META NAME="ROBOTS" CONTENT="NOINDEX,NOFOLLOW,NOARCHIVE" 脱「テレビ」宣言・大衆演劇への誘い 劇団美山
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2018-01-02

劇団素描・「劇団美山」・《芝居「一本刀土俵入り」の画竜点睛》

【劇団美山】(座長・里見たかし)〈平成26年9月公演・浅草木馬館〉
 私がこの劇団の舞台を見聞するのは3回目である。初回は平成20年2月、湯ぱらだいす佐倉であった。その時の感想(の一部)は以下の通りである。〈中村えくぼと座長の「三枚目」は、高難度の演技力を要求される。まず第一に、「客」との呼吸(間)、次に、相手役との呼吸(ボケとつっこみ、場合によってはボケとボケ)をはかれるかどうか・・・。登場して客を見る、客が笑う、それを確認して「表情」の演技、客が笑う、それを確認して「所作」の演技、客が笑う、以後は相手との絡みに専念し、客の笑いを「背中で感じる」ようになれば、「芝居の実力も向上の一途を」辿るに違いない。外題「夢介十年後の仇討ち」の眼目は、「バカな夢介」から「バカなふりをしている夢介」、「実は筋金入りの男・夢介」へと「変化」(へんげ)していく過程を楽しむところにある。そのためには、夢介は本当にバカなのか、そうではないのかが、三枚目・チョロ松との絡み、敵役の親分、用心棒とのやりとりを重ねるうちに、次第次第と「浮き彫り」されてこなければならない。大昔、新国劇「国定忠治・山形屋の場」で、「百姓のふりをする忠治」を辰巳柳太郎が演じていたが、それと同程度(高難度)の演技力が要求されるのである。という点では、まだ課題が残る舞台ではあった。とはいえ、斯界の実力者を両親にもつ座長のこと、「つぼにはまれば」難なくクリアできるだろうと、私は確信する〉。2回目は、平成21年4月、湯うパークおごせの舞台であった。その時の感想(の一部)は以下の通りである。〈1年2カ月ぶりの見聞で、劇団の「変化」(へんげ)を期待したが、夜の部は「観客数不足のため」(10人未満)「舞踊ショー」のみの公演となった。劇団の「実態」は「舞踊ショー」を観ればわかるので、「不満・不足」は感じなかったが、出演者は座長の他は「若手」だけ、特筆すべき内容はなかった。ただ一点、花形・里美こうたの「立ち役」「女形」(命くれない)は、お見事。以前から、その「舞姿」は輝いていたのだが、今回は一段と「磨きがかかり」、水準以上の出来栄えであった。遠路はるばる訪れた甲斐があったというもの、大きな元気を貰って帰路につくことができた次第である〉。爾来5年半が経過したが、今回の舞台模様は如何に・・・。芝居の外題は「一本刀土俵入り」。主なる配役は、駒形茂兵衛・座長・里見たかし、酌婦お蔦・中村ミカ、舟戸の弥八・里見こうた、波一里儀十・里見祐樹、安孫子屋の遣り手婆・中村エクボ、お蔦の亭主辰三郎・里見京馬、酌婦・中村花、中村みつき、お蔦の娘(子役)・中村ひろみ、といった面々で申し分ない。芝居は前編(安孫子屋前)と後編(十年後の取手宿)に分けられ、それぞれの役者が精一杯の演技を披露して、たいそう見応えのある舞台に仕上がっていたのだが・・・、この芝居の眼目は、大詰め、辰三郎を追ってきた波一里儀十一家の連中を、茂兵衛がどのように扱うかの一点にある。茂兵衛がやって来たのは、あくまでお蔦への「恩返し」、それは亭主・娘ともども「追っ手から逃がす」ことであった。さればこそ、茂兵衛は一家連中と「棒」で立ち向かい「死にきり」にはしなかったのである。その根底には、「十年前、櫛、簪、巾着ぐるみで意見をもらった姐さん」の温かい慈悲心が流れていたのだから。だがしかし、今日の舞台、長谷川伸の原作とは大きく異なり、茂兵衛は刃を振り回して一家連中を成敗してしまった。だとすれば、お蔦一家は、もう逃げ出す必要はない。(役人の捕り手から)逃げなければならないのは茂兵衛の方ということになる。かくて、本日の「美山版・一本刀土俵入り」は、(誠に残念ながら)文字通り「画竜点睛を欠く」結果となってしまった、
と私は思う。〈とはいえ、斯界の実力者を両親にもつ座長のこと、「つぼにはまれば」難なくクリアできるだろうと、私は確信する〉といった5年前の感想は今も変わらない。「劇団美山」の成長・進歩は確実である。安孫子屋の遣り手婆に扮した中村エクボは、6年前に私が綴った「高難度の演技力」〈まず第一に、「客」との呼吸(間)、次に、相手役との呼吸(ボケとつっこみ、場合によってはボケとボケ)をはかれるかどうか・・・。登場して客を見る、客が笑う、それを確認して「表情」の演技、客が笑う、それを確認して「所作」の演技、客が笑う、以後は相手との絡みに専念し、客の笑いを「背中で感じる」ようになれば、「芝居の実力も向上の一途を」辿るに違いない〉という一文を見事に具現化していたのだから。今後益々の充実・発展を祈りつつ、帰路に就いた次第である。
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2017-01-23

