。中でも、開いた口がふさがらないというか、嗤う他はないというか、背筋が寒くなるというか、前代未聞の出来事は、夫の浮気が発覚した後、夫の両親、妻、妻の両親、合わせて六人が「今後のあり方」について家族会議を開いたということである。犬も食わない夫婦の「痴話げんか」に、双方の両親が「顔を出し」「口を出す」様子は、想像しただけでも「珍奇そのもの」、各自の立場をわきまえない「けじめのなさ」「未熟さ」に吐き気を催すほどだが、スタッフ並びにキャストは「何の不思議もなく」「当然のことのように」報道している姿勢もまた「未熟の極み」という他はない。今や、結婚も離婚も「保護者つき」でなければできなくなったということである。キャストの一人が(二人の離婚を)「実に、残念です」等とコメントしていたのも、白々しい。そのおかげで番組ができ、そのおかげでギャラをもらっている自分自身の「さもしい姿」に気づいていないのだろう。
 いずれにせよ、昔は「犬も食わなかった」事象に「よだれを流し」、「とるにならない情報」を「飯の種」にしている「テレビ業界」の退廃も「ここに極まれり」ということである。大宅壮一はテレビ・メディアによる「一億総白痴化」を危惧したそうだが、その前に「一億総未熟化」の時代が訪れたことは確かなようである。(2009.3.25)



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2019-04-22

《「情緒障害」(昌子武司著・教育出版・1978年)》通読・19

《三 情緒障害のメカニズム》
・「情緒をとりまく心の構造図」(A領域=生理・心理的な領域、B領域=欲求・情緒、C領域=意欲・情操、D領域=知識
・「情緒障害」のメカニズムを一言でいうなら「C領域が十分に成長していない状態である」といえる。
・C領域が十分な厚みをもっていないと、外側の刺激が、B領域(情緒)に直達をする。それを受けた情緒も、激しい衝動性を伴いながら、直接的に発動する。それが外向きの情緒であれば、ただちに相手を攻撃し反抗することになる。情緒の発育のレベルが低ければ(未成熟)低いほど、動物の世界のような激しさをもっている。内向きの情緒が刺激されれば、激しい衝動的な心情を伴って、自虐をはじめることになる。それはさらに深部に到達すると、生理的な障害すら起こしうる。どんなに多くの知識をもっていても、D領域がそれを調整する力をもっていない。もし、C領域が十分に発達していれば、外界の刺激はD領域を通るか、C領域に直接到達することになる。D領域に到達した刺激は、その中にある知識とか、その組み合わせである意識といったものの洗礼を受ける。さらにC領域という濾過紙を通ることになる。C領域に直接伝わっても、C領域がもっている社会観、価値観に「照らしてみる」という働きが生ずるから、その働きの中でやわらげられてB領域に伝わる。その刺激はD領域・C領域の二通りの濾過紙を通るから、かなりやわらげられ、情緒の発動が起こらない場合もある。情緒の発動が起こっても、始動の時点では激しくても、C領域・D領域で緩和されるから、外面には穏やかな形で現れるであろう。
◎情緒障害を構造的にとらえるなら「C領域の欠如、希薄さによるものである」、C領域はB領域の発達の結果として生まれると考えるなら、「情緒障害とは情緒の未成熟によって起こる」と考えてよい。
・C領域とD領域との間には親和性がある。C領域の中にある価値観、社会観、意図、目的観の内容は、D領域の援助なしにはできないから、D領域はある程度C領域をコントロールする力はもっている。(二、三百年前までは、D領域は完全にC領域を支配していたことであろう)社会の変化の激しさを吸収させることに専念してきた教育は、C領域をコントロールする働きを弱めていったことは事実であろう。
・C領域が十分にできあがっていない個人では、B領域の外側に、D領域が直接結びついている。B・D両領域の間には親和関係はない。C領域の発生にはD領域が関与しているが、B領域の発生は、自然発生的、経験的なものであり、ものによっては生得的なものである。
・B領域の外側に直接D領域が結びついている時には、D領域はB領域をコントロールできない状態になってしまう。
◎情緒障害とは「D領域(意識)が情緒をコントロールできない状態である」と説明してもよい。
〈例〉満員電車の中で足を踏まれた→・満員なのでこの人だけは責められない(客観的判断)、・大勢の人前でどなることは大人げない(社会観)、・どなることはみっともない、・みんながこちらを見るので恥ずかしい(C領域)
〈C領域が欠如していると〉→・反射的にどなる、・相手のむなぐらをとる。(攻撃の速さ、強さ)←情緒障害の特徴の一つ。
◎「うそ」は、逃避の一種だが、人間関係の中で緊張感を回避しようという感情が働いていれば、問題にはならない。適応を容易ならしめている。
・虚言癖と呼ばれる傾向のある人は、たえず嘘をつき、その場の適応をよくしているように見えるが、真相があらわになれば、かえって適応を悪くする。嘘をつき、それがばれると、第二、第三の嘘を重ねる。そのことが自分の適応を悪くしていっていることに気づかないし(客観性の不足)、相手が自分をどのように判断するか(社会観)についても、ほとんど考えていない。これは、固執と呼んでもよい状態である。あるいは「情緒の変容」が激しいといってもよい。
◎情緒障害とは「『情緒の変容』が激しく、すばやく、しばしば現れ、あるいは固定した形で現れ、それが著しく適応を欠いた場合」である。

【感想】
 ここでは、個人の心理的な構造という視点から、情緒障害の現れるメカニズムについて述べられている。それを要約すると、一に、第六章の「情緒をとりまく心の構造」(図)のC領域(意欲・情操)が十分に成長していない状態、二に、第七章の「情緒の変容」、すなわち、退行、逃避、代償行動、合理化、注目牽引、同一化、攻撃、事大、同隣といったメカニズムが「激しく、すばやく、しばしば現れ、あるいは固定した形で現れ」、その結果著しく適応を欠く、ということである。
 そのことを自閉児に照らし合わせると、文字の読み書き能力、計算能力、知識の量などD領域は「高い」のに、それがB領域(情緒)もしくはA領域(生理・心理的な領域)に直接結びついているために、十分に使いこなせず、著しい不適応を招いている、と考えられる。「情緒の変容」の中でも、特に《逃避》というメカニズムが「激しく、すばやく、しばしば現れ、あるいは固定した形で現れ」ていると思われる。
 どのようなケースであれ、C領域(意欲・情操)を十分に育てることが重要であることがよくわかった。では、どうすればよいか。まず、C領域の土台であるB領域(欲求・情緒)は十分に育っているかを、第三章の「感情の系列」で見極め(くやしさ、怒り、反抗、攻撃、憎しみ、しっと、ひがみ、すねる、悲しい、淋しい、甘え、うれしい、おもしろい、おかしい、したわしい)、さらに情緒から情操への「中間型」(うらやましい、ねたましい、はずかしい、もどかしい、あがる、あこがれる、ほれる、いとおしい、すばらしい、てれる)といった心情を、周囲が《共感》して育てればよい、ということである。それを、誰が、いつ、どこで、どんな工夫をして行えばよいか、今そのことが私自身に問われているのである。
 次章では「情緒障害の予防(精神衛生)」について述べられている。大いに参考にしたい。
(2017.7.17)




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2019-04-21

劇場界隈・《鬼東沼レジャーセンター・栃木》(公演「南劇団」)

鬼東沼レジャーセンター】(栃木県真岡市)・公演「南劇団」
 JR宇都宮線・石橋駅からタクシーで20分、鬼怒川の畔に設けられた劇場である。今から30年前に建てられたが、そのたたずまいは当時のまま、入口のアーケードは看板が剥がれ落ち、「廃業寸前」という様相を呈している。ところが、どっこい、それは外観だけで、ひとたび劇場内に一歩を踏み入れると、昔懐かしい「大衆演劇」の風情があたり一杯に漂っているのだ。小屋主の話では、「めでたく30周年を迎えるので、お祝いのタオルをどうぞ。ウチのお客さんは、ほとんどが地域の老人クラブ、新聞に折り込み広告を入れるだけで、申し込みは後を絶たない。一つも申し込みがない日は、公演は中止とするので、何も心配はいらない。ワゴン車4台で客の送迎をしているが、すべて団体客。一般のお客さんはタクシーでかけつける。駅からずいぶん遠いけど、まあ、しょうがない」と屈託がない。石橋駅から乗ったタクシー運転手の話も面白かった。「時々、芝居見物のお客さんを乗せますよ。交通案内では、タクシーで10分とありますが、20分はかかります。乗ってるお客さんが途中から不安になり、鬼怒川の土手を走り出すと、本当にこんなところに芝居小屋があるんですか?、と尋ねられます。こんなところまでよくやってくると思いますよ。本当に芝居が好きなんですねえ。私なんか、その気持ちが全くわからない。この前も、芝居に行くお婆さんを乗せました。そのお婆さんが言うんです。『座長は嘘つきで困っちゃう。駅まで来てくれれば迎えに行きます、と言うから電話したんだけど、今、忙しいからタクシーで来てくれだって、本当に調子いいんだから・・・。何度こんな目にあわされたかしれない。』と言って、私に一万円の札束を見せるんです。百万はあるということでした。『そんな大金どうするんですか?』と尋ねると、座長にたのまれて、劇団員にプレゼントするんだそうです。あいた口がふさがりませんでしたよ。とても正気の沙汰とは思えない・・・」思わず、アハハと笑ってしまったが、私自身もその運転手に笑われているようで、何とも複雑な心境ではあった。
 公演は「南劇団」(座長・南竜花)。この劇団は、宮城・青根温泉「流辿」という劇場で見聞済み。父(南リュウホウ)、母(南サヤカ)、長男(南龍弥)、長女(南竜花)、次女(寿純 )らを中心とした「家族劇団」とでもいえようか。芝居の外題は「花かんざし」、大衆演劇の定番である。出来栄えは「水準並み」、主人公の南リュウホウは相変わらず芸達者、客との呼吸をはかりながら、舞台を盛り上げる実力は「お見事」、座長・南竜花の「眼医者役」も三枚目ながら「上品このうえなく」、父の「柄の悪さ」とは対照的で、メリハリのある景色を作り出していた。舞踊ショーの、南リュウホウ「花と竜」は美空ひばり版(村田英雄版が多い中で)、思わず「待ってました!」と叫びたくなる風情で、遠路はるばる訪ねた甲斐があった、というものである。
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2019-04-20

幕間閑話・大歌舞伎名門「御曹司」の《醜態》

大歌舞伎名門の御曹司が「酒の上の不始末」で醜態を晒している景色は、文字通り「無様」としか言いようのない「有様」だが、それをネタに「一儲け」を企むマスコミ・ジャーナリズムの面々も見苦しい限りである。もともと、この御曹司(父と同様)、大した実力もないのに、ミーハー連中の「人気」を盾にして、「自分の芸は《無形文化財》に値する」などと。とんでもない錯覚をしていることが問題なのである。〈作家の利根川裕さんは「類いまれな歌舞伎役者の素材であることを本人がもっと自覚して、自分を大事にして一日も早い復帰を」と望む〉(東京新聞12月8日朝刊 )〈「江戸っ子と助六」などの著書がある演劇評論家の赤坂治積さんは「役者は表現者として、酸いも甘いもしっておくほうがいい。悪人も演じるのだから」と一定の理解を示す。「品行方正な優等生が演じても、面白みがない。役者は小さくまとまらず、破天荒なところがあっていい。それを世間も容認していた〉(同・12月9日朝刊)などといった「世評」が、そのことを裏付けている。御曹司のどこが「類いまれ」なのか。どこが「破天荒」なのか。私は数年前、御曹司の舞台・世話物狂言「小袖曽我薊色縫」(十六夜清心)を見聞しているが、白塗りの二枚目・なよなよした清心が、一転「悪人」に変化(へんげ)する場面を観て驚いた。何だこりゃ!?、役者が「地」に戻っただけではないか。ただドスをきかせて凄むだけ、「悪人を演じる」風情とは無縁であった。まあ、大衆などという代物は所詮「ミーハー」、見る眼がないといえばそれまでの話だが、どうしてどうして「大衆演劇」の役者の方が、御曹司など足元にも及ばない「名演技」を披露している。例えば「仇討ち絵巻・女装男子」の鹿島順一、「三島と弁天」の小泉ダイヤ、「弁天小僧・温泉の一夜」の橘龍丸、「身代わり街道」の白富士健太、「女小僧花吹雪」の梅乃井秀男等々・・・、数え上げればきりがない。さだめし「品行方正な優等生」の著名人には、およそ知るよしもない役者連中であろう。彼らは、しがない「旅役者」、その日その日の劇場で、その日その日の演目(日替わり)を、数十名の観客を相手に、「日にち毎日」演じ続けているのである。座長口上の決まり文句は「未熟者揃いの劇団ではありますが、どうか千秋楽までお見捨てなきよう、よろしくお頼み申し上げます」。今、件の御曹司にとって必要な修業は、そのような精進、そのような謙虚さを学ぶことである。間違っても今回の騒動が「酸いも甘いもかみ分けるよい機会になった」などと思い上がってはいけない。大衆演劇の役者に比べて「十年早い」のである。そんな折、大歌舞伎界、稀代の名優・阪東玉三郎が、御曹司の代役を引き受けたという。曰く「一月が空いており、お引き受けしなければと思った。お声がかかるうちが花。東京での公演は(4月の)歌舞伎さよなら公演以来。やる以上はお正月らしい華やかな舞台にしたい」と語った。(同・12月10日朝刊)さすがは名優、その心がけ(根性)が違う。「お声がかかるうちが花」、その謙虚さこそが「至芸」の源泉であることを、私は確信した。一見「品行方正な優等生」と見られがちな坂東玉三郎こそ、「酸いも甘いも噛み分けた」稀代の歌舞伎役者であることを見落としてはならない。(2010.12.10)
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2019-04-19

幕間閑話・十八世中村勘三郎の「死因」

私の独断と偏見によれば、十八世中村勘三郎の「死因」は、「勘三郎」という名跡を襲名したことにある。彼は、あくまで「勘九郎」でいなければならなかった。父・十七世中村勘三郎は、「勘三郎」という名に値する、独自の芸風を持っていたが、子・十八世中村勘三郎は、それを踏襲・かつ乗り超えることができただろうか。残念ながら、「否」である。昭和40年代末期、十七世中村勘三郎は、息子の勘九郎、娘の波乃久里子を連れて、東京千住の寿劇場にやってきた。公演は、大衆演劇の「山口正夫劇団」。座長の山口正夫と、弟子の一人が親友で、今日は「友情出演」するとのこと、勘三郎は、その弟子の舞台を観る(勉強する)ために、わざわざ下町場末の芝居小屋まで足を運んだのである。息子や娘に「芝居の神髄」を学ばせたい、という気持ちがあったのかもしれない。たまたま、私もその場に居合わせたが、座長・山口正夫と弟子の「舞姿」を見比べて、驚嘆した。一方は大衆演劇界屈指の人気者、他方は無名の歌舞伎役者、しかし、その「風格」には、文字通り「雲泥の差」が生じていたのである。その弟子が誰であったかは思い出せないが、その上品な景色は、未だに私の脳裏に焼き付いている。当時の勘九郎は十代後半、その光景を糧にして、以後の演劇活動を展開したに違いない。さて、中村勘九郎の舞台姿は、子役時代から輝いていた。まだ6・7歳の頃でっあったろうか・・・、「白波五人男・勢揃いの場」で、どん尻に控えた「南郷力丸」を、(今の団十郎、幸四郎ら、先輩連中に混じって)見事に演じた姿が忘れられない。また、日活映画「戦争と人間・第一部」(監督・山本薩夫)では、貧しい労働者に共感する、伍代財閥の次男・俊介役を懸命に演じていた。父親役・滝沢修と「五分で渡り合い」、階級社会に疑問を抱く純粋な14,5歳の姿が、鮮やかに描出されていた、と私は思う。だがしかし・・・、子役時代のスターが、成人後も輝き続けるとは限らない。中村勘九郎の芸風を一言で言えば「器用」、どんな役でも「達者」にこなすが、その先「余韻」が感じられない。要するに、「アッケラカンのパッパラパー」で終わる「役どころ」が「はまり役」といえよう。例えば、(世話物の)「法界坊」、例えば「蝙蝠安」、例えば「髪結新三」あたりまでだろうか。「勧進帳」の弁慶・富樫、「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助 、「平家女護島」の俊寛となると「荷が重い」。NHK大河ドラマ「元禄繚乱」(1999年)の大石内蔵助もひどかった。大竹しのぶ、安達祐実を相手に「地」のままの「スッピン芸」としか、私には思えなかった。しかし、それはまだ、勘九郎時代のこと、また「テレビ芸」の余興として、大目に見ることもできよう。ネット情報では〈舞台・ドラマの「忠臣蔵」で、今まで大石主税・大石内蔵助・浅野内匠頭を演じており「これで吉良上野介を演じたら、忠臣蔵グランドスラムになりますね(笑)」と、吉良役のオファーが来るのを楽しみにしていた。〉などと書かれているが、それが中村勘九郎の「芸風」なのである。しかるに、2005年、彼は(その芸風のまま)「十八世中村勘三郎」を襲名した。それが、何を意味するか、彼は気づいていただろうか。父を超えようとして、父の芸風を消してしまったのである。父・十七世中村勘三郎の芸風は「軽妙・洒脱」、加えて「侠気」もあった。「哀愁」もあった。まだまだ勘九郎(ごとき)が襲える名跡ではあるまいに・・・。 かくて「勘九郎」も「勘三郎」も、永遠にこの世から消え去ったという次第、まことに残念な話である。(2012.12.5)
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2019-04-18

幕間閑話・「遊民の思想」(森秀人)・《若き日の「梅沢武生劇団」》

「遊民の思想」(森秀人・虎見書房・1968年)の「Ⅱ 芸人・大衆芸術論」の中に「考えるところあって、十二月に旅役者の一行とともに田舎を歩いた。梅沢武生一座という。座長は二十四歳。野球選手になりたかったのに親の後を受けて役者になった。生活のためである。妹の正子は二十歳。ふつうの娘のような生活を望んでいるが、彼女も結局舞台に立った。総勢十七名。なんとも陽気な一座である」という書き出しで始まる一節がある。その内容を要約すると、①座長以下全員、舞台づくり移動など工場労働者以上の労働に密着している。②若い現代の旅役者たちは、義理人情の思想に乏しいから、自分たちの芸をあまり信じない。ところが、いったんかれらが舞台に立つと、観客が涙を流して泣き笑う。粗末な小屋で、だから演じるのはむしろ観客なのだ。観客の思想が、舞台の若い役者たちを感動させ、熱中させる。③若い役者にとって、楽屋という見あきた小さな生活圏は牢獄である。他の生活の選択は許されない。小さな共同体は、一人崩れれば全滅するのだ。だから、若い旅役者は淋しい。④彼らは共同体的な芸術を独自に崩そうとあがきはじめている。その結果、ポンコツ喜劇とポンコツ楽団をつくって舞台にのせたら大成功、一座の人気レパートリーとなって、連日十五日間満員で小屋を埋めさせた。⑤それでも若い役者たちは、舞台に生涯をかける気はさらにない。⑥その栄光と悲惨を、わたしはひとごとのように思えなかった。階級社会に生きるすべてのもののそれは象徴なのである。そして、まとめの段落は以下の通りである。「旅役者たちは、芸術の私的所有の今日的形態を、自然に脱却しつつある。知識人芸術家たちの先駆が、文学を行きつめることで、文学を止揚しつつあるように、かれらは芝居を止揚していっている。その行きつめたさきに一座解散という事態が起こっても、あまり驚かないほどの用意は、すでに充分あるのであった」
 この一節の中で、著者・森秀人は何を言いたかったのだろうか、私にはわからない。まず第一に、著者は冒頭「考えるところあって・・・」と書き出しているが、どんなことを考えたのだろうか。第二に、共同体的な芸術(従来のレパートリー)を崩し成功したことが「栄光」、楽屋という生活圏から逃げられないことが「悲惨」だとして、それが階級社会に生きるすべてのものの象徴だと「断定」する根拠は何か。第三に、「旅役者たちは、芸術の私的所有の今日的形態を、自然に脱却しつつある」とは、どういうことか。第四に、「文学を行きつめることで、文学を止揚しつつある」とは、どういう意味か。ちなみに「行きつめる」という単語は辞書に載っていない。また、「止揚」とは「ヘーゲル弁証法の根本概念。あるものをそのものとしては否定するが、契機として保存し、より高い段階で生かすこと。矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること。揚棄。アウフヘーベン(ドイツ語)の訳語」(スーパー大辞林)とある。つまり、知識人芸術家たちの先駆が、文学を「そのものとしては否定するが、契機として保存し、より高い段階で生か」しつつあるように、旅役者も芝居を「そのものとしては否定するが、契機として保存し、より高い段階で生か」していっている、ということか。第五に、旅役者が、芝居を「行きつめたさきに一座解散という事態が起こっても」という時、著者はどのような事態を想定しているのだろうか。
 私が「梅澤武生 劇団」に出会ったのは、この著書出版から三年後(1971年)である。おそらく、そのポンコツ喜劇、ポンコツ楽団に感動、芝居小屋を満員にした一人になるだろう。以後、「梅澤武生劇団」は、小屋主と公演料の折り合いがつかず、「東京大衆演劇劇場協会」を脱退、独自の公演活動を展開しているが、「芸術の私的所有の今日的形態を脱却」したことになるのだろうか。しかも、まだ「一座解散という事態」は起こっていない。思うに、著者・森秀人の「心の中」には(彼自身が図示して説明していることだが)、 人類芸術史は、1・未開 共同体芸術社会(無階級社会)、2 文明 文学的芸術社会(階級社会)、3 大衆芸術(階級社会)、4 新文明 共同体芸術社会(無階級社会)というように発展・発達(止揚)「するはずだ」もしくは「させければならない」という仮説(無政府主義・アナーキズム?)があるようだ。しかし、人類史は、1991年の「ソ連崩壊」によって、「無階級社会」から「一歩後退」という「段階」に陥っているようである。つまり、評論家・森秀人の「仮説」は、今のところ「歴史的事実」によって否定されて「しまった」といえるだろう。その「仮説」は、彼が「心の中」で思った(感じた・願った)ことに過ぎないのだから、「評論」としては成り立たなくて当然である。おそらく、彼の「願望」としては、「文明」によってもたらされた「階級社会」の矛盾の現れである「(高尚・道徳・「体制」的な)文学的芸術社会」(知識人)を、対立・闘争の過程を通じて(低俗・本能・「反体制」的な「大衆芸術」を評価・受容することによって)発展的に統一(「新文明の創造」「無階級社会の具現化」イコール革命)するという「筋道」があったのだろう。 
 しかし現代は「格差社会」、「ソ連崩壊」によって「階級社会」という言葉も死語になりつつある。そして、評論家・森秀人の著書もまた「反古」になりつつあるのだろうか。(2008.4.3)
梅沢富美男と梅沢武生劇団の秘密梅沢富美男と梅沢武生劇団の秘密
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2019-04-17

劇場界隈・「横浜・三吉演芸場」・《大衆演劇の灯よいつまでも》

午後6時から、横浜・三吉演芸場で大衆演劇観劇。「森川劇団」(座長・三代目森川長次郎)。ここの劇場は、大衆演劇の開催地としては「やや異色」である。インターネットで「演劇グラフ」を検索、さらに「全国公演案内」という項目をクリックすると、全国各地の「劇場」が紹介される。三吉演芸場の記事は以下の通りである。〈昭和の初めに旦那芸の披露場所を提供すべく貸しホールとしてスタートし、その後芝居や映画に活躍の場を与え、昭和48年からは改めて大衆演劇に舞台を預けることになったそうです。現在では東京新聞にて日々演目を紹介したり、横浜テレビ局(ケーブルテレビ)で芝居の中継サービスを行うなど、多方面にサービスの輪を広げています。精力的に大衆演劇の灯を広めようとする姿勢はチリ一つない館内の清潔さにも見て取れます〉。まさに、その通り、「チリ一つない館内の清潔さ」が特徴であり、他の劇場に見られる「騒々しさ」「雑多さ」「侘びしさ」「レトロ」といった風情とは一線を画しているところが、「異色」なのである。落語の場が「寄席」と「ホール」に区別されるように、大衆演劇の場も「芝居小屋」と「ホール」(さらには健康センター・ホテルの大宴会場など)に区別されるのかもしれない。とはいうものの、大衆演劇の舞台が映えるのは「小屋がけ」か「大宴会場」まで、「ホール」となると、よほど「異色」(商業演劇的あるいは個性的)な内容でなければ「引き立たない」のではないだろうか。事実、近年この劇場で「大盛況」を結果する劇団は「極めて少ない」ような気がするのである。例えば「近江飛龍劇団」、例えば「剣戟はる駒座」、例えば「春陽座」、例えば「都若丸劇団」くらいであろうか。他の劇団は、いずれも「苦戦を強いられる状況で、特に「夜の部」は、観客数20人程度の毎日が続いているのではないだろうか。
 本日の観客数も20人前後、チリ一つない清潔な館内(客席)に、20人が「点在する」風景は、いかにも「異色」である。(同じ20人でも川崎・大島劇場なら「大盛況」といった雰囲気を醸し出すのだが・・・)言い換えれば、いかにも「息苦しい」。その息苦しさに「飲み込まれ」、多くの劇団は、本来の「実力」を発揮できぬまま千秋楽を迎えるような羽目に陥るのでは・・・。(といった部外者の「大きなお世話」までも誘発するような有様といえよう)私の「独断と偏見」(悪意に満ちた曲解)によれば、各劇団にとって、この劇場は「鬼門にあたる」といっても過言ではない。事実、今日の舞台、芝居の外題も筋書も「失念」してしまうほどの出来栄え、いつもなら「味わい深い」芸風の森川竹之助までもが「劇場の魔物」(雰囲気)に翻弄されてか、贔屓筋相手の「座敷芸」に終始、その様子を見て、座長が「今の芸、ハマちゃんだよな」などと「解説」するようでは、まさに「地に落ちた」という他はない。だがしかし、太夫元・司玉緒、構成演出・森川凜太郎といった斯界の実力者を後ろ楯に、森川竜二、竹之助、竜馬といった若手のエネルギーが充満する「いなせ組」、加えて色香たっぷりの女優・夢川なみ、さらには可憐な子役・森川とっぴん、すっぴんといった「面々」を擁する「森川劇団」の「実力」は「こんなものではない!」のが事実である。今日の観客の誰もがそう思っていたに違いない。大衆演劇の舞台(出来栄え)は「水物」、あくまでも「劇場次第」「客次第」といった「言い様」が断言できる「典型的な事例であった」、と私は思う。ただし、この劇場の、〈精力的に大衆演劇の灯を広めようとする姿勢〉は《本物》、経営者が、精一杯、「大衆演劇の格上げ」を目指している意図は、手に取るように解るのだが・・・。
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2019-04-16

