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2018-10-18

付録・邦画傑作選・「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)

 ユーチューブで映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)を観た。横浜のホテル(実際はチャブ屋)で働く一人の女・お雪(桑野通子)とその息子・春雄(爆弾小僧)が、様々な「仕打ち」を受ける物語(悲劇)である。
 筋書きは単純、お雪はシングルマザー、一人息子の春雄(小学校1年生)を立派に育て上げようと、水商売に甘んじている。しかし、その生業が災いして春雄は孤立、かけがえのない命を落としてしまう。それだけの話だが、見どころは満載、寸分の隙もない演出が見事である。
 その一は、女優・桑野通子の「魅力」(存在感)である。冒頭、港町の路地を、お雪が日傘を回しながら歩いていると、向こうから春雄の上級生・小太郎(突貫小僧)が駆けてきた。呼び止めて「坊や、坊や、ウチの春坊は?」と問いかけると「春坊?オレは春坊の守っ子じゃあねえやい」と過ぎ去った。その後姿を見送りながら「・・憎っくいガキだね」と呟く。その一言で、お雪の素性が露わになる。すれっからしの商売女、金に不自由はしないが、世間からは受け入れられていない。お雪は世間と闘っているのである。その足で職場に赴くと、女給連中を集めて、上司のマダム(岡村文子)に談判(団体交渉)をする気配である。「借金に縛られた上、衣装は自前、食事も自前、これじゃやっていけないわ。衣装代の半分くらいは払ってもらおうよ。もしダメなら、お客さんの飲んだビール代から何割か回してもらおうよ」。一同は大賛成、早速マダムと掛けあうが、マダムの回答はゼロ、「そんな言い分があるんなら、観光船のいい客ばかりでなく、油に汚れた石炭臭い連中にもっとサービスして、客を増やさないか。イヤなら辞めてもらっていいんだよ」。一同はがっかり、お雪は「あたし、今日は休むよ」と、プイと帰宅してしまったが、春雄の姿を見ると「やっぱり稼がなくては」と思い直し、ホテルに戻る姿がいじらしい。また、春雄をいじめから守ろうと転校させる。連れだって登校する途中で、春雄が「もういいよ、自分一人で行けるから」「どうして?」「もう、大丈夫だよ」、自分の派手な洋服姿がまずかったのかと帰宅して、しみじみと鏡を見つめる姿も「絵になっていた」。外に向かっては突っ張り、子どもに対しては優しい母性愛、そのコントラストを桑野通子は鮮やかに描き出すのである。加えて、用心棒・恭助(佐野周二)との「色模様」も格別、あくまでも、あっさりと淡泊に、まさに「恋も忘れて」男を惹きつけるのである。
 その二は、春雄を演じた爆弾小僧と、彼を目の敵にして虐める小太郎役・突貫小僧の「対決」である。船着き場の倉庫が彼らの遊び場だ。春雄がロープを吊したブランコに乗っていると、小太郎がやって来て「誰に断って乗ってるんだ、お前この頃生意気だぞ」「誰にも断らないよ」「オレに断ってもらいたいね」「お前に断ればダメだっていうだろ、だから断らないよ」「ああ、そうか」という《やりとり》で二人の対立が始まった。体力的には明らかに小太郎の方が優っている。しかし、春雄は負けていない。小太郎はブランコを独占、下級生に押させていたが、春雄が「オーイ、みんなウチに来ないか、お菓子ごちそうしてやらあ」と呼びかけると、「何、菓子がある?行ってやらあ」と真っ先に反応したのは小太郎、二階のアパートに続く階段で、下級生が昇ろうとすると「オレが先頭だ」と押しのける、先頭の春雄が「オレは?」言うと「お前はいいよ」と先頭を譲る。どこか抜けていてユーモラスな小太郎の風情は格別であった。部屋に入ると洋風のきらびやかな景色に「お前のウチ、金持ちだなあ」と小太郎は驚く。春雄は得意になって「この、母ちゃんの香水かけてやらあ、高いんだぞ」と、みんなの洋服に香水を振りまいたのだが・・・。翌日、みんなは「家に帰って怒られちゃった。あんなお母さんの子どもとは遊んではいけない」と口々に言う。かくて、春雄は孤立、転校の身となった。そこでも新しい友だちができかかるが、小太郎が邪魔をする。春雄は学校をサボって海に行く。そこで中国人の子どもたちと仲良くなり、倉庫の遊び場に誘ったが、またまた小太郎が登場、追い払われてしまった。この小太郎と春雄の「対決」が悲劇を招くことになるのだが・・・。
 その三は、ホテルの用心棒・恭助(佐野周二)のダンディ気質である。彼は、マダムに指示されて、お雪の動向を監視する。最近、女給のB子が神戸にドロンしようとして発覚したばかり。つきまとう恭助に向かって、お雪は「毎日、御苦労ね。部屋に入って休んでいかない?向こうの《灘の生一本》があるわよ」。恭助はお雪の部屋に入る。ベッドで寝ている春雄に目をやると、「可愛いでしょ、あたしの子どもよ。この子を立派な大人に育てることが生きがいなの」「可愛いなあ、可愛いってことが何よりの親孝行だよ」。お雪から舶来のウィスキーを注がれて一気に飲み干すと「それじゃあ、失敬する」「もう一杯どう?」黙って、二坏目を飲み干すと「サヨナラ」と言って出て行った。思わず、「カッコいい」と唸ってしまう名場面であった。
 観光船が入ってきた。ホテルは外人客で大賑わい、お雪も外人客と踊っていたが、この客がしつこくて離さない。「離して!」と悲鳴を上げると、恭助が飛んで来てその外人客を殴り倒す。その場はおさまったが、マダムは怒り心頭「大事なお客に何てことするんだい、もうお前は用無しだよ」。夜の道をお雪と歩きながら「悪かったな」「あたしは嬉しかったわ。あたし一人のために助けてくれたの」「あんたの坊やのためだよ」「ますます、嬉しいわ」・・・「じゃあここで失敬するよ」「ウチに寄ってかない」「向こうの《灘の生一本》はあるかい」「まだ残っているわよ」。そして部屋の中、眠っている春雄を見つめながら「あんたも、この子のために早く足を洗うんだな」「まだ、借金があるの。それともドロンしろって言うの?私を連れて逃げてくれるの?」。まじまじと見つめ合う二人・・・、「まあ、よく考えておくよ」と行って恭助は立ち去った。波止場に「人夫募集」という貼り紙があった。恭助はカムチャッカ行きの船に乗り込むことを決意したのである。
 そのことを知らせに、恭助がアパートに行くが誰もいない。「書き置き」をして帰ろうとすると、ずぶ濡れの春雄がドアを開けるなり、倒れ込んで来た。驚いてベッドに運び込む。春雄は今日一日、雨の中をさまよい、例の倉庫に居たところを、小太郎に見つかり叩き出されて来たのだ。「坊や、しっかりしなきゃダメだよ」と励ますうちにお雪も戻って来た。医者を呼んで診察してもらう。「雨に濡れたんでしょう。これ以上発熱すると肺炎になるおそれがあります。安静にしてください」。恭助はホッとして、「春坊、ケンカに負けたんだろう」「お母ちゃんの悪口を言うんだもの」「お母ちゃんの悪口を言う奴なんてやっつけてやるんだ。男は強くならなくちゃ」「負けるもんか」という言葉を聞き、恭助は最後に「強くならなくちゃダメだぞ」と念を押して帰って言った。
 お雪が、ふと茶だんすに目をやると「書き置き」が貼られていた。「逃がしてることも、連れて逃げることもできない。俺は大手を振ってお前を迎えに来る」と書かれてあった。
 その四は大詰め、お雪は春雄を入院させるために、マダムに借金を依頼、家に戻ると春雄が居ない。あちことと探し歩き、やっと倉庫を探り当てた。春雄は恭助に「負けるもんか」と言い、「強くならなくちゃダメだぞ」と言われた「約束」を果たすために、小太郎に一騎打ちの闘いを挑んだのである。二人は「組んずほぐれつ」争ったが、最後は、春雄の「噛みつき」が功を奏して、小太郎は泣き出し逃げ去った。しかし、春雄の体力の消耗は激しく、容体は急変して息を引き取る。お雪は激しく泣き崩れた。亡お骸に向かって「坊や、お母ちゃんのために闘ってくれて、本当にありがとうよ。だけど、どうしてもう少し我慢してくれなかったの。もう少し我慢してくれれば、きっと恥ずかしくない立派なお母ちゃんになって見せたのに・・・これからお母ちゃんは独りぼっち、どうすればいいいの」と語りかける。やがて恭助がやって来た。変わり果てた春雄の姿を見て呆然、「春坊、カムチャッカの漁場で3年働くことにしてきたんだ。これじゃどうにもなんねえじゃねえか。遅かった」と跪いて涙ぐむ。・・・「でも、春坊。俺、行ってくるよ」と立ち上がり、お雪に「しばらくのお別れだ。これで足を洗いなよ」と封筒を差し出す。「こんなことまでしてくれなくても」とお雪が拒めば、「お前にやるんじゃない。坊やにやるんだ」と、封筒を亡骸の傍に置く。
 それ以上、何も語らずに恭助は去って行った。お雪はなおも激しく泣き続けるうちに、「終」を迎えた。何ともやるせない結末である。
 この映画の眼目は、水商売を稼業とする男や女に対する「偏見」の描出(告発)であろうか。その偏見は子どもの姿を通して現れる。小太郎は春雄に対しては「あんなお母さんの子と遊んではいけないと親に言われた」「お前と遊ぶと親に叱られる」と言い、転校先の子どもには「こいつと遊ぶと親に叱られるぞ」と助言する。子どもたちの背後には、(健全な)堅気の親が厳然と存在しているのだが、彼らは姿を現さない。小太郎たちも芯から春雄を憎んでいるわけではないだろう。親の「偏見」が子どもをコントロールしているのである。それは親の見えない圧力である。「あんな」という一言で済ます圧力である。春雄もまた「母親のために」闘った。その契機が恭助の「おだて」(圧力)だったとすれば、恭助の責任も重い。いずれにせよ、大人同士の「偏見」が子どもに波及し、子ども同士もまた「対立」を余儀なくされるという構図が「悲劇的」なのである。(この映画では)大人同士の対立は「利害」に絡むだけで済むが、子どもの世界では切実・深刻である。友だちができない、ということは自分の存在理由を失うことに等しいからである。春雄は必死に友だちを求め、ようやく中国人の友だちを見つけたが、彼らもまた社会から疎外される存在、追い払われる他はなかったのである。
 監督・清水宏は、「子供をうまく使う監督」として有名だが、この作品もまた、大人以上のドラマを展開している。中でも、春雄役・爆弾小僧(横山準)、小太郎役・突貫小僧(青木冨夫)の「雌雄対決」は見応えがあった。お雪は春雄の亡骸に「どうして、もう少し我慢ができなかったの」と語りかけたが、それが子どもというものである。大人は我慢できるが子どもはできない。そのことを誰よりも理解しているのが、監督・清水宏に他ならないと私は思った。
(2017.6.17)



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2018-10-05

付録・邦画傑作選・「恋の花咲く 伊豆の踊子」(監督・五所平之助・1933年)

 ユーチューブで「恋の花咲く 伊豆の踊子」(監督・五所平之助・1933年)を観た。タイトルに「恋の花咲く」という文言が添えられているように、この作品は川端康成の原作を大きく改竄している。それはそれでよい、むしろその方が映画としては面白かった、と私は思う。主人公の学生・水原(大日向伝)は原作の「私」とは似ても似つかない快男児・好青年として描かれていた。水原が伊豆を旅して巡り合った旅芸人たちとの「絡み」と「行程」はほぼ原作を踏襲しているが、随所、随所に伏見晃の脚色が加えられている。その一、冒頭に登場するのは、自転車を全速力で走らせる一人の警官、伊豆の温泉町にある旅館・湯川楼の内芸者が借金を踏み倒して逃亡したと言う。村人に目撃者がいないかを尋ねているところに、かつて湯川楼に出入りしていた鉱山技師・久保田(河村黎吉)も加わり、金鉱の山を買って大儲けした湯川楼の噂をする。その二、ある村の入口で、一人の虚無僧が立札を見ている。「物乞い旅芸人立ち入るべからず」と書かれている。彼は立札を引き抜き倒して立ち去った。その様子を見ていた村の子どもたち。後から来た旅芸人の娘(薫・田中絹代)が倒されている立札に気づき手にしたところを村人から咎められる。「役場に来い」などと言われ娘の兄(永吉・小林十九二)が無実を主張し小競り合いが始まった。そこに通りかかったのが水原で、村人に「引き抜いた所を見たのか」と確かめる。「あたい見たよ」と証言したのは村の子ども、「さっき尺八吹きの男が引き抜いたんだ」。かくて旅芸人一同の窮地は救われた。以後、水原と旅芸人の旅程が始まったのである。その三、湯川楼という旅館は、水原の先輩・隆一(竹内良一)の実家、主人の善兵衛(新井淳)は永吉の父とも懇意にしており、旅芸人になった永吉、薫たちの後見人という立場であった。永吉の父から買った山から金鉱が出たが、儲けた金の一部は薫名義で貯金している。ゆくゆくは堅気の生活に戻して、薫を隆一の嫁にしたいと思っている。その四、技師の久保田は湯川楼の繁盛振りを見てなにがしかの現金を強請り取り、永吉にもけしかける。「君はダマされたんだ。分け前を貰って一緒に金鉱を掘りてよう」。そそのかされて永吉は湯川楼に向かったが「金が欲しければ妹を連れてこい」と追い返された。その様子に義憤を感じた水原も湯川楼に談判に行くが、そこで善兵衛の真意が解るという次第。その五、大詰めの下田港、水原は《先輩・隆一のために》薫との恋を諦める、真意を打ち明け「このことは誰にも言ってはいけないよ」と念を押した。薫の櫛と水原の万年筆を「愛の形見」として交換する。
 以上は、川端康成の原作にはない「脚色・演出」である。まさに「文学」と「映画」(演劇)の違いが際立つ、傑作に仕上がっていたと、私は思う。加えて、見どころも満載。二十代の田中絹代が演じる薫の姿は天衣無縫、おきゃんで惚れっぽい娘の魅力が存分に溢れていた。大日向伝の「侠気」もお見事、さらに温泉宿には遊客・坂本武、芸妓・飯田蝶子までが登場、旅芸人・小林十九二と「剣舞・近藤勇」を競演する場面は抱腹絶倒、悲・喜劇を同時に味わえる逸品であった。
 この作品は、「伊豆の踊子」映画化の第一作である。以後、薫役の美空ひばり版(1954年)、鰐淵晴子版(1960年)、吉永小百合版(1963年)、内藤洋子版(1967年)、山口百恵版(1974年)、早瀬美里版(1993年)が作られているが、それらの全てを見比べてみたい衝動にかられた次第である。(2017.1.28)



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2018-09-20

付録・邦画傑作選・「滝の白糸」(監督・溝口健二・1933年)

 ユーチューブで映画「滝の白糸」(監督・溝口健二・1933年)を観た。原作は泉鏡花の小説、昭和世代以前には広く知れわたっている作品である。
 時は明治23年(1890年)の初夏、高岡から石動に向かう乗合馬車が人力車に追い抜かれていく。乗客たちは「馬が人に追い抜かれるなんて情けない、もっと速く走れ」と、馬丁・村越欣弥(岡田時彦)を急かすが、彼は動じずに、悠然と馬車を操っている。乗客の女、実は水芸の花形・滝の白糸(入江たか子)が「酒手をはずむから」と挑発した。初めは取り合わなかった村越だったが、あまりにしつこく絡むので、それならと鞭一発。馬車は狂ったように走り出す。たちまち人力車を追い抜いたが今度は止まらない。馬車は揺れまくり、やっと止まった時には車軸が折れ、全く動かなくなってしまった。白糸は「文明の利器だというから乗ったのに、夕方までに石動に着くんでしょうね!」とからかう。村越はキッとして「姐さん、降りて下さい」と彼女を引きずり降ろし抱きかかえると、馬に乗り一目散、石動に向かって走り出した。他の乗客たちはその場に置き去りに・・・。
石動に着くと白糸は失神状態、霧を吹きかけて介抱すると村越は、再び高岡方面に戻って行った。気がついた白糸、その毅然とした振る舞いが忘れられない。傍の人に馬丁の名を尋ねると、「みんな欣さんと呼んでいますよ」。「そう、欣さん!」と面影を追う白糸の姿はひときわ艶やかであった。
 この一件で、村越は馬車会社をクビになり放浪の身に・・・、金沢にやって来た。月の晩、疲れ果て卯辰橋の上で寝ていると、すぐ側で興行中の白糸が夕涼みに訪れる。「こんな所で寝ているとカゼを引きますよ」と語りかければ、相手はあの時の馬丁・村越欣弥であったとは、何たる偶然・・・。白糸は村越の事情を知り、責任を痛感して詫びる。「私の名前は水島友、二十四よ。あなたの勉学のために貢がせてください」。かくて、その夜、二人は小屋の楽屋で結ばれた。翌朝、まじまじと白糸の絵看板に見入る村越を制して「見てはいやよ、こうして二人で居る時は、私は堅気の水島友さ!」という言葉には、旅芸人・滝の白糸の、人間としての「誠」「矜持」が込められている。
 東京に出た村越への仕送りは2年間続けられたが、「ままにならないのが浮世の常」、まして旅芸人の収入はたかが知れている。3年目になると思うに任せなくなってきた。加えて、白糸の「誠」は仲間内にも利用される。南京出刃打ち(村田宏寿)の女房に駆け落ちの金を騙し取られたり、一座の若者新蔵(見明凡太郎)と後輩・撫子(滝鈴子)の駆け落ちを助けたり・・・、で有り金は底をついてしまった。「欣さんはまもなく卒業、意地でも仕送りを続けなければ・・・」、白糸はやむなく高利貸し・岩淵剛蔵(菅井一郎)に身を売って300円を手にしたが、その帰り道、兼六園で待っていたのは岩淵と連んでいた出刃打ち一味、その金を強奪される。白糸は落ちていた出刃を手に岩淵宅にとって返せば「戻って来たな。こうなるとは初めから解っていたんだ」と襲いかかられた。もみ合う打ちに、岩淵は「強盗!」と叫んで床の間に倒れ込む。気がつけば白糸の出刃が岩淵の脇腹を突き刺していたのだ。彼女はその場にあった札束をわしづかみにして逃走する。行き先は東京、村越の下宿先。しかし、その姿はなく、再会を果たしたのは監房の中であった。 白糸は下宿を出るとすぐに捕縛され金沢に送られる。途中、汽車から飛び降り新蔵夫婦に匿われるが無駄な抵抗に終わった。出刃打にも岩淵殺しの嫌疑がかかり収監される。検事の取り調べに「あっしは白糸から金を奪ったが殺していない」。白糸は「出刃打から金を取られたことはありません」と否定する。監房の筵の上で、白糸は夢を見た。兼六園を村越と散策、わが子を抱いて池を見つめる。楽しい一時も束の間、まもなく看視に揺り起こされた。「新しい検事さんがお前と話をしたいそうだ」
 村越が検事に任官され金沢に赴任していたのだ。取調室で見つめ合う二人、「よく眠れましたか。食べ物は口に合いますか」と気遣う村越に、白糸は水島友にかえって「よく出世なさいました」と満面の笑みを浮かべた。もう思い残すことはない。これまで逃げたのも一目会いたいと思ったから・・・。「どうぞ取り調べを始めて下さい」「そんなことができるわけがない」とうつむく村越、二人の交情はそのまま断ち切れたか・・・。
 公判の法廷には村越検事が居る。滝の白糸こと水島友は、すべてありのままを証言し、自害した。お上の手を煩わせることなく、自らの身を処したのである。翌日、村越もまた、思い出深い卯辰橋でピストル自殺、この映画は終幕となった。 
 女優・高峰秀子は、戦前の女優で一番美しかったのは入江たか子であったと、回想したという。なるほど、滝の白糸は美しい。容貌ばかりでなく、鉄火肌、捨て身の「誠」が滲み出る美しさ、姐御の貫禄、遊芸の色気、温もりを伴った美しさなのである。それは、村越が下宿の老婆に「姉さんから仕送りをしてもらっている」と話していたことからも瞭然であろう。もとはと言えば、自分の悪ふざけが村越の運命を狂わせた、その償いのためだけに彼女は生き、死んで行ったのである。その「誠」を知ってか、知らずか村越も後を追う。「女性映画」の名手・成瀬巳喜男は「女のたくましさ」を描出することに長けている。一方、「女性映画」の巨匠・溝口健二が追求したのは「女の性」、(成瀬に向けて)「強いばかりが女じゃないよ」という空気が漂う、渾身の名作であった、と私は思う。お見事!  (2017.2.5)



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2018-09-14

検証・掘り出し番組・《テレビドラマ「相棒」の魅力は“あわん”の呼吸》

 テレビドラマ「相棒」(テレビ朝日)の面白さは、登場人物相互の「呼吸」にある、といっても過言ではないだろう。その「呼吸」とは、まさに《阿吽》にあらず、《あわん》(合わない)の呼吸なのである。代表は、杉下右京(水谷豊)と亀山薫(寺脇康文)、一方は、細かいことが気になる「冷徹な頭脳派」、他方はアバウトな体育会系の「人情派」、周辺にも、亀山と伊丹(川原和久)、杉下と小野田(岸部一徳)、亀山と美和子(鈴木砂羽)、杉下とたまき(益戸育江)等々・・・、役者は揃っている。したがって、私の興味・関心は、もっぱら、その「呼吸の乱れ」に注がれ、肝腎の「筋書き」は、ほとんど思い出せない有様だが、ただ一本、記憶の留まる作物があった。「Season5第七話・剣聖」(監督・西山太郎)である。それも、物語とは無関係の場面、道場で亀山と伊丹が剣道の稽古をしている。亀山は「体力にものをいわせて」、果敢に「打ちかかる」が、伊丹には通じない。伊丹、頃合いを見計らって亀山を打ちのめし、一言「未熟者めが!」。それを見ていた杉下曰く「亀山君、無駄な動きが多すぎますねえ」。亀山、憤然として「ろくに稽古もしていない右京さんに言われたくねえ・・・」と(心中で)抗う。話は進んで、事件は一件落着。容疑をかけられた女流剣士・師範代ふみ(原千晶)の疑いも晴れ、亀山、ふみに向かって曰く「一つ手合わせをお願いします」。亀山、相手が女だと過信してかかったが、「腕の違い」を見せつけられて完敗した。ふみ曰く、「無駄な動きが多すぎます」。亀山、冷笑している杉山に、「一矢報いたい」と思ったか、「では、今度は右京さんにもお願いします」。杉下、慌てずに、ふみと対戦。両者、間合いを取り合っていたが、ふみが一瞬踏み込んだとき、彼女の刀は宙高く舞上げられていたのであった。杉下、最後に一言「ボクは一点集中主義ですから、その技だけを稽古していたのです」。平然としている杉下を、呆然と見つめる亀山のコントラストが鮮やかで、その光景(シーン)は今でも私の目に焼き付いている。その後、杉下右京の相棒は、神戸尊(及川光博)に交代した。この神戸も魅力的である。亀山と違って「知的な頭脳派」、さぞかし杉下とは「呼吸が合いそう」だが、そうは問屋が卸さない。「知的」ではあっても「冷徹」ではないのである。容貌は「イケメン」、文字通り「甘い」空気を漂わせているが、その「甘さ」が「青さ」となって、杉下(と)の「呼吸」を乱してしまう。その典型的事例は、「Seasonn9・第11話・聖戦」(監督・和泉聖治)に見られる。あらすじは、以下の通りである。〈消費者金融の営業担当・折原が自宅に仕掛けられた爆弾で殺害された。犯人は妻の夏実(白石美帆)と娘の旅行中を狙い、リモコンで爆弾を爆発させたらしい。容疑者として、12年前、折原のバイク事故で息子を失った寿子(南果歩)が浮上。が、夫の病死後、パートをしながら質素に暮らす寿子に爆弾など作れるとは思えない。伊丹(川原和久)らは早々に寿子を容疑者リストから外す。一方、右京(水谷豊)と尊(及川光博)は、犯人がリモコンを操作したと思われる現場で割れたビスケットを拾う。右京と尊は寿子の自宅を訪ねるが、お茶菓子に公園で拾ったものと同じビスケットが。さらに散乱する工具を確認し、右京らは寿子が犯人だと確信する。が、犯行を裏付ける証拠が見つからない・・・。やがて折原の大学時代の友人・江上が容疑者として浮上。江上の自宅から爆弾で使用された物質も発見された。右京と尊の推理は間違っていたのか、それとも寿子が想像以上の知能犯なのか・・・?〉(http://www.tv-joho.com/aibou914.htmlより引用)視聴者(私)は、誰が犯人か、知っている。冒頭の場面で、すでに「犯行現場」を目撃しているのだから。しかし、登場人物の面々は、寿子を除いて誰も知らない。捜査陣の「右往左往」を、居ながらにして楽しめる趣向である。この「手」の作物は、「刑事コロンボ」「古畑任三郎」などでお馴染みだが、とりわけ南果歩の「迫真の演技」が光っていた。息子は、幼い頃から病弱、健康を取り戻した学童期、思春期は「虐め被害」に遭って「閉じこもり」、成人して、ようやく「社会自立」(就職)の希望が見え始めた矢先、突然、命を奪われた。同時に、母・寿子の希望も絶たれ、加害者への「復讐」だけが、生きる目的になる。そのためなら何でもする。誰も怖くない。と、いった(独りよがりの)「母性」が、杉下と神戸を手こずらせる。その駆け引きを、杉下は「ゲーム」と評したが、寿子は、「ゲーム(遊び)なんかではない、『聖戦』だ!」と宣った。やがて、業を煮やした神戸が「単独行動」に出る。事件の被害者・夏美と寿子を「直接対決」させたのだ。場所は寿子が働く食堂、客を装った夏美が、執拗に絡みつく。もみ合った拍子に盗聴器が転げ落ちた。それを拾った寿子、スイッチを切り、夏美を抱き寄せ、(魔女のように)耳元で囁いた。「最高の気分よ。アンタの旦那、バラバラにしてやった」。その勝ち誇った表情は、文字通り「阿修羅」の気配で、私の背筋は寒くなった。さて、事態は最悪、自らの失態に落ち込む神戸を、慰めるでもなく「淡々」と「冷徹」に、「向こう(夏美)が、丸く収めなければ、君の処分は免れないところですよ」と言い放つ杉下の風情は「相変わらず」であった。ここにも、「相棒」の《あわん》の呼吸が、ほの見えて、私はたいそう面白かった。単なる交通事故を発端に、殺人事件にまで展開した物語は大詰めへ、(息子との思い出の)山荘で自爆を覚悟した寿子、夏美の腹中に新しい生命が宿っていることを知り、「聖戦」を終結する。まさに「愛別離苦」に狂った鬼子母神の物語は終わったのだが・・・。さて、2013年、「相棒」の相手は、甲斐亨(成宮寛貴)に代わった。聞くところによれば、この相棒は、「香港旅行中に遭遇した事件をきっかけに右京と知り合い、右京に引き抜かれる形で特命係へ」(インターネット情報・「ウィキペディア百科事典」)着任した由、これまでのように《あわん》の呼吸を楽しむことは無理かもしれない。(2013.1.8)



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2018-09-08

花の歌謡絵巻・悲歌の女王・菅原都々子の《泣きべそ声》

 菅原都々子は、昭和2年(1927年)8月15日生まれ、今日で86歳を迎えた。
平成18年(2006年)に現役を引退したが、未だに、矍鑠として、老人福祉施設などでのボランティア活動を続けている。往年の歌声は望めぬとはいえ、傘寿をとうに過ぎたのに衰えを知らぬ「歌手魂」に、私は心底から脱帽する。
 さて、彼女が「歌手」を目指したのは小学校3年の時、作曲家・古賀政男の養女になり、古賀久子という名で童謡歌手としてデビューした。当時の歌声をユーチューブで聴くことができる。曲名は「時計と鼠」(松坂直美・詞、南部鉄人・曲)、そして「銀笛と羊」(東條マリ子・詞、南部鉄人・曲)。いずれも、力強い、張りのある美声で、説得力がある。前者は「天衣無縫」な茶目っ気にあふれ(おそらく長調)、後者は、どこか「哀愁を帯びた」(おそらく短調)、もの悲しい空気が漂って、いずれも昭和前期の子どもの無垢な姿が、くっきりと刻まれている。やがて、その姿は「青葉の笛」(津山英雄・詞、堀内好男・曲、昭和11年)を経て、「ふるさとの山唄」(村松秀一・詞、陸奥明・曲・昭和18年)へと成長する。その歌声は、どこまでも「清純」で「透明」、加えて、その可憐・無垢な「節回し」が、私の心に染みわたる。彼女の父、作曲家・陸奥明の回顧(「私の愛する娘。都々子のこと」・テイチクレコード・『菅原都々子全集 想い出のエレジー』・昭和42年)によれば、古賀政男の養女になった契機が以下のように綴られている。(青森在住の父親から、都々子のテストを託された大川さんという人が)〈どうせだめだろうが一軒残っていテイチクへ行こうと娘を同伴して会社の門を叩いた。テイチクもやはり冷たい、ふと文芸部長が誰かに『その娘は』と問われほっとした大川さんは、私が依頼したテストの件を伝言した。後日知ったがその時は伴奏してくれたのが名ピアニストの杉原泰三氏、興味も手伝ったのだろう。都々子が歌った、ピアニストはじろりと睨み、もう一曲もう一曲歌わせ呆然として都々子を見詰める、その時ドカドカと二階からあわただしく降りて来たのが古賀政男先生。「もう一度歌ってごらん」と優しく望まれた。(略)二曲三曲と歌い終わった時先生はいきなり都々子を強く抱き締め「僕の探しているのはこの娘だ」と言ったそうだ〉。古賀メロディーのルーツは朝鮮歌謡にあると言われているが、そのルーツを見事に歌いこなせる娘こそ菅原都々子に他ならない、と古賀政男は確信したのであろう。事実、彼女が戦後ヒットさせた「連絡船の唄」(詞・大高ひさお、曲・金海松・昭和26年)、は朝鮮歌謡であった。また、「アリラン」「トラジ」などの朝鮮民謡も、彼女は自家薬籠中のものとして、見事に歌いこなしている。朝鮮歌謡を歌う日本人歌手は少なくないが、古賀政男が看破したように、曲想を描出する鮮やかさにおいては、菅原都々子の右に出る者はいないであろう。なぜか。まず第一に、彼女の「声」である。父・陸奥明はそれを「泣きベソ声」と評した。前出の「回顧」で以下のように述べている。〈元来娘の声は一風変わっている、友達の某作曲家も君は専門家であり乍ら何故正しい発声法を教えてやらないかと真剣に忠告された、これも又尤もである。事実その頃の女性歌手陣は十中九人までクラシックの正しい発声を身につけていてオペラ歌手にしたい人達だった。ただ娘をオペラ歌手にする積もりはなかった。あくまでも所謂時代の庶民の生活に迎合する流行歌手にしたいのが私の念願である。音色も平凡な上に変わっている。十人が十人素晴らしい声の中に一人変わった声があったら否でも応でも目立つだろ、節も自由自在なら鬼に金棒と私は信じたからだった。東海林太郎さんの歌声は波が荒いので目立った。何だあの声、素人とは言い乍ら聞いている方が恥ずかしくなる、流行歌手はあの程度かねと酷評した音楽評論家があった。一年経たぬ内に天下を取ったら東海林太郎はあれで良いのだと誉めた人が一年前に酷評した評論家だったそうだが、何だか書いていてもこんがらかる様な話だ。都々子も酷評を免れない音色である事は親父が一番よく知っているが、大衆は何を好むかその献立は種々雑多、曲とか詩に恵まれて味もついたら嫌いな人も好きになるのではないかと。この泣きベソ声がある時代を築き上げた唯一の武器となった一例をお伝えしたい〉。つまり、彼女の歌声は「庶民の生活に迎合した」平凡な音色だが、そこに「ウーウーと絞り出すようなバイブレーション」が加わることによって、オペラ歌手にはマネできない「味」が添えられているのである。第二は、「自由自在な節回し」であろう。父・陸奥明もまた、当初、大作曲家を目指したが浅草のオペラ生活になじむうち、「大衆の中の私という心境から」心機一転、童謡、義太夫、浪曲、民謡、俗曲の研究に没頭、「作曲」ではなく「巷の節作り」を標榜した由、この父にしてこの娘あり、父の作曲によるヒット作は「片割れ月」(詞・河合朗・昭和21年)、「踊りつかれて」(詞・河合朗・昭和23年)、「母恋星」(詞・荻原四朗・昭和24年)「佐渡ヶ島エレジー」(詞・荻原四朗・昭和27年)、「月がとっても青いから」(詞・清水みのる・昭和30年)、「セトナ愛しや」(詞・島田馨也・昭和31年)等々、枚挙に暇がない。加えて、平川波龍竜の「散りゆく花」(年不詳)、「憧れは馬車に乗って」(詞・清水みのる・昭和26年)、倉若春生の「江の島エレジー」(詞・大高ひさを・昭和26年)、安藤睦夫の「北上夜曲」(詞・菊地規・昭和36年)等々の名曲を残している。それらの曲調は多種多様、哀歌、悲歌はもとより、大陸風、アイヌ風、牧歌風、山の手風、青春歌に至るまで、文字通り「自由自在な節回し」が展開されているのだ。だが、待てよ、それにしても、彼女の幼い日、「都々子を強く抱き締め『僕の探しているのはこの娘だ』と言った、恩師(養父)・古賀政男の作物が見当たらないのは何故だろうか。もしかして、古賀政男の心中には「都々子、自分の好きなように、自由に歌いなさい。あなたは今のままで十分、私の出る幕はない」という想いがあったかどうか・・・。後年、菅原都々子は、古賀政男の名品「新妻鏡」をカバーしているが、私は残念にもまだ聴いていない。にもかかわらず、彼女の歌声の数々は、それに勝るとも劣らない感動を、(今もなお)庶民に与え続けていることを、私は確信する。悲歌(エレジー)の女王・菅原都々子は「永遠に不滅」なのである。(2013.8.15)



