META NAME="ROBOTS" CONTENT="NOINDEX,NOFOLLOW,NOARCHIVE" 脱「テレビ」宣言・大衆演劇への誘い
FC2ブログ
QLOOKアクセス解析
2017-02-26

劇場界隈・「東海健康センター」・《「鹿島順一劇団」、芝居「月夜の一文銭」の名舞台》

早朝に自宅を出発、新幹線で東海健康センターに向かう。「鹿島順一劇団」(座長・三代目鹿島順一)の舞台を見聞するためである。東海健康センターへは、名古屋駅から地下鉄東山線、鶴舞線と乗り継いで約30分、赤池駅で下車、時計台前から30分毎発の送迎バスに乗車、約5分で到達する。そこは文字通り、「東海の」「健康センター」といった趣で、三河ムード独特の「人なつっこさ」「気安さ」といった空気が、あちこちに漂っていた。食堂では特製のおでん、ジャコ天、焼きそば、きしめん等々、いわゆるB級グルメを十分に満喫することができる。浴場、浴室も広く清潔で申し分なく「パノラマ絶景露天風呂」「中国漢方薬湯」「泡風呂」「ヒノキ風呂」「樽風呂」「遠赤外線サウナ」「美肌湯」「薬草スチームサウナ」等々、多種多様な設備が整っている。個室に宿泊しても1泊1260円が追加されるだけ、年金生活者にとっては、なんと素晴らしい娯楽施設ではあるまいか。案内パンフレットには以下のように記されていた。〈正月公演 鹿島順一劇団 座長 三代目鹿島順一 今年の6月に鹿島虎順改め、三代目鹿島順一を襲名。名跡の重圧と胸に秘めた希望を抱え、突き進む若き座長の「鹿島順一劇団」。当館初登場です。元日よりの正月公演がどんなお芝居で始まるのか乞うご期待下さいませ〉。「乞うご期待下さいませ」といった表現が、何とも「心優しく」、私の心も底から温まった次第である。さて、昼の部、芝居の外題は「月夜の一文銭」。インターネットの情報によれば、その作品は以下のように解説されている。〈原作は大正から昭和にかけて新派の作品を多く手がけた劇作家・川村花菱による悲劇。劇団によっては「月夜の一文銭」という題名で上演されることもある。正太郎は板前のいい腕を持ちながら、スリの子分から足を洗えないでいた。そんなある日、正太郎は幼なじみの牙次郎と再会する。実は牙次郎もまた空き巣狙いやかっぱらいなどをして暮らしていたが、そんな暮らしに嫌気がさし、お互い死ぬ気になって地道に働こうと誓い合う。それから数年後、田舎の料亭で板前をしていた正太郎は、偶然かつての兄弟分・三次と再会する。三次はスリだった過去をばらすと脅して正太郎から二百両をゆすり取り、「銭がなくなりゃまた来るぜ」と言う。思わず正太郎は、持っていた包丁で三次を刺す。正太郎と再会を約した日が近づく中、御用聞きの勘次の手下となっていた牙次郎は、首に百両という賞金のかかった下手人が江戸に向かっているという話を聞く。手柄を立てて出世した自分を正太郎に見せたくて、自分に捕まえさせてくれと勘次に頼む牙次郎。そして約束の日。再会を喜んだ牙次郎に、正太郎は「縄をかけてくれ」と被っていた笠をとる。その額には、賞金首の人相書きと同じ傷があった。捕り手に囲まれた正太郎は、「牙次郎の手柄にしてやってくれ」と勘次に頼むが、牙次郎は自首させようとノ。黙って縄を解いた勘次に礼を言い、正太郎と牙次郎は並んで歩き出す。「あの世までの道連れ」と言いながら。http://www.engeki-g.com/engeki/enmoku/menu/sa.html今日の舞台は、正太郎(正吉こと嵯次郎)に花道あきら、牙次郎に座長・三代目鹿島順一、敵役・(山猫の)三次に太夫元・甲斐文太、御用聞きの寛次(神田明神下・早縄のお京)に春日舞子といった配役で、まさにゴールデンキャスト!。甲斐文太によれば、〈去年は蛇々丸、今年は大吉が辞めました。まぁ何が有ろうと、三代目座長襲名して、まだ一年にも満たぬ半年目ですが、残ったみんなで頑張ります。どうぞ応援宜しくお願い申し上げます〉(「かしま会ホームページ」・「お知らせ」)ということだが、「まあ何があろうと」「鹿島順一劇団」の実力が「日本一」であることに変わりはなく、その出来栄えは「国宝級」であった、と私は思う。とりわけ、甲斐文太の「極悪非道」模様は天下一品、我欲のためには何でもする、殊勝に「改心」の様子を見せながら、したたかに嵯次郎から五十両を掠め取り、ややあって哄笑に転じる風情は最高傑作。途中、嵯次郎役・花道あきらのピンマイクが切れた(故障)と見るや、自分のマイクのスイッチも切り、「肉声」のやりとり(口跡)で舞台を展開する。役者(芝居)の条件は「一声、二振り(顔)、三姿」という常道に即した、とっさの判断に、私は身震いするほどの感動を覚えた。加えて、御用聞きの女親分に扮した春日舞子は、おそらく初役。(少なくとも私は初見)これまで敵役・三次を演じていた蛇々丸の「穴」を甲斐文太が埋め、さらに御用聞きを演じていた甲斐文太の「穴」を春日舞子が埋めるといった計らいで、結果、その方が「見栄えが増す」のだから、観客にとっては望外の幸せというものである。この女親分、男勝りの腕利きだが、牙次郎の前では時として「母性」が表れる。「ぜひとも、十手を貸しておくんなさい」と頼み続ける牙次郎の懸命な姿に、客席から大きな拍手、意を決して「・・・わかった。1回だけ貸してやろう。そのかわり、ここを一歩も離れるんじゃないよ」と言い残して退く姿は、どこか「母親の姿」を彷彿とさせる趣で、たいそう印象的な場面であった。そうした「脇役」の名演技に支えられてか、牙次郎と嵯次郎の「絡み」具合も「珠玉の名品」に仕上がった。座長・鹿島順一の芸風は「渾身の動」、対する花道あきらは、どこか頼りなげな「静」、そのコントラストが、いっそうの「哀しみ」を際だたせる。花道あきらの一つ一つの表情、振り、姿による「無言の演技」が、この芝居の眼目を雄弁に物語っていた。彼もまた、甲斐文太、春日舞子の薫陶によって成長した、斯界の名優であることを、私は確信したのである。
 舞踊・歌謡ショー、昼の部、甲斐文太の「弥太郎笠」、座長三代目鹿島順一の「男新門辰五郎」、夜の部、甲斐文太の「大勝負」、座長の「佐渡の恋歌」は、「立ち役舞踊」の逸品。舞踊・歌謡が「三分間のドラマ」であることを、あらためて確認、そしてまた、やはり男優は「立ち役舞踊」でその「色香」を描出してこそ「実力者」であることを肝銘、今日もまた大きな元気を頂いて「日帰りの」帰路に就くことができたのであった。
松竹新喜劇 藤山寛美 上州土産百両首 [DVD]松竹新喜劇 藤山寛美 上州土産百両首 [DVD]
(2006/01/28)
藤山寛美、島田正吾 他

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-25

付録・邦画傑作選・「春琴抄 お琴と佐助」(監督・島津保次郎・1935年)

 原作は谷崎潤一郎、文学の世界では作者特有のマゾヒズム、耽美主義が取り沙汰されているようだが、映画の世界では、お琴(田中絹代)と佐助(高田浩吉)の「師弟愛」が清純に描出されていた、と私は思う。
 お琴は大阪・薬屋の次女、9歳の時に罹患し盲目となった。かねてより琴・三味線を習っていたので、その道を極めようと師・春松検校(上山草人)のもとに通う。その付き添いをするのが丁稚の佐助である。彼はおとなしく気遣いも細かなようで、お琴は気に入っている様子。彼女の性格は勝ち気でわがまま、佐助なら心おきなく自由に操ることができるからであろう。しかし、店の連中は面白くない。「こいさんの手が握れるなんて」とやっかみ半分で佐吉を虐める。お琴の美貌を目当てに、「何とかしよう」という輩・若旦那の利太郎(齋藤達雄)も現れた。番頭?(坂本武)を伴い春松検校に入門する。プレーボーイ然とした齋藤達雄と後見役・坂本武の「やりとり」が軽妙な笑いを誘う。稽古が重なるにつれ、佐吉も音曲に魅入られたか、小遣いを貯めて三味線を買った。店の人々には内緒で、皆が寝静まった夜中、独り物干し台に上がり稽古をしてる所を、お琴の母・しげ女(葛城文子)に見咎められる。周囲には「丁稚の分際で・・」という空気もあったが、お琴はそれを知り「わてが教えたる。弾いてみなはれ」と命じた。恐縮しておそるおそる佐吉が弾き始めると、意外にも「これからわてをお師匠はんと呼びや」とお許しが出た。二人の稽古が始まる。お琴の指導は厳しく、佐吉は泣きながら稽古に励んだ。
 二人の仲は店の外でも評判に・・・、お琴の両親(父役は藤野秀雄)も「お琴はただの身体ではない。望むなら佐助と添わせても悪くはない」と思っているようだ。そのうちにお琴が身ごもった。母が心配して「相手は誰や」と訊ねても、頑として教えない。やむなく生まれた子は里子に出したそうな・・・。 
 月日は流れてお琴は20歳、春松検校の死を機会に淀屋橋で独立、もづ屋春琴という名で弟子を抱えるようにもなった。佐助は一時もお琴の傍を離れずに身を尽くす。時には春琴の代わりに弟子の指導も行った。弟子に中にはちゃっかり利太郎も紛れ込んでいる。春琴の稽古は厳しく、時には弟子を傷つけることもあるようだ。ある時、春琴が佐助と出稽古に出ると、入れ替わりに利太郎がやって来た。その後に怒鳴り込んできたのは弟子(小栗寿々子)とその父親(武田春郞)、弟子は頭に包帯を巻いている。「女師匠を出せ!この傷をいったいどうしてくれるんだ」。春琴が留守だとわかると「ではここで待たせてもらおう」と居直った。その場に居合わせた利太郎、50円を取り出して父親に渡す。父親は「今日の所は帰ってやろう」と渋々帰って行った。利太郎は「やっぱり若ぼんさんはすごい」などと女中におだてられ、ご満悦。そこに戻って来た春琴と佐助に事情を話せば「ウチは厳しい稽古で知られています。気に入らなければ来なければいい。佐助、お立て替え頂いたお金をお返しして!」。そんなこともあってか、春琴は利太郎たち若旦那衆が催す梅の宴に招かれることを断り切れなかった。春琴の琴の音に酔いしれる人々、終演後、利太郎は(佐助と庭を散歩中の)春琴を(手筈通り)独り自室に呼び入れた。「お師匠はん、お差し支えございませんか」と佐助は不安になったが「用があったら呼びます」という言葉で別の間に待機(二人は体よく引き離される羽目に)・・・。しかし、不安は的中、案の定、利太郎が春琴に近づき手を握ろうとしたのだ。春琴は茶わんの欠片で利太郎の額を割り、大声で叫ぶ。佐助が駆けつけると、いとも冷静に「佐助か、往のう!」と後ろも見ずにその場を立ち去った。事態に驚く人々、「まあ、いい。いつかあの鼻っ柱をへし折ってやる」という利太郎の一言で悲劇は始まる、と同時に大詰めへ・・・。
 真夜中、闇の中に押し入った何者かが、寝ている春琴の顔に熱湯を浴びせた。悲鳴に駆けつけた佐助は「アッ!」と叫んで、息を呑んだ。「ダメ! 見ないで。私の顔を見ないで!」と半狂乱の春琴。大急ぎで医者を呼び手当を加えたが、時すでに遅し、春琴の美貌は一瞬のうちに失われてしまった。数日後、あるいは数週間後、まもなく包帯を取る日がやって来る。春琴は「佐助、お前だけには私の顔を見せたくない」と言って泣き伏した。その瞬間、画面が凍りく。御高祖ずきんを被った春琴の頭部だけが、止まったまま、物音だけで時間が過ぎる。その物音は春琴が耳にしている聴覚の世界に他ならない。佐助と女中の対話、琴の音、佐助の「お師匠はん、私も盲になります」というモノローグ、「明日には包帯も取れましょう」という医者の声も聞こえる。しかし画面は動かない。・・・、しばらくして動き出すと、音声とは別の視覚の世界・・・、包帯を外した医者が帰って行く。針を持ち手鏡を見つめる佐助の姿・・・、そして暗転。佐助が両眼を針で貫いたのだ。「お師匠はん、私も盲(めしい)になりました」「佐助、それ本当か。痛うはないか」「お師匠はんの大難に比べれば何のこれしきのこと・・・」「よう決心してくれました。嬉ししゅう思います」といった珠玉の「やりとり」(師弟の交流)が画面に先行する。最終場面はサイレント、「佐助は現実に眼を閉じ、永劫不変の観念境へと飛躍しました。彼の心の目には過去の世界だけが残り、前よりも一層奉公の誠を尽くし、懸命に技を磨いて師匠及び春琴から春台という名を受け、後に温井検校となり、春琴の一生を見守りました」という字幕で「終」となる。
 大詰め最後の10分間程度は、おそらく編集の不具合からか、映像と音声にズレが生じている。音声だけが先行し、画面が遅れて後を追う。しかし、(サイレント映画を見慣れている私にとっては)、その不具合が絶妙の「演出効果」(箏曲の後唄然)となって、たいそう異色な幕切れになったと思う。まさに「珍品入りの傑作」であった。もし、そのズレが意図的なものだとしたら、島津監督の水際だった演出に最大の拍手を贈りたい。
 また、若き日の高田浩吉も魅力的であった。高田浩吉といえば、「大江戸出世小唄」「白鷺三味線」など、「歌う映画スター」の皮切りとして有名だが、盲目の師匠・春琴にどこまでも献身、(かつての丁稚として)弟子の立場を貫く「侠気」が清純にも鮮やかに描出され、光り輝いて見えた。なるほど「いい男」とはこのような姿をいうものなのかと、心底から納得した次第である。 
 加えて春琴を演じた田中絹代もお見事、盲目というハンデを乗り超えて「芸道一筋」、佐助に頼りながら、決して弱みを見せまいとする「女の矜持」を保ち、最後まで師弟という関係を貫こうとする姿が、たいそう清々しく魅力的であった。
 当時の高田は24歳、田中は26歳の若さだが、その演技には、えもいわれぬ「艶やかさ」と「重厚さ」(貫禄)秘められている。昔のスターは凄かった、その輝きは衰えることなく、以後、数十年間に亘って光り続けていたのだから・・・。
(2017.2.23)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-24

劇団素描・「南條隆とスーパー兄弟」・《大衆演劇「量的拡大」の旗手》

【南條隆とスーパー兄弟】(座長・龍美麗、南條影虎)〈平成21年1月公演・佐倉湯ぱらだいす〉
 「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 南條隆とスーパー兄弟 演友会所属。初代・南條隆座長が、昭和10(1935)年に、熊本の二本木劇場で「南條隆劇団」を旗揚。宙づりなどのオリジナル芝居で大人気となる。昭和39(1964)年に現在の座長である二代目・南條隆座長が襲名。舞台では美しい夢を見せるというのが、初代からの劇団の伝統。平成7(1995)年より、年間150本にも及ぶ全国ツアーを続けている。スーパー兄弟による、宝塚のような美しく華麗なショーは、多くのファンを魅了している。 座長 南條隆 昭和22(1947)年9月8日生まれ。熊本県出身。血液型B型。演友会会長代行。初代・南條隆の次男。3歳で初舞台を踏む。昭和39(1964)年に17歳で二代目・南條隆座長を襲名。「ショーは宝塚であれ」「美しくあれ」をモットーに、大衆演劇を全国に広めている。座長 龍美麗 平成元(1989)年8月3日生まれ。福岡県出身。血液型AB型。南條隆座長の長男として生まれ、3歳で初舞台を踏む。それ以後、「ちび玉兄弟」として、弟・南條影虎と人気を集めテレビなどでも取り上げられる。平成19(2007)年5月に、座長を襲名。女形の美しさはさることながら、長身を生かした華麗な洋舞も見どころの一つである。座長 南條影虎 平成2(1990)年11月27日生まれ。福岡県出身。血液型O型。南條隆座長の次男として生まれ、2歳の時に舞踊「次男坊がらす」で初舞台を踏む。それ以後、「ちび玉兄弟」のコピーたかしの名で、兄・龍美麗と人気を集めテレビなどでも取り上げられる。平成19(2007)年5月、座長を襲名。若いながら古典舞踊や歌舞伎舞踊などを得意としている〉とある。また、キャッチフレーズは、〈全国ツアーも展開する名門「南條」の舞台! 年間150本に及ぶツアーを展開する「南條隆とスーパー兄弟」。熱く繰り広げられる芝居と宝塚のように華やかなショーを存分にお楽しみください〉であった。
 私がこの劇団の舞台を初めて観たのは、平成19年秋、名古屋・鈴蘭南座であった。この劇場は「昔ながらの芝居小屋」と銘打っているように、そのたたずまい、桟敷席・客筋の雰囲気、売店の「おでん」等々、大衆演劇を楽しむには「最高の環境」を準備している。特に、客席後方の投光器の足元では、本物の「招き猫」が客に愛想を振りまいているなど、入館しただけで、日頃の疲れが癒されるという仕組みになっている。そんな中で、南條隆の「立ち役舞踊」、南條影虎の舞踊「俵星玄蕃」と「夢千代日記」は、天下一品の出来栄えとして光り輝いていた。あれから1年以上経過したが、当時の「華麗な舞台」は、そのまま健在であった。プロフィール、キャッチフレーズにもあるように、この劇団の使命が「大衆演劇を全国に広めること」だとすれば、その責務は十分に果たされているといえるだろう。その方向は、いわば「量的な拡大を図ること」、どちらかといえば「質的な向上」が「二の次」になることはやむを得ないかもしれない。事実、今回の舞台、1年以上前に比べて大きな「変化」(へんげ)は感じられなかった。芝居の外題は「上州百両首・月夜の一文銭」。みなしごの義兄弟が「堅気になって、出世争い」を決意、再会を約して一文銭を交わし合う。そして約束の日、兄は盗賊、弟は目明かしの下男として再会、弟が兄を召し捕って閉幕という大衆演劇の定番。だがしかし、この劇団の役者は「二枚目」ばかり・・・。
「三枚目」の弟役を龍美麗が「藤山寛美もどき」で演じたが、「所作」「表情」が「今一歩阿呆になりきれない」。
 まあ、それはそれでよし、「大衆演劇を全国に広めるために」活躍を期待したい。
松竹新喜劇 藤山寛美 上州土産百両首 [DVD]松竹新喜劇 藤山寛美 上州土産百両首 [DVD]
(2006/01/28)
藤山寛美、島田正吾 他

商品詳細を見る

日本直販オンライン
QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1




2017-02-23

劇団素描・「松丸家劇団」・《芝居「女装男子」はお家芸》

【松丸家劇団】(座長・松丸家小弁太)〈平成22年1月公演・浜名湖ロイヤルホテル〉
座員は、花形・咲田せいじろう、女優・美鈴、こもも、光姫、ちょうちょ、若手・ドロンこうたろう、ともや、子役・ちびた、といった面々であるが、後見(太夫元?)は座長の父・松丸家弁太郎である。この弁太郎、何を隠そう、今や(実力では)斯界の第一人者(だと、私が思う)・二代目鹿島順一の兄ということで、さぞや魅力的な舞台が見聞できるだろう、と胸躍らせて馳せ参じた次第である。芝居の外題は昼の部「大利根無情」、夜の部「女装男子」。舞台の出来映えは、いずれも「水準並以上」で、えもいわれぬ「艶やかな」空気に充ち満ちた景色の連続であった。それというのも、美鈴、こもも、光姫といった女優陣の「実力」「活躍」が目立つからであろう。また、昼の部・歌謡舞踊ショーでは、「洋舞曲」ゼロ、《和風》に徹した演出が見事であった。座長の歌唱「惚れた女が死んだ夜は」は絶品、舞台・ちょうちょの舞踊とのコンビネーションも素晴らしい。芝居夜の部「女装男子」は、「鹿島順一劇団」の十八番、なるほど祖父・初代鹿島順一の伝統を受け継ぐ「お家芸」だったのか。出来映えは、「鹿島劇団」には及ばないが、女装がばれたあとの若様(松丸家小弁太)と、敵役(咲田せいじろう)との(俗曲に乗せた、舞踊風)「立ち回り」は、一幅の錦絵、絵巻物のように「華麗」であった。「演劇グラフ」(2008年10月号)の情報によれば、座長・松丸家小弁太は14歳で(母・松丸家美里から)座長の座を譲り受け、以後、姉・美鈴、こもも、妹・光姫らと一緒に舞台を引き継いで10年が経過したという。近江飛龍、近江新之介、鹿島順一らは「親族」、芝居や舞踊のあちこちに、彼ら先輩の「面影」が見え隠れするのも当然であろう。しかし、そうであればあるほど、私が見聞したかったのは、母・松丸家美里や、父・松丸家弁太郎の「舞台姿」、弁太郎は「大利根無情」の仇役で一見できたが、それだけではまだまだ不満足、いつまでも元気に活躍して欲しいと念じながら、帰路についた次第である。
弁天小僧 [VHS]弁天小僧 [VHS]
(1994/06/10)
市川雷蔵

商品詳細を見る

QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1





2017-02-22

付録・邦画傑作選・「生さぬ仲」(監督・成瀬巳喜男・1932年)

 ユーチューブで映画「生さぬ仲」(監督・成瀬巳喜男・1932年)を観た。原作は大正時代に連載された柳川春葉の新聞小説で、ウィキペディア百科事典ではそのあらすじが以下のように紹介されている。

 東洋漁業会社社長、渥美俊策の一子、滋子をめぐって生母、珠江と、生さぬ仲の継母、真砂子との葛藤をえがく。
【成瀬版映画あらすじ】
 ハリウッドで女優をしている珠江は、前夫である俊策のもとに残してきた娘・滋子を取り戻すため、日本に一時帰国する。6歳になる滋子は後妻の真砂子を本当の母と思って育っている。俊策は事業の失敗から刑務所に収監され、家屋敷を失った真砂子と滋子は俊策の母・岸代とともに侘び家で暮らし始める。貧乏暮らしを嫌う岸代は、珠江に協力して、真砂子に内緒で滋子を連れだしてしまう。悲しむ真砂子は、俊策の友人・日下部に協力を求めて滋子の行方を捜す。珠江は一生懸命滋子の機嫌をとるが、滋子は継母・真砂子を慕い、家へ帰りたいと泣き暮らす。行方を突き止めた真砂子は珠江の家を訪ねるが、滋子とは引き離されてしまう。日下部は珠江に、本当の母とは何かを説く。泣き叫ぶ滋子を見て、ついに珠江は滋子を真砂子の元に戻し、アメリカで作った財産を真砂子に譲り、アメリカに帰っていく。

 成瀬監督は女性映画の名手と言われている。なるほど、この映画に登場する4人の女性、渥美絹子・改め清岡珠江(岡田嘉子)、渥美真砂子(筑波雪子)、岸代(葛城文子)、滋子(小島寿子)の「葛藤」は真に迫っていた。夫・渥美俊策(奈良真養)と生まれたばかりの滋子を捨て渡米、ハリウッド女優になった珠江は、人気と財力にまかせて滋子を取り戻そうとする。岸代は根っからの貧乏嫌い、会社を倒産させてしまった俊策を責め立てる。真砂子は渥美家の後妻だが、継子の滋子を慈母の風情で育んでいる。滋子は真砂子を「本当のお母さん」と慕い、実母の珠江を拒絶する。4人が4人とも「自己」を主張し、対立・葛藤が激化する有様が、見事に描出されていた。
 一方、男性は5人登場する。漁業会社社長の渥美俊策、その友人で貧乏浪人の日下部正也(岡譲二)、珠江の弟でヤクザの巻野慶次(結城一朗)、その弟分、ペリカンの源(阿部正三郎)、滋子の遊び友達(突貫小僧)である。
 女性陣に比べて、男性陣は迫力がない。いずれもが、結局は女性に追従する。当時の風潮は表向きは「男尊女卑」だが、内実は「女権社会」そのもので、男性相互の対立・葛藤はほとんど際立たない、といった演出がたいそう面白かった。つねに事を起こすのは女性であり、男性はそのまわりをウロウロするか後始末に奔走するのである。わずかに、日下部が「生むだけでは母の資格はない。育てて始めて母になれるのだ」と珠江に迫るが、彼女を翻意させたのは、実子・滋子の真砂子への慕情に他ならなかった。珠江の財力によって渥美一家が救われるというハッピーエンドも「女性優位」の証しである。
 最も興味深かった場面、会社が倒産寸前、藁をも掴む思いの俊策に融資を申し出たのは珠江、二人は対面するが、俊策の表情はたちまち強ばり、「夫と子どもを捨てた女に助けて貰う気はさらさらない」と言って断固拒絶、自ら収監される道を選ぶ。一方、俊策の母・岸代もペリカンの源に誘われて珠江と対面、俊策とは打って変わってニッコリ・・・、「立派になられておめでとう」と祝福する。そこから事は始まるのだが、珠江に対する(俊策と岸代の)態度の違い(コントラスト)、女性同士の絆が織りなす人間模様、その周囲で翻弄される男性相互のアタフタ沙汰の描出がこの映画の眼目であろう。加えて、わずか6歳の滋子も行動的である。珠江とのかかわりを断固拒否、岸代に真砂子の元に戻りたい懇願する。叶わないと思えば、周囲の目を盗み、敢然と(分身の「青い目の人形」を携えて)脱走する。結果は失敗に終わり人形も失われたが、滋子の思いは変わらない。
 そうした女性の強さ、たくましさ、したたかさが随所に散りばめられている。まさに、女性映画の名手・成瀬巳喜男監督ならではの作物であった。大詰め、米国に帰る珠江、随行を許されて大喜びの巻野と源は大型客船のデッキの上、それを見送る渥美一家と日下部たち、俊策も珠江の姿を見つけて懸命に手を振った。しかし、珠江はそれに応えることなく独り、船室に姿を消す。その心象風景(「生みの親より育ての親」)も鮮やかに、この映画の幕は下りたのである。
(2017.2.19)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-21

劇団素描「本家真芸座」・《本格的な芝居と、絶品の女形舞踊》

【本家真芸座】(座長・片岡梅之助)〈平成21年1月公演・小岩湯宴ランド〉
 「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 本家真芸座 所属はフリー。「真芸座」として故・片岡沢次郎太夫元が昭和48(1973)年に旗揚げ。その後、「本家真芸座」と名を改め、片岡梅之助座長が伝統を継承し、座を引っ張っている。座長 片岡梅之助 劇団座長 昭和51(1976)年4月28日生まれ。福岡県出身。血液型A型。兄は「真芸座輝龍」座長・駒澤輝龍。弟は「新生真芸座」座長・哀川昇。伝統をきっちり受け継いだ芝居と情感たっぷりの女形が魅力〉とある。またキャッチフレーズは、〈真の芸を貫く舞台は迫力満点!!魅せる艶やかな女形、そしてしっかりと伝統を引き継いだ本格派のお芝居を、肌で感じてください〉であった。夜の部、芝居の外題は「十六夜鴉」。大衆演劇の定番で、筋書は「瞼の母」の〈兄弟鴉〉というところか。骨箱(弟の遺骨在中)をぶらさげた旅鴉(哀川昇)が料亭・深川にやってきて、女将(矢島愛)に面談、「親子名乗り」を申し出るが、女将は拒絶。「せめて、弟の骨箱ぐらいは抱いてあげてください」という願いも叶えられず、旅鴉は退場。そこへ、敵役の親分(座長・片岡梅之助)がやってきて、料亭、女将、その娘への「いやがらせ」「無理難題」をふっかける。あわやというところへ、旅鴉、再び登場。その親分一味を「始末」して、凶状旅へ・・・、という顛末であったが、舞台の「景色」は、なるほど本格派。その伝統とは「九州劇団」の「こってり味」で、なんとも「重苦しい」雰囲気であった。旅鴉と女将の「やりとり」が、開幕から30分、延々と続く。「これでもか」「これでもか」という「せめぎあい」(葛藤)を描出したい意図を(頭では)理解できるが、気持ちがついて行けない。とはいえ、最近の関東の客も「本格派」らしく、水を打ったように「集中」していたのには驚いた。まさに「本格派のお芝居を、肌で感じていた」という他はない。
 舞踊ショーの舞台も「こってり味」、それぞれの役者が個性を生かしながら「決して手を抜かない」「誠実な」演技を披露していた。座長の「情感たっぷりの女形」は天下一品、その「容姿端麗さ」においては斯界の有力者たち(梅澤富美男、鹿島順一、見海堂駿、里見要次郎、都若丸、南條光貴、姫錦之助、大川竜之助、市川千太郎、紫鳳友也、小林真・・・)の中でも右に出る者はいないであろう。弟・哀川昇の「女形舞踊」も、「大川竜之助ばり」で魅力的。その結果、「立ち役」が力不足気味、数多い女優陣の挑戦・奮起を期待したいところである。
 芝居が終わり、帰路につこうとする客でカウンター前は「ごった返して」いた。私は会計精算の窓口にできた行列の最後尾に並んでいた。前の客が終わり、「私の順番になった」と思ったとき、(一瞬の間隙を突いて)すうっと左側から「割り込んで」きた中年女性がいた。従業員が「順番です。後ろにお並びください」と言うと、その「おばさん」が私に向かって言う。「あれ?あたし、並んでいたわよねえ?」、私はそれには応えず、「どうぞ、お先に」と退いた。腹の底では、おかしくてたまらない。この「おばさん」は、毎日、どのような生活をしているのだろうか。自分が並んでいたかどうかもわからない。周りの様子もわからない。いつも、自分中心に世界が回っている。自分の思いを通すことが「生きる」ことなのだろう。案の定、「駐車場料金がどうのこうの・・・」ど、会計精算の内容で、また、もめている。そんな時、もう一人の従業員が、さっと、別の窓口(これまでは閉鎖中)を開け、「お次の方、こちらへどうぞ!」と、私を導いてくれた。カウンター内で、で一部始終を見聞していたであろう、その従業員の「粋な計らい」に大いに満足、さすが、ここは東京小岩、江戸前の「垢抜けた」伝統はまだ息づいていたのかと、快哉を叫びつつ帰路につくことができた。これで、明日からも気分よく「通える」というものである。
長谷川伸原作「瞼の母」より 母恋鴉長谷川伸原作「瞼の母」より 母恋鴉
(2010/05/26)
天童よしみ