劇場界隈・青根温泉(宮城)「流辿」

2008年7月24日

 午前0時過ぎに、強い地震。テレビニュースによれば、岩手県では震度6弱とのこと、ここは宮城県、震度4程度かと思った。今日は「南劇団」の舞台をもう一度見て、仙台に戻り、そこから秋田方面(「こまち健康ランド」・公演・鹿島劇団)に向かう予定だったが、秋田新幹線が不通(もしくは遅延などの混乱状態)になれば、それは無理。今回は断念しよう。
 午前9時30分に部屋をチェックアウト、大広間(劇場)で待機。今日は「団体客」があるというので、指定席に座らされた。なるほど、10時を過ぎると、「一般客」「団体客」が続々とやってきて、客席はほぼ満席(大入り)となった。「団体客」とは、案の定、仙台市内の「老人クラブ連合会」(常連・50人程)のようで、「いつものところがいいや」などと言いながら、客席前半分を「占拠」した。メンバーの座席が決まると、たちまち瓶ビール、ウーロン茶のペットボトルがテーブルに配られ、宴会(らしき雑談)が始まる。幹事や代表が「あいさつ」しても、誰も聞いていない。幹事は、どうやら「抽選会」をいつやればいいかを諮っているようだが、メンバーは無反応、やむなく幹事の判断で「今始める」ことになった。(私を含めた)「一般客」は「どんなことをするのだろう」と興味津々で見守ったが、何のことはない、世話役が景品の入った茶封筒の番号を読み上げると、その番号に該当する会員が手を挙げ、その景品を手渡す、というだけ・・・。開演までの「暇つぶし」にはならなかった。「一般客」はその間に入浴、正午から昼食(弁当)、午後0時30分から観劇という段取りだが、「団体客」は、その場にすわったまま、雑談を間断なく続けている。まさに「老人クラブの眼目は雑談にあり」という風景であった。 午後0時40分、「南劇団」開演。芝居の外題は「故郷の兄」。筋書は、大衆演劇の定番、ヤクザ同士の喧嘩場で負けた旅鴉(南龍弥)が勝った旅鴉(南竜花)に頼み事、故郷の兄に自分のことを伝えてもらしてえ、勝った旅鴉、委細を承知して退場。二景は故郷の兄の家、土地の十手持ち(三枚目・若手男優・芸名不詳)が兄(南リュウホウ)の女房(責任者・南サヤカ)に横恋慕、「おれのものになれ」と迫るが、どうみても、兄夫婦(劇団責任者夫婦)のほうが格が上、赤子の手をひねるような「やりとり」で、何とも可笑しかった。それに気を取られて肝腎の筋書は「あいまい」、負けた旅鴉の女房(副座長・寿純)が乳飲み子を背負い、夫の遺骨を持って兄を訪ねてきたところまではわかったが、勝った旅鴉とその女房、兄との「やりとり」がどのようなものだったか、はっきりと思い出せない。「見せどころ」は、弟を亡くした兄夫婦の「愁嘆場」であることは間違いないのだが・・・。そんなわけ、で昨晩(観客はわずか10名程度)の舞台に比べて、たいそう大味な「出来栄え」になってしまったような気がする。客の「大入り」が「裏目に出た」のかも知れない。「団体客」の一人が寝転がって観劇、興行主に注意されたり、トイレに行こうとして暗幕を開けようとしたり、といったハプニングもあった。幕間で興行主があいさつ、その中で観客のマナーについてガイダンス(というよりはレクチャー)していた。「役者殺すにゃ刃物は要らぬ、欠伸の三つもすればよい」そうである。なるほど、興行主、役者など主催者側の立場・心情はよくわかる。(客に拍手を催促する役者も少なくない)
ただ「金を払って観ているのだから、(他の客に迷惑をかけなければ)どんな見方をしたってよいではないか」という客の言い分も成り立つ、と私は思う。「拍手が欲しかったら、起き上がってみてもらいたかったら、『芸を磨け』」と言いたい。私が、大衆演劇の他、どこの劇場にも行かないのは、「拍手などまっぴら」「あくびをかみ殺すだけ」「寝るしかない」といった舞台の景色が「目に見えている」からである。「どうぞ欠伸をしてください」「つまらなかったら居眠りをしてください」「寝転がって、日頃の疲れを癒してください」といった「間口の広さ」を前提として、「だからこそ、客を寝させるもんか」という、意地の世界での「一本勝負」が、大衆演劇の醍醐味なのである。「鹿島劇団」の座長・鹿島順一は「客が騒がしいのは辛抱できるが、楽屋裏での雑音は我慢ができねえ」という名台詞をアドリブで吐いたことがある。彼は、決して客に媚びない。(口上でも「心は下座に下りまして」とは言わない)また、拍手を要求しない。(「座員一人一人に公平に拍手をしてください」と頼むことあったが、でも、「そんなこと言ったって、拍手をしようがしまいが、それはお客様の御自由です」と付言することを忘れなかった。そして明るく「さあ!行ってみよう」と、自分自身を鼓舞する姿が、何とも「爽やか」で、私は忘れることができない。 
 まあ、そんなわけで、第二部・舞踊ショーでの客のマナーは向上、拍手の渦が巻き上がっていたが、出来栄えそのものは昨晩の舞台にはおよばなかったような気がした。
 午後3時、送迎バスで「流辿」出発。午後4時、仙台着。地震の影響で混雑する中、「すしや横町」で「牛にぎり」など賞味。東北新幹線で東京着、午後9時30分。
 帰宅、午後10時。
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2019-04-15

劇場界隈・「西脇健康ランドホテル」・《「剣戟はる駒座」の舞踊「哀愁列車」は極め付き》

大阪からJR宝塚線(7時55分発)で篠山口、福知山線に乗り継いで谷川駅下車(9時44分着)、そこから無料送迎バス(10時09分発)に乗ると、25分で「西脇健康ランドホテル」に到着する。(所要時間は約3時間)ただし、この送迎バスは水曜日、土曜日、日曜日しか運行しない。今日は日曜日なので大丈夫だと思ったが、念のため谷川駅の駅員に尋ねると、「さあ、ワカリマヘンナー、そんなバス、見たことアリマヘン」だと。ホテルに電話すると、「ハイ、バスは谷川駅を通ります」「10時9分ですね」「そうです」ということで一安心。やれやれと思ってマイクロバスに乗り込むことができたのであったが、最後尾の座席に座ったのが悪かった。ガタガタ、ピシピシ、グラグラ、「浪の瀬の瀬に揺られて揺れて」、「天然温泉・おふろと大衆演劇の王国」に着いたときは、身も心もフラフラ状態という有様・・・、しかし心配御無用「心とからだをゆっくり解きほぐして気持ちを軽くしてくれる・・・淡い湯けむりの向こうに見えるすべてが心地よく、湯面をゆきかう声と声。じっくりとゆっくりと時間を忘れて湯に染まる・・・これぞ心癒す最高のひととき」(案内パンフレット)と、きたもんだ。ゆっくり入浴後、午後1時から大衆演劇観劇。「剣戟はる駒座」(座長・津川竜)。700名収容の大広間は、ほぼ半分(団体客で)埋まっている。「大衆演劇の王国」にふさわしい客席風景であった。芝居の外題は「ヤクザの花道」。筋書きは単純、親分(勝小虎)を殺された一家三下の飯炊き(津川らいちょう)が、盲目の姐さん(芸名不詳の女優・好演)とともに、用心棒(座長・津川竜)の助けを借りて仇(勝龍治)討ちをするというお話。この劇団の特長は、座員(若手)の豊富さ(賑やかさ)、加えて、音響(芝居)の素晴らしさ。今日の芝居でも(おそらく)舞台に「集音マイク」を設置、役者の面々は(ピンマイクに頼ることなく、ハウリングに妨げられることなく)、のびのびと、思う存分に「自分の声」(肉声)で舞台模様を描出していた。私はほぼ3年前(平成21年7月)、この劇団の舞台について〈芝居ではピンマイクをはずし、役者の「肉声」(口跡)で勝負する、そのことが役者一人一人の「演技力」をどれだけ向上させていることか。集音マイク装置のない劇場では、役者の「声帯」「喉」を守るためにピンマイクの使用は「今や常識」だが、あえてその常識に挑戦、より「艶やか」、より「美しい」舞台を提供しようとする劇団の姿勢に脱帽する他はない〉と書いたが、そのことを今も、継続・実践されている座長・津川竜に心底から敬意を表したい。その結果、津川らいちょう、津川しぶきを筆頭に、賑々しい若手連中の「演技力」が間違いなく、着実に向上しているのだから・・・。加えて、舞踊ショー、(コントもどきの)「網走番外地」はお見事、懲役七年の刑に服す渡世人、それを見送る女房の相舞踊、入所前は乳飲み子(人形)だった娘が、出所時は10歳頃になって対面という場面が、役者を替えて二度繰り返されたが、二度目はなんと3歳児から次々と(5人の?)子役を総動員して対面する。女房は乳飲み子(抱きかかえ)を腹の中には次の子まで宿している、という演出は、抱腹絶倒の名場面であった。さらに極め付きは、座長・津川竜の「哀愁列車」、三人の若手を従え、宝塚「(淡島千景+涼風真世)÷2」然として登場(女形)、艶やかに黄色いハンカチを振りながら、(アップテンポで)「後ずさり」していく風情の中には、「今宵逢瀬を待ちわびる 君のしあわせ祈りつつ 旅にのがれる哀愁列車」「こらえきれずに見返れば すがるせつない瞳(め)のような 星が飛ぶ飛ぶ哀愁列車」(詞・横井弘)といった眼目が鮮やかに凝縮されている。その景色は、まさに「おもしろうてやがて悲しき別離かな」、斯界・組舞踊の「至宝」といっても過言ではあるまい。あの九州・玄海竜二一座「ヤットン節」と肩を並べる出来映えであった、と私は思う。なるほど、ここは「大衆演劇の王国」、はるばる来たかいがあった、というものである。望外の幸せを噛みしめて(マイクロバスの最前列に乗車)、帰路に就いたのであった。
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(2003/08/06)
三橋美智也

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2019-04-14

劇場界隈・「東海健康センター」・《「鹿島順一劇団」、芝居「月夜の一文銭」の名舞台》

早朝に自宅を出発、新幹線で東海健康センターに向かう。「鹿島順一劇団」(座長・三代目鹿島順一)の舞台を見聞するためである。東海健康センターへは、名古屋駅から地下鉄東山線、鶴舞線と乗り継いで約30分、赤池駅で下車、時計台前から30分毎発の送迎バスに乗車、約5分で到達する。そこは文字通り、「東海の」「健康センター」といった趣で、三河ムード独特の「人なつっこさ」「気安さ」といった空気が、あちこちに漂っていた。食堂では特製のおでん、ジャコ天、焼きそば、きしめん等々、いわゆるB級グルメを十分に満喫することができる。浴場、浴室も広く清潔で申し分なく「パノラマ絶景露天風呂」「中国漢方薬湯」「泡風呂」「ヒノキ風呂」「樽風呂」「遠赤外線サウナ」「美肌湯」「薬草スチームサウナ」等々、多種多様な設備が整っている。個室に宿泊しても1泊1260円が追加されるだけ、年金生活者にとっては、なんと素晴らしい娯楽施設ではあるまいか。案内パンフレットには以下のように記されていた。〈正月公演 鹿島順一劇団 座長 三代目鹿島順一 今年の6月に鹿島虎順改め、三代目鹿島順一を襲名。名跡の重圧と胸に秘めた希望を抱え、突き進む若き座長の「鹿島順一劇団」。当館初登場です。元日よりの正月公演がどんなお芝居で始まるのか乞うご期待下さいませ〉。「乞うご期待下さいませ」といった表現が、何とも「心優しく」、私の心も底から温まった次第である。さて、昼の部、芝居の外題は「月夜の一文銭」。インターネットの情報によれば、その作品は以下のように解説されている。〈原作は大正から昭和にかけて新派の作品を多く手がけた劇作家・川村花菱による悲劇。劇団によっては「月夜の一文銭」という題名で上演されることもある。正太郎は板前のいい腕を持ちながら、スリの子分から足を洗えないでいた。そんなある日、正太郎は幼なじみの牙次郎と再会する。実は牙次郎もまた空き巣狙いやかっぱらいなどをして暮らしていたが、そんな暮らしに嫌気がさし、お互い死ぬ気になって地道に働こうと誓い合う。それから数年後、田舎の料亭で板前をしていた正太郎は、偶然かつての兄弟分・三次と再会する。三次はスリだった過去をばらすと脅して正太郎から二百両をゆすり取り、「銭がなくなりゃまた来るぜ」と言う。思わず正太郎は、持っていた包丁で三次を刺す。正太郎と再会を約した日が近づく中、御用聞きの勘次の手下となっていた牙次郎は、首に百両という賞金のかかった下手人が江戸に向かっているという話を聞く。手柄を立てて出世した自分を正太郎に見せたくて、自分に捕まえさせてくれと勘次に頼む牙次郎。そして約束の日。再会を喜んだ牙次郎に、正太郎は「縄をかけてくれ」と被っていた笠をとる。その額には、賞金首の人相書きと同じ傷があった。捕り手に囲まれた正太郎は、「牙次郎の手柄にしてやってくれ」と勘次に頼むが、牙次郎は自首させようとノ。黙って縄を解いた勘次に礼を言い、正太郎と牙次郎は並んで歩き出す。「あの世までの道連れ」と言いながら。http://www.engeki-g.com/engeki/enmoku/menu/sa.html今日の舞台は、正太郎(正吉こと嵯次郎)に花道あきら、牙次郎に座長・三代目鹿島順一、敵役・(山猫の)三次に太夫元・甲斐文太、御用聞きの寛次(神田明神下・早縄のお京)に春日舞子といった配役で、まさにゴールデンキャスト!。甲斐文太によれば、〈去年は蛇々丸、今年は大吉が辞めました。まぁ何が有ろうと、三代目座長襲名して、まだ一年にも満たぬ半年目ですが、残ったみんなで頑張ります。どうぞ応援宜しくお願い申し上げます〉(「かしま会ホームページ」・「お知らせ」)ということだが、「まあ何があろうと」「鹿島順一劇団」の実力が「日本一」であることに変わりはなく、その出来栄えは「国宝級」であった、と私は思う。とりわけ、甲斐文太の「極悪非道」模様は天下一品、我欲のためには何でもする、殊勝に「改心」の様子を見せながら、したたかに嵯次郎から五十両を掠め取り、ややあって哄笑に転じる風情は最高傑作。途中、嵯次郎役・花道あきらのピンマイクが切れた(故障)と見るや、自分のマイクのスイッチも切り、「肉声」のやりとり(口跡)で舞台を展開する。役者(芝居)の条件は「一声、二振り(顔)、三姿」という常道に即した、とっさの判断に、私は身震いするほどの感動を覚えた。加えて、御用聞きの女親分に扮した春日舞子は、おそらく初役。(少なくとも私は初見)これまで敵役・三次を演じていた蛇々丸の「穴」を甲斐文太が埋め、さらに御用聞きを演じていた甲斐文太の「穴」を春日舞子が埋めるといった計らいで、結果、その方が「見栄えが増す」のだから、観客にとっては望外の幸せというものである。この女親分、男勝りの腕利きだが、牙次郎の前では時として「母性」が表れる。「ぜひとも、十手を貸しておくんなさい」と頼み続ける牙次郎の懸命な姿に、客席から大きな拍手、意を決して「・・・わかった。1回だけ貸してやろう。そのかわり、ここを一歩も離れるんじゃないよ」と言い残して退く姿は、どこか「母親の姿」を彷彿とさせる趣で、たいそう印象的な場面であった。そうした「脇役」の名演技に支えられてか、牙次郎と嵯次郎の「絡み」具合も「珠玉の名品」に仕上がった。座長・鹿島順一の芸風は「渾身の動」、対する花道あきらは、どこか頼りなげな「静」、そのコントラストが、いっそうの「哀しみ」を際だたせる。花道あきらの一つ一つの表情、振り、姿による「無言の演技」が、この芝居の眼目を雄弁に物語っていた。彼もまた、甲斐文太、春日舞子の薫陶によって成長した、斯界の名優であることを、私は確信したのである。
 舞踊・歌謡ショー、昼の部、甲斐文太の「弥太郎笠」、座長三代目鹿島順一の「男新門辰五郎」、夜の部、甲斐文太の「大勝負」、座長の「佐渡の恋歌」は、「立ち役舞踊」の逸品。舞踊・歌謡が「三分間のドラマ」であることを、あらためて確認、そしてまた、やはり男優は「立ち役舞踊」でその「色香」を描出してこそ「実力者」であることを肝銘、今日もまた大きな元気を頂いて「日帰りの」帰路に就くことができたのであった。
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2019-04-13

劇場界隈・《千代田ラドン温泉は岩盤浴と芝居の二重奏・劇団「芸昇」》

玉川温泉の「湯治」と同じ効力を家庭のお風呂で半永久的に再現できるラジウム温浴器「玉川の花湯」玉川温泉の「湯治」と同じ効力を家庭のお風呂で半永久的に再現できるラジウム温浴器「玉川の花湯」
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午前10時、常磐線土浦駅東口発の送迎バス(神立駅経由)で、「千代田ラドン温泉センター」に向かう。ここのキャッツフレーズは「ラドンがうれしい ラジウムの効果をたしかめた 充実のラジウム岩盤浴」とあるように、肌あれ、冷え性、便秘から、自律神経失調症、神経痛、リウマチ、糖尿病、気管支炎・喘息、痛風、脳卒中、悪性腫瘍(がん)にまで「効能がある」ということである。その根底には「放射線ホルミシス」という考え方が横たわっている由、すなわち「たくさんの量だと生物に害を及ぼす放射線が、ごく微量ならば、逆に、生物に有益な効果をもたらす」そうな・・・。私自身、体調は不安定、多分、上記の疾患に冒されているだろうことは百も承知、とりわけ「喉頭がん」「食道がん」「前立腺がん」「大腸がん」のいずれか、またはすべてと診断されたら、即座に納得するつもりだ。加えて、そのための病院治療は不要、ここのような温泉センターに「逗留」または「通所」しながら、臨終を待ちたいと思う。
土浦駅から20分あまりで到着、フロントで「岩盤浴をしたい。初めてなので・・・」と言うと、従業員が懇切丁寧に「入り方」を教えてくれた。そのとたん、私にはもう「ラジウムの効果」」が現れたようで、すこぶる快適な「体調」になったのである。岩盤浴、ラジウム温泉浴、仮眠、ラジウム吸入などを「適宜」繰り返しながら「闘病」することが肝要、予防も含めてこれから「足繁く」通い詰めることになるだろう。
 うれしいことに、このセンター「食事をしながら演劇が楽しめます」。公演は大衆演劇「劇団芸昇」(座長・みやま昇吾)。「劇団紹介」によれば〈プロフィール 劇団芸昇 平成14(2002)年6月1日創立。豊かなキャリアを誇るみやま昇吾座長が、若い座員たちを引っ張っている劇団である。芝居のレパートリーも200本を数え、ジャンルも人情物・喜劇・時代劇・現代劇と幅広く、そのうち7~8割がオリジナルな劇だという。座長 みやま昇吾 昭和40(1965)年6月24日生まれ。神奈川県出身。血液型O型。役者の父母を持ち、5歳で初舞台を踏む。さまざまな劇団でキャリアを磨いたのち、平成14(2002)年に「劇団芸昇」を旗揚げする。「大衆演劇でしかできない、面白い芝居」をモットーに、若い座員たちとともに切磋琢磨の日々である〉ということである。また、キャッチフレーズは〈「面白い芝居」を追求するフレッシュな劇団。キャリア豊富なみやま昇吾座長率いる「劇団芸昇」。歴史は新しいが、幅広いジャンルの、オリジナルの芝居にこだわった見応えのある劇団である。若手のフレッシュな動きにも要注目!!〉であった。芝居の外題は「月下の剣」。土地のヤクザ(親分・みやま春風)に無断で商売をしていた農家の娘(女優1・芸名不詳)が、一家の若い衆に乱暴されているところを、若侍の夫婦(夫・みやま太一、妻・女優2・芸名不詳)に助けられる。そのことを恨んだ親分が、一家の用心棒(座長・みやま昇吾)に「若侍を殺っておくんなさい」と頼む。かくて若侍と用心棒は斬り合うが、腕は用心棒が上、若侍、これまでと刀を投げ出すが、妻と赤児が盾となったので、さすがの用心棒も刀を振り下ろせない。実を言えば、若侍と用心棒は「仇同士」、本来なら(用心棒が)「討ってしかるべき相手(若侍)」助けてしまうという筋書きであった。〈「面白い芝居」を追求する〉ためだろう、大筋とはあまり関わりのない「茶店」の〈フレッシュな〉母娘(女優3・芸名不詳と女優1・二役)登場、用心棒との「絡み」で舞台を盛り上げていた。座長の風貌は「風見涼太郎」「瀬川伸太郎」風だが、貫禄は上、伝統的な旅役者(関東風)といった風情で、まさに「キャリア豊富」の看板に偽りはなかった。「舞踊」「歌唱」もお見事、どんな役でも「器用にこなす」ところが魅力的である。加えて、ベテラン(頭取)・みやま春風の「味」、若手連中の「勢い」も彩られ、「客との呼吸」「役者相互の息合わせ(チームワーク)」次第では、「大化け」(大躍進)可能、前途有望な劇団だ、と私は見た。
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2019-04-12

劇場界隈・「みかわ温泉海遊亭」(愛知)・《「鹿島順一劇団・芝居「中乗り新三」》

JR東海道本線浜松駅から豊橋、蒲郡と乗り継いで、午前9時30分、みかわ温泉海遊亭の送迎バスに乗車。蒲郡駅からの乗客は、もう一人、中年の女性のみ。曰く「お友達の話だと、今月の劇団は先月よりよくないそうですよ」。さもありなん、大衆演劇ファンの大半は、豪華で派手で賑々しければ満足するものなのだ。眉毛の下についているのは銀紙同然、およそ「観る眼」とは無縁の代物である。バスは、途中JR三ヶ根駅を経由したが乗客はゼロ、名鉄東幡豆駅で老年の女性一人を乗せて、10時20分、海遊亭に到着した。ここのキャッチフレーズは「三河湾にたたずむ究極の隠れ家」とのことで、その魅力は「静閑悠楽・・海に招かれしくつろぎの宿。心にしみ入るおもてなし」という一言に要約されるらしい。なるほど「全室オーシャンビュー」の設計で「目下に広がる大海原を眺めれば、まるで海の上に浮かぶプライベートルームのよう」という宣伝文句に偽りはなかった。とりわけ、知多半島の先端に沈む夕日の煌めきは、まことに見事な景色であった。さて、私の目的は大衆演劇の見聞、ここには「最大600名様収容可」とされる演芸大ホールが設けられており、「人気一座迫力公演」と銘打たれた舞台が連日開演されている。2月公演は「鹿島順一劇団」。本日、第一部・芝居の外題は「中乗り新三」。この演目は大衆演劇の定番。どこの劇団でも上演する「月並み」な内容とはいえ、「鹿島順一劇団」の舞台は一味も二味も違う。配役は、主人公・中乗り新三に座長・三代目鹿島順一、その母に春日舞子、その妹に幼紅葉、新三が草鞋を脱いだ一家親分(敵役)に花道あきら、一家代貸し(相手役)に甲斐文太、その女房に春夏悠生、一家子分衆に赤胴誠、梅之枝健、滝裕二といった面々である。親不孝して家を飛び出して6年目のこと、新三が草鞋を脱いだ一家の親分は身持ちが悪く、代貸しの女房に目をつけ、手籠めにしてしまう。それを知った代貸しは、親分の悪行に正面から立ち向かうことも出来ず、せめて「盃を水にしておくんなさい」と絶縁を願い出て許された。これからは堅気になって新生活をはじめようと、恋女房を木曽山中の茶屋に先立たせて、その後を追う急ぎ旅。それを待ち伏せしたのが中乗り新三。「あんさんに恨み辛みはござんせんが一宿一飯の恩義のため、お命頂戴いたしやす」一騎打ちの勝利は新三に傾いて、代貸しは絶命。今際の話では「大事な女房を親分に汚された。これからは堅気で暮らそうと、木曽山中の茶屋で落ち合う手筈になっている。どうか、あっしの替わりにこの五十両を届けておくんなさい」それを聞いた新三は驚いた。親分の話とは正反対。「おめえさんが、親分の女房と間男したのではなかったのか・・・」まさに覆水は盆に還らず。しかも、その木曽山中の茶屋とは、他ならぬ自分の生家であったとは・・・。今さら、親に合わせる顔がない。とはいえ、この五十両は届けてやりたい。えい、ままよ!新三はすべてを覚悟して、木曽山中に赴いた。その後の顛末は、新三、その母、妹、代貸し女房の「絡み合い」で、お決まりの「愁嘆場」へと進むが、今日の舞台、新三の妹役・幼紅葉の演技が、ことのほか冴えていた。帰ってきた新三と、うれしそうに、なつかしそうに対面する清々しさ、新三を木戸外に締めだし不孝を諭す母の話を傍で聞きながら涙する可憐さ、代貸しの女房に必死で兄(新三)の命乞いをする一途な風情等々、脇役としての「妙技」を垣間見せる、わずか十三歳の役者とは思えぬほどの舞台姿であった。劇場案内パンフレットに、〈若い座員を中心とするパワーあふれる舞台が特徴。劇団員の個性を大切にしつつ、どんな時にも団結力ある劇団を目指している。舞台での一瞬一瞬に劇団員の持ち味を堪能できる〉と紹介されているとおり、彼女の個性、持ち味が、舞台での一瞬一瞬を、鮮やかに際だたせていた、と私は思う。そのことは、子分役を軽妙に演じ赤胴誠、女房役を華麗に演じた春夏悠生にもいえることであって、そこらあたりが他の劇団とは「一味も二味も」違う所以なのである。座長・三代目鹿島順一、花道あきらの「充実」、責任者・甲斐文太、春日舞子、梅之枝健の「円熟」、滝裕二の「活躍」、春夏悠生、赤胴誠、幼紅葉の「成長」ぶりが「団結力」の源であることを確信、今日もまた、大きな元気を頂いて、オーシャンビューの大浴場へと向かった次第である。
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2019-04-11

劇場界隈・《太平洋健康センター・蟹洗温泉》(公演「劇団駒三郎」)

