META NAME="ROBOTS" CONTENT="NOINDEX,NOFOLLOW,NOARCHIVE" 脱「テレビ」宣言・大衆演劇への誘い 付録・邦画傑作選・「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)
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2018-12-24

付録・邦画傑作選・「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)

 ユーチューブで映画「君と行く路」(監督・成瀬巳喜男・1936年)を観た。タイトルに「三宅由岐子作『春愁紀』より」とある。舞台は神奈川・鎌倉海岸の別荘地、ある別荘に母・加代(清川玉枝)とその息子、長男の天沼朝次(大川平八郎)、次男の天沼夕次(佐伯秀男)が住んでいた。母は芸者上がりのシングル・マザー、亡くなった旦那から別荘と財産を貰い受け、女手一つで二人の子どもを育て上げた。兄の朝次はすでに会社勤め、弟の夕次はまだ大学生である。この家の隣は、尾上家の別荘、そこには娘の霞(山縣直代)が居た。朝次と霞は、相思相愛の仲である。夕次はテニス部員で、夕食後も海岸をランニング、その時、叔父の空木(藤原釜足)から声をかけられた。「夕次、今晩、朝次と一緒に遊びに来んか」「ええ。行きます」と答えて帰宅する。空木は、周囲から「殿様」と呼ばれている。雛(高尾光子)という妾を連れて近くの別荘に来ているらしい。尾上家とも縁続きのようである。夕次がランニングから帰宅しても、朝次はまだ帰らない。母が「夕飯はどうするんだろう」と案じるが、夕次は「もう食べただろう」と言う。「会社って、いつも7時までやっているのかしら」。朝次は会社の上司、同僚と宴会の席に居た。しかし、なぜかはしゃげない。上司に「おい天沼、どうした?」と声をかけられる。それを聞いた女将が、「天沼長二郎さんの?」「ええ、ボクの親爺です」「じゃあ、やっぱり。加代次(母の源氏名)さんの息子さんだったのね。ずいぶん大きくなったわねえ」。芸子が「あたし、加代次姐さんの昔の写真見たわよ」「あなたのおっ母さん、大変な人気だったのよ。清元が達者で・・・」。女将と母が同輩だったと知らされると、朝次の気持ちはますます重くなる。
 それと言うのも、恋仲の霞に縁談話があるからだ。尾上家は最近凋落気味、その危機を救うため、霞を北海道の資産家に嫁がせようとしている。相手は大金持ちだが老人である。でも霞は朝次の他は眼中にない。それを言っても、気位の高い尾上家では「あんな妾の子とは一緒にさせられない」と、まるで相手にしないのだ。だから、朝次は霞との結婚を諦めていた。自分の方から絶交を申し出るが、霞は応じない。朝次に会いたいと別荘にやって来たが、監視の目が厳しくて外に出られない。そんな時、友だちの呉津紀子(堤真佐子)が東京から追いかけて来た。その電車の中で、たまたま夕次が、ひときわ目立つ津紀子の洋装姿を目にするが、たちまち一目惚れ、「結婚するならあの人だ」と朝次に告白する。津紀子は、(朝次から霞宛ての)手紙を届けに来たのだが、監禁状態の霞を見て手引きをする。久しぶりに出会った霞と朝次は、夜の海岸を散歩する。「ねえ、霞ちゃん、こんなこといつまで続くと思う?」「朝ちゃんが続かせなければ続けられりゃしないわ」「霞ちゃんだって、続けられる?」「あたしは死ぬまで続けるわ」「そんなことできるもんか、お嫁にいってしまえば」「行かないったら、やな人ねえ」・・・。「ボクには自信がなくなってしまったんだ」「どうして」「ボクは妾の子なんだ」「また、そんなこと。