商品詳細を見る




日本直販オンライン
QVCジャパン
にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ



2017-02-20

付録・邦画傑作選・「落第はしたけれど」(監督・小津安二郎・1930年)

 ユーチューブで映画「落第はしたけれど」(監督・小津安二郎・1930年)を観た。前作「学生ロマン若き日」の続編である。W大学応援部の高橋(齋藤達雄)たちは、いよいよ卒業試験の時期を迎えた。試験場では監督(大国一郎?)の目を盗みあちこちでカンニング、その方法も様々である。学生同士は皆「仲間」、高橋が後ろを見て「三」と指で示せば、すかさず学友が「三」の答を紙に書き(机間巡視中の)監督の背中に貼り付ける。監督が高橋の脇を通り過ぎる瞬間にそれを取ろうとするのだが、監督が振り向いた。あわてて手を引っ込め時計を見る。そのやりとりを繰り返す光景が何とも可笑しかった。その日の試験は終了、高橋たちは下宿に戻る。そこは賄い付きの大部屋、五、六人の学生がひしめき合って
いる。配役の字幕には、落第生・横尾泥海男、関時男、及第生・月田一郎、笠智衆などと
記されているが、笠智衆の他は誰が誰やら、判然としなかった。高橋は明日の試験のためにカンニングの準備、白いワイシャツの背中一面に答案を綴る。一同は勉強に疲れ眠気が襲ってきた。「何か食べよう」と二階の窓を開けて、向かいの喫茶店に声をかける。顔を出したの看板娘(田中絹代)。どうやら高橋とは恋仲の様子。おか持ちにサンドイッチを積んで持ってきた。取り次ぎに出た下宿屋の息子(青木富夫)もおこぼれを頂戴する。和気藹々の空気が爽やかである。娘は帰り際、高橋を呼んで角砂糖をプレゼント、卒業祝いのネクタイも編んでいるらしい。やがて、一同は雑魚寝状態で眠りに就いた。
 翌朝、「朝だよ!早く皆起きて!」と、下宿のおばさん(二葉かほる)が入ってくる。
あたりを見回せば部屋は散らかり放題、一同を叩き起こして汚れ物をまとめる。ふと目に付いたのは白いワイシャツ、それも一緒に持ち去ってしまった。最後に起き出した高橋、ワイシャツは?と探したが後の祭り、おばさんが出前のクリーニングに出してしまったとは・・・。
 かくて卒業試験は終了、卒業生名簿が掲示された。経済学部77名の名が記されていたが、高橋の氏名はない。一人の学生が学務課に泣きついている。「よく調べて下さい」「成績が悪いんだからしょうがない」などと問答をしている。高橋は肩を落として庭に出ると、同様に落第した応援部の仲間4人が待っていた。でも、屈託がない。肩を組み、足を踏みならして「四月にまた会おう」、落第なんてどこ吹く風と別れて行った。
 高橋は喫茶店に戻り、独りケーキを食べている。そこに学務課に泣きついた学生が入ってきた。「何とか及第したよ。君からいろいろ教えてもらっていたのに、申し訳ない」と謝れば「おめでとう」と応じる。しかし、淋しさ、悔しさは隠せない。そこにやって来たのは娘、あわてて席をはずしていった学生を見て「あの方、どうだったの」「何とかビリで卒業できたよ」「そう、でもこれからの就職が大変ね。あなたは運動部だから安心だけど」、娘はまだ高橋の落第を知らないらしい。そこにどやどやと及第組の学生たちが入ってきた。「それじゃあ」と高橋は出て行く。 
下宿に戻った高橋、しげしげと握り鋏(和鋏)を見つめている。おもむろにその先端を
喉に突き立てようとして引っ込める。やがて足袋を脱ぎ足の爪を切り始める。そこに息子がやって来た。「御飯を用意したから、皆で一緒に食べようよ」。しかし、自分以外は皆及第なので気が進まない。躊躇しているとビリで卒業する学生が誘いに来た。「売り払った本を買い戻してくる」と外出の素振りを見せるが「自分の本を使えばいい、皆あげるよ」。とうとう祝いの席に連れて行かれた。
 おばさんの手料理(チラシ?赤飯?ビールもある)が待っている。「それにしても高橋さんだけ落第だなんて気の毒ね」。息子が「ラクダイって何だい?」と尋ねるが、一同は俯いて応えられない。「ねえ、ラクダイって何さ」と再度尋ねれば、ビリの学生曰く「ラクダイとは偉いということだよ」・・・。
 翌日、及第組は楽しそうに学生服を背広に着替えてハイキングへ。独り高橋は部屋に残り、箱入りの背広などに目をやり無聊を託ってる。机の引き出しを開けると、娘からプレゼントされた角砂糖がでてきた。それを積み上げたり、放り投げて口で受けとめる等しているところに息子がやって来た。「坊や、大きくなったら何になりたい?」「小父さんのように大学に行き、ラクダイになるんだ!」思わず、ずっこける高橋、そこに娘が訪ねてきた。あわてて息子に角砂糖をプレゼント、追い払う。娘は卒業祝いのネクタイを持ってきたのだ。箱入りの背広を取り出して「着てごらんなさいよ。よく似合うわよ。ネクタイ締めてあげるわ。今日は活動にでも行きましょうよ」。しかし、落第したことを隠している高橋の表情は冴えない。思い切って「あのね、ボクは背広を着る資格が無いんだ」と言いかけると、娘は「卒業しないからといって、背広を着てはいけなということはないわ。あたし、何もかもみんな知っているのよ。あんなに勉強したのにね」と涙ぐむ。でも二人は若い。気をとりなおして活動へ出かける・・・。
 やがて4月、新学期がやって来た。しかし、なぜか卒業組の4人はまだ高橋と一緒に下宿住まい、就職出来ず、仕送りも途絶えて、背広を質屋に入れる有様で、手紙が届いたと思えば「不採用」の通知、すっかり落ち込んでいる。落第した高橋は元気いっぱい、「パンでも食べろよ」と小銭をカンパする。そして迎えに来た落第組と共に学校へ・・・。「こんなことなら、急いで卒業するんじゃなかった」とぼやく面々の姿があわれであった。学校はまもなくWK戦の季節、後輩たちを集めて応援の練習に取り組む落第組の姿が、生き生きと映されて、この映画の幕は下りる。
 なるほど「落第はしたけれど」日本男児は健在なり!という「心意気」がひしひしと伝わってくる傑作であった。とりわけ、当時の「学生気質」が(エリートには違いないが、互いに相手を思いやる「温もり」)感じられて清々しく、競争にあけくれる現代の学生と一味違った人間模様が、鮮やかに描出されていた。子どもから「小父さん」と呼ばれ、タバコ、酒もたしなむ学生が、一方では「仲間と肩を組んで、ステップを踏む」「角砂糖を積木のように積み上げたかと思うと、放り投げて口で受けとめる」など愛嬌・滑稽な振る舞いを見せる「アンバランス」も魅力的であった。小津監督自身は旧制中学で寄宿舎生活を体験、その後、神戸高等商業学校、三重師範学校を受験するがいずれも「落第」(不合格)、小学校の代用教員を経て、松竹蒲田撮影所に入社した。大学生活は未経験にもかかわらず、前作の「学生ロマンス若き日」に続き、往時の「学生気質」をここまで詳細に描出できるとは驚嘆すべきことだと、私は思った。 (2017.2.17)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-19

劇団素描・「一見劇団」・《楽しみな、ベビーア太郎の「将来」》

【一見劇団】(座長・一見好太郎)<平成20年1月公演・十条篠原演芸場>
 座員は、古都乃竜也(座長の実弟)を筆頭に、一見隆夫、紅金之助(17歳)、一見裕介、太紅友希、ベビーア太郎(9歳)、そして日暮里在住の大門力也が友情出演している。芝居も舞踊も「実力」は、平均水準を超えていた。特に、座長の女形舞踊は、上品な「色香」が漂い、関西の里見要次郎、大川良太郎、姫錦之助、都若丸らとは「一味違う」魅力がある。どちらかといえば、関東の紫鳳友也(劇団・美鳳総座長)、澤村蓮(劇団・章劇)と重なる「芸風」と感じたが、将来、それ以上の実力を発揮するかも知れない。所作、表情にコケティッシュな「媚び」がないことが素晴らしい。帰路の電車の中で耳にした、贔屓筋の評価によれば、「何をやっても絵になる」「特に股旅姿がたまらない」「いつも全力で舞台を務める」「何回見ても飽きることがない」ということであった。女形舞踊の上品な「色香」の中に、「太地喜和子」的な雰囲気が加われば、第一人者になれるのではないだろうか。古都乃竜也との相舞踊「北の蛍」は「絵になっていた」が、それ以上の「至芸」にまで高めることを期待する。(その舞台を見ながら、私は鹿島順一の「歌唱・北の蛍」の姿を思い出していた・・・。)芝居では、五木ひろしの「旅鴉」にのり、股旅姿で颯爽と登場する。座長の立ち役(股旅姿)も「絵になっていた」が、渡世人の「やるせなさ」(ニヒリズム)を、より際だたせるために「市川雷蔵」的な雰囲気が加わることを期待する。いずれにせよ、将来、第一人者になる可能性を秘めた座長であることは間違いない。
 座長の「補佐役」・古都乃竜也も「実力者」である。「補佐」とは上役を「助ける」ことだが、そのためには上役以上の「実力」を要求される。古くは梅澤富美男、昨今では、二代目・恋川純、南條影虎、小泉ダイヤを想起する。古都乃竜也もまた、その役割を立派に果たしていると思う。いわば、座長の「引き立て役」だが、その役に徹すれば徹するほど、光り輝く存在になる。そのことを念頭に精進を重ねてもらいたい。一見隆夫、むずかしい役回りを好演、ふっと力を抜いた表情、所作が魅力的である。今後、いぶし銀のような「三枚目」として実力を発揮する可能性を秘めている。
 座員の「舞踊」能力は平均水準以上、中でもベビーア太郎(9歳)の「関東春雨傘」「よさこいソーラン(?)」は、見事な「できばえ」であった。大人顔負けの所作、舞台から客席の空いている桟敷に飛び降りて踊る「演出」など、将来が楽しみである。荒城蘭太郎と肩を並べる日も遠くはないだろう。
北の螢 [DVD]北の螢 [DVD]
(2007/05/21)
仲代達矢、岩下志麻 他

商品詳細を見る




日本直販オンライン
QVCジャパン
にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1



2017-02-18

劇団素描・「里見劇団進明座」・《芝居「女小僧三吉」》

【里見劇団進明座】(座長・里見要次郎)<平成20年1月公演・大阪鈴成座>
約20年ぶりに観る里見要次郎は懐かしかった。かつての「艶姿」は健在であり、それに20年間の舞台経験を重ねた「貫禄」が加わっている。一部の「顔見せショー」では、かつての座員は一人も登場しなかったが、二部の「芝居」では、座長の母・美富士桂子(70歳)、旧座員・里見かずのりの姉(芸名・失念)が登場、外題は「女小僧三吉」、歌舞伎の三人吉三、弁天小僧、播随院長兵衛をミックスしたような筋立て(喜劇)であったが、女小僧三吉役の座長・里見要次郎、長兵衛「もどき」の里見龍星、その女房・(芸名忘念の女優)、水野十郎左右衛門「もどき」のタカダヒロユキ、日本駄右衛門「もどき」・盗賊の頭(美富士桂子)、南郷力丸「もどき」の三枚目・里見直樹と「役者は揃っており」、安心して(往時をしのびながら)鑑賞することができた。とりわけ、かずのり・姉の成長ぶりは目を見張るほど、かつては純情可憐な娘役がはまっていたが、今や、体格ともども「大年増」を堂々と演じられるようになっていた。
昨年来、ほぼ40余りの劇団を見聞してきたが、どの座長も、特に関西の若手座長は、里見要次郎の芸風を「お手本」にしているような気がする。都若丸、大川良太郎、小林真などの女形舞踊は、その「表情」「所作」「衣装」において「瓜二つ」であり、極言すれば、彼より年下(45歳未満)の役者すべてに大きな影響力を与えているようだ。関東では、梅澤富美男が突出していたが、彼の芸風を継承している役者は見当たらない。今、林友廣の影響力が大きく、林京助、小林志津華、桂木昇らの「男っぽい」「立ち役」が主流を占めているのではないか。
 大歌舞伎界と同様、大衆演劇界においても、関東と関西の違いは歴然としている。関東は「無骨」「淡麗」「粋」「男伊達」、関西は「華麗」「繊細」「ど派手」「愁嘆」を目玉にする傾向は当然だが、いわゆる「くさい芝居」を「くさい」ままに終わらせないところに関西の「実力」(魅力)が秘められているように思う。言い換えれば、関東は「あっさり」していて後に残らない。関西は「こってり」しているが、その「しつこさ」が後を引く、ということである。どちらを好むか、それは観客の自由だが、その両方を兼ね備えているのが「鹿島順一劇団」ではないかと私は思う。
I LOVE RED LION 新宿番外地 飢えた勝負師 [DVD]I LOVE RED LION 新宿番外地 飢えた勝負師 [DVD]
(2010/08/03)
里見要次郎、都若丸 他

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-17

付録・邦画傑作選・「淑女と髭」(監督・小津安二郎・1931年)

サイレント喜劇映画の傑作である。冒頭は剣道の大会場面、皇族の審判長(突貫小僧)も臨席しているが、興味なさそうに何かを吹き飛ばして遊んでいる。学生の岡島(岡田時彦)が次々と勝ち進み敵(学習院?)の大将(齋藤達雄)と対決する。しかし、岡島の戦法は「いい加減」、試合を中断する素振りを見せ、敵が油断した隙を突いて「面」を取るという、極めてアンフェアな技を駆使する。それを知り尽くしている大将も同じ戦法で臨んだが、「いい加減さ」では岡島の方が上、あえなく一本「胴」を取られてしまった(剣道大会そのものが戯画化されていることは興味深い)。大喜びする学生の応援団、その中でも親友の行本(月田一郎)は「岡島の胴は天下無敵だなあ」と感嘆する。優勝した岡島が面を外すと、鍾馗(しょうき)然とした髭面が現れた。試合後、行本は「おめでとう!今日は妹の誕生日だし家に来いよ。祝杯をあげよう」と岡島を誘う。
行本家では妹・幾子(飯塚敏子)の誕生パーティーが始まろうとしている。行本は家令(坂本武)と新聞紙を丸めた刀で剣道の真似事、立場は行本が上だが腕は家令が上、「若様、ゴメン」と一本取られてしまった。憤然とする行本、平謝りの家令、その場の様子が聞こえてくるようで、たいそう面白かった。
 一方、岡島は、学帽に羽織袴、朴歯に杖というバンカラ姿で行本家に向かう。その途中、若い女同士が道ばたで揉めていた。洋装の不良モガ(伊達里子)が和服のタイピスト広子(川崎弘子)から金を脅し取ろうとしているらしい。しつこくつきまとい金を巻き上げた瞬間、腕を掴まれた。岡島が助け船を出したのだ。蟇口を取り戻し「早く、お帰んなさい」と広子を退かせる。すかさずやって来たのが与太者二人、「余計なマネをしてくれたな」と殴りかかってくるのを、一人は「胴」、もう一人は「小手」と杖の早業、なるほど「岡島の胴は天下無敵」であったのだ。「おぼえていやがれ」というモガに「その不格好な洋装は忘れられんよ」と笑い飛ばし、「失敬」と去って行く姿が実に爽やかであった。
 岡島が行本邸に着くと、誕生パーティーが始まっていた。あたりを見回して「女ばかりじゃないか」と不満そう、幾子も「またあの髭ッ面を連れてきたの。時代遅れであたしダイッキライ」と行本を責める。「いいじゃあないか、お前たちが感化してモダンにしてくれよ」ととりなすが、岡島は挨拶の後、イスに座り込んでケーキを食べまくる始末、幾子は行本を引っ張り、その場から出て行ってしまった。残った女友達6人(その中には井上雪子も居る)、岡島に恥をかかせようと相談「一緒に踊ってくれませんか」。岡島「二人では無理ですが一人なら踊れます」。・・・、家令の詩吟で剣舞(「城山」?)を踊り出す。その姿は抱腹絶倒、「天下無敵」の名舞台であった。しかし、女友達一同は、呆れかえって早々に帰ってしまった。それを知って泣き出す幾子・・・。私の笑いは止まらなかった。 やがて、大学は「就活」の季節。岡島も髭面で面接試験を受けに行く。その会社の受け付けにいたのは偶然にもタイピストの広子、さらにまた偶然に社長も(岡島より貧相な)髭面、結果は不合格であった。広子は岡島のアパートを訪ね、「あなたが不合格になったのは髭の所為、お剃りになれば・・・」と勧める。またまた偶然にもアパートの隣は床屋であった。
 広子の助言に従った岡島はたちまちホテルに採用される。その報告をしに行本家へ、行本は残念がったが、幾子は大満足、すっかり岡島に惚れ込んでしまったか・・・、上流階級の見合い相手、モボ(南條康雄)に向かって「剣道をしない人とは結婚いたしません」「なぜです?」「私の身を守っていただけないから」「警察と治安維持法が守ってくれますよ」「それならあたし警察か、治安維持法と結婚します」といった「やりとり」が、当時の世相を反映して(皮肉って)、たいそう興味深かった。小津監督の反骨に拍手する。 岡島は広子の家にも報告・御礼に訪れたが、広子の母(飯田蝶子)はセールスと間違えて玄関払い、様子を見に来た広子に「私を助けてくれた岡島さんじゃないの」と言われ、ビックリ仰天、一転して愛嬌を振りまく景色には大笑い。広子もまた小父さんが持ちかけてきた縁談を断って、岡島に嫁ぎたいと言う。母はやむなく、岡島の真意を確かめに勤め先のホテルへ・・・。岡島の仕事はフロント係。母からの話は「願ってもないこと」と快諾して持ち場についたのだが、ホテルにたむろする不良のモガ一味、盗品の隠匿?、売買?に巻き込まれたか・・・?(モガが、ホテルで食事中の客から掏り取ったブローチを手紙に包んでフロントに投げ込んだように見えたが、手紙の文字が判読できないので詳細は不明)夜の7時、モガがハイヤーでホテルに乗りつけた。なぜか髭をつけた岡島、その車に乗り込み、モガを自分のアパートに連れて行く。部屋に入った二人・・・、岡島はモガに向かって「両親はいないのか、兄弟は?」などと尋ねるが「あたいは前科者」という答が返ってくるだけ。着替えようとして着物がほころびているのに気がついた。それを縫おうとすれば、モガが取り上げて縫おうとする。しかし、縫い物は二人とも苦手、そこは洗濯ばさみではさんでズボンを脱いだ。モガが「あたい、あんたが看てくれるならまともになろうと思うんだ」などと言った時、突然入り口のドアが開いて、行本、母(吉川満子)、幾子が訪れた。縁談話を持ってきた様子、しかし、女が居る。母は「まあ、汚らわしい。だから言わないこっちゃない。所詮釣り合わないことなんだ!」と呆れ、涙ぐむ幾子を急かせて出て行く。行本は「すまん!」と笑顔混じりに帰って行った。
 いよいよ大詰め、翌朝、今度は広子がアパートにいそいそとやって来る。ドアをノックすれば出てきたのはモガ、「あなたは、どなた?」(もないもんだ!いつか喝上げをした相手をもう忘れているとは・・・)広子は毅然と「私は岡島さんの恋人です」と言い放ち入室する。部屋の隅では岡島が剣道着のまま寝込んでいる。ほころびたままの着物を被りながら・・・、広子はそれを手に取り洗濯ばさみをはずしながら、一針、一針縫い始めた。その様子をじっと見ているモガ。やがて、岡島が目をさました。広子を見て「この女が居るのに、よく帰ってしまわなかったね」「ええ、私、確信していますから」。岡島、思わず「偉い!」と叫んで広子の手を握りしめる。・・・二人の様子を見ていたモガ、意を決したように「岡島さん、あたい、もう帰るよ」「また、仲間の所へか」「ううん、あたい、あんたが忠告してくれたようにするよ。この方のように、確信をもって生きていくんだ」と言う。そして広子に頭を下げた。頬笑んで送り出す広子に微笑み返す。やがて、窓から見送る二人に何度も頭を下げ、最後は大きく手を振ってモガの姿は見えなくなった。
 映画の前半はスラップ・スティックコメディ、後半はラブ・ロマンスに転じ、ハッピーエンドで大団円となる。思いが叶わなかったのは、上流階級の面々といった演出が小気味よく、さわやかな感動をおぼえた。また、行本が妹・幾子に「髭を生やした偉人」を次々に紹介、その中にカール・マルクス(の写真)まで含まれていようとは驚きである。さらにまた、岡島が広子から「どうして髭をお生やしになりますの」と問われ、リンカーンの肖像画を指さして「女よけです」と答えると、クスリと笑って「無理ですわ」と広子が応じる場面もお見事、「剃っても刈っても生えるのは髭である」(アブラハム・リンカーン)というエンディングの字幕がひときわ印象的な余韻を残していた。(2017.2.16)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-16

劇団素描「劇団荒城」・《「芝居の日」、荒城真吾・照師兄弟のリアリズム》

【劇団荒城】(座長・荒城真吾)〈平成26年1月公演・小岩湯宴ランド〉
今日は中日(前半)の千秋楽とあって「芝居の日」とやら、昼・夜とも第一部が舞踊・歌謡ショー、第二部が芝居という構成であった。おまけに、芝居の外題も示されていない。そこで、私が勝手に作ると昼の部、芝居の外題は「国定忠治の裏舞台」。要するに、大衆演劇の、ある劇団が「国定忠治」を舞台にかける際に生じた「内輪もめ」の物語である。幕が上がると、そこは楽屋裏、今しも座長(荒城和也?)が今度、舞台にかける公演の話をしている。外題は「国定忠治」、「今回の忠治は(花形?)コージ(座長・荒城真吾)にやってもらう!山形屋は副座長だ」。しかし、それを聞いた副座長(後見・荒城照師)が黙っていない。「忠治は、副座長のオレでしょう。コージなんかじゃ客が呼べない」、しかし座長は聞き入れない。「これは、太夫元(姫川豊)が決めたことだ」。もめているところに太夫元もやってきた。副座長、腹の虫がおさまらず太夫元にも食ってかかったが、「つけあがるな、役者は思い上がってはいけない。今回は、山形屋(仇役)に回って、コージを助けてやれ」とたしなめられた。「わかりました」といえばこの芝居は終わりだが、そうは問屋が卸さない。副座長、夜中に太夫元の部屋に闖入し、扼殺する。それを目撃した若手役者(荒城勘太郎)をなかば恫喝して懐柔する。コージは忠治の大役は荷が重すぎると思ったか、太夫元の部屋にやって来たが、待っていたのは太夫元の亡骸、そばに副座長のライターが落ちていた。以後は「お決まり」の敵討ち、芝居の稽古中に、コージが副座長を刺殺(実は、瀕死の重傷を負わせて)して大詰めへ、といった筋書きであった。見所は二つ、一つは後見・荒城照師の「悪逆非道」の風情・・・。自分が主役をはれない腹いせに太夫元を殺害するなど、常識では考えられない。いわば「人非人」(人でなし)の典型だが、その異常さを「体全体」を使って描出する。とりわけ、タオルに水を浸して太夫元の枕元に忍び寄り、静寂のうちに息の根をとめるまでの「一部始終」はリアリズムの極致といった迫真の演技で、まさに「殺しの美学」とでもいえようか。二つは、スッピンのコージが「国定忠治」に変身するまでの化粧・衣装(着付け)の景色、客はいつもは見られない舞台裏の模様を20分あまりにわたって満喫することができた。(とはいえ、長すぎた・・・)夜の部、芝居の外題は、清水次郎長伝より(再び私の命名によれば)「異本・お蝶供養」。旅先で、次郎長(座長・荒城真吾)の女房・お蝶(芸名不詳・姫乃純子?)は病死、保下田の久六(姫川祐馬)のところに金(お蝶の治療代)を借りに行った森の石松(荒城勘太郎)は、50両調達してもらったのに、「貸してくれなかった」ということにして久六を斬殺する。次郎長は石松を信じて「金毘羅代参」を託したが、久六の子分(芸名不詳・蒼城莉也?)の証言で「事実」が発覚・・・。実を言えば、石松には馴染みの女郎・おみつ(芸名不詳・葉山みな?)がおり、身請けして所帯をもつために100両という大金が必要だったのだ、というお話。石松に裏切られた次郎長は、大政(後見・荒城照師)、小政(荒城和也?)とともに「事実」を解明、(「金毘羅代参」で奉納を頼んだ)お蝶の簪を付けていたおみつ、石松が懇意にしていた小松村七五郎、その女房お民まで次々と斬殺、大詰めは閻魔堂、都鳥一家とともに石松を「騙し討ち」にかけたが、その都鳥一家が「騙し討ち」にしたことにして、一家連中も成敗する。石松が断末魔の中でおみつの亡霊に出会う場面は秀逸であった。最後の舞台に残ったのは、次郎長、大政、小政の三人だけ・・・、次郎長、天を仰いで「お蝶、仇は討ったぞ。成仏してくれ!」と絶叫、聞こえてくれるのは虎造節「次郎長親分、こわい人」のリフレイン、真っ暗な闇の中、大政が「何が街道一の親分だ・・・、俺たちは所詮ヤクザだ」という呟きで終演となった。ごもっとも、お蝶が死んだのは病のため、誰かに殺されたわけではない。にもかかわらず、「仇は討った」だと?次郎長のショックは石松の裏切り、それが(次郎長の)平常心を狂わせたというリアリズムが「異本・お蝶供養」の眼目かもしれない。いずれにせよ、今日の舞台も「脱!大衆演劇}をめざす「劇団荒城」の健在振り(進化)が窺われて、たいそう面白かった。感謝。
決定盤 清水次郎長伝決定盤 清水次郎長伝
(2008/06/18)
広沢虎造、広沢虎造(二代目) 他

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1



2017-02-15

付録・邦画傑作選・「上陸第一歩」(監督・島津保次郎・1932年)