午後1時から、「太平洋健康センター・蟹洗温泉」で大衆演劇観劇。「劇団駒三郎」(座長・南條駒三郎)。シルバーウイークも「宴たけなわ」といった雰囲気で、劇場のある施設、子連れ家族客、サイクリングレースの中年選手、仮眠目当ての若者客などでごった返し、大浴場のなかは文字通り「芋を洗う」様相を呈する。「蟹洗」ではなく「芋洗温泉」と呼んだ方がピッタリの風情であった。割引券を利用して素泊まり1泊・2200円)は格安、不況時代の観光地として「客が殺到」するのも肯けるのだ。経営者・従業員にとっては、「うれしい限り」だろうが、利用者にとっては、どこに行っても人、人、人といった状態で、「今晩一晩、はたして安眠できるのだろうか」といった不安がつきまとう。そんな時の心がけは、以下の通りである。①貴重品は必ずフロント(または所定の場所に)預けること。②仮眠室の「場所取り」を焦らないこと。(施設側は仮眠室が満床になると、必ず別室を開放する。その別室の「壁に囲まれた空間」を寝床にすると快適に安眠できる。③入浴は、深夜または夜明け(3時~5時)、誰もいない広々とした時に行うこと。
 さて、午後0時30分、劇場・蟹座開場。施設内の雑沓に比べて、客席はまばら、なるほど、大衆演劇の「人気度もこの程度か」、何事も程々が肝腎と妙に納得してしまった。芝居の外題は、時代人情劇「五本の指」、大衆演劇の定番で、親にとって子どもは「五本の指」、どの指を切っても痛いように、どの子を亡くしても痛くないことはない、そのかけがえのない心情の描出が眼目であろう。登場人物は長兄(劇団頭取・中村駒次郎)、次兄(劇団座長・南條駒三郎)、末弟(若手・駒條竜次郎)、兄弟の母(劇団重鎮・金井保)、長兄の嫁(ベテラン女優・音羽三美)、金貸し(若手・駒條まさと)といった面々で、筋書はいたって単純、それまでは「親孝行」の「仲良し」で通っていた三人兄弟の長兄が、嫁をもらった途端に変心、佐渡の金山に働きに出た次兄の留守中に、嫁と一緒になって年老いた母と病弱の末弟を「いじめ抜く」、しかし三(五だったか?)年後、帰ってきた次兄の諫言に夫婦共々「改心」してハッピーエンドという「わかりやすさ」、親にとっては「どの子も可愛い」という慈母の風情を、八十余歳の名優・金井保が「見事」に演じきり、中高年女性客の誰もが「涙を拭いていた」。憎まれ役の長兄・中村駒次郎、嫁・音羽三美も、さすがベテランの味を出し切って「好演」、とりわけ、本来なら「老け役」音羽三美が、今月臨月を迎えて休演の女優・南條小竜(座長の配偶者)の「穴」を埋めて、着実な舞台を務めている姿が、感動的であった。いつ、どんなときでも、やらなければならないときは、きちっとやる、それができるのが役者の「実力」というもの、彼女は舞踊ショーにおいても、民話「夕鶴」の「つう」を「精一杯」「華麗に」踊って魅せたが、まさに「お見事」「御立派」と言う他はない。
 金井保を筆頭に、中村駒次郎、音羽三美といったベテラン勢が「大活躍」している劇団は、見ているだけで「元気がもらえる」、その舞台を演出・コーディネートしている座長・南條駒三郎の「長幼の序」を重んじた「先輩孝行」に敬服・脱帽する他はなかった。
対訳 動物農園―おとなのおとぎばなし対訳 動物農園―おとなのおとぎばなし
(2010/10/18)
ジョージ オーウェル

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2019-04-10

劇場界隈・「安田温泉やすらぎ」は全国一の《桃源郷》

 今日からの三連休を利用して、新潟県阿賀野市にある「名湯・安田温泉やすらぎ」に赴いた。今年6月にも訪れたが、以下はその時の感想である。〈7時48分東京発上越新幹線「Maxとき305号」に乗車、新潟の「安田温泉やすらぎ」に赴いた。終点の新潟駅で下車、駅前から10時30分発の送迎バスに揺られて45分後、玄関前に到着する。そこは「源泉露天風呂にサウナ、北投石岩盤浴が楽しめる大型保養センター・ホテル」と宣伝されている。1泊5000円の素泊まりで、「ナトリウム塩化物強塩泉(中性高張性低温泉)が十二分に楽しめる。さらに1000円追加すれば「大衆演劇」の芝居見物、800円追加すれば、秋田玉川の北投石・焼山石、北海道上ノ国のブラックシリカ、新潟村杉の薬師石などなどの「岩盤浴」が楽しめるという趣向で、まさに至れり尽くせりの保養施設であった。とりわけ素晴らしいのは、従業員の「接客態度」、文字通り「おもてなし」のお手本を、いとも自然に描出し、温泉以上の温もりが感じられる。それというのも、老社長自らが先頭に立って陣頭指揮に当たっているからであろう。また、売店に並べられた新鮮な野菜、手作りの一品料理の数々も圧巻である。トマト、キュウリ、トウモロコシなどをその場で食べる客のために、包丁まで提供してくれる。土地名産の厚揚げ焼き、冷や奴、コロッケ、イカのリング揚げ等々は、出来上がり直後の美味を堪能できる、といった按配で、その心づくしに心底から感動した次第である。言葉だけでなく、本当の「やすらぎ」を体験できる、全国屈指の施設であると私は思った。〉
 その思いは、今回、再訪しても全く変わらない。むしろ、より大きくなり、「全国一位」の施設だと確信するようになった。私はこれまでに「あおもり健康ランド」(青森)、「流辿」(宮城)、「えびす座」(福島)、「カッパ王国」(福島)、「蟹洗温泉」(福島)、「なか健康センター」(茨城)、「つくばYOUワールド」(茨城)、「行田温泉茂美の湯」(埼玉)、「ホテル三光」(埼玉)、「湯ぱらだいす佐倉」(千葉)、「スパランドホテル内藤」(山梨)、「浜松バーデンバーデン」(静岡)、「みかわ温泉海遊亭」(愛知)、「八尾グランドホテル」(大阪)、「箕面温泉スパガーデン」(大阪)、「大江戸温泉物語ながやま」(石川)、「はわい温泉千年亭」(鳥取)、「苫田温泉乃利武」(岡山)に遠征・宿泊・観劇の経験があるが、①温泉(泉質)の素晴らしさ(効能)、②館内施設の清潔さ、③従業員の温かさ、④手作り料理の美味しさ、において「安田温泉やすらぎ」を超える施設はなかった、と思う。さらに、その⑤を加えれば、館内雰囲気の健全さ(利用客のマナーの良さ)である。食事処に従業員の姿はない。配膳や片付けは客の仕事であり、座布団も客が敷き、使用後は自分で片づける。売店には焼き魚、ジャガイモ、里芋の煮転がし、コロッケ、焼きイカ、鶏の唐揚げ、冷や奴、新鮮な野菜サラダなどの「皿料理」が所狭しと並べられ、客はお好みの一皿、二皿を手にすると、思い思いの席に陣取って酒宴が始まる。しかし、カラオケの喧騒に悩まされることはない。そのような他人の迷惑になる無粋な装置は設置されていないからである。イクラ丼、海鮮丼、ヒレカツ定食、天ぷらぞば、ラーメンなどは食券を購入して厨房の注文カウンターに持っていく。しばらくすると「食券○○番のお客様、お食事の用意ができました」という放送が流れ、客は配膳口まで取りに行く。セルフサービス・オンリーのシステムだが、少しも不便はない。従業員のサービスは、その分「手際の良さ」「清潔な環境」の方に注がれている。極め付きは、トイレの入口に貼り出されたポスターであろうか。そこには「《はきものをそろえる》 はきものをそろえると心もそろう 心がそろうとはきものもそろう ぬぐときにそろえておくと はくときに心がみだれない だれかがみだしておいたら だまってそろえておいてあげよう そうすればきっと 世界中の 人の心もそろうでしょう 水原ロータリークラブ」と記されてあった。事実、トイレのサンダルは常にそろっていた。ともすれば乱れがちな娯楽施設のマナーを、客同士が高め合う「教育力」の賜である。館内の営業時間は9時30分から22時まで、食事処のラストオーダーは21時と定められている。21時50分頃まで食事処の大広間は団体客、家族連れなどで大いに盛り上がっていたが、終曲「蛍の光」が流れ出すと、たちまち「手際よく」帰り支度をはじめ、22時ジャストには誰もいなくなっってしまった。お見事!、館内の「人の心がそろっている」(一糸乱れぬ)情景を目の辺りにして、私は感嘆した。加えて、ナトリウムー塩化物強塩泉(中性高張性低温泉)、北投石ラジウム岩盤浴の効能は「天下一品」で、私たちの疲れ・病・老いをやさしく癒やしてくれる。秋田の玉川温泉、茨城の千代田ラドン温泉と肩を並べる素晴らしさである。さらに、「劇場 かわら座」では、連日、大衆演劇の公演も催されている。今月は「劇団駒三郎」、座長・南條駒三郎が「歌と踊りのグランドショー」で唄った「なやみ」(詞・久仁京介、曲・遠藤実)こそ、この劇場空間にふさわしい絶品であった。「あまりにまぶしい 眼のひかり みるほどお前が 愛しくなるけど これでいいのか 間違いか 出来ればこの手で しあわせあげたい」という歌声が、今も、私の心に響いている。まさに、「安田温泉やすらぎ」は、身も心も洗われる、全国一の桃源郷(極楽浄土)であることを、私は確信したのである。(2015.10.10)



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2019-04-09

劇場界隈・「上山田温泉・信州大勝館」・《夢は夜ひらく・「おおみ劇団」》

 午後4時、長野しなの鉄道戸倉駅着。タクシーで上山田温泉・信州大勝館に向かう。入口で休館でないことを確認し「宿探し」に行こうとすると、中から従業員に呼び止められた。「今日はどこにお泊まりですか?」「まだ決まっていません」「それなら、良い宿を紹介しますよ。ともかく中にお入り下さい」ということで、お茶までごちそうになった。「どちらからお出でですか?」「千葉です」「それなら、佐倉にも行かれましたか?」「(早乙女)太一さん、見に行きましたよ」「あら、そうでしたか。私たちも見にいったんですよ」「大入りだったでしょう」「大入り大入り・・・。」などと、話は尽きない。紹介された宿は、徒歩1分「小石の湯・正明館」ということであった。素泊まり3800円なら、ビジネスホテルより廉価。しかも、そこは由緒ある老舗旅館であった。浴室の入口には以下のような掲示がある。〈小石の湯伝説 むかしむかし、ここ千曲川のほとりにお政という美しい娘がおりました。ある夏の日のこと、江戸から長旅の途中、病にふせる男・米吉を救ってやりました。やがて二人は恋仲となりめでたく祝言を挙げました。村人も羨ましがるほど仲睦まじく暮らしておりました。ある秋のこと米吉が江戸への用向きで旅立ったまま音沙汰がなくなってしまいました。ある夜、米吉を待ち途方に暮れるお政の夢枕にお観音様がお立ちになった。「米吉を救いたくば、千曲川原の赤い小石を百個奉納しなさい」と言って消えてしまわれた。それからというもの、お政はただ一心に小石を探し求め、ある冬の寒い日、一筋の湯気が立ち上る所から、どうにか百個目の石を探し当てました。そうそうに、観音様に奉納すると、ほどなく愛しい米吉は無事お政のもとへ戻りました。村人たちは、観音様のお導きの湯を「小石の湯」と名付け、今の世に伝えているのです。〉なるほど、浴室の観音像の前には小石が積み上げられている。泉質は硫黄泉、源泉かけ流しの「名湯」であった。午後5時、夕食がてら温泉街を散策しようと表に出たが、愕然とした。休前日だというのに、開店している飲食店が見あたらないのである。辛うじて1軒の居酒屋に入り夕食、午後7時から信州大勝館で大衆演劇。入館して、また驚いた。開演30分前観客2名、15分前3名、5分前4名、時々、役者が舞台幕の隙間から客席を窺う様子、「無事に幕が開けられるうかどうか」こちらの方が心配になってきた。だがしかし、7時ちょうど、おそらく「いつものように幕が開く」。出演は「おおみ劇団」(座長・おおみ悠)。座長・おおみ悠の舞台は初見だが、叔父の近江飛龍、兄の蛇々丸を私はよく知っている。いずれも芸達者、斯界屈指の「名優」が身内とあっては、「一度は見ておかなければならない」劇団であった。「劇団紹介」によれば、〈プロフィール おおみ劇団 平成13(2002)年3月1日旗揚げ。座長の叔父である「近江飛龍劇団」近江飛龍座長のもとで子役から舞台に立っていたが、のれん分けで独立。現在座員8名の中、特に3姉弟が力を合わせ、頑張っている。若い座長のかわいらしさと、舞台で見せる迫力とのギャップが魅力の劇団である。座長 おおみ悠 昭和59(1984)年8月6日生まれ。和歌山県出身。血液型B型。親族はほとんど大衆演劇の役者という家系で、1歳半で初めて舞台で歌を歌う。叔父にあたる近江飛龍座長のもとで「近江童(おうみわらべ)という名で役者をしていたが、旗揚げ時に改名。おおみ悠の「悠」は、「悠々」とした人間を目指して、という意味も込められている。踊りが好きで、総舞踊の演出なども、手掛けている〉ということである。また、キャッチフレーズは〈大衆演劇界の、かわいいつぼみの花たち!! 花に例えると、まだつぼみのような、かわいい雰囲気の座長、そして副座長。いつか大輪の花を咲かせるため、まだまだ勉強中と、日々奮闘している「おおみ劇団」です〉であった。芝居の外題は「深川情話」、筋書きは鹿島劇団・「月の浜町河岸」とほぼ同じ、要するに料理屋の仲居(おおみ美梨)から財布をすったスリ(座長・おおみ悠)が、目明かしの親分(近江ケンタロウ)に「現行犯」で捕まったが、仲居はスリをかばい「その財布は私があげました」と言う。スリは改心、その様子を見た目明かしも「ほら、きれいな月だ、見てみろ・・」と言いながら、縄をほどいてしまう。仲居には情夫(三花れい)がおり、金を貢いでいたが、これが性悪で、新入りの仲居(大川町子)と遁走した。1年後、仲居は主人(沖田秀・「劇団舞姫」より出張)に見そめられて店の女将に、スリは堅気の小間物屋(またはかんざし職人)として自立、しかし、性悪な情夫は「金の切れ目が縁の切れ目」か、一緒に遁走した女に捨てられ、落ちぶれ果た姿で再び店先へ・・・。女将に出世した「昔の女」を恐喝する。そこに居合わせた元スリの小間物屋、情夫とその一味と対決、全員を片付けた。せっかく堅気になれたのに再び縄をかけらる羽目に・・・。今度ばかりは「傷害致死」もしくは「殺人」罪、目明かしも見逃がすわけにはいかなかった。でも1年前と同様、「ほら、きれいな月だ、見てみろ・・」と言って、縄を解き放つ。名乗って出た方が罪も軽くなるだろう、という計らいなのである。元スリの小間物屋、本当は仲居のことが好きだったのだ。でも今は、立派な旦那がいる。せめてもの「恩返し」、どこか「一本刀土俵入り」の風情も加わって幕となった。  芝居・舞踊の「出来栄え」は、「上品」で一級品、劇団員は女優が多く「立ち役」も立派にこなすので、例えて言えば、「大衆演劇のザ・タカラヅカ」、本物よりは数段上の「実力」だと、私は思う。しかし、観客数は10名程度、劇団員の人数よりも少ないとは、誠に「もったいない」話である。ラストショーも終わり、夜9時20分、劇場の外に出て、また驚いた。折から冷たい雨が降り出しているにもかかわらず、6時頃には閉まっていた「飲食店」が一斉に店を開け、赤い灯、青い灯、極彩色のネオン街の幕が上がっていたのである。なるほど、旅館・ホテルで夕食を終えた宿泊客が「射的」「カラオケ」「スナック」へと繰り出す時間なのか。それにしても、夕方の「うらぶれた」「わびしい」飲食店街の景色はどこへやら、各露地、横町にたたずむ「客引き」の活気には圧倒された。まさに、温泉街の「夢は夜ひらく」風情であった。
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2019-04-08

劇場界隈・「浪速クラブ」(大阪・新世界)

ある老舗の「常打ち小屋」(実は「浪速クラブ」・大阪新世界)、その日、客席は開演一時間前から「大入り」が予想された。花形役者の誕生日とあって入場者全員に粗品(役者の芸名を染め抜いた手拭い)がプレゼントされるからだ。座席は予約で満員、当日席はすべて補助席という状態であった。しかし、小屋の若い衆(従業員)は手慣れたもので、次から次に入場してくる客を、手際よく補助席に案内していく。そんな時、客はもう「見やすい席」をあきらめなければならないのだが、黙って応じるとは限らない。私は上手の壁際にある三人掛けの長椅子に案内された。その隣に七十歳代とおぼしき(しかし元気のいい、血気盛んな)女性客二人もまた案内されてきた。客「にいちゃん、ここ疲れるわ、他に席ないのんけ?」若い衆「あっちは、予約席ですねん、ここで我慢してもらえませんか」客は「しゃーないな」と不満たらたらという表情で舌打ちした。入場者はさらに増え続け、通路に丸椅子が並べられた。件の女性客はそれをめざとく目にすると、「なんや、あっちの方がええやないか。あっちに移ろ、移ろ・・・」と言って、そそくさと席を立ち、移動してしまった。そこへ若い衆がやってきた。「ちょっとお客さん、待ってくれまへんか。そこは、外で並んでいやはるお客さんの席ですねん」「ええやないか、わてらが先に来てるんやから・・・。金(追加料金)はらえば文句ないやろ」「ですから、ちょっと待っててくれまへんか。席が空いたら(確保できる見通しがついたら)案内しますよってに・・・」女性客は渋々、私の隣の席に戻ってきた。「なんや、えらそうに・・・。客をなんだと思っているんや」しかし、若い衆は冷静である。自分のもくろみ通りに続々と入場して来る客を丸椅子に案内していく。一段落ついたあと、若い衆が女性客の所へやってきた。「お客さん、お待たせしました。席つくりましたので移ってもらえますか」こわばっていた女性客の表情が多少ほころんだ。「なんや、移ってもええんか」「はいどうぞ、お二人さんで二百円いただきます」若い衆の采配に対する女性客の不満が吹っ飛び、「今日はよかった」という感動で帰路につけるかどうか、それはひとえに、「劇団」(「花吹雪」)の実力にかかっていることを、私は思い知った。(そのとおりの結果になったことはいうまでもない)
 もう一人、並べられた補助席の丸椅子に座って、なにやらぶつぶつ、しきりに周りの客に話しかけている中年の男性客がいた。たえず体を動かし落ち着きがない。しばらく周りを見回していたが、ついに我慢ができなくなったのか、立ち上がると木戸口の方へ行き、若い衆に談判し始めた。しばらくすると、こわばった表情で戻ってきた。目が据わっている。よく見ると、粗品の手拭いを持っている。(そうか、入場の時に配られた粗品をもらいそこなったんだ)私が納得していると、その男性客は、いきなり手拭いを周囲の椅子の背に叩きつけた。(よほど腹に据えかねたのだろう)一瞬、周囲の客が驚いて視線が集中した時、すかさず若い衆が飛んできた。「お客さん、暴れるんだったら、出て行ってもらいます」男性客は、少し抵抗しただけで小屋の外に「つまみ出されて」しまった。木戸口の外では男性客の怒鳴り声が聞こえていたが、客席はすぐに落ち着きを取り戻した。「なんや、酔っぱらいか。他の客に迷惑かけたらあかんわ」という声があちこちから聞こえた。開演までの一時間、私は退屈することなく「観客の芝居」を十分に堪能できたのである。
人情灯台通天閣人情灯台通天閣
(2001/01/17)
原田ゆかり

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2019-04-07

劇場界隈・広い、広い「御老公の湯・境店」・《「劇団翔龍」公演》

 東武アーバンバークライン川間駅から、「境町行き」の朝日自動車バスに乗っておよそ30分、役場前停留所で下車、「御老公の湯・境店」に向かう。ここは茨城県のはずれ(猿島郡境町)、利根川べりにある大温泉施設である。広い、広い。大浴場(浴槽は20)、岩盤浴場、足湯に加えて、貸し切り風呂(2)、大宴会場、中小宴会場、個室宴会場、食事処(2)、リラックスルーム、仮眠室(男女別)、ビデオ視聴ホール、談話コーナー、ゲームコーナー、カラオケ、さらにホテル棟、コインランドリーまで備わっている。その大宴会場は「なごみ座」と呼ばれて、連日、大衆演劇公演が催されているといった趣向で、まさに至れり尽くせりの桃源郷である。しかも、一つ一つの施設が広いので、混雑することはない。喫煙処もあるが、優に20人は入れ、つねに空気は洗浄されている。従業員の数も半端ではなく、開業当時は客の数を超えているように感じたほどである。彼らは、広い館内を縦横無尽に「かけまわっている」。利用料金は平日2000円、休日2200円、宿泊はシングルルーム3700円で、高いとはいえない。
 午後6時から大衆演劇観劇。「劇団翔龍」(座長・春川ふじお)。芝居の外題は「佐渡の夜嵐」。幕が上がると、そこは貧しい長屋(深川六軒長屋)の一室、一人で待っている娘・良子(秋川美保)のところに老母(大原千栄子)が息を切らして帰って来た。見ると、真新しい晴れ着を手にしている。「これを買ってきた。着てごらん」「まあ、うれしい。よくにあうかしら」などと言っていると、呉服屋(獅童礼斗)が追いかけてくる。「おい、そこの婆さん、着物を万引きしたな!とんでもねえ婆あだ」と言って娘から着物を奪い取る。「さあ、ケーサツへ行こう」「ごめんなさい、返したからいいじゃあありませんか」「謝って済むならケーサツはいらない」などともめているところに、息子の一郎(藤川雷也)が帰って来た。事情を聞いた一郎、「わかりました。ではその着物を買います」といって、一円札(今の値段にすると1万円以上?)を手渡した。呉服屋、一郎の財布をのぞき込んで「フーン、おめえ随分、大金をもっているんだな。それじゃあこの金でこの着物を買うんというんだな。いいだろう」と言って、万引きを許した。おそらく着物の値段はそれ以下の代物であったに違いない。呉服屋を演じた獅童礼斗、出番はそれだけだったが、金に弱い商人魂を見事に描出、存在感のある演技が冴えわたっていた。「新演美座」の「小林志津華」時代は「押せ押せ」の芸風が目立っていたが、今は「引く」技も習得したか、その成長ぶりに、私は感動した。一郎が持っていた大金は500円(今の値段で500万円以上?)、母と娘の貧乏暮らしにオサラバさせようと、1年間、佐渡の金山で働く労賃を受け取っていたのだ。ありがたい、でも佐渡に行ったら命が危ないと言われる過酷な労働を母、娘は心配するが、一郎は「大丈夫!1年たったら帰って来ますよ」という言葉を残して旅立った。その後に登場したのが「北海の虎」と異名を持つ小悪党(座長・春川ふじお)、長屋の奥をうかがうと頬被りして闖入、たちまち仏壇に供えられていた500円を盗み出す。気がついた母が「それは大事なお金、返して下さい」と取りすがり、揉み合ううちに、虎は匕首で母親を斬殺、飛びだして来た娘にも、火鉢の灰を投げつけて遁走、母の亡骸に取りすがる娘の愁嘆場で一景の幕は下りた。二景は、佐渡島。金山で働く一郎たちの人足の中に虎も混じっている。今日、一郎の相方は虎という組み合わせ、二人で仕事をすることになったが、一郎は腹痛で力が入らない。「そうか、それなら何も食べるな。そのほうがいい。少しでも痩せられる」などと言って笑わせる。「オレはあそこの隠れ小屋で一眠りするから見張りをしろ、誰か来たら大きな声を出せ」と退場した。そこにやって来たのは、今は盲目となった姉の良子、杖をたよりにはるばる佐渡島まで一郎に会いに来たのだ。「ねえーちゃん」と思わず大声を出せば、虎も登場。「誰か来たか?」と見れば、ぼろぼろにやつれた女が一郎の側に居る。「誰なんだ?」「私の姉さんです」「フーン、お袋さんかと思った」。一郎「ねえーちゃん、どうしてここへ?」と尋ね、母が何ものかに殺害され、自分も目が見えなくなった一部始終を知ることになった。その話を聞いて、虎いわく「イチ、お前のお袋さんを殺した奴に出会ったら、どうする」「もちろん、仇を討ちます」「そうか・・・、実を言えば、オレがお前のお袋さんを殺したんだ」。それから先は「北海の虎」の長い長い身の上話。しかし、座長・春川ふじおの話はメリハリが聞いてあきさせない。虎は生まれついての暴れ者、流れ流れの浮き草暮らしだったが、親孝行したい気持ちは変わらない。せめてお袋さんに良い暮らしをさせたいと思い、500円を盗みに入った。でも、殺そうとは思わなかった。お前のおっかさんがあんまり騒ぎ立てるので、はずみで手をかけてしまったんだ。姉さんにも顔を見られないように灰をかけたが、まさか盲目になろうとは・・・、オレはお前たちのにっくき仇、さあこれで仇を討て!」と匕首を差し出した。仰天、激高して斬りかかろうとする一郎を必死で止める姉、「一ちゃん、やめて。そんなことをすればあなたも殺人罪、後に残った私はどうなるの」、その様子を見て虎は改心、姉弟に金を与えて「島抜け」をさせようする。「見つかったら、ただではすまない。浜の漁師村に船が隠してある。それに乗って逃げ出すんだ」と話しているところに、人足の親方(山口覚)登場。「お前たち、何をしてるんだ!島抜けはゆるさねえ」と立ちはだかる。虎、もうこれまでと親方一味と渡り合い、とどのつまりは親方との一騎打ち、相手のピストルが腹部に命中した。しかし「オレはこの姉弟だけは助けなければならない」と最後の力を振り絞って親方を倒したのだが・・・、手に手を取り合って退場する姉と弟を見送りながら、息絶えるうちに二景の幕は下りたのであった。この芝居の眼目は、「貧乏」と「親孝行」、「孝行者に悪い人はいないとおっ母さんが言っていた。あなただって親孝行をしようと思って盗みに入っただけ、殺すつもりはなかったんだ。だから、私はあなたを殺さない。悔い改めてケーサツに自首してください」という一郎の言葉に集約されている。座長・春川ふじおの演出は、いつもどおり「きめ細やか」、舞台姿も一段と貫禄がまし、重厚味が加わってきたように、私は思う。後見・山口覚の胸を借りて、「名優」への道を着実に歩んでいることは間違いない。(2015.12.5)



