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2017-08-20

劇団素描・「劇団美鳳」・《客席風景》(平成20年6月公演・みのりの湯柏健康センター)

【劇団美鳳】(総座長・紫鳳友也、座長・林京助)〈平成20年6月公演・柏健康センターみのりの湯〉
 この劇団は、昨年、同じ場所で見聞したことがある。その時の様子を綴った雑文は以下の通りである。(内容は客席の様子で、舞台のことには触れていないが・・・)
 
 東京近郊の「健康センター」併設の劇場、開演1時間前に、七十歳とおぼしき男性客が一人で入ってきた。桟敷に座布団、客はまばらである。「ええと・・・。どこに座ってもいいのかな?おねえさん(劇場従業員)、芝居見たいんだけど、どこに座ってもいいの?」従業員が応じる。「座布団の上に荷物がなければ、どこでもいいですよ」「ああ、そう。じゃあ、どこがいいかな・・・」と言いながら、あちこちと見やすそうな席を物色している。見かねた常連客(女性・七十歳代)がアドバイスした。「そこが見やすいわよ、そこにしたら?」「ああ、そう・・・。ここが見やすいの。じゃあ、ここにしよう」と言って男性客は荷物を置き、常連客に話しかける。「ありがと、おかあさん(常連客)。よく見やすい席、知ってるねえ。いつも来てんの?そうか、わかった、おかあさん、ひょっとすると『おっかけ』だろ。そうだ、そうだ、『おっかけ』にちがいねえや」常連客は、「はばかりさま、大きなお世話!」という風体でそれには応じなかった。しかし、男性客の言動は止まらない。あたりをキョロキョロ見回すと、再び従業員の所に行って、なにやら尋ねている。「初めてなんで・・・」という言葉の後は不明であったが、従業員の応答でその内容が私にはわかった。「お芝居の時はだめです。舞踊ショーになったら、役者が近くに来ますので、その時にあげてください」役者に御祝儀をプレゼントするタイミングを尋ねたのである。席に戻った後も、男性客は続々と詰めかける観客を相手に大きな声で話しかける。「オレは芝居が好きなんだよ。一度、こういうところで見てみたくてね。楽しみにしてきたんだ」客席は「大入り」となったが、開演直前まで男性客の声は聞こえていた。(うるさい客が雰囲気を壊さなければよいのだが・・・)と、誰もが感じていたに違いない。だがしかし、である。開幕と同時に、男性客の(耳障りな)声はピタリと止まった。「オレは芝居が好きなんだよ」という言葉は真実だったのである。大勢の観客の中に同化し、誰もが男性客の存在を忘れて、芝居は終わった。さて、いよいよ舞踊ショーの始まりである。(はたして件の男性客は御祝儀をプレゼントできるだろうか)「大入り」の客席は、熱気に包まれ、身動きできない状態の中、番組は次々と進行し、とうとう総座長(「劇団美鳳・紫鳳友也)の登場となった。(この雰囲気の中で初めての客が「花を付ける」ことは無理だろう)と私は思っていた。だがしかし、である。総座長が客席に降り、男性客の席に近づいたとき、周囲の客に「押し出されるように」して、彼自身は(スポットライトを浴びながら)役者の前に進み出ていたのである。ふるえがちな手で、しわくちゃの一万円札を総座長の懐に押し込むと、求められた握手も振り払い、顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに席に戻る。周囲の拍手喝采が一段と高まった。
 私は、この男性客の積極的な「コミュニケーション能力」、「行動力」に敬服する。初めての場所で、初めての人たちを相手に、「初志貫徹」した、彼の「実践力」こそ「大衆演劇」を支える「大衆のエネルギー(源泉)」そのものではないだろうか。

 さて、「劇団美鳳」は、「劇団紹介」によれば「プロフィール 東京大衆演劇協会所属。平成15(2003)年旗揚げ。総座長・紫鳳友也 昭和55(1980)年6月8日生まれ。大阪府出身。血液型AB型 座長・林京助 昭和48年(1973)年11月27日生まれ。大阪府出身。血液型AB型」とある。何とも「そっけない」内容で、必要最小限の情報しか記されていない。また、キャッチフレーズは、「華麗な兄弟座長が、熱と力で魅せる舞台。華やかな紫鳳哲友也と、個性が光る林京助。二人の座長と、個性豊かな座員がずらりと揃った関東の人気劇団。二人に座長、副座長・北城嵐、頭・東城夢之介、花形・扇さとしと、芸達者が肩を並べているので、人情芝居、剣劇、喜劇、何でもこなせる守備範囲の広さが強みです」であったが、要するに「あっさり」した「関東風」の芸風が目玉ということであろう。「関東の人気劇団」であることは事実で、たしかこの劇場での「大入り」記録を持っているはずである。(昼の部では入場できないことも、しばしばであった)人気の秘密は、男らしい、武張った雰囲気の(それでいてどこかコミカルな)林京助、対照的に、華麗で艶やかな(どこまでも真面目な)紫鳳友也の二人が「醸し出す」コンビネーションの妙にあると思われるが、それを脇から支える扇さとし、東城夢之介の存在も不可欠、さらには、後見(副座長?)・北城嵐の「実力」が舞台全体の礎となっていることは間違いない。 
 今日は、舞踊ショーだけを見聞したが、林京助が踊った「ブランデーグラス」の歌声は石原裕次郎ではなかった。林京助が(踊りながら)舞台袖の幕を「そっと開け」歌い手を見せようとする。でも、その歌い手は決して客席に顔を見せようとしない。裏方に徹しているのである。いったい誰が歌っているのかは「知る人ぞ知る」、私にはわからなかった。そしてまた、その歌声のすばらしさは、石原裕次郎を「はるかに」超えていたのである。このあたりが「関東風」の演出で、客の人気を「かっさらう」源ではないだろうか。ラストショーの一つ前は「道頓堀人情」(唄・天童よしみ)、出色の役者が登場したが、誰だか私にはわからない・「劇団美鳳」といえば、林京助・紫鳳友也、後は扇さとしのはずだが、いったいあれは誰なのか。
 もし、それが北城嵐だったなら、私はすべてを納得する。「後見」「副座長」などという役柄は、まさに「補佐」、「決して目立たない」ことが条件になるからである。
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(2005/12/07)
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2017-08-19

劇団素描・「劇団荒城」・《芝居「め組の○○」》

【劇団荒城】(座長・荒城真吾)〈平成20年4月公演・十条篠原演芸場〉                                         この劇団は、昨年、川崎大島劇場で見聞済み。当時、座長は入院治療中のため不在だったが、若手役者が団結して、重厚な芝居(「浮草物語」)に挑戦していた。舞踊では荒城蘭太郎、芝居では光城真が目立っていた。
「劇団紹介」によれば、「劇団荒城 九州演劇協会所属 昭和22(1947)年4月、初代・荒城月太郎が創立。主に九州で活躍していたが、現座長・荒城真吾が三代目となってから、特に関東方面での評価が高まり、平成16(2004)年8月、念願の大阪初公演を果たす。 座長 荒城真吾 昭和49(1974)年8月12日生まれ。福岡県出身。血液型O型。初舞台4歳。平成15(2003)年2月座長就任。新生『劇団荒城』のより一層の飛躍を目指し、土台作りに情熱を傾けている」とある。またキャッチフレーズは「古典も新作も。本格派の芝居が一番の売りです。座長・荒城真吾と、脇を固める一人一人の個性を生かした舞踊と芝居。役の人物がそこに生きているような血の通った芝居、それが荒城流です。座長・荒城真吾の華、劇団員すべてのエネルギーがぶつかり合い、火花を散らし、大きなうねりとなって、迫力の舞台を作り上げています」とある。
今回は、復帰した座長の作・演出による特選狂言「め組の○○」(○○は失念)を観ることが出来たが、まさにキャッチフレーズ通り、「本格派の芝居」を堪能できた。大衆演劇の「伝統」を踏まえながら、「人情劇」を超えた「ヒューマン・ドラマ」を目指しているように感じた。筋書きは単純・明快、病母の薬代を稼ごうとスリの仲間に入った若者・清治(荒城勘太郎)を、火消し・め組の頭・新門辰五郎(座長)が更生させるという話。清治の「病母譚」は「真っ赤な嘘」という筋書きが通常だが、今回は「真実」、また、自分を救ってくれた辰五郎に「感動」する清治の表情に、すがすがしさを感じた。「血の通った芝居」を目指す座長の真摯な姿勢が窺われる。新入りの清治を取り巻く「若い衆」との「かかわり」、辰五郎の娘(うば桜)の風情、小頭が跡目を継げなかった「くやしさ」と葛藤等々、多彩な場面の連続で、「脇を固める一人一人の個性を生かした芝居」「役の人物がそこに生きているような」「荒城流」の芝居を満喫することができた。
舞踊ショーで、荒城蘭太郎の「至芸」を期待したが、今は「子供」から「大人」への過渡期、果敢に「立ち役」の本格的舞踊に挑戦する段階なのであろう。今後の成果に期待したい。
新門の辰五郎新門の辰五郎
(2002/01/23)
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2017-08-18

劇団素描・「劇団章劇」・《芝居「御用晴々街道」の舞台模様》

【劇団章劇】(座長・澤村章太郎)〈平成25年5月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は「御用晴々街道」。筋書きは大衆演劇の定番、私は今年の3月に、湯ぱらだいす佐倉で「鹿島順一劇団」が演じた舞台を見聞している。以下は、その時の感想である。〈午後0時30分から、佐倉湯ぱらだいすで大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・三代目鹿島順一)。芝居の外題は「月の浜町河岸」。幕が開くと、そこは浜町河岸の料亭・一力茶屋の玄関先。足に包帯を巻き、杖をつきながら登場したのは木場の職人(?)源吉(花道あきら)。一力茶屋の仲居頭・お蔦(春夏悠生)とは「いい仲」で、「仕事中に事故に遭ったケガをした上、高価な材木まで駄目にしてしまった。五十両工面して欲しい」という。お蔦、思案に暮れたが、茶屋の若主人(赤胴誠)に頼もうと決心した。今では、お腹の中に源吉の子まで宿しているのだから。しかし、この源吉は、とんだ食わせ者、お蔦の朋輩・おふく(幼紅葉)と示し合わせて、まんまと五十両を詐取、遁走してしまった。茫然自失のお蔦の前に現れたのが、スリの金太。すれ違いざまにお蔦の紙入れを掏りとったが、飛んで火に入る夏の虫、尾行していた目明かしの親分(甲斐文太)に、たちまち捕縛される。「オレは銭形平次の兄貴分だ。とうとう捕まえたぞ。神妙にお縄につけ」「ごめんなさい。ほんの出来心で。家には病気のおっかさんと十人の弟妹が、私の帰りを待っておりやす」「嘘つけ。この前、捕まえた時には、親に死なれた、野中の一本杉と言っていたじゃねえか」「ああ、あの時の親分でしたか」などという「やりとり」を聞いていたお蔦、「親分、いいんです。この紙入れは、私があげた物、その人の縄を解いてやってください」と言う。「えっ!?」、びっくりしたのは、金太と親分、そしてその子分(梅之枝健)、「本当にいいんですか」お蔦、金太の顔を見つめながら「根っからの悪人とは思えません。心を入れ替えて真人間になってください」。親分、しばし黙想した後、静かに縄を解き、「金太、オレは悪いクセがあってな、あることに夢中になると、しなければならないことを忘れてしまうんだ。見てみろ、今宵の月はきれいだなあ・・・」と言いながら、「逃げろ!」と所作で暗示する。金太、「信じられない」という表情で逃げ去ったが、「親分、金太が逃げましたよ、いいんですかい!?」という子分の声に「えっ?逃げた。ちっとも知らなかった。金太、待ちやがれ!」。その一声を聞いて、あわてて立ち戻る金太、それを見てずっこける親分、バカ、早く逃げねえか、お蔦さんの気持ちがわからねえのか!といった「人情」が、いとも鮮やかに描出される。二、三度と繰り返される絶品の名場面に、私の涙は止まらなかった。なるほど、この親分、銭形平次に「銭の投げ方」を伝授しただけの貫禄はある。舞台は二景(前景から1年後)、その親分が、なぜか、意気消沈、川に身投げをしようとする様子(実を言えば大事な十手を盗まれた由、死んでお詫びをする他はないという存念)、「よしなせえ。何をするんだ」と止めに入ったのは、誰あろう、一年前、お蔦と親分の情けで解き放たれた金太、一年前とは打って変わり、こざっぱりとした堅気風情の旅姿、腕利きの(簪の)飾り職人に成っている。「おまえは金太!ずいぶんと立派な姿になったもんだ」「ありがとうございます。おかげさまで、生まれ変わることができました。手先の器用さを活かして、簪を彫っております」「うーん、見事だ」、その出来映えに元気づけられてか、親分の気持ちも変わった。「失敗は誰にもある。やり直すことが肝腎だ。身投げをやめて手柄を立てよう」。思い直して立ち去る親分、彼を見送る金太の姿には「お蔦さんはお達者か・・・。まだ独り身でいるだろうか・・・。この簪をぜひさしてもらいたい」という心中も、仄見えたのだが・・・。そのお蔦、今では一力茶屋の女将に収まって、若主人、生まれた子どもと三人、幸せな日を送っている。しかし、そこにやって来たのは、懲りない源吉、一年前とは打って変わり、よれよれの単衣に身をまとい、薄汚れた無精髭の(無頼の)風情で現れた。お蔦を呼び出して「お決まり」の恐喝、その様子を窺っていた金太、思わず、飛び出して源吉と渡り合う、といった場面で舞台は大詰めへ。またまた「野中の一本杉」に舞い戻ってしまった金太、一年前と同じように、浜町河岸の月は美しく輝き、縛られた手でお蔦の髪に差し掛ける簪の光がキラリと光る、見事な幕切れであった、と私は思う。この芝居の眼目は「許す」ことの大切さ、それが三つ巴になって、舞台は進行する。一はお蔦と金太、二は目明かしの親分と金太、三は茶屋の若主人とお蔦、三者が三様に「相手を許す」ことによって「救われる」のである。お蔦を演じた春夏悠生、まだ師・春日舞子の風情には及ばないとはいえ、「思い切った」「渾身の」演技は見事であった。加えて、一力茶屋若主人の赤胴誠、「つっころばし」の風情の中にも、凜とした芯の強さを窺わせ、たいそう魅力的であった。極め付きは、三代目鹿島順一の金太、堅気姿に生まれ変わった景色が、それだけで親分の「迷い」を払拭する(身投げを思い直させる)、溌剌とした清々しさを舞台一面に漂わせていた。また、大詰め、無言の「節劇」では、秘かに愛する人(お蔦)のため、(源吉を)「許せなかった」ことへの悔恨、所詮、自分は「野中の一本杉」に過ぎなかったという、どうしようもない「寂しさ」「虚しさ」を、ものの見事に描出する。その「実力」は半端ではない。休憩時、喫煙室での老女の話。「やあ、よかったよかった。初めての劇団だけど、はまっちゃったよ。お客が少なくて可哀想・・・」。おっしゃるとおり、でも、お客が少ないことと、劇団の実力は関係ない。むしろ、老女の「鑑賞眼」こそお見事!今日もまた、大きな元気を頂いて、帰路に就いたのであった〉。
 さて本日の舞台の出来映えや如何?外題の違いからも判るように、「鹿島順一劇団」は時代人情劇、「劇団章劇」は時代明朗劇で、その趣きも異なっていたが、面白さにおいては「いずれ菖蒲か杜若」、甲乙をつけることはできなかった。一力茶屋は「水月」、仲居の名はお蔦・梅乃井秀男と変わりなかったが、スリの名は○○(失念)・副座長・澤村蓮、十手持ち親分・右京誠、スリ仲間の頭・澤村ダイヤ(?)、「水月」の主人・座長・澤村章太郎、お蔦の情夫・澤村雄大、お蔦の後輩・澤村七知という配役で、舞台の景色は、三枚目に徹したスリ・澤村蓮の独壇場、右京誠、澤村七知、澤村ダイヤとの「絡み」が絶妙、「関東風」の粋な風情が何とも魅力的であった。座長・澤村章太郎は「ちょい役」、お蔦が抱いている赤児(人形)を見やりながら「本当におとなしい子だ、よく寝ているねえ」といって、顔を無造作に撫で回す。その場面だけでも「絵になる」(以後の登場はなかった)のだから、贔屓筋にはたまらない。元スリの澤村蓮、堅気の行商人になって、さわやかに登場、今では「毛生え薬」を商っている。そこに現れたのが、スリ仲間の頭・澤村ダイヤ、禿げの鬘に「毛生え薬」(100円ショップで調達したスプレー瓶の水)を吹きかければ、たちまち今風の「ざん切り頭」に変貌するという趣向は秀逸、抱腹絶倒場面の連続であった。筋書きは「月の浜町河岸」と変わらないが、要所要所は「喜劇」仕立て、澤村蓮、性悪の情夫・澤村雄大を「はずみで殺めてしまった」が、殺されたのが札付きの悪党だとわかって、「お咎めなし」で大団円。小気味のよい痛快さを求める観客(大衆)にとっては最高の舞台であった、と私は思う。今回の見聞は3年ぶりであったが、若手・澤村ダイヤ、澤村雄大、澤村七知の「成長」(舞台度胸がすわってきた)は著しく、目を見張るものがあった。今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就くことができた次第である。
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2017-08-17

劇団素描・「劇団ふじ」・《芝居「浅草三兄弟」》

【劇団ふじ】(座長・藤仙太郎)〈平成20年7月公演・川越三光ホテル・小江戸座〉
「劇団紹介」によれば〈プロフィール 劇団ふじ 九州演劇協会所属。昭和50(1975)年、初代・藤ひろしが創立。長谷川武弥座長(「長谷川武弥劇団」)、藤千代之助座長(「藤千代之助劇団」)、三代目・藤ひろしなどが歴代の座長を務めた。平成18(2006)年1月1日に藤仙太郎、美月姫之助が座長を襲名した。伝統を重んじながらも、若さあふれる舞台を繰り広げている。座長 藤仙太郎 昭和57(1982)年7月12日生まれ。大分県出身。血液型O型。初舞台13歳。同劇団の座長・美月姫之助、花形・水木利子の実兄。『藤仙太郎』としては初代(父・長谷川武弥)に次いで二代目となる。平成18(2006)年1月1日に「劇団ふじ」座長を弟とともに襲名。芝居での二枚目、女性以上に艶っぽさを感じさせる女形は観る者を魅了する。座長 美月姫之助 昭和60(1985)年1月30日生まれ。福岡県出身。血液型A型。初舞台1歳。同劇団の座長・藤仙太郎は実兄、花形・水木利子は実妹。10歳ごろから本格的に役者の道に進む。平成18(2006)年1月1日に「劇団ふじ」座長を兄とともに襲名。粋な役から悪役まで幅広い役柄をこなす一方、常に新しいことに挑戦しようという気概にもあふれている。劇団総指導 三代目・藤ひろし 昭和52(1977)年10月7日生まれ。岡山県出身。血液型A型。初舞台1歳。平成13(2001)年に中津健康センター(大分県)にて「劇団ふじ」の座長を襲名。やく5年に渡り劇団を率いてきたが、平成17(2005)年12月に劇団を弟二人(藤仙太郎、美月姫之助)に託し、約2年に渡りフリーとしてさまざまな劇団に参加。平成19(2007)年9月、劇団総指導として「劇団ふじ」に復帰。〉とあった。また、キャッチフレーズは〈高貴な美しさの象徴「ふじ」の名の元に。若いながらも十分なキャリアを持ち合わせた兄弟を中心に、美しき花を咲かせている「劇団ふじ」。由緒ある劇団ならではの伝統を大切にしながらも、若い感性で見事に現在(いま)を取り入れ感動の舞台を華麗に繰り広げる〉である。
 要するに、長谷川武弥の息子3人、娘1人が中心となって、かつて父親が率いていた劇団を引き継いだということであろう。劇団責任者は美月里笑、他に、小月しのぶ、初代・藤ひろし、藤裕次郎、藤竜太郎、美月麻理、滝美鈴、長谷川千尋(子供)、長谷川大地(子供)、美月奈々(裏方)らのメンバーが名を連ねている。顔写真を見ると、初代・藤ひろしは、藤千代之助と「そっくり」なので、もしかしたら親子かも知れない、などと想像をめぐらせた。 
 芝居の外題は「浅草三兄弟」、昨日観た、「藤千代之助劇団」の演目と全く同じだったので、双方を「比べる」ことができた。筋書、景色、風情ともに「ほぼ同じ」だが、「味わい深さ」の点(役者の個性・実力)では、「藤千代之助劇団」の方が優るのではないか。 座長・藤仙太郎は、今のところ、長谷川武弥の「コピー」に甘んじている。むしろ、美月姫之助の方が「個性的」で、今後の可能性を感じた。
 舞踊ショー、小月しのぶの「かえり船」、美月里笑の「天竜下れば」は、絶品。それを観られただけでも、今日の収穫は大きかった。
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2017-08-16

劇団素描・「劇団都」・《芝居「岡崎の夢」、名子役・都侑奈が描出する珠玉の「名場面」》

【劇団都】(総座長・都京太郎)〈平成23年9月公演・小岩湯宴ランド〉
「湯宴ランドニュース」(2011年9月 Vol.7)には以下の記事があった。〈劇団都 総座長・都京太郎 座長・都京弥 座長・藤乃かな 平成元年5月に旗揚げした人気劇団です。「忠臣蔵」など、侍物のお芝居が十八番で、舞踊ショーも見ごたえ充分です。長谷川京也が藤乃かなと結婚し、都京弥となり、今年4月に二人とも座長襲名しました。新しい座長も加わり、更に進化を遂げた「劇団都」にどうぞご期待下さい〉。昼の部、芝居の外題は「土方一代・岡崎の夢」。一匹の旅鴉(座長・藤乃かな)が岡崎の宿を通りかかると、ある宿屋の娘(天乃ゆき?)がら、いきなり「このお方や、わたしのコドモのおとうさんは!」と指を差された。旅鴉、驚いて「違う、違う」と否定するのだが、隠せぬ証拠は額の傷・・・。乳飲み子を抱いた宿屋の主人(特別出演・大門力也)も登場、「そうか、お前さんか!うちの娘にコドモを生ませた奴は・・・。お前さんが堅気なら婿として迎えるが、アンタはヤクザ、人間のくずだ。この子を連れてどこへなりと消えうせろ」と言い終わるや、乳飲み子を旅鴉に向かって放り投げた。あやうく抱きとめた旅鴉、心根は温かい好人物の風情で、「しょうがない、あっしが育てましょう。そのかわり、今後、どんなことがあっても、この子を返してくれとは言わないでしょうね」、主人、きっぱりと「知れたことだ、たとえお天道様が西から出ようとも、川の水が下から上に流れようとも、天と地がひっくり返ろうとも、わたしの首が落ちようとも、その子を返してくれなどと言うものか」と啖呵を切った。以来4年、旅鴉は「男手一つで」その乳飲み子を育て上げた。
コドモの名前は「新吉」(子役・都侑奈)、(今では土方となって懸命に働いている)旅鴉
に手を引かれて工事現場に登場。その姿が何とも愛らしく、そこに居るだけで「絵になる」風情を醸し出す。話の筋は、定番どおり、そこに本当の父親(侍、座長・都京弥)が現れて、宿屋の主人、娘(母親)ともどもに「その子を返してくれ」と懇願する。旅鴉、「とんでもねえ、この子はあっしのコドモでござんす!」と突っぱねるが、現場の親方(総座長・都京太郎)に諭されて、泣く泣く、コドモを返すことに相成った。「新坊、チャンはウソをついていた。オメエのおとっちゃんとおっかちゃんはあの人たちだ。そして、その隣に居るのが(チャンは気にいらねえ人だけど)オメエのおじいちゃんなんだ」と言いながらコドモの背中を押し出した、新吉、三人をしっかり見つめ、「違う、違う!おとっちゃんじゃあない、おっかちゃんじゃあない、おじいちゃんじゃあない」と言い放つ。すぐさま振り返ると、「オイラのおとっちゃんはオメエだよ」と泣きながら、旅鴉に抱きついた。文字通り「生みの親より育ての親」という芝居の眼目が、一瞬にして結実化した、珠玉の名場面であった、と私は思う。加えて、旅鴉こと藤乃かなが大詰めで、泣きながら奏でる竹笛の「子守唄」もお見事!、なるほど「劇団都」、「新しい座長」に、都侑奈という「名子役」も加わって、更なる「進化」を遂げたことを心底から納得した次第である。この劇団には、他に、三都見金蔵、四城かずや、天乃ゆき、光乃みな、華乃せりな等々、個性的で魅力的な座員が、綺羅星のごとく居並んでいる。今後は「適材適所」、彼らの「出番」が壷にはまれば、「更なる進化」は、より磐石なものになるであろうと思いつつ、岩盤浴に向かった。
竹田の子守唄―名曲に隠された真実竹田の子守唄―名曲に隠された真実
(2003/02)
藤田 正

