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2017-06-29

劇団素描・「一見劇団」・《芝居「裸街道千両箱」の舞台模様》

【一見劇団】(座長・一見好太郎)〈平成27年8月公演・小岩湯宴ランド〉
芝居の外題は「裸街道千両箱」。幕が上がるとそこは茶店の店先、なぜか横手の物干しに女物の着物が吊されている。下手から盲目の侍(美苑隆太)が登場、茶を一杯注文する。茶店の女主人(芸名不詳・瞳マチ子?)、茶を差し出すが侍とは反対の方向へ、この女主人も盲目であった。そのそばに初々しく介護するのが可憐な娘(紅ア太郎)といった配役で、「これは,面白くなりそうだ」という予感がした。どうやら侍は「仇討ち」の途中らしい。茶を飲み終え、茶代を払うと土手に飛び上がって退場した。「あのお侍さん、目が見えているのでは」という娘の一言が魅力的だった。やがて、今度は、旅鴉・安太郎(花形・古都乃竜也)登場、彼は茶店のどら息子、親孝行をしようと帰って来た。一稼ぎしようとした賭場では「丁と張れば半、半と張れば丁」、とうとう裸同然の姿になってしまったが、「でもおっかあは目が見えない。なんとか言い繕えばよい」という魂胆で母、妹に対面する。「お母様、ただ今帰りました。私は江戸の大店の手代に出世しました。どうぞ御安心ください」などと嘘八百を並べ立てる。折しも、突然の雨。なぜか、先ほどの侍、再登場。「雨が降ってきた。着物を取り替えねば・・・」などと言って風呂敷包みを取り出せば、中には黒紋付きの立派な着物、安太郎すかさず店先に吊してあった女物の着物と取り替えて、まんまとその黒紋付きを失敬した。雨は間もなく止み、侍、女物の着物が入った風呂敷包みを抱えて、そそくさと退場、代わって乳飲み子を抱いた武家の奥方(芸名不詳・紅銀乃嬢?)が登場する。「ぼうや、もうこれまで、ここで一緒に死にましょう」と言いながら懐剣を取り出す。安太郎、驚いて事情を聞く。「旦那様は、私たち親子を捨てて出奔しました。さきほどようやく巡り合えましたが、旦那様は侠客の用心棒になり果て、私たちの姿を見てもケンモホロロの様子でした。もう私たちに生きる望みはありません」。なるほど、「あっしがその親分と話をつけましょう」と安太郎、親分(座長・一見好太郎)一家に乗り込んだ。安太郎、健気にも「食客の先生を帰しておくんなさい。奥方が乳飲み子もろとも死ぬ覚悟でござんす」と直談判したが「安太郎さん、あいにくだが先生は私の妹と一緒になることになっている」「そうでござんすか。あっしもガキのつかいじゃあありません。それならば奥方への手切れ金として千両出しておくんなさい」、「なにを!」といきりたつ子分衆(太紅友希、紅金乃介ら)を制して、親分、千両箱を安太郎に差し出した。安太郎、「千両あれば奥方親子は暮らしていける」と納得、千両箱をかついで退出した。おさまらないのは子分一同に加えて奥方の元旦那(芸名不詳の男優・好演)、安太郎と奥方の後を追う。「待て、旅鴉!千両もせしめおって、生かしてはおかね、勝負せい」。安太郎、棒を振りまわして相対するところに、なぜか冒頭の盲目の侍登場、「・・・その声はまさしく父の敵、おぬしはよくも御前試合で負けた腹いせに私の父を闇討ちにしおったな」。なるほど、この元旦那、盲目の侍の仇敵であったのか。盲目の侍、「しばし待て!今、衣装を整える」といって風呂敷包みを取りだし、女物の着物に着替えようとする。その悲喜劇的な舞台模様は絶品、観客一同は笑いが止まらない。安太郎、あわてて「お侍さん!あなたの衣装はあっしが拝借しております。これにお着替えなすって」と再び裸同然の姿に・・・。「そうであったか、しばし待て」などと言いながら着替える様子が「絵になっていた」。かくて侍同士の一騎打ち、安太郎の助力もあったが二人は相互に斬り合って落命した。そこに親分、颯爽と登場、舞台に横たわる二人を見て「片づけろ」と子分衆に言いつける。盲目の侍は「抱き上げて」運ばれたが、元旦那の方は引きずられて退場。そのコントラストも「絵になっていた」。「独り身だというので妹と沿わせようとしたが、とんだ食わせ物、知らないこととはいいながら許しておくんなさい」と奥方に詫びを入れる。大詰め、茶店の母妹も再登場。安太郎「お母様、江戸から番頭が迎えに来ました。私は江戸に帰らなければなりません」などと言い繕い、親分もその番頭役を引き受けながら「私の名前はウメノイ・ヒデオ」。茶店の母、笑いながら「みんな分かっていましたよ、私は安太郎の母親ですもの」と言ううちに大団円となった。。
 この芝居、筋書きは悲劇だが、景色は「超」喜劇・・・、久しぶりに見る上質な「関東芝居」の典型であった、と私は思う。それにしても、友情出演の梅乃井秀男はどこに出ていたのか。また悪役で好演した役者は誰だったのか、謎は深まるばかりである。



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2017-06-28

劇団素描・「三河家劇団」・《佐倉で本格的「実力」を披露》

【三河家劇団】(座長・三河家桃太郎)〈平成21年8月公演・湯ぱらだいす佐倉〉                                                                         この劇団の舞台は、昨年、九十九里太陽の里で見聞したが、劇場の雰囲気が騒々しく、芝居、舞踊ショーともに印象に残る特記事項はなかった。今回、劇場の観客数は二、三十人と少なめであったが、芝居の筋書きといい、登場人物といい、舞台の景色といい、まず第一に感じたことは「基礎・基本」を踏まえた「しっかりした芝居」ができる」劇団だということである。立ち位置、姿勢、目線、所作、口跡等々、どれ一つとっても、役者の呼吸が合っているのである。外題は「兄弟分」、月並みなタイトルで「時代人情剣劇」と銘打っていたが、その内容はもっと「深刻」で、「シリアス」、重厚な心理劇を観ているようで、「娯楽」「絵空事」的な風情とは無縁であったことに驚いた。「悪人」(敵役)が登場しない芝居なのである。上田屋一家には時次郎(美河賢太郎)、孫次郎(美河寛)という兄弟分がいた。その時次郎には、相思相愛の芸者・お吉(三河家諒)がおり、末は所帯を持とうと約束までしていたがのだが・・・。なぜか、今は「男やもめ」の親分(芸名不詳の男優・好演)の目にとまり、「後添い」にという話がまとまってしまった。通常なら、親分の「横恋慕」「ごり押し」で、子分の時次郎から、愛人・お吉を「取りあげる」という筋書きだが、この親分(柄は悪いが)、そんな野暮なことはしない。子分一人一人に、「意見」「感想」を求め、肝腎の時次郎からも「同意」を得たうえでの再婚なのであった。事の真相は、時次郎とお吉の他は、誰も知らない。悲劇は半年後、お吉が「出産」した時から始まった。「十月十日で子が生まれるのは世間の常識。半年でおれの子が生まれるわけがない。いったい誰の子だ!」と、親分はお吉に迫るが、頑として口を割らない。「怒り」「嫉妬」「心労」からか、親分は「日にち毎日、酒浸り」、誰が悪いわけでもない、すべてが運命のいたずらか。強いて言うなら「やくざ稼業の義理立て」か。いずれにせよ、結末は、「親子三人、川の字の生活」を夢見た時次郎・お吉「御両人の死」で終わらざるを得ない「不条理さ」が「えもいわれぬ景色」を醸し出して「チョン」となった。お見事!、生きていることの「空しさ」、「無情さ」、加えて「情死」の「愛しさ」「美しさ」を、これほどまでに描出できた舞台を、大衆演劇で見聞できるなんて望外の幸せであった。後でわかったことだが、この芝居に座長は登場しなかった。なるほど、座員だけで、これだけの芝居をやってのけてしまうなんて、半端な実力ではない。
 舞踊ショーで見せた、座長の立ち役(織田信長)はお見事、とりわけ腰に携えた「大刀」の扱いは「天下一品」、本身の名刀かと見間違うほどの出来映えであった。加えて、座長の妹・三河家諒の「筏流し」「哀愁列車」もお見事!。珠玉の舞台として私の脳裏に深く刻まれた次第である。
 夜の部、芝居の外題は「浅間の喜太郎」。大衆演劇の定番だが、親不孝してヤクザになった喜太郎(美河賢太郎)と、その母親(三河家諒)が「親子名乗り」をするまでの、経緯を(軽演劇風・喜劇仕立て)「忠実・誠実に」描出した舞台で、たいそう面白かった。観客数は二十人弱、しかし、頑固婆に扮した三河家諒の「一挙一動」に、大きな笑い声が沸き上がるといった雰囲気で、役者同士の呼吸もピッタリ、素晴らしい出来映えであったと私は思う。この劇場、今年から夜の部は「舞踊ショーのみ」となっていたが、「三河家劇団」は芝居を復活するとのこと、あくまでも大衆演劇の「本道」(観客の数に関わりなく、やるべきこと〈お客様の求めに応じること〉は「きっちりやる」という)を歩もうとする姿勢がすがすがしく、感動的であった。しばらくは、この劇団の舞台を見続けることになるだろう。
哀愁列車/おさげと花と地蔵さんと/おさらば東京哀愁列車/おさげと花と地蔵さんと/おさらば東京
(2003/08/06)
三橋美智也

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2017-06-27

付録・邦画傑作選・「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)

 ユーチューブで映画「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)を観た。タイトルに「三宅由岐子作『春愁紀』より」とある。舞台は神奈川・鎌倉海岸の別荘地、ある別荘に母・加代(清川玉枝)とその息子、長男の天沼朝次(大川平八郎)、次男の天沼夕次(佐伯秀男)が住んでいた。母は芸者上がりのシングル・マザー、亡くなった旦那から別荘と財産を貰い受け、女手一つで二人の子どもを育て上げた。兄の朝次はすでに会社勤め、弟の夕次はまだ大学生である。この家の隣は、尾上家の別荘、そこには娘の霞(山縣直代)が居た。朝次と霞は、相思相愛の仲である。夕次はテニス部員で、夕食後も海岸をランニング、その時、叔父の空木(藤原釜足)から声をかけられた。「夕次、今晩、朝次と一緒に遊びに来んか」「ええ。行きます」と答えて帰宅する。空木は、周囲から「殿様」と呼ばれている。雛(高尾光子)という妾を連れて近くの別荘に来ているらしい。尾上家とも縁続きのようである。夕次がランニングから帰宅しても、朝次はまだ帰らない。母が「夕飯はどうするんだろう」と案じるが、夕次は「もう食べただろう」と言う。「会社って、いつも7時までやっているのかしら」。朝次は会社の上司、同僚と宴会の席に居た。しかし、なぜかはしゃげない。上司に「おい天沼、どうした?」と声をかけられる。それを聞いた女将が、「天沼長二郎さんの?」「ええ、ボクの親爺です」「じゃあ、やっぱり。加代次(母の源氏名)さんの息子さんだったのね。ずいぶん大きくなったわねえ」。芸子が「あたし、加代次姐さんの昔の写真見たわよ」「あなたのおっ母さん、大変な人気だったのよ。清元が達者で・・・」。女将と母だ同輩だったと知らされると、朝次の気持ちはますます重くなる。
 それと言うのも、恋仲の霞に縁談話があるからだ。尾上家は最近凋落気味、その危機を救うため、霞を北海道の資産家に嫁がせようとしている。相手は大金持ちだが老人である。でも霞は朝次の他は眼中にない。それを言っても、気位の高い尾上家では「あんな妾の子とは一緒にさせられない」と、まるで相手にしないのだ。だから、朝次は霞との結婚を諦めていた。自分の方から絶交を申し出るが、霞は応じない。朝次に会いたいと別荘にやって来たが、監視の目が厳しくて外に出られない。そんな時、友だちの呉津紀子(堤真佐子)が東京から追いかけて来た。その電車の中で、たまたま夕次が、ひときわ目立つ津紀子の洋装姿を目にするが、たちまち一目惚れ、「結婚するならあの人だ」と朝次に告白する。津紀子は、(朝次から霞宛ての)手紙を届けに来たのだが、監禁状態の霞を見て手引きをする。久しぶりに出会った霞と朝次は、夜の海岸を散歩する。「ねえ、霞ちゃん、こんなこといつまで続くと思う?」「朝ちゃんが続かせなければ続けられりゃしないわ」「霞ちゃんだって、続けられる?」「あたしは死ぬまで続けるわ」「そんなことできるもんか、お嫁にいってしまえば」「行かないったら、やな人ねえ」・・・。「ボクには自信がなくなってしまったんだ」「どうして」「ボクは妾の子なんだ」「また、そんなこと。あたしのお母さんだって酌婦だったわ」「でも、正式な奥様になってるじゃないか」「そんなことどうだっていいじゃないの」「違うよ、形式というのはとっても大切なものなんだよ」「でも、あなたのお母さん、とてもいい人よ。うちのお母さんとは比べものにならないくらい」・・・。「霞ちゃん、ボク、アメリカに行けるかもしれない」「いつ?」「君が結婚する前に」「行かないったら、わからない人ねえ」「そんなこと言ったって、家には代えられないだろう」「子どもより家を大切にする親なんてこっちも考えないわ」・・・「それより本当にアメリカに行くの?(結婚できなければ情死する約束)忘れちゃったの?」「忘れやしない、ただボクは死ぬのなら独りで死ぬんだ。誰にも知られないところで」「あたしは?」「君は死ぬ必要はない。ボクは世の中がイヤになったんだ」「・・・じゃあいいわ、あたしも独りで死ぬから」「君には呉さんといういいお友達があるじゃないか」「だから、だからできるだけ生きていたいんじゃないの。それを朝ちゃんはひとりで勝手に・・・」と、霞は泣き崩れる。朝次は「じゃあ、できるだけ二人で努力しよう!、もしそれでダメだったら・・・」、霞は静かに頷いた。
 この二人の対話は、まさに「君と行く(末)路」を暗示しているようだ。
 尾上家の別荘に、霞の相手が訪れる結納の日、空木が尾上家の執事を連れてやって来た。執事は朝次から霞に宛てた手紙の束を差し出して言う。「これをお返しするように言いつかって参りました。霞様の手紙がありましたらお返しください」。朝次はその手紙を受け取り、引き出しの中から霞の手紙を取りだした。「これで私が言い掛かりをつけると思っているのですか。この手紙はお返しできません」と言うなり、破り捨て暖炉の火に投げ込んだ。執事は驚いたが、ともかくも安堵、「つきましては、朝次様、洋行の足しにでも」と言い、壱千円の小切手を手渡す。朝次は直ぐさまそれも破り捨て、「妾の子だと思って、私のことまで芸者扱いするのか!」と、空木、執事を追い返し、独り浜辺に向かう。
 その日、津紀子も「虫の知らせ」で霞を救いに訪れた。玄関払いをさせられようとしたが、霞が飛び出して来て自室に招き入れる。あわててメモを記し、朝次のもとに届けてほしいと依頼する。朝次は独り浜辺で悔しさに耐えている。そこに夕次がやって来た。「こんな所で何してるんだい、この前の人が霞ちゃんの手紙を持ってきてくれたよ」と言う。夕次は、電車の中で見初めた意中の人が、霞の親友・呉津紀子だったことが判り、喜んだ。 三人で家に戻り、朝次は手紙を呼む。そして、「津紀子さん、弟の夕次をどう思いますか。お付き合いしていただければ・・・。」津紀子も嬉しそうに同意した。「霞さんには、すぐに返事をします。ボクの行動を見てその様子を知らせてあげてください。その前に、ちょっと出かけてきます」と、夕次と津紀子を残して出て行く。入れ替わりに母がやって来た。)朝次が「夕次のお嫁さんが来ているよ」と言ったので御挨拶に伺いました。(玄関先で自動車が発進するエンジンの音が聞こえた)「まあ、すてきなお洋服だこと!」と津紀子の姿に目を細める。一目で気に入った様子だったのだが・・・。
 突然、電話が鳴り響き、朝次の自動車事故を知らせる。独り、崖道を激走して転落したのである。 
 数日後、霞の姿が見えなくなった。家の者の目を盗んで津紀子の家を訪れる。お別れに来たと言う。「もう、二、三日後ね(嫁ぐ日は)」と津紀子が言う。「この間の手紙渡してくださった?」「ありがと」「霞ちゃん、朝次さんのこと何にも聞かない?」「・・・・」「きっと、誰も言やしないわねえ・・・」。津紀子は霞に朝次の死を告げる。霞は呆然としたが、「誰も言わないんだもの」と座り込む。「明日が埋骨式よ」「津紀子さん、あたしも連れてってくれない?」と懇願したが、津紀子は首を横に振る。「もう、仕方がないじゃないの」。霞は「朝ちゃん!」と叫んで泣き崩れたが、「行く路」を決意したのだろう。
 天野の別荘では、朝次の骨箱を夕次が運んでいる。「母が仏壇の前に置いておくもの」と言うのも聞かず、隣の霞に部屋の窓が見える場所に安置する。式に出るのは、母、夕次、空木、雛、津紀子の5人と数えていると、雛が訪れた。御前様の来るのが遅れる、昨日から霞が行方不明で、今探しているところだと言う。夕次が「津紀子さんの所じゃないか」と言っているところに、津紀子も供花を持ってやって来た。どこか元気がない。供花を力なく骨箱の上に乗せる。夕次が「霞ちゃんがねえ・・・」と言いかけると、昨日の経緯を告げた。「あたし、霞ちゃんはもう亡くなっていると思う」「そんなことはないよ、どこかで働き口でも探しているんだろう」「そうだといいんだけど」。夕次は津紀子との縁談話を確かめようとするが、津紀子は意外にも「否」、自分たちもまた死ななければならなくなる、と言う。夕次はその意味を必死で訊ねるが、「もっと、あたしたち強くなってから、またお会いしましょう」と答えるだけであった。・・・、津紀子の予感は当たった。空木が沈痛な表情で到着する。「霞ちゃんは?」「居たよ」「どこに?」「家の裏の池の中に、浮かんでいたんだ」。まあ、と聞いた一同は涙を拭う。しばらくして、雛が言う。「でも、霞さんは朝次さんの所に行って、お幸せにお暮らしになるんでしょう。朝次さんはきっと喜んでいると思いますわ」。その言葉を聞いて、津紀子は夕次のもとへ行き「夕次さん、さようなら、ごきげんよう」と言い立ち去った。夕次は椅子に座り込んで嗚咽する。その様子を訝しがる母、「いったいどうしたんだねえ、あの人は。変な子だねえ津紀子さんていう人は。霞ちゃんはね、親の言うことを聞かないからこんなことになってしまった。親の言うことを聞いていればいい奥さんになれたのに。お前だって、ごらんな、出世ができるのにこんなにグズグズしてさ・・・」。そう言われた夕次は、たまらず立ち上がり「バカ! お母さんのバカ!」と叫ぶ。その勢いに、母は目を丸くして呆気にとられる。別荘の外では、何かをこらえ、足早に浜辺を立ち去る津紀子の姿を映すうちに、この映画は「終」となった。
 女性映画の名手と謳われた成瀬巳喜男の作品としては、あまり評価は高くないようだが、私にとってはまさに傑作、他に比べて優るとも劣らない出来映えであった。筋書きは「天国に結ぶ恋」もどきの悲恋物語にも見えるが、実は登場する4人の「女模様」がくっきりと浮き彫りされて、そのコントラストがたいそう興味深いのである。
 その一人は、加代という女性、朝次、夕次の母である。名士・天沼長二郎の愛妾として、豪華な鎌倉の別荘を譲り受け、さらに膨大な手切れ金(息子たちの養育費)も頂戴、お春という女中まで置いている。にもかかわらず、その金を「わずかばかりの端金」と言って憚らない。世の中はすべて金、義理も人情も「どこ吹く風」、霞の死を、今、泣き悔やんでいたかと思えば、「霞ちゃんはね、親の言うことを聞かないからこんなことになってしまった。親の言うことを聞いていればいい奥さんになれたのに」などと、哀悼の意を忘れ去る。たまらず、夕次が「お母さんのバカ」と叫んでも、その気持ちがわからない。空木を「御前様」と奉る一方、陰では「いい年をしてみっともない」と見下げる。夕次の縁談話でも、相手の娘を「器量はよくないけど女学校出だとさ」と評価する。レター・ペーパーをラブレター、デスクをデクスと言い間違えても気づかない。その極め付きは、「自分が芸者であったこと」に全く頓着しないことである。夕次が「ボクが好きになった人なら、その家が魚屋であっても材木屋であってもかまわない」と言えば「カフェの女給なんか困るよ」と言い、朝次から「芸者より女給の方がマシだ」と言われ「まあ、この子ったら」と涙ぐむ。しかし、いつまでもクヨクヨしないのが彼女の真骨頂だ。そもそも、朝次の死、霞の後追い自殺は、加代が芸者上がりであったことに因る、そして夕次が津紀子に振られたのも同じ理由に因る。つまり自分が蒔いた種だったということに気がつかない。いわば「無知の逞しさ」とでも言おうか、かつては、「どこにでも居そう」な女性の生き様を、女優・清川玉枝は見事に演じきったと、私は思う・
 その二人目は、霞の風情、見るからに楚々として初々しい。語り口もたどたどしいが、その内容は正鵠を射ている。朝次との密会中、「ねえ、霞ちゃん、こんなこといつまで続くと思う?」と問われて「朝ちゃんが続かせなければ続けられりゃしないわ」と毅然と答え「霞ちゃんだって、続けられる?」「あたしは死ぬまで続けるわ」「そんなことできるもんか、お嫁にいってしまえば」「行かないったら、やな人ねえ」という対話の中には、明確な意志・覚悟がある。さらに、「それより本当にアメリカに行くの?(結婚が叶わなければ情死という約束)忘れちゃったの?」「忘れやしない、ただボクは死ぬのなら独りで死ぬんだ。誰にも知られないところで」「あたしは?」「君は死ぬ必要はない。ボクは世の中がイヤになったんだ」「・・・じゃあいいわ、あたしも独りで死ぬから」というやりとりの中にも、確固とした決意が窺われる。たしかに朝次は「独りで」死んだ。しかし、それは世間の「形式」(格式・義理)に対する敗北であり、弱者の死である。比べて。霞の自死は、男に対する誠を貫くと同時に、世間の「形式」に対する挑戦なのだ。さればこそ、父・尾上の「落胆」は激しく、心底からの後悔と反省をもたらすことができたのである。いわば、強者の死であり、さらに「美しさ」も添えられている。「み袖のままで浮かんでいた。美しい姿だった」という空木の言葉が、何よりも雄弁にそのことを物語っている。そんな芯の強い、一本筋の入った女性の姿を、女優・山縣直代は健気に描出しているのである。
 その三人目は呉津紀子、モガのスタイルで明るく行動的、彼女に頼めばどんな夢でも叶いそうな存在感がある。事実、彼女の手引きによって霞と朝次の「逢瀬」は実現、二人の絆をよりいっそう強めることができたのだが、悲劇的な結末を前にして動揺する。とりわけ、夕次との交際が「同じことの繰り返し」になるだろうと予感、「私たちもっと強くなりましょう」「必ず、なってみせるわ」と断言、(霞と同様)毅然と訣別する姿は、理知的で冷静である。加代は「変な子だねえ」と訝るが、自分自身がが世間の「形式」からは、変な存在だと思われていることに気づかない。そのコントラストがたいそう可笑しい。
 その四人目は、空木の愛妾・雛である。年の離れた爺さんを旦那にもち、「遺産を狙っているに違いない」と加代からはさげすまれているが、一向にお構いなく、「お酒が飲みたい、隣で調達してきて」と空木を使い走りさせる。「家でゆっくり飲むわ」とちゃっかり、ボトル一本をゲットする様子は可笑しく、遊び人で「いい男」の空木が可愛がるのも肯ける。霞の死を知って「霞さんは朝次さんの所に行って、お幸せにお暮らしになるんでしょう。朝次さんはきっと喜んでいると思いますわ」と泣き崩れる姿も月並みだが、それが津紀子の「毅然とした訣別」を導いたことは、確かである。「私は違う!。私は《死んで楽しい天国であなたの妻になりますわ》などということは信じない!」と思ったに違いない。
 以上が、女性映画の名手・成瀬巳喜男監督が描き出した「女模様」の実像ではないだろうか。
(2017.6.24) 



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2017-06-26

劇団素描・「玄海竜二一座」・《芝居「へちまの花」と舞踊「ヤットン節」》

【玄海竜二一座】(座長・玄海竜二)〈平成22年8月公演・大阪朝日劇場〉
5時数分後に入場するとすでに椅子席は満員、200円追加して桟敷席に向かう。ミニショーでは、久しぶりに観る東雲長次郎の舞姿(女形)が実に鮮やかで、文字通り「筆舌に尽くしがたい」景色であった。芝居の外題は「へちまの花」。これまでに私は同じ狂言を、「劇団京弥」(座長・白富士一馬)、「三河家劇団」(座長・三河家桃太郎)、「劇団新」(座長・龍新)の舞台で見聞している。この芝居の眼目は、「人を見た目で評価してはいけない」「大切なのは容貌よりも心の美しさ」といったあたりだと思われるが、それを舞台模様として描出することは容易ではない。ともすれば、その見た目を「晒し者」にするだけで閉幕となってしまう。出来栄えの成否は脇役陣の「実力」にかかっている。今日の配役は、主役のお花が座長・玄海竜二、相手役の画学生が長谷川京也ということで、まず申し分ないところだが、いかんせん、お花の風情が「強烈すぎる」ように、私には感じられた。これまで男衆から声をかけられることなど皆無であったお花が、画学生から「好きです」と言われ、思わず「発情」、下腹部に手を当てる仕種は、実社会では無理もない、大いに共感できるのだが、舞台上で「絵にする」ことは至難の業、ただの「下ネタ」で笑いをとることと変わりがないのではないか・・・。「心の美しさ」は仕種にも現れて当然、さすれば現在、お花の心情やいかに?、などと理屈っぽいことを考えてしまったのである。まあそれはそれ、九州の芸風と割り切ってしまえばよいのかもしれないが・・・。そんなわけで、他の劇団を凌ぐほどの感動は生じなかった。一方、今日の舞台の極め付きは、何と言っても「舞踊ショー」大詰めの「ヤットン節」。その景色、面白さはまさにピカイチ。座員全員が舞台に整列、玄海竜二を中心に、おのがじし勝手な「お面」を身につけて、あたかも「ラジオ体操」のごとく整然と踊りまくる。その一挙一動一頭足がピタリとそろえばそろうほど、「お酒飲むな、酒飲むなの、御意見なれど・・・」で始まるナンセンスな歌詞が生き生きと冴えわたってくるから不思議である。その、「可笑しく滑稽な」空気に、もいわれぬ「艶やかさ」が加わるといった趣で「お見事!」という他はなかった。昭和20年代、一世を風靡した未曾有のナンセンスソング「ヤットン節」は、ほぼ60余年の時を経て、今まさしく甦り、平成の庶民に大きな「元気」「勇気」をもたらしてくれたのだ。その「おこぼれ」を存分に頂いて帰路に就いた次第。
SP盤復刻による懐かしのメロディ 久保幸江/トンコ節SP盤復刻による懐かしのメロディ 久保幸江/トンコ節
(2011/09/22)
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2017-06-25

付録・邦画傑作選・「残菊物語」(監督・溝口健二・1939年)

  原作は村松梢風、五代目尾上菊五郎(河原崎権十郞)の養子・二代目尾上菊之助(花柳章太郎)の物語である。冒頭は歌舞伎座の楽屋裏、これから「東海道四谷怪談」隠亡堀の場が始まろうとしている。有名な「戸板返し」後の「だんまり」で、菊之助は与茂七を演じたのだが、直助役の菊五郎は、いたって不満足、「ダイコ」(大根)役者だと決めつける。火の玉(人魂)の扱いまでもなっていないなどと当たり散らす始末、周囲の連中は「二百十日」(の嵐)が来た、などと閉口していた。直ちに菊之助を呼びつけ叱ろうとしたが、守田勘弥(葉山純之輔)が間に入ってなだめ、取り巻きも「たいそうよくできた」と褒めそやす。。菊之助は仲良しの中村福助(高田浩吉)にも「できはどうだった?」と訊ねるが口を閉ざされ、「柳橋に繰り込もう」と誘うのだが「先約がある」と断られた。独りで柳橋に向かったが、待合の客(結城一郎)たちも、菊之助の「大根振り」を肴に酒を酌み交わしている。馴染みの芸妓(伏見信子)にも振られたか、深夜、人力車で帰宅の途中、弟を子守している乳母・お徳(森赫子)に出会った。お徳は、入谷の伯母が菊之助の芸をけなすので、今日観てきたという。「それでどうだった?」「世間のおだてやお世辞にのってはいけないと思います。伯母の言う通りでした。あなたは、いずれは六代目を継ぐお方、御贔屓衆と遊ぶのはほどほどに、芸の修業に励んで下さい」。その一言に、菊之助は「ありがとう。そう言ってくれたのはお前が初めてだ」。以後はプッツリと遊びを止め、お徳を相談相手にする。しかし、その様子を見咎めた周囲が黙っていない。義母の里(梅村蓉子)はお徳に「お前は使用人の分際で余計なことをおしでない。菊之助の嫁になってこの家に入り込む魂胆だろう」と言い、すぐさま隙を出した。お徳が居なくなったことに驚いた菊之助は、お徳の実家を訪ねるがそこにも居ない。雑司ヶ谷に居ることを突き止め、鬼子母神の境内でようやく再会できたのだが、それ以後は全く音信不通になった。
 菊之助は覚悟を決めた。母や兄に向かって「親の七光りで人気が出てもしょうがない。六代目の名跡もこの家も要らない。あっしは独りでやっていきたいんだ」と言う。その言葉を隣室で聞いていた菊五郎が激怒した。「そんな奴は、今すぐ、ここから出て行け!」
 かくて、菊之助は大阪へ・・・、叔父・尾上多見蔵(尾上多見太郎)の下で1年修業する。しかし、評判は散々でうだつが上がらない。多見蔵に「叔父さん、不出来な舞台ばかりですみません。このまま御厄介になっていてよろしいのでしょうか」と問えば「何を言うてんのや。若い時に褒められるような奴はろくな役者になれへん。大船に乗ったつもりでしっかりやんなはれ。多見蔵がついているがな!」と励まされた。しかしまだ心は晴れない。鬱々として表に出ると、お徳が待っていた。菊之助の舞台を観ていたのである。夢ではないかとびっくりする菊之助、「なぜ、もっと早く来てくれなかったんだ」「家の者が厳しくて出られなかったんです。でも若旦那の不評判を聞いて、居ても立ってもいられなくなって来たんです」「あっしは自惚れていた。1年経ってもこのざまだ」。だがお徳の反応は、1年前のあの時とは変わっていた。「他の人が何と言っても、(今日の舞台で)あたしには1年間の苦労が見えました。東京での甘えが消えて、若旦那の力が出てきたんです。だから、これからも頑張ってください」。「そうだろうか、そうだといいんだけど」菊之助には一筋の光りが見えた。「そうですとも」とお徳の力強い相槌が支える。
 二人はその足で、菊之助の貸間に赴いた。「荷物はどうした」「駅に預けてあります」「じゃあ、明日取ってこよう」「ここで御厄介になってもよろしいんですか」「今から、夫婦じゃないか」「あたしは若旦那を立派にしてお宅にお返しするために来ました」「その後はどうする?」「さあ、わかりません」「来たばかりで水くさいことを言うもんじゃないよ」。見る見る、菊之助には大きな力が湧き出してきた。数日後か、貸間に豪華な鏡台が届く。貸し主の按摩元俊(志賀廼家辨慶)が二階に運び上げようとするが上がらない。菊之助は、一階に降りてつくづくと眺め「いい鏡台だ」「いいお芝居のためにはいい鏡台が要りますわ」「お金はどうした」「あたしがいらない物を売ってこしらえました」「・・・すまないね」、元俊の娘・おつる(最上米子)が「おとっつあん、わてもこんなんほしいわあ」と羨ましがっているところに、菊之助の弟子(橘一嘉)が飛び込んで来た。「大変です!親方がさっき亡くなりました」。かくて、菊之助は、多見蔵という大阪での大きな後楯を失ってしまう。
 菊之助は、お徳の反対を押し切って「旅回り一座」の太夫元(石原須磨男)に身を預けることに決めた。
 そして4年が経った。一座では金をめぐってもめ事が絶えない。その様子を見て、お徳は「ああ、いやだいやだ、早く旅回りから脱け出したい」と愚痴をこぼす。菊之助は「お気の毒だね。こんな男にくっついて来たのが因果だ。いやなら出て行ったっていいんだぜ。わっしはこっちの方が面白いんだ。目をむくだけでお客は喜んでくれる」「あなたはずいぶんお変わりになりましたねえ」「また意見かい、意見ならもうたくさんだ」。二人の間にも亀裂が生じたか・・・。
 ある雨の晩、突然どやどやと女相撲(白妙公子)の連中がやって来て、小屋を壊し始めた。菊之助は「何するんだ!」と止めようとしたが、太夫元はドロン、一座はバラバラになる。菊之助とお徳は、行くところもなく名古屋の木賃宿に辿り着いたのだが、お徳の咳が止まらない。初めは、雨に打たれたからと甘く見ていたが、病は刻一刻と進行する。そんな折、宿の客が芝居のチラシをもらって来た。見ると、「中村福助一座公演」と書いてある。菊之助は一瞥するだけで終わったが、お徳は一座の楽屋を訪れて懇願する。「どうか、若旦那を舞台に立たせてやってください」。その気持ちが通じたか、一同は同意する。しかも、もし人気が出たら、東京の舞台に出られるよう菊五郎に進言するという話まで取り付けた。その代わり、「お徳さん、あんたの役目は終わった。その時は身を引くように」。それでも、お徳は喜んで木賃宿に戻り、菊之助に知らせる。半信半疑だったが、菊之助も促されて舞台に立つ。演目は「関の扉」、役は福助の代わりの墨染であった。その菊之助の舞台姿に一同は、そして、観客は目を見張る。五年間の苦労が花を結んでいたのだ。
 菊之助は、晴れて名古屋から東京に向かう。しかし、そこにお徳の姿は見られなかった。
必死であちことと探し回る菊之助に福助の父・中村芝翫(嵐徳三郎)が言う。「お徳は、自分から身を引いたのだ。そっとしておいておやり」。
 独り、大阪のなつかしい貸間に戻ったお徳は、誰もいない二階の部屋にうずくまっている。按摩元俊の娘・おつるが戻ってきてその姿を見つける。驚いて「まあ、姐さん、どないしていやはった。でもお達者で何よりや。それで菊さんは?」・・・「とっくに別れたわ。あんな男と一緒に居るの面白くなくなったのよ」「しばらく会わんうちに、姐さん、すっかり変わりはりましたなあ」「そうかしら、そうね、少し変わったかもしれないわねえ」
 菊之助は東京での公演も大成功、菊五郎と共に大阪公演(初下り)に赴く。公演の演目は「石橋」、菊五郎、菊之助、福助が連獅子の舞を厳かに、かつ艶やかに披露する。大入りの観衆が大喝采の拍手を贈るうちに幕は下り、「船乗り込み」が始まろうとする時、人混みを分けて按摩元俊がやって来た。入梅以後、お徳さんが身体をこわして、医者から「あぶない」と言われているとのこと、菊之助はすぐにでも飛んでいきたい素振りだが、「わっしには大事な仕事があるんで・・・」と戸惑うと、近くに居た菊五郎が言う。「菊、行ってやんねえ。女房に会ってきてやんな。役者の芸ってのはな、いくら教えたって上手になれるもんじゃあねえ。おめえがこれまでになったのは、お徳が骨身を惜しんで励まして、修業させてくれたおかげなんだ。おらあ、菊之助の親爺として礼を言ったと言ってくんねえ」
 大詰めは、懐かしい貸間の二階、(臨終間際の)お徳の手をとり菊之助が言う。「お父っつあんが許してくれたんだよ。女房に会ってこいと言われた。礼を言ってくれと言われた」「本当ですか」とお徳は涙に暮れる。そして「早く、船乗り込みに言って下さい」と言う。
 中之島から乗り込んだ菊之助が、周囲の観客に大きく手を広げ、頭を下げる。その心中にお徳の姿を思い浮かべ、再び頭を下げたとき、お徳は息を引き取ったのである。そして画面には「完」という文字が・・・。

 この映画の眼目は、女の献身的な母性が、男の苦労を支え、その苦労が男の実力を磨き上げるといった「人間模様」の描出であり、単なる悲劇(メロドラマ)とは無縁の名作であることがよくわかった。
 見どころの一は、菊之助を東京に送り出し、大阪の貸間に戻って「とっくに別れたわ。あんな男と一緒に居るの面白くなくなったのよ」という一言である。それは本心ではない。菊之助という役者(男)を育て上げた、お徳という女が打った最初で最後の一芝居(「愛想づかし」)なのである。菊之助はお徳との「つながり」が原因で、東京を追われた。また今の「つながり」で菊之助の評判に傷がつくようなことがあれば、元も子もない。そうした思いが、お徳を「空芝居」にかき立てたに違いない。
 見どころの二は、お徳に感謝する菊五郎の心根である。それは終局の「菊、行ってやんねえ。女房に会ってきてやんな。役者の芸ってのはな、いくら教えたって上手になれるもんじゃあねえ。おめえがこれまでになったのは、お徳が骨身を惜しんで励まして、修業させてくれたおかげなんだ。おらあ、菊之助の親爺として礼を言ったと言ってくんねえ」というセリフに結実化している。その言葉を聞いて、私の涙は止まらなかった。
 見どころの三は、菊之助を演じた花柳章太郎の「男振り」であろうか。並み居る役者連中の中で、やはり光っている。えもいわれぬ色香を漂わせている。さすがは、新派の大看板、後には「人間国宝」「文化功労者」に数えられる逸材の片鱗を見せているのである。
 見どころの四は、スクリーンに再現される戦前大歌舞伎の舞台模様の数々である。長回しのショットで、往時の「東海道四谷怪談」「関の扉」「石橋」を存分に鑑賞できたことは望外の幸せであった。感謝。
(2017.6.23)



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2017-06-24

劇団素描・「劇団京弥」・《芝居「喧嘩屋五郎兵衛」「花の渡り鳥」の出来栄えは最高》

【劇団京弥】(座長・白富士一馬)〈平成22年8月公演・柏健康センターみのりの湯〉
芝居の外題は昼の部「喧嘩屋五郎兵衛」、夜の部「花の渡り鳥」。この劇団の舞台は、平成20年4月郡山東洋健康センターで、同年9月高尾の湯ふろっぴぃで、平成21年4月浅草木馬館で見聞済みだったが、今回の「出来栄え」は最高、その「変化」(へんげ)ぶりには度肝を抜かれた。なるほど、劇団名を「白冨士」から「京弥」に改めた意味を心底から納得した次第である。芝居「喧嘩屋五郎兵衛」は大衆演劇の定番、「花の渡り鳥」も潮来の伊太郎をモデルにした「何の変哲もない」筋書だが、役者の「実力」が違ってきた。座長・白冨士一馬を筆頭に、副座長・白冨士健太、若座長・白冨士龍太、花形・白冨士洸、女優・白冨士蘭、白冨士つばさといった面々の「演技力」は着実に上昇し、今や斯界屈指の「実力派劇団」に成長したと確信する。どの役者をとっても、「立ち位置」「所作」「目線」「表情」だけで心情を表現できる実力が備わっている。加えて、口跡は明瞭、役者相互の「間」(呼吸)も絶妙といった按配で、まさに「お見事」、思わず拍手を送りたくなる場面の連続であった。「オレの話を聞いておくんなさい」、と言った後の「話」が、実に端的で「歯切れ良く」、客を厭きさせない、文字通り「要領を得ている」のである。各自の「所作」「表情」「口跡」を見聞しているだけで、その心情が「真っ直ぐに」伝わり、観客は何の衒いもなく「笑い」「泣く」ことができるのである。「笑わそう」「泣かそう」といった小細工は皆無、役者が誠実・真摯に演じようとするだけで、客は感動するのである。また、「喧嘩屋五郎兵衛」では、胡蝶つき子、白冨士一馬、白冨士龍太、「花の渡り鳥」では、白冨士健太、白冨士洸、白冨士蘭というように「主役」「準主役」が分担されているところも素晴らしい。「ダジャレ」「悪ふざけ」も皆無、誠心誠意、「真っ向勝負で」舞台に取り組む姿勢に深い感銘を受けた。最近では、どこの劇団でも座員の異動が激しく、舞台の景色は「停滞」「凋落」気味、居眠りしながらの観劇を繰り返してきたが、今回、久しぶりに「目の覚める」ような感動をおぼえた。「ここまで劇団が成長した要因は何だろうか、この劇団の芝居を全部見てみたい」という気持ちが沸き上がり、大きな元気をもらって帰路につくことができたのであった。
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(2007/11/28)
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2017-06-23

劇場界隈・浅草観音温泉

 午後3時、炎天下の浅草界隈に辿り着く。木馬館開場までまだ1時間ある。私は、迷うことなく「浅草観音温泉」に飛び込んだ。入浴料700円。えっ?これって、ほんとに温泉なの?看板に天然温泉と書いてあるのだから、間違いない。それにしても、愛想も何もない風情で、脱衣場には、やたらと「手書き」の注意書きが多い。ちなみに、それらを書き出してみると、以下の通りであった。   ①注意して下さい。浴場内でもどこでも鍵は手から放さずに気を付けて下さい。ロッカー泥棒に協力した方に協力金1万円を支払い致します。
 ②ロッカー荒師に注意して下さい。2~3名でコンビを組んで、バール、ドライバー等でロッカーの戸をこわして開ける者に気をつけましょう。お気付きの方はすぐにフロントまで、2~3分で警察官がまいります。貴重品ロッカーは、玄関受け付けにあります。フロントにてビデオ撮りあり、万一の時は参考にします。
 ③注意して下さい。一瞬のうちにロッカー鍵をすり替えて現金等を持ち逃げする事件が多発しています。土曜、日曜は特に気を付けて下さい。鍵は必ず手から放さずに。
 ④マナーのお願い 浴槽に入る前に下部分を洗ってから入浴して下さい。
 ⑤ 髪を染めるの厳禁 他人にもフロ屋にも迷惑 髪染め確認した方は以後入浴お断り。ペナルティ金(迷惑料)2000円を頂きます。とにかく染めないこと!
 「ロッカー荒師」という言葉も初耳だが、公衆(浴場)の面前で「2~3人でコンビを組んで、バール、ドライバー等でロッカーの戸をこわして開ける者」がいるのだろうか。また、「お気づきの方は・・・」とあるが、そんな大がかりな仕事に気づかない人がいるだろうか。気がついても「おそろしくて何もできない」か、「フロントに知らせたくない」(そのコンビの見張り役)かのどちらかであろう。いずれにせよ、この浴場では、①金品が盗まれる、②下部分を洗わないで入浴する、③髪染めをする、などの違法・不法行為が目立つということを店主みずからが警告していることに間違いはない。その結果、客同士がお互いを不審な目で見ることになり、一種独特な雰囲気が醸し出される。泥棒を捕まえたら1万円の御褒美、髪を染めたら2000円の罰金、というシステムも、その「割り切り方」が単純明確で、大変わかりやすかった。
 浴室の設備も、至って簡素、シャワー、ジャグジー、ソープ、シャンプーなどは皆無、
黄色い湯おけ(プラスチック製・「ケロリン」マーク入り)と、赤(湯)・青(水)のカラン、大小二つの湯船に水飲み場だけという風情であった。湯船の中には、「保健所の指導」により、大きなナフタリンのように見える消毒剤が投入されていることも、興味深い。
 ここは浅草、本堂や仲見世が観光客でごった返しているというのに、入浴客は3~4人程度、身も心もゆったりとして、汗を流すことができた次第である。
 午後5時から、木馬館で大衆演劇観劇。「市川千太郎劇団」。
(2008.8.3)