あたしのお母さんだって酌婦だったわ」「でも、正式な奥様になってるじゃないか」「そんなことどうだっていいじゃないの」「違うよ、形式というのはとっても大切なものなんだよ」「でも、あなたのお母さん、とてもいい人よ。うちのお母さんとは比べものにならないくらい」・・・。「霞ちゃん、ボク、アメリカに行けるかもしれない」「いつ?」「君が結婚する前に」「行かないったら、わからない人ねえ」「そんなこと言ったって、家には代えられないだろう」「子どもより家を大切にする親なんてこっちも考えないわ」・・・「それより本当にアメリカに行くの?(結婚できなければ情死する約束)忘れちゃったの?」「忘れやしない、ただボクは死ぬのなら独りで死ぬんだ。誰にも知られないところで」「あたしは?」「君は死ぬ必要はない。ボクは世の中がイヤになったんだ」「・・・じゃあいいわ、あたしも独りで死ぬから」「君には呉さんといういいお友達があるじゃないか」「だから、だからできるだけ生きていたいんじゃないの。それを朝ちゃんはひとりで勝手に・・・」と、霞は泣き崩れる。朝次は「じゃあ、できるだけ二人で努力しよう!、もしそれでダメだったら・・・」、霞は静かに頷いた。
 この二人の対話は、まさに「君と行く(末)路」を暗示しているようだ。
 尾上家の別荘に、霞の相手が訪れる結納の日、空木が尾上家の執事を連れてやって来た。執事は朝次から霞に宛てた手紙の束を差し出して言う。「これをお返しするように言いつかって参りました。霞様の手紙がありましたらお返しください」。朝次はその手紙を受け取り、引き出しの中から霞の手紙を取りだした。「これで私が言い掛かりをつけると思っているのですか。この手紙はお返しできません」と言うなり、破り捨て暖炉の火に投げ込んだ。執事は驚いたが、ともかくも安堵、「つきましては、朝次様、洋行の足しにでも」と言い、壱千円の小切手を手渡す。朝次は直ぐさまそれも破り捨て、「妾の子だと思って、私のことまで芸者扱いするのか!」と、空木、執事を追い返し、独り浜辺に向かう。
 その日、津紀子も「虫の知らせ」で霞を救いに訪れた。玄関払いをさせられようとしたが、霞が飛び出して来て自室に招き入れる。あわててメモを記し、朝次のもとに届けてほしいと依頼する。朝次は独り浜辺で悔しさに耐えている。そこに夕次がやって来た。「こんな所で何してるんだい、この前の人が霞ちゃんの手紙を持ってきてくれたよ」と言う。夕次は、電車の中で見初めた意中の人が、霞の親友・呉津紀子だったことが判り、喜んだ。 三人で家に戻り、朝次は手紙を呼む。そして、「津紀子さん、弟の夕次をどう思いますか。お付き合いしていただければ・・・。」津紀子も嬉しそうに同意した。「霞さんには、すぐに返事をします。ボクの行動を見てその様子を知らせてあげてください。その前に、ちょっと出かけてきます」と、夕次と津紀子を残して出て行く。入れ替わりに母がやって来た。)朝次が「夕次のお嫁さんが来ているよ」と言ったので御挨拶に伺いました。(玄関先で自動車が発進するエンジンの音が聞こえた)「まあ、すてきなお洋服だこと!」と津紀子の姿に目を細める。一目で気に入った様子だったのだが・・・。
 突然、電話が鳴り響き、朝次の自動車事故を知らせる。独り、崖道を激走して転落したのである。 
 数日後、霞の姿が見えなくなった。家の者の目を盗んで津紀子の家を訪れる。お別れに来たと言う。「もう、二、三日後ね(嫁ぐ日は)」と津紀子が言う。「この間の手紙渡してくださった?」「ありがと」「霞ちゃん、朝次さんのこと何にも聞かない?」「・・・・」「きっと、誰も言やしないわねえ・・・」。津紀子は霞に朝次の死を告げる。霞は呆然としたが、「誰も言わないんだもの」と座り込む。「明日が埋骨式よ」「津紀子さん、あたしも連れてってくれない?」と懇願したが、津紀子は首を横に振る。「もう、仕方がないじゃないの」。霞は「朝ちゃん!」と叫んで泣き崩れたが、「行く路」を決意したのだろう。