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2019-04-06

劇場界隈・長瀞グリーンホテル・《「劇団鯱」公演の一コマ》

JR高崎線・熊谷駅から秩父鉄道に乗り換えて、長瀞に赴く。Wikipedya百科事典では以下のような説明があった。〈長瀞町(ながとろまち)は埼玉県秩父郡にある人口約8千人の町。長瀞渓谷をはじめとする数々の観光名所を有する。〉〈長瀞渓谷(ながとろけいこく)は、埼玉県秩父郡長瀞町に位置する、荒川上流部の渓谷。国指定の名勝・天然記念物(1924年(大正13年)12月9日指定、「長瀞」)。県立長瀞玉淀自然公園。全長約6km。〉〈宝登山神社(ほどさんじんじゃ)は、埼玉県秩父郡長瀞町の宝登山山麓にある神社である。秩父神社、三峯神社と並ぶ秩父三社の一つ。神日本磐余彦尊(神武天皇)、大山祗神、火産霊神を祀る。旧社格は県社。〉私の目的地は、「長瀞グリーンホテル」、大衆演劇の舞台を見聞するためである。観光地といえども、平日とあって辺りは閑散、駅前では、ライン下りに誘う業者も見受けられたが、応じる客は皆無といった有様で、たいそうのんびりした空気が漂っていた。ベンチで日向ぼっこをしている男性老人には、小型犬が付き添い、時折、キッとした視線を向ける。その先には、丸々と太った猫が一匹、中年女性の観光客とじゃれ合っていた。さて、時刻は午前10時、「長瀞グリーンホテル」に入館する。芝居の開演は11時30分とのこと、それまでゆっくりとラドン温泉に浸かるとするか・・・。浴室は、広くなく狭くなく、明るく清潔で、申し分なかった。11時過ぎ、大広間に赴くと、前半分は団体客が宴会の真っ最中、(高齢者男女が入り乱れ)「呑めや謳え」の大騒ぎであったが、開演5分前になると従業員が舞台前に進み出て曰く、「これからお芝居が始まります。セリフが聞こえにくくなりませぬよう、皆様、どうかお静かに御観劇下さいませ」。なるほど、その一言で一同はピタリと静かになった。劇団は「葵一門・鯱」、芝居の外題は「伊三郎のバラード」。(「劇団鯱」の座長は葵政次だが、今月は(訳あって)
副座長の葵敏美が代行する)筋書きは大衆演劇の定番、腕利きの畳職人(涼風ひろし)は女房(真田慶二・好演)をもらってから、人が変わったように酒浸り、なぜなら、女房の兄・伊三郎(葵敏美)が島送りになったヤクザ者で、仕事がまわってこなくなってしまったのだ。見かねた居酒屋の亭主(鳳弥太郎)が、大店の仕事を見つけてくれたのだが、畳職人、「では、祝い酒にしよう」などと身持ちがおさまらない。女房も困り果てたが、泥酔役の涼風ひろしに、客席から声がかかった。「飲み過ぎだよ、体に悪いよ」、客(女性)の方も「ほろ酔い気分」か?そのコントラストが何とも面白かった。やがて、主役の伊三郎が登場、畳職人が女房に乱暴する様子を見とがめて激高、お決まりの「果たし合い」となった。倒れ込んだ畳職人に向かって「諫言」を始めようとしたとき、何を思ったか客席の一人(男性)が立ち上がり、ふらふらと舞台の前に進み出て、おひねりを放り投げたのだ。一瞬の静寂、伊三郎、葵敏美に戻って十秒間「絶句」・・・。そして、絞り出すような声で吐いたセリフが素晴らしかった。「芝居の見方も知らねえ客のために・・・、すべてぶちこわしになってしまった!」蓋し名言、極め付きの名台詞であったが、客もさるもの「どこ吹く風」と無頓着、文字通り「のれんに腕押し」「糠に釘」の風情で聞き流す。そのコントラストが、またまた面白かった。舞台は大詰め、伊三郎とヤクザ(藤島一也)との立ち回りで、葵敏美曰く「オレはさっきから無性にハラが立ってるんだ!今日は容赦しねえからな!」その見事な太刀さばきに、客席は(件の男性客も含めて)大喝采。葵敏美の心中(ナンナンダヨ、ヤッテランナイヨ・・・)を察するに余りある幕切れであった。今月の「劇団鯱」(訳あって、おそらく)二手に分かれての公演に違いない。大将・葵政次は山梨「内藤スパランド」に出陣、後陣を固めるのが、ここ「長瀞グリーンホテル」だとすれば、副座長・葵敏美の責任は重大、そんなプレッシャーがあればこそ、先刻の名言・極め付きの名台詞が吐かれたのではなかったか。いずれにせよ「花も嵐も踏み越えて行くが男の生きる道」であることに変わりはなく、私もまた(観客としての)「流れの旅路」(見聞紀行)を歩み続けなければならない、という次第である。
特選・歌カラベスト3 上海帰りのリル/東京の椿姫/流れの旅路特選・歌カラベスト3 上海帰りのリル/東京の椿姫/流れの旅路
(2012/02/08)
津村謙

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2019-04-05

劇場界隈・鳥取はわい温泉「千年亭」

 鳥取・はわい温泉千年亭に赴く。館内にある「三匹のこぶ座」で公演中の大衆演劇を観るためである。案内ではJR倉吉駅からタクシーで約10分とあるが、路線バスも通っている。館内の雰囲気は「千年島の一軒宿」と銘打たれているが、鄙びた風情は皆無、東郷湖の畔に「君臨」する豪華旅館といった趣きで、絨毯を敷き詰めた贅沢な施設であった。客室56室、収容人員391名、宴会場10室、大宴会場400名収容、屋内ゲートボール場まで準備されている。観劇料は3000円と割高だが「昼食付」、開演は11時で芝居1時間、舞踊ショー1時間30分というプログラムである。聞けば「昼食付」のため「完全予約制」、劇団は2カ月公演、演目は3日替わりだとか。なるほどそうか、大阪方面からの(高齢者)団体客を対象にした観光・娯楽施設であることは明らか、だとすれば、大衆演劇はその(集客)ためのアトラクションに過ぎなかったか・・・。関東でいえば、「岩瀬城総合娯楽センター」(茨城県)、「鬼東沼レジャーセンター」(栃木県)と同類であることを確認した次第である。さて公演は「鹿島順一劇団」(座長・三代目鹿島順一)。初日、芝居の外題は「越中山中母恋鴉」。いつもながらの出来栄えで、今回も深い感動を頂いたが、骨箱と化した弟・新吉が兄・喜太郎に呼び掛ける。「にいさーん、にさーん、おれたちの妹じゃないか。助けておくれよ・・・」という声だけの出演は、これまでの蛇々丸に変わって赤胴誠、その声音はひときわ真に迫って、秀逸であった。雌伏三年、裏方(舞踊ショーの紹介アナウンス)で培った修業の成果が、今、実りつつあるのだ。役者の条件は、一声、二振り(顔)、三姿といわれるが、最も大切な「声」の魅力を十二分に発揮できたことは立派である。加えて、骨箱をわが子のようにいとおしく見つめ、思わず抱きしめようとする母親役・春日舞子の演技も見逃せない。その振り(顔)、姿だけで、母の心情(人情)を描出しながら、義理のために「縁起でもない!」と骨箱を投げ捨てる場面で、私の涙は止まらなかった。前述したように、この劇場は(高齢者)団体客のためのアトラクション、酒の肴に過ぎない舞台かも知れない。芝居の最中にケータイは鳴り出す、私語はしたい放題、誰やらの大きな咳が止まらない、それがオカシイと笑い出す、そんな客席の騒々しさを、「歯牙にもかけず」(くさることなく)、三代目座長・鹿島順一は、堂々と最後まで、主役を演じきった。どんな客であっても「お客様はお客様」、自分は「全身全霊で舞台に臨むだけ」といった気合いが、実に爽やかで清々しく、今日もまた、大きな元気をもらって帰路に就くことができたのであった。(2010.11.1)



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2019-04-04

劇場界隈・《行田温泉茂美の湯、もさく座公演「鹿島順一劇団」》

【行田温泉茂美の湯・もさく座】(埼玉県行田市)
 JR高崎線・北鴻巣駅から送迎バスで10分、または吹上駅から路線バス・行田車庫行きで「産業道路」停留所下車、徒歩15分、「さきたま古墳群」の傍、忍川の畔にある。もさく座は、「源泉かけ流し」の名湯である行田温泉茂美の湯に併設されており、宿泊して観劇すれば名湯と名舞台が同時に楽しめる桃源郷である。浴室には、様々な浴槽が設けられ、それぞれ泉温が違う。自分の好みに合わせて適宜利用すれば、日頃の生活で傷ついた心身を、ほどよく癒してくれる。従業員は若者が多く、「気が回らない」物足りなさ、「手際の悪さ」はあっても、「別に悪気があってのことではない」と思えば、さほど気にはならない。劇場はこれまでの舞台付き大広間(いわゆる宴会場・二階)から、観劇専門の一室(約300人収容・一階)に移転、リニュアール・オープンしたとの由。暗闇の中で飲み食いしながら観劇するという「愚」を避けようとする、経営者の賢明な判断に拍手を送りたい。公演は「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。芝居の外題は、昼の部「忠治御用旅・雪の信濃路」、夜の部「噂の女」。二日替わりのプログラムで、初日、二日は「春木の女」と「会津の小鉄」(名張屋新蔵と仙吉)だったそうな。いずれも、劇団屈指の名狂言。さぞかし感動的な名場面、至芸の数々が展開されたことであろう。さて、私が見聞したのは「忠治御用旅」。赤城の山を追われた国定忠治(座長・鹿島順一)が、雪の信濃路を逃げていく。あまりの寒さに、思わず立ち寄った一件の居酒屋、そこの亭主はかつての子分(春大吉)、その女房(春日舞子)の兄(蛇々丸)は十手持ち、忠治を捕縛する役目を負っていた。兄と対抗する女衒の十手持ち(花道あきら)、土地のごろつき(梅之枝健)女衒の子分たち(三代目・虎順、赤胴誠)が必死に忠治を追いかけるが、「貫禄」が違う。その筋書き・台本通りに、座長・鹿島順一の舞台姿は「日本一」、一つ一つの所作、口跡は「珠玉」の「至芸」、とりわけ、御用旅の疲れにやつれた風情が、一子分との出会いで一変、しかしその子分が女房持ちと知るやいなや、すぐさま立ち去ろうとする「侠気」、ごろつき殺しの疑いをかけれれた子分の窮地を救うために「百姓姿」(三枚目)に豹変する「洒脱」、さらには、もう逃げ切れぬとさとったとき、兄の十手持ちの前に両手を差し出す「諦念」の風情を「ものの見事に」描出できるのである。加えて、子分、その女房、その兄との「絡み合い」は、心に染み渡る「人情芝居」そのもの、剣劇と人情劇(時には喜劇も)を同時に楽しむことができる「逸品」であった。十手持ちの蛇々丸が忠治の座長を「それとなく」「逃げのびさせる」やりとりは、「勧進帳」の「富樫」にも似て、大衆演劇の「至宝」と評しても過言ではない、と私は思う。
 夜の部「噂の女」、客の数は半減したが、「そんなことにはおかまいなく」(座長の気分が乗れば)全力投球で舞台に臨むのがこの劇団の特長である。今回の舞台も、座長、「しっちゃかめっちゃか」(一見、型破り、実は計算され尽くした)の奮闘公演、百二十パーセント「完璧な」筋書き・展開(どこのセリフ回しも端折ることなく)が具現化されていた。舞台は「水物」、その劇場、客筋によって、出来映えは「千変万化」するのだが、その変化がを「つねに前進・向上」したものしようと努める(ころんでもただでは起きない)心構えが劇団員一人一人に「徹底して」染みこんでいるように、私は感じる。      以下は、前回、私が見聞した「噂の女」の感想である。
 〈夜の部の芝居は「噂の女」。主演・春日舞子、共演・鹿島順一。配役は、「噂の女」・お千代(春日舞子)、その父(蛇々丸)、弟(花道あきら)、弟の嫁(春大吉)、嫁の父(梅乃枝健)、お千代の幼友達・まんちゃん(座長・鹿島順一)、村人A(三代目・虎順)、B(金太郎)、C(赤胴誠・新人)、D(生田あつみ)という面々である。時代は、明治以後、五百円が、今の百万円程度であった頃だろうか。ある村に、「噂の女」が帰ってくる。まんちゃんは「駅まで迎えに行こう」と、村人を誘うが、誰も応じない。「お千代は、十年前、村に来た旅役者と出奔し、その後、東京・浅草の淫売屋で女郎をしているというではないか。そんな不潔な女とは関わりたくない」と言う。まんちゃん「そんなことは関係ない。みんな同じこの村の仲間ではないか」村人「とんでもない。そんな女に関わるなら、お前は村八分だ」まんちゃん「村八分、結構!もともと、俺なんかは村では余計物、俺は一人でもお千代タンを迎えに行くぞ」、村人「勝手にしろ。お前はいくつになっても、足りんやっちゃ、この大馬鹿もの!」  
 やがて汽笛の響きと共に汽車が到着、まんちゃんはお千代の荷物を持って大喜び、一足先に、お千代の父宅に持参する。やがて、東京暮らしですっかり垢抜けたお千代も帰宅、父はお千代が好きだった「揚げ豆腐」を買いに出て行った。後に残ったのは、まんちゃんとお千代の二人きり、まぶしい太陽でも見るようにまんちゃんが言う。「お千代タン、よう帰ってきてくれたなあ。オレ、ずうっと待っていたんだ」「どうして?」「だって、ずっと前から、オレ、お千代タンのこと好きだったんだもん。」「あんた、あたしが浅草でどんな商売しているか知ってるの?」「知ってるよ。男さんを喜ばす仕事だろ。みんなは、汚い、穢らわしいと言うけど、オレはそう思わない。お千代タンは、人を騙したり、傷つけたりしていない。人を喜ばす大切な仕事をしていると思うとる」「ほんとにそう思うの?」「ああ、本当だ。できれば、お千代タンと一緒に暮らしたいんだ、キーミーハ、コーコーローノ、ツーマダーカラ・・・」思わず絶句するお千代。よく見ると泣いている。「アンタ、泣イイテンノネ、オレまた何か、まずいこと言っちゃったんかな?」「そうじゃないのよ、嬉しくて涙が止まらないの」「フーン?」しばらく沈黙、意を決したようにお千代「まんちゃん!あたし、まんちゃんのお嫁さんになる!」動転するまんちゃん「何だって?今、なんて言った?」「あたし、まんちゃんのお嫁さんにしてくれる?」「そうか、オレのお嫁さんになってくれるんか。へーえ、言ってみるもんだなあ」かくて、二人の婚約は成立した。そうとなったら善は急げだ。こんな村などおさらばして、東京へ行こう。まんちゃんは小躍りして旅支度のため退場。そこへ父、帰宅、弟夫婦も野良仕事から戻ってきた。しかし、二人の表情は固い。土産を手渡そうとするお千代に弟は言い放つ。「姉ちゃん、何で帰ってきたのや。村の人たちはみんな言ってる。あんな穢らわしい女を村に入れることはできない。もし居続けるようなことがあったら村八分や。おれたち村八分になってしまうんや。姉ちゃん、それでもいいのか。はよう、この家から出て行ってくれ!」父が激高した。「お前、姉ちゃんに向かって何てことを言うんだ」弟も反駁。「隠居の身で大きな口たたくな。今はおれこそが、家の大黒柱、それに姉ちゃんは十年前、おれが病気で苦しんでいたとき、旅役者と駆け落ちしたんじゃないか!」「何だって、もういっぺん言ってみろ」「ああ何度でも言ってやる。姉ちゃんはおれたちを見捨てて、淫売女になり果てたんだ。そんな女をこの家に置いとくわけにはいかない」「よーし、お前がそこまで言うんなら、わしも黙っているわけにはいかない!」必死で止めようとするお千代を制して、父も言う。「おまえが病気の時、姉ちゃんが出て行ったのはなあ、お前が町の病院で治してもらうお金のためや。姉ちゃんは、自分の身を売ってお前の治療代を作ったんだぞ!、病気が治ったのは姉ちゃんのおかげ、それを今まで黙っていたのは、お前を心配させないためや」「・・・・」絶句する弟、「何だって!何で、今頃そんなこと言い出すんや。もう遅いわい」そこへ、弟嫁の父、登場。「やあ、お千代さん。よう帰ってきたなあ・・・。サチヨ(嫁)、もうお姉さんに御挨拶はすんだのか?」だが、その場の様子がおかしい。一同の沈痛な表情を見とって自分も沈痛になった。「やあ、困った、困った。実に困った」、「何が?」と問いかける弟に「実はな、ある人の借金の保証人になったばっかりに、五百円という大金を負わされてしまったんだ。何とかならないだろうか?」「えっ?五百円?そんなこと言われたって、見ての通りの貧乏暮らし、そんな金どこを探したってあるはずがない」弱気になる弟に、隠居の父がつっかかる。「お前、さっきなんてほざいた。この家の大黒柱じゃあなかったんか」やりとりを黙って聞いていたお千代が口を開いた。「おじさん。五百円でいいの?ここに持っているから、これを使って。これまで、身を粉にして貯めたお金よ。家に帰ってみんなの役に立てればと思って持ってきたの。私が使ったってどうせ『死に金』、おじさん達に役立ててもらえば『生きたお金』になるじゃないの」一同、呆然、弟夫婦は土下座して声が出ない。肩が小刻みに震えている。お千代、キッとして「もう、いいの。このまま浅草に帰るわ。また、あそこでもい一回、頑張って生きていこうと思います」、「待ってださい」と引き止める弟夫婦、その両手をやさしく握りながら、「あっ、そうだ!忘れていた。お父さん、あたし好きな人ができたの。あたしその人のお嫁さんになるの!」一同、驚愕。「えっ?誰の?」お千代、涼やかに、「まんちゃんよ!」すっかり、旅支度を整えたまんちゃん、踊るように再登場、舞台も客席も、笑顔の花が咲き乱れる。まんちゃん「まあ、そういうことで、お父上、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」弟嫁の父、そっとお千代に近づき「やあ、めでたい、めでたい、そういうことなら、これは私からのお祝いだ」さっきの五百円を手渡そうとする。「だって、おじさん!これは借金の返済に使うお金・・・」「なあに、心配ご無用。さっきの話は私の作り話、一芝居打ったのさ!」舞台に流れ出す、前川清の「噂の女」、まんちゃんとお千代、花道で颯爽と見得を切る。さっと振りかざした相合い傘の骨はボロボロ、破れガサがことのほか「絵」になる幕切れであった。「襤褸は着てても、心は錦、どんな花より綺麗だぜ、若いときゃ二度ない、どんとやれ、男なら、人のやれないことをやれ」、まんちゃんの心中を察して、私の心も洗われた。
 大衆演劇に共通する眼目は、「勧善懲悪」「義理人情」だが、もう一つ「人権尊重」という主題が秘められていることを見落としてはならない。「村八分」という差別観に敢然と立ち向った「まんちゃん」(余計者・与太郎)とお千代(賤業者)の行く末は?、それを決めるのは、他ならぬ私たち一人ひとりなのではないだろうか。

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2019-04-03

劇場界隈・「鬼怒川温泉ホテル・ニューおおるり」・《「劇団しらさぎ」公演》

 午後1時から、鬼怒川温泉ホテルニューおおるり「湯けむり会館」で大衆演劇観劇。東武鉄道・鬼怒川温泉駅で降り、観光案内でホテルの所在地を尋ねると、徒歩6分くらいとのことだった。ホテルはすぐに見つかったが、「大衆演劇」を公演している風情は全くない。「今日は休演日?」と案じながら、フロントに行く。「お芝居を観たいんですが・・・」と言うと、「芝居はここではありません。『湯けむり会館』の方に行ってください」と従業員が説明する。ホテルを出て、徒歩4分、ホテルとは全く別の敷地に『湯けむり会館』はあった。しかし、それはあくまでホテルの付属施設に他ならず、観客はすべてが宿泊客であったように思う。玄関を入ると、七十歳代の男性が首をかしげながら出てきた。「本当に、芝居やるの?誰も見に来ていないようだが・・・」その場にいた従業員とおぼしき男性が答える。「やりますよ。だいじょうぶ。お客さんがひとりでもやりますから。でも、午後は舞踊ショーだけね。芝居は午前中にやってしまったから・・・」なるほど、と思いながら、その従業員に入場料を払おうとすると、「ああ、お金はいりません。十分に楽しんでいってください」。「ひとりでもやる」「お金はいらない」という言葉に、私は二度びっくりした。劇場内は、まさに「会館」という景色で、400人程度を収容する桟敷席が用意されていた。食卓様のテーブルが並べられ、宿泊客とおぼしき観客が14,5人、お茶を飲んだり、寝転がったりしていた。「演劇グラフ」の案内によれば、入場料300円(宿泊客無料)とのことだが、今日のように観客数が少ない場合には「特別サービス」として全員無料ということにしているのだろうか。詳細は分からなかった。いずれにせよ、『湯けむり会館』は、ホテルニューおおるりの一部であり、宿泊客を対象とした娯楽施設であることは間違いない。まもなく開演。劇団しらさぎ(座長・あまつ秀二郎)、座員は長男・あまつカッパの他、女優1名、男優2名、子役1名(男児・6歳)。劇団の紹介パンフには「プロフィル・平成12年10月創立。劇団名は座長の出身地の姫路のしらさぎ城にちなみ命名。座長あまつ秀二郎を中心に、明るく楽しい舞台を目指し、一生懸命に芸に取り組んでいる。元気のいい若手の台頭とあまつカッパなどの子役の活躍が期待される。座長・あまつ秀二郎。昭和37年2月6日生まれ。兵庫県姫路市出身。O型。22歳の頃から初代あまつ栄二郎に師事し芸を磨き、平成12年10月に旗揚げ。舞踊ではしっとりとした女形、芝居では貫禄たっぷりの老け役として活躍中。十八番には『恩愛夫婦籠』などがある。現在は後進の指導に力を入れている」とある。
 観客数が少なかったためだろうか(経費節減のためだろうか)、客席後方からの投光はなく、舞台天井からの照明、点滅ライトだけの「舞踊ショー」であった。「わびしさ」一入といった舞台であったが、いわゆる「場末の」とか「うらさびれた」とかいう「泥臭さ」とは無縁の、まさに「平成のわびしさ」という雰囲気であった。勝手な想像をすれば、夫の座長、妻の女優、長男のカッパ、二男の子役、座長の父・弟の男優2名、祖母の裏方という構成であろうか。あいにく座長の「しっとりとした女形」「貫禄たっぷりの老け役」を観ることはできなかったが、「平成の家族」、その絆の「はかなさ」が漂う舞台であった。なかでも、子役二人の「瞼の母」「竹とんぼ」は、座長クラスの演目に挑戦という風情で、健気だった。将来に期待したい。また、温泉施設における興行の実態を知ることができ、たいへん満足した。(2008.1.9)
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(2003/10)
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2019-04-01

劇場界隈・「香川城山温泉」・《「鹿島順一劇団」公演は「月とすっぽん」》

JR予讃線鴨川駅下車、県道33号線を坂出方面に進み、まもなく左折すると踏切、それを渡って後は道なりに直進、ややきつい登り道になるが、一息頑張ってヘアピンカーブを曲がりきると、右手高台に「城山(きやま)温泉」は建っている。案内パンフレットには「五色台の峰が空に溶け込み遙か、塩飽の島々の姿を銀色の瀬戸の大橋に映す。絶景かな・・・湯船から拡がる悠々の眺め。時間の流れと四季の移ろいを静かに感じさせてくれる。讃岐名泉城山温泉『城山長者の湯』。お芝居、温泉、旨い料理・・・ゆっくりと流れる、至福の一日。」と紹介されている。泉質は単純弱放射能泉(アルカリ性低張泉)で、神経痛、慢性消化器病、高血圧症、慢性皮膚病、痛風、胆石症等々に浴用、飲用の効能があるとのことであった。私の目的は「400名様収容の芝居小屋」であったが、なるほど立派な施設、単独の劇場に優るとも劣らないたたずまいであった。舞台が高いので桟敷席からでも前の客が邪魔にならない、加えて2階席まである。駅から徒歩の途中、(昨日も今日もおとといも)だれひとり観客とおぼしき人々には出会わなかったが、つねに五、六十人が集結している。客筋は、主として「老人会」「長寿会」「町内会」等々の団体客、個人はほとんどがマイカーで来場するらしい。関東にも同様の施設が点在するが、これほどの立派な劇場を備えているのは「水戸ラドン温泉」くらいであろうか。さて、午後1時15分から大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。 座長の話によれば、この6月に息子の鹿島虎順が「三代目・鹿島順一」を襲名、自分は太夫元として「甲斐文太」を名乗るという。なぜ甲斐なのか、なぜ文太なのか。「甲斐は甲斐の国からとりました。文太は菅原文太からいただきました」ということだったが、その理由は不明、私の勝手な想像では、武田信玄が好きなのか、原田甲斐(「樅ノ木は残った」・山本周五郎)が好きなのか、でも、菅原文太と鹿島順一では比べものにならない、その「実力」「芸風」において鹿島順一のほうが数段も「格上」、「月とすっぽん」ほどの差があるではないか・・・」などと思ううちに、芝居の幕が開いた。なんと外題は「月とすっぽん」。月とすっぽんに相当する二組の男女の物語で、すっぽんの男は三枚目の兄(座長・鹿島順一)、月は二枚目の弟(鹿島虎順)、すっぽんの女は下女のおなべ(春日舞子)、月は親分の娘おみつ(春夏悠生)という設定である。病弱の親分(花道あきら)、娘を弟に嫁がせて二代目を継がせようという魂胆、「兄をさしおいてその話は受けられない」と辞退する弟を強引に説得、「兄さんはお前の後見として必要、嫁さんは責任を持って世話する、悪いようにはしないから・・・」という言葉に絆されて弟も承知、欣然と退場した。入れ違いでやって来た兄、ほろ酔い機嫌で親分への頼み事、何かと思えば「あっしもそろそろ身を固めたい。ついてはお嬢さんを嫁にください」だと。親分、びっくりして「そうだったのか、おまえはおみつに惚れていたのか・・・、でもヒト船乗り遅れたぞ」といった時、兄(座長)の台詞が止まった。「・・・・」(長い沈黙)親分(花道あきら)「どうした?」「・・・・」(兄、それでも絶句している)親分「(小さく微笑みながら)わかる、わかる。誰かの声がするんだろう。いいから、いいから、気にしないで話してみろ」兄(座長)「(苦渋に満ちた表情で)お話がしたいのはわかります。でも、静かにお芝居を観たいお客様もいらっしゃいますので、お話は他の場所でお願いいたします。どうか関係者の方、御配慮を・・・」座長は2階席団体客の私語が気なっていたのだ。すかさず1階客席からは大きな拍手。それに押されてか、2階の酔客連中(ほぼ5~6人)はやむなく退散する羽目となった。客席の秩序維持は劇団の責任ではない。本来なら、劇場支配人の務めであるはずだが、目の届かない場合もある。そんな時、「黙って」芝居を続けることがほとんどだが、文字通り(はじめは)「黙って」場内を整理してしまった劇団(責任者・座長)など、私はは見たことがない。しかも「舞台の上から」とは・・・。座長は「自分のために」酔客を整理したわけではない。「静かにお芝居を観たいお客様」のために酔客(この連中もお客様には違いないのだ)を排除したのである。そこらあたりが、二代目鹿島順一の真骨頂、「舞台を降りれば五分と五分、客に媚びへつらう必要なんてどこにある」といった筋金入りの役者魂が窺われて、私は深く感動した。芝居は中断、景色は毀れたが、兄「えーっと、どこからだっけ。芝居忘れてしまった・・・」親分、すかさず「だからよ、お前はヒト船乗り遅れたって言ってるんだよ」の一言で(何事もなかったように)舞台は再会、以後の展開はまさに「順風満帆」、非の打ち所無く進行した。(花道あきら、従来はアドリブが苦手、時々座長に突っ込まれて絶句したり、噴き出したりしていたが、今日の舞台では「余裕そのもの」、立派に座長の補佐役を果たしていた。彼もまた「大きく成長」していることの証だと、私は思う)親分との(不本意な)絶縁、純粋で兄思いな弟との「絡み」、おなべ(春日舞子)の剽軽な振る舞いと口跡・表情等々、随所に「見どころ」(名場面)が盛り込まれ、まるで一巻の絵巻物を見るような出来栄えであった。なかでも圧巻は、仇役一味(春大吉、蛇々丸、赤胴誠、滝裕二、梅之枝健ら)との「大立ち回り」、ただ単に刀を合わせるだけでなく、舞台、花道、客席、幕内までも(縦横無尽に)「走り回って」敵と味方が「行き交う」様子が、なんともコミカルで楽しく、まさにドタバタの「お手本」、見事な「形式美」を存分に楽しむことができた。一同(敵も見方も)最後は息を弾ませながら小休止、一呼吸あって「殺陣」の大詰め、運悪く兄とおなべは深手を負っての愁嘆場へ。哀愁漂う「会津磐梯山」を踊りながら「すっぽんの男女」が絶命する、その両者を「月の男女」が合掌して見送る、という幕切れの光景は一幅の屏風絵のようで「お見事」、涙がとまらなかった。そして何故か心も洗われるのである。今日の舞台、私にとっては「生涯忘れ得ぬ」作品となった。どの劇団でも舞台を(DVDなどに)収録して商品化することが通例になっているが、鹿島劇団はそんなことには全く無頓着、大衆演劇の真髄は、生身の人間同士(役者と客)が「その時、その場」(一期一会)の「阿吽の呼吸」で創出する「夢の世界」を味わうところにある、そのことを劇団の誰もが知り尽くしている所以であろう。事実、私はこの劇団が演じる「外題」、舞踊の「演目」を見ただけで、聞いただけで、その舞台の光景を脳裏に、そして胸中に「再生」「鑑賞」することができるのである。
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2019-03-31