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2017-06-21

付録・邦画傑作選・「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)

 ユーチューブで映画「故郷(ふるさと)」(監督・伊丹万作・1937年)を観た。
 信州の山村にある酒屋の家族の物語である。タイトルバックには、ニワトリ、牛、犬の鳴き声、小鳥の囀り、子どもたちの唱歌「水師営の会見」が聞こえる。やがて映し出されたのは「喜多の園」という看板の酒屋で、味噌、缶詰なども扱っているようだ。店先では、小学校5年生の剛(船越復二)が、教科書を音読しながら店番をしている。別荘から注文の電話がかかってきた。自転車で品物を届けると、使用人の婆やが「姉ちゃんが帰ってくるよ」と言う。姉の喜多子(夏川静枝)は、別荘の娘(五條貴子)と一緒に、この春、大学を卒業して帰郷することになったのだ。喜多子は村一番の秀才で、村長はじめ周囲の期待を集めて、東京の大学に進学したのだが・・・。そのために兄の堅太郎(板東蓑助)は、先祖伝来の田畑を売り払い、学資の援助を惜しまなかったのである。帰郷後は県会議員・縣(山田好良)の口利きで教職への道も開けていた。しかし、喜多子は、すっかり東京の文化に染まり、古い慣習に縛られた田舎の生活になじめない。小説本を読みふけり、家事、店の仕事は一切しないという毎日が続く。そんな様子を見て、堅太郎は「大学なんぞにやるんじゃなかった」と後悔する。母(藤閒房子)もまた、東京の大学で、娘が「一変」してしまったと感じている。面会に行ったとき、母の身なりがみすぼらしいのを見て、学友が「あれ、あなたの婆や?」と訊ねたとき「ええ、そうよ」と答えた情景が、いまでも目に焼き付いているのだ。
 ある日の夜8時過ぎ、喜多子が一人で読書しながら店番をしている。馴染みの老爺・八兵衛がやって来た。「兄さんどこに行ったのかしら、早く帰ってきてくれないと困っちゃうわ」「将棋を指していたよ」「まあ、のんきだこと」「たまには店番もいいだろう」「ちっともよくないわ。第一、店番なんてあたしには向いてないもの」「そうではねえだ。店番だって立派な一つの学問だ。学問は学校だけのものではねえ。長い一生から見れば学校にいる間は短いもんだ」「それ、八兵衛さんの哲学?」「何だか知んねえ、だがなあお喜多坊、おめえの兄さんは、先祖代々の田畑を人手に渡しても、おめえの卒業を楽しみに、何年も頑張ってきたんだ。それを思やあ、ちょっとの間、店番させられたぐらいで不平なんぞは出ねえはずだ。これくらいの道理がわかんねえような学校の学問は大したことねえだ」。喜多子が黙り込むと「へっへっへっへっ・・・」と笑いながら「年寄りはこれがいけねえだ」と頭をかく。そして、帰りの景気づけに一杯飲みたい、と言う。喜多子は、やり方が判らないから自分でやって、でも商売道具に手をつけちゃまずいと言っているところに、堅太郎が戻ってきた。様子を察した堅太郎は、喜多子に酒を樽から注ぐように命じるが、応じない。やむなく、堅太郎は一発ビンタをかまし、喜多子に酒の注ぎ方を教える。 翌日か、翌々日か・・・、喜多子は別荘に行き、学友と兄(三木利夫)に、そのことを訴える。二人は「それは、いけない。暴力はいけない。(インテリゲンチャとそうでない人は根本的に考え方が違う。別の人種だと言える。)東京に来て妹の家庭教師をしてくれないか」と誘う。それまでの辛抱ができるかどうか、喜多子は岐路に立たされる。
 学問を追求する剛の小学校でも対立・葛藤が起きていた。剛は土地の有力者・縣の息子(本田靖)と、鳥の巣の取り合いをきっかけに、ケンカを繰り返している。自分以外は縣の味方、校庭でも独りでいることが多かった。そんな様子を担任の彦太郎(丸山定夫)が心配するが、彼もまた校長(高堂国典)と意見が合わない。縣の息子を特別扱いしない、子どもを虐待する受験勉強はしない、「学校の教育方針は校長が決める」と言われ、さっさと退職してしまった。次の仕事は、父・彦作(丸山定夫・二役)の温室農家でメロン栽培、地元の高校スキー部監督(コーチ?)も務めるようになった。
 夜、喜多子は母と居る。喜多子が「家族はバラバラ、もうどうにもならない」と呟くのを見て、母は「お前の方でも、みんなに合わせてくれなきゃ」と本心を語り出す。「お前は東京に出てから変わってしまった」。そこに堅太郎が帰ってきた。喜多子に「てめえはおしゃべりだなあ」「何のこと?」「この前オレがお前を撲ったことを、別荘辺りでしゃべったに違いねえ」・・・「あたしにどうしろと言うの?」「朝5時に起きて炊事、掃除、店番、夜は針物、おっかあの肩も揉むだ」「あたしのできないことばっかりだわ。もう我慢できない。この家を出て行くわ」「ああ、出て行くがいい。その代わり、帰ってきても家の敷居は一歩もまたがせない。その覚悟があるなら出て行け」。喜多子は心に決めた。「出ていくわ」、残された堅太郎と母の姿が、氷のように固まっていく。
 時は、春から夏、秋、冬と過ぎ、また春が来る紀元節のころ、信州の山村は雪で覆われている。堅太郎と剛が店先で雪かきをしていると、スキー部の連中が競技大会に出かけていく。引率するのは彦太郎、「スラロームの他は優勝だ」と胸を張り、停車場へ・・・。その停車場に汽車が入ってきた。降り立った人影の中に、手提げの行李を一つ持った喜多子の姿があった。彼女は、はやる気持ちを抑えて店の近くまで進んだが、ピタリと足が止まった。堅太郎が雪かきをしていたのである。「二度と敷居をまたがせない」という言葉が浮かんできたのであろう、背中を向けて歩き出した。行き先は、剛が通う小学校、講堂の辺りから「雲に聳ゆる 高千穂の。高根おろしに 草も木も。なびきふしけん 大御世(おほみよ)を。あふぐ今日こそ たのしけれ」(高崎正風 作詞,伊沢修二 作曲)という子どもたちの歌声が聞こえてくる。喜多子はそこにいつまでも立ち尽くし、剛が下校するのを待つ他はなかった。やがて式典は終了、子どもたちは三々五々、帰路に就く。やはり、剛が目ざとく喜多子を見つけた。思わず「姉ちゃん!」と駆け寄る。
 夜、堅太郎が、今日の売り上げを計算している様子で、剛に算盤をはじかせている。
その時、母が言う。「・・・堅! ゆうべ喜多子が帰ってくる夢を見たよ。たいそうやつれた姿で・・・けえってくればいいのになあ。そう思わねえかよ、堅!」堅太郎は、母の方を見やって「それは夢ではなかべえ。二階に居る女は誰だね?」「二階? 誰もいやあしねえだ」「樽の隅に隠してある下駄は誰の下駄だね。おらあ、二階に行って見てくる」と言うと、「あたしが降りていくわ」と、喜多子が階段を力なく降りてきた。堅太郎を見るなり「兄さん!」と叫んだが、後は言葉にならず、その場に泣き崩れる。母は堅太郎に「許してやれ、許してやれ」、喜多子に「早く、兄さんに謝れ」、そして二人に「二人ともオラの子でねえか、仲直りしろ」。しかし、堅太郎は「出て行った時のことを思えば、今さら帰ってこられるはずはない」と固い表情を崩さない。その時、スキーの競技大会から選手連中が帰還、彦太郎が元気よく入ってきた。「堅さん!勝ったよ!」と報告に来たが、「あれ?喜多ちゃん、いつ帰った」と驚いた。母が「彦さんにも謝ってもらおう」と言うと堅太郎は「それは筋違いだ。彦さんには何も関係がねえ話だ」。喜多子は、初めて口を聞いた。「あたしは世間のおそろしさを知りました。どうか、ここに置いて下さい。もう、どこにも行く所がないんです。これから働きます。兄さんの気に入るようにします」。堅太郎はまだ黙っている。彦太郎は「堅さん、オラが口出しするのは筋違いかもしれねえが、もういい加減に勘弁してやってくんねえか、なあ、堅さん!」母も、「彦さんが、ああ言って下さるんだもの」と言って堅太郎を見つめる。そして彦太郎もまた・・・。堅太郎は、しばらく俯いていたが、顔を上げ頭をかきながら「・・・どうも、おらあ、彦さんに言われると、勝てねえでなあ」と頬笑んだ。「ハハハハ、それでいい、それでいい。それよりみんな聞いてくれ。今日はスラロームも勝って、全勝だったぞ! 一本つけてもらわないと・・・」「じゃあ、鬨(かちどき)の新酒にしましょう」と祝う空気が全体を覆う。
 やがて大詰め、雪も解け。水車の周りに菜の花が咲き乱れる季節となった。メロン栽培の温室の前でタバコを吹かし、語り合う老人二人。彦太郎の父、彦作がもう一人に「彦がなあ、やっぱりアレでなくちゃあいけねえって言うだ」「いけねえって言うだか」と言って笑い合う。温室から喜多子の姿が現れた。そこに自転車に乗った剛が「姉ちゃん!」と呼びかける。喜多子も微笑みながら「なあに?」と訊ねると「ポカーン」と言って走り去った。それを見た老人二人の笑い声がいっそう高くなるうちに、この映画は「終」となった。
 
 この映画の眼目は、村のエリートが、周囲から期待されて東京の大学に進学、学問を究めて戻ったが、「イデオロギー」の違いに戸惑い、疎外されていく、一度は、自分の道を貫こうとしたのだが、都会でも世間の「壁」(おそろしさ)に阻まれて挫折、行き場のないところを、これもまた「落ちこぼれた」教員に救われる、といった「人間模様」の描出だったのだろう。喜多子が遭遇した「世間のおそろしさ」とは、どのようなものだったのだろうか。多分、別荘に居たインテリゲンチャ、学友の兄の「甘いささやき」に裏切られたのかもしれない。本筋のテーマは重厚だが、やや「生硬」で「艶」不足、私の関心は、もっぱら、俳優それぞれの「個性」の方に傾いた。なかでも、教員・彦太郎役の丸山定夫は、その父親までも「二役」で演じるという「離れ業」をやってのける。実の親子二人を一人の俳優がこなすなど、望外であり、その演技力に感嘆したのである。兄妹を演じた板東蓑助と夏川静枝は、やや単調、お互いが相手をどう思っているのか、「絆」の心象表現には「今一歩」の感があった。好演は、剛役・船越復二の健気さ、母役・藤閒房子の素朴な母性、八兵衛役・永井柳太郞の木訥とした人情の描出が鮮やかで、どこにでもいそうな人物を、衒うことなく自然に描き出す演技に心動かされた。また、前述では触れなかったが、県会議員・縣役の山田好良と細君役の常盤操子の絶妙な「やりとり」、彦太郎と対立する校長役・高堂国典の、いかにも「校長らしい」俗物的な景色も光っていた。蛇足だが、彦太郎が算数の授業の中で、円周率「3.14」(サン・テン・イチ・ヨン)を「サン・ショウスウテン・イチ・ヨン」と称していたことには驚いた。「なるほど」と、戦前の算数教育を垣間見る思いがして、たいそう興味深かった。(2017.6.20)



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2017-06-21

付録・邦画傑作選・「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)

 ユーチューブで映画「浪華悲歌」(監督・溝口健二・1936年)を観た。19歳の女優・山田五十鈴主演の傑作である。冒頭は、薬種問屋の主人・麻居(志賀廼家弁慶)が、けたたましい嗽いの音を立てて洗面・歯みがきをしている。タオルで顔を拭きながら縁側に出る。女中に「このタオル、しめってるがな」。朝の太陽を仰ぎながら「商売繁盛、家内息災」、やがて朝食。茶を啜ると「ああ、苦い」、「卵がない」「海苔がない」、女中の手を見て「汚い」、小言が止まることがない。「あれは、どうした。すみ子は?」「へえ、頭が痛いと寝ておいでです」「昨日は何時頃帰った?」「2時頃です」。女房のすみ子(梅村蓉子)はまだ蒲団の中、隣には子犬も寝ていた。麻居はこの家の養子、すみ子に頭が上がらず、その鬱憤を女中連中にぶつけているのである。そこに、医師・横尾(田村邦男)が訪れた。すみ子の診察に来たのである。結果は異常なし、麻居は横尾に愚痴をこぼす。「おもしろうないわ」。すみ子が起きてきてすぐにでも出かける様子、「なんや、お前また出かけるんか」。すみ子は平然と「婦人会に行かななりませんし・・・」と言い、一向に意に介さない。麻居は横尾に「なあ君、夫婦もこうなったらおしまいやな」と言う。横尾は「しょうもないこと言いなさんな」と取りなした。麻居が若い頃を思い出し「あなた、なあに」と呼び合いたいと言えば、どこぞに若い娘を囲ったらいい、と言う。「お前はやきもちをやくんやろ」「あほらしい、あんたは養子、そんな甲斐性があるかいな。そやそや昨日、婦人会の仕事を手伝わせたさかい、この芝居の切符、西村にあげたろ」と、すみ子はさっさと出て行く。西村(原健作)とは、この問屋の店員である。すみ子が西村に近づくと、その様子を電話交換室から目ざとく見つけ、すぐに西村に社内電話するのが、この映画の主人公・村井アヤ子(山田五十鈴)であった。彼女はこの店の電話交換手、西村と一緒になりたいと思っているが、家庭では、父・準造(竹川誠一)が300円(現在の約200万円余り)の借金を負って逃げ回っている。退勤後、アヤ子は西村を誘い、そのことを相談するが「何ともならへん」と頼りない返事、力を落として帰宅すると妹の幸子(大倉千代子)が一人、借金取りに囲まれて困っていた。借金取りの会社員(橘光造)は、「横領罪で告訴する」と脅したが、アヤ子は平謝りして、その場は収まった。まもなく準造が釣り堀から戻る。アヤ子は夕食を食べながら父を責め立てる。「株なんかに手出すからこんなことになるんや。甲斐性なしの親持つとろくなことあらへんわ。こんな親ならいない方がマシや」。父は激昂し「アホ!誰のおかげで大きくなったんだ。そんなにイヤなら出て行けばいいんや」。その言葉を聞くと、アヤ子は「ほんじゃ出て行くわ」と、幸子が必死に止めるのを振り切って、飛び出していく。
 かくて、アヤ子は店も辞め、行方知れずとなったが、「灯台下暗し」彼女は、ちゃっかりと店主・麻居の「囲い者」に納まってしまうのだ。以後は、自由奔放な「男遍歴」を展開、助平で自堕落、いくじなしの男たちが、次々と「食い物」にされる景色は痛快であった。まずは、麻居。アヤ子に豪華なアパートを与え、300円も調達する。文楽座で密会中、医者の横尾夫妻と観劇に来ていた女房・すみ子とバッタリ鉢合わせ、その窮地は、たまたま居合わせた友人の株屋・藤野(進藤英太郎)の機転で救われたが・・・。別の日、アパートで発熱、横尾を呼んだが、横尾は本宅に駆けつけ、真相がばれてしまった。アパートに踏み込んだすみ子がアヤ子に向かって「あんたも、こわい人やなあ。主人を誘惑するなんて。二度と会ったら承知しませんで!」「フン、頼まれても会いまへんわ」。アヤ子の目的は、父を救うための300円、もう麻居は「用無し」となったのである。アヤ子は西村と所帯を持つことを夢見て、会いに行く。その途中の駅で妹の幸子に会った。幸子の話では、兄の弘(浅香新八郎)が家に戻っている。まもなく大学を卒業、就職も決まっているが、学費が払えない、どうしても200円(現在の150万円弱)要るとのこと、「姉ちゃん、何とかならんか」。「そんなこと知るか」「姉ちゃん、家を飛び出したりして、兄ちゃんボロクソに言ってたで」「わてには、わての考えがあるんや。偉そなこと言うなチンピラのくせに」。幸子も「ほな、放っとくわ」と立ち去った。アヤ子はしばし考えて留まっていたが、思い直して西村との待ち合わせ場所へ・・・、しかし西村の姿は現れなかった。
 次に「食い物」にされたのは株屋の藤野、アヤ子に200円の小切手を渡して料亭に繰り込む。西村が「あんたとは縁があったんや」と迫ると「悪縁や」と言っていなす。なおも、しつこく絡んでくるのでアヤ子はさっさと帰り支度を整え、「あんたは、ここにゆっくりいなはれ。姉さん、この旦はんに馴染みの芸者を呼んで・・・」「何だ、取るもの取っといて、わしゃ許さへんぞ!」と怒り出す藤野を残して出て行った。その足で、西村に電話、アパートに来て欲しいと誘った。喜んで飛んで来た西村に、アヤ子は(自分は囲い者になっているという)真相を打ち明ける。「ええっ?」と西村が驚いているところに、藤野が怒鳴り込んできた。「金を返せ」と言うのだろう。アヤ子は少しも動じず「あんたもエライしつこい人やな、あきらめてお帰り、たかが2,300ばかりで、相場が外れたと(思えばいいこと、大騒ぎしなさんな)」「そうはいかんで」というと、後ろ向きの西村を用心棒に見立てて「ややこしくならんうちに、さあ、お帰り、お帰り」と追い出してしまった。西村はビビりまくり「アヤちゃん、ボク帰らしてもらうわ」「エッ?・・・」。西村がドアを開けると、外に刑事が立っていた。二人は、鬼刑事とおぼしき峰岸(志村喬)の取り調べを受ける。「罪を憎んで人を憎まず、が法のたてまえ、正直に本当のことを言って、謝りなさい」「あの人と一緒になりたくてしたんです」「あの男に指図されたんだろ?」。峰岸はそれを確かめに西村を調べるが、とてもそんな様子は見られない。「あの女に踊らされていたんです。あんなおそろしい女だとは知りませんでした。騙されたんです」。隣室でアヤ子はその言葉を聞いた。表情は、一瞬凍りつく。峰岸が戻ってきてしみじみと言う。「おまえは大した女だなあ」「そうでっしゃろか」先に釈放される西村の背中に「進さん!」と声をかけたが、反応はなかった。
 翌朝か、翌々朝か・・・、父・準造がアヤ子の身柄を引き受けに来た。「今回は初犯だから・・・」という峰岸の言葉に準造は平謝り、アヤ子は父と家に戻ったが・・・。幸子と弘が夕食のすき焼きを食べている。アヤ子も席についたが、皆、無言である。とりわけ、父はうつむいて、何かを必死にこらえている。「どうしたんねん、みんな口も聞かんと」。弘が口を開いた。「お前みたいな不良は、兄弟でもなんでもあらへん」。昨日の一件が、新聞で取り沙汰されて、幸子は学校にも行けなくなった、弘は「家を出て行け」と言う。父までもが「警察のお世話になって、留置場に泊められて、この親不孝者」と呟いた。
その言葉を聞いて、アヤ子は「よう言わんわ」と懐かしい家を後にした。
 橋の上に佇み、水に映るネオンに目をやアヤ子、たまたま通りかかった医者の横尾が声をかけた。「どないしたんや、何してるんや、こんな所で」「野良犬や、どないしていいかわからへんねん」「病気と違うか」「まあ、病気やな。不良少女っちゅう立派な病気やわ。なあ、お医者はん」「何やねん」「こないなったオナゴは、どないして治しはんねん?」「さあ、それにはボクにもわからんわ」。
 アヤ子は歩き出す。その姿、上半身、そしてキッとした顔が大写しになり「終」となった。
 この映画の眼目は、一人の生娘・アヤ子が、強がりばかりで「いくじなし」の父親と、体面ばかりの兄のために、助平で「いくじなし」の店主と助平で「けちくさい」株屋を手玉にとって、捨て身で助けようとしたのだが、その気持ちがほとんど通じない。「いくじなし」の恋人にも裏切られ「どないしていいかわからへん」、あげくは、世間から「不良少女」というレッテルをはられ、医者にも見放された。《にもかかわらず》前に進んでいくんだ、という一途な女の「心もよう」を描出したかったのではないだろうか。言い換えれば、男の「いくじなし」「身勝手」に対する挑戦であり、覇気である。それは次作「祇園の姉妹」に着実に引き継がれていく。ほぼ同じ俳優が、所を京都に変えて演じるドラマ(人間模様)もたいそう見応えがあった。
 ところで、アヤ子が警察に拘引された容疑は何だったのだろうか。アヤ子の「詐欺」?、西村の「脅迫」(美人局)?、それとも未成年の「不純異性交遊」の補導?、いずれにしても、訴えたのは株屋の藤野という、いっっぱしの男である。その自堕落で間抜けな助平根性が、一人の生娘を「不良少女」という「立派な病気」に仕立て上げるのだから、救いようがない。その不条理を告発することこそが、女性映画の巨匠・溝口健二監督の「ねらい」だったかもしれない。それにしても、若き日の山田五十鈴は、すでに風格十分で他を寄せつけない「存在感」を示していた。戦後では「非行少女」(監督・浦山桐郞・1963年)の和泉雅子、「事件」(監督・野村芳太郎・1978年)の松坂慶子、大竹しのぶ、「疑惑」(監督・野村芳太郎・1982年)の桃井かおりといった女優が思い浮かぶが、その貫禄においてはまだまだ及ばないことを確認した次第である。そう言えば、「疑惑」には山田五十鈴もクラブのママ役で出演、法廷の場面で(その空気に臆することなく)ホステス役(被告人)の桃井かおりを叱りつけ、弁護士役の岩下志麻に「啖呵を切って」黙らせる迫力は、さすがに年輪を重ねた、大女優ならではの「女模様」であったと、私は思う。(2017.6.19)



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2017-06-20

付録・邦画傑作選・「桃中軒雲右衛門」(監督・成瀬巳喜男・1936年)

 ユーチューブで映画「桃中軒雲右衛門」(監督・成瀬巳喜男・1936年)を観た。  
原作は真山青果、明治から大正にかけ、浪曲界の大看板で「浪聖」と謳われた桃中軒雲右衛門の「身辺情話」である。成瀬作品にしては珍しく「男性中心」の映画で、女優は雲右衛門の曲師であり妻女のお妻を演じた細川ちか子、愛妾・千鳥を演じた千葉早智子しか存在感がない。(他は、ほとんど芸者衆である。)
 筋書きは単純、九州から東京に凱旋する桃中軒雲右衛門(月形龍之介)が、先代からの曲師・松月(藤原釜足)と、途中の静岡で雲隠れ、番頭(御橋公)や弟子(小杉義男)たちが大騒ぎする中、国府津に置いてきた息子、泉太郎(伊藤薫)の後見人・倉田(三島雅夫)の説得で、ようやく東京入り。本郷座での公演は大成功を収めるが、たまたま出会った芸者・千鳥の初々しさに惹かれ、病を抱えたお妻との関係が疎遠になっていく。新聞では雲右衛門の醜聞が大きく取り上げられるが、どこ吹く風、これも「芸の肥やし」と全く意に介さない。やがて、お妻は病状が悪化、泉太郎や千鳥までもが見舞うように勧めるが「お妻はただの女ではない。芸を競い合う相手だから、俺を慕うような(俺に助けを求めるような)姿は見たくない」と言い、頑なに拒絶する。その気持ちがお妻にも通じたか、弟子に看取られながら、静かに息を引き取った。その亡骸の前で、雲右衛門は威儀を正し、極め付きを披露する。あたかも、曲師お妻の「合いの手」を頼りにするかのように・・・。
 この映画の見どころは、若き日、月形龍之介の雄姿であろうか。雲右衛門は「俺はしがない流し芸人の倅、名誉や地位などどうでもよい。傷だらけになって、ただ芸一筋に生きるのだ」と主張する。その容貌とは裏腹に、脱世間・常識破りで不健全な、カッコ悪い生き様を求めているのだ。そのことを周囲は理解できない。理解できたのは妻女のお妻ただ一人。共に立つ舞台でお妻の調子が外れた。そのことを指摘するだけで(昔のように)怒ったり殴ったりしない雲右衛門を、お妻は激しく罵倒する。その名場面こそが、見どころの極め付きであったと、私は思う。「お妻、今日は二度まで調子を外したが、オレの芸にいけねえ所があったのか」「弾いていて泣けません」「ちょっと三味線持っといで」と、穏やかに言うが、お妻はハッキリと断る「あたしはイヤだ。他の人にやらせたらいいでしょう」。雲右衛門はキッとして「お妻!」と言ったが、「何です」と軽くあしらわれて次の言葉が出なかった。「・・・・」「お前さん、この頃のあたしの三味線をどう聞いてます。自分ながら、あたしの三味線はもう峠を越したと思ってます。身体の病には勝てやしない」。雲右衛門は「オレはそれほどとは思っていなかったが・・・」と取りなすが、健気にもお妻は攻勢に出た。「その女房に小言一つ言えずに結構がって詠っているお前さんは、それでも天下の雲右衛門か、桃中軒の総元締めか。昔のことを思うと涙がこぼれらあ」。雲右衛門も「夫婦の中でも芸は仇だ、勝手なことを言うなよ」と反撃に出たが「お前さんは昔、あたしの三味線の出来が悪い日には撲ったり蹴ったりした人だよ。もとより女として可愛がられたこともない。自分の芸のためにあたしの三味線を食ったんだ。自分の芸のためなら人も師匠も忘れられる強い心を持っていたんだよ。(九州時代からの)夫婦でも芸は仇、お互いに負けまいという真剣さはどうなったんだい」「それはオレも思うよ」と認めて弱音を吐く。「人気が下がって芸が落ちるのなら、お前さんもそれだけの人だよ」「そうじゃあねえ。衰え始めたオレの芸に、かえって反対の人気が立ってくるんだ。オレはそれを思うといつも背中が寒くなる」「お前さん、いくつなんだい、それを言って済む歳かい」、お妻は、「あたしの身体はもう長くない、今のお前さんの意気地ない姿を見て、逝くところへ逝けるかい」と一睨み、最後に「お前さんは女でも女房でも自分の芸のためなら、みんな食ってきた人なんだよ、それが何だい、いまごろ女房の三味線に蹴躓いて汗なんか流して。これだけ言やあたくさんだろ・・・」と言って、背中を向けすすり泣く。雲右衛門は「お妻!」と言って立ち上がったが、後は無言、静かに頭を垂れる他はなかった。
 二人の対話は、これを最後に交わされることはなかったのである。
この場面こそが、この映画の真髄であり、男の弱さと女の強さ・逞しさが見事に浮き彫りされる、成瀬監督ならではの演出ではないだろうか。それまで、夫唱婦随の景色で、しおらしく見られていた曲師・お妻が、一転、立て板に水のような啖呵がほとばしる。細川ちか子の「鉄火肌」の片鱗も垣間見られて、この場面だけで、私は大いに満足できたのである。蛇足だが、千鳥役、千葉早智子の演技も冴えていた。芸妓から雲右衛門の新造に納まり、初々しかった娘の景色に貫禄が加わる。世間の風評を意に介さず、弟子や番頭とも五分で渡り合い、お妻を見舞う素振りも見せながら、足りない責任はは雲右衛門におっかぶせるという姿勢は、成瀬監督が自家薬籠中の「女模様」に他ならない。女性映画の名手・成瀬巳喜男のモットーは、ここでも貫かれているのである。比べて、男性陣が繰り広げる様々な対立や葛藤は、所詮「小競り合い」に過ぎず、悲劇を装えば装うほど、喜劇的にならざるを得なかった。名優・藤原釜足が、電話口でお妻の訃報(臨終の様子)を聞き、「オレはこの年になって、それを聞こうとは思わなかった、早く電話を切ってくれ」と、涙ぐむ姿が、何よりもそのことを雄弁に物語っている。
 国威高揚の空気が強い当時において、その片棒を担がされる雲右衛門に、思い切り無様で無力な姿をダブらせようと試みる成瀬監督の「腕は鈍っていない」のである。拍手。
(2017.6.18)



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2017-06-19

劇団素描・「市川千太郎劇団」・《芝居「湯島の白梅」は極め付き》

【市川千太郎劇団】(座長・市川千太郎)〈平成20年8月公演・浅草木馬館〉                                    この劇団は、昨年、十条篠原演芸場で見聞ずみ。座長の女形が初代・水谷八重子「もどき」で秀逸、「湯島の白梅」の舞台が印象的だった。「劇団紹介」のパンフレットによれば〈プロフィール 市川千太郎劇団 創立は明治初期にさかのぼり、現在の座長で6代目となる、歴史と風格のある劇団。楽しく明るい劇団をモットーとし、それが舞台上にも反映されている。座長の笑顔はもとより、座長の兄・市川良二の芝居でのアドリブ、座長の父・千草の気の利いたトークなど、あらゆる面において楽しませてくれる。特に、新派劇を得意とする。座長 市川千太郎 昭和48(1973〉年9月1日生まれ。大阪府出身。血液型B型。「市川千太郎劇団」6代目座長。市川千登勢という名で10歳で初舞台を踏む。平成5(1993)年5月25日、6代目座長・市川千太郎を襲名。10代の頃から女形を得意とし、ファンから「千様」と呼ばれる座長のスマイルにはいやしの力があると言われる。常に前向きに向上心をもって舞台に励み、日々お客様を楽しませるよう、努力している〉ということである。また、キャッチフレーズは〈その笑顔に、誰もが癒される・・・。ファンから「千様」の愛称で親しまれる千太郎座長。笑顔がとても魅力的で、微笑みかけられると、自然と微笑み返してしまう・・・。不思議な魅力を持つ劇団です。〉であった。
 芝居の外題は、(昨年見聞した舞台と同じ)「湯島の白梅」、一度観ているので他の演目を観たいとも思ったが、とんでもない。まさに斯界の最高傑作、珠玉の名品、至芸ここに極まれり、という「出来栄え」であった。開幕から閉幕まで「寸分の隙」もない座長・千太郎(お蔦)の所作と口跡、それをしっかりと受けとめる兄・良二(主税)の「侠気の気配」が、えもいわれぬ風情を醸し出す。二葉百合子の浪曲にのせた「節劇」をベースに、島津亜矢の「お蔦」まで、まさに「絵巻物」を観るような舞台の連続であった。なるほど、「歴史と風格のある劇団」「特に、新派劇を得意とする」、という看板に偽りはなかった。 1年前の舞台に比べて、座長・市川千太郎、その兄・市川良二の「実力」は大幅にアップしたように思う。その中身を一言で言えば「余裕・ゆとり・貫禄」といった雰囲気であり、「客との呼吸の合わせ方」が達者になった(背中で客の目線・呼吸を感じることができるようになった)ということであろうか。当然とはいえ、他の劇団員の「実力」も着実に向上している。開演直後のミニショーも「選りすぐり」の演目で構成されており、ベテラン市川トモジロウを中心に、若手・市川センヤ、市川ユウキ、市川智也、市川ミホらの舞姿も「水準」以上、「絵」になっていた。(特に、市川良二の「女形舞踊」は絶品)  惜しむらくは、座長の父・市川千草の姿を拝めなかったことである。
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(1997/02/25)
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2017-06-18

劇団素描「玄海竜二一座」・《芝居「男十三夜」は九州の「真髄」》

【玄海竜二一座】(座長・玄海竜二)・〈平成22年8月公演・大阪朝日劇場
案内チラシには「待ってました!朝日劇場に初お目見え!玄海竜二」という文字が刷り込まれている。斯界日本一の劇場で、九州随一の旅役者が演じる舞台はさぞかし充実しているだろうと、胸躍らせて赴いた。芝居の外題は「男十三夜」。聞けば玄海竜二が十五歳で座長を襲名した折りの「出世狂言」とやら、なるほど面白い。「弐場」の構成だが、まず冒頭で、町内の大工が血相変えて捜し物、一朱の金を落としたという。居合わせた知り合いたちも、あちこち手分けして捜したが見つからない。そこへ十手持ちの親分(大島竜志)も登場して大工にいわく「一朱といえば大金だ。ところでいつ無くしたんだ?」。大工答えて「へえ、三日前なんで・・・」。一同唖然として退散といった景色が何とも面白かった。この場面、芝居の本筋とは無縁、単なる「味付け」に過ぎないが、第弐場(一年後)の冒頭でも再現される。十手持ちの親分登場して大工にいわく「一朱といえば大金だ。いったいいつ無くしたんだ」「へえ、一年前なんで・・・」というやりとりで駄目を押す。客を舞台に惹きつけて厭きさせない、気の利いた演出が見事だと思う。ところで、この大工を演じた役者は誰だろうか。たぶん、菊池川真の助だと思われるが、そんな「ちょい役」で存在感を示すことができる「実力」は半端ではない。さて、本筋は、料亭の仲居頭・お蔦(藤乃かな)とスリ(座長・玄海竜二)の物語。お蔦には身持ちの悪い亭主(三代目・片岡長次郎)がつきまとい、働きもせず金の無心にやってくる。今日も今日とて、「ケガの治療に五両要る」とのこと、お蔦はやむなく店の主人から五両調達、亭主に渡そうとしているところにスリと弟分(長谷川京也)が登場、いきなりその金をひったくる。お蔦、あわてて「返して・・・」と交渉するが、金はどこにもない。二人で揉めているところに
十手持ちの親分登場。弟分に渡っていた金を取り戻し、スリを捕縛した。金を返してもらったお蔦、「親分、お金も戻ったことだし、今回は見逃してあげて」と言いつつ、スリに諫言する。「どうか、もう悪いことをしないで・・・」、泣きながら自分の簪を差し出し「これを戒めにして、真面目に働いてください」。瞑目して聞いていたスリ、心底から「改心」した。見るからに「性悪」「傍若無人」な風情が、次第次第に変容、真人間の移り変わっていく様子を、玄海竜二は「所作」「表情」だけで、見事に「演じきった」。なるほど、彼は斯界屈指の「旅役者」であることを「掛け値なく」納得した次第である。その姿を見て、親分も納得したか。「ホラ、あれを見ろ。きれいなお月さまじゃないか・・・」などと言いながら、それとなく縄をほどいてスリを逃がしてしまう・・・、といった按配で、舞台模様はまさに「一級品の出来栄え」であった。「弐場」、スリは堅気(荷物を背負った行商人)の姿で再登場、大恩あるお蔦に会おうと店先を窺う。今は店主に見初められて女将となったお蔦であったが、元の亭主は未だに性懲りもなくつきまとい、五十両もの大金をせびる始末。その様子を見聞したスリ、元の亭主を追い返そうと「睨み合い」、背負った荷物を下に置いた途端に形相が変わった。悪党時代の風情に戻って、元の亭主と渡り合う、その景色は迫力満点、匕首を奪い合う立ち回りは見応えがあった。それもそのはず、相手は名にし負う三代目・片岡長次郎、その風貌からして元の亭主は「はまり役」、九州大衆演劇の真髄を十二分に堪能できたのであった。玄海竜二は現在53歳(?)、その舞台姿(男の魅力)は、どこか(私が敬愛する)二代目・鹿島順一(現・甲斐文太)に似ているが、はたして両者に「つながり」ありや、なしや・・・?そんな思いを巡らしつつ帰路についた次第である
九州旅情九州旅情
(2008/04/23)
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2017-06-17

付録・邦画傑作選・「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)

 ユーチューブで映画「恋も忘れて」(監督・清水宏・1937年)を観た。横浜のホテル(実際はチャブ屋)で働く一人の女・お雪(桑野通子)とその息子・春雄(爆弾小僧)が、様々な「仕打ち」を受ける物語(悲劇)である。
 筋書きは単純、お雪はシングルマザー、一人息子の春雄(小学校1年生)を立派に育て上げようと、水商売に甘んじている。しかし、その生業が災いして春雄は孤立、かけがえのない命を落としてしまう。それだけの話だが、見どころは満載、寸分の隙もない演出が見事である。
 その一は、女優・桑野通子の「魅力」(存在感)である。冒頭、港町の路地を、お雪が日傘を回しながら歩いていると、向こうから春雄の上級生・小太郎(突貫小僧)が駆けてきた。呼び止めて「坊や、坊や、ウチの春坊は?」と問いかけると「春坊?オレは春坊の守っ子じゃあねえやい」と過ぎ去った。その後姿を見送りながら「・・憎っくいガキだね」と呟く。その一言で、お雪の素性が露わになる。すれっからしの商売女、金に不自由はしないが、世間からは受け入れられていない。お雪は世間と闘っているのである。その足で職場に赴くと、女給連中を集めて、上司のマダム(岡村文子)に談判(団体交渉)をする気配である。「借金に縛られた上、衣装は自前、食事も自前、これじゃやっていけないわ。衣装代の半分くらいは払ってもらおうよ。もしダメなら、お客さんの飲んだビール代から何割か回してもらおうよ」。一同は大賛成、早速マダムと掛けあうが、マダムの回答はゼロ、「そんな言い分があるんなら、観光船のいい客ばかりでなく、油に汚れた石炭臭い連中にもっとサービスして、客を増やさないか。イヤなら辞めてもらっていいんだよ」。一同はがっかり、お雪は「あたし、今日は休むよ」と、プイと帰宅してしまったが、春雄の姿を見ると「やっぱり稼がなくては」と思い直し、ホテルに戻る姿がいじらしい。また、春雄をいじめから守ろうと転校させる。連れだって登校する途中で、春雄が「もういいよ、自分一人で行けるから」「どうして?」「もう、大丈夫だよ」、自分の派手な洋服姿がまずかったのかと帰宅して、しみじみと鏡を見つめる姿も「絵になっていた」。外に向かっては突っ張り、子どもに対しては優しい母性愛、そのコントラストを桑野通子は鮮やかに描き出すのである。加えて、用心棒・恭助(佐野周二)との「色模様」も格別、あくまでも、あっさりと淡泊に、まさに「恋も忘れて」男を惹きつけるのである。
 その二は、春雄を演じた爆弾小僧と、彼を目の敵にして虐める小太郎役・突貫小僧の「対決」である。船着き場の倉庫が彼らの遊び場だ。春雄がロープを吊したブランコに乗っていると、小太郎がやって来て「誰に断って乗ってるんだ、お前この頃生意気だぞ」「誰にも断らないよ」「オレに断ってもらいたいね」「お前に断ればダメだっていうだろ、だから断らないよ」「ああ、そうか」という《やりとり》で二人の対立が始まった。体力的には明らかに小太郎の方が優っている。しかし、春雄は負けていない。小太郎はブランコを独占、下級生に押させていたが、春雄が「オーイ、みんなウチに来ないか、お菓子ごちそうしてやらあ」と呼びかけると、「何、菓子がある?行ってやらあ」と真っ先に反応したのは小太郎、二階のアパートに続く階段で、下級生が昇ろうとすると「オレが先頭だ」と押しのける、先頭の春雄が「オレは?」言うと「お前はいいよ」と先頭を譲る。どこか抜けていてユーモラスな小太郎の風情は格別であった。部屋に入ると洋風のきらびやかな景色に「お前のウチ、金持ちだなあ」と小太郎は驚く。春雄は得意になって「この、母ちゃんの香水かけてやらあ、高いんだぞ」と、みんなの洋服に香水を振りまいたのだが・・・。翌日、みんなは「家に帰って怒られちゃった。あんなお母さんの子どもとは遊んではいけない」と口々に言う。かくて、春雄は孤立、転校の身となった。そこでも新しい友だちができかかるが、小太郎が邪魔をする。春雄は学校をサボって海に行く。そこで中国人の子どもたちと仲良くなり、倉庫の遊び場に誘ったが、またまた小太郎が登場、追い払われてしまった。この小太郎と春雄の「対決」が悲劇を招くことになるのだが・・・。
 その三は、ホテルの用心棒・恭助(佐野周二)のダンディ気質である。彼は、マダムに指示されて、お雪の動向を監視する。最近、女給のB子が神戸にドロンしようとして発覚したばかり。つきまとう恭助に向かって、お雪は「毎日、御苦労ね。部屋に入って休んでいかない?向こうの《灘の生一本》があるわよ」。恭助はお雪の部屋に入る。ベッドで寝ている春雄に目をやると、「可愛いでしょ、あたしの子どもよ。この子を立派な大人に育てることが生きがいなの」「可愛いなあ、可愛いってことが何よりの親孝行だよ」。お雪から舶来のウィスキーを注がれて一気に飲み干すと「それじゃあ、失敬する」「もう一杯どう?」黙って、二坏目を飲み干すと「サヨナラ」と言って出て行った。思わず、「カッコいい」と唸ってしまう名場面であった。
 観光船が入ってきた。ホテルは外人客で大賑わい、お雪も外人客と踊っていたが、この客がしつこくて離さない。「離して!」と悲鳴を上げると、恭助が飛んで来てその外人客を殴り倒す。その場はおさまったが、マダムは怒り心頭「大事なお客に何てことするんだい、もうお前は用無しだよ」。夜の道をお雪と歩きながら「悪かったな」「あたしは嬉しかったわ。あたし一人のために助けてくれたの」「あんたの坊やのためだよ」「ますます、嬉しいわ」・・・「じゃあここで失敬するよ」「ウチに寄ってかない」「向こうの《灘の生一本》はあるかい」「まだ残っているわよ」。そして部屋の中、眠っている春雄を見つめながら「あんたも、この子のために早く足を洗うんだな」「まだ、借金があるの。それともドロンしろって言うの?私を連れて逃げてくれるの?」。まじまじと見つめ合う二人・・・、「まあ、よく考えておくよ」と行って恭助は立ち去った。波止場に「人夫募集」という貼り紙があった。恭助はカムチャッカ行きの船に乗り込むことを決意したのである。
 そのことを知らせに、恭助がアパートに行くが誰もいない。「書き置き」をして帰ろうとすると、ずぶ濡れの春雄がドアを開けるなり、倒れ込んで来た。驚いてベッドに運び込む。春雄は今日一日、雨の中をさまよい、例の倉庫に居たところを、小太郎に見つかり叩き出されて来たのだ。「坊や、しっかりしなきゃダメだよ」と励ますうちにお雪も戻って来た。医者を呼んで診察してもらう。「雨に濡れたんでしょう。これ以上発熱すると肺炎になるおそれがあります。安静にしてください」。恭助はホッとして、「春坊、ケンカに負けたんだろう」「お母ちゃんの悪口を言うんだもの」「お母ちゃんの悪口を言う奴なんてやっつけてやるんだ。男は強くならなくちゃ」「負けるもんか」という言葉を聞き、恭助は最後に「強くならなくちゃダメだぞ」と念を押して帰って言った。
 お雪が、ふと茶だんすに目をやると「書き置き」が貼られていた。「逃がしてることも、連れて逃げることもできない。俺は大手を振ってお前を迎えに来る」と書かれてあった。
 その四は大詰め、お雪は春雄を入院させるために、マダムに借金を依頼、家に戻ると春雄が居ない。あちことと探し歩き、やっと倉庫を探り当てた。春雄は恭助に「負けるもんか」と言い、「強くならなくちゃダメだぞ」と言われた「約束」を果たすために、小太郎に一騎打ちの闘いを挑んだのである。二人は「組んずほぐれつ」争ったが、最後は、春雄の「噛みつき」が功を奏して、小太郎は泣き出し逃げ去った。しかし、春雄の体力の消耗は激しく、容体は急変して息を引き取る。お雪は激しく泣き崩れた。亡お骸に向かって「坊や、お母ちゃんのために闘ってくれて、本当にありがとうよ。だけど、どうしてもう少し我慢してくれなかったの。もう少し我慢してくれれば、きっと恥ずかしくない立派なお母ちゃんになって見せたのに・・・これからお母ちゃんは独りぼっち、どうすればいいいの」と語りかける。やがて恭助がやって来た。変わり果てた春雄の姿を見て呆然、「春坊、カムチャッカの漁場で3年働くことにしてきたんだ。これじゃどうにもなんねえじゃねえか。遅かった」と跪いて涙ぐむ。・・・「でも、春坊。俺、行ってくるよ」と立ち上がり、お雪に「しばらくのお別れだ。これで足を洗いなよ」と封筒を差し出す。「こんなことまでしてくれなくても」とお雪が拒めば、「お前にやるんじゃない。坊やにやるんだ」と、封筒を亡骸の傍に置く。
 それ以上、何も語らずに恭助は去って行った。お雪はなおも激しく泣き続けるうちに、「終」を迎えた。何ともやるせない結末である。
 この映画の眼目は、水商売を稼業とする男や女に対する「偏見」の描出(告発)であろうか。その偏見は子どもの姿を通して現れる。小太郎は春雄に対しては「あんなお母さんの子と遊んではいけないと親に言われた」「お前と遊ぶと親に叱られる」と言い、転校先の子どもには「こいつと遊ぶと親に叱られるぞ」と助言する。子どもたちの背後には、(健全な)堅気の親が厳然と存在しているのだが、彼らは姿を現さない。小太郎たちも芯から春雄を憎んでいるわけではないだろう。親の「偏見」が子どもをコントロールしているのである。それは親の見えない圧力である。「あんな」という一言で済ます圧力である。春雄もまた「母親のために」闘った。その契機が恭助の「おだて」(圧力)だったとすれば、恭助の責任も重い。いずれにせよ、大人同士の「偏見」が子どもに波及し、子ども同士もまた「対立」を余儀なくされるという構図が「悲劇的」なのである。(この映画では)大人同士の対立は「利害」に絡むだけで済むが、子どもの世界では切実・深刻である。友だちができない、ということは自分の存在理由を失うことに等しいからである。春雄は必死に友だちを求め、ようやく中国人の友だちを見つけたが、彼らもまた社会から疎外される存在、追い払われる他はなかったのである。
 監督・清水宏は、「子供をうまく使う監督」として有名だが、この作品もまた、大人以上のドラマを展開している。中でも、春雄役・爆弾小僧(横山準)、小太郎役・突貫小僧(青木冨夫)の「雌雄対決」は見応えがあった。お雪は春雄の亡骸に「どうして、もう少し我慢ができなかったの」と語りかけたが、それが子どもというものである。大人は我慢できるが子どもはできない。そのことを誰よりも理解しているのが、監督・清水宏に他ならないと私は思った。
(2017.6.17)