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2017-08-15

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「アヒルの子」、名文句の謎》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年4月公演・東洋健康センターえびす座〉                                                                       東北新幹線郡山駅からバスで20分、磐越西線喜久田駅(無人駅)から徒歩15分のところに東洋健康センターはある。インターネットの情報では、やたらと劇場の「悪口」が書かれていたが、「聞くと見るとでは大違い」。数ある健康センターの中でも、浴室の広さ、泉質のよさ、仮眠室の追加提供等々、ぬくもりと、きめの細かなサービスにおいては、屈指の施設だ、と私は思った。もっとも、鹿島劇団は、観客への「癒し」・「元気」のプレゼントにおいては屈指の実力の持ち主、この劇団が行くところ、行くところの施設・劇場には、つねにそうした「至福の空気」が漂うことは間違いない。劇場の案内では「人気劇団初登場!!」と宣伝されていたが、鹿島劇団を「人気劇団」と評す「小屋主」の目は高い。地元常連客の評価「今日は土曜日、いつもなら大入りだが、なにせ初めての劇団だから、それは無理か・・・」。鹿島劇団の「人気」とは「数」ではない。今日も、秋田から「元気」をもらいに「駆けつけてきた」御贔屓がいるではないか。強いて言うなら、「お客様のために、あえて《大入り》を目指さない」とでも言おうか、「ゆとりのあるスペースの中で、楽しんでいただきたい」とでも言おうか、いずれにせよ、観客の「数」にかかわりなく、つねに「超一級の舞台」を目指すことがこの劇団の特長なのである。
 芝居の外題は「アヒルの子」、社会人情喜劇と銘打った演目で、登場人物は下請け会社員の夫婦(夫・鹿島順一、妻・春日舞子)と娘・君子(生田春美)、その家の間借り人夫婦(夫・蛇々丸、妻・春夏悠生)、電気点検に訪れる電電公社社員とおぼしき若者(鹿島虎順)、親会社の社長(花道あきら)という面々(配役)。この人たちが繰り広げる「ドタバタ騒動」が、なんとも「ほほえましく」「愛らしく」、そして「滑稽」なのである。以前の舞台では、娘・君子を三代目虎順、間借り人の妻を春大吉、電気点検の若者を金太郎が演じていたが、それはそれ、今度は今度というような具合で、本来の女役を生田春美、春夏悠生という「新人女優」が(懸命に)演じたことで、「より自然な」景色・風情を描出することができたのではないか、と私は思う。だが、何と言ってもこの芝居の魅力は、座長・鹿島順一と蛇々丸の「絡み」、温厚・お人好しを絵に描いたような会社員が、人一倍ヤキモチ焼きの間借り人に、妻の「不貞」を示唆される場面は「永久保存」に値する出来栄えであった。なかでも《およそ人間の子どもというものは、母親の胎内に宿ってより、十月十日の満ちくる潮ともろともに、オサンタイラノヒモトケテ、「オギャー」と生まれてくるのが、これすなわち人間の子ども、七月児(ナナツキゴ)は育っても八月児(ヤツキゴ)は育たーん!!》という「名文句」を絶叫する蛇々丸の風情は天下一品、抱腹絶倒間違いなしの「至芸」と言えよう。その他、間借り人の妻が追い出される場面、娘・君子が「おじちゃん!」といって帰宅する場面、社長の手紙を読み終わって夫(座長)が憤る場面等々、「絵になる情景」を挙げればきりがない。要するに眼目は「生みの親より育ての親」、きわめて単純な(何の代わり映えのしない)筋書なのに、これほどまでに見事な舞台を作り出せるのは、役者それぞれの「演技力」「チームワーク」の賜物というほかはない。その「演技力」の源が、座長・鹿島順一の生育史にあることは当然至極、彼ほど「育ての親のありがたさ」を実感・肝銘している役者はいないかもしれない。加えて素晴らしいことは、蛇々丸を筆頭に座員の面々が(裏方、照明係にいたるまで)、座長の「演技力」に心酔、各自の「実力」として「吸収」「結実化」しつつあるという点であろう。ところで、件の名文句にあった「オサンタイラノヒモトケテ」とは、どのような意味だろうか、その謎もまた、この芝居の魅力なのだ・・・・。 
 歌謡・舞踊ショーで唄った、座長の「瞼の母」(作詞・坂口ふみ緒 作曲・沢しげと)は「日本一」、島津亜弥、杉良太郎、中村美津子らの作物を軽く凌いでしまう。理由は簡単、三十過ぎても母を恋しがる「甘ったれな」ヤクザの心情・風情に「最も近い」のが、旅役者・鹿島順一、番場の忠太郎への「共感度」が違うのである。そのことは、2コーラス目台詞の最後「逢いたくなったら、俺ァ瞼をつむるんだ」などと、原作通りには吐かないことからも明らかである。「瞼をつむる」?、間違いではないかもしれない、とはいえ、通常なら(ヤクザなら)「瞼を閉じる」「目をつむる」と言う方が自然、そこで鹿島順一の台詞は以下のように改竄されていた。《逢いたくなったら、俺ァ目をつむろうよ・・・》蓋し名言、脱帽する他はない。
母の目蓋 (現代名随筆叢書)母の目蓋 (現代名随筆叢書)
(2007/05/16)
小泉 誠志

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2017-08-14

劇団素描・「劇団花車」・《帰ってきた“勘九郎”!》

【劇団花車】(座長・姫京之助)〈平成21年3月公演・川越三光ホテル小江戸座〉
 先月の舞台を見聞して、私は以下のように書いた。〈今回の公演には、なぜか三男・勘九郎が「不参加」、ポッカリと穴が開いてしまった感がある。前回の舞台では、「やる気があるのか、ないのかわからない」勘九郎の「飄々とした」風情が、芝居の中で「えもいわれぬ」魅力を醸し出していたのだが・・・。
 いずれにせよ、今回もまた「もう一度観たい」と思うかどうか、現状でははっきりしない〉。そのことを確かめる意味で、「念のために」来場したのだが・・・。芝居の外題は「帰ってきた伊太郎」。筋書は大衆演劇の定番で、あるヤクザ一家の物語。親分(姫京之助)が代貸し(伊太郎・姫錦之助)を連れた湯治治療の旅から帰宅する日、留守宅を守っていた子分達や女中(夢路京母)、親分の娘(姫猿之助)らが「心浮き浮き」待ち受けるところから舞台が始まったのだが、先月の雰囲気とはどこか違う。舞台の空気、観客との呼吸、役者全員の表情・所作・口跡の一つ一つに「元気」(張り)が感じられるのだ。親分達を待ち受ける一家の中に用心棒の浪人を見て、「えっ?もしかしたら勘九郎?」、私は自分の目を疑った。勘九郎がいるはずがない。でも、あの浪人が勘九郎でないとしたらいったい誰なのだろう?いつになく、夢路京母が「乗っている」。錦之助、猿之助の表情にも「余裕」が感じられ、客との呼吸も「ピッタリ」、「絵になる場面」の連続であった。「いったいどうしちまったんだ?」、先月の木馬館で「半ば見切りをつけていた」私にとって、今日の舞台はまさに「驚きの連続」、舞踊ショーにはいってから、なるほどこの「うれしい豹変」の原因を突き止めることができた。三男・姫勘九郎が「帰ってきた」のだ。これまでポッカリ開いてしまった穴が「しっかりと」埋められ、劇団本来の「景色」「風情」を取りも戻すことができたことは間違いない。勘九郎の「芸風」は、他の兄弟に比べて「特に目立つ」わけではない。どちらかといえば「地味」、どちらかといえば「不器用」、だがしかし、錦之助、猿之助、右近にとっては、その芸風が、自分の芸風をより「際だたせるために」必要不可欠なのだ、と私は思う。大衆演劇の劇団にとって、家族の絆、兄弟の連帯がいかに大切かを思い知らされた次第である。
 先月も書いたが、〈父の「重厚さ」、長男の「華麗さ」、次男の「外連味」、三男の「飄然」、四男の「初々しさ」が結集してこそ、「大衆演劇界のサラブレッド劇団」が実現できるのだ〉。「お客様がもう一度観たいと思ってくださる劇団」への「第一歩」が踏み出されたことを祝福したい。
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(2009/06/10)
橋 幸夫

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2017-08-13

劇団素描・「劇団花車」・《舞踊ショーに「すべて」を賭ける?》

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【劇団花車】(座長・姫京之助・姫錦之助)〈平成21年2月公演・浅草木馬館〉
 劇団紹介によれば、〈プロフィール 劇団花車 九州演劇協会所属。昭和61(1986〉年、初代・姫川竜之介の長男・姫京之助が旗揚げ。劇団名は、故・藤山寛美より贈られたもの。伝統を踏まえながら、常に時代の流れを敏速にキャッチ。独自のアレンジを加え、華やかな舞台を創造し続けている。姫京之助 昭和33(1958)年7月19日生まれ。福岡県出身。血液型A型。九州演劇協会の人気役者、初代・姫川竜之助の長男。16歳で初舞台を踏む。初代・藤ひろしの劇団や藤山寛美在籍時の松竹新喜劇で腕を磨いたあと「劇団花車」を旗揚げ。「お客様がもう一度観たいと思っていただけるような劇団」を目標としている。姫錦之助 昭和56(1981)年1月8日生まれ。福岡県出身。初舞台は6歳。観客を飽きさせないアイデアで舞台を楽しんでいただこうと努力し続けている。踊りのセンスは特に高く評価されている。平成19(2007)年10月、新開地劇場(兵庫県)にて座長襲名した〉とのことである。またキャッチフレーズは、〈個性で魅せる大衆演劇界のサラブレッド劇団 座長 姫京之助とその長男である座長 姫錦之助の輝く二枚看板。次男・姫猿之助、三男・姫勘九郎、四男・姫右近も唯一無二の個性で魅せる。流行と感性を斬新に取り入れた舞台に注目が集まる〉であった。 
 私が初めてこの劇団を見聞したのは、平成19年5月ころであったか、十条篠原演芸場の舞台であった。なるほど「お客様がもう一度観たいと思っていただけるような劇団」であることは間違いない。キャッチフレーズどおり、父・京之助、長男・錦之助、次男・猿之助、三男・勘九郎、四男。右近の「風情」「芸風」はまさに「唯一無二」、個性的な魅力で輝いている。それだけに、(劇団の将来を考えれば無理からぬこととはいえ)父・京之助と長男・錦之助を「二枚看板」にすることは、いかがなものだろうか。父の「重厚さ」、長男の「華麗さ」、次男の「外連味」、三男の「飄然」、四男の「初々しさ」が結集してこそ、「大衆演劇界のサラブレッド劇団」が実現できるのだ、と私は思う。劇団の特徴は、全体としては「華やか舞台」が「売り」。化粧・衣装(着物)はもとより、履き物、小物、鬘、簪に至るまで「微に入り細に入り」「「金をかけている」。それらを、最大限に「披露」するためか、「早変わり」の技も、お見事。舞台の力点は、「芝居よりも舞踊ショー」におかれている。前宣伝の張り紙も、ほとんどが「舞踊ショー」の演目であることからも、そのことが窺われる。したがって、芝居の舞台は低調、外題は「○○○の林蔵」。大衆演劇の定番で、主役・座長、「二枚目」・錦之助、「三枚目」(敵役)・猿之助という配役であったが、「客との呼吸の合わせ方」が「今一歩」で「月並みな」出来栄えになってしまった。今回の公演には、なぜか三男・勘九郎が「不参加」、ポッカリと穴が開いてしまった感がある。前回の舞台では、「やる気があるのか、ないのかわからない」勘九郎の「飄々とした」風情が、芝居の中で「えもいわれぬ」魅力を醸し出していたのだが・・・。
 いずれにせよ、今回もまた「もう一度観たい」と思うかどうか、現状でははっきりしない。



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2017-08-12

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《「お千代物語」・クニやんの役割》

春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・浅草木馬館〉
 昼の部、芝居の狂言は「お千代物語」。筋書きは「追われる女」(春川ふじお劇団)、「噂の女」(鹿島順一劇団)と、「ほぼ同じ」。弟(澤村心)の病気治療のために「身を売った」姉・お千代(沢田ひろし)が、生まれ故郷(大和郡山)に帰ってくることで生じた、波紋(賤業差別・村八分)と、それを克服しようとする父(澤村新吾)、育ちそびれの青年・クニやん(澤村かずま)の物語で、いわば大衆演劇の「名作」といえよう。なるほど、〈芝居の「春陽座」〉、プログラムに「ぬかりはない」と十分な期待をもって見聞したのだが、結果は「追われる女」に「今一歩」、「噂の女」には「大きく水をあけられた」。理由はただ一点、クニやんという「人物」を芝居全体の中でどのように位置づけるか、ということであろう。「追われる女」の春川ふじお劇団、「噂の女」の鹿島順一劇団、いずれもが、この「人物」を座長が演じていた。しかし、「春陽座」では副座長・・・。澤村かずまが「力不足」だということではない。役柄としての「格付け」が、「お千代」と、その「父」の方に傾き過ぎていたということである。弟思いの姉、その「愛」が「村八分」なんぞに「負けてたまるか」という「父の思い」は十分に理解できる。しかし、それが前面に出すぎたために、お千代とクニやんの「愛」が「際立たなかった」。「追われる女」では、花形・澤村うさぎと座長・春川ふじお、「噂の女」では、名女優・春日舞子と座長・鹿島順一、いずれも「クニやん」(「マンちゃん」)が「お千代」をリードして「幕」になるのだが、「春陽座」では、「お千代」が「クニやん」をリードして「幕」・・・。役者としての「格付け」か、役柄としての「格付け」か、そこらあたりは不明だが、たよりない「クニやん」の中に、本当の「頼もしさ」を「今」感じ取れるかどうか、が芝居の「眼目」でなければならないのではないか。もしかしたら、「父」役・澤村新吾(初代座長)の箴言「亭主をよくするのも悪くするのも嫁次第」を、「お千代」役・沢田ひろし(特別出演)が「忠実」に守っただけのことだったりして・・・。
 いずれにせよ、「父」役を澤村かずま、「クニやん」を初代座長・澤村新吾という配役で「もう一度観てみたい」と思いつつ帰路についた。
村八分村八分
(2005/10)
山口 冨士夫

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2017-08-11

劇場界隈・「大井川娯楽センター」(静岡)・《「鹿島順一劇団」、11年ぶりの名舞台》(平成21年7月公演)

 大井川娯楽センターは、開業60年を超える「東海の娯楽施設」である。東海道本線金谷駅から徒歩5分、といっても所在地が「城山」とあるように、鬱蒼とした森の中、しかも急勾配の山道を数十メートル登らなければならない。小山の頂上から斜面にかけて敷設された「たたずまい」といおうか、劇場の入り口は「階段の途中」にあった。施設の内部は、旅館「百楽園」、劇場(舞台付き大広間兼食堂)、ロビー(といっても鰻の寝床のような板の間)、売店、浴室、といった設計で、昭和中期の「総合娯楽施設」が、どこかの博物館に保存されているような風情である。
 公演は「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。11年ぶりの来演とあって、座員、観客ともどもに懐かしさも一入、その和気藹々の雰囲気は「関東・東北公演」では見られない代物であった。なるほど、劇団は、もう自分の「庭」に一歩を踏み入れたのだ。芝居「人生花舞台」「浜松情話」の舞台は目と鼻の先、さぞかし「情感豊か」で「艶やかな」舞台絵巻が展開されることであろう。
 初日の公演は、開演11時、ミニショー、昼食休憩1時間、芝居、歌謡・舞踊ショー、終演3時30分という構成であった。芝居の外題は「新月桂川」。敵役・まむしの権太、権次(二役)を好演している春大吉が、「配偶者の出産」のため、今日は、花道あきらが代演したが、これまた「ひと味違う」キャラクターで、出来映えは「お見事」、例によって「新作」を見聞できたような満足感に浸ることができたのである。前回(11年前)来た時、三代目虎順は6歳(小学校1年生)、まだ舞台には立っていなかったという。したがって、今回は、桂川一家の若い衆・銀次役で「初お目見え」(初登場)となったが、「全身全霊で臨む」のが彼の信条、その舞台姿は、親分(蛇々丸)のお嬢さん(春夏悠生)を思う直向きさ、どこまでも兄貴分・千鳥の安太郎(鹿島順一)を慕う純粋さにおいて、座長(父・鹿島順一)と十二分に「肩を並べ」、時には「追い超す」ほどの迫力があった、と私は思う。願わくば、安太郎が「惚れて惚れて惚れぬいた」お嬢さんの風情が、「今一歩」、「振った女」より「振られた男」の色香が優るようでは、「絵」にならないではないか。次善とはいえ、鳥追い女(春日舞子)との「旅立ち」が、殊の外「決まっていた」ことがせめてもの「救い」だったと言えようか。春夏悠生、今後の奮起・精進に期待したい。
 歌謡ショー、鹿島順一の「明日の詩」は珠玉の名品、数名の観客がペンライトで呼吸を合わせたが、その動き通りに鹿島順一の「姿」が揺れる。多くの場合(近江飛龍でも大川竜之介でも)、観客のペンライトをコントロール(指揮)するのは役者(歌い手)の方だが、鹿島順一は「正反対」、客の「動き」に合わせてでも、珠玉の名品を「歌い切って」しまうのだ。けだし、名人の「至芸」とは、このようなものなのだろう。関東・東北公演では「決して客に媚びようとしなかった」彼だが、本拠地への帰還はもうすぐ、慣れ親しんだ贔屓筋との「阿吽の呼吸」を楽しもうとするかのような風情が窺われ、不覚にも落涙した次第である。
明日の詩/男の人生明日の詩/男の人生
(2005/12/07)
杉良太郎

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2017-08-10

劇団素描・「劇団京弥」・芝居「侠客十万石」と「五十両の行方」・眼目は《改心(人間の可能性)》

【劇団京弥】(座長・白富士一馬)〈平成22年8月公演・柏健康センターみのりの湯〉
昼の部、芝居の外題は「侠客十万石」。座長は「演劇グラフ」(2008年11月号)の中で以下のように述べている。〈襲名したばかりの親分が、悪い親分からいじめられながらも最後には立派な親分になる、「侠客十万石」という出世狂言があるんです。5年前の襲名の時にやりたっかったんですが、できなかったので今度はできればと思います。楽しみにしていてくださいね〉おっしゃるとおり、襲名したばかりの親分(座長・白富士一馬)が悪い親分(白富士龍太)のところにあいさつ回りに出向いたが、「お前はまだ三下だ!貫禄(経験)もないくせに二代目襲名など十年早い」と罵られ、額を割られる。三年後にその割返しを果たすといった筋書きで、いわば「勧善懲悪」的な眼目だったが、大詰めで、今は「日本一」となった二代目親分が、悪い親分に深々と頭を下げ、「私が日本一になれたのは、あなたのおかげ。あなたに額を割られたおかげで、今の自分になれたのだから・・・」。それを聞いた悪い親分、もう改心する他はない。あえなく二代目親分の配下にくだるという幕切れでチョン、恐れ入りました。夜の部、姉妹の外題は「五十両の行方」。ある大店を舞台にした人情劇で、その出来栄えは群を抜いていた。大店(店主・胡蝶つき子)の娘(白富士蘭)は使用人の手代・与三郎(白富士洸)に惚れている。ゆくゆくは夫婦になって店を継いでもらいたいという魂胆、そんな時、与三郎の母が重病で余命三カ月、ただし唐人参の薬物治療を施せば治るかも知れない。唐人参を手に入れるためには五十両が必要だ。それを知った娘、与三郎に店の金を無断で貸与する。その使い走りを頼まれたのが店の番頭(座長・白富士一馬)、「この品物(五十両)を、何のために」と娘にたずねるが「そんなことはお前に関係のないこと、黙って与三郎に届けて頂戴!」といったやりとりが、なんとも微笑ましく魅力的であった。だがしかし、ことはそれでは納まらなかった。手代・与三郎には、末を誓った恋人、同じく使用人の下女・おみつ(白富士つばさ)がいたからである。娘はそのことに「うすうす気付いた」由、五十両の紛失を訝しがる店主に「おみつが盗んだに違いない」と、自分の罪をなすりつけた。そこに突如として現れたのが、おみつの兄(副座長・白富士健太)。飲む・打つ・買うの遊び人だったが、「おみつが、そんなことをするはずがない。盗んだのはあっしでござんす」と弁明する。店主、あきれはてたが、まじめに働いて三年後に五十両を返済するという示談が成立・・・。かくて三年後、甲府の金山でまじめに働き五十両を手にした兄が帰還、店主に返済する段取りとなったが、もとはと言えば、その五十両、おみつも兄も盗んではいない。ではいったい誰が、といった謎を解くのが番頭、娘の行状をそれとなく店主に告げる風情が、「粋」で「奥ゆかしく」、私は涙が止まらなかった。すべてを知ったおみつの兄、、「もう、ゆるさねえ!」と娘に手を上げるが、それを必至で制止するおみつ、その様子を見つめる店主、与三郎等々の登場人物の舞台模様が「屏風絵」のように鮮やかで、深い感動を覚えた次第である。この芝居の眼目も「勧善懲悪」に違いはないが、「悪」をそのままで終わらせないところに、この劇団の「哲学」があるのだろう。因果応報ではなく「改心」(人間の可能性)に光を当てているところが「もの凄い」のである。今日もまた「生きる元気」を存分に頂いて、帰路につくことができたのであった。感謝。
最後のひと葉―オー・ヘンリー傑作短編集最後のひと葉―オー・ヘンリー傑作短編集
(1989/09)
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2017-08-09

劇団素描・「かつき夢二劇団」・《花形・かつき慶二の「変化」》

【かつき夢二劇団】(座長・かつき夢二)〈平成22年5月公演・佐倉湯ぱらだいす〉                                                       今回の目的は、花形・かつき慶二の「変化」を観ることである。というのは、私の拙いブログに「かつきファン」という方から以下のようなコメントを頂いたためである。〈成長した慶二を観て! (かつきファン) 2010-05-19 23:58:32 {かつき劇団}今、千葉県佐倉にて公演中です。先日、観劇行きました。慶二君、すごく成長しましたよ。1年前の、駱駝の馬は、その様に感じたかもしれません。 が・・・・今を見てください。花形の貫禄十分です。舞踊も、素晴らしい~  素敵~・・・・{かつき}のお芝居、じっくり観てください。本当! 感動しますよ。皆さんとても、上手です。観たことのある方は、うなずいてくれると思います。先日は、{へちまの花}観ました。座長さんの、演技力!・・バツグン!泣いたり、笑ったり、・・・慶二君も、とても頑張りました。{かつき劇団}近くに、乗られた時、又機会ありましたら、ご覧下さい。そして、成長した、慶二を観られると思います。お願いしますね〉。というわけで、昼の部芝居「芸者のたてひき」、歌謡・舞踊ショー、夜の部芝居「新月桂川」を、私は「じっくり観」たつもりである。その結論。【①「慶二君、すごく成長しましたよ」:おっしゃる通り、その「変化」(成長)には目を見張るものがありました。芝居では「準主役」(立ち役)として、座長と「堂々とわたりあう」姿が「お見事」、花形の「魅力」「貫禄」十分だと、私も思いました。②「お芝居、じっくり観てください。皆さんとてもお上手です」:じっくり観ました。そして以下のことを考えました。《芝居作りのポイントは「点」と「線」。「点」とは、その「一場面」、ヤマをあげる「口跡」(セリフまわし)も含めて、その光景が「絵になっている」かどうか。「線」とは、その「場面」と「場面」をつなぐ、「流れの空気」、例えば「芸者の立て引き」での妹芸者、姉芸者が「実の姉」とわかっても「姉妹名乗り」を拒絶する。そこまでは「当然」誰もが納得できる空気なのに、姉芸者が「殺人犯(妹芸者)の身代わり」を申し出たとたんに、「改心」「謝る」風情が、やや「唐突」で「短絡」、(へそ曲がりで理屈っぽい)私の目からすれば「白々しい」と感じてしまった。拒絶から改心までの「流れ」が今ひとつ判然としない。「所作」「口跡」の中に、改心のきっかけになるポイントが必要ではないだろうか。どの劇団も、「点」(一場面)を描出することに重点を置きすぎ、「線」(筋書きのもっともらしさ、人情の交流模様)の大切さを軽視しているように思われる。例えば「私の話を聞いてもらえますか」「聞かせてもらいましょう」式のやりとりで「筋書き」を展開する場合、その話の内容が、いかにも唐突だったり、つじつまが合わなかったり、前の場面の繰り返しだったり・・・、ということが目立つことはないか》理屈っぽくてスミマセン。③座長さんの演技力!・・バツグン!:おっしゃる通り、座員の中ではバツグンでした。芝居では、その(歌舞伎世話物風の)口跡、所作で「色香」を漂わせる「粋な」風情はバツグン、「芸者」「女義太夫」といった役柄が「絵になって」いました。一方、胸に渦巻く「女の情念」、「蓮っ葉」「おきゃん」な風情、等々、多種多様な女形の景色の描出や如何?今日の舞台では、そのような光景は見聞できずじまい、次の舞台に期待したいと思います。いわゆる女形役者の芝居では市川千太郎、若葉しげるがバツグン、舞踊(女形)では、大川龍昇、大川竜之助、見城たかし、見海堂駿、白竜、といった面々の舞台が印象に残っていますが、座長・かつき夢二の舞踊は「本格的」で「上品」、御贔屓筋の方々にとっては「たまらない魅力」でしょう。心底から納得しました。】さて、芝居の「新月桂川」、前回見聞した舞台とは「筋書き」が一変していたことに驚いた。親分の娘と「相思相愛」の弟分のために、兄貴分が自分の「出世」をあきらめるという眼目は変わらなかったが、この兄弟分、(おそらく)「男修行」の旅から帰った後の場面から始まる。桂川一家の親分(初代・かつ浩二郎)、代官に呼ばれて、敵対する川向こうの一家と「縄張りを」折半するように指図され、腹の虫が納まらない。兄弟分を呼び寄せて「相手の首を取ってこい。取ってきた方に二代目を継がせる。娘とも添わせる」と命令する有様で、ことの他、威勢がいい。敵の無理難題に呻吟する病弱・落ち目といった風情は皆無、大詰めでも落命することはなく、健在のまま終幕を迎えるといった按配で、さすれば、この舞台の「見所」は何処に?、という疑問が生じるのだが、そこはそれ、座長・かつき夢二の出番が待っている。従来なら「男修行」の道中、兄貴分につきまとう「鳥追い女」に扮する筈であったが、今回は、浅草・奥山で興行する「女義太夫」のスター・胡蝶太夫という役回り、その「洒脱」「小粋」な艶姿が「見所」であったとは・・・。兄貴分(かつき慶二・熱演、好演)の「男気」に惚れた風情が、ひときわ艶っぽく鮮やかで、これはこれ、まさに「かつき風(異聞)・新月桂川」という舞台模様であった。加えて、兄貴分と弟分(寿健二)の「絡み」も自然で、「上品」、さわやかな幕切れであった、と私は思う。「かつきファン」様の貴重な御教示に感謝しつつ、帰路についた次第である。
女形女形
(2005/09/29)
不知火 京介

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2017-08-08

劇団素描・「劇団勇舞」・《芝居「雪の夜話」・二代目中村時太郎の魅力》

【劇団勇舞】(座長・勇羅庵嘩)〈平成22年8月公演・浜松バーデンバーデン
芝居の外題は「雪の夜話・ぬかるみ」。刑務所から帰ってきた弟(座長・勇羅庵嘩)とその兄(勇姫也)の物語。兄は信望厚い医者だが病院長の婿養子で女房にも頭が上がらない。気の弱さを酒でごまかす傾向もあるようだ。折しも、町内の碁仲間(二代目中村時太郎・好演)と碁を打っているところに弟が帰ってきた。応対に出た兄の女房は、その風体を一目見るなり拒絶の態度、見るからにやくざ風、見るからにムショ帰り、その「柄の悪さ」を受け容れることができない。その様子を察してか、兄もまたそれとなく弟を敬遠気味、碁仲間を借金取りに見立てて、体よく追い返そうとするのだが・・・。実を言えば、この弟、本当は兄思い。十年前、酒の上でのいざこざで傷害事件を起こしてしまった兄の身代わりで服役していたのだった。兄の「心変わり」に失望、弟は退場するが、兄もまた自責の念にかられ、断っていた酒まで飲み始める。酔いつぶれたその時に、緊急患者の使用人が薬をもらいにやって来た。兄は朦朧とした意識の中で碁仲間に薬を指示したが、持たせた薬はなんと毒薬。またしても兄は酒で失敗、絶望して死のうとするが、飛び出してきて止めに入る弟、揉み合っているところに、患者の奥様がやって来ていわく「頂いた薬を、使用人がぬかるみで落とし、瓶が割れてしまいました。もう一度薬を頂けないでしょうか」。かくて一同は安堵、めでたしめでたし、といった筋書である。見どころは、どうみても「お人好し」「小心者」の碁仲間が「借金取り」に見立てられ、弟からさんざん「虐め返される」場面。その「ビクつき加減」が秀逸で、抱腹絶倒の連続であった。二代目・中村時太郎という役者、「花も実もある」風情で、捨てがたい魅力を漂わせている。座長の弟役は、貫禄十分すぎて目立ちすぎ、全体としては「水準並」の出来栄えであった、と私は思う。
舞踊ショー、それぞれの役者が精一杯、誠実に舞台を務め、さわやかで清々しい印象を持った。掘り出し物は、子役・ベビー時丸の立ち役舞踊、女優・津島雅の「しあわせになりたい」(唄・美川憲一)。そういえば、座長。勇羅庵嘩とは、あの「南條龍法」だったのか・・・。改名の理由や如何に、明らかにできぬまま帰路に就いた次第である。
時という名の岸辺で時という名の岸辺で
(2004/02/25)
美川憲一