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2018-09-02

花の歌謡絵巻・二葉あき子の《歌唱力》

 二葉あき子の歌を聴いたことがあるだろうか。私が初めて彼女の歌を聴いたのは「夜のプラットホーム」(奥野椰子夫作詩・服部良一作曲・昭和21年)であった。昭和26年2月,当時6歳だった私は,父と祖母に連れられ,住み慣れた静岡から東京に向かうことになった。静岡には母の実家があった。満州で生まれた私は,すぐに母を亡くし,入隊した父とも別れ,父の友人一家の助力で命からがら日本に引き揚げてきたらしい。母方の祖母が営む下宿屋には,東京から疎開してきた父方の祖母も身を寄せており,しばらくはそこで暮らすことになったようだ。やがて父も引き揚げ,私自身が学齢になったので父の勤務地である東京に,父方の祖母ともども呼び寄せられたのである。静岡駅で東京行きの列車を待っていると,下りのホームにアメリカ兵が鈴なりになって乗っている列車が入ってきた。彼らは,上りのホームで待っている私たちに向かい,大きな叫び声をあげながらチョコレート,キャラメル,チューインガム,ヌガーなどの高価な菓子類を,雨あられのように投げてよこした。上りホームの日本人たちも,歓声をあげて一つでも多く拾おうとする。見送りに来た親類の一人が,ヌガーを一つ拾ってくれた。東京行きの列車の中で,それを食べたが,その豪華な味が忘れられない。甘いものといえばふかし芋,カルメ焼きぐらいしかたべたことがなかった。チョコレートでくるまれた生クリームの中にピーナツがふんだんに入った,贅沢な逸品であった。アメリカ人はなんて優雅なくらしをしているのだろう,子ども心にそう思ったのを今でも憶えている。
列車が東京に近づく頃は,もう夜だった。横浜を過ぎた頃,車掌がやって来て,「東京駅構内で事故が発生しました。この列車は品川止まりになります」という。乗客には不安が走った。今日のうちに目的地まで行き着くことができるだろうか。降り立った品川駅のホームはトンネルのように暗かった。「シナガワー,シナガワー,ケイヒントーホクセン,ヤマノテセン,ノリカエー」という単調なスピーカーの声とともに,厳冬の夜,凍てつく寒気の中に柱の裸電球が一つ,頼りなげに灯っていた情景が瞼にに焼きついている。
二葉あき子の「夜のプラットホーム」を聴くと,あの品川駅での情景がきのうのことのように甦ってくるのである。なぜだろうか。それは,彼女がおのれを殺して,全精力を歌心(曲想)に傾けて表現するという,たぐいまれな歌唱力を身につけているからだと思う。「星は瞬く,夜深く,鳴りわたる,鳴りわたる,プラットホームの別れのベルよ」という彼女の歌声を聞いて,私は「本当にそうだった」と思う。6歳の私が初めて見た「夜のプラットホーム」は品川駅をおいて他にないのだから。「さようなら,さようなら,君いつ帰る」とは,静岡駅で私を送り出してくれた,心やさしき人々の言葉に他ならなかった。もしかしたら朝鮮戦争に赴くアメリカ兵の言葉だったかもしれない。本来,この歌は戦前,若い出征兵士を見送る,東京駅の情景を見て作られたという。「いつまでも,いつまでも,柱に寄り添い,たたずむ私」という恋人や新妻の気持ちがどのようなものだったか。戦争とは無縁であった私ですら,あの心細い品川駅での情景を思い出すくらいだから,戦死した夫や恋人を追憶する女性の寂寥感は想像に難くない。彼女が大切にしているのは,歌手としての自分の個性ではなく,作詩・作曲者が創り出した作品そのものの個性である,と私は思う。いわゆる「二葉あき子節」など断じて存在しない。彼女が歌う曲は,クラッシックの小品,ブルース,ルンバ,シャンソン,映画主題歌,童謡,軍歌,音頭,デュエットにいたるまでとレパートリーは広く,多種多様である。しかも,その作品ごとに,彼女の歌声は「千変万化」するのである。作品を聴いただけでは,彼女の歌声だとは判別できないものもある。ためしに,「古き花園」(サトウハチロー作詩・早乙女光作曲・昭和14年)「お島千太郎旅唄」(西条八十作詩・奥山貞吉作曲・昭和15年)「めんこい仔馬」(サトウハチロー作詩・仁木他喜雄作曲・昭和15年)「フランチェスカの鐘」(菊田一夫作詩・古関裕而作曲・昭和23年)「水色のワルツ」(藤浦洸作詩・高木東六作曲・昭和25年)などを聴き比べてみれば,わかる。
「フランチェスカの鐘」は,もともと失恋した成人女性の恨み歌であったが,後年,二葉あき子は初老を迎えた自らの変声を生かしし,故郷の被爆地・広島で犠牲になった人々への鎮魂歌として創り変えている。(LPレコード「フランチェスカの鐘・二葉あき子 うたのこころ・昭和42年)                 
私は彼女の歌を聴いただけで,誰が,どこで,何をしながら,どんな気持ちで,何を訴えたいかをストレートに感じとることができる。彼女の歌唱力は,曲の舞台を表現する。登場人物の表情・心象を表現する。そして,情景を構成する気象,風景,星,草花,ハンカーチーフまでも表現してしまうのである。
 いつになっても,作品の中の彼女の声は澄みきっている。二葉あき子の地声ではなく,作詩者,作曲者が思い描いた歌手の声,登場人物の声に徹しようと努めているからである。流行歌は三分間のドラマだといわれるが,彼女ほどそのドラマを誠実に,没個性的に演じ分けた歌手はいないだろう。それが他ならぬ二葉あき子の「個性」であり,「今世紀不世出の歌手」といっても過言ではない,と私は思う。(2004年5月15日)



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2018-09-01

番外・スポーツ界の《膿》(「優勝劣敗」)

 2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて「膿を出し切ろう」と、スポーツ界が揺れている。当初はコーチのパワハラ問題に端を発し、以後、某大学の危険タックル、某連盟理事長の圧力疑惑(○○判定)、最近では某協会のコーチ無期限登録抹消処分、等々。要するに、スポーツマンシップの「フェア精神」(基本理念)が、強権者によって踏みにじられているという構図が見えてくるのだが、スポーツ界も所詮は「弱肉強食」の世界であることに変わりはない。本来、オリンピック・パラリンピックは「平和の祭典」として尊ばれるはずだが、それは「建前」で、実際は核兵器・軍隊を保有し、性懲りもなく戦争を繰り返している国々が、堂々と参加している。戦争を放棄し、(スポーツで競い合う)「平和」だけを希求する国々だけで行うのが、「近代オリンピック」の精神でなければならない。
 いまだにスポーツ界にはびこる「膿」とは何か。強権者の公私混同、私利私欲だけではない。それ以前に「優勝劣敗」という価値基準が歴然と存在し続けていることこそが「膿」なのである。勝つことは優れている、負けることは劣っている。だから、勝つことは称賛に値する。負けることは恥辱である。こうした「薄っぺらな」価値観は、スポーツマンシップの「フェア精神」とは《無縁》である。勝者は勝者だけでは勝者になれない。敗者の存在に支えられてはじめて勝者になり得るのである。勝者も敗者も尊ばれなければならない。試合が終われば、あくまで「ノーサイド」なのだ。
 しかし現実は「金メダルでなければ意味がない」などと言って、悔し泣きする選手も少なくなく、世間も「メダルラッシュ」などと《他愛もなく》喜び、「国民に勇気と感動を与えてくれた」などと《虚栄》を誇る。そのことこそが「膿」であり「諸悪の根源」であることを、私たちは肝に銘じなければならない。古人曰く「負けるが勝ち」、けだし至言である。
(2018.8.31)



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2018-08-31

花の歌謡絵巻・「うたくらべ ちあきなおみ」の《魅力》

インターネットのウィキペディアフリー百科事典・「ちあきなおみ」の記事に、以下の記述がある。〈1992年9月21日に夫の郷鍈治と死別した。郷が荼毘に付される時、柩にしがみつき「私も一緒に焼いて」と号泣したという。また、「故人の強い希望により、皆様にはお知らせせずに身内だけで鎮かに送らせて頂きました。主人の死を冷静に受け止めるにはまだ当分時間が必要かと思います。皆様には申し訳ございませんが、静かな時間を過ごさせて下さいます様、よろしくお願いします。」というコメントを出し、これを最後に一切の芸能活動を完全停止した。それ以降引退宣言も出ないまま、公の場所には全く姿を現していない。〉歌手・ちあきなおみのファン並びに関係者の間では、そのことを訝る向きもあるようだが、私には彼女の気持ちがよくわかる。ちあきなおみは、それまで、ただひたすら、最愛の夫・郷鍈治のために歌ってきたのだ。「もう私の歌を聴いてほしい人はいない。哀しみをこらえて歌っても、彼には届かない」という絶望感が、以後の沈黙を守らせているに違いない。それでいいのだ、と私は思う。
 かつて、美空ひばりは、「今、一番上手な歌手は、ちあきなおみ」と語っていた(テレビ番組「徹子の部屋」)が、さすがは「歌謡界の女王」、見る目・聞く耳はたしかであった。今、私の手元には「うたくらべ ちあきなおみ」というCD全集(10巻)がある。それぞれに「1誕生」「2開花」「3巣立ち」「4挫折」「5苦悩」「6自我」「7孤独」「8出逢い」「9やすらぎ」「10爛熟」というタイトルがつけられ、167曲が収められている。このタイトルは、彼女がデビュー以来、歌いつないだ歩みを物語っていると思われるが、誕生から爛熟までを順にたどっていくと、それは、小鳥の「さえずり」が次第に洗練され、「地鳴き」に変容していく過程とでもいえようか、彼女の「歌」が「語り」になり、「語り」が「呟き」「詠嘆」「呻吟」「絶叫」へと千変万化していく有様が鮮やかに体感できる。レパートリーは、ポップス、ニューミュージック、シャンソン、スタンダード・ジャズ、ファド、流行歌、演歌に至るまでと幅広く、その歌唱力は「ハンパではない」。彼女は「歌手」でありながら「役者」「演出家」でもある。「歌」は、そのまま「芝居」となり、実に様々な人間模様・景色を描出する。私の好みは、「劇場」「酒場川」「命かれても」「流浪歌」「泪の乾杯」「新宿情話」「君知らず」あたりだが、全集の中の1巻「7孤独」の作品は傑出している。「星影の小径」「雨に咲く花」「粋な別れ」「東京の花売り娘」「夜霧のブルース」「上海帰りのリル」「港が見える丘」「青春のパラダイス」「ひとりぼっちの青春」「狂った果実」「ハワイの夜」「口笛が聞こえる港町」「黒い花びら」「赤と黒のブルース」「夜霧よ今夜も有難う」「黄昏のビギン」、いずれもカバー曲だが、彼女は原曲をいとも簡単にデフォルメしてしまう。通常、伴奏は「歌」に寄り添い、それを際立たせようとして脇役に徹するが、それらの作品は「真逆」である。伴奏が、彼女の歌と真っ向から「対立」する。まるで「仇役」のように、彼女のメロディー・ラインに挑みかかる。彼女の歌声は、その挑戦をものともせずに、ある時は「受け流し」、ある時は「包容」(抱擁)するように、展開する。雑音入りの楽音と絡み合い、もつれ合う中で、彼女の歌声がいっそう輝きを増してくる。その葛藤には、愛し合う恋人同士の風情が仄見えて、なぜか最愛の夫・郷鍈治の面影をも彷彿とさせるのである。なるほど・・・・、やっぱりそうだったのか。彼女は31歳の時に郷鍈治と結ばれたが、以後14年間、彼の死を迎えるまで、ただひたすら彼のために、彼一人だけを聴衆として歌い続けたことの証しである。
 歌手・ちあきなおみが歌うことを断って22年が過ぎた、しかし、私には、その「沈黙」こそがあの名曲「さだめ川」(詞・石本美由紀、曲・船村徹)の「歌声」となって、レクイエムのように聞こえてくる。「・・・・あなたの愛に 次ぎの世までも ついて行きたい 私です」。彼女は、今もなお歌い続けているのである。(2015.3.11)



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2018-08-28

役者点描・新人・幼紅葉、成長の《証し》

幼紅葉が「鹿島順一劇団」に入団したのは、平成22(2010)年3月末、おそらく小学校を無事卒業したことで、周囲の許可・了解が得られたという結果かもしれない。私は、平成22年4月公演(香川県・城山温泉)で、彼女の初舞台を見聞している。その時の感想は、以下の通りであった。〈芝居の外題は「里恋峠」。金看板・更科一家親分三衞門・座長・鹿島順一、その息子三之助・鹿島虎順、その妹お里・新人・幼紅葉、親分の後妻おたき・春日舞子、代貸松造・春大吉、敵役の川向こう一家親分万五郎・花道あきら、その子分たち・蛇々丸、梅乃枝健、赤銅誠、滝裕二という配役で、注目すべきは新人・幼紅葉の起用である。外題の「里恋峠」は地名だが、娘・お里を案じる父・三衛門の想いも重ねられていることは確かであろう。だとすれば、お里はいわば「準主役」的存在、極めて重要な役どころではないだろうか。はじめは勢いのよかった更科一家も親分が中風で倒れた後は、子分衆は一人減り、二人減り・・・という「落ち目」で、今では代貸一人だけとなってしまった。その松造も、今は一家に見切りをつける潮時と「盃を水にしてください」と申し出る有様、加えて後妻からも離縁を迫られる始末で、病臥の親分、まったく孤立無援となってしまった。最後のたのみは娘のお里だけ(息子の三之助は勘当、現在、旅修行中)という状況の中、闘病中の三衞門を「かいがいしく」「かわいらしく」「無邪気に」「明るく」介護する風情が不可欠、後妻に入った、おたきの「あばずれ」「放蕩」気分とのコントラストが「見せ所」であろう。さて、一日目の舞台、新人・幼紅葉にとっては、いかにも荷が重すぎた。まだ、登場して「台詞を間違いなく言うだけで」精一杯、その「つたなさ」が、座長はじめ一同の「足を引っ張る」結果にななったことは否めない。その結果、《厳しさ、それは親子の愛》という眼目の描出は「不発」のまま終わった感がある。だがしかし、である。「そうは問屋が卸さない」のがこの劇団の真骨頂、(この芝居は二日替わり)二日目の舞台は景色・風情が「一変」していたのである。昨日とは打って変わり、お里の所作・表情・口跡が「芝居になってきた」。とりわけ、「視線が決まり」、「喜怒哀楽の表情」を描出することができるようになってきた。例えば、旅に出ている兄・三之助を「恋しく思い出す」、後妻おたきの「心変わり」を感じて表情を曇らせる、おたきの「身勝手な振る舞いを睨みつける」等々・・・。「かわいらしさ」「けなげさ」「無邪気さ」といったお里の「人となり」が、わずかとは言え、感じられる。新人・幼紅葉の「一日の成長」は確実、そのことによって、愁嘆場を演じる座長の「技」がより鮮やかさを増したたのである。万五郎一家に連れ去られたお里を追いかけようとする三衛門の「あわれさ」に多く観客が涙し、拍手が鳴り止まなかったのだから。「一日にしてこれほど変わろうとは・・・」、私は驚嘆・落涙する他なかった。今日の舞台は昨日の舞台があったればこそ、文字通り「失敗は成功のもと」「日々精進」を地で行くような結果であった。(幼紅葉の努力、素直さ、彼女を「一日で成長させた」座長はじめ各座員の面々に心底から拍手を送りたい)三衛門臨終の場面、本来なら「一度事切れたように見せかけて」、息を吹き返し、「あっ、忘れていた。もう一つ言い残しておく頃がある」と笑わせる場面だが、座長、深い感動に包まれている観客の雰囲気を察してか(割れるような拍手を聞いて)「今日はこのまま死んじゃおう」と思ったに違いない。「喜劇的な死」の場面は割愛されて終わった。まさに「舞台は水物」、その日の客筋に合わせて芝居をする、その典型を観る思いであった。三日目の舞台、外題は「月とすっぽん」とのこと、可能な限り来場したいと思いつつ、帰路についた次第である〉。それから1年3カ月が経った。「一日にしてこれほどかわろうとは・・・」という私の驚嘆・落涙は、その後もしっかりと「一年にしてこれほどかわろうとは・・・」という思いに置き換えられている。つまり、幼紅葉の「成長」は、今のところ、留まることを知らないのだ。その証し①:先輩・赤銅誠の出世狂言「幻八九三」(平成22年10月・ジョイフル福井)では、兄・伊三郎(三代目鹿島順一)のような強いヤクザに憧れる弟・伊之吉(赤銅誠)に、幼友達として忠告する茶屋の娘の役回りで、両者とも新人同士、その初々しい絡みが何とも魅力的だった。その後、兄・伊三郎と対面、「親父さんは元気かい?」と尋ねられるや、客席の方に向き直って、ニッコリしながら、「お父っつぁん?死んじゃった!」と言い放つ「一発芸」はお見事だった。その証し②:「中乗り新三」(平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭)、当時の感想〈今日の舞台、新三の妹役・幼紅葉の演技が、ことのほか冴えていた。帰ってきた新三と、うれしそうに、なつかしそうに対面する清々しさ、新三を木戸外に締めだし不孝を諭す母の話を傍で聞きながら涙する可憐さ、代貸しの女房に必死で兄(新三)の命乞いをする一途な風情等々、脇役としての「妙技」を垣間見せる、わずか十三歳の役者とは思えぬほどの舞台姿であった〉。その証し③:「長ドス仁義」(平成23年4月公演・座三和スタジオ)、当時の感想〈私がこの演目を見聞するのは3回目、しかし、赤穂の親分、茶店の親爺、二役が甲斐文太から三代目鹿島順一へ、吉良の親分が蛇々丸から甲斐文太へ、三下の朋輩・春大吉が、赤穂親分の妹・幼紅葉へと、配役は大幅に様変わりし、別の芝居を見るようであった。(中略)わずか十三歳の新人・紅葉が新設の登場人物(親分の妹役)に挑戦、春大吉の「穴」を埋めるどころか、それ以上の景色を「いとも自然に」描出していたことに私は驚嘆する〉。その証し④:「明治六年」(前に同じ)では、金に目がくらんだ遊女屋の女将役、亭主はなんと劇団最年長の梅之枝健といった「悪役コンビ」で、その強欲な風情をコミカルに演じ、とりわけ、引っ込みの「斬られ方」が「絵」になっていた、と私は思う。今後の課題は、舞踊ショーでの「当たり芸」を築き上げることだと思われるが、さしあたっては、「大阪すずめ」(永井みゆき)、「木遣り育ち」(由紀さおり)、「娘船頭さん」(美空ひばり)、「浜千鳥情話」(金沢明子)、「島田のブンブン」(小宮恵子)などが「打って付け」ではないかと、とりわけ「木遣り育ち」は、脱けた生田春美の「初演目」であった。その穴埋めのためにも、是非「再現」してもらいたい、などと、私は勝手な希望を抱いているのだが・・・、果たして、叶えられるだろうか。(2011.6.13)



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2018-08-26

役者点描・若手・赤胴誠にやって来た《正念場》

赤胴誠が「鹿島順一劇団」に入団したのは、平成20年2月頃であったか・・・、だとすれば、それ以来3年4カ月が過ぎたことになる。「石の上にも三年」という言葉どおりに、彼はよく辛抱した、と私は思う。赤胴誠の特長はいくらもあるが、その一番は、何と言っても、斯界屈指の実力者・甲斐文太(当時は座長・二代目鹿島順一)を自分の師匠に選んだことである。その元でどんな修業を積んだか私は知らない。どんな苦労があったかも、私は知らない。、彼のデビューは、まず舞踊ショー、裏方の「アナウンス」からであった。当初は、たどたどしく、声量・口調、タイミングも不安定だったが、ほぼ2カ月ほどで、彼の「アナウンス」は、堂に入ってきた。ややもすると、この「アナウンス」は軽視されがち、肝腎の演者名、演目名が、音曲のボリュームにかき消されて、聞き取りづらいきらいがあるのだが、彼の口跡はあくまで明快、明瞭、しかも淡々として出過ぎることなく、舞台模様を引き立てていた。この役割は重く、「風見劇団」「市川千太郎劇団」「一見劇団」などでは太夫元、後見役らが担当するほどだが、彼は「鹿島順一劇団」の「裏方アナウンサー」として、よくその重責を果たしている。その結果、「イチ声、二振り(顔)、サン姿」と言われる役者の条件のうち、まずは「イチ声」をクリアすることができたのだ、と私は思う。役者によっては子役のうちから、斯界独特の「クサイ言い回し」をたたき込まれるケースもある中で、彼の声(口跡)は、あくまで「自然体」、その素人っぽい「初々しさ」が、なんとも魅力的な空気を醸し出していることは間違いない。さて、「雌伏三年」、赤胴誠は平成22年10月公演(ジョイフル福井)の舞台で、「華々しく」といった雰囲気とはおよそ関わりなく、(私にとっては極めて唐突に)「芝居デビュー」を果たした。外題は「幻八九三」。かっこいい兄(三代目鹿島順一)のようになりたいとヤクザに憧れたが、やがてそれが「幻」と消えてしまう未熟な若者という役回りで、彼は精一杯、座員の面々と「五分に渡り合う」演技をしたのであった。当時綴った私の感想は以下の通りである。〈私が驚嘆したのは、弟・伊之助こと赤胴誠の成長(変化)である。俗に、役者の条件は「イチ声、二振り、サン姿」というが、いずれをとっても難が無い。未熟な役者ほど、声(口跡・セリフ)だけで芝居を演じようとするものだが、今日の赤胴誠、「振り」も「姿」も初々しく、その場その場の「心情」がストレートに伝わってくる。例えば、親父に向かって「十両くれ!」とあっけらかんにせがむ「青さ」、十手持ち親分を「なんだ、この女」と見くびる「軽さ」、兄・伊三郎の立ち回りを、へっぴり腰で応援する「熱さ」、一転、捕縛された兄貴の惨めな姿に号泣する「純粋さ」等々、未熟で頼りない若衆の風情を「そのまま」舞台模様に描出できたことは、素晴らしいの一言に尽きる。雌伏三年、師匠・甲斐文太、諸先輩の「声・振り・姿」を見続けてきた研鑽の賜物であることを、私は確信した。甲斐文太は「今日の出来は30点」と評していたが、なによりも、他の役者にはない「誠らしさ」(個性)が芽生えていることはたしかであり、そのことを大切にすれば貴重な戦力になるであろう。客の心の中に入り込み、その心棒を自在に揺さぶることができるのは、役者の「個性」を措いて他にないからである。芝居の格、筋書としては「月並み」な狂言であっても、舞台の随所随所に役者の「個性」が輝き、客の感動を呼び起こす。それが「鹿島劇団」の奥義だが、今や新人・赤胴誠も、それに向かって「たしかな一歩」を踏み出したことを祝いたい〉。
その時から、さらに8カ月が経過した今、彼はどのような舞台姿を見せているだろうか。蛇々丸、春大吉らのベテランが抜け、新人の壬剣天音が加入といった「流れ」の中で、いつまでも「新人」ではいられない。座長・三代目鹿島順一の相手役として「五分に渡り合う」実力、気力が求められるのだ。舞踊ショーで演じる、座長との「殺陣」はその一例であろう。しかし、芝居「紺屋と高雄」の鼻欠けおかつ、「新月桂川」の源次(弟分)、「源太しぐれ」の子連れ素浪人(盲目)、「関取千両幟」のふんどし担ぎ・・・等々への「挑戦」は、自然のなりゆきとは言え、油断は禁物である。おそらく、師匠の甲斐文太は、「今日の出来は30点」、もしくは「それ以下だ」と評するに違いない。先輩が残していった財産(伝統)を確実に受け継ぎ、それをみずからの「個性」によって、さらに発展させること、それが、若手・赤胴誠に課せられた「課題」であり「使命」である、と私は思う。彼の「声」「振り(顔)」「姿」に不足はない。それを、どのように磨き上げ、数ある「名狂言」の中に「結実化」させるか・・・、そのためには「六十一・賀の祝」の弟役から、「人生花舞台」の花形役者、さらには「命の架け橋」の重罪人、「春木の女」の《つっころばし》の役柄に至るまで果敢に挑み続け、やがては「自家薬籠中のもの」(十八番)として仕上げなければなるまい。願わくば「芸道一筋」、まさに、赤胴誠の「正念場」がやって来たのである。(2011.6.14)



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2018-08-23

役者点描・新人女優・春夏悠生に求められる《思い切り》

「鹿島順一劇団」の女優は、筆頭が春日舞子、つづいて弟子の春夏悠生、幼紅葉の三人である。春夏悠生は「シュンカ・ユウキ」と読む。千葉県市原市出身、誕生日は11月26日、血液型B型、初舞台は18歳とのことだが、それ以外の詳細を私は知らない。以前には、香春香、生田春美といった新人女優がいたが、いずれも長続きしなかった。しかし、春夏悠生は少なくとも3年間は、耐えている。文字通り「石の上にも三年」という気配で、ようやく、その舞台姿が「絵」になってきたようだ。当初は、緊張のためか「笑み」にとぼしく、「色香」に欠けていたが、最近では「呼吸」も整い、見応えのある風情を醸しだしつつある。芝居では、「源太時雨」の不貞妻、「アヒルの子」の間借り人妻のように、ふがいない亭主を、けんもほろろに「一喝」する風情は格別、それまで、しおらしく装って いたが、突如として本性を現すといった「変化」(へんげ)の妙を垣間見せている。「芸風」はまだ未完成(未知数)だが、可憐な娘役というよりは、したたかな「悪女」「毒婦」、「三枚目」の方が向いているかも知れない。とはいえ、風貌は上品で美形、「仇討ち絵巻・女装男子」の武家娘、「浜松情話」の茶屋娘、「明治六年」の半玉芸者、「黒髪道中・縁結びの三五郎」の恋女房、「悲恋流れ星」の盲目娘、「新月桂川」一家親分の娘・・・等々、彼女の「はまり役」に事欠くことはない。また、「長ドス仁義」の「ちょい役」、宿屋の女中でも「はーい、ただ今」などと爽やかな声を出しながら、一向に客の求めに応じようとない、そのあっけらかんとして無責任な様子が、いかにも今風で面白かった。いずれにせよ、師は劇団の名女優・春日舞子である。その後を継ぐ(恩を返す)ためには、「春木の女」の漁師娘・おさき、「噂の女」のお千代たん、「悲恋夫婦橋」の芸者といった「大役」に(とりあえずは年相応の「若役」から、(果敢にも)挑戦することが不可欠だと思われる。この1年、とりわけ「舞踊・歌謡ショー」で、彼女の出番は少なかった。「裏方」に回ることが多く、照明、着付け、音響、整理、等々を手際よくこなすことによって、劇団の「名舞台」を、陰から支えていたのであろう。それもまた「実力」のうちであり、そうした「下働き」こそが「芸の肥やし」になることを肝銘しなければならない、と私は思う。舞踊ショー、彼女の演目は、相舞踊が多く、幼紅葉との「気まぐれ道中」「くれむつ小町」「可愛いベービー」「おきゃん」、赤銅誠との「ほの字のほ」が定番である。それらは全体プログラムの「彩り」として貴重であり、たいそう魅力的だが、春夏悠生でなければならない「当たり芸」も観てみたい。彼女の個人舞踊の演目は「明治桜」「男の激情」(立ち役)、「いろは坂」「私が生まれて育ったところ」「桃色ガラス」くらいであろうか。いずれも「達者」にはなってきているが、今一歩の「説得力」が足りない。客に訴える《眼目》が何か、はっきりしないのだ。いうまでもなく、個人舞踊は、自分一人で主役を張れる「三分間のドラマ」であり、出番が少なければ少ないほど、客の「集中度」「期待度」は増すものである。それゆえ、「この一番」に賭ける気迫が欲しい。個人舞踊はもとより、組舞踊、相舞踊でも、「客の視線を独占してやろう」という意気込みがあってこそ、艶やかで、爽やかな舞台模様を描出できるのだから・・・。「かしま会ホームページ・」観劇レポ」を見ていたら、唯一(ただ1回)、相舞踊「吉良の仁吉」(座長・鹿島順一)という記録があった。もしかして、吉良の仁吉が三代目鹿島順一、女房お菊が春夏悠生、音曲は「吉良の仁吉」(作詞・荻原四朗、作曲・山下五郎)、歌は美ち奴(最善)?、それとも三門忠司(次善)? 。いずれでもよい、もしそうだとしたら、その舞台こそ、春夏悠生が「当たり芸」を磨き上げる千載一遇のチャンスに他ならない。吉良の仁吉は二十八、お菊十八歳。「嫁と呼ばれてまだ三月 ほんに儚い夢のあと 行かせともなや荒神山へ 行けば血の雨涙雨」といった愁嘆場を描出できるのは、「自分しかない」と言い聞かせ、三代目鹿島順一と「五分で渡り合う」《思い切り》(捨て身の思い上がり)が、今、春夏悠生に求められているのではないか。「鹿島順一劇団」に居るかぎり、名優への道は、いつでも、どこでも、誰にでも開かれている。そのことを誇りとして、研鑽・精進に励んでいただきたい、と私は思う。(2011.6.11)