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2017-06-16

劇団素描・「劇団翔龍」・《芝居・「追われる女」》

【劇団翔龍】(座長・春川ふじお)〈平成20年8月公演・柏健康センターみのりの湯〉                                   この劇団は、昨年、同じ劇場で見聞済み。全体的に「あっさりとした」「淡泊な」芸風で、誠実で温かな座長の雰囲気が印象に残っていた。また、超ベテラン・見城たかしの至芸(女形舞踊「哀愁海峡」(唄・扇ひろ子)を観ることができたのも、その時であった。ただ、集客力は「今一歩」という感じで、桟敷の座布団(空席)が目立つという風であった。ところが、今回はどうだろう。明日が千秋楽、これまで昼の部はパーフェクトの「大入り」だったそうである。
 「劇団紹介」によれば、〈プロフィール 劇団翔龍 東京大衆演劇劇場協会所属。平成15(2003〉年9月旗揚げ。平成17(2005)年10月の新潟古町演芸場(新潟県)公演より春川ふじおが座長となり、全く新たな劇団として再出発した。春川ふじお座長を中心に芸達者なベテランと力をつけてきた若手たちが、新しい「劇団翔龍」のカラーで観客を魅了してくれる。座長 春川ふじお 昭和46(1971)年6月23日生まれ。大阪府出身。血液型B型。10歳の時に「藤美劇団」にて初舞台。一時舞台から離れるも、昭和62(1987)年、「桑田劇団」の旗揚げと同時に復帰、「桑田ふじお」として人気を博す。平成17(2005)年10月、「劇団翔龍」の座長「春川ふじお」となる。「ふじおちゃん」と気軽に声をかけられる、親しみやすく明るいキャラクターだが、三枚目からシリアスな役まで幅広い役柄をこなす実力派でもある〉とある。また、キャッチフレーズは、〈大衆演劇界の雄を目指して羽ばたけ!! 平成17(2005〉年10月に春川ふじお新座長となり全く新たな劇団として生まれ変わった「劇団翔龍」。持ち味の明るさ、元気さで一座を引っ張る春川ふじお座長を中心に、力をつけてきた「劇団翔龍」が、あなたをめくるめく夢舞台へといざなう〉であった。座員は後見・中村英次郎、女優・秋川ミホ、大月瑠也 藤美匠、花形・澤村うさぎ、藤川雷矢らがいる。   
 昼の部、「大入り」のため、客席はすし詰め状態、観劇を断念する。夜の部、芝居の外題は「追われる女」、「鹿島順一劇団」が演じた「噂の女」とほぼ同じ筋書きであった。以下は、その舞台の「素描」である。                       

 〈夜の部の芝居は「噂の女」。主演・春日舞子、共演・鹿島順一。配役は、「噂の女」(お千代)、その父(蛇々丸)、弟(花道あきら)、弟の嫁(春大吉)、嫁の父(梅乃枝健)、お千代の幼友達・まんちゃん(座長・鹿島順一)、村人A(三代目・虎順)、B(金太郎)、C(赤胴誠・新人)、D(生田あつみ)という面々である。時代は、明治以後、五百円が、今の百万円程度であった頃だろうか。ある村に、「噂の女」が帰ってくる。まんちゃんは「駅まで迎えに行こう」と、村人を誘うが、誰も応じない。「お千代は、十年前、村に来た旅役者と出奔し、その後、東京・浅草の淫売屋で女郎をしているというではないか。そんな不潔な女とは関わりたくない」と言う。まんちゃん「そんなことは関係ない。みんな同じこの村の仲間ではないか」村人「とんでもない。そんな女に関わるなら、お前は村八分だ」まんちゃん「村八分、結構!もともと、俺なんかは村では余計物、俺は一人でもお千代タンを迎えに行くぞ」、村人「勝手にしろ。お前はいくつになっても、足りんやっちゃ、この大馬鹿もの!」  
 やがて汽笛の響きと共に汽車が到着、まんちゃんはお千代の荷物を持って大喜び、一足先に、お千代の父宅に持参する。やがて、東京暮らしですっかり垢抜けたお千代も帰宅、父はお千代が好きだった「揚げ豆腐」を買いに出て行った。後に残ったのは、まんちゃんとお千代の二人きり、まぶしい太陽でも見るようにまんちゃんが言う。「お千代タン、よう帰ってきてくれたなあ。オレ、ずうっと待っていたんだ」「どうして?」「だって、ずっと前から、オレ、お千代タンのこと好きだったんだもん。」「あんた、あたしが浅草でどんな商売しているか知ってるの?」「知ってるよ。男さんを喜ばす仕事だろ。みんなは、汚い、穢らわしいと言うけど、オレはそう思わない。お千代タンは、人を騙したり、傷つけたりしていない。人を喜ばす大切な仕事をしていると思うとる」「ほんとにそう思うの?」「ああ、本当だ。できれば、お千代タンと一緒に暮らしたいんだ、キーミーハ、コーコーローノ、ツーマダーカラ・・・」思わず絶句するお千代。よく見ると泣いている。「アンタ、泣イイテンノネ、オレまた何か、まずいこと言っちゃったんかな?」「そうじゃないのよ、嬉しくて涙が止まらないの」「フーン?」しばらく沈黙、意を決したようにお千代「まんちゃん!あたし、まんちゃんのお嫁さんになる!」動転するまんちゃん「何だって?今、なんて言った?」「あたし、まんちゃんのお嫁さんにしてくれる?」「そうか、オレのお嫁さんになってくれるんか。へーえ、言ってみるもんだなあ」かくて、二人の婚約は成立した。そうとなったら善は急げだ。こんな村などおさらばして、東京へ行こう。まんちゃんは小躍りして旅支度のため退場。そこへ父、帰宅、弟夫婦も野良仕事から戻ってきた。しかし、二人の表情は固い。土産を手渡そうとするお千代に弟は言い放つ。「姉ちゃん、何で帰ってきたのや。村の人たちはみんな言ってる。あんな穢らわしい女を村に入れることはできない。もし居続けるようなことがあったら村八分や。おれたち村八分になってしまうんや。姉ちゃん、それでもいいのか。はよう、この家から出て行ってくれ!」父が激高した。「お前、姉ちゃんに向かって何てことを言うんだ」弟も反駁。「隠居の身で大きな口たたくな。今はおれこそが、家の大黒柱、それに姉ちゃんは十年前、おれが病気で苦しんでいたとき、旅役者と駆け落ちしたんじゃないか!」「何だって、もういっぺん言ってみろ」「ああ何度でも言ってやる。姉ちゃんはおれたちを見捨てて、淫売女になり果てたんだ。そんな女をこの家に置いとくわけにはいかない」「よーし、お前がそこまで言うんなら、わしも黙っているわけにはいかない!」必死で止めようとするお千代を制して、父も言う。「おまえが病気の時、姉ちゃんが出て行ったのはなあ、お前が町の病院で治してもらうお金のためや。姉ちゃんは、自分の身を売ってお前の治療代を作ったんだぞ!、病気が治ったのは姉ちゃんのおかげ、それを今まで黙っていたのは、お前を心配させないためや」「・・・・」絶句する弟、「何だって!何で、今頃そんなこと言い出すんや。もう遅いわい」そこへ、弟嫁の父、登場。「やあ、お千代さん。よう帰ってきたなあ・・・。サチヨ(嫁)、もうお姉さんに御挨拶はすんだのか?」だが、その場の様子がおかしい。一同の沈痛な表情を見とって自分も沈痛になった。「やあ、困った、困った。実に困った」、「何が?」と問いかける弟に「実はな、ある人の借金の保証人になったばっかりに、五百円という大金を負わされてしまったんだ。何とかならないだろうか?」「えっ?五百円?そんなこと言われたって、見ての通りの貧乏暮らし、そんな金どこを探したってあるはずがない」弱気になる弟に、隠居の父がつっかかる。「お前、さっきなんてほざいた。この家の大黒柱じゃあなかったんか」やりとりを黙って聞いていたお千代が口を開いた。「おじさん。五百円でいいの?ここに持っているから、これを使って。これまで、身を粉にして貯めたお金よ。家に帰ってみんなの役に立てればと思って持ってきたの。私が使ったってどうせ『死に金』、おじさん達に役立ててもらえば『生きたお金』になるじゃないの」一同、呆然、弟夫婦は土下座して声が出ない。肩が小刻みに震えている。お千代、キッとして「もう、いいの。このまま浅草に帰るわ。また、あそこでもい一回、頑張って生きていこうと思います」、「待ってださい」と引き止める弟夫婦、その両手をやさしく握りながら、「あっ、そうだ!忘れていた。お父さん、あたし好きな人ができたの。あたしその人のお嫁さんになるの!」一同、驚愕。「えっ?誰の?」お千代、涼やかに、「まんちゃんよ!」すっかり、旅支度を整えたまんちゃん、踊るように再登場、舞台も客席も、笑顔の花が咲き乱れる。まんちゃん「まあ、そういうことで、お父上、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」弟嫁の父、そっとお千代に近づき「やあ、めでたい、めでたい、そういうことなら、これは私からのお祝いだ」さっきの五百円を手渡そうとする。「だって、おじさん!これは借金の返済に使うお金・・・」「なあに、心配ご無用。さっきの話は私の作り話、一芝居打ったのさ!」舞台に流れ出す、前川清の「噂の女」、まんちゃんとお千代、花道で颯爽と見得を切る。さっと振りかざした相合い傘の骨はボロボロ、破れガサがことのほか「絵」になる幕切れであった。「襤褸は着てても、心は錦、どんな花より綺麗だぜ、若いときゃ二度ない、どんとやれ、男なら、人のやれないことをやれ」、まんちゃんの心中を察して、私の心も洗われた。
 大衆演劇に共通する眼目は、「勧善懲悪」「義理人情」だが、もう一つ「人権尊重」という主題が秘められていることを見落としてはならない。「村八分」という差別観に敢然と立ち向った「まんちゃん」(余計者・与太郎)とお千代(賤業者)の行く末は?、それを決めるのは、他ならぬ私たち一人ひとりなのではないだろうか。

 ということで、「追われる女」(「噂の女」)は、大衆演劇の「名作」といっても過言ではない。「劇団翔龍」では、「追われる女・千代」(澤村うさぎ)、その父(大月瑠也)、弟(藤川雷矢)、その嫁(秋川ミホ)、村人(藤美匠・他)、庄屋(中村英次郎)、千代の幼なじみ・クニやん(座長・春川ふじお)という配役であった。それぞれが、きちんと、誠実にその役割を果たしていたので、「名作」にふさわしい「引き締まった」舞台となった。座長演じるクニやんの風情は、どちらかというと「藤山寛美もどき」、メイクは「地味」、所作と口跡だけで、人物のキャラクター(与太郎)を描出する「実力」は「さすが」「お見事」という他はない。終幕直前、江戸に旅立つ千代とクニやんの「相合い傘」が観られると思いきや、別々に客席を通って退場したのは何のため?ちょっぴり心残りな幕切れであった。
 とはいえ、私がこの名作を観たのは、(数ある劇団の中で)「劇団翔龍」と「鹿島順一劇団」の二つだけ、しかも、それを(舞台裏があわただしい)千秋楽前夜の舞台にかけた、春川座長はじめ劇団員の誠実で真摯な姿勢に脱帽する。
 舞踊ショー、座長の「浜千鳥情話」(唄・金沢明子)は、珠玉の逸品。「至芸」にまで高めてもらいたい、と思った。
<COLEZO!TWIN>金沢明子<COLEZO!TWIN>金沢明子
(2005/12/16)
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2017-06-15

付録・邦画傑作選・「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)

 ユーチューブで映画「浅草の灯」(監督・島津保次郎・1935年)を観た。東京・浅草を舞台に繰り広げられるオペラ一座の座長、座員、観客、地元の人々の物語である。
 冒頭は、オペレッタ「ボッカチオ」の舞台、座員一同が「ベアトリ姉ちゃん」を合唱し ている。その中には、山上七郎(上原謙)が居る。藤井寛平(斎藤達雄)が居る。飛鳥井純(徳大寺伸)が居る。香取真一(笠智衆)が居る。そして、新人・小杉麗子(高峰三枝子)の姿もあった。その麗子の前に、二階席から花束が投げ込まれた。投げたのは、麗子の熱狂的ファン、ポカ長と呼ばれる新人画家の神田長次郎(夏川大二郎)である。その花束を麗子が手にしてくれたので、彼はうれしくてたまらない。公演途中で外に出ると、すぐ傍にある射的屋に赴く。店番をするのはお竜(坪内美子)、下宿仲間のドクトルこと医学生・仁村(近衛敏明)が遊んでいた。ポカ長の射的は百発百中の勢いで、景品を仁村にプレゼント、意気揚々と引き揚げていく。やがて、公演が終わった楽屋で、麗子がもらった花束を「あんた、そんなものいつまで大事にするつもり?」と先輩の吉野紅子(藤原か弥子)が冷やかす。踊り子たちが大騒ぎをしているところに、山上が顔を出した。麗子を呼び出して「ペラゴロ(ポカ長)なんか、相手にするんじゃないよ」と忠告する。
 そして麗子はまた呼び出された。今度は酒場のマダム・呉子(岡村文子)、「麗子ちゃん、ちょっと来てくれない?」。呉子は麗子の親代わり、彼女を二階に住まわせている。麗子は呉子に付いていく。その様子を二階から見咎める、一座の座長・佐々木紅光(西村青児)・・・。
麗子が酒場に行くと、土地の顔役・半田耕平(武田春郎)が亭主(ヤクザ)の大平軍治(河村黎吉)と待っていた。半田が「おいしいものを食べに行こう」と言う。麗子は、大平の一睨みでイヤとは言えない。呉子に急かされて洋服に着替え、半田と出て行こうとすると、佐々木が現れた。麗子に向かって「こんなところで何をしているんだ、早く楽屋に帰りなさい」と言うなり連れ去った。佐々木は大学出のインテリ、周囲からは「先生」と呼ばれている。さすがに半田も大平も逆らえない。鳶に油揚をさらわれた恰好で、「チクショウ!。ふざけたまねしやがって。公園に居られないようにしてやる」「一番、やってやろうか」と息巻いた。公園の夜店では大平の配下、地回りの仙吉(磯野秋雄)が、通行人を相手に怪しげな賭博を開帳、遊びに来ていた丁稚小僧に話しかけていたが、「アッ、いけねえ。刑事だ」と遁走する隙に小僧の懐から蟇口を掏り取る。その現場を目撃したのはポカ長、仙吉を捕まえて「おい待てよ。返してやれよ。何も知らない小僧さんが困ってるじゃないか」「何だと、おいペラゴロ!お前、オレを誰だと思っているんだ」「あんたの顔は知らないけど、やったことは知っている、さあ返してやれよ、オレは正義漢なんだ」「ふざけやがって、この野郎、こっちへ来い」と仲間の所へ引きずろうとする。そこに偶然、山上が通りかかった。何だ、どうしたと仙吉を見る。「これは兄貴!、こいつが因縁をつけやがるんで」「まあ、今日の所は引いてくれ」と山上は、カウボーイ・ハットを脱いで頭を下げたのでその場は収まった。ポカ長は、思わぬ所でオペラのスター山上に助けられ感激する。そして二人は「十二階」へ、遠い彼方を見やりながら語り合う。「どこを見てるんですか」「あっちに故郷があるんだ」「どこですか」「信州だ」「私も信州です。上諏訪という所です」「そうか、オレは岡谷だ」。かくて、二人の間には厚い友情が芽生えたか・・・。
 やがて、半田、大平一味の復讐が始まる。配下の仙吉たちに佐々木の舞台を「ヤジリ倒せ」と指示する。舞台は「カルメン」、カルメン役は、佐々木の妻・松島摩利枝(杉村春子)であった。大勢の役者が袖に消え、舞台は摩利枝ひとりになった。そこに現れるホセ役の佐々木、その姿を見て仙吉たちが大声を上げてヤジりまくる。あまりのひどさに、佐々木は客席に向かって仁王立ち、「私は芸人じゃない、これでも芸術家なんだ!」と叫んだ。「ホンマカイナ」という声を聞いて山上も袖から飛び出す。客席では乱闘が始まるという有様で、当日の公演は中止となってしまった。激高した佐々木は、「もう舞台には立たない」という。奥役(河原侃二)が止めるのも聞かず、「摩利枝、さあ帰るんだ!」と妻を促すが、意外にも摩利枝は「イヤです!私はここに残ります」と、動こうとしない。一味の計略はまんまと成功したのである。それもそのはず、摩利枝は半田と裏でつながり、麗子との間をとりもとうとしていたのだから・・・。摩利枝は佐々木と別れて新しい劇団を作りたい、その資金を半田に求めていた。半田はその見返りに麗子を求めている。
 摩利枝は麗子に半田の所に行くよう説得する。イヤとは言わせない雰囲気に麗子はやむなく承諾、摩利枝は一瞬頬笑んだが、「この前みたいにすっぽかしたら承知しないよ。紅子、送って行ってやりな」と言い置いて立ち去った。泣き崩れる麗子を見て、紅子は「こんな可愛い子を行かせたくない。いいわ、あたし独りで行ってくる」と言う。「大丈夫よ、何とか誤魔化してくるわよ。それより麗子ちゃん、何でも山上さんを頼りにするといいわ、いい人よ、正義漢よ、男よ」。紅子もまた山上に恋い焦がれているのであった。紅子を見送り、なおも泣きじゃくっている麗子を山上が見つけた。事情を聞いた山上は、麗子を仲間の部屋に連れて行く。 このままでは麗子の身が危ないと座員と思案しているところに、ポカ長が訪ねて来た。ちょうどいい、ポカ長の下宿に匿ってもらおうというと、ポカ長は「下宿代が滞っているので・・・」と渋る。香取が「100円ほどあればいいか、オレが何とかする」。彼は、大阪の新劇運動に参加する、その前に100円前借りして、「ドロンする」と涼しい顔で言うのだ。渡りに船、一同はすぐさま同意、麗子は根岸にあるポカ長の下宿で身を隠すことになった。一刻も早く、ということで麗子はポカ長の下宿へ・・・。その様子を射的屋のお竜が目撃していた。
 またまた、すっぽかされた半田は激怒して摩利枝に電話する。摩利枝はあわてて半田の所に行ったのだが、麗子の行方は判らない。
 翌日、山下は香取が調達した100円を渡しに神田の下宿に行く。神田と麗子に外出はしないようにと言い含め、浅草に戻ると、仙吉たちが待ち構えていた。お竜から、麗子がポカ長と一緒に立ち去ったことを聞き出していたのだ。「ポカ長の下宿はどこだ」「知るもんか」と揉めている所に、藤井が飛んで来た。「飛鳥井の容体が急変した、オレは医者を呼んでくる」と告げる。飛鳥井は山上たちの親友、かねてから胸を患っていた。座員の皆に看取られて、飛鳥井は逝った。「人間は、遅かれ早かれ皆死ぬんだ」という香取の言葉に、山下は嗚咽しながら肯く・・・。 
 舞台稽古が始まっている。それを客席から見つめる摩利枝、佐々木の代わりに演出を手がけている様子、その場に山上がやって来ると、振り向いて言う。「ねえ、いいかげんに麗子を返しなよ。どこにやったの?」「知りませんね」「先生がいなくなってからバカに楯突くじゃないの」。そこに香取が割って入った。「麗子なら、私が100円前借りして関西に逃がしましたよ。いずれは楽天地か宝塚でしょう」。摩利枝は驚くやら、怒るやら、悔しいやら、あたふたとその場を立ち去った。香取はすでに大阪行きの切符を手にしている。「今夜はお別れだ、いつもの所に飲みに行こう」。
 飛鳥井は死に、香取も去った、山上は淋しさをこらえながらポカ長の下宿を訪れる。飛鳥井の死を知らせに来たのだが・・・。しかし、そこでは麗子が、神田や下宿仲間とトランプに興じていた。山上は呆れて、神田に「今の連中に麗子の素性を教えたのか」に訊ねると「ああ、教えた」「何だってそんなことをしたんだ」「見ればわかるじゃないか、ビクビクするなよ。オレは麗子さんのためなら命を投げ出したっていい」。その言葉を聞いて山上は激怒した。「てめえ、一人の命で何が解決するんだ、みんながどんなに苦労しているかわからねえのか」と神田を殴り倒し、足蹴にする。泣き出す麗子に「こんなところにいられない。さあ、行くんだ」と連れ出そうとしたが、麗子は拒否する。「あたしはここにいます」。山上は一瞬キッと睨んだが、「そうか、それならそれでいい」という表情になり出て行った。
 一人とぼとぼと楽屋に戻る道、途中から雨が降り出した。楽屋に戻る道でお竜と出会った。麗子の件で仙吉たちに嫌がらせを受け、浅草に居辛くなった、田舎に帰るという。「山上さん、一緒に行ってくれない。あなたと一緒になった夢を見たの」「オレは今、男と女のことは考えたくない」「怒ったの」「いや、でもごめん、オレ先に行くよ」。山上の心中には麗子の姿が浮かんでいたのかも知れない。   
 翌日も雨、楽屋の部屋では紅子が飛鳥井の遺影に線香を上げている。弁当を掻っ込む山上に、お茶を注ぎながら「香取さん、どうしているかしら。淋しくなったわねえ」「あいつのことだから、うまくやっているよ」、そこに藤井がやって来て「佐々木先生が奥さんと別れ話をしている。行ってみてくれないか」と言う。摩利枝の楽屋に行くと、佐々木が「山上君、お別れを言いに来た。もうこの年で役者でもあるまい。日本の演劇史を書こうと思う」「それはいい、大賛成です」「ところが、こいつは反対なんだ」。摩利枝は「別れるなら手切れ金を出しなさい」の一点張り、「奥さん、役者を辞めて、先生の仕事を手伝ってあげてください」と懇願するが「何を生意気な!」と摩利枝は応じない。終いには「あたしは、くどいことは嫌いなんだ!」と毒づく始末、もうこれまでと、山上はポケットからナイフを取り出した。「まあ!何をするんです」とたじろぐ摩利枝に「奥さん、先生に謝りなさい。さもなければ、ここで指を詰めるまでだ。オレも浅草の山七だ。今まで通らなかった話はない。どうせ身寄りもないオレだ、指がなくなったってどうということはない。さあ、謝れ!謝らなければ指を詰めるぞ」と必死に迫る。佐々木を慕う山上のまごころに打たれたか・・・、摩利枝は泣きながら「ごめんなさい、私が間違っていました」と佐々木に頭を下げた。山上も安堵して「手荒なことをしてすみませんでした」と謝る。
 そこにお竜が飛び込んで来た。「たいへん、ポカ長が大平の家に麗子ちゃんの荷物を取りに行き、閉じ込められてるの」「オレはポカ長のことは知らない」「それでも男なの、いくじなし、卑怯よ」「何? 卑怯だと」、山上は頭に来て、大平の店に駆けつける。大平が仙吉たちに「半殺しにしろ」と指示している。山上は、若い者を殴り飛ばして、大平に迫る。「ポカ長を返せ」「誰だそれは」「二階のお客様だ」。かくて、ポカ長は無事、救出された。「すまねえな、兄貴!」「あんな危ないところに行く奴があるか」「でも、麗子ちゃんの着物や大切なものを取りに来たんだ」「・・・」「ところで兄貴、オレ、麗子ちゃんと結婚したいんだが」「・・・麗子は何と言ってるんだ」「山上さんが承諾すれば・・・と」「・・・そうか、じゃあいいだろう。結婚しろよ」「そうか!いいのか、ありがとう、兄貴」「そのかわり、勉強していい絵をかけよ」。
 山上が楽屋に帰る途中、お竜が待っていた。「どうだった」「ああ、無事終わったよ」「そう、よかったわね」「オレ、話があるんだ」「何?」「これから大阪へ行こうと思う。香取にいろいろ教えてもらうんだ。もう浅草に用はない」「じゃあ、あたしも連れてって、女中でも何でもするから」「・・・・」
 かくて二人の姿は、東海道線の車中に・・・、車窓には、雪を頂いた富士山の景色がくっきりと映っていた。そして画面には「終」の文字もまた・・・。
 
 この映画の眼目は「痛快娯楽人情劇」の描出にあるのだろう。そのための役者は揃っていた。善玉の上原謙、夏川大二郎、笠智衆、齋藤達雄、西村青児に、徳大寺伸が「悲劇」を演じる。悪玉の武田春郞、河村黎吉、磯野秋雄、日守新一が、思い切り浅草ヤクザの「柄の悪さ」を描出する。女優では、悲劇のヒロイン高峰三枝子、先輩の藤原か弥子、着物が似合う坪内美子、悪玉の岡村文子、特別出演の杉村春子などなど、おのおのが存分に持ち味を発揮して、ねらい通り、たいそう見応えのある作品に仕上がっていたと、私は思う。
 見どころは、何と言っても上原謙の「男っぷり」である。麗子、紅子、お竜の三人から惚れられ、ポカ長からも「兄貴」と慕われる。ケンカにはめっぽう強く、自分の思いを通さなかったことはない。土地のヤクザからも一目置かれている。ただ一点、本命の麗子からは「袖にされた」か、カウボーイ姿でとぼとぼ歩く姿が「絵になっていた」。極め付きは、杉村春子との対決、身勝手で気が強くおきゃんな摩利枝を、思わず「改心」させる「侠気」が光っていた。次は、その杉村春子の舞台姿である。当時は28歳、多少「うば桜」とはいえ、一座のプリ・マドンナとして堂々と「カルメン」を踊り歌う。夫役の西村青児とも丁々発止と渡り合う「啖呵」は、たまらなく魅力的であった。他にも、ポカ長・夏川大二郎の、強者(仙吉、大平)には敢然と立ち向かう「正義漢」振り、弱者(麗子)には「女ことば」まで使ってプロポーズする「道化」振りが際立っていた。さらには、飄然とした笠智衆の風情、極道もどきで滑稽な河村黎吉、武田春郞、磯野秋雄、日守新一らの姿が色を添えていた。
 最後は、ようやく願いが叶った坪内美子を、霊峰・富士山が祝福する・・・、見事なエンディングであった。
(2017.6.13)



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2017-06-14

幕間閑話・大歌舞伎「御所五郎蔵」と「身替座禅」

午後10時30分から、NHK教育テレビ「芸術劇場」(大歌舞伎・「御所五郎蔵」「身替座禅」)視聴。「御所五郎蔵」の配役は、五郎蔵・仁左衛門、星影土右衛門・左団次、傾城皐月・福助、甲屋与五郎・菊五郎他、この芝居のキーパーソンは、傾城皐月であり、見せ場は、その五郎蔵に対する「あいそづかし」(実は見せかけ)の場面だと思われるが、福助の「力量不足」で、その雰囲気を醸し出すことができない。福助は、児太郎時代、若手女形として多くの可能性を秘めていた。しかし大御所・中村歌右衛門の薫陶を受け(させられ)、その芸風を踏襲する(せざるを得ない)立場になってから、本来の「初々しさ」「茶目っ気」、「コミカルな」表情・所作が影を潜め、歌右衛門流の「型」にはまってしまったように感じる。目をつぶって口跡だけを聞いていると、「まさに歌右衛門」そのものなのだ。私の独断と偏見、邪推によれば、歌右衛門は、女形の「伝統」「品格」を最も大切にした役者であり、「大衆受け」する阪東玉三郎的な「芸風」を「品がない」と切り捨てたのではないか。私自身、昭和20年代の舞台を見ているが、当時、女形として活躍していた歌右衛門、尾上梅幸、(時には中村時蔵)などよりも、片岡我童、澤村訥升の「艶姿」の方が印象に残っている。ただ一つ、歌右衛門の「当たり役」として、「東海道四谷怪談」の「お岩」は出色であった。特に、「髪梳きの場」以降、亡霊になった「お岩」が「伊右衛門」を苦しめる姿(所作・口跡・表情)は、何とも恐ろしく、迫真の演技であった。以来、「歌右衛門といえばお岩」という連想がこびりついてしまい、どんなに華やかな舞台であっても、歌右衛門の姿を見るたびに「お岩の亡霊」を感じてしまうのである。
 福助が歌右衛門を目指すことに異論はない。それが大歌舞伎の「伝統」というものであろう。ただ、歌右衛門の芸風に盲従すればするほど、「大衆」から離れた世界に落ち込んでしまうのではないか、と私は思う。 
 「身替座禅」の配役は、山陰右京・団十郎、太郎冠者・染五郎、奥方玉の井・左団次。奥方をだまし、愛人のところへ駆けつけるまでの団十郎は「まあまあ」だったが、遊興から帰宅した後の所作(舞踊)が、いかにも「退屈」である。それが現・団十郎の実力であり、仕方がないとはいえ、奥方・左団次の所作が秀逸なだけに、残念である。日頃は「立ち役」の左団次が、奥方玉の井を演じるのは余興。重厚であり、かつ涼しげな風情を感じさせる「上品」な姿であったが、一転して悋気に狂った表情は「立ち役」そのもの、そうではなく、鬼気迫る「般若」(女性)の気配が欲しかった。(2008.1,25)
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2017-06-13

付録・邦画傑作選・「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)

 ユーチューブで映画「サーカス五人組」(監督・成瀬巳喜男・1935年)を観た。この映画、タイトル、スタッフ、キャスト紹介までの画面は鮮明であったが、物語が始まった途端に、どこがどこやら、誰が誰やら、茫として判らない。要するに、フィルムが劣化して霞がかかっているのだ。それもまた一興、古文書を解き明かす思いで、画面に見入った次第である。鮮明なタイトルには「古川緑波原作、成瀬巳喜男演出」と添えられている。「配役」には、以下の名前があった。大川平八郎|宇留木浩|藤原釜足|リキー宮川|御橋公|堤真佐子|梅園龍子|丸山定夫|三条正子|森野鍛冶哉|清川虹子|加賀晃二|。
 サーカス五人組とは、幸吉(大川平八郎)、虎吉(宇留木浩)、甚五(藤原釜足)、六太(リキー宮川)、清六(御橋公)のことである。彼らはブラスバンドの街頭宣伝マン、当時はジンタ、今ではチンドン屋とも言う。おぼろげな映像から想像すると、五人は仲が良く強い絆で結ばれており、幸吉と清六、虎吉と六太はいつも行動を共にしているようだ。猛暑の夏、一行は山沿いの港町を流していた。一仕事終え、(三里ほど離れた)ある小学校に運動会の仕事を頼まれて行ってみると、「今年は運動会は延期になった、来年の春に来てもらいたい」と言われがっかり、・・・校庭で「ジョージア行進曲」(パイのパイのパイ)を演奏して立ち去った。
 一行は仕事にあぶれ商人宿でたむろしていると、ジンタが聞こえてきた。今夜から「旭演芸大曲馬団」の興行が始まるらしい。曲馬団の団長(丸山定夫)には二人の娘がいた。姉の千代子(堤真砂子)は男勝りのしっかり者、妹の澄子(梅園龍子)はおとなしく、しとやかで涙もろい。澄子は団員の邦男(加賀晃二)と恋仲、千代子が間をとりもって、「二人で逃げなさい」と言うのだが、ふんぎりがつかない。団長は、最近、女房(姉妹の母)に逃げられてやけ気味、イライラが募って団員に当たり散らしている。
 夜になった。五人組の幸吉と清六、虎吉と六太は連れ立って曲馬団に赴くが、なぜか甚五は居残る。早くも女中にちょっかいを出したい様子、そこに旅姿のお清(清川虹子)が訪ねて来た。馴染みの女で、甚五を追いかけて来たらしい。甚五はお清を巻いて外に逃げ出す。そこで目にしたのが千代子、興行は終演、澄子と邦男の逢い引きを見守ってたのだが・・・、甚五はまたまたちょっかいを出そうとしたが、反対に「舐めたマネをすると承知しないわよ」と追い払われた。千代子を助けたのは虎吉と六太、その時、甚五は浴衣の袖を引きちぎられた。「あんたは曲馬団のお嬢さんだね」「ええ、そうよ。明日も見にいらっしゃいよ」「俺たちも旅鴉でね」「そこまでお送りしましょうか」「結構よ」・・・。
虎吉と六太が宿に戻ると、甚五が居た。「今、そこで面白いこがあったぞ。原っぱで女に絡んできた奴がいたから、張り飛ばしてやったんだ。これがそいつの浴衣だ」。甚五はあわてて蒲団の中に潜り込む。・・・「なあんだ、やっぱり甚さんだったのか」と笑い転げる。そこに幸吉と清六も帰ってきた。カフェで一杯やるつもりが度が過ぎたか、清六は三人に抱えられ「これも浮世か」と呟いて蒲団の中へ。
 次の日も晴天だった。曲馬団の興行は大盛況、空中ブランコ、自転車の曲乗り、姉妹のバレー等などが艶やかに繰り広げられていたのだが、どうも団員の様子がおかしい。団長に対する不満が爆発しそうな空気が感じられる。その夜も幸吉と清六はカフェーで一杯、幸吉が「カツレツ」と注文すると、亭主が「肉屋へ行ってくる」という様子が可笑しかった。待つ間に身の上を語り合う。幸吉は旅回りで終わりたくない、東京に出てバイオリンを弾きたい。清六が「好きでジンタをやっている者はありませんよ」と言えば、そばの女給が「好きで女給をやっている者はおりませんよ」と相づちを打つ。辛い浮世なのである。そこに女の子が入ってきた。「オジサン、お土産買って下さいな」「いくらだい?」「三十銭」「お嬢ちゃんは幾つだい」「十一です」。清六は涙ぐんで、直ぐさまそれを買う。幸吉が訝ると「実は女の子を捨てたんです。女房に死なれてどうしようもなかった。達者で居れば十三になります」。こんなしめっぽい話はよしましょう。あなた、いつもの奴を聞かせてくれませんか、幸吉はレコードを取りだして「おねえさん、これかけて」「東京のはやり歌?」、しかし、クラシックのバイオリン曲が流れ出し、店の客は白けるばかりであった。
 翌日、五人組が旅立ちの準備をしていると、曲馬団のマネージャー・松本(森野鍛冶哉)がやって来る。曲馬団にとうとう危機がやって来た。楽士、男性団員が職場放棄をしたのである。「楽団を引き受けてもらいたい」。一同はテントに赴き、夜の興行に備える。松本は五人にも曲芸をするように誘い、清六にはピエロ、甚五には一輪車、虎吉にはブランコ、六太には歌唱、幸吉にはバイオリンの役を振り当てた。団長はまず皮切りに、自らの射撃芸(ねらい撃ち)を披露、次は花子(三條正子)の足芸、甚五、虎吉、六太が得意のジンタで盛り上げる。いよいよ、五人組の出番、歌唱の六太は「まあまあ」の出来であった。さもありなん、六太役のリキー宮川は「ダイナ」を得意とする、れっきとしたジャズシンガーなのだから。舞台では主題歌の「悲しきジンタ」を披露したが観客の反応は今ひとつ、しかし私自身は拍手喝采、その歌声を聞けただけでも望外の幸せであった。次は清吉、レビューに混じって踊るピエロは大受け、報酬をもらうと直ちに足芸の花子(三條正子)にプレゼントする。先刻、花子が団員の衣装の中から小銭を掠めるところを見咎めたのだ。すぐに千代子がやって来て「おばさんが病気って言わなかった?」。清吉が肯くと「それは嘘、いつもそうやってお金をせびり、飲み食いするの。早く取り戻していらっしゃい」。しかし、清吉は首を振った。捨てた娘同様に、花子を可哀想だと思っていたからに相違ない。いよいよ幸吉の出番となったが、バイオリン演奏はどっちらけ、「早く止めろ、引っ込め!」という怒号とともに、ミカンの皮、紙つぶてなどが飛んでくる。傷心の思いで引っ込むと、ただ一人、千代子だけが「素敵だったわ、どこかで成功することを祈っている」と励ましてくれた。この幸吉と千代子は、すでに「いい仲」になっていたということである。
 団長は、名誉挽回のため澄子を連れて登場、澄子だけの空中ブランコが始まった。その時、どやどやと、職場放棄の男性団員が入り込んできた。団長は「何しに来た!」というなり大乱闘を始める。客席は騒然、子どもたちの泣き声も聞こえる。次の瞬間、ブランコに澄子の姿はなかった。ブランコからわざと落下したのだった。
 かくて、この映画は大詰めへ、団長は頑なな姿勢・態度を改め、団員たちを元の鞘に収めたのである。一行は一回限りの「サーカス五人組」を終え、再び「ジンタ五人組」の旅
を続けることとなった。「一日限りでお払い箱になったなあ」「私たちにはこっちの方が合っているんですよ」などと話ながら、海岸の土手沿いにさしかかると、一人の女が佇んでいる。お清である。あわてて逃げ出そうとする甚五の襟首を捕まえて、虎吉が言う。「仏心を忘れちゃだめだぜ」。彼方では名残を惜しむ千代子と幸吉の姿が・・・。「短い御縁ね、でも忘れないわ、あんたのこと」「ボクだって」「早く東京で勉強なさるように、幸福を祈っていますわ」「ありがとう」「じゃ、ここでお別れするわ、サヨナラ」「さよなら」「・・・これが旅なのね」。幸吉は千代子に手を振り、「オーイ」と呼ぶ四人、いや(お清も加わった)五人の仲間のもとに走って行った。
 この映画の眼目は、浮世を渡る「旅」(人生)の切なさ、辛さであろうか。それを支えるのは「人との絆」(連帯)であり、「人情」なのだろう。見どころと言ってもほとんどが靄の中なので、聞きどころの方が優っていた。冒頭の「勇敢なる水兵」に始まり、校庭に鳴り響くヒグラシの声、「ジョージア行進曲」、曲馬団の「蛍の光」「美しき天然」「アラビアの唄」「ドナウ川のさざ波」、テントに聞こえてくるツクツクボウシ、リキー宮川による「ダイナ」「悲しきジンタ」の歌声、幸吉が洗濯に行った川面を泳ぐアヒルの鳴き声、落下して負傷した澄子の寝床に響くコオロギの声、その他バレー曲、自転車曲乗り・足芸を盛り立てる邦楽曲、幸吉が奏でるバイオリン曲等など、聞きどころは満載であった。
 女性映画の名手・成瀬巳喜男監督の作品にしては、男模様の色合いが濃く、やや荒削りだが、それだけに、時代を反映する貴重な逸品であったと、私は思う。(2017.6.12)



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2017-06-12

劇団素描・「都京太郎劇団」&「玄海竜二一座」・《芝居「四十両の行方」》

都京太郎劇団】(総座長・都京太郎)&「玄海竜二一座」(座長・玄海竜二)〈平成23年7月公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は「四十両の行方」。ある武家で、手文庫から四十両が紛失、その行方をめぐって繰り広げられる物語である。登場人物は、武家の主人(都京太郎)、その妹(三都見金蔵)、使用人(片岡長次郎)、女中(藤乃かな)、女中の兄(玄海竜二)、武家の妹が慕う配下の侍(都京弥)、その他大勢、といった面々である。序幕、使用人が裏木戸で掃除をしているところに、妹が登場、何やら重たい荷物を、配下の侍のところまで届けるよう言いつけた。続いて女中登場、掃除をしているところに遊び人の兄がやってきて、金をせびる。(妹の)女中は、きっぱりと断って兄を追い返す。そこに、今度は主人が険しい面持ちで登場。「手文庫から四十両が紛失した。知っている者はないか」と問いただす。妹も再登場、「女中が怪しい」と進言する。女中、「全く見におぼえがありません」と否定しているところに、遊び人の兄が再登場。「お殿様、その銭を盗ったのはあっしでござんす」。一同あきれ果てたが、主人「武士の情けじゃ、100日間の猶予を与える。真面目に働いて金を作って来い」と赦免した。しかし、妹の気持ちはおさまらず、女中に向かっていわく「あんたはクビ!」。自分が恋い慕う配下の侍と、女中が「いい仲」になっていることは百も承知のうえ、嫉妬から出た仕打ちに違いない。かくて100日後、妹、使用人が兄の帰りを待ちわびているところに、配下の侍がやって来た。女中に向かっていわく「塾で教えている子ども達が、どうしても一緒に川遊びがしたい、といって貴女の来るのを待っています」。女中も喜んで行こうとするのだが、そこに、またまた、妹登場。侍に向かっていわく「川遊びには私が行きます。さあ、一緒にいきましょう」侍「ダメです。子ども達は貴女を怖がってる」。妹「そうですか、そういうことなら言いましょう。今から100日前、私が貴方に用立てた40両のお金を返してください」侍「わかりました。いつまでに?」妹「今日の暮れ六つ!」、と断じて立ち去った。されば、川遊びなどしていられない。侍、そそくさと金の工面に出かけたが・・・。そこへ真打登場、100日間、風呂にも入らずに働き詰めた兄、汗と垢にまみれた風情で「妹よ、43両と二分、たしかに稼いで帰ってきたぞ!」、とは言うものの、肝腎の財布が無い!オタオタ、アタフタしているところに、侍が飛んでくる。「甚兵衛茶屋で財布を落としませんでしたか?」「落とした、落とした。それだ、それだ、ほうれみろ、たしかに43両と二分あるじゃあないか」侍「ところで、お兄さん、そのお金を私に貸してもらえないでしょうか」「とんでもない、これは俺たち兄妹が、泥棒の汚名をはらすための金、お前なんかに貸せるもんか」。しかし、妹も懇願する。「兄さん、どうか貸してあげてください。兄さんの居ない間におっかさんが死にました。何から何まで私はお世話になっているんです」。まもなく、時は暮れ六つ。武家の主人と妹、「約束どおり、金はできたか」とやって来た。女中の兄、妹と侍の頼みを断りきれず、財布を手放した。侍、直ちにその財布を妹へ・・・。ところが、妹「それ、何のこと?私は知りません』侍「今から100日前、貴女からお借りした40両です」妹「そんなお金は知りません。私は貴方にお金など貸しておりません」。その押し問答に割って入ったのは使用人。「ご主人様、実は100日前、私はお嬢様から、何やら重たい荷物を(侍のところに)届けるよう、言い付かりました」。すべてを察した武家の主人、「泥棒を捕らえてみればわが子なり、とはこのことか」と嘆じて、妹を成敗しようとするのだが、必死で止める女中と使用人、その様子を見て妹は心底から反省、「改心」する、という段取りになるのだが、「都京太郎劇団」の若手・三都見金蔵の「女形」は、どうみても「三枚目」、良家の子女、改悛の風情を描出するには「荷が重かった」。それかあらぬか、収まらないのは女中の兄、その妹を筆頭に、侍、使用人、主人に向かってまで(傍若無人な)「啖呵を切りまくる」。以後は玄海竜二の「一人芝居」(独壇場)、一同は、ただ縮みあがって見守るばかり、といった景色に変わる。こましゃくれた妹の「思い上がり」が、どれだけ、周りのものを「苦しませたか」、その憤りは痛いほどわかる。その「思いの丈」をすべて吐き出して心を浄化するか、ぐっとこらえて「男の美学」を演出するか、そこらあたりが、「芸風」の違いとでも言えようか。私は、同じ演目を、「劇団京弥」(座長・白富士一馬)の舞台で見聞しているが、その舞台模様は、どちらかといえば後者、ぐっとこらえる「男の美学」が際立っていた。玄海竜二の話では、「去年(8月)は大阪(朝日劇場)、今年(7月)は東京(浅草木馬館)の舞台に立つのが《夢》でした」。その「夢」が、大盛況、大好評、大成功裡に終わるや、否や、その「鍵」は、文字通り「九州の魅力」をどのように発揮するか(その「芸風」をどうやって関東に浸透させるか)、という一点にかかっているだろう。残り半月弱の舞台がたいそう楽しみである。舞踊ショー、ラストの「ヤットン節」の出来栄えは、相変わらず、いつみても「抱腹絶倒」の舞台模様で、まさに「九州の魅力」(芸風)であることは間違いない。今日もまた望外の幸せを頂いて、帰路についた次第である。
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2017-06-11