劇場界隈・「オーエス劇場(大阪)」《公演は「浪花劇団」》

大阪市営地下鉄(御堂筋線)・動物園前駅の周辺には三つの芝居小屋がある。①番出口を出るとそこは交差点、渡らずに(新世界方面に向かい)「じゃんじゃん横町」を通り抜けた所に「朝日劇場」と「浪速クラブ」、渡って「動物園前商店街」のアーケードに入り5分ほど直進して左折すると「オーエス劇場」だ。劇場や商店街の「人なつっこい」(あきんど気質)雰囲気は全く変わらないが、「界隈」の空気は一変する。ここは「新世界」ではないのである。「朝日劇場」や「浪速クラブ」の周辺は、いわゆる下町の観光地、東京でいえば上野・浅草といった風情だが、「オーエス劇場」の周辺は違う。そう、ここは大阪西成区の「あいりん地区」、昔でいえば「釜ヶ崎」の一郭なのである。通行人の中に「観光客」はいない。流行歌「釜ヶ崎人情」では、〈義理も人情もドヤもある ここは天国 こここは天国釜ヶ崎〉(作詞・もず唱平)と詠われているが、それは「身内同士」の話に過ぎない。余所者、権力者(警察・暴力団)に対しては「敵意」をむき出しにする「人情」なのだ、と私は思う。まさに「一触即発」、すぐにでも「暴動」が起きておかしくない、といった風情であることが興味深い。事実、私はアーケードの入り口で「オーエス劇場はどこですか?」と「通行人」に尋ねたことがあるが、ただ一言「知らん」という言葉が返ってきた。「お前、何しに来た。オーエスも(浪速)クラブも、俺たちのもんや。スッコンデロ!」といった気配が「露わ」なのである。でも私は、10個200円のたこ焼きと70円の「ひやしあめ」(生姜入り砂糖水・自動販売機缶入り)、90円のワンカップ、105円の発泡酒等を調達して、「性懲りもなく」オーエス劇場に突進する。なぜって、劇場の人々、客席の空気は「天国そのもの」に違いないのだから。公演は「浪花劇団」(座長・近江新之介)。芝居の外題は「人情 檻」(原作・長谷川伸)。主人公(座長・近江新之介)は腕のいい大工の棟梁だが、酒癖が悪いのが「玉に瑕」、そのことを自覚して、(自分が入る)檻を作った。いろいろの経緯はあったが、詰まるところ、その「檻」に入って「改心」、断酒を決意するという人情話。棟梁の女房、舅・姑、大工の弟子連中、寺社改築を依頼する侍等々、「役者は揃っている」のだが、お互いの「人情交流」が、今一歩の「出来」だったと思う。それというのも、隣(最後列)に座った中年の男女の「私語」が気障りで、舞台に集中できない。この男女「ただの客ではない」と思って観察していたが、案の定「一座員(女優・おそらく未成年)の身内」であった。男女の気持ちがわからないわけではない。おそらく座席は最後列、だれにも迷惑をかけていないと思っての私語だったのだろうが、せっかくの応援が公演(私演ではない)の「妨げ」になってしまったなんて、彼らにとっては思いも寄らないことであろう。私語に「一区切」りがつくとやっと(大詰め近く)舞台に集中、「しょうもない駄洒落」の連続に大喜びしていたのだから・・・。通常なら、誰か(劇場従業員又は贔屓の客筋)が「静かに!」と注意を促す場面であったろう。さしずめその役割は、隣に座っていた私の役目ということになるかも知れない。だがしかし、である。私がそのような挙に出ることは絶対にない。なぜなら、私自身は「舞台の上」も「下」(客席)も等しく「観劇」しているからである。私にとって、件の男女は「役者」なのである。したがって、今回、芝居の眼目は、①「人情檻」という舞台の景色は、「身内の応援」によって毀された。②座長は「熱演のあまり」そのことに気づかなかった。③結果として「冗長な出来」に終わってしまった。ということであろうか。でも舞台は水物、「まあ、そういうことも、あらあな」と言って気にしないことが肝要と思われる。芝居と違って、幕開けミニショーの舞台は素晴らしかった。トップが 浪花みちやの舞踊「流氷子守歌」、音楽はカラオケで歌唱は座長が担当、以下、順繰りに、「流れ星」(唄・浪花みちや、舞踊・市川トモジロウ)、「港の五番町」(唄・市川トモジロウ、舞踊・浪花真央)、「時の流れに身をまかせ」(唄・浪花真央、舞踊・浪花めだか)、最後は「瞼の母」(唄・浪花めだか、舞踊・座長)というようにリレーしていく。舞踊、歌唱ともに「実力」のある劇団でなければ出来ない企画・演出で、「お見事」という他はなかった。
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(2006/04/26)
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2019-03-30

劇場界隈・「広島ゆーぽっぽ」・《「鹿島順一劇団・「マリア観音」の名舞台》

2010年5月9日(日) 晴
 今日は「鹿島順一劇団」の特選狂言「マリア観音」の公演日、それを観るために、はるばる(昨日は大阪途中下車、二劇場で観劇)広島までやってきた。劇場は「ゆーぽっぽ」。バス停の名前は「上小田」。たしかJR広島駅前⑧乗り場からバスが出ているはずだと、そこへ行き、路線図を見たが「上小田」という停留所名が見当たらない。駅まで戻って確かめようと観光案内所に入り「ゆーぽっぽに行きたいんですが・・・」と尋ねたが、一同、ぽかんとしている。「あの・・・、上、に小さい、田という字の停留所で降りるんですが・・・」と言うと、係員(中年男性)の表情が明るくなった。「ああ、それはですね、多分、福屋というデパートの前⑳番乗り場から出ているバスが行くと思います。そこに行って、来たバスの運転手に聞いてください」「わかりました。それで、上に小さい田という停留所は何と読めばいいのですか?」「それも運転手に聞いてください」だと。やむなく⑳乗り場に赴く。5分ほどでバスが来た。乗客は私一人、運転手に「ゆーぽっぽに行きたいんですが・・・」運転手曰く「このバスは行きません。JRか広島(ナントカ?)交通のバスなら行きますよ」「わかりました」といって降りようとすると、「ここ(⑳乗り場)から出るバスは本数が少ないので、バスの2番ホームに行った方がいいと思いますよ」、なるほど。2番ホームとは、私が初めに行った、⑧乗り場のホームではないか。再度⑧乗り場に行くと、幸いにも始発のバスが待っていた。乗り込んで運転手に聞く。「ゆーぽっぽに行きたいんですが・・・」「ゆーぽっぽ?停留所の名前がわからないとねえ」とそっけない。「あの、上に小さい田というところです」「ああ上小田ね。行きますよ」だって。なんだ、⑧乗り場でよかったんじゃないか。「ずいぶんと回り道をしたもんだ」と思ったが、「鹿島劇団」見聞のためなら納得できる。ちなみに「上小田」は「カミオダ」と読む。バスに乗車すること約30分、上小田で下車した乗客は私一人であった。以後は、道路の「案内板」を頼りに行けばいい。あった、あった。電柱に「ゆーぽっぽ」への経路を矢印で表示した看板が貼り付けられている。安心してその道を辿ったが、分かれ道に来た。右方向は「道なり」、左方向は「踏切」、でも「案内板」はない。ということは、もうすぐそこ、わざわざ案内するまでのことはない、ということだろうが、新参者(私)にはそこがわからない。結果は「踏切を渡る」が正解だったのだが、私は「道なり」を選択、住宅地の袋小路に迷い込んでしまったという次第。「ゆーぽっぽ」は、典型的な「地域のスーパー銭湯」といった風情で、そこにモダンな「舞台付き大広間」が併設されているという趣であった。従業員は「今風の若者」が多く、およそ大衆演劇のイメージとはかけ離れているところが面白い。さて「鹿島順一劇団」の5月公演、案内チラシには〈鹿島劇団 5月3日(月〉、鹿島順一座長として最後の誕生日特別公演!!」と刷り込まれていた。芝居の外題は「マリア観音」、開幕前、私の前の指定席(桟敷・座布団座椅子付き)に、親子とおぼしき「三人連れ」が座った。子どもは「幼稚園年長組?小学校低学年か?役者のように可愛らしい男児であった。一人でゲームに熱中しているのを、隣の父親(とおぼしき)男性が「ちょっかい」(悪ふざけ)を出して邪魔をする「絡み」が興味深かった。本来なら、父親が新聞を読んでいるのを子どもが妨げるという「構図」が自然だが、まさに「その反対例」が展開されているのだ。「世の中、変われば変わるものだ・・・」等と思っているうちに幕が開いた。主人公・半次郎が鹿島虎順、彼を「悪の道」に引き入れようとするスリの仲間たち(三人)が、春大吉、蛇々丸、梅乃枝健、それを取り締まり、半次郎を矯正しようとする人情肌の岡っ引き親分に花道あきら、半次郎の母に春日舞子、半次郎から煙草入れを擦られ、スリ仲間の一人から「マリア観音像」を盗まれた北町奉行・阿部豊後守(実は半次郎の父)に座長・鹿島順一という配役で、まさにゴールデン・キャスト。筋書きは割愛するが、この芝居の眼目は、(お互いの身分の違いから)離ればなれに暮らさざるを得なかった一組の男女、そしてその愛児が、「ひょうんなこと」から、再会を果たしたが、時すでに遅し、いずれもが「自死」という形で決着をつけなければならないという、「悲しいさだめ」の描出にある。この演目、私は「三河家劇団」(座長・三河家桃太郎)の舞台を見聞している。その出来映えを比べれば「いずれ菖蒲か杜若」、それぞれが劇団の「色」を十二分に発揮した代物であった、と私は思う。「三河家風」は、「艶やかな気配」、それもそのはず、半次郎が女優・三河家諒の「立ち役」、阿部豊後守と半次郎の母、二役を座長・三河家桃太郎が演じるという「離れ業」、一方の「鹿島風」は、実の父母、実子が「そのまま」役柄に符合してしまう「迫真の演技」といった按配で、「夢か現か幻か」、そのリアリティーに圧倒されてしまった。とりわけ、愛しい阿部豊後守の煙草入れを手にした時、春日舞子の表情が、子持ちの母から「芸妓の風情に」一瞬「変化する」場面は秀逸、「お見事!」という他はない。また、舌をかみ切って血にまみれる半次郎を抱き寄せ、自らも自刃する阿部豊後守の「勇姿」は、ひときわ鮮やかで「筆舌に尽くしがたい」。閉幕後の一コマ、私の前に座っていた可愛らしい男児が、びくとも動かず固まっている。必死に「悲しみ」をこらえて泣いている姿が「後ろ姿」だけでよくわかる。気づいた母親が声をかける。「怖かったの?」でも男児は無反応。父親とおぼしき男性も微笑みながら、男児の顔をのぞき込む。それを思い切り払いのける。男性に目配せする母親の目も赤い。5~6分も経ったころだろうか、男児は目を伏せたまま母親の胸に抱かれに行ったのである。その様子を見るだけで、今日の舞台がいかに素晴らしいものであったか、間違いなく男児は心底から「感動」していたのだ、と私は確信する。かくて「鹿島風」と「三河家風」の対決は「勝負なし」「引き分け」双方とも「横綱級」という結果であった。今後、「鹿島風」が「東横綱」に座るためには、「スリ三人組」の風情を変えることも必要ではないだろうか。現状では、「どこか憎めない」「間抜け風」の景色(それはそれで一つの魅力だが)で、悲劇の中に「明るさ」(笑い)を添えようとする演出・意図はよくわかる。一方、半次郎に殺されても当然、といった「極悪非道」「性悪」な風情も、大詰の愁嘆場を際立たせる伏線として不可欠ではないだろうか・・・、などと「身勝手な思い」(素人の妄想)を巡らせつつ、帰路についた次第である。
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2019-03-29

劇場界隈・「オーシャンスパ九十九里・太陽の里」・《千葉の大衆は今?》

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JR外房線・茂原駅から路線バス(白子車庫行き)で約20分、一松海岸停留所で下車、徒歩3分ほどで「太陽の里」に着く。もう少し直進すれば、そこは一松海水浴場、太平洋の大海原が全面に広がっていようという場所である。開放的なリゾート地といった景色で、劇場のある施設も、海水浴客を相手にした「プール付きホテル」「素泊まりペンション」「露天風呂付き和風旅館」「砂風呂付き日帰り入浴温泉」「バーベキューレストラン」等々、要するに「何でもあり」の《桃源郷》ということであろう。したがって、参集する客筋も、「団体客」「老人クラブ」「家族連れ」「サーファー」「釣り人」等々に加えて「大衆演劇贔屓筋」と、文字通り種々雑多な有様である。
 だとすれば、劇場客席のあちこちでは、赤子の泣き声、食べ物を注文する呼び声、団体客の私語等々が騒々しく、「芝居どころではない」といった雰囲気が漂っている。おまけに、照明設備も不具合(後方からの投光が暗すぎる)という悪条件が重なって、「劇団泣かせ」の劇場だと言っても過言ではない。
 私がここで見聞した劇団は、「山口覚劇団」「小林劇団」「鹿島順一劇団」だが、いずれも「客の集中度」を高めるのに苦慮している様子が窺われた。特に「鹿島劇団」屈指の名舞台「月とすっぽん」も、暗闇の中で「天ぷら定食」を頬張る「食事客」相手とあっては、合わせる呼吸の「客不足」、役者の方が「意欲半減」といった按配で、全く「もったいない」限りである。舞台の出来栄えは「最高」なのに、客席の集中度・マナーが「最低」という情景が現出したのである。現在、千葉県の劇場は、ここの他、「柏健康センターみのりの湯」(柏)、「佐倉湯ぱらだいす」(佐倉)の3箇所、かつては「アゼロン千葉」(市原)「和楽の郷」(長柄町)「成田健康ランド」(成田)を加えて6箇所もあったのだから、量的には「半減」、さらに減少の兆しも「ないとは言えない」といった現状であろう。
 千葉といえば、「笹川」「飯岡」そして「木更津」と、芝居演目の「舞台」には事欠かない、だが待てよ、肝心要の「大衆」がいなくなったということか!
想い出のG.S九十九里浜想い出のG.S九十九里浜
(1991/04/13)
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2019-03-28

劇場界隈・京阪御殿山「渚の湯」・《公演は「藤間智太郎劇団」》

午後5時から、大阪「渚の湯」で、大衆演劇観劇。「藤間智太郎劇団」(座長・藤間智太郎)ここは、街中の銭湯に付帯しているが、れっきとした劇場であることに変わりはない。京阪本線・御殿山から徒歩6分の街道沿いにある。「渚の湯」ホームページには以下の説明があった。〈千年の昔 平安朝の頃、皇位を奪われた悲運の皇子惟喬親王の営む「渚の院」の故事に因んでデザインに工夫をこらしました。現代感覚に王朝美を映し直して、施設にものがたり性を与え、温浴をひとつのカルチャーとして捉え直しました。1階をロビー、大広間、飲食コーナー、脱衣室、などで構成し、2階を全面浴室としました。これまでのように男女を固定した浴室とするのではなく、2つのお風呂を機能・デザイン・レイアウトともに全く異なったものとし、男女毎日入替入浴を行うこととしました。一方を花筏の湯、他を薄霧の湯と優美に名づけ、こころゆくまでお客様に楽しんでいただけるよう工夫しました。お客様は、お風呂を2倍楽しめることとなります〉。到着が5時を過ぎていたので、入浴は後回し、すぐさま劇場に直行したが、なんと観客数はゼロ・・・、しかし心配御無用、開演のブザーが鳴ると同時に4人の観客が入場、ミニショーの舞台はめでたく開演となった。芝居の外題は「浅間の喜太郎」。渡世の義理から、ある一家の親分を手にかけた喜太郎は、その子分、二代目から「敵」と狙われる身、死ぬ前に「一目会いたい」と親元に帰還する。しかし父はすでに亡く、頑固な母と対面したが「何しに戻った、この親不孝者!」と追い返される。そこにやってきたのが二代目、敵を討とうとしたが、喜太郎の「侠気」を見抜いて、あきらめる。さらにまた、喜太郎と母の「間」を取り持ってメデタシ、メデタシというお話である。通常なら、喜太郎に座長・藤間智太郎(又は藤間あおい)、母親に松竹町子、二代目に藤間あおい(又は藤間智太郎)という配役だろうが、今日の舞台では、(思い切って?)三代目・藤間歩(中学1年生)を主役・喜太郎に抜擢した。なるほど、観客数は5人、未来の後継者に場数を踏ませようとする座長の目論見は、痛いほどよくわかる。「それはそれでよい」、祖母と孫の「親子名乗り」が通常の景色に及ばないのは当然として、いわば舞台裏の「稽古風景」を観られたような心地がして、私は大いに満足した次第である。三代目・藤間歩は「子役」から「若手」への転形期、どこか「なげやりな」(ツッパリタイ)風情が感じられたが、それもまた痛いほどよくわかる。「カエルの子はカエル」、その風情を「魅力」に磨き上げることに、それほど時間はかかるまい。対照的だったのが、(おそらく同輩?の)藤こうた、舞踊でも芝居でも「懸命に」舞台を務める。一瞬として「力を抜く」(油断する)ことがない。その「一途」(健気)な舞台態度は、たいそう爽やかであった。さて、舞台終演後は入浴タイム、本日の「おとこ湯」は「薄霧の湯」。〈お湯は無色透明のアルカリ性で皮膚の表面を軟化させ脂肪や分泌を洗い流せます。そのため肌がすべすべし美人の湯と言われています。また泉質は柔らかく刺激が少ないので、高齢者や病後の保養などにも最適です。有名温泉地として愛媛の道後、岐阜の下呂等があります。 温泉の効能  疲労回復、肩のこり、冷え性、腰痛、神経痛、リウマチ、五十肩、うちみ、筋肉痛 くじき、あかぎれ、健康増進、婦人病、荒れ性、痔疾 温泉の成分 ナトリウムイオン (Na+) 63.0ppmカリウムイオン (K+)10.5ppm ヒドロ炭酸イオン (HCO3-) 43.6ppm 炭酸イオン (CO3 2-) 39.6ppm硫酸イオン (SO4 2-) 33.8ppm塩素イオン (CI-) 9.5ppm 〉(前出ホームページより引用)といった「天然温泉」を十分に堪能し、帰路に就いたのであった。
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2019-03-25

劇団素描・「劇団逢春座」・《浅井雷三「誕生日公演」の名舞台》

《追悼》浅井雷三座長の夭折を知りました。心よりお悔やみ申し上げます。(2019年3月25日)

【劇団逢春座】(座長・浅井春道)〈平成26年7月公演・みのりの湯柏健康センター〉
 前回の見聞(芝居「鼠小僧と白鷺銀次」)で、私は〈達磨の子分、縛られながらも「かっこいい!親分は袖の下で大もうけ、小さい蔵には小判がざっくざく」などと言って蔵破りの手助けをするばかりか、帰りぎわには銀次と「義兄弟」のちぎりまで結んでしまう。義賊を慕う天真爛漫な風情を、芸名不詳のこの役者はものの見事に描出していた、と私は思う。それにしても、この役者、口跡、表情、所作、相手役(浅井優)との「間」のとり方、観客との呼吸の合わせ方などなど「三枚目」の条件をすべてクリア、申し分のない舞台姿であった。いったい誰なのか、その「謎」は深まるばかりである〉と綴ったが、今日の舞台でその「謎」が解けた。芝居の外題は「血まみれ草子」。本日は責任者・浅井正二郎の次男(座長・浅井春道の弟)、浅井雷三の「誕生日公演」とあって、客席は「大入り」の活況を呈していた。芝居の筋書きは単純、一家の二代目を継いだ若親分(浅井雷三)が、仇一家親分(三河家扇也)、用心棒(責任者・浅井正二郎)たちに「縄張り」を強奪されそうになったが、馴染みの芸者(浅井陽子)や(若親分の)後見(座長・浅井春道)の「助力」によって、見事、仇一家を成敗するというお話だが・・・。見どころは、若親分に扮した浅井雷三の風情と実力。血気盛んな18歳、さぞかし「威勢のいい、ぴちぴちとした」舞台姿を見せてくれるだろうと思いきや、その風情は「なよなよ」として、文字通りの「つっころばし」、ドスの刃を見ただけで卒倒する「頼りなさ」、姿形は「若い衆」だが、口跡といい所作といい、まさに「男装女子」といった景色で、客席は抱腹絶倒、笑いの渦が湧き上がる。口跡、表情、所作だけで、これだけの「笑いを取れる」役者は、18歳ではお目にかかったことがない。「笑わせよう」という魂胆は皆無、彼が懸命に演じようとすればするほど「可笑しさが滲み出てくる」といった按配で、もって生まれた喜劇役者の「天性」という他はない。さればこそ、前回の舞台で「謎」だった「達磨の子分」の正体は、浅井雷三を措いて他にないことを確信したのであった。さらに言えば、その天性を際立たせる相手役の存在も見落とせない。前回は若手リーダー・浅井優、今日の舞台では雷三の姉・浅井陽子の「つっこみ」が絶妙、その「絡み具合」を堪能するだけで、客(私)は満足するのである。舞台は大詰め、仇一家との修羅場へ向かうように説得する芸者に「いやだよ、私にはそんなことはできない」「いいから、このドスをもって!」と無理強いされて襷まで掛けられれば「何、これ?」「襷ですよ、袖が邪魔になるでしょ」「そんなものいらない」「何を言っているの、さあ駆けだして!」と尻をまくられる。「まあ、何するの、いやらしい」といって内股になる若親分の姿は、ことのほか魅力的であった。斯界では、武張った所作で「山をあげる」見せ場が常道だが、このような滑稽・珍妙な場面を(18歳で)見どころにできる役者は、数少ない。「誕生日公演」に相応しい名舞台を堪能できたことは望外の幸せであった。加えて歌と踊りのグランドショー、座長・浅井春道、浅井陽子、浅井ゆき(?)による(抱腹絶倒の)組舞踊「おしろい天使」(唄・長保有紀)は渾身の一作、今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就くことができたのであった。感謝。 
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2019-03-24

劇場界隈・「新潟県・安田温泉やすらぎ」・公演は「劇団三ツ矢」

 7時48分東京発上越新幹線「Maxとき305号」に乗車、新潟の「安田温泉やすらぎ」に赴いた。終点の新潟駅で下車、駅前から10時30分発の送迎バスに揺られて45分後、玄関前に到着する。そこは「源泉露天風呂にサウナ、北投石岩盤浴が楽しめる大型保養センター・ホテル」と宣伝されている。1泊4500円の素泊まりで、「ナトリウム塩化物強塩泉(中性高張性低温泉)が十二分に楽しめる。さらに1000円追加すれば「大衆演劇」の芝居見物、800円追加すれば、秋田玉川の北投石・焼山石、北海道上ノ国のブラックシリカ、新潟村杉の薬師石などなどの「岩盤浴」が楽しめるという趣向で、まさに至れり尽くせりの保養施設であった。とりわけ素晴らしいのは、従業員の「接客態度」、文字通り「おもてなし」のお手本を、いとも自然に描出し、温泉以上の温もりが感じられる。それというのも、老社長自らが先頭に立って陣頭指揮に当たっているからであろう。また、売店に並べられた新鮮な野菜、手作りの一品料理の数々も圧巻である。トマト、キュウリ、トウモロコシなどをその場で食べる客のために、包丁まで提供してくれる。土地名産の厚揚げ焼き、冷や奴、コロッケ、イカのリング揚げ等々は、出来上がり直後の美味を堪能できる、といった按配で、その心づくしに心底から感動した次第である。言葉だけでなく、本当の「やすらぎ」を体験できる、全国屈指の施設であると私は思った。
 大衆演劇の公演は「劇団三ツ矢」(座長・三ツ矢洋次郎)。芝居の外題は「戻り橋」。昔、戻り橋の袂に赤児を捨てた、甘酒売りの老婆(竜千佳?)の物語である。老婆には現在、十手持ちの養子(龍之助)が居り、なにかと心遣いをしてくれる。老婆がここで甘酒売りをしているのは捨てた実子に出会うため、案の定、愛しい息子(座長・三ツ矢洋次郎)がやってきた。しかし、息子は、名にし負う盗賊に成り果て、今は親子名乗りもできずに、十手持ちの養子のお縄にかかる、といった筋書き。親孝行の養子が、親不孝の実子を捕縛する、その様子を見なければならない老婆の「やるせなさ」がこの芝居の眼目であろう。今日の舞台では、残念ながら「セリフ回し」に頼りすぎ、役者の「棒立ち」場面が続いたので、御贔屓筋も「居眠り」状態で大詰めを待つ他はなかった。明日の外題は「源太時雨」などという貼り出しもあったが、露天ぶろ、岩盤浴の魅力が勝り、さほどの興趣は湧かなかった。(2015.6.27)



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2019-03-23

劇場界隈「まんてん星の湯・三国館」《「南劇団」公演は「やや場違い」》

 上越新幹線・上毛高原駅から猿ヶ京行きの路線バスに揺られてほぼ三十分、「見晴下」停留所の真上に、「まんてん星の湯・三国館」は建っていた。案内パンフレットによれば、〈湯ったり、のんびり、静かな湖面を渡る風の中で。まんてん星の湯 この名の由来は、施設敷地内に咲くつつじ、満天星(どうだんつつじ)と夜のとばりの訪れとともに輝く満天の星空から名付けられたもの。満天星(どうだんつつじ)が持つ「やさしさ」と満天の星空のような「清らかな美しさ」に満ちた温泉施設であることを表しています〉ということである。施設内には、七夕の湯、里の湯の大浴場と露天風呂、レストラン、大広間などが備わっているが、何と言っても特徴は、350名収容の多目的ホール・三国館が併設されており、不定期ながら春・秋に「大衆演劇公演」が催されていることであろう。この劇場、「音響、照明設備を完備したホール」ということで、およそ旅芸人の芝居小屋とは無縁といった「たたずまい」で、客筋も「上品」でおとなしい。幕が上がれば、「咳ひとつせず」「一心に」舞台に集中する。ふだんは「文化活動の発表」が重ねられている場所、大衆演劇の景色・風情は「やや場違い」といった感じは否めない。今日は、6月公演「南劇団」(座長・南竜花)の千秋楽。芝居の外題は「権三と助十」。土地の与太者に拐かされそうになった金持ちの娘(副座長・寿純)を、籠カキの権三(南リュウホウ)と助十(南龍弥)が助け出すというお話。助けられた娘は、助十に「一目惚れ」、「添わせて欲しい」と下女(南竜花)に懇願、「わかりました」と引き受けた下女、なぜかその縁談話を権三の方に持っていく。権三、「こんな自分にお嬢さんが惚れるわけはない」とビックリするが、「間違いありません」と太鼓判を押す下女の様子に、徐々に納得。「なるほど、男は顔じゃあないんだ」と自信満々で仮祝言の場に臨むが、やっぱり結果は大逆転・・・。平謝りの下女を相手に「なすすべもなく」茫然自失の権三の風情は、文字通り「嬉しがらせて泣かせて消えた」という謳い文句そのままで、ベテラン旅芸人・南リュウホウの独壇場ではあった。
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2019-03-22