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2018-08-22

役者点描・座員・滝裕二の「人生劇場」

滝裕二が「鹿島順一劇団」に加入したのは、いつの頃であっただろうか。たしか、太平洋健康センターいわき蟹洗温泉(福島県)だったような気がする。だとすれば、それは平成21年6月公演の時、すなわち今から2年前のことだ。その間、彼は見事なほど、「端役」「裏方」に徹してきた。「端(はした)役者」の条件は、「目立たない」ことである。「スポットを浴びない」ことである。少しでも、主役が引き立つように、つねに自分の「立ち位置」を定めなければならない。彼の、芝居での役柄は、ほとんどが「その他大勢」の中の「斬られ役」で、セリフがあっても「へえ」「わかりやした」で終わってしまう。(これまで私が見聞した限りでは)唯一、彼が、まともに登場人物を演じたのは、「悲恋流れ星」の冒頭場面、妹(盲目)の眼を治そうと田舎から出てきた旅の途中で、ならず者に襲われ、懐に入れた治療の金ばかりか、命まで盗られてしまう兄、といった気の毒な役回りであった。そのとき、私は初めて彼の「声」(口跡)を、じっくりと聞くことができたのだが、「悪くない」。素朴で、弱々しく、それでいて「妹思い」の温もりを十分に感じとることができたのだった。「かしま会ホームページ」の「劇団紹介」では、〈滝裕二(たきゆうじ)【4月22日生まれ】〉とあるだけで、彼の詳細は何もわからない。出自、年齢、芸歴・・・などなど一切は不明だが、その風貌からして年齢は四十歳台、舞台歴もあり、と見受けられるが、劇団の(芝居の)中では「目立たない」。まずは、それでいいのだ、と私は思う。だがしかし、話はそれで終わらない。場面が変わって「舞踊・歌謡ショー」。責任者・甲斐文太の「芝居では端(閑職)、その分は舞踊で取り戻せ!(主役を張れ)」といった配慮があるかどうかはともかくとして、彼の出番(個人舞踊・歌唱)は確実に保障されている。それかあらぬか、この1年間で彼が演じた「曲目数」は、以下の通り、三十を優に超えている。「かしま会ホームページ」の「観劇レポ」を参照すると【舞踊】1・のろま大将(大江裕)、2・夕焼け大将(大江裕)、3・東京無情(三門忠司)、4・雨の大阪(三門忠司)、5・俺の出番が来たようだ(三門忠司)、6・佐渡の舞扇(鳥羽一郎)、7・俺の人生始発駅(鳥羽一郎)、8・河内一代男(鳥羽一郎)、9・流氷子守唄(山川豊)、10・暴れ獅子(大泉逸郎)11・荒野の果てに(山下雄三)、12・男と男(宮路オサム)、13・男一代(北島三郎)、14・神奈川水滸伝(北島三郎)、15・関東流れ唄(北島三郎、16・東京流転笠(大川栄策)、17・てなもんや三度笠(藤田まこと)、18・木曽恋三度笠(香田晋)、19・時雨の半次郎(五木ひろし)、20・おしどり(五木ひろし)、21・あのままあの娘とあれっきり(氷川きよし)、22・やじろべえ(日高正人)、23・酔歌・ソーラン節入り(吉幾三)、24・赤い椿と三度笠(三波春夫)、25・男朝吉(村田英雄)、26・人生劇場(村田英雄)、27・紬の女(竜鉄也)、28・命の華(テ・ジナ)、29・あばれ太鼓(坂本冬美)、30・股旅(天童よしみ)、31・望郷玄海節(椎名佐千子)、32・大阪純情(キム・ランヒ)、33・一本刀土俵入り(島津亜弥)、34・浮世ばなし(歌手不詳)、35・昭和残侠伝(歌手不詳)、36・萬屋済州お目通り(歌手不詳)【歌唱】1・「高校三年生」、2・「そしてめぐりあい」ということであった。なるほど、その多種多様さ(レパートリーの広さ)は「半端」ではない。本人に尋ねれば「もっとあります」と言うだろう。それもまた、彼の「目立たない」実力に違いない。(加えて【歌唱】力は十分に魅力的である。)だがしかし、である。その多彩な「演目」のわりには、印象に残る作品が少ないのはなぜだろうか。彼の努力が「結実化」しないのはなぜだろうか。不足しているものは、ただ一点、「俺の出番はきっと来る」という固い信念、歌詞の世界を「体(表情・振り、所作)だけで」伝えようとする意欲・工夫の積み重ねだと、私は思う。レパートリーの中の一曲でよい、これだけは誰にも負けない、という演目を「一点集中」して磨き上げる努力が必要ではないか。責任者・甲斐文太の「弥太郎笠」「冬牡丹」、座長・三代目鹿島順一の「忠義ざくら」「蟹工船」「大利根無情」等…、は、いつ観ても、何度観ても、飽きることはない。そのような「至芸」をお手本にして、滝裕二ならではの「演目」を極めてもらいたい。その暁には、おのずから芝居での「端役」にも磨きがかかり「俺の出番が来たようだ」という段取りになることは、間違いないだろう。というわけで、さしあたっての「歌謡・舞踊ショーは」、滝裕二にとっての「人生花舞台」、俗謡を贈って締めくくりたい。「はした役者の俺ではあるが、『かしま』に学んで 波風受けて 行くぞ男のこの花道を 人生劇場いざ序幕」。(2011.6.12)



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2018-08-21

役者点描・脇役の重鎮、梅之枝健は「いぶし銀」の輝き

梅之枝健、「鹿島順一劇団」の責任者・甲斐文太が、「大先輩」と奉る老優である。「演劇グラフ」(2007年2月号)では、〈昭和11(1936)年1月29日生まれ。大分県出身。血液型O型〉〈この世界に入ったきっかけは?:友達がある劇団にいたから。初舞台は?:19歳〉と紹介されている。だとすれば、彼は、今年75歳、舞台生活も56年目に入るということか。梅之枝健が初舞台を踏んだのは昭和30年、まさに、その時、二代目座長・鹿島順一(現・甲斐文太)が生まれているのだから、「大先輩」に違いない。勝手な想像を巡らせば、梅之枝健こそ、初代・鹿島順一の舞台を知り尽くしている「生き証人」、その芸に惚れ込んで座の一員となったか。二代目座長が旗揚げ以来、陰になり日向となって、劇団を支えてきたか。いずれにせよ、五十余年に亘る彼の舞台歴は、今、脇役の重鎮として、いぶし銀のような輝きを放っていることは確かである。私が彼の舞台を初見聞したのは5年前、芝居の演目は「会津の小鉄」、小鉄の兄貴分という役柄であった。小鉄が名張屋新蔵に愚弄されたことを、小鉄の女房に伝えに来る、登場したのは、ただそれだけの場面、荒々しい風情だけが印象に残り、ただの端役者ではないかと思っていたのだが・・・。それは(私の)全くの見誤り、端は端であっても、「筋金入り」の端であったのだ。いうまでもなく主役だけで芝居はできない。「ほんのちょい役」「その他大勢役」こそが舞台の景色を際だたせる。老優・梅之枝健は、ただひたすら「端役」に徹し、今でも立ち回りに(「斬られ役」として)参加する。そればかりではない。数ある名舞台の中で、「彼でなければならない」役柄が確固として存在する。たとえば、芝居「春木の女」の亭主(元網元)役。浜の若者たちの前では、風の読み方(天候の予測)を伝授できるほどの経験者なのに、女房(トラ・甲斐文太)の前では、からきし意気地が無く、「アンタは養子!、黙ってらっしゃい、この甲斐性なしが!」などと一括されて縮み上がる。そのコミカルな風情はなんともいえず魅力的、だが、そのままでは終わらない。娘・おさきが「捨て子」であったことをトラが暴露したときには激高した。「それだけは言わない約束ではなかったか!もういい!こんな家なんて出て行ってやる。おさき、ワシと一緒に出て行こう」と引導を渡す光景は、思い出すだけでも涙が滲んでくる。つづいて、芝居「仇討ち絵巻・女装男子」は芸者置屋の「おとうさん」、「噂の女」で《一芝居打つ》おじさん(弟の嫁の父)、「忠治御用旅」では、忠治子分の女房に横恋慕する敵役、時には「月夜の一文銭」の岡っ引きも達者にこなす。最近の「明治六年」では、新人・幼紅葉(13歳)を相手の夫婦役(コミカルな悪役)まで演じ切るとは・・・。感嘆する他はない。舞踊ショー、個人舞踊では「白塗り」「若作り」の風情で、さりげなく、裾の「浮世絵」(歌麿風)を垣間見せる「立ち役」が、たまらなく「粋」であったが、最近は裏方に回りがち。「女形大会」で魅せたあの艶姿、組舞踊「美幸の阿波おどり」ではウキウキと、一際目立つ舞姿は、今でも私の目にしっかりと焼き付いている。
大衆演劇界での老優といえば、金井保、若葉しげる、高峰調士、大道寺はじめ、中野ひろし、白富士京弥、初代・姫川竜之助・・・等々、枚挙に暇がないとはいえ、彼らはいずれも元座長クラス。名脇役(筋金入りの端役者)の老優で、まず梅之枝健の右に出る者はいないであろう、と私は思うのである。(2011.6.9)
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2018-08-20

役者点描・名優・花道あきらは《一羽の鴉》

鹿島順一劇団」の役者、花道あきらは、昭和40(1965)年6月25日生まれ(宮崎県出身。血液型A型)、まもなく46歳になろうとしている。文字通り(油ののりきった)「男盛り」、今や劇団の中で「なくてはならない」存在となった。かつては、蛇々丸、春大吉と並んで、劇団の「三羽鴉」と見受けられたが、他の二人は新天地に飛び去り、今では、三代目座長・鹿島順一を支えなければならない「一羽の鴉」になってしまったのである。とはいえ、彼の「気性」「人柄」「芸風」には、ただならぬ《誠実さ》が感じられ、一羽で三羽分の「役割」を果たすであろうことは間違いない。5年前(平成19年11月)、私は彼の舞台を初見聞して、以下のように寸評した。〈「力を抜いた」演技に徹することが肝要。「つっこみ」から「ボケ」への瞬時の「変化」、「敵役」「汚れ役」にも期待する。「女形舞踊」は魅力的。「力を抜いた」舞踊をめざせば大成する〉。当時は、「力みすぎ」「一本調子」な口跡、所作が目立ち、観ている方が疲れてしまう雰囲気であったが、昨今の舞台では「力が抜け」、自然体で「飄々」とした演技が、彼独特のユニークな景色を描出している。主役では「三浦屋孫次郎」、「長ドス仁義」の三下奴、「月夜の一文銭」の嵯次郎、「浜松情話」の嫁探し親分、「花の喧嘩場状」の二代目親分・・・等々、を演じ、その「誠実で一途な」風情が、客(私)の心を温める。敵役では、「命の架け橋」の十手持ち、「里恋峠」の川向こう一家親分、「新月桂川」の蝮の権太・権次、「忠治御用旅」の役人、「仇討ち絵巻・女装男子」のスケベ侍、「悲恋夫婦橋」の成金・・・等々、悪は悪でも、どこか憎めない空気が漂う。敵役とは言えないが、「木曽節三度笠」、喜太郎の義兄、「噂の女」の弟のような、身勝手で他人の気持ちなど考えようともしない人物を演じさせたら、彼の右に出る者はいないのではないか。「噂の女」では、それまで他人の噂を信じ、旅役者と駆け落ちしたとばかり思っていた姉が、実は、自分の病気治療代を調達するために身売りしたことを知って号泣、そのあと、黙って姉の草履に着いた泥をぬぐう姿は、いつまでも私の目に焼き付いて離れない。
脇役では、「春木の女」の大店店主・慎太郎、「人生花舞台」の次郎長親分、「あひるの子」の社長、「マリア観音」の岡っ引き、「恋の辻占」の時次郎・・・等々、またまた「人情味」溢れる景色を描出、ほんのちょい役でも「心模様」の巡査、「関取千両幟」序幕の芸者姿で、舞台に色を添えている。まさに、劇団では「なくてはならない」存在になるまで、精進・成長した《証し》であろう。蓋し、「お見事!」と言う他はない。ことの真偽はともかくとして、劇団責任者・甲斐文太が座長時代、敵役に回って曰く、「誰のおかげで、いい役やっていられると思っているんだ、え?宮崎で、スナックのマスターやっていたところ、誰が、今までにしてやったんだ!」そのセリフを聞いて、主役の花道あきら、思わず噴き出して後を向く。また、家来役の花道あきらに向かって曰く、「おい!○○○○!」その時もまた、彼はビックリして噴き出した。後の口上で甲斐文太の話。「お客様にはわからないでしょう。○○○○というのは、彼の本名です。ちょっと気合いを入れてやりました」。いずれにせよ、甲斐文太の言葉の底には、「花道あきら(の成長)が可愛くて(嬉しくて)たまらない」という想いが感じられ、こちらまでその喜びを頂いた気分になるのである。
 前出の寸評で〈女形舞踊は魅力的。「力を抜いた」舞踊をめざせば大成する〉と、私は述べた。女形舞踊では「ある女の詩」(美空ひばり)が秀逸。立ち役舞踊では、「力は抜けた」が、まだ「単調」である。歌詞の内容を吟味して、一つ一つの言葉が「姿」に表れるように・・・。。個人舞踊は、自分が主役の「独り舞台」、相手がいなくても芝居をしているような気持ちで、「三分間のドラマ」を演出してもらいたいと、私は思う。(2011.6.7)



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2018-08-18

役者点描・女優・葉山京香、舞踊の《至芸》

大衆演劇の舞台で演じられる「舞踊」は、俗に「創作舞踊」「新舞踊」などと呼ばれ、本来の「日本舞踊」とは一線を画しているようだが、下世話な私の鑑賞眼からみれば、前者の方が、よほど取っつきやすく親しめる。そこで使われる音曲は、ほとんどが巷に流れている「流行歌」、しかも「愛別離苦」「義理人情」を眼目にした「演歌」「艶歌」「怨歌」の類だからである。聴くだけでは「ナンボのもん?」と思われるような音曲であっても、それに件の「創作舞踊」「新舞踊」なる代物が添えられることによって、たちまち、名曲に変貌してしまうのだから、面白い。たとえば「チャンチキおけさ」(三波春夫)、たとえば「ヤットン節」(久保幸江)、たとえば「島田のブンブン」(小宮恵子)・・・等々、数え上げれば切りがない。まして、その音曲が「聴くだけで価値がある」名曲ともなれば、それに至芸の舞踊が加わることによって、珠玉の名舞台(三分間のドラマ)が展開することになるのである。斯界・女優陣の中で、ひときわ舞踊に長けているのは誰だろうか。(下世話な鑑識眼しか持ち合わせていない)私の「独断と偏見」によれば、その筆頭は喜多川志保(「劇団天華)、続くのが、三河家諒(「三河家劇団」)、葉山京香(「演劇たつみBOX」)、春日舞子(「鹿島順一劇団」)、浪花めだか(「浪花劇団」)である。この五人人に共通しているのは、「音曲に対する思い入れ」であろうか。音曲をバックに踊る(身体表現する)のではなく、音曲そのもの世界を(所作と表情で)「心象表現」しようとする心意気と技である。葉山京香(昭和43年生まれ)は、劇団のホームページ(座員紹介)の「私のココを見て」欄で〈女心の優しさと淋しさの思いを込めた踊り〉と記している。私はこれまでに、彼女の舞台を3回、見聞している。1回目は平成20年11月、森川京香という芸名で、「森川劇団」に居た時であった。以下は、その時の感想である〈【森川劇団】(座長・森川凜太郎)〈平成20年11月公演・浅草木馬館〉(前略)舞踊ショー、若手・森川梅之介の「立ち役」の艶姿、女優・森川京香の「酒場川」(唄・ちあきなおみ)の「素晴らしさ」が強く印象に残った。(後略)〉2回目は、平成21年9月、浅草木馬館の舞台であった。以下はその時の感想である。〈【たつみ演劇BOX】(座長・小泉たつみ)〈平成21年9月公演・浅草木馬館)(前略)ブログ情報によれば、今年三月から嵐山瞳太郎、紫野京香という新メンバーが加わった由、彼らはこれまで森川梅之介、森川京香という芸名で「森川劇団」(座長・森川長二郎)にいたとのこと、なるほど先日、「森川劇団」の舞台を横浜・三吉演芸場で見聞したとき、「どこか物足りない」感じがしていたが、そのような事情があったのか。とまれ、「たつみ演劇BOX」にとっては、メニューに新しいトッピングがプラスされた風情で、いっそうの充実が期待できるだろう。とりわけ「舞踊ショー」での紫野京香は「絶品」、それぞれの音曲にあわせて、どこか「物憂げな」「うら寂しい」景色の描出では、右に出る者はないのだから。加えて、前回(今月公演で)見聞した「愛燦燦」(唄・美空ひばり)のような洋舞曲を、「和風」(表情豊か)に「踊りきってしまう」実力は、半端ではない。(後略)〉。そして3回目は、平成22年2月、大阪・鈴成座の舞台であった。以下はその時の感想である。〈【たつみ演劇BOX】(座長・小泉たつみ)〈平成22年2月公演・大阪鈴成座〉満座劇場の「劇団澤宗」(座長・澤村城栄)も見聞したかったが、どうしても紫野京香の舞台姿を「拝見」したかったので、こちらに来てしまった。(中略)加えて舞踊ショー、辰巳小龍の「湯島の白梅」、紫野京香の「命くれない」は珠玉の名品、それを見聞できただけでも来場した甲斐があったというもの、大いに満足して帰路についた次第である〉。この時、紫野京香という芸名は、なぜか葉山京香に改まっていた。というわけで、要するに、私がこれまでに見聞した葉山京香の舞踊は、「酒場川」(ちあきなおみ)、「愛燦燦」(美空ひばり)、「命くれない」(瀬川瑛子)の3曲に過ぎないのである。にもかかわらず、私はその舞台が忘れられない。たとえば、「酒場川」、歌唱力では右に出るものなし、といわれた、ちあきなおみの「名曲」である。ともすれば、その音曲の素晴らしさに踊りがついていけなくなるのだが、(当時の)森川京香の舞台は違っていた。「あなたの憎さといとしさが からだのなかを流れます 子犬のように捨てられた 女の恋のみじめさを 酒と泣きたい酒場川 男の心も読めないで おぼれるだけの恋でした 死ぬより辛い裏切りを 怨んでみても無駄なのね 涙こぼれる酒場川 私と暮らしたアパートで あなたは誰といるのでしょう グラスの酒に酔いしれて 心の傷を洗いたい ネオン悲しい酒場川」(詞・石本美由紀。曲・船村徹)と唄う、ちあきなおみの「歌声」が、森川京香の「舞」によって、いちだんと鮮やかな景色を映し出す。観客(私)は、真実、彼女の「表情」「所作」をとおして、「からだのなかを流れる憎さ、いとしさ」「捨てられた子犬」「死ぬより辛い裏切り」「私と暮らしたアパート」「グラスの酒」「心の傷」「ネオン悲しい酒場川」を「目の当たり」にすることができるのである。まさに「歌声」と「舞」が渾然一体となって「結晶化」する、珠玉の名品に仕上がっていた。その風情をたとえれば、竹久夢二の「美人画」が動き出した感じとでもいえようか・・・。そのことは「愛燦燦」(詞、曲・小椋桂)でも変わらない。私は、〈「愛燦燦」(唄・美空ひばり)のような洋舞曲を、「和風」(表情豊か)に「踊りきってしまう」実力は、半端ではない〉と前述したが、どちらかといえば、自信たっぷりな「人生謳歌」然とした原曲の風情を、彼女はその「舞」によって一変させてしまう。そこで描出される人生とは、あくまでも旅役者・紫野京香の「人生」であり、どこまでも「控えめ」、つつましく、おくゆかしく、時によっては「たよりなげに儚く」、「水の泡沫」のような人生なのであった。ここでは、明らかに「舞」が「歌声」(美空ひばり)を超えている。(私にとっては)「聴くだけではナンボのもん?」と思われる音曲を、「舞」によって光り輝かせることができた典型的な事例だった。同様に「命くれない」(詞・吉岡治、曲・北原じゅん)も然り。音曲自体は「夫婦の絆」を眼目にした、浪曲風(?)ド演歌、かの有名な梅澤富美男も作品を残しているが、その出来栄えは「原曲」の域を超えてはいない。いわば「音曲」と「舞」が〈持ちつ持たれつ〉の関係で留まっている段階だが、ひとたび葉山京香の「手」にかかると、その「浪曲風ド演歌」が、「夫婦の絆」の「儚さ」「危なさ」までをも描出する「名曲」に変化(へんげ)してしまうことは間違いない。文字通り「女の優しさと淋しさの思いが込められた」、夢二風の艶姿(世界)が浮かびあがり、「聴くだけではナンボのもん?」と思われた「命くれない」もまた、「愛の無常」を眼目にした名曲となったのである。しかも、彼女の舞台は「陽炎」のように、儚く、たよりなげである。(私の独断と偏見によれば)女優・葉山京香の「役者人生」もたよりなげ・・・、ここ3年の間に3回も改名したのはなぜ?、いつも舞台に出るとは限らないのはなぜ?、もしかして病身?、もしかして「引退』間近か?。「謎」は深まるばかりだが、それもまた役者にとっては「魅力」(芸)のうちであろう。いずれにせよ、葉山京香の「至芸」を鑑賞できるのは「至難」のこと、よほどの幸運にめぐまれた時でなければ無理ではないだろうか。願わくば、「たつみ演劇BOX」・舞踊ショーの舞台を、一日も早く、また長期にわたって御照覧あれ。グッド・ラック!(2011.7.10)



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2018-08-17

役者点描・春日舞子・《名女優の極め付きは「ああ いい女」》

私が初めて「鹿島順一劇団」の舞台を見聞したのは、今から5年前(平成19年11月)、みのりの湯柏健康センター(千葉県)であった。客席はまばらで、芝居の流れも単調で、盛り上がりに欠け、その外題すら憶えていないというような有様であったが、ただ一点、「眼を開いたまま」盲目の女房を演じる、たいそう達者な女優がいることだけが、印象に残った。それゆえ、1回の見聞だけでは見限れず、その後も劇場に足を運ぶことになったが、なぜか11月公演の中盤から、舞台の景色は一変、「春木の女」「噂の女」「浜松情話」と、立て続けに「超一級品」の芝居を「見せつけられた」のには、恐れ入った。「この劇団はただものではない。大衆演劇界はもとより、大歌舞伎、新派、新劇、新喜劇、商業演劇・・・等々の大舞台と比べて、《優るとも劣らない》実力がある」ことを思い知ったのであった。これまで、大衆演劇といえば、芝居よりも舞踊の方に私の関心は惹きつけられていたのだが、「鹿島順一劇団」の芝居を見聞後は、私自身も一変した。「なるほど、こんなにいい芝居もあったんだ!」以来、「春陽座」「三河家劇団」「近江飛龍劇団」「樋口次郎一座」「劇団花車」「南條隆とスーパー兄弟」「沢竜二一座」「玄海竜二一座」「新川劇団」「大川竜之助劇団」「藤間智太郎劇団」「橘菊太郎劇団」「劇団朱雀」「劇団翔龍」「劇団颯」「劇団京弥」「橘小竜丸劇団」「都若丸劇団」、「見海堂駿&座笑泰夢」「劇団武る」「剣戟はる駒座」「劇団花吹雪」・・・等々、90余りの舞台(芝居)を見聞、みなそれぞれに「色が違い」、おのがじし「珠玉」の名舞台を展開していることを確認した次第である。なかでも、「鹿島順一劇団」の「芝居」の《出来栄え》は群を抜いていた。なぜなら「眼を開いたまま」盲目の女房を演じる、たいそう達者な女優、すなわち、(責任者・甲斐文太の妻女)春日舞子の存在が大きいからである。(事実、私が初見聞の時、印象に残ったのは、彼女の舞台姿だけであった)後になって分かったことだが、私が初めて見聞したあの芝居の外題は、「会津の小鉄」だったのだ。春日舞子の芸風を一言でいえば「楷書風」、《凜として》という形容は彼女のためにあるようなものである。芸域は広く、「会津の小鉄」の女房、「悲恋夫婦橋」の芸者、「マリア観音」の母親、「仇討ち絵巻・女装男子」の腰元、「春木の女」漁師の娘、「噂の女」の主人公、「命の架け橋」の老母、「忠治御用旅」、子分の女房、「心模様」、医者の嫁、「月とすっぽん」の下女・・・等々の「女役」は言うに及ばず、「黒髪道中・縁結び三五郎」の情夫、「幻八九三」の子分衆など「立ち役」までも器用にこなす。外題は思い出せないが、髭を生やした町医者を演じて「あっは、あっは、あっはー」と高笑いしながら退場していく姿も、私の目に焼き付いている。要するに「何でもござれ」といった懐の深さ、つねに焦点となってキリリと舞台を引き締める「実力」は半端ではないのだ。色香漂う芸者から、武家の腰元、野放図な漁師娘、ヤクザの姐御、神田明神の岡っ引き、弟の犠牲になって苦界に身を沈め淫売女と蔑まれる姉、信仰厚い盲目の老母・・・等々に至るまで、ありとあらゆる「女性像」を心情豊かに描出する。その舞台姿は、若水照代、富士美智子、白富士龍子、辰巳龍子、市川恵子、峰そのえ、北條寿美子・・・等々、斯界の実力者の中に入っても引けを取らず、松竹町子、藤経子、都ゆかり、富士野竜花、秋よう子、小月きよみ、深水つかさ、南條小竜、愛京花、大日向皐扇・・・等々、綺羅星の如く居並ぶ、人気女優陣の中でも、ひときわ光彩を放っている、と私は思う。肩を並べているのは三河家諒、葉山京香。大ベテラン、名人級の喜多川志保には「今一歩」及ばない、というところであろうか。「演劇グラフ」(2007年2月号)の情報によれば、春日舞子の初舞台は19歳、出自は役者の家系とも思われないが、よくぞここまでこられた、と感服する。夫・甲斐文太は同誌のインタビュー記事で以下のように語っている。〈(18歳で劇団を旗揚げして9年後)、劇団を解散されますが、きっかけは何だったんでしょうか?:親父がガンで亡くなって、まもなく僕が急性肝炎で倒れたんです。それから入院することが多くなり、これ以上迷惑はかけられないと考え、福井県の釜風呂温泉での公演を最後に劇団を解散しました。解散後、夫婦二人で北陸にあるホテルに専属で入れていただいて、宴会などの時に二人で踊らせてもらって、昼間は嫁(春日舞子)がホテルにある喫茶店で働かせてもらったりしていました。本当にこの時はお世話になりましたね。「芸は身を助ける」とはこういう事だと初めて思い知らされました〉。劇団再結成は平成3(1991)年だから、それまでの9年間は、そうした下積みの生活が続いたに違いない。なるほど、その時の「苦労」こそが、今の舞台模様に結実化していることを、私は心底から納得する。極め付きは、舞踊ショーの一場面、歌唱は甲斐文太、舞は春日舞子で、曲目は「ああ いい女」(詞・星野哲郎、曲・叶弦大)であろうか。その景色・風情には、北陸のホテル専属時代、「宴会などの時に二人で踊らせて」もらった舞台模様が、いとも鮮やかに浮き彫りされて、お見事!。どん底、地獄を見てきた者だけが契り合える(夫婦の)「絆」が、その歌唱と舞の中に「美しく綾なされ」、観客(私)は往時と現在の景色を二重写しに堪能できるのである。〈汽車は別れを告げたのに 愛はこれから始発駅 このままひとり帰したならば 他の男にだまされそうな うしろ姿で悩ませる 少しみだれた みだれた ああいい女〉という甲斐文太の歌声と、春日舞子の舞姿は、今でも私の脳裏にしっかりと刻み込まれている。感謝。(2011.6.8)



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2018-08-15

役者点描・春大吉・《さらば大吉、グッド・ラック!》

「かしま会」ホームページの「お知らせ」に以下の記事が載った。〈〔甲斐文太〕【告知します】去年は蛇々丸、今年は大吉が辞めました。まあ何が有ろうと、三代目座長襲名して、まだ一年にも満たぬ半年目ですが、残ったみんなで頑張ります。どうぞ応援宜しくお願い申し上げます〉(2011.1.4)。また、春大吉の妻女・おおみ美梨も自身のブログで以下のように述べている。〈私の旦那 春大吉は今日で鹿島劇団を退団いたしました。本人の希望としては6月いっぱいまではと志願したそうですが、結果今日までとなりました。この先、色々あると思いますが、頑張っていきますので、よろしくお願いします。また何かありましたらご報告させていただきます〉(2011.1.4)。劇団にとって役者の離合集散は日常茶飯事だが、それにしても、今さらながら「怨みますまいこの世のことは、仕掛け花火に似た命、燃えて散る間に舞台が変わる、まして女はなおさらに 意地も人情も浮世にゃ勝てぬ みんなはかない水の泡沫 泣いちゃならぬと言いつつ泣いて 月に崩れる影法師」(「明治一代女」・作詞・藤田まさと)という謳い文句が、実感としてしみじみと想起される出来事であった。
「鹿島順一劇団」を見聞以来足かけ4年、当初、私は春大吉について以下のように寸評した。〈・春大吉:「源太時雨」は熱演。「セリフ回し」では、声量を「調節」することが肝要。ワイヤレスマイクを通してスピーカーから出る自分の声を「聞く」余裕が欲しい。「身のこなし」ひとつで「心」は表現できる。立ち位置、姿勢、目線の使い方など、座長の「技」を盗んで欲しい。「ボケ」から「つっこみ」への瞬時の「変化」、「静」と「動」の使い分けに期待する。「女形舞踊」は魅力的、自信を持ってよい〉。今、それらの課題を一つ一つ克服、見事な成長を遂げた「舞台姿」をもう観ることができないのか・・・。「命の架け橋」の主役・重罪人、「源太時雨」の主役・時雨の源太は言うに及ばず、「悲恋夫婦橋」、「浜松情話」「アヒルの子」の女形、「新月桂川」「里恋峠」「木曽節三度笠」の敵役、「心模様」の老け役、「人生花舞台」の花形役等々、数え上げればきりがない。舞踊でも個人では中性的な風情を通し続け、また組舞踊では「忠臣蔵」の浅野内匠頭、杉野十兵次、「人生劇場」の宮川、三代目座長とのコミカルな女形相舞踊等々、私の脳裏にはしっかりと焼き付いている。それもこれも、責任者・甲斐文太並びに名女優・春日舞子の薫陶の賜物であることは間違いあるまい。さて、「この先、色々ある」かどうか、これまでに培った「宝物」を糧にして、大きく羽ばたいてもらいたい。さらば、大吉!、グッド・ラック!!(2011.1.6)



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2018-08-12

役者点描・知る人ぞ知る、名優・蛇々丸の「つっころばし」

斯界(大衆演劇界)の名優・蛇々丸は、今頃どうしているだろうか。私が彼の舞台姿を初めて観たのは、平成19年11月、みのりの湯柏健康センターであった。「鹿島順一劇団」公演で、芝居の演目は、「会津の小鉄」。前景は小鉄の女房が自刃、「私の首を手土産に、男を立てておくんなさい」という切ない愁嘆場の景色で終わった。それとは打って変わって「つなぎ」の明るい場面に登場。京都で一稼ぎしようとやって来た素浪人・宮本ムサクルシという役柄であった。当日は、なぜか客と劇団の呼吸がかみ合わず、全体的に盛り上がりに欠けた出来栄えであったが、春日舞子と蛇々丸の演技は光っていた。舞子は小鉄の女房役、「目を開けたまま」盲目の風情を醸し出す、健気な女性像を見事に描出する。一方の蛇々丸は、腹を空かせた貧乏侍、薄汚れた衣装ながら、色欲だけは人一倍旺盛とみえて、通りかかった年頃の娘(実は、小鉄の仇敵・名張屋新蔵の愛娘・三代目鹿島虎順)に「まとわりつく」といった(損な)役柄であったが、「表情・仕種だけで笑いを誘う」姿が、彼の「実力」を十分に窺わせていた。以来、3年、私が「鹿島順一劇団」の舞台を観続ける羽目になったのは、蛇々丸の「存在感」あふれる、個性的な艶姿に惹かれたことも、その大きな要因の一つだといえる。芝居「忠治御用旅」の十手持ち、「大江戸裏話・三人芝居」の老爺、「あひるの子」の間借り人役では、斯界きっての実力者・二代目鹿島順一(現・甲斐文太)と五分に渡り合い、「一羽の鴉」「心もよう」「新月桂川」では主役・準主役、「源太しぐれ」「月とすっぽん」「人生花舞台」「噂の女」「紺屋高尾」「命の架け橋」では敵役、脇役、汚れ役、ちょい役等々、彼の十八番を数え上げればきりがない。中でも、天下一品、「蛇々丸でなければならない」のは、「春木の女」に登場する、京都大店の若旦那、いわゆる「つっころばし」の舞台姿であった、と私は思う。「つっころばし」とは「歌舞伎の二枚目の役柄の一。年若で突けば転がるような柔弱な男の役」(「スーパー大辞林」)の意。大店の次男坊として嫁取りの段になり、周りから「どうする、どうする!」と責め立てられてノイローゼ気味、気分転換に「釣り」でもと、春木の海にやってきた。息も絶え絶えな風情は、文字通り「つっころばし」で、その色香、滑稽さは「群を抜いて」いた。対照的なのが、漁師(没落した網元)の娘・おさき(春日舞子)、男勝りの気性で「可憐な」風情とは無縁だが、心底には、朴訥とした「親孝行」の温かさが流れている。加えて、その義母(甲斐文太)、義父(梅の枝健)、義妹(三代目鹿島順一)、若旦那の兄(花道あきら)らの、清々しい「人情模様」に彩られて、二人(若旦那とおさき)の愛が成就するという按配であった。それゆえ、蛇々丸の「つっころばし」は、舞子、文太、健、順一、あきら、といった他の役者連の中(チームワーク)でこそ「輝く」代物であったことは言うまでもない。蛇々丸自身、「演劇グラフ」(2007年10月号)のインタビュー記事で以下のように述べている。〈僕は「近江飛龍劇団」の魅せる、インパクトのある芝居、そして、「鹿島順一劇団」のジワジワと心にしみてきて最後に盛り上げる芝居から、両方の劇団のいいところを吸収できたと思いますね。役者をやる上で、本当にいい環境ですよね。いい経験をさせてもらったと思います。(略)僕は職人肌なので、舞台に立っているかぎりは、できるかぎりの事をしたい〉。記事の副題には「舞台では職人でありた」という言葉も添えられていた。多くの役者が名字(屋号)を持っており、本来なら「近江蛇々丸」とでも名乗るところだろうが、芸名は、あくまで(子役もどきの)「蛇々丸」(その由来・彼の干支は巳)でしかない。おそらく彼のモットーは、親分無しの子分なし、「一匹狼」の「職人芸」を極めることなのだろう。それが直截に具現されるのが個人舞踊。定番の「こころ」(唄・五木ひろし)は「立ち役舞踊」の名品、長丁場の「安宅の松風」(唄・三波春夫)は、弁慶・富樫・義経を踊り分ける「至芸の逸品」として、私の胸中・脳裏から離れない。文字通り「職人芸」の極め付きだと、私は確信している。さて、蛇々丸は、平成22年に「鹿島順一劇団」を退き、「浪花劇団」(座長・近江新之介、蛇々丸の実弟)に移ってしまった。はたして、今、どのような舞台姿を見せているだろうか。気がかりなことではある。(2011.1.31)