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2017-08-08

劇団素描・「かつき夢二劇団」・《「新月桂川」と「らくだの馬」》

【かつき夢二劇団】(座長・かつき夢二)〈平成21年7月公演・石和スパランド内藤〉                                    昼の部、芝居の外題は「新月桂川」。この芝居、私は「鹿島順一劇団」、「近江飛龍劇団」で見聞済み、否が応でも、両者と比べてしまう。その観点は、①座長がどの役を演じるか、②敵役(双子の兄弟)を誰が演じるか、③主役に絡む鳥追い女を誰が演じるか、である。その結果は以下の通りであった。①「鹿島劇団」・千鳥の安太郎(主役)、「近江劇団」・桂川親分の娘、「かつき劇団」・鳥追い女。②「鹿島劇団」・春大吉又は花道あきら、「近江劇団」・橘小寅丸、「かつき劇団」・小道具(生首)。③「鹿島劇団」・春日舞子、「近江劇団」・轟純平、「かつき劇団」座長・かつき夢二。という次第で、なぜか、当劇団の「新月桂川」は、敵役が登場しないという配役からして、両劇団から「水を空けられている」ように(私には)感じられた。桂川一家親分(初代・かつき浩二郎)、その娘(かつき稚乃)、鳥追い女(座長・かつき夢二)という配役に異存はない。ただ、「今後のため」とはいえ、兄貴分に若手・かつき慶二(21歳?)を起用、その弟分にベテラン・寿健二を配したのは「無理」というもの、今ひとつ舞台の景色は「彩り」を欠いていたように思う。
 夜の部、芝居の外題は「落語ばなし らくだの馬」。この噺の眼目は、馬太郎の兄貴分丁の目の半次(寿健二)と、屑屋(座長・かつき夢二)の「絡み」、長屋の大家の前で「死人にかっぽれ(カンカンノウの方が自然ではないか)を踊らせる」場面、通夜(お清め)の酒を無理矢理飲まされた屑屋が次第に「酒乱ぶり」を発揮、半次との支配関係が「逆転」するあたりだと思われるが、今日の舞台では、「死人の扱い」で笑いをとるドタバタ・アクションを強調しすぎ、落語本来の「間(ま)のおもしろさ」「変化(へんげ)のおもしろさ」は描出できなかったのではないか。(観客は大いに盛り上がっていたが、私自身は気が滅入るばかりであった。この程度の舞台なら「テレビ芸」と大差ない)
 歌謡舞踊ショー、出来映えは「水準並み」、特記する内容はなかったが、ただ一点、垣間見せた汐美翠穂の「舞姿」は「水準以上」、もう一度「じっくり観たい」舞台ではあった。

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(2005/10/19)
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2017-08-07

検証・珠玉のコマーシャル

 テレビ番組、とりわけコマーシャルには醜悪な画像が満ちあふれている。コマーシャルの値段は1本15秒で15万円(×視聴率)といわれている。仮に視聴率10%番組のコマーシャルは1秒あたり1000円という計算になる。そこでそれを支払うスポンサー(並びに制作担当者たち)は、その15秒間に可能な限り多くの情報を盛り込もうとする。関心をひくための音響のみならず、画像も点滅、早送りなどなど様々な技術を駆使して、ただひたすら「見せること」「聞かせる」ことに腐心しているようだ。視聴者は、それらの情報を「浴びる」ことによって、本来の感性を蝕まれていくことについては、すでに述べた。(「テレビの大罪・コマーシャル参照) 
 そんな折り、従来のコマーシャルとは一線を画す、珠玉のコマーシャルが存在する。大和証券の「プレイング・フォー・チェンジ」(音楽は世界をひとつにする)である。文字通り、世界各地の路上で、一つの曲を、一人一人のミュージシャンが歌い、奏でる場面を繋ぐだけの画像に過ぎない。商品の紹介、宣伝などは一切ない。そのシンプルな内容に私は惹かれるのである。コマーシャルの本道は、良質な番組を提供することである。おのれの存在(自己主張)はあくまで控え、ひたすら(人類の)文化の向上に徹する姿勢こそが、今、スポンサーに求められているのではないだろうか。(2017.8.6)



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2017-08-06

劇団素描・「満劇団」・《芝居「命くれない」》

【満劇団】(座長・大日向きよみ)〈平成20年4月公演・柏健康センターみのりの湯〉
 昼の部、芝居の外題は「命くれない」。筋書は、鳥羽・伏見の戦いで敗れた幕府方の侍(座長)が、船で逃走中漂流し、瀕死の状態で伊豆大島に流れ着く。土地の漁師兄・妹(飛鳥一美・堤みちや)に助けられ一命をとりとめたが、盲目となった。漁師は舟を売り五十両という大金を調達して、侍を京都(眼科の名医がいるという)に送り出す。侍、京都までやって来たが、盲目の身、気がつくと五十両は(スラれたものか、落としたものか)手元にはなかった。絶望して橋から身を投げようとしたとき、京都の人気芸者・高丸(大日向皐扇)に助けられる。高丸の援助で盲目は全快、今はある寺で「似顔絵」を描いていた。大島で助けられた恩人を思い出すためだという。一方、漁師の妹も京都にいた。(将来は夫婦約束をしていた)侍の後を追ってきたが、彼は、すでに高丸という芸者と熱い仲、しかたなく(名前を変え)寺の下女として住み込んでいたのだ。大島から、侍や妹を案じて、兄・漁師もやってきた。てっきり、侍と妹は所帯をもって幸せに暮らしていると思いきや、妹は下女の姿、侍の側にはピッタリと芸者・高丸が寄り添っている。兄は侍に「約束が違うではないか」と抗議する。驚愕する侍、「寺の下女が、まさか命の恩人の娘だったとは・・・」しかし、芸者・高丸も命の恩人であることに変わりない。「あちら立てれば、こちらが立たず・・・」進退窮まって自刃しようとしたが、朋輩・近藤(大日向満)に止められる。状況を察した漁師の兄と妹、すべてをあきらめて、帰路につく。その様子を見た近藤、高丸を説得。「どちらも、命の恩人、侍を思う気持ちに変わりはない。ここは一番、おまえが身を引いて、侍と娘の幸せを祈ってみてはどうか・・・」売り物・買い物の「芸者稼業」を続けてはいるけれど、初めて出会えた恋しいお人、「生まれる前から結ばれていた、そんな気がする紅の糸・・・」、舞台は高丸の愁嘆場となった。         実は、この芝居、私は「鹿島順一劇団」で見聞済み。侍(蛇々丸)、漁師親・娘(鹿島順一・春大吉)、芸者(春日舞子)、朋輩(花道あきら)という配役であった。(外題は「新橋情話」)
 双方の配役を比べると、登場人物の「誰に力点をおくか」という点で、かなり違う。
娘を男優(女形)が演じていることは共通しているが、「満劇団」では、座長が侍、太夫元が朋輩、「鹿島劇団」では、座長が漁師・親、春日舞子(座長の妻・劇団のNO.2)が芸者を演じた。ともに役者の「実力」は水準以上、甲乙つけがたい舞台ではあったが、眼目は「芸者の愁嘆」だと考えれば、座長・大日向きよみの「芸者」、大日向皐扇の「侍」、大日向満の「漁師」(親)、飛鳥一美の「朋輩」という配役だったら、どのような景色・風情になっただろうか。
夜の部、芝居の外題は「家なき子」、一言で言えば、江戸時代の「養護施設」の話、家(親)のない子どもたちを引き取って「飴売り」をさせている強欲婆が、実は子ども思いの篤志家であったという筋書。劇団の子役二人・「浪花の若旦那」「浪花の小姫ちゃん」(三歳男児・四歳女児)の活躍が見所の舞台であった。二人とも、まさに「プロ」、「大したもんだ」「どうすればああなるんだろう」と思ったが、座長の話によれば「スパルタで教える」とのこと、しかしその根底にはしっかりとした「家族の絆」が結ばれているに違いない。
 若座長・大日向皐扇の長男(三歳)は、「浪花の若旦那」という芸名で、舞踊ショーにも出演している。特に、若手男優三人(飛鳥一美・堤みちや・ウメショウジ)に混じって、彼なりに精一杯「踊る」姿は、感動的である。お手本を「見せること」、真似しようとする気持ちを育て「待つこと」によって、「直接」「舞台の上で」教育している劇団の方針が素晴らしい。
さて「満劇団」の特徴は「女系家族劇団」だが、そうであればこそ、若手男優三人の「役割」は重く、またその役割を十分に果たせる「実力」を備えていると、私は思う。飛鳥一美、芝居における若座長・大日向皐扇との「コンビ」が絶妙で、「才蔵役」に徹することが肝要。「舞踊」の実力も半端ではない。「飲んだくれ爺」の「面踊り」は至芸の域に達している。股旅姿の凛々しさ、華麗な太刀さばき、男の色香を漂わせる風情に磨きをかければ、舞台の景色は一変するだろう。「瞼の母」「俵星玄蕃」「安宅の松風」の舞姿を観たい。堤みちや、鮮やかな扇芸、無表情に徹したままのコミックな所作が魅力的。「竹とんぼ」「ころがる石」「冬桜」などに加えて、若衆姿の舞踊を観てみたい。ウメ・ショウジ、「表情」「目線」で踊れる「技」は絶品、藤山寛美「もどき」の風情に自信を持つべきだ。「浪花花」「人生劇場」「無法松の一生」などを「自分流」に踊れば「至芸」に近づくのではないか。三者三様、いずれも「個性的」な「味」をもっているので、それらが結実化すれば、劇団の「実力」は盤石なものになるだろう。座長、若座長の「礎」(女性的な艶やかさの引き立て役)となりながら、相互の「個性」を生かし合うこと(男性独自の魅力を発揮し合うこと、例えば殺陣、トンボ、居合い等々)、それが男優陣三人の大きな役割ではないだろうか。
鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書)鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書)
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2017-08-05

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「花の喧嘩状」は、座長「敵役」で新春スタート》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年正月公演・つくば湯ーワールド〉                                                        昨日に引き続き、午後1時から、つくば湯ーワールドで大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。この劇場は「初お目見え」とあって、客の反応がどのようなものか、それがどのように変化していくか、を見たいと思い来場してしまう。今日も、客席は「大入り」、芝居の外題は「花の喧嘩状」。筋書きは大衆演劇の定番、二代目(主役・花道あきら)が男修行の旅に出ている留守をねらって、その親分(梅之枝健)を闇討ちする敵役の浅草大五郎(座長・鹿島順一)、とどめを刺そうとしたが、代貸(春日舞子)と子分(三代目虎順)の登場であきらめる。親分、いまわの際に、苦しい息の中で「仇討ちをあせってはいけない、二代目が帰るまで待つように・・・」と言い残して他界した。親分の遺言を忠実に守りながら二代目の帰宅を待ち続ける代貸と子分二人。浅草大五郎の「いやがらせ」がエスカレートし始めたとき、やっと男修行を終えた二代目が帰宅。しかし、待っていたのは親分の位牌、代貸、子分だけ、二代目、悲嘆にくれたが、「親分をやられて、敵討ちをしないお前らは情ない、俺は再び旅に出る」といって立ち去る。残された代貸と子分、「そういうことなら、やるしかない!」と、浅草一家に殴り込みをかけた。大五郎、「待ってました」と返り討ちにしようとしたが、どこからともなく現れた二代目に突き飛ばされ、座敷からころがり落ちて一言。「チキショー!最後にちょっと出てきて、良い役取りやがって・・・。今日はまだ正月二日だというのに、昨日も悪役、今日も敵役。それもこれもみんな座員のため、座長はみずから貧乏くじを引いてるんだ。温かい思いやりに感謝しろ!どこの劇団だって、三が日は座長が主役を張るもんだ・・・」と愚痴って、笑わせる。二代目、代貸、子分の仇討ちは成功、座長「新年、キラレマシテ、おめでとうございます」と言いながら退場。二日目にしては、客席の「反応」も「まずまず」というところで、私自身は一安心できた次第である。開幕後、客席後方で「私語」が目立ち、それを止めさせようと、客同士の「小競り合い」(言い争い)があったが、それは吉兆、舞台に集中したいと思う客の反応として、今後が期待できる。
 今回の公演、座長の「歌唱」の方から先に「人気」が出たように感じる。歌謡ショーでは「冬牡丹」(梅之枝健の「舞踊」入り)と「無法松の一生」を用意したが、アンコールの声に応えてもう一曲披露した。めったにないことである。なるほど、この劇場では、芝居は昼の部1回だけ、舞踊(歌謡)ショーは昼・夜2回、座長の歌唱をバックに各座員が「とっておきの舞踊」を披露することも悪くない、と思った。
 帰りの送迎バス(つくば駅行き)がどこから出るのかわからず、路線バス(関東鉄道)で土浦に向かおうと停留所(気象台前)に向かった。時刻表を見ると17時26分発がある。その時刻まで30分、時刻後20分待ったがバスは来ない。暗がりの中で、よくよく停留所の看板を見ると、何かがぶら下がっている。なんと正月三が日は時刻表どおりではなく「特別運行」する旨が書いてある。やむなく、湯ワールドまで立ち戻り、18時20分発の送迎バスで帰路についた。
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(2010/01/27)
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2017-08-04

劇団素描・「三河家劇団」・《「マリア観音」は屈指の名舞台(離れ業)》

三河家劇団】(座長・三河家桃太郎)〈平成21年8月公演・佐倉湯ぱらだいす〉                                                                         芝居の外題は「マリア観音」、大衆演劇の名作である。配役は、父・阿部豊後守と母・お蔦(元芸妓・蔦吉)二役が座長・三河家桃太郎、その息子・霞の半次郎に三河家諒、その仲間(巾着斬り)たちに美河賢太郎、美河寛、京華太郎、目明かしの藤造に奥村武仁という面々であった。阿部豊後守がまだ部屋住みの時代、芸者・蔦吉と恋に落ちて駆け落ち、長屋での生活を始め、一子・半次郎をもうけたが、家督の問題が生じて「生き別れ」・・・。十数年後に再会したときは、父は出世して奉行、一方、息子は「やさぐれて」大罪人。お互いが父子であると知ったとき、母は責任を感じて自死、父子ともに絶望して「合い果てる」といった、なんとも「悲しい運命の物語」である。「マリア観音」とは、(それを信仰すれば)「死んだ者なら生き返る、別れた者なら再び巡り会える」という隠れキリシタンの偶像(象徴)に他ならないが、「生き別れ」になった妻子に「一目会いたい」と独身生活を続ける父・阿部豊後守の「思い」が染みこんだ代物。それを盗んだ仲間たちを斬殺してまで「取り戻そう」とした息子・半次郎の「心根」も反映されているという具合で、座長・三河家桃太郎の言葉によれば、「このお芝居は、物語自体が鉄板だと思います」(『演劇グラフ』vol92・2009②「みかわやいずむ」)ということになる。舞台の出来栄えは、その悲劇的・絶望的な気配にもかかわらず、景色・風情は、あくまでも「艶やか・華やか」然、「大江戸の絵巻物」を観るようで、まさに看板通り「商業演劇にひけをとらない」どころか、大歌舞伎、大劇場の「退屈な舞台」など「足元にも及ばない」ほどであったと、私は思う。この劇団の役者は、座長を筆頭に、「ほんのちょい役」、若手、はしたに至るまで、「芝居とは何か」を熟知している。つねに、舞台の人物全員で「どのような景色を醸し出すか」(絵を描くか)というテーマが念頭にあり、一挙一動、一頭足に「無駄がない」(意味がある)ことが特長である。さればこそ、開幕と同時に、文字通り「錦絵」のような景色が、「絵巻物」のように展開していくのだろう。とりわけ、今日の舞台では(と言ってもいつものことであろうが)、阿部豊後守とお蔦の二役を座長が「演じ分ける」という「離れ業」は《お見事!》の一語に尽きる。顔を合わせることなく「思い合う」二人の人物を、一人の役者が演じるのは「至難の業」、それを、いとも平然と(淡々と)演じきってしまう五代目・三河家桃太郎の「実力」は半端ではない。再び、座長の言葉。「お蔦を演じた時、僕がお蔦を演じていたのではなくて、そこにお蔦がいたと思ってもらいたいですね。それと僕はお芝居には『想像力』が大切だと考えています。役者も想像しながら演じないといけないし、観ているお客様に想像をさせなきゃいけない・・・。」(前出書)おっしゃるとおり、今日の舞台では、阿部豊後守、お蔦、半次郎の「姿」「形」を通して、その「三者三様の思い」が「ひしひしと、こちらの胸に伝わってきたのである。まさに「想像力の産物」であろう、と心から納得した。観客数は、いつもより多め(七、八十名?)、その人たち「マリア観音」を観るために遠方から駆けつけたに違いない。とはいえ「大入り満員・札止め」などという「野暮な事態」には陥らせない(客の「入り」など歯牙にもかけない)、その裁量もまた「三河家劇団」の「実力」(余裕)のうちではないだろうか。
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2017-08-03

劇団素描・「三河家劇団」・《座長・桃太郎の「役者魂」と妹・諒の「実力」》

【三河家劇団】(座長・三河家桃太郎)〈平成21年8月公演・佐倉湯ぱらだいす〉                                                                         この劇場は、関東にありながら「東京大衆演劇劇場協会」所属の劇団以外の劇団、例えば「劇団朱雀」、例えば「橘菊太郎劇団」、例えば「南條隆とスーパー兄弟」の如く、集客能力の高い劇団を招致する、という特徴がある。その時は、客が殺到、連日「大入り満員」の様相を呈するが、普段の状態に戻ると(それ以外の劇団の時には)、客足は激減する。劇場としては、経営を維持するために(かどうかは定かではないが)、入場料金を改定(昼の部は食事付きに拘束、客席での飲食物提供時間を限定)したところ、すこぶる評判が悪く、なお一層、客足が遠のく結果となってしまったようである。現在は、入場料金を「従来通り」に再改訂したが、客足は伸びることなく「従来通り」(昼の部50人未満、夜の部20人未満)に推移しているようである。ただ一点、変わったことは、夜の部が「舞踊ショーのみ」(夜6時から1時間程度)となったことである。「客席の人数よりも、舞台の役者の方が多い」なんて「様にならない」と関係者が判断したかどうかはともかく、今後の見通しとしては「先細り」の感は否めない。そんな時、健気にも「夜の部も芝居をやります」を宣言・実行しているのが「三河家劇団」なのである。なんと雄々しく、天晴れな「役者魂」であろうか。あらためて「劇団紹介」を見ると、以下の通りであった。〈プロフィール 三河家劇団 所属はフリー。現在の「三河家劇団」としての創立は平成10(1998)年だが、初代・三河家桃太郎は明治後期からという大変歴史のある劇団。モットーは「ひとつひとつ、一言一言を大切に心を込めて演じること」。五代目・三河家桃太郎と妹・三河家諒による、一流の商業演劇にも引けを取らない演技力と、わかりやすさが共存したお芝居が特徴。 三河家桃太郎 昭和44(1969)年3月2日生まれ。福岡県出身。血液型AB型。「三河家劇団」座長。曾祖父の代からの役者家系で、3歳で初舞台を踏む。ダイナミックかつ情感豊かに演じ上げる力量には定評がある。平成17(2005)年12月14・15日に東京・日本橋劇場で行われた襲名披露公演をもって、それまでの「三河家恵介」を改め、「五代目・三河家桃太郎」を襲名。また、同劇団の三河家諒は妹に当たる」〉。またキャッチフレーズは、〈五代目桃太郎、三河家新時代の扉を今・・・。芝居の上手さと、観客を感動させる力量ではつとに知られた「三河家劇団」。「五代目・三河家桃太郎」を襲名し、さらなる芝居道を追い求める座長と、見事な演技力で舞台を彩る妹・三河家諒を中心に今、新たなる三河家の歴史が幕を開ける・・・。〉であった。実際に舞台を見聞した感想も「紹介通り」「キャッチフレーズ通り」で、芝居、舞踊ともども「超一級」の出来栄えであった。その「至芸」を観客の数(時としては劇団員の総勢より少ない)にかかわりなく、惜しげもなく「披露」し続ける姿勢に脱帽する他はない。芝居の外題は、昼の部「へちまの花」。夜の部「吉良の仁吉・仁吉しぐれ」。いずれも大衆演劇の定番、筋書は省略するが。前者では、機織り上手の田舎娘・およねに扮した三河家諒の風情が「絶品」、後者では、若手・美河賢太郎、三河家小桃に主役(仁吉とその恋女房・菊)を譲り、ベテラン陣は脇を固めるという配役(座長の采配)は「お見事」、まさに実力・余裕のある劇団の「技」を観た思いがして、いたく感動した次第である。
舞踊ショー、女優・三河家諒の「女形舞踊」は、斯界・数ある男優陣の「女形舞踊」の《原型》(お手本)といった雰囲気で、素晴らしい。「男優の女形は、女以上に女っぽい」などとはよく言われることだが、彼女の「女形」、さすがは女優、その風格・品格において男優の及ぶところではない。加えて、座長の「口上」も絶品、いわゆる「世情のアラ」(例えば天候不良、例えば大原麗子、例えば酒井法子、例えば腰痛、例えば東洋医学等々)を肴に、彼自身が傾けるユニークな蘊蓄、その飄々・淡々とした語り口は、めったにお目にかかれない代物である。
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2017-08-02

付録・邦画傑作選・「夜ごとの夢」(監督・成瀬巳喜男・1933年)