 天野の別荘では、朝次の骨箱を夕次が運んでいる。「母が仏壇の前に置いておくもの」と言うのも聞かず、隣の霞に部屋の窓が見える場所に安置する。式に出るのは、母、夕次、空木、雛、津紀子の5人と数えていると、雛が訪れた。御前様の来るのが遅れる、昨日から霞が行方不明で、今探しているところだと言う。夕次が「津紀子さんの所じゃないか」と言っているところに、津紀子も供花を持ってやって来た。どこか元気がない。供花を力なく骨箱の上に乗せる。夕次が「霞ちゃんがねえ・・・」と言いかけると、昨日の経緯を告げた。「あたし、霞ちゃんはもう亡くなっていると思う」「そんなことはないよ、どこかで働き口でも探しているんだろう」「そうだといいんだけど」。夕次は津紀子との縁談話を確かめようとするが、津紀子は意外にも「否」、自分たちもまた死ななければならなくなる、と言う。夕次はその意味を必死で訊ねるが、「もっと、あたしたち強くなってから、またお会いしましょう」と答えるだけであった。・・・、津紀子の予感は当たった。空木が沈痛な表情で到着する。「霞ちゃんは?」「居たよ」「どこに?」「家の裏の池の中に、浮かんでいたんだ」。まあ、と聞いた一同は涙を拭う。しばらくして、雛が言う。「でも、霞さんは朝次さんの所に行って、お幸せにお暮らしになるんでしょう。朝次さんはきっと喜んでいると思いますわ」。その言葉を聞いて、津紀子は夕次のもとへ行き「夕次さん、さようなら、ごきげんよう」と言い立ち去った。夕次は椅子に座り込んで嗚咽する。その様子を訝しがる母、「いったいどうしたんだねえ、あの人は。変な子だねえ津紀子さんていう人は。霞ちゃんはね、親の言うことを聞かないからこんなことになってしまった。親の言うことを聞いていればいい奥さんになれたのに。お前だって、ごらんな、出世ができるのにこんなにグズグズしてさ・・・」。そう言われた夕次は、たまらず立ち上がり「バカ! お母さんのバカ!」と叫ぶ。その勢いに、母は目を丸くして呆気にとられる。別荘の外では、何かをこらえ、足早に浜辺を立ち去る津紀子の姿を映すうちに、この映画は「終」となった。
 女性映画の名手と謳われた成瀬巳喜男の作品としては、あまり評価は高くないようだが、私にとってはまさに傑作、他に比べて優るとも劣らない出来映えであった。筋書きは「天国に結ぶ恋」もどきの悲恋物語にも見えるが、実は登場する4人の「女模様」がくっきりと浮き彫りされて、そのコントラストがたいそう興味深いのである。
 その一人は、加代という女性、朝次、夕次の母である。名士・天沼長二郎の愛妾として、豪華な鎌倉の別荘を譲り受け、さらに膨大な手切れ金(息子たちの養育費)も頂戴、お春という女中まで置いている。にもかかわらず、その金を「わずかばかりの端金」と言って憚らない。世の中はすべて金、義理も人情も「どこ吹く風」、霞の死を、今、泣き悔やんでいたかと思えば、「霞ちゃんはね、親の言うことを聞かないからこんなことになってしまった。親の言うことを聞いていればいい奥さんになれたのに」などと、哀悼の意を忘れ去る。たまらず、夕次が「お母さんのバカ」と叫んでも、その気持ちがわからない。空木を「御前様」と奉る一方、陰では「いい年をしてみっともない」と見下げる。夕次の縁談話でも、相手の娘を「器量はよくないけど女学校出だとさ」と評価する。レター・ペーパーをラブレター、デスクをデクスと言い間違えても気づかない。その極め付きは、「自分が芸者であったこと」に全く頓着しないことである。夕次が「ボクが好きになった人なら、その家が魚屋であっても材木屋であってもかまわない」と言えば「カフェの女給なんか困るよ」と言い、朝次から「芸者より女給の方がマシだ」と言われ「まあ、この子ったら」と涙ぐむ。しかし、いつまでもクヨクヨしないのが彼女の真骨頂だ。そもそも、朝次の死、霞の後追い自殺は、加代が芸者上がりであったことに因る、そして夕次が津紀子に振られたのも同じ理由に因る。つまり自分が蒔いた種だったということに気がつかない。いわば「無知の逞しさ」とでも言おうか、かつては、「どこにでも居そう」な女性の生き様を、女優・清川玉枝は見事に演じきったと、私は思う・