 ユーチューブで映画「上陸第一歩」(監督・島津保次郎・1932年)を観た。何とも「摩訶不思議」な映画である。タイトルを見て、戦意高揚の国策映画と思いきや(しかし、1930年代に国策映画はあり得ない)、アメリカ映画「紐育の波止場」の翻案で、島津監督の「第1回トーキー作品」、主演の水谷八重子(28歳)も映画初出演ということである。(ウィキペディア百科事典参照)
 「摩訶不思議」の原因は、一に映画自体(画像)は「サイレント」の様相を呈し、役者(特に主役・岡譲二)のセリフは「字幕並」、にもかかわらず、二に主演・水谷八重子の演技は「新派」の舞台そのまま、三に背景は船舶、波止場、アパート、酒場、ホテルといった洋風の雰囲気に加えて、女性の多くは和服姿、飲食物はパン、ミルク、ウィスキー等々、その「アンバランス」が目立つからである。
 しかし、今、そのアンバランスがたまらなく魅力的である。 
冒頭は、ある港町の風景が延々と映し出される。灯台、大小の船々、飛び交うカモメ、折しも大型の貨物船が入港した。それをアパートのベランダから「港の女」・さと(水谷八重子)が眺めている。「エミちゃん、船が入って来たよ。」と呼びかければ「ナーンダ、貨物船か。フランスの船でも来ればいいのに」。どうやらそこは、酒場で働く女たちの寮らしい。
 一方、船のボイラー室では火夫たちが、上半身裸で懸命に石炭を釜に放り込んでいる。「坂田、上がったら今晩も遊びか」「何を言ってやがるンでー」。坂田と呼ばれた男(岡譲二)、船室(食堂)に戻ると夕食も食べずに髭を剃る。周囲では司厨長・野沢(河村黎吉)たちが小博打(チンチロリン)に興じていた。坂田の弟分、倉庫番・戸村(滝口新太郎)が「兄貴!俺も遊びに連れてってくれ」と頼む。やがて、埠頭に降り立った二人、その前を一人の女が通り過ぎた。行く手を見るとそこは海。「兄貴!様子が変だぞ」と言っているうちに、案の定、女は着物姿のまま海に飛び込んだ。あわてて、坂田も飛び込んで助け出す。とりあえず「待合所」に運び入れ、達磨ストーブで暖をとった、女(実はさと)の様子を見ていた坂田は「オイ、ウィスキーを買ってこい。小さいのでいいんだぞ」と戸村に命じ、さとを抱き起こし外套を被せる。「おめえ、寒かねえか、馬鹿なマネをしやがって」。さとは外套を投げ捨てて「あんた、こんなところに私を連れてきてどうするつもり」と食ってかかる始末。「そんなこたあ知るもんか。死にかかっている人を黙って見過ごすわけにゃあいかねえ」「人が生きようと死のうとあんたにはかかわりのないこと、さっさと行ってしまえばよかったんだ」「おまえ、ずいぶんのぼせ上がっていやがる。その前にとっとと着物を脱いで乾かせばいいじゃあねえか」「あたしだって女だ、男の前で裸になんかなれるもんか!ずいぶん血の巡りが悪い男だねえ」。待合所の外で待つ坂田、ウィスキーを買ってきた戸村も同様に叩き出され、「おめえもずいぶん血の巡りが悪い男だな」などというやりとりが何とも面白かった。
 外気の寒さに当たったか、坂田は「カゼをひきそうだ。酒場に行って一杯やるから、おめえはあの女の番をしていろ」と戸村に命じ去って行く。一息ついたさと、戸村に坂田の様子を尋ねれば酒場に行った由、置き忘れられた坂田のパイプを持って自分も酒場に駆けつける。(ずぶ濡れの和服がそんなに早く乾こうはずもないのに、ちゃっかり着ている姿が何とも可笑しい。)そこは船員たちの溜まり場で、司厨長・野沢も顔を出して、坂田とさとの間に割って入ろうとしたのだが(野沢がウイスキーの瓶をさとに差し出して「一杯酌してくれ」という光景も滑稽で、笑ってしまった)・・・、いよいよ大物が登場する。港を牛耳る「ブルジョアの政」(奈良真養)とその子分「プロペラのしげ」(江川宇礼雄)たちである。政は野沢とも懇意で、先刻は「密売品」の取引(それは不調に終わったが)をしてきたばかり。さとを見つけると「おい!さと、今までどこにずらかって居やがった」と捕縛しようとする。さとは政の手によって上海に売り飛ばされようとしていたのだ。「キャー」というさとの声を聞いて、坂田は敢然と政に立ち向かう。「オイ、待った!」「何だ貴様は」「俺は○○丸の釜焚きだ」「釜焚きなんかにこの女を横取りされるような俺じゃねえぞ」「横取りも縦取りもあるもんか。俺はこの女を拾ったんだ」、脇からプロペラのしげが「拾ったんなら持ち主に返せよ」。坂田はさとに「お前は政の女か」と確かめ「違います!」というので、連れて帰ろうとする。政は「待て! 勝手なマネはさせない。この女を置いて行け」とピストルを取り出した。それを見た坂田「フン、パチンコ出しやがったな」と言うなり政に掴みかかろうとして、子分たちと大乱闘が始まった。強い、強い。かかってくる相手を殴りつけ、投げ飛ばし、文字通り孤軍奮闘を絵で描いたような場面、途中からは、さとがビール瓶を天井のシャンディアに投げつけ、辺りは一瞬真っ暗闇、その中でも乱闘は続く・・・。どうやら、坂田が政を叩きのめして終わったようだ。政の情婦(沢蘭子)までもが坂田に向かって「あんた、いい腕前だねえ、今晩一晩預けておくよ」などと目を細める。収まらないのは酒場のマダム(吉川満子)、メチャクチャにされた酒場の店内、「あんた、このお店どうしてくれるのさ」と情婦に噛みつくが「まあ、しょうがないじゃないか」でその場はチョンとなった。(何ともあっさりした結着である)
 坂田とさとは川岸の安宿(リバーサイド・ホテル)に落ち着いた。坂田は故郷の母親に手紙を書いている。その様子を見て、さとが繰り広げる身の上話。生まれは北海道網走、母は妹を産むなり死んでしまった。私はその赤ん坊の守りに明け暮れていた。私は母の連れ子、やがて義父が私を女郎に売ろうとしたので、家を飛び出した。それからはあちこちを転々・・・、「あたしなんか、いてもいなくても、どうでもいい女なんだ」と弱音を吐く。坂田「おめえ、初めはずいぶん強気だったじゃねえか」「だって、あんたは仇だと思っていたんだもの」「昔のことなんか思い出すのはよせ。俺はそんな話、聞きたくねえぞ。おめえ、もう寝た方がいいぜ」。どこかでサイレンの音が聞こえる。「火事かしら」「そんなこたあ、俺の知ったこっちゃねえよ」。さとにベッドを提供、坂田もソファで眠りに就いた。 
 翌朝、さとは早起きしてパンとミルク、林檎と歯みがきを買って来た。起き出した坂田が洗面所で歯を磨いていると、おかみ(飯田蝶子)がやって来て「あの娘、朝からはしゃいで買い物してきたわよ、お安くないねえ」と冷やかした。部屋に戻り、朝食を始めるとドアの音がして舎弟の戸村がやって来た。「兄貴、チーフが呼んでいる。埠頭まで来てくれ」「乗り込みは今夜8時だ。朝っぱらから何の用だ」と言いながらも、出かける様子。さとは「乗り込みが8時ならここに戻って来てよ。あたし御飯をたくから一緒に食べよう」と言う。坂田は巾着を取り出してテーブルに置く。「これ何?」「何かの足しに使ってくれ」「あたしなら大丈夫。もう死ぬなんて考えない」「それなら、ずらかる時にでも使えばいい」「あんた、帰っちゃいや」「俺は船乗りだ。帰らなければ暮らしていけねえんだよ」「あんた、8時までここで待ってるから戻って来てね」。
 坂田と戸村は埠頭に向かった。そこは倉庫・ビルの工事現場、鉄骨にドリルを撃ち込む轟音が響きわたる。やがて、現れたのは司厨長・野沢と「ブルジョアの政」一味、向かい合うなりピストル3発、坂田はその場に倒れ込んだ。しかしそれは芝居、油断して取り囲む一味、政が「船に運び込め」と言うやいなや、坂田は政に掴みかかり、またもや大乱闘が始まった。政は坂田に突き飛ばされ本当に倒れ込む。一味もあえなく退治されてしまった。
 坂田がホテルに戻ると、待っていたのは「プロペラのしげ」、さとの見張り役だった。坂田を見て驚くしげ、今頃、坂田は政に殺られているはずなのに・・・、しどろもどろで言い訳をするしげを張り倒し追い払う。「覚えていろ」と捨て台詞を吐くしげを、難なく階段下に突き落としてしまった。
 その後二人は、「あんたって本当に強いのね。あたしあんたのおかみさんになりたい。あんたが帰ってきたら首にしがみついちゃう」「ハハハハ、俺は陸に上がったら何にもできねえでくの坊だ」「それでもいいの、一件家を借りて草花を育てるの」などと対話していたが、入口に人の気配、訪れたのは刑事(岡田宗太郞)たち、戸村もいる。「坂田とはお前か、殺人の嫌疑がかかっている。同行してもらおう」。さとは驚いて「この人が人殺しなんてするはずがありません」と刑事の前に立ちふさがる。戸村も「初めに政がピストルを3発撃ったんです」と弁護。しかし、坂田は「政が死んだんなら、私がやったこと。しょうがない。お供します」と従った。さとは、必死に「あんた、あたし待っている。いつまでも待っているわ。だから戻って来てね」と取り縋る。(しばらくの間)坂田は「お前が待っていると言うのならなら、戻ってくるよ」と応じた。さとは「本当!あたし、うれしい!」と泣き崩れた。「じゃ、あばよ」と言い残し、坂田は牽かれて行く。さとは身もだえして、いつまでも泣き続ける。やがて窓の外には、いつもの港の風景が・・・。矢追婦美子の歌う主題歌が流れるうちに、この映画の幕は下りた。
 この映画の魅力は、(前述したように)「アンバランス」(の魅力)である。水谷八重子の、文字通り「芝居じみた」(新派風の)セリフに対して、岡譲二は(サイレント映画の)「字幕」をアッケラカンと棒読みするように応じる。その風貌とは裏腹に「べらんめえ」調の口跡が素晴らしい。「気は優しく(単純で)力持ち」といった往時のヒーローの風情が滲み出ている。筋書きは「悲劇」だが、景色はコミカルで、どこまでも明るい。しかも、水谷八重子の「うれし泣き」でハッピーエンドという大団円は見事であった。島津監督はトーキー初挑戦、水谷も映画初出演、アメリカ映画の翻案という「不慣れ」(不自然)も手伝ってか、あちこちには、ほのぼのとした「ぎこちなさ」が垣間見られる。それがまたさらに「アンバランス」の魅力を際立たせるという、「傑作」というよりは「珍品」に値する「稀有・貴重な作物」だと、私は思う。(2017.2.13)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「源太しぐれ」、座長「ちょい役」の意味》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉    芝居の外題は「源太時雨」。配役は、主役の源太・春大吉、その親分・蛇々丸、盲目の浪人・三代目虎順、その妻・春夏悠生という顔ぶれであったが、肝腎の座長・鹿島順一は悪役の親分(蛇々丸)に「おい、野郎ども! やっちまえ!」と呼ばれて、幕切れ直前に登場する、「野郎ども」(その他大勢の「ちょい役」)に甘んじる。ここらあたりが、この劇団の「実力」というものであろう。どこの劇団でも、座長が「その他大勢」の「ちょい役」ですませられるところはない。わずかに、「春陽座」の初代座長・澤村新吾が「ちょい役」に回ることがあるくらいである。「鹿島順一劇団」の実力は、座長が「ちょい役」に回っても、その他の座員だけで「十分に見応えのある」舞台を作り出せる点にあるのだ。「みんなが花形」「みんなが主役」「芝居はみんなで作るもの」といった理念にもとづいて、それが言葉だけでなく、いつでもどこでも「具現化」できることが素晴らしいのである。筋書は、大衆演劇の定番、行き倒れになった盲目の浪人とその妻、二人の間にできた乳飲み子を救ったのは土地の親分、しかし、それは形ばかりで、実はその妻と密通、ひそかに浪人を「消してしまおう」というもくろみ。恰好の人物として白羽の矢をたてられたのが、子分の「源太」、五両の礼金で「仕事」を請け負った。出かけようとすると浪人の妻が言う、「あの、赤ん坊も一緒に殺っておくんなさい」。「えっ?何ですって」と耳を疑う源太、しかし「子ども料金もいただけるなら・・・」と同意する。かくて、眼なし地蔵の前、源太の「盲目浪人・父子殺しの場」が現出するはずであったが、赤子の「火の付くような泣き声」に押されて、どうしても太刀が下ろせない。その泣き声は「チャンを、殺らないで!」(武家風に言うなら、「お父上をお助けください!)というように聞こえた、という。その「感性」こそが、この芝居の眼目に他ならないが、若手・春大吉の「所作」「表情」は、源太の「改心」を見事に描出していた、と思う。源太は浪人父子に五両まで手渡して解放、野良犬を斬り捨てて、刀の証拠作り、親分からさらに五両せしめる「したたかさ」、刀と着物を返せという親分に「怪談話」をでっちあげて「震え上がらせる」ドタバタ場面が「絵」になっていた。悪役が「途端に三枚目化する」蛇々丸の「至芸」は、相変わらずの出来栄え、しかも今回は妻・春夏悠生の風情に「変化」が出てきた。「冷酷」さのなかに「悔恨」の雰囲気を醸し出せれば申し分ないのだが・・・。
盲目浪人の目が明き、源太とともに、めでたく「間男成敗」の場面で、この「勧善懲悪」劇(秀作)は終幕となったが、ふりかえってみれば、春大吉、三代目虎順、蛇々丸、春夏悠生の四人だけで十二分の「舞台作り」ができてしまった、背後には座長、春日舞子、花道あきら、梅之枝健といった「そうそうたるメンバー」が控えているにもかかわらず、という点が「ものすごい」(この劇団の実力のすごさ)、と私は思う。
 舞踊ショーに登場した新人、赤胴誠、春夏悠生、生田春美の「成長」「変化」にも、目を見張るものがある。何よりも、舞台での「立ち姿」、「所作」一つ一つの「基礎・基本」が身につきつつある点が、たのもしい。「形は形」なのだが、「形だけでない形」(形に込められた気持ち)を学ぶことが、今後の課題だと思われる。彼らは、まさに「発展途上」、ますますの「成長」「変化」「おお化け」が楽しみである。



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-13

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「六十一 賀の祝」・千秋楽前日の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
 芝居の外題は「六十一・賀の祝」。還暦を迎える父(座長・鹿島順一)とその息子たち(兄・花道あきら、弟・春大吉)の物語である。兄は、父の羽振りのよかった時期に物心ついたので、好条件の教育を受けられたが、弟は父の凋落時に生まれ、養育を大工の棟梁に任せられる始末、未だにうだつが上がらない。その結果、兄は弟を「あざけり」「そしる」、弟は兄を「うらみ」「あらがう」という関係に・・・。その様子を周知している父、二人がそうなったのも「みんな自分の責任」と弟に謝り、還暦の祝に招待した。兄にしてみれば、せっかくの、めでたい席を弟に汚されたくないという思い、祝の当日、はち合わせるやいなや、怒鳴る、殴るの兄弟げんか・・・。仲裁にかけつけた父、たまらず、二人の腕を手拭いで「固結び」、「もしほどいたら、二人とも勘当だ!よーく、頭を冷やして考えろ」と言い残し退場。残された、兄と弟。しばらくは「反発しあっていたが」、双方が、水を飲む、厠へ行く、飯を食べる、窒息しそうになる「相手」と「付き合わざるを得ない」うちに、次第に、幼かった頃の「兄弟愛」が蘇り、「仲良く家業を分担しよう」ということで、めでたし、めでたし。兄弟の嫁は、新人女優・春夏悠生、生田春美が担当、舞台に花を添えていた。
 1月公演も明日で千秋楽、どうやらこの劇場での観客動員数は(団体客を除き)、昼60人、夜30人というところで終わりそうである。しかし、その90人は、心底この劇団の「支持者」であることは間違いない。当所「初見え」の劇場でよく頑張った、と私は思う。とりわけ、三代目虎順を筆頭に、赤胴誠、春夏悠生、生田春美らの「若手」の成長が著しかった。今日の舞踊ショー、父・鹿島順一の歌声をバックに踊った、虎順「瞼の母」の舞台は、劇団の目玉として磨き上げてもらいたい。歌声は、間違いなく「日本一」、舞姿の風情は、年格好からいって、まず蛇々丸あたりが「お手本」を示すべきかも。赤胴誠の「箱根八里の半次郎」は、デビュー当時の氷川きよしとイメージが重なり、その「初々しさ」において格別の舞台であった。春夏悠生、生田春美の「おきゃん」もそうだが、舞踊における「若手」の「立ち姿」が「絵になっている」ところが素晴らしい。その集中力・緊張感を「組舞踊」の「大勢」の中でも発揮できるようになれば、三代目虎順に「一歩ずつ」近づくことができるだろう。。



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-12

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「男の盃・三浦屋孫次郎」と劇団の「うり」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
午後1時から、つくば湯ワールドで大衆演劇観劇。「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)。芝居の外題は「男の盃・三浦屋孫次郎」。笹川繁蔵(春大吉)を暗殺(しかし、正面からの一騎打ち)した旅鴉・三浦屋孫次郎(花道あきら・好演)と飯岡助五郎一家の用心棒(座長・鹿島順一)の「友情物語」で、「男の盃」を取り交わし、共に「あい果てる」という筋書 きだが、開幕から閉幕まで「寸分の隙もない、一糸乱れぬ舞台」の連続で、それぞれの役者が「適材適所」に「えもいわねぬ」風情を醸し出していた。ビデオに収録、「永久保存」に値する出来映えであったが、座長の頭の中には「そんな野暮なこと」「みっともないこと」を行うつもりは微塵もない。芝居の出来不出来は「時の運」、「今日が駄目でも明日があるさ」といった「はかなさ」「いさぎよさ」を感じるのは、私ばかりであろうか。
 さて、この芝居についてはすでに見聞済み、当時の感想は以下の通りであった。
〈芝居の出来栄えは昼・夜ともに申し分なかったが、特に、夜の部「男の盃・孫次郎の最後」は素晴らしかった。実を言えば、私は先日(2月15日)、この芝居と全く同じ内容の舞台を浅草木馬館で見聞していた。外題は「笹川乱れ笠」、劇団は「劇団武る」(座長・三条すすむ)。寸分違わぬ筋書で、私の感想は以下の通りである。「本格的な「任侠劇」で、「実力」も申し分ないのだが、「息抜き」(力を抜いて客を笑わせる)場面が全くなかった。それはそれでよいと思うが、ではどこを「見せ場」にしているのだろうか。刺客が笹川一家の代貸し・子分達に「わざと討たれる」場面、血糊を使って壮絶な風情を演出しようとする意図は感じられる。だが、客の反応は「今ひとつ」、表情に明るさが見られなかった。やはり、観客は、笑いのある『楽しい』舞台を観たいのだ」。
 たしかに、「鹿島順一劇団」・「男の盃・孫次郎の最後」にも「笑い」はない。しかし、役者一人一人の「実力」「意気込み」「ひたむきさ」、相互のチームワークにおいて「全く違う」印象をもった。まさに「役者が違う」のである。この芝居の主役は、外題にもある通り、三浦屋孫次郎(花道あきら)だが、それを支える飯岡一家の用心棒(座長・鹿島順一)の「演技力」が決め手になる。自分自身を「ヤクザに飼われた犬」とさげすむニヒリズム、しかし孫次郎の「侠気」に惚れ込むロマンチシズムが「混然一体」となって、何ともいえない「男の魅力」を醸し出す。この用心棒の存在がなければ、芝居の眼目(男の友情・「盃」)は半減・消失してしまうのだ。「劇団武る」で、孫次郎を演じたのは座長(三条すすむ)、用心棒を演じたのは副座長(藤千乃丞)であった。台本に対する「解釈の違い」が、出来栄えの「差」に大きく影響していると思われる。もし、その配役が逆であっったら、どのような結果になったかわからない。全く同じ筋書の芝居でありながら、「鹿島順一劇団」は「横綱・三役級」、「劇団武る」は「関脇・前頭級」であることを、あらためて確認できた次第である〉
 当時、座長演じる用心棒について、〈「ヤクザに飼われた犬」とさげすむニヒリズム」〉、〈孫次郎の「侠気」に惚れ込むロマンチズム〉と評したが、今日の舞台を見聞して、そのニヒリズムの根源をよく理解できた。つまり、この浪人、武家社会の「しがらみ」の中で、最愛の女を失い、その時の「地獄絵」が脳裡に焼き付いて、かた時も離れることがなかったのだ。座長の芝居は「いい加減」、その時の気分によって、セリフが「長く」なったり「短く」なったりする。(客が聞いていないと思えば、さっさと省略する)おそらく前回は、そこらあたりを「端折った」に違いない。それでも、浪人のニヒリズム、ロマンチズムは見事に「描出」されていた。それこそが、鹿島順一の「実力」に他ならないと、私は思う。今回、口上での座長の話。「うちの座員が、お客様に尋ねられたそうです。『おたくの劇団の《うりもの》は何ですか?』その座員が言うのです。『座長、うちの劇団の《うりもの》は何ですか?』私は答えに窮しました。みんな《うりもの》であるような、ないような・・・、強いて言えば、劇団ですから「劇」、「芝居」ということになるでしょうねえ・・・。でも、特に《うり》ということは考えていません。役者だってそうです。みんなが《花形》、みんなが《主役》だと思っています。なかには《ガタガタ》《花クソ》もいますけど・・・」
 私見によれば、「鹿島順一劇団」の《うり》は、①座長の実力(かっこよさ)、②座員の呼吸(チームワーク)、③舞台景色の「鮮やかさ」(豪華さとは無縁の艶やかさ)、④(垢抜けた)音曲・音響効果の技術、⑤幕切れ風情の「見事さ」、⑥「立ち役」舞踊の「多彩さ」等々、数え上げればきりがない。中でも、一番わかりやすく、誰もが納得できる《うり》は、「音響効果」、特に「音量調節」の「確かさ」であろう。私にとって防音用耳栓は、大衆演劇観劇の「必需品」だが、唯一、この劇団だけが裸耳(耳栓不要)で見聞できるのである。
天保水滸伝天保水滸伝
(1995/09/10)
玉川勝太郎(二代目)

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-11

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《「新版・会津の小鉄」・三代目虎順の課題》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉                                        荒川沖からの送迎車乗客は初老の女性一人。運転手に話しかける。「柏も、小岩も、佐倉も、みんなそこそこの劇団なのに、オタクは今月、貧乏くじ引いたわよね。まあ三日までは、そこそこ入るだろうけど、後はどうだか・・・。役者がいないもんね。座長も年取ってるし・・・。」私は、正直「この婆あ、殺したろか」と思い、「そんなら、見なけりゃいいじゃねえか!スッコンデロ!」と心の中で叫びつつ送迎車を降りた。劇場は1時間前から大入り満員。やっとのことで座席を確保したが、ここは公演中も「飲み食い自由」で食事の注文も受け付ける。舞台に集中できなくなるのでは?と、いやな予感がしたが、それは取り越し苦労、芝居「会津の小鉄」の開幕と同時に、「水を打ったように」静かになった。この演目は、「鹿島順一劇団」の「至宝」ともいえる十八番、今回は、はまり役・花道あきらに替わって三代目虎順が主役を務めた。「若き日の」会津の小鉄と副題にもあるように、十七歳・虎順の「舞台姿」には申し分ない。実母・春日舞子を「恋女房」に見立てた「絡み」も悪くない。課題はただ一つ、実父・座長の敵役・名張屋新蔵が「惚れ込んだ」その「侠気」をどこまで描出できるかどうか、三景・宮本むさくるし(蛇々丸)、佐々木こじき(春大吉)や新蔵の娘お京(春夏悠生)との「絡み」、四景・新蔵との「立ち回り」などでは、花道あきらの「風情」には及ばない。まだ、口跡が「絶叫調」で単調、死んだ恋女房を思い出しながら、ある時は「抑えて」、「自分に向かって言い聞かせるような」語調が欲しい。今後の成長に期待したい。二景・お吉のセリフ「私の首を手土産に、男になっておくんなさい」が聞けずに閉幕になったのは残念、また京極幸枝若の「節劇」は、お吉自刃後の方が「絵になった」のでは・・・。いずれにせよ、今回も「新版・会津の小鉄」、つねに前を向き、新しい舞台作りを目指す「劇団」のひたむきな姿勢に脱帽する。帰りの送迎車での客の話。「来月は『美鳳』。きっと、大騒ぎだよね。今月の劇団は、どおってことなかっぺ」ええい、黙れ、黙れ!迎えの時の客といい、送りの時の客といい、眉毛の下に付いているのは銀紙か、なるほど、「鹿島順一劇団」は人気がない。理由は簡単、座長自身、客の「人気」など歯牙にもかけぬ舞台生活を送ってきたのだから。「人気」など、何の役にも立たない。これまで何度「地獄」をみてきたことか。いっときの「人気」が何になるか。大切なのは「実力」だ、「実力」さえ磨いておけば必ず認めてくれる「お客様」がいる、そのことを誰にもまして熟知しているからこそ、「客に媚びる」ことをしないのだ。いざとなれば、誰も助けてくれないことを彼は知っている。自分の「実力」だけが頼り、ということを痛感している。「舞台を降り、化粧を落とせば五分と五分、役者も客もあったもんじゃあない」といった気概が座長・鹿島順一の真骨頂といえるだろう。さればこそ、その気概が彼の舞台姿をより一層「艶やか」にするのだ、と私は思う。「どおってことなかっぺ」とほざいた客が、いつかは必ず「おそれいりやした」と脱帽するであろうことを「夢見つつ」(確信しつつ)帰路についた。

浪花しぐれ「桂春団冶」/会津の小鉄浪花しぐれ「桂春団冶」/会津の小鉄
(2005/12/07)
京山幸枝若

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-10

劇団素描・「劇団花吹雪」・《芝居「一本刀土俵入り」(客演・三河家諒)の名舞台》

【劇団花吹雪】(座長・桜春之丞、三代目桜京之介)〈平成24年初春公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は、御存知「一本刀土俵入り」。今日の舞台は第一部・ミニショーを省略、いきなり芝居・前編の幕を開け、途中休憩を挟んで後編、第二部が歌と踊りのグランドショーという構成であった。客演の三河家諒を迎え、より充実した舞台に挑もうとする劇団の意気込みが感じられ、たいそう頼もしい趣向であった。芝居の主なる配役は、駒形茂兵衛に三代目桜京之介、安孫子屋の酌婦お蔦に三河家諒、舟戸の弥八に桜愛之介、お蔦の情夫・辰三郎に桜春之丞、波一里儀十に桜京誉、利根川の漁師(?)に寿美英二、船大工に春日隆といった面々で、まず申し分ない。前編の幕が上がると、そこは取手宿・安孫子屋の店先、大声を上げて暴れ回る弥八を取り巻いて右往左往する行商人、板前、酌婦等々「その他大勢」で賑わう気配もよろしく・・・、よろよろと登場したのが浴衣姿の取り的姿・駒形茂兵衛。その様子は「勘三郎」もどき、みすぼらしくあわれな風情の描出はまことに見事で、三代目桜京之介、「努力精進」の跡が窺われる出来映えであった。やがて、安孫子屋二階の障子がパット開いて、酌婦・お蔦の艶姿が映し出される。「よおっ!三河家!」 というかけ声とともに客席からは大きな拍手、文字通り「苦界に咲いた一輪の花」といった三河家諒の景色は、一段と鮮やかであった。その後、お蔦と茂兵衛の呼吸もピッタリ合って、寸分の隙もない展開はお見事!、非の打ち所がなかった。とりわけ、「櫛、簪、巾着ぐるみ御意見まで頂いた」茂兵衛の泣き崩れる姿、うらはらに情夫・辰三郎への想いを秘めながら、あばずれを演じなければならないお蔦のやるせない姿のコントラストが鮮やかで、天下一品の舞台模様であった。いつまでもふり返りながら遠ざかっていく茂兵衛に向かって、「よおっ、駒形あーっ!」と渾身の声をかけて見送るお蔦の姿 は、「一幅の屏風絵」、その余韻を漂わせながら前編の幕は下りた。というわけで、前編は百点満点の出来映えであった、と私は思う。さて、重要なのはその後・・・、前場より十年の経過を、幕間でどのように描出するか。当然のことながら「利根の堤の秋草を 破れ草鞋で踏みしめる 駒形茂兵衛のふところに 残るお蔦のはなむけが 男心を温めて 何時か秋去り冬も行き、めぐる春秋夢の間に、十年過ぎたが 番付に駒形茂兵衛の名は見えず お蔦の噂も何処へやら 春の大利根今日もまた 昔変わらぬ花筏」という二葉百合子の「語り」(浪曲「一本刀土俵入り」)が不可欠と思われるが、残念ながら今日の幕間は「無音」・・・、客のざわめきが聞こえるだけで、むなしく過ぎてしまった。さて、後編の舞台は、様相が「一変」する。(「一変」しなければならない)。横綱を目指した茂兵衛の夢は破れ、(無様にも)「こんな姿に成り果てました」、他方、お蔦は(見事に)水商売の足を洗って、堅気姿の母親に・・・、このコントラストをどこまで際だたせることができるだろうか。幕が上がると、そこは利根川べりの船着き場。網の手入れに余念がない老爺の姿は、さすが寿美英二、「居るだけで」絵になっていた。やって来たのが股旅姿の駒形茂兵衛、その姿には「十年」という年輪が刻み込まれていなければならない。①夢を叶えられなかった悔恨、②現在、自分の姿の恥ずかしさ、③瞼の女・お蔦への思慕、④御恩返しの仁義沙汰、等々が「綯い交ぜ」にされているかどうか、私は興味深く見守った。
たしかに、純朴で母思い、泣きべそだった「取り的」は、今では、きりっと引き締まった渡世人に「変化」(へんげ)してはいたのだが、その心中(心模様)の描出までには時間がかかる。しかし、三代目桜京之介は、まだ弱冠22歳、駒形茂兵衛に比べて「十年早い」のだから、それを望む方に無理があるというもの、とまれ、彼は精一杯、この難役を演じきっていたと思う。老漁師や老(船)大工とのやりとりもそつなく、波一里一家との「絡み」「立ち回り」は申し分なかった。ただ一点、欲を言えば、女児の唄声を手がかりに、ようやくお蔦との再会が叶った、「その一瞬」を「絵」にすること。二葉百合子も「会えてうれしい瞼の人は 辛い連れ持つ女房雁 飛んで行かんせ どの空なりと これが白羽の仁義沙汰」と詠っているではないか。その景色・その風情を描出することが、今後の課題である、と私は思う。片や、お蔦は、と見れば・・・、闖入してきた舟戸の弥八に対して茂兵衛が噛ました「頭突き一発」、その一瞬を見て十年前を「思い出す」、三河家諒は、その心中を「体全体」で、瞬時に描出したのであった。「お見事!」、その言葉は何度言っても言いすぎることはない。そんなわけで、私が待ちこがれていた大衆演劇・「一本刀土俵入り」の名舞台は前編100点、後編80点、総合点は90点あたり、というのが私の感想である。末尾ながら、裏方、大道具の「大仕立て」、回り舞台(手動)による状景作り、丸い輪郭を消した「照明スポット」も秀逸、関係者一同の協力・努力に敬意を表する。感謝。
キングDVDカラオケHit4 スターカラオケシリーズ 特集・二葉百合子キングDVDカラオケHit4 スターカラオケシリーズ 特集・二葉百合子
(2011/04/27)
カラオケ、二葉 百合子 他

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-09

付録‥邦画傑作選・「婦系図」(監督・野村芳亭・1934年)