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2018-08-09

役者点描・女優・三河家諒、「変幻自在」の《三拍子》

 三河家諒は、「三河家劇団」の看板女優(座長・三河家桃太郎の実妹)である。私が「三河家劇団」の舞台を初めて見聞したのは、少なくとも今から3年以上前、場所は「茂原・太陽の里」であったが、詳細は憶えていない。劇団のチラシに桃太郎の扮装をした座長の姿が映っていたこと、座長の口上がユニークで面白かったこと(暮れに栃木県の上延生センターで公演を頼まれている。演目は「忠臣蔵」。その劇場は、見渡す限り田んぼの中にポツンと建っている。何もない田園風景の中に劇団の幟がはためいている光景は異様、どうしてあんなところに劇場があるのでしょうか)、芝居よりも口上の方が面白かった、という第一印象であった。三河家諒も、当然出演していたはずだが、全く思い出すことができない。ところが、である。平成21年8月、「佐倉湯ぱらだいす」での公演を機に、私にとっては、文字通り「忘れられない劇団」となってしまった。芸風は「地味」かもしれないが、その芝居の素晴らしさは「天下一品」、斯界でも屈指の「実力派劇団」であることを思い知った次第である。若手からベテランに至るまで、それぞれの役者が「分をわきまえ」、役者同士、客との「呼吸」を何よりも大切にする、といった誠実・真摯な姿勢が窺われ、たいそう好感が持てた。中でも、女優・三河家諒の芸風は「変幻自在」の魅力とでも言おうか、肥桶を担いだ老婆から、料理屋の女中、武家の奥方、立ち役では、スリの子分、二枚目の侠客まで、達者に演じきる。この劇団の芝居では、誰でも「一人二役以上」が当たり前だが、「女たちの忠臣蔵」では、大石内蔵助の妻・りく、浪士・間十次郎の妻・りえ、浅野内匠頭の妻・瑤泉院の「三役」まで演じ分ける。明治座(商業演劇)の大舞台では、池内淳子、熊谷真美、京マチ子、テレビでは、池内淳子、波野久里子、佐久間良子ら五人で演じた役柄を、なんと、たった一人で演じきってしまうのだから恐れ入る。風貌は「左幸子」然、件の女優連に比べてとりわけ「優る」とも思われないが、その舞台姿、彼女が醸し出す風情・景色は「格別」で、筆舌に尽くしがたい。りく、りえ、瑤泉院の風情は、三者三様、表面は貞淑、華麗、清楚な「景色」を見せながらも、その根底には、男の「面目」に翻弄される、女の切ない「情炎」が燃えている。まさに「女たちの」忠臣蔵(の眼目)が、「一人三役」の「離れ業」によって、いとも鮮やかに描出されるのである。(そうえば、特選狂言「マリア観音」では、兄・三河家桃太郎が、安倍豊後守とその妻・お蔦という「一人二役」で見事に演じていた。さすれば、この「離れ業」、「三河家劇団」の「お家芸」であることに間違いはない)その、「マリア観音」では、スリの半次郎、「月夜の一文銭・上州百両首」ではドジの牙次郎に加えて、料理屋の田舎女中、定番「へちまの花」では三枚目の主役・およね、「浅間の喜太郎」では豪放磊落なおふくろ、「恋の新橋」では鉄火な芸者・・・等々、悲劇、喜劇、人情劇、剣戟、「なんでもござれ」といった按配で、彼女の役柄は「変幻自在」、《変化(へんげ)の妙》を客(私)は堪能できるのだ。その「実力」は芝居だけに留まらない。舞踊では「涙の酒」(立ち役)、「長良川艶歌」、「ホテルみなとや」・・・等々は「個人舞踊」の《お手本》といっても過言ではない。「立ち役」では、南條隆、見海堂駿、甲斐文太、南條光貴、蛇々丸、「女形」では、若葉しげる、東雲長次郎、見城たかし、筑紫桃太郎、片岡梅之助、大川龍昇、大川竜之助、都若丸、小林真・・・といった、(錚錚たる)「男優」陣の中においても引けを取らない。「女優」陣の中では、大先輩・喜多川志保に続く筆頭として、葉山京香と肩を並べる存在であろうか・・・。とりわけ、見逃せないのは、組舞踊「大阪ブギ」で演じる「抱腹絶倒」のコミック・ダンス。ともすれば、形が崩れてデタラメになりそうな所作・振り付けを、ぎりぎりのところでくい止める「瀬戸際」の《芸》もまた「離れ業」、まさに「お見事!」というほかない。さて、とどめは、歌唱。女優では、若水照代、小林真弓、峰そのえ、都ゆかり、大日向きよみ、らの「歌唱」が傑出しているが、三河家諒の歌声や如何に?これまでに私が聴いたのは、ただの1曲にすぎない。曲名は、知る人ぞ知る名曲「東京宵待草」であったが、その出来栄えは、何とも魅力的、文字通り「旅役者でなければ出せない」哀愁に満ちていた。その風情は、「梅澤武生劇団」の名女優・竹澤隆子を彷彿とさせるほどで、私の涙はとまらなかった。
さればこそ、女優・三河家諒は、「芝居」「舞踊」「歌唱」の三拍子がそろった、「変幻自在」の名優だと、私は確信している。(2011.7.13)



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2018-08-06

役者点描・名人・喜多川志保、至芸の真髄は《無我》

女優・喜多川志保は、大衆演劇界の「名人」である。と言っても、彼女を知るファンは多くないだろう。おそらく、彼女は高齢、風貌も「小柄」で、目立たない。芝居で演じる役柄も、大半は「脇役」「端役」、「その他大勢」に混じって、「斬られ役」に回ることもしばしばではなかったか。にもかかわらず、彼女の存在は「蛍火」のように輝いているのだ。私が、彼女の舞台姿を初めて拝謁したのは、今からほぼ3年前(平成20年8月)、「橘小竜丸劇団」(座長・橘小竜丸)の舞台(川崎・大島劇場)であった。当時の様子を私は以下のように素描した。〈日曜日の夜とはいえ、客席はほぼ満席であることに驚嘆した。この劇場には、何回も通っているが、観客数はつねに10人前後、多いときでも30人を超えることはなかった。劇場の風情は、立川大衆劇場に「酷似」、どこか「侘びしげな」佇まいが、風前の灯火のような景色を醸し出していたのだが・・・。ところが、である。今回は一変、まさに劇団自体が「水を得た魚」のような勢いで、劇場全体にに「命の風」が吹き込まれたようであった。なるほど、この劇団の実力(魅力)は半端でない。「客を連れて旅をしている」ようなものではあるまいか。(中略)この劇団の特長は、「超ベテラン」の役者を尊重し、若手・中堅のなかにバランスよく、その「味」を散りばめているとでもいえようか、芝居、舞踊ショーを問わず「超ベテラン」の「一芸」が宝石のように輝いて見えるのである。松原千鳥、志賀加津雄、喜多川志保らの磨き上げられた「舞台姿」は、大衆演劇の「至宝」といっても過言ではない。言い換えれば、(老いも若きもといった)役者層の厚さが、(それぞれの世代のニーズに応えることができるので)客層の厚さも「生み出す」という理想的な結果になっているのではないだろうか。舞踊ショーの舞台で見せた、喜多川志保の「博多恋人形」(人形振り)は、斯界の「極め付き」、私の目の中にしっかりと焼き付き、死ぬまで消えることはないだろう〉。そのほぼ1年後(平成21年6月)、今度は、「小岩湯宴ランド」の舞台を見聞、彼女は芝居「刺青偶奇」の医者役、「浮世人情比べ」の(身勝手な)母親役を見事に演じ、また、「柏健康センターみのりの湯」では、なんと「加藤清正」然とした髭面の猟師役で、鉄砲まで撃ったのであった。打って変わって、舞踊ショーでは「可憐な娘姿」を、いとも鮮やかに描出する。彼女の「芸」の真髄は、文字通り《千変万化》の妙、なのである。言い換えれば、舞台の「喜多川志保」は、あくまでも「無我」、おのれを「空」にして登場人物を際だたせるという「芸風」を、しっかりと確立している。医者なら医者、母親なら母親、猟師なら猟師、娘なら娘に「なり切ること」によって、「喜多川志保」という個性(高齢・小柄)を見事に消し去ってしまうのだ。蓋し、彼女が「名人」であることの《証し》であろう。その後、詳細な経緯は不明だが、彼女は(少なくとも私にとっては)忽然として、「橘小竜丸劇団」から姿を消した。はたして、今はいずこに・・・?などと想いつつ、何の気なしにインターネットで「喜多川志保」と検索してみたところ、ナント!「Youtube・劇団天華・5.4・喜多川志保大いに、踊りました」という画像記事があるではないか。「劇団天華」といえば、座長は澤村千夜、劇団のキャッチフレーズは〈天下に咲き誇る一番美しい華になる。志高く、無限の可能性に挑む。「千代丸劇団」「劇団紀伊国屋」で芸の腕を磨いた男伊達・澤村千夜が独立旗揚げ。澤村千夜座長を筆頭に劇団が一丸となって、繰り広げる情熱舞台を感じてください〉との由、私はその舞台を平成21年5月、「ゆうパークおごせ」(埼玉県)で見聞済み、文字通り「志高く」初々しい精気がみなぎって「前途有望」な趣を呈していたのであった。なるほど、名人・喜多川志保が活躍するには「打って付け」の劇団に違いない。前記、Youtubeの画像は、舞踊「おさん」(歌・島津亜弥)の舞姿。(平成23年5月公演・大阪オーエス劇場)投稿記事とはいえ、彼女の「至芸」(の一端)は十二分に再現されている。おのれを「空」にし、全身全霊で「おさん」の情念を描出する。その気迫は、余人を寄せつけない。間違いなく「喜多川志保」という個性は消失、見えるのは「おさん」の《幻》のみ、といった風情には、鬼気迫る空気さえ漂っていた、と私は思う。とはいえ、「芸風」の好き好きは、個人の自由、ためしに、その画像記事を御照覧あれ、ちなみに、これまでの再生回数は「57」と出ていた。



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2018-08-05

役者点描・名優・甲斐文太の真骨頂は「滅びの美学」

大衆演劇のファンは全国に2万人ほどいると思われるが、その中で「甲斐文太」という役者を知っている人が何人いるだろうか。100人に満たないことは間違いないだろう。2010年5月まで「鹿島順一劇団」の座長として劇団を率いていたが、50歳半ばで座長を長男の「虎順」(現・三代目鹿島順一)に譲り、現在は劇団の責任者を務めている。私が彼の舞台を初めて見聞したのは、今から5年前(2007年11月)、劇場は「みのりの湯柏健康センター」(千葉県)であった。当時の「劇団紹介」(演劇グラフ)には、以下のように記されている。〈お見事!技で魅せます、華麗なステージ。芝居、舞踊、歌と三拍子そろった鹿島順一劇団の舞台。ピリッと筋の通った芸は見応え十分です。プロフィール鹿島順一劇団:演友会所属。昭和48(1973)年創立。劇団名は、父である初代鹿島順一が、武道の守護神である鹿島神社にちなんで命名。一生懸命をモットーに、全員が力を合わせて作り上げる明るい舞台が魅力。座長・鹿島順一 昭和30(1955〉年生まれ。和歌山県出身。血液型AB型。本格的な初舞台は17歳。幅広い役柄を巧みに演じ、演目のレパートリーは100を超える。鹿島虎順は長男。〉舞台の景色・風情は「劇団紹介」の内容と寸分違わぬ有様で、「140余りある劇団の中で、私が最も愛好する劇団」となってしまった。これまでに私は「梅澤武生劇団」の面々(梅澤武生、梅澤富美男、梅沢智也、梅沢修、辻野耕輔、河野栄治、長島雄次、市川吉丸、坂東多喜之助ら)を皮切りに、深水志津夫、金井保・金井保夫、長谷川正二郎、林友廣、見海堂駿、若葉しげる、見城たかし、旗丈司、松川友司郎、桂木日出夫、山口正夫、五月直次郎、高峰調士、龍千明、里見要次郎、大日向満、沢竜二、玄海竜二、葵好太郎、樋口次郎、かつき昇二郎、美里英二、大川龍昇、南條隆、紀伊国屋章太郎、市川千章、都城太郎、浪花三之介、白富士京弥、森川凜太郎、新川博之、松丸家弁太郎、梅田英太郎、大道寺はじめ、三河家扇弥、初代・姫川竜之助、東雲長次郎、杉九州男、寿美英二、澤村新吾、筑紫桃太郎、片岡長次郎、市川市二郎、みやま昇吾、等々「実力者」の舞台を数多く見聞してきたが、「甲斐文太」の「実力」と「魅力」は彼らと比べて「優るとも劣らない」(一と言って二と下らない)代物である、と私は思う。5年前、私は甲斐文太(当時は座長・鹿島順一)について以下のように感想を述べた。「①座長・鹿島順一が登場しただけで、舞台はピリッと引き締まり、牡丹の花が咲いたようになる。瑞々しい男の立ち姿、上品な女の艶姿が、えもいわれぬ澄み切った色香を漂わせる。かつての映画スター・長谷川一夫、高田浩吉を足して二で割ったような風貌・芸風で、芝居・舞踊・歌唱とも斯界の第一人者と思われる。②芝居における「間のとり方」「力の抜き方」、舞踊における「体の動きの線」のあでやかさ、歌唱における「めりはり」のつけ方において、右に出る者はいない。「演劇グラフ」の案内にあるように、「芝居、舞踊、歌と三拍子そろった」名優である。*近江飛龍は「力の抜き方」において及ばない。舞踊では、見城たかし、南條光貴が迫っているが、「男」踊りでは及ばない。歌唱では、見海堂 駿が迫っている。③客の人気に迎合することなく、淡々と、しかも華麗な舞台を創り続けている姿には敬服する。(座員一同は)座長を筆頭に、やや「控えめ」、「力を溜めた」演技が魅力的である。「女形舞踊」を「安売り」することなく、「男」踊りの色香に賭けようとする演出は心憎いばかりである。」以来、5年が経過したが、その想いは全く変わらない。「甲斐文太」の《至芸》を数え上げればきりがない。芝居では「春木の女」のトラ、「噂の女」のまんちゃん、「浜松情話」の老爺、「三人芝居」の老婆、「心模様」の姑、「アヒルの子」の大家、「マリア観音」の安倍豊後守、「命の架け橋」の大岡越前守、「忠治御用旅」の国定忠治、「里恋峠」の更科一家親分、「三浦屋孫次郎」の飯岡一家用心棒、「木曽節三度笠」の鮫一家親分又は喜太郎、「越中山中母恋鴉」の旅鴉、「紺屋高尾」の久造、「人生花舞台」の老優又は清水次郎長、「関取千両幟」の関取稲川、「悲恋夫婦橋」の幇間、「仇討ち絵巻・女装男子」の家老又は敵役、「月とすっぽん」の平太郎、「新月桂川」、千鳥の安太郎・・・等々、舞踊では、「安宅の松風」(三波春夫)、「弥太郎笠」(鶴田浩二)、「ど阿呆浪花華」(金田たつえ)、「浪花しぐれ『桂春団冶』」(京山幸枝若)、「瞼の母」(二葉百合子)、「大利根無情」(三波春夫)、「刃傷松の廊下」(唄・鹿島順一)に始まる「忠臣蔵」の立花左近、俵星玄蕃、「人生劇場」(村田英雄)の吉良常・・・等々、歌唱では「瞼の母」(京山幸枝若版)、「無法松の一生」「男はつらいよ」「よさこい慕情」「恋あざみ」「明日の詩」「カスマプゲ」「釜山港へ帰れ」「東京レイン」「雪国」「ああ いい女」「北の蛍」・・・等々、文字通り「幅広い役柄を巧みにこなす」。しかも、その「巧みさ」は単なる小手先の芸にあらず、「ピリット筋の通った芸」であり、その口跡、表情、姿、歌声の数々は、は観客(私)の心中に、じわじわと染みわたって、消えることがないのである。それかあらぬか、「甲斐文太」は決してその《至芸》を記録に残そうとしないのだ。まさに「お見事!」という他はない。《至芸》は生の舞台が勝負、臨席した観客との「呼吸」で決まることを彼は熟知している。「甲斐文太」の《至芸》は「その場」でしか観ることができない、「滅びの美学」なのである。彼は「世の無常」を知っている。「身の程」も知っている。「みんな儚い水の泡」であることを知っている。《至芸》の源泉は、おそらく彼の「出自」に由来するであろう、また、これまでの(順風でなかった)「生業体験」が彼の芸域の広さを支えているのであろう。さらに言えば、「座長」としての「実力」(貫禄)も半端ではない。おのれは脇役・敵役に徹し、常に座員を引き立てる。「うちの座員はみんな個性的です。好き嫌いはあると思いますが、どうか平等に拍手をおくってやってください」。そんな心遣いに育まれてか、藤千之丞(現「三条すすむ劇団」)、蛇々丸(現「浪花劇団」)、春大吉(現「おおみ劇団」)らの座員が、「名優」の足跡をのこして旅立っていった。蓋し、座員の面々は「甲斐文太」とともにある(同じ舞台を踏んでいる)限り、誰でも「名優」になれるのである。妻女の春日舞子、重鎮の梅之枝健、長男の三代目鹿島順一、今やベテランとなった花道あきらはもとより、若手の赤胴誠、春夏悠生、幼紅葉、新入りの滝裕二,壬剣天音に至るまで、(本人の自覚・精進がありさえすれば)、みな等しくその「可能性」を秘めているのである。また、「甲斐文太」は、座長時代の口上で述べていた。「役者は舞台が命です。どうか舞台の私を観てください。化粧落とせばただの人。スッピンの私に気づくお客様はほとんどいません」。その裏には、「舞台を下りれば五分と五分、客にへつらう(迎合する・媚びる)必要などあるものか」といった心意気が感じられ、私は心底から納得・感動する。斯界の通例は「客の送り出し」サービス、そこで愛想を振りまくことが「人気」のバロメーターになっているようだが、そんなことには全く無頓着、加えて「客の入り」(観客動員数)など歯牙にも掛けずに舞台を務める「気っ風」が、彼の「滅びの美学」を確固と支えているに違いないのである。(2011.5.30)



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2018-08-04

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《プロフィール》

【鹿島順一劇団】(平成19年11月公演・柏健康センターみのりの湯)
 座長・鹿島順一が登場しただけで、舞台はピリッと引き締まり、牡丹の花が咲いたようになる。瑞々しい男の立ち姿、上品な女の艶姿が、えもいわれぬ澄み切った色香を漂わせる。かつての映画スター・長谷川一夫、高田浩吉を足して二で割ったような風貌・芸風で、芝居・舞踊・歌唱とも斯界の第一人者と思われる。座員には妻・春日舞子、長男・虎順、花道あきら、蛇々丸、春大吉、梅乃枝健等、いずれも実力者が揃っている。
 客の人気に迎合することなく、淡々と、しかも華麗な舞台を創り続けている姿には敬服する。座長を筆頭に、やや「控えめ」、「力を溜めた」演技が魅力的である。「女形舞踊」を「安売り」することなく、「男」踊りの色香に賭けようとする演出は心憎いばかりである。
<座員寸評>
・鹿島順一:これまでに身につけた「風格」「技」を、ひとりでも多くの座員に伝授してもらいたい。特に、芝居における「間のとり方」「力の抜き方」、舞踊における「体の動きの線」のあでやかさ、歌唱における「めりはり」のつけ方において、右に出る者はいない。「演劇グラフ」の案内にあるように、「芝居、舞踊、歌と三拍子そろった」名優である。*近江飛龍は「力の抜き方」において及ばない。舞踊では、見城たかし、南條光貴が迫っているが、「男」踊りでは及ばない。歌唱では、見海堂 駿が迫っている。
・春日舞子:目を明いたまま「盲目」の役をこなせる数少ない「演技派女優」である口跡はやや単調だが、心情の「機微」は十分に表現している。「老け役」「悪女」、「コミカルな役」づくりに期待する。*芝居において富士野竜花、都ゆかりの「実力」と拮抗している。
・花道あきら:「力を抜いた」演技に徹することが肝要。「つっこみ」から「ボケ」への瞬時の「変化」、「敵役」「汚れ役」にも期待する。「女形舞踊」は魅力的。「力を抜いた」舞踊をめざせば大成する。
・蛇々丸: 芝居、舞踊の「実力」は太鼓判を押せる。「重いセリフ」同様に「軽いセリフ」も、ゆっくりと、確実に、力を込めて・・・。「身振り」(パントマイム)による表現力は絶品、同様に「表情」による表現も自信を持ってゆっくりと。目線一つで笑わせる「技」に期待する。新人女優の「棒ゼリフ」に棒ゼリフで応えたアドリブはさすが。また、「舞踊」(安宅の松風)における富樫、判官、弁慶の「踊りわけ」は見事であった。
・春大吉:「源太時雨」は熱演。「セリフ回し」では、声量を「調節」することが肝要。ワイヤレスマイクを通してスピーカーから出る自分の声を「聞く」余裕が欲しい。「身のこなし」ひとつで「心」は表現できる。立ち位置、姿勢、目線の使い方など、座長の「技」を盗んで欲しい。「ボケ」から「つっこみ」への瞬時の「変化」、「静」と「動」の使い分けに期待する。「女形舞踊」は魅力的、自信を持ってよい。
・虎順: 舞踊の「基礎・基本」が確実に身についている。楷書的な「芸風」は見事 の一語に尽きる。観客は、誠実、真摯な舞台姿に感動する。今後は、少しずつ「力を抜く」ことが必要、ただし油断すると楷書がデタラメになるおそれがあるので細心の注意をしなければならない。楷書から行書、行書から草書への「道のり」は容易ではないが、その「力」は秘められている。客の歌声にあわせて踊った「人生桜」、障害のある娘役を演じた「演技力」が、そのことを証明している。*ライバルに、南條影虎、恋川純、早乙女太一がいる。
・梅之枝健: いぶし銀のような脇役、「老け役」「汚れ役」「ボケ役」「敵役」どんな役 でも器用にこなせる貴重な存在である。華麗な舞台を引き締める、「影」のような役割にも期待したい。「老け役」のコミカルな「舞踊」を観てみたい。
・金太郎:「阿波踊り」「チャンチキおけさ」などテンポの速い「舞踊」に挑戦してほしい。「舞踊」の「身のこなし」が、芝居の「表現力」に通じるからで       ある。
・香春香(新人女優):春日舞子の「代役」として、臆することなく「堂々」と演じた舞台態度は立派である。セリフは一本調子でよい。「芝居」も「舞踊」も、つまりは「体」で表現するものだから。「表情」「身のこなし」を鏡に映し、自分の姿を確認しよう。今、観客はあなたの「芸」ではなく「懸命な努力」に感動している。

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2018-08-02

花の歌謡絵巻・名曲「ダンディ気質」の《歌い手》模様

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 昭和(戦後)の名曲に、「ダンディ気質」という作物がある。リリースは昭和23年、作詞・清水みのる、作曲・大久保徳二郎、歌手・田端義夫、ということで、歌詞は以下の通りである。〈花のキャバレーで 始めて逢(お)うて 今宵ゆるした 二人のこころ こんな男じゃ なかった俺が 胸も灼きつく この思い ダンディ気質(かたぎ) 粋なもの
唄と踊りの ネオンの蔭で 切った啖呵(たんか)も あの娘のためさ 心一すじ 俺らの胸に 縋(すが)る純情が 離さりょか ダンディ気質 粋なもの 赤いグラスに なみなみついだ 酒に酔うても 心は酔わぬ 渡る世間を 狭(せば)めて拗(す)ねて どこにこの身の 春がある ダンディ気質 粋なもの〉。田端義夫といえば「わかれ船」「かえり船」「玄海ブルース」「大利根月夜」が有名だが、この「ダンディ気質」は、イントロを聞くだけで、心うきうき、鋭気・覇気・元気が湧き上がってくる代物である。「ダンディ&気質」というタイトルを筆頭に、以下の歌詞も、キャバレー、ネオン、グラスといった「洋風」の景色に対して、「始めて逢うて」、「酒に酔うても」といった「和風」(文語調)の心象が入り混じり、昭和20年代の「歓楽街」の風情を彷彿とさせる。戦後日本の活気に溢れた「和洋折衷」歌謡の典型的な作物であろう。今でも、(ユーチューブで)、往時の田端義夫の《粋な》歌声を十分に堪能できるとは何と幸せであろうか。私がこの歌を初めて聞いたのは、松竹映画「東京キッド」(監督・斎藤寅次郎、主演・美空ひばり、共演・川田晴久、堺駿二、花菱アチャコ、榎本健一・1950年)の中であった。文字通り、「花のキャバレー」(唄と踊りのネオン街)を流し歩く演歌師・川田晴久が「ダンディ気質」を歌い出すと、それを聞いた占い師・榎本健一が「憑かれたように」踊り出す場面は抱腹絶倒、まさに、心うきうき、鋭気・覇気・元気を湧き上がらせることの「証し」であった。さらに、もう一人、この名曲を見事に歌い上げた歌手にアイ・ジョージがいる。アイ・ジョージもまた「流し」出身、「硝子のジョニー」「赤いグラス」「道頓堀左岸」などの持ち歌から、「ラ・マラゲーニア」「ベサメ・ムーチョ」「キサス・キサス」などの十八番に加えて、「荒城の月」「城ヶ島の雨」「叱られて」「うぐいすの夢」などの歌曲・童謡、「戦友」「麦と兵隊」「戦友の遺骨を抱いて」などの軍歌、「小諸馬子唄」「佐渡おけさ」などの日本民謡、「ともしび」「カチューシャ」「トロイカ」などのロシア民謡、さらには「スワニー」「聖者の行進」「ムーン・リバー」などなどのスタンダード・ナンバーに至るまで、そのレパートリーは広く、歌唱力も群を抜いている。その彼が、おそらくライブ・コンサートの中で、ほんの余興として歌った「ダンディ気質」の一節は珠玉の逸品。ギターの弾き語りで「花のキャバレーで 始めて逢(お)うて 今宵ゆるした 二人のこころこんな男じゃ なかった俺が 胸も灼きつく この思い ダンディ気質(かたぎ) 粋なもの」と弾むように明るく歌い終えると、ナント、口三味線で「スチャラカチャンチャン・スチャラカチャン・・・」、その声音の「やるせない」「投げやりな」風情こそが、この歌の《真髄》とでも言えようか、彼(および私たち)の人生が一点に凝縮されているようで、私の(感動の)涙は止まらなかった。(2014.3.24)



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2018-07-29

付録・邦画傑作選・《「簪(かんざし)」(監督・清水宏・松竹・1941年)》

 1941年(昭和16年)、山梨の下部温泉で一夏を過ごす人々の物語(原作・井伏鱒二)である。長逗留をしているのは学者・片田江先生(齋藤達雄)、復員兵とおぼしき納村猛(笠智衆)、商家廣安の若旦那夫妻(日守新一、三村秀子)、老人(河原侃二)とその孫・太郎(横山準)に次郎(大塚正義)といった面々である。そこに身延山詣での団体客(蓮華講中)が押し寄せてきた。入館するや1階では按摩の予約で大騒ぎ、18人のうち12人の按摩を確保したなど世話役の話が聞こえる。2階の縁側に居た納村が「なかなか賑やかですな」と言えば、先生「賑やかとはどういうことです。あれはウルサイと言うんです」、老人が「なかなか景気がいいですな」と言えば「ご老人にはあれが景気よく感じられますか。あれはウルサイと言うんです」。すかさず太郎が近づいて「おじいさん、また怒られたの」。騒ぎはいっこうにおさまらない。先生、いらいらして廊下の襖を開ければ、若旦那が「なかなか派手ですね」と言いながら立っていた。「派手とはどういう意味ですか。君にはあれが派手に見えますか。ウルサイ!」。若旦那の奥さんがそれを見て「ホラご覧なさい、また叱られた」。どうやら、皆、顔馴染みの様子、学者先生はことのほか気むずかしい気配が感じられた。先生はたまらず帳場に電話、「実にどうもさっきからウルサイですな。けしからんです。旅には旅の道徳というものがあるんです。注意したまえ。今日はうるさくて勉強できん。按摩にかかって寝るから按摩をよこしたまえ。・・・何!按摩はふさがっておる?一人もおらんのか・・・」。
 蓮華講中の中に、囲い者とおぼしき女・太田恵美(田中絹代)、その朋輩のお菊(川崎弘子)が混じっていた。恵美が按摩されながら「按摩さん、先生ってなあに」と尋ねると「夏の初めから御滞在です。なんでも難しい本を読んでらっしゃる先生ですよ。この間お湯の中で詩吟を唸っていると、先生がそれは君が作った詩かと聞いた訳なんです。いやこれは誰々が作った有名な詩だと答えると、先生は他人が作った詩を得意に詠うなんて、それはむしろ滑稽であると、こういった訳なんです」。恵美笑いながら「おやおや、それでは芸者衆なんかお座敷で何も唄えないわけね。みんな人様の作ったものばかりじゃないの」「それからみんな詩吟は詠わなくなったそうです」「かわいそうなこと」。
 しかし、かわいそうなのは先生の方であった。その夜、按摩は来ずじまい、一睡もできずに朝を迎えることになった。翌日の朝、顔馴染み一同で露天風呂に浸りながら、また先生のぼやきと講釈が始まる。納村は老人の孫たちと風呂の中で遊んでいたが、突然「ア、痛い!」と叫んだ。右足に何かが突き刺さっている。それは女物の簪であった。一同は「大変!」と納村を部屋まで連れて行き、宿の亭主(坂本武)を呼びつける。平謝りの亭主に先生が、何たることかと噛みついたが、納村は冷静に「ほんのかすり傷です。情緒が足の裏に突き刺さったくらいだと思っていますよ」。先生「何?情緒が突き刺さった?君、それは廃退的で卑属的だ!その簪を落とした婦人が美人であることを期待してるんだな」。といったやりとりが何ともおかしく、私の笑いは止まらなかった。期待しているのは、先生の方であったかもしれない。
 やがて、簪の落とし主は恵美であることが判明、恵美は謝罪に訪れるという。一同は「美人であること」を期待して待つうちにいよいよ御対面となった。先生はことのほか満足の様子で、自分の部屋をあけわたし老人や孫と同室する算段、かくて馴染み客の中に恵美も加わることになった次第である。 
 納村の負傷は意外に深く、松葉杖に頼らなければ歩けない。回復までには相当の時間がかかりそうだ。林の中で太郎、次郎に励まされながらリハビリを続けている。そんな様子を見守りながら、恵美も納村に惹かれたか、これまでの愛人生活に終止符を打とうと決意する。
 納村のリハビリは林の中から下部川の一本橋へと移る。滔々と流れる川面に架けられた細い板の上をバランスを欠きながら懸命に渡り始めた。対岸で応援する恵美、太郎、次郎・・・、「おじさん、渡り始めました。10メートル進みました。懸命に歩いております。おじさん頑張れ、頑張れ!」。あと僅かの所で、納村は倒れ込んだが「案外と難航コースでした」などと頬笑んでいる。恵美は「あそこまで私がおぶってあげるわ」。今度は「おばさん。頑張れ、頑張れ!」、二人で川を渡り切ることができたのであった。
 翌日。恵美は川で馴染み客達の洗濯をしながら、迎えに来ていた朋輩のお菊に向かって、今の生活に何の不自由もないが所詮は日陰の花、それよりもお天道様の下で真っ黒になりながら、目的をもってあたりまえの生活をする方が価値があると説いた。「これといってあてがあるわけではないけれど、お天道様が教えてくれるでしょう。あなたもよく考えた方がいいわよ」「お説教しに来たのに、あべこべにお説教されちゃったわ」というお菊の言葉が印象的であった。
 やがて、物語は終局へ・・・、夏の終わりが間もなくやって来る。馴染み客たちは帰京後も再会しようと約束して、学者先生が宿を去った。廣安夫婦もいなくなり、残された納村、太郎、次郎と恵美、川縁に近い寺社の階段にやって来た。この階段を登り切れば、納村も東京へ帰るという。「頑張れ、頑張れ」という子どもたちの声を聞きながら恵美の心は千々に乱れる。「どうか登ってほしい、でも納村と別れたくない・・・」とうとう、納村は登り切った。「バンザイ、バンザイ」と叫ぶ子どもたちの声を背に、恵美は一人涙ぐむ。「おばさん、どうして泣いているの?」「おじさんが登れたので、嬉しくて泣いているのよ」とその場を繕ったが、淋しさ、切なさの涙であることに変わりはなかった。
 夏休みは終わった。一人残された恵美に納村からの手紙が届いた。「東京へ帰ってから、松葉杖を棄ててステッキを用いています。今夜は例の第一回常会です。東京へお帰りになるのをお待ちしています」。恵美は、納村と出会った林の中、一本橋、寺社の階段を巡りながら、淡い思い出を噛みしめるうちに、この映画は閉幕となった。
 日中戦争の最中、太平洋戦争を控えた物資不足の時代にしては長閑で牧歌的な空気が漂う。子どもたちから「おじさん、おばさん」と呼ばれる中年男女の交情が、あっさりと描かれている佳作である。ここまでは触れなかったが、その仲をとりもった学者先生や廣安夫妻の風情もどこかコミカルでユーモアに溢れている。何かにつけて「うちの(家内)が・・・」と口走り、学者先生に叱られる若旦那、「廃退的イリュージョンがですね」などと先生の言葉を納村に受け売りし、「君の言うことはさっぱりわからんよ」とあしらわれる様子が、色を添えていた。また、若さ漲る笠智衆、田中絹代の溌剌とした姿を拝見できたことも望外の幸せであった。感謝。
(2016.9.17)