劇団素描・「劇団武る」《関東公演、今後の課題》

【劇団武る】(座長・三条すすむ)《平成21年7月公演・小岩湯宴ランド》
 昼の部、芝居の外題は「雁金文七」。この芝居の眼目は、主人公・文七(座長・三条すすむ)が義理の妹(都かれん)を助けようとして、図らずも、育ての親(義父)、つまり妹の実父(藤千之丞)を斬殺してしまうという、「何とも不条理な悲劇」を演じることであり、目の前の「金」に目がくらんだ義父の拝金主義をこらしめているようにも感じられるが、実を言えば、そんなややこしいことは二の次として、ともかくも「親殺し」の壮絶な場面を「おどろおどろしい地獄絵」として、「怪談劇」風に描出することが「ねらい」ではなかったか。もともとそんな気は全くなかったのに、妖しい運命の糸に操られて・・・、といった「不条理」が眼目だとしても、やはり空気が重すぎる、テーマが深刻すぎてついて行けない、というのが(私を含めて)小岩客筋の「本音」ではないだろうか。とは言え、客席は文字通り「立錐の余地もないほど」の大入り満員、まさに御同慶の至りであった。続いて夜の部、芝居の外題は「弁天小僧」。配役は弁天小僧・座長三条すすむ、日本駄右衛門・副座長・藤千之丞、大店の娘・都かれん、ばあや・月城小夜子、敵役親分・後見・勝次朗、子分たち(夜桜紫龍、中村直斗、都たか虎、都ゆうたろう)といった面々で「言うことはない」。昼の部とは打って変わって、「華麗さ」「艶やかさ」「粋」「いなせ」といった「江戸模様」を描出することが眼目の芝居であろう。舞台の結果は、「まずまず」といったところだが、欲を言えば(この劇団の実力ならできるはず、という期待を込めて)
敵役親分と子分たちの「絡み」(順番に娘を口説く件)、日本駄右衛門と弁天小僧の「息のあった」風情、弁天小僧「女形」から「立ち役」への変化の一瞬などなど、「見せ場」の数々が、江戸模様の「絵巻物」としては、「もう一歩」物足りない。なぜだろうか。一言で言えば「力が入りすぎている」のである。「メリハリ」(強弱・緩急・明暗などのコントラスト)にゆとりがなく「一本調子」なのである。ベテランと若手の「差」が、そのまま「舞台」に露出してしまうのである。私が、入団間もない新人・都ゆうたろうの舞台姿を見聞したのは、たしか昨年2月(浅草木馬館)、1年5か月ぶりであったが、今回の舞台を見る限り「大きな変化」(成長)は感じられなかった。ベテランの「活躍」は結構なことだが、そのために新人の「出る幕」を塞いでしまうきらいはないか。座長・三条すすむ、副座長・藤千之丞、(元松竹新喜劇)女優・月城小夜子、後見・勝次朗の「実力」は十分承知、酷なようだが、舞台に出ずっぱりでは、いささか「食傷気味」になるのも不思議ではない。大切なことは、その次の「役者連中」が、どのように舞台で輝くか、という観点であろう。とりわけ、(飄然とした)女優・都美千代、(いぶし銀の)重鎮・中山大輔、(不器用ぶりが魅力の)花形・夜桜紫龍、(本格的な演技が期待できる)若手・中村直斗、(ちょっと頼りなげで、いつまでも新人の魅力を保持し続ける)都ゆうたろうといった面々が、劇団(の舞台)にとっていつでも、どこでも「必要不可欠」な存在になったとき、その「実力」が倍増されることは間違いない。そこらあたりが、「劇団武る」、今後の課題ではないか、と私は思う。



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2017-06-10

付録・邦画傑作選・「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)

 ユーチューブで映画「港の日本娘」(監督・清水宏・1933年)を観た。戦前の男女の色模様を描いた傑作である。港の日本娘とは黒川砂子(及川道子)のことである。彼女には無二の親友、ドラ・ケンネル(井上雪子)がいた。この二人に絡むのが男三人、プレイボーイのヘンリー(江川宇礼雄)、貧乏な街頭画家・三浦(齋藤達雄)、酒場の紳士・原田(南條康雄)である。
 砂子とドラは、横浜・山の手の女学校に通う仲良しで、下校時いつも最後まで残るのはこの二人、その帰り道を狙って、ヘンリーがオートバイに乗って近づいて来る。どうやら、砂子の方がヘンリーに惹かれている様子、ドラはいつも置いてきぼりにされることが多かった。ヘンリーはオートバイに砂子を乗せ、海に、山に、街に逢瀬を楽しんでいた(幸福を楽しんでいた)のだが、「移ろいやすいのは恋」、ヘンリーの前にに新しい恋人、シェリダン耀子(沢蘭子)が現れると、今度は砂子が置き去りにされる。その頃からヘンリーの素行は悪化、与太者仲間との付き合いも始まった。ドラはヘンリーが隠し持っていたピストルを取り上げて、ヘンリーの翻意を促す。しかし、ヘンリーには、熟女・耀子の色香の方が魅力だったのだろう、豪華船内で催されるダンスに誘われて赴く。その帰り、酔いつぶれた耀子を介抱しようと、ヘンリーが街(女学校?)の教会に入ると、「神様の前で結婚しちゃうんだよ」などと耀子がうそぶく。ドラに言われて、波止場までヘンリーを迎えに行った砂子は二人を教会まで追跡してきたか、静かにドアを開け、無言で耀子と睨み合う。耀子が嘲けて笑いかけた時、砂子の手にしたピストル一発が炸裂、耀子はその場に倒れ込んだ。あわてて抱き起こすヘンリー。砂子のピストルはドラがヘンリーから取り上げた代物に他ならない。清純な女学生たちの間に、悲劇の幕が切って落とされたのである。砂子は「神様!」と救いを求め、叫んだが、神様は許してくれなかった。
 気がつけば、砂子は「横浜から長崎へ、長崎から神戸へと渡り歩く哀しい女」になってしまっていたのである。神戸の波止場を朋輩・マスミ(逢初夢子)と、日傘をさしながら散歩している。マスミが「そろそろ横浜に住み替えだ」と言えば、砂子も「あたしも横浜に帰ろうかな」。マスミが後ろを振り返って「あの居候はどうするのさ」。二人の後ろから、砂子のヒモらしき貧乏画家・三浦が、とぼとぼ付いてきていたのだ。「犬ころみたいに付いてくるんだもの、どうしょうもないじゃないか」。「彼は一体、何者?」「あれでも画家よ。長崎からの道ずれさ、くっついて離れないんだもの」「あんたの亭主? 情夫?」「さあ、何だかねえ」と砂子は応えた。
 かくて三人は横浜へ。横浜では真面目になったヘンリーとドラが新所帯を構えていた。まもなく子どもも生まれる。帰宅したヘンリーは、食事をしながら「砂ちゃんが戻って来たらしい。昔の面影はないそうだ」とドラに告げる。一瞬、顔を曇らせるドラ・・・。
 ある雨の夜、客の来ない「ハマのキャバレー」では女たちが三々五々帰って行く。残されたのは砂子と紳士、そこにヘンリーが訪れた。びっくりする砂子、思わず厚化粧の姿を見られまいと壁に隠れたが、やがて見つめ合う二人。紳士は「邪魔者は消えるよ」と立ち去った。二人とも無言で俯いていたが「お酒、飲む?」「・・・」、ヘンリーは下を向いたまま首を振る。「ドラは今、どうしているかしら、消息知らない」「・・・・」「あたしの聞き方が悪かったわね。二人は今、幸せ?」「・・・・」「あなたたちのこと、心から祝福するわ」と言って砂子は涙ぐむ。ヘンリーは終始無言、「あたし、もう帰るわ。それとも、あたしのお客になる?」「・・・・」「冗談よ」。ヘンリーは無言のまま砂子のアパート(従業員寮)へ。「ドラによろしくね」と言って砂子がドアを開けると、のっそり三浦が顔を出し、パタンとドアを閉めた。やはり、無言のままヘンリーの姿は画面から消える。部屋の中では三浦が、隣に女の人が引っ越してきた。何か言い仕事はないか探している旨を砂子に告げる。「あんた、他人のことより自分のことを考えたら」とそっけない返事が返ってくるだけだった。
 翌朝、砂子のアパートをドラが訪れる。砂子は一瞬たじろいだが「ここは、あなたの来るところではないわ」「私が来られないでいられると思って?」「ヘンリーは真面目に働いているし、家庭は円満だし、それを喜んでもらいたいとでもいうの」と、閉め出した後で、泣き崩れた。自分の姿は、あばずれですれっからし、相手は清楚な若奥様、あの仲良しが今はこんな関係になってしまうなんて、という悔恨が伝わってくる、名場面であった。
 そして日曜日、今度は砂子がヘンリーの家を訪れる。ドラもヘンリーも歓迎、ヘンリーは昔を思い出したか、レコードをかけ砂子とダンスを踊る。馳走の準備をしていると、床に毛糸の玉がコロコロ転がっているのが見えた。その毛糸は生まれてくる子どものためにドラが靴下を編もうとしていた物、手を取り合って楽しそうに踊っている二人の足元に毛糸が絡みついていたのだ。そのことも気づかずに・・・、ドラは唖然として二人を見つめる。その視線を受けながら、砂子は腕時計に目をやり「もうそろそろお暇します」。砂子を見送りながら「送っていらしゃったら」とヘンリーを促す。ヘンリーと砂子は、あちこちと散歩しながら、昔、逢瀬を重ねた思い出の場所に辿り着いた。ヘンリーは言う。「砂子さん、お願いがあるんだ。真面目な生活に帰ってもらいたい。あなたの不幸な生活を見ていられない、苦しくて・・・」「帰りたい。でも出来ないことらしいわ。あなたの胸で泣かせて・・・」と砂子はヘンリーに縋りつく。そしてキャバレーに戻り、マスミが止めるのも聞かずに酒をあおりダンスに興じる。相手はいつもの紳士・・・。
 砂子のアパートでは、三浦がせっせと洗濯の最中、そこに隣の女が通りかかる。今日も仕事にあぶれたようだ。「私にも手伝わせて」、三浦は砂子の下着も依頼しようと部屋に戻ると、ヘンリーが待っていた。三浦はかまわず洗濯物をまとめて出てていこうとすると、ヘンリーが「砂子さんは?」と問いかけた。「留、留守ですよ」と応じれば「君は一体、砂子さんの何なんだい」「何に見える?」「兄妹にも見えないし、まんざら他人でもなさそうだ。と言って亭主にはなおさら見えない」。三浦も再び出て行こうと振り返り「ところで、あなたは一体、あの人の何なんです?」「何に見える?」「兄妹にも見えないし、まんざら他人でもなさそうだが、亭主には絶対見えないよ」。この恋の鞘当ては、どちらに分があるのやら・・・。夜、三浦が洗濯物にアイロンをかけていると、砂子がフラフラと千鳥足で帰ってくる。「あんた、あたしの下着まで洗濯したの?」「隣のご婦人がやってくれたんだ」「じゃあ、この御礼を持っていきな」と金を渡す。入れ替わりにマスミがやって来た。「あたし、お店から足ヌケするよ。少し遠いところへ行くつもりさ。辛い浮世に短い命」。突然の話で砂子はびっくりしたが、その言葉を聞いて「私も連れてって」と言う。マスミは「落武者一騎、ひとりで逃げるのがせいぜいだよ」と言ってて出て行こうとする。しかし、ドアの外には刑事と警官の姿があった。一瞬たじろいだが、「悪いことはできないよ、あばよ」と言い残し、自ら曳かれて行った。
 次の日か、三浦がヘンリーの家を訪れ、近頃ヘンリーがたびたび砂子のアパートを訪れているとドラに告げる。ショックを隠せないドラが「砂子さんはどんなお考えですの」と訊ねると、三浦は勝ち誇ったように「さあ、それが問題ですな」。ドラがたしかめようとして、アパートを訪れると案の定、ヘンリーが来ていた。三浦も砂子も不在、ドラはやむなく帰ろうとする。ヘンリーはドラを呼び止め「砂ちゃんに、何か用かい」「あなたは」「・・・・」、ドラは再び帰ろうとする。ヘンリーは「誤解しないでくれ」と言えば「誤解するようなことがあるんですの」と立ち去ろうとする。あわてて追いかけるヘンリー、家に戻ってからも気まずい沈黙が続いた。
 一方、砂子のアパートでは大喧嘩が始まった。三浦をにらみつけ砂子の怒号がとぶ。「お前はとんだ悪戯をしたもんだね」、「あたしは、せっかく一つだけあった真面目な世間とのつながりをなくしてしまった」と嘆くと、珍しく三浦が抗弁した。「僕は、ヘンリーが憎かったんです!砂子さんには僕の気持ちがわからないんですか」。その言葉を聞いて、堪忍袋の緒が切れた。砂子は「出てお行き!」と叫ぶなり、三浦の持ち物、画材、キャンバスなどなど、一切をドアの外に投げ捨てる。三浦もまた放り出されてしまった。
 「ハマのキャバレー」に、もうマスミの姿はない。砂子はいつもの紳士と酒を飲んでいる。そこにヘンリーがやって来た。砂子は笑って「ドラのお許しが出たの?」「ここに来るのに、許可がいるのか」「そうね、あなたはお客さんだったわね」「少し、話したいことがある」「あたし、お客様とは深刻な話はしないの」と言って、いつもの紳士とダンスに興じる。うなだれるヘンリー、つれなく袖にされる姿が一際あわれであった。
 深夜、砂子がアパートに帰ると、ドラが待っていた。「ヘンリーは?」と訊ねる。砂子は「あたし、あなたのハズのことなんて知りませんわ」と他人行儀に応じれば「あなたが
一番知っていると思ったのに」「ドラ、私のことそんな女だと思っているの」、力なく帰って行くドラを放っておけず、砂子はヘンリーの家まで同行する。そこで「砂ちゃん、私もうすぐママになるのよ」という言葉を聞かされた。「それなのに、ヘンリーったら毎晩お酒を飲んで帰ってくるのよ」とドラは涙ぐむ。砂子はハッとして「あたしがいけなかったんだわ、甘えていたのよ」と自分の姿にはじめて気づいたか・・・。たちまち家を出て、ハマの歓楽街をしらみつぶしに探し回る。ヘンリーは4軒目の店に居た。「こんな所に居たのね、ドラは淋しく赤ちゃんの靴下(たあた)を編んでいるのよ」。ヘンリーは憔悴して「ぼくは、一体どうすればいいのか(わからない)」と言う。砂子はキッとして「早く家に帰ってパパになる勉強をなさればいいんだわ」とヘンリーを連れ戻した。「さあ、ここで生まれてくる赤ちゃんの名前でも考えていたらいいのよ」。ドラに「雨降って地固まる、ヘンリーを可愛がっておやりなさい」と言い残してその場を去って行く。「ヘンリー、ドラ、あたしはこれからどこに行けばいいの?」と呟きながら・・・。
 アパートに戻ると、隣室から三浦が出てきた。「可哀想な女だ」。隣の女は医者に見放される病、もう永くはないと言う。砂子は、ベッドに横たわるその女を、一目みるなり驚愕した。自分が傷つけた、あのシェリダン耀子だったのである。見つめ合う二人、「砂子さん、あなただったの。シェリダン耀子もこうなってはおしまいね」と耀子が力なく笑う。窓の外は降りしきる雨。「こんな夜に世間から見捨てられて一人淋しく死んでいくなんて惨めね」。「でもこれが正しい裁きかも・・・、ヘンリーやドラはどうしているかしら」。砂子は「二人は結婚しましたわ、今、幸福に暮らしております」と告げる。「あなた、二人をそっとしておいてあげなければいけないわよ」「あたし、そのことに気がつかなかったんです。でも、二人は今、幸福です」「砂子さん、私がいい見本よ。早く真面目な生活に帰りなさい」「でも、世間は許してくれるでしょうか」「待つのよ、許してくれるまで待つのよ、じっと堪えて」「わかったわ、耀子さん。あたし待ちます。許してくれるまで待ちますわ」と、耀子の膝元で泣き崩れた。「逢えて本当によかったわ」、それが耀子の遺言であった。窓の外の雨はいっそう激しく降り注ぐ。哀しい女たちの涙を象徴しているかのように・・・。
 かくて「横浜よ、さようなら」の日がやって来た。すっかり旅支度の整った砂子に、三浦が言う。「僕はどうなるんだね」、砂子はニッコリして「旅は道連れ、あたしに話し相手が一人ぐらいあってもいいんだわ」。パッと表情が輝いた三浦もまた慌てて旅支度を始める。やがて二人は船の甲板、海を見つめている。三浦が手にしている(砂子の)肖像画を見て砂子が言う。「そんなもの、捨てておしまい!」。三浦は一瞥したが、惜しげもなく二枚の絵を海に投げ捨てた。波間を漂う二枚の絵、それは過去との訣別、新しい生活、とりわけ真面目な生活への餞であったかもしれない。船は港を離れた。五色のテープが乱れる中、ヘンリーとドラが波止場に駆けつける。一足先に見送りに来ていた、酒場の紳士が「よろしく言っていましたよ」と二人に告げて立ち去った。二人は遠ざかる船を見つめる。カモメが飛び交い、波間に漂う砂子の肖像画が見え隠れするうちに、この映画は「終」となった。 
 映画はサイレントだが、オートバイの音、ピストルの音、波の音、雨の音、風の音、人物の話し声、叫び声、泣き声・・・などが鮮やかに聞こえてくる力作である。
 映画の眼目は、男女の色模様で「よくある話」、とりわけ二枚目(イケメン)ヘンリーの優柔不断さに振り回される女たち、砂子、ドラ、耀子の姿が哀愁を誘う。三枚目の三浦が「ボクはヘンリーが憎い」と言う心情には十分、共感できる。三浦には女を選り好みする気などさらさらない。徹底したフェミニストなのだ。ヘンリーは変貌した砂子を見て「その姿を見るのが苦しい」と言い、新妻のドラを捨て置いて酒場をさまよう。そんな姿は見苦しく、男らしさのひとかけらも感じられない。その根性が憎いのさろう。三浦の風采は凡庸、未だにうだつが上がらないとはいえ、ただひたすら砂子に追従することを目指す心意気の方が、よほど男らしいではないか。しかし、その魅力は砂子には通じない。そこら辺りの「心模様」がこの映画の眼目かもしれない。さらにまた、ほんの端役ながら、いつも砂子に寄り添い、決してそれ以上踏み込もうとしない酒場の(無名)紳士の「男振り」も、実に清々しく爽やかで、際立っていたと思うのだが・・・、男女の色模様は、げに「不可思議」というべきか。
 一方、女学生時代の砂子、ドラを演じた及川道子、井上雪子の清純な美しさは輝いていた。それが、ひょんなことから、たちまち「あばずれ・すれっからし」「所帯やつれ」に変貌する姿も見事である。その領分では、マスミの風情が一枚上か、「辛い浮世に短い命」「あばよ!」という「決めゼリフ」がたいそう堂に入っていたと、私は思う。
 監督・清水宏の作品では、『有りがたうさん』『大学の若旦那』『按摩と女』『簪(かんざし)』等が有名で、この作品はそれほど知られていない(もしくは不評の)ようだが、夭逝した及川道子を主人公に据え、江川宇礼雄、井上雪子といったハーフの俳優にヘンリー、ドラという外人もどきの役柄を脇役に配した演出はユニークでであり、貴重な異色作品あると、私は思った。 (2017.6.9) 



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2017-06-09

付録・邦画傑作選・「按摩と女」(監督・清水宏・1938年)

 ユーチューブで映画「按摩と女」(監督・清水宏・1938年)を観た。監督・清水宏、戦前傑作の逸品である。山の温泉場(おそらく塩原か?)に向かう按摩の徳一(徳大寺伸)と福市(日守新一)が四方山話をしながら歩いている。青葉の頃になったので、海の温泉場から山の湯治場に一年ぶりでやって来たのだ。「こうしていると、青葉の景色が見えるようだ」「今日は目明きを何人追い越した?」「17人だ」「おかげで、馬の尻や犬に何度もぶつかった」「近頃の目明きは頼りにならない」などと語り合いながら、「だから、俺たちは勘を働かせなくちゃいけない」と徳一が言う。「あっちから、子どもがやって来る。何人いると思う?」、福市が勘を働かせて「8人だな」と言えば、徳一は「いや、8人半だ。赤ん坊が負ぶさっている」「赤ん坊?ハハハ、赤ん坊には気がつかなかったな」。やがて、子どもたちが二人とすれ違う。たしかに、間違いなく7人と赤ん坊を負ぶった1人が通り過ぎた。確認して歩き出そうとすると、徳一が「ちょっと待った」と福一を制止する。前方に大きな馬糞があったのだ。二人は巧妙にその場を通り脱ける。「徳さん、もう少しゆっくり歩こうよ、疲れてしまった」「日のあるうちに宿につきたいからね」「俺たちには関係ない、いつも夜道ばかりじゃないか」「それはそうだけど、さっき俺たちを追い抜いていった学生たちを追い越してやりたいんだよ」「そりゃあ、無理だよ」「何故?」「何故ったって、無理なものは無理だよ」「無理が通れば道理が引っ込む。俺は無理を通すんだ!」と急ぎ足になった途端、徳はが大きな石に躓き転倒する。その時、後方からトテ馬車が近づいて来た。あわてて道の両脇に馬車を避け、見送る。「いい女が乗っていたねえ、東京の女だよ。東京の匂いがしたよ」。たしかに、その馬車には一人の女・三沢美千穂(高峰三枝子)、そして東京の男・大村真太郎(佐分利進)、甥の研一(爆弾小僧)さらにもう一人、謎の男(赤城正太郎)の4人が乗っていた。馭者の話、「あの按摩たちはここの湯治場の名物なんですよ。毎年、暖かくなると南の海の温泉場からやって来るんです。そのたびに何人追い抜いたといい気持ちになっているうですよ。寒くなるとまた南の温泉場に帰って行くんです」。
 その日の夜、さっそく徳一と福市にお呼びがかかった。街の小橋を渡りながら「今日は福さん、どこだい」「俺は観音屋だ」「俺は鯨屋だ」と言って別れる。徳一は鯨屋を訪れ、主人(坂本武)に「今年もよろしくお願いいたします」と、手土産を渡して挨拶、「海の温泉場の景気はどうだい」「さっぱりです」「どこも同じだなあ」と語り合うところに、女中のお菊(春日京子)が二階から降りてきて、「四番のお客様と、学生さんのところよろしく」と告げる。四番のお客様とは、馬車に乗っていた東京の女・美千穂、学生とは、ここに来るまでに追い抜いて行った連中(近衛敏明、磯野秋雄、廣瀬徹、水原弘志)であった。徳一は美千穂の肩を揉みながら「奥様は東京の方ですか」「まあ奥様だなんて」失礼しました、お嬢様でしたか」。美千穂は笑いをこらえるが多くを語らない。「だいぶ、この筋が凝っていらっしゃいますねえ。何か考えごと、心配事がおありになるのでは」「どんなことか、おわかり?」「そこまでは・・・」。次は、学生たちの部屋。「按摩さん、今日はずいぶん速歩で追いかけて来るんで、俺たちは恐くなって逃げ出したんだよ」「そうでしたか。それは残念でした!」「どうして?」「いえ、とにかく残念でした」などと言いながら、学生4人の足を徹底的に揉みまくる。捻り鉢巻きで片肌脱ぎの懸命な姿が、たいそう「絵になっていた」。一方、福市の客は、ハイキングの女学生(槇芙佐子、三浦光子、中井戸雅子、関かほる、平野鮎子)と、大村真太郎であった。女学生は、蒲団の上ではしゃぎながら「按摩さん、今日追い抜かれたんで、足がこんなに痛くなってしまったわ。按摩賃、負けなさいよ」などと福市をやり込める。「近頃の女学生は大胆になったわ」と、美千穂が徳一に語ったことが裏書きされる場面であった。大村の部屋では、真太郎を揉んでいる福市の鼻を、研一が紙縒りをつくり、黙ってくすぐる。そのたびにアブを追い払うような仕種をみせる福市の姿も絶品、永久保存に値する名場面であった、と私は思う。(現代では、障害者の尊厳を傷つける行為としてカットされるべき一コマであるにしても・・・、ただし映画の中ではそのままでは終わらない)
 翌朝、学生たちは峠越えのハイキングに出発したが、スタート早々、昨日の「揉み返し」が来て歩けない。やむなく宿屋に引き返す。その様子を見て、女学生たちが爽やかに追い抜いて行った。徳一たちが按摩宿でたむろしているとお菊が迎えに来た。「徳さん、東京のお客さんから名指しよ」。徳一はお菊に「内緒だよ」と言って、伊豆からの土産物・椿油をプレゼント、福市ら按摩仲間(油井宏信、飯島善太郎、大杉恒雄)が「ナイショダヨ、ナイショ、ナイショ」と冷やかすが、徳一は一向に動じない。徳一が鯨屋に向かう途中、たしかに美千穂に遭遇したはずだが、なぜか美千穂は立ち去った。念のため鯨屋に赴く。案の定、美千穂は不在、「戻るまで待ちましょう」と主人の肩を揉み始める。主人は「今日は朝から大変だよ。学生さんたちが帰ってきて風呂に入っている間に、金銭すべてを盗られてしまった。その時、宿に居たのは東京のお客様はずだったが、まさか・・・」と言う所に、美千穂が研一を連れて戻って来た。河原で魚釣りをしている研一に声をかけ、釣れた魚で昼食を摂ろうと約束をして来たらしい。徳一が美千穂の部屋に向かうと、前は学生の部屋。「おや、きのうの学生さん。峠越えは?」「それどころじゃないよ、足が痛くて歩けない。その上、空き巣に入られてすってんてんだ」「それは、御災難でした。いずれまた」とケロッとした様子で、美千穂の部屋へ・・・。しかし、美千穂は「さっき気づかれ逃げ出したんで汗かいちゃった、一風呂浴びてくるわ、按摩さんも入らない?」「えっ、一緒にですか」「まあ、イヤよ、一緒になんて」。フラレた徳一がしょんぼりしていると、傍に居た研一が団扇を近づけていたずらをしようとする。気配を感じた徳一が団扇を叩き落とすと、研一が泣き出した。今度は、徳一が福市の仇を取ったのである。その場面も、たいそう可笑しく、私の笑いは止まらなかった。
 鯨屋の主人は学生たちの滞在費と帰りの汽車賃を弁償、一件落着になりそうだったのだが・・・。
 その後、話は、①研一を通して、観音屋での美千穂と真太郎の出会い、③真太郎の延泊決意、④美千穂が観音屋に出向き真太郎、研一と夕食を共にする、⑤按摩部屋に観音屋から迎えが来る。徳一は観音屋だと聞いて仕事を福市に譲る、④しかし仲間から、美千穂は今晩は観音屋に居るという話を聞いて、あわてて福市を追いかける、⑤その途中、小橋で涼んでいる学生たちとぶつかり、大喧嘩。⑥翌朝、福市から、昨日観音屋にも空き巣が入って大騒ぎ、自分も調べられたと聞く。⑦河原では真太郎と美千穂の「身の上話」、⑧その夜、小橋で真太郎と美千穂の「交情話」、⑨徳一と研一の出会いと交流。⑤徳一と美千穂の交流、という展開を見せるが、詳細は割愛する。
 やがて、真太郎と研一は東京へ帰って行った。一人残った美千穂は、雨の中、河原を散歩する。その日の夜、小橋の所で、徳一は「他の宿屋でも空き巣が続発している。警察が滞在客をしらみつぶしに調べるそうだ」とう話を福市から聞かされる。空き巣の犯人は美千穂に違いない、そう盲信した徳一は慌てて鯨屋の美千穂の部屋に駆け込む。「早く、早く逃げて下さい。しらみつぶしに探しています」「えっ!探している?」「手が回っています、こうしちゃあいられません」、美千穂にも衝撃が走った。二人は裸足のまま鯨屋の裏口から脱け出し、路地の暗がりに身を隠す。「ここでしばらく待って居てください。すぐに荷物を持って参ります」。美千穂が「按摩さん!」と行くのを止めようとすると「来ちゃあいけません。私は何もかも知っていたんです。目明きの目をごまかせても私の目をごまかすことはできません。私はとても辛かったんです。早く逃げてください。私の目の届かない遠いところへ」「・・・・」「鯨屋さんで学生さんたちのお金がなくなった時、他でも盗難事件があったときにも、私があなたを信じようとして苦しみました」。その言葉を聞いて、美千穂の肩の力が脱けていく。「按摩さん、あんた何かとんでもない間違いをしてるんじゃない」「いえ、私の目に狂いはありません。あなたは考え事をしたり、心配したり、物音に怯えていたじゃありませんか」「バカバカしくて話にもならないわ。でも、それほどまでに私の身を心配してくれていたんだから、何もかもお話ししましょう」。
 美千穂は東京の「囲われ者」(妾)、旦那のお世話になるのがイヤで逃げてきたのである。奥様やお嬢様に申し訳なくて逃げてきたのである。しかし、旦那は必ず探しに来るだろう。だから、馬車のラッパの音や人の足音にも怯えていたのである。「按摩さん、私を逃がしてくれようとしたあなたに何の恨みもありません。あなたの目は見え過ぎていたんです。これからも、獣のような旦那の目の届かない所へ逃げて逃げて、逃げ回りますわ」徳一は、「お客様!」と言って跪き、頭を垂れる他はなかった。
 大詰めは、雨の中、馬車に乗り込む美千穂の姿、続いて警官が一人の男を曳いて乗り込んで来る。美千穂が来た時にも乗っていた、あの謎の男であった。走り出す馬車を見送るお菊、番頭、そしてもちろん徳一、福市の姿もある。最後、美千穂はお菊に向かって「坊やから手紙が来たら、早く大人になって立派な人になるようにってねと返事、出しといてね」と言い残し、去って行った。思わず馬車を追いかけて駆け出すす徳一、その目には今、ハッキリと美千穂の面影が映っていたに違いない。
 この映画の演出、展開、映像には寸分の隙もない傑作である。見どころは満載だが、まず一番は、按摩・徳一、福市コンビの景色であろう。道理よりも無理を通す覇気、それでいて女にはめっぽう惚れっぽい徳一の心意気と、いつも受け身で醒めている福市の安定感が、絶妙の呼吸で場面を引き立てる。何かを感じると、杖を振り上げて構える福市の姿勢がたまらなく魅力的である。徳一も学生4人と渡り合い、自分の負傷と同等に相手を傷つける実力はさすが、研一のいたずらにも一瞬で対応し「おじさんは、何だってできるんだよ」と、一本橋をするすると渡ってみせる姿は光っていた。この映画で見せた、徳大寺伸、日守新一の所作は、戦後、勝新太郎に引き継がれ、あの「座頭市」を生み出したことは間違いないだろう。二番目は、女・三沢美智穂の風情であろうか。日陰者でありながらどこか清純、徳一から「お嬢様ですか」と言われ苦笑する。高峰三枝子は当時20歳になる直前、でも研一からは「おばちゃん」と呼ばれ、慕われても不自然でない風格を備えている。大村役の佐分利信との「逢瀬」(交情場面)でも、互角に渡り合い、ふと「もう一晩泊まろうか」という気持ちにさせる魅力が輝いていた。按摩仲間、学生連中にも「不思議な女だ」と興味を抱かせる。最後まで徳一を「按摩さん」と呼ぶ姿も、凜として清々しかった。三番目は、大村の甥、研一を演じた爆弾小僧(横山準)の「やんちゃ振り」である。福市へのいたずらが成功したので徳一にも仕掛け、逆に驚かされた途端に泣き出す。風呂に潜って泳ぎ始める、大村と美千穂に放っておかれると「つまんねえ」と言って、その場を去る。両親と死別、独身の叔父に育てられる淋しさも十分に伝わって来た。四番目は、街中の小川に架けられた小さな橋である。その橋はドラマの起承転結に必ず登場する。人物がそこにさしかかると、必ず何かが起きるのだ。例えば按摩二人の仕事始め、例えば徳一と学生の喧嘩、例えば大村と美千穂の「逢瀬」、そこに現れる徳一の姿などなど、いわば、人生の舞台、分岐点として、人々の心象を代弁する役割を持っている。そうした監督・清水宏の演出(仕掛け)は心憎いばかり・・・、見どころは他にも多く、枚挙に暇がないほどだが、長くなるので割愛する。
 戦前邦画、珠玉の名品であったと、私は思う。 (2017.6.8)  



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2017-06-08

劇団素描・「都京太郎劇団」&「玄海竜二一座」・《芝居「無法松の一生」》

【都京太郎劇団】(座長・都京太郎)&【玄海竜二一座】(座長・玄海竜二)〈平成23年7月公演・浅草木馬館〉
芝居の外題は「無法松の一生」。小倉生まれで玄海育ち、口も荒けりゃ気も荒かった富島松五郎が、軍人・吉岡大尉の息子・俊雄が怪我をしていたところを助け、家まで送り届けたことがきっかけで、その母親・吉岡良子と出会い、以後は「人が変わったように」おとなしくなる。まもなく吉岡大尉は病死、松五郎は、なにくれとなく、残された母子の面倒をみていたが、俊雄が成長するにつれて、松五郎を避けるようになった。音曲では「今宵冷たい片割れ月に 見せた涙は嘘じゃない 女嫌いの男の胸に 秘める面影だれが知る 男松五郎何を泣く」(詞・吉野夫二郎、曲・古賀政男、歌・村田英雄)と詠われているが、男松五郎もまた、失意の中に死んでいくという物語である。舞台は、無法松(玄海竜二)が芝居小屋への入場を断られ、弟分(都京太郎)を連れて大暴れ、土地の侠客・結城重蔵(藤美一馬・特別出演)に諫められるという場面から始まる。その後、吉岡大尉(都京弥)、良子(藤乃かな)、俊雄(沢村菊乃助)との出会いから、無法松が死ぬまでの経過を、三代目・片岡長次郎のナレーションを交えながら、小刻みな場面で構成していく。玄海竜二の無法松は、文字通り「玄海風」、阪東妻三郎、辰巳柳太郎、三船敏郎、勝新太郎らとは違い、いつでも、どこにでもいるような「親しみやすい」人物の風情で、たいそう魅力的であった。とりわけ、世間に対しては傍若無人な振る舞いで、あくまでも「無法」然、その「柄の悪さ」が、ひとたび良子の前に出ると一変、まるで「借りてきた猫」のようにおとなしくなってしまうコントラストの妙はお見事!。さればこそ、彼と絡み合う、相手役の面々がどのような景色・風情を醸し出すか、が重要になってくるのだが、玄海竜二の「貫禄」と「五分で渡り合える」役者は、三代目・片岡長次郎、都京太郎くらいだったであろうか。土地の侠客・結城重蔵、吉岡大尉、その妻・良子を演じた藤美一馬、都京弥、藤乃かな、にとってはまだ「荷が重かった」。この三人は、いずれも、松五郎より「格上」の人物、どこかで玄海竜二を「超えた」風情が不可欠であろう。とりわけ、無法松が胸に秘めた面影の人・良子には「凜とした」空気が漂わなければならない。たとえば高峰秀子、たとえば淡島千景、たとえば香川桂子、たとえば外崎恵美子、そしてたとえば(斯界の)喜多川志保、三河家諒、富士野竜花、都ゆかり、あたりの面々であったら、どのように演じたであろうか。加えて、結城重蔵が三代目・片岡長次郎、吉岡大尉は都京太郎であったなら・・・、などと身勝手な想像をしてしまった。かくて、今回の舞台は、またまた玄海竜二の「独壇場」へと変貌する。いうまでもなく、客席・舞台の衆目を集めての「祇園祭・太鼓のバチさばき(勇み駒、暴れ打ち)」は圧巻、さらに大詰め・小学校校庭での「立ち往生」(雪の中での後ろ向き大転倒)の一瞬は、「屏風絵」然、一同が息を呑む終幕となった。客筋のお目当ては、あくまでも玄海竜二の「一人芝居」(至芸)、なかでも、ことのほか「男の死に様」には「こだわり」があるようで、「あんな死に方」ができる役者は二人といない、という評判で持ちきりだった。それでいいのだ、と私は思う。とまれ、九州の覇者・玄海竜二が「限界」に挑む「離れ業」を心ゆくまで堪能・満喫できたことは、望外の幸せであった。感謝。
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三船敏郎、芥川比呂志 他

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2017-06-07

付録・邦画傑作選・「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)

 ユーチューブで映画「阿部一族」(監督・熊谷久虎・1938年)を観た。タイトルの前に「国民精神総動員 帝国政府」という字幕が一瞬映し出される。原作は森鷗外、九州肥後藩で起きた、一族滅亡の物語である。監督・熊谷久虎も九州出身、女優・原節子の叔父として知られているが、この映画を制作後(1941年)、国粋主義思想団体を結成し教祖的存在になる。一方、出演は1931年に、歌舞伎大部屋(下級)俳優が創設、(民主的な)「前進座」総動員、というわけで、その取り合わせが、たいそう興味深かった。もっとも、当時の社会が「大政翼賛体制」へと突き進んでいく時勢であったとすれば不思議ではない。冒頭のキャッチ・フレーズがそのことを雄弁に物語っている。
 筋書きは単純、先君・肥後守細川忠利の逝去に当たり、18名の殉死が許されたが、阿部一族の当主・阿部弥一右衛門(市川笑太郎)は許されなかった。そのことを嘲笑う城内の空気感じて、彼は追い腹を切る。藩主の細川光尚(生方明)は「余への面当てか」と激怒したが、殉死扱いとしてお咎めはなかった。にもかかわらず、弥一右衛門の長男・権兵衛は先君の一周忌法要で、父の位牌がないことを知るや、焼香の後いきなり自分の髻を切り落とした。かねてより阿部一族の武勲に面白くない大目付の林外記(山崎進蔵、後の河野秋武)は「何たる不埒」と光尚に進言、権兵衛は縛り首に処せられる。合わせて、「阿部一族に不穏な動きあり」という噂を流す。かくて、次男・弥五兵衛(中村翫右衛門)、三男・一太夫(市川進之助)、四男・五太夫(山崎進二郎)、五男・七之丞(市川扇升)ら兄弟とその家族、一族郎党が、籠城して討ち死にする。阿部家の隣は、柄本又七郞(河原崎長一郎)の屋敷、両家は親しく交流していたが、討ち入りの際には、「情は情、義は義」と言い、一番槍で弥五兵衛と対峙したのであった、という物語である。
 この映画の眼目(見どころ)は、ひとえに「死に様」の美学であろうか。冒頭の二人の殉死、そして弥一右衛門、追い腹の場面は真に迫っていた。
 殉死の一人目は内藤長十郞(市川喜菊之助)、酒好きで失敗を重ねたが、先君に咎められることなく可愛がられ、務めを全うした由、新婚の妻(平塚ふみ子)、母(伊藤智子)、弟(伊藤薫)を後に残して、欣然と東光院に赴く。長十郞享年17歳。二人目は、仲間の五助(中村進五郎)、先君の愛犬の世話を仰せつけられたか、その犬とともに高淋寺に赴く。木の根元に腰を下ろして五助が言う。「オレが死んでしもうたらお前は明日から野良犬じゃ。もし、野良犬でも死にとうなかったら、この握り飯を食え。もし、死にたければ食うな」と言って差し出す。犬は、握り飯を一瞥すると五助の顔を見た。「そうか、お前も一緒に死んでくれるか、ヨカヨカ」と言って犬に頬ずり、涙に暮れた。握り飯に落ち葉が降りかかる。その直後「ワン」という声とともに「松野様。よろしくお頼み申します」、という五助の声が聞こえた。五助享年38歳。
 弥一右衛門追い腹の場面、ある雨の降りしきる晩、弥一右衛門は息子5人、一族郎党をを集めて機嫌がよい。庭先に来た仲間・太助(市川延司、後の加東大介)に「ええか、この刀をやる。刀は武士の魂じゃ、これを見たらワシじゃと思え」と愛刀を授ける。息子たちに向かって「ワシは命よりも名を惜しむ。名門のためなら追い腹切って、犬死にでもよい。ワシのことを瓢箪に油塗って切るという者もあるが、ワシは瓢箪に油ば塗って《腹を》切る」と言い放つ。瓢箪に入った酒をまず長男の権兵衛に注ぎ、「ワシにも注いでくれ」。次々と、酒を酌み交わしながら「死なぬはずのワシが死んだら、みんながおぬしたちのことを侮るかもしれん。その時はわしの子に生まれたことを不運だと思ってくれ、しょうがつことなか、ええか、兄弟仲良くせえよ。みんな心を合わせて武士らしく振る舞えよ、アハハハハ」」と笑い飛ばし、終わりに十八番の舞「清経」を披露する。とろどころ「みるめをかりの夜乃空。西に傾く月を見ればいざや我も連れんと。南無阿弥陀佛弥陀如来、迎へさせ給へと、ただ一聲を最期にて、船よりかっぱと落汐(おちじお)の、底の水屑(みくづ)と沈み行く、憂き身の果ぞ悲しき」などと詠うのが聞こえた。
 さらに、この場面は「阿部一族」討ち死にの、大詰めでも再現される。弥五兵衛が父の残した瓢箪で弟たちと酒を酌み交わし、「清経」を舞う。
 武士道とは死ぬことと見つけたり、主君のために死ぬことが武士の本分であり、主君が死ねば殉死する、その精神こそが「国民精神総動員」(キャンペーン)の本質であることは間違いない。かくて、日本国民はまっしぐらに軍国主義、戦争への道を歩んだのである。 あの「前進座」までもがそれに加担していたという「事実」を知る上で、貴重な歴史的産物であると、私は思った。そして今、再び「戦争の足音が聞こえる」世の中になっているが、断じて同じ過ちを繰り返すまい。映画の最後には「犬死一番」という文字も見えたが、現代では、犬死(戦死)こそが最も愚かな「死に様」であることを肝に銘じたい。
 他に、この映画には多くの女性、子どもが登場する。例えば、前述した殉死者・内藤長十郞の新妻、そして母、さらには阿部家の仲間・太助の恋人で、柄本家の女中(堤真佐子)、柄本又七郞の妻(山岸しづ江)、阿部権兵衛の妻(一ノ瀬ゆう子)、一太夫の妻(原緋紗子)、五太夫の妻(岩田富貴子)といった面々だが、彼女らの存在感は希薄、ただ男たちの「義」に従属するだけ、子どもたちもまた「遊び呆ける」姿を見せるだけで、軍国下にある婦女子の苦悩、愛憎、悲哀の描出は不発に終わったと思う。それもまた、当時の社会を反映した、悲しい証しかもしれない。
(2017.6.6)