 ユーチューブで映画「婦系図」(監督・野村芳亭・1934年)を観た。原作は泉鏡花の新聞小説で1907年(明治40年)に発表され、翌年には新派の舞台で演じられている。有名な「湯島境内の場」は原作にはなく、いわば演劇のために脚色されたものである。それから27年後、野村芳亭(野村芳太郎の父)によって、初めて映画化された。
 その物語は、参謀本部でドイツ語の翻訳官を務める早瀬主税(岡譲二)の自宅に、静岡の有力者・河野秀臣(武田春郞)の妻とみ子(青木しのぶ)と息子英吉(小林十九二)が訪れているところから始まる。主税と英吉は静岡時代の友人、主税はその後上京、神田で「隼の力」という異名で悪事を働いた与太者だったが、「真砂町の先生」こと大学教授・酒井俊蔵(志賀靖郎)に諭され、今の地位を得ることができたのだ。しかし、馴染みの柳橋芸者・蔦吉(田中絹代)と同棲中、いずれは先生の許しを頂いて正妻の座に据えるつもりだったが、今はまだ外来者に会わせることができない。事情を知っているのは、女中のお源(飯田蝶子)、出入りの魚屋「めの惣」こと、め組の惣吉(河村黎吉)、蔦吉の朋輩・小芳(吉川満子)くらいであった。
 主税の家に客が訪れるたびに、蔦吉は身を隠して時間を過ごす。その様子を見て惣吉は気の毒がったが、蔦吉は、いずれ晴れて女房になれると思うと苦にならなかった。
 河野家の訪問は縁談話、酒井の娘・妙子(大塚君代)を英吉の嫁として迎えたい、その仲介と身元調査を頼みに来たのである。しかし、主税は取り合わなかった。妙子は酒井が小芳に生ませた娘、河野家にも妻の不貞で生まれた娘が居る。複雑な人間模様(婦系図)が伏線となって、悲劇は進む。
 業を煮やした河野家は改めて坂田令之進(芸名不詳)という家令(?)を主税の元に送り、縁談の仲介を頼んだが、主税は断固拒絶、坂田は退散する。その時、出口で蔦吉と鉢合わせ、主税と蔦吉の同棲を知ることになったか。  
 主税はその後、真砂町の酒井を訪れる。奥ではすでに坂田と酒井が面談中(坂田の憤慨・糾弾、酒井の謝罪と縁談承認などなど)で書生(三井秀男)から「先生は今、ゴキゲンが悪い」と追い返された。ブラブラと、本郷の夜店に立ち寄り「三世相」(陰陽道の占い本)を手にする。「一円です」という親父(坂本武)に「高すぎる、半額なら・・」と戸惑っているところに、五十銭硬貨二つが投げ出された。見ればそこに立っていたのは酒井。「先生!」と驚く主税、そのまま主税宅に赴くと言う。しかし行った先は柳橋の料亭、途中で「掏摸騒ぎ」に遭遇し、主税は男にぶつかられたがそのまま、歩き続ける。料亭の部屋には小芳も呼ばれた。清元?、新内?の音曲が流れる中、弟子と恩師、恩師の日陰者の三者の「絡み」は、寸分の隙もなく往時の人間模様を鮮やかに描出する。酒井、かつての愛妾・小芳に向かっては「朋輩の蔦吉はどこにいる、知らないとは薄情だ。俺が教えてやろう、主税の家だ」と言い、主税に向かっては「弟子の分際で、妙子の縁談を邪魔するとは何事だ」「先生、英吉は妙子さんの相手としてふさわしくありません」「何をほざくか。芸者風情を家に引きずり込んでいる奴に何が言えるか」。主税は、恩師のため小芳のために妙子の吉凶を占おうとしたのだが、何を言っても通じない。じっと耐えている小芳、しばらく瞑目して、主税は「先生、私が考え違いをしておりました」と終に謝る。酒井は主税に酒を注ぎ「では、女と別れるか、それとも俺と別れるか」、「女を捨てるか、俺を捨てるか。グズグズせずに返答せい!」と迫った。主税、きっぱりと「女を捨てます。どうか幾久しくお杯を」と平伏、その場は平穏に戻る。小芳の泣き崩れる声だけが余韻を残しながら・・・。
 主税が料亭を出ると、闇にまみれて男が待っていた。「旦那、さっきの物をいただきましょう」「何だ」「とぼけちゃいけませんぜ」。懐に手を入れると大きな皮財布。「ああ、これか、じゃあお前は掏摸か」。早く返せと匕首を振り回すその男を組伏して、主税いわく「この財布は返してやる」「では半分ずつということで」「そうではない、被害者に返すのだ。俺も昔は同じことをしていたんだ。ある先生のおかげで真っ当な道を歩けるようになった。こんなことをていて長続きするはずがない。改心して明るい世界を歩くように」と説諭すれば、男「改心・・・」と言って固まった。昔は同じ道を歩いていた兄貴が・・・、という思いだったか、戻った財布をしっかりと抱きしめ「旦那、私はこれから自首します。明るい世界を歩きます」。返された匕首もすぐさま池に投げ捨てる。主税、「昔、俺もあんな風だったな、先生に恩返しをしなければ」と思ったかどうか、そのまま闇の中に消えて行く男を見送った。
 大詰めは、御存知「湯島境内の場」、「俺はもう、死んだ気になってお前に話す」「そんな冗談言ってないで、さあ」「冗談じゃない。どうか俺と別れてくれ」「別れる?……からかってないで、早くうちへ帰りましょうよ」「そんな暢気な場合じゃない……本当なんだ。どうか俺と縁を切ってくれ」「縁を切る?貴方気でも違ったんじゃないんですか」「気が違えば結構だ。……俺は正気でいっているんだ」「そう、正気でいうのなら、私も正気で返事をするわ。そんなことはね、いやなこってす」
「俺は決して薄情じゃない。誓ってお前を飽きゃァしない」「また飽きられてたまるもんですか。切れるの、別れるのってそんなことはね、芸者の時にいうことよ。今の私には、死ねといって下さい」、という名セリフそのままに、田中絹代と岡譲二が描き出す愁嘆場は筆舌に尽くしがたい風情であった。後世(1942年)「知るや白梅玉垣にのこる二人の影法師」(詞・佐伯孝夫)と詠われたように、その二人の姿が、ひときわ艶やかに浮かび出て、この映画の幕は下りた。
 余談だが、現代の浪曲師・二葉百合子も「湯島境内の場」を中心に、お蔦・主税の《心意気》を鮮やかに描き出している。「先生から俺を捨てるか、女を捨てるか、と言われた時、女を捨てますと言ったんだ」という言葉を聞いて、お蔦は「よくぞ言ってくれました。それでこそあなたの男が立ちますわ」と答える。そこには、男に翻弄される女の「意地」も仄見えて、芸者の「誠」とはそのようなものだったのかと、感じ入る。
 続いて、天津ひずるも、湯島から1年後の後日談、「めの惣」宅に身を寄せ、病に斃れていくお蔦の最後を見事に詠い上げている。そこでは、酒井俊蔵がおのれの不実を恥じ、お蔦に心から詫びる場面も添えられていた。
 「婦系図」は以後、長谷川一夫・山田五十鈴、鶴田浩二・山本富士子、天知茂・高倉みゆき、市川雷蔵・万里昌代らのコンビによって映画化されているが、その先駆けとしての役割を十分に果たし、「お手本」としての価値を十二分に備えている名作だったと、私は思う。(2017.2.7)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-08

劇団素描・「劇団花吹雪」・《芝居「へちまの花」、客演は三河家諒》

川の流れのように ~美空ひばりをうたう川の流れのように ~美空ひばりをうたう
(2001/05/29)
塩田美奈子

商品詳細を見る
【劇団花吹雪】(座長・桜春之丞、三代目桜京之介)〈平成24年初春公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は(御存知)「へちまの花」。今日は、斯界屈指の名女優・三河家諒が特別出演ということで、はたしてどのような舞台模様になるか、楽しみに来場した次第である。配役は、へちまの花のお米に三河家諒、その兄に座長・桜春之丞、村の庄屋に桜京誉、息子の若旦那に三代目桜京之介、番頭に寿美英二、出入りの植木職人に桜愛之介と桜梁太郎という面々で、まず妥当・申し分のないところであろう。筋書きは省くが、さて、その出来映えや如何に・・・。結論から言えば、「今一歩」、三河家諒の実力(貫禄)に若手の面々が「ついていけない」というのが、(私の)率直な感想である。彼女と五分に渡り合えるのは寿美英二、桜京誉まで、座長・桜春之丞、桜京之介といえども及ばない。結果として、主役・お米の風情は絶品であったが、全体の景色は「隙」「間延び」が目立ち、眼目の描出は「不発」に終わった感じがする。例証①、お米の兄を演じた桜春之丞、その言動が爽やかすぎて、黙々と野良仕事に励む百姓の朴訥さ、その中に潜む頑固さ、気むずかしさが感じられない。②若旦那役の桜京之介、「不細工」なお米にビックリするまではよかったが、その言動に「辟易」とする様子が不十分、③植木職人の愛之介、梁太郎に至っては、「芸」以前の「楽屋ネタ」で、諒と「五分に渡り合おうとする」(不届きな)了見も窺われて、見苦しかった。結果、この演目一番の見せ場、お米が若旦那の借金を返そうと、懐から金包みを取り出して、包装紙を一枚一枚はがしていく名場面が絵にならない。「剥いても剥いても皮ばかり」といった喜劇的な動きに、お米の悲しげなモノローグ(兄妹の「健気で切ない」物語)が重なる。そのトラジ・コミックな景色が不可欠なのに・・・。今日の舞台では、植木職人たちが入れる「チャチ」に惑わされてか、お米の物語が始まったのは、金を返した後、という按配で、段取りが「間延び」したことは、誠に残念である、などと、(身勝手な)私の思いは沈みがちであったが、第二部・グランドショーで、その気分は吹っ飛んだ。三河家諒の個人舞踊「みだれ髪」である。歌は美空ひばりではない。ピアノだけを伴奏にしてアカペラに近い女声の曲をバックに、彼女の一挙一動一頭足が「憎や恋しや」「辛や重たや」「暗や涯てなや」の景色を、思う存分、ものの見事に描き出す。その時間・空間は、文字通り「筆舌に尽くしがたい」風景であった。私がこれまでに観た「みだれ髪」の中では「ピカイチ」、まさに国宝(無形文化財)級の出来映えであった、と私は確信する。たった三分間の舞台は「動く美術品」として、私の心中に「永久保存」されたのである。三河家諒もまた、斯界の名人・喜多川志保に肩を並べ、その若さ、将来性を加味すれば、間違いなく「第一人者」に君臨するだろう、などと思いつつ劇場を後にした次第である。



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-07

劇団素描・「たつみ演劇BOX」・《芝居「三島と弁天」の舞台は天下一品!》

【たつみ演劇BOX】(座長・小泉たつみ)〈平成22年2月公演・大阪鈴成座〉                                                         満座劇場の「劇団澤宗」(座長・澤村城栄)も見聞したかったが、どうしても紫野京香の舞台姿を「拝見」したかったので、こちらに来てしまった。平日だというのに、客席は「大入り満員」、そういえば劇場につながる「鶴見橋商店街」も午前中から「たこ焼き」「お好み焼き」の立ち売りが盛ん、車椅子の人々の往来も著しいといった「活況」を呈し、まさに大阪は商人の町・庶民の町であることを目の当たりにすることができたのであった。芝居の外題は「三島と弁天」。御存知弁天小僧菊之助(小泉ダイヤ・座長の弟)と赤星十三郎(辰巳小龍・座長の姉)が、三島某なる助兵衛侍(座長・小泉たつみ)を騙して二百両せしめるという痛快時代劇に、弁天小僧が実父の十手持ちに再会、「涙の取り縄」(「百両首」「月夜の一文銭」)風情の人情劇も加わって、たいそう見ごたえのある「上質な舞台」に仕上がっていた。とりわけ、小泉ダイヤの弁天小僧が、天下一品の「当たり役」で、女から男、男から女への「変幻自在」な演技力が、魅力的で素晴らしい。それを受けとめる座長の「三枚目」ぶりも逸品、加えてその部下役・愛飢男、腰元役・小泉一馬、若手女優(芸名不詳の三枚目)との「絡み」も最高、とくれば、この外題は劇団の十八番、今のところその右に出る劇団はいないであろう。登場する役者一人一人が「適材適所」で輝いている。「みんなが主役」といった舞台づくりの「典型」であった、と私は思う。さすがは「演劇BOX」、大歌舞伎、大劇場の商業演劇を「軽く超えてしまう」という出来栄えで、「恐れ入りました」「お見事」という他はない。加えて舞踊ショー、辰巳小龍の「湯島の白梅」、紫野京香の「命くれない」は珠玉の名品、それを見聞できただけでも来場した甲斐があったというもの、大いに満足して帰路についた次第である。
パイン オレンジアメ 120g ×10個パイン オレンジアメ 120g ×10個
()
パイン株式会社

商品詳細を見る

VHSビデオ 唄と踊り 振りつき音多ビデオ 2巻組 OV-2 (カセットテープ付)VHSビデオ 唄と踊り 振りつき音多ビデオ 2巻組 OV-2 (カセットテープ付)
(2007/01/25)
不明

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-02-06

付録・邦画傑作選・「滝の白糸」(監督・溝口健二・1933年)

 ユーチューブで映画「滝の白糸」(監督・溝口健二・1933年)を観た。原作は泉鏡花の小説、昭和世代以前には広く知れわたっている作品である。
 時は明治23年(1890年)の初夏、高岡から石動に向かう乗合馬車が人力車に追い抜かれていく。乗客たちは「馬が人に追い抜かれるなんて情けない、もっと速く走れ」と、馬丁・村越欣弥(岡田時彦)を急かすが、彼は動じずに、悠然と馬車を操っている。乗客の女、実は水芸の花形・滝の白糸(入江たか子)が「酒手をはずむから」と挑発した。初めは取り合わなかった村越だったが、あまりにしつこく絡むので、それならと鞭一発。馬車は狂ったように走り出す。たちまち人力車を追い抜いたが今度は止まらない。馬車は揺れまくり、やっと止まった時には車軸が折れ、全く動かなくなってしまった。白糸は「文明の利器だというから乗ったのに、夕方までに石動に着くんでしょうね!」とからかう。村越はキッとして「姐さん、降りて下さい」と彼女を引きずり降ろし抱きかかえると、馬に乗り一目散、石動に向かって走り出した。他の乗客たちはその場に置き去りに・・・。
石動に着くと白糸は失神状態、霧を吹きかけて介抱すると村越は、再び高岡方面に戻って行った。気がついた白糸、その毅然とした振る舞いが忘れられない。傍の人に馬丁の名を尋ねると、「みんな欣さんと呼んでいますよ」。「そう、欣さん!」と面影を追う白糸の姿はひときわ艶やかであった。
 この一件で、村越は馬車会社をクビになり放浪の身に・・・、金沢にやって来た。月の晩、疲れ果て卯辰橋の上で寝ていると、すぐ側で興行中の白糸が夕涼みに訪れる。「こんな所で寝ているとカゼを引きますよ」と語りかければ、相手はあの時の馬丁・村越欣弥であったとは、何たる偶然・・・。白糸は村越の事情を知り、責任を痛感して詫びる。「私の名前は水島友、二十四よ。あなたの勉学のために貢がせてください」。かくて、その夜、二人は小屋の楽屋で結ばれた。翌朝、まじまじと白糸の絵看板に見入る村越を制して「見てはいやよ、こうして二人で居る時は、私は堅気の水島友さ!」という言葉には、旅芸人・滝の白糸の、人間としての「誠」「矜持」が込められている。
 東京に出た村越への仕送りは2年間続けられたが、「ままにならないのが浮世の常」、まして旅芸人の収入はたかが知れている。3年目になると思うに任せなくなってきた。加えて、白糸の「誠」は仲間内にも利用される。南京出刃打ち(村田宏寿)の女房に駆け落ちの金を騙し取られたり、一座の若者新蔵(見明凡太郎)と後輩・撫子(滝鈴子)の駆け落ちを助けたり・・・、で有り金は底をついてしまった。「欣さんはまもなく卒業、意地でも仕送りを続けなければ・・・」、白糸はやむなく高利貸し・岩淵剛蔵(菅井一郎)に身を売って300円を手にしたが、その帰り道、兼六園で待っていたのは岩淵と連んでいた出刃打ち一味、その金を強奪される。白糸は落ちていた出刃を手に岩淵宅にとって返せば「戻って来たな。こうなるとは初めから解っていたんだ」と襲いかかられた。もみ合う打ちに、岩淵は「強盗!」と叫んで床の間に倒れ込む。気がつけば白糸の出刃が岩淵の脇腹を突き刺していたのだ。彼女はその場にあった札束をわしづかみにして逃走する。行き先は東京、村越の下宿先。しかし、その姿はなく、再会を果たしたのは監房の中であった。 白糸は下宿を出るとすぐに捕縛され金沢に送られる。途中、汽車から飛び降り新蔵夫婦に匿われるが無駄な抵抗に終わった。出刃打にも岩淵殺しの嫌疑がかかり収監される。検事の取り調べに「あっしは白糸から金を奪ったが殺していない」。白糸は「出刃打から金を取られたことはありません」と否定する。監房の筵の上で、白糸は夢を見た。兼六園を村越と散策、わが子を抱いて池を見つめる。楽しい一時も束の間、まもなく看視に揺り起こされた。「新しい検事さんがお前と話をしたいそうだ」
 村越が検事に任官され金沢に赴任していたのだ。取調室で見つめ合う二人、「よく眠れましたか。食べ物は口に合いますか」と気遣う村越に、白糸は水島友にかえって「よく出世なさいました」と満面の笑みを浮かべた。もう思い残すことはない。これまで逃げたのも一目会いたいと思ったから・・・。「どうぞ取り調べを始めて下さい」「そんなことができるわけがない」とうつむく村越、二人の交情はそのまま断ち切れたか・・・。
 公判の法廷には村越検事が居る。滝の白糸こと水島友は、すべてありのままを証言し、自害した。お上の手を煩わせることなく、自らの身を処したのである。翌日、村越もまた、思い出深い卯辰橋でピストル自殺、この映画は終幕となった。 
 女優・高峰秀子は、戦前の女優で一番美しかったのは入江たか子であったと、回想したという。なるほど、滝の白糸は美しい。容貌ばかりでなく、鉄火肌、捨て身の「誠」が滲み出る美しさ、姐御の貫禄、遊芸の色気、温もりを伴った美しさなのである。それは、村越が下宿の老婆に「姉さんから仕送りをしてもらっている」と話していたことからも瞭然であろう。もとはと言えば、自分の悪ふざけが村越の運命を狂わせた、その償いのためだけに彼女は生き、死んで行ったのである。その「誠」を知ってか、知らずか村越も後を追う。「女性映画」の名手・成瀬巳喜男は「女のたくましさ」を描出することに長けている。一方、「女性映画」の巨匠・溝口健二が追求したのは「女の性」、(成瀬に向けて)「強いばかりが女じゃないよ」という空気が漂う、渾身の名作であった、と私は思う。お見事!  (2017.2.5)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-05

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「アヒルの子」の名舞台》

【鹿島順一劇団】(座長・三代目鹿島順一)〈平成24年2月公演・大阪梅南座〉
芝居の外題は「アヒルの子」。三代目鹿島順一が座長を襲名後、これまで劇団を支えてきた蛇々丸、春大吉といった名脇役が脱けたことによって、少なからず、その(国宝級の)「舞台模様」は変化せざるを得なかった。中でも「アヒルの子」には、蛇々丸の存在が欠かせない。当分の間、この演目は上演不可能ではないだろうか、などと私は勝手に思っていたのだが、とんでもない。今日の舞台を観て、あらためてこの劇団の「実力」を思い知った(二度惚れした)のである。ちなみに、私がこの演目を最後に観たのは、今からほぼ3年前(平成21年4月)、福島郡山(東洋健康センターえびす座)であった。以下は当時の感想である。〈芝居の外題は「アヒルの子」、社会人情喜劇と銘打った筋書で、登場人物は下請け会社員の夫婦(夫・鹿島順一、妻・春日舞子)と娘・君子(生田春美)、その家の間借り人夫婦(夫・蛇々丸、妻・春夏悠生)、電気点検に訪れる電電公社社員とおぼしき若者(鹿島虎順)、親会社の社長(花道あきら)という面々(配役)。この人たちが繰り広げる「ドタバタ騒動」が、なんとも「ほほえましく」「愛らしく」、そして「滑稽」なのである。以前の舞台では、娘・君子を三代目虎順、間借り人の妻を春大吉、電気点検の若者を金太郎が演じていたが、それはそれ、今度は今度というような具合で、本来の女役を生田春美、春夏悠生という「新人女優」が(懸命に)演じたことで、「より自然な」景色・風情を描出することができたのではないか、と私は思う。だが、何と言ってもこの芝居の魅力は、座長・鹿島順一と蛇々丸の「絡み」、温厚・お人好しを絵に描いたような会社員が、人一倍ヤキモチ焼きの間借り人に、妻の「不貞」を示唆される場面は「永久保存」に値する出来栄えであった。なかでも《およそ人間の子どもというものは、母親の胎内に宿ってより、十月十日の満ちくる潮ともろともに、オサンタイラノヒモトケテ、「オギャー」と生まれてくるのが、これすなわち人間の子ども、七月児(ナナツキゴ)は育っても八月児(ヤツキゴ)は育たーん!!》という「名文句」を絶叫する蛇々丸の風情は天下一品、抱腹絶倒間違いなしの「至芸」と言えよう。その他、間借り人の妻が追い出される場面、娘・君子が「おじちゃん!」といって帰宅する場面、社長の手紙を読み終わって夫(座長)が憤る場面等々、「絵になる情景」を挙げればきりがない。要するに眼目は「生みの親より育ての親」、きわめて単純な(何の代わり映えのしない)筋書なのに、これほどまでに見事な舞台を作り出せるのは、役者それぞれの「演技力」「チームワーク」の賜物というほかはない。その「演技力」の源が、座長・鹿島順一の生育史にあることは当然至極、彼ほど「育ての親のありがたさ」を実感・肝銘している役者はいないかもしれない。加えて素晴らしいことは、蛇々丸を筆頭に座員の面々が(裏方、照明係にいたるまで)、座長の「演技力」に心酔、各自の「実力」として「吸収」「結実化」しつつあるという点であろう。ところで、件の名文句にあった「オサンタイラノヒモトケテ」とは、どのような意味だろうか、その謎もまた、この芝居の魅力なのだ・・・・〉。さて、今日の配役は、間借り人の夫が蛇々丸から三代目鹿島順一に、電電公社社員(今回は関西電力社員)の鹿島虎順が赤胴誠に、アヒルの子・君子が生田春美から幼紅葉に、それぞれ変わっていたが、結果はベスト、魅力も倍増して、前回・前々回よりも「数段上」の出来映えであった、と私は思う。蛇々丸の夫役は、どこかエキセントリック(偏執狂的)な風情が「売り」であったが、三代目鹿島順一は、あくまでオーソドックス、真っ向勝負の「ヤキモチ」風情が際だっていた。「新婚ホヤホヤ」なら当然といった(清純な)空気が漂い、それが、下請け会社員夫婦と社長の不穏な「しがらみ」を浄化する。蛇々丸は、役者としては「男盛り」の三十代、三代目鹿島順一はまだ二十歳の「若造」、タバコを(会社員・甲斐文太から)借りながら、(したたかに)2本耳に挟む仕種も、どこかぎこちなかったとはいえ、さればこそ、その初々しさが(私には)たまらなく魅力的であった。さらにまた、十八年間も夫をだまし続けた「おかあちゃん」役の春日舞子と「社長」役の花道あきらの(無言の)「絡み」は、一段と鮮やか、それにアヒルの子・君子の可憐さ、「おんどり」役・甲斐文太が醸し出す絶品のユーモアとペーソス、(頓狂な)電力会社員に扮した赤胴誠、(艶やかな)新妻役・春夏悠生の風情も添えられて、劇団員一人一人が、文字通り「適材適所」で描出する名舞台に仕上がっていた。お見事!、さて、お次は・・・、「春木の女」「噂の女」「命の賭け橋」「新橋情話」等々と、身勝手な期待を胸に抱きながら、帰路に就いた次第である。
みにくいアヒルの子(4) [VHS]みにくいアヒルの子(4) [VHS]
(1996/08/21)
岸谷五朗、水橋文美江 他

商品詳細を見る




日本直販オンライン
QVCジャパン
にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-04

付録・邦画傑作選・「愛の世界 山猫とみの話」(監督・青柳信雄・1943年)

 ユーチューブで映画「愛の世界 山猫とみの話」(監督・青柳信雄・1943年)を観た。戦時下における教育映画の名作である。
 主人公は、小田切とみ(高峰秀子)16歳、彼女の父は行方不明、母とは7歳の時に死別、母が遊芸人だったことから9歳の時、曲馬団に入れられた。現在の保護者は伯父になっているが折り合いが悪く、放浪を繰り返し、警察に度々補導されている。性格は強情、粗暴で、一切口をきかない・・・、ということで少年審判所に送られた。その結果、東北にある救護院、四辻学院で教育を受けることになる。彼女の身柄を引き受けに来たのは(新任の)山田先生(里見藍子)。市電、汽車、バスを乗り継いで学院に向かうが、とみは口を閉ざしたまま山田先生の話しかけに応じようとしないばかりか、「隙あらば逃げだそう」という気配も窺われる。事実、高崎駅で先生が水を汲みに行き戻ると、とみの姿は消えていた。あわてて探せばホームに立っている。「小田切さーん」と呼びかけられ、走り出した列車に飛び乗るという離れ業を演じる始末、ようやく学院の門前まで辿り着き、先生が「疑って悪かったわ、何でも悪い方にばかり考えてしまって・・」と言った途端、今度は本当に逃げ出した。道を駆け下り、畦道伝いに、田圃、叢を抜け、沼地へと逃げていく。必死に追いかける先生もまた走る、走る。とみは沼地に踏み込み、ずぶ濡れ、先生もずぶ濡れになって後を追う。「捕まえる」というよりは「助ける」ために・・・。やがて、とみの行く手には高い石垣が待っていた。万事休す、キッとして先生を睨むとみ。しかし、先生は意外にも、その場(水中)にしゃがみ込み泣き伏してしまった。とみは逃走を断念する。 かくて、とみは学院の一員となったが、「無言の行」は相変わらず、誰とも言葉を交わさない。院長の四辻(菅井一郎)は「初めはみんなそうだ、そのうちに必ずよくなる」と確信、山田先生を励ますが、とみの強情、粗暴は変わらず、院生とのトラブルは増え続ける。「親切にされると、下心があるんじゃないかと疑い深くなるものだ。彼女の乱暴は、身を守る手段なのだ」という院長の言葉は、現代にも通じる至言だろう。
 院生たちの不満は、一に、新参のとみが心を開かないこと(緘黙を貫いていること)、二に、そうしたとみを院長が許容していること、三に、山田先生がとみだけを可愛がっていることに向けられる。とみには「山猫」という異名がつけられた。とりわけ、とみにつらく当たるのは足を引きずる年長の院生(配役不明・好演)、院生の間では一目置かれているボス的存在である。裁縫の時間に、彼女が山田先生をからかう言動を目にして、とみは彼女に掴みかかり「組んず解れつ」の大暴れ。その夜とみは、四辻院長が「あの子が他人のために乱暴したのは初めてだ。大変な変化だよ、もうあんたとあの子は他人ではないということだ。ますます他の子どもたちはあなたに当たってくるだろう」と話しているのを盗み聞き、山田先生が自分のために苦しんでいることを知る。翌日、音楽の授業ではとみが歌わないので、院生たちは全員歌うのを止めて抵抗する。件のボスが「歌わなくていいのなら私も歌うのはいやです!」と言えば山田先生はなすすべもなく職員室に引き下がる。すっかり自信を失った山田先生に、四辻は「あなたは彼女を愛してさえいればいいんだよ、責任は私がとる!」、四辻の妻も「誰もが経験することなのよ」と慰めたのだが・・・。院生たちが「大変です!小田切さんが逃げました」と駆け込んで来た。とみはボスと一対一で決着をつけ(相手を叩きのめし)脱走したのである。
 院長は直ちに駐在所、駅その他の機関に連絡、捜索を始めたが、とみの行方は杳として知れなかった。それもそのはず、彼女は人里を避け山奥に向かっていたのだから。その晩は嵐、恐怖を乗り越えて翌日、一軒の小屋に辿り着いた。粗末な部屋に人の気配はない。しかし、囲炉裏には鍋が吊され雑炊が煮えている。思わず、それを口にするとみ。やがて人の気配がした。物陰に隠れて見ていると、「そろそろ出来ている頃だぞ、ああ腹減った」
と言いながら子どもが二人入って来た。茶わんが一つ足りない。「あれ?誰かが食った」「ヤダイ、ヤダイ、ヤダイ・・・」という様子を見て、とみが姿を現し、初めて言葉を発した。「あたいが食べたんだよ、昨日一晩中、山の中にいてたまらなくおなかが空いていたもんだから。ごめんよ」と謝る。
 子ども二人は、勘一(小高つとむ)、勘二(加藤博司)という兄弟で、母親を亡くし、猟師の父親松次郎(進藤英太郎)が権次郎という熊をしとめに出かけている間は、二人きりで留守番をしているのだという。
 その日の夜も嵐、強風から小屋を守る兄弟に「ボンヤリしていないでつっかえ棒を持って来いよ」と言われたり、翌朝には「味噌汁に入れるマイタケを採りに行こう」と誘われたり、牧場の裸馬に乗って見せたり、父が居ないと寂しがる勘二に逆立ちをして笑わせたり、勘一から「姉ちゃん、父ちゃんが戻るまで一緒にいてくれよな」とせがまれたり・・・、ようやく、とみは「身の置き所」を見つけたようだ。しかしその安穏はいつまでも続かなかった。米櫃の米が底をついたのだ。やむなく、とみは、村から食料を盗み出すようになっていく。村人からの訴えが相次ぎ、「山猫」という異名は村人たちにも及ぶ始末、事態を憂慮した駐在(永井柳筰)や山田先生は、応援を率いて、山狩りをすることになったのである。
 追っ手が迫って来た。とみは兄弟に盗んできたイモを渡し「すぐに戻ってくるから、これを食べていなさい」と言うが、「ヤダイ!姉ちゃんと一緒に行くんだい」と抱きつかれた。もうこれまでと、とみは兄弟を連れて脱出する。折しも父・松次郞が戻って来て、山田先生、捜索隊と鉢合わせ。「山猫が子どもたちを掠って逃げた」という声に、松次郎は仰天、銃を持って追おうとする。「待って下さい、落ち着いて。あの子がそんなことをするはずがありません」「山猫とは誰なんだ!」「私の娘です」、という山田先生の言葉を振り切って松次郎は駆けだした。必死でその後に続く山田先生・・・、森の中で一発の銃声が聞こえた。思わず倒れ込む山田先生。やがて、兄弟が松次郎を見つけた。「父ちゃん!」と駆け寄ってすがりつく。両手でしっかりと兄弟を抱きしめる父、その光景を呆然と見つめるとみ、力なく歩き出し、倒れている山田先生を見つける。「先生!」と叫んだが反応がない。もう一度、揺り起こして「先生!」と呼ぶ。気がついた先生、一瞬、逃げ出そうとするとみを捕まえて、ビンタ(愛の鞭)一発。とみは先生の胸に飛び込んで泣き崩れた。
勘一と勘二が父・松次郎の懐に飛び込んで、その温もりを感じたように、とみもまた山田先生の「一発」に母の愛を確かめることができたのだろう。二人は抱きしめ合いながら、心ゆくまで泣き続ける・・・。 
 大詰めは、四辻学院の農作業場、晴れわたった大空の下、「錦の衣はまとわねど 父と母との故郷の・・・」という歌声の中で、院生、院長、山田先生らが、溌剌と鍬を振るい、斜面の畑を耕している。麓の方から「お姉ちゃん、お姉ちゃん」という声がした。勘一と勘二である。傍らには松次郎、駐在さんの姿も見える。思わず駆け降りる、とみ。山田先生にぶつかり「ゴメンナサイ」、走りながら「ゴメンナサイ」、最後に立ち止まり、振り返って院生たち全員に「ゴメンナサーイ!」。まさに「錦の衣はまとわねど 父と母との故郷」に向けた、とみの澄み切ったメッセージで、この映画の幕は下りた。
 戦時下の「国策映画」とはいえ、いつの時代でも、教育とは「愛の世界」に支えられなければ成り立たないこと、社会はつねに変動していくが人間の「愛」は永久に不変だということを心底から納得した次第である。(2017.2.3)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-03