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2018-07-23

付録・邦画傑作選・「ことぶき座」(監督・原研吉・1945年)

 ユーチューブで映画「ことぶき座」(監督・原研吉・1945年)を観た。この映画が作られたのは、敗戦直前の昭和20年6月、当時の社会状況、日本人の意識を知るには恰好の作品であると思う。登場人物の服装は、男は戦闘帽に軍服、女はモンペ姿、「撃ちてし止まん」「欲しがりません勝つまでは」といった意識が津々浦々にまで行き渡っていたことがよく分かる。私は当初、これは軍隊の映画だと思ったが、主人公は梅中軒鶴丸(高田浩吉)という浪曲師であった。北海道に慰問に訪れる芸人一行のリーダー格が鶴丸で、彼には8年前、釧路で1年半ほど過ごした「青春の(苦い)思い出」があった。道中の列車の中で彼は回想する。
 舞台は釧路の「ことぶき座」、鶴丸の人気は絶頂で連日大入りの盛況ぶりだが、今ひとつ鶴丸の身が入らない。興行主・鈴村(小杉勇)の娘・千代(高峰三枝子)に惚れてしまったか、それを言い出せず、また言い出したところで、有力者の娘と一介の芸人では釣り合う話ではない。鶴丸は休演を重ねて仲間と酒浸り毎日を過ごすようになった。ある祭の晩、人々はひとときの遊興を楽しんでいたが、騒ぎが持ち上がった。男同士のケンカらしい。土地のごろつき連中に絡まれた千代を助けようとして、鶴丸は孤軍奮闘、相手を追い払った。千代は、ありがとうと感謝して鶴丸を自宅に誘う。そこでは鈴村と、お気に入り(千代の見合い相手)の大久保が酒を酌み交わしていた。様子を聞いた鈴村は鶴丸を労い杯を与え、一緒に飲もうと誘う。大久保は千代にギンギツネの襟巻きをプレゼントすると千代は大喜び、鶴丸にも「これは御礼です」と言って祝儀袋を差し出した。「今度、狩猟に行きましょう」と千代を誘う。そうか、千代には決まった人がいたのか、鶴丸は「私はこれで失礼します」と祝儀袋を突き返して立ち去った。「よくまあ、一人で無事だったな」という仲間に「必死だった。命がけだったもの」と答える鶴丸の姿は、失意のどん底といった風情でたまらなく魅力的であった。極め付きは、大久保と千代が狩猟を楽しむ場面、大久保が銃を二、三発放つと、近くの河原でガックリと倒れ込む鶴丸、恋の痛手に立ち直れない傷心の様子が見事に描出されていた、と私は思う。
 やがて鈴村は番頭の常吉(小堀誠?)から、「鶴丸は、お嬢さんが好きなんです」という話を聞く。そうだったのか、鈴村は鶴丸の下宿を訪ね「どこの娘に惚れたかは知らんが、そんなことで一生を台無しにしてはいけない。東京に戻って芸道を極め、男になれ」と資金を提供する。その侠気に鶴丸は打たれ、「わかりました。この御恩は生涯忘れません」と平伏した。
 それから8年、鶴丸は広沢虎造(広沢虎造本人)に弟子入り、修行を重ね、芸道を極めつつある。そして今、各地で慰問を重ね、終盤の釧路に向かっている。まず、真っ先に訪れたのが懐かしい「ことぶき座」、しかしそこは軍需工場に様変わりしていた。鈴村はその工場の事務係長として使われている。常吉の話では、千代と結婚した大久保が事業に失敗、そのために財産を次々に手放したとのこと、千代は(手放した)牧場で働き、大久保は5年前に弘前に出奔、他の女と暮らしているという。変われば変わるもの、しかし、鶴丸は未だに独身であった。彼は鈴村、千代に面会、「せめてもの恩返し、私のもとに来て下さい」と頼んだが、鈴村は「同情しているのか、8年前、芸道に励めと言ったが生意気になれと言った覚えはない、帰れ!」と激昂してしまった。万事休す、やむなく釧路を去る羽目になったのだが・・・。どうしても思い切れない鶴丸は、たまたま慰問の最終地・函館で合流した師匠・広沢虎造に相談、「お前さんの誠意が伝わらなかったら立場がない。男の度胸ではっきりと言ってみるんだ。“お嬢さんを私の嫁にください”と、その方がさっぱりするだろう」と助言された。
 かくて鶴丸、意を決して釧路に引き返す。その知らせを常吉から聞いた千代も、意を決して駅まで出迎えに、その顔に見る見る笑みがこぼれるうちこの映画は「終」となった。 見どころは、何と言っても「戦時下」(それも末期・敗戦間近)の状況、とりわけ人々はどんな娯楽を楽しんでいたか、という一点に尽きる。その主流は浪曲、広沢虎造の「清水次郎長伝」のうち「森の石松」「追分三五郎」「仁吉りえん」、「国定忠治」より「忠治恩返し」等の一節が、場面場面のBGMとしてふんだんに盛り込まれている。さらに「ことぶき座」で演じられる舞踊・会津磐梯山、女義太夫、千代がたしなむ謡曲の舞、さらには慰問団や祭り舞台での舞踊(歌謡曲?端唄?曲名は不詳)などなど、往時の舞台が懐かしい。
 なかでも、鶴丸・高田浩吉の姿に「白鷺三味線」のメロディーを重ねる演出は秀逸、また彼自身が披露する浪曲「追分三五郞」の一節も「掘り出し物」であった。加えて、巨匠・広沢虎造の全盛期の舞台姿を目の当たりに見聞できたことも望外の幸せ、(遊興的な)歌舞音曲が著しく制限された世相の中で、精一杯、映画作りに励んだ関係者一同に大きな拍手を贈りたい。
(2017.4.28)



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2018-07-21

付録・邦画傑作選・《「旅役者」(監督成瀬巳喜男・東宝・1940年》

  戦前の邦画「旅役者」(監督成瀬巳喜男・東宝・1940年)をユーチューブで観た。大変おもしろい。田舎町を旅する中村菊五郎(高勢実乗)一座の物語である。一座の当たり狂言は「塩原太助」。馬の役を務めるのは俵六(藤原鶏太)と仙平(柳谷寛)のコンビである。俵六は、馬の脚を演らせたら自分が日本一だと自負している。町に到着すると一行は、リヤカーや人力車に乗って街道を練り歩くが、俵六と仙平は稽古に余念がない。一段落して、開演までのつかの間を、氷屋で過ごす。その途中、折しも出会った出征兵士と馬を見送りながら、俵六が「何だか他人のような気がしねえなあ・・・」と呟く場面が印象的であった。俵六にとってそれは、ひしひしと迫り来る戦争への予感であり、人馬に対する餞の言葉だったかもしれない。店の娘(山根寿子)にかき氷とラムネを注文、娘いわく「あんたたち、芝居の人だね」「わかるかい」「でも道具の方でしょう?」「これでも立派な役者だよ」「へえ・・・、どんな役をやるの?」「馬だよ、今夜、観にお出でよ」思わず娘が笑い出す・・・といった景色が何とも懐かしく魅力的であった。興行は大盛況、そんな噂を聞きつけ、別の町からもお呼びがかかったか・・・。
 興行師の若狭屋(御橋公)と小屋主の北進館(深見泰三)は、一儲けしようと、床甚(中村是好)に「菊五郎を呼んで、儲けは山分けだ」と誘いかける。床甚「そんな有名人が来るなら」と同意、ポスターまで自作、街のあちこちに貼りまくった。いよいよ、一行が駅に到着、床甚は迎えに出たが、どうも様子がおかしい。肝腎の菊五郎がいないではないか。それもそのはず、菊五郎とは尾上ではなく中村・・・、床甚の気持ちはおさまらない。「みんなでオレを騙しやがって!」、一座を迎える宴で泥酔し、北進館に絡んだが。勧進元・若狭屋の姿が見えない。「野郎!どこへ行きやがった」、その姿を求めて、北進館の(誰もいない)楽屋に紛れ込むうち、フラフラしながら何かを踏んづけた。よく見ると、馬の頭、「何だこんなもの」と言いながら、凹んだ頭を枕に寝込んでしまった。しばらくして、その様子を見つけた中村菊五郎、若狭屋たち、「とんでもないことをしてくれた」と床甚を叩き起こす。酔いが覚めた床甚、「フン、馬のツラが何だ、オレのツラをつぶしやがって!」と若狭屋に食ってかかった。「何だと!」と若狭屋も応じたが、北進館になだめられて冷静になり、床甚に謝る。「すまなかった、本当のことを言わないで・・・」床甚も「そっちがそう出るのなら・・・」と矛を収めた。しかし、菊五郎は収まらない。「この馬がなければ、明日フタを開けることができない。何とかしてウマく直しておかないとね・・・」かくて床甚は、凹んだ馬の頭を持って提灯屋に赴くことになった。「徹夜仕事でもいいから、この頭を繕ってくださいな、御礼は十分にさせてもらいます」。
 そんな事情は夢にも知らない俵六と仙平,料理屋の一郭で女たち(清川虹子、伊勢杉子)に「馬の脚談義」の能書きを垂れている。「オレなんぞは後脚5年、前脚10年、修業を重ねた日本一の馬の脚役者、馬の団十郎といったところだ!」と言って、嘶きまで披露した。面白がって大喜びする女たち、「明日、必ず観に行くからね」ということになった。
 翌日、俵六と仙平は菊五郎に呼び出され、昨夜の事情を知ることになった。「昨日、若い者が粗相して馬のツラをつぶしてしまった。修繕されて来たので見てくれないか」。俵六、その馬を見るなり「こいつはいけねえや、こりゃ化け損なったキツネのツラじゃねえか」「そこを何とか、こらえてくれ。馬が出なければ幕は開けられない」と、菊五郎が懇願するが、俵六は応じずに呟いた。「どこのどいつが繕ったか知らねえが。キツネとウマの見分けがつかねえなんて、情けねえハンチキ野郎だ!」馬の頭を持ってきた床甚がそれを聞いて、黙っていなかった。「オイ、オメエ。馬の脚のようだが、脚のくせにツラをこきおろすのは贅沢じゃねえか。化け損なったキツネとはよう言ったのう。キツネに見られりゃ結構じゃ。そのつもりで貼らせたんじゃい。東京役者や何たらこうたら、どうせへっぽこ芝居に違いなかろうに、キツネ馬でたくさんじゃろかい!」俵六も言い返す。「ナニ!てやんでい!俵六はなあ、キツネ着てウマ務めるほど耄碌はしてねえんだ。オレの馬はなあ、どこにもある、ここにもあるという安い代物じゃあねえんだ、ベラボーメ!」「フン、がまの油でもあるまいし・・・」といった、やりとりは抱腹絶倒の名場面、今はなき藤原鶏太と中村是好の丁々発止の「セリフ回し」が、たいそう際立っていた。
 その日はやむなく休演、しかし翌日には曲馬団の本物の馬で幕を開けることになったという次第、これは大成功したが、俵六と仙平の出番はなし・・・、「フン、本物の馬に芝居ができてたまるけえ」、翌日も無聊を託つ二人が縁台でどぶろくを飲み交わす。そこにやって来たのが料理屋の女たち、「あんたたち、どうしたのさあ、芝居、昨日観に行ったけど出ていなかったじゃないか。馬の腹の中にでも入っていたのかい」と冷やかした。俵六、たまらず「そんなら、今ここでみせてやらあ」。二人は楽屋に駆け込み馬の衣装を整えると、さっそうと野外の舞台に登場してきた。女たち「あら、じょうずねえ・・」と大喜びしたが、俵六たちの演技が止まらない。本物の馬小屋に突進、つながれている馬は驚いて脱走、俵六と仙平が馬の姿で後を追う。「アニキ!もうやめよう」と仙平が止めるのも聞かず、俵六は途中出会った床甚を水路に蹴落として、さらに馬を追いかける。「何だ、何だ!」と、群れ集う街の人々を尻目に、俵六の馬はとうとう本物の馬を町外に追い出しつつ・・・、閉幕となった。
 さすがは「旅役者」、名匠・成瀬巳喜男監督の腕前はお見事!その鮮やかな出来映えに私の笑いと涙が止まらなかった。藤原鶏二(釜足)、柳谷寛、中村是好はもとより、菊五郎を演じた高瀬実乗の(「座長」の)風情は天下一品、あわせて若き日の山根寿子、清川虹子の艶姿も拝見できるという代物で、邦画史上屈指の極め付きであったと私は思う。ぜひユーチューブでの観賞をお勧めしたい。(2016.8.10)



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2018-07-19

付録・邦画傑作選。《「浮草物語」(監督小津安二郎・1934年)》

 戦前の「大衆演劇」を描いた邦画に「浮草物語」(監督小津安二郎・1934年)がある。ユーチューブで観賞できるが、サイレント版であり、全く沈黙の世界である。しかし、場面の随所にはセリフの字幕が挿入されており、不自由はしない。
 登場するのは市川喜八(坂本武)一座、信州(?)の田舎町に九年ぶりにやってきた。この町には喜八の隠し子の信吉(三井秀男)が、居酒屋を営む母・かあやん(飯田蝶子)と共に住んでいる。到着早々、喜八は現在の女房・おたか(八雲理恵子)に「土地の御贔屓筋の挨拶回りだ」と偽って居酒屋へ・・・、久しぶりに再会する喜八とかあやん、ニッコリと微笑み合って、「もうそろそろ来る頃だろうと思っていたよ」「信吉は大きくなったか」「ああ、農学校を卒業して今は専修科に通っているよ」「女手ひとつで随分苦労をしたろうな」「なーに、生きがいだから、ちっとも苦にはならないよ・・・、一本つけようか」・・・。昔、浮き名を流した中年男女の、互いをいたわり合う会話が清々しい。信吉には、親が旅役者ではまずかろうと、「お父さんは役場に勤めていたが、死んでしまった」と告げてある。「そのままにしておこう」と二人が確認し合ううちに、信吉が帰ってきた。かあやんが「信吉おかえり。芝居のおじさんが来てるよ!」。信吉もニッコリ笑って喜八を迎えた。「ずいぶん大きくなったなあ」。かあやんが「来年は検査だよ」というと喜八は信吉の身体をまぶしそうに眺めて「ウン、甲種だな」。「おじさん!、鮎釣りにいかないか」「ヨシ、行こう」、二人は近くの河原に赴いた。釣り糸を流しながら会話する。「おじさん、今度は長く居られるんだろう」「ああ、お客が入れば一年でも居られるさ」「楽屋に遊びに行ってもいいかな」「あんなところは、お前の来る所じゃねえ、人種が違うんだ」。
 その夜の興行は大入り満員、演目は「慶安太平記」であった。喜八の丸橋忠弥がほろ酔い気分で登場、ふらつきながら見栄を切ったが、犬がなかなか出てこない。袖に向かって「オイ、犬、犬はどうした!」と小声で叫んだ、出番の子役・富坊(突貫小僧)、あわててぬいぐるみを被り、客席から登場して忠弥に突進・・・、その様子が何とも可愛らしく、観客の大喝采が聞こえるようであった。しかし、突然降り出した驟雨のため、小屋の雨漏りが甚だしく、楽屋も客席も右往左往して、大騒動となってしまった。
 次の日も、次の日も、次の日も雨は止まない。芝居は休演で、座員は無聊を託っているが、喜八は連日の居酒屋通い、一同は「それにしても親方はのんきだなあ」という言葉に古参の座員・とっつあん(谷麗光)が口を滑らした。「そりゃあ、この土地に来たら仕方ねえよ」。それを聞きとがめたおたかが問い詰める。「お前さん、妙なことをお言いだねえ」。金まで掴まされて、とっつあんは、やむなく真相を白状、おたかの知るところとなった。おたかの気持ちは収まらず、妹分のおとき(坪内美子)を連れて居酒屋に押しかける。「おかみさん、一本つけておくんない」。二階では喜八と信吉がトウモロコシを囓りながら将棋に興じていたが、かあやんが昇ってきた。「お迎えだよ」。驚いた喜八が下に降りると、おたかとおときが酒を酌み交わしている。思わず「何しに来やがった!」とおたかを店からつまみ出し、痴話喧嘩が始まった。雨の中、「てめえなんかが出しゃばる幕か、オレがオレの倅に会いに行くのが何が悪い」「そんな口がきける義理かい。高崎の御難のことを忘れたか。あんまり舐めたマネ、おしでないよ!」」といったやりとりが、何とも真に迫っていて、男女の色模様が千変万化する景色に圧倒された。とどのつまり「おめえとの縁も今日っきりだ、二度とあの家の敷居をまたぐと承知しねえぞ。オレの倅とお前なんぞとは人種が違うんだ」という捨てセリフでその場は終わったが、喜八とおたかの亀裂は決定的となった。おたかは、おときに金を渡して信吉を誘惑させるが、おときは信吉に夢中の有様、若い二人は本気で逢瀬を楽しむ始末に・・・。
 ようやく雨が上がって、座員一同、河原で衣装の洗濯にとりかかったが、一人おときの姿が見えない。喜八はその日の夜、信吉に会おうと居酒屋を訪れたが、「この頃、毎晩出て行くんだよ」というかあやんの話。やむなく小屋に戻ったが、おときを送ってきた信吉の姿を目撃、おときを問い詰めると「お姉さんに頼まれて誘惑した、でも今では私の方が夢中なの」、驚いて「おたかを呼べ!」・・・、おたかは少しも悪びれずに「お前さん、何か私に用かい」「てめえ、オレの倅をどうしようてんだ」「どうもしないさ、息子さんも旅役者を情婦にするなんて、あんたそっくりということさ。これであんたとアタシは五分と五分・・・、せいぜい悔しがるがいい!」」と言い放った。そしておときも行方をくらました。喜八、居酒屋に駆けつけたが、案の定、信吉とおときは駆け落ち状態に・・・。喜八、全身の力が脱けて、「かあやん、こいつはエライことになったぜ」と言うなり座り込む。「学があっても蛙の子は蛙、女には手を出すのも早えや」と嘆息するばかり。すっかり気落ちして一座の解散を決意してしまった、翌日には衣装を売り払い、一同の旅賃を捻出・・・、古着屋が富坊の犬のぬいぐるみを、つまんで棄てる情景はおかしくもあり、侘びしくもあり、印象に残る場面であった。
 独り身になった喜八、風呂敷包み一つで居酒屋にやって来た。「一座は解散したよ、また旅に出るよ」というのを、かあやんが必死で押しとどめ「当分、ここで暮らせばいいじゃないか、信吉だってわかってくれるさ。親子三人で楽しく暮らそうよ」「何から何まですまねえな」と喜八もその気になったのだが・・・、行方不明の信吉が帰ってきた。おときも一緒だ。喜八、「すみません」と謝るおときに近づき、「どこへいっていやがった」と打擲し始めた。信吉「おじさん、謝っているのに撲たなくたっていいじゃないか」と止めに入ったが、「手前も手前だ、おっかさんが心配しているのがわからねえのか」と平手打ち、信吉、激昂して喜八を突き飛ばした。今度は、かあやんが黙っていない。「お前、この人を誰だと思ってるんだ。お前の本当のお父さんなんだよ」。信吉「お父さんは、村役場に勤めていて、とうに死んだはずじゃないか。本当のお父さんなら、20年も僕たちを放っておくわけがない」「お父さんはお前が堅気になってもらいたくて、本当のことを言わなかったんだよ。お前の学資はみんなお父さんが欠かさず送ってくれていたのに・・・」。信吉たまらず二階に駆け上り泣き崩れた。親子名のりが、とんだ修羅場となる名場面の連続で、私の涙は止まらなかった。喜八、すぐに風呂敷包みを手にすると、「かあやん、やっぱりオレは旅に出るよ」、それを聞いたおとき「親方!私も連れてって。お世話になった親方にこのまま不義理ではお別れできません。生まれ変わって親方のために働きます」、喜八、その言葉を聞いて「かあやん、今の言葉を聞いたか、可愛いこというじゃねえか。気立てのやさしいいい娘なんだ。ここで面倒見てやってくんねえか」・・・肯くおかやん。喜八、安堵して「さっきは殴ったりして悪かったな。信吉を立派にしてやってくれ」とおときに謝る。まだ必死に止めるかあやんに「今度は信吉の親父といっても不足の無い大高島(注・喜八の屋号は高島屋)になって戻ってくらあ、その時は引き幕でも一つ贈ってくんな」と言い残し、居酒屋を立ち去った。おときがあわてて信吉を呼びに行く。2階から降りてきた信吉、「おじさんは?}と尋ねるが、かあやんは答えない。再度「おじさんは」問い直すとようやく「おとうさんかい?」と確かめてから、「また旅に出て行ったよ」、後を追おうとする信吉にかあやんが言う。「止めなくたっていいんだよ、お前さえ偉くなってくれればいいんだよ、おとうさんは、いつだって、こうやって出て行くんだから・・・」その場に立ち尽くして嗚咽する信吉。画面は沈黙だが、私には役者ひとりひとりの肉声がはっきりと聞こえるのである。やがて停車場にやってきた喜八、窓口で上諏訪までの切符を求める。ふと見ると、待合室にはおたきが座っていた。見過ごしてタバコを吸おうとしたがマッチが見当たらない。探していると、いつのまにやらおたきが近づきマッチを差し出す。喜八、黙って受け取りながら一服すると、「お前さん、どこまで行くの?」「上諏訪までだ、」お前はどこだ?」「まだどこって、当てもないのさ」「・・・どうだい、もう一旗一緒に揚げて見る気はねえか」それを聞いておたかの心も決まった。キッとして立ち上がると窓口へ行き「上諏訪1枚!」
 車中で、酒を酌み交わし駅弁に舌鼓をうつ、何とも小粋な場面で閉幕となった。

この作品には三組の男女、喜八とかあやん、信吉とおとき、そして喜八とおたき、が登場する。三つ巴の愛と憎しみが綯い交ぜになった人間模様(愛の不条理)を、文字通りサイレントという沈黙の手法で描出する、小津安二郎の手腕はお見事、さすが「オズの魔法使い」である。筋外には、のどかな山村の風景、芝居の舞台風景、富坊と猫の貯金箱、それを狙うとっつあんらの大人たち、雨上がりの河原で座員一同が洗濯する様子など、戦前の貴重な映像が添えられて、見どころ満載の作品に仕上がっていた。「うたかた」にも似た役者の人生が、浮草のように儚くわびしいものであることを、心底から納得した次第である。 
 小津監督は、戦後(1959年)「浮草」というタイトルでリメイクしている。喜八は嵐駒十郞(中村 鴈治郎)、おたかはすみ子(京マチ子)、かあやんはお芳(杉村春子)、信吉は清(川口浩)、おときは加代(若尾文子)と役名・俳優を変え、三井秀男も、三井弘次と改名し、今度は一座の座員役で登場している。もちろんトーキー、カラー映画の豪華版になったが、その出来映えや如何に、やはり戦前は戦前、戦後は戦後、その違いがくっきりと現れて、甲乙はつけがたい。二つの作品に出演している三井弘次ならば何と答えるだろうか・・・。(2016.8.13)



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2018-07-17

《結び》・さらば「大衆演劇」、そしてありがとう!

 遠くは昭和47年、近くは平成19年以来足かけ10年に亘って、大衆演劇の舞台を見聞してきたが、どうやら見納めの時期が来たようである。劇団は全国に150余りあり、日にち毎日、珠玉の舞台を展開していることに変わりはないものの、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」(方丈記)とあるように、劇団の盛衰、様変わりも甚だしく、古稀を過ぎた私にとっては「ついていけない、もういいか・・・」という気持ちを抑えることができなくなった。役者の面々は、昭和生まれから平成生まれへと、世代交代を迎えている。観客層も然り、もはや私の座る場所はないのである。
 これまで120ほどの劇団を見聞しその舞台模様を「素描」した。それらは「見極める劇団」と「見限る劇団」に大別されるが、前者の筆頭は「鹿島順一劇団」であろうか。初見聞は平成19年11月、みのりの湯柏健康センター(千葉県)であった。当時の座員は座長・二代目鹿島順一(現・甲斐文太)、三代目虎順(現・三代目鹿島順一)、春日舞子、梅之枝健、蛇々丸、花道あきら、春大吉、金太郎、香春香といった面々である。しかし、十年後の今、蛇々丸は「浪花劇団」、春大吉は「おおみ劇団」へと去り、甲斐文太、三代目鹿島順一は「劇団松丸家」、花道あきらは「橘小竜丸劇団」で客演中・・・.。いぶし銀のような梅之枝健、春日舞子の艶姿、途中から加わった赤胴誠、生田春美、春夏悠生、幼紅葉らの溌剌とした姿も今はない。まさにこの世は「有為転変」、「淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまるためしなし」といった有様なのである。
 「鹿島順一劇団」の真骨頂は、芝居演出の見事さにある。「春木の女」「噂の女」「浜松情話」をはじめ「心もよう」「悲恋流れ星」「明治六年」「紺屋高尾」「人生塙舞台」「大江戸裏話・三人芝居」「里恋峠」「月とすっぽん」「関取千両幟」「源太しぐれ」「アヒルの子」「大岡政談・命の架け橋」「男の盃・三浦屋孫次郎」「会津の小鉄」「黒髪道中・縁結びの三五郎」「木曽節三度笠」「越中山中母恋鴉」「悲恋夫婦橋」「六十一賀の祝い」「幻八九三」「吉五郎懺悔」「雪の信濃路・忠治御用旅」「武士道くずれ」「浮世人情比べ」「弥作の鎌腹」「月夜の一文銭」「「恋の辻占」「長ドス仁義」「新月桂川」「仇討ち絵巻・女装男子」「月の浜町河岸」「マリア観音」などなどの名場面が、今、走馬灯のように浮かんでくる。歌謡・舞踊ショーも見事であった。甲斐文太の歌声は天下一品、「瞼の母」「よさこい慕情」「北の蛍」「男の詩」「恋あざみ」「無法松の一生」・・・などなどを流行歌手以上に歌いこなす。舞踊では、「安宅の松風」「弥太郎笠」「ど阿呆浪花華」「浪花しぐれ『桂春団冶』」、が珠玉の絶品、「立ち役」の色香をこれほどまでに描出できる役者は少ない、と私は思う。さらにはラストショー、「刃傷松の廊下」(甲斐文太の歌声)に始まる「忠臣蔵」の舞踊絵巻、「人生劇場」の人間模様、「珍島物語」の艶やかさなどは、今も私の脳裏に焼き付いて消えることはない。
 以下、これまでに見聞した劇団の中から、(忘れ得ぬ) 極め付き名狂言、珠玉の名場面、至芸の数々を列挙したい。

◆「都若丸劇団」:芝居「下町人情」「地獄の花嫁」
◆「劇団翔龍」:芝居「瞼の母」「帰ってきた兄弟」「追われる女」、舞踊「哀愁海峡」(見城たかし)
◆「新川劇団」:芝居「裸の大将放浪記」「原爆の子」
◆「藤閒智太郎劇団」:芝居「大人の童話」「長崎物語」「源吉渡し」「天竜筏ながし」
◆「劇団花吹雪」:芝居「一本刀土俵入り」(客演・三河家諒)「道中夢枕」「お祭り提灯」
◆「劇団逢春座」:芝居「血まみれ草子」「浜の兄弟」
◆「劇団春陽座」:芝居「故郷の兄」「人生双六」
◆「劇団竜之助」:芝居「人間」、舞踊「残侠子守唄」「お梶」「リバーサイドホテル」(大川竜之助)、「悲しい酒」「無法松の一生」(大川龍昇)、ラストショー「極道の妻たち」
◆「剣戟はる駒座」;芝居「雪と墨」、舞踊「哀愁列車」「網走番外地」
◆「劇団花車」:舞踊「瞼の母」「おかあさん」(姫勘九郎)
◆「紅劇団」:芝居「伊太郎夫婦笠」「芸者の里」
◆「近江飛龍劇団」:芝居「昭和の男」「紺屋高尾」「新月桂川」
◆「たつみ演劇BOX」:芝居「三島と弁天」、舞踊「お吉花無情」(辰己龍子)、「酒場川」「さんさ恋しぐれ」「命くれない」「最上川恋唄」「ふるさと恋歌」「愛燦々」(葉山京香)
◆「三河家劇団」:芝居「マリア観音」「女たちの忠臣蔵」、舞踊「長良川艶歌」「ホテルみなとや」(三河家諒)、歌謡「東京宵待草」(三河家諒)
◆「風美劇団」:芝居「かんちがい」「風美版・姥捨山」「江戸の世噺し」、歌謡「白雲の城」(風美登志也)、口上(風美翔蔵)
◆「劇団新」:芝居「雪の夜話」「三人出世」、歌謡「ひばりの佐渡情話」(龍児)
◆「劇団朱光」:芝居「お吉物語」「雨の他人舟」「へちまの花」「質屋の娘」「かげろう笠」
◆「長谷川武弥劇団」:芝居「二人忠治」「死んでたまるか」
◆「劇団京弥」:芝居「喧嘩屋五郎兵衛」「五十両の行方」
◆「南條隆とスーパー兄弟」:芝居「花街の母」「河内十人斬り」、ラストショー「平家物語・壇の浦決戦」
◆「劇団荒城」:芝居「富くじ千両旅」「遊侠三代」、ラストショー「白鷺の城」(荒城真吾)
◆「玄海竜二一座」:芝居「男十三夜」、ラストショー「ヤットン節」
◆「南條光貴劇団」:芝居「悪夢」「酒屋」、舞踊「加賀の女」(南條光貴)、ラストショー「龍神の舞」
◆「新演美座」:芝居「十三夜」
◆「劇団颯」:芝居「森の石松の花嫁」「天保水滸伝・笹川の花会」
◆「市川千太郎劇団」:芝居「湯島の白梅」「奥様仁義」
◆「劇団天華」:芝居「源助地蔵」「丸髷芸者」、舞踊「博多恋人形」(喜多川志保)
◆「松丸家劇団」:芝居「女装男子」「関取千両幟」
◆「劇団駒三郎」:芝居「祭りの夜」
◆「若葉劇団」:芝居「お母さんのお弁当箱」「上州わらべ唄」
◆「劇団紫吹」:芝居「大島情話」
◆「劇団光栄座」:ラストショー「三味線太鼓ショー」(初代・姫川竜之助)
◆「劇団春」:芝居「一姫二太郎三カボチャ」
◆「劇団美鳳」:芝居「花かんざし」
◆「劇団章劇」:芝居「御用晴々街道」「新月桂川」
◆「劇団武る」:芝居「おさん徳兵衛」
◆「桑田劇団」:芝居「お春茶屋」、「歌謡ショー」(桂木昇、音羽三美、三門扇太郎、桑田淳、山下久雄)
◆「小林劇団」:芝居「弁天小僧菊之助」「植木屋松五郎」、舞踊「天城越え」(小林真)、「一本刀土俵入り」「人生劇場」(小林隆二郎)、歌謡「無法松の一生」(小林真弓)
◆「花柳劇団」:芝居「忠治旅日記」、楽団ショー「かえり船」(花柳隆)
◆「宝海劇団」:芝居「吉五郎懺悔」、舞踊「雪椿」(宝海大空)
◆「橘小竜丸劇団」:芝居「弁天小僧・温泉の一夜」
◆「劇団夢舞俱羅」:相舞踊「お初」(高峰調士、南條なほみ)
 
ざっと思い出したままを列挙したが、この他にも珠玉の名場面は数々あったと思う。
この10年間、テレビ娯楽に別れを告げ、「大衆演劇」の醍醐味を十二分に味わうことができた。あらためて各劇団、関係者の方々に感謝申し上げ、筆を措く。さらば「大衆演劇」!、そして、ありがとう!。グッド・ラック!!
(2016.6.2)




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2018-07-12

《追悼》 ありがとう、三代目・鹿島順一!