  この映画の面白さ(見どころ)は、何と言っても「配役の妙」にある。小津安二郎作品でお馴染みの坂本武、飯田蝶子コンビが阿漕な仇役、齋藤達雄が救いようのない無様な男を演じ、吉川満子、新井淳が思い切りお人好し、善人夫婦の景色を醸し出す、そのコントラストがたまらなく魅力的であった。
 主人公はおみつ(栗島すみ子)という名のシングルマザーである。一人息子の文坊(小島照子)が出世することだけを生きがいに、酒場の女給に甘んじている。冒頭は、おみつが(空しい出稼ぎの)旅を終えて、古巣の佃島に帰ってくる場面、馴染みの船員(大山健二、小倉繁)と渡船の桟橋で出会った。おみつがタバコを一本所望すると、船員は気前よく差し出しながら「お前が居ないと、酒場は火が消えたようだぜ」などと言い「どうだい、船で遊んでいかないか」と誘うが「話があるんなら、今晩、酒場で聞くよ」と言い残して渡船に乗り込む。乗客の白い目が一斉に彼女に注がれた。 
 数分で船は佃島に着く。おみつが向かったのは懐かしいわが家(といっても二階一間の貸間にすぎなかったが)、「夜ごとの夢」に見た愛しい文坊が待っていた。文坊の面倒を見て居てくれたのが隣部屋の夫婦(新井淳、吉川満子)、絵に描いたような善人で、文坊を孫のように可愛がっている。夫は電気会社の中年外交員、子どもには恵まれなかったようだ。文坊はおみつの顔を見るなり「おかあちゃん!」と叫んで抱きついた。しっかり抱きしめながら妻に礼を言う。「永いこと面倒を見て頂いてありがとうございました」。文坊はおみつに「お土産は?あたいおとなにしていたんだよ」。でも、おみつには何も持ち合わせがない。「今晩、もってくるからね」とごまかした。「そう言えば、留守中に男の人が訪ねて来ましたよ」と妻が言う。おみつには心当たりがあるようだったが、顔を曇らせるだけであった。その晩からおみつは店に出た。酒場はいつものように酔客で繁盛の様子、一息ついたところでおみつは女将(飯田蝶子)に借金を申し込む。文坊へのお土産と、面倒を見てくれた夫婦に御礼をしなければならない。しかし女将の返事はつれなかった。「帰ってくる早々、どんな金が要るんだい。もうすこし稼いでからにしてもらいたいね」。そこに「その金、俺に立て替えさせてもらおううか」という声が聞こえ、船長(坂本武)が入ってきた。おみつに金を渡して「俺は前からお前に目をつけていたんだぜ」とにやけまくる。その様子を「あたしゃ知らないよ、どうぞ御勝手に」という素振りで眺めている女将の表情が、(小津作品の坂本武と飯田蝶子の関係を知っているだけに)何とも可笑しかった。おみつは船長の金を頂いて、文坊へのお土産を買い深夜に帰宅する。文坊はまだ寝ないで隣室の夫婦と遊びながら待っていた。夫は「なあんだ、お土産をお待ちかねで寝なかったのか」と文坊の頭をなでたのだが・・・。待っていたのは文坊だけではなかった。妻が言う。「この前の男の人、今日も来て、あんたの部屋で待っているの」。おみつは固辞する夫婦に礼金を渡し、自室に行くと、男がうたた寝をしている。三年前、妻子を捨てて雲隠れした前夫・水原(齋藤達雄)だったのだ。叩き起こし「出て行っておくれ、あんたとあたしは、もう赤の他人なんだ」「それが昔の男に浴びせる言葉か」「ふん、聞いて呆れるよ。あたしたちを放り出しておきながら、よくのめのめと会いにこれたもんだ」「あの時のことは俺も自分に愛想が尽きている。どうか一時でも坊やの父親にさせてもらいたいんだ」。おみつは水原に帽子を被せて追い出す様子、そこに顔を出したのが文坊と隣室の夫婦、「文坊のお父さんでしたか、それとわかっていたら・・・」などととりなすが、水原は「いえ、いいんです。もう坊やの顔を見られたので思い残すことはありません」と、部屋を出て行こうとする。夫婦は、まあまあと必死に止めるが、水原の気持ちは変わらなかった。階段を降りてとぼとぼと去って行く。夫婦が「あんた、本当にそれでいいのかい?文坊にはお父さんが必要だよ」と言うと、おみつの表情が一変した。「そうだ、強情ばっかり張ってはいられない」、慌てて水原を呼び止める・・・。かくて、親子三人の新しい生活が始まったかに見えたのだが・・・。水原には思うような仕事が見つからない。隣の外交員が口を探してくれたが、世の中は不況のどん底で、人では余っている。水原にも才覚は感じられず、毎日、文坊や近所の子どもたちと遊び呆けている。「やっぱり、俺はだめなんだ」とおみつに愚痴をこぼし出す。おみつは、何とか励まし続けて店に出ていたのだが、強欲な船長がしつこくつきまとう。ある夜、水原が居酒屋に赴いてその場面を目撃、
おみつを助け出したつもりになっていたのだが、「おかしくって、あんな奴になめられてたまるかってんだ」「あの位の出入りが怖くて女給商売ができるものか」と、おみつは動じない。「何だって、お店なんかに来たのさ」「もうあんな商売やめてくれないか」「あんたが養ってくれるとでもいうの」などと夜道を歩きながら語り合ううちに、とうとう水原の心が決まった。「俺は、働く!」。・・・・、翌日、勇んで「職工募集」の会社を渡り歩いたがすべて断られた。おみつが「どうだった?」と問えば「やはり、俺なんかこの家にいない方がいいんだ」と弱音を吐く。おみつが「安心おし、あんたの顔に泥を塗るようなことはしないから」などと言っている時、どやどやと近所の子どもたちが駆け込んで来た。「文坊が自動車に轢かれた!」慌てて、家に運び込み医者(仲英之助)を呼ぶ。一命はとりとめたが右腕は複雑骨折している。病院で手術を受けなければならない。おみつは、化粧を始めた。「こんな時に出かけるのか」と水原が問えば「女将さんに相談してくる」と言う。あの船長の言いなりになって、金を作ろうとするのか、そう考えると水原の気持ちは居ても立ってもいられず、「俺が友だちに借りてくる」と部屋を飛び出した。行く先はお決まりの銀行、それとも郵便局、押し入って金銭を強奪、警官に追われ腕に被弾したが、何とか戻って来た。札束を渡されたおみつは驚いて「その傷はどうしたの?」と問い質したが、答はわかっていた。「そんなことをしてくれと誰が頼んだ」とその場に泣き崩れる。
でも済んだことはしかたがない。おみつは札束を水原に握らせて「あんた、自首して。神妙に勤めれば、また三人で暮らせるんだから」。外には警官の気配がする。水原はうなずき「坊やを頼んだよ」と言い残して、闇に紛れた。
 翌朝、けたたましく隣室の外交員たちが駆け込んで来た。「あんたの亭主が、身投げしたんだ!」。おみつは渡船の桟橋に走ったが、すべては後の祭り、覆水は盆に返らなかったのである。刑事(西村青児)から遺書を手渡される。そこには「俺なんかどうせ死んでしまった方がいいんだ。呉々も坊やを頼む」と記されていた。戻る道、バッタリと船長に出会う。相変わらずにやけて「お前の亭主だっていうじゃねえか」という言葉に、キッとして睨みつけ、思い切りピンタ一発、腹を突き飛ばして自室に戻る。何も知らずに寝ている文坊・・・。「弱虫、いくじなし。死ぬなんて、この世の中から逃げるなんて。それが男のすることかい」と叫んで遺書を食いちぎる。やがて、なすすべもなく力が脱けて、文坊の枕元に泣き崩れるうちに、この映画は「終」となった。
 前述したように、この映画の見どころは、坂本武、飯田蝶子の阿漕ぶり、齋藤達雄の無様さだが、文坊が事故に遭ってからの展開は、3年前(1930年)に作られた小津安二郎監督作品「その夜の妻」に酷似している。そこでは妻(八雲千恵子)が夫(岡田時彦)に「早く逃げて」と手引きをするが、夫は立ち戻り刑事(山本冬郷)に捕縛(自首)される。男同士の意気地が感じられるが、この水原という男は、死後も「弱虫、いくじなし」と罵られる体たらく、まさに成瀬巳喜男監督が描き出そうとする《男性像》の極め付きであった。一方、栗島すみ子の、どこか崩れた《女性像》、朋輩の女給(沢蘭子)との交流も水商売風だが、わが子の前ではどこまでも優しい慈母の風情が魅力的である。やはり成瀬監督ならではの演出が随所に散りばめられていて、小津作品とのコントラストが鮮やかに浮き彫りされる名品であったと、私は思う。(2017.7.31)



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2017-08-01

劇団素描・「劇団颯」・《年忘れ演劇祭・林友廣の「実力」と「圧力」》

【劇団颯】(座長・颯馬一気)〈平成21年12月公演・浅草木馬館〉

正午から、浅草木馬館で大衆演劇観劇。「劇団 颯」(座長・颯馬一気)。今日の演目は、「年忘れ演劇祭」とやらで、「劇団虎」座長・林友廣、「劇団章劇」座長・澤村章太郎、副座長・澤村蓮、「劇団美鳳」座長・一城進悟(前・林京助)、「劇団翔龍」花形・藤川雷矢、「劇団菊」花形・菊小鈴らがゲスト出演、入場料金も2000円と格別であった。芝居の外題は「やくざ忠臣蔵」、武家の話を侠客の世界に「置き換えた」筋書、浅野内匠頭もどきの二枚目親分が澤村蓮、その女房が菊小鈴、子分が藤川雷矢、吉良上野介もどきの仇役親分に澤村章太郎、その後輩に林友廣という配役、舞台の出来栄えは「まあまあ水準並み」であったが、今日の眼目はあくまで「お祭り」、いわば有名・有力役者衆の「顔見世」ショー的な演出に終始していた。台本・演出ともに林友廣の采配によるとのこと、「まあ、そんなところか」と肯ける。実力派「劇団章劇」に主役をまかせ、下座「劇団颯」の面々で脇役を固める。自分は「三枚目」として直弟子・一城進悟の「相手」をする(その目論見は当然至極であろう)、と考えたかどうかはわからないが・・・。私が大衆演劇を初めて見たのは、昭和46年夏、千住寿劇場であった。
「長谷川正二(次であったか?)郎劇団」、父は東京大衆演劇界の大御所・長谷川正二郎、母は名女優・若水照代であった。まだ、舞台のレギュラーではなく、劇場の軒下でアイスキャンデーを舐めていた姿を思い出す。その彼が、今や「劇団虎」の座長として、東京大衆演劇劇場協会「全体」を取り仕切るなんて、まさに「隔世の感」がある。父親は典型的な「立ち役」「親分肌」が「売り」、母もまた「美空ひばり」もどきの若衆姿が艶やかで、よく似合ったが(歌唱「ある女の詩」は絶品)、芸風はあくまで「関東風」で淡白、言ってしまえば「どうでもいいってことよ」といった「投げやり」な風情が魅力であった。その後継者である林友廣の「実力」も「同質」「同程度」、それが今度は着実に「劇団美鳳」座長・一條進悟に受け継がれていて、たいそう興味深かった。まさに(石原裕次郎もどき)「立ち役」の色香で勝負している一城進悟が、師匠・林友廣の前では「小坊主」然として愛嬌をふりまく、なるほど役者の「実力」とは「圧力」を無視しては成り立たないという「現実」を、とくと学ばせていただいた次第である。楽屋うちのネタを舞台に持ち出して客を喜ばせるのは大衆演劇の常道だが、あまり「度が過ぎる」と興ざめ、肝腎の芝居がぶち壊されてしまう。その微妙な「さじ加減」は、客との呼吸で決まる。今日の舞台、芝居の中でも口上の場面でも、林友廣の「圧力」が目立ちすぎて、私自身はやや「興ざめ」の感があったのだが・・・。その景色を「粋」と受け取るかどうか、それは客筋の「自由」である。
 ところで、今、私の手元には『太陽・NO268』(平凡社・1984)という雑誌がある。特集は「女形の美」。今から25年前、林友廣は〈全国の玉三郎 花の競演〉(義理・哀愁・人情・通俗、大いに結構ではありませぬか。大衆演劇の名花十輪ここに咲き揃って、皆様を夢の世界へお連れ申します)という記事のトップに登場している。当時は弱冠22歳、女形で「売り出し中」だった様子が窺われる。ちなみに、他の九輪とは誰、だあれ?見海堂俊(笑々座)、見城たかし(劇団見城)、若葉愛(劇団わかば)、白龍光洋(劇団わかば)、市川千太郎(市川劇団)、里見要次郎(里見劇団)、松井まこと(松井劇団)、市川よしみつ(市川市次郎劇団)、荒城愼(荒城劇団)だと・・・。いずれ菖蒲か杜若、今ごろどうしているかしら?、名花十輪の行く末やいかに、という感懐に誘われるが、彼らの現況を「実力?」それとも「圧力?」、どちらで勝負しているかという観点から眺望するのも「観賞法」の一つ(一興)ではないだろうか。
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2017-07-31

付録・邦画傑作選・「路上の霊魂」(監督・村田実・1921年)

 ユーチューブで映画「路上の霊魂」(監督・村田実・1921年)を観た。ヴィルヘルム・シュミットボンの『街の子』(森鴎外訳)とマクシム・ゴーリキーの『夜の宿(どん底)』(小山内薫訳)が原作で、ナ、ナ、ナント、日本の演劇界の革新に半生を捧げた小山内薫自身が出演しているとは・・・。ウィキペディア百科事典では〈『路上の霊魂』は同時に進行する出来事をクロスカッティングしたり、回想場面を挿入したりする近代映画の技法をふんだんに取り入れた、日本映画初の芸術大作というべきものだった〉と紹介されている。
 冒頭では「文部省推薦」という文字、タイトルに続いて「吾々は人類全体に対して憐れみの心を持たなくてはならない。例えばキリストは人類全体を憐れみ給うた。そして、吾々にもそうせよと仰せられた。人を憐れむには時がある。その時をはずさないようにせるが好い。マクシム・ゴーリキー」という文章が映し出される。
 登場人物は、山奥で伐材所を営む親方・杉野泰(小山内薫)と息子の浩一郎(東郷是也、のちの鈴木伝明)、浩一郎の妻・耀子(澤村春子)、娘・文子(久松三岐子)、浩一郎の許嫁・光子(伊達竜子)、伐材所の少年・太郎(村田実、彼はこの映画の監督でもある)、
別荘の令嬢(英百合子)、別荘の執事(茂原熊彦、彼はこの映画の脚本を執筆している)、
出獄者・鶴吉(南光明)、亀三(蔦村繁)、別荘番(岡田宗太郎)、八木節の姉(東栄子)
八木節の弟(小松武雄)、クリスマスの客(春野恵美奈)といった面々である。
 浩一郎には許嫁の光子がいたが、ヴァイオリニストになりたい一心で都会に出奔、杉野はやむなく光子をそばにおいて帰りを待っている。しかし浩一郎はすでにピアニストの耀子と結婚し、文子という娘までもうけていた。都会で演奏活動を始めたが、批評家との折り合いが悪く、出世の道は断たれたか・・・。今では、妻子と共に故郷に帰らざるをえない。三人は、ただただ歩き続け、空腹と疲労で行き倒れ寸前であった。そんな折り、たまたま分岐点で行き会ったのは、こちらも放浪の旅を続ける出獄者・鶴吉、亀三の二人、亀三は労咳で衰弱している。一つのパンを半分にし、それをまた等分にして朝食をすませたが、見れば娘の衰弱も甚だしい。二人は初め親子三人から何かを強奪しようとしたのだが、相手は何も持っていない。気の毒にと思い、残りのパンを娘に与えて、右の道を辿り始める。その行き着く先は軽井沢の豪華な別荘であることを知ってか、知らずか・・・。一方、浩一郎と妻子は左の道へ・・・、その先には懐かしいわが家があるのだが・・・。
 山奥の別荘にはおきゃんな令嬢が居た。執事と馬車で散歩に出ても、つねに単独行動、物陰から、探し回る執事の帽子めがけて空気銃を一発発射、執事が帽子を飛ばされ慌てている間に、街中へ繰り出した。そこでは八木節の姉弟が大道芸を披露中、令嬢は拍手喝采して見物していたが、踊りを終えた弟が帽子を袋替わりに近づいても、入れるお金を持っていない。たまたま居合わせた伐材所の少年・太郎が、代わりに銅貨を入れてあげる。令嬢と太郎は顔見知り、お互いに好意を寄せていることが窺われる。やがて、執事が馬車で到着、令嬢を見つけて「お嬢様、こんなところに。さあ、家に帰りましょう」と言うが、アッカンベエをして逃げ回る。その様子は抱腹絶倒の名場面であった。
 やがてもうすぐクリスマス・イヴ、別荘はその準備に余念がない。令嬢は表に八木節の姉弟が通りかかるのを見て、「今晩、来るように」と執事に言いつける。鶴吉、亀三の出獄者も別荘に辿り着いた。邸内に入り込み室内を物色中、食べ物を探しているのだ。そんなところを別荘番に見つかり、お互いを鞭打つように仕置きされたが、亀三が激しく咳き込む様子を見て、別荘番に一瞬「憐れみの情」が湧き上がったのだろう、持っていた銃を投げ出した。その様子を窺っていた令嬢は、二人を許し食べ物を準備するよう、別荘番に言いつける。 
 浩一郎妻子三人も、ようやく杉野の家に辿り着いたが、杉野はまだ山から帰っていない。出迎えたのは許嫁の光子、浩一郎妻子を見て複雑な気持ちを隠せなかったが、御馳走の準備を始める。まもなく杉野も帰宅、十数年ぶりの父子対面となる。「お父さん、私たち親子を温かく迎えて下さい」と、浩一郎は必死に頼んだが、許せる話ではない。杉野は思った。妻子に罪はない。しかし、浩一郎は絶対に許せない。光子が準備した御馳走も与えず「屋外に出て行け」と言い放つ。外は猛吹雪、浩一郎たち三人はやむなく納屋に避難、藁で暖をとるのだが・・・。杉野は不安になった。あの妻子はどうしているだろうか。納屋に居た三人を見つけて逡巡する。浩一郎には幻想が現れ、あげくは父に「決闘を申し込む」始末、光子もたまらずやって来て「お部屋を用意しました」と取りなした。杉野は「オカミさんと子どもは連れて行きなさい」と言ったが、今度は妻の耀子が応じない。「私はあなたと離れない」と言って浩一郎の足元に縋り付く。しかし、浩一郎はヴァイオリンの幻聴に誘われるように納屋を出て行ってしまった。そんな大人同士の葛藤の中で、娘の文子は息絶えていた。その一部始終を、なすすべもなく見届けていた太郎の悲しみ、驚愕とも悔恨ともつかぬ杉野の表情が印象的であった。
 別荘では令嬢を中心にイヴのパーティーが開かれている。出獄者の鶴吉、亀三、八木節の姉弟、杉野家の使用人たちも招かれて、明るく楽しい雰囲気が満ちあふれている。やがてお開き、令嬢のベッドにはサンタクロースもプレゼントに現れた。翌日は、昨夜の猛吹雪が嘘のように晴れわたり、令嬢が屋外に飛び出した。傍には太郎も居る。二人連れだって鶴吉と亀三の「新しい門出」を見送りに出たのだ。しかし、そこで鶴吉と亀三が見たのは、林の中、雪に埋もれている浩一郎の亡骸であった。その場にやって来た令嬢がいう。「もし爺や(別荘番)が二人を憐れんでやらなかったら」(爺やは二人に殺されていたかもしれない。そして二人はまた獄舎につながれる身となったかもしれない)と言い、旅立っていく二人の方に目をやる、太郎もまた「もし旦那(杉野)がこの方を憐れんでおやりになったら」と言い亡骸に目を落とす。
 そんな二人が顔を見合わせ立ち尽くすうちに、この映画は「終」を迎えた。 
 この映画の眼目は、ゴーリキーの言葉にあるとおり「人を憐れむには時がある。その時をはずさないようにするが好い」ということであろう。「時をはずされた」浩一郎妻子三人と、三人の窮状を憐れみ、パンを施した「時をはずさず、はずされなかった」出獄者二人の《運命》が、「同時に進行する出来事をクロスカッティングしたり、回想場面を挿入したりする近代映画の技法手法」で見事に描き出されている。まさに「日本映画初の芸術大作」というにふさわしい傑作であると、私も思った。中でも一番の魅力は、別荘の令嬢を演じた英百合子の初々しさであろうか。当時は21歳、はち切れんばかりの若さを、自由奔放、のびのびと演じている。彼女もまた少年・太郎から憐れみを施され(八木節姉弟へのカンパ代を立て替えて貰い)、出獄者二人に憐れみを施している(家に招き入れ御馳走をしている)。また、小山内薫の重厚な演技も見逃せない。「人を憐れむ時」をはずしてしまった、悔恨と苦渋の表情は真に迫っていたが、ではどうして「はずしてしまった」のだろうか。許嫁を捨て、自分本位に生きた息子をどうしても許すことができない、妻子に罪はないが、父として、男としては許せない。許嫁に何と詫びればいいのか。息子から決闘を挑まれて「まず他のことはおいても、名誉ある人間が貴様の相手になれると思うか」と吐き捨てた言葉が、すべてを物語っている。杉野は名誉を守り、息子を捨てたのである。その父親像は日本独自のものであろうか。それにしても、この作品の原作はゴーリキー・「どん底」とのこと、あらためてフランス映画「どん底」(監督・ジャン・ルノアール)を見なおしたが、共通点を見出すことはできなかった。また、少年・太郎役を演じた村田実が、その若さで監督であったとは驚きである。いずれにせよ、日本映画が小山内薫の助力により新しい一歩を踏み出した、貴重な歴史的作品を見られたことは望外の幸せであった。感謝。 (2017.7.29)



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2017-07-30

劇団素描・「劇団菊」・《「お吉物語」はリアリズムの極致》

【劇団菊】(座長・菊千鶴)〈平成21年12月公演・千代田ラドン温泉センター〉

午後0時30分から、千代田ラドン温泉センターで大衆演劇観劇。「劇団菊」(座長・菊千鶴)。芝居の外題は「お吉物語」。座長・菊千鶴は47歳だとか、51歳で他界した「唐人お吉」の「晩年」を演じるには、恰好の頃合いと言えるだろう。そのことを考慮してか、舞台の重点は、酒浸りで老いさらばえたお吉の、薄汚れた「お菰姿」の描出にあったようだ。とりわけ、終幕前、「俗名鶴松の墓」と刻まれた墓石を抱いて、酒を酌み交わす景色は、リアリズムの極致、迫真の演技で、なるほど「唄は唄」「芝居は芝居」にすぎず 、「真実」とはさだめし、このようなことだったのだろう、と心底から納得してしまった。「お吉物語」で思い出すのは、天津羽衣の名曲(作詞・藤田まさと、作曲・陸奥明)で踊った大川龍昇の舞台、芸者姿の艶やかな姿、表情が忘れられない。とはいえ、それはあくまで「絵空事」、真実は今日の舞台の姿であったに違いない。加えて、私自身には幼少時の思い出がある。今は懐かしいSPレコード、鉄の針ですり切れた摩擦音のむこうから聞こえてくる、芸者・小花とやらの美声は、珠玉の俗曲「さのさ節」。その文句に「いじらしや、伊豆の下田の唐人お吉。今日も揺られて籠の中。許してちょうだいねえ、鶴松さんと、合わす両手に散る椿。」だって・・・。周囲の大人たちが酒席で興じる音曲を、子ども心に、意味も分からず聞いていた昔が、昨日のことのように思い出されて、感極まる。この劇団のこの芝居、よくよく思えば、まさにこの終幕の一場面のためにあった、といえるだろう。座員の役者衆、人数も沢山、容貌も多彩であったのに、それまでの登場人物が誰々であったか、ほとんど印象に残っていないという按配であったから・・・。   二部の舞踊ショーで、座長の他、副座長・菊小菊、流星、後見・浅井浩次、他、男優三人、女優四人、子役一人といった「大所帯」(役者だけで総勢十二名?)であることを確認した。いずれも「芸達者」「魅力的」な逸材が揃っていると思われるが、まだ「チーム」として結実化していない、ように感じられた。総力を結集して、座員一人一人の「個性」を磨き上げることに徹すれば、関東随一の舞台を作り上げることができるのではないか、文字通り「有望株」な劇団だと確信しつつ、岩盤浴に向かった次第である。
唐人お吉物語唐人お吉物語
(2006/10)
竹岡 範男

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2017-07-29

付録・邦画傑作選・「女の歴史」(監督・成瀬巳喜男・1963年)

 ユーチューブで映画「女の歴史」(監督・成瀬巳喜男・1963年)を観た。この映画には三組の男女が登場する。一は清水幸一(宝田明)と信子(高峰秀子)の夫婦、二は幸一の父・清水正二郎(清水元)と母・君子(夏原夏子)の夫婦、三は幸一の息子・功平(少年期・堀米広幸、成人後・山崎努)と恋人・富永みどり(星由里子)のカップルである。 時代は戦前、戦中、敗戦直後から戦後にかけて、舞台は東京深川、栃木の疎開先、東京自由が丘へと移りゆく中で、男は次々と死に、女だけが「たくましく」生き抜いていく、文字通り「女の歴史」が鮮やかに描かれていた。その主人公・信子は深川の商人・増田兼吉(藤原釜足)、つね(菅井きん)夫妻の娘として成長し、木場の材木問屋の息子・幸一と見合いで結ばれた。まもなく一子・功平が誕生したが、幸一の父・正二郎は湯河原で馴染みの芸者と情死、幸一も応召し戦死する。信子の実家も東京大空襲で全滅、信子は女手一つで姑の君子を養い、息子の功平を育てることになった。戦中は防災訓練、疎開先の畑作業、戦後は闇屋などと「力仕事」も健気にこなす。闇屋の得意先、美容院を経営する三沢玉枝(淡路恵子)の縁があったか、信子も美容院を開業、功平も成人して自動車のセールスマンになった。マイカーで着々と顧客を増やし、会社では有望株、接待で行きつけのキャバレー・ホステス富永みどりと恋仲になり結婚の約束をする。信子に承諾を求めたが拒否され、功平はさっさと団地で新所帯を構える。しかし、突然の交通事故で功平も他界、つまりは信子と姑の君子だけが残される羽目に・・・。葬儀も終えたある雨の日のこと・・・、信子は生きがいをなくし放心状態、功平の遺影を前にして、君子は「これであんたもあたしも他人になった、あたしは老人ホームに入るよ」と言う。「お母さんさえよければ、あたしは今のままでいいのよ」などと語り合うところに、突然、みどりがやって来た。信子は「ここはあなたの来るところではない。功平をあたしから取りあげて、命まで落とさせてしまったんだ。早く出て行って」となじる。みどりは「私のお腹には赤ちゃんがいます」。信子は一瞬絶句、「・・・誰の子どもかわかりゃあしない」「戸籍も入っています。この謄本を見て下さい」。君子が「へえ、功平は戸籍まで入れたのか」と、うれしそうに取りなしたが、「おばあちゃんは黙っていて下さい」と突っぱねた。売り言葉に買い言葉、みどりは「では、殺します。お金をください」。信子は札束をみどりの前に放り出す。たまらず、みどりは立ち去った。君子が「アレ、お金、置いて行っちゃったよ。男なんて勝手なもんだ。あたしの亭主も、幸一も、功平も、女に子どもを産ませてさっさと逝ってしまった。今度、生まれてくるときは、あたしは絶対、男にするよ。・・・でも、功平の子どもがいたなんて、おしい気もするねえ」と言う。その嘆きを聞いて信子の気が変わった。あわてて、みどりの団地に向かいドアを叩いたが留守、隣人(塩沢とき)が「今まで、家に居たんだけど、病院に行きましたよ」。信子は病院にかけつけ受け付けで問い合わせる。「さきほどお帰りになりましたよ」「では、手術は終わって?」「いえ、今日は診察だけです。母子手帳を貰いに来たんです」「・・・・」。信子の表情に安堵の色が見えた。雨の中、団地に帰るみどりの姿、タクシーが追い着いて、信子が降りてきた。一瞬、見つめ合う二人、信子は「さっきは、ひどいことを言ってゴメンナサイね。初めからあなたに会っていれば、こんなことにはならなかった。あたし自分のことしか考えていなくて・・・」と謝ったが、キッと表情を固くするみどり、そのまま行き過ぎようとして振り返ると、信子が雨に濡れて立ち尽くしている。みどりも女である。そばに寄ると、「濡れますから、家にどうぞ」という一言で、二人の誤解はとけたのであった。 
 大詰めは一年後、自由が丘の美容院、みどりも美容院で働いていた。生まれたのは功という名の男児、今日も君子が公園に連れ出して遊んでいる。信子が迎えに行けば、功は一人で遊んでいた。「イサオ、危ないじゃないの」と抱き上げると、君子はブランコで老爺と談笑中、信子に気がついて終わりにする。「おばあちゃん、功を一人にして、危ないじゃないの」「大丈夫、ちゃんと見ているんだから。それにしても、あのおじいちゃん、へんなおじいちゃんだよ。こんど一緒にヘルスセンターに行かないかって、あたしを誘うんだもの」。信子は呆れて「へえ、でもおばあちゃんだって、相当へんなおばあちゃんだわよ」などと語り合ううちに、この映画は「終」となった。
 前述したように、「女の歴史」とは、姑・清水君子、嫁・清水信子、義娘・富永みどりへと受け継がれる三代の歴史である。三人の連れ合い、清水正二郎、清水幸一、清水功平という男たちはいずれも、早々に歴史の舞台から姿を消した。正二郎は情死、幸一は戦死、功平は事故死、まことに呆気ない死に様であったが、もう一人、秋本隆(仲代達矢)という男がいる。彼は幸一の親友で、やはり応召したが戦地に赴くことなく生還した。戦後まもなく信子の窮状を救ったが、事業の失敗で姿をくらます。その頃、幸一には恋人・木下静代(草笛光子)が居たことが発覚、信子は秋本を頼りに思っていたのだが・・・。ほぼ十数年ぶりに、秋本と信子が偶然、渋谷で再会した時には、秋本はすでに結婚、成人に近い娘(宮本豊子)もいる始末で、男の身勝手さ、甲斐性のなさが際立つ場面であった。
 そんな中、一際、光彩を放っていたのは姑・清水君子の生き様である。服毒死した夫・正二郎を引き取りに行った湯河原で、もう一人の遺体(情死の相手)に遭遇、その時は猛り狂ったが、以後は、好々爺ならぬ好々婆として信子に支えられながら支える、そのアッケラカンとした風情を、女優・夏原夏子は見事に描出していた。とりわけ、訪ねて来たみどりに、信子が悪口雑言を浴びせ追い返した後、「あんたもずいぶん強い女になったねえ、あたしならあんなことは言えないよ」という一言は印象的であった。どちらかといえば「陰」の嫁に対して「陽」の姑というコントラストが、二人の固く結ばれた「女の絆」をいっそう鮮やかに浮き彫りする。終始一貫、「女のたくましさ、したたかさ」を追求した、名手・成瀬巳喜男監督、渾身の一作であったと、私は思う。 
(2017.7.28)