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2017-06-06

劇団素描・「劇団逢春座」・《浅井雷三「誕生日公演」の名舞台》

【劇団逢春座】(座長・浅井春道)〈平成26年7月公演・みのりの湯柏健康センター〉
前回の見聞(芝居「鼠小僧と白鷺銀次」)で、私は〈達磨の子分、縛られながらも「かっこいい!親分は袖の下で大もうけ、小さい蔵には小判がざっくざく」などと言って蔵破りの手助けをするばかりか、帰りぎわには銀次と「義兄弟」のちぎりまで結んでしまう。義賊を慕う天真爛漫な風情を、芸名不詳のこの役者はものの見事に描出していた、と私は思う。それにしても、この役者、口跡、表情、所作、相手役(浅井優)との「間」のとり方、観客との呼吸の合わせ方などなど「三枚目」の条件をすべてクリア、申し分のない舞台姿であった。いったい誰なのか、その「謎」は深まるばかりである〉と綴ったが、今日の舞台でその「謎」が解けた。芝居の外題は「血まみれ草子」。本日は責任者・浅井正二郎の次男(座長・浅井春道の弟)、浅井雷三の「誕生日公演」とあって、客席は「大入り」の活況を呈していた。芝居の筋書きは単純、一家の二代目を継いだ若親分(浅井雷三)が、仇一家親分(三河家扇也)、用心棒(責任者・浅井正二郎)たちに「縄張り」を強奪されそうになったが、馴染みの芸者(浅井陽子)や(若親分の)後見(座長・浅井春道)の「助力」によって、見事、仇一家を成敗するというお話だが・・・。見どころは、若親分に扮した浅井雷三の風情と実力。血気盛んな18歳、さぞかし「威勢のいい、ぴちぴちとした」舞台姿を見せてくれるだろうと思いきや、その風情は「なよなよ」として、文字通りの「つっころばし」、ドスの刃を見ただけで卒倒する「頼りなさ」、姿形は「若い衆」だが、口跡といい所作といい、まさに「男装女子」といった景色で、客席は抱腹絶倒、笑いの渦が湧き上がる。口跡、表情、所作だけで、これだけの「笑いを取れる」役者は、18歳ではお目にかかったことがない。「笑わせよう」という魂胆は皆無、彼が懸命に演じようとすればするほど「可笑しさが滲み出てくる」といった按配で、もって生まれた喜劇役者の「天性」という他はない。さればこそ、前回の舞台で「謎」だった「達磨の子分」の正体は、浅井雷三を措いて他にないことを確信したのであった。さらに言えば、その天性を際立たせる相手役の存在も見落とせない。前回は若手リーダー・浅井優、今日の舞台では雷三の姉・浅井陽子の「つっこみ」が絶妙、その「絡み具合」を堪能するだけで、客(私)は満足するのである。舞台は大詰め、仇一家との修羅場へ向かうように説得する芸者に「いやだよ、私にはそんなことはできない」「いいから、このドスをもって!」と無理強いされて襷まで掛けられれば「何、これ?」「襷ですよ、袖が邪魔になるでしょ」「そんなものいらない」「何を言っているの、さあ駆けだして!」と尻をまくられる。「まあ、何するの、いやらしい」といって内股になる若親分の姿は、ことのほか魅力的であった。斯界では、武張った所作で「山をあげる」見せ場が常道だが、このような滑稽・珍妙な場面を(18歳で)見どころにできる役者は、数少ない。「誕生日公演」に相応しい名舞台を堪能できたことは望外の幸せであった。加えて歌と踊りのグランドショー、座長・浅井春道、浅井陽子、浅井ゆき(?)による(抱腹絶倒の)組舞踊「おしろい天使」(唄・長保有紀)は渾身の一作、今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就くことができたのであった。感謝。 
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2017-06-05

劇団素描・「劇団逢春座」の舞台模様は《一変》、謎の「三枚目」

【劇団逢春座】(座長・浅井春道)〈平成26年7月公演・みのりの湯柏健康センター〉
この劇団は元「正研座」、兄・浅井正二郎と弟・研二郎の二枚看板であったが、平成24年に「発展分離」し、兄・浅井正二郎が責任者、長男・春道(26歳)が座長となって、春道の弟・雷三(18歳)、妹・陽子(22歳?)とともに、斬新な舞台を務めている。私は平成20年に「正研座」時代の舞台を福島・蟹洗温泉で見聞、以下のような感想を綴った。〈総じて、芝居は「水準」並、下手ではないが、これといって惹きつけるものがない。役者一人一人の実力は「水準」以上なのに、それが芝居の舞台に反映されていない。配役、演出に「一工夫」が必要だろう。特に、座長・浅井正二郎の「役割」が大きいと思う。現状では、浅井研二郎に「頼りすぎ」「任せすぎ」、座長として「出番が少ない」のはよいが、いざ「出番」の時「光るもの」が感じられない。芝居でも、舞踊でも、座長の「芸」は群を抜かなければならないが、その余裕が感じられないのである。芝居では、酒井次郎、舞踊では、竹川ひろしの「芸」とほぼ同等。だとすれば、彼らにはない「持ち味」(個性)を発揮することが肝要であろう。私の観たところによれば、芝居では、「三枚目」「汚れ役」「憎まれ役」「敵役」に徹すること、そのイメージを、舞踊ショーの「女形」で「180度転換すること」、が座長・浅井正二郎の「持ち味」であり「魅力」である〉。 さて、今日の舞台では、浅井研二郎、酒井次郎、竹川ひろしの姿はなかったが、さすがは責任者の浅井正二郎、芝居では「三枚目」「仇役」に徹し、舞踊ショーでは天下一品の「女形舞踊」(「お梶」)を披露、文字通りその「責任」を十二分に果たしていた(劇団のすべてを「180度転換」することに成功していた)、と私は思う。芝居の外題は昼の部「春雨宗太」、春雨一家の兄弟分の物語である。兄貴分・宗太(座長・浅井春道)はある娘に恋をしていたが、娘が恋しているのは弟分(浅井竜也)の方。そんな折り、敵対一家に草鞋を脱いだ旅人(特別出演・三河家扇也)も親分(責任者・浅井正二郎)の使いで娘を呼びに来た。居合わせた弟分、そうはさせじと旅人と揉み合ううち、旅人の片腕を斬り落としてしまった。弟分われに返り、旅に出ようとするのを宗太が引き留め、「身代わり」を引き受ける。「お前には大事な恋人がいる。堅気になって幸せに暮らせ」。舞台は変わってある峠道。道飲み食いした浪人(浅井優・好演)を追いかけてきた茶屋娘(浅井陽子?)、「もしお侍さん、お代を払ってください」「なぜじゃ」「飲み食いしたんだから、そのお代を払ってください」「馬鹿を申せ、どうぞ飲み食いしてくださいと誘ったのはお前の方、わしはお前に頼まれたから店に入ってやったのだ。どうして金を払う必要がある?」といったやりとりが、何とも可笑しかった。そこに、浪人の竹馬の友(浅井雷三)が病身の姿で登場、「そういえば昔、おぬしに金を貸していた。今すぐ返してもらいたい」といった非情振りも、どこか剽軽でたいそう魅力的であった。その窮地を救ったのが旅姿の宗太、浪人の股間を一撃し、竹馬の友に金子を恵む。やがて1年後、旅芝居の小屋主となった弟分のところへ敵対一家の親分、旅人と、件の浪人を連れてやってくる。公演は「逢春座」、連日の大入りで売り上げは千両を下らない。その分け前をよこせと迫ったが、弟分「待って下さい、その金は役者衆への給金に使うもの、親分にお渡しすることはできません」。親分いわく「オレは芝居なんて大嫌いだ。見に来る客の気が知れない」、その一言で客席は大喝采、重ねて浪人いわく「待て!小屋主の言い分は尤もだ。役者に給金を払うのは当たり前だ。わしは裏切っても小屋主の味方をする。おい、親分、給料を払え!」といった「楽屋オチ」が、実に鮮やかであった。「正研座」時代、私は〈芝居は「水準」並、下手ではないが、これといって惹きつけるものがない。役者一人一人の実力は「水準」以上なのに、それが芝居の舞台に反映されていない。配役、演出に「一工夫」が必要だろう〉と綴ったが、その「一工夫」が「二工夫」「三工夫」となって結実された、見事な舞台模様であった。また夜の部、芝居の外題は「鼠小僧と白鷺銀次」。筋書きは、鼠小僧(責任者・浅井正二郎)の身代わりとなって役人(三河家扇也)に捕縛される白鷺銀次(座長・浅井春道)の物語だが、その三者に絡む脇役、達磨の親分(浅井優?)とその子分(芸名不詳・もしかして浅井雷三?)の演技が「ことのほか」光っていた。達磨の親分、鼠小僧の愛人(実は役人の娘・浅井陽子)に横恋慕、身請けしようとして子分に百両持たせやって来た。「色よい返事を聞かせてくれ」、愛人、戸惑いながらも「しばらく、待っておくんなさい」。そこに、鼠小僧と銀次、御店の旦那、手代の風情で登場。愛人、旦那に曰く「弟が百両の借金をこさえてしまいました。どうか助けてください」「何、たった百両?お安い御用です。すぐに持ってこさせましょう」と言って、手代に申しつける。手代「わかりました」と二人を見送ったが、すぐさま銀次に戻って「ふん!百両なんてそう簡単には手には入らねえ」とぼやく姿が堂に入っていた。しかし運よく、泥酔状態の達磨の子分と鉢合わせ、まんまと懐の百両を掠め取った。その百両は、銀次、鼠小僧、愛人と渡って役人の手へ・・・。お気の毒なは達磨の親分、気を取り直して帰宅後、鼠小僧を捕縛しようと早寝をしたが、そこに忍び入ったのは鼠小僧と銀次、反対に捕縛されてしまった。達磨の子分、縛られながらも「かっこいい!親分は袖の下で大もうけ、小さい蔵には小判がざっくざく」などと言って蔵破りの手助けをするばかりか、帰りぎわには銀次と「義兄弟」のちぎりまでを結んでしまう。義賊を慕う天真爛漫な風情を、芸名不詳のこの役者はものの見事に描出していた、と私は思う。それにしても、この役者、口跡、表情、所作、相手役(浅井優)との「間」のとり方、観客との呼吸の合わせ方などなど「三枚目」の条件をすべてクリア、申し分のない舞台姿であった。いったい誰なのか、その「謎」は深まるばかりである。芝居は大詰めへ、追っ手に囲まれた銀次、もうこれまでと役人を呼び寄せ「私が鼠小僧、お召し捕りください」。役人、「お前は本当に鼠小僧か、誰か顔を知っている者は?」と問いかければ、達磨の子分颯爽と登場、銀次の顔よくよく見て「間違いない、あっしは鼠小僧と兄弟分ですから、これは鼠小僧です」。その様子を、陰から見ている鼠小僧と愛人、銀次それとなく鼠小僧への「暇乞い」を始めるが、達磨の子分、自分への「暇乞い」と勘違いして「ちんぷんかんぷん」、抱腹絶倒の場面で幕は下りた。(6年前)「芝居は「水準」並、下手ではないが、これといって惹きつけるものがない」と評した私の見解は、大幅に修正されなければならないと反省、今日もまた大きな元気を頂いて帰路に就いた次第である。感謝。
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2017-06-04

付録・邦画傑作選・「青春の夢いまいずこ」(監督・小津安二郎・1932年)

 ユーチューブで映画「青春の夢いまいづこ」(監督・小津安二郎・1932年)を観た。この作品は三年前の「学生ロマンス若き日」、二年前の「落第はしたけれど」に続く、第3弾とでもいえようか。戦前の青春ドラマ(学生ロマンス)の中でも屈指の名品である。
 舞台は前作と同じW大学、登場する俳優も、齋藤達雄、大山健二、笠智衆、田中絹代、飯田蝶子といった常連に、江川宇礼雄が加わった。
 冒頭場面は大学構内、例によって応援部の連中が学生を集めて練習をしている。そこには熊田(大山健二)、島崎(笠智衆)、堀野(江川宇礼雄)らの顔が見えるが、斎木(齋藤達雄)の姿はない。彼は貧しい母子家庭のため遊んでいる隙はないのだ。休憩時でも時間を惜しんで本を読んでいる。しかし、成績は振るわない。教授の話では「中学レベル」だそうだ。しかし、熊田、島崎、堀野たちは斎木を見捨てない。ともすれば孤立しがちの斎木を、だからこそ仲間として大切に思う。それが往時の「学生気質」(友情)なのである。というのも、彼らに共通するのは「勉強嫌い」で「遊び好き」、試験の際にはカンニングで協力し合う、固い絆で結ばれているからだ。
 学生たちに人気のあるのがべーカリー軒の娘・お繁(田中絹代)、大学構内に、おか持ちを下げて出前もしている。堀野たちも授業の合間にベーカリー軒に通い、お繁との親交を重ねていた。とりわけ、堀野はお繁に御執心、彼は今をときめく堀野商事社長(武田春郞)の御曹司とくれば、お繁が玉の輿に乗れるのは間近であった筈なのだが・・・。
 堀野が帰宅すると、山村男爵夫人(葛城文子)と令嬢(伊達里子)が応接室で待っていた。令嬢の風情はどう見ても気障なモガ、舶来のライターで紙巻きタバコをプカプカ吹かしている。父の話では、伯父(水島亮太郎)の紹介(縁談話)で「お前に会いに来た」由、「お父さん、そんな話、断って下さい」、父も同意して「息子は酒を飲むと乱暴になります」。令嬢は「まあ、素敵! 男はそれでなくっちゃ」などと動じない。「ドロボーもしますよ」とダメを押せば「私も哲夫さんの心を盗みたい」などとほざく。いよいよ、堀野本人が登場して、ライターを放り投げる、ハンドバックが灰皿替わり、などの狼藉を加えれば、令嬢の怒りは爆発、たちまち縁談破談となった。その様子を見て父と息子は大笑い、二人で祝杯を挙げる。「ワシもあんな娘は気に入らない」、父子の気持ちは通じていたのである。 
 翌日は、大学の試験日。例によって試験官の目を盗み、堀野たちがカンニングを試みているところに、小使い(坂本武)がやって来た。この小使い、学生の間でも人気がある。ある時など、ベーカリー軒で将棋を指していた熊田と堀野の勝負がつかず、将棋盤を持ったまま教室に向かう二人を見て、自分もその仲間入り、三人で教室に入り込む。講義が始まってもまだ指している。教授に見咎められ、あわてて抜き足差し足、へっぴり腰で教室を退出する姿がたいそう可笑しかった。
 試験官は小使いの話を聞いて、顔を曇らせた。「おい、堀野!お父さんが病気だ。すぐ帰宅しなさい。試験は追試験を受ければよい」。堀野は、「朝まで元気だったのに、信じられない」という思いで、あわてて帰宅。自宅には伯父を初め多くの社員が詰めかけている。父は脳溢血のため危篤状態、号泣する堀野に手を握られながら、まもなく息を引き取った。
 かくて、堀野はやむなく大学を中退、堀野商事の新社長に就任する。副社長の伯父がその旨を社員一同に説明するのだが話が長すぎる。もう1時間半も話し続けているのだ。早く終わりにしてくれという空気の中で、いよいよ新社長の挨拶となった。堀野は一同の前で、ぺこりと頭を下げると「親爺同様、よろしくお願いします」という一言だけで終わった。割れるような拍手、幸先よいスタートを切ったのである。
 数日後の朝、出勤前の堀野が準備をしていると、婆やが「近頃は、お坊ちゃまも社長らしく成ってきましたね」などと言う。その時、熊田、島崎、斎木が訪れた。「俺たちを君の会社で雇わないか」と言う。堀野にも異存はないが「入社試験があるぞ。合格できるかな。その前に卒業できるのか」と冷やかした。 
 まもなく入社試験日、熊田、島崎、斎木たちは「①インフレーションとは何ぞや、②9月18日事件とは何ぞや ③次の語句を簡単に説明せよ イ・リットン報告 ロ・生命線ハ・ホラ信 ニ・天国に結ぶ恋 ホ・大塩平八郎」という問題を前に悪戦苦闘している。それでも熊田と島崎は得意のカンニングを駆使して合格しそう(答案を事前に入手済み)、斎木だけがボンヤリしている。どうやら答案をなくしたらしい。監視に来た堀野はその様子を見て、問題作成者から答案を取り寄せ、丸めて斎木の足元に落とす。斎木は堀野を見やって頬笑む。堀野もまたうなずいて微笑み返した。その様子を、すでに無事書き終えた熊田が寿ぐ。まさに、今でも学生時代の友情でしっかりと結ばれている景色が鮮やかであった。ちなみに、「9.18事件」とは、柳条湖事件のことである。「リットン報告」とは、「国際連盟日支紛争調査委員会報告書」のことであり、リットンとはその委員長の名前である。「生命線」とは、満州国のことである。「天国に結ぶ恋」とは、坂田山で心中した大学生と女学生の純愛を詠った流行歌のことである。「大塩平八郎」とは江戸幕府に反乱を起こした大阪奉行与力の名前である。さて「ホラ信」とは何ぞや、私にもわからなかった。
 次の字幕には「一難去ってまた一難」。
 伯父はまたまた堀野に縁談話を持ってきた。これで6回目である。ある令嬢を引き合わせて「映画にでも・・・」と促す。堀野は渋々承知して自動車で映画館に向かう。令嬢は「シネマなんかより、二人切りになれる所に行かない」「大磯の坂田山へでも行きますか」「まあ嬉しい」と令嬢がしなだれかかる。堀野は辟易として窓の外に目をやると、お繁が歩いている。その隣には大きな荷車が。自動車を止めて事情を聞くと、近頃は学生さんも不景気で、ベーカリー軒は閉業、これからアパートに引っ越すのだと言う。デパートの売り子にでもなるつもり、「それならボクの会社に来たらどうだい。学生の二、三人も入ったから、君を歓迎すると思うよ」。堀野は欣然として立ち戻り、令嬢に向かって「引っ越しの手伝いをするので、ボクはここで失礼します。どうぞボクにお構いなく」と言うなり、自動車に荷車の荷物をどんどん運び込む。令嬢はいたたまれず、自動車を降りてプイとどこかに行ってしまった。お繁のアパートで荷物の整理をしていると、ドアを叩く音がする。花束を携えた斎木がやって来た。中に堀野が居るのを見て、バツが悪そうだったが、堀野は「よおーっ、会社をサボってきたのか。たまにはいいだろう。安い月給なんだから」と鷹揚に迎えた。お繁も「あたし、明日から会社のお仲間よ」と報告するが、斎木はどうしてもバツが悪い。堀野から「ボンヤリしてないで、君も手伝えよ」と誘われても「これから会社に戻るよ」と花束をお繁に渡して、出て行ってしまった。堀野は「熊田も、島崎もボクを社長扱いするんだ、さびしいなあ」と溜息を吐く。
 翌日、社長室では伯父がカンカンに怒っていた。「いったい何度ワシにに恥をかかせれば気が済むんだ。これで五度目だぞ」「六度目ですよ」「益々もってけしからん」堀野は初めて本心を打ち明けた。「実は、学生時代から好きな娘がいるんです」「それを何故もっと早く言わんか。それで、どんな娘だい?」「それはしばらくボクに預からせてください」。 
 その夜、堀野は熊田、島崎、斎木と銀座でビールを飲みながら会食する。「学生時代、お繁ちゃんは俺たちの共有財産だった。その人をオレが独占する以上、諸君の意見を聞きたい。」三人は神妙な面持ちで聞いていたが、斎木はうつむき加減、「斎木、どう思う?」、斎木はようやく顔をあげて「異論はないよ」、熊田も島崎も同意した。「じゃあ乾杯だ。さあ、飲もう」。堀野の心は躍る。斎木は堀野を見つめ頬笑み、天井に目をやる、勢いよく回っていた扇風機が次第に弱まり、力なく止まった。
 堀野が帰宅すると、斎木の母(飯田蝶子)が訪れていた。満面の笑みを浮かべて、堀野に感謝する。「この就職難の折に、お宝を頂けるなんて、あなた様のお陰だと、私どもは毎日、お宅様の方をあ拝んでおりますよ」。堀野も笑いながら「拝むんならボクではなく、一日も早く斎木君に嫁でもらって早くラクになることですね」と応じれば「それが、大変都合よく嫁が見つかったんです」、それはおめでたい、いったいどなたですと訊ねる前に、斎木の母は「御存知と思いますが、学校の前の洋食屋にいたお繁さんという娘なんです」。堀野の顔が変わった。「そうですか、それはいつの話ですか」「卒業する一ト月頃前でしょうか、初めて私に打ち明けたんです」。堀野の心は千々に乱れた。その足で、すぐお繁のアパートへ。「早速だけど、お繁ちゃんは斎木と結婚の約束をしたのかい」、お繁は頷く。「なんだって、斎木なんかと・・・、君は学生時代、ボクがどう思っていたかわからなかったのか」「あたし、もう二度とあなたは戻ってこないと思って、あきらめていたんです。その時に斎木さんからお話があって。いつも皆さんの後からとぼとぼ付いていく斎木さんがお気の毒だったんです。あたしの力で斎木さんの灰色の生活を明るくしようと思ったんです。あたしのような者でなければ、斎木さんのお嫁になる人はいないでしょう。」堀野は、帰ろうとする。「お怒りになったの」「その気持ちでいつまでも斎木を愛してやってくれ給え」という言葉を精一杯残し、振り返ることはなかった。お繁が見送ろうとして窓を開けると、花火が一発、美しい模様を描き出して消えた。
 斎木の下宿先では、熊田、島崎と三人で苦いビールを飲んでいる。消沈した母も居る。島崎は「口じゃあ何とでも言っても、彼奴も普通の社長さ。社長と女事務員、おあつらえどおりの型だ」と冷ややかな口調、熊田は「お繁ちゃんばかりが女じゃない。気を落とさないように。また、いい娘を見つければいい」と斎木をいたわる。母が「近頃じゃ、おまんまを頂くのも大変になりましたね」と取りなすが、ビールが先に進まない。それじゃあ、と熊田が腰を上げ、帰路に就く。そこまで一緒に行こうと、斎木も連れだって三人が夜道を歩き出した。(その直後から映画の画面は極端に暗転、「ケラレ」状態になる。人物の心象を浮き彫りにするためか、それとも撮影の不具合か。)向こうから自動車が近づいて来る。乗っていたのは堀野、今、斎木の家に向かう途中であった。「みんな一緒でちょうどいい、斎木に話があって来たんだ」。しばらく歩きながら、堀野は斎木に詰問する。「君はどういう気持ちで、お繁ちゃんとオレの結婚に賛成したんだ」「・・・」「君はオレが友だちの恋人を奪って喜ぶ男だと思っているのか」「・・・」「斎木、グズグズしないでハッキリ返事しろ!」島崎が「斎木だって君に厚意を示したいと思ってしたことだ。そう頭から責めちゃかわいそうじゃないか」と間に入ると「オレは君たちにも言い分があるんだ。オレの前に出ると犬みたいに尻尾を振って、それでも友だちなのか。いつ、そんなことをしてくれと頼んだ、いつ喜んだ」「・・・」「学校時代の友情はどこへ行ったんだ!」。ようやく、斎木が口を開いた。「僕達親子が幸せに暮らせるのは君のおかげだ。社長の君に逆らうことは僕達の生活に逆らうことなんだ」といった瞬間、堀野の鉄拳が飛んだ。よろめく斎木に向かって「そんなことで恋人まで譲る奴があるか、馬鹿!」。なおも殴りかかろうとのを熊田と島崎が必死で止める。「オレの言い分のどこが間違っているか。もしそう思うなら、オレを殴るなり蹴るなり、何とでもしろ」と叫ぶ。熊田と島崎は、掴んでいた斎木の腕を静かに放した。「オレは斎木の卑屈な気持ちを叩き直してやるんだ」というなり、無抵抗の斎木の頬を10回、20回・・・41回と平手打ちする。顔を押さえて斎木は崩れ落ちた。熊田が堀野に近づいて「すまなかった」、島崎も深々と頭を下げた。そうか、わかってくてたかと、堀野は斎木の前にひざまづき、「ゆるしてくれ」と嗚咽する。しっかりと斎木の手を握り、斎木も力強く握り返す。そして、青春の夢は今、蘇ったのである。堀野の胸裡には、優しかった父の臨終の時、手を握って泣き崩れた自分の姿が浮かんできたかもしれない
 大詰めは、丸の内にあるビルの屋上、昼休みの社員がくつろいでいる所に、堀野がやって来た。熊田と島津がキャッツボールの手を止めて、「もう、そろそろだぞ」。三人で、新婚旅行に向かう斎木とお繁を見送るつもり。熱海に向かう東海道線が通過する。「あそこだ!手を振っている」。三人もまた列車に向かって大きく手を振る。列車の中でも斎木とお繁がハンカチを振っている。屋上の三人が顔を見合わせて頬笑むうちに、この映画は「終」となった。
 この映画の眼目は、文字通り「青春の夢」、門地、身分、貧富を超えた「友情」であろう。その夢は往々にして崩される。お繁の本心は堀野の玉の輿の乗ることだが、それは夢、早々にあきらめて、風采の上がらない斎木をさせようとする。「友情」というよりは「同情」である。そのことを斎木は堀野に言い出せない。島崎は「厚意」(厚情)と思ったが、堀野は「卑屈」だと感じる。斎木の「僕達親子が幸せに暮らせるのは君のおかげだ。社長の君に逆らうことは僕達の生活に逆らうことなんだ」という言葉が許せない。もっと自信を持て、「逆らわない人生」で自分を守るなんて、卑屈としか言いようがない。その言い分に、熊田も島崎も逆らうことができなかったということは皮肉である。いずれにせよ、最も傷ついたのは堀野自身であったはずだが、彼には「社長」という重責がある。卑屈になぞなっていられない(メソメソしていられない、他人を恨んだりする暇がない)事情があるのだ。その精神は、敬愛する父親から学んだ賜物かもしれない。はたして、斎木の卑屈な気持ちは、堀野の鉄拳によってどこまで払拭されたか、そこが問題である。
 小津安二郎監督は、この映画の前作「大人の絵本 生まれてはみたけれど」で、ほぼ同じ「卑屈」という問題を取り上げている。子ども時代は「実力主義」だが、大人になると「金権主義」に変貌していく世の中を、子どもの目から捉えた佳品である。その子どもたちの成長した結果が、「青春の夢いまいずこ」だとすれば、斎木の卑屈な気持ちは払拭されなければならない。そこらあたりが小津監督の願いを込めた結論ではないだろうか。(2017.6.3)



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2017-06-03

付録・邦画傑作選・「東京の英雄」(監督・清水宏・1935年)

 冒頭のタイトルに続き、「配役」になると、女性の歌声が流れ出す。耳を澄ませると、「並ぶ小窓に はすかいに 交わす声々日が落ちる 旅暮れて行く空の鳥 母の情けをしみじみと」と聞こえるが、定かではない。主なる登場人物は、根本嘉一・岩田祐吉、春子・吉川満子、寛一・藤井貢、加代子・桑野通子、秀雄・三井秀夫(後の三井弘次)である。さらに、寛一の少年時代を突貫小僧、加代子を市村美津子、秀雄を横山準(爆弾小僧)が演じている。
 冒頭場面は東京郊外、省線電車が見える空き地には大きな土管、その上に腰かけた数人の子どもたちが電車に手を振っている。そこに一人の少年・寛一(突貫小僧)が、バットとグローブを携えてやって来た。「野球しないか」と呼びかけるが「もうお父さんが帰る時分だからいやだよ」と断られた。寛一はすごすごと家に戻るが、待っていたのは婆や(高松栄子)だけ、「家のお父さんはどうして毎晩帰りが遅いの」と訊ねると「お偉くなられたからいろいろとお仕事がおありなさるのですよ」という答、やむなく一人で夕食を摂る。なるほど父・根本嘉一(岩田祐吉)は立派な家を構えている。しかし、寛一の母はどこにも見当たらない。父子家庭に違いない。嘉一の仕事は山師、「龍現山金鉱発掘資金募集事務所」という看板を掲げ、「天下の宝庫開かる!配当有利、絶対確実」というポスターで資金を集めているが、思うような成果が得られないようだ。
 嘉一が帰宅すると婆やが言う。「旦那様のお帰りが毎日遅いので、坊ちゃまが淋しそうでございます」「後添えを考えているのだが・・・」。かくて、嘉一は「求妻」の新聞広告を出し、再婚する運びとなった。相手の春子(吉川満子)には二人の子どもが居る。加代子(市村美津子)と秀雄(横山準)である。寛一と父は「じゃあ、お母さんばかりじゃなく、妹も弟も貰うんだね」「仲良くしなければダメだぞ」「生意気だったらノシちゃうよ」などと対話する。
 やがて、新しい家族は江の島を観光、嘉一、春子、加代子が連れだって「あなたが来て下さったのでこれからは事業に専念できます」と言いながら桟橋を歩いていると、後ろから秀雄が泣きながら追いついた。振り返ると、寛一が向こうで仁王立ちになっている。嘉一が駆け寄ると「今日から兄弟だっていうのに彼奴、僕のこと寛一さんだーか君だなんて言うんだもの(殴ってやった)あいつ、水臭いんだよ」。嘉一は寛一を黙ってみんなのもとに連れて行く。ともかくも、家族が揃い、明るい家庭がスタートする筈だったのに。
 数日後、「龍現山金鉱発掘資金募集事務所の内面暴露す 早くも首領株失踪」という見出しの新聞記事が載った。事務所に殺到する出資者たちの群衆が、自宅にまでも押し寄せる。嘉一は集めた出資金を持ち逃げ、姿をくらましたのである。春子は対応に追われるが追及者たちの前で「再婚早々で何もわかりません」と頭を下げる他はなかった。「でも、私は主人を信じております。大切な子どもを私なんかに預けてくださるんですもの」。婆やが「もし、このままお帰りにならなかったら」と問うと「子どもだけは立派に育てて見せますわ。日は浅くても親と子どもですもの」と言いながら、加代子と秀雄よりも、寛一の方に優しい眼差しを向ける。その場面は、この映画の眼目の伏線であることが、後になってわかるのだが・・・。まもなく、春子は、家屋・家財すべてを売り払い安アパートの二階に転居する。新聞の求人広告に目をやりながら、「女給では年を取り過ぎているし、女中ではコブ付きだし、事務員は履歴書がないし・・」と思案にくれていたが、高級クラブの仕事にありつけた。朝食を食べながら寛一が「お母さんのクラブってどんな所?」と訊ねると「社長さんたちが大勢集まって相談したり、お休みしたりする所よ」。すかさず加代子が「お母さんはどんな役?」と問いかける。しかし春子は答えることができなかった。子どもたち三人は蒲団の中で母を待つ。帰宅した母に、寛一は「ずいぶん遅いんだね」と案じると「お仕事が忙しいから」「じゃあ、偉くなったんだよ」と秀雄に話しかける。婆やの話を思い出していたのだろう。時には、子どもたち三人だけで泣き明かす夜も少なくなかった。
 そして十年が過ぎ、春子と子どもたち三人は、山の手の瀟洒な二階建ての家に住んで居た。まもなく、加代子(桑野通子)の嫁ぐ日がやって来る。家に訪れた呉服屋の前で、婚礼の晴れ着を選んでいる。大学生になった寛一(藤井貢)と秀雄(三井秀夫)が「いつのまに相手を見つけたんだい」「まだコロッケも作れないのに、早いんじゃないの」などと冷やかせば「秀ちゃんだって、いい人がいるんじゃないの」と言い返す。三人の景色は和気藹々、「子どもたちだけは立派に育てて見せますわ」という春子の決意は実現しつつあるのだ。そして婚礼の当日がやってきた。「こうやって見ると、加代子もなかなかいい花嫁さんですね」と寛一が春子に話しかける。顔を見合わせ頬笑む春子と秀雄。「お前たちが大学を卒業してくれれば、私は楽隠居だわ」と春子はほっとしたように見えたのだが。 そうは問屋が卸さなかった。一家は転がり落ちるように悲劇を演じ始める。その源は春子の生業にあった。女手ひとつで子どもたち三人を育てることは並大抵ではない。まして、二階建ての立派な家を構えることなど、堅気の商売では夢のような話である。しかし、その夢が実現しているとすれば、春子の稼業はまともではない。事実、彼女は子どもたちに内緒でチャブ屋を経営していたのだ。そのことが嫁ぎ先に知れ、加代子は追い返される。絶望した彼女は銀座の街娼に転落。秀雄もまた大学を捨て、与太者の仲間入り、今では顔役になっている。  
 しかし、寛一だけは、まともに大学を卒業、新聞記者の職を得た。スーツ姿の寛一を見て春子は涙ぐむ。これで責任を果たしたと思い、泣き崩れながら「許しておくれ、実は、私は・・・」と真実を打ち明けようとする。寛一は春子の口をふさぎ「お母さん、何も言ってはいけません。私はわかっています。お母さんはボクにとって日本一のお母さんです」と言い放った。血のつながらない息子だけが、母に寄り添い孝行する景色は、たまらなく美しく、私の涙は止まらなかった。寛一は加代子や秀雄を見つけ出し「家に帰るように」と説得、二人は家の前まで来たが、どうしても足が前に進まずに引き返していく。
 まもなく、悲劇の大詰めがやって来た。秀雄がヤクザ仲間に刺されたのである。事情を聞けば、雇われた会社の社長は根本嘉一、妻子を捨てて雲隠れした義父であったという。そんな会社はゴメンだと脱けようとして、「裏切り者」の制裁を受けたのだ。秀雄は「こんな姿はお母さんに見せたくない。黙っていてほしい」と言い残し、息を引き取る。寛一は、憤然として、嘉一の会社に乗り込んだ。「満蒙金鉱開発」を看板に、性懲りも無く、阿漕な経営をしている。父に向かって「一新聞記者として取材に来ました。あなたの会社はまともですか」「勿論」「では、なぜ不良連中を雇ったんです。弟の秀雄はそれで殺されたんですよ」驚く嘉一、次第に力が脱けうなだれていく。「お父さん、ボクはお母さんのために、秀雄のために、加代子のために、そして世間のために、自決を要求します」。 直ちに寛一は、新聞記者として、父の会社の不正を暴露する。その記事は「特ダネ」として表彰された。その報酬を持って家に帰ると、春子と加代子が泣いている。「お母さん、喜んでください。ボクは表彰されました」。しかし、春子は「私はそんなことをしてもらうために、大学を出したんじゃない。お父様に何と言ってお詫びをすればいいか・・」と泣き崩れた。寛一も泣いている「お詫びをしなければならないのはお父さんの方です。ボクは親の罪を世間に公表したんです。それで親孝行ができたんです」最後に「お父さんはお母さんに、くれぐれもよろしくと言っていましたよ」と言うと部屋を出た。
 寛一は自室に行き、机の上にあった父親の似顔絵を壁に貼る。それは十年前、彼が描き、秀雄に与えたもの、秀雄はそれを今まで大切に保管していたのであった。そして、窓を開け外を眺める。目にしたのは夕刊を配達する少年の姿、その姿に昔の秀雄、あるいは自分自身の姿を重ねていたかもしれない。寛一の心中には、あの冒頭の歌・・・「並ぶ小窓にはすかいに 交わす声々日が落ちる 旅暮れて行く空の鳥 母の情けをしみじみと」・・・が聞こえていたに違いない。その少年の姿が消え去ると、この映画は「終」となった。
 この映画の眼目は「生みの親より育ての親」という諺に象徴される、《絆》であることは間違いない。同時に、寛一にとっての「生みの親」(父)は罪深き詐欺師であり、加代子や秀雄にとっての「生みの親」(母)は世間に顔向けできない人非人なのである。寛一は父を許せない。加代子や秀雄は母を許せない。その悲しい人間模様が、実にきめ細やかな景色として、鮮やかに描き出されている。また、子ども時代、腕白でさぞかし親を手こずらせていたであろう寛一が、成人するにつれて人一倍、母を大切に思う姿も際立っていた。(突貫小僧から藤井貢へのバトンタッチという配役が見事である)それというのも春子が、三人の子どもに分け隔てない愛情を注いできたからに他ならない。吉川満子の表情一つ一つが、そのことを雄弁に物語る。三人の異母兄弟は、彼女の愛情によって固く結ばれていたのである。不幸にも秀雄は落命したが、残された寛一と加代子で春子を支え、さらに、改心した嘉一が、家族に加わる日も遠くはないだろうことを予感させる。清水宏監督、渾身の傑作であった、と私は思う。
(2017.6.2)



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2017-06-02

劇団素描・「剣戟はる駒座」・《「お芝居二本立て」の実力》

【剣戟はる駒座】(座長・津川竜)〈平成21年7月公演・浅草木馬館〉)                                        「毎週火曜日お芝居二本立て」と場内の貼り紙にある通り、今日は芝居の前狂言、外題は「恋の高岡」(悲劇)、切り狂言の外題は「桶屋さん」(喜劇)、加えて、「唄と踊りのグランドショー」という三部構成であった。さて「恋の高岡」、主演・若侍・高岡コウジュウロウに花形・不動倭、その供奴に副座長・津川らいちょう、敵役の侍・青山に花形・勝小虎、大店の主に太夫元・勝龍治、その娘、おみつに女優・晃栄みずほ(らしい?)、番頭に座長・津川竜、高岡家出入りの刀鍛冶に女優・晃大洋といった配役で、筋書きは単純、花見客でごったがえす往来で、大店の娘・おみつが素行不良の侍たち(青山一味)に絡まれる。それを助けたのが高岡コウジュウロウで、しかも娘に「一目惚れ」、双方とも気に入って「婚約」まで取り交わす仲となったが、邪魔に入ったのが青山一味、ある夜、高岡宅に忍び込んで放火、屋敷を半焼させる。供奴に救い出されて高岡、一命をとりとめたが顔面に大やけど、おみつはあっさりと「心変わり」して青山との祝言を企てた。どうしてもおみつを忘れられない高岡、番頭を呼んで問いただす。番頭の話「近頃は、お店の屋台骨が傾いて借金地獄、おみつお嬢さんは借金のかたに嫁いでいくのです」「で、その借金はいくらなのだ?」「ざっと見積もって三百両」「三百両あれば、嫁がなくてもすむのか」「おっしゃるとおり」。高岡は供奴の制止も聞かず、妖刀・五色丸(高岡家の家宝、久しく行方知れずになっていたが、出入りの刀鍛冶が見つけ出し、百両で買い戻してあった業物)を番頭に手渡して、いわく「これを金に換えれば三百両になる。どうかおみつさんを救ってもらいたい」。番頭「わかりました」と引き受けたが、実は名うての大悪党、まんまと刀を金に換えて四百両「ねこばば」してしまう。何も知らない高岡、おみつと青山の祝言の場に駆けつけ、「その祝言、待った!」と抗うが、一同、唖然として、「けんもほろろ」の雰囲気、そこに番頭登場して真相を暴露、高岡を「田舎侍」と罵倒した。呆然自失、消沈して一旦は帰りかけた高岡だが・・・。見る見る「形相」が一変、振りかざした一刀で座敷の灯(蝋燭)りを「切り払う」と舞台は闇の中、冷たい刃の光だけが「独り歩き」するように、青山一味、大店の主、番頭たちに「吸い寄せられ」、次々と斬殺を繰り返す。怪談劇風のおどろおどろしい「修羅場」が展開する、そして最後は、恋い焦がれた愛しいおみつにまでも運命の刃が・・・。殺人鬼(幽霊の風情)となった高岡コウジュウロウ、最後に一言、息も絶え絶えに「・・・慎むべきは色情の道・・・」と叫んで幕となった。なるほど、悲劇。しかも、眼目は「慎むべきは色情の道」。ごもっとも、おっしゃるとおり!悲劇「恋の高岡」は、屈指の出来映えであった、と私は思う。続いて切り狂言「桶屋さん」。こちらは、がらりと空気が変わって、桶屋夫婦(といっても爺・津川竜、婆・勝龍治)と、使用人(桶職人)A・不動倭、B・勝小虎が繰り広げるスラップスティックコメディ(ドタバタ喜劇)で、どちらかといえば「松竹新喜劇」風だが、「ドリフターズ」っぽい雰囲気も漂って、大いに楽しめた。
この劇団、関東公演の見聞は4回目だが、①役者の数が多いこと(16人)、②座長の出番が多いこと(グランドショーでは5~6回)、③番組内容が多いこと(火曜日は芝居二本立て、グランドショーでも「こまどり姉妹」、ミニコント、相舞踊、組舞踊、群舞、歌のステージ、口上での「掛け合い」等々、「見せ場」がプログラムのあちこちに散りばめられていること)、④リピーターの観客を大切にしていること(ポイントカードの有効期間は2年間)、においては「ピカイチ」である、と私は思う。加えて、芝居ではピンマイクをはずし、役者の「肉声」(口跡)で勝負する、そのことが役者一人一人の「演技力」をどれだけ向上させていることか。集音マイク装置のない劇場では、役者の「声帯」「喉」を守るためにピンマイクの使用は「今や常識」だが、あえてその常識に挑戦、より「艶やか」、より「美しい」舞台を提供しようとする劇団の姿勢に脱帽する他はない。今後、ますますの発展をお祈りする次第である。
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2017-06-01