 三代目・鹿島順一の(たぶん?)初月忌にあたる6月25日、私もまた「急性心筋梗塞」の症状に襲われた。夜半から夜明けにかけて胸に違和感を感じていたが、午前6時を過ぎると「疼痛」に変わり、冷や汗、息苦しさも伴ってきた。いつもなら「肋間神経痛?」ぐらいな気持ちでやり過ごしてしまうところだが(痛みも軽減するところだが)、今回は違っていた。このままでは一日もたない、「とにかく診察を仰がなければ」という思いで救急車を要請、緊急の入院・手術によって一命をとりとめた。
 まったく「いい奴ばかりが先に逝く どうでもいいのが残される」という小林旭の歌(「惚れた女が死んだ夜は」詞・みなみ大介、曲・杉本真人)そのままに、三代目・鹿島順一の面影を追うほかはない。
 今から10年前(平成20年)、「鹿島順一劇団」は関東をまわっていた。2月公演は川越三光ホテル、三代目・鹿島順一は当時16歳、まだ三代目・虎順と名乗っていた。昼の部の外題は「紺屋高尾」、虎順はインフルエンザに罹っていたが、懸命に「高尾太夫」を演じ、ラストショーでは「幡随院長兵衛」を「全身全霊」で踊り通した。その時の感想を、私は以下のように綴った。
《ラストショー、「旛随院長兵衛」役の虎順は孤軍奮闘の熱演、それを最後に、夜の部は欠場となった。本人はラーメンを食べ、「夜も出る」と頑張ったが、高熱には勝てず、服薬して静養中とのこと、倒れるまで全力を出し切った「役者魂」に拍手を贈りたい。夜の部の芝居は「仇討ち前夜・小金井堤」、座長を筆頭に、座員一同、「きちんと、いい仕事している」が、いつもとはどこか雰囲気が違う。役者も客も何か物足りない。虎順の抜けた穴がポッカリと空いてしまうのだ。日頃の「全力投球」の姿が見られない「寂しさ」がつきまとう。まだ芸未熟とはいえ、まさに誠心誠意、全力を尽くして舞台を務める彼の存在が、いかに劇団員・観客の覇気(モラール)を高めているか、その舞台を、活気のみなぎった、魅力的なものにしているか、を思い知らされる一幕ではあった。大衆演劇という劇団のチームワークが、役者同士の強い絆によって作られていることを、あらためて思い知らされた次第である。三代目虎順の、一日も早い回復を祈りつつ、帰路についた。》 そして10年後(平成30年)、突然、彼は「何の前触れもなく」この世を去った。いや、前触れはあったに違いない。もし、死因が「急性心筋梗塞」だったとすれば、かなりの痛み・苦しさを感じたはずである。発症から5時間以内に手を打たなければ(入院・手術など)危ないといわれている。私はかろうじて4時間以内に手術を受けることができたが、彼は「全身全霊」で《辛抱》を続けたのかもしれない。誠に惜しい人材を失った。
 でも、三代目・鹿島順一が残した「名場面」の数々が失われたわけではない。「私はテレビには出ません。大衆演劇の役者ですから」「今日は20人ものお客様が来てくださいました。ありがたいことです!」そうした言辞に加えて、芝居「心もよう」「悲恋夫婦橋」「武士道崩れ」「明治六年」「浜松情話」「木曽節三度笠」「女装男子」「月の浜町河岸」、舞踊「忠義ざくら」「蟹工船」「俵星玄蕃」「大利根無情」などなど、彼でなければ描出できない名場面は、今もしっかりと私の脳裏に刻まれ、思い浮かべるだけで涙がわいてくるのだから・・・。
 ありがとう、虎順!いや三代目・鹿島順一。そういえば、いつごろからか、彼は、「パッと咲いて」(詞・麻こよみ、曲・美樹克彦、唄・岸千恵子)を踊るようになった。歌詞にいわく「どうせ人生 一回なんだから・・・」「どうせ死ぬ時 ひとりっきりだから・・・」、《パッと咲いて パッと散って チョイと人生 花ざかり》。その言葉どおり、三代目・鹿島順一の人生は、「花ざかり」のまま《チョイと》永遠に止まったのである。
(2018.7.6)



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2018-07-10

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「新月桂川」・《若手女優・春夏悠生、二年目の「大変化(へんげ)」》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年6月公演・大井川娯楽センター〉
芝居の外題は「新月桂川」。私はこの芝居を、ほぼ2年前(平成21年7月)、ここ大井川娯楽センターの舞台で見聞している。以下はその時の感想である。〈芝居の外題は「新月桂川」。敵役・まむしの権太、権次(二役)を好演している春大吉が、「配偶者の出産」のため、今日は、花道あきらが代演したが、これまた「ひと味違う」キャラクターで、出来映えは「お見事」、例によって「新作」を見聞できたような満足感に浸ることができたのである。前回(11年前)来た時、三代目虎順は6歳(小学校1年生)、まだ舞台には立っていなかったという。したがって、今回は、桂川一家の若い衆・銀次役で「初お目見え」(初登場)となったが、「全身全霊で臨む」のが彼の信条、その舞台姿は、親分(蛇々丸)のお嬢さん(春夏悠生)を思う直向きさ、どこまでも兄貴分・千鳥の安太郎(鹿島順一)を慕う純粋さにおいて、座長(父・鹿島順一)と十二分に「肩を並べ」、時には「追い超す」ほどの迫力があった、と私は思う。願わくば、安太郎が「惚れて惚れて惚れぬいた」お嬢さんの風情が、「今一歩」、「振った女」より「振られた男」の色香が優るようでは、「絵」にならないではないか。次善とはいえ、鳥追い女(春日舞子)との「旅立ち」が、殊の外「決まっていた」ことがせめてもの「救い」だったと言えようか。春夏悠生、今後の奮起・精進に期待したい〉。当時は、主役・千鳥の安太郎に二代目鹿島順一(現・甲斐文太)、その弟分・銀次に三代目虎順(現・三代目鹿島順一)、桂川一家親分に蛇々丸という配役であったが、今回は千鳥の安太郎が座長・三代目鹿島順一、銀次が赤胴誠、桂川の親分が甲斐文太と「様変わり」し、敵役の蝮の権太、権次は花道あきら、親分の娘・おみよは春夏悠生、安太郎を慕う鳥追い女・お里は春日舞子という配役は「当時のまま」であった。なるほど、話の筋からいえば、安太郎と銀次の「(義)兄弟コンビ」は今回の方が真っ当である。親分の娘に焦がれる「青春」の息吹きが双方に感じられて、一段と清々しい景色であった。義理と人情の板ばさみで、複雑に揺れ動く安太郎の心情を、三代目鹿島順一は「所作」と「表情」だけできめ細かに、また初々しく演じ切ることができた。お嬢さんと銀次が「できていた」ことを知らされてから、ふっと力が抜けていく(「振られた男」の)無力感」の風情が鮮やかに描出されていた、と私は思う。。加えて、春夏悠生の「変化(へんげ)振り」も見事であった。2年前に私が期待した「奮起・精進」はしっかりと実行され、安太郎が「惚れて惚れて惚れぬいた」お嬢さんの風情、文字通り通り「鬼も十八番茶も出花」といった景色が、その表情、所作の中に表われる。2年前の舞台とは「似ても似つかない」「見違えるほどの」成長振りで、私の涙が止まらなかった。また、安太郎と銀次が帰ってきたことを知らせに来るだけの「ほんのちょい役」、百姓に扮した滝裕二も立派、その懸命な姿に、客から(引っ込みで)大きな拍手がわきあがるほどで、大筋には無縁な役柄こそが、舞台の模様を引き締めるという、何よりのの証であった。親分役・甲斐文太と鳥追い女役・春日舞子は、いうまでもなく劇団の「二本柱」、その気合、姿に申し分はないのだが、それに応える若手陣との「差」は大きく、芝居全体の出来栄えとしては、まだ2年前の舞台に及ばない。やはり安太郎は甲斐文太、追いかけるのは春日舞子でなければならない。親分の娘から「げじげじ虫より」嫌われるのは、甲斐文太の安太郎でなければならない。なぜか。(甲斐文太の)安太郎には人を殺めても「平然」としていられる、アウトロー的な(崩れた)空気が、おのずと漂う。その風情こそが、(まだ「小便くさい」)娘・おみよから嫌われる所以であり、また「酸いも甘いもかみわけた」「すれっからし」の鳥追い女からは「惚れられる源になっているのだから・・・。それ(アウトロー的な崩れた空気)を三代目鹿島順一が今後どのように描出するか、そこらあたりが、これからの課題といえようか。さて、今日の舞踊ショー、これまで以上に「気合」が乗っていた。特に目についたのは、「殿方よお戯れはなし」の春夏悠生、幼紅葉、「御意見無用の人生だ」の滝裕二、その表情、所作、振り・・・等など、無駄がなく流れ、歌の想いが凝縮された見事な作品に仕上がっていた、と私は思う。加えて、いつもながらのことだが、甲斐文太の「河内おとこ節」(歌・中村美律子)、春日舞子の「芸道一代」(歌・美空ひばり)は、斯界・個人舞踊の「お手本」といえよう。、歌を聴くだけなら「なんぼのもん?」と思われる歌謡曲を、「踊り」を添えることによって珠玉の「名品」に豹変させてしまう。まさに「踊り」が「歌」を超えているのである。その景色・風情は「筆舌に尽くしがたく」、(ましてDVN、VHSなどその記録物が皆無とあれば)現地に赴いて、じっくりと鑑賞する他はないのだが、今日もまたその「至芸」を堪能できたことは、望外の幸せであった。感謝。
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2018-07-09

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「浮世人情比べ」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年6月公演・大井川娯楽センター〉
芝居の外題は「浮世人情比べ」。この演目は、近年、まったく上演することがなかったので、いわば「初演」と変わらない由、座員一同はすこぶる緊張気味とのことであったが、その出来栄えは、まさに「極上品」、また一つ「鹿島順一劇団」の「十八番」が増えた感がある。筋書きは、大衆演劇の「定番」で、他の劇団も数多く舞台に乗せているが、その出来栄えにおいては、他の追随を許さない、見事な舞台模様であった、と私は思う。京都・大原の山中で炭焼きを営んでいる兄・末松(座長・三代目鹿島順一)とその妹・お花(幼紅葉)の物語である。お花が自宅の玄関先で縫い物をしていると、京都で指折りの大店・エリショウの若旦那・庄太郎(甲斐文太)と手代・菊次郎(赤胴誠)がやってくる。山中で道に迷い、疲れ果てた若旦那が「水が飲みたい、あの家で調達するように」と、菊次郎に言いつけた。この若旦那、見るからに「バカ旦那」然とした風情で、わがままで世間知らず、手代を「道具」のように酷使する。手代も手代で、こき使われながらちゃっかりと「先に水をのんでしまう」したたかな風情が可愛らしく、なんとも魅力的な舞台姿であった。まさに、師匠と愛弟子が「五分に渡り合う」、その「絡み具合」が絶妙で、入門当時の赤胴誠を知っている私は、涙が止まらなかった。彼にとって今は「正念場」、かつては蛇々丸?、春大吉?、藤千之丞?(誰でもよい)、大先輩が演じていたであろう「大役」に果敢に挑戦する、その意欲、気概が、観る人(私)を感動させるのである。菊次郎は、玄関先のお花を見て「一目ぼれ」、だがそのことはおくびにも出さず、遅ればせながらもお花を見初めた庄太郎のために、「仲人役」を甘受する。その初々しく健気な景色は、「赤胴ならでは」(キョトンとした純情らしさ)の空気を醸し出す。また、この場の冒頭では、炭屋の使用人に扮した名脇役・梅之枝健が(チョイ役のお手本を見せるかのように)滝裕二を(仕入れに)引き連れて登場、ここが「京都・大原三千院界隈」であるという空気を漂わせる。また、滝裕二が「ことの他」(鄙にも稀な)お花(の様子)に関心を寄せている風情も鮮やかで、そのことでお花の可憐な姿がより際立つという趣向が心憎い。さらには、兄・末松の「実直な」男ぶりもお見事、通常なら「老け役」で対応するところだが、三代目鹿島順一、その初々しさに「渋さ」も加わって、文字通り「惚れ惚れするような」舞台姿であった。大詰めは、大店エリショーの大広間であろうか、冒頭で、番頭(?)役・花道あきらが、丁稚・見習い(?)の新人・壬剣天音に、座布団の敷き方を伝授しながら、若旦那の行状に呆れ果てている様子が面白かった。一見「なげやり」のような場面だが、実は、その「絡み」を通して、先輩の花道あきらが、新人の壬剣天音に、それとなく舞台での立ち位置、歩き方、姿勢、科白回し・・・等などを指導しているのだろう。少しでも「場数を踏ませようとする」楽屋うちの温かい配慮が感じられて頼もしかった。続いて庄太郎の母親・おきん(春日舞子)登場、女中(春夏悠生)の尻を追い回しながら出てくる「バカ息子」に困惑しながらも、目を細めて眺めている「親バカ」振りが堂に入っていた。庄太郎は公家のマネをして白塗りの化粧、袴は足を通さずに穿く、といった「ていたらく」であったが、おきんは、かいがいしく介助する。「よくできた、おまえはホントにお利口さんだね」という言い種が、今様のモンスターペアレント張りで、たいそうおもしろかった。待つほどに、炭焼きの末松登場、ひととおりの挨拶の後、いよいよ、花嫁役のお花、登場。大店の母子、固唾を呑んで待ち受けたが、その大きくバランスを欠いた「歩様」に、びっくり仰天、とたんに「縁談は破談」となった。「それでは話が違う」と激高する末松、あわてて菊次郎が飛び出し、「お待ち下さい、若旦さん、どうかお花はんをお嫁に・・・」と懇願するが、おきんいわく「何をいってるのや、庄太郎は世間知らず、手代のお前が、よく調べもせずに話を進めるから、こんなに話がややこしくなるんや。お前は、いわば「仲人」、石橋を叩いて渡らなければならん時に・・・」。菊次郎、庄太郎に向かっていわく「若旦さん、あの時、『ぜひ話をつけろ』と仰ったやおまへんか」と迫るが、庄太郎、文字通り「バカ旦那」然としていわく、「何をいうのや、お前はナマコ・・・」おきん「違う違う、ナコウドや」「え?なんやて」「ナ!、コ!、ウ!、ド!」と口移しする。その様子に、菊次郎、いや赤銅誠、顔が上げられない。体裁は「泣いて」いるのだが、心は「笑いを懸命に堪えている)。かまわず庄太郎、「そうやナ・コ・ウ・ドや、いいか、お前はワリバシを叩いて渡らなあかん・・・」おきん制して「違う、違う、イシバシや!」「そうや、イシバシの穴に落っこちるんや・・・」といった、母・子(実は夫婦の舞子・文太)の「絡み」は抱腹絶倒の連続で、客席は大笑い、菊次郎は最後まで顔を上げられなかった。大店の切り盛りを一手に引き受け、息子に対しては「溺愛の極地」、他人に対しては「胴欲極まりない」といった(金持ちならではの)風情の描出は、まさに春日舞子の独壇場であった。かくて、菊次郎はその場で即刻クビ、うつむいたまま、静かに前掛けをはずして、丁寧にたたむ姿が、ことのほか「絵」になっていた。一方、その様子を観ている末松とお花、全くの無表情で「冷たい視線」を送るだけ、その見事なコントラストに、私は身震いするほどの感動を覚えた。片方では、大爆笑の喜劇が演じられ、片方では「コケにされた」兄妹の「悲劇が展開する。妹のお花、庄太郎に向かっていわく「若旦那様、私のような者を(一時でも)気に入ってくださってうれしゅうございました。お花は淋しく大原に帰ります。秋になり、奥山で鹿の鳴く声が聞こえましたら、私の泣き声だと思ってくださいねえ・・・」と泣き伏す。客席からは、割れるような拍手。庄太郎、瞬時、その心に打たれたかの気配もあったが、「否、否!」と頭を振って応じない。「さあ、こんなところに何時までもいられない、大原に帰ろう」とする末松に向かって、菊次郎、渾身の一声、「待って下さい、お兄さん!」「何だって?あんたにお兄さんと呼ばれる筋合いはない」と突っぱねたが、「お兄さんにお願いがあります、どうかお花はんを私のお嫁にしてください!」と言い放った。菊次郎は(今度は本当に)泣いている。その眼、涙を見て末松は、心底から納得、お花も承知とあって、この(貧乏人同士の)「縁談」は成立した。庄太郎とおきん、その様子を見て「嘲笑」する。「菊次郎もバカなやつだ。あんな娘を嫁にするなんて」「ホントにそうだ、そうだ」。末松、「では三人で大原に(走って)帰ろう。お祝いだ。菊次郎さん、お花の手をとってください。ここら当たりをぐるっと回って帰りましょう」。お花立ちあがって、菊次郎が手をとる。おそるおそる歩き出した二人、だが、その様子を見て、庄太郎とおきん「・・・・?、・・・・?」、今度は言葉を失った。お花の歩き方に何の異状もなかったのである。あわてて、「待ってください、お花さんはどこも悪くないようだが・・・」と呼びとめるおきんに向かって、末松いわく「あたりめえだ、お花の仕事は、都で花を売り歩く『大原女』さ。人を見た目で判断するようなおまえさんたちに、大事な妹をやれるもんか!どうやら金持ちと貧乏人の『人情比べ』は、あっしたちに分があったようですね」。その「決めぜりふ」を残して颯爽と花道に消える三代目・鹿島順一の姿は「天下一品」であった。大店の若旦那、その母親は、あっけにとられたまま、あえない閉幕となったが、観客の多くが「涙していた」ことを、私は見逃さない。芝居の景色は「時代人情喜劇」と銘打ってはいるが、眼目はあくまでも「弱者への共感」、炭焼きの兄妹、手代・菊次郎の「舞台姿」が、一際「絵になっていた」からであろう。閉幕後の喫煙室、白髪の常連いわく「やあ、座長は素晴らしい。あの若さでこんな芝居ができるなんて・・・。歌舞伎役者だって及ばない。これから年数を重ねれば、親父以上の役者になることは間違いネエズラヨ」。おっしゃるとおり、座長はもちろん素晴らしかった。加えて、赤胴誠も素晴らしかった。幼紅葉も素晴らしかった。滝裕二も素晴らしかった。春夏悠生も素晴らしかった。壬生天音も素晴らしかった。それを支えているのが、甲斐文太、春日舞子、梅之枝健、花道あきらの「実力」に他ならないことをあらためて確認、今日もまた大きな元気をいただいて帰路に就いた次第である。
【追記】舞踊ショーで、新人・壬剣天音(15歳)の初舞台を観た。演目は「雨の田原坂」(作詞・野村俊夫、作曲・古賀政男)、この名曲をデビュー作に選んだことは申し分ない。歌手は市丸(気高く)?、それとも神楽坂はん子(情感豊かに)?、いずれでもよい。敗色の濃い戦場で、必死に闘う「散るも覚悟の美少年」の姿が彷彿とする。天候は「雨」、場所は「坂」「城山」、登場するのは「傷ついた友」そして「馬」、右手に血刀を持ち、髪は乱れているが、口を一文字に結んだ美少年の姿を、どのように描出するか・・・。演奏時間は3分余り、その中に渾身の血を込めて、「西南の役」という歴史ドラマ(の一コマ)を創り出せるかどうか。御贔屓筋の話では「回を増す毎に上達して、涙が止まらない」とのこと、立派だと思う。
今日の舞台、視線がしっかりと定まっているところがよかった。基本通りの「振り付け」を忠実に守り、稽古・精進を重ねれば、おのずと「姿」「形」が「絵になってくる」(腰が決まってくる)ことは間違いないだろう。折り紙にたとえれば、まだ「奴さん」レベルだが、その「折り目」がキチッとしていることに好感がもてた。師・三代目鹿島順一の舞踊「忠義ざくら」は「国宝」レベル、その舞姿を目指して、この作物を極めていただきたい。
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2018-06-24

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《蛇々丸はいずこへ・・・》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年3月公演・川崎大島劇場〉                                  第一部ミニショーの幕が開いたが、皮切りは花道あきら、春大吉、三代目虎順の組舞踊、次は座長、次は梅之枝健・・・、いつまで待っても蛇々丸が登場しない。私は「いやな予感」がした。蛇々丸が脱けた?いや、いや、そんなはずはない。彼は、座長の右腕、若手のリーダー、虎順の後見として「なくてはならない存在」であるはずだ。だが、待てよ。そういえば、ここは川崎。昨年、金太郎が脱けたのも当地ではなかったか?そんなことに気をとられて、心底から舞台を楽しめない。役者の姿・表情に「異変」はない。いつも以上の出来映えなのに、一抹の「寂しさ」「不安」を感じてしまうのは私ばかりであろうか。
 芝居の外題は「花の喧嘩状」、なるほど蛇々丸がいなくても足りる演目であり、座長の敵役、虎順の直向きな風情がいっそう冴え渡るのに、「蛇々丸が脱けた。・・・なぜ?」という思いが間断なくわき起こり、「とてもじゃないけど」舞台に集中できなかった、というのが偽らざる感想である。今日はよい、今はよい。でも「アヒルの子は?」「三人芝居は?」「春木の女は?」「会津の小鉄は?」蛇々丸「抜き」の舞台など考えられないではないか。
 第三部歌謡舞踊ショー、座長を筆頭に「全身全霊」を込めた舞台に不足はない。とりわけ、座長の舞踊「花と竜」、歌唱「蟹工船」「恋あざみ」を見聞できたことは望外の幸せであった。でも、でも・・・なのである。蛇々丸が登場しなければ、他の座員が輝かない。蛇々丸の存在が、他の役者の「芸」を引き立てている、蛇々丸の「穴」は蛇々丸しか埋めることはできない、ということを思い知らされた。そのことは他の誰に対してもいえることであり、要するに、この劇団の座員一人一人は「全員が、お互いを必要としている」「お互いがお互いの芸を響き合わせてている」、まさに「交響劇」の担い手に他ならないのである。
 蛇々丸はいずこへ・・・?、絶望的な(泣き出したい)気分で帰宅。だがしかし、である。彼のホームページを閲覧して狂喜・安堵した。なんと今日から兄弟(近江新之助)の劇団の応援に「松山劇場」に「車で」出張だったとか・・・。よかった、よかった。大衆演劇界の至宝「鹿島順一劇団」は、(当分?)健在であることは確かなようである。

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2018-06-23

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「木曽節三度笠」「心模様」・三代目虎順の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年3月公演・川崎大島劇場〉                                       JR川崎駅から大師行きバスに乗り、追分停留所で下車、徒歩3分程度で「大島劇場」に着く。午後1時から大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。座長の話では3月で「関東公演」は終わり、ということだったので、4月からは地元(関西)に帰るのかと思いきや、「演劇グラフ」の公演予定を見ると「えびす座」(福島県)となっている。なるほど「関東公演」は終わりだが、またもや「東北公演」が始まるということではないか、ならいっそうのこと、青森、新潟を回って再び「東京」(浅草または十条)を目指せばよい。先月の水戸ラドン温泉と違って、大島劇場は小さな、小さな芝居小屋、50人も入れば桟敷が一杯になるような「狭さ」、これまで見聞した劇団の中では「橘小竜丸劇団」だけが「大入満員」であった。今日は、初日の日曜日、開場1時間前に到着したが、先客はまだ1人、どうなることやらと案じられたが、「産むが易し」、開幕前の客数は30人を超えていた。芝居の外題は「木曽節三度笠」。筋書は大衆演劇の定番、ある大店の兄(花道あきら)と弟(三代目虎順)が、使用人(?)の娘(生田春美)を争奪しあうというお話。実はこの弟、兄とは腹違いで、今は亡き大店の主人(兄の父)の後妻になった母(春日舞子)の連れ子であった。行き倒れ寸前の所を母子共、大店の主人に助けられ、今は兄弟で大店を継いでいる様子・・・。弟は娘と「相思相愛」だったが、兄が横恋慕、弟は母の進言に従って娘をあきらめる覚悟、でも娘は応じない。兄は強引にも娘と「逢瀬」を楽しもうとして、土地のヤクザ(親分・座長、子分・蛇々丸、春大吉、梅之枝健、春夏悠生、赤銅誠)にからまれた。その場に「偶然居合わせた」弟、兄・娘を守ろうとして子分の一人(たこの八・春夏悠生)を殺害、やむなく「旅に出る」。そして1年後(あるいは数年後)、ヤクザの「股旅姿」がすっかり板についた弟(実はナントカの喜太郎)が帰宅、土地のヤクザに脅されていた母、兄・娘を窮地から救い出して一件落着。「時代人情剣劇」と銘打ってはいるが、眼目は、亡き主人にお世話になった母子の「義理」と、親子の「情愛」を描いた「人情芝居」で、三代目虎順の「所作」「表情」が一段と「冴えわたってきた」ように感じる。「口跡」は、まだ単調、「力みすぎ」が目立つので、「力を抜いてメリハリをつけること」が課題である。
 夜の部も客数は30人、芝居の外題は「心模様」。蛇々丸の兄(医者)と前科者の弟(三代目虎順)が「絡む」、「近代(明治)人情喜劇」とでもいえようか。まさに、直情径行で純粋無垢な性格、それでいて「刑務所帰り」という「下品」な風情を、虎順が「初々しく」しかも「鮮やかに」「品よく」描出していたように思う。三代目虎順は、いずれは座長、そのための器(素質)は十分、その「芽生え」を感じさせる舞台ではあった。もう一つ、「口跡」の魅力が加われば、座長への道が早まるだろう。「鹿島劇団」の《売り》は、何と言っても「音響効果」、「見ての美しさ」同様に「聞いての美しさ」を追求していることである。役者は「顔かたち」を衣装・化粧で「飾る」ように、「自分の声」(口跡)も飾らなければならない。「いい声」「魅力的な声」もまた役者の「命」なのである。三代目虎順の「口跡」は、まだ単調、合格点をつけられるのは「春木の女」の「お妙」くらいか・・・。同世代の恋川純、橘龍丸には「水をあけられている」。「所作」「表情」同様に「口跡」の魅力を体得することが、虎順当面の課題だと、私は思う。

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2018-06-22

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「情け川」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「月夜の一文銭」、夜の部「情け川」。前者は、「勧善懲悪」を眼目としたスリ三人組の話、大衆演劇の定番。後者は、初めて見る人情喜劇(現代劇)、座長(婆さん役)の、博多弁が「立て板に水」、蛇々丸(大工)の東京弁との「対比」が面白かったが、話の中に出てくる「良子」が実際には登場しないので、物足りなかった。とはいえ、出来栄えは「水準」以上、昼夜「大入り」の客は「それなりに」満足したに違いない。舞踊ショーは、昼の部、座長の「花と龍」「瓦版売り」(忠臣蔵・清水一角と中山安兵衛の話)、夜の部「安宅の松風」(富樫・弁慶・義経の踊りわけ)は「至芸」そのもの、まことに幸運だった。昼の部の口上で、花道あきらが、「おかげさまで、今日は大入りを頂きました。今日は何か(ランドの催しが)あるんですか?」と客に尋ねていてが、客の入りなど「歯牙にもかけぬ」座長の姿勢が座員にも浸透している様子が窺え、さわやかな印象を受けた。また、座員の舞踊衣装も「相変わらず」(いつも目にする、お馴染みの代物)だが、「芸」そのものは着実に「変化」している。衣装の豪華さ、着物の多さを「目玉」にしている劇団が多い中で、まさに「劇団・火の車」だが、その不足を「芸」の力で補おうとする誠実な姿勢(襤褸は着てても心の錦)に脱帽したい。

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2018-06-21

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居・春大吉の役割、舞踊ショーは至芸の「宝庫」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「身代わり道中」、夜の部「心模様」。いずれの舞台も、すでに見聞済み。今日は、役者相互の「かかわり」(絡み合い)に注目して観た。まず、座長、誰と絡んでも面白い。次に春日舞子、誰と絡んでも面白い。つまり、どの役者も、座長、舞子との「絡み」(胸を借りる)によって、本来の「持ち味」が引き出されているのである。言い換えれば、座長、舞子が登場していない舞台、蛇々丸、花道あきら、春大吉、三代目虎順だけの舞台で、どれだけ客を惹きつけられるかが問われることになる。「身代わり道中」では、春大吉と虎順、「心模様」では蛇々丸と春大吉の「絡み」が中心、どちらにも登場するのが春大吉であるとすれば、彼の「役割」(責任)は大きい。虎順に対しては「胸を貸す」、蛇々丸に対しては「胸を借りる」(とはいえ役柄は年上、至難のことではあるが)演技が要求されるのである。「男はつらいよ」の主人公・フーテンの寅(渥美清)が、大先輩のおいちゃん(森川信)、おばちゃん(杉山とく子・テレビドラマ)、おふくろ(ミヤコ蝶々)の「胸を借りて」こそ、迫真の演技ができたことと同様に・・・。
役者の修業に終わりはない。懸命に精進している春大吉のこと、その「役割」を果たす日も遠くはないであろう。
次に、「舞踊ショー」の感想。「舞踊ショー」の眼目は、「歌謡絵巻」とでもいおうか、芝居では演じ切れなった「大衆のドラマ」(流行歌の世界)を、役者一人一人が文字通り「独り舞台」で演じるところにある。座長の舞踊(歌謡)は一級品で、特に、坂田三吉、桂春団冶、藤山寛美を踊り分ける「浪花花」、女形舞踊「おかじ」、「桂春団冶」、「俵星玄蕃」、歌唱の「北の蛍」「ああ、いい女」「無法松の一生」等々、至芸の数々を数え上げればきりがない。春日舞子の舞踊も同様、とりわけ「深川」「車屋さん」など芸者の風情は絶品、座長との相舞踊では光彩が倍増する。蛇々丸、「股旅者」「侍」「町人」等々、なんでも「器用」にこなすが、「勧進帳」「忠臣蔵」のような長編歌謡(浪曲)を踊らせたら天下一品、右に出る者はいないであろう。以下、花道あきら、春大吉、三代目虎順、梅乃枝健、いずれの舞踊も、他の劇団と比べて遜色ない。今後は、それぞれの役者が、「自分しかできない」舞踊を追求すべきだと思う。柏公演では、客のカラオケで踊る試みを取り入れたが、その企画は素晴らしい。客と一体になって舞台を作ろうとする姿勢は貴重である。三十年前、「梅澤武生劇団」が客の舞踊を舞台に取り入れたことがあった。その演目は「チャンチキおけさ」(三波春夫)、役者以上に踊りこなした姿は、今でも私の眼に焼き付いて離れない。聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌でも、舞踊が加わることによって、全く別の歌に「変身」してしまうのである。そのような舞台を、「鹿島劇団」にも期待する。客が選曲(歌唱)し、「御所望」の役者が踊る、というような企画が定着すれば、「舞踊ショー」の内容は、より魅力的なものになるだろう。柏では、見事に、虎順がその役割を果たした(「人生桜」)。その姿も、私の眼に焼き付いている。客は、鑑賞者であると同時に批評家でもある。役者の個性を当人以上に「見抜いている」。時には、客の「いいなり」になって自分を磨くこと、それも必要不可欠な「役者修業」ではないだろうか。どの「劇団」の「舞踊ショー」でも、鳥羽一郎、大月みやこ、林あさ美、堀内孝雄、吉幾三、島津亜矢、神野美伽、氷川きよし、天童よしみ等々、聴いただけでは「どれだけのもん?」と思われる流行歌で溢れている。それを「えっ?こんな名曲があったのか!」と感じるまでに「変身」させた舞踊には久しく出会わないが、虎順の「忠義桜」などを観てしまうと、「鹿島劇団」なら「やってくれるのではないか」と、秘かに期待しているのである。

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2018-06-20

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「遊侠流れ笠」「関取千両幟」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 芝居の外題は昼の部「遊侠流れ笠」、夜の部「関取千両幟」。「遊侠流れ笠」の主役は三代目虎順、病弱な親分(座長)の三下だが「うすのろ」のため、子分衆の中では半人前。しかし、窮地に陥った親分のために、本当に働いたのは「うすのろ」の三下だったという筋書。見せ場は、三下の「変身ぶり」だと思われるが、虎順の三下は「別人」になりすぎた。三年間の旅修業を終えたとはいえ、どこかに「うすのろ」時代の「面影」がほしい。「関取千両幟」は、大衆演劇の定番、座長の「関取」、蛇々丸の「新門辰五郎」が絶品で、抜群の出来栄えだった。芝居は、開幕直後の景色が肝腎、花道あきら、春日舞子の艶姿が効を奏したと思われる。
 舞踊ショーでは、昼の部、座長の「風雪流れ旅」、夜の部、座長の歌唱をバックに虎順が踊った「舞姿」が印象に残った。
 昼の部の幕間で耳にした客の話。「初めてのところだから、いつまでもつかしらね」「座長の歌はうまいよ、でも心がこもってないよね」「あたしたちは、毎日来ているんだから」
 小岩の客は「目が肥えている」とでもいいたげな様子だったが、「客に媚びる」劇団ばかり見ていると、そう感じるかも知れない。「人気」と「実力」は比例しない一例といえるだろう。