劇団素描・「劇団美山」・《芝居「夢介十年後の仇討ち》

【劇団美山】(座長・里美たかし)<平成20年2月公演・佐倉湯パラダイス>
「劇団紹介」によれば、「プロフィル:平成9(1997)年1月、ユーユー・カイカン(三重県)にて、当時11歳だった里美たかし座長が旗揚げ。若き座長・座員たちを、映画や故・藤山寛美のもとで修行を積んだ太夫元・美山昇二郎と責任者・中村喜代子(座長の父母)が厳しくも温かい目で指導、着実に実力が備わってきている。劇団のモットーは「義理人情の熱いお芝居」。「座長 里美たかし:昭和60(1985)年12月4日生まれ。福岡県出身。血液型O型。美山昇二郎太夫元の長男。子役の経験を経て、弱冠11歳で当時の最年少座長となる。可憐な花のような女形に人気が集まっているが、厳しい父(美山昇二郎太夫元)の指導のもとで日々鍛えられ、芝居の実力も向上の一途を辿っている」とある。キャッツフレーズは「キュートな瞳で魅了する!小首をかしげてニッコリ微笑むと、可憐な花が咲いたよう。美しく優しい笑顔に癒されます」とあった。芝居開演前の配役紹介が丁寧だったので、里美こうた、里美京馬、中村喜代子、中村みか、中村えくぼ、中村はな、里美てるひこ、里美ゆうき、という芸名をメモすることができた。芝居が始まっても、顔と芸名が一致しなかったが、舞踊ショーが終わるまでには、すべての役者を芸名で見分けることができるようになった。全体を通して、現状では芝居よりも舞踊の実力が優っているように感じた。特に、座長の女形は「水準以上」で、キャッチフレーズどおり「可憐な花」のような雰囲気を漂わせる。表情(目線)も「さりげなく」「あっさりとして」「さわやかな」印象である。「江戸の女」「明治の女」「昭和の女」「現代の女」を演じ分けられるようになれば、斯界の第一人者となる日も遠くないだろう。他に、中村えくぼ、里美こうたの舞踊が光っていた。「関東春雨傘」を、「傘なし」で踊った里美こうたの「実力」はさすが、今後、「日和下駄」「車屋さん」系統の「粋な風情」を追求してもらいたい。舞踊に比べて芝居の方で「いい味」をだしていたのは、里美てるひこ(用心棒の侍)と里美ゆうき(敵役の親分)であった。主役と絡みながら、ある時は「不器用に」、ある時は「滑稽に」、相手を引き立てる(目立たせる)演技が「自然体で」できていたように思う。中村えくぼと座長の「三枚目」は、高難度の演技力を要求される。まず第一に、「客」との呼吸(間)、次に、相手役との呼吸(ボケとつっこみ、場合によってはボケとボケ)をはかれるかどうか・・・。登場して客を見る、客が笑う、それを確認して「表情」の演技、客が笑う、それを確認して「所作」の演技、客が笑う、以後は相手との絡みに専念し、客の笑いを「背中で感じる」ようになれば、「芝居の実力も向上の一途を」辿るに違いない。外題「夢介十年後の仇討ち」の眼目は、「バカな夢介」から「バカなふりをしている夢介」、「実は筋金入りの男・夢介」へと「変化」(へんげ)していく過程を楽しむところにある。そのためには、夢介は本当にバカなのか、そうではないのかが、三枚目・チョロ松との絡み、敵役の親分、用心棒とのやりとりを重ねるうちに、次第次第と「浮き彫り」されてこなければならない。大昔、新国劇「国定忠治・山形屋の場」で、「百姓のふりをする忠治」を辰巳柳太郎が演じていたが、それと同程度(高難度)の演技力が要求されるのである。という点では、まだ課題が残る舞台ではあった。とはいえ、斯界の実力者を両親にもつ座長のこと、「つぼにはまれば」難なくクリアできるだろうと、私は確信する。
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