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2017-07-28

劇団素描・「近江飛龍劇団」・《「新月桂川」・マイク不要の芝居は超一級》

【近江飛龍劇団】(座長・近江飛龍)〈平成21年5月公演・横浜三吉演芸場〉                                       この劇団を見聞するのは1年ぶり、今日は「春之介祭り」と銘打った興行で、副座長・近江春之介が「座長」を務める。芝居の外題は「新月桂川」。桂川一家の若い衆二人(兄貴分新吉・近江春之介、弟分銀次・近江大輔)が男修行の旅から帰ってきた。二人とも親分(浪花三之介)の娘(座長・近江飛龍)に惚れている。帰ったら「お嬢さんと夫婦になって跡目を継ぐ」のも二人の夢、そのことになると兄弟分とはいえ「譲れない」。肝腎の娘は、銀次が「好き」、腕の方は新吉が上、親分は、背中合わせの一家・まむしの権太、権次(橘小寅丸二役・好演)のどちらでもいいから「首を取ってきた方に娘を与え、二代目を継がせる」とのこと、二人は勇んでまむし一家に殴り込み、目的通り、権太の首を挙げたのは、やはり新吉。銀次は土下座して新吉に、「頼む。その首を譲ってくれ!実を言えば、旅に出る前から、オレとお嬢さんはデキていたんだ」。「なんだって?・・・」ちっとも知らなかった新吉、激高して銀次を斬ろうとするが、そのたびに「ギンジサーン!」という娘の声が聞こえてきて、刀を下ろせない。つまるところ、自分を追いかけてつきまとう鳥追い女(轟純平・好演)と「一計を案じて」、嫁も跡目も弟分に譲る、というお話。
 芝居の出来栄えは「一級品」、「存在感のある」座長を筆頭に「役者(脇役)が揃っている」。とりわけ、今回は、浪花三之介という「大御所」の舞台を見聞できたのは、望外の幸せであった。この劇団、芝居の中では「マイク」を使わない。そのことが、どれほど舞台の景色・風情を「美しく」「艶やかに」することか。どれほど、観客との「呼吸」を合わせやすくすることか、どれほど役者一人一人の「実力」(演技力)を高めることか。
おそらく、140以上ある劇団の中で、「マイクを使わない」のはこの劇団以外にないのではあるまいか。(一時、「恋川純弥劇団」もそうだったが、今月の木馬座公演では使っている)劇場によっては、「宴会の余興」「ホテルのショー」並に扱われている大衆演劇の実情を考えれば、「やむを得ない」ことかもしれない。役者の声帯を守るためには「当然」かもしれない。にもかかわらず、あえて、「肉声の芝居」にこだわるからこそ、「近江飛龍劇団」は素晴らしいのだ、と私は思う。
 前回もそうであったが、久しぶりに見聞する舞台、そのたびごとに役者の「実力」アップ、座長の存在感が「倍増」する、「いつものように幕が開かない」ところに、この劇団の特長がある、ことを再確認した次第である。
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2017-07-27

劇団素描・「剣戟はる駒座」・《劇団の今は「旬」、「真っ盛り」》

【剣戟はる駒座】(座長・津川竜)〈平成25年3月公演・浅草木馬館〉
午後5時から、浅草木馬館で大衆演劇観劇。「剣戟はる駒座」(座長・津川竜)。どこの劇団にも「浮き沈み」(栄枯盛衰)があるものだが、今や、この劇団は「旬」、隆盛を極めている。座長の長男・津川らいちょうが成人を迎え、その弟・津川しぶきの成長も著しく、彼らの母・晃大洋、不動倭の「達者」振り、花形・勝小虎の「控えめな」魅力、後見には、斯界の重鎮・勝龍治がどっかりと構えている、といった案配で、その「勢い」たるや、「飛ぶ鳥を落とすがごとき」舞台景色であった。芝居の外題は「明け鴉」。一匹の素浪人(座長・津川竜)が、手傷を負い、それを助けた一家女親分(晃大洋)のために、みずから任侠の道に入り、一家のため恩返し(仇討ち)をするという、「他愛もない」筋書きだが、見所は随所、随所に散りばめられていた。というのも、この劇団の役者一人一人は、芝居の中でピンマイクを、一切使わない。その結果、「一声、二振り(顔)、三姿」という役者の第一条件が、確実に満たされるのである。(生の)「声」が「振り」になり、「振り」が「姿」を創出する、という演技の基礎・基本が着実に培われるのだ。今日の舞台では、座長の「明朗闊達」を筆頭に、晃大洋の「姉御肌」、らいちょうの「健気さ」「初々しさ」、不動倭の「侠気」、敵役・勝龍治の「貫禄」「洒脱」、勝小虎の「いぶし銀」、女優・千晶ららの「華麗」「可憐さ」等々、それぞれの個性が随所で輝き、文字通り「剣戟」の魅力を十分に堪能することができた。また、グランドショー(歌謡・舞踊ショー)に登場した、駒鳥姉妹(晃大洋・不動倭)の「転がる石」は絶品、珍奇な風情とは裏腹に、ピタリと息の合った「歌唱力」は半端ではなかった。極め付きは、勝小虎の女形舞踊「あんた」(唄・吉幾三・千昌夫)、歌を聴くだけでは「なんぼのもん」と思われる作物であっても、舞踊が添えられることによって「名曲」に変貌する、その典型的な舞台であった、と私は思う。この勝小虎という役者、2006年9月より劇団参加、同期の不動倭のかげに隠れて、あまり「目立たない」存在だが、どうしてどうして、その「目立たなさ」が「目立つ」という、「いぶし銀」の魅力をもっている。以下は、今からほぼ6年前(平成19年12月)、篠原演芸場の舞台で観た、私の感想である。〈座長演出の「唐人お吉」は名舞台。特に、落ちぶれたお吉を「後ろ姿」だけで踊った勝小虎、若き日のお吉を華麗に踊った座長のコントラストは感動的で、「至芸」という他はない〉。今日もまた、「至芸」の一つを鑑賞できたことは、望外の幸せであった。「今月は木馬(館)で存分に楽しめる」、そんな思いで、心浮き浮き、帰路に就くことができたのであった。
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2017-07-26

劇団素描・「近江飛龍劇団」・《芝居「昭和の男」は、「極め付き」!》

【近江飛龍劇団】(座長・近江飛龍〈平成22年3月公演・浅草木馬館〉                                                                         夜の部、芝居の外題は「昭和の男」。数年前、私は同じ劇場、同じ劇団で「大阪の人」という芝居を見聞した。たいそう面白く「抱腹絶倒の舞台」であったことは記憶していたが、その詳細は思い出せなかった。何とか再見したいものと念じていたが、なんと、今回その願いが叶えられようとは・・・。第一部ミニショーの幕を引きながら座長の一言、「昼のお客様は一般のお客様、夜のお客様はマニアの方々、そのために力を溜めておきました」だと!。自分がマニアの一人に数えられたことを心底から光栄に思う。さて筋書は、まさに「昭和の男」・八角常次郎(座長・近江飛龍)の物語。昭和の侠客・常次郎は懲役18年の刑を終え、懐かしい一家に帰ってきたが、一家は「建設会社」に衣替え、かつての親分(浪花三之介)は「社長」、身内(近江大輔、轟純平、近江大和)の面々も「社員」という身分(洋服姿)に納まっていた。常次郎はといえば、角刈りに着流しの風情でまさに「昭和の侠客」然、そのコントラストが、えもいわれぬ面白さを引き出す。加えて、常次郎の顔貌、仕種一つ一つが「大げさ」(事大主義的)で、笑わずにはいられない。会社は平成の不況を迎えて、社員に給料も払えない様子。社員の大和が社長の三之介にしつこく催促する「絡み」も絶品。そこへ、正体不明の「ざあます女」(笑川美佳)が娘(近江なぎさ)を連れてやって来る。娘と社長の息子(近江春之介)は婚約中。とはいえ、それは形ばかりで、社長と「ざあます女」ともに相手の財産を狙ってという魂胆だが、この「ざあます女」と「社長」の「絡み」も絶品で、セリフ回しの一つ一つが「笑い」を誘う。女「それでなくても、しゃべりすぎと怒られてザーマスのよ」(と言ったかどうかは定かではないが)社長「誰に?」女「(笑いをこらえながら)あの大きな顔の男(実は夫・近江飛龍)に!」と退場する景色は天下一品であった。娘の誕生パーティーに息子が赴く、それに付き添うのが常次郎、「ざあます女」の用心棒(橘小寅丸)との再会で、元ヤクザ同士の抗争が再燃、息子は用心棒に刺殺され社長のもとに運び込まれた。常次郎がその「仇を討つ」という筋書で、本来なら「現代任侠(人情)劇」だったはずだが、その空気を常次郎がぶち壊す。後見・三之助も思わず噴き出して首を振る。「何処までが芝居なのか、ヒトが真面目にやろうとしているのに・・・」というぼやきの風情がそのまま「絵になってしまう」のだから面白い。この劇団、どちらかと言えば「主役の独壇場」に終始しがちだが、この芝居は、さにあらず、登場人物全員が「随所で光っている」。文字通り「極め付き」の演目として守り続けなければならない、と私は思う。座長の言によれば「4か月ぶりに舞台にのせた」とのこと、その見聞に与れたことは望外の幸せであった。
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2017-07-25

劇団素描・「劇団菊太郎」・《芝居「人生晴れたり曇ったり」》

【劇団菊太郎】(座長・梅沢菊太郎)〈平成20年7月公演・佐倉湯パラダイス〉
 「劇団紹介」のパンフレットがないので、「演劇グラフ」(2008年2月号)から、プロフィールを引用すると以下の通りである。〈劇団菊太郎 演友会所属。梅沢菊太郎座長が「劇団鷹の羽」から2006年5月に独立旗揚げ、2007年で一周年を迎えた。父・梅沢菊弥(「劇団鷹の羽」)から受け継いだお芝居と梅沢菊太郎座長のオリジナル狂言を中心に、時に人情芝居で楽しませてくれる。舞踊では連日行われている組舞踊に特にこだわり、スーパー歌舞伎の演出家にも指導を仰ぐほど。またそのこだわりは、芝居の大道具や照明などの舞台に及ぶ。 座長・梅沢菊太郎 昭和51(1976)年11月4日生まれ。山形県出身。血液型O型。上演する芝居は父・梅沢菊弥(「劇団鷹の羽」)から受け継いだお芝居と座長自身のオリジナル狂言。特に人情芝居を得意とする。組舞踊にもこだわっており、スーパー歌舞伎の演出家の指導のもと、連日稽古に余念がない。そのサービス精神旺盛な舞台に人気が集まっている〉
 芝居の外題は、昼の部「ちびっこ忠治御用旅」、夜の部「人生晴れたり曇ったり」。前者は、「山形屋の場」を中心に、忠治を5歳の子役(玉太郎?光太郎?)が演じるという趣向、後者は「文七元結」の〈宮大工版〉とでもいおうか、出来栄えは「水準」並み、座長の「実力」に脇役がついて行けず、座長一人が「浮き上がり気味」という景色であった。座員は、座長の妻・梅沢かおり、若手・梅沢星明、梅沢道矢、女優・梅沢七海、梅沢北斗、梅沢あすか、梅沢さくら、梅沢ひとみ、梅沢たえみ、梅沢舞華、子役・玉太郎、光太郎、涼太郎と大勢だが、座長と対等に渡り合える(絡み合える)のは、妻の梅沢かおりくらいであろう。「人生晴れたり曇ったり」では、座長とその女房役の「絡み」が、ともすれば「楽屋落ち」に偏りがち(それはそれなりに面白いのだが)で、登場人物本来の滑稽さ(特に、女房のしたたかさと可愛らしさ)が十分に描出できずに終わったのは、誠に残念であった。
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2017-07-24

劇団素描・「劇団菊太郎」・《芝居「恋や恋」》

【劇団菊太郎】(座長・梅沢菊太郎)〈平成20年7月公演・佐倉湯パラダイス〉
 芝居の外題は「恋や恋」、家老の息子が、家老の娘に「恋」をして、その間を足軽の息子(梅沢菊太郎)が「取り持つ」(口説きの代役・家老の息子は口パクで)、しかし、事の顛末を知っている娘は、足軽の息子を伴侶に選ぶという筋書。「恋に身分の隔てはない」というテーマだが、女優では娘よりも腰元の方が「魅力的」、足軽の息子は「老け気味」といった体裁で、舞台の景色は「今一歩」。しかし、座長(足軽の息子)が、「豆知識」として、随所で見せる「講話」は秀逸、福沢諭吉、樋口一葉、野口英世、夏目漱石の「人となり」をすらすらと紹介、袴の種類、「蹲踞」の意味まで「解説」するような「セリフ回し」は、異色中の異色、初めて見聞する舞台であった。
 舞踊ショーも、座長の「独り舞台」、女形から立ち役まで「達者に」こなす「実力」は、半端ではない。特に、組舞踊・大江戸花絵巻(?)での面踊り(おかめとひょっとこの踊り分け)、「夢千代日記」の女形、「決闘高田馬場」の節劇舞踊の三本を「同時に」観られたことは幸運であった。まだまだ、何が出てくるかわからない、魅力的な劇団だと思う。
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2017-07-23

劇団素描・「劇団美鳳」・《芝居「花かんざし」》

【劇団 美鳳】(総座長・紫鳳友也)((平成20年6月公演・柏健康センターみのりの湯〉
 6月4日に観た感想を送ったので、その結果を確かめに来た。芝居の外題は昼の部「花かんざし」、夜の部「裏通り」。いずれも、「関東風」の「美学」(舞台模様)を追求しようとする「姿勢」が窺われる。例えば、「花かんざし」。旅姿の姉妹登場。妹は盲目、その目を治しに行く途中、姉が病(持病の癪)に倒れた。妹が水を探しに退場したところに、素浪人(林京助)登場。姉を一刀両断、懐から目の治療代三十両を盗み取る。そこへ一匹のヤクザ者(紫鳳友也)登場。顔の左半分は大きな痣、目を背けたくなる容貌であった。素浪人、ヤクザと一瞬、目と目を合わせるが、「このことは内密に」という仕草、一両手渡して退場。そこへ盲目の妹、再登場。姉の姿に驚愕、泣き崩れた。
ヤクザ者、とりあえず妹の面倒を見る羽目に・・・、自分の家に連れて行く。  
 妹は元気をとりもどし、ヤクザ者との共同生活、二人はいつしか惹かれ合うようになった。「心の綺麗な人は、顔も綺麗。あなたの顔を触らせて」という妹に、ヤクザ者はとまどう。こんな顔を触らせることはできない。そこへ、弟分(扇さとし)がやってきた、賭場で間違いを犯し、追われている、助けて欲しいという。ヤクザ者、「わかった、助けてやるから、オレの頼みも聞いてくれ」「何ですか?」「お前の顔を触らせてくれ」「???」事情がわかった弟分、妹に顔を触らせようとするが、その場の雰囲気を察した妹、「誰か(他の人が)いるの?」と問いかける。ヤクザ者、とっさに、「ウン、隣のおじさんが来ている。でもおじさんは、言葉が話せないんだ」と、取り繕った。かくて、この芝居には、三者三様の「障害者」が登場することになったのである。しかし、まもなく医者が登場、ヤクザ者の家にやってきて「いい薬が手に入った。三十両あれば、娘の治療ができる」と告げる。その治療費を調達しに出て行ったヤクザ者の留守中のこと、弟分も妹の「美しさ」に惹かれ、「隣のおじさん」として「花かんざし」をプレゼント、帰ってきたヤクザ者とはちあわせとなる。ヤクザ者、嫉妬を抑えきれないが、今は娘の目を治すことが先決、迎えに来た医者に妹を託す。その後の詳細は失念したが、要するに、①目の治った娘は、弟分をヤクザ者と(ヤクザ者は「隣のおじさん」だと)見間違える、②ヤクザ者と弟分は協力して、賭場の一家と素浪人を退治する、③ヤクザ者は弟分に娘を譲る、④娘は「最後に」
真相を理解する、といった内容で、クライマックスは、ヤクザ者が「隣のおじさん」(言語障害者)の「ふりをする」場面だったと思う。 
 筋書としては、「よくできた」芝居だが、それを舞台にする(演じる)段になると、「関東風」の「美学」が妨げとなって「人情味」に欠けるような感じがしたが、それはあくまで「好み」の問題・・・。「大入り」の観客は、大いに満足しているように見えた。
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2017-07-22

劇団素描・「市川千太郎劇団」・《「奥様仁義」・浪速クラブは観客も「役者」》

【市川千太郎劇団】(座長・市川千太郎)〈平成21年10月公演・大阪・浪速クラブ〉                                                                        芝居の外題は「奥様仁義」。女侠客(座長・市川千太郎)が大店の若旦那(白竜?)に見初められて嫁入り、「若奥様」に納まるが、大番頭(市川良二)との「そりが合わず」、ことごとく対立する「絡み合い」が、ドタバタ喜劇仕立てで、何とも面白い。若奥様は、あくまで「女」だが、時々「男」になる。「女」から「男」、「男」から「女」への切り替え(変化・へんげ)が「見せ場」「見どころ」だと思われるが、その景色・風情を十二分に堪能することができた。加えて、「春陽座」から転入した中堅・白竜の舞台姿を見られたことも、大きな収穫であった。舞踊の実力は折り紙付き、今回は芝居でも「積極的に」「いい味」を出し切っていた、と私は思う。座長の父・市川千草も相変わらず「達者」、大店の女主人としての「貫禄」をコミカルに演じ、劇団にとってなくてはならない「存在感」を顕示していた。御当所「浪速クラブ」では、(私にとっては)観客もまた「役者」、開演後(ミニショーの最中)に入場した一人の酔客(男性高齢者)が、客席後方の暗闇の中で、長椅子に躓き転倒、なかなか起き上がれない。付き添った従業員が起こそうとするが、思うに任せず、四苦八苦の様子、後方の観客は舞台よりも「面白がる」空気が、何とも殺伐としていて魅力的であった。件の酔客、「(転んだ拍子に)金をばらまいてしまった」と訴え、自分の体より「金の方を気にかける」風情も、《大阪的》で気持ちよかった。従業員、必死に「今は真っ暗、休憩になって明るくなったら、金拾うサカイ、待ッテテヤ」などと酔客を説得、やっとのことで客席に座らせることができた。やがて休憩タイム、先ほどの従業員、ティッシュペーパー持参で酔客に近づき、「お客さん、耳の下、血イ、出とるわ、これで拭いてンカ」などと介護する。肝腎の「金」はどうなったのか。よく見ると、そのオッサン(酔客)、左手に五千円札を含めて数千円 しっかりと握りしめていたのであった。一方、客席前方でも、中高年女性客が「睨み合い」「罵りあい」、その原因は明らかではないが、どうやら「前売り券」「座席指定券」に関するトラブルらしい。顔は引きつり、声はうわずりといった「様子」は、舞台の役者以上に迫力があって、実に興味深い。しかし、歌謡・舞踊ショーが始まる段になると、なぜか沈静して(何事もなかったように)舞台に集中する。なるほど、御当所の常連客は、芝居を観るるだけでは物足りず、自分たちも「演じ」に来場するということか。関西風の観劇方法は「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」といった阿波踊りに「共通」しているんだ、と妙に納得して帰路についた次第である。
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2017-07-21

劇団素描・「劇団花凜」・《芝居「役者一代」と「館林情話」》

【劇団花凜】(総座長・梅乃井秀男)〈平成22年11月公演・柏健康センターみのりの湯〉
昼の部・芝居の外題は「役者一代」。芸者の妹(梅乃井みき)を助けてくれた三島の親分(山口一見)が、沼津の親分(山口さとる)に殺された。兄の花形役者(総座長・梅乃井秀男)がその仇討ちを果たすという単純な筋書だが、見せ場は、花形役者に扮する総座長・梅乃井秀男が舞台の上で、女形の化粧・衣装を整えるという所にあるらしい。なるほど、楽屋裏の「技」を披露することは珍しく、観客にとっては興味津々(の的)であることは間違いない。とは言え、その所作自体は同じこと(塗る・叩く・描く)の繰り返しで退屈極まりない。いかに客を飽きさせないかがポイント、そのためには役者の洒脱なトークが不可欠になる。梅乃井秀男いわく「始めます」「塗ります」「叩きます」、その一言一言が絶妙のタイミングで、客の笑いを誘う。「二十代なら1回で済んだものを、もう私も三十二、もう1回塗ります」という言い種が、何とも面白かった。この間約10分、次は着付け、鬘といった「段取り」がたいそう鮮やかな出来栄えであった。同様の趣向は、他の劇団(化粧・近江飛龍、衣装・市川千太郎)も試みており、そのいずれも私は見聞しているが、鮮やかさは「いずれ菖蒲か杜若」、甲乙はつけがたい。夜の部・芝居の外題は「館林情話」。純関東風の人情劇といった舞台模様で、この劇団にはピッタリの演目であったように思う。湊川一家に草鞋を脱いだ男修業の旅鴉・伊太郎(梅乃井けん字)は、親分(山口さとる)の娘(山口トモヨ?)に気に入られ「跡目を継いでくれ」と頼まれる。伊太郎は断り切れずに承諾したが、実は江戸に身重の女房(梅乃井秀男)を残してきた(若親分の)身、どうしたものかと思い悩んでいるところに、江戸から子分(山口一見)がやってきて曰く「親分が殺された。すぐに戻り、仇を討っておくんなせい」。続いて、乳飲み子を抱えた女房もやってくる。仇に襲われて一家は丸焼け、火の粉が目に入って今は全盲とやら・・・。伊太郎、すぐにでも皆と連れだって敵討ちに駆けつけたい気持ちはやまやまだが、お世話になった湊川親分との約束がある。義理と人情の板挟みといった風情の描出が、この芝居の眼目であろう。さて、見せ場はもう一つあった。芝居の前半に登場した湊川一家の三下奴(梅乃井秀男・二役)の三枚目ぶりが何ともおかしい。盃をもらって13年になるが、未だに掃除、洗濯、炊事の下働き。親分の娘に惚れ込んでいるが、ケンモホロロにあしらわれる。その素っ頓狂な風情を、総座長・梅乃井秀男は見事に描出していた、と私は思う。この芝居、悪役・敵役は「話の中」だけで、実際には登場しない。まさに純関東風の「粋」な筋立てに心底から納得、今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就くことができた次第である。
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2017-07-20

劇団素描・「劇団颯」・《芝居「森の石松の花嫁」・颯馬春の魅力と宗山流胡蝶の実力》

【劇団颯】(座長・颯馬一気)〈平成22年9月公演・小岩湯宴ランド〉
昼の部・芝居の外題は「森の石松の花嫁」。配役は次郎長の子分・熊五郎に颯馬京一郎、三下・兵六にベテラン・望月京太郎、その妹おりくに紀咲繚、小政に颯馬春、石松が立ち寄った居酒屋の女にゲスト出演の宗山流胡蝶、というところまでは分かったが、肝腎の森の石松、親分・次郎長が判然としない。座長・颯馬一気、副座長・颯まさきであることは間違いないのだが、はたしてどっちがどっち?。それにしてもこの兄弟、よく似ている。さて、筋書はいたって単純、新入りの三下・兵六が次郎長親分に頼み事、「妹が一家の若い衆の所に嫁入りしたいと言っている、ぜひ親分の口利きで、その願いを叶えてやってくだせえ」。「妹の歳はいくつだ」「へえ、あっしとは三つ違いの十八で・・・」「器量の方はどうなんだ」「ミス・丹波になりやした」「で、誰に似ている」「あっしと瓜二つです」などというやりとりの後、親分は小政、熊五郎、石松にこの縁談話を持ちかけるが、いずれも「兵六と瓜二つ」ではNOという返事。やむなく次郎長親分、禁を破って酒を飲んだ罰として、石松に娘を押しつけた。ところが、ところが・・・、この娘、一同の想像とは裏腹に「絶世の美人」であったのだ。それを知った性悪の熊五郎、石松に娘を譲れと強行談判、二人が揉めているところに仲裁に入った小政・颯馬春の風情が、「例によって」たまらなく魅力的であった。本来なら「時の氏神」として奉られるべき立場だが、熊五郎、石松の双方から「何しに来た」「引っ込んでろ」等々、さんざん「からかわれ」「あざけられ」、全くの「態無し」状態だが、「すまねえ」「勘弁してくれ」を連発して、したたかに「その場をくぐり抜ける」、その態度がなんとも清々しく、思わず客席から「春!がんばれ!」と声がかかるといった按配で、抱腹絶倒の場面であった。おのれの「力不足」を「見せ場」に変えてしまう「したたかさ」、それを演出する相手役の「つっこみ」具合が絶妙で、今ではこの劇団の「目玉」として、無くてはならない名場面になるのではないか、と私は思う。本筋とは無縁のところで「見せ場」を作れれば、二倍の楽しさを満喫できるからである。「いったい、お前は何しに来たんだ」と尋ねられ、「あっ、そうだ。忘れてた。親分が呼んでいる」「バカ!どうしてそれを早く言わねえか」と言い捨てて熊五郎は退場、石松とのやりとりも同様。「たしか、親分が呼んでいたような気がする・・」といった、頼りなげな様子は、颯馬春を措いて他には描出できない。その後は、定番通り「横恋慕」した熊五郎に娘と兵六は殺され、石松がその仇を討つという筋書だが、私自身の胸中には颯馬春の、健気な舞台姿が最も印象深く残った、という次第である。夜の部・芝居の外題は「奥飛騨慕情」。大舞台の役者・宗山流胡蝶(女形)を主役に迎えての、時代人情劇。なるほど、胡蝶という役者、女形としては大柄だが、芝居も舞踊も「達者」にこなす。芸風は「歌舞伎」調、「新派」調、なんでもござれ、といった「実力」の持ち主と見た。大昔、山口正夫(?)という人気役者が活躍していたが、その風情を彷彿とさせる舞台で、普段とは違った空気が漂い、大満足して帰路に就くことができたのであった。感謝。
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2017-07-19