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2018-06-19

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「長ドス仁義」と役者の変化(へんげ)》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は、昼の部「長ドス仁義」、夜の部「仇討ち絵巻・女装男子」。どちらの芝居も見聞済み、私は観客の反応の方に関心があったが、開幕と同時に大きな拍手、役者の退場時、また「見せ場」の随所で拍手が沸き上がる。特に、座長はじめ、どの役者の演技にも惹きつけられている様子が窺えた。「長ドス仁義」では、子分役の虎順が、主役・花道あきらに斬りかかったとき、一瞬、受けた刀身から火花が散ったかと思うほどの迫力に圧倒された。当初(昨年11月)、私は「座員寸評」を書いた(本ブログ・「劇団プロフィール」参照)が、今、読み返してみると、座員一人一人が確実に(私の期待通りに)「変化」(へんげ)しているように感じる。舞台を務める「自信」「意欲」「ひたむきさ」と「チームワーク」(総合力)が群を抜いている。花道あきらは、「力を抜く」ことによって、彼自身の「人間性」が浮き彫られ、「人情味」が倍増した。虎順の芝居もまた、南條影虎を抜き、恋川純と肩を並べようとしている。春大吉の「変化」も見事である。特に、「浜松情話」の娘役は、「身のこなし」ひとつで「心」を表現した「至芸」に他ならない。  
 今後、私が注目するのは、金太郎の「変化」である。彼は20歳で初舞台、およそ20年間舞台を務めた(かどうか詳細は不明だ)が、未だに「脇役」、遅々とした「変化」である。しかし、それこそが彼の「個性」であり、その「個性」が劇団の中で受け容れられ、必要とされているところが凄い。まさに、劇団の「実力」なのだ、と私は思う。
 新人女優だった香春香は、劇団との縁が切れたが、新たに3人の新人が入団した。彼らの活躍、「変化」に期待したい。

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2018-06-18

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「噂の女」》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座) 夜の部の芝居は「噂の女」。主演・春日舞子、共演・鹿島順一。配役は、「噂の女」(お千代)、その父(蛇々丸)、弟(花道あきら)、弟の嫁(春大吉)、嫁の父(梅乃枝健)、お千代の幼友達・まんちゃん(座長・鹿島順一)、村人A(三代目・虎順)、B(金太郎)、C(赤胴誠・新人)、D(生田あつみ)という面々である。時代は、明治以後、五百円が、今の百万円程度であった頃だろうか。ある村に、「噂の女」が帰ってくる。まんちゃんは「駅まで迎えに行こう」と、村人を誘うが、誰も応じない。「お千代は、十年前、村に来た旅役者と出奔し、その後、東京・浅草の淫売屋で女郎をしているというではないか。そんな不潔な女とは関わりたくない」と言う。まんちゃん「そんなことは関係ない。みんな同じこの村の仲間ではないか」村人「とんでもない。そんな女に関わるなら、お前は村八分だ」まんちゃん「村八分、結構!もともと、俺なんかは村では余計物、俺は一人でもお千代タンを迎えに行くぞ」、村人「勝手にしろ。お前はいくつになっても、足りんやっちゃ、この大馬鹿もの!」  
 やがて汽笛の響きと共に汽車が到着、まんちゃんはお千代の荷物を持って大喜び、一足先に、お千代の父宅に持参する。やがて、東京暮らしですっかり垢抜けたお千代も帰宅、父はお千代が好きだった「l揚げ豆腐」を買いに出て行った。後に残ったのは、まんちゃんとお千代の二人きり、まぶしい太陽でも見るようにまんちゃんが言う。「お千代タン、よう帰ってきてくれたなあ。オレ、ずうっと待っていたんだ」「どうして?」「だって、ずっと前から、オレ、お千代タンのこと好きだったんだもん。」「あんた、あたしが浅草でどんな商売しているか知ってるの?」「知ってるよ。男さんを喜ばす仕事だろ。みんなは、汚い、穢らわしいと言うけど、オレはそう思わない。お千代タンは、人を騙したり、傷つけたりしていない。人を喜ばす大切な仕事をしていると思うとる」「ほんとにそう思うの?」「ああ、本当だ。できれば、お千代タンと一緒に暮らしたいんだ、キーミーハ、コーコーローノ、ツーマダーカラ・・・」思わず絶句するお千代。よく見ると泣いている。「アンタ、泣イイテンノネ、オレまた何か、まずいこと言っちゃったんかな?」「そうじゃないのよ、嬉しくて涙が止まらないの」「フーン?」しばらく沈黙、意を決したようにお千代「まんちゃん!あたし、まんちゃんのお嫁さんになる!」動転するまんちゃん「何だって?今、なんて言った?」「あたし、まんちゃんのお嫁さんにしてくれる?」「そうか、オレのお嫁さんになってくれるんか。へーえ、言ってみるもんだなあ」かくて、二人の婚約は成立した。そうとなったら善は急げだ。こんな村などおさらばして、東京へ行こう。まんちゃんは小躍りして旅支度のため退場。そこへ父、帰宅、弟夫婦も野良仕事から戻ってきた。しかし、二人の表情は固い。土産を手渡そうとするお千代に弟は言い放つ。「姉ちゃん、何で帰ってきたのや。村の人たちはみんな言ってる。あんな穢らわしい女を村に入れることはできない。もし居続けるようなことがあったら村八分や。おれたち村八分になってしまうんや。姉ちゃん、それでもいいのか。はよう、この家から出て行ってくれ!」父が激高した。「お前、姉ちゃんに向かって何てことを言うんだ」弟も反駁。「隠居の身で大きな口たたくな。今はおれこそが、家の大黒柱、それに姉ちゃんは十年前、おれが病気で苦しんでいたとき、旅役者と駆け落ちしたんじゃないか!」「何だって、もういっぺん言ってみろ」「ああ何度でも言ってやる。姉ちゃんはおれたちを見捨てて、淫売女になり果てたんだ。そんな女をこの家に置いとくわけにはいかない」「よーし、お前がそこまで言うんなら、わしも黙っているわけにはいかない!」必死で止めようとするお千代を制して、父も言う。「おまえが病気の時、姉ちゃんが出て行ったのはなあ、お前が町の病院で治してもらうお金のためや。姉ちゃんは、自分の身を売ってお前の治療代を作ったんだぞ!、病気が治ったのは姉ちゃんのおかげ、それを今まで黙っていたのは、お前を心配させないためや」「・・・・」絶句する弟、「何だって!何で、今頃そんなこと言い出すんや。もう遅いわい」そこへ、弟嫁の父、登場。「やあ、お千代さん。よう帰ってきたなあ・・・。サチヨ(嫁)、もうお姉さんに御挨拶はすんだのか?」だが、その場の様子がおかしい。一同の沈痛な表情を見とって自分も沈痛になった。「やあ、困った、困った。実に困った」、「何が?」と問いかける弟に「実はな、ある人の借金の保証人になったばっかりに、五百円という大金を負わされてしまったんだ。何とかならないだろうか?」「えっ?五百円?そんなこと言われたって、見ての通りの貧乏暮らし、そんな金どこを探したってあるはずがない」弱気になる弟に、隠居の父がつっかかる。「お前、さっきなんてほざいた。この家の大黒柱じゃあなかったんか」やりとりを黙って聞いていたお千代が口を開いた。「おじさん。五百円でいいの?ここに持っているから、これを使って。これまで、身を粉にして貯めたお金よ。家に帰ってみんなの役に立てればと思って持ってきたの。私が使ったってどうせ『死に金』、おじさん達に役立ててもらえば『生きたお金』になるじゃないの」一同、呆然、弟夫婦は土下座して声が出ない。肩が小刻みに震えている。お千代、キッとして「もう、いいの。このまま浅草に帰るわ。また、あそこでもい一回、頑張って生きていこうと思います」、「待ってださい」と引き止める弟夫婦、その両手をやさしく握りながら、「あっ、そうだ!忘れていた。お父さん、あたし好きな人ができたの。あたしその人のお嫁さんになるの!」一同、驚愕。「えっ?誰の?」お千代、涼やかに、「まんちゃんよ!」すっかり、旅支度を整えたまんちゃん、踊るように再登場、舞台も客席も、笑顔の花が咲き乱れる。まんちゃん「まあ、そういうことで、お父上、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」弟嫁の父、そっとお千代に近づき「やあ、めでたい、めでたい、そういうことなら、これは私からのお祝いだ」さっきの五百円を手渡そうとする。「だって、おじさん!これは借金の返済に使うお金・・・」「なあに、心配ご無用。さっきの話は私の作り話、一芝居打ったのさ!」舞台に流れ出す、前川清の「噂の女」、まんちゃんとお千代、花道で颯爽と見得を切る。さっと振りかざした相合い傘の骨はボロボロ、破れガサがことのほか「絵」になる幕切れであった。「襤褸は着てても、心の錦、どんな花より綺麗だぜ、若いときゃ二度ない、どんとやれ、男なら、人のやれないことをやれ」、まんちゃんの心中を察して、私の心も洗われた。
 大衆演劇に共通する眼目は、「勧善懲悪」「義理人情」だが、もう一つ「人権尊重」という主題が秘められていることを見落としてはならない。「村八分」という差別観に敢然と立ち向った「まんちゃん」(余計者・与太郎)とお千代(賤業者)の行く末は?、それを決めるのは、他ならぬ私たち一人ひとりなのではないだろうか。
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2018-06-17

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「恋の辻占」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭〉
第一部・芝居の外題は「恋の辻占」。時代人情剣劇だが、そう単純な筋書ではない。主人公・宇太郎(三代目・鹿島順一)は、幼いときに母と死別、父とも生き別れになって股旅暮らしを続けていた。ある一家に草鞋を脱いだが、親分の娘・おみよ(春日舞子)に見初められ、長逗留しているところ、親分が闇討ちにあって殺された。その下手人は不明のまま、宇太郎とおみよは堅気になって所帯をもつ。一家の跡目は代貸し・時次郎(花道あきら)が継ぎ、縄張りの取り扱いは親分と兄弟分の伯父貴・勘兵衛(甲斐文太)に任されることになったが、その話がいっこうに進まない。時次郎が引き継ぎを怠っているためだ。業を煮やした勘兵衛は宇太郎夫婦が営む茶店にやってきた。「縄張りの話は、いったいどうなっているんだ」「そのことは時次郎さんに、まかせております。近いうちにたしかめておきましょう」「よろしくたのむぜ。ところで、なあ宇太よ。おめえは、死んだ兄貴の仇を討つきがあるのか」と、勘兵衛が本題を切り出した。今ではもう足を洗って堅気の暮らし、女房・おみよも「敵討ちなんてまっぴら、おまえさんにもしものことがあったら、生きてはゆけない」と言っている。宇太郎はそんな話に関わりたくなかったが、勘兵衛は執拗に煽りたてる。「お前だって、もとはヤクザ。親分の恩を忘れたわけではあるめえ。もし、証拠があって下手人が分かったら仇を討つか。まだ男の意地が残っているか」その一言で、宇太郎の義侠心が甦ったか、「たしかな証拠があるのなら、もちろん仇は討ちます!」「よしよし、それでなくっちゃ・・・」とほくそ笑みながら、勘兵衛は欣然と退場した。まもなく勘兵衛の使い(梅之枝健)が、証拠の品を届けに来る。見れば、時次郎の煙草入れ。宇太郎は、使いに「悪い冗談はよしておくんなさい。時次郎さんが下手人であるわけがない」。応じて、使い曰く「おめえさんは何にも知らねえんだ。時次郎とおみよさんは昔からいい仲、今でも時々会っているんだぜ」。その言葉を聞いて、宇太郎は冷静さを失った。止めるおみよを振り払い、病床の時次郎宅へ駆けつけると、問答無用で斬りかかる。時次郎は無抵抗、深手を負いながら「宇太さん、おめえは騙されている。下手人は勘兵衛だ。親分が闇討ちに遭った時、オレが相手と渡り合って一太刀浴びせたが逃げられた。そのときに失くしたのがこの煙草入れ、勘兵衛がそれを持っていたのなら、何よりの証拠ではないか」「なぜそれを今まで黙っていたんだ」「未練なようだが、オレは今でもおみよお嬢さんに惚れている。でもお嬢さんが惚れているのはおめえさんだ。おめえさんにもしものことがあれば、泣きを見るのはお嬢さん」「・・・・」宇太郎、絶句して立ち尽くす。そうか、親分の敵は勘兵衛か。すぐさま、勘兵衛を討ちに立ち去ろうとする宇太郎を、時次郎呼び止めて「待ってくれ。オレはもう長くない。早く止めを刺してくれ」「そんなことできるわけがない」「そうか、わかった!」、時次郎、最後の力を振り絞り、長ドスを腹に突き立てた。その一瞬、舞台の景色は凍りついたよう、泣く泣く止めを刺す宇太郎と、時次郎の舞台模様は、屏風絵のように鮮やかであった。だが、話はまだ終わらない。宇太郎、時次郎の亡骸に手を合わせ、勘兵衛のもとに駆けつける。「勘兵衛!よくも騙しやがったな。親分の敵だ、覚悟しろ!」一家子分衆との立ち回りも一段落、大詰めは宇太郎と勘兵衛の一騎打ちとなったが、しばらく渡り合ったかと思うと、意外にも勘兵衛、「待て、宇太!おめえはオレを討ってはならねえ」と自刃した。いつのまにか、そこに駆けつけたおみよと共に、呆然と立ち尽くす宇太郎・・・。勘兵衛、苦しい息の中で「この世は、因果応報。これが悪行の報いというものだ。おみよさん、オレの息が止まったら、これを宇太郎に渡しておくんなさい」と言うや否や、長ドスを首に突き刺した。「これ」とは何?おみよが確かめると、それは「お守り袋」、宇太郎が父親探しの証として肌身離さず胸に着けていた「お守り袋」と同じ仕様のものだったのだ。「おまえさん、勘兵衛さんはお父っあんだったんだよ!」「そんなはずはない」そんなことがあってなるものか、オレがこれまで探し続けたお父っつあんが、こんな野郎であっていいものか、といった戸惑い、悔しさ、情けなさ、空しさ、悲しさ、寂しさが「綯い交ぜ」になった風情を、三代目鹿島順一は、見事に描出していた。今はもう二人きりになってしまった宇太郎とおみよ、絶望的な愁嘆場で終幕となったが、さればこそ、両者の絆がいっそう固く結ばれたようにも感じられ、それかあらぬか、観客の大半が、老若男女を問わず、一様に目頭を押さえている景色が感動的であった。この芝居、「愛別離苦」を眼目とした時次郎とおみよの絡みと、「因果応報」を眼目とした勘兵衛と宇太郎の絡みが、錦のように織り込まれ、錯綜する「難曲」だが、それを斯界随一の「鹿島順一劇団」は、いとも鮮やかに演じ通した、と私は思う。就中、時次郎、勘兵衛が自刃する二つの場面は、まさに「死の美学」の極め付き、あくまでも潔く、さわやかな男たちの死に様は「世の無常」の象徴として、私の脳裏・胸裏に深く刻まれた次第である。
 第三部・舞踊ショー、甲斐文太の「安宅の松風」は、文字通り《国宝(無形文化財》級の出来栄え、それを鑑賞できたことは望外の幸せであった。
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2018-06-16

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「人生花舞台」は、近江飛龍客演の「夢芝居」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成22年2月公演・奈良弁天座〉                                                   今日は「近江飛龍劇団」座長・近江飛龍がゲスト出演とあって、客席は満員、昼も夜もダブルの大入りとのこと、前売り券も売り切れという始末であった。私は1時間前に到着したが、劇場の周辺は閑散としていたので、まさかこんな事態になっているとは思いも寄らなかった。入場すると座席はすべて予約済み、最後方及び通路の補助席(パイプ椅子・丸椅子)が空いているだけだった。近江飛龍は座長・鹿島順一の甥(次姉・近江竜子の長男)で、今や関西の若手リーダーという存在、その実力は半端ではない。その彼が、実力日本一の「鹿島順一劇団」に出演とは、夢のような話。取るものもとりあえず、興味津々で駆けつけた次第である。劇場への途次、私は考えた。いったいどんな芝居をやるのだろうか。「新月桂川」なら最高の舞台になるだろう。「鹿島劇団」で不足しているのは若手女優、(「近江劇団」の「新月桂川」同様)桂川一家親分の娘役を近江飛龍が演じれば・・・、などと身勝手な期待をしていたが、結果は予想外。外題は「人生花舞台」であった。なるほど、プロはプロ、(私ごとき)素人とは発想が違う。主役・元役者の老爺に近江飛龍、清水の次郎長・鹿島順一、花形役者・(成田屋)駒三郎に鹿島虎順、清水一家大政・花道あきら、追分三五郎・蛇々丸、子分衆・梅の枝健、春大吉、滝裕二、といった配役で、文字通り「適材適所」の舞台であった。6月に三代目を襲名する鹿島虎順のために近江飛龍が「一役買った」夢芝居という趣向が窺われ妙に納得してしまったのだが・・・。さて、舞台の出来映えは?なるほど「鹿島劇団」と「近江劇団」の違いがはっきりと出た。「鹿島劇団」は「みんなが主役」、いつでもどこでも、それぞれがそれぞれに輝いているという景色だが、「近江劇団」は「主役は主役」、近江飛龍もしくは笑川美佳といった「実力者」の「一人芝居」(独壇場)が「見せ場」なのだということを、改めて思い知った次第である。古くは関東の大宮敏光、関西の藤山寛美、いずれも「主役抜きの舞台」は考えられない。それが当たり前なのだが・・・。主役・老爺(近江飛龍)の長台詞(一人舞台)に入る前、次郎長(鹿島順一)の一言、「おい、みんな。これから長くなりそうだから、膝を崩せ!」は何を意味するか。私には、「近江座長の《実力》を、とくと拝見(鑑賞)しようではないか」という余裕すら感じられた。それに応えて、近江飛龍、まさに「渾身の演技」(その表現力は至芸に値する)を展開、だが「一人浮いてしまった」ことも否めない。長台詞が終わって一言、「皆さん、退屈しませんでしたか?」というつぶやきは、鹿島劇団の面々に向けた、偽らざる「本音」(これでよかったのか?という不安)に違いない。この老爺役、私は鹿島順一、蛇々丸の舞台を見聞しているが、いずれも「引く演技」、そのことで次郎長や駒三郎を「立てる」景色になるのだが、近江飛龍は「押す演技」、その結果、周囲の風情が今一歩「際だたない」まま終幕を迎えたのではないか。いずれにせよ、「劇団」の「芸風」とは、このように異なるものなのかをまざまざと感じながら帰路についたのであった。
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2018-06-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「喜劇・弁天小僧」の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「喜劇・弁天小僧」。筋書きは単純、「変態」の親分(甲斐文太)から娘(春夏悠生)と五十両をだまし取られた百姓(春日舞子)の話を聞いて、弁天小僧(三代目鹿島順一)が助太刀、見事に仇を討つという物語である。さて、演目には「喜劇」と銘打っているが、喜劇ほどむずかしいものはない、と私は思う。娘を拉致した子分ども(花道あきら、赤胴誠、壬剣天音、梅之枝健)が、「親分のものになれ」と一人一人口説く場面、それを舞台の袖で聞いていた親分が登場、子分どもと「絡み合う」あたりを「喜劇仕立て」にする魂胆(思惑)はわかるが、その時大切なことは、「変化」と「間」、笑いを誘う機知に富んだアドリブをどこまで続けられるか、突っ込みとボケの呼吸がピッタリと決まるかどうか、ということである。ともすれば「楽屋ネタ」「下ネタ」の繰り返しで冗長になり、客の方では「もういいよ」と食傷気味になりがちだが、今日の舞台も、残念ながら「その域」をでることはできなかった。わずかに百姓の老爺に扮した春日舞子が、子分どもに追い回されながら「受けないギャグばかり!」と嘆いた場面は光っていたが・・・。さて、主役の弁天小僧の風情や如何に?同じ演目で、私の印象に残っているのは「弁天小僧・温泉の一夜」の橘龍丸(「橘小竜丸劇団」)、「三島と弁天」の小泉ダイヤ(「たつみ演劇BOX」だが、その景色においては遜色ないものの、女形の「口跡」においては及ばなかった。役者の条件は「一声」「二振り(顔)」「三姿」、今後、「一声」の魅力(艶やかさ)をどのように描出するか、三代目鹿島順一の大きな課題ではないだろうか。それを克服できたとき、同時に「紺屋高尾」「仇討ち絵巻・女装男子」の舞台模様が、一段と輝きを増すことは間違いない、などと身勝手なことを考えつつ帰路に就いた次第である。
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2018-06-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「大江戸裏話・三人芝居」「人生花舞台」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座)
 芝居の外題は、昼の部「大江戸裏話・三人芝居」、夜の部「人生花舞台」。
前者は、もう店じまいをしようとしていた、夜泣きうどんの老夫婦(爺・蛇々丸、婆・座長)のところへ、腹を空かした無一文の遊び人(虎順)がやってくる。うどんを三杯平ら上げた後、「実は一文無し、番屋へ突き出してくれ」という。驚いた老夫婦、それでも遊び人を一目見て「根っからの悪党ではない」ことを察する。屋台を家まで運んでくれと依頼、自宅に着くと酒まで馳走した。実をいえば、老夫婦には子どもがいない。爺が言う。「食い逃げさん、頼みがあるんだが・・・」「なんだい?」婆「お爺さん、ただという訳にはいかないでしょ」と言いながら、大金の入った甕を持ってくる。「それもそうだな、食い逃げさん、一両あげるから、頼みを聞いちゃあくれないか?」「えっ?一両?」今度は遊び人が驚いた。「一両もくれるんですかい?ええ、ええ、なんでもやりますよ」爺「実はな、私たち夫婦には子どもがいないんじゃ、そこでどうだろう。一言でいいから『お父っつあん』と呼んではくれないか?」「えっ?『お父っつあん』と呼ぶだけでいいんですかい?」「ああ、そうだ」「そんなことなら、お安い御用だ。じゃあ言いますよ」「・・・」「お父っつあん」「・・・、ああ、やっと『お父っつあん』と呼んでもらえた」感激する爺を見て、婆も頼む。「食い逃げさん、二両あげるから、この婆を『おっ母さん』と呼んではくれまいか?」小躍りする遊び人「ええ、ええ、お安い御用だ。それじゃあ言いますよ、いいですか」婆「・・・」「おっ母さん!」「・・・」婆も感激して言葉が出ない。つい調子に乗って爺が言う。「今度は、あんたを叱りたい。あたしが叱ったら『すまねえ、お父っつあん、もうしねえから勘弁してくんな』と謝ってはくれまいか。礼金は三両あげましょう」喜んで引き受ける遊び人、婆も四両出して叱りつけた。そして最後にとうとう爺が言い出す。「どうだろう、食い逃げさん、この甕のなかの金全部あげるから、私の言うとおり言ってはくれまいか」「・・・?」「『お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち、いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ、オレがこうして帰ってきた以上、後のことは全部任せて、もう止めたらどうだい』ってね」指を折って懸命に憶えようとする遊び人「ずいぶん長いな。でも、だいじょうぶだ。・・・じゃあ、いいですか。言いますよ」瞑目し、耳をすます老夫婦。遊び人、思い入れたっぷりに「お父っつあん、おっ母さん、おめえさんたち二人いつまでうどん屋台を引いてるつもりだ。・・・」の名台詞を披露する。かくて、大金はすべて甕ごと、遊び人のものとなった。大喜びの遊び人「ありがとうござんす、これで宿屋にも泊まれます。あっそうだ、さっきのうどん代、払います」と一両小判を爺に手渡した。「こんなにたくさん、おつりがありませんよ」「とんでもねえ、とっておいておくんなせい。それじゃあごめんなすって」意気揚々と花道へ・・・、しかし、なぜか足が前に進まない。家に残った老夫婦の話に聞き耳を立てる。爺「お婆さん、本当によかったね。どんなにたくさんのお金より、子どもを持った親の気持ちになれたことがうれしい。あの人がくれた一両で、またこつこつと暮らしていきましょう」遊び人、矢も楯もたまらず引き返し、哀願する。「さっきもらったこの金はあっしのもの。どう使ってもよろしいですよね」あっけにとられる老夫婦、顔をみあわせて訝しがり「・・・・?、はいはい、けっこうですよ」遊び人「・・・、この金、全部あげるから、おめえさんたちの子どもとして、この家に置いてください」と泣き崩れた。どこかで聞こえていた犬の遠吠えは「赤子の産声」に、そして舞台・客席を全体包み込むようなに、優しい「子守唄」で幕切れとなった。
 幕間口上の虎順の話。「一両って、今のお金にするとどれくらいだと思いますか。だいたい六万円くらいだそうです。一言『お父っつあん』で六万円ですからね、大変なことだと思います」その通り、老夫婦の全財産(数百万円)よりも「親子の絆」が大切という眼目が、見事なまでに結実化した舞台だった。
 後者は、「人生花舞台」、大衆演劇の定番で、私は、昨年「澤村謙之介劇団」の舞台を見聞している。主役の爺(座長)は、元歌舞伎役者、師匠の娘と駆け落ちし一子をもうけるが、妻子は連れ戻され、今は落ちぶれたその日暮らしの独り者、むさくるしい身なりで、清水一家に乗り込んできた。「親分と一勝負したい」と言う。次郎長親分(花道あきら)が訳を尋ねると、「掛川の芝居小屋で、二十年前に別れた一子が興行している。親子名乗りはできないが、せめて、幟の一本でも贈ってやりたい」事情を察した親分、清水での興行を企画、爺を「御贔屓筋」(網元)に仕立て上げた。興行は成功、打ち上げの席で爺と、一子・今は襲名披露を控えた花形役者(春大吉)は再会する。大きく成長した一子の姿に眼を細め、それとなく愛妻(一子の母)の消息をたずねる爺の風情は格別であった。  
 芝居のクライマックスは、次郎長親分に勧められて一子がひとたち舞う「艶姿」であろう。しかし、酷なようだが、今の春大吉には荷が重すぎた。爺の風情が格別であるだけに、「舞姿」は「珠玉」でなければならない。もし、一子・蛇々丸、代貸大政・春大吉という配役であったなら、また違った景色の舞台になったのではないだろうか。身勝手な蛇足を加えれば、前者(「大江戸裏話」の爺を梅乃枝健、後者の一子を蛇々丸という配役がベストであった、と私は思う。いずれにせよ、舞台は水物、爺のセリフ「役者の修業に終わりはない」という至言は、座長自ら座員に伝えたかったメッセージに違いない。それに応えようと日々精進する座員各位の努力は見せかけではない。その姿に私は脱帽し、今後ますますの充実・発展を祈念する。