付録・邦画傑作選・「何が彼女をそうさせたか」(監督・鈴木重吉・1930年)

 ユーチューブで映画「何が彼女をそうさせたか」(監督・鈴木重吉・1930年)を観た。この映画はフィルムが消失し永らく「幻の名作」と伝えられていたが、1990年代になってモスクワで発見され復元されたものである。私は高校時代、日本史の授業でその存在を知った。原作者・藤森成吉の名前もその時に受験知識として覚えたものである。タイトルが翻訳文体であることも特徴的であった。その「幻の名作」を今、観ることができるなんて夢のような出来事である。
 映画の主人公「彼女」とは中村すみ子(高津慶子)という薄幸な女性のことである。父の手紙を持って鉄道の線路をとぼとぼと歩く。疲れ果て行き倒れになる寸前、貧乏な車引き土井老人(片岡好右衛門)に助けられた。事情を聞くと、新田の町に住む伯父、山田寬太(浅野節)を訪ね、学校に通いたいと言う。老人は雑炊を馳走し、翌朝、すみ子を馬車に乗せて町に向かう。入口まで来ると「あれが新田の町だ、伯父さんの家は警官に訊くとよい」と送り出す。「ありがとう!、学校に行ったら遊びに行くね」と手を振って別れたが、伯父の家は「貧乏人の子だくさん」を絵に描いたような有様で、七人の子どもが犇めいている。すみ子から手渡された手紙を読むと、それは遺書。「この金ですみ子を学校に通わせて・・・」と書いてある。封筒からこぼれ落ちる数枚の札。伯父は驚いてその札を懐に入れようとするが、女房(園千枝子)も黙っていない。たちまち伯父夫婦のバトルが始まった。札を奪い合って火鉢の土瓶がひっくり返る、舞い上がる灰神楽、泣き出す赤児、その様子を見て 「また喧嘩が始まった、バンザイ、バンザイ」と面白がる子どもたちの風景は、まさにトラジ・コミックの典型であった。しかし伯父夫婦は、父娘の願いを無視して、すみ子を曲芸団に売り渡す。「早くおし!」と女房に急き立てられながら、すみ子は、父の手紙と土井老人からプレゼントされた銀貨だけは手放さなかった。曲馬団でのテント生活が始まる。彼女の役は、団長(浜田格)が投げるナイフの「的」、恐怖で失神するすみ子、でも優しい仲間が居た。彼女同様に売られてきた孤児たちである。なかでも、年長の市川新太郎(海野龍人)は頼りになった。団長は冷酷無比、団員たちを酷使し絞り上げる。団員たちが抗議しても受け入れない。「もう我慢できねえ」と彼らは決起して脱走した。すみ子も新太郎と一緒に逃げ出し、新太郎の姉が居る由井の町へと向かう。「ここまでくれば大丈夫」と一息ついたが、すみ子の体力は限界、一歩も先に進めなくなってしまった。新太郎は「道を確かめてくる、ここを動いちゃいけないよ」と言って立ち去った。待っていたのは「運命のいたずら」か、新太郎は自動車にはねられて病院へ・・・。1年後、すみ子の姿はある警察署の中にあった。詐欺師・作平(小島洋々)の手先をつとめ捕縛されたのだ。巡査部長は「可哀想な娘だなあ、お前は猿回しの『猿』のように使われたんだよ」と説諭、やがて作平も逮捕され、すみ子は私立の養育院に送られる。そこは老人と浮浪者の養護施設。ここでも人々は待遇の悪さに呻吟していた。母乳を十分に与えられず泣き叫ぶ赤ん坊を、見かねたすみ子が子守する。唄を歌いながら、優しかった土井老人、新太郎の面影を追ううちに、その心が通じたか赤ん坊はスヤスヤと眠りについた。感謝する母親。そんな時、事務員が来てすみ子の名を呼んだ。「お前は秋山県会議員の所へ女中に行くんだ」。羨ましがる周囲の人々、すみ子は「さようなら、赤ちゃん」と眠っている赤ちゃんの手を頬に当て涙ぐむ。一同に別れを告げ、風呂敷包み一つを抱えて養育院を出ていく彼女の姿はひときわ美しかった。
 だがしかし、秋山議員宅での女中奉公も長続きしない。わがまま娘の朝食の世話を任されたが、娘は出された魚の骨が刺さったと大騒ぎ、議員の細君(二条玉子)が「娘を殺す気か」などと怒鳴り立てる。その様子を笑って見ている床の間の布袋像は印象的、上流階級の幼稚さ・未熟さを暗示している。すみ子は娘の食べ残した魚を女中部屋に持ち帰り、毛抜きで骨を除く。女中頭に「お嬢様は御自分で骨を取らないんですか」と尋ねると「取るくらいなら食べないんですって」という答、「まあ、ずいぶん不自由な方ですね」という言葉に女中連中は大笑い、自分たちの遅い朝食を摂り始めた。そこに居住まいを正してやって来た細君、「奥の物を洗ってから食事をしなさい」「水が出しっぱなし」、すみ子が新香に醤油をかけるのを見て「香の物にはむらさきをかけてはいけません」等々、小言・雑言を浴びせまくる。最後にはすみ子に向かって「お前はこれまで随分不幸な目に会ったそうだが、養育院に比べ高価な魚を食べられて幸せだろ」と毒づいた。これまで堪え忍んできたすみ子、堪忍袋の緒が切れたか、キッとして「お魚ならいつも食べています!残り物なんか犬しか食べません」と言うや否や、持っていた皿を投げつけた。戸棚の硝子が割れて大きな穴があく。女中仲間は驚いたが、陰では応援している様子がよくわかる。かくて、すみ子は再び養育院に戻された。
 すみ子の次(三年後)の奉公先は琵琶の師匠(藤閒林太郎)宅。ある雨の日、何気なく窓の外を見ると、向こうの軒下で雨宿りをしている青年がこちらを見ている。「・・・すみちゃん?」その声は、あの時「運命のいたずら」で離れ離れになった新太郎だったとは・・・。新太郎は今、役者になって劇団「ことぶき」に居るという。居場所を教えて去って行った。すみ子に一筋の光が見えた。その夜、師匠の酒の相手をしていると、いきなり腕を掴まれ引き寄せられる。「何をするんです!」と振り払い、すみ子は一目散に新太郎の元へ走り去った。
 新太郎の貸間での新所帯が始まる。いそいそと炊事に取り組むすみ子、ようやく幸せの日々が始まったかに見えたが、帰宅した新太郎曰く「劇団との契約を取り消された」。知り合いにも金の工面を頼んだが「ツゴウツカズ」との返事。万策尽きた二人は心中を決意する。荒涼とした浜辺を彷徨う二人、近くには十字架のような棒杭が立ち並んでいる。二人の様子を訝る漁師たち。案の定、月の浜辺を後にして二人は入水する。「女が溺れているぞ!」、予期していた漁師たちが船を出して、すみ子を救出、彼女は修道院・天使園に収容される。「悔い改めよ、然らば、汝等は救はれん」「富める者の天国に入るは難し」という言葉を胸に、すみ子は神の子となったか。信仰生活に入ることを決意したすみ子がポプラ並木の下で聖書を読んでいると、まもなく退園する信者・島村かく(間英子)がやって来る。「あんたの亭主、生きていたってよ、私が出所して手紙を出してやるよ。早く手紙を書きなよ」「いえ、私は新しい生活に入ります」と断ったが、「心中までした相手を簡単に忘れてたまるもんか、いいから早く書いておしまいよ、走り書きでいいんだから・・・」。その誘惑に勝てず、すみ子は新太郎への手紙を認め、かくに託した。やがて礼拝が始まる。信者一同の前で園主(尾崎静子)いわく「島村かく姉妹は立派に悔い改め巣立ちます。お手本にしましょう」。式は無事終わったように見えたが、またまた「運命のいたずら」か、かくの懐から手紙がポトリと落ちた。見咎めた園主、「かくさん、お待ちなさい」と呼び止めて手紙を読む。「何てことを!あなたは神を欺いたのです。出所どころか懲戒房行きです」「どうか、お許しを!あれは頼まれたのです」、すべては後の祭り、一人残されたかくが絶叫する。「ああ、この子羊をお許し下さい!」。
 その数時間後か、園主がすみ子に問い質す。「あなたはこの手紙をかくさんに頼んだのですね」「はい、でもぜひ書けって言われたものですから」「嘘はいけません!自分の罪を他人になすりつけてはいけません。あなたは死んだのです。生きる屍です。汚らわしい男のことはは忘れなさい。今度の礼拝日に皆の前で悔い改めるのです。懺悔をしなさい」「それだけはできません」「耐えるのです、耐えて強くなるのです」「どうか勘弁して下さい」と謝ったが聞き入れらることはなかった。そして日曜の礼拝日が来た。園主はすみ子に懺悔を強いる。すみ子は動かない。園主は「よござんす、それでは私が告白します」と言って、すみ子の罪を暴露した。「あんなに謝ったのに神は許してくれないのか」、すみ子の信仰心は「怒り」に変わり、聖書を十字架に向かって投げつける。「神なんて嘘だ!」というすみ子の叫びが響き渡る。やがて夜が来た。激しい半鐘の音が鳴り響き、教会は炎に包まれる。混乱し逃げ惑う信者たち、現金を手に逃げ出す園主、狂喜して踊るすみ子、「ああ、赤い天使が舞っている、みんな天国へ、みんな天国へ・・・」
しかし、まもなく警官の手がすみ子をしっかりと捕まえる。「お前だな、火をつけたのは」「はい、私がつけました」という字幕の最後に「何が彼女をそうさせたか」という文字が浮かび上がりこの映画は終わった。
 すみ子という薄幸な女性の半生がリアルに描かれており、現代でも十分に説得力のある名作である、と私は思った。特に彼女を取り巻く人々の群像は人間的であり、土井老人、新太郎の「清貧」、養育院の面々の庶民的な「温もり」、曲芸団員の「連帯感」に、伯父夫婦、団長、議員細君、琵琶師匠、島村かく等に見られる「我欲」「冷酷」「俗情」、園主の「狂信」が対置される構図(演出)はお見事。また、伯父夫婦の子どもたちが見せる「喧騒」と「愛嬌」、布袋様にも笑われる議員の娘の「醜態」、議員細君に小言を食らう女中仲間の「表情」は喜劇的であり、トラジ・コミックなドタバタ風景も楽しめる。
 さらに言えば、主人公・中村すみ子の財産は「風呂敷包み」一つだけ、それが彼女の「無産」の象徴として、「清貧」「薄幸」の生き様を鮮やかに描出していた。 
 なるほど、「昭和5年キネマ旬報優秀作品第1位」にふさわしい名作であることを、あらためて確認した次第である。
(2017.2.1)



日本直販オンライン
QVCジャパン
にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-02-02

劇団素描・「劇団武る」・《芝居「かんぱち身代わり仁義」》

【劇団武る】(座長・三条すすむ)〈平成20年2月公演・浅草木馬館〉                                                  昨日に引き続き「劇団武る」(座長・三条すすむ)。芝居は「かんぱち・身代わり仁義」創作舞踊は「片割れ月夜」。昨日の座長の口上では「面白いお芝居」とのこと、期待して観に来たが、結果は以下の通りであった。<ミニショー>①旅姿三人男(都たか虎・夜桜紫龍・中村直斗):三人とも舞踊の「実力」は「水準」またはそれ以上であるが、振り・表情の中に、「三人男」(大政・小政・石松)の特徴が表れれば言うことはないのだが・・・。②「大阪すずめ」(都かれん):東京女に対する大阪女の意地を秘めて、「浮き浮き」と「弾むような」雰囲気が出てくれば・・・。(しっとり踊る必要はない)③「ヨンハチヨンのブルース}(副座長・藤千乃丞):「楷書的」な芸風に好感が持てる。④「唐獅子牡丹」(都たか虎):音楽はロック調、しかし衣装・振りは「高倉健」風、というアンバランスが目立った。いっそのこと、サングラスに須賀ジャンで「洋舞」に徹した方が雰囲気が出るだろう。⑤「見返り美人」(都なつき・都美千代):表情は「美人」だが、身体全体で「美人」をあらわせたらなぁ・・・。(「ちょっぴり美人」(「お祭りマンボ)でいっこうにかまわない)⑥「なにわの花」(座長・三条すすむ):衣装(かつら)・表情・所作・振り、を「総動員」して「藤山寛美」(もどき)を演じられればなぁ・・・。月城小夜子との「相舞踊」が実現できれば最高の舞台になるだろう。
<芝居・「かんぱち・身代わり仁義」>:なるほど座長の口上どおり、面白かった。特に、舞台を盛り上げていたのは、旅籠・吉野家の姉娘・おすみ(都美千代)である。この女優は、どんな芝居でも「とぼけ」「そっけなさ」「淡々」といった芸風で、味がある。「演技」の中に、自分の個性(地)を「取り混ぜられる」貴重な存在である。概して、「劇団武る」の芝居は「本格派」で、「重厚」「迫真」「緊張」に満ちた「葛藤」「愁嘆」を真骨頂としているが、そんな中で「ほっと息抜き」する場面を作り出せるのが、彼女ではないだろうか。同様に、まだ駆け出しの新人・都ゆうたろうの「とまどい」「不慣れ」な演技も、花を添えている。まだ「蕾」にもなり切れない新人に声をかけ、温かく見守る座長、先輩座員のチームワーク(やさしさ)に、私は感動する。座長、副座長、指導・勝次朗、重鎮・中山大輔、女優・月城小夜子らの「実力者」、それに次ぐ、夜桜紫龍、中村直斗、都美千代らの「演技派」、若手の都なつき、都かれん、都ゆうたろうと、まさに「役者は揃っている」。この芝居では、座長と副座長が「義理の兄弟」、「二枚目」を競い合う設定も面白かった。副座長が、「年下なのに可愛さでは座長に負ける」とぼやいていたが、まさにその通り、コミカルで可愛い座長、「二枚目」は「楷書的」な副座長、という役割分担(二枚看板)に徹することで、今後の展望が大きく開けるのではないかと思う。座長の女形は、絶品であり、若葉しげる、市川千太郎、(場合によっては女優・市川恵子、月城小夜子)と「肩を並べている」(勝るとも劣らない)のである。
<舞踊ショー>①花笠月夜(たか虎・紫龍・直斗・かれん・美千代・なつき)②「風雪流れ旅」(座長)③悲しい酒(副座長)④人間劇場(直斗)⑤すきま風(歌唱・座長)⑥あいつ(紫龍)⑦じょんがら子守唄(かれん・みちよ・なつき)⑧うちの人(月城)⑨八木節一代(紫龍)⑩傘の中(副座長)⑪ランド(?)舟歌 ⑫時代屋の恋(座長)⑬雨の大阪(勝次朗)⑭ラストショー・片割れ月夜
 以上がその演目であった。舞踊ショーの眼目は、「踊りを観せながら、実は、歌を聴かせる」ところにある。観客は、歌そのものが秘めてる三分間のドラマを、役者の舞踊でたしかめ(噛みしめ)ているのである。だとすれば、歌そのものの「良し悪し」が、舞踊の「できばえ」を左右することは必定であり、まず選曲に細心の注意を払うことが必要であろう。つまり、舞踊ショーの演目は、「流行歌」として一級品の作物をとりいれることが肝腎である。一級品の「流行歌」と、一流の「舞踊」が「合体」したとき、「至芸」が誕生する。今日の舞台では、副座長・藤千乃丞の「悲しい酒」が「至芸」に相当する。(ただし、「悲しい酒」は、都はるみ、文殊蘭の作物もあるので、それらを聴き比べながら、踊り分けられるようになれば、まさに盤石と言えるだろう)「傘の中」(五木ひろし)も「水準」を超えていたが、「楷書的」芸風のためか、やや「男の色香」が不足気味だった。「風雪流れ旅」「時代屋の恋」(座長)、「うちの人」(月城小夜子)、「雨の大阪」(勝次朗)は、いずれも「舞踊」は一流、申し分ないのだが、「歌」の方がそれに及ばない。(選曲のミスが残念だった)息抜きとして、(あるいは若い客層に合わせて)観せるだけの「舞踊」(ジャズ、ロック調、曲芸風ののダンス)があってもかまわない。しかし、その演目だけが続くと「飽きる」ので気をつけたい。 
 ちなみに、これまで観た「舞踊ショー」の中で「至芸」に値する演目は以下の通りである。①「明日はお立ちか」(梅澤隆子)②「それは恋」(梅澤武生・梅澤富美男)③「お吉物語」(大川龍昇)④「俵星玄蕃」(南條影虎)⑤「麦畑」(荒城蘭太郎・子役)
 以上、昨日の「不満足な」気持ちは、払拭され帰路につくことができた。
昭和を飾った名歌手たち(6)昭和を飾った名歌手たち(6)
(1999/01/21)
小唄勝太郎、三島一声 他

商品詳細を見る




日本直販オンライン
QVCジャパン
にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1



2017-02-01

付録・邦画傑作選・「限りなき舗道」(監督・成瀬巳喜男・1934年)

 ユーチューブで映画「限りなき舗道」(監督・成瀬巳喜男・1934年)を観た。成瀬監督最後のサイレント映画である。舞台は東京銀座、カフェの女給二人が登場する。一人は島杉子(忍節子)、もう一人は中根袈裟子(香取千代子)。杉子はしとやかで控えめ、袈裟子は活発でドライと性格は正反対だが、仲良くアパートに同居している。隣の部屋には貧乏画家の山村真吉(日守新一)も居り、袈裟子に好意を感じているようだ。杉子には相愛のボーイフレンド・原田町夫(結城一朗)が居たが、故郷に縁談話があるようで、結着を迫られている様子・・・。ある日、カフェに映画会社・自由が丘撮影所のスカウトがやって来た。人気女優・東山すま子が急に引退を表明したので、その穴埋めを探しに来たのだ。四、五人の女給の中で白羽の矢が立ったのは杉子、翌日、出勤する杉子と袈裟子を待ち伏せしていたスカウト(笠智衆)が「女優になりませんか。今の10倍以上は俸給を払いますよ」と誘う。そういえば近々、杉子の弟(磯野秋雄)が上京、杉子と同居することになっている。袈裟子は早々に引っ越さなければならない、という事情もあって、杉子は女優業に食指が動いたか。出勤後、自由が丘撮影所に向かおうとして交通事故、走ってきた自動車にはねられてしまった。運転していたのは上流階級、山内家の御曹司・山内弘(山内光)。ケガは打撲傷、数日間の入院で済んだが、終始、見舞いを続けた山内が謝罪する。「こちらこそ、急いでいたので不注意でした。御迷惑をおかけしました」という杉子に心惹かれたか、杉子も山内の優しさ・誠意に絆されたか、加えて、入院中の杉子に連絡がとれなかった原田から離別の便りが届いたこともあってか、山内と杉子は「恋人同士」として結婚する。しかし、山内の母(葛城文子)や姉(若葉信子)は気に入らない。洋風、派手好き、上流階級の久山淑子(井上雪子?)を許嫁として迎えたかったらしい。何かにつけて杉子の振る舞いに「格が違う」と難癖をつける。 
 そんな折、袈裟子の方はちゃっかりと自由が丘撮影所と交渉、女優業に収まった。馴染みの画家・真吉にも撮影所の仕事を斡旋する。しかし羽振りのよかったのは初めだけ、近頃は「役がつかない」、真吉に向かって「あんたが近づくからだ」などと八つ当たりを始める有様だった。杉子と袈裟子、いずれも思い通りにならないのが人生・・・。
 いよいよ大詰めへ、姑、小姑の嫌がらせにじっと耐える杉子、彼女を守れずに苦しむ山内に「しばらくお暇をいただきます」と言って杉子は弟が居る元のアパートに戻っていく。事情を知った弟は「初めからこうなると思っていたよ。でもまた二人で働いて出直そう」と慰め励ます。自暴自棄になった山内は、杉子と幸せの時間を過ごした、思い出の箱根路を別の女とドライブ、「どこまで行くの?」と問われれば「俺はどこまでも突っ走りゃいいんだ!」、しかしその直後、転落事故を起こして重態に・・・。山内から家令(谷麗光)が迎えに来た。「世間体もありますのでお戻りください」。杉子は凜として「世間体のためならお断りします」。弟も断ったが「でも、お気の毒なあの人のためにお会いしましょう。私にはどうしてもお母さんやお姉さんに言いたいことがあるんです」。病室に行くと母と姉に囲まれて、山内は包帯姿でベッドの中、「杉子さん、弘はこんな姿になりました」という母の言葉をやり過ごして、杉子は山内の枕元に跪く。気がついた山内「杉さん、逢いたかった。僕は君を苦しめ通しだったね。でも心から君を愛している」と手を差し出せば、杉子も手を握り返し「でも私たちの愛だけではどうにもならないものがあるようです。あなたはいい方だけど弱かった」。その一言を最後に杉子は夫と決別した。母と姉に向かって「今日はお別れにまいりました。はっきり申し上げます。こんなことになってしまったのはみんなお母様とお姉様のせいです。お母様は初めから私を愛そうとはなさらなかった。」「それはひがみです」と姉が言い返せば「ひがみかもしれません。でもお母様が愛していたのは山内家という家名だったのです。それで母親と言えるでしょうか。それでいいのでしょうか」。うなだれる母、弘の呼ぶ声が聞こえる。立ち去ろうとする杉子に母が懇願する。「お願いですから弘のそばに居てやって下さい!」だがしかし、「私、失礼いたします」と言い残すと、杉子はドアの外に消え去った。まもなく山内の様態は急変し息を引き取る。しばし、杉子は廊下に佇んでいたが、哀しみに耐える強さが際立つ艶姿であった。サイレントとは言いながら、周囲の物音、人物の声が聞こえてくる名場面であったと私は思う。 
 ラストシーンは再び銀座、貧乏画家・山村が似顔絵の出店を出している。「ハイ、お弁当よ」とやって来たのは袈裟子、二人は結婚して貧乏生活を始めたようだ。「杉子さんが聞いたらビックリするだろうね」などと語り合う。杉子も元のカフェの女給に舞い戻った。自動車の運転免許を取り、仕事を見つけた弟も、愛車を見せにやって来る。「お茶でも飲んでいかない」と誘うが「少しでも、働かなくちゃ」、欣然と走り去った。見送りながら、ふと乗合バスに目をやると、座席には原田町夫の姿が・・・。うつむく杉子、通り過ぎる路面電車、歩く人々、車などなど賑やかな銀座の風景を映しながら、この佳品は「終」となった。 
 監督・成瀬巳喜男は「女性映画」の名手と言われている。なるほど、杉子、袈裟子、山内家の母、弘の姉、許嫁の久山淑子といった面々が見事な人間模様を描出している。上流家庭を守ろうとする女性たち、貧しくても幸せを求めてしたたかに生きる女性たち、その逞しさ・強さに比べて男たちは弱い。山内弘も原田町夫も「旧家」の家風(格)には抗えず、自らの人生を台無しにしてしまった。わずかに貧乏な山村だけが、ささやかな幸せを掴んだようだ。それにしても、最後、偶然に出会った原田と杉子、二人の今後の運命やいかに?「舗道」とは現代人が歩む道(人生)だとすれば、《限りなき》出会い、別離が繰り返されるであろうことも間違いない。(2017.1.30)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-31

劇団素描・「三河家劇団」・《芝居「会津の小鉄」座長の《離れ業》と「特別出演」大導寺たかしの「舞姿」》

【三河家劇団】(座長・三河家桃太郎)〈平成26年2月公演・島田蓬莱座〉
蓬莱座は、JR東海道線藤枝の一つ先(下り)、六合駅で下車、東海道(国道1号)に沿って島田方面に向かい、御仮屋の交差点を越えたところにある。多分(去年)、三軒長屋風の2階建て店舗を「劇場」に改装したのだろう、収容人数50人ほどの瀟洒な佇まいであった。オーナーは、元役者の大導寺たかし、しかも、今日は舞台に「特別出演」するとのこと、まだ彼の舞台姿を拝見していない私にしてみれば「何はおいても」という一念で馳せ参じた次第である。芝居の外題は「浪花遊侠伝・若き日の会津の小鉄と名張屋新蔵」。座長・三河家桃太郎が、小鉄の女房・お吉と名張屋新蔵の二役、会津の小鉄に京華太朗、その兄貴分といろはの幸太郎二役を奥村武仁、新蔵の娘に美河こもも(?)、お吉を訪れた髪結いに甘田千恵子といった配役であったが、見所は、座長二役の「離れ業」、いずれも小鉄のために「死んでいく」役柄だが、お吉は小鉄の「侠気」を奮えたたせ、新蔵は、そのお吉に殉じようとして・・・、といった「心模様」を座長一人で描出してしまう、という「至芸」に私の涙は止まらなかった。惜しむらくは、それに対する小鉄の風情、いずれは幕末の京都を取り仕切るほどの大親分になるという、その「片鱗」を見せてほしかったのだが、まだ京華太朗は発展途上、今後の精進に期待したい。さて、第2部グランドショーでは、いよいよ「特別出演」大導寺たかし、登場。「立ち」は「転がる石」、「女形」は瀬川瑛子の「曲名不詳」であったが、いずれ菖蒲か杜若、どこか哀愁を漂わせ、華麗にかつ可憐に舞う舞台姿は、筆舌に尽くしがたい。とりわけ、女形舞踊は片岡梅之助、故・東雲長次郎と肩を並べる一品で、斯界の「至宝」と言っても過言ではないだろう。桃太郎座長、歌唱の後のトークでいわく「私が最も得意とするのは芝居、次は歌・・、三番目が踊り?かな」、その意味がようやく呑み込めたのであった。幕間には「三河家桃太郎誕生日公演『一本刀土俵入り』・舞踊歌謡ショー」のDVDが売り出されていたのですぐさま購入、やっぱり大雪の一夜が明け、交通機関が混乱する中を、はるばるやってきた甲斐があった、今日もまた大きな元気に「お土産」まで頂いて、心ウキウキ帰路に就くことができた。感謝。
浪花しぐれ「桂春団冶」/会津の小鉄浪花しぐれ「桂春団冶」/会津の小鉄
(2005/12/07)
京山幸枝若

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-30

付録・邦画傑作選・「恋の花咲く 伊豆の踊子」(監督・五所平之助・1933年)