劇場界隈・「蟹洗温泉」(福島)の景勝は《超一級》(「鹿島順一劇団」公演)

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 常磐線水戸経由でいわき駅、そこから二つめの四ツ倉駅で下車、旧街道筋とおぼしき通りをブラブラ歩きながら海岸線に出る。そこには「物産館」なる施設があって、土地の「海の幸」「山の幸」「工芸品」「加工食品」「地酒」等々、豊富に提供している。さらに海岸線に沿って北上すると、ちょっとした船溜まり、左手の山が大きく波打ち際に迫った場所(四ツ倉駅から徒歩20分)に「太平洋健康センター・蟹洗温泉」は建っていた。右手は、まさに「太平洋」、およそ180度の視野で水平線を眺望できる景勝地、ロケーション「超1級」という折り紙付きの温泉施設といえよう。目玉は「日の出時刻」(今頃なら午前4時15分頃)、白みかけた水平線の一点に、針の穴ほどの「紅」が差したかと思うと、見る見るうちに半円、全円の「火の玉」が、天空に向かって上昇する、といった按配で、自然が織りなす荘厳なドラマを十分に満喫できる趣向である。加えて、レストランのメニュー「マッカリ」(韓国どぶろく)と「めひかりの唐揚げ」は絶品、ここでしか味わえない代物であろう。  
そんな施設(温泉旅館)の一郭に、大衆演劇の劇場「蟹座」がある。入館者は追加料金、宿泊者は無料、客席は全指定、飲み食い可能だが、レストランとは別という具合で、いたって好都合、観劇には最適の環境が準備されていると思う。
 公演は「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)の初日。芝居の外題は、昼の部「新月桂川」。
私は先月、同じ芝居を「近江飛龍劇団」で見聞済み。その感想を綴ったが、筋書は以下の通りである。
〈芝居の外題は「新月桂川」。桂川一家の若い衆二人(兄貴分新吉・近江春之介、弟分銀次・近江大輔)が男修行の旅から帰ってきた。二人とも親分(浪花三之介)の娘(座長・近江飛龍)に惚れている。帰ったら「お嬢さんと夫婦になって跡目を継ぐ」のも二人の夢、そのことになると兄弟分とはいえ「譲れない」。肝腎の娘は、銀次が「好き」、腕の方は新吉が上、親分は、背中合わせの一家・まむしの権太、権次(橘小寅丸二役・好演)のどちらでもいいから「首を取ってきた方に娘を与え、二代目を継がせる」とのこと、二人は勇んでまむし一家に殴り込み、目的通り、権太の首を挙げたのは、やはり新吉。銀次は土下座して新吉に、「頼む。その首を譲ってくれ!実を言えば、旅に出る前から、オレとお嬢さんはデキていたんだ」。「なんだって?・・・」ちっとも知らなかった新吉、激高して銀次を斬ろうとするが、そのたびに「ギンジサーン!」という娘の声が聞こえてきて、刀を下ろせない。つまるところ、自分を追いかけてつきまとう鳥追い女(轟純平・好演)と「一計を案じて」、嫁も跡目も弟分に譲る、というお話。〉
 「鹿島順一劇団」の配役は、桂川一家の親分・蛇々丸、若い衆千鳥の安太郎・座長・鹿島順一、弟分銀次・三代目虎順、親分の娘・春夏悠生、まむしの権太、権次・春大吉、鳥追い女・春日舞子といった面々で、その出来栄えは「いずれ菖蒲か杜若」。それぞれの劇団の「特長」が活かされ、甲乙つけがたい舞台であったと、私は思う。親分役の浪花三之助と蛇々丸の出来は「互角」、当然のことながら、若い衆二人は「鹿島劇団」が上、娘役は近江飛龍の勝ち、まむしの権太、権次は「僅差」で橘小虎丸、鳥追い女も「僅差」で春日舞子が勝ち、といった按配で、要するにこの二劇団が「合体」すれば、「日本一」の出来栄えになっただろうと、夢想した次第である。
 夜の部は「命の賭け橋」。振り袖火事で「一時解放」された囚人(春大吉)が、親孝行したいと木更津の母に会いに行く、それを許した役人A(虎順)と、見咎めた役人B(花道あきら)の「対立・葛藤」の物語。「三日後の暮れ六」までに囚人は帰ってくるか、帰ってこなければAは切腹、帰ってくればBは切腹といった「手に汗握る」サスペンス風ドラマ。見せ場は、囚人と盲目の母(春日舞子)の対面シーン。Bに傷つけられ「もう帰れない」と弱音を吐く囚人を前に、母は「帰れないのは、私がいるから・・・。一足先にお父つあんの所に逝ってお前の来るのを待っているよ」と言って自刃、「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えながら絶命する。囚人は茫然自失。だがしかし、どこからともなく聞こえてくる法華太鼓、その勢いに押され、渾身の力を振り絞り、這うようにして引っ込む(退場する)囚人の風情は、たくましく「絵巻物」のように感動的であった。
 舞踊ショー、三代目虎順の「大利根無情」、ラストの「大阪シリーズ」は、ともに屈指の名舞台、大いに満足して仮眠室に一泊、帰路についた。
大利根無情/忠太郎月夜大利根無情/忠太郎月夜
(2006/04/26)
三波春夫

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2019-03-21

劇場界隈・岩瀬城総合娯楽センター(茨城)「南條光貴劇団」公演

【南條光貴劇団】(座長・南條光貴)〈平成20年4月公演・「岩瀬城総合娯楽センター」〉                                                                      午前8時5分柏発、勝田行き普通電車で友部へ。9時54分友部発、小山行き普通電車で岩瀬へ。岩瀬からタクシー(5分・約2キロメートル)で「岩瀬城総合娯楽センター」到着。そこで午前11時から大衆演劇観劇。「南條光貴劇団」(座長・南條光貴)、受付で芝居観劇を申し込む。「どこから来ましたか?お名前は?飲み物は何にしますか」などと聞かれ、2600円支払う。従業員に案内され2階ホール(大広間・桟敷)に入ると、ビックリ、団体客(地区別老人会か?)でほぼ満員状態、カラオケの真っ最中であった。まだ午前10時台だというのに、「宴たけなわ」という雰囲気である。「席はどこにしますか」といわれたので、最後方の長テーブルを指さすと、従業員が座布団と盆を持参する。盆の上には、アルミの急須、湯飲み茶碗、日本酒入り銚子1本、紙コップが乗っている。
なるほど、第一部・芝居の開演は11時、終演は12時、その後、昼食(弁当配布)、第二部・芝居の開演は午後1時10分、終演は2時10分、舞踊ショー終了が午後3時という手順になっているので、この日本酒は、お茶を肴に飲むということか。妙に納得して、第一部の芝居・「次郎長外伝・生きたり死んだり」を観る羽目になった。筋書きは、次郎長の子分同士が「お互いに死んだこと」にして「香典代」を稼ごうとする「他愛もない」話、まあ「前狂言」なので、若手役者の「修業の場」 、それでもいいかと納得した。団体客の目的は「観劇を兼ねた親睦」なので、舞台に向けての集中力に欠ける傾向があるが、若手二人(南條欣也・結貴野蛍)の「実力」は彼らの関心を惹きつけるには十分であった。 実を言えば、私はこの劇団の舞台は、昨年、大阪「鈴成座」で見聞済み。座長・南條光貴の「女形舞踊」、女優・光條直貴の「立ち役」、ラストショー・龍神の舞が、印象深く記憶に残っていた。「もう一度観たい」と思う劇団の筆頭であった。座員は、他に、女優・南京弥(23歳・南條欣也の妹)、光條優貴、南條あみ(14歳)、男優・光條元貴(16歳)がいる。第2部の芝居は、外題「花の神田屋」、女優は「立ち役」、男優は「女形」という趣向の配役で、敵役の親分(三枚目)を、南京弥が「達者に」演じていた。座長の女形舞踊「アカシアの雨が止むとき」は、やはり「絶品」、その時だけは場内「水を打ったよう」、観客全員が舞台の景色に酔いしれた。
 予定表によれば、16日から20日まで、一部の芝居は「ハルキの女」とのこと、もう一度「観に行く」ことになるだろう。
清水次郎長伝(清水港義侠伝・前編、清水港義侠伝・後編)清水次郎長伝(清水港義侠伝・前編、清水港義侠伝・後編)
(2005/05/27)
広沢虎造(先代)

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2019-03-20

劇場界隈・金沢・おぐら座・公演は「劇団秀」

2008年6月16日(月) 晴
 午前6時、「放浪の旅」に出立、上越新幹線で越後湯沢、経由で金沢へ向かう。
車中で「庶民列伝」(深沢七郎・新潮社・1970年)のうち「サロメの十字架」読了。登場人物は、アルサロ(水商売)のママ、ホステスたちとパトロン、客といった面々で、その「やりとり」、「風俗」を淡々と描いている。筋書きといっても、移り気なオーナー(社長)の好みに応じて、ママが次々に交代していく程度。しかし、眼目は「商売女」の「庶民性」とでもいおうか、「憎めないお人好し」の様子が、面白おかしく、また魅力的に描かれており、永井荷風の作物とは違った風情の「佳作」だと思う。初代ママと二代目ママ・純子は「男」(パトロン)によって「対立」せざるを得ないが、所詮は「同じ立場」、気心は通じ合っている。思いっきり泣いてみたり、笑ってみたりするのも、すべて計算済みといった「したたかさ」を持ち合わせている一方、すぐに「ころりと騙される」のも御愛嬌。だが、どうしてもわからなかったのは、この作品のタイトル、どうして「サロメの十字架」なのだろうか。
越後湯沢では、時間の余裕があったので、貝掛温泉に立ち寄る。2回目だが、風情に変わりはなかった。「ぬるめの湯」が、いつまでも入っていられて飽きない。昼食は山菜の天ざる、2時台のバスで越後湯沢に戻り、「ほくほく線」特急で、金沢に向かう。
 午後6時から、金沢・おぐら座で大衆演劇観劇。「劇団秀」(座長・千澤秀)。おぐら座は、この4月に柿落としをしたばかりだが、「造り」は、いたって簡単、天井の鉄骨はむき出しのまま、客席も50人入れば満員という「狭さ」であった。木戸には役者が立っており、みずから入場料を徴収している。ということは、ここの経営は各劇団が「共同」で行っているということだろうか。料金を払おうとしたら、「お年は、おいくつですか?」と尋ねられた。なるほど、劇場の案内を見ると「シルバー(70歳以上)1500円」と書いてある。私は「63歳です」と正直に答えたので、1900円徴収されてしまった。
客筋で目立ったことは、①若い女性が多い、②家族連れが多い、③着物姿が多い、ということであろうか。出演劇団は「劇団秀」ということだが、桜木英二、瞳ひろしといった「座長」クラスの役者が応援している。パンフには「下町かぶき組奮闘公演」「劇団秀 初来演」とも記されているので、要するに、弱小劇団の「若手座長」と「ベテラン座長」が「協力し合って」奮闘しているということであろう。若手には「味」が足りない、ベテランには「若さ」(艶やかさ)が足りない、その辺を補い合い、弱点を克服できるかどうか。役者は他に、二代目桜風太郎、飛雄馬、舞鼓美らが出演していたが、「実力」は「水準」まで今一歩。ただ一人、ベテラン女優(芸名不詳)の舞踊、立ち回りが光っていた。パンフによれば、「千澤秀 幼少のころより大衆演劇の舞台で育ち、1995年より(株)誠オフィスに所属。松井誠の甥っ子。下町かぶき組スーパー花形として、大衆演劇の劇場やホテル公演に多数出演。2008年5月より劇団秀を旗揚げ。華のある女形には定評があり、芝居では2枚目も3枚目もこなす芸達者。又、2006年にシングル「いい加減にせんと」(CX「この夜にブルースが泣いている」)をリリースし歌手としても活動を行う」とある。芝居の外題は「吉良の仁吉」、特別狂言・次郎長三国志シリーズの第三弾というふれ込みであったが、何といっても「役者不足」は否めない。座長・千澤秀の仁吉はよいとしても、その女房、身内の清水一家・大政、小政、鬼吉は「力不足」、敵役・桜木英二、後見役・瞳ひろしは「若さ不足」といった按配で、どうにも「絵」にはならない舞台であった。BGM自体も「力不足」、「吉良の仁吉」といえば「美ち奴」というのが私の常識だが、最後までその歌声が流れることはなかった。



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2019-03-19

劇場界隈・「大江戸温泉物語・ながやま」(片山津温泉)、公演は「鹿島順一劇団」

金沢と福井の中間、北陸本線・加賀温泉駅で下車、山側を辿れば山代温泉、山中温泉、海側に赴けば片山津温泉という道程である。東京お台場を本拠地とするスーパー銭湯の覇者「大江戸温泉物語」は、山代温泉には「加賀の本陣・山下家」、片山津温泉には「ながやま」という温泉旅館(系列店)を経営している。その「売り」は〈天然温泉1泊2食・大人4名様以上1室利用なら1名様・365日いつでも同一価格6700円〉ということで、宿泊・飲食費が「格安」で済むことであろう。「ながやま」では、大衆演劇場「ながやま座」を設置、豪華絢爛夢芝居が「ご宿泊者観劇無料」で観られるサービスを提供している。他にも「夕食は四季折々の創作バイキング」「○学生未満無料」「ドクターフィッシュ」「チョコレートファウンテン」「似顔絵コーナー」「金魚釣り」等々、魅力的な企画が目白押しといった次第で、たいそうな賑わいであった。
 午後1時30分から大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。なるほど、劇場「ながやま座」は「舞台付の大広間」、そこに座布団だけを並べただけの客席だが、いっさいの飲食は禁止、専属の従業員(若い女性)が、宣伝・接待・管理を任せられ、「明るく、爽やかに」孤軍奮闘している姿を見聞しているだけで、「元気をもらう」ことができるというもの、経営者の(並々ならぬ)「熱意」「手腕」が窺われた。加えて公演が、斯界屈指の実力派劇団「鹿島順一劇団」とあっては、まさに「言うこと無し」、至福の時間を過ごせるに違いない。劇場入り口にはりだされた、演目は二日替わりだが、なんと初日から千秋楽までの「演目」がズラリと一覧できるようになっている。通常の劇団では「あまり予告すると、演目を選ぶので入りが悪くなるのでは・・・」という危惧から、「来てのお楽しみ」という空気が漂うように見受けられるが、堂々と「手の内を明かし」「観る観ないはお客様の自由」といった潔さに脱帽する。芝居の外題は、お馴染みの「新月桂川」。出来栄えは「相変わらず」の面白さ、とりわけ桂川一家の兄弟分を演じた座長・鹿島順一と三代目虎順の「呼吸」がピッタリで、双方を「思い合う」風情が、そこはかとない「色香」を感じさせるほどに見事であったと思う。今日の舞台では「割愛」されていたが、仇役、まむしのゴン次(春大吉)が、「アンチャン(兄、ゴン太・春大吉・二役)の仇だ!」といって、千鳥の安太郎の「煙草入れ」に《八つ当たり》する場面を観られなかったのは残念。この兄弟、仇役だが「どこか脱けている」「憎めない」、しかも容貌が「瓜二つ」(双子かも?)といった設定で、柄が悪いのに「アンチャン」「アンチャン」と甘ったれる弟・ゴン次の姿も「見どころの一つ」だと、私は思う。
 舞踊ショーでの一コマ、三代目虎順の個人舞踊(坂本竜馬)、はじめは「淡白・単調」に、徐々に「思い入れよろしく」、結びは「感極まって」といった景色の描出は秀逸、お見事という他はない。途中で贔屓筋が「花」をつけに来たが、タイミングが合わず立ち往生気味、舞踊終了後の「手渡し」となった。虎順いわく「ボクの踊りを観て下さっているお客様のために、踊りを中断するわけにはいきませんでした。それがボクの《主義》ですから」。聞きようによっては「何と傲慢な!」「若造のクセに生意気な!」「贔屓をバカにするつもりか?」と受け取られかねない言辞を堂々と吐く魂胆が素晴らしい。座長クラスでも、扇子を放り投げ、スキップを踏んで「花」を「もらいに行く」姿は珍しくない。それが「旅役者」の自然な姿だと思う風潮に「敢然と」立ち向かう三代目虎順の姿勢を、私は全面的に支持、その雄々しさに涙する。断じて「旅役者」は「河原乞食」「男芸者」と蔑まれてはならないのだ。(2009.9.9)
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2019-03-18

劇場界隈・「大井川娯楽センター」(静岡)・《「鹿島順一劇団」、11年ぶりの名舞台》(平成21年7月公演)

 大井川娯楽センターは、開業60年を超える「東海の娯楽施設」である。東海道本線金谷駅から徒歩5分、といっても所在地が「城山」とあるように、鬱蒼とした森の中、しかも急勾配の山道を数十メートル登らなければならない。小山の頂上から斜面にかけて敷設された「たたずまい」といおうか、劇場の入り口は「階段の途中」にあった。施設の内部は、旅館「百楽園」、劇場(舞台付き大広間兼食堂)、ロビー(といっても鰻の寝床のような板の間)、売店、浴室、といった設計で、昭和中期の「総合娯楽施設」が、どこかの博物館に保存されているような風情である。
 公演は「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。11年ぶりの来演とあって、座員、観客ともどもに懐かしさも一入、その和気藹々の雰囲気は「関東・東北公演」では見られない代物であった。なるほど、劇団は、もう自分の「庭」に一歩を踏み入れたのだ。芝居「人生花舞台」「浜松情話」の舞台は目と鼻の先、さぞかし「情感豊か」で「艶やかな」舞台絵巻が展開されることであろう。
 初日の公演は、開演11時、ミニショー、昼食休憩1時間、芝居、歌謡・舞踊ショー、終演3時30分という構成であった。芝居の外題は「新月桂川」。敵役・まむしの権太、権次(二役)を好演している春大吉が、「配偶者の出産」のため、今日は、花道あきらが代演したが、これまた「ひと味違う」キャラクターで、出来映えは「お見事」、例によって「新作」を見聞できたような満足感に浸ることができたのである。前回(11年前)来た時、三代目虎順は6歳(小学校1年生)、まだ舞台には立っていなかったという。したがって、今回は、桂川一家の若い衆・銀次役で「初お目見え」(初登場)となったが、「全身全霊で臨む」のが彼の信条、その舞台姿は、親分(蛇々丸)のお嬢さん(春夏悠生)を思う直向きさ、どこまでも兄貴分・千鳥の安太郎(鹿島順一)を慕う純粋さにおいて、座長(父・鹿島順一)と十二分に「肩を並べ」、時には「追い超す」ほどの迫力があった、と私は思う。願わくば、安太郎が「惚れて惚れて惚れぬいた」お嬢さんの風情が、「今一歩」、「振った女」より「振られた男」の色香が優るようでは、「絵」にならないではないか。次善とはいえ、鳥追い女(春日舞子)との「旅立ち」が、殊の外「決まっていた」ことがせめてもの「救い」だったと言えようか。春夏悠生、今後の奮起・精進に期待したい。
 歌謡ショー、鹿島順一の「明日の詩」は珠玉の名品、数名の観客がペンライトで呼吸を合わせたが、その動き通りに鹿島順一の「姿」が揺れる。多くの場合(近江飛龍でも大川竜之介でも)、観客のペンライトをコントロール(指揮)するのは役者(歌い手)の方だが、鹿島順一は「正反対」、客の「動き」に合わせてでも、珠玉の名品を「歌い切って」しまうのだ。けだし、名人の「至芸」とは、このようなものなのだろう。関東・東北公演では「決して客に媚びようとしなかった」彼だが、本拠地への帰還はもうすぐ、慣れ親しんだ贔屓筋との「阿吽の呼吸」を楽しもうとするかのような風情が窺われ、不覚にも落涙した次第である。
明日の詩/男の人生明日の詩/男の人生
(2005/12/07)
杉良太郎

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2019-03-17

劇場界隈・浅草観音温泉

 午後3時、炎天下の浅草界隈に辿り着く。木馬館開場までまだ1時間ある。私は、迷うことなく「浅草観音温泉」に飛び込んだ。入浴料700円。えっ?これって、ほんとに温泉なの?看板に天然温泉と書いてあるのだから、間違いない。それにしても、愛想も何もない風情で、脱衣場には、やたらと「手書き」の注意書きが多い。ちなみに、それらを書き出してみると、以下の通りであった。   ①注意して下さい。浴場内でもどこでも鍵は手から放さずに気を付けて下さい。ロッカー泥棒に協力した方に協力金1万円を支払い致します。
 ②ロッカー荒師に注意して下さい。2~3名でコンビを組んで、バール、ドライバー等でロッカーの戸をこわして開ける者に気をつけましょう。お気付きの方はすぐにフロントまで、2~3分で警察官がまいります。貴重品ロッカーは、玄関受け付けにあります。フロントにてビデオ撮りあり、万一の時は参考にします。
 ③注意して下さい。一瞬のうちにロッカー鍵をすり替えて現金等を持ち逃げする事件が多発しています。土曜、日曜は特に気を付けて下さい。鍵は必ず手から放さずに。
 ④マナーのお願い 浴槽に入る前に下部分を洗ってから入浴して下さい。
 ⑤ 髪を染めるの厳禁 他人にもフロ屋にも迷惑 髪染め確認した方は以後入浴お断り。ペナルティ金(迷惑料)2000円を頂きます。とにかく染めないこと!
 「ロッカー荒師」という言葉も初耳だが、公衆(浴場)の面前で「2~3人でコンビを組んで、バール、ドライバー等でロッカーの戸をこわして開ける者」がいるのだろうか。また、「お気づきの方は・・・」とあるが、そんな大がかりな仕事に気づかない人がいるだろうか。気がついても「おそろしくて何もできない」か、「フロントに知らせたくない」(そのコンビの見張り役)かのどちらかであろう。いずれにせよ、この浴場では、①金品が盗まれる、②下部分を洗わないで入浴する、③髪染めをする、などの違法・不法行為が目立つということを店主みずからが警告していることに間違いはない。その結果、客同士がお互いを不審な目で見ることになり、一種独特な雰囲気が醸し出される。泥棒を捕まえたら1万円の御褒美、髪を染めたら2000円の罰金、というシステムも、その「割り切り方」が単純明確で、大変わかりやすかった。
 浴室の設備も、至って簡素、シャワー、ジャグジー、ソープ、シャンプーなどは皆無、
黄色い湯おけ(プラスチック製・「ケロリン」マーク入り)と、赤(湯)・青(水)のカラン、大小二つの湯船に水飲み場だけという風情であった。湯船の中には、「保健所の指導」により、大きなナフタリンのように見える消毒剤が投入されていることも、興味深い。
 ここは浅草、本堂や仲見世が観光客でごった返しているというのに、入浴客は3~4人程度、身も心もゆったりとして、汗を流すことができた次第である。
 午後5時から、木馬館で大衆演劇観劇。「市川千太郎劇団」。
(2008.8.3)



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2019-03-16

劇場界隈・「小岩湯宴ランド」・《「一見劇団」は大入り満員》

 平成21年8月公演は「一見劇団」(座長・一見好太郎)。30分前に劇場に赴いたが、すでに客席は「大入り満員」、文字通り「立錐の余地もない」状態だったので、やむなく観劇は断念、入浴・仮眠に切り替えた。ここの浴室には、①ドライサウナ、②ミストサウナ、③イベント湯(いつもはゲルマニウム湯だったが、今日はレモン湯、④岩風呂(白濁した硫黄湯)、⑤ジェットバス、⑥檜風呂、⑦薬湯、⑧備長炭湯、⑨水風呂、が設置されており、多種多様な入浴を楽しむことができる。若い頃は、サウナと水風呂を繰り返すことで「えもいわれぬ心地よさ」を感じていたが、寄る年波には勝てず、特に脳梗塞を患ってからは「水風呂」に入ることはなかったのだが・・・。なぜか、最近また「水風呂」の魅力に取り憑かれてしまったのである。きっかけは、千代田ラドン温泉での「岩盤浴」のあと、汗を引かせるために「水風呂」に入って上がったところ、たいそう心地よく、着衣した後でも汗が出ることはなかった。以来、入浴の最後を「水風呂で締める」習慣が生じつつある。その結果、今日も1時間ほど、のんびりと「仮眠」、すっきりした気持ちで、夜の部の観劇に望むことが出来た次第である。芝居の外題は、「中乗新三」。大衆演劇の定番で、眼目は「ヤクザの無情・親子の有情」といったところか。配役は、中乗新三に座長・一見好太郎、その幼友達(新三同様、今はヤクザ稼業に身をやつしている)に太紅友希、幼友達の親分(仇役)にベテラン・中村光伸(?・確証はない)、一家の身内に紅金之介らの若手男優、用心棒に美苑隆太、新三の母に古都乃竜也といった面々であったが、出番が多かったのが座長と古都乃竜也、太紅友希ぐらいで、三者の「絡み」は「それなりに」面白かったが、芝居の眼目(ヤクザ稼業に嫌気がさし、堅気になって親孝行しようと帰宅した新三を待っていたのは亡父の位牌だった、という無情、紆余曲折を経て最後は親子名乗りを遂げた母子の有情)を描出するのには「今一歩」の出来栄えであった、と私は思う。
 舞踊ショー、音曲のボリュームが大きすぎるためか、劇団責任者・紅葉子の「名調子」がよく聴き取れず残念であったが、各役者の「舞姿」は、「華麗」「艶やか」で「絵巻物」然、「水準」以上の出来栄えであった。とりわけ、子役・ア太郎が「紋付き羽織姿」で踊った「坂田三吉」、美苑隆太の女形舞踊「お蔦」(島津亜矢・「名作歌謡劇場」)は、絵姿に「人物の心情描出」も加味されて、出色の作物であった。夜の部も、客席は「大入り満員」、ますますの繁盛を期待したい。
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(2004/08/04)
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2019-03-15