劇団素描・「紅劇団」・《芝居「芸者の里」の名舞台》

【紅劇団】(総座長・紅大介)〈平成27年9月公演・みのりの湯柏健康センター〉
 昼の部、芝居の外題は「影の光」。ある飯場で働く土方の「義兄弟」譚である。兄貴分の新吉(同魂会会長・紅あきら)は、仕事は人の二、三倍働けるが、酒好き、博打好き、女好きで「日にち毎日」二日酔い状態だが、親方(後見・見城たかし)の娘・お艶(紅ちあき?)から慕われている。弟分の留吉(座長・紅大介)は見るからに三枚目(藤山寛美もどき)で頼りないが、これまでこつこつと働いて貯めた大金・300万円を腹巻きの中に秘めている。また、お艶に惚れ込んでおり、今日も今日とて「プレゼント」(紙袋)を抱え、プロポーズにやって来た。お艶に袋の中身を訊かれ「化粧品や。あんたの肌は荒れておる。これを使ってきれいになんなはれ」「へええ、いくらしたの?」「八個で8千円や」「ナーーンだ。私はいつも一個で8千円のものを使っているんや」「ふーん、それにしては皺だらけや」といった楽屋ネタで笑わせる。詰まるところ、「チューして!」などと追い回し、思い切り振られてしまった。代わって、新吉登場。留吉が300万円、貯めていることに驚いたが、相好を崩して「3万円貸して!」と頼む姿は天下一品、たまらなく魅力的であった。舞台は一転、百姓の五郎(座長・紅秀吉)、お種(紅美咲?)の若夫婦が思案に暮れている。五郎「町内会費280万円を紛失してしまった。死んで詫びるほかはない。淀川に飛び込むので、後はよろしく頼む」と言えば、お種「あんたが死ぬなら、あたしも死ぬ!」その様子を見ていた新吉、「大変だ!助けなければ。でも命は救えても、おれは280万円など持っていない・・・」そこにふらふらとやって来た留吉を見つけると、「おい、大変だ!あの若夫婦が心中しようとしている。280万円なくしたそうや。お前の300万円で助けてやれ」「・・・・」とまどう留吉に向かって「金なら、なくなってもまた作れる。命はなくなったらもう取り戻せないんやぞ」と説得する。かくて、新吉、若夫婦を助け、この美談は新聞記事にもなったが、留吉のことについてはⅠ行も書かれていない。飯場の仲間たちが新吉を褒めそやす様子を見て、我慢できなかった。「そんなもん、嘘っぱちや」と新聞紙を破り捨てた。親方も登場して留吉の振る舞いを責め立てたが、真相を知っているのは新吉一人、一同に打ち明けて、舞台は大詰めへ・・・。「おれが悪かった。お前とは義兄弟、詫びる証に何でも望みを叶えてやる。遠慮しないで言ってくれ!」留吉、欣然として「そうか!ほんならお艶ちゃんをオレに譲ってくれ!」。思わず絶句、苦渋に満ちた新吉が「そればかりは、叶えられない」。「やっぱりな!」、いいんだ、いいんだ言ってみただけやがな・・・、という思いを込めて、「これからは、兄貴を頼らず、一本立ちせなあかんのや」と新天地に旅立つ留吉の姿は、凜々しく輝いて見えた。この舞台、親子で「義兄弟」を演じる絶妙の「呼吸」の中に、所々「楽屋ネタ」も散りばめられて、文字通り「浪速の人情芝居」の面白さを十分に堪能できた次第である。夜の部、芝居の外題は「芸者の里」。昼の部とは打って変わって、侍が登場する「人情悲劇」であった。主人公は芸者・梅千代(総座長・紅大介)、どこか気品のある若者・新さん(座長・紅秀吉)とは恋仲・・・。家では新さんが、今か今かと梅千代の帰りを待っている。やっと帰って来ると、楽しい四方山話が始まった。「新さん、私、このごろ酸っぱいものが食べたくなった」「じゃあ、夏みかんでも買ってこようか」「そうじゃない、見るものも見なくなったの」「芝居でも観にいこうか」「違う、できちゃったのよ」といったやりとりの定番で客を笑わせる。「そうか、ヤヤができたのか。それはよかった。これからは、私もしっかりとがんばるよ」という様子を見て、梅千代「いやだは新さん、お侍みたい」と呟いた。「お風呂にでも行ってくれば・・、松の湯はだめ、芸者の客が多いから、竹の湯もだめ、番台に美人の女将さんが座っているから。そうだ、みのりの湯がいい!あそこオバサンばかりだから」というやりとりに、オバサンたちは拍手喝采、客との「呼吸合わせ」も絶妙であった。新さん、「では、風呂に行って来よう。でも一つ約束、これからはお酒を飲んでくれるなよ、大事な体にさわるから」「わかったよ」と梅千代が送り出せば、颯爽とした旅姿の侍(見城たかし)登場。「御免!」と言って梅千代宅を訪れた。「わしは立花一馬という者、折り入って頼み事がある。何にも言わぬ、この家に居る新さんという若者と別れて貰いたい」。突然の申し出に驚いた梅千代、事情を聞けば、新さんは、実は青山伊織という名で、大名三千石・青山家の嫡男であった。大殿と衝突して家を出たが、今、大殿は病に倒れ重篤の身、このままではお家断絶、若君を連れ戻して跡目を継いで頂かねばならぬ由・・・・。「お断りします。・・・私のお腹には新さんの子が宿っております」「そうであったか、では、やむを得ぬ。この場を借りて切腹いたす。大殿に対して申し訳が立たない」「・・・待ってください!」梅千代の表情は一瞬に凍りついたが、しかし、あきらめなければならない・・・、しだいに、崩れ、大粒の涙が頬を伝う。背後には「なぜ巡り会うのかを 私達は何にも知らない いつめぐりあうのかを私達はいつもしらない ここにいたの ここにきたの…」(「糸」)という中島みゆきの名曲も流れて、愛の不条理が見事に描出された。一息あって、「わかりました。別れ話は私に任せてください」と一馬を帰す。やがて、帰宅した新さんに「心ならずも」の愛想づかし、あおっていた酒まで浴びせかけて絶縁した。「新さん、悔しかったら立派な男になって仕返しにおいで!」一年後、舞台は梅千代の(母の)里へと移る。村人たちは「お千代が子どもを連れて帰ってきた」という噂でもちきりだった。母(大倉扇雀)は外聞が悪いと困惑の表情だが、たご作(紅友也?)やおなべ(紅なるみ?)を相手に「与太話」をする余裕もあった。そこに、いきなり黒紋付きの侍が二人登場、家の奥にいたお千代を引きずり出して来る。お千代には芸者の風情は失せ、すっかり百姓女になりさがっていた。そこに豪華絢爛な衣装を纏った青山伊織があらわれ「過日の恨み晴らしに来た。手打ちにいたす!」居合わせた母は仰天したが、お千代「立派なお姿になりましたね、どうぞご存分に成敗してください」と手を合わせて瞑目する。母、必死に「お助けください」と懇願するところに、立花一馬「しばらくお待ちを!」と叫びながら登場、事の次第を若君に具申した。伊織、我に返って「・・・そうであったか。梅千代、すまないことをした。ヤヤは無事か」「はい、この通り」「よう、ここまで育ててくれた」と涙する。ややあって、「梅千代、わしと一緒に城に戻ってくれぬか」と誘えば、お千代、凜としていわく「ありがたいお話ですが、私が好きだったのは新さんという男です。青山伊織様には見知りはございません」。その清純な潔さが真珠のように輝いている。再び「「なぜ巡り会うのかを 私達は何にも知らない いつめぐりあうのかを私達はいつもしらない ここにいたの ここにきたの…」(「糸」)が流れるうちに舞台は閉幕となったが、この芝居の上演時間は50分、寸分の隙・無駄のない、文字通り「珠玉の名舞台」であった、と私は思う。とりわけ、総座長・紅大介の「女形」はお見事!、名優・見城たかしの武家姿と「五分に渡り合い」、女の情念を浮き彫りにする「実力」は半端ではない。容貌は「可愛らしく」「愛嬌たっぷり」だが、そこに秘められた情念は、あるときはコケティッシュ、あるときは鉄火肌、あるときは諦観、あるときは(女の)侠気へと曼荼羅のように変化する。まさに男優の「女形」でなければ描出できない景色・風情の連続に私の涙は止まらなかった。音響効果や脇役陣の彩りも添えられて、今日の舞台、「大衆演劇」の枠を大きく超えていたのではないだろうか。「紅劇団」一行様、久しぶりに、「鳥肌の立つ」舞台を観せてくれてありがとう、と感謝しつつ帰路に就いた次第である。



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2017-07-18

劇団素描・「劇団颯」・《芝居「命の舞扇」・大先生・若水照代は健在!》

【劇団颯】(座長・颯馬一気)〈平成22年9月公演・小岩湯宴ランド〉
昼の部・舞踊ショーから見聞した。子役の颯一馬、颯一斗が演じる女形舞踊が、なんとも初々しく艶やかで、心を洗われた。二人とも小学校中学年の男児、一馬は「洋風」、一斗は「和風」の趣で「お見事!」という他はない。加えて、今日の舞台、花形・妃咲繚、副座長・颯まさき、座長・颯馬一気が次々と「女形舞踊」を披露する。唯一の女優・香月千鶴が「立ち役舞踊」といった按配で、もしかしたら男優陣の「女形」が目玉なのかもしれない。事実、この三人、三者三様に「妖艶な女」の中に、ふと「男の正体」を覗かせる風情を「売り」にしているのだろう、その舞台模様がたまらなく魅力的であった。夜の部・芝居の外題は「命の舞扇」。「本日特別ゲスト出演・若水照代」の構成・演出とあっては、見逃すわけにはいかない。それにしても、この若水照代、今年で72歳(寅年)だとか・・・。私が彼女を初めて見たのは、今からおよそ40年前、昭和46年、所は「千住寿劇場」であった。彼女はまだ30歳代、舞踊ショーのラスト、純白のドレスに身を包み、日にち毎日「ある女の詩」(美空ひばり)を熱唱し続ける姿が私の脳裏に焼き付いている。その歌唱力は、はるかに美空ひばりを超えていたと私は確信する。以後、「劇団ママ」、「劇団虎」を経て、今では「東京大衆演劇劇場協会」の「大先生」格?、演劇部長・林友廣の母であり、また関西の人気劇団「満劇団」座長・大日向皐扇の祖母でもある。月日の経つのは早いもの、「お互いに歳をとりましたね」と心中でつぶやかざるを得なかった。その芸風は、生粋の関東風、「粋でいなせで」、「てやんでえ、べらぼうめえ」といった空気を未だに漂わせ続けているとは・・・。芝居の筋書は、自分の娘(紀咲繚)を「囲いもの」と偽って保護していた土地の親分(若水照代)が、踊りの名手(座長・颯馬一気)に娘を嫁がせようとするお話。だが、娘は真相を知らずに病死、大詰めで名手が舞を披露するといった「悲劇」仕立てだが、人情の描出は役者の「セリフ回し」に頼りがちで、出来栄えとしては「今一歩」というところか。途中、茶店で働く娘の所に酒を買いに来た未成年の男児(颯一馬?)が、しつこく「おばちゃん、ありがとう!」を繰り返しながら、最後は「おじちゃん、ありがとう!」の決めぜりふで引っ込む、博奕三昧で借金に追われている名手のところに、取り立てに来た賭場の親分(望月京太郎)に随行、サイコロを振り損ねる子分(颯馬春)の「風情」等などが、初々しく(可愛らしく)、「花を添えていた」。芝居の本筋よりも、場面場面の「色づけ」(アドリブ・ギャグ)で客を惹きつける、いかにも関東風の演出を、久しぶりに堪能できたのであった。舞踊ショー、若水照代の歌唱はやはり「ひばり節」、(自らが企てた)アンコールに応えて「関東春雨傘」は逸品、その歌声に衰えは感じられなかった。
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2017-07-17

劇団素描・「劇団颯」・《芝居「天保水滸伝・笹川の花会」・颯馬春、17歳の大変身》

【劇団颯】(座長・颯馬一気)〈平成22年9月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は「天保水滸伝・笹川の花会」。筋書は、先代(二代目)玉川勝太郎の浪曲通り。幕開け、冒頭の場面。笹川一家の若い衆・小南の正助が飯岡一家にやって来た。迎えに出たのが洲崎の政吉(副座長・颯馬まさき)で、花会のちらしと手土産を受け取りながら、しきりに、この若い衆を「おちょくる」風情が何とも可笑しかったが、正助の方は「大真面目」に応じ続ける。清々しい態度で、多分、颯馬京一郎あたりが扮しているのだろうと思ったが、実は大間違い、座長の長男・颯馬春の「晴れ姿」であったとは・・・。それにしても、人間変われば変わるもの、私が彼の姿を見聞したのはほぼ2年前、「舞台では棒立ち、その視線も定まらず」といった有様で、他人事ながら「この先、大丈夫だろうか」と案じていたのだが・・・。その時の座長の口上。「私の長男坊なんですが、やる気があるものやら、ないものやら全く困ったものです。弟たち(子役・颯一馬、颯一斗)の方がよっぽど筋が良い」。身内での話ならともかく、見知らぬ観客にまで「親の心情」を赤裸々に吐露するとは・・・、その「潔さ」「大胆さ」に感じ入ってしまったのだが、今回もまた座長いわく「本当に2年前はひどかったです。中学ではケンカばかりする落ちこぼれ、先生も職場体験学習の『行き先』を決めかねて、親の劇団でやってこい、と言われたほどです。あれから2年、まもなく17歳、最近どうやら、少しずつやる気が出てきたようです。まだまだ未熟者ですが、どうか可愛がってやってください」。お父さん、お見事!さすがは家族、さすがは師匠!。その指導力、教育力に私は心底から脱帽する。2年前、颯馬春が舞踊ショーのアナウンスを担当、「東京発」の曲名を「トウキョウ・パツ」と紹介した、なぜって「発」は「シュッパツ」の「パツ」だからと舞台で説明、その「学力不足」を陳謝させられた姿が、昨日のことのように思い出される。その彼が、たった2年の間に、これほどまでの「変身」を遂げようとは!。聞けばこの父子、ほぼ10年(春、5歳から15歳時まで)「別居生活」を強いられていたとのこと、その間に「学校教育」が果たした役割は何だったのか、等と余計なことを考えてしまった次第である。今回の舞台でも、「それでは、笹川に帰ります」、「笹川ってどこだ?」などと伯父の颯まさきに突っ込まれ、「えーっと、栃木県で・・・」「バカ、笹川は下総の国、千葉県と茨城県の境だ。これから42.195キロ歩いていけ!」「ずいぶんとお詳しいようで。おそれいりやした」「バカ、42.195キロはマラソンの距離、そんなことまでオメエ知らねえのか!」「へえ、どうかもう、勘弁してやっておくんなせえ」といった(息の合った)「やりとり」は絶妙で、「かつての落ちこぼれ」の面目躍如、「したたかに虐められる」ボケの魅力を十二分に発揮していた、と私は思う。結果良ければすべてよし、芝居に舞踊に、文字通り「水を得た魚」の風情で、精一杯、初々しく、颯爽と活躍する17歳の勇姿に大きな元気を頂戴して帰路に就くことができたのであった。
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2017-07-16

劇団素描・「葵一門劇団輝」・《千代田ラドンに「元気」と「活気」!》

【葵一門 劇団輝】(座長・葵たけし)〈平成22年9月公演・千代田ラドン温泉センター〉
入館すると劇場は「大入り満員」。しかも団体客は皆無の様子、ここがこのような活況を呈していることは珍しい。私にとっては初見の劇団、どのような舞台が展開するか、期待に胸ふくらませて開幕を待った。芝居の外題は「変化の駒太郎」。筋書は単純で、あるお店の若夫婦、その女房に目をつけた土地の親分が旦那の方を博奕に誘い出し、借金を「でっちあげ」、その形に女房を奪い取ろうとする魂胆、実行犯は代貸しの「三枚目」(副座長・美奈月好次)。若夫婦を救出するのが「変化の駒太郎」(座長・葵たけし)。見せ場は、座長の「二枚目」ぶり、副座長の「三枚目」ぶり、といったところであろうか。舞台の景色は、文字通り「葵一門」風、関西風の「艶やかさ」、九州風の「こってり味」とは一線を画した、どちらかと言えば関東風、しかも横浜あたりを根城にした「山の手風」といった趣きが特長であった。また、土地の親分に扮したベテラン役者(橘伸輔?)、見るからに「高齢者」然であったが、舞台姿は矍鑠として「達者」そのもの、ピンマイクを使わずに肉声だけで演じきったのはお見事、口跡には大衆演劇独特のメリハリがあり、小声でも「客の方から耳をそばだてる」。舞踊ショーでは、な、な、なんと「女形」、島津亜弥の「お蔦」を堂々と披露する「心意気」には恐れ入った次第である。大衆演劇の魅力は「変化の妙」、芝居の姿が舞踊ショーで「一変」するところにあるのだが、そのことを身をもって「実行」している姿に脱帽する。それかあらぬか、副座長・美奈月好次の「変化ぶり」(女形舞踊)も見事であった。芝居の三枚目(赤鼻、ハゲ鬘)とは打って変わり、ほとんど別人かと見間違える「妖艶」な風情は天下一品であった、と私は思う。劇場に吊された幟(フンドシ)によれば、他に、孔槻麗華、輝星たくま、覇士大虎、美鈴華梨、あっちっち雄大、等の役者がいるはずだが、今回の見聞では名前と顔が一致しないまま帰路に就かざるを得なかった。座員一同は、誠に礼儀正しく、座長を筆頭に各自が客席の一人一人に、来場の感謝を述べる。客筋も「追っかけ」「御贔屓」がほとんどか、いずれにせよ、この劇場に「元気」「活気」をもたらしてくれることはありがたく、感謝を述べなければならないのは、こちらの方かも知れない。
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2017-07-15

劇団素描・「新川劇団」・《芝居「人情伝八酒」と「月夜の追分風来坊」》

【新川劇団】(座長・新川博也)〈平成22年9月公演・川越三光ホテル小江戸座〉
この劇団は、中高年女性、しかも玄人筋に圧倒的な人気を誇っている。どこにそのような魅力があるのか、私自身は未見だったので興味津々の思いで劇場に赴いた。昼の部、芝居の外題は「人情伝八酒」。なるほど、舞台の景色は「関西風」。登場人物すべてのセリフが「浪花弁」。大阪の空気をそのまま関東(埼玉)に持ち込んだ、といった風情であった。舞台の模様は「こってり味」、筋書も大阪の商人(あきんど)と歌舞伎役者の「立て引き」が眼目。大店の旦那にお世話になった花形役者が、放蕩息子の若旦那を立ち直らせるため愛想づかし、しかし陰ながら「支援」を忘れない。結果、息子は今、押しも押されもせぬ造り酒屋に「成り上がった」という出世狂言。終わりよければすべてよし、といった大団円を迎えて一同めでたしめでたし。加えて客席も「大入り」とくれば言うこと無し。浪花の空気は、埼玉の客筋にも、ことのほか「大受け」とみえ、拍手は鳴りやまなかった。しかし、関東者、武張った感覚の持ち主である私にしてみれば、「しつこい、しつこい、クサイ、クサイ」、関西風の「ヤマ上げ」にはいささか食傷気味であった。劇団の魅力は、何と言っても座長の父母、新川博之と峰そのえに因るところが大きい、と私は思う。なるほど父・新川博之の艶っぽい風情、あでやかな舞姿、母・峰そのえの歌唱(美空ひばりに瓜二つ)を見聞できたことは望外の幸せであった。夜の部、芝居の外題は「月夜の追分風来坊」。開幕の舞台は、とある渡船場。今しも船頭が最終の船を出そうとしているところに妙齢の女(小峰ゆかり)がやって来た。駆け落ちの約束をしてここまで来たが、相手の男がまだ来ない、酒手ははずむからもう少し待っておくんなさい、だと。やがて男(リーダー・新川博之)も到着するが、見るからに渡世人の風情。女いわく「わたしの亭主は病気療養中、日にち毎日看護のし通しで、もう嫌になった。この人とどこか知らない土地へ行って、楽しく暮らしたいのさ!」そこへヨタヨタと病身の亭主(座長・新川博也)登場。駆け落ちの男とも鉢合わせという按配で、どうやらこの三人、顔見知りらしい。亭主いわく「駆け落ちするのは勝手だが、せめて私の病気が治ってからにしてくれ」だと・・・。腕っぷしでは男に適わないと悟ったか、その言いぐさがたいそう「異色」で驚いた。そんな話を男女が聞き入れるはずもなく、駆け落ちはまんまと成功した。話は五年後、間男の渡世人、今では「土地の親分」に成り上がったが、女の方は一年前にあえなく病死・・・。だがしかしである。幸か不幸か、身内子分(新川笑也)の女房(小峰ゆかり・二役)が死んだ女と瓜二つ。渡世人、またもやその女房を自分の者にしようと子分を、盲目の妹ともども追放する。その二人にたまたま出会った旅の風来坊、話を聞いて憤慨、「女房を取り戻してやろう」ということに・・・。実はこの風来坊、五年前、女房に駆け落ちされた、あの病弱亭主であったのだ。人間変われば変わるもの、今では渡世人以上の「実力者」に変身、見ず知らずの他人(子分)のために、自分の女房とそっくりな女を取り戻す、といった「喜劇仕立て」の筋書で、たいそう面白かった。駆け落ちするあばずれと。あくまで夫に尽くそうとする貞女の二役を中堅女優・小峰ゆかりが達者に演じわけ、また敵役の子分をベテラン女優(峰そのえ・他)が難なく演じきる。加えて劇中で唄われる座長の「追分馬子唄」の素晴らしさ等など、舞台の随所に見所が散りばめられており、なるほど玄人筋に人気のある所以を心底から納得した次第である。とりわけ、大詰めの立ち回り「月が出た出た、月が出た・・・」の音曲に合わせての「だんまりもどき」は天下一品。これまでにない舞台模様を堪能して帰路に就くことができたのである。
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2017-07-14

劇団素描・「近江飛龍劇団」・《東京公演、“トップスター”近江飛龍の「油断」》

【近江飛龍劇団】(座長・近江飛龍)〈平成23年9月公演・浅草木馬館〉
私は、初日の芝居「新月桂川」を皮切りに、「武士道くずれ」「無法松の一生」「悲恋夫婦橋」の舞台を見聞、今日の外題は「紺屋高尾」ということである。いずれも、劇場は「大入り」の活況を呈していた。、今や、「近江飛龍劇団」は、人気・実力ともに「一と言って二と下らない」までに成長・発展した、と言っても過言ではないかも知れない。12月には、大阪新歌舞伎座で細川たかし・神野美伽の師走特別公演に「参加」、来年の3月には国立文楽劇場での「特別公演」が決まっている。案内パンフレットのキャッチフレーズは「大衆演劇界のトップスター!、ここに君臨!」、芝居の外題は「忠臣蔵外伝・血闘!弔い武士」(脚本・浪花三之介、演出・近江飛龍)、特別出演・松方弘樹とのことで、文字通り「飛ぶ鳥を落とすが如き」勢いが感じられるのだが・・・。「しかし」である。舞台の景色は「今一歩」、劇団本来の精彩を欠いていた、と私は思う。その理由①、芝居の中で役者がピンマイクを使っていた。ハウリングが生じることもしばしばで、著しく舞台の音響効果を損ねてしまった。②開演時刻になっても「幕が開けられない」ことがあった。これらは明らかに、座長・近江飛龍の「油断」である。「近江飛龍劇団」の真骨頂について、私は以下のように書いたことがある。〈芝居の出来栄えは「一級品」、「存在感のある」座長を筆頭に「役者(脇役)が揃っている」。とりわけ、今回は、浪花三之介という「大御所」の舞台を見聞できたのは、望外の幸せであった。この劇団、芝居の中では「マイク」を使わない。そのことが、どれほど舞台の景色・風情を「美しく」「艶やかに」することか。どれほど、観客との「呼吸」を合わせやすくすることか、どれほど役者一人一人の「実力」(演技力)を高めることか。おそらく、140以上ある劇団の中で、「マイクを使わない」のはこの劇団以外にないのではあるまいか。(一時、「恋川純弥劇団」もそうだったが、今月の木馬座公演では使っている)劇場によっては、「宴会の余興」「ホテルのショー」並に扱われている大衆演劇の実情を考えれば、「やむを得ない」ことかもしれない。役者の声帯を守るためには「当然」かもしれない。にもかかわらず、あえて、「肉声の芝居」にこだわるからこそ、「近江飛龍劇団」は素晴らしいのだ、と私は思う。前回もそうであったが、久しぶりに見聞する舞台、そのたびごとに役者の「実力」アップ、座長の存在感が「倍増」する、「いつものように幕が開かない」ところに、この劇団の特長がある、ことを再確認した次第である〉(平成21年5月公演・芝居「新月桂川」・横浜三吉演芸場)
今回の舞台、「いつものように幕が開かない」とはいえ、その内実は「2年前」には遠く及ばず、浪花三之介を筆頭に、役者の「実力」が「空回り」という惨状を呈してしまった。
「武士道くずれ」では、時代に取り残されてしまった武人の悲哀、「無法松の一生」では、「女嫌いの男の胸に秘める面影」、「悲恋夫婦橋」では初々しく溌剌とした検事の風情を描出することがが「不可欠」だが、なぜか、座長・近江飛龍の演技は「浮き足だって」落ち着きがない。「紺屋高尾」では、芝居の役柄(一人五役)よりも、「役者(スター)飛龍」の魅力を先行させようとする「焦り」(油断?)が目立って「興ざめ」であった。芝居の真髄は、いうまでもなく「チームワーク」(呼吸の妙)、わずかに橘小寅丸の「控えめ」な演技が光ってはいたとはいえ・・・。大衆演劇に「トップスター」はいらない。細川たかし、神野美伽、松方弘樹、等々の「人気」よりも、近江飛龍をはじめとした「旅役者」の「実力」の方が、はるかに「格上」であることを私は確信している。メジャーを目指すことは自由だが、「油断」は「大敵」である、しばらくはこの劇団の舞台を見聞することはないだろう。大舞台での健闘を祈りたい。合掌。
雪情話雪情話
(1992/08/21)
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2017-07-13