 ユーチューブで「恋の花咲く 伊豆の踊子」(監督・五所平之助・1933年)を観た。タイトルに「恋の花咲く」という文言が添えられているように、この作品は川端康成の原作を大きく改竄している。それはそれでよい、むしろその方が映画としては面白かった、と私は思う。主人公の学生・水原(大日向伝)は原作の「私」とは似ても似つかない快男児・好青年として描かれていた。水原が伊豆を旅して巡り合った旅芸人たちとの「絡み」と「行程」はほぼ原作を踏襲しているが、随所、随所に伏見晃の脚色が加えられている。その一、冒頭に登場するのは、自転車を全速力で走らせる一人の警官、伊豆の温泉町にある旅館・湯川楼の内芸者が借金を踏み倒して逃亡したと言う。村人に目撃者がいないかを尋ねているところに、かつて湯川楼に出入りしていた鉱山技師・久保田(河村黎吉)も加わり、金鉱の山を買って大儲けした湯川楼の噂をする。その二、ある村の入口で、一人の虚無僧が立札を見ている。「物乞い旅芸人立ち入るべからず」と書かれている。彼は立札を引き抜き倒して立ち去った。その様子を見ていた村の子どもたち。後から来た旅芸人の娘(薫・田中絹代)が倒されている立札に気づき手にしたところを村人から咎められる。「役場に来い」などと言われ娘の兄(永吉・小林十九二)が無実を主張し小競り合いが始まった。そこに通りかかったのが水原で、村人に「引き抜いた所を見たのか」と確かめる。「あたい見たよ」と証言したのは村の子ども、「さっき尺八吹きの男が引き抜いたんだ」。かくて旅芸人一同の窮地は救われた。以後、水原と旅芸人の旅程が始まったのである。その三、湯川楼という旅館は、水原の先輩・隆一(竹内良一)の実家、主人の善兵衛(新井淳)は永吉の父とも懇意にしており、旅芸人になった永吉、薫たちの後見人という立場であった。永吉の父から買った山から金鉱が出たが、儲けた金の一部は薫名義で貯金している。ゆくゆくは堅気の生活に戻して、薫を隆一の嫁にしたいと思っている。その四、技師の久保田は湯川楼の繁盛振りを見てなにがしかの現金を強請り取り、永吉にもけしかける。「君はダマされたんだ。分け前を貰って一緒に金鉱を掘りてよう」。そそのかされて永吉は湯川楼に向かったが「金が欲しければ妹を連れてこい」と追い返された。その様子に義憤を感じた水原も湯川楼に談判に行くが、そこで善兵衛の真意が解るという次第。その五、大詰めの下田港、水原は《先輩・隆一のために》薫との恋を諦める、真意を打ち明け「このことは誰にも言ってはいけないよ」と念を押した。薫の櫛と水原の万年筆を「愛の形見」として交換する。
 以上は、川端康成の原作にはない「脚色・演出」である。まさに「文学」と「映画」(演劇)の違いが際立つ、傑作に仕上がっていたと、私は思う。加えて、見どころも満載。二十代の田中絹代が演じる薫の姿は天衣無縫、おきゃんで惚れっぽい娘の魅力が存分に溢れていた。大日向伝の「侠気」もお見事、さらに温泉宿には遊客・坂本武、芸妓・飯田蝶子までが登場、旅芸人・小林十九二と「剣舞・近藤勇」を競演する場面は抱腹絶倒、悲・喜劇を同時に味わえる逸品であった。
 この作品は、「伊豆の踊子」映画化の第一作である。以後、薫役の美空ひばり版(1954年)、鰐淵晴子版(1960年)、吉永小百合版(1963年)、内藤洋子版(1967年)、山口百恵版(1974年)、早瀬美里版(1993年)が作られているが、それらの全てを見比べてみたい衝動にかられた次第である。(2017.1.28)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-29

劇団素描・「劇団紫吹」・《芝居「かげろう笠」の舞台模様》

【劇団紫吹】(座長・紫吹洋之介)〈平成26年2月公演・焼津駅前健康センター〉
芝居の外題は「かげろう笠」。箱根の山中で山賊に襲われていた盲目の若侍(茜大介)を、旅人の女賭博師・かげろうのお勝(副座長・要正大)が助けるという物語である。この演目を、私は「劇団朱光」の舞台で見聞済み、どちらの出来映えが上か下かを「品定め」する気分で興をそそられたが、「いずれ菖蒲か杜若」、さもありなん、座長・紫吹洋之介と水葉朱光は、「若葉劇団」総帥・若葉しげるの兄妹弟子だとすれば、どちらも「負けるわけにはいかない」。まさに「甲乙をつけがたい」舞台模様であった。とりわけ、副座長・要正大扮するかげろうお勝の風情は絶品で、総帥・若葉しげるの(軽妙洒脱な)「芸風」を見事に踏襲していた、と私は思う。筋書きは割愛するが、見所は満載で、①冒頭場面の若侍とお勝の「絡み」、②江戸で髪結いをしているお勝の兄・新三郎(座長・紫吹洋之介)の、いなせな「風情」、③そこに(お勝の借金をとりたてに)やって来たヤクザ・猫目の(?)六蔵(愛染菊也)と新三郎の「絡み」、ヤクザと髪結いでは、どうみても「実力」は猫目の方が上のはず、はじめは下手にでていた新三郎だが、いざとなれば、小気味よい啖呵で猫目を「震え上がらせる」、その逆転模様が何とも可笑しかった。④若侍の目を治そうとお勝、必死に稼いだが快復は、はかばかしくない。消沈気味の様子を見て、新三郎いわく「このままじゃあ、治るわけがねえ。お前が稼いだ金は、イカサマ
のアブク銭、天の神様が見ていらっしゃる」、お勝「どんなお金だって同じじゃないの」と抗するが「バカを言ってはいけない。お前が本当に万チャン(若侍)の目を治したかったら、堅気になって、汗水流して働くことだ。その気持ちが万チャンの目を治すことになるんだぞ」というやりとりは、拝金主義の現代においては、ひときわ「説得力」があった。⑤お勝、心を入れかえて昼は沖仲仕、夜は仲居、とどのつまりが長い黒髪まで売って、治療代を捻出、大詰めではめでたく若侍の目は開いたのだが、その万チャンは、実は尾張大納言万太郎宗冬様という若大名であった。一時は、その人との「縁談話」まで持ち上がっていたのだが、お勝も万チャンも「その気」になっていたのだが・・・、「身分の違い」まではどうすることもできず、新三郎と腰元(座長の姉・愛寿々女)の説得によって、「縁談は破談」。お勝は、尾張に帰って行く万チャンの後ろ姿を見送るだけだった。そして一言、「兄ちゃん、アタシはまた元の女に戻るよ」。その幕切れは、屏風絵のように美しくも哀しかった。
 実を言えば、私はこの芝居の幕が下りるまで、お勝を演じていたのは、座長・紫吹洋之介だとばかり思い込んでいた。それにしても兄・新三郎を演じていたのは誰だろう、ずいぶん達者な役者がいるものだと思っていたのだが、閉幕後の口上で座長登場、なんと新三郎の舞台衣装であったとは・・・。だとすれば、お勝は副座長・要正大、「随分と腕を上げた」ものだと感嘆してしまった。私が以前見聞した芝居は「大島情話」、そこでは二枚目の「立ち役」であったが、今日のような「存在感」はなかったように思う。それとも、彼の「はまり役」は「女形」、舞踊ショーの艶姿もひときわ鮮やかであった。斯界の大御所・若葉しげるの「跡目」(芸風)を継ぐのは、要正大、水葉朱光、そして「若姫劇団」の愛望美・・・、枚挙に暇がないようである。焼津名物の「鰹三昧」「黒はんぺん」を賞味しつつ、そんなことに思いを巡らせていた次第である。
焼津名物 丸敏 黒はんぺん10枚入り10セット焼津名物 丸敏 黒はんぺん10枚入り10セット
()
丸敏 増田商店

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-28

劇団素描・「劇団紫吹」・《芝居「大島情話」の出来栄えは一級品》

【劇団紫吹】(座長・紫吹洋之介)〈平成23年2月公演・大宮健康センター湯の郷〉
 劇場の案内パンフレットには以下のように紹介されていた。〈劇団紹介 座長・紫吹洋之介・生年月日:1972年4月8日 出身地:神奈川県 初舞台:18歳 ゆの郷おなじみ「若葉劇団」の愛洋之介座長。「若葉劇団」で芸を磨き、平成21年4月に「劇団紫吹〉を旗揚げ。若葉から受け継がれたお芝居を「紫吹」の看板として、「芝居の紫吹」の名を広めています。若手座員と一丸となって、お客様を裏切らない舞台を心がけチームワークの良い楽しい舞台が楽しめます。座長からの一言 みなさまお久しぶりです。約2年半ぶりに大宮に戻ってきました。新しく旗揚げをした「劇団紫吹」をぜひ応援して下さい。まだ浅い劇団ですが、座員共に一丸となり、楽しい舞台をごらん頂きます。ご来館をお待ちしております〉。そうそう、私は、約2年半前(平成20年9月)の舞台をここで見聞、以下のような感想を書いていた。〈夜の部、芝居の外題は「瞼の母」、何と、総師・若葉しげるが「番場の忠太郎」を演じるとあって、客席は「ダブルの大入り」、たいそう盛り上がったが、総師本人の口上にもあったように、「役者の賞味期限は短い」、親子ほど年齢の違う役者が、反対の「親子役」を演じることには無理があった。加えて、総師の真骨頂はかわいらしい「女形」、「渡世人」「遊び人」「股旅姿」は似合わない。もともと、配役に「無理」があったのだが、「ころんでもただでは起きない」のが大衆演劇、その「無理」「不釣り合い」を見事に払拭し、「喜劇・瞼の母」に塗り変えてしまったのが、座長・愛洋之介と一心座座長・若葉隆之介の「絡み」であった。料亭・水熊に出入りするヤクザ(若葉隆之介)と、その一家の用心棒(愛洋之介)が、忠太郎を「闇討ち」にしようとするのだが、忠太郎を待ち受けるまでの用心棒の様子が、何とも可笑しい。「体調不良」で「便意」をもよおす風情はともかく、「早く始末を付けて帰りたい」という「やる気のなさ」や、「忠太郎って、大きい奴?強そう?」「そうだよな、強いに決まってるよな」などと言うセリフが、総師の舞台姿と対照的で、実に「鮮やか」であった。いよいよ、終幕、忠太郎登場、意外な姿に「驚く」用心棒、用心棒の反応に、また笑いをこらえる総師、そのやりとりが「絶妙」で、まさに「名作狂言」を「オリジナル」化(パロディー化)した「名舞台」であった、と私は思う〉。さて、今日の舞台には、若葉しげる、若葉隆之介らの姿はなかったが、座長・紫吹洋之介は一段と腕を上げ、看板通り「芝居の紫吹」の名に値する舞台を展開していたのだった。外題は「大島情話」。場所は大島・波浮港、居酒屋を営む老爺(座長・紫吹洋之介)と放蕩息子(茜大介)、その嫁・お島(紫吹ゆり?)の物語である。婚礼当日、息子は、ぷいと家を出て3年間も行方がわからない。老爺は嫁に「あんなバカ息子のために辛抱することはない。はやくいい人を見つけて幸せになってくれ」と言うが、嫁は健気にも「私の亭主はあの人だけ・・・、もし嫁がダメならお(義)父っつあんの娘にしてください」だと・・・。老爺、さりげなく、「それほどまでに息子のことを・・・、いっそのことお父っつあんの嫁にとでも言ってくれれば・・・、やっぱりダメだろうな。年はとりたくねえもんだ」とつぶやく風情が(男の本音が露わにされて)何とも可笑しかった。そこへ、江戸の行商人(副座長・要正大)登場、亡妻に生き写しのお島に一目惚れ、3年も通い詰めとのこと、老爺「そうだったのか。遠慮するにはおよばねえ。はやく江戸に行って幸せになんなせえよ」だが、お島、頑として応じない。さらにまたまた、放蕩息子もヤクザ姿で帰ってきた。「お父っつあん!お久しぶりでござんす」、老爺一目見るなり、「なんだ!この野郎。今頃けえってきやがって!」と、どやしつける姿がなんとも面白く、絵になっていた。その勢いにたじたじとなる息子、「堅気になって、親孝行したいんだ」「バカ野郎、そんなこと信用できるか」「ウソじゃねえ、本当だ」。必死に頼む息子に老爺も折れたと思いきや、息子「ところで、父っつあん、頼みがある」「ナンだ!」「堅気になるには金が要る。百両都合してもらいてえんだ」。老爺、開いた口がふさがらず、「そんな金がどこにあるというんだ」「この家を売っぱらえばいいじゃねえか」「この親不孝者!」といった、丁々発止のやり取りに加えて、あくまでも冷静・無表情な息子、コミカルに激高する老爺の風情が、見事なコントラストを描出、観客の視線を舞台に釘付けにしていたのは、お見事という他はない。息子、女房のお島が「まだ居る」ことが分かると、「そうか、じゃあお島を売って金にしよう」など言い出す始末・・・。とうとう堪忍袋の緒が切れたか、老爺はお島に金を与えて、行商人の元に旅立たせる。すべては終わった。そんな時、息子、ふと一言「よかった」。それを聞きとがめた老爺、「何だと!、よかっただと?おめえ、気でも狂ったか、何がよかんたんだ!?」息子、応えて「これでいいんだ、こうでもしなけりゃ、お島のやつ、あの人の所に行かねえもんな・・・」思わず老爺絶句。「父っつあん、勘弁してくれ。俺は何もかも知っていたんだ」という大詰めの景色は秀逸、まさに「情話」の真髄を絵に描いたようで、私の涙は止まらなかった。なるほど「芝居の紫吹」、心底から「日本一!」というかけ声をかけたくなるような出来栄えであった。ところで、放蕩息子を演じた茜大介、副座長・要正大の兄ということだが、どこかで見たような気がする。もしかして、「都若丸劇団」の?だとすれば、彼もまた「大いに腕を上げ」たようだ。座員は、他に芸名不詳の男優(彼もいい味を出している)、女優・紫吹寿々女、レン、マオ、ミミ(?)らがいる。中でもレン、居酒屋を訪れた島の娘役で登場、他の娘たちに酒を勧められ「ダメ、ダメ、ダメ。・・・じゃあ、一杯だけよ」と言いながら、盃を飲み干したとたん、あとは「泥酔状態」に豹変する様はお見事。どの役者も「芝居のコツ」を心得ているとは、さすが「若葉劇団」から「暖簾分け」されただけのことはある、などと納得しながら帰路についた次第である。
波浮の港波浮の港
(2010/10)
秋廣 道郎

商品詳細を見る

日本直販オンライン
QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-27

劇団素描・「司京太郎劇団」・《芝居「地蔵の卯之吉」、実力派劇団への期待》

【司京太郎劇団】(平成20年2月公演・柏健康センターみのりの湯)
「劇団紹介」によれば、<プロフィル:九州演劇協会所属。平成元(1989)年5月1日、九州・玄海パレス(現在は廃館)で旗揚げ。「忠臣蔵」や子役(愛娘・都こもも)を使った人情芝居を十八番としている。座長 司京太郎:昭和42(1967)年4月24日生まれ。山口県出身。血液型AB型。16歳の時に初舞台を踏む。平成元(1989)年に劇団を旗揚げ。立ち役では渋さを醸し出し、女形では優雅にしっとりと舞う。「お客様に、気持ちよく観ていただけるように」と、衣装やかつらの手入れをしっかりとし、美しく清潔感のある舞台を心がけている>。キャッチフレーズには「実力派劇団が舞台に華を咲かす!華麗なショーに、十八番の人情芝居。胸の中で熱く燃える、舞台への情熱すべてを日々発揮する」とある。
 まさにその通りで、センター公演では「芝居」「舞踊ショー」の二部構成が通常だが、この劇団は「顔見せショー」「芝居」「舞踊ショー」の三部構成、情熱すべてを日々発揮しようとする熱気が感じられる。「舞踊ショー」では、座長の女形一本、立ち役三本、観客は存分にその「実力」を堪能できた。芝居は、定番の「地蔵の卯の吉」、主役は人気女優・藤乃かなが、堂々と器用に「立ち役」をこなす。脇役陣も堅実で「実力派劇団」の看板に偽りはない。衣装、かつらも「美しく清潔感」に溢れている。すべてが「水準以上」なのだが、何かひとつ物足りない感じがする。観客を惹きつける「実力」は十分なのに、何か一つ物足りない。私の独断と偏見によれば、それは「緩急自在」の「メリハリ」とでも言えようか。「胸の中で熱く燃える、舞台への情熱」が「全力投球」(直球勝負)になりすぎるきらいはないか。どこかで「ふっと力を抜く」軽妙さを生み出せれば、魅力は倍増するだろう。「実力」をすべて出し切ろうとする「誠実さ」(一生懸命さ)を痛いほど感じるのだが、どこかで「芸惜しみ」をすることも必要なのではないだろうか。「芝居」も「舞踊」も実力十分、その実力を通して、何を訴えるか。「地蔵の卯の吉」の舞台を例にとれば、盲目の母が、卯の吉の死を察知する「一瞬」が見せ場の眼目、それを「いつ」「どこで」「だれが」「どのように」演じるか。その景色・風情を「舞台上の人物」すべての気配で表現できれば申し分ないのだが・・・。「舞踊」においても「歌は三分間のドラマ」、踊り手一人一人が主役の座を与えられる。歌詞に秘められた情景・心情を「もう一歩」自分のものにできれば、「実力派劇団」の実力はさらに確固としたものになるだろう。
 とはいえ、私の観劇はまだ2度目、認識不足の難はまぬがれられまい。
三宅島流人 小金井小次郎三宅島流人 小金井小次郎
(2000/05)
下村 昇

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-26

劇団素描・「劇団武る」・《芝居「おさん徳兵衛」》

【劇団武る】(座長・三条すすむ)<平成20年2月公演・浅草木馬館>
 座長を筆頭に、座員は指導・勝次朗、副座長・藤千乃丞、女優・月城小夜子(元・松竹新喜劇)といった「実力者」が舞台を引き締めている。芝居の外題は「おさん徳兵衛」、大衆演劇の定番、「実力者」たちで主役・脇役を固め、安心して観ることができた。特に、座長の「お菰」役は絶品で、「あわれさ」と「あかるさ」(滑稽)を両立させる「上品」な雰囲気が舞台に漂っていた。「舞踊ショー」も、座長の「命くれない」「ああ、いい女」、副座長・藤千乃丞の「ある女の詩」等、女形舞踊が素晴らしく、印象に残る舞台であった。それに比べて、やや「立ち役」(男踊り)が単調、「色香」に欠けるので、指導・ショウジロウの「奥飛騨慕情」(これは伝統的至芸といえる逸品であった)を目指して、さらなる精進を期待したい。思うに、座長・三条すすむの持ち味は、「女形」の方にあるのではないか。古くは辻野耕輔、若葉しげる、近くは市川千太郎の方向性と軌を一にしながら、「里見要次郎」風ではない女形、たとえば「藤純子」的な風情を極めれば、大成するだろう。
VHSビデオ 唄と踊り 振りつき音多ビデオ 2巻組 OV-2 (カセットテープ付)VHSビデオ 唄と踊り 振りつき音多ビデオ 2巻組 OV-2 (カセットテープ付)
(2007/01/25)
不明

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-25

「鹿島順一劇団」・《芝居「紺屋高尾」・三代目虎順の役者魂》

【鹿島順一劇団】(平成20年2月公演・川越三光ホテル・小江戸座)
 祝日とあって観客は「大入り」。芝居は「紺屋高尾」、配役は、座長・紺屋(久助)、虎順・高尾、二人とも発熱(感冒)を押しての熱演だったが、やはり16歳の若手に「遊女」役は荷が重い。「汚れ役」(鼻欠けおかつ)で登場した蛇々丸が舞台を盛り上げた。客から「蛇々丸の女形を観たい」という所望が多いので、今日はそのリクエストに応えたという。しかも、それが何と泥・垢にまみれた「夜鷹」役とあって、客は見事な肩すかしを食らった。そうした演出が実に「粋」である。この「汚れ役」は、通常「鼻に抜けた」口跡で演じるが、「表情」(化粧)「所作」だけで「鼻欠け」役を演じた蛇々丸の「実力」は半端ではない。また劇団の高い品格を(弱者の言動を徒に弄ばない)感じる。座長の歌謡ショーは、虎順の舞踊をバックに「鯱」、そして私が心待ちにしていた「無法松の一生」(度胸千両入り)だった。音が切れたマイクの故障にも動ぜず、最後まで情感たっぷりに歌い通した腕前はさすがであった。ラストショー、「旛随院長兵衛」役の虎順は孤軍奮闘の熱演、それを最後に、夜の部は欠場となった。本人はラーメンを食べ、「夜も出る」と頑張ったが、高熱には勝てず、服薬して静養中とのこと、倒れるまで全力を出し切った「役者魂」に拍手を贈りたい。夜の部の芝居は「仇討ち前夜・小金井堤」、座長を筆頭に、座員一同、「きちんと、いい仕事している」が、いつもとはどこか雰囲気が違う。役者も客も何か物足りない。虎順の抜けた穴がポッカリと空いてしまうのだ。日頃の「全力投球」の姿が見られない「寂しさ」がつきまとう。まだ芸未熟とはいえ、まさに誠心誠意、全力を尽くして舞台を務める彼の存在が、いかに劇団員・観客の覇気(モラール)を高めているか、その舞台を、活気のみなぎった、魅力的なものにしているか、を思い知らされる一幕ではあった。大衆演劇という劇団のチームワークが、役者同士の強い絆によって作られていることを、あらためて思い知らされた次第である。三代目虎順の、一日も早い回復を祈りつつ、帰路についた。

五代目 三遊亭圓楽 名席集 紺屋高尾/寝床五代目 三遊亭圓楽 名席集 紺屋高尾/寝床
(2010/07/07)
五代目 三遊亭圓楽

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-24

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「仇討ち絵巻・女装男子」と「月とすっぽん」》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成20年2月公演・川越・三光ホテル小江戸座〉
 芝居は「仇討ち絵巻・女装男子」と「月とすっぽん」、それに舞踊(歌謡)ショー、二ヶ月ぶりに見る舞台は依然として光彩を放っていた。客の話、「今度の劇団はいいよ」、「特に、女形で上手い役者がいたなあ」「早く役者の名前をおぼえなくちゃあ」、等を耳にしながら、「当然、当然、なにせ日本一の劇団なのだから・・・」と、私は納得していた。特に、「うるさくなくていいよ、他の劇団は音が大きすぎて頭が痛くなってしまう」という客の声は聞き逃せない。私は、これまで観た劇団の座長すべてに、音響効果に留意するよう、手紙を送ったが、その後、変化の見られた劇団は、「劇団花車」(座長・姫京乃助)、「恋川純弥劇団」(座長・恋川純弥)、「剣戟・はる駒座」(座長・津川竜)、「小林劇団」(座長・小林真)、そしてこの「鹿島順一劇団」くらいであろうか。 今日の芝居では、役者が装用するワイヤレスマイクのボリュームを絞れるだけ絞り、舞踊では、音楽のボリュームを「痛覚レベル」寸前で抑えている。この配慮こそ、何よりも大切な「演出」なのである。座長はじめ、花道あきら、蛇々丸、春大吉、三代目虎順、春日舞子、梅乃枝健といった面々の「実力」は相変わらずであったが、若手・金太郎の演技に「少しずつ」変化があらわれているように感じた。舞踊における「身体の線」が「絵になりつつ」ある。さらに「肩の線」「表情」が変化すると「見違えるように」なると思うのだが・・・。三代目虎順の「女装男子」、女形から「若様」(侍)への変身を、どのような間(呼吸)、表情、所作、声音で表現するか、関心を持って観ていたが、市川海老蔵(「十六夜清心」の清心役・「弱」から「強」、「善」から「悪」への変身)よりは「上」であった。前半の「女装」部分(「人形ぶり」のような型どおりの所作)は合格、それが「男子」になった後半が「今一歩」(「若様」としての風格がまだ感じられない)というところか。今後、「渡世人」「素浪人」「旗本」「役者」「百姓」など「立ち役」の使い分けができるように、父・鹿島順一の「至芸」を学びとってもらいたい。花道あきらの「女形舞踊」は、一段と磨きがかかり、まさに「油がのりきった」感がある。芝居でも「表情」による演技が冴え、舞台を引き締めていた。蛇々丸、春大吉も、脇役に徹した「控えめ」な演技がすがすがしく、素晴らしい(爽やかな)舞台であった。「芝居・月とすっぽん」の終幕、どうみてもすっぽんの座長(平太郎)と舞子(お鍋)が深手を負い、どうせ死ぬなら明るくと、「会津磐梯山」の音曲に乗せて踊る相舞踊(節劇)は秀逸、また、「歌謡ショー」で、座長(の歌唱「ああ、いい女」に合わせて踊る)舞子、御両人の舞台も絶品であった。一ヶ月公演という長丁場、それぞれの劇団員が「適材適所」で十二分に「実力」を発揮することを期待する。この劇団がさらにその実力を高め、「日本一」の座をいっそう確実にするための課題は何か。それは「真剣勝負」の一語に尽きると私は思う。文字通り、小道具として使われる大刀、小刀、匕首など、「刃物」が「真剣」(本身)であるように「見せる」ことができるかどうか。それは、刀身が鞘から抜かれるときの「一瞬」で決まる。その光、重さ、冷たさ、鋭さが「真剣」だと錯覚させる「もどき」の世界を追求・実現できたとき、劇団の実力は確固としたものになるだろう。「刃物」は、大衆演劇の小道具に不可欠だが、それが「真剣」だと見間違えるような舞台はまだ観たことがない。唯一、大歌舞伎、新国劇 との「格差」であろうか。小道具に使える値段の多寡(劇団の経済力)は言うまい。「芸の力」でその格差を逆転することこそが、大衆演劇の面目(真骨頂)に他ならないからである。

美術刀剣-模造刀 アルミ模造刀 黒石目(大刀)美術刀剣-模造刀 アルミ模造刀 黒石目(大刀)
()
模造刀

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1



2017-01-23

劇団素描・「劇団美山」・《芝居「夢介十年後の仇討ち》

【劇団美山】(座長・里美たかし)<平成20年2月公演・佐倉湯パラダイス>
「劇団紹介」によれば、「プロフィル:平成9(1997)年1月、ユーユー・カイカン(三重県)にて、当時11歳だった里美たかし座長が旗揚げ。若き座長・座員たちを、映画や故・藤山寛美のもとで修行を積んだ太夫元・美山昇二郎と責任者・中村喜代子(座長の父母)が厳しくも温かい目で指導、着実に実力が備わってきている。劇団のモットーは「義理人情の熱いお芝居」。「座長 里美たかし:昭和60(1985)年12月4日生まれ。福岡県出身。血液型O型。美山昇二郎太夫元の長男。子役の経験を経て、弱冠11歳で当時の最年少座長となる。可憐な花のような女形に人気が集まっているが、厳しい父(美山昇二郎太夫元)の指導のもとで日々鍛えられ、芝居の実力も向上の一途を辿っている」とある。キャッツフレーズは「キュートな瞳で魅了する!小首をかしげてニッコリ微笑むと、可憐な花が咲いたよう。美しく優しい笑顔に癒されます」とあった。芝居開演前の配役紹介が丁寧だったので、里美こうた、里美京馬、中村喜代子、中村みか、中村えくぼ、中村はな、里美てるひこ、里美ゆうき、という芸名をメモすることができた。芝居が始まっても、顔と芸名が一致しなかったが、舞踊ショーが終わるまでには、すべての役者を芸名で見分けることができるようになった。全体を通して、現状では芝居よりも舞踊の実力が優っているように感じた。特に、座長の女形は「水準以上」で、キャッチフレーズどおり「可憐な花」のような雰囲気を漂わせる。表情(目線)も「さりげなく」「あっさりとして」「さわやかな」印象である。「江戸の女」「明治の女」「昭和の女」「現代の女」を演じ分けられるようになれば、斯界の第一人者となる日も遠くないだろう。他に、中村えくぼ、里美こうたの舞踊が光っていた。「関東春雨傘」を、「傘なし」で踊った里美こうたの「実力」はさすが、今後、「日和下駄」「車屋さん」系統の「粋な風情」を追求してもらいたい。舞踊に比べて芝居の方で「いい味」をだしていたのは、里美てるひこ(用心棒の侍)と里美ゆうき(敵役の親分)であった。主役と絡みながら、ある時は「不器用に」、ある時は「滑稽に」、相手を引き立てる(目立たせる)演技が「自然体で」できていたように思う。中村えくぼと座長の「三枚目」は、高難度の演技力を要求される。まず第一に、「客」との呼吸(間)、次に、相手役との呼吸(ボケとつっこみ、場合によってはボケとボケ)をはかれるかどうか・・・。登場して客を見る、客が笑う、それを確認して「表情」の演技、客が笑う、それを確認して「所作」の演技、客が笑う、以後は相手との絡みに専念し、客の笑いを「背中で感じる」ようになれば、「芝居の実力も向上の一途を」辿るに違いない。外題「夢介十年後の仇討ち」の眼目は、「バカな夢介」から「バカなふりをしている夢介」、「実は筋金入りの男・夢介」へと「変化」(へんげ)していく過程を楽しむところにある。そのためには、夢介は本当にバカなのか、そうではないのかが、三枚目・チョロ松との絡み、敵役の親分、用心棒とのやりとりを重ねるうちに、次第次第と「浮き彫り」されてこなければならない。大昔、新国劇「国定忠治・山形屋の場」で、「百姓のふりをする忠治」を辰巳柳太郎が演じていたが、それと同程度(高難度)の演技力が要求されるのである。という点では、まだ課題が残る舞台ではあった。とはいえ、斯界の実力者を両親にもつ座長のこと、「つぼにはまれば」難なくクリアできるだろうと、私は確信する。
日本の伝統芸能〈浪曲〉国定忠治~忠治・山形屋乗込み(上)(下)日本の伝統芸能〈浪曲〉国定忠治~忠治・山形屋乗込み(上)(下)
(1995/11/01)
広沢虎造(二代目)