 その二人目は、霞の風情、見るからに楚々として初々しい。語り口もたどたどしいが、その内容は正鵠を射ている。朝次との密会中、「ねえ、霞ちゃん、こんなこといつまで続くと思う?」と問われて「朝ちゃんが続かせなければ続けられりゃしないわ」と毅然と答え「霞ちゃんだって、続けられる?」「あたしは死ぬまで続けるわ」「そんなことできるもんか、お嫁にいってしまえば」「行かないったら、やな人ねえ」という対話の中には、明確な意志・覚悟がある。さらに、「それより本当にアメリカに行くの?(結婚が叶わなければ情死という約束)忘れちゃったの?」「忘れやしない、ただボクは死ぬのなら独りで死ぬんだ。誰にも知られないところで」「あたしは?」「君は死ぬ必要はない。ボクは世の中がイヤになったんだ」「・・・じゃあいいわ、あたしも独りで死ぬから」というやりとりの中にも、確固とした決意が窺われる。たしかに朝次は「独りで」死んだ。しかし、それは世間の「形式」(格式・義理)に対する敗北であり、弱者の死である。比べて。霞の自死は、男に対する誠を貫くと同時に、世間の「形式」に対する挑戦なのだ。さればこそ、父・尾上の「落胆」は激しく、心底からの後悔と反省をもたらすことができたのである。いわば、強者の死であり、さらに「美しさ」も添えられている。「み袖のままで浮かんでいた。美しい姿だった」という空木の言葉が、何よりも雄弁にそのことを物語っている。そんな芯の強い、一本筋の入った女性の姿を、女優・山縣直代は健気に描出しているのである。
 その三人目は呉津紀子、モガのスタイルで明るく行動的、彼女に頼めばどんな夢でも叶いそうな存在感がある。事実、彼女の手引きによって霞と朝次の「逢瀬」は実現、二人の絆をよりいっそう強めることができたのだが、悲劇的な結末を前にして動揺する。とりわけ、夕次との交際が「同じことの繰り返し」になるだろうと予感、「私たちもっと強くなりましょう」「必ず、なってみせるわ」と断言、(霞と同様)毅然と訣別する姿は、理知的で冷静である。加代は「変な子だねえ」と訝るが、自分自身がが世間の「形式」からは、変な存在だと思われていることに気づかない。そのコントラストがたいそう可笑しい。
 その四人目は、空木の愛妾・雛である。年の離れた爺さんを旦那にもち、「遺産を狙っているに違いない」と加代からはさげすまれているが、一向にお構いなく、「お酒が飲みたい、隣で調達してきて」と空木を使い走りさせる。「家でゆっくり飲むわ」とちゃっかり、ボトル一本をゲットする様子は可笑しく、遊び人で「いい男」の空木が可愛がるのも肯ける。霞の死を知って「霞さんは朝次さんの所に行って、お幸せにお暮らしになるんでしょう。朝次さんはきっと喜んでいると思いますわ」と泣き崩れる姿も月並みだが、それが津紀子の「毅然とした訣別」を導いたことは、確かである。「私は違う!。私は《死んで楽しい天国であなたの妻になりますわ》などということは信じない!」と思ったに違いない。
 以上が、女性映画の名手・成瀬巳喜男監督が描き出した「女模様」の実像ではないだろうか。
(2017.6.24) 



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