劇団素描・「剣戟はる駒座」・《関東公演、「こだわりの舞台」をありがとう》

【剣戟はる駒座】(座長・津川竜)〈平成21年7月公演・浅草木馬館〉                                          案内パンフレットによれば、〈剣戟はる駒座 平成9(1997)年津川竜座長が旗揚げ。劇団名の「剣戟」はお芝居全般を意味し、お芝居をしっかりやっていこうという劇団のスタイルを象徴。その名の通り、「嵐劇団」から受け継ぐお芝居やオリジナルのお芝居、舞踊ショーなども充実している。座長のこだわりが随所に見られる舞台には定評がある。座長 津川竜 昭和45(1970)年2月15日生まれ 広島県出身。血液型A型。3歳頃に初舞台を踏む。15歳の時に「嵐劇団」に入団し、勝小龍座長(故二代目・小泉のぼる)に弟子入り。その後「桐龍座 恋川劇団」に入団し腕を磨く。平成9(1997)年、「剣戟はる駒座」を旗揚げ、2007年で10年目を迎えた。副座長 津川らいちょう 平成5(1993)年5月11日生まれ。大阪府出身。津川座長の長男。幼少の頃より勝小力の名で舞台に立つ。平成15(2003)年10歳で副座長を襲名、名を津川らいちょうに改める、津川しぶきは弟である〉ということである。また、キャッチフレーズは〈大衆演劇(エンターテイメント)の世界をはばたく鳳、翔る竜 関東上陸!!!今までに見たことのない大衆演劇 ロングランツアー関東公演始まる 津津浦々に色を染め 大海目指す金色の竜 剣戟はる駒座〉であった。劇団員は、花形・勝小虎、不動倭、若手リーダー・津川隼、女優・晃大洋(座長の妻)、太夫元・勝龍治(晃大洋の実父・座長の義父)といった面々である。実を言えば、この劇団、私は初めてではない。平成19年12月(1年7カ月前)に、今回同様、浅草木馬館でその舞台を見聞している。その時の感想(主として音響効果への配慮要請、具体的には、芝居中、ワイヤレスマイクの撤去)を座長宛に送付したところ、丁重な返信と謝礼を頂戴した憶えがある。また、今回の関東公演に際しても、お誘いの御案内を頂いていた。ほぼ1年半ぶりの舞台、芝居の外題は「薄桜記」であった。かつての大映映画(市川雷蔵、勝新太郎主演)を下敷きにした筋書で、忠臣蔵外伝と言おうか、要するに中山安兵衛(不動倭・映画では勝新太郎)とその朋輩・丹下典膳?(座長・映画では市川雷蔵)の友情物語である。中山が秘かに思いを寄せていた娘は丹下の妻に・・・、その妻が仇役侍(勝龍治)一党の手にかかって「手籠め」にされたうえ、中山との「不義密通」の疑いをかけられる、といった複雑・深刻な景色を、なんと劇団の面々はピンマイク無しの「肉声」(口跡)だけでやってのけた。私は、舞台を見つめながら涙が止まらなかった。一年半前に、弄した素人(私)の戯言を精一杯聞き入れてくれたのだ。マイクの撤去によって、どれだけ舞台の景色・風情が艶やかに彩られるようになったことか、あらためて役者一人一人の「声の美しさ」(魅力)を味わうことができたのであった。
 舞踊ショーラストの、沖縄民謡スーパーチェイサーも「天下一品の出来栄え、座員一人一人のエネルギーが結集した「群舞」で、力みなぎる「渾身の舞台」であった、と、私は思う。案内にあったように(看板に偽りなく)「今までに見たことのない大衆演劇」「座長のこだわりが随所に見られる舞台」を十分に満喫・堪能して帰路についた次第である。
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2017-05-31

付録・邦画傑作選・「東京の合唱」(監督・小津安二郎・1931年)

 ユーチューブで映画「東京の合唱」(監督・小津安二郎・1931年)を観た。保険会社に勤める男・岡島伸二(岡田時彦)が主人公の物語である。冒頭場面は、旧制中学校の校庭、体育の授業が始まろうとしている。大村先生(齋藤達雄)が勢いよく飛び出して、集合をかける。一同が整列、「上着を脱いで集まれ」と号令したが、一人だけ脱がない生徒が居た。「おいお前、上着を脱いでこい」と言われ、渋々脱ぐと上半身は裸、下着を身につけていなかったのだ。その理由は不明だが、一風変わっている。先生に呼ばれると、ヨタヨタと近づく。「やり直し!」と言われて、今度は「行進」の歩様。腰に差した煙草入れ(?)を取り上げられ、一同は大笑い、振り返って舌を出す。「舌を出すとは何事か。この場に立っておれ」と罰せられた。彼こそが、若き日の岡島であったのだ。大村先生と生徒たちの「絡み」がたいそう可笑しく、往時の学園風景が見事に描き出され、私の笑いは止まらなかった。
 その時から幾星霜、今の岡島は会社員、妻・すが子(八雲恵美子)、長男(菅原秀雄)、長女(高峰秀子)、乳飲み子の次男を抱える世帯主である。
 今日はボーナスの支給日、出勤の準備をしていると、長男が「パパ、自転車がほしい。買ってよ」とせがむ。「ママに聞いてごらん」、妻も了承。長女も「あたしにも何か買ってよ」というと、長男が「お前は紙風船、買ってもらったじゃないか、欲ばり!」と小突く。「アーン」と泣き出す、子役・高峰秀子の姿がたまらなく魅力的であった。
 岡島は出勤、いよいよボーナスが支給される昼休み、社員は社長室の前に並んで期待を膨らませる。一人ずつ順番に手渡されて、「いくら?」と思うが、周囲の目がある。確認する場所はトイレの中、中にはあわてて札束を便器に落としてしまう者も居た。岡島もめでたくボーナスを受領、扇風機で鉛筆を削り、何を買おうか予算を立てる。ふと、横を見ると、老社員の山口(坂本武)がふさぎ込んでいる。先刻、解雇を言い渡されたのだ。
山口の勧誘で生命保険に加入した者が、翌日、交通事故で死亡したことが原因らしい。それを聞いて、岡島の反骨心が燃え上がった。「おい、みんな!山口さんは解雇だそうだ。勧誘と事故死は関係ない、会社が金を払うのは当然じゃないか」と呼びかければ、一同「そうだ、そうだ」、同僚の一人(山口勇)が「社長に談判しよう」と提案した。岡島が「よく言った。じゃあ君が談判に行ってくれ」と言うと、とたんにトーン・ダウン、「・・・でも会社に損失を与えたことは間違いないんだからなあ」。岡島が「なあんだ、口ほどにもない奴だ」「何!じゃあ、お前が行けるものなら行って見ろ」といきり立つ。岡島は、平然と社長室に入っていった。深々と社長(谷麗光)に一礼し、談判を始めるが、社長は聞き入れない。秘書(宮島健一)がとりなすが、岡島も引き下がらない。口で争い、扇子で争い、小突き合い、とうとう社長を押し倒す。激昂した社長は、即刻「お前はクビだ」と宣言する。かくて、岡島もまた、失業の身となってしまった。
 フラフラと岡島が自宅に帰っていく。手にしているのは自転車ではなく、オモチャのスクーターだった。待ち焦がれて迎えに出た長男が「自転車は?」と問えば、スクーターを手渡す。今度は、長男が怒り出した。「なんだ、こんなもの!」と言ってスクーターを放り出すなり、泣き出した。やむなくスクーターを拾って家に戻ると、長女が次男をあやしていた。「ママは?」「公営市場に買い物に行ったわ」。岡島は力なく座り込む。そこに長男も戻ってきた。下駄を放り投げ、部屋に上がると障子に穴をあける。ドスンドスンと音を立て岡島に抗議する。「パパの嘘つき!」岡島は再度、スクーターを取り出してなだめたが、長男は頑として聞かず、父を足蹴にした。もうこれまでと、岡島は長男を抱え上げ、数十回の尻叩き、長男は大声で泣き叫ぶ。その様子を長女と次男があっけにとられて眺めている。父子の修羅場はたいそう見応えがあった。やがてすが子が帰宅する。一目散に駆け寄る長男、いったい何事があったのか、「あんまり我が儘を言うから叱ったんだ」事情を聞いて、妻が言う。「パパが悪い。子どもに嘘をつくなんて、どんなにか楽しみにしていたものを」。長女までも「パパの嘘つき」と言って舌を出す。「何が悪い」と言い返してみたものの・・・、岡島は力なく封筒を取り出して、すが子に渡す。入っていたのは解雇通知の辞令。「社長と喧嘩したんだ。こちらの言い分が正当でも、相手が社長だからしかたがない」。うなだれるすが子、気を取り直してスクーターを長男に与え「これで我慢おし」。しかし長男は再び「イヤだ」といって泣き出す始末、その母子の様子を見て、「かわいそうだ、買ってあげよう」と岡島は決めた。一件落着、子どもたちは辞令を紙飛行機に折って遊び始める。岡島も一緒に・・・。
 数日後、岡島は職探し、上野公園(日比谷公園かもしれない)辺りを通りかかると、共に解雇された山口が、サンドイッチマンの態でビラまきをしている。ぶら下げている看板には「健康安全週間・東京市」と記されてあった。しばし、ベンチで二人は語り合う。その向かいでは失業者の親子か、子どもが下駄をぶつけて大泣きしている。「思い切り泣ける子どもがうらやましい」と山口が言う。その時、人々が駆けだして、ただならぬ様子、「動物小屋のクマが檻を破って逃げ出した」とのこと、山口は、見に行こうと誘ったが、岡島は「クマが逃げ出したって僕らの人生には何のかかわりもないじゃないですか」とその場を動こうとしなかった。
 今日もあぶれて岡島が家に戻る道、自転車を買ってもらった長男が、子どもたちに混じって魚掬いをしている。声をかけると「美代ちゃんが病気になった。クズマンジュウが当たったらしい」と言う。あわてて帰宅、すが子は次男を抱きながら氷を砕いている。長女は寝かされて、苦しそう。「なんでクズマンジュウなんか食べさせたんだ」「古新聞を売ったお金が入ったので、せめて子どもたちの好きなものを食べさせてあげようと思って。お医者様は入院させた方がいいと・・・」「金のことが心配なのか。金なんかどうにでもなる。早く車屋さんを呼んでこい」と長男に言いつける。自転車に飛び乗って、長男は車屋へ。かくて入院の運びとなった。和室の病室で一同が待機していると医者の診察が始まる。「この分なら御心配はいりません」という結果に岡島は安堵、長男と家に戻ろうとする。すが子が「ここの支払い、大丈夫?」と問いかけると、岡島はさびしく肯いて帰路についた。
 やがて退院。家族一同は大喜びで家に戻る。岡島と長男、長女は車座になって「手遊び」を始めたが、すが子が箪笥を開けると、中の着物はすべて無くなっていた。驚いて「箪笥の中は空っぽよ」と言うと「そのおかげで、美代子はこんなに元気になれたんだ」と手遊びを続ける。長男がすが子も誘い、やがて四人の手遊びが始まった。子どもたちは大喜びだが、これからのことを思うと、すが子は浮かれられない。精一杯はしゃいでいる岡島を見つめ、そっと涙をぬぐうすが子の姿は天下一品、夫婦、親子の絆が見事に結実した名場面であった、と私は思う。
 次の日も岡島は職探し、職業紹介所の前で珍しい人物に出会った。学校時代の恩師、大村先生である。今では教職を退き、女房(飯田蝶子)と一緒に「洋食屋」を始めたという。「手伝ってもらえないか。その代わりに君の就職口を世話するよ。これでも文部省に知り合いが居るんだ」という依頼に「恩返しのつもりで」と同意、しかし、その手伝いは宣伝の旗持ちだったとは・・・。二本の幟を担いで、先生はビラ配り、「カロリー軒のライスカレー」を広めようとしているのである。たまたま、その情景を市電の中からすが子たちが目にする。岡島の就職を知人に頼みに行く途中であった。
 岡島が帰宅すると、すが子の様子が素っ気ない。「お前も出かけたのかい」「あなたの口を頼みに行ったんです」「それでどうだった」首を振りながら「それより、途中で大変なものを見てしまったんです」「何を?」「あなたを見てしまったんです。あんなことまでしてほしいと頼んでいません」。岡島は悄然として「あの爺さんは、昔の先生なんだ。手伝いをすれば就職口を世話してくれると言うもんだから」「当てになるんですか」「困ったときは、当てにならないことでも当てにするもんだ」。しみじみと窓の外の洗濯物を見つめながら「オレも昔のような覇気がなくなった」と呟く。その姿を見て、すが子の気持ちが変わった。「あたしも、先生の所にお手伝いに行きます!」
 かくて四、五日後、カロリー軒では大村先生を囲んで同窓会が開かれる。岡島が幹事を務めたのだろう。懐かしい面々が一堂に会して昔話に花が咲く。自慢のライスカレーにビールで乾杯、かいがいしく手伝うすが子の姿もある。岡島の子どもたちも手伝いに来ていた。長女はスプーンを配り、御相伴に預かるといった按配で、実に賑々しく活気あふれる雰囲気であった。先生は紋付き羽織に着替えて、威儀を正し、一同に訓示する。その後で「誠に相済まないが、会費は頂戴する」といった一言が可笑しかった。宴もたけなわという時、郵便が届いた。先生が開けると、「岡島の就職口が見つかった」という文部省からの知らせであった。「栃木県の女学校で英語の先生を求めている。君は英語は達者かね」。岡島は一も二もなく承諾、「とにもかくにも行くことに決めようね」とすが子に言えば、寝ている次男を見つめながら「きっといつかは東京に帰って来れますわ」と、都落ちの思いを噛みしめる。
 いよいよ大詰め、すが子も宴席に加わると、遅刻の常連だった同窓生もやって来た。先生の「君は相変わらずだね」に皆は大笑い、一同が起立して「寮歌の合唱だ!」。「三年の春は過ぎやすし 花くれないのかんばせも 今わかれてはいつか見む・・・」と歌いながら、大村先生と岡島は、ふと涙ぐむ。「よかったなあ、おめでとう」「ありがとうございました」という師弟の絆が浮き彫りされ、やがて二人には笑顔が・・・、岡島の覇気は今、蘇ったかと思われるうちに、この映画は「終」を迎えた。
 この映画の見どころは満載だが、一に、子どもたちの生き生きとした姿であろう。長男・菅原秀雄の利かん気、腕白振り、長女・高峰秀子のやんちゃ振り、おしゃまな風情、さらに次男の可愛さも見逃せない。彼の演技は「泣く」「眠る」「手足を動かす」「じっと見つめる」程度だが、思わず抱きしめてみたくなる魅力を放っている。二に、大村先生の飄々とした風格である。ある時は厳しく、ある時はコミカルに、そして極め付きは温もりのある優しいまなざし、まさに「我が師の恩」を感じさせる教員の姿を、齋藤達雄は見事に演じきった。小津安二郎監督は、以後も「一人息子」(1936年)でトンカツ屋になった元教員(笠智衆)、「秋刀魚の味」(1963年)でラーメン屋になった元教員(東野英次郎)を描いている。その初代としての貫禄は十分であった。三に、岡島を演じる岡田時彦とすが子を演じる八雲恵美子の「夫婦愛」である。どこか型破り、反骨心旺盛だが頼りない夫に、気をもみながらも付いていく健気な妻、「夫唱婦随」の生き様に秘められた愛情が鮮やかに描き出される。二人は前年作の「その夜の妻」でも、夫婦役として共演しているが、その時に比べて「絆」がいっそう強まっているように、私は感じた。 
 終わりに、この映画のタイトルは「東京の合唱」と書いて「東京のコーラス」と読む。しかも寮歌をコーラスするなど、現代では唐突とも思われるが、そのコーラスが登場するのは大詰め、しかもエンディングを飾るという演出は心憎いばかりである。数多い小津映画の傑作の中でも、屈指の名品であることは間違いない。(2017.5.31)



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2017-05-30

付録・邦画傑作選・「隣の八重ちゃん」(監督・島津保次郎・1934年)

 ユーチューブで映画「隣の八重ちゃん」(監督・島津保次郎・1934年)を観た。(戦前の)ホーム・ドラマのはしりとでも言うべき佳品である。登場するのは、東京郊外(多摩川べり、あるいは江戸川べり)に隣同士で暮らしている二つの中流家庭、服部家と新井家の家族である。タイトルにある八重ちゃん(逢初夢子)は、服部家の次女、女学校に通い、父・昌作(岩田祐吉)、母・浜子(飯田蝶子)と暮らしている。隣の新井家には父・幾造(水島亮太郎)、母・松子(葛城文子)、長男・恵太郎(大日向伝)、次男・精二(磯野秋雄)が居る。恵太郎は帝大生、精二は(旧制)○○生、今日も家の前でキャッチボールをしている。精二は野球部のピッチャーとして、甲子園を目指しているので、兄の恵太郎が特訓をしている景色である。その時、ボールが逸れて服部家のガラスを割ってしまった。出てきたのは、八重子「また、割ったの」と言うところに、母の浜子が銭湯から帰ってきた。「どうも、すみません」と謝る恵太郎に「いいんですよ、男の子は元気が良くてうらやましい」などと責める様子もない。両家は家族ぐるみの交流をしているようだ。ガラス屋(阿部正二郎)が修理に来て終わると、浜子が「いくら?」と訊ねる。「お代は向こうのお宅が払うことになっています」「いいわよ、こっちで払うから。いくらなの?」「15銭です」「高い、10銭にしときなさいよ。またすぐに頼むんだから」といったやりとりが、たいそう面白かった。
 次の日だろうか、恵太郎が大学から帰宅すると鍵がかかっている。垣根を乗り越えて、服部宅へ、「おばさん、腹減っちゃった」「お茶漬けでよかったら、お食べ」、浜子は市場へ買い物に。そこに、八重子が友だちの真鍋悦子(高杉早苗)を伴い帰宅する。「あの人帝大でしょ」「独法よ」。八重子が着替えをするのを見て、悦子が「あなたのオッパイ、いい形ね。あたしのはペッチャンコ・・・」などと言う声を聞いて、恵太郎はドギマギ・・・、「はしたない話してるねえ、男性の居る前で」「いいじゃないの、女同士だもの。それより、近頃、恵太郎さん、そんなことに興味があるの」とやり込められた。その日の夜だろうか、服部宅で、両家の主人が二人で酒を酌み交わしている。宴もたけなわ、昌作が盛んに気炎をあげていると、この家の長女・京子(岡田嘉子)がやって来た。玄関で泣いている。嫁ぎ先を出てきたらしい。酔いも覚めて幾造は自宅に戻る。「困った。嫁に行った京子さんが帰ってきたんだ」「まあ、奥さんもさぞ心配でしょう」「死んでも帰らないと言ってるんだ」。
 その翌日だろうか、翌々日だろうか。いずれにしても日曜日、両家の主人は連れだって釣りに行った模様・・・。恵太郎と精二がキャッチボールの練習をしていると、隣家から言い争う声が聞こえる。京子が働きに出たいと言い、浜子がそれに反対しているのだ。京子が「カフェで働けば、私一人で生きて行けるわ」「まあ、何ていうことを!それでは世間に顔向けができない」。興奮した浜子は下駄をはき違えて隣家に赴く。途中で、精二と恵太郎に向かって「またガラスを毀しちゃ困るよ!」、いつもとは違う豹変振りに、あっけにとられる二人の姿がたまらなく可笑しかった。恵太郎は、練習を中断して、京子に会いに行く。「あたし、どうしていいか、わからないの」「くよくよしないことです」などと語り合うちに、八重子が友だちの病気見舞いから帰って来た。恵太郎と京子の姿を見ると、プイとして精二の所に行き「精二さん、遊ばない」「でも、こんな恰好で汚れているから」「洗えばいいじゃないの」・・・、結局、八重子と精二、恵太郎、京子の四人で映画を観に行くことになった。映画はベティー・ブープのアニメーション、観客は笑いこけているが八重子は面白くない。隣には精二、京太郎の隣には京子が座っているからだ。映画館を出ると、京子の奢りでシャモ鍋を食べに行く。新井宅では釣りの獲物を天ぷらにして、主人同士が酒を汲み交わしている。京子もシャモ屋で酒を注文、恵太郎に勧める。自分もしたたか飲んで酔いつぶれ、帰りのタクシーの中では、恵太郎にしなだれかかる。「お姉さん、迷惑よ」「いいじゃないの、奢ってあげたんだから少しくらい迷惑かけたって」そんな姉の姿に八重子は不潔感をおぼえたか、表情は曇るばかりであった。  
 また、次の日か、川縁の道を恵太郎と京子が散歩している。京子は「逢瀬」を楽しんでいる風情だが、恵太郎はどこか辟易としている様子。土手に腰を下ろして、京子が「あたし、もう一度、娘に戻りたい。でも、八重子のように純にはなれないわ。ねえ、恵ちゃん、あたしのこと愛してくれない」と言ったとたん、恵太郎は「もう、帰ろうよ」「イヤ、あたしは帰らない」「では、ボクは一人で帰るよ」と言い残してその場を去った。後ろから「逃げるの」という声が聞こえる。
 翌日は、いよいよ精二たちの野球大会(甲子園行きの予選)。八重子と恵太郎も応援にかけつける。試合は一進一退、延長戦にもつれ込んだが、精二の投打にわたる活躍で優勝することができた。甲子園行きが決まったのである。三人が大喜びで帰宅すると、松子が沈痛な面持ちで言う。「大変なことが起きたんだよ。八重ちゃん、あんたのお姉さんが家出したんだよ」。家では浜子が、京子の置き手紙を手にして泣いていた。「こんなことになるんじゃないかと思っていたんだよ」恵太郎もやってきて「大丈夫、帰ってきますよ」と慰めるが「だって、死にたいって書いてあるんです」と置き手紙を手渡す。「おばさん、とにかく探してきます」と、八重子と連れだって探しに出た。思いあたるのは、昨日の土手あたり、二人はくまなく探したが京子の姿はどこにもなかった。そして「何もかもがいっぺんに来た」。服部に朝鮮への栄転の知らせが入ったのである。京子のことに関わってはいられない。服部は業務の引き継ぎ、引っ越しの手配、新井は新聞社へ「尋ね人」の広告依頼、残った者は荷造り、トラックへの積み込みと忙しい。やがて、服部が迎えの車に乗って帰ってきた。まもなく出発の時が近づいたのである。名残を惜しむ浜子、「今後のことはよろしくお願いします。京子のことが気がかりで・・・」「今さら何を言っているんだ、さあ行くぞ」、浜子は八重子に促されて泣く泣く車に乗り込む。精二が「おばさん、さようなら」と言えば「甲子園、頑張ってね」という言葉。こんな時でも、相手のことを気遣う浜子の姿は、当時の日本女性の典型であろうか。
服部家の出発を見送った恵太郎と精二がキャッチボールをしていると、ひょっこり八重子が帰ってきた。「見送ってきたわ」「八重ちゃんの本箱と机、運んでおいたよ」。八重子は女学校を卒業するまで、新井家に下宿することになっていたのである。「もう、隣の八重ちゃんじゃないわ。アハハハハ」と屈託ない八重ちゃんの笑いで、この映画は「終」となった。
 気がかりなのは、京子の行方だが、そんなことには頓着しないことが、この映画の特長だと思われる。基調にあるのは、あくまで健全な生活意識であり、公序良俗と醇風美俗の空気が色濃く漂っている。その中で、京子の風情は異色、異端であるばかりか、不貞の匂いさえ感じさせる。嫁ぎ先との不和で実家に舞い戻るケースは少なくない。例えば、樋口一葉の「十三夜」、家に逃れてきた娘・せきに向かって、父は「子供と別れて実家で泣き暮らすなら、辛抱して夫のもとで泣き暮らすのも同じ」と諭す。娘もそれを聞き入れて嫁ぎ先に戻るが、それは明治時代の話、服部家の父・昌作、娘・京子には、そんな「絆」はほとんど感じられない。なるほど、たとえ戦前(の家庭)であっても、時代は確実に変わっていったのだということを痛感した次第である。
 八重子もまた、空き家になった自宅を眺めて、お姉さんは帰っていないかと一瞬、思いを馳せるが、その曇った表情が、すぐに屈託ない笑顔に変わる。そこらあたりが、この映画の魅力であり、ホームドラマの原点といわれる所以であろう。それにしても、今、京子はいったいどこで何をしているのだろうか。下世話好きな私にとっては、実に興味深い問題である。嫁ぎ先に戻ったか、カフェで働き口を見つけたか。いずれにせよ、置き手紙に書いてあるような結果にはならないだろうことは、確かなのだが・・・。
(2017.5.30)



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2017-05-30

劇団素描・「橘小竜丸劇団」《芝居「喜太郎街道」で、悪夢が蘇る、嗚呼・・・》

【橘小竜丸劇団】(座長・橘小竜丸、橘鈴丸)〈平成27年7月公演・小岩湯宴ランド〉
 芝居の外題は「喜太郎街道」。御存知、大衆演劇の定番・・・。一宿一飯の義理で善良な親分(桜木英二)を手にかけた浅間の喜太郎(座長・橘鈴丸)、といっても腕は親分の方が上、「おめえさん、どうしてこんなことをしなさる」と問えば、喜太郎「へえ、10両貰って好きな女の病を治しとうござんす」、「そうか、オレの命も長くはない。どうぞお殺んなせえ」というや否や、喜太郎のドスを自分の腹に突き刺した。あまりのことに喜太郎は驚愕、「おめえさんはまだ人を殺めたことがない、これから堅気になって、親孝行をしなせえ」と言いながら親分は落命間近。そこに駆けつけたのは親分の二代目(花道あきら)、「誰にやられなすった」と問えば「浅間の喜太郎という旅鴉、だが、あいつはまだ人を斬ったこともない若造だ。仇をうつことはならねえ、実は・・・」と言いかけて親分は息絶えた。喜太郎、稼いだ10両を女に届け、両親の居る故郷へ・・・、とここまでは順調に進んだが、後がいけなかった。喜太郎、生家の前で逡巡する。「親父には逢いたいが、あの鬼婆は苦手だ。でもオレを勘当した時とは変わっているかもしれねえ。一つ試してみよう、おい!鬼婆!いるか」と中に叫んで逃げ出す。「誰だ!」と言って出てきたのは喜太郎の母(座長・橘小竜丸)。その様子を見て、客席前列の贔屓筋が「嬌笑」した。その一瞬で、この舞台模様は崩壊した。座長・橘小竜丸、その「嬌笑」を受け容れるように「夜の部は目立つぞ!」と言いながら、次々と景色を壊していく。喜んでいるのは一握りの贔屓筋だけ、残りの客は無言のまま、次々と席を立っていく。その惨状も私には一興であったが、喜太郎と鬼婆の「じゃれあい」、二代目の花道あきらとの「絡み」も意味不明のアドリブ頻発で、芝居の時間は20分も延びてしまった。大詰めを「喜劇仕立て」にすることは悪くない。私はその成功例を「ひと丸劇団」の舞台「木曽恋鴉」で見聞している。しかし、喜劇ほどむずかしいものはないのである。客を笑わせようとすればするほど、客は白ける。橘龍丸時代の舞台でも「客との呼吸合わせ」が目立ち、景色を壊しまくる結果になることが多かった。私は前回の見聞で「夢よもう一度」、「心機一転、桜木英二や花道あきらの胸を借りて、若手連中よがんばれ!」と綴ったが、今回の舞台を観る限り「悪夢は蘇る!嗚呼・・・」と嘆じる他はなかった。



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2017-05-29

劇団素描・「橘小竜丸劇団」、心機一転!若手連中よ、がんばれ!

【橘小竜丸劇団】(座長・橘小竜丸、橘鈴丸)〈平成27年5月公演・小岩湯宴ランド〉
 三年前(平成24年7月)、私はこの劇団について(座長・橘龍丸について)以下のように綴った。〈座長・橘龍丸は弱冠21歳(?)、心意気も「スター気分」で悪くはないが、経験不足は否めない。洋舞の実力は、父親ゆずりで(斯界)ピカイチ!(女形舞踊は、座長・橘小竜丸には及ばない)。しかし、それが芝居にまで及ぶとは限らない。公演中盤での芝居「丹下左膳」を見聞したが、屈折した人物像(主人公・丹下左膳の心象風景)の描出にはほど遠く、左手一本の「立ち回り」だけでは、物足りない。芝居の鉄則は、相手との「呼吸」をはかること、人物に「なりきる」(役に徹する)こと、だと思われるが、まだ「人気者・龍丸が(学芸会並の)一人芝居をしている」といった域から抜け出すことができなかった、と私は思う〉。件の橘龍丸は今年5月で座長を姉・橘鈴丸に譲り、現在は「休団」して修業中とのこと、「実力」よりも「人気」が先行することの「虚しさ」を実感したか、その誠実・真摯な姿勢に拍手を贈りたいと思う。その穴を埋めるかのように、「表看板」には、橘小竜丸、鈴丸以下、特別出演・美月流星、たちばなゆり、たちばな佑季、たちばな千夏、たちばな百花、たちばな朱音、たちばな三倖、たちばな理華、橘亮之丞、桜木英二、桜木八重子、花道あきら、といった面々が名を連ねている。中でも、桜木英二は「劇団さくらぎ」座長、花道あきらは「鹿島順一劇団」の花形といった経歴で、どんな舞台模様が展開するか、期待を込めて開幕を待った。昼の部・芝居の外題は「村八分」。村に入り込んだ流れ者(座長・橘小竜丸)は、ある三人姉弟(姉・座長橘鈴丸、弟・芸名不詳の女優、妹・芸名不詳の女優)に目を付け、一稼ぎしようと企む。姉は達者だが、弟は唖、妹は知恵足らず・・・。妹に国定忠治の居所をお上に訴えさせ、その褒美金を横取りした。そのことを村人に言いふらし三人姉弟を「村八分」にしようとする魂胆。妹をおびき出して扼殺、井戸で溺れ死んだことにして遺体を運び込んできた。真相を知った姉にまで襲いかかろうとするのを見て、弟は流れ者を刺殺、姉はその身代わりとなって捕縛される。大詰めはお白州の場、「流れ者を殺したのは自分!」と必死で訴える弟に向かって、奉行は「お咎めなし」という裁きで舞台は大団円となったのだが・・・。「出来映え」は「今一歩」、実力者・橘小竜丸の演技は冴えわたっていたが、橘鈴丸以下、他の役者にとってはまだ「荷が重すぎた」。夜の部・芝居の外題は「闇の中を行く三度笠」。武州の侠客・小金井小次郎(座長・橘小竜丸)が川越の悪代官を成敗しての凶状旅、立ち寄った茶店の姉妹(たちばなゆり?、たちばな千夏?)、土地の二代目親分(橘鈴丸)の窮地を仇役親分(桜木英二)、間抜けな用心棒(花道あきら)から救うお話だったが、座長・橘小竜丸の風格を除いては、特筆すべき内容はなかった。
 いずれにせよ、橘龍丸のぬけた「橘小竜丸劇団」は、今まさに「心機一転」、「蒔き直し」を図る時代に入ったようだ。かつて(7年前には)綺羅星のごとく居並んでいた老優、松原チドリ、志賀カズオ、喜多川シホらの「実力」と若手役者の新鮮な息吹が「渾然一体」となった名舞台の数々が思い出されて、「夢よもう一度」と念じつつ帰路に就いた次第である。桜木英二、桜木八重子、花道あきららの「胸を借りて」、若手連中よ、がんばれ!



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2017-05-27

付録・邦画傑作選・「祇園の姉妹」(監督・溝口健二・1936年)

 ユーチューブで映画「祇園の姉妹」(監督・溝口健二・1936年)を観た。祇園の芸妓として生きる姉妹の物語である。姉は梅吉(梅村蓉子)、妹はオモチャ(山田五十鈴)と呼ばれている。その借家に、木綿問屋主人・古沢(志賀廼家辯慶)が転がり込んできた。店が倒産、骨董・家具などが競売されている最中、夫人(久野和子)と大喧嘩して家を飛び出して来たのだ。古沢は梅吉がこれまでお世話になった旦那、「よう来ておくれやした」と梅吉は歓迎するが、オモチャは面白くない。新しい女のあり方を女学校で学んだ彼女は、男に尽くして食い物にされている姉の姿が不満なのである。八坂神社をお詣りしながら、「あんな古沢さんを居候にするのは反対や」、「これまでお世話になったのだから恩返しをするのは当たり前や」「姉さんは世間の評判を気にして、いい女になろうとしているが、世間が私たちに何をしてくれたというの」といった問答を重ねる姿が、たいそう可笑しかった。たまたま朋輩と出会い、「オモチャさん、あの木村さんがあんたに“ホの字”なのよ」という話を聞く。「なんや、あほらしい」とその場はやり過ごしたのだが・・・。
 オモチャが置屋に顔を出すと、女将(滝沢静子)の話。「今度の“御触れ舞”に梅吉さんを出したい。芸は申し分ないけど“ベベ”がねえ」、それなりの衣装が揃えられるか、という打診である。どうしても梅吉に出てもらい、有力な旦那に巡り合わせたいオモチャは「“べべ”の方は私が何とかします」と請け合った。折りしも、やってきたのが呉服屋丸菱の番頭・木村(深見泰三)、オモチャにねだられて、最高級(50円以上・現在の35万円以上)の反物をプレザント、そこまでの「やりとり」(男心をくすぐるオモチャの手練手管)は実にお見事で、私の笑いは止まらなかった。
 やがて、“御触れ舞”の日、骨董商・聚楽堂(大倉文男)が泥酔し、梅吉の家を訪れる。古沢とは顔馴染みで「古沢さん、私が売った軸が売られている様子を見て、実に情けなかった」と絡む。古沢は「やあ、実に面目ない、ところで少し小遣いを融通してくれないか」と頼み込む始末、聚楽堂の財布には大枚の札束があることを見届けたオモチャは、「お家までお送りします」と連れ出した。ハイヤーに乗り込み、行き先は茶屋町の待合へ。聚楽堂が酔いから覚めて「ここはどこや、あんたは誰や」と驚く。オモチャは平然と「まあ、一杯お飲み」と酒を注ぐ。「私は梅吉の妹や」と言いながら、姉さんがあんたさんにお世話してもらいたいと思っている、ついては居候の古沢さんを追い出したいので手切れ金を、とせがむ。聚楽堂もすぐにその気になって100円(現在のおよそ70万円)を手渡した。
 オモチャはその金を持って帰宅。梅吉の留守を見計らって古沢に話をつける。「お姉さんは、本当は迷惑なんや、それを言い出せないでいるから、わてが言うわ。これを持ってどこぞへ往んでくれへんか」と50円(現在のおよそ35万円)を手渡した。もとより、遊び人の古沢、長逗留する気などさらさらない。「わかった、ほんじゃ出て行くわ、おおきに」と言い残して、この家を後にした。行き先はいずこへ・・・。
 帰宅した梅吉、「古沢はんは?」と訝ったが、オモチャは平然と「どこぞへ往ってしもうたわ」「なんや、お別れぐらい言うてほしかった、つれない人やなあ」「それみい、男はんなんて、みんなそんなもんや」。オモチャの計略はまんまと成功したのである。
 一方、呉服屋丸菱では、番頭・木村の反物着服が発覚、主人・工藤三五郎(進藤英太郎)は木村を叱りつけている。「あれを誰にあげたんや」「オモチャさんです」「よし、ワシが話をつけてくる」と、梅吉宅に向かった。ここでも、オモチャは工藤を平然と迎え入れ、愛嬌たっぷりに、酒をもてなす。当初は意気高々、こわばっていた工藤の表情が、オモチャの一言一言によって崩れていく景色は抱腹絶倒、ここでも私の笑いは止まらなかった。
 かくて、オモチャは工藤の愛人となる。木村に「あんな女に騙されて情けない。今後は絶対にかかわるな」と言うだけでお咎め無し、夫人(いわま櫻子)は「あんた、うまいことゆうて丸めこまれたんと違いますか」と思ったのだが・・・。
 梅吉の家に聚楽堂がやってきた。オモチャは「姉さん、うまいことやりいや」と言い残して工藤との密会に出かける。しばらくすると、木村がやって来ていわく「今、途中で古沢さんに会いました」「どこで」「八坂下です。銘茶店で居候しているようですよ」梅吉は聚楽堂が止めるのも聞かず、一目散に古沢の元へ、聚楽堂も追いかけて二人とも居なくなった。木村は留守番の態でそこに居残っている。梅吉が銘茶店に赴くと「よう、ここがわかったな」「黙っていなくなるなんて、あんまりでは」「いや、オモチャさんからお前が迷惑しているからと聞かされて、出たんだ」「やっぱりオモチャが謀ったんだ」「ここは、実に住み心地がよい。お前も来たらどうだ」、梅吉にもようやく事態がのみこめたようだ。
 一方、オモチャは工藤と洋風レストランで密会、しかし工藤は財布がないことに気づいた。おそらく、あの時、梅吉の家に置き忘れたのだろう。それともオモチャが掠め取ったか。ともかくも、二人は梅吉宅を探すことにした。戻った二人は、そこに木村が居るのを見て仰天する。「お前、こんなところで何をしてるんや、アホ!」と工藤が叱りつけたが、今度は木村も黙っていない。「大将、何ですねん。わしを叱っといて、このザマは」。「お前、主人に向かって何ていうこと言うんや、すぐに暇出したる!はよ、ここから出て行け」と罵られたが、オモチャに向かって「大将は、オモチャさんの、まさか・・・」「へえ、わての旦那さんです」「ようそんなことが言えるな、このドタヌキめ!」「わてら芸妓や、時には嘘もつきまっせ、たった反物一枚でええ男ぶりやがって」「何!」と掴みかかろうとする木村を工藤がはねのける。木村はもうこれまでと覚悟を決めた。「よう、おぼえておけよ」と捨て台詞を残して立ち去った。
 木村は、この事実を工藤の夫人に電話で連絡、帰宅した工藤と夫人の間に丁々発止のバトルが始まる。「ええ年して、まだ極道が止みまへんのか!」その頃、木村もまた極道の世界へ赴いていた。
 古沢の元から小走りで戻った梅吉も覚悟を決めた。手早く荷物をまとめ始める。「姉さん、聚楽堂さん喜んだやろ」と話しかけたが「わてはこの家、出て行くさかい。みんな古沢さんから聞いたえ」「古沢さんに会うたんか。姉さんお待ち!」という言葉を振り切って出て行った。一人残ったオモチャ、座り込んで「何て、あほなんやろ」と呟く。
 しばらくすると「こんばんは」という声、見知らぬ男が「工藤さんから、お迎えの車が参りました」と言う。オモチャは欣然として衣装直し、化粧を施して車に乗り込んだのだが・・・、運転手(橘光造)がドスの利いた声で話しかけた。「オモチャはん、景気はどうだす。どこぞで遊ぼうか」、オモチャ、キッとして「あんまり心やすう呼ばんといて」「わてはあんさんのこと、よう知っとるで。どこぞの番頭口説いて、ぎょうさん巻き上げたんと違うか」「アホなこと言わんとき」と言い返すが「ええ顔して、ええ旦那さんもなく、相変わらずがつがつしてると思うと、かわいそうなもんじゃな」「はよう、工藤さんの所へ連れてってえな」「工藤さん?あんなしみったれな旦那やめとき。わてが、金ぎょうさん持ってる極道者世話してやるけえ、何だったらわてでもええぜ」「やめとくれやす」「ほんなら、そこのええ男はどうや」。よく見ると、助手席には木村が乗っていた。
 万事休す、どうみてもオモチャに勝ち目はない。彼女も覚悟を決めて車から飛び降りた。それとも落とされたか、重傷を負って病院に運ばれた。その知らせが、梅吉のもとに入る。あわてて梅吉は病院へ。古沢も「後から駆けつける」と言う。
 病院には包帯姿のオモチャ、「まあ、まあ、こんなことになるなんて、男はんの心を弄ぶからこんなことになるんや」と諫めたが「こんなことで、男に負けるもんか、わては負けはへん」と叫んでいる。ともかくも安静にと頼んで、梅吉が古沢の元に戻ると、その姿は消えていた。突然、奥さんから電報が届いて、奥さんの故郷に向かったと言う。そこで新しく人絹工場を始めるらしい。なんぞ書き置きでもと訪ねると「わしのような頼りない男ではなく、もっといい旦那を見つけてくれ」という伝言だった由。
 傷心の梅吉はやむなく病院に戻る。オモチャの傍らで泣いていると「どうしたんや、そんな不景気なもの出して」「古沢さん、急に故郷に帰ってしまったんや、わてには何にも言わんと」「そんなこっちゃ、みとうみ。なんぼ実を尽くしても、自分の勝手な時には、わてらを捨てて行ってしまうんや」「わては、それでええねん。するだけのことをしてきたんだから、古沢さんも喜んでくれるやろ。世間にだって立派に顔を立ててきたんやから」「そやけど、それで姉さんはどうなった?世間に立派な顔をたてたやろうけど、世間はいったい何をしてくれた。古沢さんは喜んだやろ、けど、姉さんはどうなった。ええ暮らしができるようになったか、黙って言うなりになって、ええ人間になっても、どうもしてくれはらへんねん。商売上手にやったら腐ったやっちゃと言われるし、わてらはどうすればいいのや。わてらにどうせいと言うのや。何で芸妓なんて商売、世の中にあるんや。何で泣かなあかんのや。こんな間違ったもの・・・、なかったらええのや。」とオモチャもまた号泣するうちに、この映画は「終」となった。
 さすがは、女性映画の巨匠・溝口健二監督の「傑作」である。見どころは何と言っても、山田五十鈴のはじけるような魅力であろう。二十歳そこそこの若さで、中高年の男心をくすぐり、弄ぶ手練手管の数々を十分に楽しめる。その根底には、「男なんかに負けてたまるか」という確固たる意志と意地が横たわっている。オモチャの「何で芸妓なんて商売があるんや」という怒り、憤りは、監督・溝口健二自身の当時の思い(フェミニズム)を代弁して余りある。
 ほとんどの登場人物が和服を着ている中で、さっそうと洋服を着こなし帽子をかぶる姿が、「新しい女」の息吹を象徴している。比べて、姉・梅吉の梅村蓉子は心身ともに和風、義理・人情を重んじ、まず相手の立場・気持ちを忖度する。正反対の「生き様」だが、姉妹の絆はしっかりと結ばれている。オモチャにとって梅吉は、誰よりも大切な人、その姉を守るために「危ない橋」も渡らなければならなかったのだ。
 この姉妹に比べて、男たちの「生き様」は、どれをとっても喜劇的である。オモチャに手切れ金の半額とも知らずに渡されて、あっさりと遊びに行く古沢、色香に迷い、30万円以上の反物を騙しとられた木村、それを取り返しに行って「ミイラ取りがミイラになった」工藤、オモチャの口車に弄ばれる聚楽堂などなど、間抜けで助平な男の「本質」を、志賀廼家辯慶、深見泰三、進藤英太郎、大倉文男といった男優陣が見事に描出していた。異色なのは運転手役の橘光造、関西ヤクザの勲章とでも言うべき、ドスの利いた「立て板に水」の啖呵は、オモチャを思わず車から飛び降りさせるほどの迫力があった。 
 この映画を、女性映画の名手・成瀬巳喜男監督の「噂の娘」と比較する向きもあるようだが、それは野暮というものである。生い立ちでは、溝口が先輩、ともに東京出身、経歴も似ているが、女性観には大きな差が感じられる。溝口の姉は芸者上がりの子爵夫人、自分も「痴話喧嘩のもつれから、同棲中の一条百合子(別れた後、貧しさのため娼婦となる)に背中を剃刀で切られるという事件」(ウィキペディア百科事典から引用)を起こしていることなど、「女の性」「女の怖さ」を知り尽くしているように感じる。一方、成瀬は当時の花形女優・千葉早智子と結婚、一子をもうけたが3年後に離婚、子どもは千葉が育てたという。成瀬のモットーは「女性賛歌」、もっぱら「女のたくましさ・したたかさ」を畏敬する姿勢が窺われる。言い換えれば、溝口の女は濡れており、映画は悲歌をベースにしているが、成瀬の女は乾いており、映画は謳歌をベースにしている。さればこそ、「比べようがない」のである。
 ただ一点、二人に共通しているのはフェミニズムという「人権思想」であることはたしかであろう。
(2017.5.27)



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2017-05-27

付録・邦画傑作選・「噂の娘」(監督・成瀬巳喜男・1935年)