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-22

劇団素描・「宝海劇団」・《芝居「吉五郎懺悔」の名舞台・宝海大空の魅力》

【宝海劇団】(座長・宝海竜也)〈平成24年1月公演・佐倉湯ぱらだいす〉
芝居の外題は「吉五郎懺悔」。配役は、木鼠吉五郎に座長・宝海竜也、茶店の老婆(実は吉五郎の母)に宝海真紀、老婆の息子・新吉に宝海大空、十手持ち親分に若座長・早乙女紫虎。本来なら、吉五郎に早乙女紫虎、十手持ち親分に座長・宝海竜也というあたりが順当・妥当だと思われるが・・・、そうか、今日の舞台、人物も筋書きも余計なものは省けるだけ省き、吉五郎と母の出会い、義弟・新吉との「絡み」に焦点を絞り、座長みずからが吉五郎の演じ方を、若座長に伝授する魂胆か・・・。お尋ね者の盗賊・木鼠吉五郎は生みの親を訪ねる道中、立ち寄った茶店の老婆がお目当ての人、その人に息子がおり、十手持ちの役人だとやら、それでは「親子名乗り」もできない。せめて、息子のお縄にかかって「親孝行」させようという吉五郎の「心象」描出が、芝居の眼目である。座長・宝海竜也扮する吉五郎は、どこか「中谷一郎」然、すばしっこく身軽に「非道を重ねてきた」風情が、鮮やかであった。加えて、間抜けな役人(実は吉五郎の義弟)に扮した宝海大空も素晴らしかった。彼はまだ弱冠16歳、にもかかわらず父・宝海竜也と「五分に渡り合って」母親との「親子名乗り」を遂げさせようとする。口跡といい、表情(目線)といい、姿といい、申し分なく、「ちゃらんぽらん」だった若造が、瞬時にして、兄思い母思いの青年に「変化」(へんげ)する様を、迫真の演技で描出する。なるほど、彼は今やマスコミの人気者、時代の寵児、「宝海劇団」に出演する機会も減りつつあるようだが、その人気は、確固とした「実力」によって培われたものであることを、心底から納得した次第である。その「証し」は、第二部・舞踊ショーにおいても遺憾なく発揮されていた。個人舞踊立ち役の「黒田の武士」は、先輩格・三代目鹿島順一(「鹿島順一劇団」座長)に勝るとも劣らない出来映えであった。さらに女形舞踊「独り寝の子守歌」も絶品、その清純な色香は、あのスーパー兄弟(龍美麗・南條影虎)を凌いでいたかもしれない。私が「宝海劇団」の舞台を初めて観たのは三、四年前、当時の宝海大空は12、3歳で、ほとんど記憶に残っていない。だとすれば、以後の彼の成長はめざましく、それが劇団発展の原動力になったことは間違いないだろう。事実、兄・早乙女紫虎、宝海大地、宝海太陽、宝海蘭丸、山下和夫といった座員の面々も、それぞれの個性が輝いて魅力的、紫虎、大地の扇子使い、太陽の「バック転」はお見事!、それに蘭丸の可憐さと和夫の「歌声」が加わって、舞踊ショーは百花繚乱、居眠りをしている暇などなかった、のであった。座長・宝海竜也は、劇団ホームページ座員紹介の詳細で、「今、勉強していることは? 人の使い方」と記しているが、「宝海劇団」は文字通り「宝の(海ならぬ)山」で、人材に事欠かない。「人の使い方」イコール「人の活かし方」、それぞれが自信を持って、のびのびと自らの個性を磨き合い、座員のチームワーク、役者の「呼吸」を大切にすれば、さらなる発展・成長が期待できる。そのことを念じつつ帰路に就いた次第である。
蔵出し浪曲名人選(9)蔵出し浪曲名人選(9)
(2005/08/03)
三門博

商品詳細を見る

日本直販オンライン
QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-21

劇団素描・「宝海劇団」・《夜の部・舞踊ショーは、観客三人の「夢舞台」》

【宝海劇団】(座長・宝海竜也)〈平成24年1月公演・佐倉湯ぱらだいす)
七草、成人の日も終わって、平日の舞台、その時にこそ劇団の「真価」が問われるのだ、と私は思う。案の定、昼の部でも観客は15人ほど、加えて、今日の舞台では役者も欠けていた。若座長・宝海紫虎、時代の寵児・宝海大空、ベテラン女優・宝海真紀、負傷中の城津果沙がいない。それでも、大衆演劇は「幕を開ける」のである。芝居の外題は、小さすぎて聞こえない。筋書きは、御存知「忠治山形屋」と瓜二つ。娘・お花(海原歌奈?)を加納屋親分(座長・宝海竜也)に身売りさせた百姓の老父(山下和夫)、三十両を懐に帰路に就いたが、地獄峠の山道で山賊(実は加納屋子分・久太郎)・宝海太陽・他に金を奪い取られた。老父、絶望して身投げをしようとしているのを助けたのが、大前田若親分(宝海大地)。若親分、加納屋に乗り込んで、金を奪い返し、お花を救い出すという筋書きであった。それぞれの役者が「精一杯」つとめていたが、まだ「呼吸」の面白さを描出するには至らず、見せ場は、大詰め、山中でみせる若親分と加納屋一家の立ち回り、一瞬にして三人を切り倒す宝海大地の「太刀さばき」であったろうか。それはそれでよい。「一生懸命に舞台を務める」、その心意気、気配だけで、私たちは元気をもらえるのだから。
さて、二部の舞踊ショーからが面白かった。山下和夫、歌唱の2コーラスを歌い終えると、「みなさん、今日は大空くんがいなくてすみません。でもみんなで一生懸命がんばります」(拍手)遠慮がちに「夜の部も観ていただけますか」最前列の女性客「観るよ」「えっ?大空くんは夜も出ませんよ」「大空くんがいなくたって、観るよ」。その言葉を聞いて、一瞬、山下和夫の全身に「電気が走った」。(ように私には思われた)。「えっ?大空くんがいなくても、ですか」と言って、楽屋の袖に顔を向ける。もしかして、そこに座長・宝海竜也が居たのかもしれない。その後、山下和夫、「さざんかの宿」を熱唱、続いてのラストショーで舞台は大団円となった。さて、夜の部開演は6時、はたして何人の観客が居残るだろうか。大浴場で入浴・休憩後、喫煙所でタバコを吸っていると、館内放送が流れた。「午後6時から5階・湯ぱら劇場で宝海劇団によるお芝居・舞踊ショーが行われます。どうぞ皆様お誘い合わせの上御来場ください」。本当にそうだろうか。5時45分頃、興味津々で劇場に行ってみると、案の定、観客は二人しか居ない。200人は優に収容できる客席の最前列に、件の女性客とその「つれあい」とおぼしき男性が、食事接待の従業員となにやら話をしている。三人は、私の気配を察したか、こちらを振り向いた。私も、近づいて「今日は本当にやるんですか」と問いかけると、従業員、「苦渋に満ちた表情で」答えられない。男性客が「そう!、やるか、やらないか。決断の時ですよ。もし、やらなければこの劇団は終わり、正念場、正念場・・・。とにかく、座って待ちましょうよ」。というわけで、観客の三人、固唾を飲んでその成り行きを見守ることとなった。時刻は、まもなく6時に・・・、その時、幕の袖から(静かに)座長登場、「今日は、ありがとうございます。こんなことはめったにないんですが。10年近く座長を務めておりますが、今日は2回目です。以前はお客様が二人、それでも幕を開けましたが、舞踊ショーの途中で帰ってしまいました。今日も幕を開けますが、お芝居は勘弁してください。舞踊ショーで精一杯がんばりますので、どうか途中でお帰りにならないようにお願いいたします」。男性客、大きく頷いて「結構、結構、やる方も辛いでしょうが、観る方も辛いんだ。がんばって、お願いしますよ」。おっしゃるとおり、観る方も辛いのだ。「男も辛いし女も辛い 男と女はなお辛い」という謳い文句そのままに、舞台は開幕する。幕が上がると同時に、三人の(割れるような)拍手を受け、座長・宝海竜也を筆頭に、大地、太陽、蘭丸らが、珠玉の妙技を披露する。たった三人の客を前に演じる「やるせなさ」「こっぱずかしさ(?)」も加わってか、まさに「今、ここだけでしか描出できない」(魅力的な)舞台模様が展開したのであった。太陽の舞台、男性客が声をかけた。「太陽!」、しばらくして小声で「何歳?」と尋ねると、太陽もまた踊りながら小声で、(つぶやくように)「25です」という「やりとり」が何とも面白かった。昼の部では見せなかった「バック転」もサービスして退場。蘭丸は蘭丸で舞台を降り、男性客に視線を合わせて微笑みかける。その可憐な風情も絶品であった。加えて、子役のちょろQ靖龍、舞台狭しと跳んだりはねたり踊りまくる中で、(その弟とおぼしき)赤児まで(幕の陰からハイハイで)登場、「相舞踊」よろしく大人用の扇子を掲げたり、振り回したりする様は、これぞ大衆演劇の「極意・真髄」といった按配で、誠に「有り難い」稀有な風景であった。やがて1時間ほどの舞台は(三人には惜しまれつつも)終演となったが、件の男性客曰く「いやあ、感動した。素晴らしかった。こんな《夢舞台》初めてだ」。けだし名言、大衆演劇は「たった三人の客」のためにだって幕を開けるのである。その心意気に心底から感動、今日もまた、大きな元気を頂いて帰路に就くことができたのであった。感謝。
さざんかの宿/目ン無い千鳥さざんかの宿/目ン無い千鳥
(2003/10/22)
大川栄策

商品詳細を見る

日本直販オンライン
QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-20

付録・邦画傑作選・「その夜の妻」(監督・小津安二郎・1930年)

 ユーチューブで映画「その夜の妻」(監督・小津安二郎・1930年)を観た。登場人物は、深夜ビジネス街で拳銃強盗を働き警官から追われている橋爪(岡田時彦)、その妻まゆみ(八雲恵美子)、その子みち子(市村美津子)、橋爪を捕縛しに訪れた刑事(山本冬郷)、病臥するみち子を往診する医者(齋藤達雄)、その他大勢(橋爪を追いかける警官隊、強盗被害者)とシンプル、ほぼ5人の「絡み」だけで物語は展開する。時間も、ある日の午後9時から翌日の9時まで(原作は短編小説『九時から九時まで』・オスカー・シスゴール)という設定で、当時の人間模様がコンパクトに凝縮された佳品であった。
 橋爪は愛娘・みち子の治療代を捻出しようと借金に出かけたが誰も相手にしてくれない。やむなく強盗を余儀なくされたが、拳銃を所持しているところを見ると堅気とは思えない。いでたちもスーツにネクタイ、ハットとアメリカ風である。住まいは雑居ビルの一室、テーブル、椅子、ベッド、コーヒーポット、洗面器、アイスピック等々、家具・調度品の全てが洋風、壁にはローマ字のポスター、看板も見える。もしかして橋爪の職業はペンキ職人?、彼自身が呟いたように「俺たち貧乏人」であることは確かなようである。室内に干された洗濯物、床に並んだペンキ缶が哀れを誘う。 ベッドではみち子が目をさまして「お父ちゃんはどこ、お父ちゃんを呼んできて」と泣き叫ぶ。医者の話では今晩がヤマとのこと、途方に暮れるまゆみの姿がひときわ艶やかであった。追われ身の橋爪が帰宅、奪ってきた金をわしづかみにしてまゆみに手渡す。「あなた、もしかして・・・」と夫の顔を見据えれば、静かに拳銃を差し出し、「みち子の病気が治ったら、自首するつもりだ」。そこに訪れたのが円タクの運転手を装っていた刑事、「その筋の者だが、御主人は在宅か」。夫、現金、拳銃をあわてて物陰に隠し、「いいえ、主人はまだ帰っておりません」「では待たせてもらおう」「それは困ります。娘が大病なんです。お帰りください」「氷を割るくらいならやってあげるよ」などと言いながら机上に置き忘れた橋爪の帽子を取り上げてまゆみの頭に被せる。「実を言うとさっきあなたの夫をそこまで車に乗せてきたんだ」と言いつつ拳銃を取り出し「出てこい!」と叫んだ。まゆみも意を決したか、隠した拳銃を取り出して刑事の背中に押し突ける。「あなた!早く逃げて」。橋爪、姿を現したが泣き叫ぶみち子の枕元に駆け寄り「俺にはこの子を手放してゆく勇気はねえよ」「それなら私のことはかまわずに介抱してあげてください」なおも拳銃を突きつけて「今夜はこの子が生きるか死ぬかの一大事なんです。夫はこの子が峠を越したら自首すると言っています。それまではいつまでもこうしています」。刑事は静かに両手を挙げ、椅子に腰かけた。時刻は午前1時50分。橋爪の看病が続く。刻一刻と時間が過ぎ、時刻は3時・・・、睡魔がまゆみを襲う。夜が明け始め牛乳配達がやって来た頃、ふと気がつくと事態は逆転していた。拳銃を握っていたのは刑事、橋爪はみち子のそばで眠り込んでいる。慌てるまゆみに「静かに、子どもが目を覚ましてしまうよ。医者が来るまで待つから君も一休みしたまえ。袂の紙幣は僕が預かったよ」などと言う。万事休す、まゆみの力は脱けてしまった。やがて医者がやって来た。診察後、欣然として「もう大丈夫です!危険状態は脱しましたよ」。しかし、橋爪には妻子との別れが待っている。「別れのコーヒーでも入れてもらおうか」、まゆみがふとみると、待ちくたびれたか、刑事が居眠りをしている。咄嗟に「あなた、逃げて!」と夫を玄関口から送り出した。後ろを振り向くと、刑事が立っている。「僕が徹夜の疲れで眠ってしまったと思ったか、その通り、だからわざと逃したんじゃない」。刑事は「その夜」をこの親子たちと過ごすうちに、「拳銃も現金も取り戻した。もういいか」と許す気持ちになったのか・・・。少なくとも「俺はこの男を捕縛したくない」(できれば親子を救いたい)と思ったに違いない。静かに立ち去ろうとして玄関のドアを開けると、橋爪が立っていた。「逃げるなんて馬鹿な考えはやめた。刑期を務めれば思いっきりみち子を抱けるんだ」。わざと逃がしてくれた刑事に対するせめてもの恩義だろうか。呆然とするまゆみ、しかし気を取り直してみち子を抱き上げ、牽かれていく夫を見送る「その夜の妻」の姿はひときわ鮮やかであった。母として、妻として千々に乱れる女心を、女優・南雲恵美子はその表情・目線を通して見事に描出していた。さらに、二枚目・岡田時彦の「やくざ」な色気、ハリウッド映画出演経験者・山本冬郷の「いぶし銀」のような渋さ、モダンな背景・大道具・小道具も添えられて、たいそう魅力的な作品に仕上がっていた、と私は思う。お見事!と思わず心中で叫んでしまった。(2017.1.19)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-19

付録・邦画傑作選・「学生ロマンス若き日」(監督・小津安二郎・1929年)

 ユーチューブで映画「学生ロマンス若き日」(監督・小津安二郎・1929年)を観た。 昭和初期における大学生の人間模様が詳細に描かれていてたいそう面白かった。    
 舞台の始まりは「都の西北」、大学に近い下宿屋である。二階の障子窓には「二階かしま」という貼り紙、一人の学生がそこを訪れるとすでに先入者がいた。渡辺(結城一郎)という学生である。彼は何かと調子よい、なるほど「C調」という人物はこの時代から居たのだ。貼り紙の目的はガールハント(今で言うナンパ)、シャンな娘の到来を待っている。最初の学生は「男」だから駄目、二番目は娘だったが「不細工」だから駄目、ようやく三番目に頃合いの娘・千恵子(松井潤子)がやって来た。下宿屋の坊主(小藤田正一)が「今度はシャンだよ」と紹介するところを見ると、そこの内儀(高松栄子)も渡辺の企みを許容しているらしい。渡辺、千恵子に「この部屋は眺めもいいですよ。私は今日立ち退きます」などと言い、千恵子も気に入った。翌日、荷物を運び込む段になったが、渡辺はまだ居座っている。「昨日は日が悪かったので、今から立ち退きます。あなたが雇った荷車で私の荷物を運び出しましょう」などと調子がいい。出がけには額縁の絵を1枚プレゼントして立ち去った。自分の荷物を車屋に引かせて、渡辺は行き先を模索する。不動産屋を訪れたが適当な物件がない。持ち合わせの金銭もなかったか、とうとう学友・山本(齋藤達雄)の下宿に転がり込んだ。山本、驚いて拒絶しても「どこ吹く風」、まんまと同居人になってしまう。山本はどこまでも温和しく不器用、でも一人のガールフレンドが居た。彼女こそ渡辺の部屋に転入した千恵子だったとは・・・。かくて、渡辺と山本は千恵子をめぐって張り合うことになる。どうみてもC調・渡辺の方が分がいい。大学の冬休み、千恵子と山本は赤倉温泉にスキーを楽しみに行く約束になっていたが、渡辺もちゃっかりと割り込んでくる。「忘れ物をしました」などと言って千恵子の部屋を訪れ、山本のために編んでいたスキー用の靴下をゲット、山本に見せる。山本は「どこかで見たような靴下だ」と思うだけで真相には気づかない。そのコントラストが当時の「学生気質」を鮮やかに浮き彫りしている。いよいよ赤倉温泉の最寄り駅「田口」(今の妙高高原駅)に到着した。周囲は何もない。降り立った二人は宿までのおよそ5キロ(?)の道をスキーで辿る。ここでも、技術は渡辺が上、山本は「こけつまろびつ」の態でようやく宿に着いた。
 やがて、ゲレンデで千恵子に遭遇、山本と渡辺の「恋のさや当て」も佳境に入る。どうやら渡辺の勝ちに終わるかと思いきや、結果は意外や意外、千恵子は先行していた大学スキー部主将・畑本(日守新一)との「見合い」に来ていたという次第・・・。意気消沈して帰京する渡辺と山本の姿が「絵」になっていた。東京にに向かう列車の中、千恵子から一同にプレゼントされた蜜柑を、山本は力なく頬張り、渡辺は手編みの靴下に入れて車窓から放り投げる。学生のロマンスはあえなく終わったのである。山本の下宿に戻った二人、ふさぎ込んでいる山本に、渡辺「もっといいシャンを見つけてやるよ」と言い終わると、一枚の紙を取りだし「二階かしま」と墨書する。渡辺の説明(ナンパのテクニック)を聞きながら、次第に山本の表情が緩み元気が蘇ってくる。男同士の「友情」が仄見える名場面であった。画面は再び「都の西北」、冒頭の場面へと移りつつ、学生ロマンが再開するだろうと期待するうちに閉幕・・・。
 しかし、わからないのは「女心」と言うべきか、千恵子は初めから畑本と決めていたのか、それともゲレンデの三者を天秤にかけたのか。女の「したたかさ」は昔も今も変わりがない。男にとって女とは「全く不可解な存在」であることを、(生涯独身を貫いた)小津安二郎監督は描きたかったのかもしれない。                    末尾ながら、スキー部員を演じた「若き日」の笠智衆、千恵子の伯母をかいがいしく演じる飯田蝶子の姿も懐かしく、その存在感を十分に味わえたことは望外の幸せであった。 さらに余談だが、この映画の舞台となった赤倉温泉は、戦後青春映画の傑作「泥だらけの純情」(監督・中平康・1963年)で、「若き日」の吉永小百合と浜田光夫が心中を遂げた場所でもある。その雪景色をバックに、やはり女の一途な「したたかさ」に翻弄される男の宿命が描かれていたことは、実に興味深いことである。 (2017.1.18)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-18

劇団素描・「劇団真田」・《芝居「箱根八里の半次郎」、名花・富士野竜花の風情》

【劇団真田】(座長・真田涼兒)〈平成24年正月公演・茨城なか健康センター〉
この劇団には、斯界の名花・富士野竜花が居る。彼女は、かつて斯界の大御所・見海堂駿が率いる「見海堂駿&座・笑泰夢」に居た。劇場は佐倉湯ぱらだいす、たった8人の観客の前で、見海堂駿と五分に渡り合った、芝居「権三と助十」の舞台を、私は忘れられない。その艶姿を「もう一度、一目みたい」という思いで、はるばる水戸を越えてやって来た。芝居の外題は「箱根八里の半次郎」。筋書きは単純、川越一家に草鞋を脱いだ半次郎(副座長・風吹あさと)が、一宿一飯の恩義のため、佃一家親分・十兵衛(客演・伊達隆義)に斬りかかる。手傷を負わせて立ち去ろうとしたが、十兵衛に呼びとめられ、「お前さんは堂々と名乗って勝負した。悪い人とは思えねえ。堅気になって親孝行しなせえ」と諭される。改心した半次郎、故郷の箱根に帰って親孝行の心づもりだったが、母・おふじ(富士野竜花)は頑として許さない。「お前はわしの子ではない。とっとと出て行け」と突き放す。半次郎、十兵衛との約束を果たせぬうちに追っ手の二代目若親分・十吉(座長・真田涼兒)がやって来た。「まだ、堅気になっていねえのか。それならお前を討たなきゃならねえ」。半次郎もやむなく「お相手いたしやす」。時刻は暮れ六、場所は橋向こうの一本柏(?)、その様子を見ていたおふじ、心の動揺を押し殺して「ヤクザの子など持ったおぼえはない。斬られてこい」。とは言うものの、やはり親心は隠せない。「そこの人、これを持って行きなさい」と、襷の縄を手渡した。半次郎、「もう、この世では会いません」と言い残して喧嘩場へ・・・。おふじ、我に返って「どうして許してやらなかったのか!この頑固者が・・・」と自分を責め、半次郎の後を追う。やがて、暮れ六ツの鐘が鳴り、半次郎と十吉は「タイマン」の一騎打ちと相成ったが、もとより両者に戦意はない。半次郎、刀を落として「さあ、敵を討ちなせえ」、十吉も「おめえが堅気になるのを確かめにきただけ、事情を話しておくんなさい」と刀を納める。半次郎が堅気になれないのは、要するに母親・おふじの頑なさ。十吉の一計で半次郎は斬られたことに・・・。駆けつけてきたおふじに向かって十吉いわく「一足遅かった、半次郎は手足をバラバラにして川へ放り込んだ」、「何と言うことを!」、嘆き悲しむところへ、半次郎、幽霊の風情で登場、といった喜劇仕立てで舞台は大団円となったが、はたしてその出来映えや如何に・・・。私の目当ては、あくまでも富士野竜花の「軽妙洒脱」な艶姿、母親が振る舞う頑固さの中に、その風情は「見え隠れ」していたものの、十分に満足とまではいかなかった。やはり、芝居は一人ではできない。彼女と絡む副座長・風吹あさとは、まだ「力不足」、親子の風情を描出する余裕がない。座長・真田涼兒の芸風は「楷書」的で真面目、見海堂駿が醸し出す「座・笑泰夢」独特の空気には及ばない。結果、富士野竜花本来の魅力は不発、わずかに客演・伊達隆義の「とぼけた」切れ味が光っていたが、という按配であった。要するに「悪くはない」が「良くもない」というのが正直な感想である。第二部・グランドショーでは、伊達隆義の個人舞踊(女形)「芸者ワルツ」は秀逸、往年の名歌手。神楽坂はん子を彷彿とさせる舞い姿を観られたことは、望外の幸せであった。余談だが、関東の劇場の数は、茨城6、埼玉6、栃木4、千葉4、東京3、神奈川2、という状況で、茨城は埼玉と並んでトップ、いわゆる「目利き」の客筋が多いと思われるが、観客の風情は、あくまでも沈着冷静、「なんたって、ここは風呂がいいから・・・」などと言葉を交わし合う様子がたいそう面白かった。
股旅演歌名曲選 氷川きよし/箱根八里の半次郎股旅演歌名曲選 氷川きよし/箱根八里の半次郎
(2000/06/21)
氷川きよし

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-17

付録・邦画傑作選・「雄呂血」(監督・二川文太郎・1925年)

 ユーチューブで映画「雄呂血」(監督・二川文太郎・1925年)を観た。阪東妻三郎プロダクション第1回作品で、大正末期、日本に「剣戟ブーム」をもたらした記念碑的作品と言われている。あらすじは以下の通りである。(「ウィキペディア百科事典」より引用) 
 〈漢学者松澄永山の娘・奈美江と、その弟子で正義感の強い若侍・久利富平三郎はひそかに愛し合っていた。平三郎は師の誕生祝いの夜、同門の家老の息子の浪岡の無礼を怒り、腕力沙汰に及んだことから蟄居を命じられる。また奈美江を中傷誹謗していた家中の若侍を懲らしめたことが逆に永山の誤解を招き、師からも破門され、石もて追われるように故郷を捨て、旅に出る平三郎。平三郎は自分が正しいと信じてやったことが事毎に周りから曲解され、そのこころは次第に荒んでいき、無頼の浪人となり下がり、虚無の深淵に沈んでいく。たまたまある町の料亭で働く千代を知り、女の情を求めて牢を破って訪ねたもののすでに千代は人の妻となっていた。捕吏に追われた平三郎は侠客・次郎三のもとへ飛び込むが、この侠客が喰わせ者。病に難渋する旅の夫婦を助けたは良いがその妻に言い寄り手篭めにしようとする。しかもその妻女こそ、かつての恩師の娘、初恋の人の奈美江であった。平三郎の白刃一閃、見事次郎三を斬り捨てるがもはや脱出かなわず、十重二十重の重囲のなかに堕ち、乱闘又乱闘の大立ち回りの末、ついに力尽き捕えられ、群衆の悪罵を浴び引かれていく。その中に涙に濡れ、平三郎を伏し拝む奈美江夫婦の姿があったことを、群衆の誰一人知る者はいなかった。〉
この映画の眼目は「善と悪」、一見善人と見られていてもその根底に悪が潜んでいることもあり、無頼漢と思われている者の中に善行が秘められていることがある、つねに世の中はそうした矛盾を孕んでいることに気づかなければならない、といったあたりを、やや生硬な字幕が物語る。大正デモクラシーの影響も感じられて、たいそう興味深かった。  配役は無頼漢・久利富平三郎に阪東妻三郎、恩師・松澄永山に関操、その娘・奈美江に環歌子、家老の息子・浪岡真八郎に山村桃太郎、侠客・赤城二郎三に中村吉松、掏摸・二十日鼠の幸吉に中村琴之助、町の娘・お千代に森静子といった面々だが、阪東妻三郎を除いて私の知る俳優は皆無であった。見どころは、ほんの些細な出来事がきっかけで、純真・闊達・剛健の若侍が無頼漢へと落ち込んで行くプロセスである。「よかれ」と思う言動が、ことごとく裏目に出てしまう。「とかくこの世はままならず」「渡る世間は鬼ばかり」といった現代にも通じる人間模様を、そのやるせない風情によって阪東妻三郎は見事に描出していた、と私は思う。平三郎は何一つ悪事(殺人)をしていない、そのことを知っているのは観客だけである。しかし大詰めでは、堪忍袋の緒が切れた。最愛の人を陵辱しようとする「善人」・二郎三を成敗、百人近い捕り手を相手に斬って斬って斬りまくる。誰が見ても無頼漢、悪逆非道の振る舞いだが、最愛の人だけは手を合わせて見守る。力尽き牽かれて行く平三郎を泣き崩れるて見送る奈美江の姿がことのほか「絵」になっていた。
 映画はサイレントだが(弁士の説明があるにしても)、私にはその「場」の音が聞こえる。邦画史上に残る一級品の名作であった。
(2017.1.16)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-16

付録・邦画傑作選・「忠烈実録忠臣蔵」(監督・マキノ省三・1928年)

 ユーチューブで、映画「忠烈 実録忠臣蔵」(監督・マキノ省三・1928年)を観た。監督のマキノ省三は「日本映画の父」と言われ、邦画草創期の基礎を築いた人物である。この映画のフィルムは火災、戦災などにより匹散していたが、戦後、息子のマキノ雅弘によって採集・修復・再編集されたそうである。したがって、往時の作品そのものではないにしても、その面影は十分に堪能できる。場面は「刃傷松の廊下」から始まり、「赤穂城内大評定(血判状)」「城明け渡し」「一力茶屋」「山科閑居」「大石東下り」「吉良邸討ち入り」へと展開する。登場人物は大石内蔵之助を筆頭に100人を超える。その陣容(配役)は以下の通りである。(「ウィキペディア百科事典」より引用)
 伊井蓉峰(大石内蔵之助良雄)、諸口十九(浅野内匠頭)、市川小文治(吉良上野介義央)、勝見庸太郎(立花左近)、月形龍之介(清水一角)、中根龍太郎(松野河内守)、嵐長三郎(脇坂淡路守)、片岡千恵蔵(お目附 服部一郎右衛門)、片岡市太郎(勅使 柳原権大納言)、杉狂児(忠婢 拳固のお源)、中根龍太郎(伜 与太九呂)マキノ正博(大石主税良金)、小島陽三(将軍 綱吉公)、松本時之助(浅野大学)、中村東之助(田村右京太夫)、小岩井昇三郎(伊達左京之亮)、山本礼三郎(梶川与惣兵衛)、
金子新(院使 高野中納言)市川小莚次(院使 清閑中納言)、松村光男(僧良雪)、荒木忍(吉良間者 前野平内)、川田弘道(吉良間者 猿橋右門)、菊波正之助(大石の下僕 実は吉良の間者万吉)、秋吉薫(吉良の間者 石束甚八)、中田国義(切腹上使 荘田下総守)、若松文男(お目附 岡田伝八郎)、静間静之助(介錯)、梅田五郎(お茶坊主 平井長庵)、守本専一(石堂・田村の臣)、大味正徳(榊原・田村の臣)、斉藤俊平(高味勘解由・田村の臣)、児島武彦(大老 柳沢美濃守)、大谷万六(太鼓持 千住)、都賀清司(大石の僕・八動)、松尾文人(二男 大石千代松)、都賀一司(三男 大石大三郎)、津村博(清水一角 弟)、尾上松緑(吉良の間者牧山大五郎)、藤井六輔(そばやの爺〆助)、大国一郎( 吉良の家来 和久牛太郎)、マキノ正美(吉良左兵衛之介)、児島武彦(菅野の父 七郎左衛門)、嵐冠(間の一子 十太郎)、染井達郎(堀部弥兵衛金丸)、松村光男(堀部喜兵衛光延)、若松文男(吉田忠左衛門)、嵐冠吉郎(間瀬久太夫正明)、原田耕造(村瀬喜兵衛秀道)、大味正徳(小野寺十内秀和)、柳妻麗三郎(奥田孫太夫重盛)、中村東之助(原惣右衛門元辰)、松本熊夫(貝賀弥左衛門友信)、西郷昇(千葉三郎兵衛光忠)、南部国男( 木村岡右衛門貞行)、木村猛(中村勘助正辰)、森清(菅谷半之亟政則)、大谷鬼若(早水藤左衛門満堯)、橘正明(前原伊助宗房)、嵐長三郎(寺坂吉右衛門信行)、星月英之助( 岡島八十右衛門常樹)、市川小莚次(神崎与五郎則安)、矢野武夫(萱野和助常成)、市川小文治(片岡源五右衛門高房)、豊島龍平(横川勘平宗利)、小岩井昇三郎(三村次郎左衛門包常)、金子新(潮田又之丞高教・東下り)、東郷久義(赤埴源蔵重賢)、山本礼三郎(堀部安兵衛武庸)、佐久間八郎(不破数右衛門正種)、英まさる(近松勘六行重)、坂本二郎(富森助右衛門正因)、沢村錦之助(倉橋伝助武幸)、武井龍三(武林唯七隆重)、天野刃一(大高源吾忠雄)、八雲燕之助(吉田沢右衛門兼貞)、鈴木京平(矢田五郎右衛門助武)、片岡千恵蔵(萱野三平)、市川谷五郎(小野寺幸右衛門秀富)、川島清(杉野十平次次房)、藤岡正義(大石瀬左衛門信清)、牧光郎(村松三太夫高直)、有村四郎(奥田貞右衛門行高)、小金井勝(間十次郎光興)、松坂進(磯貝十郎左衛門正久)、市原義雄(岡野金右衛門包秀)、マキノ登六(間新六)、久賀龍三郎(勝田新左衛門武堯)、潮龍二(間瀬孫九郎正辰)、マキノ梅太郎(矢頭右衛門七教兼)、尾上松緑(大野九郎兵衛)、大谷万六(勅使 玉虫七郎右衛門)、徳川良之助(勅使 近藤源八)、守本専一(勅使 藤井彦四郎)、荒尾静一(勅使 早川宗助)、高山久(勅使 田中清兵衛)、嵐冠三郎(豊田八太夫)、尾上延三郎(豊田庄助)、玉木悦子(浅野後室瑤泉院)、花岡百合子(戸田の局)、石川新水( 大石の室お陸)、マキノ智子(早水藤左衛門の娘千賀)、松浦築枝(浮橋太夫)、渡辺綾子(軽藻太夫)、住ノ江田鶴子(吉野太夫)、三保松子(女中お梶)、河上君江(吉良の侍女妙香)、水谷蘭子(そばやの姉お富)、岡島艶子(三平の新妻露野)、鈴木澄子(清水一角の姉)、大林梅子(吉良の間者お梅)、五十川鈴子(浮橋の引舟芳子)、都賀静子(浮橋の引舟田毎)、広田昴(百足屋与助)、玉木潤一郎(具足屋為五郎)、大岡怪童(研屋伝九郎)大国一郎(狂人荒物屋千五郎)・・・(嗚呼、記すのにくたびれてしまった!)
 