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2018-06-13

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「悲恋流れ星」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「悲恋流れ星」。生まれつき顔半分に疵のあるヤクザ・弁太郎(座長・三代目鹿島順一)の悲恋物語である。もともと「若い女に相手にされるはずもない」と諦めていた弁太郎が、ひょんなことから、盲目の娘・お花(春夏悠生)を助け、同居生活を始めることになった。お花の目は治療すれば治るとのこと、弁太郎はお花の目を何とか治してやりたいと思い、土木作業に従事する。そんな優しさにお花は惹かれ、「兄さん、顔が見たいの」と弁太郎に懇願、「今は、まだ無理だ。目が治ったらな」「今、すぐ見たいの。私は手で触れば見える。兄さん、顔を触らせて」、「そんなこと言ったって・・・」と弁太郎が困惑しているところに、弟分(赤胴誠)がやって来た。「ちょうどいい、おめえ、あの娘に顔を触らせてやってくれ。ただし、娘には絶対触るな、声も出すな(唖になれ)」と言い含めて、お花のもとに連れていく。弟分、何が何だかわからぬままに、お花に顔を触らせた。お花「やっぱり私の思ったとおり、兄さんの顔はキレイ!心のキレイな人は顔もキレイだとおっ母さんが言っていた」。その場は何とか繕ったが、弟分もお花に惹かれた様子・・・。以後、弟分は「唖のおじさん」になりすまして、お花に近づき始めたか・・・。気がつけば、自分もお花に惹かれている。こともあろうに弟分と「恋のさや当て」になろうとは・・・。やがて名医(春日舞子)の治療が効をを奏し、お花はめでたく開眼したのだが、その時は弁太郎と弟分が「対決」の真っ最中・・・。そこへ、かねてからお花をつけ狙っていた、仇役・まむしの大五郎(甲斐文太)、用心棒(花道あきら)も登場、「こっちを片付ける方が先だ」と大五郎を退治したが、腕は用心棒の方が上、あえなく弁太郎は深手を負ってしまった。弟分の助力で、何とか用心棒を仕留めたところに、お花が駆け込んでくる。「兄さん、私の目が開いたの!」欣然として、弟分の懐に飛び込んだ。それを見た弁太郎、瞬時に「唖のおじさん」に変身する。お花、倒れ込んだ弁太郎の顔を見て驚いた。「あの、おじさんがこんな顔だったなんて!」。舞台は大詰め、弁太郎(心と傷の痛みをこらえながら)、お花と弟分の幸せを「手真似」で祈る。文字通り「断末魔」、こらえきれずに声が出てしまった。「二人とも、幸せになれよ」、その声を聞いたお花の表情は(兄さんは、あなただったの!?・・・と)一変、うなだれたまま慟哭する弟分に抱かれて、弁太郎は絶命する、舞台は、一瞬「凍りついた」ような景色を残して閉幕となった。三代目鹿島順一、赤胴誠、春夏悠生ら、若手陣の「呼吸」がピタリと合って、見事な出来映えであった、と私は思う。この芝居の眼目は「愛別離苦」、弁太郎曰く、「人間は誰を好きになってもいいんだよな。愛することは自由だよな」、その通りだが、まさに「愛したときから苦しみがはじまる」のだ。お花の目を治したい、でも、お花の目が開いて自分を見たとき、今まで通り「お嫁さんになりたい」と言ってくれるだろうか。まして、飲み分けの兄弟分は恋敵、焦燥と嫉妬、悔恨の入り交じった心象風景を、三代目鹿島順一(と弟弟子の赤胴誠は)いとも鮮やかに描出する。それを観て、「悲恋流れ星」の流れ星とは、昇天した弁太郎の「魂」に他ならないことを、私は心底から納得したのであった。舞踊ショーで魅せた、三代目鹿島順一の「忠義ざくら」、甲斐文太の歌声で舞う幼紅葉の「細雪」は、いずれも出色、珠玉の名品を存分に堪能できたことも望外の幸せ、今日もまた、大きな感動を頂いて帰路に就いた次第である。
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2018-06-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「アヒルの子」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「アヒルの子」。三代目鹿島順一が座長を襲名後、これまで劇団を支えてきた蛇々丸、春大吉といった名脇役が脱けたことによって、少なからず、その(国宝級の)「舞台模様」は変化せざるを得なかった。中でも「アヒルの子」には、蛇々丸の存在が欠かせない。当分の間、この演目は上演不可能ではないだろうか、などと私は勝手に思っていたのだが、とんでもない。今日の舞台を観て、あらためてこの劇団の「実力」を思い知った(二度惚れした)のである。ちなみに、私がこの演目を最後に観たのは、今からほぼ3年前(平成21年4月)、福島郡山(東洋健康センターえびす座)であった。以下は当時の感想である。〈芝居の外題は「アヒルの子」、社会人情喜劇と銘打った筋書で、登場人物は下請け会社員の夫婦(夫・鹿島順一、妻・春日舞子)と娘・君子(生田春美)、その家の間借り人夫婦(夫・蛇々丸、妻・春夏悠生)、電気点検に訪れる電電公社社員とおぼしき若者(鹿島虎順)、親会社の社長(花道あきら)という面々(配役)。この人たちが繰り広げる「ドタバタ騒動」が、なんとも「ほほえましく」「愛らしく」、そして「滑稽」なのである。以前の舞台では、娘・君子を三代目虎順、間借り人の妻を春大吉、電気点検の若者を金太郎が演じていたが、それはそれ、今度は今度というような具合で、本来の女役を生田春美、春夏悠生という「新人女優」が(懸命に)演じたことで、「より自然な」景色・風情を描出することができたのではないか、と私は思う。だが、何と言ってもこの芝居の魅力は、座長・鹿島順一と蛇々丸の「絡み」、温厚・お人好しを絵に描いたような会社員が、人一倍ヤキモチ焼きの間借り人に、妻の「不貞」を示唆される場面は「永久保存」に値する出来栄えであった。なかでも《およそ人間の子どもというものは、母親の胎内に宿ってより、十月十日の満ちくる潮ともろともに、オサンタイラノヒモトケテ、「オギャー」と生まれてくるのが、これすなわち人間の子ども、七月児(ナナツキゴ)は育っても八月児(ヤツキゴ)は育たーん!!》という「名文句」を絶叫する蛇々丸の風情は天下一品、抱腹絶倒間違いなしの「至芸」と言えよう。その他、間借り人の妻が追い出される場面、娘・君子が「おじちゃん!」といって帰宅する場面、社長の手紙を読み終わって夫(座長)が憤る場面等々、「絵になる情景」を挙げればきりがない。要するに眼目は「生みの親より育ての親」、きわめて単純な(何の代わり映えのしない)筋書なのに、これほどまでに見事な舞台を作り出せるのは、役者それぞれの「演技力」「チームワーク」の賜物というほかはない。その「演技力」の源が、座長・鹿島順一の生育史にあることは当然至極、彼ほど「育ての親のありがたさ」を実感・肝銘している役者はいないかもしれない。加えて素晴らしいことは、蛇々丸を筆頭に座員の面々が(裏方、照明係にいたるまで)、座長の「演技力」に心酔、各自の「実力」として「吸収」「結実化」しつつあるという点であろう。ところで、件の名文句にあった「オサンタイラノヒモトケテ」とは、どのような意味だろうか、その謎もまた、この芝居の魅力なのだ・・・・〉。さて、今日の配役は、間借り人の夫が蛇々丸から三代目鹿島順一に、電電公社社員(今回は関西電力社員)の鹿島虎順が赤胴誠に、アヒルの子・君子が生田春美から幼紅葉に、それぞれ変わっていたが、結果はベスト、魅力も倍増して、前回・前々回よりも「数段上」の出来映えであった、と私は思う。蛇々丸の夫役は、どこかエキセントリック(偏執狂的)な風情が「売り」であったが、三代目鹿島順一は、あくまでオーソドックス、真っ向勝負の「ヤキモチ」風情が際だっていた。「新婚ホヤホヤ」なら当然といった(清純な)空気が漂い、それが、下請け会社員夫婦と社長の不穏な「しがらみ」を浄化する。蛇々丸は、役者としては「男盛り」の三十代、三代目鹿島順一はまだ二十歳の「若造」、タバコを(会社員・甲斐文太から)借りながら、(したたかに)2本耳に挟む仕種も、どこかぎこちなかったとはいえ、さればこそ、その初々しさが(私には)たまらなく魅力的であった。さらにまた、十八年間も夫をだまし続けた「おかあちゃん」役の春日舞子と「社長」役の花道あきらの(無言の)「絡み」は、一段と鮮やか、それにアヒルの子・君子の可憐さ、「おんどり」役・甲斐文太が醸し出す絶品のユーモアとペーソス、(頓狂な)電力会社員に扮した赤胴誠、(艶やかな)新妻役・春夏悠生の風情も添えられて、劇団員一人一人が、文字通り「適材適所」で描出する名舞台に仕上がっていた。お見事!、さて、お次は・・・、「春木の女」「噂の女」「命の賭け橋」「新橋情話」等々と、身勝手な期待を胸に抱きながら、帰路に就いた次第である。
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2018-06-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「幻八九三」・赤胴誠の試練》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成23年2月公演・みかわ温泉海遊亭〉
第一部・芝居の外題は「幻八九三」。この演目は、新人・赤胴誠の出世狂言。私は去年の10月、ジョイフル福井でその舞台を見聞している。以下はその時の感想である。〈芝居の外題は「幻八九三」(まぼろしヤクザ)。雌伏三年、いよいよ新人・赤胴誠の「出番」がやってきた。これまで舞踊ショーの裏方(アナウンス)、個人舞踊、芝居での「ちょい役」で修業を積んできた赤胴誠が、初めて「出番」の多い、準主役をつとめるチャンスが巡って来たのである。筋書は単純、兄・伊三郎(座長・三代目鹿島順一)のようなヤクザに憧れている弟の伊之吉(赤胴誠)が、こともあろうに、兄とは敵同士の権助親分(春大吉)に入門を申し込む。「オレは日本一、強いヤクザになりてえんだ!」という一心で、親父(甲斐文太)や幼友達(幼紅葉)の忠告なんぞは「馬耳東風」と聞き流す。権助親分、はじめは取り合わなかったが、あまりにしつこくつきまとうので、「それなら十両もってこい。身内にしてやるぞ」。伊之吉、小躍りして自宅に跳び帰り、「親父、十両くれ。これから権助親分の身内にしてもらうんだ」、あきれかえる親父を尻目に十両ないかと家捜しをする始末、親父「そんな金があるはずもねえ」と高をくくっていたが、あにはからんや、伊之吉、亡母の仏前から十両持ち出してきた。そういえば、先刻、兄の伊三郎が旅から帰り、仏壇に手をあわせに行ったのだった。さだめし、兄が手向けた供え物に相違ない。「渡すわけにはいかない」と、必死に揉み合う親父と伊之吉。だが、どうみても「すばしっこさ」では伊之吉に分がある。十両手にして玄関を飛び出そうとしたとき、なぜか十手持ちの女親分(春日舞子)、颯爽と登場、たちまち伊之吉をねじ伏せて十両を取り戻す。「いててて、なんだ、この女、おぼえていやがれ!」と、捨て台詞をはいたまま、伊之助は権助親分のもとへ・・・。兄・伊三郎と女親分は旅の道中で顔見知り、気心が通じ合ったかどうかは不明だが、それとなく兄に「肩入れ」しようとする気配が感じられてはいたのだが・・・。権助親分のもとへ駆けつけた伊之吉、「十両持ってきたか」「それが、駄目でした」「どうして?」「十両は見つけましたが、へんな女に取り上げられちゃって」とかなんとか言っているところに、兄・伊三郎登場。権助親分「よくも帰ってきやがったな。身内の仇だ、生かしちゃおけねえ」、三人がかりで斬りかかるが、腕は数段伊三郎が上、たちまち返り討ちに・・・。その様子を見ていた伊之吉、「やっぱり、兄貴は強ええ!。兄貴の身内になりてえな」。新三郎「いいだろう、二人で一家をかまえよう」。だがしかし、そうは問屋が卸さない。なぜか再び十手持ちの女親分登場。「一家をかまえるなんてとんでもない。伊三郎!捕縛するから覚悟しろ」。かくてタイマンの勝負となったが、今度は女親分の腕が数段上、たちまちお縄をかけられて「おーい、伊之吉、助けてくれ、オレはまだ死にたくない・・・」と泣き出した。その姿の格好悪いこと、惨めなこと。伊之助、ハッと我に返り「なんでえ、なんでえ、あの姿。イヤだ、イヤだ。もうヤクザなんてなりたくねえ!」と叫んで号泣する。実を言えばこの話、伊之助にまっとうな人生を送らせようとして打った、伊三郎と女親分の「芝居」だったに違いない。私が驚嘆したのは、弟・伊之助こと赤胴誠の成長(変化)である。俗に、役者の条件は「イチ声、二振り、サン姿」というが、いずれをとっても難が無い。未熟な役者ほど、声(口跡・セリフ)だけで芝居を演じようとするものだが、今日の赤胴誠、「振り」も「姿」も初々しく、その場その場の「心情」がストレートに伝わってくる。例えば、親父に向かって「十両くれ!」とあっけらかんにせがむ「青さ」、十手持ち親分を「なんだ、この女」と見くびる「軽さ」、兄・伊三郎の立ち回りを、へっぴり腰で応援する「熱さ」、一転、捕縛された兄貴の惨めな姿に号泣する「純粋さ」等々、未熟で頼りない若衆の風情を「そのまま」舞台模様に描出できたことは、素晴らしいの一言に尽きる。雌伏三年、師匠・甲斐文太、諸先輩の「声・振り・姿」を見続けてきた研鑽の賜物であることを、私は確信した。甲斐文太は「今日の出来は30点」と評していたが、なによりも、他の役者にはない「誠らしさ」(個性)が芽生えていることはたしかであり、そのことを大切にすれば貴重な戦力になるであろう。客の心の中に入り込み、その心棒を自在に揺さぶることができるのは、役者の「個性」を措いて他にないからである。
 芝居の格、筋書としては「月並み」な狂言であっても、舞台の随所随所に役者の「個性」が輝き、客の感動を呼び起こす。それが「鹿島劇団」の奥義だが、今や新人・赤胴誠も、それに向かって「たしかな一歩」を踏み出したことを祝いたい〉。さて、今日の舞台の出来栄えや如何に?今回の配役は、大幅に変わった。伊之助・赤胴誠、伊三郎・三代目座長・鹿島順一、朋輩の娘・幼紅葉はそのままだが、敵役・権助親分は花道あきら、その子分に春日舞子、伊之助の親父に梅之枝健、十手持ち親分に責任者・甲斐文太という陣容で、舞台の景色はがらりと変わってきた。なるほど、前回に比べて、今回の配役の方が真っ当だが、赤胴誠にとっては一つの試練とでも言えようか、相手役(親父・十手持ち親分)の貫禄がありすぎて、やや押され気味の風情であった。この芝居の見どころは二つ、一に伊之助と親父のコミカルな「絡み」、二に伊三郎と十手持ち親分の爽快な「腹芸」だと私は思うが、甲斐文太が親父役から親分役に回ったことにより、当然のことながら後者の見どころが際だってくる。赤胴誠はもう師匠・甲斐文太の「胸を借りる」ことはできない。大ベテラン・梅之枝健を相手に、自力でその個性・初々しさを発揮しなければならなくなったのだ。「前回とは勝手が違う」と思ったかどうかは不明だが、およそ役者たるもの、どんな場面、どんな相手であっても、臨機応変に「見せ場」を演出する努力が必要である。たとえば、今日の舞台。兄・伊三郎が敵役子分を一人ずつ切り倒す立ち回りの場面、その様子をへっぴり腰で応援、一人倒すたびに拳を挙げて狂喜する伊之助の姿が不可欠、まさに「本日未熟者」の典型を描出しなければならない。観客は、その姿の残像があればこそ、大詰め、日本一強かったはずの兄貴が「助けてくれ、オレはまだ死にたくねえ・・・」と泣き出す無様な姿を見て落胆、一転して「なんでえ、なんでえ、あの姿。イヤだ、イヤだ。もうヤクザなんてなりたくねえ!」と叫んで号泣する伊之吉に共感することができるのである。という観点からみると、今日の赤胴誠は「やや淡白」であり過ぎたか・・・。いずれにせよ、舞台は水物、役者の修業に終わりはない。「たしかな一歩」を踏み出した赤胴誠の試練は、これからである。



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2018-06-11

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「会津の小鉄」は抜群の出来栄え》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越・三光ホテル「小江戸座})                  芝居の外題は、昼の部「会津の小鉄」(主演・花道あきら)、夜の部「一羽の鴉」(主演・蛇々丸)。昨年11月、柏健康センターみのりの湯で、初めて「鹿島順一劇団」を観たとき、「目を空いたまま」盲目の役を演じることができる、たいそう達者な女優がいるのに、また、所作と表情だけで「笑い」をとれる、たいそう達者な男優がいるのに、全体としては「観客との呼吸が合わず、盛り上がりに欠ける」という感想をもった。芝居の外題すら覚えていなかったが、今日の観劇で思い出した。そうだ、あの時の芝居は、まさに「会津の小鉄」だったのだ。今日の舞台は、あの時とは打って変わり、「天下一品」「至芸そのもの」という出来栄えであった。たった三月の間に、この劇団の「実力」が向上したわけではない。「劇団」本来の「実力」が今日は十二分に発揮できたのである。舞台は水物、観客との呼吸次第だということがわかった。この外題は、いわば大衆演劇の定番、どこの劇団でも十八番にしているが、今日の舞台を超える出来栄えは観たことがない。役者一人一人の「実力」はもとより、配役、舞台構成、照明効果、音響効果に「非の打ち所がない」のである。敵役の名張屋新蔵(座長)に満座の席で恥をかかされ、復讐しようと呼び出したまではよかったが、そこでも同行した兄弟分を返り討ちで亡くし、指まで詰めてすごすごと帰宅した高坂仙吉(花道あきら)、盲目の恋女房・お吉(春日舞子)には隠していたつもりが、すでにお見通しだった。「あたしはおまえさんの女房だよ。そんなこと知らずでどうするものかえ」「兄弟分まで殺されて、すごすごと帰ってくるなんて」と、責められる。仙吉「おれは、お前一人を残して逝くわけにはいかなかった」「あたしのことなら心配いらない。眼は不自由でも女一人、何としてでも生きていける」「そうか、じゃあ敵討ちに行ってもいいんだな」「こんなこともあろうかと、用意しておいたよ」と着せられる白装束。「ありがとよ、これで男の意地が通せる」勇んで出立しようとする仙吉を、「あっ、おまえさん待って」と呼びとめ「後に心が残ってはいけない。どうぞ存分にうらみを晴らしておくんなさい」と言いながら、お吉は自刃した。思いもよらぬ女房の死、だがもう、仙吉が失うものは何もなかった。「わかった。存分に働いて、すぐに後から逝くからな」一景は、愁嘆場(京極幸枝若口演の節劇は秀逸)で幕が下りた。
 二景は打って変わり、底抜けに明るい舞台、腹を減らした二匹の素浪人・宮本むさくるし(蛇々丸)、佐々木乞食(春大吉)、フラフラと登場。歌舞伎「もどき」の「三枚目」、京の町にやってきたが、仕事が見つからず無一文、朋輩の鼻まで「団子」に見える。そこへ、新蔵の娘・お京((三代目虎順)が通りかかった。「食い気より色気」、たちまち二人の浪人は「ものにしよう」とナンパする。危機一髪、お京を救ったのは、誰あろう、これから父・新蔵を討ちに向かう途中の仙吉だった。執拗に絡みかかる素浪人、「おのれ、手は見せぬぞ」と「型どおり(歌舞伎調)」の口跡に、「手は見えてるよ」、「みどもの太刀筋をかわしおったな」「そんな太刀筋、誰でもかわせるよ、何ごちゃごちゃ言ってんだ!早く失せろ!」と現代風にいなす仙吉、そのやりとりが実におもしろい。峰打ちを食らわして二人を退散させると、舞台に残ったのは仙吉とお京。「助けてくれと頼んだ覚えはない。お礼は言わないよ」と突っ張るお京に、「気の強え娘だ。おまえさん名前は?」「あたし?あたしは、京都一円を取り仕切る名張屋新蔵の娘・お京と言うのさ!」そうだったのか、では、あの憎っくき仇の娘か、まあいいや、先を急ごう、二人は連れだって、名張屋一家へと向かう。
三景は、新蔵宅。娘の帰りが遅いのを心配する新蔵。子分を迎えにやらせようとしたとき、お京が帰ってきた。「今、京の町は危険がいっぱい、娘のひとり歩きは物騒だ。・・・・」くどくどと説教を始める新蔵に、「お父っつあん、もう終わり?」、馬耳東風のお京。「あのね、悪いお侍に絡まれたの」「そら、言わんこっちゃねえ。お前にもしものことがあったら、死んだおっ母さんに申し開きできねえ・・・・」「お父っつあん、もう終わり?でもね、私を助けてくれたお人がいたの」「そうかそうか、で、その人はどこのお方だ」「知らない!」「なんだ、お前、助けてくれたお方の名前を聞かないできたのか、それじゃあお礼もできないじゃないか」「そんな心配いらないわ、今、そこに来ているもの」「それを早く言わないか、早く家の中にお通ししろ」
 かくて、仙吉は仇敵・新蔵と対面する。「どこのお方か存じませんが、このたびは娘の危ないところをお助けいただき、ありがとうがござんした」丁重に礼を言う新蔵に向かって、「やい新蔵、よくもオレに恥をかかせやがったな!今日は兄弟分の仇を討ちに来たんだ」と仙吉は宣言する。「なあんだ、お前は仙吉か。返り討ちに遭う前に消え失せろ!」「そうはいかねえ。お前に渡すものがあるんだ」「ふうん、手土産持参とは感心なやつだ」仙吉が渡した「手土産」とは、恋女房・お吉の生首、驚愕する新蔵、しかし「おまえの女房にしては出来過ぎ、相手になってやろう」、抜刀して立ち上がる。「望むところだ、覚悟しやがれ!」情感溢れる法華太鼓をバックに、たちまち始まる立ち回りは、小道具の脇差しが本身と見間違うほどの真剣勝負、見事な殺陣であった。わずかに仙吉のドスが優り、新蔵は深手を負う。子分達は黙っていない。「野郎!ゆるさねえぞ」といきり立つのを静かに制し、新蔵は言った。「もし、仙吉さん。勝負はついた。オレの負けだ。それにしても、お前はいい男だなあ・・・」「何だと?」荒い息の中から新蔵の長ゼリフ。要するに、妻に先立たれ、自分も労咳、一人娘の行く末を案じて「婿」を探したが、どれをとっても「帯に短し襷に長し」で見つからない、そんなとき、白羽の矢が立ったのは仙吉だった、しかし、仙吉はすでに所帯持ち、「婿」にはできない腹いせに、万座(花会)の席で 恥をかかせた次第、馬鹿な親だと嗤ってくれ、お前からもらった小指、兄弟分の亡骸は大切に回向しているつもりだ、という話。座長・鹿島順一の長ゼリフは、それだけで一話の「人情噺」、すべてを察した仙吉に、名刀「小鉄」と一家の行く末を託し、亡妻のもとに旅立つ新蔵、それを支える仙吉、お京、子分たち、どの劇団の舞台でも観ることができない「至芸」(会津小鉄誕生秘話)であった、と私は思う。ただ単に「意地の張り合い」「格好良さ」を形で見せるのではなく、底に流れる「人情」に注目し、それを役者のキャラクターに合わせて表現しようとする「演出」が、群を抜いているのである。
舞踊ショーでは、三代目・虎順の「蟹工船」「忠義桜」は絶品。南條影虎の女形舞踊「夢千代日記」を追い越せれば、若手ナンバーワンになる日も遠くない。
会津の小鉄(不死身の小鉄)会津の小鉄(不死身の小鉄)
(1995/11/01)
京山幸枝若

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2018-06-10

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《水戸ラドン温泉で「関東公演」大団円》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年2月公演・水戸ラドン温泉〉                                       我孫子発10時27分快速水戸行き電車で、水戸ラドン温泉に向かう。大衆演劇「鹿島順一劇団」2月公演の初日を観るためである。1月公演は「つくば湯ーワールド」、茨城県民の中にも30~50人程度の「贔屓筋」ができたようだが、なにせ「美鳳」だの「新演美座」だの、無骨・野暮天な芸風がもてはやされる土地柄、「長居は無用」を決め込んで、早々に「帰阪」されることを祈念する。座長の口上によれば、関東公演は3月まで、心底より「御苦労様」と労いたい。
 さて、実を言えばこの私、昨年12月中旬から「闘病生活」を続けている。これまでの病歴は、①無症候性脳梗塞、②前立腺炎・前立腺肥大であったが、新たに、③慢性皮膚炎(湿疹又は汗腺炎)が加わった。症状は、胸前、背中、肩、腕、太股などが「ただひたすら痒い」ということである。「痛い」「息苦しい」といった症状に比べれば「まだまし」といえるが、それにしても「イライラする」「集中できない」という点では、かなりしんどい。これまでに3度、医師を替えたが、いっこうに改善されないのは何故だろうか。第一の医者は高名だが高齢(おそらく80歳代)で、耳が遠い。こちらの話を看護師が通訳する始末だが、これまでの処方ではピタリと(薬を使い終わる前に)と治癒していた。だが、今回はいっこうに改善しない。そこで第二の医師、東京下町の診療所、彼もまた高齢だが耳は聞こえる。「冬場になると湿疹がでます。いつもは薬を塗ると治るのですが、今回はよくなりません」というと、患部を一見して「ああ、慢性湿疹ですね。注意点は二つ、汗をかかないこと、患部を掻かないこと。薬を出しますから、薄く塗ってください」ということであった。脇で初老の看護師がしきりに論評する。「そんなに厚着してたら、汗をかかない方がおかしい。さあ、脱いだ、脱いだ、あんたまだ若いんだから・・・」、なるほど、体が汗ばんだときに痒みがひどくなる。的確な助言に恐れ入り、薬を頂戴して帰路についたが、その量たるや微々たるもの、三日もすればまた通院しなければならない。塗布してみたが痒みはとれない。そこで第三の医者登場、大学付属の総合病院皮膚科、今度は30歳代とおぼしき女医で一見たよりななかったが、患部を触ったり、皮膚片を顕微鏡で覗いたりという方法で「汗腺炎」という診断であった。以後2週間以上、服薬、塗布治療を続けているが、症状に大きな変化はない。一番効いたように感じたのは、「つくば湯ーワールド」の天然温泉であったが、これから行く「水戸ラドン温泉」の効能はいかがなものか・・・。
 水戸駅北口から路線バス(大洗方面行き)に乗って、栗崎で下車。徒歩1分で「水戸ラドン温泉」に到着。入館料は525円とべらぼうに安い。日曜日と会って客が殺到し、浴室のロッカーに空きがなく「しばらくお待ち下さい」とのこと、「先に、芝居を観ます」といって劇場(レストランシアター)に赴いたが、その異様な光景に仰天した。収容人数500人とは聞いていたが、その舞台の大きいこと、広いこと・・・。通常の劇場の3倍は優にあるだろう。客席は二人掛けのテーブルが(小学校の机のように)すべて舞台と正対している。その座席が、な、な、なんと満席。私が最も愛好する「鹿島順一劇団」が500人の観客を前に公演するなんて、夢のような話。しかも、芝居の外題は、劇団屈指の十八番「春木の女」とあっては、感激の極み、私の涙は留まることを知らなかった。「育ちそびれた人をバカにしてはいけない」「白い目で見てはいけない」といった「人権尊重」を眼目にした芝居を「初日」にもってくるなんて、だからこそ、私は鹿島順一が好きなんだ。この座長は「本気で仕事をしている」。ここは関東、さだめし「忠治御用旅」「会津の小鉄」など「武張った」演目からスタートすれば評判があがるだろうと思うのに、あえて関西を舞台とした人情劇で勝負を賭けるなんて、その「気っ風」のよさに感動する。
公演初日の「春木の女」、出来栄えは「永久保存版」、500人といった大人数の中でも、役者と役者、役者と観客の呼吸はピッタリ、最後列で突然なり出した、携帯電話の呼び出し音が舞台の座長にまで聞こえていようとは・・・。咄嗟に「あんたたちがだらしないから、携帯電話まで鳴り出しちゃったじゃないの!」といったアドリブで対応する座長の機転が、何とも可笑しく、場を盛り上げる。梅の枝健、春日舞子、蛇々丸、三代目虎順、花道あきら、それぞれが「精一杯」の役割を果たして、大団円となった。
 この劇団の関東公演は、平成19年11年に始まり、ほぼ1年3カ月、来月の川崎大島劇場で終わるそうだが、今月の舞台は「大劇場」、双六で言えば、まさに「上がり」といった景色である。おそらく、「鹿島順一劇団」、最高の舞台が「水戸ラドン温泉」で終わるだろう。私自身もまた、ここらあたりで「大衆演劇三昧」を「上がり」にするような時がきたようである。

無症候性脳梗塞―倒れる前に早期発見無症候性脳梗塞―倒れる前に早期発見
(2000/11)
中野 重徳

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2018-06-09

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《千秋楽は「人生花舞台」で夢芝居》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年2月公演・水戸ラドン温泉〉 2月公演の千秋楽、芝居の外題は「人生花舞台」であった。先月(1月公演・つくば湯ーワールド)とは違って、旧版どおり、元歌舞伎役者(老爺)・座長、清水の次郎長・花道あきら、一家子分大政・蛇々丸という配役だったが、水戸の舞台の最後を飾るためには「座長が主役」、なるほど、「立つ鳥は後を濁さない」という劇団(座長)の誠実さに脱帽する。花道あきらの次郎長、座長に比べて「貫禄は落ちる」が、彼独特の「人情味」(温かさ)の風情が魅力的、加えて、三代目・虎順の「三五郎」、蛇々丸の大政が舞台の景色を引き立てる。中でも、主人公・老爺(元歌舞伎役者)が次郎長に「昔話」を披露する場面(座長の長ゼリフ)で、一家子分役の、虎順、赤銅誠、梅之枝健、蛇々丸らが「凍りついたように固まって」座長の話に耳を傾ける様子は、圧巻。座長はいつも言う。「芝居で大切なのは『間』(呼吸)です。長ゼリフは意外に簡単。自分のペースでしゃべればいいのだから・・・。だいたいねえ、その(主役の長ゼリフの)時、他の役者は誰も聞いてなんかいませんよ、ひどいときには居眠りしている奴らだっているんですから・・・。」通常の劇団ならおっしゃるとおり、でも座長、あなたの劇団は違います。大先輩の梅之枝健を筆頭に、すべての座員があなたの「芸」を学ぼうと、必死に修行しているのです。その姿に、私たち観客は感動するのです。その姿から私たちは「元気がもらえる」のです。さてこの芝居、座長の相手は花形役者役の春大吉。この1年間で、一つ一つの「所作」「表情」に「見違えるような進歩」が感じ取れる。まず第一に、老爺自身が歌舞伎の実力者、その実力者(鹿島順一)が「惚れ惚れ」するような「芸」とはどのようなものであろうか。その姿を「具現化」することが春大吉の使命なのである。彼は「よく精進した」と、私は思う。花形役者の「色香」は十分、課題(目指すべき目標)は、坂東玉三郎の「品格」であろう。この演目を「鹿島順一劇団」の十八番として確立するためには、いつでも、どこでも、誰でもが、この花形役者役に挑戦できるという「からくり」を設けてみてはどうか。いわば、座長・鹿島順一が指南役、一人前の「登竜門」として、花道あきら、蛇々丸、虎順、赤銅誠が「次々に」花形役を演じる(試み)ができたなら・・・、本当の「夢芝居」と言えるのではないだろうか。



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2018-06-08

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「源太しぐれ」、座長「ちょい役」の意味》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉    芝居の外題は「源太時雨」。配役は、主役の源太・春大吉、その親分・蛇々丸、盲目の浪人・三代目虎順、その妻・春夏悠生という顔ぶれであったが、肝腎の座長・鹿島順一は悪役の親分(蛇々丸)に「おい、野郎ども! やっちまえ!」と呼ばれて、幕切れ直前に登場する、「野郎ども」(その他大勢の「ちょい役」)に甘んじる。ここらあたりが、この劇団の「実力」というものであろう。どこの劇団でも、座長が「その他大勢」の「ちょい役」ですませられるところはない。わずかに、「春陽座」の初代座長・澤村新吾が「ちょい役」に回ることがあるくらいである。「鹿島順一劇団」の実力は、座長が「ちょい役」に回っても、その他の座員だけで「十分に見応えのある」舞台を作り出せる点にあるのだ。「みんなが花形」「みんなが主役」「芝居はみんなで作るもの」といった理念にもとづいて、それが言葉だけでなく、いつでもどこでも「具現化」できることが素晴らしいのである。筋書は、大衆演劇の定番、行き倒れになった盲目の浪人とその妻、二人の間にできた乳飲み子を救ったのは土地の親分、しかし、それは形ばかりで、実はその妻と密通、ひそかに浪人を「消してしまおう」というもくろみ。恰好の人物として白羽の矢をたてられたのが、子分の「源太」、五両の礼金で「仕事」を請け負った。出かけようとすると浪人の妻が言う、「あの、赤ん坊も一緒に殺っておくんなさい」。「えっ?何ですって」と耳を疑う源太、しかし「子ども料金もいただけるなら・・・」と同意する。かくて、眼なし地蔵の前、源太の「盲目浪人・父子殺しの場」が現出するはずであったが、赤子の「火の付くような泣き声」に押されて、どうしても太刀が下ろせない。その泣き声は「チャンを、殺らないで!」(武家風に言うなら、「お父上をお助けください!)というように聞こえた、という。その「感性」こそが、この芝居の眼目に他ならないが、若手・春大吉の「所作」「表情」は、源太の「改心」を見事に描出していた、と思う。源太は浪人父子に五両まで手渡して解放、野良犬を斬り捨てて、刀の証拠作り、親分からさらに五両せしめる「したたかさ」、刀と着物を返せという親分に「怪談話」をでっちあげて「震え上がらせる」ドタバタ場面が「絵」になっていた。悪役が「途端に三枚目化する」蛇々丸の「至芸」は、相変わらずの出来栄え、しかも今回は妻・春夏悠生の風情に「変化」が出てきた。「冷酷」さのなかに「悔恨」の雰囲気を醸し出せれば申し分ないのだが・・・。
盲目浪人の目が明き、源太とともに、めでたく「間男成敗」の場面で、この「勧善懲悪」劇(秀作)は終幕となったが、ふりかえってみれば、春大吉、三代目虎順、蛇々丸、春夏悠生の四人だけで十二分の「舞台作り」ができてしまった、背後には座長、春日舞子、花道あきら、梅之枝健といった「そうそうたるメンバー」が控えているにもかかわらず、という点が「ものすごい」(この劇団の実力のすごさ)、と私は思う。
 舞踊ショーに登場した新人、赤胴誠、春夏悠生、生田春美の「成長」「変化」にも、目を見張るものがある。何よりも、舞台での「立ち姿」、「所作」一つ一つの「基礎・基本」が身につきつつある点が、たのもしい。「形は形」なのだが、「形だけでない形」(形に込められた気持ち)を学ぶことが、今後の課題だと思われる。彼らは、まさに「発展途上」、ますますの「成長」「変化」「おお化け」が楽しみである。



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2018-06-07

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「紺屋高尾」、舞踊・女形大会、歌唱「瞼の母」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年3月公演・小岩湯宴ランド〉
 昼の部、芝居の外題は「紺屋高尾」、舞踊ショーは「女形大会」、夜の部、芝居の外題は「忠治御用旅」、舞踊ショーは「人生劇場」、いずれも特選狂言と銘打っていた。観客は「大入り」、以前「どこまでもつか?」とほざいていた客も顔を見せていたが、「友也(紫鳳)だって、これくらいは集められる。ここに出入りできないなんて、組合のやり方がおかしい」などと「八つ当たり」する始末。騒然とした雰囲気の中だったが、かえって座員の気持ちは引き締まり、舞台は今まで以上の「出来映え」であった。
「紺屋高尾」の夜鷹・鼻欠けおかつ(蛇々丸)は「絶品」で、三条すすむと「肩を並べている」。特に、セリフの出番がないときの、何気ない「所作」が魅力的で、客の視線を独占してしまう。この役は、「鼻欠け」という奇異感を超えた「あわれさ」「可愛らしさ」を漂わせることができるかどうか、が見所だが、十分にその魅力を堪能できる舞台であった。「女形大会」、座長の話では、めったにやらない(やろうと思ってもできない)演目とのこと、化粧・着付けを支援する、専門の「裏方」がいないためだ。今日は、春日舞子が「裏方」に徹したのだろう。普段見られない、蛇々丸、梅乃枝健の「女形」を観られたことは幸運であった。蛇々丸の「舞姿」は格調高く、「地味」に徹していたことが素晴らしい。「妖艶さ」を追求しないのは、「男優としてのプライドが許さない」(客に媚びを売らない)というモットーからか・・・。梅乃枝健の「女形」は、春日舞子と見紛うほど、「さすが」「お見事」の一語に尽きる。柏(昨年11月)、川越(2月)、小岩(3月)と通い続けて、ようやく二人の「女形」を目にすることができ、大いに満足した。
 夜の部、歌謡ショーで唄った座長・鹿島順一の「瞼の母」は、「天下一品」。彼の「歌唱」の中でも、抜群の「出来栄え」であった。番場の忠太郎は、ヤクザとしてはまだ「若輩」、どこかに「たよりなさ」「甘え」を引きずっている風情が不可欠だが、その「青さ」をもののみごとに描出する、座長の「実力」は半端ではない。「こんなヤクザに誰がしたんでぃ・・・」という心情が、言葉面だけでなく「全身」を通して伝わってくる。他日、どこかで聞いた座長の話。「私の歌をCDしないか、というお話がありましたが、私は歌手ではありません。役者風情の歌など余興(時間つなぎ)にすぎません。おそれおおいことだとお断りしました」。その「謙虚さ」こそが、彼の「実力」を支えていることは間違いないだろう。
とはいえ、鹿島順一の「芝居」「舞踊」「歌唱」が、その日その日の「舞台」だけで、仕掛け花火のように消失してしまうことは、何とも残念なことではある。
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