 ユーチューブで映画「噂の娘」(監督・成瀬巳喜男・1935年)を観た。東京にある老舗「灘屋酒店」の家族の物語である。主人・健吉(御橋公)は婿養子に入ったが、妻はすでに他界、義父・啓作(汐見洋)、姉娘・邦江(千葉早智子)、妹娘・紀美子(梅園龍子)、他に使用人数名と暮らしている。向かいの床屋(三島雅夫)が客と話している様子では、「灘屋は最近、左前。隠居の派手好きがたたったか。主人の健吉は、傾きかけた店に婿養子として入って大変だ」。健吉にはお葉(伊藤智子)という妾がおり、料理屋を任せている。繁盛しているが、お葉はその店を売り、健吉に役立てようと考えている。姉・邦江の気性は旧来の和風気質、父の稼業をかいがいしく助け、祖父の遊興も許容している。親孝行の典型といえよう。他方、妹・紀美子は正反対、帳場の金をくすねて遊びに行こうとする。邦江に咎められると「いいわよ、今度のお姉さんのお見合い、付き添ってあげないから」。その縁談は、健吉の義弟(邦江の伯父)(藤原釜足)が持ち込んだ。先方は大店・相模屋の息子・佐藤新太郎(大川平八郎)。健吉はあまり乗り気ではなかったが、邦江は「幸せになれそうだ」と思った。なぜなら、自分がこの家を出れば、その後にお葉を迎え入れることができる。しかも、自分と妹は腹違い、紀美子はお葉の娘なのだから。健吉とお葉、紀美子の三人で暮らせるようにすることが、邦江の「幸せ」なのである。しかし、紀美子はそのことを知らない。紀美子はお葉を、父の「妾」に過ぎないと敬遠気味であった。
 邦江は、自分の「幸せ」を実現するために、お葉自身、祖父、伯父、そして父に「話をつける」。お葉を迎え入れることは、皆が同意、それとなく紀美子にも話して見たのだが「私、お父さんのお妾サンなんて、お母さんと呼べないわ」という答であった。
 邦江の縁談は、妙な方向に進んでしまった。相手の新太郎は、付き添った紀美子の方を気に入っった様子、伯父は「あんなお転婆のどこがいいのやら。今の若い者の気持ちがわからない」と嘆く。「でも、この縁談は紀美子の方に変えようか」と持ちかけるが、健吉は不同意、「邦江の気持ちも察してやらねば」と、このことは邦江にも紀美子にも隠しておこうということになった。
 しかし、紀美子と新太郎は、銀座(?)で偶然再会、逢瀬を重ねるようになる。今度は、そのことを知らない邦江と健吉・・・。 
 一方、邦江は、お葉宅からの帰り道、浅草(?)で、家具屋を除いている祖父を見つけた。「着物屋ではなく家具屋を覗くなんて珍しいわね」と言うと「なあに、お前の縁談もあることだからね。でも金は無い。明日は明日の風が吹くだよ。それにしても最近のお父さんは焦っているのではないか、店の酒の味が昔と違う。お父さんが何かしているのではないか。お前が確かめてほしい」と聞かされた。ある雨の日に、健吉が一人酒蔵で何かをしている。問い詰めると「酒の味がもっとよくなる研究をしている」という答であった。
 一抹の不安を抱えながら、邦江は、伯父宅に、見合いの件、お葉の件で訪れる。その帰り道で衝撃的な現場を目撃した。見合い相手の新太郎が、紀美子と連れ立っている姿である。帰宅して紀美子に質すと「お姉さんは何も知らないのよ。新太郎さんは私をお嫁に欲しいと言っているの。叔父さんもお父さんもそのことを知っているのに隠している。私は、偶然、新太郎さんに会って、その話を聞いたのよ」。
 打ちひしがれた邦江は帳場で泣いている。健吉が見咎めて「どうかしたのか」と問いかけたが「何でもありません」と答えるだけであった。
 健吉は、お葉の店を訪ねる。「幸い、良い買手がつきそうです」「すまない」「私は一人でも暮らしていけます」。お葉は、邦江にいい婿を迎え灘屋を再建してもらいたい、自分は娘の紀美子と暮らせればよい、という考えもよぎったか。「明日、紀美子の誕生日だ。その機会に、実母として紹介しよう」と健吉は帰って行った。
 いよいよ大詰め、灘屋の一室では紀美子の誕生祝い、友だちが集まって新太郎からのプレゼント(西洋人形)を眺め、ジャズのレコードで踊っている。そんな折り、伯父から突然の電話が入った。「新太郎の親から、紀美子さんを欲しいと言ってきている。紀美子の気持ちを聞いて欲しい」驚いた健吉「ともかく、聞いてみる」と電話を切る。そこにお葉が訪れた。「二階で待っていてくれ」と言い、紀美子を呼び出す。「お前、お父さんやお姉さんに内緒で、佐藤の倅と親しくしていたというじゃないか。どんなつもりだったんだ!」「・・・・」「お前は、姉さんがどんなに優しい気持ちでお前や、お前のお母さんのことを考えていてくれたか、わかるまい」。一瞬、紀美子の表情が変わった。「今日は、お前に会わせたい人が居る。来なさい」と二階に連れて行く。待っているお葉。見つめ合うお葉と紀美子・・・。お葉の視線は熱い。紀美子の視線は冷たい。「お前を生んだお母さんだ、挨拶しなさい」。紀美子は無言、邦江がお茶を持って登ってきた。「姉さんにも、謝らなければならないだろう。お前や、お母さんや、家のことばかり考えていた姉さんの心を踏みにじったんだ。謝りなさい」邦江は「姉さんには謝らなくてもいいのよ。でも、お母さんには挨拶なさい」と取りなすが、なおも紀美子は無言、健吉はたまらず「今日こそお前のわがままを叩き直してやる」と手を上げると、「今になって、そんなこと言われるなんて、イヤです。お母さんなんていらない!、お父さんなんていらない!、この家なんていらない!」と叫ぶなり、紀美子は階段を降りていく。あわてて追いかける邦江、驚いている友だちの前で家を出る気配をみせる。二階に残されたお葉と健吉は言葉が失っているところに、使用人の小僧がやってきた。「警察の人が来ています。旦那に用があるそうです」。
 向かいの床屋では隠居の啓介が髭を当たってもらっていたが、店の前がただならぬ様子、刑事、警官、野次馬で人だかりができている。床屋が「何か、あったんでしょうか」と心配そうに問いかけるが「なあに、何でもありませんよ」。店を出ると健吉が近づいて「すみません」と頭を下げた。「いいとも、いいとも、なるようになっただけだよ。ああ、行っといで」と優しくねぎらう。床屋が「これからどうなるんでしょう」「看板が変わるだけだ」と吐き捨てた。
 店に残された邦江たち、紀美子はボストンバックを手にして家を出て行こうとするのだが・・・、お葉が紀美子をじっと見つめる。紀美子も見つめ直したとき、ボストンバックは足元に落ちた。その後の経過は誰にもわからない。
床屋では、亭主が次の客(滝沢修?)に向かって「とうとう灘屋も駄目になりましたね。次は何屋になるんでしょう」と言えば、客は笑いながら「いくらか賭けようか」「ようございますとも、また酒屋かな、それとも八百屋かな、八百屋はすぐ近くにあるし・・・」などと思案するうちに、この映画は「終」となった。
 登場人物の隠居・啓作、主人・健介、長女・邦江、伯父、妾・お葉たちは、いずれも和服姿、次女・紀美子と新太郎は洋服姿というコントラストが「生き様」の違いを象徴している。和服姿は、江戸、明治、大正、昭和へと伝統を継承する立場、それに対して、洋服姿は伝統に抗う、洋式の生活意識を求めている。啓作が三味線をつま弾き、俗曲を披露すれば、紀美子はジャズのレコード、ソーシャル・ダンスで対抗する。和服派が重んじるのは「細やかな心づかい」、あくまでも他人との義理・人情を大切にするが、洋服派にとって大事なのは「自己」と「自我」、とりわけ「女が男の犠牲になること」を嫌うフェミニズムなのである。 
 この映画の眼目は、酒屋の名店が「没落」する姿を通して、「滅びの美学」を描出することにあったのか、洋風文化への転換期を描きたかったのか、判然としない。成瀬監督の真骨頂は、同年前作の映画『女優と詩人』に代表されるフェミニズム、「女の逞しさ・したたかさ」だと思われるが、この映画では、和風への「未練」、伝統への「執着」も、いささか感じられた。それというのも、主役を演じた千葉早智子の存在があったからか。彼女は数年後、成瀬監督の夫人に収まる身、その魅力を、和風にするか洋風にするか、という成瀬監督の「迷い」があったとすれば、「むべなるかな」と納得できる。
 いずれにしても、お互いの気持ち、心情を重ねようとする人たちと、陋習を打破して自己主張を大切にする人たちが織りなす人間模様の描出は鮮やかであった。なかでも、悠々と江戸好みの風情を楽しむ隠居老人・啓作を演じた汐見洋の魅力が光っていた。成瀬監督にしては異色の「傑作」であった、と私は思う。(2017.5.26)



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2017-05-26

付録・邦画傑作選・「島の娘」(監督・野村芳亭・1933年)

 ユーチューブで映画「島の娘」(監督・野村芳亭・1933年)を観た。昭和中期以前の世代にとっては、あまりにも有名な流行歌「島の娘」(詞・長田幹彦、曲・佐々木俊一、歌・小唄勝太郎)を主題歌とするサイレント映画(オールサウンド版)である。タイトルと同時に、「島の娘」のメロディー(BGM)が流れ、原案・長田幹彦、脚色・柳井隆雄と示されているので、筋書きも「主(ぬし)は帰らぬ波の底」という歌詞を踏まえて作られたようだ。
 冒頭の場面は、東京湾汽船の甲板、一人の学生が恋人とおぼしき女性の写真を取りだし、海に破り捨てた。その様子を見ていた水商売風の女が近づいて曰く「情死の相手が欲しいなら、私じゃいけません」「余計なお世話です」「短気なマネをしないでね」、しかし学生は応えずに離れて行った。学生の名は大河秀人(竹内良一)、一高出身の帝大生である。女は、酌婦のおしま(若水絹子)、流れ流れて、東京から大島に舞い戻ってきた風情だ。船室に戻って、女衒風の男(宮島健一)にタバコの火をもらう。「また、島の娘をさらいに来たんだね。だからあたしみたいなおばあちゃんが戻ってこなければならなくなるんだ」「人聞きが悪い。これも人助けなんだ」などと対話をするうちに、船は波浮の港に着いた。
 そこの寺川屋旅館では、主人が他界後、屋台骨が傾き、伯父(河村黎吉)、女将(鈴木歌子)が、娘のお絹(坪内美子)を東京に売る算段を女衒風の男としている。それを知ったお絹は(亡父も許した)恋人の船員、月山一郎(江川宇礼雄)と束の間の逢瀬を浜辺で過ごす。「明日の船で東京に売られていきます。あたし、いっそのこと死にたい」「ボクだって死にたい。でも、あなたを死なせたら、可愛がってくれた、あなたのお父さんに申し訳ない」「生きましょう、生きて戦いましょう」「丈夫でいれば必ず合える」。しかし、お絹には「もう、これっきり会えない」予感があった。背景には、小唄勝太郎の「ハー 島で育てば娘十六恋心 一目忍んで主と一夜の仇情け」という歌声が流れ、お絹の「心もよう」が鮮やかに描出される。勝太郎は当時29歳、その美声はこの場面でしか堪能できない逸品だと、私は思った。
 一方、帝大生の大河は、やはり死にどころを求めて大島にやって来たのだ。三原山に登ったが、自然の崇高さに打たれたか、椿の花を携えて麓に降りて来る。盛り場で客引き女に囲まれて料理屋の中へ、そこには船で一緒だったおしまが居た。「よく、もどってきたわね。世間は広いんだ。女に振られたくらいでで一生を無駄にしてはいけない」と優しく酒を注ぐ。辺りでは酌婦連中が、寺川屋の娘が売られていくという話をしている。「かわいそうに、あたしが代わってやりたいよ」「金が仇の世の中さ」。なるほど、寺川屋は土地でも評判の旅館であったことがわかる。時刻は11時を過ぎた。大河は「今夜はそこに泊まろう」と決めた。
 大河が寺川屋へ向かう途中、一郎とバッタリ出会い道を訊ねる。一郎は船主(水島亮太郎)に借金を申し込んだが「二十、三十(円)なら何とかしようが、二千両となると無理だ。悪く思わんでくれ」と断られ、深夜の道をさまよっていたらしい。大河と出会ったのは郵便局の前、そういえば、お絹には兄さんがいた。もしかしたら、兄さんが帰ってきたのかもしれない。「あなたは寺川屋の親類の方ですか」「いえ、旅の者です」。大河と別れた時、郵便局の灯りが消えた。とっさに、一郎は郵便局に忍び込む。二階の金庫に手をかけたとき、灯りが点いた。一郎は二階から飛び降りて逃走したが、その姿を見られてしまった。
 翌朝は一郎の船が北海道に向けて出航する。お絹もまた東京行きの船に乗ることになっていた。寺川屋では、その準備の最中、女将がお絹との別れを惜しんでいると、帳場に大河がやって来た。女衒に「そのお金があれば、解決できるのですね」と言い、財布から百円札を20枚、ポンと手渡す。「あやしい金ではありません。兄から分け与えられたもの、私には必要のない金です」。一同は、びっくり仰天、お絹は島に留まることができたのだ。お絹は、そのことを一郎に知らせようと女中(高松栄子)と一緒に港へ走ったが、船は出航していた。 
 寺川屋では大河に感謝、大河とお絹が四方山話をするうちに、五年前に亡くなった寺川屋の息子は、一高時代、大河の親友であったことが判明、伯父や女将は「倅の引き合わせかもしれません、ずっと長逗留してください」と勧める。
 かくて、大河とお絹の交流が始まった。どうやら大河はお絹に惹かれている様子、三原山に登山行、椿の花を手折り弁当を食べながら、思いを告白しようとしたのだが・・・。お絹はそれを遮って「私には約束した人がいるんです」。大河は一瞬ガックリ、椿の花を投げ捨てたが、「そうだよな。それでいいんだ」と思ったか、亡兄の代わりを務めようと思ったか、お絹の相談にのる。一郎が郵便局に忍び込んだことがわかれば、伯父は結婚に反対するだろうというお絹の心配に「大した罪にはならないでしょう。二人が一緒になれるようボクが伯父さんに取り持ちますから安心して下さい」。伯父も快く承諾した。 
 月日が流れ、大河が東京に帰る日がやってきた。見送りにきたお絹に向かって「楽しい思い出をありがとう。一郎さんが戻ったら幸せな家庭を作ってください」。なぜかおしまも見送りに、「とうとう死なずに帰るのね」「あんたの言ったことは本当だったよ。おかげで美しい世界を見せて貰った。初めからやり直します。ありがとう」。
 まもなく一郎の船も帰港する。その日、お絹は女中と一緒に、いそいそと桟橋に向かったが、降り立つ船員の中に一郎の姿はない。船長がお絹たちを船内に呼び、「僕は二度とお目にかかる資格のない人間になってしまいました。意気地のない僕を許してください。死んでもあなたを護っています。幸せに暮らしてください。お絹様 一郎」という文面の遺書と遺品を手渡す。本人の希望で水葬にしたとのこと、あの時 「もう、これっきり会えない」と思ったお絹の予感は当たったのである。
 お絹は家に戻り、女中と遺品を整理する。一郎の帽子をしっかりと胸に抱きしめ泣いていると、東京から大河の小包が届いた。中には大河の「婚礼写真」の他に「祝い物」が添えられている。お絹と一郎の華燭を寿ぐ品に違いない。お絹は「大河様、おめでとうございます」と呟き、悲しみをこらえる他はなかった。
 大詰めは、お絹と一郎が逢瀬を重ねた海岸の岩場、お絹が海を眺めて佇んでいる。やって来たのはおしま、「お嬢さん、お約束の人、お亡くなりになったんですってね。そうして海を見つめているお気持ち、私にはよく解ります。女はいつも悲しいものですわ。これまでに何度も死にたいと思いました。でも残った親、兄弟のことを思うと死ねませんでした」お絹も応えて「わたし死にません。辛くても我慢して、お母様のために生きて行きます」「私たちこんなに辛い目にあって生きているんだから、年をとってあの世に行ったら、きっと神様が可愛がってくれるでしょう」などと涙ながらに語り合う。やがて、お島は帯に挟んだからウィスキーの小瓶を取り出し、「一郎さんはお酒が好きだったのでしょう。飲ませてあげましょうね」と海に注いだ。その時、聞こえてきたのは小唄勝太郎の歌声、「ハー 沖は荒海吹いた東風(やませ)が別れ風 主は船乗り海の底・・・・」、まさに、この映画の眼目が艶やかに浮き彫りされる名場面であった。その声とお絹、おしまの二人の立ち姿が、大河の言う「美しい世界」を見事に描き出しており、私の涙は止まらなかった。
 この映画の映像は「古色蒼然」、茫として見極められぬ場面も多い。動きもコマ落ちでぎこちない景色だが、さればこそ貴重な作品。戦前歌謡映画の傑作であることに変わりはない。中でも、小唄勝太郎の往時の美声に巡り会えたことは望外の幸せであった。
(2017.5.24)



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2017-05-25

劇団素描・「里見劇団進明座」・《芝居「天保蘇我」の舞台模様》

【里見劇団進明座】(座長・里見要次郎)〈平成20年7月公演・浅草木馬館〉
 「劇団紹介」のキャッチフレーズには〈粋な立ち役、妖艶な女形で魅せます!! 大衆演劇界の先を行く、「里見劇団進明座」が繰り広げる本格派の舞台。大正6(1917)年に創立された老舗劇団。昭和56(1981)年に座長を襲名以来、劇団だけではなく、大衆演劇界をもリードし続ける座長・里見要次郎。芝居一本、舞踊一本を大切に、舞台から感動を贈る・・・。ぜひ、こだわりの舞台をお楽しみください〉であった。里見要次郎といえば、知る人ぞ知る大衆演劇の「立役者」、私は約20年前(昭和63年9月)、十条篠原演芸場での舞台を見聞している。当然のことながら、若手座長として初々しく、艶やかな女形、抜群の歌唱力で「人気絶頂」だった。最近では、今年の1月、大阪・鈴成座の舞台を観た。その感想(「劇団素描)は、以下の通りである。                  
【里見劇団進明座】(座長・里見要次郎)<平成20年1月公演・大阪鈴成座>
約20年ぶりに観る里見要次郎は懐かしかった。かつての「艶姿」は健在であり、それに20年間の舞台経験を重ねた「貫禄」が加わっている。一部の「顔見せショー」では、かつての座員は一人も登場しなかったが、二部の「芝居」では、座長の母・美富士桂子(70歳)、旧座員・里見かずのりの姉(芸名・忘念)が登場、外題は「女小僧三吉」、歌舞伎の三人吉三、弁天小僧、播随院長兵衛をミックスしたような筋立て(喜劇)であったが、女小僧三吉役の座長・里見要次郎、長兵衛「もどき」の里見龍星、その女房・(芸名忘念の女優)、水野十郎左右衛門「もどき」のタカダヒロユキ、日本駄右衛門「もどき」・盗賊の頭(美富士桂子)、南郷力丸「もどき」の三枚目・里見直樹と「役者は揃っており」、安心して(往時をしのびながら)鑑賞することができた。とりわけ、かずのり・姉の成長ぶりは目を見張るほど、かつては純情可憐な娘役がはまっていたが、今や、体格ともども「大年増」を堂々と演じられるようになっていた。
昨年来、ほぼ40余りの劇団を見聞してきたが、どの座長も、特に関西の若手座長は、里見要次郎の芸風を「お手本」にしているような気がする。都若丸、大川良太郎、小林真などの女形舞踊は、その「表情」「所作」「衣装」において「瓜二つ」であり、極言すれば、彼より年下(45歳未満)の役者すべてに大きな影響力を与えているようだ。関東では、梅澤富美男が突出していたが、彼の芸風を継承している役者は見当たらない。今、林友廣の影響力が大きく、林京助、小林志津華、桂木昇らの「男っぽい」「立ち役」が主流を占めているのではないか。
 大歌舞伎界と同様、大衆演劇界においても、関東と関西の違いは歴然としている。関東は「無骨」「淡麗」「粋」「男伊達」、関西は「華麗」「繊細」「ど派手」「愁嘆」を目玉にする傾向は当然だが、いわゆる「くさい芝居」を「くさい」ままに終わらせないところに関西の「実力」(魅力)が秘められているように思う。言い換えれば、関東は「あっさり」していて後に残らない。関西は「こってり」しているが、その「しつこさ」が後を引く、ということである。どちらを好むか、それは観客の自由だが、その両方を兼ね備えているのが「鹿島順一劇団」ではないかと私は思う。

 芝居の外題は「天保蘇我」、歌舞伎・曽我物語「もどき」の「時代人情剣劇」とでもいおうか、三千石の武家には腹違いの三兄弟(長男・ゲスト高羽博樹、次男・里見龍星、三男・里見直樹)がいた。長男は、父(座長・里見要次郎)と気が合わず「日にち毎日」遊蕩三昧、次男は武者修業の旅で留守、三男は「育ちそびれ」て頼りない。あるとき、長男が芸者(里見ベティ)を連れて帰宅、「嫁にしたい」と父に言う。父は「ひと目、見ただけで」拒絶、芸者に向かって「つくばエキスプレスに乗って、北千住から、どこなへと消え失せろ!」と一喝。しかし、長男は従わず、部下と一緒に父を斬殺する。その場を目撃した三男、長男から「今の出来事を見ていたな!」と問い詰められるが、「何も見ていない、見ていない・・・」としらばっくれ、座敷牢に幽閉された。そこに立ち戻った次男、牢の前にさしかかると、三男、突然「正気に返り」、「兄上、この時を待っておりました。二人で父上の仇を討ちましょう」と顛末を報告する。それを知った長男一党、短筒で二人を攻撃。次男は目、三男は足を負傷した。なぜか、長男の朋輩として、いなせな旅鴉(里見要次郎・二役)登場、長男から、「次男と三男が父の敵」と吹き込まれ、二人を成敗しようとしたとき、どこからともなく聞こえてきた「法華の太鼓」、成敗を思いとどまり話を聞くと、事情は「あべこべ」。旅鴉、「朋輩とはいえ許せねえ!、あっしがお味方いたしやす」と改心、ともかく二人の傷を癒そうと「不動の滝」へ案内。食べ物を調達に出かけたが、その隙に長男一党が登場、手負いの二人を斬殺した。何も知らず戻ってきた旅鴉、血まみれの遺骸をみて驚愕、驚きはやがて「憤り」「怒り」へと変わり、「神も、仏もあったもんじゃあねえや。なんでえ、なんでえ、なにが不動様だ。もうこうなったら、しかたがねえ。おい、不動様とやら。オレとこの二人の命を取り換えてくんな。オレの命を捧げるから、どうか二人を生き返らせてみろ!」と叫ぶ。あざやかに自刃するかと思えば、「イテテ・・・」といくつかの「ためらい傷」。それでも、旅鴉、苦し紛れに自刃した。舞台は暗転、何ともいえぬ「絶望感」「寂寥感」に包まれたが、ややあって、「奇跡」は起きた。旅鴉の願い通り、次男、三男は(傷も癒えて)蘇り、命を捧げた旅鴉までもが生き返ったのである。まさに「信心」の「御利益」を眼目にした「宗教劇」の典型、以後は三人揃って、長男を討つという筋書で、めでたしめでたしのハッピーエンド。いかにも「里見劇団」らしく、「明るく」「楽しい」終幕となった。
「キャッチフレーズ」にもあるように、里見要次郎が〈大衆演劇界をリードし続け〉ていることは、間違いない、芝居でも、舞踊でも、この劇団の「景色」が、他の劇団に「取り入れられている」例は、枚挙に暇がないほどである。まさに、現代「大衆演劇」の「源流」といっても過言ではない、と私は思う。
 だがしかし、当然のことながら「老い」は隠せない。その分、脇役が光彩を放たなければならないのだが、現状は「今一歩」、若手陣の奮起を期待する。
ちなみに、「劇団プロフィール」は以下の通りである。〈里見劇団進明座 関西大衆演劇親交会所属。大正6(1914〉年、現座長の祖父・桃中軒雲童(故人)が創立。今年(2008年)で94年目となる老舗劇団。初代座長は山村桃太郎。歌舞伎から流れた役者が60人ほど集まり旗揚げ。現在の里見要次郎座長は、歴代17番目の座長。三味線に生バンドなど、多種多様な舞台でお客様を楽しませている。里見要次郎 昭和38(1963)年生まれ。福岡県出身。血液型O型。「とっかん小僧・里見豆タンク」の名前で、2歳半の時に初舞台。昭和56(1981)年、当時、最年少座長として、二代目・里見要次郎を襲名。平成15(2003)年、新歌舞伎座特別公演を成功させる。御園座などの大舞台でも活躍。



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2017-05-24

付録・邦画傑作選・「出来ごころ」(監督・小津安二郎・1933年)

 ユーチューブで映画「出来ごころ」(監督・小津安二郎・1933年)を観た。昭和初期、人情喜劇の傑作である。主なる登場人物は男4人、女2人。男は、東京のビール工場で働く日雇い労働者・喜八(坂本武)、その息子・冨夫(突貫小僧)、喜八の同僚・次郎(大日向伝)、近所の床屋(谷麗光)、女は、千住の製糸工場をクビになり、途方に暮れている小娘の春江(伏見信子)、春江を雇い面倒をみる一善飯屋のおたか(飯田蝶子)である。
 今日も仕事を終え、喜八親子、次郎たちは小屋がけの浪曲を楽しんでいる。演目は「紺屋高尾」、演者は浪花亭松若。桟敷に蟇口が落ちている。客の一人がそっと取り上げて見ると中身は空っぽ、バカバカしいと放り投げる。他の客もその蟇口を取っては放り投げる。それが喜八の前に飛んで来た。喜八も同様に放り投げようとしたが、「待てよ、俺の蟇口よりこっちの方が豪勢だ」と思ったか、その蟇口は懐に、代わりに自分の蟇口を空にして放り投げた。その蟇口をまた手にする他の客・・・、そのうちに、一人の客が立ち上がる。蚤が飛び込んで来たか、浴衣の裾をはたいて大騒ぎ、蚤は次から次へと客の懐に飛び込んでいく。客席は全員が立ち上がり、浪曲どころではなくなったが、最後は口演中の浪花亭松若のもとに飛び込んだという次第。蟇口と蚤の連鎖が織りなす客席風景は、抱腹絶倒の名場面であった。それでも舞台は万雷の拍手で終演となり、喜八たちが小屋を出ると、行李を手にした春江がポツンと立っている。喜八は、ことのほか気になり、冨夫を負ぶいながら春江に近づこうとする、そのたびに冨夫が喜八の頭をポンと叩く姿が、可笑しい。次郎は春江には全く関心が無く、おたかの店に喜八を誘う。ほどほどに酒を飲み、帰ろうとすると、路地にまた春江が立っている。「このへんに泊まるところはないでしょうか」「お前さん、宿無しかい」。春江には家族もないとのこと、喜八はおたかに一晩の宿を頼み込んだ。おたかは、面倒なことに巻き込まれないかと危惧したが、不承不承に承知した。
 翌朝、7時30分を過ぎたのに、喜八はまだ寝ている。冨夫が「ちゃん、工場に遅れるよ」と起こしたが、いっこうに起き出さない。業を煮やした冨夫は台所のスリコギ棒を持ってきて、思い切り喜八の脛に振り下ろした。思わず跳び上がる喜八、その姿に私の笑いは止まらなかった。同様の手口で冨夫は隣家の次郎も起こしに行く。家に戻ると、冨夫はかいがいしく喜八の着替えを手伝う。工場で使う軍手を手渡しながら「チャン、手袋の指は、なぜ五本なのか知ってるかい」「なぜだ」「四本だったら手袋の指が一本余っちゃうじゃないか」「なるほど、よくできてやがらあ」。喜八たちは井戸端のバケツで顔を洗い、口をすすぎ、一同の朝飯はおたかの家で・・・。そこに春江の姿が現れた。にこやかに「昨晩はいろいろと有難うございました」。おたかも「いろいろと話を聞いてみたが、当分の間、ウチで働いて貰うことにしたよ」と頬笑んだ。
 かくて、春江の身の振り方は一件落着となったが、喜八の方がおさまらない。いい年をして、寝ても覚めても春江のことが忘れられない。仕事はさぼる、酒は飲む。しかし、春江はどうやら次郎の方に惹かれているらしい。おたかが寿司折りと酒瓶を持って、喜八の部屋を訪れた。「春江と次郎さんの間をとりもってくれないか。お前さんなら、何とかできそうだ」。喜八も、一度は落胆したが、よく考えれば「なるほど、それもそうだ。オレは年を取り過ぎた、一肌脱いでやろう」と納得、次郎に話をつけようとする。だが次郎は断固拒否、やるせない「恋の痛手」を抱えて、喜八の酒量は増える一方、冨夫は級友からも「お前の親父はバカだってよ、字も読めないのに、工場も休んで飲み歩いている」と罵倒される始末、冨夫は泣いて家に戻るが、誰もいない。縁側にあった盆栽の銀杏をちぎっては食い、ちぎっては食ううちに寝入ってしまった。夜遅く帰ってきた喜八、丸裸になった盆栽を見て「誰がやったんだ」「俺がやったんだよ、正直に言ったんだ、ジョージ・ワシントンだって・・・」「俺の知らない話で誤魔化すな」「チャンのバカ!新聞も読めないくせに」「新聞はまとめて屑屋に売るもんだ」「工場にも行かずに毎日酒ばかり飲んで」と言うなり、冨夫は辺りの新聞紙を喜八に投げつける。そこから父子の壮絶なバトルが始まった。冨夫を十数回、平手打ちする喜八、殴られるたびに喜八をにらみ返す冨夫、躊躇した喜八に今度は冨夫が泣きながら数十回の平手打ち、とどのつまり喜八は殴られっぱなし、全く無抵抗のままこのバトルは終わった。冨夫の言い分の方がはるかに筋が通っていたからである。セリフは喜劇、所作は悲劇というトラジ・コミックの名場面であった。
 喜八は心底から冨夫に「すまねえ、親らしいことは一つもやってやれねえで」と思ったに違いない。次の日の朝、50銭という大金を冨夫に与えた。「これで好きなものでも買え」。久しぶりに工場に出勤した喜八に緊急の連絡が入った。「お前の子どもが病気になった、すぐに帰れ」、「俺のガキが病気になるはずはない」と訝ったが、帰ってみると、たしかに寝かされて唸っている。「どうしたんだ」と訊ねると「50銭で駄菓子を全部食べた」とのこと、冨夫は急性腸カタルであえなく入院の身となった。しかし、「宵越しの銭は持たない」喜八には、家財道具を売り払っても、入院費が払えない。見かねた春江が「私が何とかします」。今度は次郎が黙っていなかった。「オレが何とかする!お前が大金を稼ぐとすれば、その方法は知れている。若い身空で自分をダメにしてはいけない」、そのとき、初めて次郎に恋心が生まれたか、次郎は床屋から借金、自分は北海道へ出稼ぎに行く覚悟を決めた。「と、いった人々の温かい人情で」冨夫の病状は快復、退院の運びとなった。夜、喜八と冨夫が減らず口を叩きながらくつろいでいると、床屋が飛び込んで来た。「次郎公のやつ、北海道に行くんだってよ」「どうして?」「オレが金を用立てたからだよ」、そうか、次郎の奴、俺たちのために北海道行きを決めたのか、あわてて次郎の部屋に行くと、きれいに片付いて、もぬけの殻。外を探すと、路地で語り合う次郎と春江の姿があった。「一生の別れってんでもなし、そうめそめそ泣くなよ」「せっかく分かって頂いたのにすぐにお別れなんて・・・、私には一生、幸せなんてこない気がするの」「心細いことをいうない。ちょっとの間の辛抱だ。必ずお前の所に帰ってくる」と次郎が出発しようとすると、喜八が「待て」と止めに入る。「北海道はオレが行く」「富坊をどうするんだ」「子どもなんて、親が無くても育つもんだ、お前を頼りにしている人がいるじゃないか」、二人の押し問答が続いたが、最後は喜八の鉄拳一発、次郎はその場に昏倒した。かくて、喜八は準備を整え、おたかの店に行く。そこには冨夫、床屋も居た。「オレが行くことにした。ガキはよろしく頼むぜ」と言えば、床屋は「オレにとっては大切な金だが、人の子一人助けたと思えば、諦めもつく。お前の気持ちだけうれしいんだ」。おたかも「借金ぐらい、どこだって返せるじゃないか」と、思いとどまらせようとするのだが「長生きはしてえもんだよ。オレはこんないい気持ちのこと、生まれて初めてだ」。冨夫が「チャン、今度いつ帰ってくるんだい」と問うのに「馬鹿野郎!くだらねえことを聞いて手間取らせるない」「オレは酔狂で行くんだ。放っといてくれ」という言葉を残して行ってしまった。喜八の心中には、(おたかから頼まれた)次郎と春江の「取り持ち」を、今、実現できるのだ、という固い思いがあったからに違いない。
 大詰めは、北海道に向かう船の中、集められた人夫連中で酒盛りが始まっている。喜八は息子の自慢話を披露する。「お前たち、手袋の指はなぜ五本あるか知ってるかい」。人夫の一人(笠智衆)が首をかしげると、すかさず寝台にいた他の人夫が応じた。「四本だったら手袋に指が一本あまっちゃうからだよ」。そのとたんに、喜八は冨夫のことを思い出す。船はまだ出たばかり、懐にしまった冨夫の習字を取り出して「千代吉 福太郎」という墨書を見るにつけ、「いけねえ、いけねえ」と気が変わった。「おい、この船、停まらねえか」一同は大笑い、しかし喜八は大まじめ、対岸を指さして「あそこは、東京と陸続きか」「あたりめえよ」「そんなら、オレは一足お先に帰らせてもらうよ」と言うなり、一同が止めるのも聞かずに、ザンブと海に飛び込んだ。海中にポツンと喜八が一人、プカプカ漂いながら、先日、冨夫に教えられた問答を呟く。「海の水はなぜしょっ辛い」「鮭がいるからさ」。思わず笑いがこぼれ、悠々と抜き手で岸に泳ぎ着くと同時に、この映画は「終」となった。 
 サイレント映画だが、人々の話し声、周囲の物音がハッキリと聞こえてくるような名作であった。見どころは満載、坂本武と突貫小僧の絶妙の絡みをベースに、大日向伝の「いい男振り」、飯田蝶子、谷麗光の「温もり」(人情)、伏見信子の「可憐」な風情、背景には浪曲「紺屋高尾」(篠田實)の色模様も添えられて、寸分の隙も無い作品に仕上がっていたと思う。(タイトルの)「出来ごころ」とは「計画的でなく、その場で急に起こった(よくない)考え」のことだが、人は皆、その場の感情に左右されて生きて行く。登場人物の誰が、どんなところで、どんな感情に左右され、どのように振る舞ったかを見極める、「人生読本」としても有効な教材ではないだろうか、と私は思った。(2017.5.22)



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2017-05-23

劇団素描・「劇団大川」・《若手登用の「可能性」と「展望」》

【劇団大川】(座長・椿裕二)〈平成21年7月公演・大宮健康センターゆの郷〉                                      座長・椿裕二は、初代・大川竜之助がもうけた四兄弟の中の一人、長兄は大川龍昇(二代目・大川竜之助)、末弟は三代目・大川竜之助であり、間に紅あきら、椿裕二がいる、ということになる。この劇団の舞台は、大阪・オーエス劇場で見聞済み、その時の大川龍昇の舞台姿(舞踊・「お吉物語)が忘れられず、来場したのだが、なぜか、彼の姿はなく、若手中心の舞台になっていた。芝居の外題は「横浜(ハマ)の狼」で、要するに、暴力団内「内輪もめ」の物語、若い衆が妹のために脱退しようとするが、若い組長(大川忍)は、それを許さない。しかし、幼時に別れた実母と再会、その諫言によって改心、組を解散して閉幕、という筋書で、「人間、どんなにいい格好をしていても、心が腐っていてはどうにもならない」という眼目が、わかりやすく描出されていた、と思う。座長は、若い組長の父親が服役していたときの「同房仲間」といった「ちょい役」に徹していたので、その景色・風情を十分に堪能することは出来なかったが、何と言っても三代目・大川竜之助の兄であり、「実力者」であることは間違いない。舞姿、歌唱も「いずれ菖蒲か杜若」、三代目とは甲乙つけがたい出来栄えであった。加えて、歌唱後の口上(コメント)が面白かった。「私は大衆演劇の役者、商業演劇の大舞台はめざしません。梅澤富美男、松井誠、早乙女太一、みんな大衆演劇の役者とは言えません。そして、弟まで・・・。いずれにせよ、私自身、決して大劇場に行くことはありませんので、皆さん、安心してください。と言っても、お呼びがかからないか?」と軽妙に語って笑わせる。また、「うちの芝居は《ヤマをあげません》。あのやり方はもう古い。今の若い人たちには受けないんです。見てご覧なさい。今日のお客様だって《二十代の方》(?)ばっかりじゃあないですか」「芝居の主役は、できるだけ《花形》《若手》にまかせようと思います」といった姿勢に共感がもてた。舞踊ショーラスト、洋舞(ダンス)も「年齢に関係なく」役者全員が洋服姿で登場、激しい「振り」を懸命に披露する様子を観て、この劇団の「可能性」「展望」が大きく開けるだろう、と私は思った。
 終わりに一言、斯界の名人・大川龍昇は何処へ行ってしまったのだろうか?
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2017-05-22

劇団素描・「橘小竜丸劇団」・《座長・橘龍丸の「課題」》

【橘小竜丸劇団】(座長・橘小竜丸、橘龍丸)〈平成24年7月公演・小岩湯宴ランド〉
例によって、老若男女のファン層は厚く、連日「大入り」の活況を呈していたが、私自身は、岩盤浴の方に赴くことが多かった。理由は単純、芝居の舞台模様に「魅力が感じられなくなってしまった」のである。座員は大きく様変わりしたが、主演・座長橘龍丸、共演・花形橘鈴丸、敵役・座長橘小竜丸、それに特別出演・北城嵐が色を添えるというパターンで終始する。たちばなゆき、たちばなゆり、たちばなスミレ、たちばな千夏、橘つばさ、たちばな晶葉、たちばな百花、たちばな茜といった脇役陣がそろっているはずだが、彼らは、おそらく舞踊ジョーの「手駒」にすぎず、芝居での「存在感」は希薄であった。座長・橘龍丸は弱冠21歳(?)、心意気も「スター気分」で悪くはないが、経験不足は否めない。洋舞の実力は、父親ゆずりで(斯界)ピカイチ!(女形舞踊は、座長・橘小竜丸には及ばない)。しかし、それが芝居にまで及ぶとは限らない。公演中盤での芝居「丹下左膳」を見聞したが、屈折した人物像(主人公・丹下左膳の心象風景)の描出にはほど遠く、左手一本の「立ち回り」だけでは、物足りない。芝居の鉄則は、相手との「呼吸」をはかること、人物に「なりきる」(役に徹する)こと、だと思われるが、まだ「人気者・龍丸が(学芸会並の)一人芝居をしている」といった域から抜け出すことができなかった、と私は思う・結果、「客との呼吸」合わせばかりが「鼻につく」といった案配で、いささか食傷気味であった。もしかして、斯界の大スター・梅沢富美男の「芸風」を目指す?、それならそれでもよい。ただ、彼には、天賦の「三枚目」振り(センス)に加えて、抜群の「歌唱力」、「楽器演奏の名技」(ギター、ドラム)が備わっていたことを見落としてはなるまい。「龍丸」(らしさ)を主張することはかまわない。それを「洋舞」の場面に限ること、芝居では「おのれを空しゅうして、役に徹する」こと、相手との「呼吸」を合わせること、脇役があってこその主役であることを肝に銘じ、座員それぞれの「個性」を活かすこと等々が、座長・橘龍丸の(重要な)課題ではないだろうか。
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2017-05-21

付録・邦画傑作選・「東京の宿」(監督・小津安二郎・1935年)

 ユーチューブで映画「東京の宿」(監督・小津安二郎・1935年)を観た。原作はウィンザァト・モネとあるが、英語のウィズアウト・マネーをもじった名前で、「金無しに」「金が無ければ」「金の他に」ほどの意味であろう。要するに、架空の人物であり、脚色の池田忠雄、荒田正夫、監督・小津安二郎の合作ということである。
 舞台は昭和10年頃の東京郊外、ガス・タンクや電柱などが林立する荒涼とした工業地帯を辿る道を、三人がとぼとぼと歩いている。一人は薄汚れたハンチング、丸首シャツ一枚にズボンといういでたちの男・喜八(坂本武)、あとの二人はその長男・善公(突貫小僧)と次男・正公(末松孝行)である。善公は大きな風呂敷包みを背負い、正公は飲み水の入った、水筒代わりの酒瓶を腰にぶら下げている。そのうらぶれた父子の姿は、文字通り「ウィズアウト・マネー」(文無し)の風情そのものであった。
 喜八は職探しのため工場をあちこちと巡り歩き、善公と正公はその「お供」をさせられているのである。しかし、仕事は見つからない。疲れ果てて座り込んでいると、一匹の犬が通り過ぎた。「ちゃん、40銭!」と叫んで善公が走り出した。野犬を捕まえて届けると、40銭がもらえるのだ。喜八も正公を負ぶって追いかけたが、逃げられてしまった。文字通り「住所不定無職」の家族であり、夜は木賃宿「萬盛館」に泊まっている。宿は失業者でいっぱい、たまたま同宿者の子どもの新しい軍帽が、善公の前に転がってきた。善公が手に取ると、「ダメだい」とひったくり「あかんべえ」をする。
 翌日も職探し、「砂町の方にでも行ってみるか」と三人で出かけていく。でも、仕事は見つからない。また、また黒い犬が通り過ぎた。今度は正公が走り出し、まんまと捕獲する。しかし、犬の体が大きく引きずられっぱなし、善公が代わって「ここで待ってろ」と言い、しばらくすると帰ってきた。後ろ手に何か持っている。真新しい軍帽である。正公いわく「犬は、めしじゃないか。ちゃんに怒られるぞ」。案の定、喜八は「馬鹿なものを買いやがって」と叱ったが、どうすることもできなかった。その日も、「萬盛館」に泊まるが、いよいよ持ち金が底をついてくる。善公が「明日は犬を捕まえよう」などと言っていると、和服姿の女・おたか(岡田嘉子)がその娘・君子(小嶋和子)を連れて入ってくる。向こうに座った君子と善公の目が合い、善公が「あっかんべえ」と舌をだすと、君子も舌を出す。正公も善公と一緒に舌を出す。それは子どもたち同士の「あいさつ」に他ならない。
 いよいよ三日目、喜八はまた門番に断られた。途方に暮れて、三人は工場の見える空き地に座り込む。憔悴した喜八の前に善公が座って、励ますように「ちゃん、酒でも飲もう」と手まねで酌をする。喜八も受け取って飲む素振り「ああ、うめえ」、「ちゃん、するめだよ」と善公が草の一本をむしりとって渡すと「そうか、でもやっぱり酒の方がいいや」、「おい、おめえも飯を食え」と正公に呼びかける。「善公、よそってやれ」、正公も応じて食べる素振り、「うめえか」、正公が首を振ると「お茶をかけてやれ」、三者三様の男同士の「ままごと」(の景色)には、えも言われぬ詩情が漂っている。そこを通りかかったのが、おたかと君子。おたかが「猿江はどっちの方でしょうか」と喜八に訊ねてきた。たちまち君子と善公、正公が遊び始める。「子どもはすぐに仲良くなるね」などと語り合う姿が、「絵になっていた」のだが・・・。 
 いよいよ土壇場、宿に泊まるか、めしを食うか、三人は迷う。季節は夏、めしを食って野宿をすることに決めたが、雲行きがあやしい。飯屋を出るとすぐに本降りになってきた。三人が床屋の軒下で立ちすくんでいると、通りかかったのが、(喜八とは昔馴染みの)おつね(飯田蝶子)。彼女はさっきの飯屋を切り盛りしていたのだ。かくて、三人はおつねの厄介になることに・・・。おつねの口利きで喜八は工場勤め、善公も学校に通うようになったのだが・・・。喜八の悪い癖は「おせっかい」な「浮気心」か。おたか母子のことが気にかかる。おたかをおつねに紹介、一緒に面倒をみてくれ、という気配が感じられて、おつねは面白くない。
 大詰めは、君子が疫痢にかかりその治療代を工面するため、おたかは酌婦に、その境遇を救わなければならない。喜八はおつねに借金を申し込んだが、すげなく断られ、やむなく20円を窃盗、警官から追われている。「このお金をおばちゃんのところに届けてくれ」と善公、正公に言い付け、おつねの家に逃げ込んだ。おつねに「いったい何をしたんだい」と問われても答えられない。「せっかく芽が出たと思っていたのに、お前さん、また悪いクセがでたんだね。はじめから本当のことを話してくれれば、何とかしたものを」とおつねは悔やんだが、すべては後の祭り。お互いに貧乏はしたくない、でも「かあやん(おつね)のおかげで職にありつけてからこの10日ほどが、俺の一番楽しい時だったよ」と言い残し、喜八は警察に向かう。その姿を、おつねは落涙しながら見送る他はなかったのである。
 この映画の前半は、あくまで「コメディ」だが、後半に暗雲が立ちこめる。「四百四病の病より貧ほど辛いものはない」という決まり文句そのままに、終局を迎える。この映画の眼目は、「金無しに」(文無し)の生き様か、「金が無ければ」の悲劇か、「金の他に」生きがいがあるという提唱か、それは観客の判断(感性)にまかせよう、といった原作者・ウィンザァト・モネの「居直り」が窺われて、たいそう面白かった。いずれにせよ、飲んべえで女たらしの「身の上話」(身辺情話)などではさらさらなく、昭和恐慌、満州事変、五・一五事件、国際連盟脱退という流れの社会背景の中で、貧しい人々がどのような生活を余儀なくされたか、一方その裏には、しこたま儲けて甘い汁を吸っている連中もいることを「暗に」浮き彫りする傑作であったことに違いはない。セリフはサイレントだが、終始流れている音楽監督・堀内敬三のBGMも美しく、印象的であった。(2017.5.19)