 まさに忠烈と言うよりは壮絶、文字通り錚々たるメンバーだが、特別の人物を除いて、彼ら一人一人を映像の中で識別することは困難であった。また当初のフィルムは消失しているので再編集後は登場しない人物もあるだろう。筋書き以上に、私の知る俳優が、どの役で、どの場面に登場するか、興味津々で鑑賞することができた。嵐長三郎(後の嵐寬壽郞)、片岡知恵蔵、月形龍之介、尾上松緑、山本礼三郎といった面々に注目する。松の廊下で、手負いの吉良上野介を罵倒する脇坂淡路守を演じた嵐寬壽郞、赤穂城内大評定での大野九郎兵衛・尾上松緑の姿はハッキリと確認できたが、片岡知恵蔵、月形龍之介、山本礼三郎は「どこでどうしているのやら」、ぼうとして見極められなかった。でも、それでよい。パズルのように何度でも観て「発見する」喜びが増えたのだから。
 一方、面白いことに、全く知らなかった俳優が忽然と現れた。大石主税を演じたマキノ正博(後のマキノ雅弘)である。主役の大石内蔵助と絡むので出番は多く、否が応でもその姿が印象に残るという仕掛け、なるほど、この映画をリメイクしたのは彼自身なのだから、(自分の出番を多くしたいという気持ちも察しられ)「さもありなん」と妙に納得してしまった次第である。
 いずれにせよ「実録」と銘打っているのだから、この物語は史実に近いかもしれない。(ただし、立花左近は架空の人物である)
 松の廊下で内匠頭が一人仲間はずれ、身の置き所もなく「これからどうすればいいか」、上野介に教えを乞う場面は真に迫っていた。以後、数多く作られた「忠臣蔵」映画の原点として貴重な役割を果たしていることは間違いない。
 さらに言えば、マキノ省三の映画は「あくまで芝居を映す」(1スジ 2ヌケ 3ドウサ)ことが基本、その伝統は1960年代の任侠映画「日本侠客伝」シリーズまで受け継がれていると、私は思う。
(2017.1.15)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-15

劇団素描・「劇団翔龍」・《芝居「帰ってきた兄弟」》

【劇団翔龍】(座長・春川ふじお)〈平成21年1月公演・川越三光ホテル小江戸座〉                                                                         芝居の外題は「帰ってきた兄弟」。落ちぶれた一家の親分A(中村英次郎)の家に、近頃では飛ぶ鳥を落とす勢いの、新興一家・親分B(大月瑠也)がやって来て、「縄張りをゆずれ」と強要する。親分A「とんでもねえ、オレには昔、里子に出した息子がいるんだ、縄張りはその子に譲る」親分B「寝言をほざくな。暮れ六まで待ってやる。そのときまでよくかんがえておくんだな」。このAとBの抗争が筋書の中心と思いきや、話の眼目は別の所にあった。やがて、親分Aが里子に出していた息子(藤川雷矢)が「男修行」を終えて帰宅、跡目をつごう、ということに。そのためには女房役が必要、「決めた人でもあるか?」とたずねるAに、息子は「ない」と答える。「ではどうだ、わしが見つけておいた娘に会ってみないか。ひと目見て気に入ったらそう言ってくれ。添わせてやる。ただし、一度気に入ったら、断ることはできない、どうだ・・・?会うか?」「どんな娘?」「たいそう無口で、おとなしい娘だ」「そうか、会う、会う、会わせてくれ」「よし!」ということで娘1(水木菜々実)登場。容姿端麗、視線を合わせると「黙って会釈」した。息子いっぺんで気に入り「親父さん、よろしくお頼み申します」「そうか、そうか、それでは決まり、めでたいことだ。じゃあ、二人で仲睦まじいところを見せてくれ」、「よしきた」息子、欣然として娘に近寄った途端、「ア!・・・アアアア・・・ア?」という声と仕草、ナンノコッチャ?、息子、驚愕して飛び退き、Aに「親父さん、あの娘、口がきけないんか?」A、大きく肯き「そういうことだ」息子、「そんな馬鹿な!、どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ」「言っただろう。無口でおとなしい娘だって」「無口すぎるよ!」息子、抵抗したが「いやなら勘当だ!」というAの決意に押されてやむなく同意。そこへ、もう一人の息子(春川ふじお)登場。先刻の息子の兄だという。Aとのやりとりは弟の時と同様、わしが見つけておいた娘に会ってみないか、兄「どんな娘?」A「少々、跳ねっ返りなところがある」兄「跳ねっ返り?いいね、いいね、跳ねっ返りな娘は大好きだ!」「じゃあ、会ってみるか」「おねげえします」かくて、娘2(澤村うさぎ)登場。容姿端麗、視線を合わせると、ニッコリ微笑んで「よろしくお願いします」。兄もまたっぺんで気に入り「親父さん、よろしくお頼み申します」「そうか、そうか、それでは決まり、めでたいことだ。じゃあ、二人で仲睦まじいところを見せてくれ」「よしきた」兄、欣然として娘2の手を取り、歩き出した瞬間、「山が見えたり、隠れたり・・・」、娘2の歩調は大ききバランスを欠いて(跛行)いたのだ。兄の反応も弟同様、「どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ」「言っただろう、少々、跳ねっ返りなところがあるって」「足が跳ねっ返るとは思わなかった・・・」兄も抵抗したが、Aの「いやなら勘当だ!」で、やむなく同意。やがて、時は暮れ六つ、新興一家・親分Bがやって来た。縄張りをよこせ、やらぬとお決まりの押し問答、帰ってきた兄弟の活躍で、親分B、その子分は全滅・・・。めでたし、めでたしで終わろうとするところ、兄弟は合議する。「お前の女房候補は、無口だって?」「兄貴の女房候補は、跳ねっ返りだって?」「そっちの方がいい」「とりかえっこしないか?」「いいね、いいね」と合意が成立。親分A、娘1・2も同意して、縁談成立。兄「まずお前から、仲睦まじいところを、親父さんに見せてやれ」とそそのかす。弟、何も知らずに「よしきた!」と、娘2の手を取り歩き出す。さぞかし驚くだろうと思いきや、何の障りもない、歩く姿は「百合の花」の態、呆気にとられる兄の様子が何とも可笑しい。続いて弟、「じゃあ、兄貴、あの娘にあいさつしてくんな」「いいとも・・・、どうぞよろしくお願いいたします」娘1、鈴を鳴らすような声で「こちらこそ、よろしくお願いいたします」と応えたのに、弟もたまげた。兄弟、思わずAに向かって、「親父さん、これは一体どういうことだ?!」と抗議するが、反対に「人を見かけで判断するなんて言語道断!」と一喝されるた。兄弟、おのれの浅はかさを悔い改め、再び娘を交換、「元のさやに治まろうとしたが」、今度は娘も黙っていない。「掃除・洗濯・炊事・子育て」すべて賄うなら「お嫁さんになってやってもいいわよ!」、兄弟、敢えなく尻に敷かれて「幕」・・・、という経緯であった。「人を見かけで判断してはいけない」という眼目はよく理解できる。しかし、その「見かけ」が実は「見せかけ」に過ぎなかったという筋書では、説得力に欠けるのではないだろうか。「鹿島順一劇団」十八番の「浜松情話」でも、跛行する娘が登場するが、その娘を見初めた若親分は、跛行そのものを「慈しみ見つめながら」、娘の父に向かって「必要なら、私が杖になりましょう」と言い放つのである。眼目は一つ「人を見かけで判断してはいけない」だが、その感性の質において「帰ってきた兄弟」と「浜松情話」の間には「大きな隔たり」がるように、私は感じる。
帰ってきたツバメの兄弟帰ってきたツバメの兄弟
(2007/10/25)
山崎 鈴佳

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-14

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《座長の至芸「舞踊・ど阿呆浪速華」》とファンの客層

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年1月公演・つくば湯ーワールド〉
 芝居の外題は「旅の風来坊」。清水一家の追分三五郎(三代目虎順)が、一宿一飯のお世話になった仏一家(女将・春日舞子、代貸・花道あきら、三下・三吉・蛇々丸)の「仇討ち」を助ける、という筋書で、主役は追分三五郎ということになっているが、実際の舞台では三下・三吉(三枚目)の独壇場であった。三吉と女将、三吉と三五郎、三吉と代貸しとの「絡み」が見せ場だと思われるが、今日の舞台では、双方の「呼吸の会わせ方」が「今一歩」で、「ボケ」と「つっこみ」の面白さ、「切れ味」が不足気味、三吉(蛇々丸)だけが「浮き上がり」気味であったように思う。客席の大半は老人クラブの「団体客」で、どちらかといえば「無反応」、そこでどうしても「反応を求めよう」として、繰り返し、強調の場面が多くなる。結果は「しつこい」「冗長」「白け」といった空気が漂いがち、芝居は「きれいに仕上がらない」。こんな日もある、そんな時は「気持ちを切り替えて」「いつもの半分で終わらせる」こともあっていいのでは・・・。
 とはいえ、舞踊ショーで座長・鹿島順一の至芸・「ど阿呆浪花華」を観られただけで私は満足である。その舞姿は、まず「浪花男」の風情をベースに、さらに坂田三吉(将棋指し)、桂春団治(噺家)、藤山寛美(喜劇役者)を描き分けるという「離れ業」によって光り輝く。客席の反応は「いまいち」であったが、そんなことは歯牙にもかけず、磨き鍛えた「実力」を、淡々と披露できる「さわやかさ」「いさぎよさ」に、私は脱帽する。加えて、歌唱「無法松の一生」(度胸千両入り)の出来栄えも、「お見事」。今度は、九州男児の風情に「変化」(へんげ)して、車引きの「侠気」「悲哀」を込め「夢も通えよ夫婦浪」という思いが渾身に漂った。
 帰りの送迎バスの中で、客の話。「座長の《無法松の一生》、よかったわね、本当にうまい!」「この劇団は、他の劇団と違って、芝居の筋がしっかりしている。役者さんの足が地についている。細かいところの描写があざやか。もっと、もっと観てみたい、という気持ちになる。他の人気がある劇団とは違う魅力がある。一見すると地味だけど、その中に、しっかりとした実力を感じる」
 おっしゃる通り、それこそがこの劇団の「本質」であると、私も思う。ちなみに、この送迎バスは「つくば駅」行き、件の客は「つくば学園都市」の住民に間違いない。(はたして、「大衆」「庶民」といえるだろうか?)

ど阿呆浪速華ど阿呆浪速華
(1992/08/01)
金田たつえ

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-13

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《「故郷の兄」・絶品の人情劇》

【春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・浅草木馬館〉
 夜の部、芝居の外題は「故郷の兄」。江戸時代、貧乏長屋の夫婦の物語。夫(澤村心)は、ぼーっとした駕籠かき、今日は相方が病気で仕事にあぶれたが、借金取りが押し寄せる。それをテキパキと口八丁で追い返す妻(沢田ひろし)。夫が外出すると、大家のおかみさん(北条真緒)にバッタリ遭遇、てっきり家賃を催促されるものと思って、とっさの言い訳、大声を上げて泣きながら「実は・・・、女房が死にましてん!」仰天するおかみさん、暮れ六つまでに葬式代五両を届けると約束する。一方、妻が外出すると、大家の旦那(澤村新吾)にバッタリ遭遇、てっきり家賃を催促されるものと思って、とっさの言い訳、大声を上げて泣きながら(唾を目にこすりつけながら)「実は・・・、亭主が死にましてん!」仰天する大家の旦那、暮れ六つまでに葬式代五両を届けると約束する。貧乏長屋の夫婦、てんでに「しめしめ、これで借金から逃れられると思いながら帰宅、相互に「もうけ話」をし合ってビックリ、でも「大家夫婦が一緒に来るわけがない」、旦那が来れば亭主が死んだふり、おかみさんが来れば女房が死んだふりをしようと「打ち合わせ」て、暮れ六つを待つ。とうとう大家夫婦が「一人ずつ」やって来て、初めのうちはうまくいったが、最後は怪しんだ夫婦に「一緒に」来られ、万事休す、そこまでの経過が、まさに「ドタバタ喜劇」を絵に描いたような「景色」で、何とも面白かった。三枚目の女形を演じられる役者は「実力者」、まさに名優・沢田ひろしの面目躍如たる舞台であったと思う。大家に見放され、女房のへそくり一両を大事に持って「夜逃げ」しようとする駕籠かき夫婦のところへ、何故かやって来たのが亭主の弟(澤村かずま)、見れば、みすぼらしい乞食の風体、ずっと以前に村の衆の金を持ち逃げして「家出」していたものを、「今さら、どの面さげてやって来た」と亭主は追い返すが、そこは「兄弟の情」、なけなしの一両を「傘に忍ばせて」そっと手渡す。そのことを女房にとがめられ、またまたドタバタしている最中に、亭主の弟、「衣替え」して再登場、実は江戸に出て大成功、今では大店の大金持ち、貧乏夫婦の窮地を救って「めでたしめでたし」、という幕切れ。人間「金」よりもっと大切にしなければならないものは「人情」だという眼目は、よくわかった。
 「よおっ!芝居の《春陽座》!」しかも、「人情喜劇」もお手のもの、という「実力」を十分に堪能できた次第である。
大阪人情は永遠に!―人情喜劇は時代を映す鏡のごとく変遷する! (NPO SENSHO)大阪人情は永遠に!―人情喜劇は時代を映す鏡のごとく変遷する! (NPO SENSHO)
(2005/09/10)
上田 浩寛

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-12

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《「人生双六」・正直者は勝利するか》

【春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・浅草木馬館〉
 芝居の外題は「人生双六」。正直者・庄五郎(沢田ひろし)と、若者・菊之助(澤村かずま)の「友情物語」である。世の中は不景気、仕事にあぶれた庄五郎、空腹を紛らわすために菰をかぶって寝ているが、どこからともなく聞こえてきた下手な歌声に目を覚ます。歌っていたのは空き巣を稼業としている泥棒野郎(澤村心)、「一緒に仕事をやらないか」と誘われた庄五郎、「とんでもない!男は額に汗して働くもの、まっぴら御免」と断固拒否。そこへやって来たのは、若者・菊之助、庄五郎と言葉を交わすうち、「人間、正直が肝腎、心に傷をもってはいかん」という言葉にハッとする。実を言えば、今しがた、百両という大金を拾得し、「ねこばば」しようと思っていたところ・・・。「そのお金を落とした人は、どんなに嘆いていることだろう。その気持ちを思えば、お返しするのが人の道」と反省する。菊之助、庄五郎に「すんでの所で、人の道を踏み外すところでした。大切なことを教えていただきありがとう」「ついては五年後に、ここでまた会いましょう。どちらが出世をしているか人生の競争(双六)をしませんか」と提案した。庄五郎も同意、かくて五年が経過した。所は、ある材木問屋の店先、「大変だ!誰かが身投げをした」という声と共に、助けられて登場したのは件の庄五郎、衣装はボロボロ、尾羽打ち枯らした風情で見る影もない。店主(澤村新吾)が事情を尋ねると、「五年前の約束の日になったが、菊之助に会わせる顔がない」と消沈する。店主、「わかりました。ぜひともその若者に会っておやりなさい、髪を結い衣装を整える足しにして・・・」と、小判を数枚差し出した。庄五郎、ありがたく頂戴、身なりを整えて約束の場所へ。先程とは打ってかわった「成金」の衣装姿が、なんとも「けばけばしく」絵になっていた。一方、若者・菊之助、約束通り今では大店の若旦那、見事に出世した勇姿を現した。思いっきり背伸びをしてみせる庄五郎との「やりとり」が何とも楽しく、絶妙の呼吸で観客を魅了する。やがて、庄五郎の「化けの皮が剥がれる」という段取りだが、五年前、大金を落としたのは材木問屋の店主、それを届けたのは菊之助、届けるように諭したのは庄五郎、つまりは庄五郎の「正直さ」が、すべての「恩人だった」という結末で「めでたし、めでたし」という幕切れ。最後に言い放った庄五郎の名台詞、「菊之助さん、今から五年後!今度こそ『人生双六』でお目にかかりましょう」という言葉が、ことのほか頼もしく響き渡った次第である。
松竹新喜劇 藤山寛美 人生双六 [DVD]松竹新喜劇 藤山寛美 人生双六 [DVD]
(2006/04/27)
藤山寛美、酒井光子 他

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


2017-01-11

劇団素描・「春陽座」(座長・澤村心)・《芝居の春陽座、健在!》

【春陽座】(座長・澤村心)〈平成21年1月公演・東京浅草木馬館〉
 この劇団は、平成19年8月に東京浅草木馬館で見聞済み。当時の「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 春陽座 平成16(2004)年8月1日、ユラックス(三重県)にて旗揚げ。劇団名の「春」は、澤村新吾座長の母・春代に由来し、また春の日射しのような」という意味も込められている。芸達者な座長を筆頭に、澤村心副座長、沢田ひろし、白竜、澤村かずまを中心として、お芝居にショーにと全力を注いでいる。澤村新吾 劇団座長。昭和19(1944)年8月14日生まれ。兵庫県出身。血液型O型。初舞台16歳。義父・澤村玄之丞率いる「澤村劇団」で初舞台を踏み、以後一般の生活を営む時期もあったが、平成11(1999)年に「澤村劇団」座長として役者に復帰。その後、座長を現在の三代目・澤村謙之介に譲り、平成16(2004)年8月に「春陽座」を旗揚げする〉とある。また、キャッチフレーズは〈全員一丸で見事に演じる絶品の芝居力!! 「春陽座」のお芝居には、常に心を揺さぶる何かがある。それは、澤村新吾座長をはじめ、座員全員が一丸となって一生懸命に舞台を務めているから。春の陽射しのような優しい光で、観る者を包み込んでくれる劇団です〉であった。以来1年半が経過、劇団の実情も大幅に様変わりしたように感じる。副座長だった澤村心が座長に、花形・白竜が抜け、若手だった澤村かずまが副座長に・・・。しかし、「全員一丸で見事に演じる絶品の芝居力」は健在であった。芝居の外題は「百代半生記」。沢田ひろし(女形)主演、「ざん切り物」の新派「もどき」で「絵になる」場面の連続だった。以前から「光っていた」澤村かずまの「芸」にも磨きが掛かり、舞踊に、芝居にと「成長の跡」(副座長としての貫禄)が窺える。ただ一点、花形・白竜が脱けた「寂しさ」はいかんともしがたい。彼の風情は、「無口」「シャイ」「無表情」、どちらかといえば地味な存在であったが、「脇を固める」座の一員としては「必要不可欠」な存在ではなかったか。また、男の「色香」を漂わせる舞踊の「実力」は天下一品であった。穴埋めとして、新しい座員も加わったようだが、かつての舞台を再現するためには、今しばらくの時間が必要だろう。
 新「春陽座」が当面する課題はただ一つ、「立ち役」の「艶やかさ」、「男の色香」を誰が、どの場面で描出するか、だと思う。今後の舞台を楽しみに通いたい。
古典落語〈7〉旅・芝居ばなし (時代小説文庫)古典落語〈7〉旅・芝居ばなし (時代小説文庫)
(2011/11/15)
落語協会

商品詳細を見る

日本直販オンライン
QVCジャパン



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1



2017-01-10

劇団素描・「浪花劇団」・《芝居「新月桂川」》

【浪花劇団】(座長・近江新之介)・〈平成22年1月公演・大井川娯楽センター〉
座長の近江新之介は(私が愛好する)「鹿島順一劇団」の実力者・蛇々丸の弟ということで、かねてから見聞したいと思っていた。場所も、由緒ある東海地方娯楽の殿堂、役者も舞台も「絵になるのでは」と、胸ふくらませて参上してみれば、まさにドンピシャ、期待通りの結果であった。芝居の外題は「新月桂川」。主役・千鳥の安太郎に座長・近江新之介、その弟分に若手男優(芸名不詳)、桂川一家親分にベテラン・中村カズオ、その娘に浪花マオ、仇役・川向一家親分・蝮のゴン太、ゴン次(二役)に三枡ゆたか(?)、安太郎を慕う鳥追い女・お里に(座長の愛妻?)近江めだかといった配役であったが、何よりも「輝いていた」のが、脇役・中村カズオの老親分姿、続いて三枡ゆたかの「一見憎々しげ」な悪役振り、さらに鳥追い女・近江めだかのコケティッシュな風情が「格別」で、文字通り「芝居は脇役で決まる」典型的な舞台であった、と私は思う。その出来栄えは、「鹿島順一劇団」「近江飛龍劇団」とくらべて、いずれ菖蒲か杜若、甲乙つけがたい景色であった。座長の口上では、この劇団、「松丸家劇団」とも親類関係にあるとのこと、さすれば、初代・鹿島順一の血筋は「松丸家劇団」「鹿島順一劇団」「近江飛龍劇団」「近江新之介劇団」「おうみ悠劇団」に「脈々と」流れている、ということで、今さらながら血縁の絆の「強さ」を思い知らされた次第である。肝腎の座長・近江新之介の「芸達者ぶり」はさすが、義父は浪花三之介、兄は蛇々丸、義姉は笑川美佳といった「実力者」に囲まれて「育った」(か、どうかは定かではないが)、やはり血筋はあらそえない。舞踊ショー、役者の一人一人が、音曲の眼目を大切にして、精一杯「ドラマ」(独り舞台)を演じようとしている姿勢がたのもしい。五木ひろしの名曲・「傘ん中」を、扇子一本で(傘をもたずに)踊りきった役者は誰であったか(中村アヤノ?近江めだか?)、いずれにせよ、このような珠玉の舞台を提供できるのだから、座長!、「拍手請求」は(関東の客には)不要、不要、私自身は「拍手を忘れるほど」感動していたのである。
傘ん中傘ん中
(2002/06/26)
五木ひろし

商品詳細を見る




にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-09

検証・ガラクタ番組「 「超絶 凄(すご)ワザ! 夢かなえますSP よみがえれ思い出の写真編」(NHK)」のオソマツ!

 「超絶 凄(すご)ワザ! 夢かなえますSP よみがえれ思い出の写真編」(NHK)という番組を観た。NHKのホームページではその内容を以下のように紹介している。
 〈今回は、視聴者からの「色あせた思い出のカラー写真をよみがえらせてほしい!」という依頼に挑む。37年前に撮影し、日焼けで色が落ち、表情が全く見えなくなった亡き夫との2ショット写真。専門家が復元不可能という超難題に、ハイテク復元の技術者と超絶技巧の画家が、それぞれの手法で挑戦!写真に秘められた夫婦の絆と家族の物語。果たして写真は復元できるのか?予想外の結末に、スタジオは感動の嵐に!〉
 私もハイテク復元の技術者と超絶技巧の画家の「仕事」は素晴らしいと思う。その結果にクレームをつける気持ちは全くないが、番組スタッフの「仕掛け」(演出)はいただけなかった。依頼人は双子の姉妹、父は急逝し、以来、母はその写真を《ベッドの脇に置いて亡夫に毎日語りかけてきた》と言う。だが、私には信じられない。もし毎日、母がその写真をそばに置いて「眺めてきた」とすれば、《日焼けで色が落ち、表情が全く見えなく》なるまで気がつかないはずはないからである。ある日突然(一日にして)色が落ちてしまうカラー写真があるだろうか。母の話を聞いて視聴者の大半はそう思ったに違いない。以下は私の邪推だが、そのような演出にした方が、写真の価値(かけがえのなさ)が際立つと、番組スタッフは考えたかもしれない。それが余計な「仕掛け」なのである。
 加えて、超絶技巧の画家が、現在の母や長男の顔をスケッチして、表情が全く見えなくなってしまった写真の復元をするという演出(手間かけ)も不自然だ。父と長男の顔が似ていたとしても、往時の父や母の(別の)写真を手がかりに復元する方が手っ取り早く、かつ正確だということは誰にでもわかる。番組スタッフは何故そうしなかったか。再び私の邪推によれば、それでは「ドラマ」(仕立て)にならなかったからであろう。
 この番組で視聴者が求めているものは「技の凄さ」(技術)であって、「ドラマ」ではない。ハイテク復元の技術者はNHKからの申し出を「三回断った」が、それでも無理強いされた由。出来映えよりも「圧力」の方が印象に残る場面であった。
 《やらせ》とは言わぬまでも、「感動の嵐に!」などという「うけねらい」の結果、「高圧的な不自然さ・瑕疵」ばかりが目立つ作品に終わってしまった、視聴者の受信料で制作する番組としては「オソマツ!」と言うほかはない。
(2017.1.7)



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1

2017-01-08

付録・映画「虹立つ丘」の《市松人形》

 ユーチューブで映画「虹立つ丘」(監督・大谷俊夫・1938年)を観た。舞台は竣工まもない箱根強羅ホテル、そこで働く兄妹の物語である。兄・弥太八(岸井明)はホテルのポーター、妹・ユリ(高峰秀子)は売店の売り子を勤めており、たいそう仲が良い。そこに療養にやってきた長谷川婦人(村瀬幸子)が、実は関東大震災で生き別れになったユリの母であった、という筋書きで、兄妹にとっては切ない幕切れとなったが、時折、兄が口ずさむ唱歌(「旅愁」「峠の我が家」)、妹・高峰秀子の初々しい絵姿(14歳?)も見られて、戦前(昭和13年)の風俗を感じるには恰好の作物であった。なかでも、箱根強羅ホテルの佇まいは、現代のホテルと大差ない。鉄筋コンクリート4階建て、大きな玄関を入ると広いロビー、売店に並んだ土産物、対面にはエレベーターという配置は、今でもお馴染みの風景だ。登山鉄道、周囲の山々、芦ノ湖の風情には「隔世の感」があるだけに、ホテルのモダンさが際立つのである。なるほど、全国に展開する温泉ホテルの原型はここにあったのか。また、その利用客は当時のセレブ層であることは確か、庶民は簡素な湯治宿に甘んじる他はなかっただろう。だとすれば、現代に生きる私たちは往時のセレブ層に等しい歓楽を味わっていることになる。幸せと言うべきか・・・。たしかに、私たちの生活は豊かになり、便利になったが、そのことによって失われたものもある。
 震災で孤児となったユリを兄として育ててきた弥田八、親との絆を求めて今でも大切に市松人形を飾るユリ、父母との邂逅そして兄との別れ、妹が残していった市松人形をしっかりと抱きしめる弥田八、そうした人物・場面に浮き彫りされる「無言の温もり」は、私たちの財産であった。薄汚れた、質素な市松人形こそが「人間の絆」であり、何よりも大切にされなければならない、と私は思う。(2017.1.6) 



にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村 
blogram投票ボタン

観劇 ブログランキングへ

ブログランキングNo.1
ブログランキングNO1


 
スポンサードリンク


プロフィール

Author:e184125
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ブログランキングNO1
ブログランキングNO1