劇団素描・「近江飛龍劇団」・《芝居「新月桂川」の出来栄えは?》

【近江飛龍劇団】(座長・近江飛龍)〈平成23年9月公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は「新月桂川」。私はこの芝居を今から2年余り前(平成21年5月)、横浜三吉演芸場で見聞している。以下は、その時の感想である。〈この劇団を見聞するのは1年ぶり、今日は「春之介祭り」と銘打った興行で、副座長・近江春之介が「座長」を務める。芝居の外題は「新月桂川」。桂川一家の若い衆二人(兄貴分安太郎・近江春之介、弟分銀次・近江大輔)が男修行の旅から帰ってきた。二人とも親分(浪花三之介)の娘(座長・近江飛龍)に惚れている。帰ったら「お嬢さんと夫婦になって跡目を継ぐ」のも二人の夢、そのことになると兄弟分とはいえ「譲れない」。肝腎の娘は、銀次が「好き」、腕の方は安太郎が上、親分は、背中合わせの一家・まむしの権太、権次(橘小寅丸二役・好演)のどちらでもいいから「首を取ってきた方に娘を与え、二代目を継がせる」とのこと、二人は勇んでまむし一家に殴り込み、目的通り、権太の首を挙げたのは、やはり安太郎。銀次は土下座して新吉に、「頼む。その首を譲ってくれ!実を言えば、旅に出る前から、オレとお嬢さんはデキていたんだ」。「なんだって?・・・」ちっとも知らなかった新吉、激高して銀次を斬ろうとするが、そのたびに「ギンジサーン!」という娘の声が聞こえてきて、刀を下ろせない。つまるところ、自分を追いかけてつきまとう鳥追い女(轟純平・好演)と「一計を案じて」、嫁も跡目も弟分に譲る、というお話。
 芝居の出来栄えは「一級品」、「存在感のある」座長を筆頭に「役者(脇役)が揃っている」。とりわけ、今回は、浪花三之介という「大御所」の舞台を見聞できたのは、望外の幸せであった。この劇団、芝居の中では「マイク」を使わない。そのことが、どれほど舞台の景色・風情を「美しく」「艶やかに」することか。どれほど、観客との「呼吸」を合わせやすくすることか、どれほど役者一人一人の「実力」(演技力)を高めることか。
おそらく、140以上ある劇団の中で、「マイクを使わない」のはこの劇団以外にないのではあるまいか。(一時、「恋川純弥劇団」もそうだったが、今月の木馬座公演では使っている)劇場によっては、「宴会の余興」「ホテルのショー」並に扱われている大衆演劇の実情を考えれば、「やむを得ない」ことかもしれない。役者の声帯を守るためには「当然」かもしれない。にもかかわらず、あえて、「肉声の芝居」にこだわるからこそ、「近江飛龍劇団」は素晴らしいのだ、と私は思う。前回もそうであったが、久しぶりに見聞する舞台、そのたびごとに役者の「実力」アップ、座長の存在感が「倍増」する、「いつものように幕が開かない」ところに、この劇団の特長がある、ことを再確認した次第である〉。
さて、今日の舞台、兄貴分安太郎に座長・近江飛龍、弟分銀次に橘小寅丸、桂川一家親分に浪花三之介、その娘に近江春之介、まむしの権太・権次に近江大輔、鳥追い女に笑川美佳という配役で、前回よりは「真っ当」(本来の姿)であったが、その出来栄えは「今一歩」であった、と私は思う。その理由①、舞台に「集音マイク」を設置、その結果、役者の口跡(肉声)が「濁った」こと、大詰めではよもやの「ハウリング」もあって、せっかくの景色が損なわれてしまった。その理由②、娘役(近江春之介)の風情が座長・近江飛龍に及ばない。その理由③、まむしの権太・権次(二役・近江大輔)の風情が橘小寅丸に及ばない。この芝居の眼目は、何と言っても千鳥の安太郎の「恋心」、命を賭けても欲しかった娘の「魅力」をどのように描出するか、また、敵役・まむしの権太が権次(双生児)に入れ替わる「変化(へんげ)の妙」をどのように演出するか、あたりだと思われるが、今日の娘は「淡白」すぎた。今日の権次は「強烈」すぎた。だとすれば、銀次に近江春之介、娘に笑川美佳、権太・権次に橘小寅丸、鳥追い女に轟純平を配したなら・・・、などと身勝手な想像をしながら帰路についたのであった。
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2017-07-12

劇場界隈・「大江戸温泉物語・ながやま」(片山津温泉)、公演は「鹿島順一劇団」

金沢と福井の中間、北陸本線・加賀温泉駅で下車、山側を辿れば山代温泉、山中温泉、海側に赴けば片山津温泉という道程である。東京お台場を本拠地とするスーパー銭湯の覇者「大江戸温泉物語」は、山代温泉には「加賀の本陣・山下家」、片山津温泉には「ながやま」という温泉旅館(系列店)を経営している。その「売り」は〈天然温泉1泊2食・大人4名様以上1室利用なら1名様・365日いつでも同一価格6700円〉ということで、宿泊・飲食費が「格安」で済むことであろう。「ながやま」では、大衆演劇場「ながやま座」を設置、豪華絢爛夢芝居が「ご宿泊者観劇無料」で観られるサービスを提供している。他にも「夕食は四季折々の創作バイキング」「○学生未満無料」「ドクターフィッシュ」「チョコレートファウンテン」「似顔絵コーナー」「金魚釣り」等々、魅力的な企画が目白押しといった次第で、たいそうな賑わいであった。
 午後1時30分から大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。なるほど、劇場「ながやま座」は「舞台付の大広間」、そこに座布団だけを並べただけの客席だが、いっさいの飲食は禁止、専属の従業員(若い女性)が、宣伝・接待・管理を任せられ、「明るく、爽やかに」孤軍奮闘している姿を見聞しているだけで、「元気をもらう」ことができるというもの、経営者の(並々ならぬ)「熱意」「手腕」が窺われた。加えて公演が、斯界屈指の実力派劇団「鹿島順一劇団」とあっては、まさに「言うこと無し」、至福の時間を過ごせるに違いない。劇場入り口にはりだされた、演目は二日替わりだが、なんと初日から千秋楽までの「演目」がズラリと一覧できるようになっている。通常の劇団では「あまり予告すると、演目を選ぶので入りが悪くなるのでは・・・」という危惧から、「来てのお楽しみ」という空気が漂うように見受けられるが、堂々と「手の内を明かし」「観る観ないはお客様の自由」といった潔さに脱帽する。芝居の外題は、お馴染みの「新月桂川」。出来栄えは「相変わらず」の面白さ、とりわけ桂川一家の兄弟分を演じた座長・鹿島順一と三代目虎順の「呼吸」がピッタリで、双方を「思い合う」風情が、そこはかとない「色香」を感じさせるほどに見事であったと思う。今日の舞台では「割愛」されていたが、仇役、まむしのゴン次(春大吉)が、「アンチャン(兄、ゴン太・春大吉・二役)の仇だ!」といって、千鳥の安太郎の「煙草入れ」に《八つ当たり》する場面を観られなかったのは残念。この兄弟、仇役だが「どこか脱けている」「憎めない」、しかも容貌が「瓜二つ」(双子かも?)といった設定で、柄が悪いのに「アンチャン」「アンチャン」と甘ったれる弟・ゴン次の姿も「見どころの一つ」だと、私は思う。
 舞踊ショーでの一コマ、三代目虎順の個人舞踊(坂本竜馬)、はじめは「淡白・単調」に、徐々に「思い入れよろしく」、結びは「感極まって」といった景色の描出は秀逸、お見事という他はない。途中で贔屓筋が「花」をつけに来たが、タイミングが合わず立ち往生気味、舞踊終了後の「手渡し」となった。虎順いわく「ボクの踊りを観て下さっているお客様のために、踊りを中断するわけにはいきませんでした。それがボクの《主義》ですから」。聞きようによっては「何と傲慢な!」「若造のクセに生意気な!」「贔屓をバカにするつもりか?」と受け取られかねない言辞を堂々と吐く魂胆が素晴らしい。座長クラスでも、扇子を放り投げ、スキップを踏んで「花」を「もらいに行く」姿は珍しくない。それが「旅役者」の自然な姿だと思う風潮に「敢然と」立ち向かう三代目虎順の姿勢を、私は全面的に支持、その雄々しさに涙する。断じて「旅役者」は「河原乞食」「男芸者」と蔑まれてはならないのだ。(2009.9.9)
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2017-07-11

劇団素描・「紅劇団」《芝居「お種と仙太郎」、「旅鴉」の名舞台》

【紅劇団】(総座長・紅大介)〈平成27年9月公演・みのりの湯柏健康センター〉
 5日から、総座長の父・紅あきら(三代目・大川竜之介の兄)、「劇団花道」座長・司大樹らも加わって、舞台模様はより賑々しくなってきた。昼の部、芝居の外題は「お種と仙太郎」。名物住吉だんごを売る茶店の若夫婦(座長・紅秀吉、紅このみ)と姑・お岩(総座長・紅大介)をめぐる人情喜劇である。姑は愛息を嫁に奪われたという思いで、「日にち毎日」嫁いびりを繰り返しているが、そこに登場するのが二組のカップル。初めは、姑の朋輩(紅ちあき?)、姑同様に夫に死に別れたが、さっさと新しい恋人(見城たかし)を見つけて再婚、老後の春を楽しんでいる。腰の曲がりかけた二人が、手に手を取って茶店を訪れる姿、仲良くだんごをほお張る様子はことのほかほほえましく、客席は爆笑の連続であった。「いい年をして」と呆れるお岩の景色も秀逸で、舞台に隙がない。老夫婦が去った後、お岩、羨ましさの裏返しで目一杯、嫁いびりを再開する始末、その様子を目にしたのが、お岩の娘(女優・芸名不詳)が嫁いだ大店の女主人(紅あきら)、若夫婦(夫・司大樹?)を連れて住吉神社参詣の帰りに立ち寄ったらしい。「このままではいけない」。お岩の娘に向かって、「これからあなたを虐めますが、本心ではないからね」と言い含め、茶店のお岩を呼び出す。一通りの挨拶が終わると、さっそく女主人、お岩の前で娘をいびり倒した。その口調は先刻のお岩のそれと「瓜二つ」、そのたびにお岩が動揺する様子も、抱腹絶倒の場面の連続で、たいそう見応えがあった。大詰めはお岩の改心で大団円となったが、①茶店若夫婦のいちゃつきとお岩の絡み、②老夫婦の新婚模様、③女主人の嫁いびり、④大店若夫婦のいちゃつき、と若主人のつっころばし模様など、見どころは満載、笑いの渦が三段階、四段階にわたって巻き起こるといった按配で、人情喜劇の名舞台を久しぶりに堪能できた次第である。夜の部、芝居の外題は「旅鴉」。赤城山を下りた国定忠治(見城たかし)と日光円蔵(紅あきら)の物語である。国定忠治は捕らえられ「仕置き」となったが、未だに国定忠治を名乗る者が居る。「親分の名前を汚す奴はゆるさねえ」と円蔵は探し回っている途中、珍奇な若者(総座長・紅大介)に出会った。若者は「ヤクザになって男をあげたい」とある一家の賭場に出入りしたが「イカサマだ」と因縁をつけ、一家から狙われる身となった。一家連中と渡り合っている折も折り、円蔵が現れて若者を救ったという次第・・・。若者、円蔵にひれ伏して「あっしをお身内にしておくんなさい」。「・・・なるほど、いいだろう。でも条件がある」「・・・?}「国定忠治を名乗る乞食が居る。そいつを叩き斬ってこい」。なぜか、そこに、件の国定忠治、乞食連中(頭は女優・センジャク)に囲まれて飛びだして来た。お頭の握り飯を盗んだ廉で放り出された様子、円蔵を一目見るなり「お前は円蔵、久しぶりだなあ」と親しげに話しかけたが、「とんでもねえ、忠治親分はとっくにお仕置きになった。お前は偽物だ」と円蔵は取り合わなかった。しかし、真実は一つ、お仕置きになったのは、忠治の身代わりで三ツ木の文蔵、忠治は角兵衛獅子の親方に身をやつして生き延びていたというお話・・・。名優・見城たかしが演じる、尾羽打ち枯らした国定忠治の姿は、本物であるようなないような、しかし円蔵の表情・所作で「やっぱり、本物だったんだ」と納得させられる演出はお見事!、稀代の名優二人の舞台姿は「永久保存版」のように輝いていた。越後に逃げていく忠治を見送った後、円蔵、若者に向かって曰く「忠治親分のように、お前も、立派な侠客に育ててやる。ついて来い!」。途端に、若者「いえ!もうけっこうです!お断りします。私は故郷に帰って百姓になり、地道に暮らします」、思わず、ずっこける円蔵の景色の中で閉幕となった。この芝居の上演時間はわずかに50分。しかし、さればこそ、「男心に男が惚れた」「義侠」の《眼目》が鮮やかに凝縮された名舞台であった、と私は思う。さすがは「紅劇団」!、まだまだ、見極めなければならない、と大きな元気を頂いて帰路に就いたのであった。感謝。



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2017-07-10

劇団素描・「樋口次郎一座」・《「唐人お吉」の名舞台と「口上」の至言》

【樋口次郎一座】(座長・樋口礼二郎)〈平成21年9月公演・ゆうパークおごせ〉)。                                                                       「演劇グラフ」(vol99・2009・9) によれば、〈樋口次郎一座 「樋口劇団」としての創立は昭和初期。九州における剣劇の第一人者であり、大スターであった初代・樋口次郎の時代から、剣劇・侍物を得意とするが、どんなジャンルの芝居においても観る者の心を揺さぶる二代目・樋口次郎の構成・演出は秀逸。毎日繰り返される稽古の厳しさも有名〉〈座長三代目・樋口礼二郎 昭和55(1980〉年12月8日生まれ。九州出身。血液型O型。初舞台3歳。「樋口次郎一門」総帥・樋口次郎の実子。7歳の時「橘菊太郎劇団」に入団。20歳で舞台を離れるが、父からの要請で「樋口次郎一座」へ入団。親も子もない厳しい稽古に耐えつつ、日々精進を重ねている。舞踊での可憐な女形にも人気が集まっている。座長 樋口征次郎 昭和41(1966)年8月12日生まれ。九州出身。血液型O型。初舞台20歳。「樋口次郎一門」総帥・樋口次郎の実子。平成18(2006)年、再び劇団に復帰し、弟の礼二郎座長とともに「樋口次郎一座」を牽引。「樋口次郎一門」の伝統的な舞台を引き継いでいる。お芝居はもちろん、舞踊ショーで魅せる侠気のある立ち役には定評がある〉とのことである。芝居の外題は「唐人お吉」。配役は、明烏のお吉・樋口礼二郎、船大工鶴松・樋口征次郎、棟梁・杵築竜也(?)、下田奉行・二代目樋口次郎、お吉の朋輩・小柳忍、三波若奈、といった面々で、なるほど舞台に隙がない。観客数わずか12名、客との呼吸がとりにくい状況だが、舞台は舞台、絵巻物のような名場面が次々と展開されていく。所々に「節劇」(唄・天津羽衣?)も挿入され、まさに創立以来の「伝統的なお家芸」といった風情で、その素晴らしさを堪能できた次第である。二代目・樋口次郎といえば、私が最も愛好する「鹿島順一劇団」の座長・鹿島順一の「師匠筋」に当たる。「演劇グラフ」(vol68・2007・2)の中で、鹿島順一は以下のように語っている。〈最初に預けられたところは二代目・樋口次郎さんが浅井礼二郎という名前でやっていた「浅井礼二郎劇団」で、樋口さんがまだ36歳くらいの時。そこで2年間修行しました〉〈旗揚げ当初は着物もかつらも自分のものしかなかったので、ゲスト時代にためていたお金でそろえていきました。その時、二代目・南條隆座長からはスピーカー、二代目・樋口次郎先生からは照明を頂きました〉。なるほど、歌・芝居・踊りの「三拍子揃った」、名優・鹿島順一の「原型」(礎・ルーツ)は、二代目・樋口次郎の「芸風」にあったのか、今日の舞台姿を見聞して、心底から納得したのである。さらに言えば、総帥はじめ総座長、座長が口を揃えて言うことにゃ、「お客様あっての役者稼業、私たちは、たとえお客様が一人でも芝居をします、毎日毎日が修行、どうか私たちにお芝居をさせてください。私たちを育ててください」だと。けだし名言、大衆演劇界の「至言」ではないだろうか。実力のある劇団ほど、観客数を「歯牙にもかけていない」ことの「証し」として噛みしめたい「言葉」であった。
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2017-07-09

劇団素描・「中村錦十喜劇団」・《「海の狼」、伝統の実力》

【中村錦十喜劇団】(座長・中村錦十喜)〈平成21年9月公演・千代田ラドン温泉〉                                                                         座長の話(口上)からわかったことは以下の通りである。①座長は昭和31年、長崎で生まれた。②座長の家は「曾お婆さん」の時代から、代々「役者稼業」を引き継いでいる。③男優・中村喜童は19歳、座長の息子である。④女優・中村琴海は20歳、座長の娘である。④今回は、2年ぶりの来演である。⑤昨日は「初日」だというのにお客さんが少なかった。⑥ここは劇団員の宿泊所が遠いので、準備が大変である。ざっくばらんな口調で、すぐに客との「間合い」を合わせ、なごやかな雰囲気をつくりだす「技」はさすがであった。芝居の外題は「海の狼」。6人の船子を連れて嵐の海に乗り出した漁師・常蔵(中村喜童)は、あえなく「遭難」、船子は全員が水死、しかし、なぜか常蔵だけは行方不明に・・・。その女房・お玉(中村琴海)は船子の遺族から責められて「身投げ」をしようとする。それを助けたのが常蔵の親友・寅さん(座長・中村錦十喜)だった。以来三年、今ではお玉と寅さんは「夫婦」ということに・・・。だが、この「夫婦」、なんともしっくりこない。それもそのはず、お玉は未だに常蔵の「生還」を信じて疑わないのだから。治まらないのは寅さんで「日にち毎日酒浸り」、家の修繕まで伯父さん(三波たか子)に手伝わせる有様。そんなところに、案の定、常蔵が帰宅。寅さん、泣く泣くお玉を「手放す」という結末で、眼目は、寅さんの「心優しき人情」の描出にあるのだろう。さすが、座長の舞台姿、表情と所作だけで「喜怒哀楽」の機微を表せる。思わず、客席から「寅さん、頑張れ!」「お玉も返してあげな!」「座長、立派だよ!」等々、思い思いの声がかかる、なんとも和気あいあいの終幕となった。登場人物4人だけで演じきってしまう座員の実力は半端ではない。しかも、主役の寅さんは父、相手役も常蔵は息子、女房・お玉は娘、もしかして伯父さん役は母?(かどうかは定かではないが)、いずれにせよ小家族中心の「ファミリー劇団」といった構成だが、一人一人の「実力」は水準以上(どこの劇団でも立派に通用する)、とりわけ中村喜童、琴海(もう一人いるのかな?劇場に掲げられている幟には「中村三兄弟」と記されているものがあった)姉弟の「年のわりには貫禄十分」「しかし斬新な」舞台姿には舌を巻く、今後の成長が楽しみである。
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2017-07-08

劇団素描・「劇団松」・《軽妙、洒脱は「江戸前の大衆演劇」の真髄だ!》

【劇団 松】(座長・桂木祐司)〈平成20年9月公演・小岩湯宴ランド〉
「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 劇団松 「演美座」(現在の「新演美座」の前身)にいた松川友司郎(現太夫元)が、昭和55年(1980年)に独立して旗揚げ。平成12(2000)年、息子である桂木祐司が座長となり、現在に至る。芸達者なベテラン勢と座長、そして松川小祐司・翔也の子役がひとつにまとまり、レベルの高いお芝居を見せようと、日々奮闘中。あたたかさが伝わる舞台を常に心がけている。座長 桂木祐司 昭和40(1965)年12月6日生まれ。血液型B型。神奈川県出身。初舞台5歳。父・松川友司郎(現太夫元)が在籍していた「演美座」(現在の「新演美座」の前身)で初舞台を踏むが、本格的に役者を志したのは中学2年。その後、故桂木日出夫座長の「あすなろ劇団」で修行したのち、「劇団松」へ戻り、平成12(2000)年に座長となる。豪快にヤマを上げる、男気あふれる剣劇を得意とする。松川小祐司、松川翔也は実子である〉とある。また、キャッチフレーズは、〈一生懸命さとあったかさで魅せる!! 座長をはじめ、ベテランと中堅、そして子役が、抜群のチームワークで、ひとつの芝居を作り上げる。それが「劇団松」のカラー。桂木祐司座長、その父である芸達者な松川友司郎太夫元ら熟達の役者に、松川小祐司・翔也の子役が堂々と挑む。その舞台は見応えがありながら、わかりやすく、面白く、あったかい。そんな「劇団松」を、どうぞご覧あれ!〉であった。私は、「演美座」時代の、松川友司郎を知っている。座長・深水志津夫率いる実力劇団の花形として、旗丈司との「二枚看板」で活躍していた。どちらかと言えば、武張った「役回り」が多く、「豪快にヤマを上げる、男気あふれる剣劇を得意としていた」が、積年の舞台生活は、まさに「芸達者」「熟達」と呼ばれるのにふさわしい「芸風」を醸し出していた。昼の部、芝居の外題「まぬけ武士道」、はりだされたポスターには「必見 桂木昇 女形 弾ける」とあったが、時代明朗剣劇 と銘打っての「喜劇」。ある武家の夫婦が主人公(夫・座長、妻・桂木昇)。一見仲むつまじそうな夫婦であったが、夫は「耳も聞こえず」「口もきけない」。それをいいことに、妻は、夫の同輩(都川純)と不義密通を重ねている。とうとう、妻は百両持ち出し、同輩と「駆け落ち」する始末に・・・。それを知った忠僕な下男(松川友司郎)が、夫とともに「間男成敗」を果たすという単純な話であったが、「耳も聞こえず」「口もきけない」夫の「風情」を、さわやかに、演じきった座長・桂木祐司の「実力」と「勇気」に脱帽する。夫に絡む妻、下男の様子も、どこか「あったかく」、障害者を「白眼視」したり「さげすんだり」する景色とは無縁であった。むしろ、夫が「身振り」「手真似」「表情」(視線)で、妻の「すまし顔」を揶揄する様子が、何とも魅力的で、「絵」になっていたと思う。夜の部、芝居の外題は「国定忠治・血煙上州路」(時代人情剣劇)。御存知「山形屋」の場で、「新国劇もどき」の舞台であったが、敵役・山形屋藤蔵(都川純)、子分(兄貴分)・松川翔也(14歳)、弟分・藤川智昭(元座長・特別出演)、弟分・桂木昇(「桑田劇団」座長・友情出演)の喜劇仕立ての「チームワーク」は抜群で、「天下一品」の舞台になっていた。松川翔也は、ベテランに混じって臆することなく、「のびのびと」「さわやかに」舞台を務めている。特に「間のとり方」「呼吸の合わせ方」が小気味よく、将来が楽しみである。座長の「国定忠治」、「豪快にヤマを上げる」「男気あふれる」風情に、「追われる身のあわれさ」「はかなさ」が加われば、言うことなしなのだが・・・。
舞踊ショーのトップは、座長と翔也の「相舞踊」と思いきや、相互に「歌唱」も担当、翔也の「外れた調子」に合わせて「ずっこける」座長の舞姿も、「絵」になっていた。袖に引っ込みながら「劇団で一番歌が上手いのは、やっぱり僕だなあ・・・」という、翔也のつぶやきも「様」になっていた。まさに、軽妙で洒脱、「江戸前の」「いなせな」大衆演劇(の真髄)を堪能できた次第である。終盤、歌唱(「おまえとふたり」・五木ひろし)で登場した藤川智昭の言葉、「座長時代から、15年、この劇場でお世話になっていますが、昔のお客様が時々顔を見せてくれて嬉しく思います。それにしても、ただ今入院中、リハビリ中などというお客様の消息を聞くたびに、つくづく時代は変わったんだなあ、という気持ちがします」は、胸にこたえた。そうした「侘びしさ」もまた、大衆演劇の真髄に他ならないのだから・・・。
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2017-07-07

付録・邦画傑作選・「浮草」(監督・小津安二郎・1959年)

 ユーチューブで映画「浮草」(監督・小津安二郎・1959年)を観た。私はこの映画の原点である「浮草物語」(監督・小津安二郎・1934年)について、以下のように綴った。
 〈小津監督は、戦後(1959年)「浮草」というタイトルでリメイクしている。喜八は嵐駒十郞(中村 鴈治郎)、おたかはすみ子(京マチ子)、かあやんはお芳(杉村春子)、信吉は清(川口浩)、おときは加代(若尾文子)と役名・俳優を変え、三井秀男も、三井弘次と改名し、今度は一座の座員役で登場している。もちろんトーキー、カラー映画の豪華版になったが、その出来映えや如何に、やはり戦前は戦前、戦後は戦後、その違いがくっきりと現れて、甲乙はつけがたい。二つの作品に出演している三井弘次ならば何と答えるだろうか・・・。〉
 物語の舞台を信州の田舎から、三重県の海辺に変え、時代も戦前から戦後に移ったが、あらすじはほとんど変わらないので割愛する。
 「浮草物語」同様に、この「浮草」も見どころ満載の名品であった。まず第一は、嵐駒十郞(中村鴈治郎)の風情である。旅回り一座の親方としての貫禄は十分、十年ぶりにやって来た海辺の町で、かつての情婦・お芳(杉村春子)と再会、一子・清(川口浩)の成長ぶりに目を細める。お芳は清を育て上げ一膳飯屋を細々と営んでいる。「御苦労やったな」と感謝する駒十郞の思いを受けとめつつ、駒十郞の舞台を惚れ惚れと見つめているお芳の姿も絶品であった。さればこそ、今の女房・すみ子(京マチ子)の気持ちは収まらないのである。「なんや、コソコソと・・・、あたしに隠れて」と迫るが、駒十郞も金箔付の遊び人「ゴチャゴチャ言うな!わいが、倅に会ってどこが悪い。もうお前との縁もこれっきりや」と渡り合う雨中のバトルは壮絶だったが、どこか哀愁も漂い、まさに「浮草」人生の極め付きであった。中村鴈治郎、杉村春子、京マチ子といった大スターが丁々発止と繰り広げる、三つ巴の愛憎劇が一番の見どころである。
 二番目は、初々しい加代(若尾文子)と清の「色模様」であろうか。どこまでも清々しく溌剌とした清を、初めは金銭ずくで誘惑する加代、次第に自分の「汚れ」を思い知り、身を引こうとするのだが、清の純真さに抗えない。大詰めでは、駒十郞に打擲されながらも、「親方!、あたしも一緒に連れて行ってください」という一言で、彼女の汚れは清められたのである。駒十郞は「可愛いこと言うやんか、しばらく面倒みてやってんか」とお芳に頼んで去って行く。かくて清と加代は結ばれ、お芳と三人で幸せな暮らしを始めるのだろう。
 三番目は、一人っきりになってしまった者同士の邂逅であろうか。駒十郞とすみ子は誰もいない駅舎で再会する。初めは目も会わさず、駒十郞はタバコを吸おうとマッチを探す。すみ子が近づいてマッチを擦るが、駒十郞は横を向いて応じない。しかし、すみ子はあきらめない。もう一本擦って、駒十郞の鼻先に差し出す。やむなく駒十郞はその火をもらって、大きく煙を吐く。ややあって「親方、これからどこへ?」「・・・・」「あたしは迷っていますねん」「・・・・」「ねえ、親方、教えてえな」「・・・、桑名でも行こうか。あそこの旦那に頼もうか・・・」「まあ、桑名!あたし、あそこの旦那とは懇意ですねん」すみ子の表情に光りがさした。「乗るかそるかや。もういっぺん、やり直すか」「やりまひょ、やりまひょ」。すみ子は窓口に飛んで行き「桑名、二枚!」と切符を求める。やがて二人は車中の人、仲良く酒を酌み交わす。この絶妙の呼吸は、たまらなく魅力的、「浮草」暮らしが、性懲りもなく再開するのである。
 四番目は、座員・吉之助(三井弘次)の「役者ぶり」である。同輩の矢太蔵(田中春男)と仙太郎(潮万太郎)が、先行きの見通しが立たない一座の空気を読んで「ドロン」の相談を始めると「オレはイヤだね。それで、これまでお世話になった親方に義理が立つと思うのか」と正論を吐きながら、気がついた時には親方の蟇口、文芸部のカメラ、座員の金などを掠めて雲隠れ・・・。その一芝居(手際)はお見事、それにしても三井弘次は「浮草物語」の信吉役(清役に同じ)、変われば変わるもの、その豹変振りには舌を巻いてしまった。
 最後は、町の床屋・小川軒の景色、看板娘のあい子(野添ひとみ)に弥太蔵は一目惚れ、「髭を当たってもらおうか」と迫ると、出てきたのは母(高橋とよ)、弥太蔵を一睨みして「座れ!」と手で合図する。弥太蔵は「まだ、そんなに伸びてないな」と尻込みしたが、お構いなく問答無用の態で、再度「座れ!」と強要する場面は抱腹絶倒、私の笑いはとまらなかった。かくて弥太蔵のホッペタには、大きな絆創膏が貼られる羽目になってしまったのである。
 さらに加えれば、すみ子が演じる劇中劇「国定忠治」の名場面、「オレには生涯てめえという強い味方があったのだ」という雄姿は、女っぽく仇っぽく、油の乗りきった京マチ子ならではの迫力があった。その、めったに見られない舞台姿を拝見できたことも望外の幸せであった。
 「浮草」は「浮草物語」から25年、時代、舞台を変えて見事に蘇った。一座の謳い文句(テーマ・ミュージック)は当時(1959年)はやりの「南国土佐を後にして」、そのメロディーが随所に流れて、面々の浮草稼業をひときわ鮮やかに彩っていた。それから、さらに58年、まさに「昭和は遠くなりにけり」といった今日、この頃ではある。
(2017.7.5)