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2017-05-20

劇団素描・「たつみ演劇BOX」・《辰巳龍子と葉山京香の「至芸」二つ》

【たつみ演劇BOX】(座長・小泉たつみ)〈平成25年7月公演・浅草木馬館〉
本日は「お芝居二本立て」という趣向で、前狂言は時代人情劇「闇の捕縄」。早縄の新太郎と言われた新太郎(座長・小泉たつみ)は、病が高じて盲目の身、今では育ちそびれた妹のおすえ(辰巳花)が長屋の雑用をする駄賃で細々と暮らしている。おりしも、町中は大捕物の真っ最中、はやぶさ小僧と異名を取る盗賊・幸太郎(座長・小泉ダイヤ)と女(辰巳小龍)が、鳥越の親分(宝良典)一党に追い詰められている。たまたま居合わせた新太郎、子分の一人(大蔵祥)に「呼び子笛」の吹き方など伝授しているところに親分登場、両者再会を喜び合って別れた。新太郎、帰宅してまもなく親分再登場、「お上が十手持ちに再任用してくれる」という願ってもない話、給金をもらえれば目を治すことができるのだから。親分と新太郎、欣然として退場。入れ替わりに、逃げ込んできたのがはやぶさ小僧の幸太郎、留守番のおすえを一目見るなり「おまえは、おすえ」、幼いときに別れた妹であることを確信する。さすれば、新太郎、幸太郎、おすえの三人は兄弟妹であったのか。といった筋書きで、眼目は一に、新太郎・幸太郎の「兄弟愛」、二に鳥越親分の「温情」、三に盗賊幸太郎の「恩情」、三者三様の「人情模様」が映し出され、見事な出来映えであった、と私は思う。切り狂言、外題は「生きた幽霊」。大店の若旦那(座長・小泉たつみ)が
放蕩三昧、連れ戻しに来た番頭(座長・小泉ダイヤ)が一計を案じ、若旦那が見初めている芸者(辰巳小龍)に「心中話」を持ちかける。胃薬を手渡しながら「この薬を毒薬と見立て、芸者の前で飲んでみせなさい。芸者も一緒に飲んでくれれば、芸者の真心は本物」、よっしゃと若旦那、言われたとおりにしてみたが、芸者は飲む振りをしただけ、死んだふりをする若旦那に「バカ旦那!金の切れ目が縁の切れ目、あんたなんかに用はない」というと、奥にいた間夫(愛飢男)と一緒に立ち去った。だまされた若旦那、幽霊になって芸者と間夫に復讐するという喜劇だが、「喜劇ほどむずかしいものはない」。贔屓筋は、座長のメイク、ギャグ、一挙一動を可笑しがって嬌笑するのだが、役者もまた、それにつられて「笑いを取りに行く」、結果、本筋の面白さが雲散霧消してしまう、といった案配で、私には興ざめな場面が多かった。さて第三部「花のグランドショー」は、いよいよ本日のお目当て、葉山京香の個人舞踊が観られるかどうか。私の胸は高鳴った。まずその前に、劇団舞踊指導・辰巳龍子の「お吉花無情」(曲・市川昭介、詞・水木れいじ、唄・笹みどり)を見聞できたことは望外の幸せであった。彼女自身、劇団オフィシャルウェブサイト「座員紹介」の中で、〈私のココを見て〉「舞踊」(ほとんど出てないけど)〉と記しているとおり、その舞姿を拝見できるなんて夢のよう・・・。その中には「らしゃめんお吉」の哀しさ、あわれさ、悔恨が、否応なく浮き彫りされて、珠玉の名品に仕上がっていた。その芸風は、淡泊で華麗、愛娘・辰巳小龍へと着実に引き継がれている。舞台はいよいよ大詰めラストショーへと変わる寸前、葉山京香は燦然と現れた。曲目は「さんさ恋時雨」(曲・岡千秋、詞・石本美由紀、唄・美空ひばり」。私はこれまで「酒場川」(唄・ちあきなおみ)、「愛燦々」(唄・美空ひばり)、「命くれない」(唄・瀬川瑛子)、「最上川恋唄」(唄・音羽しのぶ)、「ふるさと恋唄」(唄・石原詢子)の舞台を見聞してきたが、今回の「さんさ時雨」は圧巻、これまでの「夢二風」「おばこ風」に加えて、熟女の「歌麿風」とでもいおうか、まさに「浮世絵が動き出した」といった景色で、その妖艶な風情は、筆舌に尽くしがたい。表情(時折、見せる笑み)、歩様、一つ一つの所作が「流れるように」連なって、寸分の隙もない。歌詞にいわく「恋の残り火港の灯り 消えりゃ心も闇になるさんさ時雨かみれんの雨か さんささんさと濡れかかる 想うまいよと瞼を閉じりゃ 閉じた瞼にうかぶ影 さんさ降れ降れ涙のしぐれ とても独りじゃ眠れない 肌が寒くて眠れない 山に埋めよか野に捨てようか 海に流そかこの恋を さんさみちのく情けの港 逢う日待とうと啼くかもめ 待てば逢えると啼くかもめ」。みちのくの祝い唄を、悲恋の艶歌に模様替えした美空ひばりの歌声はお見事、その歌声は葉山京香の「舞」によって、さらに「浮世絵」(美術作品)へと変貌する。いったいぜんたい、この熟女の「想うまい」として「閉じた瞼にうかぶ影」とは、どんな人物(男)であろうか。その判然としない実体に、ふと嫉妬感さえおぼえるほどの出来映えであった。事実、私の後の席に陣取った男性客一人、それまでの無反応な気配が一変、渾身の拍手を送っていたことが、その証しである。女優・葉山京香が舞台に登場するのはたった1回、わずか三分間のドラマに、これまでの全てを凝縮して描出しようとする「役者魂」に、私は心底から敬服・脱帽する。今や、彼女の「至芸」は、「斯界の至宝」にまで昇華しつつあることを確信したのであった。そしてまた、彼女が師と仰ぐ辰巳龍子の至芸も堪能できたことは望外の幸せ、大きな元気を頂いて帰路に就くことができた次第である。感謝(葉山京香座右の銘)。
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2017-05-19

付録・邦画傑作選・「にごりえ」(監督・今井正・1953年)

 ユーチューブで映画「にごりえ」(監督・今井正・1953年)を観た。樋口一葉の「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」が原作、三話の長編(130分)オムニバス映画である。文学座、前進座、東京俳優協会の錚々たるメンバーが顔を揃えており、第一話「十三夜」では、丹阿弥谷津子、芥川比呂志、三津田健、田村秋子、第二話「大つごもり」では、久我美子、中村伸郞、荒木道子、長岡輝子、竜岡晋、仲谷昇、岸田今日子、北村和夫、子役として河原崎健二、第三話「にごりえ」では、淡島千景、宮口精二、杉村春子、山村聰、南美江、賀原夏子、十朱久雄、加藤武、小池朝雄、神山繁、子役として松山省二、といった面々が登場する。以下、そのストーリーをウィキペディア百科事典から引用する。(カッコ内芸名を追加する)

【十三夜】
 夫の仕打ちに耐えかね、せき(丹阿弥谷津子)が実家に戻ってくる。話を聞いた母(田村秋子)は憤慨し出戻りを許すが、父親(三津田健)は、子供と別れて実家で泣き暮らすなら辛抱して夫のもとで泣き暮らすのも同じ、と諭し、車屋(芥川比呂志)を呼んで、夜道を帰す。しばらく行くと車屋が突然「これ以上引くのが嫌になったから降りてくれ」と言いだす。月夜の明かりで顔がのぞくと、それは幼なじみの録之助であった。せきは車を降り、肩を並べて歩き始める。録之助の身の上話を聞き、励ますせき。別の車が拾える広小路に着き、短い再会を終えて再び別々の道を行く二人。
【大つごもり】
 女中のみね(久我美子)は、育ててくれた養父母(中村伸郞・荒木道子)に頼まれ、奉公先の女主人・あや(長岡輝子)に借金2円を申し込む。約束の大みそかの日、あやはそんな話は聞いていないと突っぱね、急用で出かけてしまう。ちょうどそのとき、当家に20円の入金があり、みねはこの金を茶の間の小箱に入れておくように頼まれる。茶の間では放蕩息子の若旦那・石之助(仲谷昇)が昼寝をしていたが、思いあぐねたみねは、小箱から黙って2円を持ちだし、訪ねてきた養母に渡してしまう。主人の嘉兵衛(竜岡晋)が戻ると、石之助は金を無心し始める。石之助とはなさぬ仲であるあやは、50円を歳暮代わりに石之助に渡して家から追い払う。その夜、主人夫婦は金勘定を始め、茶の間の小箱をみねに持ってこさせる。勝手に2円を持ちだしたことを言いだせないみね。あやが引き出しを開けると20円すべてがなくなっている。引き出しには、その金ももらっていくと書かれた石之助の書き置きが残されていた。
【にごりえ】
 銘酒屋「菊乃井」の人気酌婦・お力(淡島千景)に付きまとう男・源七(宮口精二)。源七はお力に入れ上げたあげく、仕事が疎かになって落ちぶれ、妻(杉村春子)と子(松山省二)と長屋住まいをかこっている。お力と別れてもなお忘れられず、いまだに仕事には身が入らない。妻には毎日愚痴をこぼされ、責められる日々。一度は惚れた男の惨状を知るがゆえに、お力も鬱鬱とした日を送っている。ある日、源七の子が菓子を持って家に帰る。お力にもらった菓子と知り、妻は怒り、子を連れ、家を出る。妻が戻ってみると、源七の姿がない。菊乃井でもお力が行方不明で騒ぎになっていた。捜索中の警官が心中らしい男女の遺体を見つける。女には抵抗のあとが認められた。
 
 「十三夜」は、昔、一緒に遊んだ男女が偶然再会する物語。男はタバコ屋の倅で人気者だったが、なぜか身を持ち崩して車引き、浅草の安宿にくすぶっている。女は良家に嫁いだが、夫とは不仲、しかし子どものために辛抱する覚悟を決めた。二人が二人とも幸せではない。その運命をどうしようもなく引きずって生きて行かなければならない。そうした「やるせなさ」を感じながら、きっぱりと別れを告げる二人の姿が清々しく、詩情豊かな逸品に仕上がっていた。
 「大つごもり」の若旦那・石之助もはぐれ者、親の財産を食いつぶす放蕩三昧を重ねているが、心根は温かく優しい。まだ小娘の奉公人・みねのために「泥をかぶった」潔さが光っている。
 「にごりえ」もまた、酌婦・お力のために身を持ち崩した源七という男の悲劇。新しく現れた羽振りのいい客(山村聰)の前で、お力の気持ちは揺れ動く。「この人に身を任せたい、でもあの人のことが忘れられない」、その気持ちの根底にあるのは自分の生い立ち、(足の不自由な)飾り職人の娘として生まれ、極貧の暮らしを重ねてきた。その暮らしを今、(自分のために)源七一家が強いられていると思うと、「どうしようもない」「どうにでもなれ」と、やけ酒をあおる他はないのである。その気持ちは源七も同じであったか、妻子を追い出し、割腹した。「無理心中」か、「合意の情死」か、それは誰にもわからない。 
 以上、三つの話に共通するのは、「貧しさの景色」と「幕切れの余韻」であろうか。「愛別離苦」、その裏返しの「怨憎会苦」という迷いであろうか。いずれにせよ、樋口一葉の原作が忠実に映像化されていたことに変わりはない。
 登場した俳優連中の「実力」も半端ではない。丹阿弥谷津子、久我美子、淡島千景の役柄はまさに適材適所、相手役・芥川比呂志、仲谷昇、宮口精二の三者三様の「男っぷり」、田村秋子、長岡輝子、杉村春子の「女っぷり」、河原崎健二、松山省二の「子どもっぷり」、三津田健、中村伸郎、竜岡晋の「父親気質」、端役でも存在感を示す十朱久雄、北村和夫、荒木道子、景色に色を添える岸田今日子、加藤治子らの姿が綺羅星のごとく居並んでいる。
 1950年代、屈指の傑作であると、私は思った。(2017.5.18)



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2017-05-18

付録・邦画傑作選・「芸者ワルツ」(渡辺邦男・1952年)

 DVD(新東宝【歌謡シリーズ】傑作選)で映画「芸者ワルツ」(監督・渡辺邦男・1952年)を観た。その内容は「元伯爵の令嬢から一転、花柳界へ身を沈めた薄倖の女性。芸者ゆえに身にしみる恋の辛さに隠れて泣いた舞扇」と要約されているが、大詰めはハッピー・エンドで締めくくられる。元伯爵・朝吹誠通(高田稔)の令嬢・千恵子(相馬千恵子)が、花柳界へ身を沈め、芸者として出会った新興実業家・六郷信太郎(龍崎一郎)と結ばれるまでのメロドラマである。二人の周囲には、信太郎の父・恭造(柳家金語楼)、恭造の妻・とし(花岡菊子)、信太郎の友人・楠田(田崎潤)、千恵子の妹・美津子(久保菜穂子)、朋輩・栄龍(宮川玲子)、照代(旭輝子)、つばめ(野上千鶴子)、花丸(藤京子)、はん子(神楽坂はん子)、置屋の女将・吉田富枝(清川玉枝)といった面々が登場し、色を添えている。筋書きは単純。元華族の朝吹家は没落、誠通は病身で働けない。長女の千恵子は父妹に隠れて芸者稼業、一家を支えている。折しも、箱根で慰安の仕事が入り、向かった先はホテル・清嵐荘、そこは朝吹家のかつての別荘、今は六郷信太郎の手に渡っていた。そこで父・恭造の「社長就任披露」が催される。恭造は小学校卒で仕事のことは何もわからない。20年前は朝吹家の車引きであった。この別荘にも再三訪れ、千恵子の子守までしたことがあった。信太郎は謹厳実直で親孝行、そんな父を「社長にするなんて」と仕事仲間・楠田から呆れられるが、「お前とオレは全く考え方が違うんだ」と取り合わなかった。この恭造を騙して一儲けしようと企む山崎一味(芸名不詳の男優二人)、箱根から帰ると恭造を呼び出して、行きつけの待合へ。書類を前にして、署名するように強要する。その場面を目撃した千恵子が信太郎に連絡、事なきを得たが、その後、信太郎と千恵子の「恋愛」が芽生える。信太郎の思いを察した恭造は、千恵子の自宅を探し当て、誠通と再会する。「どうか息子の嫁に千恵子お嬢さんをください」と頼んだが、誠通は激高、「没落しているからといって、馬鹿にするな!」と追い返した。かくて、千恵子の芸者稼業が誠通に知れ渡り、父娘の愁嘆場。しかし恭造がそれとなく置いていった、(恩返しの)別荘の権利書を見て驚愕、誠通は「今日ほど、人の情けを感じたことはない」と、華族のプライドを捨て、陳謝するといった次第。後はお決まりの展開で、大団円を迎える。 筋書きは単純だが、見どころは満載。まず第一に、信太郎の父・恭造を演じた柳家金語楼の風情である。元は車引き、伯爵家の使用人として、どこまでも腰が低く、愛想をふりまく。楠田からは「オジサン」と呼ばれ、「三等重役」は有名だが「さだめし三等社長というこころだ」とこけにされてもおこらない。極め付きは、行きつけの待合で山崎一味が署名を強要、ペンを持たされながら、「字が書けない」「ワッハッハー」と笑い飛ばす場面、相手を見下すわけではなく、からかうわけでもなく、まさに「煙に巻く」笑いとでもいおうか、観ている私も涙が出るほど可笑しかった(共感できた)のである。
 第二は、芸者仲間が寄り合う景色である。2万円貯めて金貸しをめざす、つばめ役の野上千鶴子、医師を目指しているが学費が払えない照代役の旭輝子、男に貢ぎ過ぎいつも文無しの栄龍役の宮川玲子、新玉のくせに男心をくすぐる花丸役の藤京子、美声で稼ぎまくるはん子役の神楽坂はん子、みんなを束ねて面倒見る人情派・女将役の清川玉枝、文字通り「適材適所」の配役で、それぞれの個性が随所で輝いている。極め付きは、待合の廊下で、照代がはん子に「だから今夜は酔わせてね」の唄い方を伝授される場面、途中から、つばめも、栄龍も加わり「合唱」に進展する有様は、《粋の極致》、とりわけ神楽坂はん子の「初々しさ」が魅力的であった。
 その他にも、信太郎役・龍崎一郎の「男振り」、元伯爵役・高田稔の(やつれた)「風格」、美津子役・(デビューまもない)久保菜穂子の「可憐さ」、楠田役・田崎潤の「磊落振り」等など、見どころは枚挙にいとまがない。「新東宝【歌謡シリーズ】傑作選」という看板に偽りはなかった、と私は思う。(2017.5.17)



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2017-05-17

劇団素描・「劇団菊」・《誠実な芸風で、充実した舞台》

【劇団菊】(座長・菊千鶴)〈平成21年7月公演・柏健康センターみのりの湯〉                                      この劇団は昨年(平成20年4月)、立川大衆劇場で見聞済み。その時は、観客数1名(私)、当初、開催が危ぶまれたが小屋主さんが贔屓筋に電話連絡、なんとか5名を「かき集めて」幕開けとなった。今回も、開演30分前では観客数10名ほどだったが、開幕時は30名程度、しっとりと落ち着いた雰囲気の中で幕開けとなった。芝居の外題は「涙の源八時雨」。一家女親分(座長・菊千鶴)の娘(菊小鈴)が、若い衆の源八(流星)に恋煩い、めでたく婚約にまで漕ぎつけるが、その直後、敵役一家に娘は拉致されてしまった。さあ大変と、源八、敵一家に単身踏み込んだのだが、多勢に無勢、たちまち取り押さえられて、右頬に「焼きごて」を当てられる羽目に・・・。一家に草鞋を脱いだ旅人の助勢もあって敵一家を征伐、無事に娘を取り戻すことができたまではよかったが、源八の傷は重く、顔貌は「二目と見られぬ化け物」然、それを垣間見た娘の恋心は吹っ飛んでしまった。かくて縁談は破談、娘は自分を助けてくれた旅人と祝言をあげるとのこと、それを聞いた源八、矢も盾もたまらず祝言の場に乗り込み、いわく「皆殺しにしてやる!」。刀を振り回して暴れ回ったが、結局は「飲み分けの兄弟分」に諫められて、すべてを断念、冷たい雨の中、寂しく旅に出るという、何とも「やるせなく」「絶望的な」場面で終幕となった。筋書きは「悲劇」、舞台の景色も「愁嘆場」だが、風情は「関東風」、どこまでも「あっさり味」「淡泊」で、私には十分楽しめた。中でも、座長の娘・副座長・菊小菊の「芸達者ぶり」、は群を抜いており、「三枚目の女優」としては、都ゆかり、富士野竜花、長谷川桜、都美千代らと「肩を並べる」出来映えであった。劇団の所属は「東京大衆演劇劇場協会」、座長はかつての「劇団ママ」を見聞、若水照代を師と仰いでこの道に入った由、歌唱「お吉物語」は、天津羽衣に勝るとも劣らない出来映えであった。観客数の「多少」など、歯牙にもかけないで、誠実に舞台を務める座員の「姿勢」に、敬意を表したい。
お吉物語/黒船哀歌お吉物語/黒船哀歌
(2005/12/07)
天津羽衣

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2017-05-16

劇場界隈・「新潟県・安田温泉やすらぎ」・公演は「劇団三ツ矢」

 7時48分東京発上越新幹線「Maxとき305号」に乗車、新潟の「安田温泉やすらぎ」に赴いた。終点の新潟駅で下車、駅前から10時30分発の送迎バスに揺られて45分後、玄関前に到着する。そこは「源泉露天風呂にサウナ、北投石岩盤浴が楽しめる大型保養センター・ホテル」と宣伝されている。1泊4500円の素泊まりで、「ナトリウム塩化物強塩泉(中性高張性低温泉)が十二分に楽しめる。さらに1000円追加すれば「大衆演劇」の芝居見物、800円追加すれば、秋田玉川の北投石・焼山石、北海道上ノ国のブラックシリカ、新潟村杉の薬師石などなどの「岩盤浴」が楽しめるという趣向で、まさに至れり尽くせりの保養施設であった。とりわけ素晴らしいのは、従業員の「接客態度」、文字通り「おもてなし」のお手本を、いとも自然に描出し、温泉以上の温もりが感じられる。それというのも、老社長自らが先頭に立って陣頭指揮に当たっているからであろう。また、売店に並べられた新鮮な野菜、手作りの一品料理の数々も圧巻である。トマト、キュウリ、トウモロコシなどをその場で食べる客のために、包丁まで提供してくれる。土地名産の厚揚げ焼き、冷や奴、コロッケ、イカのリング揚げ等々は、出来上がり直後の美味を堪能できる、といった按配で、その心づくしに心底から感動した次第である。言葉だけでなく、本当の「やすらぎ」を体験できる、全国屈指の施設であると私は思った。
 大衆演劇の公演は「劇団三ツ矢」(座長・三ツ矢洋次郎)。芝居の外題は「戻り橋」。昔、戻り橋の袂に赤児を捨てた、甘酒売りの老婆(竜千佳?)の物語である。老婆には現在、十手持ちの養子(龍之助)が居り、なにかと心遣いをしてくれる。老婆がここで甘酒売りをしているのは捨てた実子に出会うため、案の定、愛しい息子(座長・三ツ矢洋次郎)がやってきた。しかし、息子は、名にし負う盗賊に成り果て、今は親子名乗りもできずに、十手持ちの養子のお縄にかかる、といった筋書き。親孝行の養子が、親不孝の実子を捕縛する、その様子を見なければならない老婆の「やるせなさ」がこの芝居の眼目であろう。今日の舞台では、残念ながら「セリフ回し」に頼りすぎ、役者の「棒立ち」場面が続いたので、御贔屓筋も「居眠り」状態で大詰めを待つ他はなかった。明日の外題は「源太時雨」などという貼り出しもあったが、露天ぶろ、岩盤浴の魅力が勝り、さほどの興趣は湧かなかった。(2015.6.27)



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2017-05-15

劇団素描・「劇団武る」・《配役・演出を「関東風」に見直して、がんばれ!》

【劇団武る】(座長・三条すすむ)〈平成21年7月公演・小岩湯宴ランド〉                                        昼の部、芝居の外題は「男命の破門状」。筋書きは単純、雷門一家初代親分が侍とのいざこざで起こした間違い(殺人)の罪を背負って凶状旅に出た人斬り源太(座長・三条すすむ)が、ほとぼりも冷め帰ってくると、初代親分はすでに亡く、聞けば、背中合わせの二天門一家親分(劇団指導・勝次朗)に闇討ちされたとのこと、しかし二代目は「証拠がない」と言って「仇討ちもせず」手をこまねいている。業を煮やした源太、二代目親分に「破門状」をたたき付け、単身、初代親分の敵討ちをするというお話。舞台の景色は「相変わらず」で、九州劇団特有の「こってり味」、関東の客にとっては「重苦しく」「しつっこいんだよねえ」。わずかに、縄張りを争う居酒屋の場面で出てきた看板娘、女優三人(都美千代、都佳恋、他)の風情が何とも「可愛らしく」「艶やかで」、彩りを添えていたことが救いだったと言えようか。何度でも言いたくなるのだが、この際(関東・東北公演では)、�座長は、「三枚目」「女形」に徹すること、�「二枚目」は、副座長・藤千之丞が「一手に」引き受けること、�劇団指導・勝次朗は、「ちょい役」「仇役」で、いぶし銀の「至芸」を見せること、が肝要である。今日の舞台でも明らかだが、月城小夜子を筆頭に、この劇団の女優陣は「立派に責任を果たしている」(関東の客を惹きつけている)ことに気づかなければならない、と私は思う。舞踊ショー・ラストで見せた「お祭りマンボ」(唄・美空ひばり)の、艶やかな舞台こそ、この劇団の「真髄」「真骨頂」なのである。
 夜の部、芝居の外題は「昇り龍の宇之吉」。大衆演劇の定番で、一匹狼・宇之吉と、男伊達の侠客・小金井小次郎の「物語」、見せ場は、宇之吉の「三枚目」(剽軽・闊達)ぶり(喜劇)、盲目となった母との出会いと別れ(悲劇)、小金井小次郎の「貫禄」といったところで、座長の宇之吉は「当然の配役」だが、副座長・藤千之丞の小次郎役は「やや荷が重い」。勝次朗の小次郎、千之丞の仇役の方が「映えた舞台」になったのではないだろうか。この芝居でも、茶店の娘(芸名不詳)、駆け落ち男女の娘(都佳恋)など、女優陣の「ノーテンキな」「明るさ」が「えもいわれぬ色香」を添えていた。加えて、若手・中村直斗の「用心棒役」も見事、配役の工夫次第では、すぐにでも迫真の「名舞台」を描出できるのに・・・、と私は思う。座員各々の「実力」は「水準」以上だが、どちらかといえば「芝居よりは舞踊で魅せる劇団」かもしれない。座長の「女形」、勝次朗の「立ち役」、副座長・藤千之丞の「舞姿」は「鹿島劇団譲り、月城小夜子、夜桜紫龍の個人舞踊も「お見事」、とりわけ、中村直斗と都たか虎の「積丹半島」は、若手でなければ踊れないアクロバチックな相舞踊(洋舞)で、本日、出色の出来であったと思う。
 客筋の話では、「今日の座長、元気がない」。それもそのはず、ここは東京・小岩、月あたり1万人の観客動員が「相場」だが、思うように「数字が伸びない」か・・・。だがしかし、この劇団の「実力」は半端ではない。ひとたび「ツボにはまれば」大ブレークは確実、再度「配役」(座長は「女形」「三枚目」、副座長は「二枚目」、指導・勝次郎は「仇役」に徹し、若手を抜擢すること」、「演出方法」(座長、絶叫調の口跡は垢抜けない、もっと力を抜いて、軽妙洒脱に。愁嘆場、修羅場はあっさりと)を《関東風》に見直して、心機一転、頑張った舞台を期待する。
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(2008/09/09)
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2017-05-14

劇団素描・「劇団扇也」・《千代田ラドン温泉で、いっそうの飛躍を!》

【劇団扇也】(座長・三河家扇弥、仁蝶拓也)〈平成21年7月公演・千代田ラドンセンター〉                                                                     午後1時過ぎに劇場到着。芝居の外題は「新・弁天小僧菊之助」だったが、開演は12時30分とのことで、入館直後の舞台は、例の「知らざあ言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が・・・」という名調子が始まるところ、客席はとみると、これがほぼ「大入り満員」という状態で、先月とは大違いだった。しかも、今日は平日、なるほど、レベルの高い劇団の時には客は集まる者だと妙に感心してしまったが、幕間口上の話(座長・仁蝶拓也)がよかった。「今日は、こんなに沢山お集まりいただいて、いったいどうなってしまったんでしょうねえ。いつもはもっとお客さん少ないのに・・・」(実際は、老人クラブの予約団体客で埋め尽くされていたのではないだろうか)
 実を言えば、この劇団、私は今から2年前(平成19年11月)、今はなき「立川大衆劇場」で見聞している。当日は、三河家扇弥座長の誕生日ということで「紅白饅頭」を頂戴したことを鮮明に憶えているのだが、それ以外のことは忘失した。「劇団紹介」によれば、〈劇団扇也 平成17(2005)年9月に赤城センター(群馬県)にて、三河家扇弥座長と仁蝶拓也座長の二枚看板で旗揚げ。劇団名は各座長から一文字ずつ取り名づけられた。旗揚げ後は、それぞれが持つ、しなやかさと力強さの両面を生かしながら、関東を中心に公演を続けている。少人数ながら、全員が力を合わせ熱い舞台で観客を楽しませている。所属はフリー。 座長 三河家扇弥 昭和32(1957〉年11月18日生まれ。福岡県出身。血液型O型。初舞台4歳。「劇団扇也」座長を仁蝶拓也座長と共に務める。お芝居における、歯切れのいい台詞回し、経験豊かないぶし銀のたしかな演技で一座を引き締めている。舞踊ショーで観せるしなやかな女形は必見。座長 仁蝶拓也 昭和46(1971)年10月20日生まれ。宮崎県出身。血液型AB型。初舞台18歳。「劇団扇也」座長。18歳のとき、地元で舞台に出ているうち、地方公演などに誘われて役者の道へ。豪快な立ち役や、ショーでの妖艶な女形に人気が集まっている〉ということである。また、キャッチフレーズは〈二人の座長が華麗に魅せる舞台 「劇団扇也」、その名は両座長の名前から一文字ずつが取られ付けられた。しなやかさと力強さの両面を持ち合わせ、両座長が「あ・うん」の呼吸で、メリハリのある舞台を繰り広げ、観客を魅了し続けている〉であった。座員は男優・扇勝也、扇進也、女優・扇亜弥、扇たまと、扇久美江、特別出演・澤村新之介といった面々で、まさに「役者は揃っている」。聞くところによれば、三河家扇也座長は、「鹿島劇団」・鹿島順一座長とは旧知の間柄、今でも年に何回かは「酒を酌み交わす」という。「芝居をおろそかにしない」「芸風は《実力勝負》で地味な」「座長の歌唱も魅力的な」ところなど、いくつかの共通点も感じられる。劇団は、まさに「二枚看板」、それぞれの座長が、「しなやかさ」と「力強さ」のいずれを受け持つか、私見によれば、ベテラン・三河家座長は「仇役」「三枚目」に徹し、若手・仁蝶座長が「しなやかさ」「艶やかさ」を強調する景色が描出できれば、いっそうの飛躍が期待できるだろう。 三河家座長、ほぼ満員(老人クラブの団体予約客か?)の客席に向かって、「(私は)さっきの芝居で仇役をやった親分ですよ。『60歳以上は、賞味期限切れ』などと失礼なことを言ってごめんなさい。私を見る眼が、みな怒っているんです。でも台詞がそうなっているんだからしょうがない。どうかゆるしてくださいね」だと・・・。その場面、私は見聞していなかったが、ほぼ高齢者で埋め尽くされた観客席、その怒りがおさまらない(どことなく無反応な空気だった)とすれば、まさに「迫真の舞台」であった証しとなるだろう。近日中に再来しようと心に決めて帰路についた次第である
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(2004/09/24)
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2017-05-13

劇団素描・「劇団勇舞」・《芝居「仇討ち友よ」の節劇は異色な風情》

【劇団 勇舞】(座長・南條龍法)〈平成20年7月公演・九十九里「太陽の里」〉                                   座員は、二代目・中村時太郎、若手・ミナミヒメヤ、女優・ツシマミヤビ、一條ミユキ、子役・三条キラ、マスコット・ベビー時丸といった面々で、実力は「水準」並というところであろうか。芝居や歌謡ショーで使われる「音楽」が、洋風(ミュージカル風)、「今流」というところが特徴的であった。芝居の外題は「仇討ち友よ」、竹馬の友であった一馬(中村時太郎)と新三郎(ミナミヒメヤ)は、今では仇同士、一馬が新三郎の父親を斬殺したためである。新三郎は一馬を討ち取り、「御家再興」を図らなければならない。ようやく箱根山中で馬子に身をやつした一馬を見つけ、討ち果たそうとするが、馬子の元締め(南條龍法)に止められる。「茶店のあるじ(ツシマミヤビ)に食べ物を施されるまでは、行き倒れ寸前だった。その恩返しをしないうちに仇討ちなどすることは許せねえ」しかし、なぜか、一馬の妹が乳飲み子を抱いて登場、新三郎の仇討ちに「協力」する。「このお金を茶店のあるじに渡して、兄を討ち果たし、御家を再興してください」、新三郎、我が意を得たりと、一馬を討ち取りにかかる。だが、突然、耳をつんざくような赤子の声、どうしても新三郎は一馬を討てない。そしてつぶやく。「何が侍だ、何が仇討ちだ・・・。もし一馬を討てば、その赤子は私を仇と思うだろう。その赤子に私が討たれれば、今度は私の息子がその赤子をねらうことになる、つくづく侍がいやになった」その通り、「やられたらやり返せ」という〈復讐の連鎖〉がいかに「虚しいか」という理念が、この芝居の眼目であることは間違いない。いわゆる「勧善懲悪」「義理人情」とはひと味違った雰囲気の舞台で、大変面白かった。終幕を迎える「節劇」も、大衆演劇の「泥臭い」イメージとは違って、「さらば友よ」「サクラサクラ」「惜別の時」などというフレーズがところどころ聞かれる、異色な風情であった。
浄瑠璃坂の仇討ち (文春文庫)浄瑠璃坂の仇討ち (文春文庫)
(2001/07)
高橋 義夫

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2017-05-12

付録・邦画傑作選・「兄いもうと」(監督・木村荘十二・1936年)

 ユーチューブで映画「兄いもうと」(監督・木村荘十二・1936年)を観た。多摩川の川師・赤座一家の物語である。川師とは、洪水を防ぐために川の流れを堰き止めたり、川底に石を敷いて流水の勢いを弱めたり、用水路を整えたり、といった河川管理を生業とする。父の赤座(小杉義男)は数十人の人足を束ねる現場監督だ。気性は荒く、「褌が乾いている」人足や、楽をしようと蛇籠に軽い石を選んでいる人足を見ると、容赦なく打擲する。一方、母のりき(英百合子)は、温和で優しく、人足たちからは「いい、おかみさんだ」「まったくだ、嬶仏よ」と慕われている。この夫婦に三人の子どもがいた。
 兄・伊之(丸山定夫)、長妹・もん(竹久千恵子)、末妹・さん(堀越節子)である。伊之は腕のいい石材職人だが、仕事も気ままで、遊び好き、ある晩など馴染みの女を連れて来て父に見つかりそうな所を、妹のもんに助けられたことがある。もんは東京にある寺の奉公に出ていたが、その時、学生の小畑(大川平八郎)と恋仲になり身籠もった。その後、小畑は故郷に逃げ帰り、もんは捨てられて、やむなく実家に戻って居る。さんは、純情可憐な乙女の風情、学者先生の家に女中奉公の身である。
 身重になったもんが実家で休んでいると伊之が帰ってきた。縁側には、(さんも来ているようで)さんが持参した(母宛の)土産の駒下駄が置いてある。彼はそれを取り上げ一瞬顔をほころばせ、もんの寝姿を見て、そこに日が当たらないように簾を下ろす。気がついたもんが「何だ、兄さんか」と言えば「さんが来たのか」「ええ」「お前の男から手紙が来たか」「いいじゃないのそんなこと、来たって来なくたって」「てめえ、そんな体にされて、うっちゃられやがって」「人のこと心配しなくたっていいわよ」といったやりとりが次第にエスカレート、二人は激しく罵り合う。戻って来た母・りくが「怒っていいときと、悪いときがあるんだ。怒ってもらいたければ父さんにしてもらえばいいんだ。父さんはじっと黙っていなさるんだもの。今はもんを静かに休ませる時なんだよ」となだめる。もんは「父さんは、お前のことはお前が“かたをつけろ”、顔も見たくないと言う、兄さんから何を言われても頭痛がするばかりで、どうしていいかわからない」と呟く。その時、家の前を馴染みの郵便局員が「よう、もんちゃん。今度は長い逗留だね。こんなに暑くっちゃ、町にも出られないや」と言って通り過ぎた。黙って見ている伊之、もんは「なあに、女一匹、何をしたって食べていけるんだ!」と決意したが・・・。 それから1年が過ぎた。もんが身籠もった子どもは死産、今では五反田の花街で働いている。そんな折、赤座の家に小畑が訪ねてきた。応対に出たもんの父に向かって「いろいろと御迷惑をおかけしたことをお詫びして、さっぱりしたい」と言う。父は激昂する気持ちを抑え、「小畑さん、今回はお前さんの勝ちだったが、今後、こんな罪作りなことはおやめなせい」と言い、仕事場に戻っていく。小畑は母に名刺と金を手渡し帰路に就くが、帰り道、伊之が追いかけてきた。「オレはもんの兄だが、ちょっと話がある」と林の中に誘う。「オレともんは兄妹以上に仲がよかったんだ。1年前、もんに辛く当たったのは、オレが盾になって、世間の目から守るためだ。お前のおかげでもんは自暴自棄、どうしようもない女になってしまった」と小畑に鉄槌を下し、足蹴にした。それでも無抵抗で倒れ込んだ小畑に「あんたも妹がいればオレと同じことをしただろう」と助け起こし「お前、大丈夫か」と気遣う様子が、何とも男らしく、私の涙は止まらなかった。
 それから1週間後、もんが久しぶりに実家に帰ってくる。見るからに厚化粧、バスの中ではタバコを吹かし、なるほど一端の商売女に変貌していた。橋の上で、さんを見つけるとすぐさま車を降り、姉妹が連れ立って懐かしい我が家へと向かう。途中で交わす、もんの話はもっぱら男、「お前が奉公している御主人様は変な目で見ないかい?」「ハハハハ、御主人様は学者で、禿げているのよ」。二人を優しく出迎える母、もんに「七日ばかり前に小畑さんが訪ねてきたよ」。もんは一瞬驚くが「御苦労様なこと、あの人、もう来なくてもよかったのに。お父さんと会ったの?乱暴しなかった?」「ああ、相手をいたわるようだったよ。昔なら殴っていただろうけれど、ずいぶん温和しくなったね」という言葉を聞いてホッとしたか、「でもちょっといい男だったでしょう?」。「呆れるよ、この子は」
「兄さんには会わなかったでしょうね」「伊之には、会わなかったと思うよ」。
 だがしかし、伊之が昼食のために帰宅した。もんの姿を見るなり「自堕落女め、またおめおめと帰って来やがったのか!・・・どこかで泥臭い人足相手に騒いでいた方がいいぜ。ここはこう見えても堅気のウチなんだから」と毒づいた。母やさんが「帰ってくるなりそんなことを言うもんじゃない」と取りなすが「この前、来た野郎もそうだ、来れた義理でもないのに、こっちを舐めているから、のこのことやって来れるんだ」。その言葉を聞いたもんの表情が変わった。「小畑さんに会ったの?」「ああ、会った」「何をしたのあの人に、乱暴したんじゃないわよね」「思うだけのことをしてやった。蹴飛ばしたが、叶わないと思ったか手出しをしねえ、オレは胸がすうっとしたくらいだ」「もう一度言ってごらん、あの人に何をしたというの」「半殺しにしてやったんだ」「えっ、半殺し?」その言葉を聞いて、もんの心は張り裂けたか、傍にあったタバコの箱を投げつけると、伊之に掴みかかった。「誰がそんなことをお前に頼んだ。手出しをしないあの人を何で殴ったり蹴ったりしたんだ。この卑怯者! 極道者!」と叫びながら引っ掻く、「痛え、このあま!」と突き飛ばされても果敢に掴みかかったが、庭先に叩き出され「さあ殴れ、さあ殺せ」と居直った。「やい!はばかりながらこのもんは、ション便臭い女を相手にしているお前なんぞとは違う女なんだ」「やい、石屋の小僧!それでもお前は男か。よくも、もんの男を打ちやがったな。もんの兄貴がそんな男であることを臆面もなくさら出し、もんに恥をかかせやがったな、畜生、極道者!」という啖呵に、伊之は応えられない。母に「いいからこの場を外しておくれ」と言われ「畜生!とっとと失せろ」と捨て台詞を吐いてその場から立ち去った。用意されている昼食を掻っ込むが、気持ちは収まらず庭に出る。棒立ちで泣いている。男泣きに泣いている。その姿には「もん、お前はどうしてそんな女になってしまったんだ」という心情が浮き彫りされているようだ。もんも泣いている。さんも泣いている。母はしみじみと「もん、お前は、大変な女におなりだねえ」と嘆息する。「そうでもないのよ、お母さん。心配しなくたっていいわ」「でも、あれだけ言える女なんて初めてだよ。後生だから、堅気の暮らしをして、女らしい女になっておくれ」「あたし、お母さんが考えているほどひどい女になりはしないわ」
 母は箪笥から小畑の名刺を取りだし、おもんに手渡す。もんは一瞥して名刺を破り捨てた。「こんなもん、私にはもう用はないわ」。「私がこの家に戻るのは、時々、お母さんの顔を見たくなるから、あんなイヤな兄さんでも顔を見たくなるのよ」。その声が聞こえたかどうか、伊之はまだ泣きながら職場へと戻って行った。  そんな修羅場を見ることなく、父の赤座は船の中、数十人の人足を率いて「夏までに仕事を延べて続けるんだ。その気持ちのある奴は手をあげろ!」「おおおう」と全員の手が上がるのを見届けて、現場に赴く。威勢よく船を降りる人足たちの水しぶきを映しながらこの映画は「終」となった。
 この映画の見どころは、何と言っても名優・丸山定夫が演じた伊之という男の魅力であろう。妹・もんとは「兄妹」以上の仲、その妹が書生っぽの若造・小畑に汚され、自堕落になっていく。何とか立ち直ってほしいと思うが、どうすることもできない。そのやるせない気持ちが、二つの修羅場に漂っている。言動は粗暴だが、心根は優しい。そんな兄を知り尽くしているおもんだからこそ、思う存分、伊之に毒づくことができるのだ。もんを演じた竹久千恵子の実力も見逃せない。全体を通して、小畑への恋慕が一途に貫かれている。とりわけ、修羅場では、兄を慕い、その兄が自分のために弱い者いじめをしている情けなさが、「兄貴がそんな男であることを臆面もなくさら出し、もんに恥をかかせやがったな」という言葉の中に感じられる。《私の兄貴は本来、そんな男ではなかったはずなのに》という思いは、伊之が《オレの妹は、そんな女であるはずがない》と思う気持ちと重なる。伊之は小畑を「半殺し」にしたわけではない。「お前、大丈夫か」と気遣い、帰りの停留所まで教えてやる、優しい心根の男なのである。しかし、もんはそのことを知らない。そうした行き違いの悲劇を竹久は見事に描出しているのである。
 この原作は、戦後、監督・成瀬巳喜男によっても映画化されている。そこでは、伊之・森雅之、もん・京マチ子、父・山本礼三郎、母・浦辺粂子、さん・久我美子、小畑・船越英二という配役で物語が展開する。時代背景も戦後に手直し、さんの恋人役(堀雄二)を付け加えるなど、それは、それとして充実した佳品に違いないとはいえ、人物の風格、人間模様の描出という点では、今一歩、この作品に及ばなかったと私は思う。とりわけ、丸山定夫と森雅之の「男泣き」の景色、竹下千恵子と京マチ子の「啖呵」の勢いに差が出たことは否めなかった。戦前を代表する文芸作品の中でも、屈指の名作であることを確認した次第である。
(2017.5.10)



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