META NAME="ROBOTS" CONTENT="NOINDEX,NOFOLLOW,NOARCHIVE" 脱「テレビ」宣言・大衆演劇への誘い 劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「命の架け橋」で故郷に錦を飾る》
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2018-05-28

劇団素描・「鹿島順一劇団」・《芝居「命の架け橋」で故郷に錦を飾る》

【鹿島順一劇団】(座長・鹿島順一)〈平成21年10月公演・大阪満座劇場〉                                       「故郷へ錦を飾る」といった風情で、ほぼ2年弱に亘る「関東・東北公演」を終え、やっと本拠地に帰還したという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。芝居の外題は「命の架け橋」。春大吉、三代目虎順共演(中心)で、二人の演技が「研ぎすまされたように」「冴えわたる」。」俗に「男修行の旅から帰って、一回りも二回りも大きくなった」等といわれるが、文字通り「役者修業の旅から帰って、その技に一段と磨きがかかった」と断言できる舞台であった。何よりも「芝居は心」、そして「呼吸」、登場人物の「気持ち」「心情」を、役者相互の「表情」「所作」「口跡」でどこまで描出できるか、まさに「阿吽の呼吸」が不可欠だが、今日の舞台、「寸分の隙」がないほどに「練り上げられた」といった出来栄えで、涙が止まらなかった。それは、共演の二人に勝るとも劣らないほどに、脇役陣(仇役・花道あきら、死刑囚・春大吉の母親役・春日舞子、奉行役・鹿島順一)の「演技」が光り輝いているからでもある。加えて、その他大勢のちょい役に徹した蛇々丸の「控えめな」「目立たない」演技も「貴重」であった。「ちょい役」であっても、決して「気を抜かない」、「自分の姿を客に観せている」という自覚が素晴らしい。新人の赤銅誠、新入の滝裕二らに見せる「お手本」として、十分にその役割を果たした舞台であった、と私は思う。
 座長の方針、「この劇団の役者は、みんな個性的です。だから、みんなに主役をやってもらいたいのです。(主役をやらせないと文句を言うのです)」、事実、座長が主役の芝居は、極めて少ない。自分は控えめに「脇役」「仇役」としての「手本」を座員に示し続ける。だからこそ、座員は「脇役」「ちょい役」でも光り輝くことができるのではないか。「アヒルの子」の蛇々丸、(かつての)金太郎、「春木の女」の蛇々丸、「心模様」の春大吉、「関取千両幟」の春日舞子・花道あきら、「噂の女」の梅之枝健、「木曽節三度笠」の花道あきら、蛇々丸、「会津の小鉄」の春大吉・蛇々丸、「新月桂川」の春大吉、「女装男子・仇討ち絵巻」の梅之枝健、等々・・・。「脇役」「ちょい役」として「必要不可欠な存在」である実例は、枚挙に暇がないほどである。いかに座員の「個性」を引き出し、舞台の上で「結実化」させるか、それこそが座長の「手腕」だと思われるが、座長・鹿島順一の「手腕」は「お見事」と言うほかはない。座員の面々も、異口同音に言うだろう、「どうか、私の舞台姿ではなく、鹿島劇団全体の芝居(役者相互のチームワーク、呼吸の合わせ方)を観てください」そうでなければ、このような名舞台の数々を描出できるはずがないのである。



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