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2017-07-06

劇団素描「劇団 新」・《女優・秋よう子の「実力」》

 龍千明(1960年生まれ・48歳)は、今年いっぱいで座長を長男・龍新(1991年生まれ・17歳)に引き継ぎ、来年からは「太夫元」として劇団を運営していく由、まさに「カウントダウン」の舞台を務めている。関東の劇団は、「義理人情」の描出よりも「粋」「いなせ」な風情に重点を多く芸風が目立ち(古くは、歌舞伎世話物、新しくは石原裕次郎タイプ)、ややもすると「きめの細かさ」に欠ける傾向(ええ、めんどくせえ、てやんでぃ、べらぼうめえ式)が感じられるのだが、この劇団は「オリジナルな芝居にこだわる」というキャッチフレーズにあるとおり、それぞれの役者が「適材適所」で貴重な個性を発揮している。昨日、今日と「兄弟鴉・瞼に浮かぶ母」「網走残侠伝・口笛吉五郎」という外題の芝居を見聞したが、いずれも、「絵になる」舞台で、「江戸前の大衆演劇」を堪能することができた。幕開けで最も大切なことは、「瞬時に」客の視線を舞台に集めることだと思われるが、そのためには、まず「張り詰めた」「無言シーン」(立ち回り)からスタートするという演出は、いかにも「現代的」「関東風」である。かといって、「武張った」男くさい場面が続くわけではない。女優が「立ち役」にまわり、艶やかな風情を醸し出す。特に、千明みな美の「活躍」(意欲)、秋よう子の「実力」(舞台経験)は、半端ではない。座長・龍千明、花形・龍新が、どんとぶつかっていける役者は、秋よう子をおいては他にはいない。「兄弟鴉」では瞼の母・おはま(生みの親)、「網走残侠伝」では十手持ちの女親分(育ての親)を演じていたが、その「表情」「所作」といい、「口跡」といい、「落ち着いて」「ぬくもりのある」舞台姿は絶品、安心して「身を任せられる」(その演技に浸ることができる)数少ない役者だと思う。舞踊ショーでは、「男の花道」を踊ったが、まさに「至芸」、私の脳裏から消えることはないだろう。 
 この劇団でもうひとつ、忘れてはいけない存在が、子役・龍錦(男)、小龍優(女)である。二人とも、舞台に登場しただけで「光を放つ」(華がある)オーラを持っている。多くの場合、舞踊ショーで活躍しているが、芝居でも貴重な存在。「兄弟鴉」では、殺され「お骨」になった後でも、兄(龍新)の胸に抱かれて「瞼の母」に再会する、母・姉を「助けてやれ」と進言する、そんな「役柄」を「いとも自然に」演じてしまうのだ。舞踊ショーでは、小龍優との相舞踊「てなもんや三度笠」は、珠玉の逸品。この二人にしか演んじられない舞台であった、と思う。大昔、「梅沢劇団」の子役(芸名は失念・市川吉丸、竹澤隆子の長男・長女?)が踊った相舞踊・「花と龍」(唄・美空ひばり)の舞台を思いだした。
さて、「関東・実力ナンバーワン」の座を、父・龍千明から引き継ぐために、花形・龍新が取り組むべき「課題」は何か。①これまで身につけた「技」の基礎・基本を踏まえながら、「ふっと、力を抜く」呼吸を身につけること。〈例〉「兄弟鴉」:「どうして堅気の姿で来なかった」と責められたとき、「ふっと肩を落とし、目をつぶり」「涙をこらえながら」、はじめは「弱々しく」「だんだん力をこめて」「最後は誰に向かってということもなく」《こんなヤクザに誰がしたんでぃ》と「客席に向かって」(背後のおはまに聞こえるように)(本当は自分に向かって)叫べるかどうか。退場の場面で「肩をふるわせる」とき、その「ふるわせ方」をどのように工夫するか。「強く・弱く」「大きく・小さく」「速く・遅く」この微妙な組み合わせをどうするか。②女形舞踊で、父・母の「芸風」を継承、レパートリーを増やすこと、③立ち役舞踊で、「いなせな風情」を描出すること、④芝居で「三枚目」を「堂々と」演じること、橘龍丸、恋川純、澤村一馬を超えること、⑤歌唱を披露すること。(2008.9.12)
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2017-07-05

劇団素描・「劇団 新」・《芝居「村祭り」》

【劇団 新】(座長・龍千明)《平成20年9月公演・柏健康センターみのりの湯》
 夜の部、芝居の外題は「村祭り」。山陰地方のある村の話、毎年、嵐が襲来するたびに村の「大切な橋」が流されてしまう。手抜きの工事が原因ではないかと、江戸幕府の役人(花形・龍新)が、部下・マツモトキヨシ(女優・千明みな美)を連れてやって来た。村の川守役(座長・龍千明)が「地形が悪く、よい工事方法が見つからない」と弁明するが、役人は「なんとかせい」の一点張り。居合わせた床屋(立花智鶴)が「人柱を立ててみたら」と提言する。役人は「ウン、それはよい。すぐに人柱を探せ」と二つ返事。かくて川守役に奉公していた長助(子役・龍錦)に白羽の矢が当たった、というよりは、孝行息子の長助、日頃の母(秋よう子)の教え(御主人様のために命を捧げなさい)に従って、自分から志願したという次第・・・。子役・龍錦の「初々しさ」「健気さ」、母親役・秋よう子の、素朴で温もりのある「表情」、それでいて「せがれよ、よくやった」という「芯の強さ」を感じさせる「風情」が、悲劇の眼目を際だたせる舞台を作っていた。花形・龍新は、いつもと違って「敵役」、「みんなでよってたかって、自分を悪者扱いする」とぼやいて(その様子が何とも可愛げであったが)、袖に引っ込もうとする瞬間、何かに躓いてひっくり返る。そのタイミングといい、表情といい、まさに「絶妙」、「自然な三枚目」を描出できたのも、天性の「実力」とでもいえようか。その素質は十分と見た。
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2017-07-04

劇団素描・「劇団天華」・《芝居「丸髷芸者」の名舞台》

【劇団天華】(座長・澤村千夜)〈平成27年9月公演・小岩湯宴ランド〉
私がこの劇団の舞台を見聞するのは4回目である。初回は埼玉県ゆうーパークおごせ(平成21年5月)、2・3回目は大阪梅南座(平成23年10月)、当初は旗揚げして間もない「発展途上」の段階であったが、名優・喜多川志保の参加により、役者連中はめきめきと腕を上げ、充実の一歩を辿っている、と私は思う。芝居の外題は「丸髷芸者」。大店「藤野屋」の若旦那(澤村悠介)には幼馴染みの許嫁(澤村ゆう華?鈴華?)があったが、江戸に商い修業に出かけ、芸者・お蔦(座長・澤村千夜)を連れて帰ってきた。大旦那(澤村丞弥)は息子可愛さで、お蔦の嫁入りを了承、許嫁の母(喜多川志保)に「縁談破談」を告げに来る。収まらないのは許嫁、「もうこれまで」と家を飛び出して行った。許嫁の母、必死に「旦那様、何とかもう一度考え直して」と懇願するが、「これで勘弁してくれ」と手切れ金を差し出し大旦那は立ち去った。「そりゃ、あんまり・・・」と悲嘆に暮れているところに、丸髷姿のお蔦、許嫁を連れて登場。「この娘さんが川に身を投げようとしたので助けました。命を捨てようとするからには、よくせきならぬ事情がおありでしょう。よろしければお聞かせください」。・・・、かくて、一部始終を知ったお蔦、大店に帰ると悪妻に豹変して酒浸り。呆れかえる大旦那や店の連中を尻目に、若旦那は「お蔦はそんな女ではない。なにかわけがあるに違いない」と思ったが・・・。やがて、一人になったお蔦の所に旅姿の若者が訪れる。よく見れば、島流しから帰った弟(澤村神龍・好演)、「ねえちゃん、よかったなあ、丸髷結って大店の若奥様かあ」と喜ぶ。お蔦「いいところに、帰って来た。おまえ、私の間夫になっておくれ」としなだれかかる。びっくり仰天の弟、それでも姉の頼みに応じた。その景色は秀逸で姉弟が演じる「濡れ場」に客席は拍手喝采、二人の絡み具合がたいそう面白かった。その様子を見聞した若旦那、今度は本当に怒った。「よくも私を裏切ったな、この売女!離縁だ、すぐに出て行け」と罵る。「何だと!よくも(姉ちゃんを)売女呼ばわりしたな・・・」といきり立つ弟を鎮めて、お蔦「罵られたのは私、ここはこらえて頂戴ね」。お蔦、奥に向かって別れの謝辞を述べ、立ち去ろうとすれば、許嫁と母親、大旦那と若旦那、登場人物一同が舞台に登場、大月みやこの「恋ものがたり」(詞・池田充男、曲・大沢浄二)に乗せて珠玉の「節劇」が展開した。詠っていわく「別れてあげます 身をひいて あなたお願い もどってあげて 今夜は飲んでもいいですか 酔って泣いたり しないから だって だって二年も やさしくされて 可愛がられた 私じゃないの わかっていました はじめから 訳がありそな あなたの事が悲しいくらいに いとしくて ゆめをみていた 恋おんな だって だって二年も やさしくされて こんな科白が いま辛すぎる いのちがふたつに 折れるほど 抱いてください 最後につよく 未練は見せない やくそくが もろく崩れて 腕のなか だって だって二年もやさしくされて うれしかったの 泣かせてあなた」
 お蔦は、何も知らずに丸髷を結って嫁いできた。裏切ったのは若旦那の方である。しかも、幼馴染みの許嫁とお蔦、二人の心を踏みにじったのである。その傷は、お蔦が身をひいても癒やされることはないだろう。そんな愛の「不条理」さが見事に結実された「名舞台」であった、と私は思う。
 この劇団は旗揚げして(おそらく)7年目、わずかな助走を経て、ホップ、ステップの段階を難なくクリア、今、大きくジャンプしていることを確認、大きな元気を頂いて帰路に就いた次第である。感謝。



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2017-07-03

付録・邦画傑作選・「母を恋はずや」(監督・小津安二郎・1934年)

 ユーチューブで映画「母を恋はずや」(監督・小津安二郎・1934年)を観た。「(この映画の)フィルムは現存するが、最初と最後の巻が失われている不完全バージョンである」(ウィキペディア百科事典)。
 裕福な家庭・梶原家が、父の急逝により没落していく、そこで展開する家族の人間模様がきめ細やかに描き出されている。父(岩田祐吉)は、今度の日曜日、家族と七里ヶ浜へピクニックに行く約束をしていたが、長男の貞夫(加藤精一)と次男の幸作(野村秋生)が小学校の授業中に呼び出され、「お父さんに大変なことがおありだから、早く家に帰りたまえ」と告げられる。父は突然、心臓マヒで他界してしまったのである。
 葬儀も終え、母・千恵子(吉川満子)と貞夫、幸作が父の遺影の下で朝食を摂っていると、父の友人・岡崎(奈良真養)が弔問に訪れた。彼は大学時代、ボート部の仲間だった。岡崎が言う。「ちょっと、お話ししたいことが・・・」、その内容は、「これからも貞夫君を永久に真の子どもとして育ててもらいたい」ということであった。貞夫は病没した先妻の子どもだったのだ。千恵子は「そのことなら、貞夫も幸作も区別なく、同じ気持ちで育ててまいります。亡くなられた奥様や主人にも誓うことができます」と応えた。「あなたも、これから大変ですなあ」「子どもたちを立派に育てることが楽しみです」。
 それから8年後、岡崎の元に絵はがきが届いた。中学4年になった幸作の修学旅行先からである。岡崎は久しぶりに、洋館の屋敷から移った梶原家を訪れる。そこでは千恵子が浮かない様子、「貞夫が大学の本科に行く手続きで、戸籍謄本を見てしまった。あの子のあんな悲しい顔は今まで見たことがありません」と言う。岡崎は二階で憔悴している貞夫(大日向伝)の元に行き「お母さんに心配をかけないように」と話しかけるが、貞夫は拒絶する。「お母さんは君を本当の子だと思えばこそ、黙っていたんだ」「小父さんだってボクを騙していた一人だ、いつかは、判ることです。なぜもっと早く知らせてくれなかったんです!ボクは馬鹿にされていたように感じます。こんなことなら我が儘を言うんじゃなかった!いい気になって無遠慮な振る舞いをするんじゃなかった」。その言葉を聞いた岡崎は一喝する。「それが、多年の骨折りに対して返す言葉か!」たまらず寝転がる貞夫に返す言葉がない。岡崎は「起き上がって聞いたらどうだ。これまでお母さんが君と幸作君を区別したことがあったか。お母さんは君たち二人の成長だけを楽しみにしておられるのだ。その優しい心遣いを君はまるでわからないのか」。貞夫の肩が激しく揺れている。岡崎は貞夫に近づきその肩を優しく叩いた。気持ちが通じたか・・・、貞夫は起き上がり、涙を拭いながら「すみません! 小父さん」と呟いた。そして千恵子の前に正座して深々と頭を下げる。「すみません、母さん。ボクは母さんの本当の子です」。千恵子と見つめ合い涙がこぼれ出すのを見て、貞夫は母の膝に泣き崩れた。千恵子は「これからは何もかもお前に打ち明けようね」と言い、貞夫の頭を優しく撫で回す・・・。  
 やがて、梶原家はさらに郊外の借家に転居した。貞夫と幸作(三井秀雄)はトラックから荷物を降ろし整理する。懐かしい父の遺品のパイプを見つけ出し、兄弟で煙をふかす。ハットを目にすると、母に被せて父を思い出している。そこに岡崎の夫人(青木しのぶ)が訪ねて来た。岡崎は一年前に他界、遺品のオールを届けに来たのだ。兄弟は、サインを読み取りながら、父や岡崎の青春時代に思いを馳せる。兄弟もまた大学のボート部員になっていた。
 幸作は仲間と伊豆巡りの計画を立てていた。兄も誘ったが用事があると言う。服部(笠智衆)という部員に好きな女ができ、横浜のチャブ屋に入り浸っている、貞夫は服部を連れ戻しに行こうとしているのだ。単身でチャブ屋に乗り込むと、服部にピンタをかませ、外に連れ出した。服部の女・らん子(松井潤子)が「勘定ぐらい置いて行ってもらいたいねえ。お前さんおけらのくせに、たいそう強がるじゃないか。」と毒づけば、またもやピンタ一発、「ああ、金なら何時でも持ってきてやらあ」と言い残し去って行く。その後ろ姿を見て、朋輩の光子(逢初夢子)が「あいつ、ちょっと勇ましいじゃないか」と目を細めた・・・。
 貞夫は帰宅すると、縫い物をしている千恵子に「困っている友だちが居るんで、少しお金が欲しいんですけど」と無心した。千恵子はすぐに頷いて、箪笥から財布を取り出し紙幣を渡す。貞夫はそれをありがたく頂いて、自室に向かったのだが、そこには幸作がしょんぼりと座っていた。家の暮らしは楽ではない、「だから伊豆巡りに行ってはいけない」と言われた由、貞夫は直ちに千恵子のところに戻り、「このお金を幸作に与えて、行かせてやってください」と言ったが「幸作は遊びのお金、あなたのお金は友だちのへ義理、同じではありません」と取り合わない。やむなく、貞夫は幸作に金を渡し、旅行の準備を手伝う。様子を見に来た千恵子に「母さん、やっぱり出かけてきます」と幸作は喜んだが、「お前、兄さんに無理を言ってはいけないよ」と不同意、貞夫は「ボクがあげたんです。
幸作は前から楽しみにしていたんです。ボクだけが貰うのは不公平です」・・・、幸作は「だいたい母さんは兄さんばかりよくする。叱られるのはボクばかりだ」と帽子を放り投げてふてくされる。貞夫も「ボクもそう思います」と同意、千恵子はしばらく立ち尽くしていたが「そんなに行きたければ、出かけてもかまわないんだよ」と翻意した。
 かくて、幸作は伊豆巡りに出立、そろそろ帰る日の頃であろうか、千恵子は夫の遺品、洋服を虫干ししている様子。懐中時計を耳に当て、遺影を眺めている。そこに貞夫も帰宅して父のハットを被ってみたりする。千恵子は父のチョッキをたたみながら「幸作が山に行くんだったら、これを持たせてやればよかった」「そんな古い物、幸作は来ませんよ」「まだ繕えば着られる洋服があります。幸作ならこれで十分・・・」と言うと、貞夫の顔色が変わった。「どうして幸作なら十分なんですか?」「・・・・」「母さんは、やっぱりボクと幸作を区別してるんだ」「そんなつもりはないけれど・・・」。貞夫はキッとして、自室に立ち去り、着物に着替えて外出の構え、千恵子がやって来て「どうすれば、お前の気に入るのか話しておくれ」「そういう気遣いがイヤなんです、気に入らなければボクを殴ればいいでしょう」「何もそんなに言わなくても・・・」。取り合わず、貞夫は横浜のチャブ屋に向かった。光子の部屋に落ち着く。掃除婦(飯田蝶子)が雑巾がけをしている。貞夫に母の姿が浮かんだか、ウィスキーをたてつづけに飲んで、じっと(ささくれの)手を見た。光子が「お前さん、親不孝者だね」「・・・・」「ささくれがあるのは、親不孝の証し」と言う。光子の指にも包帯があった。貞夫はたまらずそこを飛び出して家に向かう。その様子を呆然と見送る掃除婦、光子も「わからないね、その気持ち」と呟いた。
 貞夫が家に戻ると、幸作が帰宅していた。険しい顔つきで「帰ってきたんだたら、母さんに謝ったらどうだい。兄さん、母さんに何を言ったんだい。母さんを泣かせるなんて馬鹿だ、大馬鹿だ!」と言う。「年をとって涙もろくなったんだろう」と応えると、幸作はたまらず殴りかかった。貞夫は殴られるまま「外に出ろ!」と言う。夜道を歩く二人・・・、向かい合うと貞夫が言う「あんなおふくろのどこがいいんだ」「それは本心か」「嘘ではない、あんなおふくろのことでムキになる気持ちがわからない」、幸作はまたも貞夫に殴りかかる。一発、二発、三発、四発、五発・・・、しかし貞夫は殴り返さない。幸作は手を止め泣き出した。「なんで殴り返さないんだ!」「おまえのような奴を殴ったって仕方がない」「・・・・」「(おふくろを)せいぜい大事にしてやれよ」と言い残すと、どこかに行ってしまった。幸作は力なく家に戻る。千恵子に「あんな奴どうなったってかまわない。散々ボクや母さんの悪口を言って、どこかへ行っちまいやがった」と言う。「お前、兄さんをそんな人だとお思いかい」「母さんはまた兄さんの肩を持つのか」「私には、貞夫の気持ちがよくわかります」「・・・・」「あの子は立派なことをしようとしたんだよ」「・・・・」「兄さんはね、私の本当の子ではなかったんだよ」「・・・!」「それをお前に知らせたくなくて、お前の大学の手続きはみんな兄さんがやってくれたんだ」「・・・・」「兄さんは、お前のためにこの家から身を引こうとして・・・」と言うなり、千恵子は泣き出した。「心にもない悪口を言って、私たちを諦めさせようとしたんだよ」。幸作は千恵子の前にひざまづき「ボクは馬鹿でした。どんなことがあっても兄さんに戻って来てもらう、そして思う存分殴ってもらうんだ」と泣き崩れる。母もまた・・・・。
 貞夫は横浜のチャブ屋に居た。「また今日も暮れちゃうんだなあ」と貞夫が溜息を吐くと、光子が「帰りたけりゃお帰りよ」と言う。そんなところに、母の千恵子と幸作、彼の友人が迎えに来た。まずは千恵子が一人でチャブ屋に赴き、ロビーで貞夫と面会する。「ボクに何の用ですか。ボクは母さんに用はありません」「そんな心にもないことを言って・・・。母さんは小さい頃からお前のことはよく知っています」「知っているんなら放っておいてください。ボクは一人が性に合っているんだ」「お願いだから戻っておくれ。お前がいないと夜もおちおち眠れない。幸作やお友達だって、待っているんだよ」。しかし、貞夫は応じない。「ボクは、家に戻って母さんや幸作の面倒を見るなんてまっぴらだ!」。いつのまにか、チャブ屋の女たちが二人を取り巻いている。「ボクはもう母さんから何も聞きたくないんです。これ以上何を言っても無駄ですよ」と言い放ち、部屋に立ち去ってしまった。万事休す、千恵子はすごすごと戻っていく。その後に従う幸作と友人・・・、その姿を二階の窓から見送る貞夫・・・、光子が入ってきて「お前さん、大芝居だったね。よっぽど大向こうから声かけようと思ったんだけど」と感想を述べる。貞夫は全身の力が脱けてベットに横たわる。光子は朋輩に「おなかが空かない」と言われ出て行く。入れ替わりにに掃除婦が入ってきて部屋を片付け始める。その様子を見ていた貞夫は起き上がり、掃除婦にタバコを勧める。掃除婦は一本頂戴、煙を吐きながら言う。「悪いことは言いませんよ。木の股から生まれたんじゃあるまいし、あんまり親は泣かせるもんじゃありませんよ」「・・・」「あたしにも丁度、あんたぐらいの息子があるんですけれど」・・・・、貞夫が「オレよりましだって言うのかい?」と問いかけると、掃除婦は淋しそうに笑って「よけりゃ、こんなことしてませんよ」と出て行った。貞夫はまたベッドに横たわる。サンドイッチを調達した光子が部屋に戻る。貞夫にも勧めるが、天井を眺めたまま無言。光子はサンドイッチをぱくついて貞夫の方を見やった時、この不完全バージョンの映像は途切れた。以後の字幕では、貞夫は掃除婦の言葉に心を動かされ、家に戻り、母に謝罪する、それから三年後、一家は再び郊外に転居、母子三人の平穏な暮らしは続いていると記されている。
 この映画の見どころは、裕福な暮らしをしていた梶原家が大黒柱の父を失うことにより没落していく中で、母と息子二人(異母兄弟)が繰り広げる「人間模様」の《綾》である。母は、二人の息子を同じように育てているつもりだが、無意識に、亡夫への義理のため先妻の子・貞夫の方を重んじる。幸作に比べると、どこか他人行儀でよそよそしい。貞夫は当初、母に甘え我が儘な振る舞いをしていたが、千恵子が実の母ではないと知ってからは、いわば「母なし子」状態、甘える相手を失ってしまったのだ。「ボクは一人が性に合っているんだ」という貞夫の言葉が何よりも雄弁にそのことを物語っている。その立場に置かれなければわからない、絶対的な《孤独感》なのである。しかし、掃除婦の「木の股から生まれたんじゃなし、あんまり親を泣かせるもんじゃないよ」という一言は、そんな孤独感を払拭するには十分であった。掃除婦にも自分と同じくらい息子が居る。貞夫は「オレよりはマシだろ?」と問いかけるが、答は意外にも「よけりゃ、こんなことしてませんよ」。そうか、その息子も親を泣かせているんだ、オレもこんな所(チャブ屋)で、こんなこと(無為に日々を過ごすこと)をしているときではない、と思ったに違いない。そんな心の《綾模様》を、二枚目スター・大日向伝は鮮やかに描き出していたと、私は思う。
 母・千恵子を演じた吉川満子の風情もたまらなく魅力的、誰よりも夫を愛し、子どもたちを慈しむ。時には背かれて雑言を浴びせかけられ涙ぐむこともあるが、毅然として耐え、誠を貫こうとする「母性」の気高さがひしひしと伝わってくるのである。 
 弟・幸作を演じた三井秀雄の「弟振り」も見事であった。とりわけ、兄が母の本当の子ではないと知らされた時の表情、そこには「なぜもっと早く知らせてくれなかったんだ」という思い(母への恨み)は微塵も感じられず、「ボクが間違っていました」と母に謝る純情が浮き彫りされている。その兄を、わけも知らずに殴ってしまった後悔、その償いのために「ボクを殴ってもらうんだ」と思う素直さが輝いていた。
 極め付きは、掃除婦を演じた飯田蝶子の存在感、出番はほんのちょい役だが、たった一言、二言のセリフで主役・貞夫を翻意させる実力は光っている。彼女は、不器量のため女優への道はなかなか開けなかったが、私のような者がいなければ主役は引き立たないと、自分を売り込んだという。さすがは、終始「老け役」を貫いた名優の至言である。
 その他にも、奈良真養の庶民的な風格、笠智衆の意外な若さ、逢初夢子の色香などなど見どころ満載の傑作であった。
(2017.7.1)



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