劇場界隈・《宮城県・青根温泉「流辿」》

午前0時過ぎに、強い地震。テレビニュースによれば、岩手県では震度6弱とのこと、ここは宮城県、震度4程度かと思った。今日は「南劇団」の舞台をもう一度見て、仙台に戻り、そこから秋田方面(「こまち健康ランド」・公演・鹿島劇団)に向かう予定だったが、秋田新幹線が不通(もしくは遅延などの混乱状態)になれば、それは無理。今回は断念しよう。
 午前9時30分に部屋をチェックアウト、大広間(劇場)で待機。今日は「団体客」があるというので、指定席に座らされた。なるほど、10時を過ぎると、「一般客」「団体客」が続々とやってきて、客席はほぼ満席(大入り)となった。「団体客」とは、案の定、仙台市内の「老人クラブ連合会」(常連・50人程)のようで、「いつものところがいいや」などと言いながら、客席前半分を「占拠」した。メンバーの座席が決まると、たちまち瓶ビール、ウーロン茶のペットボトルがテーブルに配られ、宴会(らしき雑談)が始まる。幹事や代表が「あいさつ」しても、誰も聞いていない。幹事は、どうやら「抽選会」をいつやればいいかを諮っているようだが、メンバーは無反応、やむなく幹事の判断で「今始める」ことになった。(私を含めた)「一般客」は「どんなことをするのだろう」と興味津々で見守ったが、何のことはない、世話役が景品の入った茶封筒の番号を読み上げると、その番号に該当する会員が手を挙げ、その景品を手渡す、というだけ・・・。開演までの「暇つぶし」にはならなかった。「一般客」はその間に入浴、正午から昼食(弁当)、午後0時30分から観劇という段取りだが、「団体客」は、その場にすわったまま、雑談を間断なく続けている。まさに「老人クラブの眼目は雑談にあり」という風景であった。 午後0時40分、「南劇団」開演。芝居の外題は「故郷の兄」。筋書は、大衆演劇の定番、ヤクザ同士の喧嘩場で負けた旅鴉(南龍弥)が勝った旅鴉(南竜花)に頼み事、故郷の兄に自分のことを伝えてもらしてえ、勝った旅鴉、委細を承知して退場。二景は故郷の兄の家、土地の十手持ち(三枚目・若手男優・芸名不詳)が兄(南リュウホウ)の女房(責任者・南サヤカ)に横恋慕、「おれのものになれ」と迫るが、どうみても、兄夫婦(劇団責任者夫婦)のほうが格が上、赤子の手をひねるような「やりとり」で、何とも可笑しかった。それに気を取られて肝腎の筋書は「あいまい」、負けた旅鴉の女房(副座長・寿純)が乳飲み子を背負い、夫の遺骨を持って兄を訪ねてきたところまではわかったが、勝った旅鴉とその女房、兄との「やりとり」がどのようなものだったか、はっきりと思い出せない。「見せどころ」は、弟を亡くした兄夫婦の「愁嘆場」であることは間違いないのだが・・・。そんなわけ、で昨晩(観客はわずか10名程度)の舞台に比べて、たいそう大味な「出来栄え」になってしまったような気がする。客の「大入り」が「裏目に出た」のかも知れない。「団体客」の一人が寝転がって観劇、興行主に注意されたり、トイレに行こうとして暗幕を開けようとしたり、といったハプニングもあった。幕間で興行主があいさつ、その中で観客のマナーについてガイダンス(というよりはレクチャー)していた。「役者殺すにゃ刃物は要らぬ、欠伸の三つもすればよい」そうである。なるほど、興行主、役者など主催者側の立場・心情はよくわかる。(客に拍手を催促する役者も少なくない)
ただ「金を払って観ているのだから、(他の客に迷惑をかけなければ)どんな見方をしたってよいではないか」という客の言い分も成り立つ、と私は思う。「拍手が欲しかったら、起き上がってみてもらいたかったら、『芸を磨け』」と言いたい。私が、大衆演劇の他、どこの劇場にも行かないのは、「拍手などまっぴら」「あくびをかみ殺すだけ」「寝るしかない」といった舞台の景色が「目に見えている」からである。「どうぞ欠伸をしてください」「つまらなかったら居眠りをしてください」「寝転がって、日頃の疲れを癒してください」といった「間口の広さ」を前提として、「だからこそ、客を寝させるもんか」という、意地の世界での「一本勝負」が、大衆演劇の醍醐味なのである。「鹿島劇団」の座長・鹿島順一は「客が騒がしいのは辛抱できるが、楽屋裏での雑音は我慢ができねえ」という名台詞をアドリブで吐いたことがある。彼は、決して客に媚びない。(口上でも「心は下座に下りまして」とは言わない)また、拍手を要求しない。(「座員一人一人に公平に拍手をしてください」と頼むことあったが、でも、「そんなこと言ったって、拍手をしようがしまいが、それはお客様の御自由です」と付言することを忘れなかった。そして明るく「さあ!行ってみよう」と、自分自身を鼓舞する姿が、何とも「爽やか」で、私は忘れることができない。 
 まあ、そんなわけで、第二部・舞踊ショーでの客のマナーは向上、拍手の渦が巻き上がっていたが、出来栄えそのものは昨晩の舞台にはおよばなかったような気がした。
 午後3時、送迎バスで「流辿」出発。午後4時、仙台着。地震の影響で混雑する中、「すしや横町」で「牛にぎり」など賞味。東北新幹線で東京着、午後9時30分。
 帰宅、午後10時。(2008.7.24)
仙台・松島・蔵王・平泉 (楽楽 東北 3)仙台・松島・蔵王・平泉 (楽楽 東北 3)
(2008/06/27)
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2019-03-14

劇場界隈・《湯ぱらだいす佐倉・「橘菊太郎劇団」》

2010年3月18日(木)
 午後0時30分から「湯ぱらだいす佐倉」で大衆演劇観劇。「橘菊太郎劇団」(座長・橘菊太郎)。かつて(数年前まで)千葉県には、大衆演劇の劇場が5箇所あったと思う。①アゼロン千葉(千葉市)、②やすらぎの湯・和楽の郷(長生郡長柄町)、③オーシャンスパ九十九里・太陽の里(長生郡長生村)、④柏健康センター(柏市)、⑤湯ぱらだいす佐倉(佐倉市)。しかし、今では①②は閉館、⑤の湯ぱらだいす佐倉も、(私の独断・偏見によれば)その看板とは裏腹に、経営状態は「青息吐息」と見た。その証拠に、浴場の浴槽、薬湯、白湯がなくなり、今日は露天風呂にも湯が入っていなかった。このような施設でサーービスを省略することは致命的、客足は遠のくばかりであろう。起死回生を図って、「劇団朱雀」(早乙女太一客演)、「橘菊太郎劇団」、「南條隆とスーパー兄弟」といった人気劇団を招聘する意図はわかるが、その際は観劇料を「割り増し」する等、魂胆が見え見え、客の不満を察知して白紙撤回したとはいえ、およそ大衆演劇本来の理念とはかけ離れた「経営方針」ではないだろうか。さて、舞台はといえば当代人気随一の「橘菊太郎劇団」、時代の寵児・早乙女太一の先輩格・橘大五郎が若座長とあっては、さぞかし「大入り満員」と思いきや、意外や意外、客席は「通常の劇団」並、盛り上がりに欠ける雰囲気であった。喫煙場所での客の話。「今日も座長さん、出ないもんね。・・・がっかりしちゃう。これじゃお客さんも来ないはずよ」なぜか、大衆演劇の「大衆」(観客)は、「大入り満員」の「人いきれ」の中で、いい席を奪い合いながら観ることが「お好き」なようで、噴き出してしまう。私なんぞは、閑散とした客席の中で「役者の視線」を避けながら、その「うら寂しい」侘びしさを味わってこそ、大衆演劇の醍醐味が得られる、と確信しているのだが・・・。それゆえ、侘びしくもなく、面白くもなく、といった舞台が私にとっては「最低」ということになるのだが、残念ながら今日の舞台はそれに近かった。したがって、芝居の外題、舞踊ショーの演目に関する特記事項はない。とはいえ、若座長・橘大五郎に「不平不満」があるわけではない。自己の実力を最大限に発揮、誠心誠意舞台に専念する姿は魅力的、感動的であった。問題は、劇団の経営方針か、役者が足りないのである。いかに人気があるとはいえ、橘大五郎一人では舞台を背負いきれない。本来、この劇団には以下の座員がいたはずである。(「演劇グラフ」vol.75・2007年9月号参照)①橘菊太郎(座長)、②水城新吾(橘大五郎の父)、③橘文若、④伍條ひろし、⑤橘良二、⑥橘浅太郎、⑦橘裕太郎、⑧北條寿美子(橘菊太郎の祖母)、⑨小月きよみ(橘菊太郎の母)⑩北條めぐみ(橘菊太郎の姉)、⑪條かずみ、⑫三條雪江、⑬一條みやこ、⑭たちばな咲良、⑮北條充季(子役)、⑯北條未歩(子役)そのうち、今日の舞台で確認できたのは、橘大五郎、橘文若、伍條ひろし、橘良二、橘浅太郎、橘裕太郎、北條めぐみ、三條雪江くらいであったろうか。(女優は判然としない)いずれにせよ、若座長・橘大五郎を引き立たせ、劇団の充実・発展を期するなら、叔父・菊太郎、父・水城新吾、母・小月きよみの「登場」が不可欠である、と私は思う。もし若座長の(テレビ)「人気」(実力はまだ不十分)をあてにして、今日のような「手抜き」の舞台を繰り返すなら、先は見えている。露天風呂のサービスを省略している劇場同様、閉鎖、廃業、解散への末路を辿ることは「時間の問題」ではないだろうか。
芝居小屋と寄席の近代―「遊芸」から「文化」へ芝居小屋と寄席の近代―「遊芸」から「文化」へ
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2019-03-13

劇場界隈・《ゆうパークおごせ・埼玉・「劇団美山」》

 JR武蔵野線・北朝霞駅で東武東上線小川町方面行きに乗り換え、さらに坂戸駅で乗り換えて越生駅下車、目的地は「ゆうパークおごせ」。越生町が第三セクター方式で運営する保養施設である。ログハウス、テントなどを貸し出し、森林浴、バーベキューなども楽しめるキャンプ地でありながら、十数カ所の浴槽を整えた「入浴施設」もあり、加えて大宴会場では、大衆演劇の不定期公演も催される由、ぜひとも見聞しなければと、訪れた。公演時刻は昼の部が13時、夜の部が18時30分とのこと、越生駅到着が13時を過ぎてしまったので、夜の部までは間がある。駅前の観光案内図を見ると、「黒山鉱泉」「黒山三滝」という表示が目にとまった。「黒山行き」という行き先表示の路線バスが止まっていたからである。運転手に尋ねると、終点の近くに「黒山鉱泉」があるという、夕方まで立ち寄ろうと、件のバスに乗り込んだ。まもなく出発、越生梅林、厚生年金休暇センターなどを経由して、バスは新緑の山間を昇っていく。20分ほどで到着。黒山三滝までは川沿いの道を徒歩15分ほどだが、「黒山鉱泉」はその途中にあった。歴史は古く、田山花袋も探訪記を書いていた。入浴料は1時間1000円、館内は「近代的な施設」に様変わりしていたが、鉱泉そのものは(多分?)「昔のまま」、泉温は「ややぬるめ」、たいそう「おだやかな」肌ざわりであった。黒山三滝の「男滝」「女滝」を見聞して、越生駅に戻る。時刻も頃合い、16時50分発の無料送迎バスで「ゆうパークおごせ」へ。「案内パンフレット」には、〈ふれあいの友、健康の勇、福祉の優、あなた(You)のためのゆうとぴあ ゆうパークおごせ!〉だと。「悠々自適」の我が身にとっては、まさに恰好の「ゆうゆう尽くし」であった。
 さて大衆演劇の公演は「劇団美山」(座長・美山たかし)。1年2カ月ぶりの見聞で、劇団の「変化」(へんげ)を期待したが、夜の部は「観客数不足のため」(10人未満)「舞踊ショー」のみの公演となった。劇団の「実態」は「舞踊ショー」を観ればわかるので、「不満・不足」は感じなかったが、出演者は座長の他は「若手」だけ、特筆すべき内容はなかった。ただ一点、花形・里見こうたの「立ち役」「女形」(命くれない)は、お見事。以前から、その「舞姿」は輝いていたのだが、今回は一段と「磨きがかかり」、水準以上の出来栄えであった。遠路はるばる訪れた甲斐があったというもの、大きな元気を貰って帰路につくことができた次第である。
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2019-03-12

幕間閑話・大歌舞伎「御所五郎蔵」と「身替座禅」

午後10時30分から、NHK教育テレビ「芸術劇場」(大歌舞伎・「御所五郎蔵」「身替座禅」)視聴。「御所五郎蔵」の配役は、五郎蔵・仁左衛門、星影土右衛門・左団次、傾城皐月・福助、甲屋与五郎・菊五郎他、この芝居のキーパーソンは、傾城皐月であり、見せ場は、その五郎蔵に対する「あいそづかし」(実は見せかけ)の場面だと思われるが、福助の「力量不足」で、その雰囲気を醸し出すことができない。福助は、児太郎時代、若手女形として多くの可能性を秘めていた。しかし大御所・中村歌右衛門の薫陶を受け(させられ)、その芸風を踏襲する(せざるを得ない)立場になってから、本来の「初々しさ」「茶目っ気」、「コミカルな」表情・所作が影を潜め、歌右衛門流の「型」にはまってしまったように感じる。目をつぶって口跡だけを聞いていると、「まさに歌右衛門」そのものなのだ。私の独断と偏見、邪推によれば、歌右衛門は、女形の「伝統」「品格」を最も大切にした役者であり、「大衆受け」する阪東玉三郎的な「芸風」を「品がない」と切り捨てたのではないか。私自身、昭和20年代の舞台を見ているが、当時、女形として活躍していた歌右衛門、尾上梅幸、(時には中村時蔵)などよりも、片岡我童、澤村訥升の「艶姿」の方が印象に残っている。ただ一つ、歌右衛門の「当たり役」として、「東海道四谷怪談」の「お岩」は出色であった。特に、「髪梳きの場」以降、亡霊になった「お岩」が「伊右衛門」を苦しめる姿(所作・口跡・表情)は、何とも恐ろしく、迫真の演技であった。以来、「歌右衛門といえばお岩」という連想がこびりついてしまい、どんなに華やかな舞台であっても、歌右衛門の姿を見るたびに「お岩の亡霊」を感じてしまうのである。
 福助が歌右衛門を目指すことに異論はない。それが大歌舞伎の「伝統」というものであろう。ただ、歌右衛門の芸風に盲従すればするほど、「大衆」から離れた世界に落ち込んでしまうのではないか、と私は思う。 
 「身替座禅」の配役は、山陰右京・団十郎、太郎冠者・染五郎、奥方玉の井・左団次。奥方をだまし、愛人のところへ駆けつけるまでの団十郎は「まあまあ」だったが、遊興から帰宅した後の所作(舞踊)が、いかにも「退屈」である。それが現・団十郎の実力であり、仕方がないとはいえ、奥方・左団次の所作が秀逸なだけに、残念である。日頃は「立ち役」の左団次が、奥方玉の井を演じるのは余興。重厚であり、かつ涼しげな風情を感じさせる「上品」な姿であったが、一転して悋気に狂った表情は「立ち役」そのもの、そうではなく、鬼気迫る「般若」(女性)の気配が欲しかった。(2008.1,25)
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2019-03-11

幕間閑話・名曲「ダンディ気質」の歌い手《模様》

 昭和(戦後)の名曲に、「ダンディ気質」という作物がある。リリースは昭和23年、作詞・清水みのる、作曲・大久保徳二郎、歌手・田端義夫、ということで、歌詞は以下の通りである。〈花のキャバレーで 始めて逢(お)うて 今宵ゆるした 二人のこころ こんな男じゃ なかった俺が 胸も灼きつく この思い ダンディ気質(かたぎ) 粋なもの
唄と踊りの ネオンの蔭で 切った啖呵(たんか)も あの娘のためさ 心一すじ 俺らの胸に 縋(すが)る純情が 離さりょか ダンディ気質 粋なもの 赤いグラスに なみなみついだ 酒に酔うても 心は酔わぬ 渡る世間を 狭(せば)めて拗(す)ねて どこにこの身の 春がある ダンディ気質 粋なもの〉。田端義夫といえば「わかれ船」「かえり船」「玄海ブルース」「大利根月夜」が有名だが、この「ダンディ気質」は、イントロを聞くだけで、心うきうき、鋭気・覇気・元気が湧き上がってくる代物である。「ダンディ&気質」というタイトルを筆頭に、以下の歌詞も、キャバレー、ネオン、グラスといった「洋風」の景色に対して、「始めて逢うて」、「酒に酔うても」といった「和風」(文語調)の心象が入り混じり、昭和20年代の「歓楽街」の風情を彷彿とさせる。戦後日本の活気に溢れた「和洋折衷」歌謡の典型的な作物であろう。今でも、(ユーチューブで)、往時の田端義夫の《粋な》歌声を十分に堪能できるとは何と幸せであろうか。私がこの歌を初めて聞いたのは、松竹映画「東京キッド」(監督・斎藤寅次郎、主演・美空ひばり、共演・川田晴久、堺駿二、花菱アチャコ、榎本健一・1950年)の中であった。文字通り、「花のキャバレー」(唄と踊りのネオン街)を流し歩く演歌師・川田晴久が「ダンディ気質」を歌い出すと、それを聞いた占い師・榎本健一が「憑かれたように」踊り出す場面は抱腹絶倒、まさに、心うきうき、鋭気・覇気・元気を湧き上がらせることの「証し」であった。さらに、もう一人、この名曲を見事に歌い上げた歌手にアイ・ジョージがいる。アイ・ジョージもまた「流し」出身、(最近発売されたテイチクのCD全集「アイ・ジョージ ベストコレクション」によれば)「硝子のジョニー」「赤いグラス」「道頓堀左岸」などの持ち歌から、「ラ・マラゲーニア」「ベサメ・ムーチョ」「キサス・キサス」などの十八番に加えて、「荒城の月」「城ヶ島の雨」「叱られて」「うぐいすの夢」などの歌曲・童謡、「戦友」「麦と兵隊」「戦友の遺骨を抱いて」などの軍歌、「小諸馬子唄」「佐渡おけさ」などの日本民謡、「ともしび」「カチューシャ」「トロイカ」などのロシア民謡、さらには「スワニー」「聖者の行進」「ムーン・リバー」などなどのスタンダード・ナンバーに至るまで、そのレパートリーは広く、歌唱力も群を抜いている。その彼が、おそらくライブ・コンサートの中で、ほんの余興として歌った「ダンディ気質」の一節は珠玉の逸品。ギターの弾き語りで「花のキャバレーで 始めて逢(お)うて 今宵ゆるした 二人のこころこんな男じゃ なかった俺が 胸も灼きつく この思い ダンディ気質(かたぎ) 粋なもの」と弾むように明るく歌い終えると、ナント、口三味線で「スチャラカチャンチャン・スチャラカチャン・・・」、その声音の「やるせない」「投げやりな」風情こそが、この歌の《真髄》とでも言えようか、彼(および私たち)の人生が一点に凝縮されているようで、私の(感動の)涙は止まらなかった。(2014.3.24)
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2019-03-10

浪曲特選・女流浪曲師・大利根勝子の十八番「田村操」の《眼目》

 女流浪曲師・大利根勝子の十八番に「田村操」という作物がある。時は明治、ある法律家には二人の娘がいた。姉は25歳、妹は22歳。法律家は妹を呼んで「おまえも、もう年頃、好きな男を見つけて夫にするがよい。その青年にこの家を継がせよう」などと言って、「品定め」に入った。白羽の矢が立ったのは、この家に住み込んでいる書生・田村操という好青年であった。「彼だったら申し分ない」と、法律家、大いに満足したが、妹は不審の様子。「でも、私にはお姉様がいます。お姉様の縁談の方が先ではないでしょうか」「なるほど、おまえがそう思うのはもっともな話・・・ 」。法律家、あたりを憚りながら、声を細めて曰く「ここだけの話だが、姉は今から25年前、玄関先に捨てられていたのだ。子どもがいなかった母さんと私は、その子を拾って「わが子」のように育てた。その後、おまえが生まれて「妹」になったが、この家を継ぐのは実子であるおまえの方なのだよ」。しかし、壁に耳あり障子に目ありで、この話は、すべて姉に聞かれてしまった。しかも、間の悪いことに、姉もまた、田村操という好青年を慕っていたのだ。すぐさま、姉は田村の居室に赴き、直接談判に及ぶ。「田村さん、私はあなたを愛しております。どうか、私をお嫁にもらって下さい」。寝耳に水の,田村操、「待って下さい。私はまだ書生の身、まして先生のお嬢さんなどと一緒になれるわけがありません」と断ったが、姉の気持ちは収まらない。刃物を持ちだして「私の話を聞いてくれないのなら、あなたを殺して私も死ぬ」と斬りかかる始末、「危ない!やめて下さい」などと揉み合ううち、騒ぎを聞いて、駆けつけてきた法律家、「いったいどうしたのだ?」。姉曰く「お父様、田村さんが、私にお嫁になれ、言うことを聞かなければ殺す、といって襲いかかってきたの。人殺し!」その豹変ぶりは、迫力満点、あらためて「女の恐ろしさ」を再認識させられる場面として、際立っていた。「何ということを!この恩知らずが、出て行け!」と激昂する法律家を前にして、あっけにとられた田村操、「いえ、先生、違います」と抗う気持ちを、ぐっとこらえて辛抱する。「わかりました。申し訳ありません。大変お世話になりました。私はお暇いたします。いつまでもお元気で、ありがとうございました」と言って退去したのだが、収まらないのは妹も同様・・・、必死で田村操の後を追う。その後の展開や如何に?といったところで「ちょうど時間となりました。チョト一息、また口演」となるのが、(浪曲の)定番だが、大利根勝子嬢は、結末まで詳細に語ってくれた。しかし、今、私はそれを思い出すことができない。かくて、この作物の眼目は(私にとって)「不条理」以外の何ものでもないという結果になるのだが・・・。それにしても、この「田村操」という人物、斯界では「有名」だが、現代の巷間では全くの「無名」である。なぜだろうか。(2013.8.10)
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2019-03-09

浪曲特選・女流浪曲師・天津ひずるの「お吉物語」

午後3時過ぎから、浅草木馬亭で、天津ひずるの浪曲を聴く。本日の演目はナ、ナ、ナント「お吉物語」であった。いつもなら、「○○原作、○○○○、サーッ」と言いながら語り始めるところだが、「お吉物語、実話にもとづいて語ります」とのこと、私の期待は高まった。それというのも、前回(1月)の口演「母の罪」視聴後、その感想を綴った駄文の末尾で、私は以下のように書いていたからである。〈「母の罪」は、師・天津羽衣が、戦後「女優」として第一歩を踏み出したデビュー作、それを忠実に(脚色を加えながら)踏襲しようとする、ひずるの「孝心」に脱帽する。さればこそ、次回は、「お吉物語」「明治一代女」の名作(ひずる版)を、是非とも蘇らせていただきたいなどと、身勝手な「夢」を描きつつ帰路に就いたのであった。(2013.1.5)〉それから、ほぼ2ヶ月後、望外にも私の夢は叶ったのである。その作物は、まさに「ひずる版・お吉物語」、師・天津羽衣のそれとは、一味も二味も違っていた。冒頭の、下田町奉行組頭・伊佐新次郎の「ハリスの元に行ってもらいたい」という要請を断固として拒絶する場面は同じであったが、以後の展開は、全く趣を異にする。羽衣版では、次の間に、正装して控えた鶴松との「絡み」へと進むが、ひずる版は、一転して、二世を誓ったあの時、下田港での逢瀬の場面が、回想される。羽衣版は、どちらかといえば「恨み節」、時として、鶴松(男)の身勝手さを責める風情も漂うが、ひずる版は、時代の波に翻弄され、世間の「冷たさ」に抗い切れなかった、お吉、五十余年の生涯を「俯瞰的」に描出する。「お吉物語」といえば天津羽衣、天津羽衣といえば「お吉物語」というほどに、羽衣版が人口に膾炙している中で、「実話」に拘ったひずる版を創出しようとする彼女に、私は心底から拍手を送りたい。後半(時代は江戸から明治に移り変わり)、襤褸切れのようになって暮らすお吉、施された米をばらまいて「世間」に立ち向かう。今では、明治政府の役人に出世した伊佐新次郎、探し当てたお吉の(その)姿に茫然として「謝罪する」が、お吉は許さない。その毅然とした姿が、ありありと目に浮かび、私の涙は止まらなかった。そしてまた、「鶴さん、お酒、一緒に飲もうね」と墓前で語りかける。一瞬、場面は、冒頭の「逢瀬」に蘇えり、私の心中には、おのずと「夢も見ました、恋もした、二世を誓った人も居た、娘ごころの紅椿、どこのどなたが折ったやら」(作詞藤田まさと・作曲陸奥明)という、あの歌声が聞こえて来たのであった。大詰めは、お吉の亡骸を引き取り、法名を授けて丁重に葬る宝福寺住職の件、ちなみに、そのあたりの事情について「実話」(「斎藤きち」・ウィキペディア百科事典)では、以下のように記されている。〈その後数年間、物乞いを続けた後、1890年(明治23年)3月27日、稲生沢川門栗ヶ淵に身投げをして自殺した。満48歳没(享年50)。その後、稲生沢川から引き上げられたお吉の遺体を人々は「汚らわしい」と蔑み、斎藤家の菩提寺も埋葬を拒否した為、河川敷に3日も捨て置かれるなど下田の人間は死後もお吉に冷たく、哀れに思った下田宝福寺の住職が境内の一角に葬るが、後にこの住職もお吉を勝手に弔ったとして周囲から迫害を受け、下田を去る事となる〉。かくて、「ひずる版・お吉物語」は幕となったが、その作風は、あくまで「澄み切った」清冽な情景の連続で、師・天津羽衣の(あばずれ的な色濃い)「泥臭さ」とは、無縁であった。どちらが好きかは聴衆の勝手、「私的」には、「ひずる版・黒船哀歌」くらいは、聴いてみたい気もするのだが・・・。(2013.3.1)
お吉物語/黒船哀歌お吉物語/黒船哀歌
(2005/12/07)
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2019-03-08

浪曲特選・女流浪曲師・天津ひずるの「魅力」・《「瞼の母」》

午後0時30分から、浅草木馬亭で浪曲を聴く。出演者は、玉川太福(「太閤記長短槍合戦」、澤華丸(「万手姫恋慕」)、富士鷹雄(次郎時致母の祈り」)、天津ひずる(「瞼の母」)、港家小柳(「忠臣蔵両国橋勢揃い」)、国本武春(「忠臣蔵田村邸の別れ」)という面々であったが、やはり、天津ひずるの口演は群を抜いていた、と私は思う。演目は「瞼の母」、これまでに、二葉百合子、伊丹秀子、中村富士男、天津羽衣、京山幸枝若らが、「いずれ菖蒲か杜若」といった(甲乙つけがたい)作物を残しているが、いうまでもなく、彼女は師・天津羽衣の芸風を忠実に踏襲していた。私は、かつて天津羽衣の作物について、以下のように綴った。〈土地の親分藤造が水熊の女将・お浜に「匿っている男を出せ」と迫るのだが、男はいない。その男とは、実は番場の忠太郎で、先刻(昨日)、藤造の子分たちがお浜の娘・お登勢にしつこく絡んでいたところを、「黙って助けてくれた」という設定である。しかし、忠太郎とお登勢は初対面の「知らぬ同士」、お登勢が「お礼を言う暇も無い内に行って終った」由。お浜いわく「名前くらい聞きゃ良かったのに、世の中は広いねえ。悪い奴も多い代わりに、そんな良い人もいるんだ」。その後は定番通り、大詰めで、忠太郎が「抱いて温めた百両ッ、何とぞ見てやっておくんなせえッ」と迫っても、「・・・いいや、その手にゃ乗らない、乗るもんかッ・・・世間の裏から表まで、散々見てきた私だよ。水熊の身上が入るならと、百両位は誰が貸さないものでも無い。さ、良いかえ忠太郎さん、それを言われて口惜しかったら、何故そんなやくざ姿で尋ねて来たんだぃ、やくざは浮世の屑じゃァないかッ・・・」と、冷たく拒絶する。通常なら、「お内儀さん・・・親に放たれた迷い鳥、ぐれたをあなたは責めなさるかッ」、《こんなヤクザに誰がしたんでィ》と居直るところだが、天津羽衣の忠太郎は違っていた。「いいや、もう何も言いますめえ。お登勢さんとやらにも一度逢いてえが、いいやそれも愚痴だろう・・・あーあ、考えて見りゃあ俺も馬鹿よ・・・・」と自分を責めるのである。その後、忠太郎が立ち去ろうとしたところにお登勢が遭遇、「あッおッ母さん、あの人ですッ。今ッ出ていたあの人が、昨日私を助けて呉れた人なんですッ」。お浜は驚愕、仰天して忠太郎を追いかける、という幕切れ、ここらあたりがこの作物の特長であろうか。天津羽衣の語り・節回しは一貫して「母性的」、止めにいわく「さすがお浜も生みの母 嵐の如く胸は鳴り 呼び醒された愛情に 血相変えた二人が 声を限りに名を呼んで 表へ出れば早や既に とっぷり暮れた江戸の空 憎や やくざの藤造が それと気づいて後を追う 番場生まれの忠太郎 又その後へ追い縋る 母とお登勢の三ツ巴 荒川べりの血飛沫も 瞼の母の物語」。その物語は、もしかして、お浜が語った物語・・・。お浜が見た、愛しいわが子の物語ではなかったか〉。天津羽衣の作物はCD、天津ひずるは「実演」という違いはあるものの、私の独断と偏見によれば、明らかに「弟子の技量が師を超えている」。その例証一は、声の「質」(声音)である。羽衣の声は「有彩色」、艶やかで仇っぽい空気が漂うが、ひずるの声は「透明色」、どこまでも澄みわたり、天女の風情を彷彿とさせる清純さを描き出す。二は、節回しである。羽衣の節回しを完璧に踏襲しながら、ひずるの節には寸分の隙もなく、「語り」と「歌謡」が見事に調和していると言えるだろう。三に、セリフ回しである。ひずるの口跡には「訛り」が皆無、本職の「声優」と比べても遜色はない。とりわけ、忠太郎とお浜の「絡み」は秀逸、言辞とはうらはらに、心中では「親子名乗り」をしているお浜、それを察して、潔く引き下がる忠太郎の(やるせない)「侠気」が溶け合って、まさに師・天津羽衣が目指した「母性」が見事に浮き彫りされていた、と私は思う。けだし、「お浜が見た、愛しいわが子の物語」に他ならない。
トリを務めたのは、今、「売り出し中」の国本武春だが、「どうだ!」という力みすぎが目立って、浅野内匠頭や片岡源吾右衛門の姿はどこにも見あたらず、曲師・澤村豊子の至芸(三味線の音色)だけが際だつ有様、まだまだ母・国本晴美の「域」には遠く及ばない、などと身勝手(的外れ?)なことを考えながら、帰路に就いた次第である。(2012.3.1)
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2019-03-05

浪曲特選・女流浪曲師天津ひずる・「原爆の母」の《美しさ》

 午後2時過ぎから、浅草木馬亭で浪曲を聴く。口演は天津ひずる。演目は、飯山栄浄作「原爆の母」。平成7年(1995年)、戦後50年を節目にして作られた佳品である。舞台は広島、海辺の町か。原爆で顔を負傷した母・ゆきえは、戦地に抑留された夫・のぶゆきの帰還を待ちわびている。いよいよその日がやってこようという折も折、姑からは離縁を申し渡された。「これは暇金、といって悪ければ、孫のみのるを、これまで育ててくれたお礼です」「待って下さい、お母さん。せめてあの人がお帰りになるまで、私をこの家に置いてください」「それは無理、あなた、その顔で、のぶゆきに逢えるおつもり?」「・・・・」(これが浮き世か人の世か、今は原爆、身に受けて、醜い姿じゃあるけれど、この家に嫁いだその時は、こんなに悲しい顔じゃない・・・)「みのるには、新しいお母さんを迎えます。明日にでも、この家を出て行って下さい」。そこに帰ってきたのが7歳のみのる、「お母さん、ただ今」「お帰りなさい。もうすぐお父さんが帰ってくるのよ」「ふうん、でもボク、お父さんの顔、知らない。お母さん、元気がないけど、またお婆ちゃんにいじめられたの」「いいえ、お母さんはちょっと用事ができたので、家を留守にします」「いつ帰るの」「用事が終わったら、すぐに帰ります。それまで待っててね」。しかし、母はすぐには帰らなかった。父・のぶゆきが帰還の日、〈みのるはそっと家を出て、渚に立って母を呼ぶ。呼べど答えは返り来ぬ。青く冷たい冬の海、磯の千鳥も親子連れ、なかよく飛んでいるものを、なぜに帰らぬお母さん。たずねて行こう、いますぐに。あわれ、みのる少年が、辿る足取り日も暮れて、ここは中国山脈の山と山とに誘われた、家もまばらな山里に・・・〉着いたのは、極寒の真夜中、再会できた原爆の母子、「もう離れない、離さない」と抱き合うところに、やってきたのが父、のぶゆき、「今、帰ってきたよ」。逡巡し、謝罪する妻・ゆきえにむかって一言、「人間は姿形ではない。美しい魂こそが尊いのだよ。罪は原爆にある、戦争にある」、かくて、ゆきえは「心の傷も身の傷も、忘れて、恋しい夫の胸に・・・」、季節はもうすぐ春「緑、若草、ほほえまむ」という一節で終章となった。この佳品の眼目は、いうまでもなく「反戦」、加えて「親子愛」「夫婦愛」の源泉である「美しい魂」の描出にあると思われるが、その美しさが終始一貫、天津ひずるの「声」「曲」「啖呵」の中に「響き」となって流れていたことに、私は驚嘆した。たった30分ほどの作品だが、数ある(長編)反戦映画、反戦ドラマに比べて、一歩も引けを取らない「名作」だと確信する。折しも、明日は「原爆記念日」、あらためて戦争の「愚かさ」を肝銘しつつ、炎天の浅草を後にしたのであった。(2013.8.5)
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2019-03-04

付録・浪曲特選・国本武春「清水の三下奴」&天津ひずる「婦系図」

午後から、浅草木馬亭で浪曲を聴く。出演は天津ひずると国本武春。演目は天津が「婦系図」、国本が「次郎長外伝・清水の三下奴」であった。この御両人は、今や関東を代表する浪曲師に違いない。ベテランに、澤孝子、玉川福太郎、大利根勝子、東家浦太郎、浜乃一舟、三門柳らが居並ぶ中で、若手、中堅として一際「気を吐いている」存在であろう。私が知る浪曲師といえば、二代目・広沢虎造を筆頭に、広沢菊春、広沢瓢右衛門、三門博、二代目・玉川勝太郎、浪速亭綾太郎、梅中軒鶯童、相模太郎、伊丹秀子、天津羽衣、二葉百合子といった面々で、二葉を除けば、皆「鬼籍」に入っている。とはいえ、彼らが描出した珠玉の作物は、今もなお私の脳裏から離れない。したがって、どうしても、そうした先人の浪曲と「聴き比べてしまう」結果になってしまうのだが、私の独断と偏見によれば、「師を超える」景色・風情を醸し出している浪曲師は少ない。例えば、日本浪曲協会会長の澤孝子、彼女の師は広沢菊春と聞く。「からかさ桜」「春よ来い」等の名作があるとはいえ、菊春特有の「節回し」には及ばない。例えば、玉川福太郎、どちらかといえば「軽妙・洒脱」な芸風で、勝太郎が描出する「重厚でいて艶やかな」(いぶし銀のような)世界とは異質である。例えば、三門柳、師・三門博の足跡を懸命に辿ろうとする姿勢は窺えるものの、その「変幻自在」な「節回し」の艶っぽさには、遠く及ばない。浜乃一舟も同様、伊丹秀子の「啖呵」(の魅力)とは無縁であった。そんな中で、副会長の国本武春が、果敢にも「虎造節」に挑戦!、と相成ったが・・・。結果は残念ながら「虎造もどき」、その「声音」「啖呵」において遠く及ばない。その昔(昭和30年代)、「浪曲天狗道場」なるラジオ番組があり、のど自慢の素人衆が、達者な旦那芸を披露していたが、その出来映えは五十歩百歩、「銭を取る芸」ではなかった(と私は思う)。「虎造節」は、鍛え抜かれた「声音」に、哀愁を帯びた「短調」のメロディーが主流でなければならない。「啖呵」は、どこまでも軽妙で歯切れよく、その言葉のはしはしには、「裏街道」を歩く侠客の「諦念」と「謙虚さ」も加わって、陰と陽との絶妙なコントラストが、「虎造節」の真骨頂なのだから・・・。とはいえ、国本武春の師は虎造ではない。現代の大衆に向けた啓発をねらいとしていたなら、それはそれでオーケー、何も言うことはない。(いつもながら、国本武春の「向上心」「研究熱心」さに、私は拍手を惜しまない)さて一方、天津ひずるの演目は、師匠譲り(?)の「婦系図」、私の見聞は2度目だが、その完璧な出来映えは、変わらなかった。当時の感想は以下の通りである。〈湯島境内の別離から一年後。病魔に冒されたお蔦の病状は悪化の一途、面倒を見る惣助夫婦の計らいと説得で、「真砂町の先生」も改心、早瀬主税を静岡から呼び寄せたが、時すでに遅し、お蔦の臨終には間に合わなかった、という愁嘆場である。口演の天津ひずるは、その状景・叙情を「淡々と」、しかも迫真の「技」で描出する。浪曲の真髄は、一声、二節、三セリフ(啖呵)と思われるが、声は清らかに澄みわたり、細やかな節回しも絶妙、セリフは、聞いただけで、その個性的な人物像が浮き彫りされる、といった按配で、文字通り「三拍子揃った」、天下一品の出来映えであった、と私は思う〉。今日もまた、彼女が「演じますのは、泉鏡花原作・婦系図。サァー・・・」と発した瞬間に、舞台は「明治」に変化(へんげ)し、私たちは、居ながらにして「明治」という時代に生きた人々の、「義理と情け」の世界に引き込まれてしまうのだ。寡聞にして、私は、彼女の師・天津羽衣の「婦系図」を見聞していない。しかし、その「節回し」「セリフ回し」ともどもに「師を超えている」ことは確かであろう。臨終のお蔦に降りかかる白梅の花びらが、私の目にはハッキリと見えたのだから・・・。聞けば、来る10月26日、「第1回浅草浪曲祭」の「節劇・浪曲シンデレラ」で、天津ひずるは〈浮き世離れした大きなシンデレラ〉を演じるという。さもありなん、彼女は、まさに「斯界のシンデレラ」、ますますの活躍と舞台の盛会を祈りつつ帰路に就いた。(2012.10.1)



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2019-03-03

付録・浪曲特選・女流浪曲師天津ひずる「未だに健在!」

2015年6月1日(月) 晴
 正午過ぎから、浅草木馬亭へ浪曲鑑賞に赴く。先々月(4月)、番組表に天津ひずるの名があったが当日は休演、先月は名もなかった。もう二度と見聞できないのではないかと思っていたが、今月、再び天津ひずるの名があったので馳せ参じた次第である。彼女の出番の前に、前座の澤勇人が「松坂城の月」を演じたが、彼は昭和55年生まれの35歳、入門が平成23年ということで、入門二年目としては「見事」な出来映えであったと、私は思う。師匠は澤孝子、だとすれば広沢菊春の孫弟子に当たる。第一に、声が渋い。第二に節回しに菊春の名残が感じられる。筋書きは、城主の酒乱につきあう実直な武士の物語だが、双方の人物描写にはまだ相応の時間が必要とはいえ、基礎・基本が着実に身についている。多くの若手は、人物描写に力を入れ、器用・達者に演じているが、肝腎の声・節回しとなると、遠く先人に及ばないまま老いていくのが現状ではないか。そんな中で、まず声を鍛え、先人(菊春・孝子)の節回しを懸命に踏襲しようとする姿勢に好感がもてた。その証しに、彼は大先輩・天津ひずるの口演を客席前列で拝聴していたのであった。さて、いよいよ、天津ひずるの出番がやってきた。演目は極め付き「瞼の母」。中入り前の口演ということで、土地の親分・藤造との絡みは割愛されていたが、その眼目は彼女の声、節、啖呵の中に十二分に結実化されていた。師匠・天津羽衣のこってりとした有彩色の景色が、澄み切った透明色にまで浄化されて、えもいわれぬ母性を際立たせる。最前列の男性客は終始ハンカチで涙を拭っていた。彼女の舞台姿は、師・羽衣に育まれた天女の風情を漂わせる。浪曲の本道とは一線を画しているかもしれないが、それだけに貴重・稀有な芸風ではないだろうか。本道の味が渋茶に塩煎餅だとすれば、ひずるのそれは玉露に錦玉羹とでもいえようか。とまれ、天津ひずる「未だに健在!」という感に勇気づけられて帰路に就いたのであった。



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2019-03-01

付録・浪曲特選・《「瞼の母」の競演模様》・《下》(天津羽衣・京山幸枝若・鹿島順一)

続いて④天津羽衣も、③と比べて「同工異曲」の作物である。土地の親分藤造が水熊の女将・お浜に「匿っている男を出せ」と迫るのだが、男はいない。その男とは、実は番場の忠太郎で、先刻(昨日)、藤造の子分たちがお浜の娘・お登勢にしつこく絡んでいたところを、「黙って助けてくれた」という設定である。しかし、忠太郎とお登勢は初対面の「知らぬ同士」、お登勢が「お礼を言う暇も無い内に行って終った」由。お浜いわく「名前くらい聞きゃ良かったのに、世の中は広いねえ。悪い奴も多い代わりに、そんな良い人もいるんだ」。その後は定番通り、大詰めで、忠太郎が「抱いて温めた百両ッ、何とぞ見てやっておくんなせえッ」と迫っても、「・・・いいや、その手にゃ乗らない、乗るもんかッ・・・世間の裏から表まで、散々見てきた私だよ。水熊の身上が入るならと、百両位は誰が貸さないものでも無い。さ、良いかえ忠太郎さん、それを言われて口惜しかったら、何故そんなやくざ姿で尋ねて来たんだぃ、やくざは浮世の屑じゃァないかッ・・・」と、冷たく拒絶する。通常なら、「お内儀さん・・・親に放たれた迷い鳥、ぐれたをあなたは責めなさるかッ」、《こんなヤクザに誰がしたんでィ》と居直るところだが、天津羽衣の忠太郎は違っていた。「いいや、もう何も言いますめえ。お登勢さんとやらにも一度逢いてえが、いいやそれも愚痴だろう・・・あーあ、考えて見りゃあ俺も馬鹿よ・・・・」と自分を責めるのである。その後、忠太郎が立ち去ろうとしたところにお登勢が遭遇、「あッおッ母さん、あの人ですッ。今ッ出ていたあの人が、昨日私を助けて呉れた人なんですッ」。お浜は驚愕、仰天して忠太郎を追いかける、という幕切れ、ここらあたりがこの作物の特長であろうか。天津羽衣の語り・節回しは一貫して「母性的」、止めにいわく「さすがお浜も生みの母 嵐の如く胸は鳴り 呼び醒された愛情に 血相変えた二人が 声を限りに名を呼んで 表へ出れば早や既に とっぷり暮れた江戸の空 憎や やくざの藤造が それと気づいて後を追う 番場生まれの忠太郎 又その後へ追い縋る 母とお登勢の三ツ巴 荒川べりの血飛沫も 瞼の母の物語」。その物語は、もしかして、お浜が語った物語・・・。お浜が見た、愛しいわが子の物語ではなかったか。さてどんじりは、⑤京山幸枝若。この作物は「歌謡浪曲」で5分程度、私はYoutubeの画像を見聞したに過ぎない。「軒下三寸借り受けまして、申し上げます おっ母さん・・・」という詞で始まる歌謡曲に、「こんなヤクザに誰がしたんでぃ」という科白が入った代物である。今、「瞼の母」といえば最も多く「人口に膾炙している作物」かもしれない。同一曲を、杉良太郎、島津亜弥、中村美律子らも歌っているが、やはり何といっても浪曲師・初代京山幸枝若の作物が群を抜いている、と私は思う。その理由は簡単、彼の背景には「瞼の母」の他に、「会津の小鉄」「花の幡随院」「雷電と八角」「河内十人斬り」「浪花しぐれ・桂春団治」「左甚五郎・竹の水仙」といった名作が綺羅星の如く居並んでいるからである。声音、節回し、セリフ回しのいずれをとっても、「役者が違う」のである。彼の「瞼の母」には、これまでの芸歴(の長さ)、芸域(の広さ)がおのずと「結実化」している。まして、彼は今は「鬼籍」の人、現役に比べて「一日の長」があることは当然であろう。もし、現役で彼に迫る者があるとすれば、知る人ぞ知る、大衆演劇界の名優・甲斐文太(「鹿島順一劇団責任者・二代目鹿島順一)を措いて他にはあるまい。ただし、彼の作物はDVD、CD、Youtubeといったステージには存在しない。公演先に赴いて、「運が良ければ鑑賞できる」、幻の名品に他ならないからである。以上「瞼の母」競演模様のお粗末は、まずこれまで。だが蛇足を一つ。長谷川伸の原作を見ると、「大詰め・荒川堤」の場には「異本」が加えられている。その〈二〉では、〈幕切れに忠太郎の絶叫、「おッかさあン」で駆け戻り、「おッかさあン」と絶叫、一つ二つ続ける。そのあと・・・おはま・お登世(呼ぶ声を聞きつけ、引き返し来る)忠太郎(母・妹の顔をじッと見る)おはま(全くの低い声)忠太郎や。お登世(低い声で)兄さん。忠太郎(母と妹の方へ、虚無の心になって寄ってゆく)おはま・お登世(忠太郎に寄ってゆく)双方、手を執りあうその以前に。〉と記されてある。なんと、忠太郎とおはま・お登世が「手を執りあう」ハッピーエンドでもよいのだ。忠太郎が意地を通すか、和解に応じるかは大問題、そのことで物語の眼目は豹変してしまう、とはいえ原作者・長谷川伸にとっては、そんなことはどうでもいいこと、どうぞ勝手にしておくんなさい、といったアバウト(優柔不断)さが垣間見られて、実に面白い。さればこそ、原作の「換骨奪胎」おかまいなし、ということで、件の「浪曲競演」はおろか、全国各地の芝居小屋では「百花繚乱」然とした「瞼の母」が今日もまた、演じ続けられているという次第である。〈おわり〉(2011.6.19)



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2019-02-28

付録・浪曲特選・《「瞼の母」の競演模様》・《上》(二葉百合子・中村冨士夫・伊丹秀子)

 浪曲「瞼の母(CD版)を聞き比べる。口演は、①二葉百合子、②中村冨士夫、③伊丹秀子、④天津羽衣、⑤京山幸枝若の五人、①から④までは、いずれも30分前後、⑤は歌謡浪曲で5分程度の内容である。さて、その出来栄えは「いずれ菖蒲か杜若」、甲乙が点け難い。①と②は、脚色が室町京之助で、長谷川伸の原作を直截に踏襲している。二葉百合子は、瓦屋半次郎の家の場面から大詰めの荒川土手までの流れを、忠実に辿りながら、番場の忠太郎の「心象世界」を鮮やかに浮き彫りする。とりわけ、冒頭の歌謡「瞼とじれば会えてたものを せめてひと目と故郷をすてた あすはいずこへ飛ぶのやら 月の峠で アア おっ母さん 泣くは番場の忠太郎」から、料亭水熊の語り「こんな事なら夢のまま 瞼の母の面影を そっと抱きしめ人知れず 会ってりゃよかった故郷の 番場の宿にさえいたらこんな憂き目は見まいもの 草鞋をはいたばっかりに 花のお江戸の柳橋 やっと会えたと思ったら ただいちどきに瞼から 母の姿が消えたとは 二十余年を一筋に 見てきた夢が無になった せめても一度あの時の 母よ来てくれ会いに来て ホロリ瞼で泣いてくれ」を経て、「一人 一人ぼっちと泣いたりするか 俺にゃいるんだ瞼の母が 孝行息子で手を引いて お連れしますぜ アア おっ母さん 旅のからすで あの世まで」という歌謡で締めくくられる風情は、まさに「一巻の絵巻物」である。極め付きは、冒頭と終末の「歌謡」であろう。その声、節回しは、誰にもまねできない「国宝」(無形文化財)級の代物である、と私は思う。続いて、中村冨士夫の作物、ほぼ内容は①と同じだが、冒頭は、番場の忠太郎の「仁義もどきのお目見え」から始まる(その中で「まだくちばしの青い身で」という件があったが、「嘴が黄色い」方が自然ではないだろうか、まあそんなことはどうでもいい)。瓦屋半次郎宅の場面は省略、料亭水熊の店先、忠太郎とおとら婆さんの絡みが初場面という演出だが、どうやら水熊の女将が自分の母親らしいと「確信」した後の「歌謡」が素晴らしかった。いわく「わずか五つのあの時に 別れて二十有余年 会いたい見たいと神かけて 祈り続けた母親と 年も名前もいっしょなら 生まれ在所もまた同じ どうか尋ねる母親で あってくれよと眼を閉じりゃ 母は恋しいなつかしい」。はやる忠太郎の気持ちが真に迫って描出される。演者は男とあって、いとも自然に忠太郎の風情が伝わってくるという按配で、とりわけ「おかみさん、とんだお邪魔でござんした。二度と再び忠太郎、お宅の軒はくぐりません。ごめんなせえっ」という「決め科白」が清々しかった。加えて大詰め、待乳山で待ち伏せた素盲・金五郎に向かって「・・・おうっと危ねえ、よせったら。畜生、じゃあ聞くがナ、てめえ、親がいるか」「そんなものァねえや」「兄弟は・・・」「いるもんけえ」「よし、じゃあ斬ってやらァ。なんだい、そんなへっぴり腰をしやがって・・・。それじゃァ人は斬れねんだ。斬るというのァ、こうやるんだっ」という「やりとり」の中に、アウトロー同士の荒んだ景色が仄見えて、やるせない。終末、「あとは静かな夜の闇 雲が流れた月が出た どこへ行くのか忠太郎、風に流転の三度笠」「ああ浅草の鐘が鳴る あれは竹屋の渡し船 影を姿を送るよに 声をじまんの船頭が 泣いているよな隅田川」という、寂寥感漂う中村冨士夫の語りの中には、まさにこの作物の眼目(愛別離苦)が、否応なしに結晶化されているのであった。続いて、③(伊丹秀子)は、荻原四朗の脚色、場面は料亭水熊のみ、筋書も長谷川伸の原作とは大きく異なり、瓦屋半次郎が水熊に「逃げ込んできた」という設定である。土地の親分、柳島の弥八が、一味と連れだって半次郎を追跡、「飯岡一家の若けぇ者を三人まで叩き斬ってずらかった野郎ダ。やくざの意地で生かしちゃおかねェ。だまってだしてもらいてェんだ・・・」と水熊の女将・お浜に迫るところから話は始まる。お浜は体よく弥八を追い返し、娘・お豊と共に半次郎をもてなすといった按配で、ややもすれば、お豊と半次郎の間にに「常ならぬ空気」が漂う景色を描出する。伊丹秀子、詠っていわく「お豊が先に顔だせば 見張りの者の影はなく 夜空に冴える神無月 水懐に映るのみ 後振り向いてうなづけば まわし合羽の半次郎 招きに応え木戸口へ 別れともない霧の夜」。匿っていた半次郎をお豊が逃がす場面だが、この《別れともない》という一言が、いかにも面妖で興味深かった。以後は定番通り、婆と忠太郎、忠太郎とお浜の「絡み」へと進んで行くが、この作物の特長は、登場人物が多いこと、前出の柳島弥八、お浜、半次郎、お豊に、銭を乞う老婆、忠太郎、水熊出入り人・徳、水熊女中、下男、なんと9人の面々を、伊丹秀子は、その声音だけで見事に演じ分ける。俗に「七色の声」と評される所以であろう。そのことによって、物語の展開が、芝居の舞台模様のようにその光景を彷彿とさせるのだ。また、忠太郎がお浜との「絡み」の中で「・・・お前さんは、間違えもない此の忠太郎のおっ母さんだ。へぇ、おっ母さん!なぜ返事をしてくれねえんだ。おっ母さん。おっ母さんと呼んじゃ悪うござんすか。大きな声で悪かったら」という科白に続いて「小さな声で、忠太郎と呼んでく下さい おっ母さん 武州金町瓦屋の半次郎と名乗る旅人を・・・」と「語り」に入っていく風情は、文字通り「天下一品」、終末も、お豊が弥八に拉致されたと聞くや、「お浜さん、お前には義理も恩もかけらも無えが、お豊とか云う娘さんは俺の話を聞いてやれと云ってくれた。優しそうな人が忘れられねぇんだ。一生一代の晴れの姿が無事に祝言させてやりてえ。この忠太郎がたすけてやるぜ」と言い残し、(三度笠を投げ捨てた、道中差の繰り方を、しっかり握る忠太郎。花散る堤 かけて行く)幕切れが、何ともあっけなく、「粋な別れ」であった、と私は思う。〈つづく〉(2011.6.19)



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2019-02-27

付録・浪曲特選・《婦系図》(天津ひずる)

  午後0時30分から、浅草木馬亭で浪曲を聴く。出演者は、東家一太郎(「矢作の鎌腹」)、玉川奈々福(「放蕩一代」)、澤順子(「蝶々夫人」)、浜乃一舟(「男の花道」)天津ひずる(「婦系図」)という面々であったが、なかでも天津ひずるの「名調子」は見事であった。御存知、湯島境内の場から1年後の話。病魔に冒されたお蔦の病状は悪化の一途、面倒を見る惣助夫婦の計らいと説得で、「真砂町の先生」も改心、早瀬主税を静岡から呼び寄せたが、時すでに遅し、お蔦の臨終には間に合わなかった、という愁嘆場である。口演の天津ひずるは、その状景・叙情を「淡々と」、しかも迫真の「技」で描出する。浪曲の真髄は、一声、二節、三セリフと思われるが、声は清らかに澄みわたり、細やかな節回しも絶妙、セリフは、聞いただけで、その個性的な人物像が浮き彫りされる、といった按配で、文字通り「三拍子揃った」、天下一品の出来映えであった、と私は思う。芸名から察するに、彼女の師は天津羽衣か・・・。風貌は、堂々として貫禄十分、芸風はどこまでも艶っぽく、なんとも魅力的な舞台姿であった。木馬亭の2階は木馬館、大衆演劇のメッカで、日にち毎日「芝居を観に来る」客でごった返しているが、打って変わって、こちらは「静閑」そのもの、「浪曲を聴きに来る」(落ち着き払った)客筋との違いが際だつという風情で、まことに興味深い。まさに「観ると聴くは大違い」ということだろう。日頃は、十数名の客数だが、今日は百名近くが来場、それでも「深閑」とした、いつもの空気が毀されることはなかった。感謝。(2012.2.4)



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